翌朝、俺はニューカッスル城の港にいた。
変態には俺は船で先に帰ると伝えているから一応それに従って行動している。
そして、しばらくたったら取って返す予定になっている。
第十八話 ニューカッスルの決戦
■■■ side:才人 ■■■
鍾乳洞に作られた港で、『イーグル』号と昨日拿捕した『マリー・ガラント』号に避難する人々が乗りこんでいる。
元々の『マリー・ガラント』号の乗組員は、硫黄の代金をもらってトリステインに帰ることになる。ようは商品を売る相手が『レコン・キスタ』から王党派に変わっただけだ。
だけど、その人々には特徴があった。
「男がほとんどいねえな、デルフ」
「戦えるのは皆城に残ってる、そして、平民の男は一人もいねえ」
ウェールズ王子が言っていた、ここに残ったのは全員が貴族、最後まで王家と共に戦おうとした平民は一人もいないって。
料理人などの使用人とかも大半が女性、戦うための傭兵などの男がいない。
「逆に、攻めよせる50000の大軍には、大量の平民がいるんだよな」
「そりゃそうだ、メイジの数はそんなに多くねえ。純粋なメイジの数と質だけなら王党派と『レコン・キスタ』も大差はないと思うぜ、けど、金と勝ち目がない限り平民は戦わねえよ。そもそも戦う義務がねえんだし」
それが現実か、まあ、俺だって死にたくはないけど。
逆に、貴族には戦う義務がある。平民から税金とかを搾り取って生きている彼らには、国のために戦って死ぬことが求められる。それがこの世界の決まりってやつだ、この一月でハインツさんやルイズから教わった。
「だけど、魔法学院にいるやつらとか、教師とかも貴族なんだろうけど、なんかあいつらが民を守るために戦うようには思えないぜ」
「まあ、大体がそんなもんだ。見栄だとか、戦争で手柄を挙げて、出世するだのしか考えないのは、まだいい方。最悪になると、民を放って財産抱えて逃げだすからな、この前のなんとか伯ってのも、戦争になったら逃げるだろうぜ」
それが、この世界の大半の貴族なんだ。でもウェールズ王子は違うし、ここに残った人たちもそうじゃない。ルイズだってそうだ、あいつはそういう卑劣なことを、なにより嫌う。そんな彼らは圧倒的に少数派なのか。
「ま、そこは異世界人の俺が口出せることじゃねえけど、気分が良いもんじゃないな。しかも、変態までいるときた」
「変態には貴族も平民も関係ないぜ、その辺は平等だよ」
そういやそうか、変態に国境も人種も身分も関係ないよな。
「確かに、変態はどこまでいっても変態か」
「そう、ぶっ飛ばすしかねえよ」
俺達はいざというときに変態を取り押さえるために、ニューカッスル城内に向かった。
■■■ side:ルイズ ■■■
私は、ひじょーーーに不安だった。
今朝方はやく、いきなりワルドに起こされてここまで連れてこられた。いきなり「今から結婚式をするんだ」と言い出した時は、覚悟をしていたとはいえ、やっぱり彼の正気を疑った。
そして、時間が経てば経つほどその疑いは大きくなっていく。
私が基本的に無反応で、特に反応を返さなくても、その方が好都合といわんばかりに、どんどんワルドは準備を進めていく。
まるで、私の意思なんてどうでもいいかのように、自分の妄想の中で、私がワルドを愛していることが決定しているかのように。
私の格好も変化した。
基本は変わらないけど、アルビオン王家から借り受けた新婦の冠を頭にのせている。魔法の力で永久に枯れない花があしらわれてる見事な冠。
でもこれって、とんでもない魔法よね、時を止めてそのままにしておくようなものだもの。どんな強力な『固定化』だってここまでは不可能だと思うけど。
それに、魔法学院の黒いマントじゃなくて、やっぱりアルビオン王家から借りた純白のマントを着けてる。これも新婦しか纏うことを許されない物。確かに、略式とはいえ結婚式の体裁は整ってる。けど、それ以前に自分と結婚してくれるかどうかを、まずは尋ねるものじゃない?
