王女様の不幸の手紙、じゃなくて硫黄島からの手紙、でも無く王子様へのを回収するために、ルイズはアルビオンに行くことになった。
当然、使い魔である俺も行くことになるわけで、ついでにギーシュもついてきた。
さらに、ルイズの婚約者っつうおっさんもついてきた。
かなり歳をくってる、これはもう、ロリコンの渾名は避けられないだろうな。
第十二話 港町ラ・ロシェール
■■■ side:out ■■■
港町ラ・ロシェールは、トリステインから離れること早馬で2日、アルビオンへの玄関口になっており、港町でありながら、狭い谷の間の山道に設けられた、小さな町である。
人口はおよそ300ほどだが、アルビオンと行き来する人々で、常に10倍以上の人が街を闊歩している。
狭い山道を挟むようにしてそり立つがけの一枚岩に宿屋や商店が並んでいた。
並ぶ一軒一軒が、同じ岩から削りだされたものであることが近づくとわかる。
『土』系統のメイジが作り出したものだ。
街自体は小さいものだが、ここはトリステイン空軍の一大根拠地であるため、王政府関連の施設が多い。
日本で言うなら、米軍基地のまわりに存在する街といった感じである。
行政を司るものとしては、もっと交易都市として発展させたいところなのだろうが、そうすると軍事施設などが様々な影響を受けてしまい、軍部からはそれに対する反対意見が上がる。
結果、アルビオンに対する唯一の玄関口でありながら、交易都市としての発展具合はそれほどでもない、本来なら万単位の人間が住む大都市となっていてもおかしくない立地条件なのだ。
「ここをこの程度の街にしかしておけん無能な軍部、そして、それを抑える力を持たない無能な王政府」
ある一人の男がそう呟く。
「偉大なるフィリップ三世の治世であっても、そういった改革は不可能だったようだな。そして、今は期待すること自体が間違えている」
そして、ある居酒屋に足を進める。
「あの男が寝返るのも無理はない、俺とてそうだった。しかし、このような茶番を仕組むとは、一体なんのつもりなのか」
まあ、命令である以上、協力はするが、と呟きつつ彼は店に入って行った。
『金の酒樽亭』
名前に反し、こきたない。店の前には壊れた椅子が積み上げられている。
ここは傭兵が多く飲みに来る飲み屋で、荒れていることで有名だった。
とにかくすぐに喧嘩沙汰になり、ナイフや剣を引き抜き乱闘が始まるので死傷者が出る。
そこで、困った店主が苦肉の策で。
『人を殴る時は、せめて椅子をお使い下さいませ』
という張り紙をして、それ以来客は椅子での殴り合いを展開するようになった。
結果、壊れた椅子が墓標のように店の前に積み上げられることになったのである。
そして、本日の『金の酒樽亭』は満員御礼。
内戦中のアルビオンから引き揚げてきた傭兵によって店は溢れていた。
「アルビオンの王様はもう終わりだね!」
「いやはや、“共和制”ってやつの始まりかね!」
「“共和制”に乾杯!」
彼らは、アルビオン王党派についていた傭兵である。
王党派の敗北が決定的になった会戦のおり、途中で持ち場を放棄し、逃げかえってきた連中である。
別段、珍しいことではなく、敗軍に最後まで付き合う傭兵などほとんどいない、職業意識よりも命が惜しい、それだけのことであった。
しかし、最後まで付き合わないのではなく、彼らは会戦の途中で逃げ出してしまった。
これは契約違反ともいえる。少なくともその会戦を戦うことは契約条件であり、その分の金は前金として受け取っているのだから。
メインとなる報酬は勝った時にのみ手に入るが、それ以前にもらっている分は戦わねばならない。
そんな価値観を守る傭兵など、珍しい存在だが、一応現在はそういった傭兵を纏める立場にあり、かつ、敵前逃亡などをなによりも嫌う男に出会ったことが、彼らの不運といえるだろう。
そこに、一人の男が入ってきた。
身長はそれほど高いというわけはなく標準的、およそ175サント程度だろう。
ここのような飲み屋は、いわゆる傭兵の溜まり場であるため、新参者は何かと狙われやすい。 この店も例外ではなく、新参者である彼が店に入れば、数人の男が絡んできそうなものであった。
しかし、誰も彼にからもうとはしなかった。
それは、彼が持つ雰囲気とでもいうべきものが、傭兵ではなく軍人のものであったからである。
引き締まった肉体にはいっさいの無駄がなく筋肉がつき、戦士・武人という表現が最も当てはまる。
しかし、無骨な印象も受けない、周囲に振りまく殺気のような威圧感がなければ、優しそうな顔立ちをしているともいえる。
普通の格好をしていれば、貴族の貴公子としても十分通用するだろう。
そんな彼が紅の鎧を着込み、どうみても戦いに特化した鋼鉄製の長い杖を下げ、同時に剣をも腰に下げながら店に入ると、周囲は一斉に静まり返った。
■■■ side:ボアロー ■■■
「貴様たちは、傭兵だな?」
俺は適当な店にいた傭兵達に声をかける。本来、これほど多くの傭兵がいることはないが、アルビオンから逃げかえってきた腰ぬけ共だろう。
「そ、そうだが、あんたは?」
その中でリーダー格らしき男が答える。
「軍人といいたいところだが、未だ政権ではないのでな、一介の傭兵隊長だ」
『レコン・キスタ』はまだ王党派を全滅させたわけではない。
よって、今はただの私兵の連合体に過ぎない、俺の立場もただの傭兵隊長となる。
「お偉いさんってわけじゃねえよな、前戦で戦う任務だろ?」
「俺は大隊長だ。本来ならば自分の部下がいるのだが、少々このトリステインに用事があってな、なにもお前達をニューカッスル城攻略の尖兵とするために来たわけではない」
「そ、そうかい、それを聞いて安心したぜ」
臆病者が。話をするだけで腰を引くとは、それでも戦場を渡り歩く庸兵か。
「それで、貴様等を全員雇いにきたのだ。無論、報酬は用意する、生き残れればの話だがな」
