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No.12668の一覧
[0] ゼロの死人占い師(ゼロの使い魔×DiabloⅡ)[歯科猫](2011/11/22 22:15)
[1] その1:プロローグ[歯科猫](2009/11/15 18:46)
[2] その2[歯科猫](2009/11/15 18:45)
[3] その3[歯科猫](2009/12/25 16:12)
[4] その4[歯科猫](2009/10/13 21:20)
[5] その5:最初のクエスト(前編)[歯科猫](2009/10/15 19:03)
[6] その6:最初のクエスト(後編)[歯科猫](2011/11/22 22:13)
[7] その7:ラン・フーケ・ラン[歯科猫](2009/10/18 16:13)
[8] その8:美しい、まぶしい[歯科猫](2009/10/19 14:51)
[9] その9:さよならシエスタ[歯科猫](2009/10/22 13:29)
[10] その10:ホラー映画のお約束[歯科猫](2009/10/31 01:54)
[11] その11:いい日旅立ち[歯科猫](2009/10/31 15:40)
[12] その12:胸いっぱいに夢を[歯科猫](2009/11/15 18:49)
[13] その13:明日へと橋をかけよう[歯科猫](2010/05/27 23:04)
[14] その14:戦いのうた[歯科猫](2010/03/30 14:38)
[15] その15:この景色の中をずっと[歯科猫](2009/11/09 18:05)
[16] その16:きっと半分はやさしさで[歯科猫](2009/11/15 18:50)
[17] その17:雨、あがる[歯科猫](2009/11/17 23:07)
[18] その18:炎の食材(前編)[歯科猫](2009/11/24 17:56)
[19] その19:炎の食材(後編)[歯科猫](2010/03/30 14:37)
[20] その20:ルイズ・イン・ナイトメア[歯科猫](2010/01/17 19:30)
[21] その21:冒険してみたい年頃[歯科猫](2010/05/14 16:47)
[22] その22:ハートに火をつけて(前編)[歯科猫](2010/07/12 19:54)
[23] その23:ハートに火をつけて(中編)[歯科猫](2010/08/05 01:54)
[24] その24:ハートに火をつけて(後編)[歯科猫](2010/07/17 20:41)
[25] その25:星空に、君と[歯科猫](2010/07/22 14:18)
[26] その26:ザ・フリーダム・トゥ・ゴー・ホーム[歯科猫](2010/08/05 16:10)
[27] その27:炎、あなたがここにいてほしい[歯科猫](2010/08/05 14:56)
[28] その28:君の笑顔に、花束を[歯科猫](2010/11/05 17:30)
[29] その29:ないしょのお話オンパレード[歯科猫](2010/11/05 17:28)
[30] その30:そんなところもチャーミング[歯科猫](2011/01/31 23:55)
[31] その31:忘れないからね[歯科猫](2011/02/02 20:30)
[32] その32:サマー・マッドネス[歯科猫](2011/04/22 18:49)
[33] その33:ルイズの人形遊戯[歯科猫](2011/05/21 19:37)
[34] その34:つぐみのこころ[歯科猫](2011/06/25 16:18)
[35] その35:青の時代[歯科猫](2011/07/28 14:47)
[36] その36:子犬のしっぽ的な何か[歯科猫](2011/11/24 17:52)
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[12668] その34:つぐみのこころ
Name: 歯科猫◆93b518d2 ID:f581f142 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/06/25 16:18
//// 34-1:【風のシルエット】

トリステイン魔法学院から馬車で三日ほどの距離にある、ラ・ヴァリエール公爵領へと、ルイズたちは向かっていた。

「結局、駄目なのね。アカデミーで開発された、最新式の魔法染髪料だったのに」
「ええ、姉さま。染めた十分後にはもう色が落ちて、白くなってしまったの。……仕方ありませんわ、多分この色が今の私の<自然>なんですもの」
「異教の話はよしなさい、おちび。いいこと? ……くれぐれも母さまに感づかれないように。髪のことは、私がフォローいたします」

二頭立ての馬車に、ルイズとエレオノール、寡黙なタバサと、緊張顔のシエスタの四人が揺られている。馬車で旅をしなくとも、キュルケの実家の<ウェイ・ポイント>を使えば国境をはさんで比較的近いというのに。その案は、怖い姉に即時却下された。
些細なとこから怪しまれないように、……とわざわざ数日かけて実家を目指している。道中の世話役シエスタのため、当初エレオノールは使用人用の馬車を借りてこようとした。「私のがあるわ。乗りなさい」と愛車『ミートワゴン・レプリカ』を笑顔で出してきたルイズだったが、こちらも却下。結局、いっしょに乗りましょうと相成った。
ルイズは白い髪の先をいじりつつ、馬車の窓の外をぼんやりと眺めている。

(スキルニルを使えば……)

人形の化けた桃色髪の偽ルイズを派遣したら―――なんて考えが浮かぶ。でも、そうも逃げてはいられない。いつか必ず通らねばならぬ道なのだから。

(怖いけど、母さまに会わないと……)

ルイズは実家へと向かうに至った経緯と、かつて自分がジョゼフ王に言った言葉を思い出す。

『トリステイン王国アンリエッタ王女、およびヴァリエール公爵家を介しての、正式な招待を要求いたします』

先日、まるでこちらの都合を計っていたかのごときタイミングで、とうとう<国賓としての招待>が来た。実家の両親にとっては、寝耳に水の話だ。すぐに帰省し説明せよという。王女と枢機卿が反対したのだし、両親も反対するかもしれない。
仇敵と協力するなど、友人タバサにとっては辛いことなのかもしれない。

(気が滅入っちゃうわ……ツェルプストーの顔を見たい気分になるなんて、もう末期なのかしら)

馬車の中、ルイズはエレオノールと向き合って座っている。斜め前には緊張しまくりのシエスタ。隣にはタバサという席順。

(来たがってたあいつにも悪いことしたわね。でも<ポータル>で帰ればすぐ会えるし)

ここに赤い髪の親友がいないのでタバサは寂しそうだし、火力最強の味方のいないシエスタも心細そうに、鞘入りデルフリンガーを胸に抱いている。でも『先祖代々にわたる宿敵』の家のお友だちを、実家に連れて行くわけにもゆかず。あっけらかんとした性格の本人は、敵地のど真ん中であろうと、まったく気にしないのだろうが。

(わが道を行くといえば、ギトー先生も……)

ルイズは学院を出るときのことを思い出す―――

―――……

……

疾風のギトーがルイズの前に突風のように現れて「母君のサインを貰ってきてくれたまえ」なんて言ってきた。
でも考えたら、昔マンティコア隊長『烈風カリン』をやっていたのが自分の母なんてことは、一部にしか知られていないはず。「どこで知ったのです?」と今更ながら不思議に思ったルイズが問えば、「ふっ、風の噂だ」とばっさり。ただ妙な説得力だけはそこにあった。

よせばいいのに、恋バナ好きのキュルケが冗談で問う。「ミスタ・ギトー、もしかして……ルイズのママが初恋の人だったりして?」すかさず「ないわよ、母さまが現役やめたの、三十年も前のことだもの」とルイズが呆れたように否定する。
すると「二十年前。隊のトラブルによる再編時だ。『鉄の規律を叩き込みに来た』と風のように現れ、若輩へと教導をつけていた時期があったろう」
なんてことをギトーが言ったので―――

「うそ……!?」「えっ、本当に初恋の?」

二人は顔を青くして驚いたものだ。
だがしかし、事実はさらに斜め上をゆく。度肝を抜かれる答えが返ってくるのだった。

「否。わが妻のである」
「えっ」
「魔法衛士隊は女人禁制だ。きみの母君は現役の時から、性別を偽って活躍していただろうに」
「そ、それはそうなのですが……」
「おかげで二十年前。当時の隊員の身内、十にもとどかぬ幼き家内が、一時復活時の『烈風』と錬兵場で遭遇し、一目惚れをしたというのだ」

―――知られざる事実、発覚。
恋のロマンスに憧れる少女たち、キュルケとルイズは点になった目を見合わせる。吸った息が出てこない。陰気で不気味な目つきをした人生の先輩へと、心の底からの尊敬の気持ちを抱いてしまい、背筋がぶるぶる震えてしまう。涙までにじんでくる。

ああ、なんということだろう。先生は伝説の烈風のメイジに、ただ憧れていただけではなかったというのか。
ミスタ・ギトーは妬み深い男と呼ばれている。
だからこそ―――想う誰かの理想となれるよう、死ぬ気の努力で己を磨き、とうとう正体不明のあんちくしょうと同じクラス、風のスクウェアメイジにまで……
アメイジング! 解りました! 『疾風に勁草を知る』ということなんですね!! ……と思いきや。

「私にとってどうでもよい話である。だが家内とは同好のよしみとして付き合いが深まった。『烈風』殿には感謝してもしきれぬ」

二人は『えっ恋のライバルでしたとかそういう深い話じゃなかったの』と開いた口も塞がらない―――ああ、なんというフェイントか!
ギトーはにやりと笑った。いつも風のごとき男である。






//// 34-2:【今年のNG大賞】

旅立って二日目のお話だ。
ラ・ヴァリエール領内の旅籠に立ち寄ると、ひとりの女性が飛び出してきた。
ルイズはその人を見つけたとたん、たちまち焦点の合っていない目に涙をうかべた―――喜びの涙だった。

「……続いてる……間に合った……」

小さな呟きを聞いて、タバサは心の底から安堵した。死相は出ていなかったらしい。
馬車の中のエレオノールが額を押さえ「あちゃぁ……」と言っていた。ここで待ち伏せされていたのは想定外のことらしい。
タバサは喜びから一転して、悪い予感を抱いた。

シエスタが扉を開いたとたん、ルイズは馬車から転げるように降りた。すると、シエスタよりもでかいおっぱいに押しつぶされかけた。抱きしめられたのだ。ルイズが敬愛してやまない、次姉カトレアである。元気そうだ。腰のくびれたドレス、羽のついた帽子。ふわりとした桃色の髪。
彼女に続いて旅籠からぞろぞろ出てきた村人たちが「ひぃ」と怯えて息を呑み、恐々と遠巻きに眺めているなか―――

「ふむぎゅ!」
「ルイズ! いやだわ、わたしの小さいル、イ……ズ?」

疑問形であった。明るかった声もしだいに小さくなってゆき、次姉はじりじりと離れてゆく。

「…………ひっ、人違いでしたわね……失礼しましたわ、わたしの妹に、よく似ていたものだから……」

全員が硬直した。
勘がとても鋭いはずの、柔かな面立ちのカトレアさんは、真っ青な顔でぺこぺこ謝罪してから……

「ごめんなさいね。わたし、すぐに間違えるのよ。気にしないで」

旅籠へと戻って行った。行ってしまった。人は間違いを犯す生き物である。
元婚約者の子爵さえ、本人と気づかなかったものだ。もう同じルイズ(Louise)でもルイーズ・ケリガン(Sarah Louise Kerrigan※Starclaftの登場人物)と間違えましたとか言い出しかねない勢いだった。今の状況を間違い探し遊びに例えると、こうだ―――さあ昔と今のルイズを比べてみよう! 50の間違いがあるよ! きみは全部見つけられるかな!
見つけられるかな!!

