アルビオン目指して出発した俺達は、現在ラ・ロシェールに泊まっている。
途中で合流したキュルケ、シャルロットも一緒になり、ヒゲ子爵の金で騒ぎまくっている。
ちょっとやり過ぎたような気もするけど、ロリコンに対する天罰だと思うことにした。
第十三話 虚無の心
■■■ side:ルイズ ■■■
『女神の杵』は貴族を相手にするだけのことはあり、部屋自体は広く、天蓋付きのベッドには豪奢なレースの飾り付けがなされていた。
「「二人に」」
杯をあけ、私は一息ついた。二人きりというのは、こんなに緊張するものだっただろうか?
「姫殿下から預かった手紙は、ちゃんと持っているかい?」
ワルドが、話題を振りがてら尋ねてきた。
ポケットの上から、姫様から預かった封筒を押さえて、そこにあることを確認し、一頷きする。
「……ええ」
この手紙の。そして、ウェールズ皇太子に宛てたという手紙の内容は、どんなものなのか。なんとなくだが、それは予想がつく気がした。これでも、幼い頃はずっと姫さまと共に過ごしてきたのだ。
この手紙の最後の一文を書いた時の姫さまの表情が、誰の、どんな話をする時のものだったか。私は、それをよく知っていた。
気付けば、考え事をしている自分を、ワルドが興味深そうに覗き込んでいた。
「心配なのかい? ウェールズ皇太子から、無事に姫殿下の手紙を取り戻せるのかどうか」
「そう……ね。心配だわ」
正直言って、不安なことは多すぎるくらい多いのだ。
ついさきほどのような夜盗。アルビオンへ向かう船の安全。アルビオン貴族派どもの襲撃。それこそ、心配し始めれば切りがないほどに。
「大丈夫だよ。きっとうまくいく。なにせ、僕がついてるんだから」
私は、少し苦笑した。ワルドは、あの頃と変わらないのかもしれない。あの頃も、こんな風に自信満々に勇気付けてくれた覚えがあった。
「そうね。あなたがいれば、きっと大丈夫よね。あなたは昔から、とても頼もしかったもの。私の使い魔も貴方くらい頼りになればいいんだけど、力以前にやる気がなくて論外なのよね、それで、大事な話って?」
話題を区切り、相部屋にした理由とやらを尋ねてみる。どことなくワルドが、少し遠い目になった気がした。
「覚えているかい?あの日の約束……、ほら、きみのお屋敷の中庭で」
「あの、池に浮かんだ小船?」
そうだ、とワルドが頷く。
「きみは、ご両親に怒られた後は、いつもあそこでいじけていたな。まるで捨てられた子猫みたいに、うずくまって……」
「もう。ホントに、ヘンなことばっかり覚えているのね」
恥ずかしい思い出を掘り返されて、私はむくれた。ワルドは、それを見ながら楽しそうに笑っている。
「そりゃ、覚えてるさ。きみはいっつもお姉さんたちと魔法の才能を比べられて、出来が悪いなんて言われてたんだから」
そう、私には才能がない。狂おしいほどに望んでいるのに。
「でも僕はずっと、それは間違いだと思ってた。確かにきみは不器用で、失敗ばかりしていたけど……」
あう、と私が凹んだのを見て、少し慌てた様子でワルドが言葉を続ける。
「あ、いや、違うんだルイズ。君は失敗ばかりだったけれど、誰にも負けない不思議な魔力を放っていた。魅力、と言い換えてもいい。きみには、確かに他の誰にも負けない特別な力があるんだ。僕だって並の魔法使いメイジじゃないから、何とはなしにそれがわかるんだ」
「まさか」
「まさかじゃないよ、私。例えば、きみの使い魔」
「アレのこと?」
「そう、彼だ。彼が武器を掴んだ時に、左手の甲で光を放っていた使い魔のルーン。あれは、ただのルーンじゃない。伝説と呼ばれた使い魔の証さ」
「伝説の使い魔?」
「そうだよ。あれは、『神の盾ガンダールヴ』の印だ。始祖ブリミルの用いたとされる、伝説の使い魔だよ」
ワルドの目が、壁を見据えた。才人に割り当てた部屋の方を。
「ガンダールヴ?」
「誰もが持てるような使い魔じゃない。きみは、それだけの力を潜ませているんだよ」
そうは言われても、ガリアじゃ“ルーンマスター”ってのがいるそうだし、あんなのも珍しくはないってタバサが言ってたような……
「……信じられないわ」
私は額を押さえて首を振った。ワルドは、冗談を言っているのだとも思った。確かにサイトは剣を持つとやたらとすばしっこくなったりするけど、伝説だなんて信じられない。
それに、もし本当に伝説だったとしても、自分は落ちこぼれ、ゼロの私なのだ。ワルドが言うような力が自分にあるなど、どう考えてもありえない。きっと何かの間違いなのだと、私は自分の中で決めつけた。
だが、熱くなったワルドの語りは止まらない。酒の魔力のせいもあるのだろうか?
