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ゼロ魔SS投稿掲示板


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No.12668の一覧
[0] ゼロの死人占い師(ゼロの使い魔×DiabloⅡ)[歯科猫](2011/11/22 22:15)
[1] その1:プロローグ[歯科猫](2009/11/15 18:46)
[2] その2[歯科猫](2009/11/15 18:45)
[3] その3[歯科猫](2009/12/25 16:12)
[4] その4[歯科猫](2009/10/13 21:20)
[5] その5:最初のクエスト(前編)[歯科猫](2009/10/15 19:03)
[6] その6:最初のクエスト(後編)[歯科猫](2011/11/22 22:13)
[7] その7:ラン・フーケ・ラン[歯科猫](2009/10/18 16:13)
[8] その8:美しい、まぶしい[歯科猫](2009/10/19 14:51)
[9] その9:さよならシエスタ[歯科猫](2009/10/22 13:29)
[10] その10:ホラー映画のお約束[歯科猫](2009/10/31 01:54)
[11] その11:いい日旅立ち[歯科猫](2009/10/31 15:40)
[12] その12:胸いっぱいに夢を[歯科猫](2009/11/15 18:49)
[13] その13:明日へと橋をかけよう[歯科猫](2010/05/27 23:04)
[14] その14:戦いのうた[歯科猫](2010/03/30 14:38)
[15] その15:この景色の中をずっと[歯科猫](2009/11/09 18:05)
[16] その16:きっと半分はやさしさで[歯科猫](2009/11/15 18:50)
[17] その17:雨、あがる[歯科猫](2009/11/17 23:07)
[18] その18:炎の食材(前編)[歯科猫](2009/11/24 17:56)
[19] その19:炎の食材(後編)[歯科猫](2010/03/30 14:37)
[20] その20:ルイズ・イン・ナイトメア[歯科猫](2010/01/17 19:30)
[21] その21:冒険してみたい年頃[歯科猫](2010/05/14 16:47)
[22] その22:ハートに火をつけて(前編)[歯科猫](2010/07/12 19:54)
[23] その23:ハートに火をつけて(中編)[歯科猫](2010/08/05 01:54)
[24] その24:ハートに火をつけて(後編)[歯科猫](2010/07/17 20:41)
[25] その25:星空に、君と[歯科猫](2010/07/22 14:18)
[26] その26:ザ・フリーダム・トゥ・ゴー・ホーム[歯科猫](2010/08/05 16:10)
[27] その27:炎、あなたがここにいてほしい[歯科猫](2010/08/05 14:56)
[28] その28:君の笑顔に、花束を[歯科猫](2010/11/05 17:30)
[29] その29:ないしょのお話オンパレード[歯科猫](2010/11/05 17:28)
[30] その30:そんなところもチャーミング[歯科猫](2011/01/31 23:55)
[31] その31:忘れないからね[歯科猫](2011/02/02 20:30)
[32] その32:サマー・マッドネス[歯科猫](2011/04/22 18:49)
[33] その33:ルイズの人形遊戯[歯科猫](2011/05/21 19:37)
[34] その34:つぐみのこころ[歯科猫](2011/06/25 16:18)
[35] その35:青の時代[歯科猫](2011/07/28 14:47)
[36] その36:子犬のしっぽ的な何か[歯科猫](2011/11/24 17:52)
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[12668] その26:ザ・フリーダム・トゥ・ゴー・ホーム
Name: 歯科猫◆93b518d2 ID:b582cd8c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/08/05 16:10
//// 26-1:【ザ・フリーダム・トゥ・ゴー・ホーム("The freedom to go home...")】

雪風タバサの使い魔、風韻竜のシルフィードは、親から貰った本名を『イルルクゥ』という。
韻竜族の寿命は長く、二百年以上の歳月を生きている彼女でさえ、まだまだその身も精神も幼年といったところのようである。
サモン・サーヴァントのゲートが開いたとき、やはり竜なりに気の長い両親は、「運命の導きに従って人間の使い魔になってみるのも、大人になるための大事な勉強だよ」、と笑顔で送り出してくれたものだ。

(おねえさまもキュルケさまも、竜使いが荒いのね! さっきの空中戦は七回くらい死ぬかとおもったの!)

現在、彼女は一匹の竜を連れ、青銅のギーシュをひとり自分の背に乗せて空を飛んでいる。
基本的にドラゴンという生き物は、気に入ったもの以外の人間を背に乗せて飛んだりは、なかなかしたがらないものだ。
ちなみに『おねえさま』ことタバサのことは、頭からがぶりと食べてしまいたいくらい、全身をぺろぺろと嘗め回してしまいたいくらいに大好きである。
食べてしまえば大好きなおねえさまは居なくなってしまうし、全身ぺろぺろしたら怒られて杖でガツンと叩かれるので、やらない。

(それに、なんでシルフィがこんな竜籠みたいなことしなきゃいけないのね……考えてみたら、怒りが湧いてきたのね!)

モグラのヴェルダンデと仲の良い彼女も、ギーシュ・ド・グラモンのことは嫌いではない。
だからといって、全身汚れきって生ゴミのような匂いを放つ少年をひとり背に乗せるというのは、やはり遠慮したいところである。

(だいいちこの国なんかに、シルフィはぜんっぜん関係ないのね! よりにもよってこの高貴なる韻竜のわたしが、人間と結婚なんて冗談じゃあないの!)

幽霊屋敷からの出発前、マザリーニおじいちゃん(ごにょごにょ歳)からの伝言で……『姫の身に何かがあったら、もういちどアンリエッタ姫の影武者をやって欲しい』……と頼まれたのだが、シルフィードは断ったのだ。このままずるずると影武者を続けると、果てには『わるいやつ』と定評のあるオッサン、ゲルマニア皇帝などと本気で結婚させられてしまいかねないではないか。

彼女の主人タバサや、そのおともだちルイズはいつも必死になって、全力でものごとに取り組んでいる。
タバサの悲しみに沈む顔など、見たくない。だから、彼女たちの頑張っている姿を見ると、いつか断りきれなくなってしまうのかもしれない。
どんなに美味しいお肉を目の前に積まれても、そんなドツボにはまることだけは、回避しなければならない。

(ああ、だいたいおねえさまも融通がきかないのね……いっそのこと、こっそりルイズさまをカッさらって、どっか逃げちゃえばいいんです!)

人ではないシルフィードは、やはり人間とはまったく異なる価値観にしたがって生きている。
人間社会のもつ複雑なしがらみ云々なんか一切理解できないし、美味しいお肉を食べられて、たまに遊んでもらって、お気に入りの人間だけがそばに居てくれたらよいのだ。
どこかへ行ってしまった主人のことについても、心配ではあるが、ルイズに任せてしまえば大抵のことは何とかなると思っている。

(……ルイズさまは、きっと人間たちのいう『ぐーるー(Guru)』ってやつなのね、……大いなる精霊のみちびきを畏れ敬ってくれているし、将来えらくなるのね)

むかしむかし韻竜族とも交流があったという、希少な人間たち……ジャングルの部族ウンバール、彼らをみちびく祈祷師『呪術医(Witch Doctor)』についての話を思い出す。
シルフィードは、ルイズがその類の人間なのではないかと勝手に思いこんでいる。むろん、ラズマのネクロマンサーとウンバールのウィッチドクターとは、使う術こそほんの少し似ていれど、出自も人種も信仰も全くことなるものであり、シルフィードの勘違いである。

(まだまだルイズさまには、プリミティヴさが、『野生』が圧倒的に足りてないのね! ……きっと恥ずかしがってるの、それじゃ駄目なのよ!)

シルフィードの脳裏にうかぶイメージの中には―――おっぱいまるだしにボディペイント、焚き火に生け贄をささげてヒョホーホホーと踊る仮面のルイズ・フランソワーズ。タイコ叩いて万物の精霊をたたえ、おしりふりふり、さあ踊ろう。どんどっとっと、どんどっとっと……ああ、きっと楽しいことだろう。

(今のままじゃ、あんまり絵にならないのね……ルイズさまは可愛いけれど、お肉を食べないから、いつまでもあんな『ちっぱいぱい』なのね……お肉おいしいのになあ)

『野生』を表現するためには、健康的に日に焼けた肌や、それなりに獣欲をそそるプロポーションが必要となるだろう。
だから、いちばんその格好の似合うのはキュルケさまかもしれないなあ、なんてシルフィードは想像してみる。
ところで、誰もが信じられない話ではあろうが……どちらかというとラズマ教徒は、地下都市に住まう『都会派』であり、そんな格好はしないものである。
銀、灰、白い長髪、そして日焼けなど論外の病的に白い肌がデフォルトであり、そんな彼らの正装は魔獣の骨で装飾された儀礼鎧その他、普段着は『チキュウ』でいうところの『ヘヴィメタル・ファッション』にも似た、白黒を基調としたものがトレンドなのだそうな。

ちなみにラッキーアイテムは毒の短剣と、鮮血したたる生け贄の心臓である。
とはいえ、そんなのはやはりシルフィードの知ったことではないようだ。

(おなかすいたのね……背中のこの子食べていいかしら? ……きっと怒られるし、臭いからやっぱり、やめておくのね)

国が滅亡の危機に陥っていても、こんなふうにシルフィードは、いつもどおり気楽なものであった。



さて―――

上空より、王都トリスタニアへの街道沿いにいる、難民の一団を発見する。

「見つけた……すまないがシルフィードくん、いますぐ降ろしてくれたまえ!」
「きゅいきゅい」

ギーシュが叫んだので、シルフィードは連れの竜を促して全速力で降下してゆき、急制動をかけて着地する。
……どっすーん!!

「きゃーっ、な、何よぉ!」
「ぎゃあー!」
「うおおお!」

モンモランシーが悲鳴をあげ、疾風のギトーは尻餅をついた。村人たちとシエスタが、あんぐりと口をあけて事態を見守っている。
青銅のギーシュは竜の背より転げ落ち、へろへろと片手をあげて、再会した恋人へ「やあ、ただいま」と言った。
そんな彼へと、疾風のギトーは詰め寄った。

「何のつもりだ、ミスタ・グラモン……むう、それはまあいい、きみは<タウン・ポータル>のスクロールを持っているか」
「はあ、持っていますが」
「ならば良し、ちょうど我々はそれを求めていたのだ……今すぐこちらに渡してくれたまえ」

なんだ結局持ってきていなかったのか……それなら急ぐ必要は無かったのだろうか、とギーシュは息をついた。

「そ、それは……できません」
「どうした、早く渡してくれたまえ」

ギーシュは背筋を震え上がらせ、慌てて釈明するほかなかった。
疾風の二つ名の男は、目つきが非常に悪い。機嫌が悪いときの彼は、それはそれは不気味なものである。

「と、ともかくミスタ、渡せません! いくつか理由があって、<タウン・ポータル>は使わないで欲しいとのことなのです!」
「だが、こちらは一刻を争っているのだ、さあ渡したまえ」

ギトーはギーシュから『パーティ編成を組み換える』という理由を聞かされたが、不機嫌そうな表情を崩さなかった。
モンモランシーもシエスタも、ギーシュとギトーの二人のやりとりに口をはさめず、ただ困ったような顔で見ていた。

「あれを見るがいい、我々の水のスペルや手持ちの秘薬では手におえぬ、重症のけが人が居る……私は彼らを見捨てられぬ、助けたいのだ」

教師の指さした方向には、ひどい怪我を負った二人の男性メイジ……上空の戦闘で<ウィスプ>に焼かれ、命からがら脱出してきた竜騎士隊の隊員である。
さきほど、近くの森へと<レビテーション>で落下してゆくのを見つけ、村人数人とギトーが協力して救助し、治療を行っていたところなのだという。
今こそ<タウン・ポータル>で学院に戻り、『ヒーリング・ポーション』を取ってくることが必要なのだろう。

「二手に分かれて、今すぐラ・ロシェールの街へと向かうことも考えたのだが、それでは彼らの体力の持たぬだろうことが判明したのだよ」
「ギーシュ、……ギトー先生の言うとおりなの……お願い」

水のメイジの少女、モンモランシーは、疲れきった表情をギーシュにむけて、悲しそうに首を振った。
当初は、モンモランシーともう一人の水メイジが、彼らの治療をしたそうなのだが……二人とも、もはや精神力を使い果たす寸前のようだ。
彼女も彼女なりに、けが人の命を救おうと必死に頑張ったようだ。しかし予想以上に怪我は重く、彼女らの技量ではそれを治しきるに至らなかったのだ。

「くっ、ポーションさえあれば、きみの言うとおりにしてもよいのだがな……ともかく今は緊急時である。ポータルは開かせてもらうぞ!」

疾風のギトーも、ギーシュの伝えてきた用件の重要性は、どうやら充分に解りきっていることのようだ。悔しげにそう言って、ギーシュへと詰め寄った。

「あっ、持ってます」
「なんと」

ギーシュ・ド・グラモンが、自分のベルトからいくつかの『ヒーリング・ポーション』を取り出して手渡すと、ギトーは一転して笑顔になった。

「……そういうことは風のように迅速に言いたまえ、減点いちだ」

ギトーは軽やかに怪我人たちのもとへと走り去ってゆく。
呆然としていたモンモランシーが、突如目をうるませ、だだっ―――と、ギーシュへと駆け寄り―――がばっ、と抱きついた。

「おおっ、モンモランシー?」
「あ、あう」

動揺のあまり、呂律がまわっていない。
水メイジの名家に生まれたものとしての誇りと、責任感の強いところのある、性根のやさしい金髪の少女……彼女は、ギーシュの自慢の恋人である。
どうやら帰りの分のポータルを村に忘れてきてしまったこと、自分に任されたけが人を治療しきれなかったことが、よほど辛かったらしい。

「……あり、がとう!! お帰り、ギーシュ……よかっ、たっ、よかったわ!!」
「ははは、それは、どういたしまして……」

そして、彼の顔を見たとたん、先ほど悩んでいたあれやこれやも吹っ飛んでしまったらしい。
恋愛も修羅場も、生きていてこそである。
なんとなく事情を察し、ギーシュは苦笑しつつ、彼女が落ち着くまで、そっと背をさすってやるのだった。

「何だか、くさいわ……あなたひょっとして、生ゴミの山にでも突っ込んだの?」と、泣き笑いしつつ、彼の体から匂ってくるもののせいで、次第に複雑そうな表情になるモンモランシー。
「うーむ……なんだか、申し訳ないね……」と言いよどむギーシュは、『見たものを他言しない』という約束を、ルイズと交わしている。

