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No.12668の一覧
[0] ゼロの死人占い師(ゼロの使い魔×DiabloⅡ)[歯科猫](2011/11/22 22:15)
[1] その1:プロローグ[歯科猫](2009/11/15 18:46)
[2] その2[歯科猫](2009/11/15 18:45)
[3] その3[歯科猫](2009/12/25 16:12)
[4] その4[歯科猫](2009/10/13 21:20)
[5] その5:最初のクエスト(前編)[歯科猫](2009/10/15 19:03)
[6] その6:最初のクエスト(後編)[歯科猫](2011/11/22 22:13)
[7] その7:ラン・フーケ・ラン[歯科猫](2009/10/18 16:13)
[8] その8:美しい、まぶしい[歯科猫](2009/10/19 14:51)
[9] その9:さよならシエスタ[歯科猫](2009/10/22 13:29)
[10] その10:ホラー映画のお約束[歯科猫](2009/10/31 01:54)
[11] その11:いい日旅立ち[歯科猫](2009/10/31 15:40)
[12] その12:胸いっぱいに夢を[歯科猫](2009/11/15 18:49)
[13] その13:明日へと橋をかけよう[歯科猫](2010/05/27 23:04)
[14] その14:戦いのうた[歯科猫](2010/03/30 14:38)
[15] その15:この景色の中をずっと[歯科猫](2009/11/09 18:05)
[16] その16:きっと半分はやさしさで[歯科猫](2009/11/15 18:50)
[17] その17:雨、あがる[歯科猫](2009/11/17 23:07)
[18] その18:炎の食材(前編)[歯科猫](2009/11/24 17:56)
[19] その19:炎の食材(後編)[歯科猫](2010/03/30 14:37)
[20] その20:ルイズ・イン・ナイトメア[歯科猫](2010/01/17 19:30)
[21] その21:冒険してみたい年頃[歯科猫](2010/05/14 16:47)
[22] その22:ハートに火をつけて(前編)[歯科猫](2010/07/12 19:54)
[23] その23:ハートに火をつけて(中編)[歯科猫](2010/08/05 01:54)
[24] その24:ハートに火をつけて(後編)[歯科猫](2010/07/17 20:41)
[25] その25:星空に、君と[歯科猫](2010/07/22 14:18)
[26] その26:ザ・フリーダム・トゥ・ゴー・ホーム[歯科猫](2010/08/05 16:10)
[27] その27:炎、あなたがここにいてほしい[歯科猫](2010/08/05 14:56)
[28] その28:君の笑顔に、花束を[歯科猫](2010/11/05 17:30)
[29] その29:ないしょのお話オンパレード[歯科猫](2010/11/05 17:28)
[30] その30:そんなところもチャーミング[歯科猫](2011/01/31 23:55)
[31] その31:忘れないからね[歯科猫](2011/02/02 20:30)
[32] その32:サマー・マッドネス[歯科猫](2011/04/22 18:49)
[33] その33:ルイズの人形遊戯[歯科猫](2011/05/21 19:37)
[34] その34:つぐみのこころ[歯科猫](2011/06/25 16:18)
[35] その35:青の時代[歯科猫](2011/07/28 14:47)
[36] その36:子犬のしっぽ的な何か[歯科猫](2011/11/24 17:52)
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[12668] その25:星空に、君と
Name: 歯科猫◆93b518d2 ID:b582cd8c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/07/22 14:18
//// 25-1:【ルイズ・フランソワーズの死相学的愛情】

アンリエッタは涙をぬぐい、冷静になる。

(わたくしの、やるべきことは何?)

最初にでてきた答えは、『必ずや来てくれるだろう助けを信じて、待つ』ということだった。
常識にとらわれない幼馴染、ルイズ・フランソワーズが、思いもよらぬ規格外の方法で、助けに来てくれるにちがいない。

これ以上、心から取り乱すようなことがあってはいけない。『囚われの王女』として適切な態度を取り続けなければならない。
自分を捕らえている相手に、これ以上のこちらにとって不利な情報を与えないことが必要である。

クロムウェルやガリア王女の機嫌を損ねてもならない。手の内を読まれてもいけない。
『所詮は箱入り娘』だと、『アホの子』だと、油断させておかなければならない……実際自分がそうでしかないのかどうかについては、いったん置いて。
いつでも殺せる、いつでも堕とせる、そして絶対に逃げられないという事実が、今のアンリエッタの身を救っているのだ。

心をゆがめる水の秘薬が入っているかもしれない、いっさいの飲み物を口にしてもいけないだろう。

ひどく喉がかわく。
杖さえあれば―――と歯噛みをするも、無いものはしかたない。

情報を得ることが必要だ。帰ったらどうするのか、いまのうち決めておかなくてはならない。
ここはアルビオン、首都ロンディニウム、ハヴィランド宮殿、敵の本拠地。ただ居るだけで、多くのことを知ることができるのだ。

さきほどまでに、皇帝クロムウェルおよびガリア王女と交わした会話より得た、いくつもの情報を整理してみる。

ひとつ、軍事大国ガリアがレコン・キスタに裏で組しているというのは、確かなことのようだ。
そしてガリアは、表立ってトリステイン・ゲルマニア同盟と事をかまえるつもりはないらしい。
かの大国に内乱の下地があり、いつも内情が不安定だというのは、以前より知っていたことである。

レコン・キスタとトリステインを争わせ、いずれ漁夫の利を得るつもりだったのだろう。
いまのところトリステインの勝てる要素は無い……とはいえ、万が一トリステインが逆転勝利しても、第三国が損をすることはないのだから。
法王の統べる国ロマリアとレコン・キスタの不仲、およびロマリアとガリアの不仲もまた知られている事実だ。
ガリア内情の不安定を、ロマリアが煽っているのではないかという噂もきく。

一方、トリステイン・ゲルマニア同盟とロマリアは、いまのところ正常な国交を保っている。
トリステインの王宮で宰相をしているマザリーニ老も、出自からいえばロマリアより派遣された枢機卿なのだった。

いつかロマリア・トリステイン・ゲルマニアの三国と、ガリア・アルビオンとの間で、戦争になるのかもしれない。
トリステインが落とされた場合、今回日和見をしたゲルマニアは、結局のところガリア側へと付くのだろう。

いずれにせよ、世界中の狙いはロマリアへと絞られてゆくようだった。
このたび、トリステインが生き延びることができたら……立場を決めなければならない。

ひとつだけ、痛感したことは……
自分がさらわれたのは、今回、公式で二度目だ。そのたびに国が存亡の危機に陥っていては、たまらない。

黄昏の小国には、ゆるぎない中心、王権が必要である。
そして、たとえ王がひとりやふたり斃れても、まったく問題ないほどに結束の強い国を作らなければならない。
貴族たちが安心して命を捧げることのできるような国を、死者の屍を拾う下地を育てなければならない。

戴冠、という言葉がアンリエッタ王女にとって、結婚という言葉よりも現実味をおびてきた瞬間であった。



さて―――

ウェールズ・テューダーは、依然として王女の目の前で眠り続けている。

(ほんとうに、あなたは生きていらっしゃるというの?)

彼が目覚めてクロムウェルの補佐を行うようになれば、アルビオン国内で、皇帝はますます大きなリーダーシップを得ることができるだろう。
しかし、そのためだけにアンリエッタを『招待した』などという彼らの言は、あきらかに真っ赤な嘘。ただの口上であり、建前だ。

(ひと昔まえのわたくしなら、何も知らないお姫様……きっと取り乱して、やつらのいうことをホイホイと信じていたに違いありませんね)

いくつもの、嘘がある。

トリステインの王女は、今にも折れてしまいそうな自分の心へと、言い聞かせる。アンリエッタよ、お前はもう、甘ったれの箱入り娘ではいられない……。
希望的観測に従わず、ひとりの王族として、シビアに考えろ、考えろ……

推測の前提となる確かなことは、今回は王女の身を拉致することがメインで、眠るウェールズへと引き合わせたのは『ついで』だということだ。
ほんとうにこちらに期待しているような様子は、いっさい見られなかった。
『霊薬』について、王女は話していない……が、『霊薬』という万能薬の存在することは、どうやら彼ら彼女らも知っていたことのように思われる。

どこから知ったのか、というのはナンセンスな問いだ。
<サンクチュアリ>という異世界からの来訪者の存在が、彼らの国の奥深くと繋がっている。
騎士ラックダナン、魔道士<サモナー>、狂人ザール、あるいはルイズのように異世界のマジックアイテムの使い方を知るもの、いくらでも可能性はある。
はるか昔から、来訪者たちは存在してきたのだろう。

(皇帝クロムウェルは、ほんとうに<虚無>なのかしら?)

これについては、ただ<虚無>のように見せているだけの、偽ものである可能性が高い。
気にかかるのは、以前ルイズの言っていた、ラグドリアンの水の精霊のもとより失われし『アンドバリの指輪』の所在だ。
クロムウェルの指にはまっていた、きらびやかなその他のものとくらべて、たったひとつだけ不自然に装飾の素朴すぎる指輪……
あれが、以前ルイズ経由で形状を伝えられた、クロムウェルが奪っていったというアンドバリの指輪に違いない。
だとすると、皇帝はアレの効果を<虚無>だと言い張っているだけなのだろう。

かの指輪は死人を生き返らせるという。そして、思うが侭に操るのだという。
自他共に認める死体ソムリエール、ゼロのルイズは言っていたものだ……あれは『死体を動かす』だけで、『よみがえらせる』ものではないと。
『勿体無いわ、なんという死体の無駄づかいなのかしら』とも一笑に付していた。
彼女いわく、ただ死体を動かすだけなど、粋がった素人(NOOB)にほかならない。
<存在の偉大なる円環>への回帰、死者の魂をよりふさわしい運命の流れへと乗せてこそ、真のネクロマンシーなのだという。
正直具体的にどう違うのか解らず、理解したいとも思えなかったが突っ込むのも怖かった、インパクトのある話だった。だから、はっきりと覚えている。

もうひとつ、ルイズの言動のうちで、思い出すことがある。
それは、かつて王太子が王女へと誓ったことであり、『ウェールズは勇敢に戦って死んだ』、ということ。これは、百パーセント確かなことである。
なぜなら、ニューカッスル陥落より数日たって、王宮に知らせが届く直前の日、ルイズと会ったとき……

彼女は椅子より立ち上がり、アンリエッタ王女の背後に向かって、にやっと笑ってスカートの両端をつまみ、ふわりと優雅に一礼し……
こう言い放ったからだ。

『ああ、王太子殿下、……ご機嫌麗しゅう』と。

勇敢な王子も人の子である。人は往々にして死後に本性が現れる―――とルイズは言う。だからこそ、ひとは誇り高く生きなければならないのです、とも。
ウェールズは、あれだけ『アン、きみと一緒にはなれない』と言っていても、結局、アンリエッタとの愛を成就できなかったことが、大きな心残りとなってしまったのだろう。
迷って、成仏できず、死後に化けて出てしまったのだ。
これは、彼を弱い人間だと責めるようなことではない。どこまでも人間らしい心の、ひとつの自然なる現われである。

それは、アンリエッタにとって、とても悲しいことでもあり、切ないことでもあり……
いつも彼が見守ってくれている、というなによりも心強いことだった。

また、自室で夜中にひとりきり、乙女のプライベートな空間でのあれやこれや……
亡霊となった彼に見られてしまったのではないかと思い、窓を突き破って飛び降りたくなったほどに恥ずかしかったものだ。
試練を乗り越えた……いや開き直った王女は、愛しさと切なさと強靭なる心とを手にいれた。

そんな黒歴史はともかく……いちど亡霊が目撃された以上、彼が眠っているだけというのはありえない。
やつらの言ったこと、『発見されたときからこの状態だった』というのは、まちがいなく嘘。

(なんということ! クロムウェルめ、ウェールズさまのご遺体を弄んだのだわ! 勇敢に戦って、命をかけて守った誇りを……踏みにじろうと!!)

やつらが、ウェールズの遺体を手に入れた直後に、そうしなかった一切の理由はない。
むしろ、先の理由から鑑みて、そうしないほうが不自然だ。
そうなれば、いまだに死体が新鮮さを保っているということのほうが、むしろ水魔法の指輪の効果の発露なのかもしれないと推測しうる。

結論は近い。

(そうよ、『黄金の霊薬』の残滓が……そしてウェールズさまの誇りが、<アンドバリの指輪>の効果を中途半端に妨げているのよ!)

おそらく、これがいちばん真実に近いのだろう、と思う。さもなくば、わざわざいちど彼を殺してしまったことの説明がたたない。
黄金の霊薬は、死すべき運命のものを蘇らせたりはしない。
むしろ、運命の流れを捻じ曲げて蘇らせようとしたときに、そんな水魔法の効果すらもキャンセルしてしまうほどに『強い薬』であるはずだ。

やつらはいちど、ウェールズを蘇らせて手下にしてしまおうとして、失敗したのだ。
嘘をついて、アンリエッタへと死体を見せて、反応を見ているのだ。貴重な霊薬の在りかを喋らせて、手中に収めるつもりなのかもしれない。
そのついでに彼の復活をエサに、わたしの心を奪ってしまおうとしているのだ……

(騙されるな、やつらが何と言おうと、ウェールズさまは生き返らない。わたくしは彼の誓いを信じなければならない……『ウェールズは勇敢に戦って死んだ』と!)