「きみは近い将来、偉大なメイジとなるだろう。そう、始祖ブリミルのように歴史に名を残す、素晴らしいメイジになるに違いない。僕の勘は、そう予感しているんだ」
熱っぽくなった視線のまま、ワルドは私を見つめ、そして爆弾を落とした。
「この任務が終わったら、僕と結婚しよう。ルイズ」
「え――」
私は、昨日の昼間の様な、白昼夢を見るような面持ちになった。唐突なプロポーズに、茫然自失している。過日と同じく、いきなり現実に表れた想い出をどうすればいいのか戸惑っているようだ。
「僕は魔法衛士隊の隊長のままで生涯を終えるつもりはない。いずれはこの国トリステインや……、この世界ハルケギニアを担っていける貴族メイジになりたいと思っている」
「で、でも……」
「でも、なんだい?」
「わ、わたし……、まだ……」
「もう、子供じゃない。きみは16だ。自分のことは自分で決められる年齢だし、父上だって許してくださっている。それは、確かに……」
ワルドは一端言葉を切り、目を瞑った。言葉を整理しているのか、気を落ち着けているのか。
ともかく数秒経って目を開けたワルドは、少し身を乗り出して言葉を続けた。
「確かに、ずっとほったらかしにしてしまったことは謝るよ。婚約者だなんて、言えた義理じゃないこともわかっている。それでも、ルイズ。僕には君が必要なんだ」
「ワルド……」
私は、うつむいて自らの思考に沈む。ワルドが、想い出の憧れの人が、わたしを求めてくれている。それは嬉しい。
嬉しい、はずなのに。何故わたしは、こんなに悩んでいるんだろう?
――きっとそれは、簡単なことだ。わたしが、落ちこぼれだから。ワルドの、足枷になってしまいそうだから。
少なくとも、今はまだ。
少なくともと言えるのも、ワルドの話してくれた勘を頼りにしての話だ。今のわたしは、ただの落ちこぼれに過ぎない。この先、その力とやらが使いこなせることも無いかもしれない。
もしもの話だ、とワルドは言ってくれるかもしれない。いや、きっと言ってくれる。
でも、その期待にそえなかったら? わたしは、それが怖いのだ。きっと、そう。
そう、あの時だって。
『大丈夫よルイズ、貴女ならきっと出来るわ。自信を持って、私の子供である貴女が出来ないわけはないわ』
期待されている期待されている期待されている期待されている期待されている期待されている期待されている。
応えなきゃ応えなきゃ応えなきゃ応えなきゃ応えなきゃ応えなきゃ応えなきゃ応えなきゃ応えなきゃ。
でないと、私は………………
「ルイズ?」
「え……、あ……」
いつの間にか隣に立ち、不安そうに顔を覗きこんでくる、ワルドと目が合った。
「大丈夫かい? ルイズ」
「え、ええ。大丈夫よ?」
「そうか、それならいいんだが……。それで、ルイズ。返事を、聞かせてくれないかな?」
返事? と一瞬固まってすぐ、私はさっきワルドにプロポーズを受けたことを思い出した。
「あの、その……、わたし、まだあなたと釣り合うような立派なメイジじゃないし……」
待って、時間をちょうだいワルド。そのことは考えたくないの、考えてはいけないことなの。 お願いだから、私に期待しないで、無関心でいて、私を“ルイズ”でいさせて。
ありもしないはずの“才能”なんかに期待しないで、もしそれに沿えなかったら、私は………
「あのね、ワルド。わたし、小さい頃からずっと思ってたの。いつか、皆に認めてもらいたいって。立派なメイジになって、父上と母上に誉めてもらうんだ、って」
そう、それだけでいいのよルイズ、それ以上考えてはダメ。
これ以上はダメ、ダメ、ダメ、ダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメ
ソレハカンガエテハイケナイコト
ワタシガワタシデナクナル
「わたしは、まだそれを果たせてない。あなたと釣り合うほどのメイジになるまでは、待ってほしいの」
それはどうやって?
どうやれば愛してもらえるの?
魔法が使えない私が?
他に愛される存在がいるからいけないのでは?
そう、私を見下して、父様や母様と同じように魔法の才能に溢れてて、私がなにをやっても認めてくれないあの女。
あんなものがいなければ………
それだけじゃない、アレと私を比較して、私を見下すアイツラ。
『そりゃ、覚えてるさ。きみはいっつもお姉さん●●と魔法の才能を比べられて、出来が悪いなんて言われてたんだから』
貴様もそうか? 貴様も私を見下すのか?
いらない、こんな世界はいらない。
私を見下す者は全て………消えてしまえばいい。こんな、優しくない世界なんて………
ソウ、ワタシニハソレガデキルハズ。
なぜなら私は、神に選ばれた偉大なる………………
『小さなルイズ、どうしたのかしら?』
!!
なに?だれ?
わたしに優しく問いかけてくれる貴女はだれですか?
『そりゃ、覚えてるさ。きみはいっつもお姉さん●●と魔法の才能を比べられて、出来が悪いなんて言われてたんだから』
違う、足りない。
『そりゃ、覚えてるさ。きみはいっつもお姉さんたちと魔法の才能を比べられて、出来が悪いなんて言われてたんだから』
たち?
『気にしないで、貴女は貴女よ、貴女は自分が在りたいようにあればいいわ。ルイズという女の子はね、とっても可愛い子なのよ、皆が貴女を愛してるもの』
私は…………………誰ですか?
『貴女はわたしのかわいい妹よ、“小さなルイズ”。私には無理かもしれないけど、貴女は女の子として、幸せに生きることが出来るわ、可能な限り、見守っていてあげるから』
私は……………カトレアの、ちいねえさまの妹だ。
才能なんていらない、立派なメイジになんてなれなくてもいい、私を愛してくれる人がいるなら。
「ルイズ?」
「えっ?」
「疲れているのかい?まあ、無理もないかもしれないが」
気付いたら、ワルドがいた。私、何か考えていたかしら?
考えてはいけないような………でも、同時に心に留めておかなくちゃいけないような……
「ふぅ……、わかったよ、ルイズ。わかった。さっきの言葉は取り消そう。いま返事をくれとは言わないよ。この旅が終わったら、きみの気持ちは僕にかたむくはずさ」
それは無理よ
私は貴方のような人がこの世で一番嫌いなの
“ルイズ”という私ではなく、他の要素だけを求めるような人が
そんなものいらない
「それじゃあ、もう寝ようか。疲れただろう?」
「あ、え、ええ……」
何? 私は今、何を考えたの?
