まえがき
この外伝は、本編をテンポよく進めるためにはしょった部分をくわしく書いたものです。
主観はサイトで、その他の『ルイズ隊』面子がそれに続き、マザリーニ、ウェールズ、ホーキンス、ボーウッド、ボアロー、カナンなどのアルビオン戦役で活躍する者達も多くなりそうです。ギャグ要素も多くなりそうですが、アルビオン戦役のあたりからは結構真面目になると思います。
大変申し訳ありませんが、シエスタの役は『ハルケギニアの舞台劇』に比べれば多くなるとは思いますが、やっぱり少なめになると思います。というのも、男女関係などについては基本的に田中芳樹作品のノリを踏襲しているので、基本的に大人っぽいです。なので、純粋ラブコメ担当の彼女は弾かれてしまうのです。(私はけっしてシエスタが嫌いではありません。嫌いなのは教皇とジュリオです)
これと同じ内容を、本編のあとがきの最後にも書いてます。なので重複してます。
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時はブリミル歴6242年のフェオの月(4月)。
場所はトリステイン魔法学院。
今ここで学院の2年生候補が進級試験として“春の使い魔召喚”の儀式を行っている。
「我が名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。5つの力を司るペンタゴン。我に従いし使い魔を、ここに召喚せよ!」
そしてある少年が召喚される。
第一話 魔法の国
■■■ side:才人 ■■■
「あんた誰?」
気付くと草っぱらに横になってた。どうやら、仰向けに地面に転がっているらしい。手をつき、上半身を持ち上げて辺りを見回す。
黒いマントを羽織り、自分を遠巻きから物珍しそうに見ている人間に囲まれていた。
群生する足の群れを梳いて見れば、豊かな草原が広がっている……ようだ。
遠くにはヨーロッパにありそうな、石造りの大きな城も見える。
どこだろう、ここ。
「誰、って……、あ、俺か? 俺は平賀才人」
俺はとりあえず答えるけど、状況がさっぱりわからん。
ついでに少女の容貌を眺める。
服装は、遠巻きにしてる連中と同じ黒のマント、その下には白いブラウスとグレーのブリーツスカートを着ている。ようだ。
顔は……、可愛い。肌は透き通るように白く、鳶色の瞳がくりくりと躍っている。
ガイジンさんか?
……いや、その割にはやけに日本語がお達者だけど。
「どこの平民?」
へーみん?
なんじゃそりゃ?
この少女もそうだが、なぜみんな手に棒状の何かしらを持っているんだろう?
「ルイズ、"召喚サモン・サーヴァント"で平民を呼び出してどうするの?」
「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」
なんか目の前にいる女の子が怒鳴ってる。
「また間違いか、きみはいつもそれだな!」
「さすがはゼロのルイズだ!」
ルイズ、こいつはルイズってのか?
つーか、ここどこ? アメリカンスクールか?
いや、多分違う。それっぽい建物が辺りにはない。 おまけに、ガイジンさんにしては日本語が異常に達者なヤツばかりだし。
じゃあ、映画のセット?これ、なんかの撮影か?
いや、それも多分ないよな。
セットにしては、草がやけにしなやかだし、雲は気ままに流れている。ああ、爽やか。
たぶん、ここは自然に屋外だ。
でも、日本にこんなだだっ広いところなんかあったっけか? 新しく出来たテーマパークってわけでもないよな?
そもそも、なんで俺は草原なんかに転がってたんだ?
「ミスタ・コルベール!」
ルイズっていうらしい女の子が叫ぶと、中年のおっさんが出てきた。
な、なんだ?中年コスプレおやじか?
大きな木の杖を片手に持ち、フードつきの真っ黒なローブに身を包んでいる。
なんだあの格好。まるで、魔法使いじゃないかよ。
大丈夫かこのおっさん?
ん? 魔法使い?
そういや、あのわけわかんねえ鏡みたいの、厚みが無いくせに、なぜか中に入ることが出来た何か。
種も仕掛けも無いはずなのに、宙に浮かんでたよな、アレ。
――アレって、魔法そのものじゃね?