「……ち、ちい、ね……」

小さなルイズ・フランソワーズは、ショックのせいで顔色も蒼白だ。うつろな目を見開き、虚空へと力なく手を伸ばし、口をぱくぱくと声でなくエクトプラズムを放出したあと―――ふらっ、ぱたーん、とぶっ倒れてしまった。
タバサは指差して、一言。

「なんてこと」

母のことで同じ境遇の子だったから、いたく実感が篭っていたものだ。空気は重かった。「……言葉になんねえ」とデルフリンガー。みな同じ気持ちだったにちがいない。タバサは唇をかみ、大好きな友の頬を震える手で撫で、介抱をはじめた。
シエスタが泣きながらタバサを手伝い「ぐすん……ルイズさんが何を間違えたというんですか……」と弱々しく言った。『いやそれはもう』と青い子も古き剣も思いこそすれ決して口になんか出さず。気持ちはひとつ、常識なんぞスカベンジャーに喰わせよ、常死奇人に幸あれ、と。

「私の責任ね。ショックで病状が悪化するんじゃないかって、恐ろしくて……詳しいこと伝えてなかったから……」

末妹の努力を知るエレオノールの目にも、じんわり涙が染み出していた。
そっと三角眼鏡を取って、目元を数度ハンケチで押さえてから―――もう迷わない。きりっと目をつりあげ、宣言する!

「いいかしら私の妹のお友だち! 真実はこうよ……『ちびルイズは馬車の中で眠っていた』。復唱!」
「『ちびルイズは馬車の中で眠っていた』」
「もう一回!」
「『ちびルイズは馬車の中で眠っていた』」
「よろしい。その通り。これは夢だったの―――さあ準備(スタンバイ)しましょう!」

心はひとつ。タバサとシエスタは敬礼し、目に決意の光をともし、力強く頷いた。
エレオノールは再びびしっと三角眼鏡を装着して―――

「テイク2いくわよ!!」

吼えた。鬼のような形相となり、走った。ひとたび味方につけば、頼もしいことこのうえないお姉さんだ。
妹ルイズの心を救うため、おっぱいでっかいほうの妹の首根っこを掴んでひっとらえ、いっそ改宗(Conversion)までさせてやらんとばかりに、ひとり旅籠へと乗り込んでゆく……

―――……

……

ルイズが馬車の中で目を覚ますと、ちょうど休憩する予定の旅籠へと到着したところだった。

「おう目え覚めたな娘っ子。緊張して悪い夢でも見てたんだろ、うなされてたぜ」

デルフリンガーが優しい声色で言った。
内容はほとんど思い出せないが、悪夢を見ていたらしい。車酔いでもしたのか、少々ふらふらしていた。
自分に向かうエレオノールと友人二人の眼差しが、異様なほど優しげだったので、ルイズはちょっぴり怖いと思った。
ひとりの女性が旅籠から出てくる。ルイズはその人を見たとたん、たちまち目に涙をうかべた―――喜びと安堵の涙だった。

「……やっぱり続いてたわ……夢だけど……夢じゃなかったぁ……」

旅籠から恐る恐る出てきた村人たちが、遠巻きに見守る中―――降車したルイズは、たちまちでかいおっぱいに押しつぶされかけた。抱きしめられたのだ。ぎゅうぎゅう。

「ふみゃう!」
「ルイズ! ああ、わたしの小さいルイズ! 大好きよ、愛してる、愛してるわ!」
「ひ、ひいへえはあ!」

ルイズの敬愛してやまない、次姉カトレアだった。元気そうだ。くたびれたドレス、羽の曲がった帽子。へなっとした桃色の髪。靴が片方脱げている。
真っ赤な顔の姉は目に涙をため、ルイズの細い体をさらに強く抱きしめた。そして、ありったけの愛情のこもったキスをたくさんたくさん、可愛い妹の涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔じゅうのいたるところに、降らせてやるのであった。

「ルイズ! ルイズ!」
「ちいねへえさまはわぁぁ!」

ルイズは口元ふにゃふにゃ、嬉しくて言葉にならない絶叫だ。目からだばだば涙を流し、姉の身体へとぎゅっと細い腕をまわす。そして何度もほお擦りをして、姉の香りに心安らげ、やわらかく優しい生命のぬくもりを確かめて、溢れんばかりの親愛の情を伝えるのであった。
ルイズは、この姉のことが世界でいちばん大好きなのだ。

硬い絆で結ばれた、愛情あふれる仲良し姉妹の、感動の再会シーンであった。―――ただし、テイク2である。


タバサとシエスタとエレオノールが、握ったこぶし同士をぐっと突きあっていた。人は間違いを犯す生き物だが、正すことができるのもまた、人だったりするようだ。






//// 34-3:【導火線:my magic potion for...】

出発前のことである。二人きりになったとき、ジャン・コルベールが言っていた。

「いいかね、ミス・ヴァリエール。我々のように変人と呼ばれる類の者とて、おおむね心の底のほうで、他人に理解されることを強く望んでこそいるものだ。だが、なかなかそうもゆかぬ」

白い髪のルイズは、静かに聞いていた。

「望むなとは言わないよ。だがね、我が自慢の教え子ミス・ヴァリエール。たとえ理解されずとも、我々のような者は己の正しいと信ずることを、ただひたすらに続けるほかないのだよ」

頭の薄い中年教師は、不気味ににやりにやりと笑い―――

「ならば、やってしまおうではないか。誰にも気づかれぬうちに、邪魔されぬうちに。たとえ世界の片隅であろうとも、またそれがよい。そこからすべてが変わるのだ」

狂科学者の思考である。ゼロのルイズも力強く頷き、一緒に高笑いをしたものだ。
かように『善は急げ』と人は言う。先延ばしにすると、チャンスを逃しかねないのだから。

さて―――場面は現在へと戻り、一同は旅籠の中へと移動していた。
別の部屋に<タウン・ポータル>が開かれ、ルイズは『幽霊屋敷』の宝箱へと努力の結晶を取りに向かう。何をするよりも先に、この場でちい姉さまを治療しちゃおうというのである。ルイズは以前エレオノールにある提案をして話し合った結果、『霊薬の精製を自分の手柄にしない』ことを決めていた。家族には真実を伏せ、薬は『偶然見つけた』だけという話になる。

<虚無>のほうに関しては、いずれ家族にも明かすべきことだ。しかし眠ったまま実態の判明していない現状である。ならばいっそ全てを伏せたほうが話もこじれないだろうと、ルイズは判断していた。『究極の薬を自作できる』ことを知られてもややこしくなるだろうし、異教については論外もいいところ。
そしてエレオノールは、いちど母からこんな話を聞かされたことがあるのだ―――『むかし<屍人使い>と戦った際、町ひとつが皆殺しにされました』。もし娘がその同類と知れたら、いったいどうなってしまうものか。

また、ガリア内情と関わる話もできず。そこはガリア王と手紙で約束してもいる。このような理由からルイズは、実家では今しばらく『ゼロ』のまま通す方針を選んでいた。「本当にこのままでいいの?」と問えば「はい、一向にかまいません。私の信仰に反するところさえなければ」なんて返され、エレオノールは困り果てたものだ。狂信者みたいな思考である。

「司教さま、天使さま。始祖ブリミルさま。感謝いたします。今日この喜ばしき日の来たことを、私ルイズ・フランソワーズは、心より幸せに感じております」

スタッシュの中には、二本の小瓶が入っている。<黄金の霊薬(Golden Elixir)>。うち一本はけっこう前にタバサにさえ内緒で、秘密裏に完成させていたものだ。こちらは大司教から借りたものを返す分。今までに使ってしまいたい気持ちを抱くたび、ルイズは己を恥じたものだった。

「この日賜りし喜びを、私は生涯忘れません。大いなる古きネファレム、始祖ラズマに。最初にして最後の弟子カラーンに、大宇宙を背負う聖なる骨の竜に……」

祈りをささげ、先日できたばかりの一本を取り出し、誇らしげに抱きしめて、ルイズは裏庭の<ポータル>へと歩く。<ミョズニトニルン>で確かめれば、この薬の効果はきわめて明確なものだ―――つまり、『救済(Salvation)』と。

「祖先に、両親に、姉に、師に、友に、仲間に……そして、私に関わったすべての存在に、愛しく想うこの気持ちと、感謝の心を捧げます」

実家には深い事情を知らぬままの両親がいる。秘密のうちにことを為すのは、心苦しいが……些細なすれ違いから、どんな大事件へと発展するか解らない。だって、これは異教徒のワザなのだから。

「みんな愛してます。私は世界一幸せな娘です」


さて―――

長き歴史をもつラズマ氏族の育んだ、世にも名高きポーション精製技術。その粋を集めた究極の万能薬は、持てる効果を余すところなく発揮した。

大宇宙、<存在の偉大なる円環>の微かな揺らぎ、細くいびつなひとつの運命の流れが、しなやかで無理のないものへと修正されてゆくのを、焦点の合わぬ瞳は見た。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの人生の、大きな悲願のひとつが果たされた瞬間であった。