「俺達を雇うのか?」
「そうだ、傭兵を雇わず誰を雇うのだ?」
まさか、ここで諸侯軍を編成するわけもあるまいに。まあ、やれと言われればやってみせるつもりはあるが。
「ま、まあそうだが、金はあるんだろうな?」
俺は無言でエキュー金貨が詰まった袋を放り投げる。
「おお、金貨じゃねえか、随分あるな」
「命を張るには十分だろう」
そこに、扉を開いて白い仮面を被った男が入ってきた。
「遅いぞ」
「すまない、だが、連中が出発した」
なるほど。
「貴様の依頼は果たしたぞ、数は揃えた」
傭兵共を見渡しながら言う。
とはいえ、しょせんゴロツキに毛が生えた程度、俺の隊には必要ない。 副官のオルドーやキムに任せてはいるから、向こうの準備は問題ないだろう。
「ところで貴様ら、アルビオン王党派に雇われていたのか?」
ワルドが問う、といってもこれは『遍在(ユビキタス)』だ。
「先月まではね」
「でも、負けるようなやつぁ、主人じゃねえや」
その意見は結構だが、少々、聞き捨てならない部分があった。
「金は言い値を払う。でも、俺は甘っちょろい王様じゃない、逃げたら殺す」
ふん、封建貴族の当主という、ぬるま湯に浸かっていた男がよく言う。俺とワルドは同時に店を出た。
「しかし、このような茶番になんの意味があるのだ?」
「不服か?」
ワルドは傲然と答える。
「ああ、元々は“土くれ”とやらを使う予定だったのだろう? たかが盗賊風情の代わりとは、随分俺も安く見られたものだ。そもそも、こんな茶番を組む必要などないだろう」
「やれやれ、お前は単純だな、俺の任務はそう簡単ではないのだ。ただ戦場で暴れていればいいお前とは違うのだよ」
ほう、舐めたことをぬかす。だが俺は自分が単純であることは否定しない。細かい小細工など俺は好まない。気質の問題だ。
「そうか、その任務とやらは、王女の手紙を回収し、ウェールズ王子を暗殺することだったか?」
「そうとも、これは俺にしか不可能な任務だ。個人的なこともあるがな」
それが、少女にしっぽを振るということか。
「ふん、軟弱者が」
「何だと?」
ワルドの声が変化する。
「お前が真に自分の力を頼りにするならば、なぜ手土産を持って『レコン・キスタ』に馳せ参ずる? なぜ身一つでアルビオンに渡らないのだ?」
「それは愚か者のすることだ。ただ一人の戦力として参加するよりも、『レコン・キスタ』により大きな貢献ができる方法をとっているまでだ」
なるほど。
「子爵というトリステイン貴族であった親から受け継いだ身分、魔法衛士隊隊長という肩書、そのようなものを頼りにした手土産を持って、『レコン・キスタ』に馳せ参ずるのが大きな貢献か。別にお前でなくとも、同じ肩書があれば同じことができるのではないか?、それこそ、マンティコア隊隊長でも、ヒポグリフ隊隊長でも」
「俺を愚弄する気か?」
ワルドの殺気が強まる。
「そうではない、衛士隊長になったのはお前の実力なのだろう、ならば、同じように『レコン・キスタ』で地位を確立していく自信はないのか、と言っているのだ」
「現在持っている自分の力を、最大限に生かす事が間違いだと言うのか? 頭が固い男だな、実に古風だ」
再び嘲るような口調になるワルド、しかし、俺が言いたいのはそこではない、。
「古風結構、頭が固いなど言われなれているさ。だが、俺が気に食わんのは、お前がやっている内容だ。手紙を奪うだけなら、何故あの少女を同伴させる。お前も王女から命を受けたのだから、あの少女は安全な場所に待機させることも出来るはずだ」
「戦場を駆けるしか知らないお前などには、、分からん理由があるのだ。ふん、女子供を巻き込むな、とは立派な物言いだな。軍人とは人を殺す事が生業だろうが」
貴様、そこを履き違えているのか。
「何を言う、戦場には戦場の掟がある。武器と戦意、そして覚悟を持っているなら者なら、例え女だろうと、子供だろうと”敵”として討ち果たす。だが、そうしたものを持たない民間人を害するなどは論外だ。軍人が戦うのはそうした”敵”のみ」
「たいした高説だが、それが俺の行動と何の関係がある」
「軍人の役目は”敵”を倒すことだが、その戦場に民間人を近づけるべきではない。立ち入れば、女子供の分けなく死ぬのが戦場、ゆえに軍人、特に騎士たちは彼らを戦場から遠ざけることを忘れてはいけないのだ。なのにお前は、あの少女たちをそこに連れようとしている。彼らに戦場の覚悟があるとは見えなかったぞ」
「ふん、流石は『石頭のボアロー』だな、実に理想主義的で、青臭い考えだ。そんなことだからお前は、ただの隊員どまりに過ぎなかったというのに」
『石頭』、俺に付けられた蔑称。過去にこの国で幾度となくそうやって、貴族の子弟に馬鹿にされてきた。しかし、それで結構だ。これは俺の信条であり、理想。そうしたものを持たない軍人は、ガーゴイルと変わらないと思うから。
いくら頭が固い、考えが古い、青臭いと言われようと、俺のこの思いは間違ってないと信じている。
「何とでも言え、しかし我が司令官も、民間人に危害を加えるものは、容赦しない方だと知らないわけでもあるまい」
「ふっ、貴様のような単純な男と一緒にしないでもらおう。、今回で、俺はお前よりも遥か上の地位を得ることになるのだからな」
「大言壮語よりも結果を示せ、『レコン・キスタ』は実力と結果が求められる。特に、我等の司令官はそういう方だ。お前が結果を示したのならば俺は何も言わん、お前の指揮下に入ろうとも依存はない。だが、忘れるな、『レコン・キスタ』に無能者は存在できんぞ」
俺はワルドと別れ、軍事関連の施設がある区画に足を向ける。
わざわざここまで足を運んだのだ。トリステイン空軍の戦列艦の特徴や数、現在整備が完了しているもの、出撃可能なものなどを把握しておこう。
