第六話【決闘】
「ヴェストリの広場へ来い、礼儀を叩き込んでやろう」
そう言うとヴィリエは何処かへと歩き出した。
恐らくヴェストリの広場と呼ばれる場所へと向かったのだろう。
「なぁ、ヴェストリの広場って何処?」
「サ、サイトさんっ!? 行く気なんですか?」
シエスタの驚きにサイトは肯定を返す。
「無茶ですっ!! 平民では決して貴族に勝てないんです!! 今ならまだ謝れば許してもらえるかも……!!」
「そうだね、君では彼には勝てないと思うよ、彼は腐ってもメイジだ」
ギーシュと呼ばれていた金髪の少年も頷く。
が、サイトは収まらない。
「あそこまで言われて引き下がれるかよ!! やれ平民だ、やれゼロだって馬鹿にしやがって!! ルイズはあいつにいつもゼロって言われてるのか?」
「……ほう? 主の悪口が許せないのかい?」
ギーシュは意外そうに尋ねる。
「主とか関係ねぇよ、こんな所に来ちゃってわけのわからない俺を面倒見てくれたのはルイズなんだ」
「君は彼女が呼び出したんだ、いわば彼女のせいでここに来たんだよ?」
「今はそんなのどうでもいいよ、女の子をそこまで責めるのは趣味じゃない」
「ふっ、気に入ったよルイズの使い魔君、名前は?」
「平賀才人だ」
「ヒラ・ガ・サイト?」
「ああ違う違う、ヒラガ・サイト。あ、いやここではサイト・ヒラガになるのか?」
「ファミリーネームはヒラガなんだね? ではサイト、この僕、ギーシュ・ド・グラモンがヴェストリの広場まで案内してあげよう」
ギーシュは面白そうに立ち上がり、
「あ、ちょっと待って」
出鼻を挫かれた。
「な、何だい、まさか今更恐くなったとか言わないよね」
「そんなわけあるか」
「じゃあ何だい?」
ギーシュの不思議そうな顔にサイトは「あはは」と苦笑いして、
「……トイレ何処?」
最初の質問を改めてした。
***
「よく逃げずに来たな平民」
ヴィリエは上気分だった。
学院に入ってからケチのつきっぱなしだったが、今日はそんなものとは無縁。
日頃溜まったストレスを十分に解消できる場が出来上がっている。
相手は平民、負けよう筈が無い。
「さぁ、何で戦うんだ?」
サイトはヴィリエの正面に立って屈伸運動をしていた。
彼は多少なら腕に自信はあるし、体力も割りとあるほうだと自負していた。
「ふっ、野蛮人め、そらっ!!」
ヴィリエは胸元から杖を取り出すとヒュッヒュッと振る。
「何だ? ……ぐほぉっ!?」
サイトは、急に何か硬いもので殴られたような衝撃を受け、後方へと吹き飛んだ。
「げほっげほっ!! 何だ今の……」
むせ返るような息を整えながら立ち上がる。
「ふん、僕はメイジだ、こうやって魔法で戦うのさ。よもや異存あるまい? そらもう一発っ!! 『エア・ハンマー』!!」
ヴィリエは、サイトの苦しそうな顔が気に入ったのか、杖をもう一振りし、先ほどと同じ魔法、エア・ハンマーを唱える。
「!!」
サイトが飛んでくる不可視の風の鉄槌を感じた瞬間、
ドシャァァァァ!!!
彼の目の前には大きな土の壁が生まれた。
「!?」
風の魔法、エア・ハンマーは土の壁に阻まれる。
ヴィリエは驚き、怒りを露にした。
「何のつもりだギーシュ!! 決闘の邪魔をするなんてただじゃおかないぞ!!」
「君、本気で言ってるのかい? 彼はまだ決闘の開始の合図も受けていなければ、無手のままでもあると言うのに」
ギーシュは呆れたように言う。
「そんなものこっちが魔法を使ったんだからもう始まった事にしてもいいだろ!!」
「君、決闘を馬鹿にしてないか?」
ギーシュは目を細め、睨みつけるようにして低い声をだす。
「ふん、何で貴族の僕がそこまで平民に気を使ってやらなくちゃならないんだ」
ヴィリエはふんと鼻を鳴らした。
「……話にならないな」
呆れたようにギーシュは視線を逸らし、いつの間にか手に持っていたバラを振る。
途端、サイトの前には剣が突き刺さっていた。
「これくらいは構わないだろう?ヴィリエ」
「まぁいいさ、そんなものあったってそいつに何が出来るとも思えない」
サイトは胸を押さえながら立ち上がる。
「だそうだ、サイト、それを使うといい」
「サンキュ」
サイトはその殆ど装飾もついてない剣を掴んだ。
自分はどうやら貴族の使う魔法というのを少々見くびっていたらしい。
そう思った途端、また横殴りのような風が吹く。
「ぐふっ!?」
剣を手に持った瞬間だったからか、そのスピードに対応出来ず、サイトはまた吹き飛ばされる。
「剣を“持ってから”魔法が当たったんだ、文句は無いだろう?」
ヴィリエは得意そうになる。
それはつまり剣を持つ前に魔法を放っていた事に他ならない。
サイトはイキナリのことで剣を手放してしまっていた。
「しかしこれじゃ一方的過ぎてつまらないな、少し遊ぼうか」
ヴィリエはそう言うと、レビテーションをサイトにかけた。
「わっ!? 何だ!?」
サイトの意思とは裏腹にサイトは宙に浮いていく。
「そうら」
ヴィリエは愉快そうに杖を振ってサイトを宙で動かした。
「わわわ!? わわわ!?」
サイトは慌てふためく。
「ふむ、思ったよりもつまらないや。やめよう」
ヴィリエは飽きたのか、地上数m上に浮かんでいるサイトを“頭から”落とした。
「やべっ!?」
サイトは焦る。
思うように体が動かない。
(動け動け動け!!)