それをしないでどんどん式の準備を進めて、勝手にウェールズ王子に結婚の媒酌を頼んで、無反応の私を気にも留めないワルドは、やはり普通ではない。
“変態”
その二文字がどんどん大きくなってくる。
私達が今立っているのはニューカッスル城の礼拝堂前。そこをくぐって中に入ると、つい1分程前に到着して一足先に礼拝堂に入った始祖像の前にウェールズ王子がいた。
これまで戦の準備をずっとしていたらしく、こんな無駄な時間を割かせてしまったことを本当に申し訳なく思う。
明るい紫のマントは王族の象徴。そして、アルビオン王家の七色の羽王国の象徴をつけたベレー帽を被っている。アルビオン王国皇太子としての礼装。
これをこの人が着るのも、今日で最期なんだ。そう思うと、また悲しい気持ちが沸き起こってきた。
「では、式を始める」
ウェールズ王子がそう言うけど、私は涙を抑えるので必死だった。彼の言葉が全然頭に入ってこない。
“死なないでください、貴方が死ねば姫様が悲しみます”
“お願いですから生きてください”
そう叫びたい、なにがなんでも生きて欲しい。姫様には絶対にこの人が必要だ、じゃなきゃ姫様は幸せになれない。
なのに、なんで、こんなことになってしまうのだろう?
「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、この者を愛し、敬うやまい、慰め、助け、伴侶とすることを誓いますか?」
始祖ブリミルの名における愛の宣誓、それは婚姻の誓いでなければならない。
だからこそ、姫様の手紙はあってはならないものになる。ゲルマニア皇帝に嫁ぐ姫様が、その誓いをかつて行っていたのでは、重婚になってしまう。
「誓います」
でも、そもそも『レコン・キスタ』なんてものが存在しなければ、こんなことにはならなかったのに、姫様とウェールズ王子は従兄妹同士、アルビオン王ジェームズ一世と、前トリステイン王ヘンリーは兄弟だから、ここ最近アルビオンとトリステインの関係はずっと良好だった。
本来なら、普通に結婚することだってできたはず。むしろ、姫様に一番釣り合う人といったら、ウェールズ王子くらいだったはずなのに。
「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。汝は始祖ブリミルの名において、この者を愛し、敬うやまい、慰め、助け、伴侶とすることを誓うか?」
どうしてこうなってしまうの、どうして……って、決まってる。『レコン・キスタ』なんてものを立ち上げて、王家に反乱を起こした主導者、そいつが元凶に決まってるじゃないの。
絶対に許さない、もし可能ならこの手で殺してやるから。
「新婦?」
「えっ?」
気付いたら結婚式は私の宣誓まで進んでいた。
「緊張しているのかい? 仕方がない。初めてのときは、ことがなんであれ緊張するものだからね」
王子は微笑んでいた。
……その微笑みが、姫様に向けられることはもう二度とない。悲しい、なんて悲しいんだろう。
「まあ、これは儀礼に過ぎないが、儀礼にはそれをするだけの意味がある。では繰り返そう。汝は始祖ブリミルの名において、この者を……」
私は、首を横に振った。
「新婦?」
「ルイズ?」
二人が首を傾げる、ウェールズ王子は当然だけど、ワルドも驚いた表情をしている。
「どうしたね、ルイズ。気分でも悪いのかい?」
そりゃあ、最低の気分よ、姫様の思い人がこれから死んでしまう。私は変態に求婚されている。
こんな状況の中で、気分が良くなる人間がいたら見てみたいわ。
「ごめんなさい、ワルド、私はあなたとは結婚できないわ」
もう少し穏やかに言うつもりだったけど、とてもそんな気分にはなれない。
こっちはむかついてるのよ、なんでウェールズ王子が死ななくちゃいけないのよ、あんたが代わりに死になさいよ。あんたなんかが死んでも、悲しむ恋人なんていないんだから。
愛し合ってる姫様とウェールズ王子が死別しようとしてるこの時に、自分の欲望だけを通して、結婚なんてしようとしてるあんたは、いったい何様のつもりなのよ!