いやまさか、そんな馬鹿なことはねえよな、漫画の読み過ぎだぜ俺。
って思いたいんだけど、なんか周りの感じからすると、ただならない予感がする。
「なんだね、ミス・ヴァリエール」
「あの! もう一回"召喚"させてください!」
「それはダメだ。ミス・ヴァリエール」
「どうしてですか!」
「規則だからだよ。二年生に進級する際、きみたちは"使い魔"を召喚する。今やっている通りにだ。それによって現れた“使い魔”で、今後の属性を選別し、それにより専門課程へと進むことが出来るんだ。一度呼び出した"使い魔"は変更することは出来ない。何故なら春の使い魔召喚は神聖な儀式だからだ。好む好まざるにかかわらず、君は呼び出してしまった彼を"使い魔"にするしかない」
「でも! 平民を使い魔にするなんて聞いたことがありません!」
「これは伝統なんだ、ミス・ヴァリエール。例外は認められない。彼は……」
なんかコスプレおっさんがこっちに指さしてきた。
「……彼はただの平民かもしれないが、呼び出された以上はきみの使い魔にならなければならない。古今東西、人を使い魔にした例はないが、この召喚の儀式のルールはあらゆるルールに優先されるのだよ」
「そんな……」
ルイズって奴ががっくりと肩を落とした。つうか、一体何の会話だ?
「さて、それでは儀式を続けなさい」
「……やっぱり彼とですか?」
「そうだ。出来るだけ急いでくれたまえ。次の授業が始まってしまうじゃないか。きみは召喚にどれだけ時間をかけたと思ってるんだね?何回も何回も失敗して、やっと呼び出せたんだ。いいから早く契約したまえ」
なんだなんだ。いったい、何をされるんだ?
「ねえ」
ルイズが、声をかけてきた。……わりと、不機嫌そうに。
「はい」
「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生無いんだから」
キゾク。……貴族? アホか、この子? この平成の時代に、何が貴族だよ。ただのコスプレ新興宗教のクセしやがって。
なんて若干現実逃避気味の考えを浮かべてたら。
「我が名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。5つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔となせ」
なんか、杖を俺の額にあててるし。 杖が離れたと思ったら、ゆっくりと顔が近づいてくる。
「な、なにを」
「いいからじっとしてなさい」
怒ったような声でルイズが言い、さらに顔が近づく。
ぐんぐん。
ぐんぐんと。
「ちょ、ちょっと。あの、俺、そんな、心の準備が……」
「ああもう! じっとしてなさいって言ってるでしょう!」
ルイズは才人の頭を左手でがしっと掴んだ。
「え?」
「ん……」
な、なんだこれ! 契約ってキスのことなのか!? 柔らかい唇の感触が、俺の混乱をさらに加速していく。
お、俺の、ファーストキスが!?
こんなところで、こんなヘンなヤツに奪われるなんて! それも公然で!? いやすげえ美少女なんだけどさ! だからいいってほどイカレてないぞ俺は! いやでもするならやっぱり美少女のほうがいいよな!
現在混乱中です、ハイ。
「終わりました」
なんか、ルイズの顔が真っ赤になっているが。
照れている、のかな?………って!
「照れるのは俺だ、お前じゃない! いきなり何しやがんだ!?」
ホントにこいつらはいったい何なんだ?
もうイヤだ。早く家に帰りたい。
家に帰ってインターネットがしてえ。
出会い系に登録したばかりなんだよな、はやくメールのチェックがしたいぜ。
「『サモン・サーヴァント』は随分と失敗したが、『コントラクト・サーヴァント』はきちんとできたようだね」
中年おっさんはなぜか嬉しそうだし。
「相手がただの平民だから『契約』できたんだよ」
「そいつが高位の幻獣だったら、『契約』なんかできないって」
"フェンリルルルウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!! あんたは今から! 私の奴隷よ!!"
……………………………………………………何だ?
何かルイズが自分の右手を溶かしながら、鬼のような形相で叫びつつ、とんでもない怪物と『契約』ってのをしてる光景が脳裏に浮かんだんだが……
気のせいだよな?