ルイズの姉、カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌは、己の身体を24年の長きにわたって蝕んできた原因不明の奇病から、見事に解放されたのである。直後おなかがきゅるると鳴り、真っ赤な顔でプライベート空間へと走り、少々滞りがちだった自然の摂理からも、ついでに解放されたのだそうな。

しばらくのちの話だが、ヴァリエール公爵によって『検査のため』と集められた腕利き水メイジたちは、あんぐり口をあけ石になったという。彼らも長年頑張ってきたものだ。誰からも愛されていたのに将来を絶望視されていた令嬢のため、報われぬことを知りながら。

夢のような完治っぷりを確認し、泣いて喜ばぬものなんて、誰ひとり居なかったのだそうな。



そしてまた少々時は戻り―――『幽霊屋敷』での少女の祈りを、ただひとり聞いていた学友がいた。

金髪のモンモランシーさんだ。
あなたの使い魔のついでにお願いね、と留守中の毒ガエルや毒ヘビさんたちの世話を頼まれていた。友人は頼みごとのお返しにいつも<すごいおでこ>の力で秘薬や香水作りを手伝ってくれたり、材料をくれたりもする。だから悪い話というわけでもないけれど、ちょっと面倒ではある。
何がついでよ、とぶつぶつ言いながら、結局ロビンも一緒に遊ばせたりなんかして。用が済んだので帰ろうとしたところ。

帰省中の部屋の主が、裏庭の<ポータル>から出てくるのを発見した。ほらこうやって帰ってこれるんだし、自分でやればいいじゃない……と文句を言ってやろうと思い、後をつけた。すると、祈りが聞こえてしまった。

(そう。とうとう出来たんだ。お姉さんの病気を治す、究極のお薬……)

モンモランシーは立ち尽くし、溢れてくる涙にぐしっと鼻を詰まらせていた。
『愛してる』―――自分の恋人、語彙の貧弱なお調子者が頻発するセリフである。いちどゼロの子の口から聞いた覚えもある。なのにこんな胸いっぱい響く言葉だなんて、ちっとも思わなかった。たまにはギーシュにも私のほうから言ったげよっかな、なんて気分にさせられちゃうほどに、胸の中暖かいもので満ちていた。

(ほんとに聖職者なのね。お祈り堂に入ってたし。素直なこと言えるんだから。修辞の才能ゼロとか関係ないわね、もう……)

天井裏に通じる屋根の隙間から<エコー>たちが飛び降りて、とてとて走り去ってゆく。モンモランシーはルイズを邪魔しないよう、そっとその場を離れた。昼寝していたフレイムくんの傍を通り抜ける。ふと足を止めた。サラマンダーがひょいと首をあげて怪訝そうに、涙目なのに笑顔のモンモランシーを見ていた。

「愛されてるみたいよ、あなたも」

ご機嫌な金髪少女は、不思議そうにぐるっと喉を鳴らすサラマンダーくんに背を向けて、足取りも軽く歩き出す。あの誇らしい友が実家から帰ってきたら、折れそうなほど細いからだを思いっきり抱きしめて、祝福してあげよう―――なんて考えたりしながら。この分ならきっと私、明日も優しくなれるはず。あら、たいへん。これはたいへんね。ますます良い日になっちゃいそうだ。

「ふふん、どーうしよっかなぁー。うふふふ」

私も色々とあの子に影響されちゃってるのかもね……まあいいや、とにこにこの止まらないモンモランシーさんであった。

「おや、数日ぶりにゼロのルイズが姿を見せたぞ。さあ闇のパワーを吸収させてもらおうではないか」
「は、はい、マ゙=リコルヌス導師……」
「待て。外でその呼称はよしたまえ。真名はおいそれと人に知られてよいもんじゃないからな」

いや止まった。帰り道に潜む二人組みを見かけたとたん、背筋に冷たいものが走る。

(こ、こいつらも、愛され……て…………?)

真相やいかに―――!!




//// 34-4:【ごめん無理】

さて―――カトレア所有の大型馬車に皆で乗りかえ、ラ・ヴァリエールの屋敷へと向かっているときのお話。
ワゴンタイプの車内は、さながら動物園。大小さまざまの動物がひしめく……ただしゼロのルイズを見るなり鳴き声ひとつ発さず、ヘビは天井から降りてこず。虎や子熊もいたりするけれど、『逆らってはならぬもの』を前にした態度をとっている。
シエスタはヘビなんか慣れたもので動じずに、物静かなタバサと二人で、犬や猫に囲まれてくつろいでいる。

ルイズは次姉にべたべた甘えたがったけれど、エレオノールが「はしたない。帰ってからになさい」とたしなめた。なのでカトレアは、愛する末妹の白い頭をそっと撫でてやるに留める。カトレアはルイズのピンクブロンドの長い髪のことを、つねづね大好きよ、と言ってくれていたものだった。

「ねえ、わたしのルイズ。……どうしてこんなに白くなってしまったの? 辛いことでもあったの?」

今のルイズの髪は白くよれよれで、昔の見る影もない。理由については打ち合わせてあった。病気というのは駄目。心配される。勉強のしすぎや『霊薬発見』についての諸事情というのもアウト。私のために無理をするなんて……と心優しい姉はいたく気に病んでしまうことだろう。
ほか諸々のいざこざを予防する、最も無難な答えとは……一過性で不可避、かつ原因不明の事故のせいにするのだ。

「その……使い魔召喚のときに失敗して、精神力をごっそりと……」
「まあ、そ、そうだったの……」

たらりと汗を流すカトレアは長姉へと視線をやった。ヘルプを求めたのだ。

(今の話、本当かしら……?)

無表情のエレオノールは頷いて「ええそうよ。すぐに私が様子を見に行きましたもの」と言う。
内緒の話、毒のワナにかかり埋葬されかけたお姉さん。怒りやらなにやらで、当時は気にするどころではなかった。そのせいか妹の髪については『頑張りすぎたせい』と、いつのまにか受け入れていたそうな。
他方、初見から間違えたカトレアさんは……表情にこそ出ないが、内心すんごく戸惑ってたりする。

(なんてこと……可愛いルイズのこと、ぜんっぜん解らなくなってるじゃないの……)

カトレアは生来、他人の気持ちに聡い。勘が非常に鋭いので、性格にクセのある家族たちや末妹にとっての、最高の理解者となり得ていたものだ。動物たちの心さえ、まるで自分の使い魔であるかのように、不思議とよく解ったりする。なのに……どうしよう。目の前に『まったく理解の糸口ひとつさえ掴めないいきもの』が居る。
生まれて初めての衝撃―――しかも最愛の妹の姿ときたものだ。これならむしろ『こにゃにゃちわん、ボクはネコミミうさリンだわん!』とかいうカオスなUMAに出てきてもらったほうが、まだ解りそうな気がしてならない。

(心の波長が合わない……いえ、違うわ。途方もない何かと繋がってるような。覗き込んだとたん、おかしくなってしまうくらいに深く深く……)

流石であった。カトレアは見抜いていたのだ。実の妹を『人違い』と判断してしまったのにも、そんな理由があった。どうしよう。愛しいこの子と話したい。近況を知りたい。辛いことがあるなら癒してやりたい。なのに、会話が見つからない。

(怖い……なんてことかしら。わたし、こんな小さなルイズに恐れを感じてるわ。まるで、愛されてるのに『ちっとも必要とされてない』みたい……)

今隣にいる白髪の少女は、愛しき妹ルイズ当人に間違いない。
触れ合う喜びも愛情も感じるし、害意も感じない。しかし『興味を持っちゃだめだにゃん。知ってはいけないぴょん。さもなくば耳とかげふんげふん』―――と、ずっと信頼を置いてきた鋭すぎる勘が、怪しい電波混じりの警鐘を鳴らしている。ひとは理解し得ないものに、恐怖を感じるという。

「……す、好きな人でも出来たにょ?」

カトレアは無難な質問へと逃げた。噛んだ。年頃の少女たちの好む、よくある話題だった。だが、それがいけなかった。ルイズはにやりと口の端を吊り上げ―――

「うふふふふ……ちいねえさまが好きだわ。だいだい大好きよ。好きでたまらないの。好きで好きで好きで好きで……」

―――[ピー]にしちゃいたいくらい

「えっ」
「好きで好きで……ずぅーっとこうしてたいわ、うふふふふ、お体も治られて嬉しいの。大好きな、ワタシのちいねえさま」

カトレアの全身から血の気が引いた。眩暈から立ち直ると、長姉と、妹の友人二人が怪訝そうに首をかしげ、こっちを見ていた。その視線にカトレアは救われた。聞こえた気がした―――でも実際には妹の口から、あんなおぞましい言葉は、放たれていなかったのである。

「ちいねえさま、どうなされたの?」
「あ、ありがとうルイズ……わたしも大好きよ。あのお薬のことも、見つけてくれてありがとう。どれだけ感謝しても足りないわね」
「うふふふ。夢みたいだわ、ありがとう司教さま」

エレオノールが顔をしかめた。でれでれルイズは安心しきって夢心地のせいか、たまにボロを出している。そして焦るカトレアはますます墓穴へと足を踏み入れてゆく。

「司教さまってどなた? ひょっとして、ルイズの好きな殿方かしら」
「偉大なるお方です。心から尊敬してるのよ。縁があって私の部屋にいらしてるの。いつか、ちいねえさまにも会わせてさしあげたいわ……あっ、父さまと母さまには内緒よ。アハハハ、さもないと……」

どうなってしまうのか!