「……新婦は、この結婚を望まぬのか?」
「はい。お二方には、大変失礼を致すことになりますが、それを承知で申し上げます。私は、この婚姻を望みません」
言い切ってやった、堂々と。
「子爵。誠に残念だが、花嫁はこの婚姻を望んでいないようだ。これ以上儀式を続けることはできぬ」
ウェールズ王子が気の毒そうに言う。
すると、ワルドがいきなり私の手をとってきた。
「……緊張しているんだ。そうだろルイズ? 君が、僕との結婚を拒むわけがない」
さらに肩をつかんでくる。目がつりあがってる、そしてその目は”私”を視てはいない。表情はとても冷たい、トカゲかなにかのよう。いえ、トカゲに失礼ね、キュルケのフレイムはあんなに愛らしいもの。
「おことわりよ」
そもそも、この場に来るまでに、結婚してくれと言わない時点でふざけてる。
絶対、彼は正気じゃない。
「世界だルイズ。僕は世界を手に入れる。その為には君が必要なんだ!」
「いらないわ。私にはそんなもの、何の価値も無いの」
そうよ、私に必要なのは………
「僕には君が必要なんだ! 君の能力が! 君の力が!」
なによそれ。
「ルイズ、いつか言ったことを忘れたか! きみは始祖ブリミルにも劣らぬ、優秀な魔法使いメイジへと成長するだろうと! きみは自分で気付いていないだけだ! その溢れんばかりの才能に!」
たとえそうでも、あんたのために使うなんて死んでも御免よ。
「ワルド……、あなた――」
あなたは、“ルイズ”を一切必要としてないじゃない。私より便利なものがあったら、すぐに捨てるんでしょう?
「子爵、きみはフラれたのだ。いさぎよく………」
「黙っておれ!」
ワルドはもう普通じゃない、やってることが支離滅裂だわ。
「ルイズ! きみの才能が僕には必要なんだ!」
「私はそんな才能があるメイジじゃないわ」
そんなものがあったら、私は苦労していない。「スクウェア」の貴方に、“ゼロ”の私の気持が分かるわけがない。
「だから何度も言っている! 自分で気付いていないだけなんだよルイズ!」
「もし、本当にそんな力がわたしにあったとしても――こんな結婚、死んでもイヤよ!あなた、わたしを愛してなんかいないじゃない! あなたが愛しているのは、在りもしない魔法の才能だけじゃない! そんな理由で結婚しようだなんて、こんな侮辱はないわ!」
「子爵! 乱心したか! 今すぐにラ・ヴァリエール嬢から手を離したまえ! さもなくば、我が魔法の刃が君を撃ち抜くぞ!」
ウェールズ王子が杖を抜いた。
すると、ワルドが私から離れた。顔はにこやかに笑っているけど、絶対に笑っていない。
「こうまで言ってもダメかい? ルイズ。僕のルイズ」
「いやよ。誰が、あなたなんかと結婚するもんですか。金輪際、僕のなんて言わないで。虫唾が走るわ」
絶対に御免よ。
「この旅で、きみの気持ちを掴むために、随分と努力したんだが……」
そのまま両手を広げると、ワルドは大げさに首を振った。
「こうなっては、仕方がない。目的の一つは、諦めるとしよう」
「一つ?」
いったいどういうこと? 姫様の手紙を持ち帰ることが、私たちの目的のはず。
「そう、目的だよルイズ。この旅における僕の目的は、三つあった。その二つが達成出来ただけでも、よしとしなければな」
「達成? ……二つ? どういうこと?」
ワルドは笑っている。とても嫌な笑いをしている。
「一つ。これはきみだ、ルイズ。まあ、これは果たせぬようだがね」
「当たり前じゃないの!」
ワルドは気にした風もなく、中指を立てた。
「二つ。ルイズ、きみのポケットに入っている、アンリエッタの手紙だ」
姫様を呼び捨てに……まさか! ワルドは変態じゃなくて!