王女の心に火がともる。
今なら、たとえ泥の中を這いずることになろうとも、渇こうとも飢えようとも、自分の手足を犠牲にしようとも、笑って耐え切れる気がしていた。

王女の指に、もはや風のルビーは無い。きっと奪われてしまったのだろう。
だが、形見を失ったとしても、心はいつでも、誇り高きウェールズと共にある。胸の奥でなにかがかちりとはまったような、そんな確信があった。

かつて愛した人の『遺体』の上に、しなだれかかる。
情けなく世間知らずの、弱い王女を演じろ、力を抜け、ショックから立ち直れぬフリをしなければならない。
隙だらけに見せて、油断を誘え、あえて幼い心のままにふるまい、わざとらしさを消せ。どんな屈辱にも、顔で泣いて心で耐えよ。

(あのときのキュルケさんの冗談が、本当になってしまいましたね……)

王女は『幽霊屋敷』の皆とお茶会をしていたときのことを、思い出す。
きっかけは……確か、シエスタが、「おひめさまっていいですね」との発言をしたことだったような気がする。

キュルケ・フォン・ツェルプストーが言った……「あたしは嫌ね。お姫さまってなんだか、さらわれるのが仕事みたいじゃない」と。
タバサという少女が、ぽつりと「物語のなかでは、そう」。
ルイズ・フランソワーズがにやにやと、「たとえ死んじゃっても、素敵な殿方のキスで蘇るのよ」と補足する。

再び、タバサが「騎士が、かならず助けにくる。救出の成功率は百パーセント」と力強く言った。

モンモランシーが「ギーシュ、私がさらわれたら、あんた助けにきてくれる?」
ギーシュ・ド・グラモンはすかさず「もちろんさ、ぼくはきみの永遠の奉仕者なんだから!」

いっぽう、黒髪のシエスタはひとりぽつんと、物言わぬ人形を抱きしめていた……その後、心やさしい友人らが声をかけ、彼女はその日の茶会のおひめさまになった。

今でも思い出すたびに優しい気持ちになれる、穏やかでまぶしいひとときだった。
トリステインに生まれてよかった。ゲルマニアへの輿入れが迫ってきていたので、このまま時が止まってしまえばいいのに、と心の底から思ったくらいだ。


閑話休題。

こうなってしまってはもう、二度とあそこへは戻れないかもしれない。
でも、必ず戻ってみせる、そして守り抜いてみせる、とアンリエッタは静かに誓う。

さて、王族の身体は国の身体……裏を返せば、国こそが、王族の身体であるともいえるのだという。
最初から囚われており、四方を敵に囲まれてナンボの世界でしぶとく生き残る、それこそが小国の王族の役割だとウェールズは言った。

ならば、囚われの身にしかできない、自分だけの戦いがあるはずだ。その勝ち目の無い戦いは、もう始まっている。
決してくじけないこと、それだけが武器なのだ。かつて白髪の幼馴染は言った―――心をつよくもてば、ひとは魔王にだって、ぜったいに負けないのです、と。

喜ぶべきことに、やつらはアンリエッタのことを侮ってくれている。今はやつらを調子に乗らせて、得られる限りの情報を引き出してやれ。
それは必ずや、トリステイン王国の生き抜く力へと、そして愛する皆の笑顔あふれる明日への鍵となり、はるか未来へと繋がってゆくことだろう。

(水の精霊に誓ったとおり、今でもわたくしは、あなたを変わらずにお慕いしております。今生において、わたくしとあなたとが結ばれることは、決してありません)

王女は祈る。

(しかしウェールズさま、はるかヴァルハラにてわたくしたちは、必ずや、再び巡り合うことでしょう。そのときまで、どうか見守って居て下さいまし。わたくしの心に、力を……)

眠れる王子の手の甲へと、そっとキスをした。
ああ、このわたくしが、ご遺体に口づけをするなんて、まるでルイズみたいなことをしてしまったわ……ああおかしい、と、アンリエッタは笑い出してしまいそうになるのを、必死に我慢するのであった。
ルイズが綺麗な王子様の死体の手の甲どころか異教徒の乾ききったミイラの唇にぶっちゅーしたとまでは知らない、王女殿下であった。



―――

雪風のタバサ、微熱のキュルケ、そして彼女たちの引き連れてきた竜騎士隊のメイジたちは、タルブ村の思いも寄らぬ惨状に、戸惑うほかない。

「なによ、なによこれ……一体何があったのよ!」
「これはひどい……まるで地獄のような光景ではないか」

キュルケが声をあげ、男性メイジのひとりがぽつりと漏らした。タバサは無言で、ルイズを探す仕草をしているようだ。
午前中までの穏やかな村はもはや見る影もなく、炎、煙、瓦礫、クレーター、魔物ときどき肉片といった風情である。
この荒れようでは今後、ペンペン草のひとつさえも生えてくるかどうか怪しいものだ。
そしてタルブの草原の向こうには、アルビオン艦隊がやってきており、これから上陸活動にうつるらしい。

「ところで、あやつらは何者だ? タルブ領主配下の守備隊……ではないようだ、我らの味方なのだろうか?」
「化け物どもの同士討ちかもしれぬ、……ともかく事情が解らぬ以上、うかつに手出しはできぬな……ところで、<サモナー>は何処にいる?」

村の中心に近い場所に魔法の赤いゲートが開いており、そこからわらわらと異様きわまる魔物どもが湧いて出てきているようだ。
それら異形どもと激戦をおこなっているのは、甲冑を着た謎の一団だ。魔物たちを圧倒しており、あともう一押しで勝利しそうな勢いだ。
そして、災厄はいつも、唐突にやってくるものである。

『チェイン・ライトニング(Chain Lightning)』

地の底からわきでるような低い声が響いた。
ふたたび、みなの背筋に寒気が走る。閃光―――
キュルケはタバサに押し倒された。バ バ バッ―――あたりを強烈な電撃が縦横無尽に走り回り、幾人かのメイジが悲鳴をあげ、感電して倒れた。
肉の焼けるいやな匂いが漂う。

それは、異世界サンクチュアリに現存するなかでも、一、二の使い勝手を誇る強力な精霊魔術。
たったの一撃で、トリステインの誇る歴戦のメイジの一団は、ほぼ壊滅状態となってしまっていた。

「おお、……ウィスプどもを倒したか。何故そんなことをする、あれらを放っておけば、上空の侵略者どもよりこの国を守ってくれたものを」

いつのまにか現れていた、年齢不詳の青い衣の男が、いっさいの感情を読み取らせないような平坦な声でそう言った。
われはこの国を守りに来たのだ、と、この場に居る誰もにとって、到底信じられぬようなことを告げたのだ。

「まあ、どうなろうと、われは知らぬ、ははは。汝らも、汝らの好きなようにするが良かろうぞ、ははははは」

次の瞬間、「邪魔したいのならするがよい、国の破滅を選べ」と言い残し、魔道士の姿は消えていた。
村の中央にすさまじい魔法の閃光(Flash)が迸る。
劣勢となっている魔物軍団を援護するべく、魔法でそちらへと転移したようだ。こちらのメイジの面々については、まったく眼中にないようでもあった。

「ど、どうなってるのよ……」

キュルケが呆然と言った。足がふるえ、力が入らなかった。あの男にもこちらへ構っている余裕はないらしく、この場は放っておかれたのかもしれない。
なんということか、倒してやろうと意気込んでやってきたのに、ほんの一撃であしらわれてしまった。そして、あの男の魂胆も、さっぱり見えなかった。
ただひとつ、はっきりしたことは、あの男に本気でこの国を守るつもりもなく、敵も味方もないということだ。
深い理由もなく、ただの気まぐれや思いつきで、平然とひとをムシケラのように殺すのだろう。

ひとは言う―――根っからの殺人者(PK)に理由を求めるだけ無駄ですよ、と。

「うっ……」
「タバサ!」

タバサが苦痛の呻きをもらしたので、キュルケはあわてて彼女を見た。青い髪の少女は、足に火傷を負っていた。
竜騎士隊の面々は、とうとう隊長をやられてしまったようだ、ひどく混乱している。
指揮を引き継いだ副長が、点呼を取っている。今の一撃を生き延びることができたのは、ほんの10人ほどだった。出発時の三分の一にも満たない。

必死の治療活動、救命活動が始まった。タバサやその他の重症のけが人へと、キュルケは持って来たポーションを配布し、飲ませた。
感電のショックで心臓の止まってしまった隊長へと、魔法の救命マッサージが行われた。
しばらく治癒の呪文をとなえていたタバサは、やがて静かに杖をさげ、肩を落として首をふった。

「ねえタバサ……ルイズはさ、あたしたちならあの男を倒せるって思ったから、行かせてくれたのよね?」
「……」

キュルケはそう言って、ぎりりと親指の爪をかんだ。
ただひたすらに、泣きたいほどに悔しかった―――『無理、アレはぜったい無理』なんて思ってしまったのだ。
今までの自信が、完膚なきまでに打ち砕かれてしまった。そんな後ろ向きの気持ちも、ひどい恐怖を覚えたことも、悔しくて悔しくてたまらなかった。

「アニエスとデルフリンガーとの合流が遅れた」

タバサは冷静に敗因を語った。

「わたしたちのほうにデルフリンガーをつけたから、ルイズは勝てると踏んでいた。あの剣があったら、隙を突いて倒せるはずだった」

さきほどの空中戦では、さすがにシルフィードの上に三人もの人間を乗せて戦うことに無理があった。なので、アニエスとの合流を後回しにした。
そして、戦いを終えシルフィードや竜たちと別れ、地上に降りたとき、いちどポータルを開いて、補給のため魔法学院に戻り―――そこの惨状に唖然とした二人である。
そのときは、ちょうど剣士たちは地下迷宮を彷徨っていたタイミングであった。
キュルケたちは、そんな事情を把握するすべもなかった。

二人はコルベール、そしてアニエスとリュリュを探したが、『幽霊屋敷』の裏庭に彼らの姿はなかった。
使い魔のフレイムと視覚を共有してみても、しっぽの灯りに照らされた、細く薄暗い通路がうつるだけ。
彼はヴェルダンデの助力を得て、地下迷宮へと教師コルベールを救出しに向かっていたようだ。

「そうね……焦らずに、もうちょっと待ってれば良かったのかしらね……」
「……」

とはいえ、こちらも時間が惜しかった。
すぐに引き返し、剣士の戻って来るまでの間、自分たちは先にタルブの村の近くまで移動距離を稼いでおくべきと判断し、慎重に森の中を進軍した。
かくして、合流直前にあの男に見つかって、攻撃されてしまったのである。

(いえ……アニエスが居ても……あれは無理だったわよね)

キュルケは思いなおす。
たとえアニエスとデルフリンガーが居ても、あの放射状に広がる強烈な一撃だ、一本の魔法吸収剣で守れるのは精々自分たち三人の身だけ。
直後に隙を突いて反撃することくらいは出来たのかもしれないが、結果、あれだけの被害の出ることは防げなかっただろう、と。
竜騎士隊の副長もまた、ひどく悔しそうに拳を震わせていた。

「<サモナー>という男、まさかこれほどの使い手とは……圧倒的ではないか」

たった一撃の魔法で蹴散らされてしまうなど、いったい自分たちは何をしにここへ来たのだろう、と彼は苦々しげにつぶやいた。

理不尽だ―――皆の胸に、いくつもの疑問が浮かぶ。去り際のひとことも、あやしいことこの上ない。
―――あの男が、アルビオンの侵略よりこの国を守るつもりで、村で暴れている魔物たちや、あの恐ろしい<鬼火>の魔物どもを放った?
たとえ本当にそうだったのだとしても、たちの悪い冗談のようにしか思えない話だ。

「……冗談じゃないわよ!」

キュルケが目じりに涙を浮かべ、吐き捨てるように言った。
馬鹿にされているどころではない。ふつふつと怒りが湧いてきた。
本当に味方だと言うのであれば、どうしてこの国の人間まで攻撃するのだろうか―――とも思ってしまい、慌てて顔を覆ってかぶりをふる。
混沌を広げるもの、理不尽の権化、魔の力を振るうもの、ひっかきまわすもの。
あの男は、それ以上でもそれ以下でもない。なにかを期待するなど、筋違いにもほどがある。キュルケはそれを良く知っている。

「愚弄しおって……ただでは置かぬ……!」

子供のようにあしらわれた竜騎士隊の生き残りメイジたちも、憤懣やるせない様子である。
魔道士<サモナー>がどこの勢力に肩入れしていようとも、問答無用で撃退せよ―――というのが、王宮からの命令である。
彼らに迷うところは無いようだ。

「……おーい! おーい! キュルケー、タバサー!」

少女の声がひびき、彼らのもとに、上空よりなにかが降りてくるのが見えた。
レビテーションの魔法を使う、ギーシュ・ド・グラモンであった。その手に抱えているのは、白髪の少女ルイズ・フランソワーズだ。
ルイズは地表に到達すると、ギーシュに「ありがと、助かったわ!」と笑顔で一言つげてから、転がるようにしてキュルケたちへと走り寄ってきた。
ギーシュは精魂つきはてたように大きく息をついて、薔薇の杖を降ろし、くたくたとその場に座り込んだ。