「バカにしないで! わたしだってたまにはうまくいくわよ!」
「ほんとにたまによね。ゼロのルイズ」
見てみると見事な縦ロールのブロンドを持った女の子が、ルイズをあざわらってた。
すげえ、あんな髪ホントにいるんだ。
「ミスタ・コルベール!“洪水”のモンモランシーがわたしを侮辱しました!」
「誰が“洪水”ですって! わたしは“香水”よ!」
「あんた小さい頃、洪水みたいなおねしょしてたって話じゃない。“洪水”の方がお似合いよ!」
「よくも言ってくれたわね! ゼロのルイズ! ゼロのくせになによ!」
“博識の魔女”、“香水の魔女”
男を弄びながら妖艶に笑う二人が、なぜか脳裏に浮かんだ。
…………………気のせいだよな?
「こらこら。貴族はお互いを尊重しあうものだ」
中年魔法使いコスプレさんが、二人を宥める。
いったい、こいつら、何を言ってやがんだ。『契約』? いったいそりゃなんなんだ?
なんて思ってると。
「ぐあ――――!?」
なんだ!? 左手が焼けるように熱い!
「あちい! 俺の体にいったい何しやがった!」
「すぐ終わるから待ってなさいよ。“使い魔のルーン”が刻まれてるだけよ」
「刻むな、そんなもん! 人権侵害だろそれ!」
「あのね?」
「なんだよ!」
「平民が、貴族にそんな口利いていいと思ってるの?」
「知るか! つうか誰だお前は!」
って、あれ?
いつの間にか、左手の熱さが消えている。
「……ありゃ?」
思わず左手を目の前に持ち上げる、すると、その甲にはよくわからない、ミミズが腸捻転おこしてのたくったような模様が7つばかり並んでいた。
文字なんだろうか、これは。
というか、なんで手にこんなもんが?
そんなことを考えながら模様を見つめていると、コルベールと呼ばれているローブの中年おっさんも近寄ってきて、手の甲の模様を確かめる。
「ふむ……、珍しいルーンだな」
しばらく模様を眺めた中年魔法使いモドキはそう言った。
ルーン。ルーンか。
ルーンってなんだ?
「さてと、じゃあ皆。教室に戻るぞ」
中年コスプレ魔法使いはきびすを返すと、何の前触れも無く宙に浮いた。
………………………………は?
……と、飛んだ? ……んな馬鹿な。
他の生徒っぽい連中も、一斉に宙に浮いた。
ワイヤー。無い。
クレーン車。むろん無い。
というか、周りはだだっ広い草原であるからして、そんなもんあったら丸分かりである。
結論。……こいつら、マジで魔法使いか?
「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」
「あいつ『フライ』どころか『レビテーション』もまともにできないんだぜ」
「その平民、あんたの使い魔にお似合いよ!」
口々にそう言い残し、笑いながら飛んでいく。
そうして後には、ルイズと呼ばれてた奴と俺だけが残された。
「あんた、なんなのよ!」
「お前こそなんなんだ! ここはどこだ!? お前たちはなんなんだ!? なんで飛ぶ!? 俺にいったい何をした!?」
聞きてえのはこっちだこの馬鹿!
「ったく。どこの田舎いなかから来たか知らないけど、説明してあげる」
「田舎ぁ? 田舎はここじゃねえか! 東京はこんなド田舎じゃねえぞ!」
「トーキョー? なにそれ。どこの国?」
「日本」
「なにそれ。そんな国、聞いたことない」
「ざけんな! んなわけあるか! ちゅうかなんであいつら空飛んでるんだ!? お前も見ただろ! なんで人間が空飛べるんだよ!?」
ああもうわけがわからん!
「そりゃ飛ぶわよ。メイジが空飛ばないでどうすんのよ?」
メイジ?