「ワルド……、あなた「そして、三つ目」」
私の言葉を遮り、ワルドが高々と杖を掲げると、その杖に風が纏わりつき、青白く光を放ち始める。
「――貴様の命だ! ウェールズ!」
ガキイイン!
私にはよくわからなかったけど、ワルドが凄まじい速さでウェールズ王子に切りかかった。
けど、ウェールズ王子の杖がそれを完全に防いでいた。
「『ウィンド・ブレイク』!」
「ぬっ!」
ウェールズ王子の風魔法が放たれて、ワルドは跳びのいた。
「貴族派!あなた、アルビオンの貴族派だったのね!ワルド!」
変態なんかじゃなくて、ウェールズ王子の命を狙った刺客! これならまだ変態の方が良かった!……かな?
「 ……そうとも。いかにも僕は、アルビオンの貴族派『レコン・キスタ』の一員さ」
「奴の配下……ではないな、あの男はこのような回りくどい真似はしない」
突然のことにも関わらず、ウェールズ王子は平然とワルドと対峙していた。
「どうして!? トリステインの貴族のあなたが、どうして!?」
「我々はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟さ。我々に国境はない」
そんなことのために、姫様を、トリステインを裏切ったの?
「ハルケギニアは我々の手で一つとなり、始祖ブリミルの光臨せし“聖地”を取り戻すのだ」
「ふざけるな、お前たちの大義など、どこにある。あるのはあの男の野心だけだろう」
昂然と言い放ちながら、ウェールズ王子が杖を振り上げる。
「ふっ、ならばその野心とやらを利用するだけのこと、俺には俺の目的がある」
「そのために犠牲にされる民の血を考えぬのか! 貴様は!」
「知ったことではない。しかし、よくぞこの“閃光”の突きを弾いたものだ」
だけど、ワルドは笑っている。
「以前、ある男に強襲され、完全に敗北し杖を奪われたことがある。それ以来、襲撃に対する訓練はかかしたことはない。もっとも、今となっては意味がないようなものだが」
「その通り、貴様はここで死ぬのだ」
王子への嘲りをやめないまま、ワルドが杖を振るう。
「えっ?」
でも、ワルドが放った風の刃は、私に向かって飛んできた。私は状況に対処できずに、棒立ちしてまっている。
「『エア・カッター』!」
すんでのところで、王子の魔法がそれを相殺してくれた。
「がはっ!」
だけど、その次の瞬間、ワルドの杖がウェールズ王子の胸を後ろから貫いていた。
ワルドが……二人いる?
「ウェールズ王子!!」
「風の……『遍在』…」
「その通り、風が最強たる由縁だよ。覚えておけ、「風」は速く、そして気配を隠すことにも優れる。俺が保険をかけていなかったと思ったか?」
『遍在(ユビキタス)』。自分と同等の能力を持つ分身を作り出す、「風」のスクウェアスペル。ワルドの遍在は、王子の体に杖を刺したままの体勢で、こっちを視ている。
ワルドの本体がこっちに近づいてくる。
「さあ、手紙を渡してもらおう、言うことを聞かぬ小鳥は首を捻るしかあるまい?」
ワルドの周囲が帯電してる。
動かなくちゃ、逃げなくちゃ。そうは思うのに、足が動かない。
怖い。
「残念だよ……。この手で、きみの命を奪わねばならないとは……」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そこに、ウェールズ王子の咆哮が轟いた。
「何!?」
「『エア・ハンマー』!!」
強力な「風」魔法によってワルドが壁に叩きつけられる。
「王子!」
「ヴァリエール嬢!手紙を持って逃げよ!」
胸から血を流しながらウェールズ王子が叫ぶ。その横では首を失ったワルドの『遍在』が消滅しようとしていた。
後ろから刺された状態では、身動きなんかできないのに……まさか、自分に刺さった相手の杖を、引き抜いて反撃したの!?