「!? そ、そう……どんなお方? い、いくつくらいの年のひとかしら?」
「竜の化身です。気高きお方よ。乾いていらっしゃるの。年齢は、六千と三百十六才……だったかしら」
「…………まあ、そうなの、ずいぶん……お年を召して……」

カトレアは表向きにこにこしつつ、パンツまで冷や汗ぐっしょりだ。ろくに勘も効かないし、効いたと思えば飛んでくるのは毒電波。
妹の口にする話も、わけのわからぬことばかり。

(無理なのね……ごめんなさい、わたしの小さなルイズ。おねえちゃんあなたのこと、一生理解してあげられそうにないわ……)

勘の鋭さが裏目に出たか。せっかく不治の病が治ったというのに、いきなり将来に絶望を感じてしまうカトレア姉さんであった。そして隅っこでシエスタとデルフリンガーが何故か勝ち誇ったように、ひそひそ内緒話をしている。

「フフ……そんな簡単に理解できるものならしてみてください、なんて今ちょっと思っちゃったわ、わたし。ひどい子ね」
「おうよ、ちっとばかしひでえかもしんねえが、気持ちは解るぜ。流石だよな俺ら」

彼女らは辛抱強く体を張りつづけ、一歩ずつの理解と深い絆とを勝ち取ってきたものだ。ルイズの友人だと紹介された、そんな黒髪メイドさん―――剣と人形に話しかける彼女の目とか微笑とかもホント怖すぎて、カトレアはそっちを向くことができない。妹の連れてきたもうひとりの友、全く表情のない青髪少女のほうから飛んでくる視線も、たまに怖い。

「ちい姉さま、見て、素敵な骨が転がってきたわ」
「す、すて!? そ、それかしら……あっちのオオカミさんのおやつだわ」
「貰っていいかしら」
「もらっ!? だ、駄目よ、……ルイズ駄目よ取っちゃ。ほら返しましょう」
「ちょっとだけいいでしょう、ウフフフ……」

カトレアの取り上げたナニカの骨で、ひょいひょいきゃっきゃ、じゃらされるいずさん。
あらかわいい。でも何で骨? ちょっとだけって言われても、いったいコレをどうするのかしら……とようやくカトレアも首をかしげつつ、安堵の一息。子猫みたく微笑ましい光景だけれど、目標は骨。せめてコンセプトをネコなのかイヌなのかどっちかにして欲しい……とタバサとエレオノールは思ったそうな。

エレオノールはイヌ派、タバサはネコ派のようである。






//// 34-5:【即断速攻】

ラ・ヴァリエール公爵夫人カリーヌについて、『厳しさ400%で出来ている』と人はいう。
<遍在>でその数字も数倍に増えるというのだから、ますます恐るべき話である。鉄のように取り乱さない。規律を破ることをこのうえなく嫌い、叱るときは容赦せず。魔法の実力は伝説級、最強の風のスクウェア。夫である公爵も含め、この家では誰一人として彼女に頭のあがる者はいない。

「カトレアの……病気が、……治ったの?」

そんな彼女も人の親。末娘ルイズのことで、気になる噂は多々聞いていたけれど。さらなる衝撃の知らせの齎した驚きと喜び、そして不安に打ちのめされ、お茶のカップに何度も砂糖を投入してかき混ぜていた。ぽい、ぽい。ぽいぐるぐる。

「どうやって。そう……ルイズの見つけた薬が効いたというの。魔法の使えないあの子が……」
「母さま。魔法が使えずとも本を読み知識をつけることは出来ますし、人を訪ね歩くことも出来ましょう」

エレオノールはやるせなさに潰れそうな気持ちをぐっと堪える。現在、長姉は『ルイズが魔法を使えなかった理由』を知っている―――ほかでもない、始祖ブリミルの仕業なのだ。母は決してルイズを見放しはしなかった。けれど、いつも厳しい態度でプレッシャーをかけていたものだ。

「そうね、とても喜ばしい……喜ばしいことだわ。あなたの言うことが本当なのでしたら、ね……」

珍しく困惑する母を見た。エレオノールは嫌な予感を強めたけれど、母のことをこれまでになく愛しくも感じてしまう。数々の『姉さん、事件です』に遭遇して少々視野も広がったお姉さんだ。『ひょっとして母さまだって私と同じ、臆病で人付き合いの不器用な、普通の人間だったりするのかしら』……なんて印象を受けたのも、初めてのことだった。

(私の妹、あなたの娘、ルイズ・フランソワーズの作った薬が効いたのですよ)

エレオノールはそんな母に真実を告げてやりたいと心より思う。母に妹を褒めさせてやりたい。自分もゼロの妹には、厳しく接してきたものだ……ルイズはいつも隠れてひとり泣いていた。思い返せば、あの全てが理不尽な仕打ちだったのかもしれない。
誰一人失われし<虚無>のことなんか知らなかったとはいえ。無知は往々にして悲劇を呼ぶという。

ほんのすれちがい一つで、惨劇さえ招いていたことだろう。始祖に対しても「畜生(Brimir)」とか「マヌケじゃないの(Noob GM)」とか恨む理由として充分かもしれない。事実そうなって狂いかけた<担い手>がいることを、ルイズは詳細をぼかしつつ語ってくれていた。ルイズの異教の力ならば、その人を救えたりするのかしら、と何となく推測もできた。

「母さま。私たちの愛するルイズが見つけたのです。私は今このことを、始祖が我々家族にお与えくださった奇跡なのだと、心より喜ばしく思っております」

ルイズは奇跡のように心が折れず、期待に応えようといっそう努力していた。貴族として欠かせない『誇り』を教えてもらったのです―――なんて感謝している。人はどこまでもすれちがってゆくものだ。素直になれず婚約者に逃げられたエレオノールは、それを誰より身にしみて知っている。母が心に秘めた、厳しさとしてしか表せぬ深き愛情が、娘へと確かに伝わっていたなんてことは……じつに奇跡と呼ぶほかないのだろう。

異教徒ルイズは「運命に感謝するわ」と語っていた。私がこの家に生まれたのは幸せなことでした、と―――いや『私は運命に……<存在の偉大なる円環の理>の導きに感謝しているわ。この家に生まれなければ、猟奇的殺人者になっていたから……ウフフフフ』だった気もするが、エレオノールは即脳内添削してイイ話だと思うことにしていた。イイ話にちがいない。

なお<虚無>とは、王家の血に受け継がれてきたという話。かの大層な力が己の身に眠る―――それを知った現在も今までどおり扱って欲しいと、おちびのルイズは望んでいる。異教徒と成り果てた今も、ちっとも変わらない困った子。誇りと気持ちはホンモノだ……異教云々は勘弁して欲しいがともかく。
家族の誰ひとり出来なかったことを、ゼロの妹が成した。嬉しくて仕方ない一方で、真実を明かせないことが悔しくてならないし、怖い。悲劇は仕組まれた無知からも起こる。と妹の師、頭の薄い中年男も言っていたのだし。

「エレオノール、あの子を連れてきなさい」

フォローが限界に来ていたり、ほかいくつもの理由から、一度は母にルイズを対面させておかなくてはならなかった。これからが正念場ね、とエレオノールは妹の無事を始祖に祈るのであった。背後から咳き込む声が聞こえた。

―――……

……

ラ・ヴァリエール家の屋敷―――いや、この大きさは『城』と呼んでさしつかえないだろう。
ルイズたちが到着してからのお話だ。

ゼロのルイズは、ネクロマンサーの修行を始めて以来、母と解り合えると思ったことがない。昔から母に心を開くことが出来なかったのだから、なおさらだ。幸い、いざというときには身を呈してさえ守ってくれるであろう、深き愛情の存在は感じ取れていた。ただしその表れ方は、いたく特殊なものだった。
徹底した『厳格さ』として現れるのだ。
母は何があろうと規律を尊ぶ。一方、そんな余裕の無いルイズは数々の法規を破ってさえ、己の信じる道を突き進んできた。『見つけてきた薬』がカトレアを治療しても、母にとってみれば『それはそれ、これはこれ』というもの。つまり『終わりよければすべてよし』が効かない。

もしも娘の秘密を知って、たとえ心で許してくれたとしても―――その杖は絶対に許してくれないことだろう。同じ『トリステイン貴族』でも、貴族として何に重きを置くべきかの解釈が違う。どちらが悪い悪くないの話は置いて、今はもう生き方そのものが決定的に異なっている。そして異教信仰についてだけは、絶対に知られちゃいけない。

「……カトレアのことは、これ以上の喜びもありません。ルイズ、本来ならあなたたちの母として、わたくしは今すぐあなたを抱きしめて、賞賛してあげるべきなのでしょう」
「母さま……」

実務家肌の長姉とは妥協できたけれど、母とのそれは不可能といってよい。だから、ルイズは秘密を守り通さなければならない。最悪、血のつながった母子で命を……いや、もっと怖いことにまで発展しかねないからだ。エレオノールはルイズと同じ意見を抱き、実家に対する度重なるフォローをしてくれていたが……やはり限界が来ていたようだ。カリーヌは無表情で言葉を続ける。

「ただし、真っ当な方法によって成されたことであればの話です。もしあなたに隠しごともなく、嘘もついていないのであれば……直ちに抱きしめて、このたびの素晴らしき手柄を褒め、あなたはわたくしの誇りですと言ってやれたことでしょう」
「……」

現在、目のツヤの消えたルイズは、母と二人きりで対面していた。褒めてもらえるとは最初から思っていなかったけれど、やはり寂しくも思う。タバサとシエスタ、エレオノールとカトレアは、とうに部屋から追い出されてしまっていた。

「母は残念でなりません。正直に言いなさい。何を隠しているの」
「……」
「どうして魔法学院のいち生徒の、しかも魔法の使えないあなたに、ガリアから親善大使の指名と招待が来るというのです」
「……」
「先日リュティスからの客人と会った際、『白い髪のエレオノールさん』の話を聞きました」

カリーヌの口から、そんな言葉が出てきた。部屋の隅に置き去りのデルフリンガーが、かたりと揺れた。

「くだらぬ怪談話かと思い、聞き流していたのですけれど。『お宅のエレオノールお嬢さまとよく似ていた』のですって」
「……」
「あなたねルイズ。半信半疑でしたけれど。今日その真っ白な髪を見て確信いたしました」

数々のおいたがバレていたのも、当然というべきだろうか。自業自得のことなので、ルイズは心が痛む。きっと母も心を痛めているのだろう、と何となく解る。

「無断で越境行為をしたのでしょう。ガリアで何をしていたの。アルビオンにも行ったのでしょう。他にもこそこそと、色々していたようね」
「……」
「この国に流れる『白い悪魔』などという奇妙な噂の主も、あなたのことなのかしら」
「……」
「何をしてきたの。これまでに幾つ国の法を破っているの。答えなさい」