いや、気にしたらだめだ。忘れよう。これはきっと考えてはいけないことだから。
■■■ side:ハインツ ■■■
窓に張りつき、そんな二人を監視している男がいる。
まあ、俺のことだ。
「なるほどなるほど、あれが彼女の闇か、ヒゲ子爵もあの闇に気付かんとはな」
あれはまさしく虚無の闇。かつて、陛下がオルレアン公を殺した際、グラン・トロワで相まみえたときの姿と同じ。
「だが、未だそれは完全ではない、闇ではなく、かといって、教皇のような光でもない、いわば中庸」
どっちに転ぶかはルイズ次第だろう。
「しかし、途中でルイズの目に光が灯った。おそらく、彼女を人間たらしめる大切な思い出、大切な人がいるんだろうな」
それがあるかぎり、どんなに虚無に引きずられても、完全に堕ちることはない。陛下が闇に喰われたのは、その大切な人であったオルレアン公を自らの手で殺したからこそ。
つまり、万が一、ルイズがその人物を殺してしまうようなことがあれば、その瞬間、陛下と同じ属性の闇の虚無が誕生する。
それもそれで見てみたい気もするが。
「なあ、お前らはどう思う?」
傍らに控える“アイン”と“ゼクス”に問う。
「そうですね、彼女なら闇に落ちないと思います」
「アインに同じく」
同様の答えがゼクスからも返ってきた。
普段アインの任務はツヴァイと共に“影”を統括すること。
しかし、シャルロットがフェンサーとしての任務に出る時や、今回のように戦いの場に出る時は必ず尾行するように命令してある。アインは「風のスクウェア」、隠形ならば並ぶ者はいない。
そして、ゼクスは「風のトライアングル」で、こっちは才人とルイズの監視。
まあ、普段の生活を全部監視するのも無駄なので、陛下が大局を見るような感じで、何かが起こりそうな時に監視する程度のものなんだが。
「ほう、どうしてそう思う?」
「それは勿論、ハインツ様がここにいらっしゃるからです。“輝く闇”たる非常識な存在の貴方が」
「左様、生きる冗談のような貴方がここにいるのです。そのような悲劇など起こるはずがない、茶番劇しかあり得ないでしょう」
ふむ、流石は我が分身、本体のことをよく分かっている。
「まあそうか、とにかく、そろそろ行動を起こそう。俺はこのまま彼らの監視を続ける。アイン、お前は『レキシントン』号に向かい、“下り、趙特急”の下準備をしておけ。ゼクス、お前は『インビジブル』に向かい、アルフォンスとクロードにこちらの進行状況を伝えた後、ニューカッスルの王党派が保有する『イーグル』号の現在地などを割り出せ」
「かしこまりました」
「了解」
我が“影”達は飛び去って行く。
「さて、こっちも頑張らないとな、やっぱし、“ピュトン”を使うしかないな」
寿命を削ることになるが、それはそれ。
それに構うような機能など、ハインツ・ギュスター・ヴァランスには生まれつき備わっていないのだ。
■■■ side:才人 ■■■
俺がいつもの習慣で目覚めて、昨日の宴会の時にやったポーカーで負けたことを後悔していた。ちなみに結果は
1位:シャルロット +17エキュー
2位:キュルケ +13エキュー
3位:ギーシュ ±0
4位:才人 -30エキュー
どうしても、シャルロットのポーカーフェイスは破れず、キュルケの強運は崩せなかった。むしろ最初から持金を無くさないように守りに入ったギーシュを尊敬すべきか。奴曰く
”貧乏貴族を嘗めないでもらおうか!”
だそうだ。なんかすっげえ誇らしげだったのが、負け犬の俺には悔しかった。
しかしいつまでもテンションダウンしてても仕方が無い。気を取り直し、今日はどうやって過ごしてりゃいいんだ? とベッドの中で考えていた時のこと。
突然、扉がノックされた。
ギーシュは隣のベッドで安眠真っ最中だったため、しぶしぶとベッドから立ち上がる。もう少しこの布団の柔らかさは堪能していたかったのだが、他に誰も居ないんだから仕方ない。
のっそりと起きだして、用心のために立て掛けてあったデルフを鞘ごと掴み、スタスタガチャリとドアを引き開ける。するとそこには羽帽子を被ったおっさんが佇たたずみ、こっちを見下ろしていた。
改めて間近で見ると、ホンっトにこいつ背が高ぇ。190ぐらいには届いてるんじゃねえか? あ、でも、ハインツさんよりは少し低いな、185くらいかな?
でも、何でここに………………ま、まさか、昨日、散々飲んで騒いだことを根に持ってんのかな?
「おはよう、使い魔くん」
「おはようございます。……出発は明日、じゃなかったっすか?こんな朝早くから、いったいどうしたんです?」
俺が答えると、おっさ…ワルドは意味深ににっこりと笑った。そろそろおっさんはやめとこう、うっかり言ったら殺されるかもしれない。気にしてるっぽいし。
「きみは伝説の使い魔ガンダールヴだね?」
「……は?」
何それ? がんだーるヴ?
