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No.12668の一覧
[0] ゼロの死人占い師(ゼロの使い魔×DiabloⅡ)[歯科猫](2011/11/22 22:15)
[1] その1:プロローグ[歯科猫](2009/11/15 18:46)
[2] その2[歯科猫](2009/11/15 18:45)
[3] その3[歯科猫](2009/12/25 16:12)
[4] その4[歯科猫](2009/10/13 21:20)
[5] その5:最初のクエスト(前編)[歯科猫](2009/10/15 19:03)
[6] その6:最初のクエスト(後編)[歯科猫](2011/11/22 22:13)
[7] その7:ラン・フーケ・ラン[歯科猫](2009/10/18 16:13)
[8] その8:美しい、まぶしい[歯科猫](2009/10/19 14:51)
[9] その9:さよならシエスタ[歯科猫](2009/10/22 13:29)
[10] その10:ホラー映画のお約束[歯科猫](2009/10/31 01:54)
[11] その11:いい日旅立ち[歯科猫](2009/10/31 15:40)
[12] その12:胸いっぱいに夢を[歯科猫](2009/11/15 18:49)
[13] その13:明日へと橋をかけよう[歯科猫](2010/05/27 23:04)
[14] その14:戦いのうた[歯科猫](2010/03/30 14:38)
[15] その15:この景色の中をずっと[歯科猫](2009/11/09 18:05)
[16] その16:きっと半分はやさしさで[歯科猫](2009/11/15 18:50)
[17] その17:雨、あがる[歯科猫](2009/11/17 23:07)
[18] その18:炎の食材(前編)[歯科猫](2009/11/24 17:56)
[19] その19:炎の食材(後編)[歯科猫](2010/03/30 14:37)
[20] その20:ルイズ・イン・ナイトメア[歯科猫](2010/01/17 19:30)
[21] その21:冒険してみたい年頃[歯科猫](2010/05/14 16:47)
[22] その22:ハートに火をつけて(前編)[歯科猫](2010/07/12 19:54)
[23] その23:ハートに火をつけて(中編)[歯科猫](2010/08/05 01:54)
[24] その24:ハートに火をつけて(後編)[歯科猫](2010/07/17 20:41)
[25] その25:星空に、君と[歯科猫](2010/07/22 14:18)
[26] その26:ザ・フリーダム・トゥ・ゴー・ホーム[歯科猫](2010/08/05 16:10)
[27] その27:炎、あなたがここにいてほしい[歯科猫](2010/08/05 14:56)
[28] その28:君の笑顔に、花束を[歯科猫](2010/11/05 17:30)
[29] その29:ないしょのお話オンパレード[歯科猫](2010/11/05 17:28)
[30] その30:そんなところもチャーミング[歯科猫](2011/01/31 23:55)
[31] その31:忘れないからね[歯科猫](2011/02/02 20:30)
[32] その32:サマー・マッドネス[歯科猫](2011/04/22 18:49)
[33] その33:ルイズの人形遊戯[歯科猫](2011/05/21 19:37)
[34] その34:つぐみのこころ[歯科猫](2011/06/25 16:18)
[35] その35:青の時代[歯科猫](2011/07/28 14:47)
[36] その36:子犬のしっぽ的な何か[歯科猫](2011/11/24 17:52)
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[12668] その23:ハートに火をつけて(中編)
Name: 歯科猫◆93b518d2 ID:b582cd8c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/08/05 01:54
//// 23-1:【ハートに火をつけて:前編】

レコン=キスタに雇われた大柄の男、白炎のメンヌヴィルは、盲目の傭兵である。
二十年前に両目の視力を失って以来、温度を感じることで周囲を『観る』能力を身につけた。
彼はその筋では伝説とまで呼ばれる、炎の使い手である。炎で人を焼くことの魅力に取り憑かれ、傭兵を自分の天職だと思っている。

彼自身、数々の強力きわまりない炎の魔法を使いこなす。
それだけでなく、近年の彼は『とある装備』のおかげで、戦場で『向かうところ敵なし』と呼ばれるようになっていた。
事実、レコン=キスタが彼へと寄せる期待は大きい。
ニューカッスル攻城戦で悪魔デュリエルが出現したとき、ガリアの黒騎士が撤退した際、対策として呼ばれたのは彼だったのだ。
実際に彼があの悪魔と戦って勝てるのかどうかはともかく―――誰もが、彼なら負けないだろうと思っていたようである。
結局彼が到着するまでの間に王党派側の何者かが悪魔を打倒したので、彼の出番は無かったのではあるが。

彼は自分の傭兵小隊をひきつれ、一隻のフリゲート艦でトリステインの空を行く。
この国の航空戦力は、アルビオン艦隊の来るタルブ方面へと向かい、地上の戦力は<サモナー>出現の報で浮き足立っている。
高等法院長リッシュモンの裏工作で偽装されたこの艦は、表向きには学院に駐屯する警備兵が乗っていることになっている。