黒髪のシエスタが、ぼんやりと二人のことを眺めていた。
地べたに体育すわりをして、まったく生気の通っていない目で、モンモランシーの視線に気づくと、表情だけはにこにこと。

「あっ、シエスタ……」
「よかったですね……ミス・モンモランシ、これからも負けずに頑張ってください……わたしはいつでも貴女の味方です」

あれほど酷い目にあったうえで、なお他人の幸せを応援する、どこまでも健気なシエスタであった。
さきほど彼女は、ルイズの行動の真意についてモンモランシーより穏やかな説得をうけ、それ以来落ち着きを取り戻していたかのようにみえていた。
だが……どこか、かすかに様子が、おかしかった。

「ちょっと、……シエスタ?」
「……えへへへ……あれ、なんだか……おかしな気分……なんだか、ええと……ああ、ナイトさんがいない、助けてカウキング大王……」
「えっ……誰?」

モンモランシーは、ギーシュと顔を見合わせた。
そして、もういちどシエスタを見た。

「あっ」

モンモランシーは、黒髪の友人の精神がもう限界ぎりぎりであることに気づいた。
村の人たちや家族の命が助かったとはいえ、それだけが救い……ということにはならない。
彼女に帰る家はもうない、存在しないのだ。
ふらりと崩れかけた彼女へと、慌ててかけより、がばっと抱きしめて、心を込めて、叫んだ……

「ごめんなさい、私が間違ってたわ、もういいの!! あなたは泣いていいのよ!!」

身分は違えど、ずっとそばで見てきた、胸を張ってシエスタのことを親友と呼べる彼女だからこそ、気持ちに気づくことができたようだ。

「シエスタ、無理しないで、やっぱりあなたは本気で怒っていいの! あなたには、その資格があるのよ!」
「……っう」
「甘えていいの! ひとを恨んでいいの、八つ当たりしてもいいの!」
「……あっ……あうあっ……」

たちまち黒髪の少女の目から、せきを切ったように大量の涙が溢れ出す。
モンモランシーはシエスタを抱きしめて、背中に手を当てて、愛する故郷の村を失った大切な友人の深い悲しみや、やり場の無い憤りを、そっと受け止めてやるのであった。

ギーシュはモンモランシーと視線をかわし、頷きあったあと、そっと席をはずし、シルフィードたちのところへと戻ってきた。
精魂尽き果てた彼は、竜へと運んでもらったことへの礼を言ったあと、ごろん、と道端の草の上に寝転がって、煙たなびく空をぼうっとみあげていた。

「……やっぱり、あの人形だけでも、預かってくるべきだったのかなあ……」

いつも自信に溢れる彼が、そんな表情をしているところを、シルフィードは初めて見た。

(……人間ってば、おねえさまもふくめ、みんな馬鹿なのね。恨みあったり、意地を張ったり争ったりしている暇があるなら、……美味しいものをみんなでたべて、喜びを分かち合って……もっと気楽に生きればいいのね)

きゅいきゅい、と青い空のようなシルフィードが鳴いた。
ときに、人を恨むことが、人の生きる力につながることもある……純真な彼女にとって、まったく理解できないことなのであった。
生き物にはそれぞれの真理がある―――人間は弱いので生き急ぎ、韻竜は長い長い時をのんびりと生きるのだ。






―――

ひたすら生き急ぐ人間の少女、ルイズ・フランソワーズがここにいる。

一行は炎のゴーレムに先陣を切らせ、星空の聖域内部を、走って進軍していた。
全員が、どれだけ走っても疲れない薬<スタミナ・ポーション>を飲み干し、効果が切れるまでひたすら走りに走って、ときに道をつなぐ階段を上り下りし、走りまくった。効果が切れたら、また次の試験管の封を切る。酷使のせいで負担のかかった体と足の筋肉を、<ヒーリング・ポーション>で強引に治癒する。

彼女たちは、ひとりの男を殺すために、美しい無限の星空のなかを駆けぬけているのだ。

(ここの景色が、あのおじさまの言ってた『宇宙でいちばん美しいもの』……って訳じゃあないわよね、やっぱり……)

さて、ルイズがそんな風に考えを巡らせていたところ……四人へと思いもよらぬものが襲いかかってくる。
ふわふわと宙に浮いて襲ってきたそいつらの、霧のように半透明の身体の内側には、うっすらと骨のようなものが見えていた。
ゆら、ゆら、ふわ、ふわ……

「……何だこいつらは! ミス・ヴァリエール、情報を頼む!」

アニエスが叫んだ。
慌てたルイズは、正直に答えてしまった。だが、それがいけなかった―――

「こいつら、『幽霊(Ghost)』よ! 物理攻撃が効かないの! ちょっとでも触ったら精神力を吸われるわ、気をつけて!」

他でもないアンデッドに関しては、一級の知識量を誇るルイズである。
剣士のアニエスは頷き、デルフリンガーを背にもどし、腰から抜き放った『炎の剣』を振るった。
竜騎士のお兄さんは少し青い顔で杖をかまえ、呪文の詠唱に入った。
ルイズは杖を振って、『ロワー・レジスト(敵の魔法耐性の低下)』の呪いをかけた。
ファイアー・ゴーレムの身にまとう炎が、一定範囲内へと近づいた敵の霊体を容赦なく焼き、蒸発させてゆく。

そして、ああ、なんという試練であることか!!

「神さま」

ひどく混乱し、青い顔でそんなことを呟いた、雪風のタバサに神はいない。
無理もない、ここにきて彼女は、とうとうマジモンでガチの『幽霊』と出会ってしまったのである。

「……タバサ、タバサ! ちょっと、あなた大丈夫?」
「問題、ない……」
「顔色が悪いわ!」
「だ、だいじょうぶ……」

間違いなくルイズのせいであろう。早急なメンタルケアが必要のようである。

「タバサ、怖がらなくていいのよ! あれは幽霊と言っても、地獄から登ってくる瘴気ガスに、たちの悪い霊が取り憑いて、人の魂を喰らおうと襲ってくるだけのものだから―――大丈夫よ!」

誰もが呆れるほかなった―――ああ、今の説明のいったいどこに、大丈夫という根拠があるのだろう!!

「……あの幽霊は、人に取り憑いたり、呪ったりする?」
「うん、するわね」

そこには大丈夫という根拠の代わりに、一切のフォローのしようのない、きびしい現実があるだけだった。

「でも本当に大丈夫! タバサ、あれはあなたにも見えているの……ということは、あなたにも、魔法を使って、あいつらをやっつけることができるのよ!」
「……!!」

振りかざした杖のはなつ緑色の光もまぶしく……そんなルイズの力強いひとことに、タバサは目を大きく見開いた。

『幽霊(Ghost)』―――ふわ、ふわ、ふわわわ……

こいつらは実体をもたないため、いっさいの物理攻撃が効かない。そして、狭い空間に何匹も重なってくるため、近接武器を主力とした戦士系にとっては天敵となりうる。
だが―――ルイズたちのようなメイジ(Mage)を含む呪文使い(Spell Caster)たちにとっては、楽々と叩き潰せるカモでしかないそうな。
そしてこの場で唯一の武器使い、アニエスの操る剣の主力ダメージ元さえも、『物理攻撃』ではなく……剣より発せられる、強烈な『火炎属性攻撃』だ。

―――ごおっ!

「案外、脆いな……」

華麗に剣を振るい、縦横無尽に強烈な炎をふりまくアニエスを見て、若い竜騎士はおおっ、と感嘆の声を漏らした。
それは、とても絵になる光景だったからだ。ちょっとばかり泥や焼け焦げや煤で汚れていても、身のこなしもしなやかに、戦う女性は美しい。

「行くわ、貫けえっ!―――『ボーン・スピアー(骨の爪槍)』!」

そして、ルイズの放った光り輝く魔法の槍が、何匹も折り重なる亡霊の中心点を、強引に刺し貫いてゆく。バシュウウウー……

(彼女の言うとおり……そう、見えるもの、わたしの力量で倒せるものを怖がる必要は、無い……)

雪風のタバサは、幽霊が苦手であった。
かつては、幽霊など存在しないと信じきっていたし、だからとくに『現実に存在しないもの』を本気で怖がることもなかった。
つまり、わたしは『幽霊が怖い』フリをしていた、と、自分では認識していた。

そんな彼女に、マジモンの幽霊にまつわるあれこれを運んできてしまったのが、ルイズ・フランソワーズである。
『幽霊なんて怖くない』……たちまち、『それは間違いだった』と認めざるを得ないところまで、追い込まれてしまうことになる。

さすがに本職は違った。ただの怪談話とははるかにレヴェルが違うと、理解できてしまうのだ。
言葉の意味どおり、ガチの恐怖を一切の容赦なく与えてくるものをこそ、『怖いもの』と定義するほかない。それまでの自分は、ただ真の恐怖を知らなかっただけなのだ。
タバサはかつて、さんざんに、それを思い知らされたものだ―――

さて、いま目の前にいる敵こそが、マジでガチで正真正銘のモノホンでまったくその名の通りに『幽霊』と呼ばれている当のアレで間違いないことに、その筋の本家の教えを身につけたこの国イチバンの専門家によって一欠けらも迷うことなく決定的な太鼓判を押されてしまったものであり、たとえ泣いても笑ってもハルケギニア全部がひっくりかえったとしても絶対にそれ以外の何モノでもありえない、つまりありとあらゆる異論を跳ね除けて断固として『幽霊』と定義されてしまうほかないものなのだという。
ルイズが『幽霊』と呼ぶからには、さぞかし恐ろしいものなのだろう、と思ったのだが……

(本当に、さっき戦った電撃の陽炎と比べて、あまり怖くない……『幽霊』という言葉のせいで、必要以上に怯えてしまった……これは、失態)

タバサは冷静さを取り戻していた。
いま目の前にいる、タバサの目にも見える幽霊たちは、ただの倒すべき敵にほかならない。それ以上のようにも、それ以下のようにも見えなかった。
しかるに『幽霊≠怖いもの』という定式が成り立ち、『幽霊、恐るるに足らず』―――と、数々の意味において望んでいた結論が、とうとう出た(Q.E.D.)。

(大丈夫……わたしは今……幽霊の恐怖を、克服……した)

ああ、なんとも記念すべき瞬間なのだろうか!! ―――と、雪風のタバサはひとり静かに、歓喜に打ち震えていた。

だが、それは半分だけ正しく、もう半分は勘違いのようだ。
というのも、いまの彼女は、ただ『幽霊のほんの一種』の恐怖を克服しただけであって……それ以外、それ以上のものについては、まだまだ未踏の地なのだから。
死霊(Undead)にもさまざまな種類がある、そのことを雪風のタバサは、なんとか見ないふりをしている。

理詰めでは決して計り知れず、普段目に見えず、結局得体の知れないもの、人間の身では立ち向かうことすらできないものだからこそ、ルイズの周囲のあれこれや、結局お話の幽霊は恐ろしいのである。
この無限の宇宙には、ちっぽけな人間などには想像もできない、計り知れない、ぜったいに理解できない何かが存在する……
ひとはそれについて、口をつぐむほかないのだという。

……じゃい、ぐーるーぅ、でーぇゔぁっ、おむん!

「―――『リヴァイヴ(蘇生)』!! さあ幽霊さん、私たちを守ってちょうだい!」

そしてとなりには、『幽霊の死体』―――倒したあとに残った小さな骨の欠片―――より、『倒した死霊を蘇らせて従える』などという、ある意味実体矛盾していることを、なんの疑問もなく平然と行う埒外少女がひとり。
こっちのほうがタバサにとって、幽霊などよりも、よほど理解しがたい存在なのであった。

バ バ バ バ ……そうれ、「れんきーん!!」、ずどん!

『秘密の聖域』内にぽつぽつと立てられている青白い光をはなつ街灯は、どうやら侵入者撃退用のトラップらしく、近づけばこちらへと『ライトニング』を放ってくるのだ。ルイズは、空飛ぶリヴァイヴド・ゴーストを囮にまわして電撃を受けさせ、失敗魔法で打ち砕き、対処している。
間違って人間へと飛んできた電撃は、アニエスがデルフリンガーで吸収してくれる。
かくして、このチームは鉄壁の布陣を誇る。


さて―――

トリステインの即席聖域探索チームでは、全員徒歩のくせに、『進軍マラソンと休憩とを交代で同時に行う』という作戦がとられている。
それはべつに、誰かが休憩中の誰かを『おんぶ』して走ったりするわけでもない。<タウン・ポータル>さえ使えば、そんな非常識な戦術さえ可能となってしまうのである。

ハルケギニアの外の異次元空間とはいえ、<タウン・ポータル>がきちんと作動してくれたことを確認し、そのときの一同の安堵の気持ちは、やはり相当に大きなものだったという。

つらくなったり、危なくなったりしたら、いつでも家へと戻ってくることができる―――
この事実のもたらす精神的安定、および士気の向上の効果は、ある意味反則と言えるほどに大きく、驚嘆すべきものなのだ。

激戦をくぐりぬけたせいで、身も服装もぼろぼろのタバサとルイズとアニエスは、ひとりずつ交代で順番に『幽霊屋敷』へと戻る。
つまり、聖域に残ったものたちが三人で走って進軍し、進んだ先でふたたびポータルを開き、休憩と補給を終えたひとりを回収し、また別のひとりが休憩に帰る……というわけだ。
竜騎士の男性は……まだまだ『幽霊屋敷パーティ』が組み換え可能な時間に至っていなかったらしく、残念ながら戻ることはできない。

三人は、それぞれ戻ってきていたリュリュ嬢に挨拶をし、一服入れつつ簡単な情報交換をし、物資の補給をして服を着替え、お手洗いをすませ、顔を洗って戻ってきた。とくにタバサは、タルブでの『チェイン・ライトニング』の被弾以来、ずっと片足だけ靴も靴下もはかず、焼けた瓦礫や冷たい石畳にちいさな素足をさらして戦っていたものである。
ようやく予備の靴へと履きかえて、ポーションも仕入れて、さあ戦線復帰だ。