「来てくれてありがとう、キュルケ!」
「ルイズ、無事だったのね!」

ルイズは脱いだ髑髏のヘルメットを放り投げ、キュルケの豊かな胸へと飛び込んで、顔をうずめた。
竜騎士隊の隊員たちは何が起きているのかわからず、タバサは複雑そうな気持ちのこもった視線をルイズへと向けていた。

「タバサ!」
「……」

続いて、ルイズは雪風のタバサへと抱きついた。
青い髪の少女はびくっ、と震え、しばらく何かに戸惑っていたようだが、そっと目を閉じて、やがて少し震える手で、ルイズの背中をぽんぽんと叩いた。

「……無事でよかった」

タバサにとって、北海の氷河のなかに放り出されたかのごとき厳しい状況のなかで、それはひとつだけ確かな、偽らざる気持ちのようである。
ルイズはにっこりと笑って、ちょっぴり鼻声で答える。

「あなたたちもね!」

妙な匂いが鼻をついたが、キュルケとタバサは気にしなかった。
疲れ果てた表情のギーシュ・ド・グラモンは、その光景を微笑みながらも眺めていた。

さて―――死地を乗り越えたもの同士の、再会タイムは終わる。
ルイズによって青いポータルが開かれ、そこから間髪入れずアニエスが飛びだしてきて、「ただちに事情を説明してくれ!」と息巻いた。
キュルケも「ねえ、どうして裏庭に居なかったのよ!」と返し、アニエスも「むっ」と不愉快そうに唸り、けんかになりそうなところを、慌てて周囲のものたちが止めた。
ルイズとギーシュ、そしてアニエスはそれぞれ、混乱中の竜騎士たちへと身分を明かした。

(なるほど、コレがあの噂のレモン嬢か……)

と、彼らは納得したようだ。どうやら出発前に枢機卿より、いろいろ取り扱い注意事項を聞かされているらしい。

「ねえ、いったい何がどうなってるの? あなたが嘘をついてここに残ってたことはともかく……それで、残った目的は果たせたのかしら? 説明してちょうだいルイズ!」

キュルケはルイズへと問いかけた。
アニエスも、タバサも、竜騎士隊の面々も、じっと白髪の少女を見つめている。
確かに、状況は相当に混沌としており、この場でいちど整理しておくことが必要のようであったが……

「村人たちを逃がすことはできたけれど……説明してたら長くなっちゃう、ごめんなさい時間がないわ、あとにして欲しいのよ!」

白髪の少女はそう言って、焦点の合わない目を、アニエスや竜騎士隊の面々へと向け、がばっと頭をさげた。

「お願いします、どうか、あの男を倒すのを手伝ってください! 早くしないと、あいつの操るドラゴンがたくさん戻って来るのです、今しかチャンスはありません!」

一同は唖然とするほかない。
魔道士の連れていたドラゴンの一群は、上空にてルイズの『恐怖』と『混乱』の呪いをうけて追い散らされてより、いまのところ呼び戻せてはいないようである。
ならば、ドラゴンたちの戻ってくるまでの今しか、あの魔道士を倒す機会はないのだろう、とルイズは考えているようだ。

「時間がありません! あの男さえ倒せば、必ずや、姫さまを救出するための道がひらけるのです!」

ルイズの当初の狙い……『始祖の祈祷書』には、いまだに何の変化も見られていないようだった。
ならば、別の方法を取らなければならない。

「やっと道が繋がったの! 姫さまを助けるためには、あの魔道士を倒して、その遺体を手にいれることが必要なの!!」

完全にイッてしまったような目で、少女は根拠の薄いことを力説している。
はるか浮遊大陸より、さらわれた王女を助け出す……それは蜘蛛の糸のうえを綱渡りするような、かすかな希望でしかない。
それでもルイズは、いまだ<虚無>を覚醒させられない以上、別の見えるほうの可能性に賭けるほかないと、気持ちを切り替えていた。

侵略戦争の始まってしまった今、こういった裏ワザ的ショートカットを除いて、アルビオンへと乗り込んでゆくいっさいの方法が存在しないというのも、確かなことだからである。

―――実のところ、<サモナー>ほどにあまりにも強力な魂を持った対象(Super Unique)については、リヴァイヴの術ですら蘇らせ従えるのは不可能なのだが……
試したことのない今のルイズを含め、この場の誰一人として知りえないことであった。
ルイズは諦めず、頑張れば必ず出来ると信じ、露ほどもそれを疑っていない。この気持ちが吉と出るか凶とでるかについては、まだ闇の中のようだ。

「どうかお願いします、手を貸してください! あとできちんと事情を説明することを約束いたします!」

白髪の少女は、震えながら、ふたたび大きく頭をさげた。一同の間に動揺が広がる。
キュルケたち、そして竜騎士たちにとってはなおさら、この不気味な白髪の少女が正気なのか、信じて良いのか、さっぱり判断がつかない。
おまけにこの白髪の少女、奇妙な造形の人形の首を片手に括り付けているだけでなく、全身くまなく煤や焼け焦げや土や血のような液体で汚れており、うっすらと生ゴミのような異臭まで放っているではないか。

「どのみち、私に異論はない。行こう」

アニエスが静かに言った。
わずかな可能性に賭けなければならないというのは、この国に住むものたちにとって、共通のことのようである。
可能なのは、行動することだ。
竜騎士隊の副長が、無表情で、キュルケを見た。彼らにとって信頼の置ける仲間となっていた彼女は、しっかりと頷きで返した。

「まあ……信じようにも信じられぬ話だが、<サモナー>打倒については、今回我々に与えられた任務である……急げというのなら、そうしてもよいだろう」

副長はドスの効いた声でそう言い、にやっと笑う。

「そして『あのド畜生』を倒し、そのおかげで姫殿下を助け出すことができたとするならば、……さきに散っていったものたちへの手向けとしても、特上の手柄となろう!!」

「「杖にかけて!」」、と皆が唱和し、それぞれの杖をかかげた。
ルイズは涙ぐんで、副長のごつごつした手を取って、そっと身体をよせ、ありがとうございます、と震える声で言った。
副長は少女の左手の『ガーゴイルヘッド』がべちゃりと体に当たったことと、漂うヘンな匂いに、ますます顔をしかめた。キュルケとアニエスは、肩をすくめて微笑んだ。
かくして、トリステイン王国特殊チームのこれからやるべきことは、大きな混乱もなく決まったようである。

「……とはいえ、いくつか確認しておかねばなるまい。あの黒い甲冑の一団は何者だね?」
「あれは、レコン=キスタから、あの魔道士を倒すために派遣された小隊です……いまのところは味方ですが、あの魔道士を撃破したとたん、敵にまわるかもしれません」

戦場では、<サモナー>の加わった魔物たちの軍団が、ふたたびガリアのガーゴイルたちを押し返しつつあるようにも見える。
黒い騎士はときおり魔道士に切りかかったり、なんと魔法(!)を放ったりもしているが、マナ・シールドではじかれたりテレポートでかわされたり、なかなか決定打を与えられないようだ。

ガーゴイルたちは劣勢となり、次々と倒されてゆく。
敵国の者たちとはいえ、<サモナー>打倒、という目的の一致している以上、ここは一時共闘が自然であろうと思われた。
起き上がってきたギーシュもくわえ、おのおのがマナ・ポーションを飲み下し、トリステインの一同は、ふたたび激戦のなかへと飛び込む準備を整えた。

ルイズが一同へと、山羊男には炎魔法が効かないこと、そして『メテオ』で降って来る火の玉の避け方をレクチャーしたあとのことだった。

「……待って」
「どうしたの?」

ずっと俯いて黙っていた青い髪の少女が、震える手で、ルイズの袖をそっと引っ張った。
耳元に血の気の引いた唇をよせて、もそもそと何事かを伝える。それを聞いたルイズの表情は、みるみるうちにひきつり、青ざめていった。
弱りきったように、タバサは顔をうつむかせたまま、かすれた声を出す。

「ごめん、……なさい」

タバサの眼鏡の奥、青い目より、ひとすじの涙がこぼれる。白髪の少女は、はあ、と切なげなため息をもらした。

「いいのよタバサ……あなたが謝るようなことじゃない。でも、後にしてね。姫さまを助けて、戦いが終わったあとに、拉致してちょうだい」
「……本当に、ごめんなさい……わたしは、逆らえない」
「いいの」

ルイズは手袋をはずす。
白く小さな手で、そっとタバサの頬をなでて、涙をぬぐってやってから、……自分に出来る限界までの、優しい声をこころがけて、耳元に唇を添えて、そっと囁き返す。
なにがあっても、私はあなたを嫌いになんて、ならないから……
それは言葉以上の気持ちのこめられた、メッセージだ。
たちまち少女の震えが止まり、ルイズは微笑んだ。二人を見ていたキュルケは、今にも泣き出してしまいそうな気持ちになった。
ルイズはポケットをあさり、キュルケのほうに向き直り、ちょちょいと手招きし、取り出したそれを手渡す。

「キュルケ、これ……南側のいちばん下の薬棚のカギよ、『アンロック』は効かないから。……中にね、こんなこともあろうかと作っておいた、マイナー版霊薬が入ってるのよ。あとで必要になったら使ってちょうだい」
「え? あ、ありがとう、ルイズ……でも、何であたしに渡すのよ?」

キュルケはそれを受け取って、戸惑ったように目をみひらいた。それから、「ああ、そういうことね……」とたちまち不機嫌そうな顔になる。
白髪の友人は、さらわれた姫を助けるために、このあとすぐに敵地のど真ん中……アルビオン大陸へと、飛んで行くつもりなのだ。
そして、失敗してすぐに帰れなくなった場合にそなえ、こうしてキュルケに、タバサの実家のことを頼んだのである。

ルイズは『イロのたいまつ』を取り出して、『骨の鎧』を張る。顔をあげたタバサが、『エナジー・シールド』を展開した。
白髪の少女はこの世の外を映すかのような深淵を瞳にうかべ、青い髪の少女は、その青く澄んだ瞳に強い決意を宿しているようであった。
疲れ顔のギーシュも、まだまだいけるぞ、と杖から花びらを飛ばし、ワルキューレを作り出す。
ゼロのルイズはグローブをはめなおし、髑髏のヘルメットを拾い、ぱんぱんと土をはらって、かぶった。そして、杖をかかげ、叫んだ。

「さあ、行きましょう!」
「トリステイン王国竜騎士隊、竜を降りても我らは負けぬ! 勇敢なる少女たちに続け!」

みなが決意の声をあげた。
『タルブ事変』、歴史の裏のひとつの重要な戦いが、幕をあける。


「我々はそこで真の地獄を見た」―――とは、のちに生還したひとりの竜騎士の言である。



―――

『トリステインの貴族たちよ、われら今ひととき杖と剣とをならべること、光栄なり』

黒い騎士が剣をかかげて、深い声をひびかせた。劣勢の彼らは、こちらとの共闘を受け入れてくれるようだ。
ガーゴイル軍団と競り合う魔物の群れを、背後より挟み撃ちするように、トリステインのメイジたちは戦闘を開始する。
山羊男たちには炎の魔法が効かない。炎メイジたちは直接、魔道士<サモナー>を狙い、そして黒衣のミイラ『ヴァンパイア』たちへと一斉射撃をかけた。

「行け、『ワルキューレ』ッ!!」
「ナイス、ギーシュ! 行くわよぉ―――『メテオ(Meteor)』!!」

新しい杖<RWリーフ>によって得た力、キュルケの呼び寄せた擬似隕石が、囮をつとめる一体のワルキューレごと、数匹のヴァンパイアたちを叩き潰した。
青銅のドットメイジの操る、土メイジなら誰にでも出来るような呪文は、恐ろしい敵モンスターからの呪文攻撃を防ぐために、このとき確かに役立ったのである。
ルイズの呪いがまきちらされ、雪風のタバサの呪文が、竜騎士たちの呪文が、ワルキューレにむらがる山羊男たちを刺し貫いてゆく。
アニエスはデルフリンガーをかまえ、呪いで皆の援護をしているルイズへと攻撃魔法のいかないように、しっかりと陣取っている。

「みんな下がって! でかいの行くわよ! コープスぅ……エぇクスプロージョンッ(Corpse Explosion:死体爆破)!!」

味方の目標地点からの退避を促したあと、満を持して解放されたのは―――死体に秘められし断末魔の苦しみパワー。
圧縮、増幅、そして解放のプロセスを経て、それは炎をともなう物理衝撃として、戦場に恐怖の華を咲かせる。
ズドオオオーン、と常識的に考えて普通飛び散ってはいけないものが飛散し、すさまじい熱と爆風が皆の一般常識と魔物たちとを同時に打ち砕き、屠りさってゆく。

あーっははははッハッハハハハハ……

「え、ちょ……やだ、なにこれ……」
「なんだろうね! なんだろうね! すまないが僕に問われても困るのだよミス!」

意外なことに初見であったキュルケは顔面蒼白になって口もとを押さえ、問われたギーシュはやけっぱちになって叫んだ。

「ふむ、汝、あくまで我の邪魔をすることを選ぶか」
「今日はおじさまの命日だからね……花火でお祝いしてあげてんのよ! さあ喜んでちょうだい!!」

続いて、近くへと出現した<サモナー>の足元の死体へと、ルイズは躊躇なく霊気をそそぎこむ。
さながら祝砲、誕生日パーティの主役へと捧げる豪勢なクラッカー、鳴らすタイミングはばっちりだ―――ずどーん!!