これから攻めるのは沢山のメイジが住まう場所、トリステイン魔法学院だ。
ほんの一個小隊でそこを占拠し、貴族の子息子女、男女問わず二百人余、教師も含めそれ以上の人数を人質に取るなど、出来るのだろうか?
しかし伝説の傭兵、白炎のメンヌヴィルにかかれば、可能となってしまうのだ。

メイジは杖を持たなくては魔法を使えない。
メイジは呪文を唱えなくては魔法を使えない。
だが、彼の炎による攻撃に限っては、そうではないのである。

彼はいつも、マントの下に不恰好な皮鎧を身につけている。
だが、彼の格好を笑うものは居ない。もしいたとしたら、次の瞬間には、ひどい火傷を負う羽目になるからだ。
一説によると、それはマジックアイテム『火竜の皮衣』だと言われている。

彼は、二匹の絡み合う蛇と翼の飾りのついた笏杖(Caduceus)を愛用している。
『正義の手(Hands of Justice)』という名を与えられた、炎の力を秘める杖らしい。

普通、メイジが魔法を使うには、呪文を唱えなくてはならない。攻撃目標を目視しなければならない。
だが彼は呪文を唱えることなく、精神力すら消費せずに、自分を中心に半径数十メイルの間、近づいてきた敵すべてを炎に包むことができる。
彼の周囲には、いつも白い炎のようなオーラが立ち込めている―――『聖なる炎(Holy Fire)』のオーラだ、と彼自身は言っている。

彼がここ数年レコン=キスタに雇われ戦場で暴れているのには、貴族派への恩義のあることも大きい。
数年前、クロムウェルの秘書だったシェフィールドという女が、これらの装備を与えてくれたのである。
そして彼は、ガリアから来た黒い甲冑の騎士と同様に、戦場における切り札、いわば戦略兵器的存在にまで上り詰めたのだ。

(ガキどもには興味ないが……果たして教師どもは、このおれを満足させてくれるだろうか?)

向かうはメイジの巣だ。スクウェアもトライアングルもいると言う。
二百人以上のメイジの居る場所へ飛び込んでゆくというのに、彼は物怖じひとつしない。
かつて彼の目を焼いた火のメイジを相手にしたとしても、今ならまったく負ける気がしないからだ。

(ああ、はやく……人の焼ける匂いを嗅ぎたいものだ)

生徒に関しては『殺すな』と言われているが、その他に関しては問題ないという。
タルブのほうの戦場にただ放り込まれるよりは、こちらのほうがずっとやりがいのある仕事だろう。
メンヌヴィルは口の端を吊り上げ、心を浮き立たせるのであった。




―――

丁度このとき、ラ・ロシェール近郊の海上で、アルビオン艦隊はトリステイン空軍の艦隊に、一斉攻撃を加えていた。
トリステイン艦隊は来賓の出迎えにゆくつもりが、王宮からの警告を受け、慌てて戦闘準備をととのえようとしていたところ。
そこに宣戦布告、なかば奇襲を受けるかたちとなり、いきなりの劣勢である。

タウン・ポータル経由でラ・ロシェールからアニエスがいち早く放った伝令のガーゴイルが、ぎりぎり彼らの命を救ったのかもしれない。

開戦の理由は、『トリステイン艦隊から攻撃を受けた』だった。
むろんそんな事実はない、会うなり戦闘が始まったのだ。
だが、戦をはじめる理由など、勝ってしまえばいっそどうとでもなるものである。

トリステイン空軍の長ラ・ラメーは、少なくともこのまま全滅することだけはならぬ、と考えた。
敵はこちらより数ではるかに勝っており、強力な竜騎士隊もいるが、とくに射程の長い新型の大砲があったりするわけでもない。
最初の会敵よりひどく押されっぱなしで、もう数隻フネを落とされてはしまったが、じわじわと後退しつつも根強く応戦していた。

『アンリエッタ王女が暗殺されかけて、わがアルビオンに亡命してきている』

アルビオン艦隊からは、まったく眉唾物の信号がつづく。

『貴艦らトリステイン空軍の真の敵は逆賊マザリーニである、直ちに抵抗をやめ、降服せよ』

王宮も、ラ・ロシェールの守備隊も、どこもかしこも混乱状態のトリステイン王国である。
王女の身に何かがあったらしく、命令系統も乱れ、奇怪な情報も飛び交い、空軍は現在の状況を把握しきれないでいた。
この場はいったん退いて、情報を得て、体勢をととのえなければならないであろう。