唖然としてワルドを見ていると、ワルドが何故か焦ったように言葉を続けてきた。
「その、なんだ。“土くれ”の一件で、僕はきみに興味を抱いたのだ。色々と調べさせてもらったよ。僕は歴史と兵つわものには目が無くてね」
「はぁ」
「フーケを尋問したとき、君のことに興味が出てね、王立図書館で使い魔絡みの書をあさってみたんだ。そうしたら、『神の盾ガンダールヴ』に辿り着いた」
なるほど、案外暇人なんだなこの人。
「で、ガンダールヴってなんですか?」
「は?」
きょとんとするおっさん、じゃなくてワルド。
「このルーンって、“身体強化系”の“全身強化型”ですよね?まあ、武器の解析も出来るようなんで、“解析操作系”の要素もあるとは思うんですけど、それをえーと、ガンダルフって言うんですか?」
「いや、ガンダルフじゃなくてガンダールヴだが、それより、“身体強化系”とは何だい?」
あり?何か齟齬があるな。つーか、ガンダルフは指輪物語の魔法使いだった。
「えーと、“ルーン”を刻んでメイジとは違った能力を発現させた人間ですたしか、“ルーンマスター”とか呼ばれてて、ガリアでは最近メジャーになりつつなるとか」
確か、あと1年くらいで一般的なるっていってたし、シャルロットの話じゃ“他者感応系”を使って羊の世話してるのもいるとか。
「そうなのかい、初耳だが」
「まあ、魔法学院にいるガリアからの留学生に聞いた話なんで、本当かどうかは俺には分かりませんよ?」
とりあえずそう言っておく、それがシャルロットだとは思わないだろう。ゲルマニア人のキュルケは一発でトリステイン人じゃないってわかるけど、トリステインとガリアは非常に文化も言葉も似通ってるらしい。
だから、“双子の王冠”なんて呼ばれてるそうだ。
「あ、それで、何の用です?」
話を本題に戻す。
「ああ、それでだ。僕としては、あの“土くれ”を捕まえた腕がどのぐらいのものだか、試してみたいんだ。少し手合わせを願いたい」
「手合わせって?」
何か嫌な予感がするなあ。
「つまり、これさ」
ワルドは腰に差した魔法の杖を、勢いよく引き抜いた。ああなるほど、と納得して理解する。
「申し訳ありませんワルドさん、昨日は調子に乗り過ぎました。勘弁して下さい」
俺は思いっきり謝る。
「は?」
なんか呆気にとられてるワルド。
「え? 昨日の俺達の宴会で金を使わされたのがむかついて、ぼこりに来たんじゃないんですか?」
てっきりそうだと思ったんだが。
「違う。というか、僕はそんな理由で決闘を申し込むような男だと思われていたのか」
少し落ち込んでる。
「違うんですか?」
「違うとも。というか君は貴族の決闘を何だと思っているんだね」
「でも、あそこにいるギーシュは二股がばれた腹いせに、俺をいびる為に決闘を申し込んできましたよ?」
「…………まあ、そういう例もあるんだろう」
なんか煤けてるな。
「おーい、ギーシュ、起きんかいこら」
ギーシュめがけてデルフの鞘を投げる。
「ぎゃぶ!」
ギーシュ起床。
「な、な、何事だい?」
「いやさ、子爵さんが昨日のお礼参りにやってきたんだよ、だからお前が代表して土下座しといてくれ、お前の得意技だったよな」
「そ、そうか、申し訳ありません子爵、昨日は調子に乗り過ぎました」
速攻で土下座するギーシュ、素晴らしい。
「君は、僕の話を聞いていたかな?」
「って、何で僕が土下座しなけりゃならないんだい!主犯は君とキュルケだろう!」
同時に突っ込まれた。
「どこでやるんすか?」
ギーシュは無視。この前の王女様にあやかってみた。
「………この宿は昔、アルビオンからの侵攻に備えるための砦だったらしくてね。中庭に練兵場があるんだよ。そこでやろう」
なんか疲れた感じでワルドが答えた。ん、真面目君って貧乏くじ引くよね。
「僕の問いに答えたまえ!」
「ノリだよノリ、まあ、ちょい悪ノリが過ぎたか、わりいわりい」
横で大声出され続けるのはたまらないので、答えることにした。
それから10分ほど経ち。俺とワルドは、かつて貴族たちが国王直々に激励を受けたという練兵場で、だいたい20歩分ほど離れて向かい合った。
練兵場とは言ったものの、ここはどうみても少し広いだけの物置といった風情である。端のほうには樽や空き箱が積まれ、建物と同じく地面から直接生えた石の旗立て台が、奥の方で苔こけむして佇んでいた。
「昔……、と言ってもきみには分からんかもしれんが、二代前の王、かのフィリップ三世の治下においては、ここではよく貴族が決闘していたらしい」
「えーと、ゲルマニアの大軍をヴァリエールの土地で破った“英雄王”と呼ばれた王様でしたっけ?」
記憶を探りながら答える。
「ほう、よく知ってるね」
「いやあ、その際にもルイズのヴァリエールとキュルケのツェルプストーはいざこざがあったらしくて、その辺の愚痴を飽きるほど聞かされたものでして。ワルドさんも、ルイズと付き合うならキュルケにご注意ください」
鞘を回収し、背負ってきたデルフの柄を右手で握る。それにともない左手のルーンも、いい塩梅に光を放ち始める。
「古き良き時代。王がまだ力を持ち、貴族たちがそれに従った時代。――貴族が、貴族らしかった時代。名誉と誇りを賭けて、僕たち貴族は魔法を唱えあっていた」
ワルドが、喋りながら腰の杖の柄に手を置いた。俺の言葉はとりあえず無視してるみたい。貴族の間で流行ってんのかな、平民スルー。
「とはいえ、その理由はそれほど大したものじゃない事が殆どだった。随分とくだらない事でも杖を抜きあったものだそうだよ。そう、例えば女を取り合ったりね」