「で、ですが!」
「私に構うな!もとより今日死ぬ身だ!」
ウェールズ王子が私をワルドから庇うように立つ。
「き、貴様……死にぞこないの分際で!」
怒り狂ったワルドが杖を構える。
でも、私はどうすれば? 私は手紙を持っていない。逃げるべき? いや、違う! 私がやることは!
「『ライト二ング・クラウド』!」
ワルドの電撃が襲ってくる。
けど。
「させぬ……」
ウェールズ王子が同じ魔法で相殺していた。
「く…」
だけど、傷は深く、王子は膝をつく。彼の足元には、小さな赤い水溜りができてしまっている。
「王子!」
「その瀕死の身で俺の『ライト二ング・クラウド』を防いだのは見事だが、そこまでのようだな」
ワルドがまた近づいてくる、まるで死神か何かのように。
「死ぬがいい」
「『ファイヤー・ボール』!」
私の声とともに、ワルドの手前に爆発が起こった。
「なっ!?」
ワルドが驚愕して再び後退する。
「ルイズ!」
「あんたなんかに手紙は渡さないわ!」
私は杖を構えてワルドと対峙する。そう、絶対にこいつなんかに姫様の手紙は渡さない。
「ならば、王子ともども死ぬがいい!」
また電撃がくる、『ライト二ング・クラウド』だ。
だけど。
「デルフリンガ――――いっきま―――――――す!!」
なんてフザケタ声が、後ろの扉の方から飛んできた。
「今度は何だ!?」
デルフがワルドに突っ込んで、その電撃を吸収していく。
あれは、何?
「ルイズ―――――――――――!」
少し遅れて、私の使い魔が飛び込んできた。
「サイト!」
「ガンダールヴか! 小賢しい!」
ワルドの顔は怒りに歪んでいる、その顔はまるで悪鬼のよう。けど、急に笑みを浮かべた。
「愚か者が、自ら武器を手放すとはな」
「ヤベッ! 相棒、早く来い!」
ワルドがデルフに近づく。まずいわ、武器が無いとサイトは戦えない!
「くそっ!」
慌ててサイトが駆けだすけど、間に合いそうにない。
「残念だったな!」
「こら、さわんな!って、おお!」
だけど、デルフが勝手に移動した。
「サイト君! 受け取れ!」
ウェールズ王子が、自分の血溜りに沈みながらも、『レビテーション』を唱えていた。
「ウェールズ! 貴様どこまでも邪魔を!」
ワルドがウェールズ王子に向けて、再度魔法を放とうとする。
「『錬金』!」
私はとにかく魔法を放つ、どうせ爆発するんだから何をやっても同じだ。
「ぬわあああああああああ!」
「おわあああああああああ!」
「あんぎゃあああああああ!」
………ついでに、サイトとデルフも巻き込んだけど。
「殺す気か! だけどナイス!」
貶しながら褒めるサイト。って、そんなことより!
「ウェールズ王子!」
あの身体で『レビテーション』をかけるなんて!
「う、ヴァリエ―ル嬢かね?」
私は目の前にいるのに……まさか、もう目が…
「すまない、君を危険にさらしてしまった…」
「そんな! どうしてそこまで!」
私なんかを守ろうとするんですか!
「私は……アンリエッタを……置いていってしまう……………ならばせめて……彼女の親友くらいは守らねば…………格好がつかないだろう?」
「!」
姫様のために……
王子様は微笑んでいた。どうして? どうしてこの人はこんな状態で笑えるの?