なんかすっげぇ嫌な予感のする響きが……だめだ、それ以上考えるな。
「っていうか、ここはどこだよ?」
「トリステインよ! そしてここはかの高名なトリステイン魔法学院!」
「魔法学院?」
さっきの嫌な予感が、途方も無く膨れ上がる。
「わたしは二年生のルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。今日からあんたのご主人様よ。覚えておきなさい!」
なんかこう、如何にも魔法系の漫画とかでありそうなんだが。
うん、ハリー・ポッターなんかがいい例だと思う。
「あの……、ルイズさんよ」
「なによ」
「ホントに、俺、『召喚』されたの?」
頼むから夢であって欲しい。
「だからそう言ってるじゃない。何度も。口がすっぱくなるほど。もう、諦めなさい。わたしも諦めるから。……はぁ。なんでわたしの使い魔、こんな冴えない生き物なのかしら……。もっとカッコいいのがよかったのに。ドラゴンとか、グリフォンとか、マンティコアとか。せめて鷲とか。梟とか」
……ちょっと待て。
「なぁ。ドラゴンとか、グリフォンとかって……、どういうこと?」
「いや、それが使い魔だったらなぁ、って。そういうこと」
「そんなのホントにいるのかよ!」
「いるわよ。なんで?」
「うそだろ?」
そろそろ、現実逃避したくなってきた。
「まあ、あんたは見たことないのかもしんないけど」
もの凄い呆れられた声なんだが。
「マジでお前ら、魔法使い?」
「そうよ。ほら、分かったら肩に置いた手を離しなさい。ていうか離して! 本来なら、あんたなんか口が訊ける身分じゃないんだからね!」
夢だ。これは、夢に違いない。
というか、そうでも思わなきゃやってられねえ。
「ルイズ」
「呼び捨てにしないで」
「殴ってくれ」
「え?」
「思いっきり、俺の頭を殴ってくれ」
「なんで?」
「そろそろ夢から覚めたい。夢から覚めて、インターネットするんだ。今日の夕飯はハンバーグだ。今朝、母さんが言ってたから間違いない」
「いんたーねっと?」
「インターネットって言うのはだな………………いや、いい。お前は所詮、俺の夢の住人なんだから。気にしなくていい。とにかく俺を夢から覚めさせてくれ」
「なんだかよくわからないけど、殴ればいいのね?」
ルイズは、拳を握り締めた。
拳が、振り上げられる。
ルイズの表情が少しずつ、険しいものへと変化していく。色々と思うところがあったらしい。
「……なんであんたはのこのこと召喚されたの?」
「知るか」
「このヴァリエール家の三女が……。由緒正しい旧い家柄を誇る貴族の私が、なんであんたみたいなのを使い魔にしなくちゃいけないの?
「知るか」
「……契約の方法が、キスなんて誰が決めたの?」
「知るか。いいから早くしろ。俺は悪夢は嫌いだ」
「悪夢? そりゃこっちのセリフよ!」
「ファーストキスだったんだからね!」
そんなことを叫んでいたようだが、俺は気を失ったので聞いちゃいなかった。
「それほんと?」
ルイズの手には夜食のパンが握られている。
俺達はテーブルを挟んだ椅子に腰掛けている。 ここは、ルイズの部屋。だいたい十二畳ほどの大きさである。気絶からさめた俺は、ここまでルイズに引きずってこられたのである。
「嘘ついて何になるんだよ」
ったく、あんなん無視して家に帰ってればよかった。なんせ、ここは日本ではない。というか、地球ですらないらしい。
魔法使いがいる。
人が空を自由に飛びまわる。
それだけならまだよかった。
そんな国も、まだ俺が知らないだけであるのかもしれなかったから。 でも、例えそんな国があったとしても、月が二つもあるのは流石にいただけなかった。 でかいのはまだいい。そんなふうに見える場所も、地球のどこかにはあるだろう。
そう思える程度のでかさだったから。
だが、地球には月は一つしかなかったはずだ。自分が知らない内に、月は一つ増えたのか?
違う。そんなはずはない。ならば、ここは地球ではありえない。
もう夜もふけてしまった。
今頃、両親は心配しているだろうなと思うと、悲しくなった。 窓に目を向けると、夜空のほかに先ほど才人が寝転がっていた草原が見えた。朱と蒼の月明かりに照らされ、不気味な色に揺れている。
遠くの方には大きな山が見えた。右手には、鬱蒼うっそうとしげる森があった。日本で見かけるような森じゃない。あんな広大で平坦な常緑樹の森は日本にはねえだろ。
俺は大きくため息をつく。
ここに来るまでには、中世のお城みたいな学院の敷地を通ってきた。石で出来たアーチ状の門。同じく石造りの重厚な階段。 ルイズには、ここはトリステインの魔法学院だ、と説明された。
魔法学院。素晴らしい!
全寮制。あぁ、実に素晴らしい!