自分たちの居ない間に、学院が襲撃されていたことを知ったルイズの驚愕が、どれほど大きかったかについても……説明するまでもないことだろう。
リュリュおよびコルベールとお互いの無事を喜びあい、決意を新たにすることができた。
事前にこの大規模な襲撃を、いっさい予感できていなかったことについて、ルイズは首をひねったが……よくわからない。

ルイズの敬愛する、静かなる大司教……の眠る棺おけへと問いかけてみても、もちろん答えは返ってこなかった。

『アポカリプスの杖があったから、ささいなことになってしまった』と、いったん結論づけた。
『人間同士の争いなど、しょせんすべてが小事じゃ』とは、学院長オールド・オスマンの口癖である。
事実、あれだけの惨事がおきたのに、魔法学院側に重傷者こそあれ、死者は出なかったらしい……メンヌヴィルの手加減の正確さと、リュリュの働きのおかげである。上の者が『一人でも多く人質を取ってくれ』とでも彼に命じていたのだろうか……人のもつ欲深さこそが、人を救ったのかもしれない。

ゼロのルイズが裏庭のケージで飼育し、可愛がっていたのに好戦的だったせいで焼け死んでしまった毒蛇さんたちのために、彼女はちょっぴり涙を流したのだという。

ジャン・コルベールは、『ヒーリング・ポーション』を希釈して『マイナー・ヒーリング・ポーション』を数多く作るために、大なべをぐらぐらさせていた。
いまの学院には治療用の水の秘薬が足りず、比較的怪我の軽い生徒や教師たちにたいしては、これを配布してやらなければならないのだという。
彼の背中には、複雑そうな表情をしたいかつい男の亡霊が憑いていたので、ルイズは冷や汗を流すほかなかった。

その亡霊―――もはや跡形もなく潰れ、焼け焦げた『白炎』の遺体を検分したルイズは、折れて砕けた『正義の手』、そしてぼろぼろになった『火竜の皮衣』を手にいれた。これらを修復したり再利用したりできるかどうかについては、いまのところどちらとも言えなかった。

「これ作った方、すごい……こんな、こんな希少で超高級なルーン石を……よくも、よくもこんなに、惜しげもなく……」

ルイズは『白炎』の男の装備のあまりの豪華さに、目をむいてちょっぴり鼻血をたらし、ぷるぷる震えるほかなかった。
正直に値段をつければ、領地つきで城が建つどころではない。キュルケに売った杖の100本以上は、余裕で買えてしまうことだろう。

- - -
壊れた『火竜の皮衣』(RW Dragon)
Sur + Lo + Sol (スル+ロー+ソル)
ルーンワード発動済みワームハイド(Wyrmhide:竜の皮鎧)
装備必要レベル:67 要求筋力:84 ソケット4使用済
耐久値:0/24(壊れており、現在使用不可能)
防御力:830(+360防御力 込み)
+230 遠隔攻撃に対する防御力
攻撃を受けた際に、18%の確率でレベル18『ヴェノム』発動
打撃の際に、12%の確率でレベル15『ハイドラ』発動
装備時にレベル14『ホーリー・ファイア』のオーラ展開
+5 すべての能力値アップ
装備者のレベルに比例して+0.375の筋力強化
精神力の最大値を5%増大
+5 電撃耐性の最大値上昇
7のダメージ低減
……
同種のルーンワードは盾でも発動可能
かつて鉄狼団のメイジのための装備品として製作された
- - -

もし白炎のメイジが、もうひとつ『RWドラゴン』の盾をも所持し、装備していたとしたら……
驚異のレベル44、もはやアポカリプス級の<ホーリー・ファイア>を展開し、塔の上のオスマンまでをも焼き尽くすこととなったのかもしれない。
さすがの彼もそこまでの資産家ではなかった……というのは、この国に住むもの全員にとって、幸いなことである。

ルイズは裏庭で、さっきあれだけドラマティックに別れたばかりの相手―――微熱のキュルケとばったり会ってしまい、お互いひどく気まずそうに、恥ずかしそうに頬をそめる羽目になったのだそうな。

「なんだか、しまらないわね」
「仕方ないわ、あのときは……ちゃんとこうやって戻ってこれる保証なんて、なかったもの」

キュルケは、いつ戻るかわからぬアニエスの代わりにと思い、いったんさきに王宮へ飛んで、さきほどの戦いについての報告を行ってくれたのだという。
結局アニエスが戻ってくるのなら、余計なお世話だったかしら……と、キュルケは言い、ルイズは「そんなことないわ、ありがとう」と素直に答えた。

「しっかりね」
「うん、そっちも……気をつけて」
「あなたの決戦までに、あたしがここに戻って来れていたら……呼んでちょうだいね」
「ええ、しーゆーれいたー、ツェルプストー」
「いんなほわいる、ヴァリエール」

別れ際に交わされたそれは、読書好きの友人タバサおすすめの小説に出てきた、アルビオン式の挨拶だった。

現在、魔法学院は人質事件の後始末で大騒ぎとなっており、やはりあの自分たちを救った『アポカリプス』の炎についての話題で、持ちきりとなっていた。
噂では、『ゼロのルイズの怒りに触れた』派、『蛇王炎殺のコルベールが本気を出した』派の、二大勢力が拮抗しているという。
『トリステインが危機に陥ったときに現れる伝説の<フェニックス・ストライク(Phoenix Strike)>』派が、年寄りを中心に、ごく少数いるとか。
炎につつまれ周囲の壁も崩れ落ちた広場と、鎮火されたあと出現した巨大なクレーターが、みなの度肝を抜いたのだという。

学院を救った真のヒーロー、オールド・オスマンは『幽霊屋敷』にやってきて、待ち合わせたルイズに『黙示録』のリチャージをしてもらった。
この後の彼は<ウェイ・ポイント>で王宮へ戻り、そこからフネでラ・ロシェールへと向かい、襲い来るアルビオン軍に『魔王の炎』をぶちかましてくれるのだという。

「ところで<虚無>の呪文は出たのかの? おぬしの宣言どおりでたのじゃろ? ほれ、どんなんじゃった? ほれほれ」
「……うぐぐぐ」

緑色の頭巾を被ったオスマンがにやにやしつつ、そんなことを言ったので……ルイズはくしゃくしゃと顔をゆがめて涙目だ。
このジジイをチリひとつなく焼き尽くすために、さあ<虚無>よ覚醒してちょうだい!!……とも願ったが、今のオスマン老人は<黙示録の杖>装備の国内最強状態なのだ。
きっと万が一<虚無>が覚醒しても、ルイズが呪文を唱えている間に、けちょんけちょんにのされてしまうにちがいない。

「背やムネやシリの大きくなる呪文はまだかの? ちょっとイイトコ見てみたいのう、ほれ伝説的、伝説的」
「むがぐ」

目のツヤの消えたルイズは全身から毒をまきちらし、老人緑頭巾は「けひょひょひょ」と笑いながらぴょんぴょん跳ねて逃げる。

剣士アニエスが竜騎士の彼のために気を効かせ、軽食、タオルと上着と暖かい茶をもってきてやったとき、「<ポータル>とはこんなことも出来るのか」と彼はいたく感激したのだという。
この<秘密の聖域>はけっこう気温が低く、ルイズのファイアー・ゴーレムが暖を取ってくれなければ、汗まみれの彼は風邪を引いていたかもしれない。
アニエスは、「私も最初は驚いたものですが……」と苦笑して答えた。

さて―――みながそれぞれ英気を養い、場面はふたたび、聖域へと戻る。
現在、竜騎士の男性が休憩を取る番となっており、一同は走るのをいったん止めている。

「一日にこれほど沢山の魔法を使い、これほどの激戦を繰り返したのは、27年間生きてきて初めてだ」

と竜騎士のメイジは語った。これで本当に姫を助け出すことに成功したら、いったいどれだけの手柄になることだろう、と。
続いて、アニエスがルイズへと問いかけた。

「ところでミス、ずっと気になっていたんだが……何の匂いだそれは」
「あら、さっき着替えてきたんだけど、まだ気になるかしら? ……ちょっと魔法を失敗しちゃっただけなのよ」

ルイズは、そんなやりとりの直後、「あっ、そういえば……」と、かばんをごそごそと漁り、たちまちひどく悲しそうな顔になる。

「もう一個あったのよね……うわあ、どうしよう、においが染み込んじゃってるわ……豆パン」

しかも鞄に後から後から押し込まれた荷物のせいで押しつぶされ、もはやぺちゃんこになってしまっている。
タバサは呪文を唱え、魔法でルイズの体についた匂いごと、大事なパンについたけしからん腐敗臭を取り去ってやる。
以前シエスタにもかけてやったことのあるこの呪文、発生する効果は『消臭』とはいえ、これでも風と水の系統を混ぜた立派なライン・スペルだ。
ルイズは彼女にありがとう、と言い、それをもそもそと食べはじめた。
「半分こ、する?」との問いに、いろいろあって食欲を奪われつつあるタバサは「しない」と答えた。

なので、ルイズは竜騎士のお兄さんと、ここ最近の彼女のお気に入りを半分こ。
「美味しいでしょう」との問いに、彼は微妙な表情で「そうだな」と答える。どうやら、香りが消えてしまったせいで、味気ないパンになってしまったようだ。

かくして、星空の下の四人は休憩を終え、ふたたび進軍を開始する。

<スタミナ・ポーション>を飲んで―――

走って、走って、走って……風の吹かないこの場所で、一陣のつむじ風のように。

白髪の少女の左手に紐でくくられた『人形の首』が、腕を振って足を交互に踏み出すたびに、せわしなくぶらぶらと軽そうに揺れる。
階段を踏みはずしすねを打って悶絶し、足をもつれさせて転んでも、不思議な力場のおかげで、石の道から無限の星空へと落ちてしまうことはない。
飛来するゴーストと戦って、たまに出くわす山羊男の集団や『ヴァンパイア』と激戦をくりひろげる。

「レイズ・スケルトン(骸骨蘇生)!!」

かしゃり、かしゃり、かしゃり……

たちまちゼロのルイズは、自分の従えられる限りのスケルトン・ソルジャーたちを揃え、そばにいる人間たちの顔を真っ青にしてゆく。
スマートな山羊の骨格が、かちゃかちゃと渇いた音を鳴らし、神竜トラグールより授けられた恵みの盾と、白い刃の剣や戦鎌をかまえる。
続いて三体のスケルタル・メイジが、両腕の先にいびつな魔力を湛え、戦線に加わった。

現時点で最高の戦力をそろえ、生者と死者の行軍は、先ほどまでと比べ物にならないほどに加速してゆく。

白い炎をたたえる骨の精霊が光る―――進路オールグリーン、GO、GO、GO……

走れ、走れ、走れ、階段をのぼれ、進め、前へ前へ前へ……はるか遠くを流れてゆくいちめんの星ぼしを、追い越さんばかりに。

どうやら、ここは<サモナー>の拠点のひとつらしい。あの男がいったいどこで、失われし<ホラゾン>の悪魔使役のワザを手にいれたのかについて、ルイズは納得がいった。
彼はやはり、この場所からタルブへと、あらかじめ召喚しストックしておいた山羊男とヴァンパイアとを、ぞろぞろと送り出したのだろう。
村での戦闘であれだけの数を倒されたというのに、聖域内部には、まだまだたくさんの魔物たちがひしめいているようだった。

あのタルブ上空にいた<鬼火>たちのほうは幸いなことに、ここには生息しておらず、対空戦用にワンオフで呼び出されたものだったようだ……
一同は安堵する……速度の出せる竜に乗らず、徒歩であれらと戦うのは、自殺行為としか言いようがないからだ。

「そこは邪魔よ、どきなさい! ―――『TERROR』!!」

そして、いまのルイズたちに、ぜんぶの敵へと構っている余裕はない。
『恐怖』の呪いが、たくましい炎のゴーレムの拳が、ケタケタ笑うスケルトンの突撃が、行く手をふさぐものを容赦なくなぎ倒し、掻き分け、蹴散らし、また走って、走って、走って……

<ヒーリング・ポーション>、および<マナ・ポーション>を飲み下し―――

先陣を切って一行の先を照らすのは、ファイア・ゴーレム。上空を飛び回り、哨戒するのはゼロの人魂『ボーン・スピリット』。
歩幅と呼吸のリズムを合わせ、死者の軍団の主ルイズ・フランソワーズと、雪風のタバサはせっせと走る。
おどろおどろしい七体のスケルトン・ソルジャーがカタカタと、前に後ろに広がって、人間たちを守っている。彼ら骨の軍団は、異様なほどに足がはやい。
青ざめた顔の剣士アニエス、彼女に背負われたデルフリンガー、そして竜騎士の男性、スケルタル・メイジたちが続く。

「なあ、これが……その、<伝説の虚無>……なのかね?」

このたび『流され体質』を痛いほどに自覚したらしい若い竜騎士が、ルイズへとそう訊ねてきた。

「えっ? ……いいえ、残念ながら<虚無>ではないの」

せっかくの枢機卿の方便を知らぬルイズは、そう言って首を振った。
さっきまでの彼女は、喉から手が出るほどに<虚無>の覚醒を欲していたものだ。
頬を赤く染めた白髪の少女は、額の汗をぬぐって、水筒の水をごくりと飲み込んで、にやりと自慢げに笑った。

「でも、勇敢なるこの子たちはみんな、死んでも私のことを守ってくれる、自慢の戦士なの!! この世界中、どこを探しても見つからないほどの、最高の軍団よ!!」

沢山の頼もしいガイコツに囲まれてご機嫌な寂しんぼの少女は、なかなか覚醒してくれない<虚無>のことについては、もう半ばどうでもよくなりつつあるようだ。
竜騎士の彼は、「じゃあ結局何なのだ?」と問い返すことは出来なかった。視線をむけられたアニエスも疲れたように首をふるだけで、言葉を出せない。

「……『ゼロの死霊騎士団』」

ぽつりと、タバサは思わず呟いていた。それは以前、彼女の悪夢のなかに出てきたネーミングだった。
耳ざとく聞き取ったルイズは、満面の笑顔になって、「なんかいいわね、そういうの!」と言った。
アニエスのほうへと振り向いて、「どうかしら? 素敵なアイデアだと思うけど、いちおう団員みんなにも賛否を募っておきましょう、他のアイデアはない?」
「待て、私も団員なのか!?」とアニエスは慌てるほかない。

