ルイズに三食食事抜きを言い渡された俺は、自力で食事を確保する必要に迫られた。
幸い金はあったので、シャルロットとキュルケと一緒にラ・ロシェールの食べ物屋を回った。
ちなみに、ギーシュもナンパしに出かけたようだが、全敗したらしい。もどってきたギーシュは自棄になってワインを飲んでいたが、あっさりと潰れて夕方まで寝てた。
そして、俺とシャルロットは夕方まで訓練をしていた。
第十四話 ラ・ロシェールの攻防
■■■ side:才人 ■■■
「それではー!アルビオン旅行の成功を願ってー!」
「「「「 乾杯! 」」」」
俺、シャルロット、キュルケ、ギーシュの声が重なる。
現在『金の酒樽亭』にて明日のアルビオン行きの成功を願って宴会をやってる。
昼にやけ酒をあおって潰れてたギーシュは早くも復活。ルイズとワルドの姿は見えない、まあ、どっかにはいるだろ。
「しかし、貴方達もよく戦ってたわねえ、びっくりしたわよ私」
キュルケから呆れたような言葉をもらった。
「まあな、でも、楽しかったぜ」
「うん、楽しかった」
俺、シャルロット、キュルケの3人で昼飯を食った後、俺とシャルロットは一緒に訓練していた。
この前と違って、シャルロットも『ウィンディ・アイシクル』や『エア・ハンマー』、『エア・カッター』などの魔法を組み合わせて撃って来た。極めつけに『ライト二ング・クラウド』、「風」には電撃もあるから注意が必要らしい。
で、俺はデルフと一緒にその魔法発動のタイミングを見極めようとしたんだけど。
「しかし、シャル……タバサの魔法発動のタイミングが、読みにくいこと読みにくいこと」
「そうね、この子の魔法は正面からぶつかるよりも、死角を突く方が多いから、まだ戦闘に不慣れな貴方が見きるのは大変よ」
「基本は暗殺者の動き、何せ、師匠がハインツだから」
まあ、あの人が師匠じゃなあ。というより、シャルロットの方があのヒゲ子爵より速かった。ついでにいうと、訓練の後にシャルロットは魔法学院の制服に着替えた。
パジャマ姿で戦ってたのがあり得ねえと思うけど。
「それで、ワルド子爵には勝てそうなの?」
「勝てる、サイトなら」
シャルロットが太鼓判を押してくれた。心強い限りだ。
「ああ、負けねえよ」
大分魔法戦にも慣れたしな。これくらい見え切ってもいいだろ。今すぐには無理でも、すぐに見返してやるぜ。まあ、この先戦う機会があるかどうかは疑問なんだけど。
「なんだい、内緒話かい?」
そこにギーシュが来る。
「ええ、あんたが振られた理由について検討してるの」
「多分、趣味」
「俺がナンパしても振られてるだろうし、仲間だな、ギーシュ」
「うわあああああああん!! サイトと同じなのか僕はあああああああ!!」
泣きながらワインを飲むギーシュ、こいつ、二日酔い確定だな。そうならなかったらこいつの体はきっと特別製だろう。
「そこまで落ち込まれると逆にこっちがへこむぞ」
そりゃ、彼女いない歴17年だけどさ。
「ま、とにかく、騒ぎましょう!」
「うん、皆で一緒に」
「そうだな! もてない男の夢をのせて、マスター、追加お願い!」
そして、宴会は続く。
「呆れた、あんた、少しはへこんでるかと思ったけど」
しばらくすると、ルイズがやってきた。
「おーう、ルイズ、お前も飲むか?」
「なんであんたはそんなに底抜けに明るいのよ?」
眉間にしわを寄せるルイズ。
「って、なんで?」
俺が落ち込む理由がわかんねえけど。
「あのね、仮にもあんたは決闘で負けたんでしょ、だったら少しは落ち込んで、いじけて、這いつくばって、ご主人様に二度と逆らわないことを誓うもんでしょ」
それは大半がお前の願望だろ。
「そんなこと言われてもなあ、別に落ち込む理由もねえし、なあデルフ」
「応よ、相棒が気にする必要なんざどこにもねえぜ」
デルフも応じてくれる。そりゃあ、かなりムカついたのは確かだし、悔しい気持ちもあるけど、落ち込むのは別だろ。
「どういうこと?」
疑問を浮かべるルイズ。
「だってさ、あいつは隊長だったよな、それがまだ1か月しかたってない“ルーンマスター”の小僧にやられてたらこの国おしまいだろ。“ルーンマスター”もメイジも、階級っつうか、戦い慣れすることでどんどん強くなるのは変わんねんだし」
「そうそう、もし相棒が勝っちまったら、ルーンを刻めば誰でも魔法衛士隊の隊長に勝てることになっちまう。そうなったら、お前さんはどう思うよ? つい1か月前までただの平民だった小僧に、あっさりとスクウェアのメイジがやられちまったらさ?」
さんざん“ただの平民”の部分を強調してくれたしな。
「それもそうかも、たしかに、考えてみれば当然よね、ワルドだって何年も訓練してスクウェアになったんだから」
納得するルイズ。練習や訓練はこいつはいつも人一倍やってるから、わかるんだろう。
そう、あいつがむかつくヒゲ野郎でも、あいつが何年も訓練して隊長になったのは間違いない。1か月前まで、インターネットで遊ぶくらいしか能がなかった俺が、真正面から戦って勝てるわけがねえ。