そんな映画があったよなあ!
でも、地球だったらもっとよかったなあ!
……地球じゃ、ないんだよなぁ。
「信じられないわ」
「俺だって信じられんが、月が二つもあるんじゃ信じるしかねえんだよ」
「それって、どういうこと?」
「俺の居たところは、魔法使いなんていない、つうかいたらやだ。月も一つしか無かったしな」
「そんな世界、どこにあるの?」
「だから俺がいたところだっての!」
説明しても意味ねえだろこれじゃ!
「怒鳴らないでよ。平民の分際で」
「誰が平民だよ!」
「だって、あんたメイジじゃないんでしょ。だったら平民じゃないの」
「なんなんだよ、そのメイジとか平民とかいうのは?」
「もう、ほんとにあんた、この世界の人間なの?」
「だからさっきから違うって言ってるんですけど」
テーブルの上には、幾何学模様のカバーがついたランプがおかれ、部屋を淡く揺れる光で照らしている。
どうやら電気は通っていないらしい。
まったく、手が込んでいるつくりだ、こんなん日本だったらかなり高いよな?
ホントに、中世に迷い込んじまったみたいだよなぁ。
っても、ずっとここにいるわけにはいかない。
「お願いだ。そろそろ、家に帰してくれないか?」
「無理」
即答された。
「……どうして?」
「だって、あんたはわたしの使い魔として、契約しちゃったのよ。あんたがどこの田舎モノだろうが、別の世界とやらから来た人間だろうが、一回使い魔として契約したからには、もう動かせない」
「ふざけんな!」
さっきのは悪魔の契約書かおい!
「わたしだってイヤよ! なんであんたみたいなのが使い魔なのよ!」
「だったら帰してくれよ! 今すぐ!」
何でこんなことになんだよ!
「ほんとに、別の世界から来たっていうの?」
「ああ!」
「なんか証拠を見せてよ」
証拠になりそうなもの。うーん…………あれかな?
俺は鞄からノートパソコンを取り出す。
「なにこれ」
「ノートパソコン」
目を覚ましたあと草原で見つけたんだよな、つうか、修理したばっかだってのに。銀塗りのプラスチック製の外殻にも、内にたたまれていた液晶にも、新しい汚れや傷はないようだからとりあえず一安心。
………いや、パソコンよりも俺のほうがよっぽどやべえって。
「確かに、見たことがないわね。なんのマジックアイテム?」
「魔法じゃねえ。科学だ」
とりあえずスイッチを入れる。
「うわぁ……。なにこれ?」
「起動画面」
「綺麗ね……。何の系統の魔法で動いてるの。風? 水?」
「だから魔法じゃねえっつうに。科学だ、科学。電気だよ」
なんか、異星人と会話してる気分になってきた。
「デンキって、何系統? 四系統とは違うの?」
「あぁもう! とにかく魔法じゃねえ!」
このままじゃらちがあかねえ。
「ふーん。でも、これだけじゃわかんないわよ」
「なんで? こういうの、こっちの世界にあるのか?」
ルイズは唇を尖らせた。
「ないけど……」
「だったら信じろよ! わからずや!」
なんなんじゃこいつは!
「わかったわよ! 信じるわ!」
「ほんと?」
もの凄い疑わしいんだが。
「だってそう言わないと、あんたしつこいんだもん!」
やっぱり信じてねえな、こいつ。
「まあ、何にせよ、わかってくれればいいか。じゃあ、帰して?」
「無理よ」
「なんで!?」
ルイズは困った顔になった。
「だって、あんたの世界と、こっちの世界を繋ぐ魔法なんてないもの」
………………………………は?
「じゃあ、なんで俺はこんな所にいるんだよ!」
「そんなの知らないわよ!」
俺達は睨み合う。
「あのね。ほんとのほんとに、そんな魔法はないのよ。大体、別の世界なんて聞いたことがないもの」
「召喚し
といて、そりゃないだろ!?」
詐欺か? 詐欺なのか!?