「ウェールズ王子!」
サイトが駆け寄ってきた。
「サイト君………悪いが……頼みがある」
「はい! なんでしょうか!?」
サイトは叫ぶように内容を尋ねた。
「彼女を、守ってくれ……彼女がいなければ………アンリエッタが悲しむだろう」
「ウェールズ王子……」
この人は、本当に姫様を愛してるんだ。自分が死ぬ直前なのに、姫様のことを思うくらい。
「分かりました! 手紙もルイズも全部守って…必ずお姫様の下まで届けます!!」
サイトは力強く誓った。
「ありがとう………任せた……男の男の……約束だ…」
そして、ウェールズ王子はしゃべらなくなった。私には、その手を握っていることしか出来ないまま。
■■■ side:才人 ■■■
ウェールズ王子が目を閉じた。
けど、俺の心にあるのは別のことだった。
“ルイズを守る”
“手紙をお姫様に届ける”
“絶対にあの野郎をぶっ殺す”
それしか頭になかった。
「別れは済んだかね?」
傲然と杖を構えて俺と対峙する変態野郎。
「うっせえ、しゃべるな」
こいつと話すことなんて何もねえ。俺はデルフを構える。
「いいぜ相棒、その調子だ。どんどん心を震わせな。思い出したぜ、“ガンダールヴ”だ。主人を守る、そのために敵をぶっ殺す、最高の条件だ」
すると、デルフが光り輝いた。
同時に変態野郎が魔法を唱える。俺は避けずにデルフを構える。
「風」の魔法はデルフの刀身に吸い込まれた。
「魔法吸収、やはりそれがその剣の能力か」
光が止むとそこには新品同様に輝くデルフの刀身があった。
「お前……」
「これが俺の本当の姿だ、忘れてたぜ、飽き飽きしてた時に、テメエの姿を変えたんだった」
まあようは、これで変態野郎の魔法を気にしないでいいってことか。
「安心しな相棒。ちゃちな魔法は全部俺が吸い込んでやるよ!この“ガンダールヴ”左腕、デルフリンガーさまがな!」
デルフが叫ぶと同時に、俺は変態野郎に切りかかる。
「舐めるな!」
そして、切り合いが始まる。
「うらああああああああああああああああ!!」
構え何か知らねえ。そもそも剣術なんざ習ったことも無い。
こいつの正統派の技術に比べりゃ遊びみたいなもんだろうが。
“絶対に勝つ”
それだけを念じてひたすらデルフを振るう。
理論なんか知ったことか、生き残れば勝ちだ。
「おいおい!どーした変態ロリコン野郎!この前相棒と戦ったときよか動きが鈍いぜ!」
デルフが叫ぶ。
「くっ、ウェールズめ……奴から受けた傷さえなければ貴様如きに……」
そう呟く変態野郎。
ウェールズ王子がこいつに傷を与えたってことか……ありがとうございます、ウェールズ王子。
「はあああああああああああああ!!」
「その調子だ!このまま押し切れ!」
言われるまでもねえ。
「くっ!」
変態野郎が大きく後退した。『フライ』だ、攻撃魔法はデルフに効かねえから支援系に切り替えたのか。
「平民のくせにやるな、流石は“ガンダールヴ”」
疲れは見えるが、声に余裕がある。
「さて、ではこちらも本気を出そう、なぜ風の魔法が最強と言われるのか、その所以を教育いたそう」
そんな余裕の発言をしてる間に、俺は背中から“切り札”を取り出す。
「ユビキタス・デル……」
「おらよ!」
投擲するのはコショウ爆弾。ずっと背中に隠し持ってた秘蔵の逸品だ。
変態野郎が咄嗟に杖で弾くが、風で吹き飛ばさなかったのが運のつきだな。
「ゴホ!ゲホ!」
コショウでむせる変態野郎。そりゃあそうだ、“立派な貴族様”のこいつが厨房で芋の皮むきだの、小麦粉運びだのをやったことがあるわけがない。
あそこにいればコショウくらい自然と耐性が出来る。
「オラアアアアアア!!」
「いったれ相棒おぉぉぉ―――――――!」
ここで一気に決める!
「ガハッ!」
むせながらも避けようとするが、デルフが変態野郎の左腕を切り裂いた。
「まだだ相棒! 返す剣で首を飛ばせ!」
「おおおおおおおおおおおおおお!」
チャンス!一気に仕留める!