アルビオン艦隊は、タルブの草原に上陸し地上軍を展開するつもりのようだ。
トリステイン空軍のほうも、ラ・ロシェールに地上軍の編成されるのを待ち、そちらと連携するべきであると考えた。
タルブの地を見捨てることにはなってしまうが、国がなくなるのを防ぐためには仕方も無い。
こちらは守る側だ、いくらレコン=キスタが強大と言えど、連れて来た地上軍が破られれば軍港の占領はできず、撤退するほかない。

地上は互いに血で血を洗う、激戦になるであろうと思われた。




―――


そして、タルブの村では……
疾風のギトーは村人たちを下がらせ、遠目からは、恐ろしいドクロのメイジとたったひとり相対しているように見える。
しばらくにらみ合ったあと、ギトーは相貌を崩し口を開いた。

「安心しろ、私はミスタ・グラモンより事情を伝えられている」
「はあ」
「だが、いくら急がなくてはならぬとはいえ、何をしても良いというわけではなかろうに」
「……ごめんなさい」
「私に謝るのではない、きみが国と民を守るべき貴族の身分を自負するのであれば、あとでしっかりと誠心誠意、彼女に償いたまえ」
「……はい」

シエスタの家を焼いたルイズが、ギトーにお説教されていた。基本、親しい教師にはとことん弱いルイズである。
考えた結果必要なことだと信じて行ったことなのだが、自分の占いがいつも裏目に出てしまうというのも、痛いほどよく知っていることでもある。
ルイズはドクロのヘルメットの前面をぱかっと開き、ぐすん、と鼻をすすった。

「こら、泣くな」
「……はい」
「そして、村人たちを逃がさねばならんというのだな」
「はい」

ギトーは不敵に笑って―――

「よろしい、ならばやりたまえ……この<遍在>は精神力をたっぷりと込めた特別製だ、中身の細かいところまで、しっかり詰めてある」

ルイズは一瞬、何を言われたのか解らなかった。
目の前の彼が<遍在>であることには気づいていたが、何のつもりでここに来たのか判断できなかったのである。
驚いて、ギトーの顔を見あげた。

「風のスクウェアたるこの私がやられたとなれば、この村できみに勝てるものなど無し。彼らも逃げざるを得んだろう!」
「……え、あの……」
「ふっ、きみの大根芝居に付き合ってやろうというのだ!」

ギトーは呪文をとなえ、杖に風を纏わりつかせ、長い長い『ブレイド』を形成した。

「では行くぞミス・ヴァリエール! きちんと防がなくては死ぬかもしれんぞ……新必殺技、ワールウィンド(WHIRLWIND)!!」

ド ド ド ド ド ―――

「はっ、ミスタ、まさか本気!?」
「そうとも! だが今の私は魔法を一撃入れられただけで死ぬぞおっ!」

<ブレイド>から横方向にジェット気流が噴出され、くるくると独楽(こま)のように回る疾風の教師が、スケルトン軍団を吹き飛ばしつつ、ルイズへと突っ込んでくる―――
それは、サンクチュアリ世界にて最強の戦士『バーバリアン』一族の使う技、ルイズから聞いた茶飲み話からヒントを得て、風の魔法流にアレンジしたものらしい。
昨夜ステージで見たものよりスペシャルに回っている。思わず『なにコレこわい』と背筋を凍らせるルイズだが……

「きゃあっ―――『錬金』!!」

ズドーーン!!
と、勝負は本当に一撃でついた。ギトーは本気と言いつつも、やはり多少の手加減はしてくれていたのだろう。
ギトーいわく『特別製の<遍在>』は、真っ赤な中身をあたり一面に撒き散らしてパーンと弾け、ルイズ自身も真っ赤に染まった。

「……」

しばしの間、疾風と爆発の余波で耳がキーンとしているのが治るまで、呆けるように突っ立っていたルイズである。
遠巻きに見守っていた村の住人たちも逃げ去り、ルイズを攻撃してきた勇ましい村の男たちも、泡を食って退却して行くのが見えた。

「……やった、あはっ、あはははっ……」

ギトーの芝居が効いたようだった。人死にが出て、それもスクウェアメイジとなると、はや平民の出る幕ではないと彼らも納得したのだろう。
泡を吹いて気絶したシエスタを背負って、ようやくモンモランシーもせっせと走って逃げてゆく。

(よく防いだミス、単位をやろう。私は村人たちの逃走経路に先回りし、安全を確保する……きみも早く逃げたまえ。また幽霊屋敷で会おう)

草原に吹く風に乗せて、魔法のメッセージが届けられた。
ふたたびルイズの目にじんわりと、涙が浮かんできた。

(ありがとう、ありがとうギトー先生! ……でも何なんですかコレ、絵の具入りの水か何かかしら?)

これから戦場になるであろう村に、たった一人残された少女、ルイズは赤い液体まみれで笑った。
大声で笑った。あははははは―――!!