「召喚の魔法、つまり『召喚サモン・サーヴァント』は、ハルケギニアの生き物を呼び出すのよ。普通は動物や幻獣なんだけどね。人間が召喚されるなんて初めて見たわ」
「召喚したのはお前じゃねえか。……だったら、もう一度、その召喚の魔法をおれにかけろ」
「どうして?」
「元居たところに戻れるかもしれない」
「――無理よ。『召喚サモン・サーヴァント』は呼び出すだけ。あんた、呼び出される前になんか見なかった?」
ああ、あの変なの。
「鏡みたいな何かが目の前に出たけど……」
「あれはこっちに呼び出すだけで、使い魔を元の場所に戻すことは出来ないわ」
「いいからやってみろよ」
「不可能、今は唱えることすら出来ないもの」
「どうして!」
「……………『サモン・サーヴァント』の発動条件はね」
「うん」
「詠唱するメイジに、使い魔が居ないことが条件なの。たとえば、前の使い魔が死んじゃったー、とかね」
「………………なんですと?」
才人はフリーズした。
「死んでみる?」
「いえ、結構デス……」
これ、いくらなんでも酷過ぎねえ? 確かに不用意にくぐった俺も悪いのかもしんねえけど、奴隷かっての。
奴隷っていえば、この左手の刺青みたいのは………
「ああ、
それね」
「うん」
「わたしの使い魔ですっていう、印みたいなものよ」
つまり、俺はもう買われた奴隷なのね。
しばし沈黙。
「……しかたない。しばらくはお前の使い魔になってやるよ」
それしかねえし。
「なによそれ」
「なんだよ。文句あんのか?」
「口の利き方がなってないわ。『なんなりとお申しつけください、ご主人様』でしょ?」
こいつ、いい性格してやがるな。
“博識よりゃましだ”
……………………………………何だ、幻聴か?
「でもよー、使い魔って何すりゃいいんだ?」
ハリー・ポッターのヘドウィグとかが頭に浮かぶ。ってことは、手紙を届けりゃいいのか?
「まず、使い魔には主人の目となり、耳となる能力が与えられるはずよ」
「どういうこと?」
「使い魔が見たり聞いたりしたものは、主人にも見えたり聞こえたりすることが出来るのよ」
「つまり、プライバシー皆無ってこと?」
「大丈夫よ、あんたじゃ無理みたいだから。わたし、何にも見えないし聞こえないわよ?」
「そうか、そりゃよかった」
「よくない!……まあ、人間がこんな能力持ってても使い道ってそうそうないわね。次」
もしそんなんだったら最悪だ。
「普通の使い魔は、主人の望むものを見つけてくるのよ。秘薬とかね」
「秘薬って?」
「特定の魔法を使う時に必要な触媒のことよ。火の秘薬の硫黄とか、特殊なコケとか……」
「へぇ」
いかにも魔法使いっぽいな、スネイプ先生の研究室とかにありそうだ。
「これもあんたには関係なさそうね。秘薬の存在すら知らないんじゃどうしようもないし」
「まぁ、無理だな」
“薬草学”とか“魔法薬学”とか習ってねえし。
「次」
ルイズは苛立たしげに言葉を続けた。
「これが一番重要なんだけど……、使い魔は、主人を守る存在でもあるのよ。その能力で、主人を敵から守るのが役目!……って、これもあんたじゃ無理よね?」
「人間だもん……」
剣道とか柔道とか習っていればまだどうにかなるかもしれなかったけど、俺はあいにくただの高校生。
町のゴロツキ相手の盾くらいならともかく、ドラゴンの相手とか無理。
「……強い幻獣だったら並大抵の敵には負けないけど、あんたじゃカラスにも負けそうだもんねぇ」
「うっせ」
流石にカラスには負けねえよ。
…………そもそも、カラスと戦うことがあんのか?
「だから、あんたにできそうなことをやらせてあげる。洗濯、掃除。その他雑用」
「ざけんな。見てろよ、そのうち絶対帰る方法を見つけてやるからな!」
「はいはい、そうしてくれるとありがたいわ。あんたが別の世界とやらに消えてくれれば、わたしも次の使い魔を召喚できるもの」
「んにゃろ……」
この世界にリンカーンはいないのか?