貫くような視線を受けて―――しかしルイズは黙秘を続ける。嘘は増やしたくないし、本当のことを言えばそれこそ取り返しがつかなくなる。とくに『惚れ薬』の件とか。ルイズは母のことを大切に想う限り、『言えない』という態度を示し続けなければならない。それで許して欲しいなんて虫の良い話だけれど、そう願うほかないのだ。

「法を破ることは、ひと時良い結果となろうとも、将来のさらなる禍根を招くことに繋がります。たとえ誰が許しても、母は見過ごすわけにはゆきません」
「……」
「黙ってないで、答えなさい」

ド ド ド ド―――

威圧感で空間が揺らぐ。どうなってしまうのか、と思われたところ。
使用人たちのざわめき。ルイズの父、ラ・ヴァリエール公爵の帰宅を告げる気配がした。母と娘は、ひとまず話を切り上げて、父を出迎えにゆくことになった。

―――

ラ・ヴァリエール公爵はモノクルの奥の眼光も鋭い、50過ぎの大貴族である。知らせを受けて大慌てで帰宅したらしく、少々息を荒げていた。
彼は呼吸をととのえ、異様な雰囲気を纏う白髪娘をみたとたん口をあんぐりとあけ三秒固まり、閉じる。片眼鏡を外して拭う。つける。
威厳ある声色で、使用人に向かって命令を下した。

「えー、ルイズを捕まえて、塔に監禁しなさい。そうだな、少なくとも三百年は封い……おほん。えー、出さんから、鎖を頑丈なものに取り替えておきなさい」
「か、かしこまりました」

冷や汗をたらし上ずった声で、執事のジェローム。
怯える使用人らに混じって公爵を出迎えにきていた姉たち友人たちが呆然と見守る中。白い髪の不気味な少女、ゼロのルイズは口の端を吊り上げ、うふふ……なんて空虚に笑いながら大人しく敷地の隅の古い塔へと連行されてゆき、あっさりと封印……いや、監禁されてしまったのであった。無抵抗である。

無表情のカリーヌがぴくりと眉を動かした。どうやら今の展開は彼女にとっても、少々予想外だったらしい。






//// 34-6:【どるぐるどぅあ:摩訶いとうし】

「あんまりです」

シエスタがほっぺをふくらませて言った。

「ルイズさんは大好きなお姉さんのお体を治すために、あんなに毎日頑張って……なのに……」

ラ・ヴァリエールの城、ルイズが監禁された日の夜。
黒髪のメイド少女と青髪の護衛少女は、色々あってそこそこ打ち解けたエレオノール女史の計らいで、身分を越えて同じ部屋に宿泊することになった。

「なのにどうして、あんな犯罪者みたいな扱いなんですか!」
「国法をいくつも破っているのは、事実」

就寝の準備をしつつ、タバサがぼそりと答えた。シエスタは目をうるうるさせている。納得できないようだ。

「ですが、ひどいです理不尽です。せっかくお姉さんのお体を治したのに、その本当のお手柄も内緒にしなくちゃいけなくて……あんな風に」
「貴族だから。妥当な処遇」

タバサが落ち着いていられるのは、閉じ込めた公爵と大人しく身を委ねたルイズ、双方意図ありきの現状だと気づいたからだ。
どこか様子のおかしいシエスタはやはり腑に落ちないようで、ぷるぷる震えながら続ける。

「なぁーにが貴族ですか。わたしなんかメイドですメイド。もうデスメイドでいいです。ルイズさんに捧げられた栄誉ある生け贄なんです」
「……」
「本で読んだんです。昔から生け贄の儀式には、村一番の娘が選ばれたのですって。わたし使用人で一番、タルブ一番なんですよフフフ」
「……」

意味が解らない。タバサは疲れて眉を落とす。シエスタは自分の体を抱きしめて、メイド服のスカートの裾を舞い上げて、ふわりと一回転。

「それに実はわたしの正体わですね! ルイズさんのおせわを学院長から任されまひた『特命係長』なんれす! うだうだしては、いられられら、いらいのです」

呂律がどんどんおかしくなる。酔っ払っているようだ。城のどこかからトレハンしてきたらしきボトルを、シエスタはぐいぐいあおっていた。タバサは悪い予感がした。ラベルには見覚えがある。かなり強い酒だった。飲まなきゃやってられないのだろう。直後、タバサは肩をがっしと掴まれた。かなりの筋力(Str)を感じた。ぐらぐら揺すられて目を回しそうになる。

「タバサさーんー、あなたもれすわ。なぁーに平然としてるんでふか、おいおい。と、塔に囚われたるいずさんを助け出しにひ、いかないんれすかぁー」

黒い瞳が据わりきっていた。怖い。騎士ならば囚われのお姫さまをカッコよく助け出してあわよくばちゅっちゅせよ、と言いたいのだろう。タバサは思う……どっちかというと、あの娘は姫というよりも、神によって塔に封印されし魔王のような気がしてしかたない。タバサを離したシエスタは拳を握り力説する。

「たいへんれす! ほ、放っといたらせっかくの『いいるいずさん』が『わるいずさん』になっちゃいまふ。はう、こ、ここのお城もあっというまにゾンビららけに……!!」

ホラーである。ぼろっちい塔の最上階で、にやにやウフフと闇の世界に君臨するルイズを想像してみる。雷とかどどーん……すんごく似合うのはなんでだろう。タバサは話をしても無駄だと理解しつつ、あのときのヴァリエール公爵の行動を見て確信できたことを述べてやることにする。

「大丈夫。あれは二人とも納得した上での、暫定的な処置。今は落としどころを計っている最中だから」

貴族は体面に生きるもの。たとえ平民からすると茶番にしか見えなくとも、貴族であるかぎり、何らかの示しをつけることが必要なのだ。だがやはり酔ったシエスタには届かない。酒のボトルと剣士人形を突きあげて、えいえいおー。

「そんなの関係ありませんほんともう関係ねぇれすわ! いいれす! わかりまひた! わたひとナイトさんのふたりで! 逝きまふから! 世界を救うのれす!」

ぐるぐる目で気合を入れた。どれほど怖がりながらも、ルイズのことを心配に思っているのは確からしい。さて黒髪メイドさんが人間女からアンデッドモンスター『戦う侍女シエスタ(Battlemaid Siesta)』への進化を無駄に遂げてしまう前に、『眠りの雲』をぶつけよう、とタバサが杖を手にしたところ。
がたーん、とドアが鳴り……

「気持ちは解るわ。でも落ち着きなさい」

現れた長姉エレオノールに、シエスタが飛びついた。

「おねえひゃん!」
「今日は私もとことん飲みます。……多少の無礼も許します。あなたたち、付き合いなさい」
「そんなことよりるいずさんを! るいずさんをたふけに」
「付き合いなさい」
「は、はひぃ!」
「…………」

どうやら家族会議で絞られたらしく、彼女も自棄酒をしていたようだ。頬と目が赤い。手には酒瓶と軽食の入ったカゴを持っていた。
しまった酔っ払いが増殖した……と、タバサはますます疲れてしまうのであった。

「ねえミス・タバサ……今思ったのだけれど、あの子って、始祖ブリミル当人と話せたりするのかしら。始祖も過去に亡くなった人物なのでしょう」
「無理と言っていた。……始祖は『天界』で何かの役職についている。下界への直接干渉は、法で禁じられている、らしい」
「……そう……ねえ、もしかして、……祈っても無駄なのかしら」
「祈ることがおのずと価値を持つ。それだけはいつの世においても確かなこと、らしい」
「そうなの。複雑な気分ね……異教徒のほうが私たちの始祖のことをより深く知っていて、ますます強く信じてるだなんて」

シエスタが眠った後、読書家と研究者の二人は実りある会話を交わしていたのだとか。

「ルイズはブリミル教徒でもある。過去の教皇の霊直々に指導をうけた、らしい。それが本当なら、むしろ原理主義」
「……宗教の掛け持ちなんて聞いたことないわよ……どうなってんのよ、あの子の頭の中」
「神秘」
「なにそれ。わけわかんない。もうわけわかんないわ」
「……わたしに聞かれても……困る」






//// 34-7:【ろっぽんぞー】

翌日の夜―――
ラ・ヴァリエールの城の敷地の隅っこにある、古く不気味な塔のてっぺんの部屋。
白い髪、細い体躯の少女、ゼロのルイズが監禁されていた。扉は普通の方法では開かず、たまに使用人が怯えながらも小さな窓越しにお世話しにくる。

「……」

室内には、大小さまざまの可愛らしいぬいぐるみがいくつも置かれている。
殺風景な部屋で娘が寂しくないように、との父の心遣いだ。ルイズはたまにそれらをぎゅーっと抱きしめては、ごろごろもふもふしていた。果物の入ったカゴもある。ルイズはおなかがすいたら、もぐもぐ美味しそうに食べる。あとで歯磨きしないといけない。
たまにヴァリエール家のご先祖の霊がふわりと訪問してくることもある。ルイズは丁寧に挨拶をしたあと、声にならない色や表情での会話をし、数々の大手柄を褒められて喜んだり、家族を悲しませる素行を叱られてしょんぼりしたり。

大事な日課の瞑想をしたりもする。ただそこに在るだけで勝手に清浄な霊脈を築きあげる大司教トラン=オウルの遺体―――あの棺おけのそばでないと<存在の偉大なる円環>のより大きなゆらぎへと同調するためには、相応の根気が必要となるようだ。

「なあ娘っ子よう、本気でここに三百年も居るつもりかね」

現在、何もせず瞳孔をいっぱいに開いたままぼーっと宙を見ている主へと、監禁に巻き込まれたデルフリンガーがもううんざりといった声色で話しかけた。

「……そんなわけないわ。あの『監禁しなさい』って言うの、昔から私がおいたしたときの、父さまの口癖みたいなもんだし。……たぶん……」
「なら良いがよう……いったい何時になったら出られるんだろうなあ」
「大丈夫。そのうち適当な理由をつけて出してくださるわ。……それに私も反省する時間が欲しかったし、良い機会なのよ。もういちいち迷わないって決めてたつもりなんだけど。やっぱまだまだよね、私……」