「おいミス・ヴァリエール、私はいますぐ骨格を出さなければならんのか!?」

弱りきったタバサはふるふると震え、ルイズはにやにやと「すっぱだかになるよりは骨になるほうが、ずっと恥ずかしくないでしょう」と救いようの無いことを言った。
状況はすさまじい混沌の様相を呈し、竜騎士のお兄さんはひとり取り残されたように、あんぐりと口を開けるほかない。

「まあ、何と言うか、人生を諦めろ……それが唯一のコツだぜ」

デルフリンガーが真理のようなものを語った。




さて―――


四人は、これから行く先たどり着いた先で、またしても数々の、驚くべき光景を見ることになる。







//// 26-2:【召喚術師(Quest From Diablo2:The Summoner:Act2 Q5)】

魔物の死体が、ルイズたちの行く手、聖域内部のそこかしこに落ちていた。
ファイア・ゴーレムが歩くたびに、足元にちらばるそれらを焦がしてしまい、じゅうじゅうと音をたててゆく。
山羊や『ヴァンパイア』のものではない、黒い大きな猿のような、見慣れぬものも混じっている。これら死体は、彼女たちの倒したものではない。

「戦闘のあとだわ……騎士さまが、ここを通ったのかしら?」
「これはあの黒い騎士の振るうような、剣の傷ではないな……あきらかに、魔法による殺傷だ」と、竜騎士隊のメイジ。

道を進むにつれ、彼、そしてルイズ、アニエス、タバサの表情は、しだいにこわばってゆく。
無理もない。あまりに予想外のものを見たからだ。

「ここで何があった? いや、……この先でいったい、何が起きている?」

首にかけたタオルで汗をぬぐい、アニエスはかすれた声で言った。
彼女らの視線の先には、死体……それも人間のメイジの死体が、いくつも、いくつも。
魔物の死体のかたまりのなかに、ときおり落ちているそれらは、すこし前に魔物との戦闘でやられたものらしい。
走ったせいで乱れた息を落ち着かせようとすると、むせ返るような、血の匂い。

遺体の服装には、統一感がある。彼らはいったい、どこから来たのだろうか、いつ来たのだろうか。
ひと目みて、一同はおおよそのことを理解することができた。
なお、死者の世界を見通すルイズの焦点のあわぬ目には、おどろくべき光景が映っている。

「この人たち……」
「……」

ルイズは、雪風のタバサへと不安げな視線を向けた。
それら死体となった人間たちと同じ服装の霊魂たちが、たくさんたくさん、一行の周囲にうすぼんやりと漂っている。
その亡霊たちは、この雪風の少女にたいし、そして彼女の背後にいつもついているひとりの青髪の亡霊にたいし、いっせいに杖を胸に抱き、かた膝をついたのだ。
つゆ知らぬタバサは頷いた。

「ガリアの騎士団」

そして、息をととのえつつ、続ける。

「聖域へと侵入してきている……おそらく、あの魔道士を確実に討つための作戦が、あらかじめ下準備されていた」

ルイズはうつろな目で、前を向いた。
おかしいと思っていたのだ―――どうして、魔道士のやってくるタルブ村に、どんぴしゃのタイミングでラックダナンたちが現れたのだろうか。
どうしてあの青衣の魔道士が、『姫のさらわれたこと』を知っていたのか。

(……この方たちに起きてもらって、事情を教えていただくのは……ちょっと無理そうね、タイムオーバーみたいだし、状態がこれじゃあ)

黒い騎士は、あの男について、『わが国にとっての宿敵だ』と言っていた。

ということは、つまり……

きっと、アルビオンによるトリステイン侵攻戦そのものが、ガリアが<サモナー>を討つため、そして、この『秘密の聖域』を占拠するために、利用されていたのだ。
戦争はエサで、<サモナー>はあの場へとおびきだされたのだろう。
トリステインの被害など、……シエスタのことなど知らず、考えることもなく。
この世界で、国同士の関係ほどに、人のこころの優先順位があとのほうへと回されてしまうものは、ないのかもしれない。
ゼロのルイズは星の光さえ吸い込むような、完全にツヤの消えた目でつぶやく。

「……急ぎましょう」

仲間の三人は頷き、その前に……と、いったん<ポータル>を開いた。あくまで急がばまわれ、のノリである。
決戦の場は近いようだ。これが最後の補給の機会となることだろう。
みなが困惑と、複雑な気持ちを抱えていた。

あの男を倒す。
『リヴァイヴ』であの男の遺体を従えて、赤い<ポータル>を開かせて、アルビオン大陸へと乗り込む。
姫さまを助けだして、国に帰る。

本当に、そんなこと出来るのだろうか。可能だとしても、どう考えても、無謀きわまりないとしか形容しようのない、苦難の道のりである。
これから行く先に、何が待っているのだろうか。どれほど絶望的な戦いが待っているのだろうか。
そのあと、大好きなみんなは、トリステインという国は、どうなるのだろうか。

はなればなれに、なってしまうのだろうか。

解らない―――それでも、ここで前へ進むことを諦めてはならない、ぜったいに止めてはならない。
不死の軍団(Undead Minion)にとって、それを従える主にとって、死は真の恐怖を与えるものではない。
彼女たちにとって、絶望に囚われること……それだけが真におそるべき、魂の死へと至る病なのかもしれない。

<虚無>いまだ覚醒せず。

ゼロのルイズは、これだけ揃えたガイコツ軍団を、ぞろぞろと白昼の学園へと連れてゆくことに問題があるので、この場で竜騎士の彼と一緒に二人の帰りを待つという。
青いポータルの奥へ消えてゆく、頼りになる人間アニエスへ、そしてタバサへと、帰れない彼は寂しそうな視線を向けていた。
不気味極まる死者の軍団にかこまれて、残された二人はファイア・ゴーレムで冷えてきた体をぽかぽかと暖めながら、会話をつづける。

「……えっ、何だって!? ミス・アニエスはメイジでも貴族でもないのか」
「実はそうなの……ミスタ、もしかしてあなたは、彼女に惚れてしまわれたの?」
「いや、そういう訳ではない……、綺麗な方だとは思うのだがな……ともかく、彼女の剣から炎が出ていたから、てっきりおれと同じ火のメイジかと思っていたのだよ」
「なあんだ、はあ……それで、ミスタには婚約者などはいらっしゃるのですか? 戦いを終えて帰ったら結婚するご予定とかは、ありませんか?」
「そんな予定は無いぞ、婚約者も居ない」

ひどく寂しそうに語る彼。
ルイズは思う……婚約者は居ないって、うそ、あなたの背中にずっと憑いて居ります。心配そうに見守ってくれてる……ああ、そういうことだったのね、と。
人に歴史あり、といったところだろう。

「……そっか」
「? ……おい、何を残念そうに……いや待て、もし結婚の予定があったら、おれはどうなるというのだ!?」
「ウフフフ……どうなるかしら?」

―――ああ、いったいどうなってしまうのか!

『幽霊屋敷』の裏庭で待っていたジャン・コルベールは、タバサとアニエスに「どうかくれぐれも気をつけてくれ」と言った。
リュリュ嬢もまた、彼女たちの手を取って、「かならず無事に帰ってきてください」と言った。
モグラのヴェルダンデも、喉を鳴らして見送ってくれた。

(キュルケ、間に合わなかったわね……)

ゼロのルイズは急ぐほかない。
あまりに死体の損壊が大きすぎたり、新鮮さが損なわれたりすると、『リヴァイヴ(Revive)』の行使が不可能となってしまう。
あの男が生きたまま捕らえられ、連れてゆかれたりすると、もう二度と出会えるチャンスは無いかもしれない。
軍事大国ガリアが、あの男を何らかの方法で従え、その力を思うがままに振るうようになったら……

「取ってきた」
「あっ、ありがとう……うふふ、これ、前から試してみたかったの! こういうのがあれば、きっと気分が違うわよ!」

タバサがルイズへと手渡したのは、なんと楽器……一本の軍用ラッパだった。
ルイズはそれを、「さあ進軍の合図をお願い、景気よく吹いてちょうだい!」と、いちばん近くにいた自分の手下、一体のゴート・スケルトンへと手渡した。

かくん―――

たちまち山羊の骸骨の、アゴの骨が文字通りに落ち、石畳にからんからんと音を立てて転がった。
その場の全員が沈黙する。

「あら」

ルイズは目を丸くして……やがて気づいたらしく、たちまち真っ赤になった。

「……っと、やあだ、そ、そうよねえ、あはははは……ゴメン」

肺を置いてきてしまったスケルトン君には、ラッパを吹くなど到底不可能な仕事なのである。
山羊スケルトンは、かがんで自分のあごの骨をひろいあげ、かぽっ、とはめ込んだ。
少女の白いアタマを骨もむきだしの手でぽんぽん、と叩いたあと、不気味にカタカタ……と笑い、戦列へと戻っていった。

「ねえ、代わりに誰か、……これ吹ける人、いる? 手えあげてー」

誰も手をあげなかったので、仕方なくルイズは、自分で吹こうと頑張ってみた。

ぷすー、ぷすー……ぷすー……

「……さあ行きましょう、こんなことしてる暇ないわ!!」




かくして―――

いちめんの星空のなかを、彼女たちは必死に走ってゆく。
ボーン・スピリットがくるくると回転する。進路グリーン、GO……GO……GO……前へ前へ前へ!

みなが全身汗だくで、心臓は破裂しそうなほどに高鳴っている。ふくらはぎ、ひざの裏、ふとももがぱんぱんに張って、ちぎれそうなほどに痛い。
ついでに食事を取ったせいで、わき腹も痛みだしてくる。
行く手のあらかたの魔物が掃討されていたこと、聖域内部の気温の低いことが、彼女たちの進軍にとっての救いとなっていた。

他とはあきらかに、雰囲気のことなる、少々の広さのある場所―――たどりついた先で、ソレを見た。

高台を見上げると、そこは人間たちと魔物たちとの戦場。
満身創痍ながら、瞳に闘志をやどし、魔物たちの群れを打ち倒してゆく、魔法大国ガリアのメイジの一団だった。

「『グラシアル・スパイク(氷河の破片)』―――」

<サモナー>が彼らへと、金色の杖を振る。
放たれた凶悪な対集団戦用の氷結呪文を、構えた巨大な盾ではじき、青い衣の魔道士へと突撃するのは、黒い甲冑の騎士ラックダナン。



そして、金色の杖をはじかれ、<マナ・シールド>を破られ、テレポート後の体勢をくずした浅黒い肌の男へと、とうとう止めを刺したのは―――

「……おお、ここまでか」

かすかなつぶやきが宙にとぎれる。
魔道士の前に立つ大いなる絶望の化身、頑丈そうな牙をむきだし、丸太のように太い腕で、するどいつめをふりかざし―――ソレは、金にちかい茶色の毛並みも美しい……



『熊』だった。







//// 26-3:【- THE B E A S T -】

ゼロのルイズの足元の石畳へと、金色の角のような飾りのついたへんてこな帽子が飛んできて、ごろりごろんと転がった。

彼女の当初の『お望みどおり』に、その帽子を地面に叩きつけてさんざんに踏んづけてやる……なんてことは、できなかった。
中身が入っていたからだ。

ネクロマンサーにとって、基本的に遺体というものは、恨みをぶつける対象にはならない。

ドクロの兜と白い髪の少女は、肩で息をしつつ、生々しい重さのそれを震える手でそっと拾いあげて、着替えたばかりの服のよごれてしまうのも気にせずに、やさしく胸に抱きしめた。


戦闘中のガリアのメイジの一団が『すわ新たな敵の出現か』とばかりに慌てて、恐ろしいスケルトン軍団にむけて杖をかまえ……
ルイズのとなりに立つ少女、雪風のタバサの姿を見るなり、全員が驚愕の表情になった。

得体の知れぬ金色の大柄の獣(The Beast)が、そして黒い騎士ラックダナンが、彼らガリアのメイジたちの動揺を制した。
魔物や<サモナー>の血に毛皮を染めた巨躯の彼は、どう見ても熊のよう―――いや、まさに熊というほかない。
ただ、二本足で立ち人語を解していたり、足元に怪しい橙色の光の靄(もや)がかかっていることを除いて……

スケルトン・ソルジャーたちは剣や戦鎌の刃を床にむけ、盾の裏にざあっ―――とそろえて一礼した。
それは、ガリア側と戦う意思のないことを示す行為である。
ガリア騎士たちは驚きと戸惑いに満ちた、それでも少しだけ安堵の表情をした……どうやら彼らも今まで必死に戦ってきていたらしい、これ以上の敵の増援など勘弁、といったところだろう。

直後、白い骨たちはぱあっ―――と、いっせいに花が咲くように散開して、いままさにガリア騎士団の側面や背後へと襲い掛かかろうとしていた、赤い山羊男や黒猿の魔物の群れへと切りかかってゆく。
うつろな目でじっと金の獣を見つめつづけている、ルイズ・フランソワーズ。
その胸にかかえた荷物から、赤い液体がじわじわと流れ出し、魔法学院のスカートと白いふとももを汚してゆく―――

無数の星たちは、さきほどと変わらずに悠然と流れ続けてゆく―――

魔物たちとの戦闘の続く中、騎士ラックダナンをしたがえ、大きなクマ男はゆったりとルイズたちへと歩み寄ってくる。のし、のし、のし……
その不気味な獣の青い目から放たれる視線は、白髪の少女ではなく……となりにいる少女、雪風のタバサへと固定されている。

トリステインの四人へと迫り来る金色の熊男は、言葉では表せないほどに壮絶な、思わず跪いて命乞いを始めてしまいたくなるほどの、威圧感を放っていた。

ボーン・スピリット、たくましいファイアー・ゴーレム、スケルタル・メイジ三体が、ルイズたちを守っている。
竜騎士の男性と、デルフリンガーを手にした剣士アニエスは、足も震えのどもからからに、それでも少女二人を守ってやるために、神経も擦り切れそうなほどに油断なく気を張っていた。
見上げた先の高台はかつての<ホラゾン>の研究施設らしく、不思議な蛍光色の魔法オブジェクトがいくつも、辺りの柱の間をくるくると音もたてずに回転している。

人間熊(Werebear)の足元には、赤みがかったオレンジ色の光、オーラの靄が展開されており、周囲のガリアの騎士たちの体を包みこんでいる。
ルイズの使役するスケルトンたちへと近づくと、どうしてか死霊軍団の足元にまで、光の靄が移っていった。
たちまちガイコツたちの体に、信じられないほどの力が溢れてきたことが、ルイズには解った。スケルトン軍の敵殲滅速度が、桁違いに上がったのだ。

<狂信(Fanaticism)>のオーラ―――
おもにザカラム聖騎士の身にまとうそれは、一定圏内の味方の攻撃力と攻撃命中率、攻撃速度をほとんど倍近くに強化してくれるのだという。

その獣の背丈は、タバサ二人分ほど……ゆうに三メイル以上はあろうかというほどだ。
小さなタバサは、体中をかすかに震わせながら、もはや星空も映すことのない、輝きを失ってゆく青い瞳で、近づいてくるその巨躯を見上げていた。

金色の熊男は、なにやら立て看板のようなものを取り出して、獣毛に覆われ長い爪の生えた手でちょこんと白墨をつまみ、器用にすらすらと文字を書いて、彼女へと見せる。
そこには、ひどくへたくそな文字で、こう書かれていた―――

『ひさしいな、わがめいごよ。あたえたにんむは、いかに』








//// 26-4:【花は何処へいった】

ガリア北花壇騎士(シュヴァリエ)七号、雪風のタバサの心臓はばくばくばくと跳ね、ひゅう、ひゅう、ひゅう、と喉が鳴る。

どうして?
どうして熊?
この金の毛の、人間のように二足歩行する、異形の猛獣が?
あの異様な威圧感をはなつ、足元のオレンジの光のもやは、なんだろう?