ま、よくありそうな話だよな。その辺は平民も貴族も変わんないと思うし。
デルフを抜き放とうとしたら、ワルドの掲げた左手にそれを制された。
「なんすか?」
「立ち合いには、それなりの作法というものがあるんだ。介添え人がいなくては始まらないよ」
あれ? そんならほら、そこに。
「ギーシュならそこにいますけど?」
さっき起こしたギーシュもついてきたのだ。
「頑張れサイト、応援はたタダからね」
なんとも現実的だなギーシュ。
「いやまあ、ギーシュ君じゃ駄目というわけじゃないんだが、他にも頼んだ人がいてだね」
そうのたまうワルドの眼はどこか遠くにあった。うーん、やっぱり昨日のこと根に持ってそうだな。いや、そりゃそうか、あんだけ騒いだもんな。
「……ええと、その介添え人は?」
「安心したまえ。そろそろ来るさ」
そういうワルドの背後の樽の陰から、ルイズがひょっこりと姿を現した。なにやら怪訝な顔で、ワルドを見つめている。
「ワルド。呼ばれたから来てみたら、あなたいったい何やってるのよ?」
「なに、彼の実力を知りたくなってね」
「昨日騒いだ俺達に我慢ならなくて、ぶちのめしに来たんだって」
一応俺の意見も伝える。
「もう、そんなバカなことしないで。今は、そんなことしている場合じゃないでしょう?」
「そうだね。でも、男というやつはどうにも厄介なんだ。強いか弱いか。それが一度気になってしまうと、もうどうにもならなくなるのさ」
ルイズは頭痛を堪えるみたいに額に手を当てて首を横に振ると、今度は俺のほうを向いた。そして流行の平民スルーも炸裂。
「やめなさい。これは、命令よ」
「だそうですので、やめましょう、ワルドさん、これ以上飯抜きにされたくないんで」
ここは平和的な解決を、力ばっかでは戦争が続くだけだ。ラブ&ピースでいきましょうよ。
「いや、その気持ちもわかるが、頼むから受けてはもらえんかね? もしよければ、今日の昼の食事は僕がだそう」
「了解しました! さあ! いつでもかかってきてください!」
デルフを抜き放ち、やる気満々になる俺。
「…………犬、あんたは一度ワルドにぼこぼこにやられなさい、これ命令、無抵抗主義を貫くこと」
「えーと、切られてもそのまま突っ立ってろってことですか?」
死んじゃいますよ、俺?
「ルイズ、それでは決闘にならないんだが」
ワルドが意見を言う。
「そうだった、犬、ほどほどに戦ってやられなさい、そして、無様に這いつくばりなさい」
「なあギーシュ、お前、どう思う? あの女、どう思う?」
「なかなかに酷いな」
「さて、じゃれ合いはこの辺にして、初めていいかな?」
さて気を取りなおして。
ワルドが、腰から杖を引き抜いた。合わせて、俺もデルフを構える。ワルドはフェンシングの選手みたいな構えを取る。杖えものを前方に突き出してもう片手を顔の高さぐらいに置く、アレだ。
けど、ハインツさんの構えは違った。あれは、剣術じゃなかった。ただひたすら実戦だけを続けてきたような印象を受けた。なんていったっけ? 無構え?
まあ、このルーンがなければ、そんなことも分からずやられてただけだろうけど。
「俺、こいつを人相手に使うのは初めてなんで、寸止めなんて器用な真似は出来ませんよ?」
ハインツさん相手には“オグマ”で切りかかるどころか、“風”で一方的にやられたし。
そう言った俺に、ワルドは薄く笑って返してきた。
「心配はいらぬよ。全力で来い」
返事を聞き終えるか終えないかのタイミングで後ろに引いた右足を強く踏み込み、四歩でワルドを射程圏に捉えた。
そのまま右足で踏み込み、全力で左に薙いで奇襲、のつもりだった。
だったんだが目論見は脆くも崩れ、ワルドはあっさりと杖でデルフを受け止める。重なったデルフと杖がガキャッ!と火花と金属音を撒き散らした。
相手の得物は細身の杖だと言うのに、それが曲がりもしなりもしない。
……あの杖、いったい何で出来てやがんだ? そのまま追い討ちをかけようと、振りぬいた剣を力任せに引き戻す。
が、さらに一歩を踏み込むより一瞬早く、ワルドの腕が閃いた。
「って、はええ!」
シャッという風切り音をなびかせ、俺と変わらない速さで突きを放ってくる。それを切り上げることで払いのけると、ワルドは紋章入りの黒マントを翻らせて飛び退り、構えを整えた。
「なんでぇ、あいつ、魔法は使わねえのか?」
「お前が錆び錆びだから、舐められてんだよ」
一回斬り結んだだけでも充分理解できた。こいつ、ギーシュとは圧倒的に格が違う。、強い、やっぱつい最近まで高校生だった俺とは、全然違う。
だけど。
ハインツさんよりは遅え。
あの人はさらに格が違った。彼曰く、『俺は改造人間なのだ、いやマジで、ヤバイ実験何度もしたし』だそうだが。
「魔法衛士隊のメイジは、ただ魔法を唱えるだけじゃないんだ」
ワルドは羽帽子のつばを直しながら口を挟んできた。って何がだ。
「魔法衛士隊のメイジは、詠唱すら戦いに特化していく。 杖を構える仕草。突き出す動作。杖を剣の様に扱いながら詠唱を完成させるのは、近衛隊にとって基本中の基本だよ」
そんな余裕の態度を見せるワルドに、速さに任せて突っ込んでみた。当然剣は突き出しながら、だ。
だが、ワルドはそれを軽く杖で受け流して、視界から消えた。次の瞬間には目の中で派手に火花が飛び散り、俺は顔面から派手に地面に突っ込んでいた。
一呼吸遅れて、後頭部辺りがズキンと痛み出す。ぶん殴られた、らしい。