だからこそ、シャルロットに付き合ってもらって訓練すると同時に、勝つための秘策を考えてるんだから。
「それにさ、それ以前の問題がある」
「それ以前の問題?」
また首を傾げるルイズ。
「ああ、魔法衛士隊って、一個じゃないんだよな?」
「ええそうよ、ワルドが隊長を務めるグリフォン隊、その他にマンティコア隊、ヒポグリフ隊があるわ」
なるほど、合計3つと。
「それでさ、仮にの話だけど、そのヒポグリフ隊の隊長さんがある日、トリスタニアの町中で、剣を背負った17歳の平民のガキに出会いました」
「ふむふむ」
「それで、いきなりこんなことを言い出しました。『俺は強い奴と戦うのが好きなんだ、小僧、俺と戦え』、で、そのガキと戦って圧勝しました。そして、『はっはー、俺最強! 小僧、お前は弱い、そんなんじゃあ陛下を守ることなんて出来んぞ』と言って去っていきました。これ、どう思うよ?」
「間違いなくトリスタニア市民全員が白い目で見るでしょうね」
冷静なルイズの返事。まちがいなく誰もがそう答えると思うけど。
「だよな、隊長さんと、剣持っただけの平民の小僧じゃ、どう考えても弱い者イジメだ。でも、あのヒゲ子爵のやってることって、それとあんまし大差ないよな」
シャルロットと戦ってる時に気付いた。
俺とシャルロットが戦うなら対等、つーか、俺が2歳年上。そこに、戦闘経験や性別を考えりゃあ、大体条件は同じだと思う。でも、17歳の小僧と、26歳の隊長が同格なわけねえもんな。
「……言われてみればそうね」
「だよなあ、結局はよお、自分より弱いやつをいたぶって、優越感に浸ってるだけだもんな。貴族の娘っ子を“ゼロ”なんて言って馬鹿にしてる学院の貴族と同じ感じでよお」
デルフも指摘する。
「うーん、やっぱし、結婚は考え直した方がいいかも……」
「へ? 結婚?」
なんか、聞き捨てならない言葉があった。
「ああ、言ってなかったけど、昨日、ワルドに結婚を申し込まれたのよね」
「何だって!じゃあ、俺はどうなる! 捨てられるのか!!」
「あんたね……何でそこで、まず自分の心配するのよ」
そんなこと言われても。
「当然だろ、お前に捨てられたら俺は住所不定無職だぜ。しかも、洗礼も受けてないから、一人じゃまともな職に就けそうもないし、犯罪者に落ちぶれるくらいしか道がなさそうなんだよ。頼む、捨てないでください御主人さま」
土下座する俺。こうなったらプライドなんか捨てる。
「わかったから起き上がりなさい、周りに見られたら私が変な子になるでしょ」
「いや、十分お前さんは変な子だと思うぜ?」
「爆破するわよ? 駄剣?」
「御免なさい。もう2度と言いません、美しいお嬢様。卑小なる錆剣にどうかお慈悲を」
なんとも情けない剣と持ち主だった。てかデルフ、口調変わりすぎ。
「まあとにかく、私が結婚しようがなにしようが、あんたが私の下僕であることに変わりはないわ。だから、盾、囮、弾よけ、身代わり、掃除、その他雑用、ついでに私を守ること、この辺はやりなさいよ」
「使い魔から下僕になったんですね」
「大丈夫だ相棒、あんまし違いはねえよ」
確かにそうかも。むしろ動物と同じからランクアップした? 動物の下僕ってのは居ないよな普通。
「でもさ、守るって部分だけは、あのヒゲ子爵、ワルドに押し付けていいか?」
「押し付けるって表現が気になるけど、なんで?」
「だってそうでもしないと、使い魔めの自由時間がありません」
「あんた、ホンットにいい度胸してるわね」
ルイズの顔が怒りに歪んでいく。
「申し訳ありませんマスター・ルイズ、調子に乗りました」
土下座パート2。いざとなったらジャンピング土下座だってやって見せよう。ルーンの力使って。
「あんたは私の下僕よね?」
「ごもっとも」
「下僕に自分の時間なんて必要ないわよね?」
「ごもっとも」
「下僕は御主人さまの命令に絶対服従よね?」
「ごもっとも」
「………ワイン持って来なさい」
「自分で行けよ」
盛大に吹っ飛ばされた。
「ああー、暴力主人に仕えるのは大変だあ」
爆破され、二階の部屋でしばらく寝込んでた俺。”暴力こそ最優の教育”論には反対すべきか、どうなんだ特別に高等な人。
ちなみに、シャルロットが『治癒』をかけてくれなかったらもっとひどい状態になってただろう。
「口は災いの門だねえ」
まあ、話し相手にはことかかなかったけど。
「よし、そろそろ宴会に戻るか」
「少しは腹も落ち着いたかい?」
実は結構勢いよく食べてたもんで、少し腹がきつかったという事情もある。
………爆破の際によく吐かなったな、俺。
「ああ、こっからはラウンド2だ」
「おし、頑張れや」
なんて話してると。
急に、あたりが暗くなった。
俺は部屋の明かりをつけていなかった。このハルケギニアの月は地球よりも大きくて明るいから、夜でも満月以上に明るい。
街灯があんまし存在しないのも、その辺の自然的な理由によるものだろう、都市の建物による陰でもない限りは、十分見渡せるほど明るいのだ。
けど、それがなくなった。
「デルフ!」
「外だ! 相棒!」
窓の外を見ると、巨大なゴーレムが存在していた。そこには……誰だ?