「ああ! おじさま、とってもしぶといのね……そんな詰まんない人生を続けてないで、今すぐ私のお願いを叶えてくれたらいいのに!」

直撃のはずが無傷であり、すぐそばに現れた魔道士に向かって、妖しく笑うルイズ・フランソワーズ。たちまち飛んできた氷魔法を、アニエスが打ち払う。
見るも無惨な爆心地を見て、かくんと顎をおとす一同。ひとり浅黒い肌の男は、あごに手をあてて奇妙な角度で首をかしげている。

「これ、死人占い師……汝もまたルーンに選ばれし同胞であり、魔道の探求者であるならば、われわれは共に歩むことができると思っていたぞ」

魔道士に真顔でそんなことを言われたので、ルイズは思わずびくっと硬直した。

「しかしな……このたび思うに、どうやら吾(われ)等二人は互いを理解しあえぬようだが、如何」

ルイズはうぐ、と唸った。「何を今更!」とも苛立たしく思うが、ひょっとするとこの男、今の今まで、本気でルイズを仲間に出来ると思っていたのかもしれない。
たちまち瞳の奥にドス黒いナニカの沈殿してゆく少女にかまわず、男はマイペースに続ける―――

「つねづね理解しようと努めれど、われには汝が何を言うておるのか、さっぱりと理解できぬのだ」
「……はぁ?」

正論だった。
このとき偶然、ルイズの友人を含めたトリステインのメイジたちも全員、気持ちをひとつにしていたのだという―――『おっしゃるとおり』と。
あたかもそれは戦場の奇跡。万に一つも通じ合うはずもなかろうと思われていた、敵味方の気持ちが、このとき確かに通じ合っていたようだった。
いっぽう、全身から青白い霊気を立ちのぼらせる、ゼロのネクロマンサー。

「なな何でわかんないの? ねえ、ねえあなた私のキモチ解ってくれないの? 馬鹿なの? 何で? わっわ私はね、私はねぇっ……」

真昼のなかでも宵闇を映す、深淵の瞳で男を睨みつけ、少女は杖を振る。
ずどん、ずどんと重たい爆音を、呪いの火の粉を、炎や衝撃や血肉やハラワタを戦場いっぱいにまきちらし、少女は叫ぶ。

「アナタの全てが欲しいのよ! ―――さぁっさと私のために[ピー]んでちょうだいって、いっいいい言ッてんのになんでわかってくんないのよおッ!!」

―――ずどどーん!!
一方、浅黒い肌の魔道士は、ぎりぎりのタイミングで今の一撃を逸らし、つづく爆風にもなんとか耐え切ったようだった。
はははは、と笑う男はよほど豪胆なのか、それとも彼もまた、すでに通常の人間の感覚からはズレたところにいるのか。

「残念ながら、われは魔道の探求のため、すでに全てをささげた身。それゆえ、汝には差し出せぬ。別の対価を求めるがよい」
「じゃあ今すぐ犬のように四つんばいになって、おしり出して! 出して!!」
「断る」

射程距離内に居さえすれば必中となる攻撃、ファイア・ゴーレムの纏う<ホーリー・ファイア>のオーラが、魔道士の<マナ・シールド>をぼうぼうと削ってゆく。
<マナ・シールド>による防御は、装備によって高められた属性レジストの恩恵を受けることができないようだ。
つまり、装備でどんなに高い火炎レジストを稼いでいたとしても、ルイズのゴーレムの近くに居るだけで、魔道士の精神力は時とともにごっそりと奪われてゆくのである。

ずど ど ど ど どぉおお……

「嘘つき! 嘘つき! さっきおじさま、何でもしてくれるって言ったのに! 私のためにぃい、いっ、言ってたのにこンのぉおお嘘つきぃッ!」

激昂する少女。
爆風で翻る煤だらけのぼろぼろマントとめくれるスカート。
「……痴話喧嘩……だと?」と小声でつぶやく竜騎士がひとり。
突っ込まない仲間たち。
飛び交う魔法と身の毛のよだつ叫び声。
ばらまかれるおぞましき呪いの火の粉、惜しみなく振るわれるやばすぎるスキル。
炎と煙と瓦礫と隕石と爆音とクレーターと猛毒とヘンな匂いとフネやガーゴイルの残骸とばらばら黒こげ死体と悪魔の骨と血肉とハラワタに彩られてゆくシエスタの故郷跡地。
遠いおそらに浮かび消えてゆく優しくはかない笑顔のシエスタ。
「自重してよ!」と泣き叫ぶキュルケ。腰を抜かすギーシュと死にそうなタバサ。
いろんなものを諦めた剣士アニエスはもうすぐ24才、またひとつ大人になる。
もう一刻もはやく帰りたいトリステイン特殊チーム一同。
かくも戦場は地獄である。

いっぽう<サモナー>は、呼び出しうる魔物のストックも、シールド維持のための精神力の余裕も、底をつきつつあるらしい。
その証拠に、男はここしばらく、ほとんど威力の高い攻撃魔法を放っていなかった。
それでもなんとか、決め手となる魔物を呼び出そうとしていたらしいが……やがて思いなおし、諦めたようである。

「ふむ、やはり旗色が悪い」

魔道士の男は悠然と、辺りにちらばる魔物の死体の山を見わたして、そう言った。はははは……

『魔に魅入られし男よ、観念せよ……地獄にて己が所業の報いを受けよ!』

太く深い叫び声。魔物の包囲を突破し、電光からみつく剣をふりかざし、ガリアの黒い騎士が斬りかかっていった。
人の身を失った騎士による、人の心を失った魔道士への、渾身の斬撃。
<サモナー>はとっさにそれを金色の杖で受けたが、すさまじい圧力、そして剣より発せられた追加の電撃攻撃が<マナ・シールド>を歪ませる。
すかさずワン・ツーのリズムで反対側から襲い来る、大きく頑丈な盾による一撃。

「むう……」
「―――『ウィンディ・アイシクル』」

脱出の方向を読みきって待ち構えていた、雪風の必殺魔法が直撃する。
いっぽう、ゼロのルイズはあたりを漂う霊魂のささやきに応え、古代語の呪文を詠唱し、始祖ラズマへと祈り、強く強く念じていた―――

……死者よ蘇れ、ラズマの大いなる導きにしたがい、わが戦場の儀式(Space Ritual)に集いたまえ!!

「『リヴァイヴ(蘇生)』!! もいっぴき『蘇生』!!!」

駄目押しとばかりに、ルイズは『ヴァンパイア』の死骸を二匹、立て続けに蘇らせて自軍へと参加させたのであった。
残っていた最後の敵『ヴァンパイア』たちに向けて、ルイズの手下は『メテオ』をぶちかまし、焼き尽くした。
間髪入れず、リヴァイヴド・ヴァンパイアたちは<サモナー>へとファイアー・ボールの照準をあわせ、放つ―――それいけっ、どーん、どどーん!!

かくして、この戦いの趨勢は、完全に決まったようである。

「潮時か、ははは、はは、まあ良かろう……」

あらかたの魔物を倒され、四方八方を敵にかこまれ窮地に追い込まれてもなお、男は超然とした態度を崩していなかった。
豪胆、というには語弊がある。この男、もしかすると、恐怖などのいっさいの感情が麻痺しているのかもしれない。
あるいは、この男にとっては、ありとあらゆることが、もはやただの遊びにしかすぎないのかもしれない。

「そろそろわれは帰るが―――汝ら我が助力、すなわち大いなるホラゾンの加護を拒否したことを、いずれあの世で後悔するがよい」

一切のやる気を感じさせない、捨て台詞であった。
ずれた金色の帽子を直しながら、男は赤い<ポータル>の前へと転移してゆく。
今回の彼の態度は、アルビオンの時と異なり、始終一貫して、与えられた仕事を嫌々と投げやりにこなす者のそれだったようにも思われた。
もう満足したと言わんばかりに、カードゲームの勝負を降りるかのように、あっさりとこの国での活動を放り出し、逃げるつもりのようだ。

「あっ、だめ、いやっ、帰っちゃだめぇ! 私のそばに居てよ!」

いっぽう、白髪の少女は必死に走る。ファイア・ゴーレムとリヴァイヴド・ヴァンパイアたちが追従してゆく。
彼女の目的は、彼の遺体を入手し、秘術リヴァイヴで従えることである。
せっかくここまで追い詰めて、結局逃げられてしまっては、その目的を果たせなくなってしまうではないか。

押し切れなかった―――とはいえ、無理もないことなのかもしれない。
今回は、ニューカッスルの戦場と異なり、彼の精神力の残量も膨大のようであった。
それは『デュリエル』のような大物を召喚していないせいだろうか、あるいは『別の場所』にあらかじめ大量召喚しておいた魔物を連れてきたただけだったのか。
いずれにせよ、彼の身を守るマナ・シールドの硬度は、ルイズが当初より想定していた分をはるかに超える、頑丈きわまりないものだったのである。

「に、逃がさないわよ! 今行くわ! 約束だから、どこまでもついてったげる!」

いつでも逃げられる、そんな自信があったからこその、余裕あふれる態度だったにちがいない。

『逃がしはせぬ』
「逃がすかッ、撃てえぃ!」
「ちっ、姉ちゃん走れえ! なんてこった、娘っ子のやつ、行っちまうつもりだあ!」
「あ、ああッ!」

魔法が飛びかい、黒い騎士が甲冑を鳴らしてがちゃがちゃと走り、一拍遅れてアニエスが駆け出した。

「キュルケ、母さまたちのことをお願い……シルフィードにも、よろしく伝えておいて」
「え? 何? 何?」

このとき小さな青髪の少女もまた、キュルケの返事を待たずに、全力で走り出していた。
逃げる青衣の魔道士へと、黒い甲冑の騎士が飛び掛っていった。
<サモナー>とラックダナンは、ほとんど同時に、赤いポータルの奥へと消えていった。
それに続く、ルイズ・フランソワーズ。

少女は、ポータルの前でくるり、とターンを決めた。ガイコツ兜からこぼれるよれよれの白い髪の毛を、ゆらり、と舞わせた。
埃や煤だらけの目じりに、涙が浮かんでいた。手を貸してくれたメイジたちへと、大きく一礼をした。

「ありがとう、ございました! 行ってきます、待っていてください! 私、ルイズ・フランソワーズは、杖に誓います……かならず、ぜったいに姫さまを無事に助け出してきます!!」

あっという間のことだった。
少女が消えたあと、炎のゴーレムとリヴァイヴド・モンスター二匹が、続いて飛び込んだ。
それに息を切らせた剣士アニエスと雪風のタバサが続き、近くに居た一人の竜騎士メイジがつられたように走りこんでゆく……

フワアアア……

次の瞬間、残された者たちは目を疑った。ルイズたちを飲み込んだ赤いポータルは、煙のように消えさってしまった。

行ってしまった。




そのあと―――

タルブ上空へと舞い戻ってきたドラゴンたちは、支配から解き放たれたらしく、アルビオン艦隊のほうやラ・ロシェール方面へと飛び去っていった。

指揮官の居なくなったガーゴイルたちが、槍をおさめた。
それらは、あらかじめ決められた魔法プログラムに従うかのように、戦闘を放棄して隊列をくみ、たちまち去っていってしまった。
やたらと高い魔法耐性をもつらしい頑丈なガーゴイルたちである、残ったメイジたちへと襲いかかってこなかったというのは、彼らにとって幸いなことであった。
もしかすると、この停戦は一時でも共に戦った者たちへの、ガリア騎士によるはからいなのかもしれない。

唖然とするキュルケとギーシュ、生き残りの竜騎士隊の面々、のこりわずかな山羊男たちが、『むかしタルブの村があった場所』に立っていた。

「うぐ、……ま、まずは、こやつらを掃討するぞ!」

副長の号令で我にかえった一同は、慌てて魔物たちへと攻撃を加える。
これを全滅せしめるまで、ほとんど時間はかからなかった。

火山の噴火や暴風雨にもまさる混乱のひとときが、こうして過ぎ去り―――

「終わったな」
「ああ、終わってる戦いだったな」
「終わってんのかな、この国」
「なんだかいろんな意味で終わっていたな、正直無いですわアレ……」

決死の戦いを終え、やつれ果てた竜騎士メイジたちが、ぽつりぽつりとそんな会話をしていた。
一同は事前に枢機卿より『ルイズ嬢に関するものごとは国家機密であり、他言してはならぬ』と仰せつかっていたので、多少は覚悟してきていたのだそうな。

「でも、姫殿下がいちばん信頼を置いている令嬢なんだよな、……ごにょごにょ、らしいし」
「間違いないんだろうな……だがよ、信じられるか?」
「信じるほかないだろう、おれたちの王女さまなんだ」
「それにしても、なあ……」
「ああ……」

そこから先は言葉に出せぬ。

((……なんてこった、あんなのが、伝説の<虚無>だなんて!))