両親はとうに、この国に流れる噂や末娘の素行を怪しんでいたようだった。あれから一日たったが、両親や姉たちはおろかタバサにもシエスタにも会っていない。本気で出ようと思えば、いつでも好きなときにプリズンブレイク可能なルイズ。今はただ大人しく、時が来るのを待っているのだ。

(もしかして、このまま退学になっちゃったり……)

ふと見過ごしていた一つの可能性が心に浮かび、ぶるっと身を震わせる。そうなれば『幽霊屋敷』にはもう住めず、別の拠点が必要になる。霊薬の精製作業は続くのだ。あと二人分である。<ミートワゴン・レプリカ>にスタッシュと司教さまの棺おけ載せて、ひとり安住の地を探し、あてもない旅に……なんて未来を想像して、不安が膨らむ。

いずれにせよ先にガリア王宮を訪問し、いくつか仕事をしなくてはならない。それら仕事を請ける交換条件、ルイズの望みは<秘密の聖域(The Arcane Sanctuary)>の調査だ。聖域の中心にあるという、過去に異世界と繋がっていたらしきゲートを探し、修理できるのかどうか確かめて、できるなら早急に繋いでしまいたい。
大司教の遺体を送り返す『使命』については、生涯かけてという話だった。けれど、なるべくなら借りた分の<霊薬>の完成している今のうち、できるだけ早く済ませたいのが本心である。

「ねえデルりん。もし、もしも私が……おうちなくしちゃってもさ」

ルイズは鞘入りのデルフリンガーを引き寄せて、胸にぎゅっと抱きしめた。

「ついてきてね」
「……おうともよ」
「素敵ね、デルりん」

少女はにっこりと笑って、ぬいぐるみの解剖ごっこを始めた。
やがて―――ぎいと扉がひらき、ルイズの父親、ラ・ヴァリエール公爵が入ってきた。すぐに扉が閉じられる。供も連れずひとりきりだ。強張った表情の父は、目もうつろな娘を潰れんばかりに抱きしめた。

「ルイズ。わしの小さなルイズや……」
「父さま」

白い髪のルイズも、細い腕を父の大きくて暖かい体にまわし、頬へと親愛のキスをする。

「こんなところへ閉じ込めた父を許しておくれ。ああするしか無かったのだ」
「はい、父さま。解っております」

出来の悪かった末娘ルイズに、公爵は昔から表面上だけ厳しくとも、結局のところ『ダダ甘』なのであった。そして現在……娘を溺愛しよくよく見てきた彼は、昔のルイズとの違いに驚いたものだ。噂やら何やらで気にかかることも多く、厳しく問いただしてやろう……なんて考えもあった。それさえひと目で吹き飛んでしまうほどである。

「なんと、髪もこんなに白くなってしまって……ああっ嫁入り前の、わ、わしの娘の、おでこに……ルーンが……」
「私は元気です。この<ルーン>のことは、どうか気にしないで下さいまし」
「しばらく会っていないうちに、いったいどんなことがあったのか……父に話しては、くれんのかね」
「はい。身勝手な娘をお許し下さい。ごめんなさい父さま……ルイズには、父さまにさえ話せないことが、沢山あるのです」

とどのつまり、あのとき『これはいかん。早くなんとかしないと』―――と一瞬で悟った公爵は、頑固一徹の妻カリーヌが自分たちの娘と取り返しのつかない衝突をする前に……厳罰に見える形で、一時隔離してくれたのである。カリーヌはいつも、夫の判断を尊重してくれている『よき妻』であった。一旦家長による処断が下された以上、食い下がることはしないだろう。
カリーヌの手前『封印三百年』とは言ったけれど、父は母を説得でき次第、ルイズをこの塔から出してくれるつもりのようだった。

「もしかしてとは思うが、エレオノールには、全ての事情を話しているのだね?」
「…………」
「あれも頑として口を割らぬ。やはりわしやカリーヌの立場で、知っていてはまずい話ということか」
「……はい、父さま」
「そうか……やはり明かせぬ事情があるのだな。もしかして、カトレアの病を治したという薬を作ったのも、本当はお前だったりするのかね」
「……」

父は娘にほお擦りをし「でかしたぞ」との一言で、ありったけの感謝の気持ちを伝えてくれた。核心に近づいていながらも、踏み込んでくるつもりはないようだ。ルイズは(……かなわないなぁ)と嬉しく思う。しばらく互いに無言だった。苦労は大いに報われ、心は満たされたようである。

「なあ、小さなルイズや……わしはどう捉えればよいのだろうな」
「…………父さま?」
「アンリエッタ殿下と鳥の骨マザリーニ。魔法学院長オールド・オスマン。ガリア国王ジョゼフおよび花壇騎士団長モリエール。神聖アルビオン皇帝クロムウェル。ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世……」

ヴァリエール公爵の喉から、渋いバリトンの声で、諸国のトップやそれに連なる者たちの名が連呼されてゆく。

「いったいお前は何をしてきたというのだね、わが愛しき娘ルイズや」
「……」
「まるで父親であるわしの知らぬ間にこのハルケギニアが、お前を中心に回っているかのようだ。……今名前を挙げたやつらが揃いも揃ってだな、『ルイズ・フランソワーズは敬虔なるブリミルの徒であり品行方正な学生である。以上のことに一切の相違なし』と! ……このわしに、一筆書いて送ってきたのだぞ」

理解出来ない現実を前に、さぞや背筋が冷えたことだろう。
トリステイン王国で三本の指に入る大貴族とて、それだけの署名を無視することはできない。自分の娘が若い鳥のように親元を巣立つどころか―――いつのまにかそのステージを飛び越えて、もっと得体の知れぬナニカに成り果てていたかのような。どれほどショックな出来事かは、推して知るべしだ。
いっそ『娘さんは伝説の<虚無>でしたぴょーん』とか『娘さんを戦争の道具にしますにゃーん』とか電波混じりで言われたほうが、まだ納得できる異常事態だ。

「……どうか心配しないでください。悲しまないで、父さま……ルイズは立派な貴族になれるよう、あなたの娘として恥じぬよう、せいいっぱい生きております」

ルイズは目を逸らさず、溢れんばかりの気持ちを込めて言った。公爵は真剣な表情で問う。

「杖に誓えるかね。父の目を見て、誓えるのかね」
「はい」
「そうか。少々納得いかん、じつに納得いかんが、その心さえあればよい。こうして顔を見せてくれるだけでよい……わしはどのみち、信じてやるほかないのだからな―――」

父と娘は再び強く抱きしめあい、やがて体を離し、それからしばらく微笑みあっていたのだった。

「よし、それでは……話せることだけで良いから、父に近況を教えておくれ」
「はい」

二人は眠くなるまで、ぽつぽつと親子の会話を続ける。そこで公爵は末娘にたいし、かつて長姉エレオノールが抱いたものと、同じ印象を受けたようだった。
つまり、ささいな話(内容はおかしいが)を聞けば聞くほど「自分の娘は成長こそすれ根は変わっていない」という確信を、不思議と強めていったという。ただ、いつかよい婿を取らせてやろうにも、若いのに白髪だとかおでこに<ルーン>がついてたりとか、それにこの妙な雰囲気をまとったままでは、相当に難しかろうなあ……と、ずっしりと落ち込んだのだとか。

「……よく聞け。いいか、お前はこの世の誰にもやらん。わしの大事な娘だ」
「はい、私……将来は父さまのお嫁さんになりたいわ」
「こら。いかんぞ。……カリーヌが妬いて屋敷を吹き飛ばしてしまうではないか」
「ウフフフ……」

伝統を尊ぶこの国で、ほんの一昔前なら『貴族の娘の幸せ』とは『よき相手と結ばれること』であった。しかし男女同格の定着しつつある現在、『それだけじゃない』という価値観も広まりつつある。カリーヌやカトレアはそういう考えをもつ女性の筆頭だ。

「いつか、このわしに本当の事情を話してくれるのかね、ルイズや」
「……はい……いつか」
「信じているぞ」

父は娘の頭を撫でてにやりと笑い「実はもう、ガリアがらみで出してやらねばならぬ理由があるのだ。家族会議がひと段落するまで、もう少しここで我慢しておくれ」と言い残し、塔から去っていったのだという。

「優しいおやっさんだなあ」
「うん」

―――……

……





//// 34-8:【騎士姫VS奇死媛】

母親カリーヌは、娘ルイズに対する自分の意見が家庭内で孤立するだろうことを、覚悟していた。無論、本意ではない。しかし、これまでの己の生き方を曲げるわけにもゆかず。それは国の誰にとっても不公平というものなのだから。
カリーヌは伝統的な、誰よりもまっすぐで純粋な、トリステインの誇り高き貴族なのであった。

「杖を抜きなさい、ルイズ」
「できません」

貴族は大昔から、互いの信念を曲げられず衝突したとき―――『杖』によって決着をつけてきたものだ。
それは現代貴族の誰もが勘違いするように、気に食わぬ相手を倒すためでも、力で圧し潰すためでもない。ただ、貴族の精神たる『魔法』……始祖ブリミルより賜りし神秘の力へと判断を委ね、その決定に従うという意味。なるべく遺恨を残さずに、誰もが納得しうるようにするための古くからの知恵であり、この世界なりの社会的方法なのである。相手を無闇に傷つけず『杖を落として勝つこと』が良しとされるのも、その名残だ。

なお、貴族の精神は魔法に現れるという……『系統』や『威力』や『精度』だけではない、例えるなら『魔力のオーラ』と言うべきものが。ルイズの友人の赤髪少女だって、かつて後の親友と知り合った出来事のとき『誰にかけられた魔法かくらい解る』と言い、青髪少女の冤罪を晴らしたことがある。