「小僧、これに対処できるか?」
謎の人物の言葉と同時に、岩でできた巨大ゴーレムの指が、勢いよく俺の部屋に突き刺さった。
後になって考えると、これこそが、俺とこの人の最初の邂逅だった。
ニコラ・ボアロー
7万の大軍に単騎で突っ込んだ俺に深手を与えた、アルビオンの名将との。
■■■ side:キュルケ ■■■
「まったく、貴女達は変なのに好かれる性質みたいねえ」
「あんなのに好かれたくないわよ」
私とルイズは愚痴り合う。いきなり大量の傭兵達が襲撃してきて、大量の矢が飛んできた。ワルドとギーシュとで石製のテーブルの脚を折って、それを盾に前戦で防いでる。
男共に前戦は任せて、私達女3人は後ろで観戦してるんだけど。
「しかし、あれは何なのかしらね?」
店の外には巨大なゴーレムの姿がある。
「トライアングルクラスの攻城用ゴーレム、けど」
シャルロットが応じるけど、言いたいことはわかる。
「かなりの使い手、ね、この前の“土くれ”とは比較にならないわ」
私達「トライアングル」クラスになれば、大体感覚で相手の魔法の強さが分かる。だから、あのゴーレムの使い手が並大抵じゃないってのが感じ取れる。
「やろうと思えば、この宿ごと破壊することなんて、容易」
確かに、何せ城壁を破壊するためのゴーレムだもの。
「けど、それはしなかった。それに、兵の配置も少し独特だし、表側だけで裏側には敵がいない。これじゃあ裏から逃げてくれと言ってるものだわ」
「実際、他の客は裏から逃げた」
それが意味するところは。
「この敵の狙いは私達だけ、というか、多分ルイズの手紙か」
「それに無関係の人間を巻き込むことを良しとはしていない、かつ、私達が裏から逃げれば、別の追手がかかると予想される」
あえて逃げ道を用意しておき、そこに敵を誘導し、伏兵で撃滅する。それは兵法の基本だ。
「つまり、傭兵を指揮してるのは……」
「軍人、それも、生粋の」
厄介極まりない、慢心がない敵ほど、相手にしたくないものだから。
「参ったわね……」
ルイズの呟きに、私も頷いて同意した。
「昨日の連中は、やっぱりただの物盗りじゃなかったみたいね」
まあ、金目のものは回収したんだけど、わざわざ命まで捨てに来るなんて、馬鹿な連中。
「そのようだ。十中八九はアルビオン貴族の差し金だろうな」
ワルドの推論に私は、杖を弄りながら呟く。
「……このまま持久戦になると、こっちが不利よ。ちびちびと精神力を削られて、魔法が使えなくなった頃に突撃でもされたら、たまったもんじゃないわね」
まあ、その前に瞬殺する自信はある。敵があの傭兵連中だけならだけど。
「ぼくのゴーレムで、防いでやるさ」
ギーシュが顔を青ざめさせながらそう言ったけど。
「ギーシュ、あなたの『ワルキューレ』じゃ、7体を一気に投入しても一個小隊ぐらいが関の山だわ。相手は手練の傭兵よ?」
「やってみなくちゃわからないさ。僕はグラモン元帥の息子だぞ? 卑しき傭兵ごときに後れをとってなるものか」
「ったく、トリステインの貴族は口だけは勇ましいんだから。こんなだから戦に弱いのよ」
立ち上がって呪文を唱えようとしたギーシュの首根っこを引っ掴んで制した。
「ううん、手練とはいえないかも」
そこに、シャルロットが発言する。そういえばこの娘は、ずっと敵を冷静に観察していた。
「どういうこと?」
ルイズが訝しげに問う。この娘は実戦経験がないから、少し慌てた様子だ。
「本当の傭兵というか、よく訓練された傭兵なら、矢を放つ前に突撃してる。こちらが防御大勢を整える前に少数精鋭で切り込み、魔法を使わせることなく喉を切り裂いた方が遙かに勝算はある。けど、それをしなかった」
確かに、その通りだ。
「それをせず、安全圏から矢を放つことしかしない。突撃してくるのもこっちの精神力が尽きてから、これはただの腰ぬけ、戦場に投入するに値しない雑用兵に過ぎない」
「なーるほど、こっちだって馬鹿じゃないんだから、それだけ時間があれば対応策くらいいくらでも考え付くわ。何せ、こっちはほぼ全員がメイジだもの」
私は後ろに視線を向けながら言う。
「悪りい、遅れた!」
そこに、サイトが合流、これで全員揃ったわね。
「全員揃ったな、いいか諸君」
ワルドが、低い声で告げる。その場の全員が、黙ってワルドの声に頷いた。
「このような任務は、半数が目的地に辿り着ければ、成功とされる」
シャルロットが、自分と、私と、ギーシュを杖で指して「囮」と呟いた。それから、ワルドと、ルイズと、サイトを指して、「桟橋へ」と呟いた。
「時間は?」
ワルドが、シャルロットに尋ねた。彼もシャルロットが、見かけによらず実戦経験豊富だと感じたのだろう、異論は出さなかった。
「今すぐ」
シャルロットが打てば響く様に、ワルドに返す。
「聞いての通りだ。裏口に回るぞ」
「え? え? ええ!?」
ルイズが驚きの声を上げる。
「今からここで、彼女たちが敵をひきつける。せいぜい派手に暴れて、目立ってもらう。その隙に、僕らは裏口から出て桟橋に向かう。以上だ」
「まあ、しかたがないわね。あたしたち、貴方たちが何をしに、アルビオンに行くのかすら知らないの」
そういうことにしておかないと。
「うむむ、ここで死ぬのかな。どうなのかな 死んだら、姫殿下とモンモランシーには会えなくなってしまうな……」
少しは覇気を見せなさい、ヘタレ。 シャルロットがサイトに向かって頷く。
「行って、シルフィードで追いつく」
「分かった」
あらあら、仲がいいこと。そして私はルイズの方を向き話しかける。
「ねえ、ヴェリエール。 勘違いしないでね? あんたのために囮になるんじゃないんだからね」
「わ、わかってるわよ」