「きみは確かに素早い。元がただの平民とは思えないほどに。さすがは伝説の使い魔ガンダールヴだ」
そんな言葉も気にせずに跳ね起きて、真上に切り上げてから袈裟に切ってみた。
「しかし、隙だらけだ。あくまでも速いだけで、動きは素人そのものだ。それでは、本物のメイジには勝つことは出来ない」
俺の攻撃は全然当たらない、が、当たり前だ。そりゃ、力と速度に任せて剣を振るだけで、軍人に勝てるわけがない。
だから。
『もしさ、お前が誰かと戦うことになって、相手のほうが強く、かつ、命の危険がないとしたら、まずは思いっきり相手を観察しろ。魔法を撃ってくるタイミング、杖の振り方、そういうことを体で覚えるんだ。本気を出すのはその後でいい、出来る限り相手に慢心を起こさせろ、一度勝った相手ってのには、どうしても油断の心が生じるもんだ。そこを一気にぶっ殺す』
それが、ハインツさんが言ってたことだ。
『ちなみに、俺の場合再戦があり得ない。俺の戦いってのは相手を抹殺することだからな』
とも言ってたよな、つまりはそういうことだ。
「つまり、きみではルイズを守れない」
こいつ、何かむかつく、キュルケが言ってたことが大当たりっぽいな。絶対こいつ、内心では俺を見下してる。目が嘲笑ってる。
ワルドの動きが守勢から攻勢へと変わっていく。
「相棒、いけねえ! 魔法が来るぜ!」
デルフがそう叫んだ時には、もう手遅れだった。どうやら、デルフが叫んだのと魔法の完成は同時だったらしい。言葉の直後、俺はギーシュのワルキューレに殴られた時のような重い衝撃を感じ、地面と水平にぶっ飛ばされていた。
『エア・ハンマー』
ハインツさんから散々くらったあの魔法だ。
そこまで考えたところで、二段ほどに積まれた樽に背中から突っ込んだ。
ってか、いってえな、おい……。ガラガラと体の上に降ってきた樽を蹴飛ばして転がす。軋む体を起こそうと、腕を地面に着いた。
そのまま身を起こそうとして、鼻に何かが当たって押し留められた。何かと思って目を開くと、目の前には杖の先っぽがあった。
ワルドの杖だ。
何故か正面からは「こら、足をどけやがれ!」とデルフの声がしている。どうやら、先ほど吹っ飛ばされた時に落としてしまったらしい。
「勝負あり。だ」
「……参りました」
落ち込みはしなかった。そもそもこの結果になることが前提だ。
体を起こし、デルフを回収、ワルドへの文句を愚痴の様に垂れ流すデルフを拾いなおして、肩に担ぐ。
「わかったろう、ルイズ。彼ではきみを守れない」
まあ、事実ではあるな。
「って、貴方、魔法衛士隊の隊長よね、陛下を守る護衛隊。強くて当たり前じゃないの」
「そうだよ。でも、アルビオンに行っても敵を選ぶつもりかい? 強力な敵に囲まれたとき、きみはこういうつもりかい?わたしたちは弱いです、だから杖を収めてください、って」
ワルドの言うことは、正しかった。正しかったが……、それでも、納得は行かなかった。
「なあルイズ、俺、お前を守るなんて言ったっけ?」
「言ってないわね、一度も、私が盾にするとは言ったけど」
「だよなあ、俺王女様に宣誓したもんな、俺は一命にかけません、死なない程度にします、いざとなったら逃げます。主人を置いてって」
ちゃんと誓ったのだ、自分の命を最優先にするって。
■■■ side:ギーシュ ■■■
なんか、決闘の後とは思えないほど緩い空気が流れてる。
というか、サイトの戦い方自体に違和感があった。
あんな戦い方はサイトの戦い方じゃない、サイトなら、樽を投げたり、石を投げたり、僕を投げたり、ルイズを投げたりするはずだ。
ワルド子爵はルイズの婚約者らしいから、まさかルイズに手をあげるわけにはいかない。そこを利用してルイズを盾にしながら突っ込むくらいは平気でやりそうだ。
彼は東方出身の平民。だからこそ貴族のルールに囚われない。もの凄い自由な発想で、こっちが想像もしない戦い方をしてくる。
そこに、あの身体能力が加わるんだ。
例の“身体強化”なんて、サイトの強さの付属品に過ぎない。自由な発想、柔らかい精神。それがサイトだ。固い精神と違って、サイトの精神は折れない、曲がってもすぐ元通りになる。
そんな彼だから、僕達は友達になれたんだろうけど。
「あんたねえ! 主人を置いて逃げることを誓う使い魔がどこにいるのよ!」
「こっこにいま~す」
もの凄く飄々とサイトが答える。
「あんたは私の使い魔なのよ! 弾よけとか、囮とか、盾とか、雑用とか、パシリとか、生贄とか、いくらでもやることはあんのよ!」
全部酷いが、最後は特に問題だ、生贄? 何の?
「というわけでワルド、ルイズを守るのは任せた。俺は掃除とか雑用とか、ルイズの鞄を持つのとかに専念するから。流石に貴族なんだから、そんな雑用は出来ないもんな?」
「む、まあ、そうだな、流石に雑用などはご免か」
ワルド子爵が若干引いてる。
「くおらー!誰が解放すると言った!あんたも戦うのよ!」
「弾よけはいやでございます、御主人さま」
「そう、じゃあ、三食食事抜き」
「ワルドさん、奢ってくれるんですよね?」
「確かにそう約束したが……」
なんかもう、ぐだぐだだねえ。
「ちょっとワルド、どういうつもり? こいつを庇うの?」
「ワルドさん、俺を見捨てるんですか?」
「落ち着きたまえルイズ、話がおかしな事になってるよ。君もだ、使い魔君」
うーん、立場が凄く変だ。なんでワルド子爵が、ルイズとサイトのどっちにつくかを選ばなきゃいけないんだ?