人間が、熊に変身している?
どうやって?
わけがわからない。
『無能』という評判の、あの男が?
何のために、こんなところに、こんな姿で?

全身に脂汗がにじむ。
必死に走って決戦の場へと到着したはずが、最大の敵はすでに倒されてしまっていた。
そしてそこには、自分たちにとって、もっとやばい第三者が居たのだ。
目の前にいる、どことなく普通の人間であったときの面影をたたえた、金色の毛皮を返り血に染めた大柄の熊男こそが……

大切な友人を拉致せよとの任務を与えた男。
父さまを毒矢で暗殺した男。
母さまの心を壊した男。
かつて父と母、そして父の友人たちみんなの復讐を誓った、どれだけ憎んでも憎みたりない仇、最悪の敵。
王女になりそこねた青髪の少女、シャルロット・エレーヌ・オルレアンの叔父、亡き父の兄。

以前に見たときとどれだけ姿かたちを変えていても、この獣の漂わせている雰囲気は、まちがいない。
ほかでもない国のトップ、この男がみずから、ガリア騎士団聖域侵攻軍の陣頭指揮を取っていたのだ。

タバサは、牙をむき出して恐ろしい笑みをつくる猛獣の、青い目を見つめる。
その顔いちめんに生えている太い茶色の毛の一部に、タバサは自分の髪の毛とおなじ青いもののまじっていることに、気づいた。

間違いない―――ガリア国王、ジョゼフ。

熊男は、ごしごしと看板の文字を消した。
ふたたびかりかりと白墨が走り、文字を書かれ、突き出されたそれには……

『にんむは、どうなった。まだなら、いますぐにとりかかれ』



かくして―――



雪風のタバサは、このときよりゼロのルイズの敵にまわることになる。


……

サンクチュアリ世界にて、北方のアリート山の秘宝を守護する一族『バーバリアン』。
偉大なるバル=カソス王の子孫であることを誇り、けわしい雪山に住まう彼らには、ルーツを同じくしつつも大昔に別れた、兄弟のような氏族がある。
その氏族は、山を降りて北方の森に居住し、大自然の精霊をあがめ尊び、独特のシャーマニズムを発展させてきたという。

その氏族の司祭『ドルイド』は、『バーバリアン』のように、強力な武器の技を使うことはない。
その代わりに大自然の力を借りる彼らは、炎や風や氷の精霊魔術と、カラスや熊や狼の精霊を従える召喚術と、みずからの姿かたちを変化させる術(Shape Shifting)を自在に操るのだという。

その変化術は、『人狼変化(Werewolf)』と、『人熊変化(Werebear)』の、二つの系統にわかれている。
オオカミ男へと変化したものは、すばやい動きで敵を八つ裂きにする。
いっぽうクマ男へと変化したものは、頑丈な体と筋力で、立ちはだかる敵をこなみじんに叩き潰すのだという。

本来、彼ら精霊信仰の修行をおさめたドルイド司祭にしか扱えない、『人熊』への変化術である……
ただし例外的に、一般人が使うための、たったひとつの方法(O-Skill)がある。
超級『ルーン石』によるルーンワード―――『RW Beast』を装備した強者だけが、特別な修行をしなくとも、その神秘の技を使うことを許されるのだという。

本来あるべき精霊信仰の不足を補うために、周囲のものを巻き込むほどに強烈な、おそるべき心の力<狂信(ファナティシズム)オーラ>を展開しつつ……

……

……

―――……

「チェス、ですか」
「ええ、一局お相手ねがえましたら」

浮遊大陸のハヴィランド宮殿にて、ガリア王女イザベラは、囚われのトリステイン王女アンリエッタを遊戯に誘っていた。
基本的に、することのない二人である。二人して盤上へと、水晶で作られた精巧な将棋の駒をならべてゆく。
そしてガリア王女は、自然な話の流れを装い、勝負を盛り上げるためになにか賭けをしてみないか、という提案をする。
わたくしは身一つでここにきました、ろくに賭けることのできるものもありませんが……と前置きをし、おずおずと、トリステイン王女の提案は、こうだ。

「そうですね……わたくしが勝ちましたら……どうか、ただちに国へと帰してください」
「いえ、申し訳ありませんが、私はただの客分……そのようなことをできる立場の者では、ないのです」

断られたアンリエッタは、ひどく残念そうに体を震わせている。

「では、わたくしが勝ちましたら、わたくしの命と心と身の安全を、保証してください……お願いいたします」
「いいえ、それは意味のないことでしょう」
「……ああ、どうしてなのです? ひどいではないですか。あなたはわたしのお友達になってくださると、言ったではありませんか」

イザベラ王女は、このお姫さま本気で言ってる……というわけでもなさそうだなあ、どっちだろうなあ、と怪訝に思う。

「残念ながら、……よいですか、このアルビオン帝国にとって客人たる私に、あなたの安全を保証できるような力というものは、なにひとつないのですよ」
「それでも……クロムウェル皇帝陛下に、働きかけていただくくらいは」
「ですが……では、もし、私が勝った場合に……あなたが国に帰らないということを、あなたに誓わせたと仮定しましょう……」

本当に帰してしまう勝負を受けるような馬鹿はいない。そこは互いに解りきっていることだろう。
青髪の王女は、ここは遊んでやろうかという気持ちでおり、予定していた本題へと、しだいに繋げてゆく。

「そして万が一ここに、本当に誰かがあなたを連れ出しに来たときに……あなたは当初の誓いの通り本当に逃げない、と約束できますか? 出来ません、それと同じようなことでしょう」

自分の見定めたとおりの食えない女なら、どういう反応を帰すのだろうかと、ほんの少し期待しながら、「しかし、そうですね……」と続ける。

「もし、『負けたらここで今すぐ死ぬ。勝ったら今すぐ国へと帰ることができる』……そんな勝負ができるとするならば、あなたはお乗りになりますか?」
「……えっ」

さあ、乗ってくるのだろうか……ガリア王女は、いじわるそうな微笑みをうかべつつ、そんな問いをなげかけた。
トリステインの王女がどんな人間であるのか、大きな興味があったのだ。
この提案は、危険をともなう美味しい話にみえて、大きなワナでもある。

「あなたが命をかけてでも国に帰りたいというのであれば、……私も、そこまでの覚悟を伴った願いを、無碍にはできませんから」

ここに居る限り、アンリエッタの身の安全に一切の保証はありえない。どうせ死なせてしまっても、こちらには『アンドバリの指輪』があるのだ……
『王子のときのように蘇生失敗する可能性』のある以上、死なせない、使わないにこしたことはないが。
たとえ命をかけてでも、勝負にいどんで勝利すれば命と自由を得ることができる……となると。

そのわずかな可能性を与えられるだけで、囚われの姫という立場においては、どれほど恵まれていることだろうか……
この勝負には確かに『命を賭ける価値』がある―――トリステインの姫君はそんな風に考えて、乗ってくるのだろうか、それとも……
目をやると、アンリエッタは口をわなわなとさせていた。

「わ、わたしは……死にたく、ありません……」

返ってきたのは、命乞いだった。イザベラは目を細め、長いまつげを伏せる。

「そうでしょう、そうでしょう……なにも恥ずかしがることはありません、ひとは誰も、死を恐れるものですから」

『正解』、だった。
本当に勝ったときに、約束どおり帰してもらえるという保証もないのに、そのような勝負は受けられるはずもない。
事実、互いに一切の信用のない状況で、約束の話はありえない。トリステインの王女は、どうやら気づいていたようである。
そんな成立していない賭けなどを受けたら、アンリエッタの負けたときに死んでしまうことだけが、確かなこととなってしまうだけだ。
青髪のガリア王女は、ばれたか、と少し冷や汗をながし、頬を掻いた。

「失礼いたしました……では、お互いに大きな利害もない、出来る範囲の、どうでもいいものを賭けることにいたしましょう」

アンリエッタは同意した……とはいえ彼女の今の持ち物は、からだ一つである。
イザベラ王女とクロムウェルの気まぐれやアルビオン議会の意向ひとつで、殺されても全身ぺろぺろされても抵抗しようのない立場にいるのだ。

命乞いをしたりアホ丸出しだったり、要所で変にするどかったり……アンリエッタの態度はころころと変わって、解りにくいものだった。
まるで父王ジョゼフを見ているようだ、とガリアの王女は思う。このつかみどころのなさは、彼に似ている。
自分の父親ながら、王宮にてアホかと思うほどに多い潜在敵にかこまれつつ、よくもまあ傾いた国をあれだけ動かしてゆけるものだと、呆れてしまうほどのやり手である。

そして、ひょっとすると今のトリステイン王女は、自分の国が勝利して、誰かが救助に来るということを、ほんの一片たりとも疑っていないのかもしれない。

「わたくしの賭けぶちにできるものは、この服だけですから……では、仕方ありませんね、負けたときには、これを脱ぐことにいたしましょう」
「……まあ、それであなたが良いのなら……では、あなたが勝った場合に、何をお望みになりますか?」

そう問われ、アンリエッタ王女は、答える―――

「杖をお返し下さいまし。わたくしも、メイジですから……あれが手元にないと、不安でたまりません」
「それは、ちょっと……」
「わたくしから取っていった、風のルビーをお返しください」
「……それも、私の力でお返しできるものではありません」
「でしたらせめて、ウェールズ殿下の誇りの象徴……彼の杖を、わたくしの手元に置いてくださいまし……ときどきでよいのです、どうか、あの方の形見を」

メイジは、それなりに長い時間をかけて杖と契約しなければ、その杖を使うことができない。他人の杖ならなおさらだ。
なるほど、動かない死者の杖ほど、どうでもよいものはないだろう。囚われの立場にて心の平穏をたもつための、愛した人の形見として、これ以上最適のものもないだろう。ほんの少しだけ違和感をおぼえ、イザベラ王女は首をひねりつつも、その賭け勝負を受けることになる。

しばらく、チェスの駒を動かす音だけが、静寂の部屋にひびく。

黙りこくって真剣な表情で、水晶の駒を動かすアンリエッタ・ド・トリステイン以外の、だれひとり想像もしていないことではあるが……
王家のもの、それも従兄妹同士の間では、ぶっつけ本番で合体魔法を撃ててしまうほどに、『魔力のパターンが似通っている』のだという。
アンリエッタ王女の指すそれは―――いずれ、この絶望きわまりない状況から、自分の自由とトリステイン王国の逆転勝利へと繋げてゆかんとする、魂をこめた一手なのだった。


―――……

……

星空の聖域において、雪風のタバサは考える。

この場でわたしが逆らったら、どうなるのだろう……

必ずや、凄惨な戦闘になることだろう。
ネクロ・スケルトン軍団は、いまのところ最大の戦力をそろえている。
ここでガリア国王を殺害してしまえたら、自分自身の復讐心を、どれだけ満たしてくれることだろうか。

しかし、国王を守るためなら、あの黒い甲冑の騎士は、必ずや本気をだすことだろう。
ルイズが殺されてしまうことはないだろうが、他の二人は解らないし、アルビオンへ行くという目的は果たされなくなってしまう。

トリステインの一同は、もしこの場における戦いを無事切り抜けることができても、まだまだ先にやるべきことが控えている。
消耗は出来る限り控えなくてはならないだろうし……この場の命の保証もできない。
花壇騎士の数も多い。
相手の力は未知数だ。
とくに国王ジョゼフ本人、この巨躯の熊男のまとう異様なまでの迫力と威圧感は、計り知れない。

ならば……

雪風のタバサは、ここでお別れだ。
状況はもはや詰んでおり、大切な友人ゼロのルイズの、敵にまわらなくてはならない。
王女のこと、トリステイン王国の現状についてのここから先は、ルイズの当初の策と実力に賭けるほかない。

タバサは目を閉じた。本来信仰心のうすい彼女に、真に祈るべき神はいない。

ただ、以前『水の精霊』へと祈りを捧げ、久遠の時の果てへと残さんばかりに聞き届けられた、ひとつの誓い……ただそれだけが、今の彼女を支えている。

…………

……

……

星空のひろがる<秘密の聖域>……ガリア騎士団とトリステインの探索チームの、どちらにとっても想定外の出会いの場である。
双方にとっての本来の『敵』の打倒が終わってしまい、『ゼロ和的状況』は、もうおしまいだ。
現在の状況は、一触即発の緊張と―――そして、この場の誰一人予想もしえなかったほどの、混沌の様相を呈していた。

「ちょっと、この人のことお願い」
「!? な……」

ルイズ・フランソワーズは、大事そうに手に抱えていた、中身のつまった『ヘンな形の帽子』を、隣にたつアニエスへと手渡した。
真っ青なアニエスはおっとっと、と慌てつつも落とさないように、ちょっと重たいそれをしっかりと受け取った。
トリステイン竜騎士の男性は動けず、タバサは目を閉じている。

白髪の少女はマントで手袋のよごれをごしごしとぬぐい、鞄をひらいて、中をあさった。
そして取り出したのは―――誰もが呆気に取られるほどに、予想外きわまる品なのであった。