「できませんではありません。ルイズ、杖を抜きなさい」
「母さま。ゼロの私に、どうせよと言うのですか」
「あなたの力を、母に見せなさい」

監禁開始より数日経過したある日の真夜中、ルイズは母親の訪問を受け、密かに塔から連れ出されていた。敷地の隅、古い錬兵場。皆には内緒の会合。二人のほか誰も居ない場所である。伝説のメイジと称された烈風の騎士を前にして、不思議とルイズは恐れを抱くことはなかった。

「どうして私に、力があると思うのですか」
「風の噂で聞きました……『白い悪魔』は、失われし<虚無>の系統を使うのだと」

カリーヌは淡々と続ける。

「到底信じられる話ではありません。ですが父から事情を聞きました。あなたには、諸国の王や皇帝らがこぞって注目するほどの、何か特別なものがある」
「……」
「伝説の<虚無>であると仮定すれば、全てのつじつまが合います。それがどれほど恐るべき力なのかなんて、知りません。知りたくもありません」
「……」
「けれど。……本当のことでしたのね。あなたが虚無のメイジだというのは」

ルイズは肯定も否定もせず。無表情で母親と向き合っている。白いよれよれの髪が、ゆらゆらと夏の夜風に揺れている。

「過ぎた力は、ときに悲劇を生みます。ルイズ。あなたは、そのような力を抱いて、この先の人生を歩んでゆくということの意味を……自分なりに、見つけているようですね」
「……母さま」

ルイズは驚愕が顔に出ないよう、必死に押し込めた。噂について調べたのなら、娘の為した救国の働きについても聞き及んでいたことだろう。それでも妥協の出来ぬ母は、決して退けない一線を定めながらも、娘の生き方を認めてくれるつもりなのだ。その上で、心配してくれている。
先ほど『虚無』について『知りたくもない』と言ったのは本心だろう。しかし娘の『虚無』が事実であった以上、親として娘が道をたがえぬよう、悲劇に巻き込まれぬよう、虚無の何たるかを、そして娘の誇りの向かう先を、ここで見極めておかなくてはならない。もちろん、身体を張ってである。
ああ、なんと深く不器用な愛情であろうか。親不孝を自認するルイズは、ぐっと胸が詰まる。

「どうしても話せぬというのなら、せめて杖で語りなさい。それが礼儀です。あなたは貴族なのでしょう」

母の声に、少々不安の色が見え隠れしている……という初めてのことに、ルイズは気づいた。事実、カリーヌは不安だった。これまでは決して自分に逆らうことのなかった末娘が、得体の知れぬ怪物になってしまったかのように。

「ルイズ。わたしは礼儀を知らぬ娘にも、貴族の誇りを知らぬ娘にも、あなたを育てた覚えはありません」
「でも、できません……どうか我侭な私をお許しください」

罪悪感に胸が痛む。泣いても眼を逸らしてもならない。解り合わないことだけが、今の自分たち親子にとっての救いなのである。語らないという選択をした以上、開き直って堂々と黙ることが筋のはず。デルフリンガーを置いてきたことが、ますます不安を煽る。今のルイズにとって一番怖いのは、目の前の気高き母ではなく、心の揺らぐ自分自身である。
だって『立派な貴族になりたい』という志を見失わず最後まで貫き通す限り、どんなに道が分かたれようと、辿りつくところは結局―――なんて理屈を通してみても、母親を悲しませる事実に違いはないのだから。人は完璧なものにはなれず、人生の問題に『完璧な正解』は無きに等しい。

「母さま。ルイズを母さまの娘で居させてください。母さまの娘でいたいのです」
「当然です」

カリーヌは声を震わせた。

「あなたはわたしが腹を痛めて生み、心を痛めて育てた、大切な娘なんですから」
「……」
「だからせめて、この母に……ひとりの貴族として、あなたの魔法で語ってちょうだい、ルイズ。今すぐに杖を抜きなさい」

白い髪の少女は、母親にたいし、焦点のまったく合っていない目をぼんやりと向けていた。そして、深く頭を下げた。

「ごめんなさい。できません、母さま。……どうしてもできない理由が、ルイズにはあります」
「来ないというのなら、こちらから行きます。どうせ答えてくれないのでしょうけれど、一応訊ねておくわ。……できない理由とはなあに?」

真剣な表情のカリーヌが杖を構え、娘へと向ける。ルイズはうつむいて、どこか申し訳なさそうに、靴先で地面をいじくっていた。そして―――答えた。

「……杖を持ってきていないのです」
「えっ」

フリーズした。カリーヌの目が点になった。

「……」
「……今、何と……?」
「杖がありません。持ってきていないのです」
「……」

ミもフタもなかった。カリーヌはぽかんと口をあけたまま固まっていた。夜の草むらに虫の声。ルイズは顔をちいさな両手で覆った。大いなる脱力が支配する―――しばらく経って、時は動き出す。母は所在無げに杖をあげたり降ろしたりしていたが、やがてしょんぼりと肩を落とし、独り言のように言う。

「…………そうね。確かに……できないわね。ええ。杖がないと……」
「ごめんなさい、母さま」

かくして母娘の対決は、お流れになってしまったという。




//// 34-9:【TCP-IPアドレスで人生が繋がることもある】

「お久しゅうございます、アンリエッタ殿」
「遠いところはるばる、ようこそいらっしゃいました。トリステインはあなたの来訪を歓迎いたします」

トリステイン王宮はひとりの客人を迎えていた。近々、新女王の戴冠式の日がやってくる。客人の表向きの来訪理由は、二つの国の親睦を深めるため。式の行われる日を跨いで滞在し、年の近い女性同士で仲良く未来に夢と希望を……なんて。

―――オーライ。歓迎ときましたか、ど畜生(Damn)。おやおや。いつぞやとは私たち二人の立場が、まるっと真逆になってやがりますね。どいつもこいつも、ケツ喰らえ。

青い髪も麗しきガリアの王女イザベラさんは、にこやかな笑顔の裏、心の中で毒づいていた。
真の訪問理由は『ルイズ・フランソワーズのガリア来訪を促し、その安全を保証するため』。つまり今のイザベラは事実上の人質なのである。こうなった原因は、秘密の聖域でのルイズの言。なおアンリエッタと枢機卿がルイズのガリア出張に、真っ向から反対していたことによる。

「イザベラ殿、わたくしは戴冠を控え忙しい身。とはいえ、出来る限りあなたと共に過ごす時間を取りたく思っておりますわ」
「突然の来訪に深きお心遣い、痛み入ります」

ガリア王ジョゼフは、安全保障などの小国に利のあるいくつもの提案に加え、なんと人質として己の一人娘、一国の王女の身柄を送り込んできたのである……護衛は必要最低限の少人数。ただ小国の公爵家の三女の身柄を借りることにたいし、ここまでするのかと誰もが驚いた。
貴族は面子を尊ぶもの。かの王の面子を潰すわけにもゆかず、トリステイン王宮もしぶしぶ『白い悪魔の出張』に許可を出さざるを得なかった―――もしこれを断ったら、かの恐るべき魔法大国の王は、ますます手段を選ばなくなるにちがいない。

さて簡単な歓迎式典を終え、イザベラはアンリエッタと別れ、割り当てられた客間へとやってくる。用心のためディテクトを唱える。

「……さすが小国。宮殿はボロっちいし、調度品もどれもこれも時代遅れ……宮廷貴族どものブタ臭さはうちと似てたけど」

部屋に見つけたワインクーラーからイザベラはボトルを一本抜き出し栓を抜き、グラスを満たす。芳醇な香りに一瞬驚き、顔を輝かせ、口に含む。青い目を細め、んー、と満足げに唸る。

「へえ。これでワインがそこそこ美味くなきゃ即滅亡したほうがいいわね、この国。なあ……あんたもやるかね」

姫の護衛のリーダーというのが、誰よりも信頼できる最堅のパートナー黒き騎士ラックダナン……ではなかった。『鋼鉄のヴェール』と名高きあの騎士は、護衛として少々過ぎた力だというのだ。事実、かの騎士がガードにつけば、イザベラは地獄の底からでさえ生還できてしまうことだろう。つまり現状ただでさえ乏しい『人質』の意味が、ますます無くなってしまう。

「いいえ殿下。私は護衛の任にありますゆえ。酒気を帯びるわけにはゆきませぬ」
「なによ、せっかく『中身のある』殿方と泊りの旅だと思ったら、頭が鉄兜よりガチガチと来たもんだ。つまんないの」
「……あなたは一国の王女なのです。誤解を招く言動は、どうかお控えくださいまし」

代わりに父王が選出したのは、表の東花壇騎士の男性。腕利きとして名の知れた、若く精悍な風のスクウェアメイジだった。
しかも『旧オルレアン派』出身だというのが、また王女にとってモヤッとくるところ。話しかけるたびに『簒奪者の娘などと馴れ合うつもりはないっつーの』……そんな気配をびしびし放ってくるものだから、たっぷり嫌味で返してやりたくなるのも仕方ない。

「ねえ、この任がそんなに不満かしら。姫の警護だっての。尻の健全な殿方なら誰でも鼻息荒くして憧れるもんでしょうに」
「……たしかに名誉なことでありましょう。光栄至極。ですが、あまり姫らしくない言動をなされては」
「みなぎってこないかしら。足から腰のラインにはそこそこ自信あるんだけど」
「繰り返します。殿下は国王の娘、一国の姫。そのようなはしたない言動は……」

姫がセクハラ発言で反撃するたび、騎士は『てめえガキ何言ってんだその広いデコとかカチワんぞばーかばーか』といった殺気だった視線を投げてくる。彼は若く、沸点もそう高くないようだ。この殺気こそが、性根の曲がった青髪王女にとっては、不満だらけの現状における唯一にして格好の遊び道具だったりする。

「まあいいわ。東<薔薇>騎士団で一、二を争う使い手という話だし。男好きしそうな面だし」
「撤回ください。冗談の域を超えております。今のは私のみならず、我ら騎士団に対する侮辱ともとれる言」