「ひでえ! あんなことしておいて! いらなくなったらポイなんて!」
「君、わざとやってないか? しょうがない奴だな」
「わ、ワルド、まさか貴方……」
うーん、どんどんとんでもないことに。というか動じてない子爵は凄い。子供の戯言みたいに見てるのかな、態度がどこか尊大に感じる。まあ実際そんな感じか。
「違うよ、ルイズ、僕の心の中にいるのは君だけだ。だいたい君まで一緒になってふざけないでくれ」
「俺の昼食のことはないんですか?」
「だからだね、いい加減に…」
「うそつき! 私だけって言ったじゃない!」
なんで“ルイズ”と“サイトの昼食”が比較対象になっているんだろ?
「酷いわワルド、こんな裏切りはないわ、私より、そいつの昼食の方が大事なのね!」
ものすごい穿った意見だなあ。
「やれやれ、そういうところは本当に昔のままだねルイズ。カッっとなると周りが見えない。まあ、そこが可愛いといえるけどね」
「じゃあ! 俺には三食食事抜きになれって言うんですか! この人でなし!」
いつの間にか、二人から同時に責められてる。
「さようなら! もうお別れよ!」
「もういいです! 自分で作りますから!」
そして、ルイズとサイトは共に去ろうとする。
「はあ、まったく困ったものだ」
完全に呆れてる。サイトの態度は負け犬の遠吠えくらいに思ってるんだろうか。サイトのアレは単なる悪ノリだろうけど。
にしても、婚約者と、その使い魔の昼食で板挟みになるなんて。光景だけならすごいシュールだ。
けど、元々ルイズは決闘に反対で、そのまま主人の命に逆らえば、サイトが食事を抜かれることは目に見えてたわけで、だから、ワルド子爵がサイトの昼食を奢ることが条件になって、それで今、ルイズとの板挟みになったと。
まあ、自業自得かな。子爵はわりと平然としてるけど。昨日のことも含めて、僕があの立場なら右往左往してるかもしれないのに。妙に余裕があるなあ。
「ふう、使い魔君、これは君に譲る、好きに使ってくれ。こうでもしないと収拾がつかなそうだ」
そう言って袋をサイトに投げる子爵。なんか乞食に対する施しっぽい口調だ。
「ありがとうございました!」
ワルド子爵に礼を言った後、去っていくサイト。
「ワルド、どういうつもり?」
ルイズは怒っている。
「まずは落ち着いてくれ、ルイズ」
婚約者を宥めるところから入るワルド子爵。
「さーて、僕も街に出かけようかな」
そんなこんなでサイトとワルド子爵の決闘は終わった。
■■■ side:才人 ■■■
「いやぁ、負けちまったなぁ、相棒」
「別にいいって、その代わり、こんなにいただいたから、金持ち貴族の一人なんかな」
ワルドが投げた袋には、なんと、30エキューもはいってたのだ。昨日取られた分を取り返したぜ。
「相棒は悪だねえ、決闘にかこつけて、搾りとれるだけ搾り取るたあなあ」
「せびったわけじゃないだろ、くれたんだよ。それにアイツの目はなんか気にくわんかったし」
絶対俺を見下してる、あの目はそうだ、施しみたいに金くれたし、貰っちゃったけど。悲しいかな庶民根性。
しかし金は大事だ。民事裁判の多くはは金銭トラブルって言うくらいだから。貰えるときに貰うのは世の必然。金を嘗めるな、1円を笑うものは1円に泣くのだ。
「ほおおう、なるほど、例の貧民根性ってやつか」
「ちょっとまて、どんどん落ちてる、庶民だっての」
平民で止まっておけ、このままじゃ大貧民になっちまう。
「そっか、けど、どうやって勝つんだ?」
「そこはそれ、いくら金を搾り取っても、やっぱし勝たないとな。日本国民の意地を見せてやるぜ」
というわけで、相談出来そうな人の所へ。
「シャルロット、いる?」
「いる」
シャルロットとキュルケが泊まってる部屋にやってきた俺。
「何の用?」
「夜這いをしに来ました」
「デルフ、溶かすぞ、この野郎。 そして今は夜じゃねぇ」
「ごめんなさい、勘弁して」
とりあえず鞘に引っ込める。ついでに言えば、現在時刻は正午あたりだ。
「ハインツさんに相談したいことがあるんだけど、“デンワ”ある?」
「ある、ちゃんと持って来た。繋いであげる」
「ありがとな」
「ううん、上着のお礼」
って、そういや昨日の格好のままだな。
「着替え、持って来たんじゃなかったっけ?」
「うん、でも、部屋の中ならこれで十分」
そういうもんかな? で、しばし待つ。
「繋がった」
「お、サンキュー、さっきいいもんもらったからさ、お礼に一緒になにか食いに行こうぜ」
「楽しみにしてる。でも、キュルケも一緒に」
「だな、多い方が楽しいよな」
そして、“デンワ”を受け取る。
「よーうサイト、厄介事か?」
いつも通りのハインツさんの声。
「ハインツさん、自分より強い相手に勝つにはどうすればいいですかね?」
単刀直入に訊いてみる。
「落ち付け才人、いきなり言われても訳が分からん、とりあえず理由を話してくれ」
そういえばそうだ。
「えーとですね、やたらとムカつくヒゲ野郎がいるんです。もの凄く偉そうで以前ハインツさんが言っていたように、農民を見下す武士って感じです、割と敬意を払っているように見せて、内心では嘲笑うタイプですね。下賤な農民ふぜいがって感じで、そいつに日本国民の意地を見せてやりたくて、ハインツさんならいい方法を知っているかなって思って」
かいつまんで事情を話す、ヒゲ子爵から貰った金のことは伏せておこう。ここはどーでもいいし。