『黒い皮製の首輪』―――おもに猛獣をしつけるために使われる、マジックアイテムである。

ああ、どうしてこんなところに、そんなものを持ってきていたのだろう! ……ひそひそ、ざわざわ、と見守るガリア花壇騎士たちの困惑のささやき声が満ちる。
誰一人、その真意を推し量ることもできない。
ひょっとするとこの少女、自分で蘇らせた死体にこれをとりつけて、ペットのように可愛がってやるつもりだったのかもしれない。

ここら一帯の魔物掃討が完了したらしく、スケルトン・ソルジャーたちがぞろぞろと戻ってきて、ルイズの背後にて待機の姿勢をとった。
戦闘を終えたガリアのメイジたちは、いまだこちらへの警戒の姿勢を解いておらず、険しい顔をしている。
金色の熊男も含め、この場にいる誰もが、この目も虚ろな少女の、次に何がくるか予想もつかぬ一挙一動を、ただ見ているほかなかった。

「ん……」

ふたたび、一同唖然とする。無理もない。
トリステイン貴族の少女ルイズ・フランソワーズは、あろうことか、その動物用の首輪を、ぱちり―――と自分の首に取り付けたのである。
このときようやく目を開いた雪風のタバサが……ルイズへと、言葉をかける。

「杖」
「はい、預けておくわ」

ドクロの少女は、緑色の宝石のはまった大切な杖を、青髪の友人へと渡した。
メイジがこのような行動をとるのは、一般的に降参のしるしである。緊張しつつ見守っていたガリアの騎士たちから、ちらほらと安堵のため息が聞こえた。

「こっちのガーゴイル干し首は?」
「いらない」

ひどく怪しいものを手渡されそうになり、友人はふるふると首を振る。そして、ルイズはふたたび鞄をあさり、一本の銀色の鎖を取り出した。
自分の白く細い首にはまった、ごつい皮の首輪へとその片一方を取り付けて、「はい、どうぞ」と……反対側のはしっこを、雪風の少女に手渡した。

「アニエスありがとう、もういいわ」
「あ、ああ……ほら」

剣士の女性は、慌てて預かりものの『帽子』を、白髪の少女へと返却した。アニエスは『中の人など、いなかったんだ』と心の中で自分に言い聞かせていた。
ルイズ・フランソワーズは受け取ったそれを抱きしめて、星空の道の真ん中で、にっこりと不気味に微笑んだ。

そしてタバサは……鎖で繋いだ白髪の少女を、じゃらじゃらと、仇敵の前へとひっぱってゆく。
ルイズはちょっぴり恥ずかしそうに頬を染め、散歩中の犬のように、とことことついてゆく……その手に『中身の入った帽子』を、あたかも大切なぬいぐるみであるかのように抱えたまま。
一方、めらめらと燃えるたくましい『ファイア・ゴーレム』が、むきむきと上腕を見せ付ける、いわゆる『ダブル・バイセップス』のポーズを取っていた。

目から力のぬけた竜騎士の彼は、どうしておれはこんなところにいるのだろう、おれはいったい何をやっているのだろう、と、ぼんやりと考えていた。
アニエスはこれまでにないほどの緊張で、泣きだしてしまいそうになっていた。
デルフリンガーは沈黙をたもち、ボーン・スピリットはゆらゆらと揺れ、スケルトンたちは微動だにしない。

やがて巨躯の熊男の、すぐ目の前へとたどりつき、少女をつなぐ鎖をにぎったガリア北花壇騎士、雪風のタバサは丁重に臣下の礼をして、相変わらずの無表情で―――


「任務完了」

音のあまり響かぬこの場所で、小さいながらも凛と透き通るような声で、そう宣言した。
誰にも文句は言わせない―――と、言わんばかりの、それはそれは毅然とした態度だったそうな。

「……このとおり、つれてまいりました」

金色の熊男は、後方にラックダナンをひかえさせ、無言のまま立っている。

『たいぎであった、さがってよい』

やがて、看板にそんな文字を書いた。
状況を見守っていたものたちからは、このとき青髪の少女の体より、突如どっと生気がぬけたように見えていたのだという。

貴族の杖を奪い、連行した。受け入れられ、目撃証人もいる……
これ以上は、この場で何が起ころうと……『拉致せよ』という命令しか受けていない、彼女の責任とはならないのだ。

かくして、タバサは唐突に勅命から解放され―――


「お招きいただきまして、光栄至極に存じます、ガリア国王陛下」

囚人の少女が両ひざをついて、頭を下げた。

「失礼ながら、私たちは、緊急を要する用事を遂行している最中なのです……差し出がましいお願いと存じますが……この場は私たちを解放くださるよう……」

角のついた白いドクロ兜、白い髪の毛、深淵の瞳、銀の鎖ののびる黒い首輪、服を血に染めて中身の入った帽子を抱きしめて、左手に魔法人形の頭部をぶらさげた、にんげんがたのいきもの。
この場に居る誰も彼もが、このときの光景―――いちめんに流れる星空の中で、大きな金色の野獣の前に平伏する奇怪な美少女の姿―――を、生涯忘れることはないだろう。


『よくきたな、おまえが、あらたなミューズか』

と、文字のかかれた看板が突き出された。

その看板には、『あらた』のところにかすかに『しぇひ』と三文字ぶん、訂正され消された文字の、白い名残りが浮かんでいた。


―――


やがて熊男は、光につつまれ……ひとりの美丈夫へと姿を変えた。精霊の力を借りた変身魔術を、解いたのだ。
ガリア国王ジョゼフ、友人タバサの父を殺し母を狂わせた宿敵。
背は高く、がっしりとした体躯。それだけでなく、全身の均整がとれている……はるか昔の英雄の彫刻か、肖像画から抜け出してきたかのような。
ぎらぎらした青い目に、うっすらと狂気にも似た光がやどっているようにも見える。すこしだけこけた頬に、青い髭が生えている。

片手には一本の斧―――あれが『RW Beast』……たぶんルイズの前代の<ミョズニトニルン>によって作られたもの。

当初は熊になっているから喋っていないのかと思ったが、なにか問題があって喋れないのだろうか、人間になっても沈黙を保っている。
無言が怖い。
<ファナティシズム>は相変わらず、橙色の靄のような光を展開している。

会った瞬間にすぐ解った。おへその下がむずむずと、せわしなく反応している。
―――この男は、ラズマの聖職者たちが敵視する類の、『生命をゲームの駒のように扱う』タイプの人間だ。
憎悪の色に身を染めた亡霊たちが、たくさんたくさん取り憑いている。

だが、彼の所業はいまのところ、広い宇宙的な視点からみると、「よくある」といえる程度には留まっているようにもみえる。
<存在の偉大なる輪>のバランスに混沌が足りなくなったとき、この男のような『人でなし』が、その一端を担うのだ。

彼は看板に『ついてこい』とだけ書いた。

むかしは多弁な人物だった、と噂に聞いていた。
こんなふうに問答が簡潔なのは、筆談に手間がかかるせいだろうか。

彼はタバサから受け取った、ルイズの首輪をつなぐ銀の鎖のはしっこを、さも当然であるかのように疑問もみせず手にとって、くいくい、と引っ張って促した。

売られてゆく子牛のような気分で、とぼとぼと連行されてゆきつつも、ルイズは思う。

どうして彼は、いきなり『ルイズを拉致せよ』との任務を、タバサに与えたのだろう?
―――きっと、そうする必要があったからだ。
ルイズの身につけた知識や技術に、ルイズの持てるアイテムに、なにか彼にとって緊急に必要な何かが、あったのだろう。

何か仕事をさせられたら、そのままヴェルサルティル宮殿かどこかに連れてゆかれ、二度と帰してもらえないのだろう。

ガリアにどんな事情があるにせよ、今のルイズの知ったことではない。
平和的に話し合いで解決できるだろうか?
この男に貸しを作ったら、返してくれるのだろうか?

なにひとつ、解らないことばかりだ。

ああ、トリステイン王国に残された時間は?

あとで再び会う約束をしてもいい、この場だけは……逃げなくてはならない。
すべての準備は整った。


射程に入った。
ルイズ・フランソワーズは、小さな胸にぎゅっと抱きしめたその人へと、穏やかに語りかける。

―――起きて。

―――どうか起きてください。

宇宙の奇跡を与えます、ラズマの戦場の儀式に、参加してくださいまし。

(お願いします、三分間だけ、私の味方になってください)

協力への対価は、いまいちどの生の喜び、魂の浄化、邪悪からの魂の守護―――そして彼の望んだ、『ルイズと共に歩むこと』。

(そのあとは、あなたがもういちど大いなる宇宙の運命の流れへと回帰できるように、始祖ラズマの御名において取り計らうことを、約束いたします……)

この名も知らぬ彼の魂を捧げた悪魔が、彼を永劫の責め苦にとらえ、真の地獄へと引き込まないように……

往々にして、魔道の探求者というものは、孤独な存在なのだという。
孤独はときに人の心を弱くし、弱い心は魔につけこまれやすい。

何世紀も昔のヴィジュズレイ魔道士、鮮血の将軍と呼ばれる<バータック>が、そのもっともたる例である。
彼は数え切れないほどの悪魔を殺し、捕らえて実験台にし、いつしか狂気にとらわれ、悪魔の血の沐浴を好むようになり、逆らうものすべてを皆殺しにして……
やがてヴィジュズレイを追われ、実の兄や仲間たちと争い、戦場に倒れ、地獄で魔物となって蘇ったのだという。

その<バータック>の兄こそが―――この『星空の聖域』を作った、ヴィジュズレイで最も高名な魔道師<ホラゾン(Horazon)>である。
大昔<ホラゾン>は、おぞましき悪魔使役の技、その持てる力の強大さゆえに人の輪を追われ、たった一人でこの聖域のなかに引きこもったのだという。

こうして現在、聖域は幽霊と悪魔の群れによる汚染にまみれている。果たして、<ホラゾン>本人は何処へいったのだろうか……
……案外、地獄をさまよう実弟<バータック>を完全に滅ぼすための術を、今もどこかの街でひっそりと暮らしながら、研究をつづけていたりもするのかもしれない。

ルイズの腕の中の彼は、<ホラゾン>のようになりたいと、望んでいたのだろう。
きっとおろかにも『真の力(True Power)』に近づきすぎて目がくらみ、自分の行いに違和感を覚えることもなく、その魂を魔によって堕落させられたのだろう。
そして、持てるいびつな価値観を共有してもらえそうな誰か、ほんの一人でもそばにいてくれる人―――ルイズ・フランソワーズ―――を、彼も彼なりの不器用きわまりないやり方で、ひょっとすると本気で、心から願い求めていたのかもしれない。

だからこそ、もしかすると、あのタルブの赤いポータルを、ルイズが飛び込むまでの数秒間だけ、残しておいてくれたのかもしれない。
一緒に見たいものが、あったから?

(『宇宙でイチバン美しいもの』……って、結局何だったのかしら……やっぱり、ちょっと見てみたいかも……そうね、起きたときに、教えてもらいましょう)

どこの世界に居てもたった一人、そしてこのハルケギニアに来てもたった一人の『魔道探求者』―――名も知らぬ年齢不詳の男性の孤独な人生へと、少女は思いを馳せる。
貴族は魔法をもって、その精神とする。ルイズの魔法、ラズマの秘儀は、ときに人のこころとこころをつなぐためのスキルとも、なりうるのだという。

「……『リヴァイヴ(Revive)』」

ルイズは気持ちを込めて、呟いた。

答えは、沈黙だった。

雪風のタバサがじっと立ち尽くし、連れ去られてゆくルイズを眺めている。
アニエスと竜騎士の男性、炎のゴーレム、骨の精霊、スケルトン軍団も、ただ呆然と立ち尽くしている。

彼女たちは、ルイズがそれを必ずや成功させると、信じていた。

リヴァイヴの術で蘇った者は、たった三分間の制限付きとはいえ、偉大なる骨の竜の加護をうけて『無限にちかい精神力』と強靭な体力、スピードを得ることができる。
そんな世界一パワフルな魔道師が、その持てる技術をルイズのために振るってくれるのならば、ルイズ自身を含むこの場の仲間全員を必ずや無事に逃がして、アルビオンで待つ姫のもとへと、送り出すことができるはずだった。

「司教さま」

しかし、ラズマ秘術のすべてを極めた武僧や大司教でさえ、『リヴァイヴ』の術によって『魔王』を従えてしまうことは、さすがにできない。
『魔王』とまではゆかずとも、とびぬけて強力な魂をもつ個体、『スーパーユニーク』と形容されるものたちを『リヴァイヴ』で従えることも、不可能なのだという。
目がかすみ、足ががくがくと震え、転んでしまいそうになる。かすれきった声で、ふたたび呟く―――

「リヴァイヴ」

死者は黙して語らない。損傷は修復可能の範囲内、新鮮さもあり、精神力は足りているし、ネクロマンサー秘術の行使は必ずしも杖を必要としない。
大いなるラズマの御技に、一切の間違いもない。
指にはまった『ヨルダンの石』から、ひっきりなしに強い強い力が流れ込んでもくる。すべての舞台は、整っていたはずであった。

「ちいねえさま……みんな……ああ、なんてこと……」

かすかな独り言が、誰の耳にもとどかずに、星空の海へと散ってゆく。
信じていた魔法に裏切られたという訳ではない。ただ、彼女の現在の目的のために、いま使っている術が『合わない』、というだけのこと。
たとえここで奇跡のように<虚無>が覚醒したとしても、ブリミルの魔法は杖が無くてはつかえない。つまり、チェックメイト。
ルイズ・フランソワーズは、ここまでなのだ。

―――……



―――

もうひとつのチェックメイトは、ハヴィランド宮殿にて。時は、聖域におけるその場面よりもうすこし先の話……
アンリエッタは、自らの着衣へと、震える手をかけた。するすると脱ぎさってゆくと、よく手入れされた透明感のある、すべすべとした肌があらわになる。
いっぽう勝者となった青髪のガリア王女は、さきほどまで接戦をくりひろげていたチェスボードへと、じっと目を落としている。

「あの……下のほうも、脱ぎましょうか?」

そんな声が聞こえたので、イザベラは目をやった。
脱がせたほうのイザベラに、女性の裸を鑑賞して楽しむような性的嗜好はない。
なんのために脱がせたのか……と問われると、単にこの勝負を盛り上げたかったからとしか答えようが無い。