「はぁ。しゃべったら、眠くなっちゃったわね」
ルイズは手を口に当て、小さくあくびをした。
「俺はどこで寝たらいいんだ?」
ルイズは、床を指差した。
「……犬や猫じゃないんだけど」
「しょうがないじゃない。ベッドは一つしかないのよ」
まあ毛布を一枚投げてよこしてくれるだけ、マシといったところか。 まあ、学校の床だけあって汚なくはないし。
ため息をついてそれを広げていると、いきなりルイズがとんでもない行動に出た。
ルイズのほうに目をやったら、ルイズがブラウスのボタンを尽く外して脱ぎ去ろうとしていた瞬間だった。
「な、な、なな、なにやってんだ!?」
「なにって、寝るから着替えてるのよ」
「俺のいないところで着替えろよ!」
「なんで?」
「なんでって、おま、あのな。まずいだろ! 流石に!」
「わたしは別にまずくないわよ」
ぱさり、ぱさりと何かが飛んできた。
「あ、それ明日になったら洗濯しといて」
「おい! ちょっと待たんかいこら! 俺は男なんだけど!」
「男? 誰が? 別に使い魔に見られたって、何とも思わないわ」
「はあ!? ざけてんのかこら!」
「何その口の利き方? 誰があんたを養うと思ってんの? 誰があんたのご飯を用意すると思ってんの? ここ、誰の部屋?」
「う、うぐぐ……」
衣・食・住を握られては逆らえない。うわー、奴隷って悲しいね。
「あんたは私の使い魔でしょ? 掃除、洗濯、雑用、当然じゃないの」
「キシャー!」
とりあえず奇声を上げる俺。
「うっさい、騒ぐなら出てけ」
「ああ、言われるまでもねえ!」
とりあえず部屋から飛び出した。しかし、ルイズから止められることはなかった。この野郎、どうせすぐに帰ってくるとか思ってるんだろうな。
………………………いや、それしかねえんだけどさ。
■■■ side:シャルロット ■■■
私は“白雪姫”を読みながら廊下を歩いていた。
私が春の使い魔召喚で召喚したのは風韻竜だった。これまでは移動用にワイバーンを借りてたけど、これからはその必要はなくなる。
まだ名前は付けてないけど、とりあえず今は無暗にしゃべらないことだけ注意しておいた。
あまり人間社会に関する知識はなさそうだったから、その辺は私が説明するよりもハインツの使い魔、“無色の竜”のランドローバルに任せた方がいいはず。
彼は人間の言葉こそ喋れないけど、人間の言葉を理解してるし、10年近くハインツの使い魔をやってるだけあって人間社会の知識が豊富。
多分、平民以上に貴族の陰謀とかにも詳しいと思う。
それで、ハインツが以前作った北花壇騎士団の暗号“ニホンゴ”の教材として作った“白雪姫”を読みながら自室に向かっていたのだけど。
「あっ…わりぃ、大丈夫か?」
見かけない男の子とぶつかった。
年齢はおよそ16か17ぐらい、黒い髪を持ちその身長は170サントを超える程度。
このハルケギニアでは黒髪は珍しい。確か、使い魔としてルイズに召喚された男の子だったかな? ルイズとキュルケは仲が悪いようにみえて結構気が合う。というより、キュルケにルイズが一方的に遊ばれてる気がする。
「白雪姫! な、何でこんなもんが!!」
この暗号を知っている!
けど、これは北花壇騎士団の“参謀”やフェンサーの十二位以内くらいしか知らないはず。彼は北花壇騎士団員じゃない、“ニホンゴ”を知ってる人達は全員顔見知りだ。
となると彼は、ハインツが言っていた……
「貴方……………ニホンジン?」
そういう結論になる。
「に、日本人って、なんで知ってるんだ!」
うん、間違いないみたい。
「……………ついてきて」
私はそう言って部屋に向かって歩き出す。もし、“来訪者”を見つけたら、俺に繋いでくれとハインツが言っていた。
だけど、一体彼はどういう人物なんだろう?
■■■ side:才人 ■■■
正直、困惑してる。
いきなり異世界に連れてこられて、何が何やらわからなくてうろついてたら、なんと日本語で書かれた本に出会った。しかも、それを持ってた女の子は俺を“日本人”と呼んだ。
「どういうこった?ルイズの言い方じゃあ地球や日本なんて全く知らない感じだったけど……」
実はそうじゃないのか? ルイズが知らないだけで、ここと地球は繋がりがあんのか?