力を込めて、ギュッと手を握って力を入れた瞬間、何かが手に触れた。
***
嫌な予感がする。
胸が締め付けらるような思い。
サイトを失ったと知った時に似た焦燥と絶望に近い暗い感情。
ルイズは先ほどとは別の胸騒ぎがして、走り出した。
***
ドサッ!!
「……ほぅ」
ヴィリエは意外そうな顔をする。
サイトはギリギリで自身の体制を変えて着地に成功した。
「少しはやるようだね、でも這いつくばってるほうが似合ってるよ、エア・ハンマー!!」
もう一度ヴィリエはエア・ハンマーを唱え、
ヴン!!
サイトの腕の一振りで魔法がかき消された。
「何?」
ヴィリエは意外そうな顔をする。
サイトは手に何か持っていた。
「……ナイフ? そんなもので今の魔法をかき消したって言うのか? 馬鹿な!?」
それはナイフ。
ケーキを切り分けるための小さいもの。
サイトはなし崩し的にそれを持ったままでいた。
何故だろう。
刃物を持っているととても体が軽くなる。
決して自分は危ない奴じゃないはずなのだが。
そう思ってからサイトはギーシュの用意してくれた剣を拾う。
途端、“それ”が流れ込んでくる。
「これは……“青銅”で出来ているな、簡素な作りだけど、“構成”がしっかりしてて見た目よりずっと良い剣だ」
「……わかるのかい?」
それを見ていたギーシュが意外そうに言う。
「なんでかわかんないけど、手に持ったらそんな気がしたんだ」
「余所見とは余裕だな平民!!」
ヴィリエはエア・カッターを唱えた。
「!!」
数枚の風の刃がサイトに襲い掛かる。
しかしサイトは、剣に操られるように体が動き、刃を迎撃していく。
「くっ!!」
足に軽くかすってしまったが、そのほとんどを迎撃に成功した。
「くそっ!! 汚いぞギーシュ!! 何だあの剣は!?」
ヴィリエは悪態を吐く。
風の魔法に追いつく平民なんて聞いたことが無い。
あの剣には何か秘密があるはずなのだ。
そう思うことでしかヴィリエは自分を納得させることが出来ず、サイトの左手の甲が薄っすらと光り輝いている事など気付いていなかった。
「僕は何もしていない、ただの青銅の剣を与えただけさ」
「嘘だ!!」
ヴィリエはギーシュを睨み大声を上げる。
その為、気付かなかった。
サイトが接近していることに。
「余所見とは余裕だな貴族野郎!!」
サイトは皮肉を込めて、先ほど言われたのと同じような台詞を言いながら力一杯ヴィリエを殴りつける。
「ぐわぁっ!?」
サイトは彼の顔面をグーで殴っていた。
「お、お前よくも僕の……貴族の顔を殴りやが……!!」
頬を抑え、痛みで涙目になりながらヴィリエはサイトを睨みつけようとして、言葉が出なかった。
剣の切っ先が突きつけられている。
動く事が……出来ない。
「俺の勝ちだ!!」
「ぐ……!!」
ヴィリエは苦虫を噛み潰したような顔をして唸る。
「「「「「オオオォォオ!!」」」」」
周りがざわついた。
いつの間にか、周りにはそこそこのギャラリーが出来上がっていた。
サイトはそんなヴィリエに満足するとギーシュの方に歩いていく。
「やるじゃないか、サイト」
「いや、アンタの剣のおかげだよ」
「それは本当にただの青銅の剣なんだけどな」
「ああ、それはわかる」
「しかしこっぴどくやられたな、服が泥だらけじゃないか。これじゃどっちが勝者かわかったもんじゃない」
「う、うるせい!!」
ギーシュはそんなサイト見て笑い、笑われたサイトもまた笑い返す。
笑い返して──────サイトは倒れた。
「っ!? サイト!?」
背中に、酷い出来立ての裂傷を残して。