それでも頭を下げるのがこの子なのだ。
「ギーシュ、いざとなったらお前が二人を守れよ」
「けど、僕は「トライアングル」の二人より戦力として劣ると思うけど……」
「なーに言ってやがる。強い弱いは関係ねえ、いざとなったら女を守るのが男の役目だろ?」
何の気負いもなく言うサイト。見た目は結構幼い顔立ちだけど、その見かけによらず漢らしい。ふふふ、あの子を守る騎士様になれそうね。
「そうか、そうだね! そうとも、このギーシュ・ド・グラモン、か弱き女の子を守るために戦わねば!」
やる気を出すギーシュ。意気込んでるようだけど、残念ながらここに”か弱き”女の子はいない。
「おし、任せた」
「しかしサイト、君は変わってるねえ」
「俺が?」
「そうだよ、いつも口先では主人を置いて逃げるなんて言ってるくせに、こういう危機になったらすぐに来たじゃないか、逃げる機会なんていくらでもあったのに」
確かにそう。口先だけは威勢良くて、いざとなったら何の役にも立たないヘタレは、魔法学院にいくらでもいるけどサイトは逆。いつもは逃げるなんて言ってるのに、こういうときになったら、逃げるなんて考えもしない。
「別に、気のせいだろ、いざとなったら逃げるよ俺は」
「はいはい、そういうことにしておこう」
やっぱ仲良いわ、この二人も。女のために命を懸けるって部分では共感できるのかしら。
そして、ルイズ、サイト、ワルドの3人は、低い姿勢でテーブルの影から走り出す。途中、矢が飛んできたがけど、シャルロットが風の障壁を張ってそれを防いだ。
「さあ、暴れましょうか」
「やる時は徹底的に」
あいつに会って以来、私も魔法の訓練はけっこうやっている。
特に、一度だけ見せてもらった、あの戦争の怪物と呼べる二人の、“訓練”という名の殺し合いが特に印象深い。私の“微熱”なんて足元にも及ばないほどの大火力と、それを行う炎の意思。
“烈火”と“炎獄”
あの二人の追いつくくらいを目標にしなければ、ツェルプストーの名が廃る。
■■■ side:シャルロット ■■■
サイトたちが裏口の方に向かったのを確かめると、キュルケはギーシュに指示を出す。
「ギーシュ、厨房からワルキューレで油持ってきて」
「揚げ物用の油のことかい?」
「そうよ、あんたのゴーレムなら重くても持ってこれるでしょ」
「わかった、行ってくる」
ギーシュは厨房に向かった。ゴーレムはガーゴイルと違って自律思考が出来ないから、こういう動作をするときには、術者も一緒に行く必要がある。ギーシュも初めは少し混乱気味だったけど、サイトと話してからは意外と落ち着いてる。
「しかし、ぼろぼろねえ」
キュルケが呟く。確かに宿の内部は酷い有様だ。
「わしの店が何をした!?」
さらに、店主の嘆きが聞こえてくる。
「このまま暴れるのはいいけど、下手すると、私達に請求がきかねないわね」
「大丈夫」
私は店主に近づく。店主は混乱していてるから、淡々と言う方が良い。
「マスター」
「な、何でしょうか?」
「これ」
懐からフェンサーカードを取り出し、見せる。
「!? こ、これは!」
実は、この店主も北花壇騎士団の情報提供者。ここは貴族専門といっていい店だから、メッセンジャーではなく、シーカーという役割になる。
私はポケットからもう一つのカードを渡す。
「このカードをラ・ロシェール担当のファインダーに見せて、トリステイン支部長オクターヴを通して本部に請求すればいい、ここの代金はトリステイン王政府が出してくれる」
「おお、ありがとうございます」
ここのファインダーから支部へ、支部から本部へ、本部のハインツやイザベラ姉さまから、ガリア外務卿のイザークへ、そして、イザークからトリステイン王国へと通達が行く。
この任務がトリステイン王女の密命ならば、その費用はトリステイン王政府が出さねばならない。その辺の手続きはハインツとイザークに任せるしかないけど。
こと、そういうことの根回しなどに関しては、あの二人の独壇場。イザベラ姉さまは主に国内担当らしいから。
「流石ね、ガリアの情報網はとんでもないわ」
「ラ・ロシェールはトリステインとアルビオンを繋ぐ重要地、人もモノも金も情報も集まる。ここを北花壇騎士団が疎かにするはずがない」
北花壇騎士団の情報網はガリアを超えて、国際的なものに成長している。もっとも、ゲルマニアにはまだまだのようだけど。
あそこには皇帝直属の防諜機関、“皇帝の目”などが存在するらしいから。それに、実行部隊も存在するとか。
「持って来たよ」
キュルケと話しているうちに、油の入ったビンを持ってギーシュが帰ってきた。
「じゃあ、それを入口に向かって投げて」
キュルケが手鏡を覗いて化粧を直しながら言う。こんな時でも、自分の容貌を気にするのが、キュルケのキュルケたる由縁だろう。
「こんな時に君は化粧をするのか?」
呆れた様子のギーシュ。でも、それでこそキュルケ。
「だって歌劇の始まりよ? 主演女優がすっぴんじゃ……」
化粧直しを終えたキュルケは立ち上がり、左手に持っていたビンを傭兵たちの真上に投げつけて、それを目掛けて火球を放つ。
「しまらないじゃないの!」
ビンに入っていた度数の高い酒に火が引火して、突撃をしようとしていた傭兵たちが当然現れた燃え上がる炎にたじろいだ。その隙をキュルケが見逃す筈も無く、再び杖を振るう。
ギーシュのワルキューレが投げた油に引火して、炎はますます燃え上がり、傭兵たちにも燃え移る。炎に巻かれて、傭兵たちは床でのた打ち回る。
「『ウィンド』」
私が唱えるのは風を吹かすだけの初歩呪文。けど、この状況では最悪の組み合わせになる。もちろん、傭兵にとってだけど。