おお始祖ブリミルよ―――いったいあんたナニ考えてあんなひどすぎる系統を作りたもうたのか!!
混乱を避けるため、行った先でゼロのルイズが見慣れぬワザを使うかもしれないが、それは伝説の『虚無』だから問題ナシですよ、と説明されていた彼らである。
無理もない。枢機卿の方便のせいで、彼らのなかの始祖の株はダダ下がりのようであった。むろん全くのとばっちりである。

「行っちゃったわね」
「ああ……そうだね」
「ルイズたちなら、大丈夫よ」
「そうかな? ……僕は心配でたまらないよ。ミス、きみはどうして大丈夫だと思うのかね?」

ギーシュがそんな風に問うてきたので、キュルケは少し苦笑いをして、答える。

「だってあの子、いつもどおり余裕ぶっこいて、笑ってたじゃない。あれを見ると、なんだか安心しちゃうのよね」

自分の正気を疑うような、認めたくもないことだが、それは赤い髪の少女にとって、いまのところ正直な気持ちである。
少年は冷や汗を流し、頭を掻いた。

「はあ、そういうものかね? ……逆に、よけいに心配になるじゃないか」
「ま、あれだけ大口叩いて人を振り回したあげく、失敗するなんて、無いわ。アニエスもタバサも居るし、世界中どこに行っても、ポータルで戻ってこれるわよ」
「……そ、そうだね、きっときみの言う通りだとも」

二人は笑いあった。自分たちがこの場で出来ることは、ここまでのようである。

「さあて、あたしたち、学院に戻らないとね……向こうから、またすぐに呼び出されないとも限らないし」
「うむ、ぼくたちは帰ろうか、ミス・ツェルプストー」

キュルケが遠い目で言った言葉に、ギーシュが背伸びをしつつ答えた。
焦げた髪の先をいじくり、あくびをしかけて、たちまち二人して真顔になって……

「……来てるよ」
「ええ」
「この国は、どうなるのかなあ……」
「ごめん、あたしに聞かれても、解んない」
「終わりたくないね」
「あたしも……」

二人そろって、ただ静かにおのれの無力さを感じつつ、迫り来るアルビオン艦隊をぼんやりと眺めていた。
竜騎士隊の生き残りたちも、心底疲れきった顔で力なく杖をおろし、その終末の光景を見上げていた。

「今までのは一体、なんの騒ぎだったのか……悪い夢でも見ていたかのようだ」

ひとりの髭のりりしい男性メイジの、そんなつぶやきが、皆の気持ちを代弁していた。
大きな不安が一同を包んでいた―――結局国が滅びてしまうのなら、自分たちが命をかけてやったことは、無駄に終わってしまうのではなかろうか?
この煮え切らない結果へとたどり着くまでに、たくさんの犠牲を出した……そんな事実が、戦いを終えた今になって、身を切られるようにして、彼らへと襲い掛かっている。
やがて、副長が重々しく口をひらいた。

「わけがわからぬのは私も同じだ……だが、我々はベストを尽くし、力を合わせてあの男を追い詰め、最低限にせよ任務を果たしたのだ。それだけは、間違いない事実だ」

隊長の遺志をひきつぎ、はからずも責任ある立場となった副長は、いくつものおぞましい光景をその目で見るなかで、ひとつのことを理解していたようである。
それは、たとえ一時でもあの魔道士の力を借りたとしたら、この国はアルビオンに占領されるよりも、もっとひどいことになっていたにちがいない、ということ。
―――我々は、この国のひとびとの未来を守るために、間違いなく正しい選択をし、出来る限りのことを成し遂げたのだ、と。
とどめを刺す役割は、追って行った彼女たちに任せるほかない。

「我々は祈ろうではないか―――どうか彼女たちに、始祖ブリミルの加護のあらんことを」

副長はぱん、と手を叩いて場を締めた。続いて、杖を胸に抱き、それぞれ祈りをささげることになる。
過程はどうあれ、彼らは見事に<サモナー>の撃退に成功したのである。ここから先は、彼ら彼女らの仕事ではない。きちんと編成された軍隊の出番である。
『正直、あんなのに目ぇつけられた時点でもう終わりだろ』と思っても口には出さない。
竜騎士のひとりが、「アルビオン艦隊の偵察のために、私は竜を呼んでここに残ろう」と言い、副長がそれを承認した。

「本当に、ありがとうございました……あなたがたの情熱、この微熱のキュルケ、生涯忘れません」
「いや、なに、国のため家族のために、当然のことをしたまでだ」
「これからも、そうするだけさ……きみたちは若い娘で、他国からの留学生なのに、本当によくやってくれた」

心のこもったキュルケの言葉に、隊員たちは口々にそんな風に答えた。
直後、大切なことを思い出したかのように、キュルケははっと顔をこわばらせる。そして、青銅のギーシュへと呼びかけた。

「あっ、大変……待って」
「何だね?」
「ギーシュ、あなた<ポータル>を使わないで帰って欲しいのよ。いったんシルフィードのところに行って、乗せていってもらってくださらない?」
「え?」

赤い髪の少女には、青い髪の親友より託された、大切な用事があったのだ。
そろそろギーシュとモンモランシー、シエスタ、そして疾風のギトーの四人が、昨日最後にポータルを使用してから、二十四時間の時が経過するころだ。
大きなアドバンテージ―――すなわちパーティの一部の編成組み換えが、可能となるかもしれないのである。

「このままだと、あの竜騎士のお兄さんが帰れなくなっちゃうわ。それに、ルイズのため、お姫さまのため……タバサのためでもあるのよ……ねえ、お願いギーシュ」

ルイズが王女との合流に成功したときのために、あるいは親友の大切な家族を守るために、三人に着いていった竜騎士の帰り道を確保するために。
『幽霊屋敷パーティ』は定員8人の人数枠を、いくつか空けておかなくてはならないのである。ギーシュは血相を変えた。

「ああっ、じゃあ僕は今すぐに、モンモランシーたちを探しにいかなければ! ポータルを使わないように頼んでおかないと!」
「ありがとう、そうしていただけると助かるわ」

竜騎士隊の面々は、このあといったん自分たちのドラゴンと合流し、森に落ちた仲間の捜索に向かうつもりのようだ。
すべての戦いが終わったとき、彼らはふたたびこの場所に、仲間たちの遺体を回収するためにやってくるのだろう。
ギーシュは立ち去りかけて、ああそうそう、と振り向く。

「……ところで、ミス・タバサの使い魔は、ぼくが話しかけても解る子なのかね? ぼくだけがひとりで行って、乗せてくれると思うかい?」
「え……ええ、そうね。とても頭のいい子だから、きちんと説明すれば……うん、きっとわかってくれると思うわ」

赤い髪の少女は、表情を少しひきつらせて、そう言うほかなかった。

(あらタバサってば、シルフィの秘密、ギーシュにも話してないのかしら? こうしてみると、案外イイ男だし、信頼できそうなのにね……)

不意に、今回の戦いで散っていった、男たちのことを思い出し―――

(イイ男といえば……居たわ、すごく、たくさん……もう、会えないひとたち……奥さんとか、婚約者とか居たのよね、きっと)

戦いというもの、そして命のやりとりというものが、ただ華々しいだけのものではないことを知る。

(もう素敵な恋も、出来ないのよ……ああ、人が死ぬって、そういうこと……)

異国の少女を、現実が襲う。
往々にして、人の死を受け入れるためには、人の心の容量はあまりに狭すぎるものなのだという。

(ああ、ルイズ……あの人たちのためにも、自分で誓ったことくらいは、ぜったいに果たしてきなさいよ。お願い、ほんとお願いだから……)

ぐぐっと胸をおさえ、荒れ果てた村の跡に吹く煙混じりの風の中へと、キュルケはひとりはらはらと、涙を散らせるのであった。









//// 25-2:【星空に君と(Quest From Diablo2:The Arcane Sanctuary:Act2 Q4)】

―――Now Entering...

星空だった。それも見渡す限りいちめんの、漆黒のなかに銀砂をばらまいたかのような。
二人の少女と、ひとりの大人の女性、ひとりの大人の男性は、あんぐりと口をあけて、その摩訶不思議な光景へと見入っていた。
燃えさかる炎でできたゴーレムと、薄暗い影をまとう二匹のミイラのモンスターが、傍に控えている。

「なんて、素敵(Fantastic)……」

禍々しい髑髏の兜をかぶった細身の少女が、ぽつりとそう言った。
彼女の隣に居る、長い杖を手にした青い髪の少女も、きっとこの景色に圧倒されているのだろう、青い目を大きく見開いていた。
周囲は静まり返り、ときどき炎のゴーレムのぱちぱちと燃焼する音だけが、あたりに響いている。

「……」
「……な、なな、何だ、ここは……」

思わず三人に付いてきてしまった一人のトリステイン竜騎士隊の男性メイジも、大きく口をあけ、驚愕の表情を張り付かせている。
彼は本日、いくつも信じられないような光景を見てきたのだが、まだまだ彼の驚愕タイムには終わりが見えないようだ。

「解るか、ミス?」
「ええ」

前髪を切りそろえた剣士の女性アニエスが、ドクロの少女……ルイズ・フランソワーズへと問いかけた。
古き剣デルフリンガーも、「おでれーた……」とひとこと言ったきり、口をつぐんでいる。
そこは、あまりに常識からかけ離れた空間―――先ほどまでは昼だったのに、赤い<ポータル>を抜ければ、どうしてかその先は夜の世界。
奇妙なことに、夜空にはあの見慣れた二つの月さえも無い。

それどころか、上下左右何処を見ても、星、星、星……自分たちの立っている道を除きどこまでも、星空はひたすらに広がっていたのだ。
輝く星々は、どういうわけか高速で、一方にむかって流れてゆく。

四方どこにも壁が存在しない。空も、大地すらもが存在しない。
ただ、薄灰色の石の道が何本か、短い階段で繋がりあい、どこまでも遠くに向かって長く長く続いているだけだ。四人と三体は、その道の上に立っている。
幅2メイルほどの石の足場を虚空より支える無数の太い柱、そのひとつひとつには、精巧な悪魔の姿の彫刻がなされている。その下は、また星空。

「ここが、『秘密の聖域(The Arcane Sanctuary)』なんだわ……大昔に大魔導師<ホラゾン>の作った、隠れ家よ」

無数の『またたかない星』の輝きの流れてゆく漆黒の宇宙空間、そこに浮かぶ壁の無い足場、彫刻のついた柱、足場同士をつなぐ階段、薄暗くぼんやりと発光するタイルの道、点在する篝火や青白い街灯が、ここのすべて。
ルイズ・フランソワーズは、以前読んだ禁書、異世界魔術の歴史書の内容を思い出していた。
聞き覚えのない話ばかりをされて、三人についてきた若い竜騎士の男性は、目を白黒させ、額に手をあてている。

「……いかん、目が回りそうだ」
「どうなっているんだ……おかしいぞ、いろいろと」

剣士アニエスが夜空を見上げると、そこには右隣の足場に掘り込まれた精巧な彫刻が見える。
石の足場からは、装飾の施された柱が何本も垂直に伸びており、それは『となりの足場へと繋がっている』―――信じられるだろうか?
右を見れば、真上が見える。正面を向いて目を凝らせば、はるか遠くに、なんと自分たち四人と三体の背中が見えてしまう。

「ええ、その通り、おかしい場所……はっきり言って、天才の所業ね。私たちの想像もつかないほどに高度な、失われし魔法技術の結晶なのよ」

ここは文字通り異次元の空間。
時間と空間がねじまがってあちらこちらで繋がり合っており、道が現実には存在できない、いわゆる『不可能立体』を形作っているのである。

おまけに夜空を埋め尽くす星々は、かなりの勢いで一方へと流れてゆく―――それは、この場所が高速で宇宙空間を移動していることを示している。
この場所は、ルイズの生涯の目的のため求めてやまなかった、ハルケギニアの外。この空間のどこかに、はるか遠きサンクチュアリ世界との接点があるにちがいない。
白髪の少女は悲しそうな表情で、ため息をつく。どうして、こんなに忙しいときに……

「はあ……時間さえ許してくれるのなら……じっくりと研究するのになぁ……」

ここに居れば、上下左右の感覚だけでなく、時間の感覚さえも失われてゆくようだ。夜も昼の区別すらも存在しないのだろう。
事実、この不思議な空間はあちらこちらで、時間の進み具合もいくぶんか異なっているようでもあった。
自分たちより先にポータルへと飛び込んだはずの<サモナー>の姿も、騎士ラックダナンも、いまのところ四人の周囲には見当たらないのである。

「……きれい」
「そうね、とっても綺麗なところだわ」
「こんなにも美しい景色があるなんて、信じられない」
「うん、私も……」

ルイズとタバサ、二人の少女は、あたかも戦いの最中だということを忘れてしまったかのように、いちめんの星空を眺めていた。
360度、どこを見わたしても星の海原。赤や黄色、橙、ときに青白く光る星。流れてゆく光の粉のような天の川、そして時と共に姿を変えるまったく見覚えのない星座たち。
幽霊屋敷の裏庭から眺めたものよりも、昨夜のタルブの草原の空に広がっていたものよりも、それははるかに圧倒的で、神秘的な光景だった。
吸い込まれそうになる。まるでたった二人、宇宙のど真ん中に放り出され、迷子になってしまったかのようにして……