「……それ以上は結構です」
「はあ、ありがとうございます」

この部屋には自分たち、女性二人だけである。
むかし女性使用人たちの見守る前で、人形のような従妹シャルロットを裸に剥いたことはあるが……それは、あの無表情が恥辱に崩れるところを見てやりたいからだった。根の陰険なイザベラにも、従妹にたいしてはともかく、これ以上こっぴどくアンリエッタをいじめたり辱めたりする理由はないし、因縁もない。

(へえ、でかいな……ど畜生め)

感想はそれだけだ。両腕で豊かな双丘を隠し、すこし青い顔をしている囚われの王女から視線をはずし、ふたたびチェス盤へともどす。
いまはそっちのほうが気になるのだ。

「お寒いようでしたら、なにかを羽織っていても構いませんよ」
「はあ、すみません」

イザベラの父であるガリア国王ジョゼフは、『無能王』と陰で呼ばれている。
彼は、異様なほどにチェスが強かったものだ。互角に戦えたのは、彼の今は亡き弟シャルルだけだったという。
そこそこ腕に自信もある王女イザベラも、自分の父と直接に対局したことはあらずとも、父の棋譜を見るたび、その非凡さに驚愕したものだ。

どうして父が『無能』などと陰口を叩かれるのか……イザベラは納得がいかない。
容姿秀麗にして、学びごとだけでなく、遊戯、賭け事、軍事、施政、外交、乗馬、武術などの、ありとあらゆる才能に恵まれているというのに。
彼にはただひとつ、『魔法』の才能がなかったのだ。
だからこそ、12歳でスクウェアメイジとなった弟シャルルといつも比較され、苦しんでいたものだ。

先王が死の際に、才能溢れる弟でなく、無能の兄を後継の王と定めたとき……弟シャルルを除き、本人ジョゼフもふくめ、ガリア国のものだれひとり、納得しなかった。兄は劣等感から完璧な弟を妬むようになり、激しく憎むようになり、国内には不満がたまり、弟は謀殺され、粛清の嵐が吹き荒れ……国には大きな内乱の下地がのこる。

そして、明かされる真実―――
失われし伝説の<虚無の系統>……かの系統に属する者は、通常の系統魔法を使うことができないのだという。
国王ジョゼフが弟を殺してしまった後に判明したそれは、王家の者もふくめ、ガリア国の誰一人として知るよしもなかったことだ。
それこそが、始祖ブリミルの残したものが、すべての元凶であり、父の人生を狂わせていた……

父はこの世界のすべてを空虚に感じ、<ミョズニトニルン>を従え、世界をゲームに見立てて『始祖のつくったすべてのもの』への復讐をはじめ……
異世界の兵器や道具に魅せられたり、とうとう<サモナー>を迎え入れ、悪魔にまつわるワザに手を出してひどく痛い目に会ったり……
そしてなにかまた、いろいろあってこのところ、父は熊になったりして新しい人生の目標を見つけていたような、そうでもないような……

『カンデュラスの騎士団長』を召喚するまで、滅多に会話すらさせてもらえなかった娘が、そんな父の気持ちや事情を知ったのは、ここほんの近年のことである。

(このお姫さんは……魔法の才能に恵まれて、さぞや暖かな人生を送って来たんだろうね……頑張りは認めるが、なんとも詰めの甘い手を打つ)

自分も父に似たような『才能なし』、しかも<虚無>ですらない、水のドットメイジである。
『貴族は魔法をもってその精神となす』……ブリミル教徒にとって、魔法の才能のないものは、例外なく嘲笑の対象となる。
イザベラもまた、王家にそぐわぬとぼしい才能と、小心で高慢で陰険な振る舞いを恥ずかしげもなくする娘として、誰からも例外なく陰で嘲られ嫌われていたものだ。

(まあ、こいつにもいろいろあったようだが……人の根っこのとこってのは、そう簡単に変わるもんじゃあないさね)

ふと、昔は明るく元気だった、いまは見る影もない従妹のことを、思い出したりもしてみた。

「……あの、もう一度、チャンスをいただけましたら」

もう賭けるものの見当たらないアンリエッタが、そんな提案をしてきたので、イザベラはちょっと顔をしかめた。

(毛でもむしってくださいと?)

これ以上のものを賭けるとなると、せいぜいが『死者の杖』という対価で、釣り合うとでもいうのだろうか?
王女イザベラのローブの懐には、対局中に廊下の者に命じて取ってこさせた、死せるウェールズの杖。
……まさか、今自分の懐の中にある、この杖に、何か秘密があるのだろうか?

「賭けるものは……ドロわ、わわ……」
「……もう着てくださって結構ですよ」

何も食べていないアンリエッタの、可愛いおへそまるだしのお腹が「ぐーきゅるる」と音をたてたので、イザベラはそう言うほかなかった。

―――……

……

ガリアの国王は、星空の聖域内部、<ホラゾン>の研究区画の中心へと、抜け殻のように生気のない表情のルイズを連れてきた。

騎士ラックダナンが、国王へと、二言三言なにやら告げていた。
彼は、ルイズ拉致の命令などが出ていたということを、まったく知らなかったらしい。彼女への待遇に文句を言ってくれているようだ。
王は、おれのしたいようにさせろと言わんばかりに、不機嫌そうに、無言で首をふる。いっさい耳を貸していない様子だ。

黒い騎士の禍々しいフルフェイスメットの、からっぽの目穴が、『少女よ、そなたはどうしてここまで来てしまったのだ』と寂しげに問うていた。
ルイズは当初より彼の言を聞きいれず、形はどうあれ<サモナー>の力を利用しようとして、失敗して捕まった……もう、文句など言える立場ではないだろう。

ガリア騎士団の精鋭、腕利きメイジたちが、研究区画の高台への入り口の階段のところに陣取り、ルイズの仲間たちやゴーレム、スケルトンの軍団を近づけないようにしている。
雪風のタバサは、ルイズよりももっと生気の抜けた表情で、ぼんやりと立っている。
タバサの隣に……ルイズの使い魔であり体を共有する半身とも言える『ボーン・スピリット』が、ふわふわと浮かんでいる。

たとえ敵と味方に別れても、どんなに遠く離れても、心はいつも、あなたとともにある―――と、言わんばかりに。



さて―――

ラックダナン以外の騎士たちを遠ざけ、石畳のうえに首輪のルイズを座らせ、ガリア王の問いは、次のようなものから始まった。
ぐい、と白墨文字のかかれた看板を突きつけられた。

『シャルルを、おれのおとうとを、よべるか』

それは、なんとなく予想していた問いではあったが―――ルイズの細い肩が、ぴくり、と震えた。
書かれた一人称も『よ』ではなく『おれ』となるほどに、したかった質問なのだろう。

ルイズは、聖域侵攻作戦に合わせた拉致だったので、むしろ、この聖域に自分を連れてくる必要のある用事だったのではないか、と、別の問いのほうを想像していたのだ。
<ホラゾン>の研究区画には、どうやら『研究日誌(Journal)』らしき、一冊の書物立てがある……あれを自分に調べさせるつもりなのだろう、と思っていた。
ガリア王は、ごしごしと消すのも乱暴に、かりかりと書き、ぐぐぐっ、とルイズの顔近くへとつきつける。

『シャどうだできるのかこたえてくれべるか』

ひどく雑で、読みにくい文字だった。両端の消し残しもそのままだ。
白髪の少女は、うつろな目で、きょろきょろとあたりを見回し―――すっ、と中空の一方向を指差した。

「さっきから、そちらのほうに、浮かんでおわしますわ」

その一言のせいで、ガリア国王の青い目の光が、ますますぎらぎらとなった。
目を皿のように見開いて、少女の指差す方向を探し、少しだけ落胆の表情を見せ……また、かりかりと白墨も折れんばかりに書き付ける。
そして、ぐいっと突きつける……ルイズにではなく、弟の亡霊のほうに向かって。
たっぷり数十秒ほど、それを見せたあと―――ふたたび、ごしごしと消して、ルイズへのメッセージを書く。

『なんとこたえている』

ルイズは亡霊から視線を外している。
亡霊は黙して語らないものだ。そこから色や表情で気持ちを読み取るのが、本職というものだ。
少女は答える。

「お答えします……その代わりに、どうか私たちと姫さまを、わたしたちの国に返してください」

ガリア王は、無表情で首を横に振り、とんとんとん、と足で床を叩いた。
おまえは対価など要求できる立場か、という示威なのだろう。少女の目じりに涙が浮かぶ。
きっと二度と国へ帰すつもりもないのだろう。こうして国の秘密を知られたし、どっちにしろ、彼らにとってルイズは世界一便利な道具、歩く兵器であり、機密のかたまりだ。

『王よ』

騎士が王へと非難の声色を口にする。いたいけな少女にこんな扱いをするなど、見ていられないのだろう。
国王がどんな男でも、逆らえぬ立場らしき彼である。かつて主君レオリックを討ったことを今でも嘆いている、呪われし境遇の彼は今、どんな気持ちでいるのだろうか。彼にいくつも迷惑をかけ、心を痛ませてしまったことを、ルイズはとても悲しく思う。
そして、願うほかない。

「私たちに、私たちの姫殿下に、自由を」

返答はこうだ……

『あんぜんは、ほしょうしてやる、しぬまでゆっくりしていけ』

目的語のないそれは、アンリエッタ姫のことか、ルイズたちのことか、どちらのことだろうか。続いて……

『どのみち、いきょうとは、トリステインではいきてゆけまい』

なおも、消して、書く……

『やつらや、そやつにつれてゆかれるまえに、ほごしてやろうとしたのだ』

青毛の王は、ルイズの腕の中のそれを指す。少女は目を見開いた。
この男、トリステインに<サモナー>が来て、ルイズを殺したり堕落させて取り込んだりする前に、ガリア側に身柄を緊急確保しておこうというつもりで、タバサに命令を下したのか。
なんという詭弁、大きなお世話……いや、ルイズのもつ知識や力や技を貴重だと考えれば、当然の処置なのかもしれないが……
いずれガリア国が、王の言う『やつら』……おそらく『ロマリア』と対決するつもりでいるのなら、なおさらのことだろう。

「う、う、うぅ……う……」

少女は悲しさ情けなさに胸を満たされ、とうとうぐすぐすと泣きだしてしまった。
この男にたいする殺意は、ないこともない。むしろタバサのために、そうしてやれたら、どんなにいいことだろうか……とも思う。
だが、もし今ここで彼を殺したら、炸薬の導火線に火をつけるようにして、ハルケギニア全土がいったいどうなってしまうのか、すさまじい運命の渦を目の前にしたルイズには、まったく想像もつかない。
腕の中の『帽子の中身』を爆破して、その隙に逃げられたら……とも考えたが、どうしてか、ちっとも霊気が浸透してくれないのだった。

『さきほどの、しつもんに、こたえろ』

白髪の少女は、ただぐすんぐすんと鼻をすすって泣き続けるばかり。
くいっ、と鎖をひっぱられた少女が顔をあげると、うつろな目が真っ赤に充血している。
黒い騎士が、ふたたび乱暴な所業をとがめ、制止する。

『王よ、なぜこのようなことをする。彼女の力が必要ならば、正式に国賓として招待し、こちらの事情を明かすのが筋だ』

ラックダナンが低く深い声を甲冑のなかに響かせた。自分たちの国の王にたいする強い非難の気持ちが、そこに込められているようだ。

『彼女らに自由を』

王は不機嫌そうな表情になり、大きく息をついて、首を横に振った。この騎士は、自分直属の部下ではないのだ。
そして―――

「……私のことを、心より信じていただけますか」

そんな弱々しい少女の声が聞こえたので、王は無表情にもどった。

「弟殿下よりの、陛下へのメッセージを、聞けるのは私だけ……私が陛下にそれを伝えたところで、私が嘘を伝えていないという、一切の保証もありません」

ルイズは鼻をすすりながら、肩を震わせて、そう続けた。
大切な友人、タバサの気持ちも一緒に乗せて―――真摯に伝えるそれは、『私たちはあなたの人形ではない』という毅然としたメッセージだ。
無表情をつらぬくガリア王の肩も、すこしだけ震えはじめた。

もし、たとえルイズを殺して<アンドバリの指輪>で従えたとしても、系統魔法よりもずっと成立条件の特殊なラズマの秘術の残る保証はないのだ。必要かつ便利な<ミョズニトニルン>のルーンも、消えてしまうことだろう。他にも、殺してはならぬ理由は星の数ほどあった。
かといって、心を従える水魔法の毒を盛ったりしたとしても、触れただけでそれと解る彼女に、通じはしないことだろう。
少女は、さらに一歩踏み込む。

「私たちには……信頼関係が、必要です」

ジョゼフは、しばらく何のリアクションも返さなかった。べきり、と彼の手の中の白墨が折れて砕けた。
やがて青髪の彼は片手で頭をかかえ、目を剥いて、喉から声にならぬ唸り声を漏らした。ルイズは気がついた……この人、口の中に、『舌が無い』と。
そして、彼女はじっくりと焦点のあわぬ目をこらし……もうすこしで見落とすところだった、もうひとつのものに、気づいていた。

―――この青髪の一人の男性に、『二人分』の、運命の流れがある、ということに。

「陛下の抱えていらっしゃる問題への助力に関しましては、……トリステイン王国アンリエッタ王女、およびヴァリエール公爵家を介しての、正式な招待を要求いたします」

その運命の流れは、……ルイズの非常によく知っているものに似た気配だ。
いつもルイズ・フランソワーズのそばにいてくれて、いつもともに戦い、いっぱい笑ったり泣いたりして……いつも、何かやるたびに、怯えさせてしまう。
ときに、ちゅっちゅと唇を触れたこともある。
ルイズは一緒のベッドで寝て、たっぷりとその体をいじくりまわし、隅から隅まで、どこを触れば気持ちよいのかについてすら、とても良く知っている……









……人のものではなく、亡霊のものでもない、つまり少女の騎士『デルフリンガー』と非常によく似た―――『先住魔法生命』の気配なのであった。



―――

こちらは、ゴーレムやスケルトン軍団の近く……
生気のない足取りで戻ってきた雪風のタバサは、ルイズのもくろみが失敗したことに、気づいていた。

そして、いままでの自分の判断と行動が、自分のかかえた境遇が、自分の叔父であり仇である男が……
いわば自分のすべてが……彼女を窮地に追い込んでしまったのだという、そんな救いようのない事実を前に、静かに絶望していた。
そして大切な友人ルイズの『姫を助け出す』という望みを潰えさせ、道をふさいだ、この取り返しのつかない状況の引き金をひいたのは……自分だ。