立ち上がったキュルケは、優雅に髪をかきあげて、杖を掲げた。そんなキュルケに数本の矢が飛んできたけど、私の風の魔法がそれを防グ。
女王に矢を射るなんて、無粋。
「名もなき傭兵の皆様方。 あなたがたがどうして、あたしたちを襲うのか、まったくこちとら存じませんけども」
降りしきる矢の嵐の中、キュルケは微笑を浮かべて一礼する。それは微笑みと呼ぶには、あまりにも情熱が込められていたけれど。
「この“微熱”のキュルケ、謹んでお相手つかまつりますわ」
■■■ side:ボアロー ■■■
巨大な岩のゴーレムの肩の上で、俺は感嘆していた。先ほど、突撃を命じた一隊が、炎に巻かれて大騒ぎになっているからだ。敵は魔法学院の学生のようだが、思った以上にやる。
「まったく、金で動く連中は使えんな、あの程度の炎で大騒ぎとは」
あの程度で怯むようでは、戦場では生き残れない。まあ、それで逃げて来たのだろうが。
「あれでよい」
「ほう?」
「倒さずとも、かまわぬ。分散すれば、それでよい」
「そうか、まあ、俺もお前のために働く義理しかないのでな」
ワルドの遍在は俺の言葉を無視して立ち上がる。
「俺はラ・ヴェリエールの娘を追う」
「そうか、さっさと追え、ちなみに、あの少年と少女達はどうする?」
なかなか覇気がありそうな者達だ。敵であるのが惜しい、同じ側いたっていれば、いい友人になれそうだ。
「好きにしろ。残った連中は煮ようが焼こうが、お前の勝手だ。合流は例の酒場で」
「あいにく、その頃には時間切れだ。そろそろニューカッスル城の攻略が始まるはずだからな。合流などは出来ん、俺は部下の下に戻る」
「それならば、それでいい」
そう言うと、ワルドはゴーレムの肩から飛び降り、暗闇の中に消えた。
「まったく、勝手な男だ。何を考えているのだか、まあ、碌でもないことなのだろうが」
下では男たちが悲鳴を上げながら逃げ惑っている。赤々と燃え上がる炎が、『女神の杵』亭の中から吹いてくる烈風によって、さらに激しさを増し、傭兵たちをさらにあぶり始めた。
「者共! 突撃せよ! さもないと踏み潰す!」
ゴーレムを『女神の杵』亭の入り口に近づけ、その拳を振り上げさせる。そして、それを入り口に叩きつける。
「さて、どの程度のものか」
■■■ side:シャルロット ■■■
酒場の中から、私達は炎を操り、傭兵たちを苦しめた。矢を射かけてきた連中も、私の風で炎を運ぶと、弓を投げ捨てて逃げていった。
キュルケは勝ち誇って、笑い声をあげる。
「見た? わかった? あたしの炎の威力を! 火傷したくなかったらおうちに帰りなさいよね! あっはっは!」
これでもまだまだ序の口、キュルケの炎はこんなものじゃない。
「よし、僕の出番だ!」
これまで、まったく役に立っていなかったギーシュが、炎の隙間から浮き足立った傭兵たち目掛けて『ワルキューレ』を突っ込ませる。
しかし、轟音と共に、入り口と一緒に消えてしまった。
「え?」
もうもうと立ちこめる土ぼこりの中に、巨大なゴーレムの姿が浮かび上がった。やはりずっと静観はしないか。
「忘れてたわ。厄介な指揮官様がいたんだっけ」
キュルケが舌を出して呟いた。私は傭兵よりもそっちを警戒していたけど。
「者共! 突撃せよ! さもないと踏み潰す!」
ゴーレムの肩に立った男が、鋭い声を上げる。軍人らしい雄雄しい声だ。
「どうする?」
キュルケは私の方を見た。けど、あれを相手にするのはかなり至難。それに、傭兵も突撃してくるだろうし。
「う、ううう…………。こうなったら、もう突撃だ! 突撃! トリステイン貴族の意地を今こそ見せるときである! 父上! 見ていてください! ギーシュは今から男になります!」
パニックに陥ったギーシュはゴーレムに向かって駆け出そうとする。私が杖で足を引っ掛ける。当然その場でギーシュは派手に転んだ。
「何をするんだね! ぼくを男にさせてくれ! 姫殿下の名誉のために、薔薇と散らせてくれ!」
自棄になっているギーシュにキュルケは声をかける。
「いいから逃げるわよ」
「逃げない! 僕は逃げません!」
「……あなたって、戦場で真っ先に死ぬタイプよ」
だけど、方法はあるかも。
「ギーシュ、貴方の使い魔は確か、ジャイアントモールだったはず」
「う、うん、そうだけど」
「じゃあ、あの傭兵達の足元に穴を掘らせて足元を空洞にして、そこに岩のゴーレムが倒れ込めば、一気に陥没して傭兵は落っこちる」
「なるほど!」
「ついでに、油はまだあったかしら?」
キュルケも尋ねる、何をするつもりかはよく分かる。
「ああ、まだけっこうあったけど」
「ワルキューレを全部出して、それを持ってきて」
「了解、っていうか、雑用ばっかだね、僕」
やや落ち込みながら、ギーシュはまた厨房に向かう。でも適材適所、ドットのメイジにはそれなりの戦い方があるのだから。
「こういうことやらせたら、使えるわね、あいつ」
「工兵が向いてると思う」
「土」のメイジで、ゴーレムをかなり精密に操れて、かつ、ジャイアントモールという穴掘りに長けた使い魔もいる。戦力よりも、戦場を整える方が向いてるのは間違いない。
「「「「「 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 」」」」」
そこへ、傭兵が一気に押し寄せてきた。
「あーあ、こりゃ、何人か潰されたわね」
「死兵になってる」
見せしめに何人かゴーレムで潰したのだろう。彼らが生き残るには、私達を殺すしか道はない。
「でも残念、こっちも墓場行きよ」
「2回も私達に挑んだ時点で、それは確定」
一度捕まえた時に言っておいた、『次に挑んできたら容赦はしない』と。