近いうちにトリステイン侵攻が行われるだろう、情報が多いにこしたことはない。何も、こんな茶番を手伝うためだけ、にここまで来たわけではないのだから。
■■■ side:ルイズ ■■■
魔法学院を出発してかれこれ六時間が経つ。この間、ワルドはグリフォンを疾駆させっぱなしだった。才人たちは二回ほど、途中の駅で馬を交換したけど、ワルドのグリフォンは疲れの片鱗すら見せずに走り続けている。
「ちょっと、ペースが速いんじゃない?」
私は抱かれるような格好でワルドの前で跨っているから、後ろを振り向きながら言った。雑談を交わすうち、私の喋り方は過去のような丁寧なものから、現在の口調へと変わっていた。
まあ、主にワルドがそうしてくれと頼んだからんだけど。
「ギーシュもサイトも、へばっちゃってるわ」
二人は、首に倒れこむような格好で馬にしがみついている。ああもう、根性ないわね。てゆーか、やる気がないのよ、特にサイトは。
「ラ・ロシェールまで、出来れば止まらずに抜けたいんだが……」
「無茶よ。普通は馬で二日かかる距離なのよ?」
「へばったら、置いていけばいい」
「そういうわけにはいかないわよ」
ワルドが、少し怪訝な顔になった。
「どうして?」
「あれはいざという時の弾よけ、兼、囮役、兼、使いぱしりなんだから。まさかあなたに飲み物持ってこいと言うわけにいかないわ」
まさかにワルドをあごでこき使う訳にいかないもの。
「それに、どうでもよくはあるけど、一応仲間だし。それと、使い魔を置いていくなんて貴族メイジのすることじゃないわ。雑巾くらいの価値しかないけど」
「…………ルイズ、少しくらいは使い魔を労わってもいいと思うよ」
ワルドは、笑いながら言った。若干引きつってる気がするのは気のせい
「まさか! まだ甘いくらいよ!あの使い魔、口先だけは達者なんだから!」
「そうかい、けど、恋人とかではないんだね。婚約者に恋人がいる、なんて聞いたらショックで死んでしまうからね」
う、正面から言われると照れる。
「お、親が決めたことじゃない」
「おや? ルイズ! 僕の小さなルイズ! きみは僕のことが嫌いになったのかい?」
昔と同じ、夢で見たように、おどけた口調でワルドがそう言った。
「もう、小さくないもん。失礼ね」
私は頬を膨らませた。ちょっとわざとっぽいけど。
「僕にとっては、まだまだ小さな女の子だよ」
私は、先日の夢を思い出していた。
生まれ故郷、ラ・ヴァリエールの屋敷の中庭。忘れ去られた池の、小さな小船……。
ワルドは、幼い頃そこで拗すねていると、いつも迎えにきてくれていた。親が決めた縁談、幼い日の約束、婚約者。
あの頃は、その意味がよくわからなかった。ただ、憧れの人とずっと一緒に居られることだと教えてもらって、なんとなく嬉しかったことは覚えてる。
今は、その意味もよくわかってる。結婚、するのだ。
「嫌なわけ、ないじゃない」
「よかった。じゃあ、僕は好きかい?」
ワルドは手綱を握った手で、私の肩を抱いた。
「僕は、ずっときみのことを忘れたことはなかったよ。覚えているかい? 僕の父が、ランスの会戦で戦死して……」
私は、こくんと頷いた。それを受けたワルドが、思い出すようにしてゆっくりと語りだす。
「母もとうに死んでいたから、爵位と領地を相続して。それからすぐに、僕は街へ出た。立派な貴族になりたくてね。陛下は戦死した父のことをよく覚えていてくれたんだ。だからすぐに魔法衛士隊にも入隊できた………当然ながら、初めは見習いからでね。ずいぶん苦労したよ」
「ワルドの領地には、ほとんど帰ってこなかったものね」
私は、懐かしむように目を閉じた。
……あの頃、ワルドが来なくなってしばらくの間は、ずいぶん塞いでいたように思う。誰もあまり庇ってはくれなくなって、必死に勉強して……。
でも、ちいねえさまだけは、いつも私を励ましてくれた。そうよね、ワルドがいなくなっても、私にはちいねえさまがいてくれたもの。
そうだわ、あの時も………
「軍務が忙しくてね。おかげで、未だに屋敷と領地は執事のジャン爺に任せっぱなしさ。僕は一生懸命奉公して、出世してきたよ。なにせ、家を出るときに決めたからね」
「なにを?」
「立派な貴族になって、きみを迎えにいくってね」
「ふうん」
そういえば、姫様と一緒に遊んでいた頃も、姫様と一緒にちいねえさまのベッドにもぐりこんで、3人一緒に眠ったことがあったわ。それに、他にもたくさん……
「ルイズ?」
「幸せだったのよね……」
魔法は使えなかったけど、そんなことを気にしない友達もいたし、どんなときでも“ルイズ”として見てくれる、優しいちいねえさまがいてくれた。
私は、とても恵まれているのかもしれない。家柄とか、財産とかは違う、人間の絆という部分で。それがなかったら、どんなに権力があっても、財力があっても、寂しいだけだもの。
「嫌なことばっかりじゃなかったわよね……」
「ルイズ?聞いてたかな?」
はっ!
「も、もちろん聞いてたわよ!私はダークサイドのマスターなのよね!」
「ダークサイド?」
いけない、あの馬鹿の変な言葉に毒されてる!
「ね、ねえ、ワルド。あ、あなた、モテるでしょう?なにも、わたしみたいなちっぽけな婚約者なんか相手にしなくたって……」
とりあえずごまかしておく。正直、ワルドのことは夢を見るまで忘れていた。
だから、婚約だってとうに反故になったと思ってたし。戯に二人の父が交わした、宛てのない約束だと、そのぐらいにしか思っていなかったし。十年前以来、ワルドにはほとんど会うことも無かったから、その記憶も遠く離れちゃってたし。
「この旅は、いい機会だ。一緒に旅を続けていれば、またあの懐かしい気持ちになるさ」
ワルドは落ち着いた声でそう言ったが……、私は、本当にワルドのことが、好きなのだろうか? 勿論、想い出の中では嫌いではなく、確かに憧れだった。
好き、であったとも思う。それは間違いがない。
でも、今は?