「広い」
「……そうね、宇宙はこんなにも」
「これが、あなたのいつも見ている世界?」
「えっ?」

青い髪の少女が、不意にそんな不思議な質問をしてきたので、ルイズは戸惑った。
そして、やがて意図を読み取ったかのように、静かに微笑んで答える。

「んー……いいえ、似てるようで違うわね。このあたりには、生命の輝きも、ほとんど感じられないもの」
「そう?」
「そうよ、さびしい場所なの……ここは言ってしまえば、ホラゾンが自分のために作った牢獄みたいな場所。……彼はたった一人きりで、何世紀もの間、ここに住んでいたんだわ」

タバサは静かに聞いている。

「気の遠くなるような長い時間、ひたすら悪魔に対抗するための技を研究しつづけて……きっと疲れたらこうやって、星を眺めてたのよ」

ルイズは目を閉じて、ただこうして隣に居てくれるだけで不思議と心を強くしてくれる友へと、心の底から自然と湧き出してくる素直な言葉をつむいでゆく。

「どんなに星を眺めても、どんなに強い力を持っていたとしても、どんなに富を持っていたとしても……、一人きりじゃ、意味ないのにね」
「……」

人間一人の生涯において、決して手の届かない、大いなる輝き……星空はときに人を素直にする。
どんなに美しいものも、たった一人で見るだけでは、その価値も半減してしまうことだろう。美味しいものを食べるときも、そうだ。
人が着飾るのも、本を書くのも、美術品を作るのも、歌を歌うのも、どこかにいる他者へとむけて、おのれという存在を表現するためなのだという。
彼ら美に携わるもの曰く、世界中にたった一人だけでも理解してくれようとする人が居てくれるだけで、ずいぶんと違うものらしい。

ここにいるのは、かつて他の誰と比べても、たくさんの『ひとりきり』を経験してきた、白髪と青髪の二人の少女。
このとき、絆に飢えた二人の気持ちは、寂しい心の奥底のほうで、しっかりとつながり合っているようでもあった。

「私は、どんなに綺麗なところでも……一人きりで居るのは、いやだわ」
「……わたしも」
「うん」

言葉がとぎれる。言いたいこと伝えたいことが、星の数のようにたくさん湧き上がってきてしまう。
しかし小さな二人は、同じ方向を見つめたまま、語らない。
お互いに、これ以上何を言っても、大切な今を打ち砕いてしまうような、取り返しのつかない不必要などこかへと踏み込んでしまうような気がしていたからだ。

目の前の星空は音も立てずに動き続け、ひとたび生まれた星座も、次の瞬間には消えてゆく。
―――いったいどうして、時間は止まってくれないのだろう。
明日は今日よりもきっとマシな日になると、明後日も今までのようにいっしょに居られると、大好きなみんなで笑いあえる日がくると、信じていたいのに。

ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、これからの戦いを無事に終えたとしても、あとで友人に拉致されてゆかねばならない。
これからの戦いに勝てる保証もない。無事に今までどおりの生活を送ってゆける保証もない。

戦いに勝って、王女を助け出すという目的を果たせて、万が一、その後のガリアへの拉致から帰ってこられたとしても……
先に、今回の戦争で、トリステイン王国は滅びてしまうのかもしれない。
たとえ国が滅びずに済んだとしても……次はレコン・キスタおよびガリアとの全面戦争になるのかもしれない。
帰る場所がなくなってしまえば、今までのようにはいられない。

王女誘拐に利用された<ウェイ・ポイント>を設置したルイズは、国をふたたび危機にさらした責を問われるのかもしれない。
大貴族の娘を拉致する命令を受けたタバサは、留学生保護のための条約に違反したことがばれてしまうと、トリステイン国内に居られなくなるのかもしれない。
一緒にきれいな星空を見ていられるのも、これが最後なのかもしれない。
何をやっても、無駄に終わってしまうのかもしれない。

ただ、この先どうなろうとも……
二人の少女はただ、今このとき、互いが隣に居てくれて、同じ美しい景色を見ているということを、とてもとても嬉しく感じていた。
それだけが、確かなことであった。

―――カラン、どすん。

ポータルへと飛び込んでから三分の時がたち、リヴァイヴド・モンスターの二匹の『ヴァンパイア』が力なく倒れ、杖が音を立てて石のタイルに転がった。
大人たち二人、そして空気を読んで黙っていたデルフリンガーが、そろって「おほん」と咳払いをした。
少女二人はひどく名残惜しそうに、二人だけの世界から現実へと戻ってきた。

「えーと、そのだな……」と真面目な剣士は気まずそうに話しかける。
彼女は未だに、この仲良し少女ふたりの関係がいったいどういうものなのか、図りかねているようだ。

「すまない、私たちのことを忘れないでくれ……一刻もはやく、あの魔道士を捜しだし、今度こそ打倒せねばならんのだろう」
「こんな得体の知れぬ場所まで付いてきてしまった以上、おれにはきみたちに同行するほか、一切の選択肢がないのだ。どうか指示をたのむ」
「え、ええ……」

若い竜騎士の男性も、心底困ったように弱々しい表情で、アニエスの言葉をひきついだ。
彼は不幸なことに、この敵よりも得体の知れぬ少女についてゆくほか、ここから生きて国へと帰れるいっさいの方法がないのである。
ルイズは頷き、まず彼とタバサへとマナ・ポーションを手渡し、飲めという。アニエスは苦笑して、鞄より自分の水筒を取り出した。

「勝利を願って……かんぱい!」
「……か、乾杯」
「乾杯!」
「…………」

音頭をとって、ぐい、といっせいに小瓶や水筒の中身をあおる。
お世辞にも美味しいと言える液体ではないので、アニエス以外の一同は微妙な表情となるほかない。

続いて、ルイズはさきほど自分に従い戦ってくれたヴァンパイアたちの躯へと視線をむけ、「ありがとう、お休みなさい」と声をかけた。
最初に付いてきてくれていたスケルタル・メイジたち、盾で守ってくれたスケルトンたち、背に乗せてくれたドラゴン、そして散っていった者たち……タルブの村に漂っていた、たくさんの霊魂たちのことを思い浮かべる。
振り返るのは、またいずれ。『イロのたいまつ』をかかげ、疲れきった体に活を入れ、今は進軍のときだ。

「さぁて……お願い私のタマちゃん! 道案内よろしく!」

ふわん……と、白髪の少女の体内より、白く輝く炎の人魂、『ボーン・スピリット(Bone Spirit)』が浮かび上がってきた。
周囲の生命力を探知する能力をもつこの自慢の使い魔ならば、あの魔道士のもとへと、四人を導いてくれるかもしれない。
度重なる理解不能なブツの登場に、竜騎士の彼はうぐぐ、と喉を鳴らして堪え、アニエスが「まあまあ」となだめた。
そしてルイズの表情は、みるみる残念そうなものになってゆく。

「あーっ……そ、そっか、駄目なのね」

どうやらあの男は、骨の精霊によって探知可能な距離の、外にいるらしい。
ボーン・スピリットは、白髪の少女の周囲をくるくる回って、残念無念の意思表示をしていた。
私たちには時間が無いのに……とルイズは焦るほかない。このまま、広い迷宮内を足を使って探索するしかないのか、と思ったとき。
救いの手は、思いもよらぬところからやってきた。ルイズの表情は、驚愕、そして歓喜へと移り変わってゆき、とうとうじんわりと目じりに涙が浮かんできた。

「あ、あなたは……ああっ、ありがとうございます!」

いつも危なっかしい白髪の少女を、いつも背後より見守ってくれている、物言わぬそれ―――昔のロマリア法王の亡霊が、このときしっかりと一方を指差していたのである。
他人には見えぬ彼へと、ルイズは頭を下げて、丁重に礼を言った。他のメンバーは不思議そうに、そんな不可解な行動をとる不気味な彼女をぼんやりと見ているほかなかった。

「行きましょう! あいつの首根っこ脊髄ごと引っこ抜いて、ついでにクロムウェルを締め上げて、姫さまを連れて帰りましょう!」

守護霊の指差した方向へと、星空に浮かぶ石畳の上を、ゼロのルイズは迷いなく歩み出した。骨の精霊が力強く、彼女の行く手を照らしていた。
<思い出>の杖を握りしめ隣を行くのは、雪風のタバサ。背後に炎のゴーレムが続く。若い平民剣士が堂々と、若い竜騎士がおっかなびっくり、追従していった。
やがて、ぽつりとアニエスが言う―――

「ところでミス・ヴァリエール、我々は、走るべきだ」
「……そ、その通りかも……だけど」
「ほら、<スタミナ・ポーション>なら、こうして持ってきているぞ……戦士はスタミナが売りだからな」
「っ……ありがと! ―――走りましょう、みんな!!」

この宇宙の片隅に放り出された四人、その心のいずれにも、実のところは大きな無力感―――もう何をやっても無駄なんじゃないか、との弱く悲しい気持ちが無いわけではない。
しかしこの四人の心には、来たる荒々しい運命の大波にたいし、『逃げる』という選択肢だけは頑として存在しない、存在しないのだ。




―――

黒い甲冑の騎士ラックダナンは、かつてサンクチュアリ西方の王国、カンデュラスの騎士団長であった。
名君レオリック王に忠誠を誓い、人々の信頼もあつく、腕も立ち、誉れも高く『英雄のなかの英雄』と呼ばれていた。

彼は魔王ディアブロ(Diablo)のせいで、悲惨なる運命へと巻き込まれていった。
トリストラムの街の荒れ果てた修道院……その地下奥深くで、封印されていた恐怖の王(Diablo:Lord Of Terror)が目覚めたときから、彼の人生は否応なく転落の一途をたどる。

魔王の影響によって、ある日とつぜん、レオリック王は変心した。
寡黙になり、人を信じられなくなり、ささいなことに怯え、残虐になった。側近をつぎつぎと追放し、ときに殺していった。
カンデュラスの国は、たちまちおかしくなった。
あろうことか、レオリック王は隣国ウェストマーチへと勝てる見込みの無い戦争を始めるに至った。
無意味で不利な戦争、死を約束されし最前線へは、王をいさめた忠義の側近たちが次々と送り込まれていった。

ある日、王の息子アルブレヒト王子が誘拐された。王子はトリストラムのダンジョン地下深くへと連れ去られたのだという。
狂気のレオリック王は、近衛兵に命じて、街の住民をたくさん処刑した。
それだけでなく、ラックダナンが街の住民と共謀して王子を連れ去ったのだと決め付けた。

正義の心を失っていない仲間の騎士団員たちを連れて、修道院のダンジョン地下深くへと呼び出されたラックダナンを待っていたのは……
自分たちを皆殺しにしようとする、変わり果てた主君、そして邪悪に堕した近衛兵たちによる、十重二十重の包囲網だった。

どうしてこうなったのか?
何がいけなかったのだろうか?

そんな疑問に答えを与えてくれるような者など、どこにも存在しなかった。
騎士団長は、幾人もの仲間を失いつつも、とうとう近衛兵たちを打ち破り、レオリック王へと詰め寄った。

王よ、どうしてあなたは、こんなひどいことを繰り返すのか?
罪もなき人々をたくさん処刑し、あなたはいったい何を望むのか?

レオリック王は返答の代わりに、呪った。
トリストラムの住民に災いあれ、滅びあれ、何度失敗しようと、余はおまえたちを皆殺しにするまで止めぬ、と。
わが憎悪をぜったいに忘れるな、昼夜問わず恐怖におののけ、完全なる破壊にその身をさらすがよい。
ラックダナン、おまえもだ、おまえもだ、おまえこそが呪われるに相応しい……

高潔だった名君は見る影もなく、完全なる狂気に落ちていた。
聡明なる騎士団長は、すぐに理解した。なにか得体の知れない恐ろしいものが、国王の身を乗っ取ろうとしている……!!
このままでは、取り返しのつかないことになる。いずれにせよ、放っておくという手は無かった。

王のために、民のために、世界のために、やれるのはこの場でただひとり自分だけだった。
彼は涙を流し、剣を抜く。繰言のように呪詛をはき続ける王を―――斬った。……おおぉぉぉぉおお!!