向こうにとっては、貴族のお嬢様の軍人ぶった戯言に聞こえたかもしれないけど、そっちの勘違いにこっちが合わせる必要はない。
「『ファイア・ストーム』」
「『エア・ストーム』」
ここで「氷」を使ったら「火」と相殺してしまう。故に、キュルケの「火」を私の「風」がさらに高める。
傭兵達が一気に焼ける。そこに、ギーシュが戻ってきた。
「持って来た、後はどうすればいい?」
「貴方の薔薇を『錬金』して、大量の花びらを作り出して」
ギーシュが薔薇の造花を振るい、大量の花びらが宙を舞う。その中で私は呪文を唱え、大量に宙に舞っている花びらが魔法の風に乗って、ゴーレムのあちこちに纏わりついた。
「花びらをゴーレムにまぶしてどうするんだね?」
「錬金」
私がそう指示をだすと、彼は少し首を傾げたが、理解にいたったのか、行動を開始した。ギーシュの『錬金』によって、纏わりついていた花びらが、ぬらっとした油に変化した。ギーシュは『錬金』に関してならばラインでも上位くらいになる。
私は「風」がメインだから「土」の『錬金』においては彼に遠く及ばない。キュルケは「火」だから、私よりは得意だけど、それでも、ギーシュの方が上。
そして、現在ゴーレムは油にまみれているのだ。司令官のメイジはすぐにゴーレムの肩から飛び退く、同時に、キュルケの『火球』がゴーレムに目掛けて飛んでいく。
一瞬でゴーレムに火が燃え移り、そこに私の風が追い打ちをかける。ゴーレムの近くにいた傭兵にも炎が燃え広がっていく。
そして、ゴーレムが倒れ込むと同時に、地面が陥没して傭兵が全部落ちた。
「やった! 僕の『錬金』で勝ちました! 父上! 姫殿下! ギーシュは勝ちましたよ!」
ギーシュは浮かれながらあちこちを走り回る。
「まだよギーシュ、仕上げがあるわ」
殴りながらキュルケが注意する。結構痛そう。でも、最後まで気を抜いてはいけない。そしてこの場合の最後とは、敵が戦闘続行不可能になったことを確認した時だ。
「痛い! な、なんだい?」
「残りの油を傭兵にかける」
「了解だけど、それって……」
「いいから、さっさとやる」
ギーシュのワルキューレが残りの油を穴に落ちた傭兵に向かって投げる。そう、やる時は徹底的に。そうでなければ戦場では生き残れない。そして、ここは既に戦場。
「さようなら、燃え尽きなさい」
キュルケが『炎球』をそこに放つ。火刑による処刑場が出来上がった。
「ひ、ひいい!」
「逃げろお!」
「助けてくれえ!」
生き残りがいたみたい。
けど。
「死ね」
無慈悲な言葉と共に、その三人は潰される。そこには、無傷の指揮官がいた。
「あらあら、酷いわね、自分の部下を殺すこともないでしょうに」
「別に、こいつらは俺の部下ではない。それに、少々因縁があってな」
その声には敵意が宿っていなかった。もう、私達と敵対するつもりはないみたいだ。ちなみに、ギーシュは顔を青くしてる。人間の死体をこんなにたくさん見たのは初めてなんだろう。
「あら、よければ聞かせていただけるかしら?」
何でも興味を示すのはキュルケの美点の一つ、だけど同時に、深入りすることも無い。
「いいだろう。俺は『レコン・キスタ』の傭兵隊を率いる大隊長だが、ここの奴らとは先月あたりに戦場で対峙している」
「ふうん、部下を殺されでもしたのかしら?」
それは、ありそうな理由だけど、多分、違う。
「いや、俺の部下は全員生き残った。それ以前に、戦いにならなかった、王党派の劣勢を悟ったこいつらが、戦場の最中に逃亡したからな、右翼と左翼を同時に失った王党派はあっさりと壊滅した。そして、今はニューカッスル城に立て篭もっている」
「あら、じゃあなぜ?」
「こいつらは、戦場において、友軍を見捨て逃げ出した、それ故にだ。例え傭兵とはいえ、一度雇われた以上はその戦場を戦い抜く義務がある。己の力を尽くし、その戦場を生き残ったのならば、その後に王党派を見限ろうがそれは構わん。しかし、こいつらは己の義務を放棄して逃げ出した。そういった輩は抹殺するのが俺の流儀でな」
堂々と、彼は言い切った。仲間を見捨て、義務を放棄し、逃亡するような者を決して許さないと。
確信する、彼は軍人だ。おそらく、徴兵された諸侯軍などに対してならば、その掟は適用されないんだろう。だけど、傭兵とは、自らの意思で戦場に向かう者、戦う意思がないならば、そもそも傭兵なんかにならなければいい。
それがない傭兵など、ただの盗賊集団に過ぎないのだから。
………そういった集団は、ガリアにおいて、フェンサー達によって抹殺されてる。
「そこの少年」
彼が、ギーシュに向けて言った。
「は、はい!」
敬語で答えるギーシュ、けど、その気持ちは分かる。彼の精悍な顔立ちは、紛れもない戦士のもの。
「お前が貴族ならば、いずれ戦場に出ることもあるだろう。まして、トリステインは近いうちに我々の侵攻をうけることになる」
「…………」
ギーシュは無言で聞いている。私もキュルケもその言葉に耳を傾ける。
「その時、戦うかどうかは己の意思で判断することだ。家系や貴族の誇りなどを理由にし、恐怖心を抑えつけているようでは戦場で混乱し、あっさりと死ぬことになる。先程のお前のようにな」
「それは……」
「これも小規模ではあるが戦場だ。そして、大規模な会戦ではこれの何百倍という人間が次々と死んでいく。そこを生き抜く覚悟がないのであれば、戦場には来るな。戦場は力と戦う意思がない女子供が立ち入ってよい場所ではない」
そして、私とキュルケの方を見る。
「逆に、戦う意思があるならば、性別、年齢に関わらず来るといい。いずれ、会えることを期待しよう」