突然現れて、いきなり婚約者だの結婚だのと言われても、どうすればいいのかなんてわからない。私は、離れていた時間が、とても大きなものであるように感じていた。
■■■ side:才人 ■■■
「もう四半日以上、走りっぱなしだ。どうなってるんだ。魔法衛士隊の連中は化け物か?」
ぐったりと馬に体を預けていると、隣をいくギーシュが声を掛けてきた。同じように、馬の首にぐったりと上半身を預けている。
「別にあの髭はいいよ、問題はさー、ルイズだとわたくしは思う次第でございますよ。何この扱い? 勝手に依頼を受けて、いきなりアルビオンに行くことになったのに、向こうはグリフォンですーいすい、こっちは馬を取り換えながら地べたを這いずりまわる。そろそろ謀反を起こしていいと思うんだよね」
この扱いは酷いと思うわけよ。自分から志願したギーシュはともかく、俺は強制連行だし。それに、貴族にとっちゃ王女様の依頼を受けるってのは名誉かもしんないけど、地球人の俺にはどうでもいいことだし。
そりゃあね、天皇陛下の依頼とかだったら張り切るよ、日本国民代表として。
けどさ、こっちの王女様つっても、俺にとってはアメリカ大統領の娘とか、イギリス女王の娘とかと同じなんだよな。
「うーん、不満タラタラだねえ、そこまでやる気がないと逆に見事という気がするな」
「おう、褒めろ褒めろ」
「いや、呆れているんだけど」
「ほっとけ」
まあ、浮遊大陸ってのは面白そうではある。けど、戦時中に向かうことも無いだろ。流れ弾でも飛んできたら、間違いなく盾は俺の役目だもんな。欝だ。
「ああー、なんでルイズが御主人なんだろ?」
「ふむ、けどさ、あの子爵さんはルイズの婚約者だろ、もし結婚すれば君は解放されるかもな」
「おお、奴隷解放の希望がここに!」
頑張れおっさん!
「あ、キスしてる」
「よーし、もっとやれおっさん! 歳の差なんか撥ね退けろ! 愛があれば大丈夫だ!」
頑張れ、俺のために!
ばっ、と前を向いた。目を凝らしてみたが、二人はキスなんぞしていない。
ぷーっくすくすくすと声がしたのでそちらを見ると、ギーシュが笑いをこらえていた。
「手前よお、死にたいか?」
地獄の底から聞こえてくるような声を出してみる。ただのダミ声ぽかったが。
「はははは、ごめんごめん。けど、君は良いのかい?」
「あい? どゆこと?」
「いやさ、ルイズに解雇されたら、その後君はどうするのかなあと」
「どうって……………まずい!」
そういや俺は住所不定無職だ! しかも、まだ洗礼ってのを受けてないから、まともな働き口なんてねえ!
「ヤバい! ヤバいぞギーシュ! ルイズに捨てられたら俺はアウトだ!」
「今気付いたのかい」
ギーシュに呆れられた。さらに鬱だ。
「おっさん、やっぱ頑張んなくていいわ。というか、歳考えろ、歳を。どう考えてもロリコンだろ、どんなに愛があっても、犯罪は犯罪だよ」
「豹変したな、さっきと言ってることが正反対だね」
「たりめーだ、人間、追い詰められれば何でもやる。いざとなったらお前とルイズが恋仲なことにすることも吝かではない」
最終手段だけど。
「ちょっと待ちたまえ! 僕にはモンモランシーがいる! というか、自分でやればいいだろ!」
「何言ってんだよ二股してただろ、それにおっさんに逆恨みされて襲われたらどうすんだよ」
男の嫉妬ってのも恐ろしそうだ。
「僕はどうなってもいいのかい……」
「もっちろん。俺は自分の為なら、お前がどうなっても構わないのだ」
「最悪だ!」
これもハインツさんの教えである。利用できるものは何でも利用しろ、だっけ。
つっても冗談だけどな、こっち来て初のダチに、さすがにそんな真似しねえよ。
馬を幾度となく替えて飛ばしてきたお蔭で、なんとか日が変わる前にはラ・ロシェールの入り口に着いた。
と、ミスターヒゲロリは告げたんだが。左を見ても、右を見ても、前を見ても、どっからどうみてもここは山道だ。そういや、港町っても、浮遊大陸への港なんだよな。
「港町なのに山にあるんだよな」
「きみは、アルビオンを知らないのか?」
「んー、話としては聞いてるけど、実際にみたことはねえな」
当たり前だけど、地球にそんなもんはない。ラピュタは物語の中にのみ存在するのだ。だからムスカも居ない。あの独特な笑いをする人はこの世界には居ない。
「そうかい、東方には浮遊大陸はないのかい?」
「さあな、よくわかんねえ」
この答も決まってる、ハインツさんが考えてくれた。
「どういうことだい?」
「あのな、東方出身っても、全部知ってるわけないだろ。こっちでも平民だったら生まれてから死ぬまで自分の村で過ごす奴もいるんだろ?俺だって向こうじゃただの庶民だからな、なんでもかんでも知ってるわけじゃねえよ」
言ってみれば、江戸時代の日本人。
将軍様やそれに仕える武士は長崎の出島とか外国を知っていても、農民はヨーロッパのことなんて知らないだろうし、そもそも日本全体すら知らないだろ。
「うーん、言われてみればそうだね、僕の家の領民の、グラモン領から一度も出だことないのも大勢いるだろうな。そう考えれば、アルビオンのことを知らない平民ってのも案外多いかもね」
そんな感じで話してると。突然、崖の上からこっちに目掛けて、火の点いた松明たいまつが何本も投げ込まれた。地面からの灯りに、俺たちの姿が照らし出される。
って冷静に見てる場合じゃねえ!