王の死の間際の言葉を通じて、魔王ディアブロの呪いが、ラックダナンの身を縛った。

その日より、呪いあれ、災いあれ、堕ちよ、堕ちよ、堕ちよ堕ちよ堕ちよ堕ちよタマシイを委ねよ委ねよ委ねよ―――と、万物がひっきりなしに彼へと囁きかけるようになったのだ。

それから、どれだけの時がたったのか……
魔の迷宮の地下十四階、ディアブロのダンジョンは彼の身と魂を押しとどめ、逃さなかった。
入れかわりたちかわりやってくるおぞましいモンスターどもの襲撃により、仲間はすべて倒れてしまった。
魔物の返り血を浴びるたび、ひとり迷宮を彷徨うラックダナンの身体は、しだいに魔物のそれへと変質していった。

かつて銀色に磨き上げられていた鎧は、ますます硬くなり、迷宮の闇を吸い取って、黒く黒くなってゆく。
疲れ果て、飢えて渇ききった彼の肉体は、ますます強烈な魔の気配をおびてゆく鎧に食われ、身体の内側からじわじわと吸収されてゆく。
血の騎士(Blood Knight)……ここに、ラックダナン(Lachdanan )という名の一匹のスーパーユニーク・モンスターが誕生する……
しかし、強靭なる彼の心は、誇り高き人間のままであろうという意思は、恐怖の王の揺さぶりに耐え、魔物の身体のなかに宿るようになってさえ、決して折れてはいなかった。

迷宮で見つけた一冊の書物に書かれていた、『黄金の霊薬』という薬の存在だけが、彼をむしばむ狂気と魔物の身から解き放ってくれるであろう、かすかな希望となっていた。

そんなある日、迷宮を彷徨う彼の元に、三人の人間が通りかかった。
魔物と見るなり襲い掛かってきた彼ら三人を、必死に止め、ラックダナンは和解に成功した。
その三人は迷宮の中で出会い、利害が一致したために探索を共にしている、腕利き冒険者のパーティなのだという。

ひとりは筋骨たくましい、さすらいの冒険者の男(Warrior)……ひたすらに寡黙だが、強い自信と意思とを感じさせる目つきをしていた。
おれは王子を助け名をあげる、と言った。「旅費と強い装備」、とも、ぼそぼそと言葉少なに語った。
彼は名に聞こえた装備をまとい、強力な『迅速なる王の剣(King's Sword Of Haste)』を帯びていた。

もうひとりは、女性だった。『見えざる目教団』の戦闘シスター(Rogue)大隊の長であり、『血の大鴉(Blood Raven)』という二つ名をもつという。
彼女は盲目のようだが、研ぎ澄まされた心の目であらゆるものを見通し、ひとたび弓を射れば百発百中なのだという。
世にはびこる邪悪の元凶を倒すため、そして腕試しのために来た、と言った。おまえの魂を尊敬し、境遇に同情しよう、とも。

最後のひとりは、ヴィジュズレイ魔術氏団より派遣されてやってきたという、浅黒い肌の魔道師(Sorceror)だった。
精霊魔法の実戦テスト、およびこの迷宮に眠る古代魔術の秘密を得るために来たのだが、そのついでに魔王ディアブロを倒してやろうと思ってな、と浮世離れした態度で言った。
わがヴィジュズレイにとっても、邪悪の打倒は急務である、われが汝らの仇をとってやろう、ははははは、と笑いながら。

その三人(DiabloⅠPlayer Characters)は、おのおのが異様きわまる雰囲気を放っていた。
皆がそれぞれ、騎士団長をつとめた自分よりも、ずっと腕の立つ冒険者なのだろう、と思われた。

騎士は、彼らへと『黄金の霊薬』の探索を依頼する。
報酬はラックダナンの身につけている強力な装備(兜や盾や籠手)を与える、ということで彼らは引き受けてくれたのだが……

そのクエストが果たされることは無かった。

ある日、ディアブロの断末魔の声が迷宮を揺るがした。
それを機に、魔物たちの出現は止まった。しかし、魔王が倒れたはずなのに、ラックダナンが迷宮と呪いから解放されることは無かった。
あのときの三人によって、魔王ディアブロ……その写し身は倒されたのだろう。

そして、魔王は新しい寄り代……つまり、凶悪な魔物の徘徊する迷宮を少人数で突破し、あげく自分の写し身を打ち倒すほどの『世界最強の冒険者』の肉体を得たのかもしれない。
結局、彼らは何のために戦ったのだろうか―――この迷宮そのものが、狡猾な恐怖の王による、新しい強力な肉体を得るためのワナだったのだ。
その後の冒険仲間、残りの二人がどうなったのかについては、想像もつかなかった。
地上のトリストラムの街がどうなったのか……そして恐るべき魔王の完全復活が、このサンクチュアリ世界をどうしてしまうのかについても、いっさいの想像はつかなかった。

ふたたび時がたち……はるか遠い異世界ハルケギニア、ガリアの地にて、騎士と魔道師の二人は思わぬ再会をとげたのである。

さまよえるラックダナンを異世界へと召喚したのは、青髪のうら若き王女であった。
騎士は、魔王の影響の及ばぬ地に来たことにより、狂気の呪いから解き放たれることができ、それはそれは喜んだものである。
彼は王女へと忠誠を誓い、北花壇騎士団の一員として働き、性格のひねくれた彼女の面倒を見る日々を送っていた。

一方、あの魔道師は、国王ジョゼフに取り入って、何事かの企みを成そうとしていたらしい。
無能王と呼ばれるジョゼフは、まるで狂人かと思われるほどに、やりたい放題の男であった。魔道士は王に気に入られ、一緒にさまざまな暗躍を行っていたようだ。
王は己が虚無の使い魔<ミョズニトニルン>の女をアルビオン大陸へと派遣し、反王権組織レコン=キスタを立ち上げさせ内乱を煽ったりもしていた。

ある日、アルビオン大陸とガリア国内に<サンクチュアリ>世界のモンスターが発生するようになり、浮遊大陸にて<ミョズニトニルン>が消息を絶つ。
その最後の知らせにより、王はあの魔道士の企みに気づいたのだという。
翌日、魔道師<サモナー>は魔王ディアブロを、ハルケギニアへと降ろそうとしていた。
ほかでもない、国王ジョゼフの身体を寄り代にしようとしたのであった。そして、その試みは……王の捨て身の抵抗を受けて、失敗に終わる。

男はガリアの地を追われたが、ヴェルサルティル宮殿の地下に『ホラゾンの聖域』へと繋がる、ひとつの赤いポータルを残していった。

その日から今に至るまで、赤いポータルは際限なく異形の魔物たちを吐き出しつづけている。
ガリア腕利きのメイジたちが昼夜奮闘し押し返し、土メイジによる物理的封印を繰り返しつづけている。
これら一連の事件、および赤いポータルの存在は、ガリアの恥部とされ、国家最大の機密とされている。

ラックダナンがルイズ・フランソワーズへと、このことを告げられなかったのは、騎士として守るべき機密のゆえだった。
強行軍により、何度も聖域内部の探索が行われ、一基の<ウェイ・ポイント>、および過去に<サンクチュアリ世界>のどこかへと繋がっていたらしい石のゲートが発見された。
それらは作動せず、壊れているようであり、修復できる見込みもなかった。
なので、彼がルイズへと「知らぬ」と言ったのはまんざら嘘というわけでもないのだが、それは今のところ関係のない話である。

きっかけとなった事件以来、ガリア無能王は言葉を発することさえできない、と噂されている。
魔物の存在は恐怖をあおり、恐怖は不信と狂気を呼び、ただでさえ現王派と旧オルレアン派との軋轢、内乱の下地のあったガリアは、ますます傾いてゆく。
この世に<サモナー>の存在し続ける限り、ガリアという国そのものが脅かされているのだ。
あの男を討つことがガリア王国に属する者にとっての至上の急務とされ、騎士たちが行方を追っていた。
幾つかの理由により、これら一切の事情を知らされていない北花壇騎士七号―――雪風のタバサを除いて、である。

その後―――
あの男はアルビオン王党派ウェールズのもとへと活動の場をうつし、一方ラックダナンは主たる王女とともに、レコン=キスタ側について剣を振るうこととなった。
ディアブロたち三兄弟の登場する以前に四大邪悪と呼ばれ、かつて魔界を統べたこともある、強大なる悪魔のうちのふたつ―――
苦悶の女王『アンダリエル』、および苦痛の帝王『デュリエル』の写し身の出現により、彼らは大苦戦を余儀なくされた。

そしてアルビオン戦線では、王党派に勝利することはできても、魔道士を打倒するまでには至らなかった。

このたび、騎士ラックダナンは魔道師の男を討つ任務を与えられ、トリステインのタルブ村へと派遣されてやってきた。
だれもが善人となりきれぬ世の中だ、彼はかつてのカンデュラスでの過ちと悲劇とを繰り返さぬよう、今度こそ主へと忠義を尽くすことを自身に誓っている。
理由なき戦争を好まぬ彼であるが、共に戦ってきたレコン・キスタの仲間たちを裏切ることや、いちど承諾した任務を意味も無く投げ出すことはしない。

実のところ、あの男が追い詰められたときに拠点『秘密の聖域』へと逃げ込むであろうことも、彼らガリア側にとっては想定内の出来事だったのである。

たった二つの計算違い……
トリステインにおける『アポカリプスの杖』の存在、そしてルイズ・フランソワーズたちが聖域へと飛び込んできてしまったこと……
その二つが、レコン=キスタの者およびガリア王家にとっての、想像の埒外の出来事だった。
まるで機械に飛び込む虫(Bug)のようにして、レコン=キスタにとってのトリステイン攻略戦における完全勝利の歯車を、大きく狂わせることとなるかもしれない。

……

聖域の内部、黒い騎士は周囲を見回す。ここには自分ひとり、一緒に飛び込んだはずの<サモナー>の姿はない。
この空間には何度か来た事がある……ここは広く、どこもかしこも似たような景色、こんがらがった空間で、初見であればかならずや迷うことだろう。
騎士は星の流れる方向を見て、道や階段のつながりの法則に照らし、記憶の中のマップにておおよその自らの位置の当たりをつけ、<サモナー>の居るであろう方向にむけて、甲冑を重く石畳に鳴らし、歩みだす……


―――

レコン=キスタ皇帝クロムウェルは、安楽椅子に腰掛けた青髪の王女へと問いかける。

「どう思われますかな」
「あれはねぇ……無理してんのがみえみえだよ。ははは、可愛いもんだわ」

ガリアの王女はにやりと笑い、浮遊大陸を統べる皇帝へと乱暴なタメ口で返した。
そんな彼女の態度に慣れているらしい皇帝は不快な顔ひとつせず、彼女の言葉を吟味するように、うむむ、と首をひねった。

「無理している、とは?」
「飲み食いくらい、すりゃあいいのにって話さ……こっちが毒を飲ませるつもりなら、最初からやってるわよね」

心をゆがめる毒など手元にないし、使う必要もない、と思っている。
知りたいことは知っているし、そんな薬を飲ませて役に立つのは、万が一誰かが囚われの王女の身を救助に来たときだけだろう。
本当にここまで救助に来られるような規格外のやつが居たとして、そいつは強力な治療薬を持っていることだろうし、どのみち毒を飲ませても意味が無いのだ。

「私には、ただ怯え命乞いをするばかりの小娘にしか見えないのですがね」
「わざとそんな風に振舞ってるつもりなんだよ、でも残念ながらバレバレだ。隙あらば情報を引き出してやろうと、こっちのハラを探っていやがんのさ」

はあ、とイザベラはため息をついて、顔をしかめた。
彼女は、囚われのトリステイン王女のように、無意味な努力を続ける者を見ると、あの人形のような従妹のことを思い出してしまい、いつもいらいらとした気持ちになってしまうのだ。
東方からの輸入品、水パイプをぽこぽこと鳴らし、形の良い唇からぷふーっもくもくと煙をふいた。

「もうすぐ無くなる国のために、けなげなもんだわ……あれ見てたら何だか、ちょっぴり同情心が湧いてきちまう、おお嫌だ嫌だ」
「……上手くいくのでしょうか?」
「おい、この期におよんで、何を弱気になっているのよ。もっと皇帝らしく堂々としていろ……ほれ」

吸い口を手渡されたクロムウェルは、「で、では失礼」と戸惑いつつ、水パイプをぽこぽこと鳴らす。
少女の好みそうな甘ったるい果物の香りが口内にひろがり、彼は微妙きわまりない表情になった。
青髪の王女はにかっと笑い、うっくっくと喉を鳴らしながら、彼のしぐさを見ていた。

この男、皇帝クロムウェルは、さきのアンリエッタの推測どおり、<虚無>の使い手ではない。
それだけでなく、彼はもともとは貴族でもメイジですらもない、貧しき田舎の村のいち司祭であった。
ある日村の酒場にてシェフィールドと名乗る女と出会ってより、彼の人生はがらりと変わった。
『王になりたい』との望みをかなえてやると言われ、2年前にラグドリアン湖にて『アンドバリの指輪』を与えられた。

欲深き貴族たちを言葉巧みに焚き付け、ときに『アンドバリの指輪』を駆使して<虚無>を演出し、彼はとうとうレコン=キスタの長へと上り詰めた。
しかし―――かの女性<ミョズニトニルン>シェフィールドは、アルビオンに魔物が大量発生した際に、突如行方不明となってしまった。
ひたすら命令をこなさねばならぬ立場だったクロムウェルである、これからどうすればよいのかと、頭をかかえたものだ。

そんなとき、あの女の代わりにガリアからやってきたのは、不気味な黒い甲冑の騎士をひきつれた、青い髪の王女だった。

彼女らは貴族派軍と協力し、湧き出る恐ろしい魔物をばったばったと倒し、王党派を追い詰め、とうとうレコン=キスタを勝利へと導いた。
もともと小心者の彼が、ここまでボロも出さずうまくやってこれたのは、彼女たちが力を貸してくれたおかげなのである。