「なあ才人、ひょっとしてルイズの前でぼこられて悔しいとか、そんな理由か?」
「まあ、それもないわけじゃないですけど、それよりも魔法万能って感じが気にくわないんです、俺が帰れるまで最低1年はかかるんですよね? それまではこっちのルールに従うのは、まあいいんですけど、見下される覚えはないですから」
犬にも犬の意地がある。雑巾扱いだろうが、主人でもない人間に見下される覚えはない。
……そろそろ犬からは脱却したいんだけどな。
「よし、そういうことなら、元日本人としてメイジに勝つコツを教えてやろう、まず確認だが、お前は自分の能力を完全に理解しているか?」
「はい、ハインツさんがくれた本に書いてあったルーンの効果のとこから考えると、“身体強化系”と“解析操作系”と“精神系”を混ぜたような感じです、武器を持つと“身体強化”が発動して、同時に武器の扱い方が分かる“解析操作”が発動して、その強化の度合いは俺の“精神”に比例するようです。“アバンストラッシュ!”って叫びながらデルフを振ったら、威力が上がりましたから」
この前、人生の儚さと、金があっても店がなきゃ意味がないことに気付いた時に、色々やったからな。
「そうか、デルフってのは前に言ってたしゃべる剣のことだな、ちょっと代わってもらえるか?」
「ちょっと待っててください」
デルフと交代する。
といっても、“デンワ”は人形だから少し離れても声は聞こえるんだよな。
「あ~、もしもし、もしもし、おい、聞こえてんのかおい!」
「聞こえてるよ、君がデルフかい」
「応よ、俺様がデルフリンガー様よ!」
威張るなこら、錆剣のくせに。
「よし、デルフ、君はインテリジェンスソードなんだから何か特殊能力はあるか?」
「んー、よくわからねえ」
使えねえなぁ。
「なんかあったような気もするんだけどー、うーん、思い出せねえ」
「もうちょっと役に立てよ、お前」
デルフに聞こえる程度に小声で言う。
「そこはとりあえずいい、問題は知識だ、君、魔法の知識や戦いについての知識はあるか?」
「うーん、多分あるぜ、あのワルドとかいう髭のオッサンと相棒が戦ってたときも魔法が発動するタイミングとか解ったしな」
「よし、じゃあもっかい才人と代わってくれ」
「応よ」
もっかい“デンワ”に近づく。
「もしもし、ハインツさん、どうでした?」
「とりあえず戦術的な助言は出来る、よく聞いてくれ」
「分かりました」
正座して聞く大勢をとる。
「まず、相手が誰であれ、基本的にデルフと協力して戦うこと。お前はまだ魔法使いとの戦いに慣れてないから、どんな魔法がくるのか詠唱から予測できない。戦闘を生業にするメイジや傭兵には、必須の技能なんだが、いきなりやれと言われても無理があるだろう」
「絶対無理です」
まだまだ知識も経験も足りないし。
「そこで経験豊かなデルフの出番、デルフが相手の魔法の種類とか発動のタイミングとかを見きってくれるだろうから、お前はその声に従って動けばいい、疑わずに相棒を信じること、そして相棒の声を聞く余裕を常に持っておくこと」
「なるほど」
つまり、デルフの声を意識できるように戦えるくらいには、戦闘に慣れないとだめってことか。
「あとは相手の虚を衝くことだな。簡単な手段として、コショウを小さい袋に詰めて、それに紐を通して簡易的なスリングにして投げる。それを武器と認識すれば、ガンダールヴのルーンが発動するだろうから、正確に、しかも剛速球で投げれるはずだ。相手が咄嗟に弾いても、中からコショウが炸裂して相手を苦しめる。メイジなんて連中は、普段厨房に立たないから、コショウに対する免疫はまるでない、一発で魔法が唱えられなくなる」
「おおーー!」
有名なコショウ爆弾か!
「あとは小型のナイフとか、包丁とかを隠し持って置いて、いきなりデルフを敵に全力で投げつける。相手はまさか主力の武器を投げてくるとは思わないから、びっくりして対応が遅れる。そこでナイフを握って速力全開で回りこん、で接近戦で切りつける。接近戦なら一番強いのはナイフだからな、相手が魔法を唱える前に勝負がつく」
「ふむふむ」
なるほど、“メリケンサック”だけじゃなく、色んな武器を持てばいいのか。
「いいか、ブックにも書いたが、メイジの最大の欠点は、魔法が絶対だと盲信してるところだ。だからそれ以外の予想しない手段で来られると、対応が遅れる。その一瞬の隙で勝負を決めるんだ、お前は速度に特化してるはずだから、持久戦よりそういう一撃必殺の短期決戦のほうが向いてるはずだ」
「分かりました、いやー、とても参考になりました。そうですよね、相手に魔法があるなら、こっちはそれ以外のあらゆる手段を使ってやればいいんですよね、コショウ爆弾とか作ってみますね」
そうだ、ギーシュに勝ったときもそれで勝ったんだ。
相手が魔法を使うなら、こっちは何でもやってやればいい。
「まあそんな感じだ、後は創意工夫次第、がんばれ!」
「はい! 頑張ります!!」
よし、後は実践あるのみ。
「シャルロット、ちょっと厨房に行ってくる。多分そんなにかからないから、それ終わったらキュルケと一緒に昼飯食いに行こうぜ」
「分かった、待ってる」
そして、俺はコショウ爆弾を作るのと、ついでに小型の刃物を得るために厨房に向かった。約一か月近くマルトーさんの手伝いをしてきたんだ、コショウくらいには耐性がついてる。
よーし、機会があったら覚えてやがれ、ヒゲ子爵。