「ったく、色々起こるなあ!」
乗っていた馬がいきなり前足を高々と振り上げ、その拍子に体が地面へと投げ出される。
が、難なく着地、“身体強化”は発動済み。ギーシュも放り出されたらしく、隣に落ちてきた。
その音に紛れて、ひゅひゅっという風を切るような音が聞こえた。
「奇襲だ!」
「見りゃ分かる!」
俺はデルフを引き抜いて飛んでくる矢を切り裂く。
「相棒、寂しかったぜ……。鞘に入れっぱなしはひでぇや」
ぼやくデルフ。でも剣って鞘に入れるもんだろ。
「あーわりい、すっかりお前のこと忘れてた」
ここは正直に言っておこう。そして謝っておこう。
「随分落ち着いてるねえ、君は」
ギーシュも冷静になってる。
「こっち来てから色々あったしな、それに、ブラックジャックの恐怖に比べれば軽いもんだ」
「ブラックジャック?」
あれはトラウマになるほどだった。実戦よりも酷い怪我をする訓練ってなんだろ?けど、ハインツさんの手にかかれば、“軽いけが”に過ぎないし、その場で完治するし。ホント、とんでもない人だ。
まだまだ矢は飛んできたが、そこになんか小型の竜巻が発生し、矢を弾いた。後ろを見ると、グリフォンに跨ったおっさんが杖を掲げている。
今の竜巻モドキは、こいつの魔法らしい。
「大丈夫か!」
おっさんの声が、こちらに飛んできた。
「余裕! お前はどーよ、ギーシュ」
「こっちもOK、君の影に隠れたからね」
堂々と言い切るギーシュ。相変わらずの大物っぷり。
「よく堂々と言うなお前は」
「ふっ、ギーシュ・ド・グラモンを甘く見るな」
キザな感じで言うが、やってることはかっこ悪い。
「相変わらず楽しそうに話してるなあ、俺なんかほっとかれたのによー」
恨みがめしく言うデルフ。けど剣って……もういいや。
「そんなに言うなら、鞘取っ払っちまうか?」
「そうしてくれ、是非」
そんな風に相槌を入れてやりながら崖の方を見つめたが、第三陣がいくら待っても飛んでこない。
「夜盗か山賊の類か?」
これおっさん。
「もしかしたら、アルビオンの貴族の仕業かも……」
これルイズ。
「だが貴族なら、弓は使わんだろう」
これもおっさん。
「なあギーシュ、 ラ・ロシェールって、旨い料理とか、おいしいワインとかあるの?」
「そうだねえ、ワインはなかなかおいしい、これはアルビオン産のワインが入るからだね、それから、名物としては焼き鳥だったかな、焼いた石に鳥肉を串で刺してコショウとかをまぶして食べる。油が滴り落ちて非常に美味だ」
「おお!炭火焼みたいなもんだな!」
「炭火焼ってなんだい?」
「俺の故郷の料理でな、これがまた……」
ドカン!
「ぎゃ!」
「はぶ!」
吹っ飛ばされる俺達。
「あんたら、緊張感持ちなさい!」
ルイズの爆撃を奇襲でくらった、相変わらずの暴力主人だ。けどまあ、”暴力ほど効率の良い教育は無い”って特別に高等な人も言ってたっけ。
「だってさあ、待ってても矢が飛んでこないんだもん」
「そうだよ、接近戦のサイトに、「土」メイジの僕、遠距離戦ではなんの役にも立たないんだから、やることがないのさ」
「そうそう、そういうわけで、任せた」
「応援はしてるから」
「「がんばれがんばれ子爵! いいぞいいぞ子爵!」」
2人で合唱する。息ピッタリだな俺とギーシュ。
「あんたらねえ……」
ルイズの顔は怒りを通り越して呆れになっってる。
すると、聞きなれた音が聞こえてきた。こう、ばっさばっさと。
段々その音が大きくなってきて、思わずルイズやワルドと顔を見合わせた。なんか、ごく最近聞いた気がする音だ。でっかい羽音。
ひゅひゅひゅひゅ、と矢の風切り音も聞こえる。こちらには飛んできていないので、狙いは多分羽音の主だろう。音が止んですぐ、今度は崖の上に竜巻みたいなものが見えた。
あと、空を舞う男たちも。
「おや、『風』の魔法じゃないか」
そうワルドが呟く。『風』の魔法を使って、ばっさばっさと音を立てるような生き物を連れてる“味方”。そんな奴、俺は一人しか知らない。
がらんごろんと弓を持った男たちが崖から転がり落ちる、体を打ちつけて呻き声を上げる。
「うーわ、痛そ」
「哀れだねえ」
他人事のように観戦してる俺達。実に暢気な2人組みだ。
やがて、松明たいまつに照らされながら現れた見慣れた幻獣に、ルイズが驚きの声をあげた。
「シルフィード!?」
予想通りというべきか。ばさばさと地面に降りたドラゴンから、赤い髪の……、ってか、キュルケがぴょんと飛び降りて髪をかきあげた。
「やっぱお前だったのか、シャルロット、って。なんだその格好?」
ドラゴンの上には、何故だかナイトキャップに貫頭衣を被った、どう見てもパジャマ姿のシャルロットが居た。流石に月が出てないと本は読めないらしく、持っていない。
そんなシャルロットは、無言のままキュルケを指差した。
「お待たせ」
「お待たせじゃないわよ! 何しにきたのよ!