そして、彼の下にワイバーンが飛来した。「土」のメイジであろう彼は幻獣の扱いにはあまり適していないはずだけど、苦もなく制御してる。
「ではな、勇敢な少年少女達よ」
そして、彼は去って行く。私達は黙ってその姿を見送った。
■■■ side:ギーシュ ■■■
「はー、まいったわ、あんなのが『レコン・キスタ』にはいるのね」
キュルケがぼやいてるけど、僕には応じる元気がなかった。僕はこれまで、直に死体をみたことなんてない、まして、こんなにたくさんの焼死体なんて想像したこともなかった。
「彼だけじゃないかも、彼と同じような将軍が他にもいる可能性が高い」
なぜ、彼女達は平然としていられるんだろう? 目の前の自分達が起こした事に、何の感傷も持たないのだろうか。
「だ、大丈夫かな、トリステインは……」
僕は震えながら聞いてみた。
「さあね、しかし、ゲルマニアも注意しないと併呑されかねないかも。流石に貴女のガリアはそう簡単にはいかないでしょうけど」
「そういえば、私達はバラバラ。私はガリア、キュルケはゲルマニア、ギーシュはトリステイン。そして、先程の彼はアルビオン」
言われてみればそうだ。全員国籍が違う。
「そうね、さて、後始末をして、休憩したら私達も貴女のシルフィードで追いましょう。ちょっと、やばいかもしれないから」
「確かに、『レコン・キスタ』がそれほど強大な組織なら、ニューカッスル城は危険地帯。それに、サイト達にはいざという時の機動力がない、船では『レコン・キスタ』の戦列艦に捕捉されてしまうかもしれない」
タバサはどこまでも冷静だった、混乱してた僕とは大違いだ。普段本を読んでいるときの彼女と少しも変わらない。
「な、なあ、タバサ、キュルケ、どうして君達はそんなに落ち着いていられるんだい?」
僕の問いに、キュルケが少し考え込んでから答えた。
「別に、そんなに難しいことじゃないのよ。要は、覚悟があるかないかの話だもの」
「覚悟?」
「さっきの軍人さんも言ってたでしょ、戦う覚悟、殺す覚悟、そして、大切なもののために命を懸ける覚悟、それがあるかないかよ。とはいっても、私だって最近までなかったわ、その覚悟をしたのはえーと……4か月くらい前かしらね?」
さも、何でもないことのようにキュルケは言う。
「最近なのかい?」
「ええ、かなーり異常極まる男に出会ったのがきっかけね。人間なんてね、ちょっとしたきっかけがあれば一日で生まれ変われるものよ」
「そうかな?」
一日で生まれ変わるなんて出来るものだろうか?
「そうね、方向は逆だけど、こういう場合を考えてみればいいわ。貴方の親兄弟が、明日貴方の目の前で全員殺される。そうなったら、その瞬間から貴方は、今日までの貴方とは完全に別物になるでしょ?」
「う、うーん、もの凄い例えだけど、確かに……」
それ以前の僕にはもう戻れないのは確かだろう、復讐に狂うか、世界に絶望するかは別として。
「だから、それの逆方向のことが起これば凡人は一晩で英雄になるわ。どんな些細な事でも、その人にとってはまさに人生の転機だってこともあるんだから」
「でも、キュルケみたいに即座に適応できるのは珍しい」
そこにタバサが続いた。なんとなくは思ってたけど、やはりキュルケは特別らしい、ならタバサは?
「私は………結構かかったから」
「貴女はそれでいいのよ、あいつもそう望んでると思うわ。それでギーシュ、こんな小さい女の子でも覚悟は出来るんだから、男の貴方ができないんじゃ情けないわよ?」
片目を瞑りながらキュルケが微笑む。なんというか、“戦場の女神”はたまた、“勝利の女神”とでも形容できそうな微笑みだった。
「うん、頑張ってみる」
僕は頷いた。そう、僕はグラモン元帥の息子だ、それが戦場や死体に怯んでいてどうする。
先ほどの彼は、まさに“本物の軍人”だった。父も多分、ああいう人達が命を懸けて殺し合う戦場を生き抜いて、元帥になったはずだ。今の僕はただの小僧だけど、いつかはああいう風にかっこよくなりたい。
そんなことを僕は願った。
■■■ side:才人 ■■■
“ハインツブック”の説明にあった通り、ラ・ロシェールの『桟橋』ってのは空に浮かぶ船のためのもんだった。
ワルドとルイズの案内で建物と建物の間の階段を上ると、丘の上に途方もなく巨大な樹が立っていのが見える。 東京タワーにも迫る高さだ。
そして大きく張り出した枝の至る所に、巨大な果実のような船がぶら下がっていた。
しばしその光景に見とれていた俺だが、ルイズに促され、そのあとを追う。 樹の根元は、巨大なビルの吹き抜けのホールのように、空洞になっていた。 枯れた大樹の幹を穿って造ったものらしい。
ちなみに、夜なので人影はない。 各枝に通じる階段には、鉄でできた案内板が貼ってあった。
ヒゲ子爵がその中から目当ての階段を見つけ、駆け上り始めた。
俺もそのあとに続く。だけど、なんかぎしぎしいってる、体重を支えるには、木製の古い階段はかなりもとないな。
しかし、途中の踊り場で、俺は何者かが近づいてくるのに気がついた。 白い仮面と黒マントの貴族がルイズに迫る。
「ルイズ! 気をつけろ!」
「きゃああぁぁッ!」
悲鳴を上げ、身をすくませるルイズ。
「おっさん! 魔法!」
「『レビテーション』!」
その男の肩から、ルイズの体が宙に浮く。 ヒゲ子爵が『レビテーション』の呪文をかけたんだな。
ヒゲ子爵がルイズの体をキャッチする。 白仮面の男が今度はこっちにきやがった。
「先手必勝!」
デルフを引き抜き、一気に切りかかる。速攻あるのみ!!
ガキイ!
杖で防ぐ仮面野郎。こいつの杖もワルドと同じみたいだ。
「まだまだ!」
俺は全力で一気にたたみかける。ハインツさんの助言通り、短期戦で一気に決める!