「くっ!」
だが、変態野郎は『フライ』で飛びあがりやがった。そして、壁に開いた穴に向けて飛んでいく。
「逃がすかよ!」
腰から短剣を引き抜いて全力で投擲する。
昨日の夜、野郎の変態疑惑が固まった後、城内にいた人に聞いて余っている短剣をもらっておいた。
それに城の薬品庫のあった毒薬ももらって、塗っておいた。ハインツブックの手引きにしたがって。
変態野郎の背中に刺さったようにも見えたが、確認は出来ない。
「やったか?」
「いや、多分逃げられたな、あの変態ロリコン野郎にはグリフォンがいやがる。あいつがただの単独犯の変態野郎だったら毒で死ぬだろうが……」
そこで一旦デルフが区切る。
「なあ、貴族の娘っ子、あの変態は『レコン・キスタ』の刺客だったんだろ?」
「そうよ、ワルドは裏切り者だったの」
「何だって!」
あの変態ロリコン野郎が『レコン・キスタ』!
「相棒がわかんねえのも無理はねえ、俺って耳がいいんだよね」
そういやそうだった、けど。
「『レコン・キスタ』ってのは変態まで集めてるのか!」
「変態だろうが強ければ使う、そういう組織なんだろうよ。王子様もそんな感じのこと言ってただろ」
そうか、何て恐ろしい組織だ。
「違うわサイト、ワルドの狙いは『レコン・キスタ』の一員としてウェールズ王子の命と姫様の手紙を奪うことだった。別に変態じゃなかったのよ」
ルイズが訂正する。
「じゃあ、なんで結婚式なんてやろうとしたんだ?」
それだけが狙いなら、まずはルイズを殺して手紙を奪って、後はお姫様の使者として、ウェールズ王子に近づいて殺せばいい。あの変態がトリステイン貴族なのは事実なんだから、疑われることはないだろ。
「それは、えーと……3つの目的があって、1つは手紙で、2つ目がウェールズ王子で、3つ目が……」
考え込むルイズ。
「なんなんだ?」
「ちょっと待って、えーと……僕には……君の…………身体が……必要なんだ、だったかしら?」
※注 ワルドの台詞は『ルイズ!きみの才能が僕には必要なんだ!』です。ワ
ルドは変態であるという先入観がルイズにあったため、脳内変換された
ようです。
「やっぱし変態じぇねえか!」
「やっぱ変態だわ!『レコン・キスタ』の一員であり、同時に変態だったわ!」
「けど、変態の野望は王子様が防いだわけか。男だねえ、愛する女の親友を、変態の魔の手から命懸けで防いだってわけだ」
そうだ、ウェールズ王子!
俺達はウェールズ王子の下に戻ったけど、ウェールズ王子はもう事切れていた。
俺は目を瞑ってしばらく黙祷する。多分、ルイズも同じだと思う。
そして、目を開けると。
「サイト、手紙と私を、姫様のもとまで絶対に守るのよ」
初めて、使い魔としてじゃなくて、“才人”にルイズが命令した。
だから。
「任せろ、ルイズ」
俺も御主人さまじゃなくて、“ルイズ”に応えた。ウェールズ王子が守ろうとした、お姫様の親友のルイズに。
で、ちょうどそのタイミングで。
いきなり足下の床が盛り上がり出した。
「何だ? 敵か? 下から来やがったのか?」
意外なところから出現した敵を迎え撃とうとしたその時、ボコッと床石が割れ、茶色の生き物が顔を出した。
「ヴェルダンデ!」
突如現われた巨大モグラに呆気に取られていると、穴から顔が出てきた。
「こら! ヴェルダンデ! もう少しペースを落としたまえ、これじゃあついていくのがやっと……」
土に塗れたギーシュが現れた。
「おや!君たち!ようやく追いついたか!」
「…何でこんなとこから?」
どうやったら地面から出てくるんだ? 地底人かお前は、ここ空島だけど。
「話せば長くなるんだけど、ラ・ロシェールでの戦いを終えた僕たちは、寝る間も惜しんで、君達の後を追い掛けたんだよ。何せこの任務には、姫殿下の名誉が掛かっているからね」
「それで何で地下なのよ?」
ルイズも尋ねる。当然の疑問だ。