色んな疑問や予想が浮かぶが、答えは出ない。
その女の子は自分の部屋らしき場所に着くと「少し待ってて」といって入ってしまった。なんか、中から電話してるような声が聞こえるんだが。
「この世界に電話があんのか?」
それとも、また何かの魔法だろうか? とにかく疑問だけがどんどん出てきた。
やがて、女の子が出てきた。
「お、なんか誰かと話してたけど、一体誰なんだ?」
「貴方に会わせたい人がいる、ついてきて」
と思ったらいきなりそう言ってきた。
「え、何の事だよおい、説明してくれよ、って、うわあ!」
何だ? 身体が宙に浮いてる!
「おい、何なんだよ! 一体俺をどうする気だ!」
「貴方に会わせたい人がいる」
「だからそれは誰なんだよ!」
わけわかんねえぞこっちは。
「私の従兄妹で上司で敵で恩人………ではない人」
「どういうことだよそれ」
なんじゃそりゃ。
「変な人」
「余計分からねえよ!」
変な人で分かるか。
「…………これまでに何百人もの人間を殺してる人で、謀略に長けてて、暗殺や粛清ならば右に出る者はいないと言われている、確か渾名は………“悪魔公”、“闇の処刑人”、“死神”、“毒殺”、あと他多数」
なんだよ!? そのヤクザの親分かマフィアのゴッドファーザーみたいな人物は!
「ちょっと待て! そんな物騒な人の所へ俺は連れて行かれるのか!!」
「女子供は殺さない」
かたぎは殺さないってやつか、………って、女子供!?
「男はどうなんだ!」
「彼の気分次第」
それって、死ぬかもしれないってことか!?
「絶対嫌だ! 帰してくれ!!」
「お願い」
「お願いって、強制連行じゃねえか!」
こんなんばっかか俺は!
「お願い」
「いや、だからさ」
「お願い」
「俺の話を」
「お願い」
俺の話は無視される宿命なんだろうか?
「だか」
「お願い」
「いや」
「お願い」
「………」
なんか、どうしようもないような気がしてきた。
「お願い」
「ええもう! 分かったよ! とりあえず降ろしてくれ!」
諦める俺。
「ありがとう」
お礼を言われるのもなんかな。
で、降ろされたんだけど。
「はあ、ってここ竜の上!」
なんか飛んでるし。
「私の使い魔、名前は……」
この子はこの子で考え込んでる。
「シルフィード、“風の妖精”という意味」
「へえ」
と答えつつもこっちはドラゴンに乗るなんて初めてだから、空返事になっちまう。
「貴方の名前は?」
「俺? 俺は平賀才人だけど」
ルイズにも言ったセリフだな。
「ヒラガサイト?」
「ああ、才人が名前で平賀が苗字だ、ってこっちの人に分かるのかな?」
ルイズの名前、やたらと長かったし。
「分かる」
「そ、そうか」
分かるのか、意外だ。
「それで、君の名前は?」
「私?」
きょとんとする女の子。
「ああ、俺だけ知らないのも変だろ」
「私は……」
なぜか考え込む。
「私はシャルロット、これから会う人の前ではそう呼んで、それ以外ではタバサと呼んで」
「シャルロット? タバサ? 何でまたそんなことを?」
どういうこった?
「お願い」
「いや、だから理由を」
「お願い」
「あの」
「お願い」
「………」
結局こうなるのね。
「お願い」
「分かりました」
「ありがとう」
笑顔でお礼を言うシャルロットだけど、ちょっとやばかった。
「……………」
なんかこう、反則級にかわいい。
「どうしたの?」
「い、いや! 何でもないから!」
って! 女の子の顔を凝視すんのはまずいだろ!
「?」
不思議そうに小首をかしげるシャルロット。うん、反則だ。
とりあえず俺はこれから会う人がどんな人かとかを考えて、煩悩を頭から追い出すことにした。
………しゃあねえだろ、地球じゃまともに女の子と話したことなんてないし、じゃなきゃ出会い系サイトになんて登録しないし。
ルイズも美少女ではあったのかもしれないけど、ずっと怒ってたしな。
そして、俺はあの人と会うことになる。