「助けに来てあげたのよ。朝方、窓から見ていたらあなたたちが馬に乗って出かけようとしているみたいだから、急いでタバサを叩き起こして後を付けたのよ」
ああ、寝起きを叩き起こされて、着の身着のまま連れ出されたのね……。
「ツェルプストー。あのねぇ、これはお忍びなのよ?」
「お忍び? だったらそう言いなさいよ。言ってくれなきゃわかんないじゃない。とにかく、感謝しなさいよね。あなたたちを襲った連中を捕まえたんだから」
キュルケは倒れた男たちを指差した。怪我をして動けない男たちは口々に罵声を浴びせかけてきている。いつのまにかギーシュがそいつらに近づいて尋問を始めていたりもした。
つくづく思うんだが、本当に友だちなのか、お前達は。
だけど、もの凄い息合ってるし、キュルケはシャルロットのことを凄くよく知ってる。
『あの子、結構無茶するからね、ハインツに頼まれてるのよ』
とも言ってた。
けど、無茶させてるのがキュルケな気もするんだよなあ。
「ありがとな、また助けに来てくれて。いつも助けられてばっかだなぁ」
ハインツさんにもシャルロットにも、世話になりっぱなしだよなあ。
「気にしなくていい。それにわたしも、少し興味はあった」
「まあ、なんか困ったことがあったらいつでも言ってくれよ。手伝いに行くからさ」
しかし、その格好はどうかと思うんだけどな。
「なあシャルロット、その格好はどうにかならんのか?」
「実は一度戻って着替えはとってきた」
「なるほど、ん?何で部屋で着替えてから来なかったの?」
「面倒だった」
うーん、なんとなくハインツさんがキュルケに頼んだ理由が分かってきた。
「つっても、その格好じゃ風邪ひくかもしんないぞ?」
「大丈夫」
「まあそう言わずに、とりあえずこれ」
俺は荷物の中から上着を取り出して渡す。
トリスタニアでルイズに買ってもらってからまだ一度も着てないから新品。
平民用の安物だけどさ。
「これは?」
「ああ、“ハインツブック”にアルビオンは上空3000メイルにあるから大陸よりやや寒い、冬になると結構雪も降るって書いてあったから、念のため持って来たんだ」
「今なら上着が必要なほど寒くはない」
「そっか、じゃあ尚更俺は使わないから使ってくれ」
「ありがとう」
「別にいいよ、世話になってるのはこっちだし」
ハルケギニア語を教えてくれたのもシャルロットだしな。
「ねえ、サイト」
キュルケが、話しかけてきた。
「ん? どした?」
「あなた、やるわね」
「へ?」
どういうこった。
「んー、まだまだね、でも、今はそれでいいわ。あの子の方もまだまだだし」
凄く嬉しそうに微笑みながらキュルケはそんなことを言った。
「子爵、あいつらはただの物取りだ、と言ってます」
「ふむ……なら、捨ておこう」
そんでまたおっさんはルイズを抱えてグリフォンに乗った。
「今日はラ・ロシェールで一泊して、朝一番の便でアルビオンへ渡ろう」
そう言い残して、おっさんは飛んでった。正確にはおっさん達を乗せたグリフォンが飛んでった。
「さーて、貴方達? 金目のものは持ってるかしら?」
もの凄い笑顔でキュルケが言う。追剥かお前は、貴族のお嬢だろ。
「おーい、どうすんだ?」
「略奪」
シャルロットが短く答えた。貴族のお嬢様がやることじゃねえな。
「トリステイン貴族と違って、ゲルマニア貴族は強欲なの。欲しいものは力ずくで奪うし、こういったチャンスがあれば骨まで吸い尽くすわよ」
「シルフィードならグリフォンより数段速いから、問題なく追いつける」
なるほど。さすが、えーと風竜?だっけ。
「じゃあ、馬はラ・ロシェールで売っちゃおう。どうせアルビオンへは連れて行けないし、もともと学院の馬をここまで交換しながらやってきたわけだし。任務が任務だから平気だよ」
貧乏貴族の提案ここにあり。普段は抜けてんのに、こういうところはしっかりしてるぜ。
「そうすっか、シャ……タバサ、帰りは一緒にのっけてもらっていいか?」
「問題ない」
「そっか、じゃあお願いするな」
向こうで盗賊から略奪するキュルケはシャルロットに任せる。
「ほんじゃ行くか、ギーシュ」
「しかし、僕達はマイペースだねえ」
そんなこんなでルイズとおっさんを追うことに。
で、ラ・ロシェールの街に到着した俺達。
ルイズとおっさんの提案で、『女神の杵』っつう一番上等な宿で泊まることになった。
「なあシャルロット、こんな高いところの泊まったら目立たないかな?」
ちなみに、ここに来る途中でキュルケはシャルロットは追いつき、道すがら今回の旅の目的は説明しておいた。
トリステインの極秘事項っぽくはあるけど、あくまで密命、公式なもんじゃない。
しかも、東方人の俺は王女様の臣下じゃない、つまり、ばらそうがどうしようが構わないわけで。
ま、この二人じゃなかったら言うつもりはないけど。
「平気、むしろどう見ても貴族のルイズやキュルケが泊まる宿が安かったらそっちのほうが怪しい」
なるほど、言われてみれば。
「木の葉を隠すなら森の中ってわけか」
「そういうこと、そして、それ以前にルイズは安い宿に泊まれないと思う」
「あー、お嬢様だもんな」
そこを忘れてた。
「でも、キュルケも同じくらい金持ちの家のお嬢様なんだよな?」
野党からふんだくる略奪者でもあるが。むしろ義賊? でもないか、民衆に配ってるわけじゃないから。
「そう、だけど、キュルケはキュルケだから」
理由になってねえけど、理由になってるな。
「あれか、ハインツさんがハインツさんってのと同じだな」
あの人、とんでもない金持ちらしいけど、全くそういう感じがしない。
あの王女様には高貴オーラって感じのが全身から出てたけど、ハインツさんにはそんな感じが一切しなかった。
とにかくあの人は何でもありだ。どこまでも自由なんだってのは、会って間もない俺でも分かる。
「それに、この宿はいいところ」
「来たことあるのか?」
そうは見えないけど。
というか、パジャマの上に平民の男ものの上着という訳分かんない格好になってる。
「ううん、ない、けど、ここは私にとっては都合が良い」
「どういうこっちゃ?」
「秘密」
そう言いながら微笑むシャルロット。
なんか、いたずらしてるような、そんな感じの顔だ。
「ふふふ、仲良いわね」
そこにキュルケが入ってきた、さっきまで向こうでなんか注文してたけど。
「あれ?ギーシュは?」
そういえばいない。
「ギーシュなら、パシリとして酒屋に派遣したわ。私の好きなゲルマニア産のワインがなかったのよね、アルビオン産はたくさんあったんだけど」
「おいおい」
どこまであいつは哀れなんだ、使い魔の俺以下の扱いになってる。
「ところで、あの貴族は、ルイズの婚約者だったかしら?」
「ああ、そうらしい」
ルイズがいないとこではルイズって呼ぶんだよな。
「ふっふっふ、そうなれば、なんとしてでも色々と搾り取ってやんないとね」
なんか、キュルケの目が輝いてる。
「あんましやり過ぎんなよ」
「いえいえ、やるのは貴方よサイト」
そこに爆弾発言。
「へ?俺?」
「頑張って」
なんかシャルロットも応じてるし。
「そうよ、貴方、悔しくないの?あの貴族、間違いなく貴方のこと見下してるわね、この平民風情が!って感じで。ああいうのはプライドが凄く高いのよ、自分は魔法衛士隊の隊長なんだ。ルイズは俺のもんだ、例え使い魔でも下賤な平民風情が近寄っていい女じゃねえぞ、って感じで」
「うーん、言われてみればそんな気もするような……」
ロリコンってところに気をとられてたけど、ロリコンから見たら、俺って間男なのかも。
「そうよ、だからここは、ロリコンを妨害しないと」
「なんか、キュルケがやりたいだけな気がするんだが?」
「そうよ、けど、利害が一致したなら共同戦線は張れるわ」
「同志」
けど、なんでそこにシャルロットも加わるんだろう?