クロムウェルが出世街道を上り詰め、皇帝となるまでには、こうしたいきさつがあった。

むかしシェフィールドの居た時代、クロムウェルは大国ガリアの王の言うがままの、ただの操り人形だった。
だが、今はそうではない。かつてのように、一切の拒否権を与えられない理不尽な命令をされることは、無くなった。
ガリア王女たちは、とくに裏で指図するわけでもなく、むしろ積極的に戦場の最前線へと出てゆき、体を張って、今も国土を荒らす魔物たちと戦ってくれている。
彼女には、誰もを自然とついてゆきたくなる気にさせるような、不思議な力強さがあった。

なので現在のクロムウェルは、彼女たちの助力に応えようと思い、浮遊大陸の主としてふさわしい行動をとらんと、日々努めているようだ。

甘ったるい匂いの煙をふかしつつ、クロムウェルは考える。
このたびのトリステイン侵攻戦―――万が一にも敗北する要素は無い、無いはずなのだが。
小心な彼は、心配で心配で仕方が無いのだ。

彼は皇帝となったものの、自分などは国を統べる器ではないと思っている。日々いっぱいいっぱいだ。
とくに、こちらへと寝返ったもと王党派の貴族どもと話すときは、いつも胃に穴が開きそうなほどのストレスを感じてしまう。
なので以前、ニューカッスル陥落の際、彼は『アンドバリの指輪』を使い、死したウェールズ王太子を蘇らせて、従えてしまおうとしたのである。

だが、その試みは、失敗した。
指輪の先住の水魔法の力で、遺体は『生きているかのように』なったが、ウェールズは目を覚まさなかったのである。
実のところ、当初は蘇った彼をトリステインに送り込み、アンリエッタを誘拐してしまおうという作戦をたてていたのだが……
結局ウェールズが使えなかったので、王女誘拐に関しては、もと暗殺者にしてガリア北花壇騎士団ノーナンバー、<地下水>の協力を得ることとなった。

アルビオン空軍は無敵だ、連れて行った地上軍も敵より数ではるかに勝っている。
相手国の王女の身はこちらの手にあり、間違いなくゲルマニアは日和見をする。
あの傍に居るだけで身の毛のよだつ白炎のメンヌヴィルが負けるところも、想像つかない。
<サモナー>退治には、他の誰よりも信頼できる騎士ラックダナンを派遣してもらった。

万が一、あの男が拠点たる『秘密の聖域』へと逃げ込んだとしても―――あの場所には現在、最大のサプライズが待っている。
これこそがレコン=キスタおよびガリア王国による共同『サモナー釣り出し作戦』の肝である。

他でもないガリアが、『秘密の聖域』内部へと、今まさに花壇騎士の精鋭をひきいて一斉侵攻をかけているのだ。
目標地点は、先日ようやく発見できたという、聖域内の<サモナー>の研究区画である。
長々とリベンジの下準備を続けてきたあの国だ、負けるはずがない。

それでも、言い知れぬ不安は消えないのである。






//// 25-3:【小休止の話:TCP-IPアドレスの数よりも人生はある】

青い髪と青い瞳も麗しきガリア王女イザベラさんは、ガリア国の裏仕事専門の秘密組織『北花壇騎士団』の団長である。
彼女のもとに集う腕利きの工作員たちは、日々ガリア国内やアルビオン大陸内で、その力を振るっている。

高慢でねじまがった性格をしている彼女も、騎士を召喚して以来、自分の立場にいろいろと思うところがあったようで、そこそこ鍛えてもいる。
かねてより彼女は黒い騎士ラックダナンたちをひき連れて、秘密裏にちょくちょく前線へと出て行っては、魔物との戦いを繰り返しているのだそうな。

ガリアの各地とアルビオンの各地の間には、かつて父王の使い魔シェフィールドが使用していた名残り……つまり転移魔法陣<ウェイ・ポイント>のネットワークが繋げられており、迅速な行き来が可能なのである。
トリステインの少女ルイズ・フランソワーズのまったくあずかり知らぬところで、異世界からの来訪者と深くかかわり、日々邪悪と戦いつづけているものがまた一人、ここに居たという話である。

現在、王女イザベラは、そろそろ囚われのアンリエッタを牢へと連れ戻してやろうと、ウェールズの遺体を安置してある部屋へと向かっていた。
今の彼女には他にできることがなかったので、敵国のお姫さまのケアを引き受けたのである。
トリステイン王国が滅びてレコン=キスタに併合されたあと、亡国の王女アンリエッタの取り扱いこそが、必ずやその後のあれこれを楽にしてくれることだろう。

イザベラ王女は、先日の魔物との戦闘で負った傷が治りきっていない。とくに無理をさせすぎた片足が、思うように動いてくれない。
一月以上前の話だが、対『アンダリエル』戦で受けた猛毒や、対『デュリエル』戦で受けた凍傷などが積み重なった結果、とうとうガタが来てしまったのだった。
幸いなことにきちんと治療を続ければ後遺症にはならないらしく、もうすぐ完治する見込みもある。

この足さえちゃんと動けば、ラ・ロシェールか聖域か、どちらかの侵攻作戦に参加していたものを……と悔やむが、それも仕方のないことだ。
危険な戦場においては、ほんの少しの不調が命にかかわるからである。
騎士ラックダナン、およびガリア本国選り抜きの聖域侵攻軍が、国を乱したあの魔道師を必ずや打ち倒してくれるだろうと、信じるほかない。
大きな不安要素はあったが、そこは信頼できる手持ちの部下ひとりも、付いて行かせたことだし……

(おや、部屋の中の様子が……)

なにがあったのだろうか?
アンリエッタを置いてきた部屋の、扉の横に立っていた衛兵たち二人が、今にも自殺してしまいそうなほどにげんなりとした表情を見せていた。
イザベラ王女は、扉の前で足を止め、耳をすませた。
中から、異様な物音が聞こえてくる。

はあ……んっ、うっ、……はあ、はあ……ああっ……

それは、なんとも切なげな吐息、そしてなにやらくねくねとせわしなく動く気配であった。

(なあ!?)

―――ああ、いったい中で何が起こっているのだろう!
たしか、この部屋の中には、囚われのアンリエッタ王女と、かつて彼女が愛したウェールズ王太子の死体があり、他になにもない、誰も居ないのだ。
ガリア王女は、表情を自分の髪の毛と同じくらい蒼白に染め、ドン退きしていた。

(えっ、ちょ、マジで!? おいおいおいおい、なな、ナニやってんのよこいつ!!)

自分はなんて最低の想像を―――とも思い、吐き気までもを覚えてしまうが、無理もなかろう。
ああ、そんな最低の行為の他に、なにを想像せよというのだろう!
人の死体については王女イザベラもそこそこ見慣れてはいるが、死体にあれやこれやの気持ちを抱くなど、もってのほかである。

イザベラと親しい、扉を守る二人の衛兵メイジは、「あんな可愛いお姫様が……」だとか、「俺にはここを開ける勇気なんてないっす」だとか、ひどく弱々しげに言っている。
いつも気さくな彼らが「なんか、もう死んでしまいてえ」だとか「この大陸今すぐ落ちないかな」とか言うほどに、女性というものに絶望しているらしい。
どうやら彼らの精神衛生のためにも、イザベラは一刻もはやく、ここを開けぬわけにはいかないようだ。

(ええい、ままよっ!)

イザベラ王女は意を決し、鍵をひらき、ずばーん、とドアを開いた。

「あっ」
「……あっ」

部屋の中には、額に汗をうかべ、つややかに頬を上気させ、ぐったりと床に寝そべっているアンリエッタ王女が居た。
ひとつしかないベッドの上では、亡国の王太子の亡骸が、さきほどと変わらずに安置されている。
ガリアのお姫様は、扉を開いた姿勢のままあんぐりと口を開き、問いかけるほかない。

「……ナニしてんのさ?」
「うう、え……そ、その」

目が合って、思わずかぶっていた猫がすぽぽんと脱げにゃーと飛んでゆき、タメ口になってしまったガリア王女である。
トリステインの囚われの姫君は、スカートの乱れを直し、よろよろと身を起こし、ぜえぜえと呼吸を整えながら、恥ずかしそうに言いよどんだ。

部屋の中、彼女がひとりで……何をしていたのかについて、イザベラ王女はひと目見て理解できたようである。


「……腹筋?」
「は、はいっ、腹筋です」
「……はあ、……いや、ちょ……あのさあ、な、何で腹筋してんのよ?」

幸いなことに、当初のおぞましき『最低の想像』については、外れていてくれたようである。
だがしかし、現実はそれ以上に理解不能にもほどがある光景だった。この女、どうしてこんなところで、腹筋などを始めたのだろう。
硬直するイザベラに、身体を起こしたトリステインの王女は、慌てて弁明を始める。それはですね……

「わたくしには杖がありませんし、このように囚われの身では、ほかにできることもありません……なにかしていなければ、どうにも落ち着かないのです」
「ぶっふ」
「……」
「おっと、失礼……」

イザベラ王女は耐え切れなくなって、とうとう噴き出してしまった。落ち着かぬのはともかく、それでどうして腹筋しようだなんて思うのだろう?
一国のやんごとなきお姫さまが、囚われていった先、かつて愛した王子の死体のある部屋で、よりにもよって腹筋だなんて……!!
アンリエッタは荒い息をととのえつつ、寂しげなまなざしで、弱々しくかすれた言葉をつむぐ。

「……い、いいえ、お気になさらず、どうぞお笑いになってくださいまし……やはりわたくしは、ダメダメですから……」
「い、いえ、そんなことは」
「この通りひ弱な身ですし、……運動をしたせいで、よけいに喉が渇いてしまいました……ほんと、ダメダメ……最近はお菓子の食べすぎで、おなかの肉もこんなにぷにぷにと……」

いっぽうイザベラは、こみあげる笑いの衝動を堪えているせいで、ふるふると震え、もう顔中真っ赤になっていた。

(やばっ、この娘、スゴク面白い……いったい頭の中、どうなってんのかしら?)

こんな風にいじらしくも盛大に空回りするアンリエッタの気持ちについては、なんとなく理解できないでもなかった。
一人きり知らぬ場所へとこうして連れ去られ、不安でたまらなかったことだろう。
杖をなくしたメイジのひ弱さを痛感し、杖がないときにも役に立つ何かがなければ……と考え、筋力トレーニングでもしてみようと思い立ったのだろう。

もちろん「なにを今更」というほかない話である。
きっとアンリエッタにとっても、承知のことなのだろう。じわじわと襲いくる大きな不安を紛らわせるための、彼女なりの努力なのだろう。
それでもイザベラは呆れるほかない―――だからといってそこで腹筋はないだろう、腹筋は!

「うっ……」
「あっ、お、おい、大丈夫かい!?」

アンリエッタ王女は、意識も朦朧としている。
どうやら彼女の必死の空回りな行動は、水分を取っていない彼女に、とうとう脱水症状を起こさせるまでに至ってしまったようだ。

「待ってろ、今、水を出してやるから!」

水のドットメイジ、イザベラ王女は慌てて、自分の魔法で生成した水を彼女へと与えた。
それは、混じりけのない水である―――ふたり共通する系統、水のトライアングルたるアンリエッタ王女にとっても、周知の呪文で作られたもの。
アンリエッタの目の前で、たった今作られたその一杯だけには、いっさいの毒や秘薬の入れようもないことは確か。
これならば、アンリエッタ王女も安心して飲めることだろう。

「……ありがとうございます、落ち着きました」
「い、いいえ」

ガリア王女、イザベラは思い出す。

(そういえば、最近腹筋してないな……)

魔法の才能に乏しかった彼女は、自分に見向きもしない父にいつか認められたいと願い、それはそれは多種多様な努力をしたものである。
彼女は国の役にたつため、魔物と戦うために、異世界の騎士ラックダナンの教えを受けて、武器による戦闘技術を身につけた。
体力や身のこなしの基礎トレーニングも、たくさんやったものだった。
無力なアンリエッタの姿に、イザベラはとうとうかつての己自身の姿を、重ねてみてしまったようである。
このままずるずると同情してしまってはいけない。慌ててかぶりをふり、やれやれ、と大きくため息をついた。

かくして―――

この日、アルビオン首都ロンディニウム、ハヴィランド宮殿の遺体のある一室にて、いっしょに腹筋をする二人の王女の姿が見られたとか。
そんな世にも希少かつシュールきわまりない光景に直面した皇帝クロムウェルは、やはり笑顔をひきつらせて、硬直するほかなかったのだそうな。

「どうして貴女まで腹筋などをしていたのですか」とのクロムウェルの問いに、青髪のガリア王女はにかっと笑って一言、こう答えたのだという―――


「釣られたのさ」、と。



//// 【次回:ディアブロ2における最短のクエスト:もうちょっとだけ続くんじゃ大ピンチ、そしてブレイク・オン・スルーの巻、へと続く】




※日常編のコメディを期待されていた皆様におかれましては、このところバトルが続いてしまい、息の詰まる展開かとは思われます。
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。どうかあと2話だけ、お付き合い下さいませ。その後はふたたび日常編に戻ります。


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