「わ、わたしの、せい」

疲れた顔のアニエスが、そっと無理矢理に微笑みをうかべ、今にも崩れ落ちてしまいそうな小さな小さな青髪の少女の肩に、そっと腕をまわしている。

「ミス・タバサ……大丈夫だ、大丈夫……」

抱きしめるアニエスも、二人のそばで呆然と立っている竜騎士の彼も……この場にいる誰もが、さぞかし折れてしまいそうな心を抱えていることだろう。
だが、どこまでも信じるほかない―――私たちは強い、心を強く持てば、ひとはどんなに辛い運命の大波にだって負けないのだ―――

「おい、そいつぁガチだぜ、……ほうら見てみろよ、ああおっかねえ」

そして、デルフリンガーが、まったく何でもないような声色で言った―――そして「おおこわいこわい、ちびっちまいそうだ」と続けた。

ケタケタ、ケタケタ、ケタケタ……

……不死の軍団が、虚無の眼窩に闇をたたえ、いっせいに不気味に顎の骨を鳴らし、笑いだしていた。
彼らは死なない。そして、ネクロマンサーについてゆく限り、『絶望』などというものは存在しない、存在しないのだ。
たとえ行く手にどんな困難があっても、どんな敵が立ちふさがっても、身を砕かれても、ただ誇りを胸に、ひたすら前へと進むだけなのだという。

それは使役者との一身同体ともいえるほどに強い強い絆であり、ネクロマンサーとともに人生の道を歩み、ともに魂ごと果てるまで続く、信頼ともいえるものである。

炎のゴーレムは、たくましく無意味にもムキムキとポージングを続けている。
ラズマ秘術によって作られた、この人造生命体のゴーレムは、今日生まれたばかりの赤子のようなもの。役目を終えたら消えてしまう、はかない運命にある。
こいつは、ロウソクの炎のように刹那の時を生きる、仮初の生命……変なポージングは、幼いこいつなりにせいいっぱいの、仲間たちへのはげましの気持ちなのかもしれない……『ぜったいにまけないぞ』と。

そんな刹那の生を、持てる力の一切合切を―――主たるネクロマンサーへと捧げることこそが、ゴーレムの炎のような運命であり、最大の幸せなのだ。
今、ルイズの軍団の、そのすべてが……主の大切な友人、雪風のタバサを元気付けようと、励ましてくれている。

「お、おい、危ない」

竜騎士の彼が驚いて声をあげた。
白い心の炎を燃やす、ゼロの使い魔『ボーン・スピリット』が、タバサへと接近してくるのだ。
びくっ、とアニエスの腕の中から飛び下がり、目を見開いたタバサの胸へと触れ……そして、小さな体のなかへと、吸い込まれるようにして、ぐいぐいと入り込んでゆく。

激しく燃えるように熱く、そして凍るように冷たい魂の炎が、タバサの心を包み込み……


―――

一方、ルイズ・フランソワーズは解答を得ていた。

どれほど考えても無理としかいいようのない、だから後回しにするほかなかった……そんなひとつの疑問の、明確な答えである。
つまり、『レコン=キスタは、いったいどうやって、アンリエッタ王女を誘拐したのだろうか』……王女の連れ去られた方法は、何度考えても、絶対にありえないものだった。
どうやって、その『絶対不可能』は攻略されたのだろうか?

いちばん可能性の高いのは、水の魔法で、心を操って……違う。
たとえば、過去にモンモランシーの作ったような惚れ薬を飲ませて、命令を聞くように、着いてくるように言って承諾をうけても、そこで止まってしまう。
<ウェイ・ポイント>では利用者自身が履歴を得ていないところには、構造的にぜったいに飛べないからだ。

ここで、相手もまた<タウン・ポータル>の術を所持していた、という線は当初より消えている。
それがあるなら、わざわざ<ウェイ・ポイント>を使う一切の理由はない。ルイズは王女誘拐に<ウェイ・ポイント>が使われたことを、始祖のルーンで確認している。

かくして、裏ワザの答えは……ルイズが一切、かけらほどの想定もしていなかった状況にある。つまり、サンクチュアリ世界でも希少きわまりないもの。
それは『インテリジェンス・アイテム』……すなわち、本来『被使役物(Minion)』であるはずのものが、使用者の身体を乗っ取って、自分のもののように動かしている場合。
試したことのない可能性、『別の利用者』に偽装すること―――『先住魔法』なら、可能となるかもしれない。

そして……目の前に、ガリア国王の腰にぶらさげた『野獣の斧(RW Beast)』のとなり……そこに、少女は希望を見つけた。
筆談用の白墨が折れて砕け、王が代わりのものを取り出したとき、マントの内側に、とうとうそれを見つけてしまったのである。

青髭の彼もふくめガリア側は、ルイズがここに飛び込んできて彼の予定を前倒しにすることを、予想していなかったはずだ。
こうして長々と『筆談』をするくらいなら、あらかじめ要求をいっぺんに文書にしておいて、ルイズへと渡せば済む問題である……それを携帯していなかった、というのが証拠だ。

彼は、国王自身が『聖域侵攻軍』に参加することにおける大きなリスクの軽減手段を……アルビオンから呼び戻し、手にしていたのかもしれない。
つまり、『魔法の使えぬ自分が危機に陥ったときに、代わりに体を動かしたり、あるいは先住魔法のような特殊な能力を使って脱出してくれる存在』を。
そんな便利きわまりないものがあるなら、迷わず危険な場所へと赴く王の身を守るために、持たせるだろう。自分ならそうする。
ひょっとすると、『彼の身の安全を心より心配しているような誰か』が、お守りとして持たせてやったのかもしれない……

ゼロのルイズの瞳孔が、この広い星空すべてを飲み込むかのように、じわじわといびつに拡大してゆく―――

(司教さま、私の心に力を)

ときに、辛い運命への勝利というものは、くじけぬ者にたいし、あたかも天から降ってくるかのようにして、やってくるのだという。

ひょっとすると、このときトリステイン秘宝『水のルビー』にひっそりと付与されていた特殊効果(Mod)、『+20% マジックアイテム入手の確率』が、誰にも知られず手を貸してくれていたのかもしれない。
運命の流れは、巡り巡って―――ふたたび、道がつながった。

(おじさま、少々お待ちになっていて下さいまし……)

手にした重たい『ヘンテコな帽子』を、そっと冷たい石の床に置いた。






//// 26-5:【ブレイクダウン】

「ところで、陛下……貴族は、このように互いに決してゆずれぬ事情のある場合、古来より『一対一の決闘』という手段にて決着をつけてきました」

突如そんなことを言い出した少女の、焦点の合わぬ目を真っ向から見つめながら、ガリア王は不気味に口元をゆがめてゆく。
―――ガリア国王は、たとえどんな犠牲をはらってでも、勝負ごとを好むタイプの人間のようだった。

「……私はここから帰ります、止められるのでしたら、止めてくださいませ」

王は看板に文字を書きつらねる。

『よとやろうというのか、よかろう』

石畳に看板を置き、青毛の王の手には、不気味な雰囲気をはなつ片刃斧が握られる。彼が『人熊』に変化しないのは、そうすると手加減が効かず少女を殺してしまうからなのだろう。
すらりと毒の短剣『翡翠のタンドゥ』を抜き放ち、逆手に構えた少女もまた、口もとをにやにやと、三日月のようにつりあげてゆく―――
相手は武術の達人のようだ……それでも少女は今この時こそ、天運わが手にあり、と主張せんばかりに笑う。

そしてゼロのルイズは動き出す。

「『ボーン・アーマー(骨の鎧)』」

少女は白い骨の鎧を体の周囲に召喚し、ぱちりと首輪から鎖を外し―――逆手の短剣を素人くさくふりかぶり、目の前の大柄な男へと、突撃を敢行し―――

「へあーっ!!」

―――キィン!
たちまち斧で短剣をはじかれ、『骨の盾』が受けそこねてごっそりと砕けちり、ルイズは直後体を沈ませて王の腰へとしがみつく。
続けて少女の唱えるは、ラズマのネクロマンサーの前にたつ戦士すべてが恐怖する、『無抵抗は最大の攻撃』を地で行く、『チキュウ』某国人もびっくり独立の父も涙目とならんばかりの呪いである。

「―――『アイアン・メイデン(Iron Maiden:物理ダメージ反射の呪)』!」

ガリア国王は、自らの身に突如降りかかった、背筋も凍りつくほどに異様きわまる雰囲気に気づいたようだ。
ただし、この世界に呪いを回避する技術などというものはいっさい存在しない、存在しないのだ。

『止せ!』

もみあう国王と少女への、黒い騎士の制止の声。がつっ……!!

「……きゃんっ!」

軽い少女を振りほどこうとした、膂力のあるガリア国王のひじが、彼女の顔にあたった。少女の目に星が飛び散り、頬に強烈な痛みが走る。
たちまち、低いうめき声。<ファナティシズム>で増幅され、あげく呪いによって反射されて、数倍にまで跳ね上がったカウンター・ダメージに、盛大にひっくり返るガリア国王。

―――効いた!!

少女は足を踏ん張り、鼻血をたらして、びくびくと肩をふるわせ、目に涙をうかべつつ、目的のそれを、無理矢理鞘から抜き出して……しっかりと奪い取った。
胸の奥の心臓はバクバクと鳴り、頬がじんじんと痛み、ぴりぴりと鉄の味が満ち、くちびるから血がたらりと垂れる―――しびれた口内にごろごろとした違和感、奥歯が折れてしまったらしい。

かくして、今やゼロのルイズの手には、勝利へのカギが握られている。
少女の心と体を支配せんとばかりに、手にしたソレよりひっきりなしに伝わってくる『水の先住魔法』を、始祖より与えられし額の<ミョズニトニルン>、『あらゆる魔道具を支配する』伝説のルーンを煌々と光らせて、強引に圧し黙らせ―――

『畜生! おい、おいマジかよ、やめろ、やめろ、よせ、やめてくれってば、戻してくれ!』
「い゙や……」
『あっあっ、た、頼む畜生、ああ頼むから触るな、返してくれ、ああもう、やめてくれよブチコロスぞ! 離せ離せ離せッて!』
「……だぁめ、よ……ウフフ……さぁて陛下、私の勝ちです……この子は勝者の権利、身代金として、謹んで拝借いたします」

ルイズは、喚き叫ぶ一振りのナイフを握ったのと反対側の手袋のうえに、むぐむぐぺっ、と血と唾液と折れた奥歯のかけらとを吐き出した。
そしてにやにやと「私の骨だわ」と呟き、奥歯を大事そうにポケットの中へと仕舞いこむ。遠くのタバサたちへとちらりと視線を向け、また戻す。

続いて『ヒーリング・ポーション』をひとつ取出し……自分で飲まずに、そっと小瓶を足元において、「どうぞお使いくださいまし、陛下」と言った。
同じく口のはしから血を流し、立ち上がれないらしく上体だけを起こしルイズを見つめるガリア王に、少女は別れの挨拶を告げる。

「いずれ正式なご招待を受け取り、私の国と身と魂との安全を確かなものと確認できましたら、そのときは必ずや応じさせていただきます……どうかこの場は、ご無礼をお許しくださいまし」

アニエスと竜騎士の男性が青い<ポータル>を開いて、スケルトンたちに守られて逃走するのを見とどける。
王と同じく反射の呪いを受けていた黒い甲冑の騎士は、山のように動かない。
彼は剣だけでなく、サンクチュアリの魔法をも使えるはずであったが―――彼は必ずや、こう主張してくれることであろう……『マナが足りない(Not Enough Mana)』と。
炎のゴーレムの身にまとう<ホーリー・ファイア>が、慌ててトリステインチームの逃走阻止のため詠唱をはじめた数人のガリア騎士メイジの杖、および『ガリア騎士雪風のタバサ』の、<思い出>の杖をにぎる手を焼く。
ルイズもマントの端をつまんで、一礼。反対側の手のナイフ―――『地下水』が、必死に叫ぶ―――『ああよせ、おいよせやめろこら離せ離しやがれ[ピー]、畜生死に腐れこのド畜生女悪魔(Baddest Bitch)!!』

「それでは失礼いたしますわ、陛下。私のみならず、レディを招待するときには、どうか優しく扱ってくださいまし。さようなら(Good Game)―――『門よ』!」

<タウン・ポータル>のゲートが開き、少女は石畳の上に落ちていた自分の毒の短剣と、中身入りの『青と金の帽子』をそそくさと拾いあげて、去っていった。
直後、死霊軍団の足元にも突如、ポータルに似た青い光のミニオン召集ゲートが開き、ゴーレムとスケルトンたちはそれに飲み込まれるかのようにして消えてゆく。

あとには呆然とした表情を張り付かせたジョゼフと、騎士ラックダナン……そして首から上の無い、青い衣の物言わぬ男。
今度こそ戦いを終えて、展開についてゆけず呆然とするガリア花壇騎士たちと、彼らの複雑そうな気持ちのこめられた視線を受ける、青い髪の小さなシュヴァリエ。
タバサは無表情で杖を背にもどし、火傷した両手をあげた。ばんざい、お手上げのポーズだ。

「……逃げられた」

彼女は命令をうけてから、ゼロのルイズと行動を共にしながらにして、ガリア側およびレコン=キスタにたいし、これまでいっさいの敵対行動を取っていない、取っていないのだ。
むしろ、間違いなく数々の手柄を立てた側である。ここにいる騎士ラックダナンが、その証人だ。

そして青髭の舌の無い男性は……悠然とながれる星空のなかで、青い目をぎらぎらとさせ、やがてのどを鳴らして―――
心の底から愉快そうに、盛大に盛大に笑い出したのであった。


//// 【次回:ハヴィランド宮殿⇒ハヴィランド戦線⇒ハヴィランド廃墟⇒ハヴィランド遺跡⇒ハヴィランド観光名所:の巻……へと続く】



※『召喚術師(The Summoner)』……原作ゲーム『ディアブロ2』において最も唐突に始まり最も唐突に終わる、最短のクエストです。


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