「タバサのシルフィードでアルビオンまでは来たんだけど、そこからが問題だったの」
「キュルケ!」
キュルケも穴から這い上がってきた。つーか、貴族のお嬢様がやることじゃねえな。全身土塗れだし。
「アルビオンに着いたはいいが、何せ勝手が分からぬ異国だからね。で、とりあえずロサイスに行って情報収集、案外あっさりと、王党派がニューカッスル城に拠点を置いてることがわかったんで、ここまで来たんだけど…」
「化け物みたいにでっかい戦列艦がいたのよ。しかも、それ以外にも、 攻城用の艦砲射撃のための戦列艦がいてね、空中からは接近が難しかったわ」
「そこで、地下から潜入することに、ヴェルダンデがルイズの『水のルビー』の匂いを追って来た」
3人が続けて話す。って、シャルロットも顔を出してる。やっぱし土塗れだけど。
「で、そっちの用件は終わったのかしら?」
キュルケが代表して聞いてくる。
「うん………一応は」
覇気が無いルイズ、まあ、当然だな。
「近いうちに『レコン・キスタ』が総攻撃をかけてくるらしい、相手は5万だ、とっとと逃げた方がいい」
「だな、あの変態野郎が知らせに行けばここに一気に来るかもしれねえし」
俺とデルフで近況を伝える。
あの変態野郎を逃がしちまったからな。
「変態? ワルド子爵のこと?」
「ああ、あいつはルイズとの駆け落ちを企んでた、『レコン・キスタ』の変態だったんだ」
「公爵令嬢の娘っ子と結婚するのが無理だったから、トリステインを裏切って『レコン・キスタ』についたってわけよ。ま、結局は相棒にやられて逃げてったけどな」
だけど、それもウェールズ王子がルイズを守ってくれたからだ。俺だけだったらどうなっていたか。
「じゃあ、撤退」
シャルロットの言葉に全員が頷いて穴から逃げる。
俺とルイズは最後にウェールズ王子のところに戻って何か形見の品はないか探す。
亡骸を持っていくことは出来ない。『レコン・キスタ』がウェールズ王子の死を確認できなかったら亡命と同じことだ、トリステインに攻めてくる可能性が高くなる。
「これ、『風のルビー』」
ルイズがそう呟く、あの時空賊正体を明かす時に使ってた指輪。
「そうだこれ、もうお前が持ってろ」
お姫様の手紙をルイズに渡す。変態との決戦に際して、万が一ルイズが連れさられた場合のためにルイズが俺に預けていたものだ。
「わかった」
手紙を受け取ったルイズは穴の方に駆けていく。
俺は『風のルビー』をウェールズ王子の指からはずし、ポケットにしまう。
「ウェールズ王子………貴方のことは絶対に忘れません」
頭を下げながら誓う。
「俺は、俺が信じるものを守り抜くことを、貴方に誓います」
一礼した後、穴に向かって駆けだす。
だけど、最後に。
“お見事、彼の治療は裏方の悪魔に任せろ。舞台劇はまだまだこれからだ”
そんな声が聞こえた気がした。
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あとがき
この作品を読んで下さる方、感想を下さる方々に、まずはお礼を。いつも、ありがとうございます。
ワルドの行動の動機ですが、私も原作の彼が何を根拠にしていたのかは、わからない所がありました。何ででしょうね? 原作でワルドは『聖地』関連の”力”を見たことがあるような記述がありました(零戦を見たときとか)から、そのときその”何か”から感じ取った印象が、かつてルイズが振るった力から受けた印象に似ていた。よって”自分たちの魔法とは異なる強力な力”と”ルイズの力”をイコールで結んだのかもしれませんね。その際に、その”何か”の力が彼の家庭環境(母親関連?)に影響を与えたのかな、と思ったりしてます。だから、執拗に”ルイズの力”を求めたのかと。
それと、この外伝書いてて、ルイズやサイト主観で全部書いた後、裏方のハインツたちの方を書いたほうが良かったかな? と若干後悔してます。順番間違えたかもしれません。