仮面の男が『フライ』で後退する。こっちは接近戦専門だから、空に逃げられたら手の出しようがない、そうなったら防戦一方だ、なんせ向こうは魔法使いなんだから。
「逃がすかよ!」
「相棒! 構えろ!」
空気が弾けた。パリパリって音がして、静電気っぽいのが仮面野郎の周囲に漂う。
「あれだな!」
「『ライトニング・クラウド』!」
「行けデルフ!」
「待ってました!」
“身体強化”の力に任せて思いっきりデルフを投擲する。
「くたばりやがれえええええええええええええ!!」
声を出しながら飛んでくる剣ってのも嫌なもんだろう。剣だから避雷針がわりになって電撃を無効化する。
「何!」
同時に、腰の袋に入れといた包丁を引き抜く。まさかのデルフ投擲で、仮面野郎に隙が生じてる。俺は体勢を低くしながら無言で近づき、仮面野郎の足を切りつける。
大声を出しながら目の前に迫る上のデルフと、無言で地をはう俺。シャルロットと一緒に考えた、上下のコンビネーションだ。
「がっ」
足に傷を負った仮面野郎が後退していく。得物が包丁で強度がないから、この戦法はあまり何度も使えない、向こうだって2度同じ手は喰わないだろうし、でも、今はコレで十分。
「『エア・ハンマー』!」
そこに、ヒゲ子爵の追い打ちが入る。仮面野郎は吹っ飛ばされて落ちて行った。
「上がって来ませんね」
「うむ、一旦後退した、といったところか」
俺は向こうに転がってるデルフを回収に行く。
「デルフ、お疲れさん」
「応よ、上手くいったな!」
「ああ、練習通りだ」
あれは、ちょうど練習通りだった。 シャルロットが放った『ライト二ング・クラウド』に合わせてデルフを投擲、俺はしゃがみながら前進する。
まあ、シャルロットの場合、『フライ』で飛びあがって避けた後、空中から『ウィンディ・アイシクル』を撃ちおろしてきたけど。
んー、ハインツさんだったらデルフを避けつつ、俺を足で蹴りあげそうだな。だめだな全然勝てる気がしねえ。
「青い娘っ子よりゃあ弱かったな」
「だよな、けど、ちょうど練習してた魔法で良かったぜ。慣れてなかったらここまでうまくはできなかった」
「運がいいねえ、相棒は。けど、『ライト二ング・クラウド』を使って来たってことは、あの仮面野郎は「風」メイジだな」
「ああ、シャルロットやヒゲ子爵とおんなじってことか」
そんな会話をしつつ、ヒゲ子爵とルイズの後を追う俺達。
階段を駆け上がった先には、大きく伸びた1本の枝に沿って、1艘の船が停泊していた。帆船のような形状をしていたが、空中で浮かぶためなのか、船の側面に羽が突き出ている。
俺たちが船上に現れると、甲板で寝ていた船員が起き上がった。
「な、なんでぇ? おめえら!」
「船長はいるか?」
「寝てるぜ。 用があるなら、朝に改めて来るんだな」
船員はラム酒の入った瓶を、ラッパ飲みしながら答える。そこへヒゲ子爵は、杖を抜きながら言う。
「貴族に2度同じことを言わせる気か? 僕は船長を呼べと言ったんだ」
『貴族おうぼーう、モラルは守るべきだと思いまーす、平民の怒りは溜まりますよー』
とは思うけど、口には出さないでおく。
「き、貴族!」
船員は、慌てて船長室に走っていく。
暫らくすると、寝惚け眼をこすりながら初老の男がやって来た。
「何の御用ですかな?」
船長は胡散臭げにヒゲ子爵を見つめた。ま、叩きおこされりゃそうだよな。俺だってそうなる。
「女王陛下の魔法衛士隊隊長、ワルド子爵だ」
その答えに、船長は目を丸くする。うん、平民根性だね。
「これはこれは。 して、当船へどういったご用向きで……」
相手が身分の高い貴族だと知ってか、急に言葉遣いが丁寧になった。やっぱし世界ってこういう風に出来てるんだなあ。
「アルビオンへ、今すぐ出港してもらいたい」
「無茶を!」
「勅命だ。王室に逆らうつもりか?」
『貴族おうぼーう、そういうのはよくないと思いまーす、いつか革命起こされますよー』
とは思うけど、やっぱり口には出さない、俺は空気を読む子です。
「あなたがたが何をしにアルビオンに行くのかこっちは知ったこっちゃありませんが、朝にならないと出港できませんよ!」
「どうしてだ?」
「アルビオンが最もここ、ラ・ロシェールに近づくのは朝です! その前に出港したんでは、風石が足りませんや! 子爵様、当船が積んだ「風石」は、アルビオンへの最短距離分しかありません。それ以上積んだら足が出ちまいますゆえ。したがって、今は出港できません。途中で地面に落っこちてしまいまさ」
風石って、あれだよな、消費型の飛行石。これを燃料にして船は空に浮くって、“ハインツブック”に載ってた。おそらくアルビオンは超巨大な風石の結晶で浮いているに違いない。そして風石を結晶化できるはアルビオン人だけなんだろう。
「風石が足りない分は、僕が補う。 僕は「風」のスクウェアだ」
「がんばれおっさん」
船長は暫らく考えて頷いた。
「……ならば結構で。 料金は弾んでもらいますよ」
「分かっている」
「金あるの? けっこう使った気がするけど(俺達が)」
ヒゲ子爵の言葉に、満面の笑みを浮かべる船長。無視されるのにも、もう慣れた。流行ってるんだろ、平民無視。
「出港だ! もやいを放て! 帆を打て!」
船員たちが、船長の命令で一斉に動き出した。船を吊るしたもやい網を解き放ち、帆を張る。戒めを解かれた船は、一瞬、空中に沈んだが、発動した「風石」の力で宙に浮かぶ。
全く関係ないが俺には『モアイを放て!』ってきこえたんで、モアイ像を投石器で放つ光景を想像してしまった。すげえ画だ。
「アルビオンにはいつ着く?」
ヒゲ子爵の質問に船長が答える。
「明日の昼過ぎには、スカボローの港に到着しまさあ」
船はかなりのスピードを出しているみたいで、ラ・ロシェールの街の明かりがだんだんと小さくなっていった。