やはり騎士の彼にとって、この任務は災難でしかない。下級貴族出身の彼は、ほかでもないオルレアン公に魔法の才を見出され、恩を受けた過去をもつ。現在、表面上こそ仇敵ジョゼフに従ってはいるが……胸に秘めた忠誠の向かう先は<シャルロット殿下>なのである。
ゆえに内心はこうだ―――おのれ簒奪者。護衛が少数だけとは、我ら二度と帰ってくるなというのか。ひとつ間違えたら戦だぞ。とどめに対象がこの我侭娘。なんたる嫌がらせか―――もういつパーンと破裂してもおかしくないほどに、若い彼の胸のうちでは未来へのユメもキボウも煮えたぎり、ぐらぐら荒れ狂っていることだろう。

「そうね。ごめん、やりすぎたわ。……気をつける」

イザベラが素直に謝罪したので、騎士は驚いてしまった。ギリギリである。もしも『そうかアイツみたいに小さなコが好きなのか』とか続けられたら、ただちに護衛対象の青く長い髪を引っつかんで窓から吊るしたくなっていたことだろう。

「にしても魔法陣があるってのに、わざわざ竜籠で旅するなんてね……座りっぱなし、ほんと疲れたわ」
「……次の予定まで少々時間がございましょう。お休みになられてはいかがかと」
「そうする。あんたも……ああ、うん。適当にそのへんでくつろいでなさい。シワになるから脱ぐけどさ、見ないでおくれよ」
「……」

グラスをそっと置き、冠をぽいと無造作に置き、ベッドの上ごろんと体を投げて転がる。青く綺麗な髪がさらりと扇のように広がった。
ヒールをとって床に放り、ごそごそドレスを脱ぎ始めた。杖は無防備にも離れたテーブルの上。若き騎士はそっぽを向く。『このデコガキおれのこと棒っきれかなんかだと思ってやがんのか』とか『いや何もできぬことを承知でワザと』とか思っても口にださない、出来た男である。
人質の姫君はごろりと寝返りを打ち、若き騎士へと青く艶やかな目を向け、言う。

「あのさあ……はっきり言ってくれたら正直助かんのよ。『不本意極まる任務です』ってさ」
「当然、不本意極まる任務にございます」

護衛騎士のリーダーは即答した。王女はくすくす笑った。

「実によろしい。お前でよかった。私もこんな夏休みは要らん。ああ髪も<アンダリエル>みたいに逆立っちゃいそうよ。まあ帰国するか死ぬかまで、不本意同士少しは仲良くできたら嬉しいわ。きっと私とそっちとを今のうち懇意にさせとくのも、あの父さまの思慮のうちなんだろうけど―――」

それを聞いた騎士は、今回の警護対象にたいする印象を少々改めることになる。こいつひょっとして、護衛のおれよりも自身の置かれた立場をよく理解してるんじゃなかろうか、と。

「仲良くしたくないというのなら、そのほうが気楽でいいんだが。一応、宜しく頼むよ」

イザベラは疲れた声色でそう言って、返事を待たずに向こうを向いた。
若い騎士は、彼女の孤独を感じてしまった。この姫の父親は、あの血も涙もなき無能王。あっさり人質に出されるなど、どんだけ『どーでもいいもの』扱いをされているんだろう。父の命令に大人しく従って、若い娘が体を張っている。少しでも役に立って関心を引きたいというのか。そんなの無理だろうに。

(シャルロット殿下は、このわがまま娘のことを嫌っていないという……どのような人物なのか、これを機に確かめておくのも悪くはないか)

どのみち護衛の彼は、請けた任務を真面目にやらなければならない。だってもしも姫の身に何かあれば、あの重厚な鎧兜を脱いだところを見たことさえない漆黒のラックダナン卿に、申し訳が立たない。お互い大変だな……と、将来に大きな不安を感じてしまう、若手の腕利き東花壇騎士であった。





//// 34-10:【出張に行ってきます】

ルイズ・フランソワーズは実家の屋敷を出て、一旦学院に戻ってから、王都で大使の任を受け、隣国のリュティスへと向かうことになる。
自分の父親から、信用を示し面子をたてるためだけの人質にされる―――そんな大きすぎるワリを甘んじて食ってくれた青髪の王女にたいし、ルイズはどれほど感謝してよいのか解らない。

父ヴァリエール公爵は、約束どおり妻とよく語り合ったあと、ルイズの監禁を解いてガリア出張を許してくれた。
親の幸せは子の成長―――世界が娘を必要としているというのなら、(安全である限り)立派に役割を果たさせるのがよい、と。女の身とて貴族として誇り高くあれ、国の役に立て、とルイズに教え育てたのは、自分たち家族なのだ。そして現在のトリステインとガリアは事実、敵対している訳ではない。娘の『戦いに行くのではなく、戦の芽を摘みに行く』とか『トリステインの貴族として責務を果たす』などの主張を信じ、『くれぐれも危ないことはするなよ』と送り出すことにしてくれた。

公爵は愛娘カトレアの快気祝いとして、これから三百年ばかり盛大な宴を続けるぞと宣言した。
さすがに三百年は無理なので、期間は一週間となる。スケジュールの関係上、ルイズたちの参加できたのは最初の夜だけだった。沢山の喜びに溢れた、思い出に残るパーティだったという。酒の席で子煩悩なパパは、どこからか『ルイズを惚れさせた相手が居るらしい』と聞きつけた。「どこの馬の骨か!」と息巻いて、娘に付いてきた学院勤務の黒髪侍女を呼びつけて、詳しい話を聞いたところ。
出てきたのは―――人形だった。「な、ナイトさんは悪くありません!」と、死んだような目ですすり泣くメイドさん。目を白黒させて固まる公爵。(こ……この人形を、晒し首にせよと? ……いや、娘に釣り合うまで、わしがみっちり鍛えあげよというのか?)理解不能な現実を前に、さぞかし背筋が凍えたことだろう。

母カリーヌは、錬兵場で対峙したときの脱力のせいで、思い詰めていた深刻なものが一気にすっぽ抜けてしまったのだという。あの後、明け方に至るまで荷物のどこを探しても、娘の杖は出てこなかった。「訳あってガリアの王に預けております。予備のほうも壊れてしまいました」と娘は語った。
杖は誇りの象徴。それを他人に渡すほどに重たい事情があった、と推測できたが、それもひとまず置き。我が身は貴族であり母である―――貴族たる限り、母と子の間にさえ杖が必要だと信じてきたけれど、本当にそうなのかしら……なんて、珍しくも貴族らしくない迷いまで抱いてしまったらしい。たぶん寝不足のせいである。

それに母の調べていた娘の罪というのも、事後承諾やら恩赦特赦やら証拠不十分やら、これ以上問うてよいのか首をひねるヘンテコなものばかりだったりする。もちろん、けじめをつけることは必須。だからガリア行き期日の迫る今回は、『しっかり国のために働くこと』および『いずれ必ず<虚無>について話す約束』を条件として、ひとまず見逃してくれたのである。
家族らしく、お説教とおしりぺんぺんだけで済ませてくれたのだとか。

―――かくして、すべては<虚無>の仕業となり―――裏の裏、ルイズのラズマ信仰については当分、気付かれる危険が小さくなった。魔法みたいなミスリードである。ルイズとエレオノールはひとまず安堵し、始祖ゴル○ム……いや創世王ブリミルにたっぷりの感謝と、懺悔の祈りを捧げたという。
家族にこういう姑息なやり方を続けるのも、寂しい話ではある。でもルイズは最低限『遺体を送り返す』まで、現状維持を続けなければならない。沈む気分を振り払い、進むべき道を再確認するルイズであった。
さて、宴の席にてギトー先生の一件を母に話したところ……母はハトが暗黒錬金豆を食ったような複雑な表情をしながらも、色紙に立派なサインとメッセージを書いてくれたそうな。

「そう……過去の私の秘密のせいで、そんなことがあったの」
「ですが母さま。私は……そのおかげで、あのご夫婦の間に数々の誇らしきドラマが生まれ、深い絆と大切な思い出とが残った、と思うのです……たぶん」
「まったく人生というのは、何が正解かわからないものね」

このときタバサもサインを欲しがったので、もう一枚書いて貰ったという。

次姉カトレアはお尻の腫れた妹が実家に滞在する最終日に、せがまれて二人で一緒に寝て―――その晩に悲鳴が響いたが、いったいこの時何が起きたのか、誰ひとり覚えていなかったという。ただ、白髪の末妹が実家から去った後……カトレアは自分の部屋の壁に、奇怪な絵文字の書かれた紙を何枚も飾るようになったそうな。飼われていた動物さんたちも、これにはびっくり。

「こ、こうすれば宇宙からの波動を遮断できるはずよ……できると思うわ、多分」

そのへん以外はとっても元気。俊敏によく動き、トライアングル魔法もばんばん使い、もりもりごはんを食べて家族を喜ばせたという。今の彼女は幼少期から長い間夢見ていた『体が治ったらやりたいこと』の綴られた『かとれあひみつのーと』をにこにこ眺め、妹に感謝し、ああどれから実行しましょうか―――と、家族を巻き込み幸せに迷っている最中だとか。

そしてやっぱり、エレオノールが一番喜んでいたようだ。
無論カトレアの治療の成功もあるが……今回の末妹の帰省は、共犯の長姉にとっても薄氷を踏むがごとき大冒険だったのだから。烈風のスクウェアスペル『カッター・トルネード』でミンチにされる妹の姿も、あるいは倒した母を素材に骨の杖を作成して得意げに『カリン・シャード』と名づけるルイズの姿も、見ずに済んだのだ。

「……私の妹のこと、どうか頼みますわ。小さな騎士さま」
「頼まれた」

耳打ちされたタバサが頷いた。
もう長年の戦友だったような気さえ抱くエレオノール姉さんも、一緒に行きたがった。けれど難しい話だ。ルイズの旅は続く。トレード相手の娘が王宮に到着したので、帰路は大至急ということ。タバサが青い風竜を呼び、デルフリンガー、シエスタと乗り込んで―――家族たちの見送るなか、日差しきらめく夏の空の彼方へと、手を振りながら飛び去っていったのだという。

//// 【すぐ降りてTPで飛びました。次回:ガリア訪問編『ルイズ、ちちをもぐ』の巻……へと続く】


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