「じゃあ、作戦を説明するわ」
キュルケの作戦を聞いて、その理由がよく分かった。
■■■ side:ギーシュ ■■■
僕の名はギーシュ・ド・グラモン。キュルケの使いッパシリである。
「はあ、何で僕がこんなめに……」
しかし、これは仕方ないことでもある。
『じゃあ、カードで決めましょう。お互いに5枚引いて、合計数が大きい方が勝ちよ』
そして、僕が負けた。貴族が一度約束し以上、それを覆してはいけない。
「しかし、今思えば、あれは本当にまっとうな勝負だったんだろうか?」
あのカードはキュルケのものだ。そこに仕掛けを施すのは簡単だろう。
……でも、それ以前の問題として、キュルケに運で勝ってる自分が想像できない。
とまあ、そんなことを考えつつ、『女神の杵』に帰還すると、ちょうど桟橋にいってたルイズとワルド子爵が向こうに見えた。
「おや、戻って来たのかい」
「ええ、けど、駄目だったわ」
ルイズは不機嫌そうだ。
「どういったことで?」
「いや、二度手間になる。中で一緒に話そう」
それもそうだった。一緒に宿に入る僕達。
「アルビオンに渡る船は明後日にならないと出ないそうだ」
「急ぎの任務なのに……」
子爵の説明と共にルイズは口を尖らせつつ呟く。まあ、しかしだ。
「何故明日にならないと船が出ないのですか?」
僕は訊いてみる。
「明日の夜は月が重なる。『スヴェル』の月夜だ。その翌日の朝、アルビオンが最もラ・ロシェールへ近づく」
なるほど、「風石」を節約したいんだな。
まあ、そうでもしないと商売あがったりなんだろう。
「さて、今日はもう寝よう。部屋を取った」
子爵が割り振りを発表する。
「キュルケとタバサが相部屋だ。そして、ギーシュとサイトが相部屋」
僕とサイトが同時に互いを見る。
「僕とルイズは同室だ」
僕は内心仰天した。
ま、まさか……この子爵は……ロリコン?
いや、年齢的に考えれば10歳くらいしか離れて無いようだけど、ルイズは16歳、子爵は26歳。しかも、ルイズは幼女体型、子爵は髭を持つ老け顔。
どう客観的に見ても、ロリコン以外の感想が浮かばない。
よく見ると、キュルケとサイトがタバサを子爵の視線から隠してる。あれだ、性犯罪者から子供を守ろうとする親みたいな表情になってる。
「そんな、駄目よ! まだ、わたしたち結婚してるわけじゃないじゃない!」
「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」
ルイズも一度は首を振ったものの、子爵のその言葉に頷く。
しかし、そこに。
「異議あり!」
サイトの声が響き渡った。
「使い魔君、どうしたのかね?」
子爵が冷静に問い返す。
「部屋割りに問題があります、いえ、これは明らかに矛盾しています」
なんかサイトのキャラが変だ。
「どういうことかな?」
「まずそもそも、男3、女3なんですから、ここは平等に行くべきでしょう。二人じゃ枕投げもつまんないし、女が恋の話をするなら3人と相場が決まっています。これは真理です」
その言葉にキュルケとタバサが頷く。うーん、彼女等がなにか仕込んだのかな?
「すまん、よくわからないんだが……」
真面目な子爵にはなんのことやらさっぱりな模様。
「そして何より、宿泊費がもったいないです。こんなに高そうな宿なんですから、もっと節約しないと」
もの凄い平民的な意見が出てきた。
「細かいことを気にするね、平民の君には分からないかもしれんが、これは重要な任務なのだよ、そのようなことを気にする必要は……」
「それでもです。俺の父さんが似たようながありまして、出張途中で台風が来て、けっこう高いホテルに泊まることになっちゃったんです。『これ、経費で落ちるかなあ?』っと、かなり深刻そうに呟いてました。あの声は忘れることが出来ません。どんな任務でも、出来る限り経費は節約するべきでしょう」
なんか、例えが意味不明だ。多分、彼の故郷の話なんだろうけど。
「ううむ、よくわからないんだが、とにかく君は、経費が気になるんだね?」
「はい、何せ平民なもんで」
堂々と頷くサイト。
「それなら心配はいらない、ここの金は僕がだそう」
「本当ですか!」
サイトの顔が輝く。
って、サイトだけじゃない、キュルケとタバサもだった。
「ああ、ルイズと二人で話したいというのは個人的な事情だしね、そこは僕が出すべきだろう」
「ありがとうございます! マスター、料理、全部持ってきて!」
「は?」
呆然とする子爵。
「それからー、ワインも全種類持ってきてくださいな」
これはキュルケ。
「サラダもお願い、ついでにミルクも」
これはタバサ、というかもう食べ始めてる。
「よっしゃ! ただ飯だ! 食いまくるぜ~」
「子爵のおごりだもの、存分に楽しみましょう」
「おいしい」
宴会を開始する3人。
「キュルケ、ゲルマニア産ワインも到着」
すかさず混ざる僕。
「よくやったわギーシュ、褒美にこの焼き鳥を授けましょう」
「おお!それはかの、ラ・ロシェール名物ではないかね!」
「美味」
タバサが頬張ってる。
「おお、うめえ!」
サイトも食べ始めてる。
「他のお客様もご一緒にどうぞ! 私達だけでは食べきれませんもの!」
キュルケが騒ぎをどんどん拡大させていく。
「………………」
そして、子爵は指で額を押さえていた。呆れられてるのかもしれない。それとも怒ってるのか。
「えーと、私も出そうか?」
ルイズが慰めるように言う。
「いや、いいさ。彼らは彼らで盛り上がっていれば良い」
流石に男として、そこは許容できないだろう。
だけど、その声には残念そうな響きはなかった。ちょっと不思議だ。ひょっとして全部姫様持ちの約束とか? だとしたらマズったなぁ。
まあ、そこは気にせず、さあ、宴会の始まりだ。
===============================================
補足
蛇足かもしれませんが、第九話について補足説明を加えます。
実はこの話は才人の成長に関する話ではなく、ルイズが“博識”に至る過程の布石となっています。後にトリステインに巣食う害虫を駆除するのは才人ではなく、ルイズの役割であるためです。その時才人はシャルロットとデートしてただけですし。
この時点でのルイズは
『確かに、そのモット伯ってのは貴族の風上にもおけない奴かもしれないけど、あんただって貴族の全てを知ってるわけじゃないでしょ!立派な貴族だっているのよ!知った風な口を利かないで!』
という考えが基本となっています。ですが、夏季休暇中に北花壇騎士団トリステイン支部でファインダーからの情報をまとめているうちに、モット伯のような貴族が一般的であり、搾取される側の平民にとっては“オーク鬼よりも達が悪い”と思われているという現実を知り、自分が目指す貴族とは何か?ということをもう一度考え直すことになります。
そのような理由で、“ルイズの身近で起こったそのような話”としてモット伯は上手く利用できそうだったので使用しました。重要なのはあくまでルイズです、“貴族が平民を金で買う”という行為に日本人の才人が反発するのは当然であり、彼の価値観には変化が生じません、変化が生じる(後のきっかけとなる)のはルイズの方なんです。
あと、ハインツがモット伯を処罰した理由ですが、当然才人の話を聞いたからではありません。北花壇騎士団トリステイン支部長オクターブからの報告を得て、“モグラ”が網にかかったので動いたわけです。
後に“博識”が主導し、“水底の魔性”という組織となるトリステイン支部ですが、あの時に何人もの貴族を一気に処断出来たのも、彼らがその準備を二年以上かけて進めていたからです。アルビオン戦役が集結してから、“博識”が王宮に呼ばれることが多くなるのも、トリステイン支部長オクターブ(元トリステイン宗教庁司祭)、マザリーニ枢機卿の2名と連携し、トリステインの害虫駆除の準備を水面下で進めていたからです。アンリエッタは堂々と彼女の王道を往くべきというのがルイズとマザリーニの考えなので、そういった王国の暗部は彼らの担当となりました。
つまり、モット伯はこのときシエスタを連れて行こうとしなければ、“博識の魔女”か、もしくは“香水の魔女”によって処断されています。
彼がこの時点で処罰されたのは、世渡りがうまく、これまでは(貴族が定めた)法的に問題になるようなことをしてこなかった彼が、理事長が誰であるかを確認せず学院に呼んでしまうという失態を犯したからであり、そのチャンスをトリステイン支部が見逃さなかったからです。
もしやっていなくても1年後には同じ運命が待っています。この当時から支部が作成を進めている“害虫駆除リスト”にはモット伯の名前が載っているのです。
また、その辺に関連して、支部にフェンサーがいない理由、大半がトリステイン人で構成されていることなど、他にもいくつか明らかにしていない伏線がありますが、その辺は外伝が原作5巻の夏季休暇に入るくらいで明かす予定です。ですが、トリステイン支部がラグドリアン王国暗躍機関“水底の魔性”となったのにも必然性があります。
そういうわけで、才人の行動はあくまでおまけです。ハインツの台詞である
『まあ何にせよだ、今回は頑張ったな才人、見直してないぞ』
『そりゃあ、元々お前はこういう風に誰かのために駆け回るやつだと思ってたからな』
この二つは、今回の話が才人の成長の物語ではないという隠喩のつもりでした。このような“二柱の悪魔”が予想していなかった出来事なども数多くあり、その偶然を“舞台劇”に余さず組み込むためにハインツは影の一人“ゼクス”を主演につけ、彼自身寝る暇もなく活動を続けています。
3巻の“宝探し”などもその例で、あれを“ゼロ戦回収”に結びつけるように仕組むのもハインツなわけですが、そこは、彼が手を加えずとも“物語”の力の補正もあったので実は徒労です。
と、そのような伏線とする予定だったのですが、そこまで話を進めるには下手すると数か月かかることもあり得るので捕捉することにしました。
ちなみに、私はアニメを見ておらず、原作のみです。そのため、他の方々が書いてくださっている二次創作によって概要を知っている程度の知識しかモット伯についてはありません。
ですが、必要なのはあくまで“トリステインのどこにでもいる貴族が、平民を金で買う(拒否権なし)”という事例がルイズの身近で存在することだったので、モット伯のキャラ自体は特に必要な要素ではありませんでした。『終幕 神世界の終り』14話で“博識”にやられた貴族その一みたいな扱いになっております。
当初はこの時点では大半を伏せておいて、原作5巻に入った段階で明かそうと考えていたのですが、疑問を持たれていた方が多くおられたようなので捕捉することといたしました。
まわりくどいことになってしまい、真に申し訳ありません。深くお詫び致します。