そのほんの十数分後のことだった。

「あははっ、大好き、私、大好きなの、愛してるのよ! みんなみんな愛してるの!!」

空の彼方より高速で飛来した、炎に包まれたトリステイン空軍の戦艦が二隻、村のど真ん中へと墜落し……
シエスタの生家、スケルタル・メイジ軍団、ファイア・ゴーレム、笑い続けるルイズ・フランソワーズを巻き込み、辺りの家々を片っ端からなぎ倒していったのである。


後に『タルブ事変』と呼ばれる、これら一連の同時多発事件―――
トリステインとアルビオンだけでなく、同盟国ゲルマニア、暗躍するガリア、そして魔道士<サモナー>、それぞれの運命の複雑に絡み合った出来事。
終結するまで、レコン=キスタとトリステイン双方に、おもに軍人、ときにトリステインの民間人にも、犠牲者を出すことになる。
だが、戦場となったタルブの村の村人は、奇跡的なことにほんの一人たりとも犠牲者を出さずに終わったそうな。





―――

時はすこし遡る。
タバサ、キュルケ、アニエスの三人は、シルフィードに乗って青空を飛び、前方を同じく竜に乗って飛ぶ<サモナー>を追いかけていた。

「気づかれた……来る、避けて」

タバサの言葉に、使い魔が反応して旋回をはじめる。
一条の電流が宙を走り、シルフィードをかすめ、はるか後方の森林に着弾し、木々をなぎ倒しこげ跡を作ってゆく。
十分に距離を取っているので、射線から少し避ければ『ライトニング』が命中することはないようだ。

「きゅいきゅい! きゅいきゅいきゅい!」

タバサの呪文で作られた水の膜が、直撃コースの電流を受け流し、防ぎきれなかった分をデルフリンガーが吸収する。
危険な空中戦に駆り出されてしまい、シルフィードはひどく不満そうだ。
勝算は無くもなかったので、相手が空に逃げたから追いかけてはみたものの、このままでは分が悪すぎるというものだ。
サラマンダーのフレイムは空中戦だと邪魔になってしまうので、学院に戻ってお留守番である。

「悔しいけど、なんか一方的に攻撃されてばかりよね……出直したほうがいいのかしら?」
「……そうするべき」

攻撃を担当していたキュルケは肩をすくめた。
もう少し待てば、王都からの竜騎士隊が合流するはずである。<サモナー>の打倒は、この国の軍人にとっても急務だからだ。
あの魔道士<サモナー>が何を企んでいるのかは、いまだ不明のままである。
だがあの男の狙いが何であれ、まったくろくなものではないことだけは確かである。ぜったいに野放しにはできない。

<サモナー>はいったいどんな魔法を使ったのか、ラ・ロシェール守備隊の風竜数匹を軽々と奪い取り引き連れて、タルブ方面へと飛んでいる。
村ではルイズ・フランソワーズが待ち受けてはいるが、どうにかして到着するまでに打倒したいところである。
だが、タバサたちが魔法の射程距離まで近づくと、相手の電撃魔法が、引き連れている風竜が、こちらをけん制してくるのだ。

「こんなことなら、ミス・ヴァリエールをこちらに連れて来れば良かったな……」

いったん地上に降り、去り行く風竜の一群を見送りながら、アニエスが言った。
キュルケはきょとんとした表情を見せる。

「えっ、何言ってるのよ……ルイズが居たら、あの状況をなんとか出来るっていうの?」

先ほどルイズ・フランソワーズは、タルブの村人を逃がすといい、枢機卿からの一筆を手に、ポータルで向こうに戻った。
居なくなった王女のことも心配ではあるが、先に杖に誓ってしまったシエスタのほうも、早いところ何とかしなければならなかったのである。
ルイズは『もう今すぐにでも、あっちに何かが起きそうな予感がするの』とも言っており、自分が行かなければならないのだという。

「可能……彼女は、敵の幻獣集団を同士討ちさせる呪いを使える」

答えたのはタバサだ。ルイズの身につけたラズマ秘術には、このような場合に役立つ『呪い(Curse)』がある。
それを聞いたキュルケは頬を膨らませ、たちまち不満顔になってしまう。
いくら<サモナー>のマナ・シールドが強力でも、たくさん魔法を空ぶらせ、何度も強力な攻撃を当てさえすれば倒すことだって可能なはずだった。
キュルケは誘導性をもつ強力な炎の魔法を放てるのだが、高速で逃げる風竜にたいして撃っても、まず当たらないものである。

「何よそれ! どこまで反則なのよあの子ってば……あーもう、なんか妬けちゃうわね……」

最近ルイズのライバルと名乗ることに、だんだん自信をもてなくなりつつある彼女である。
だからこそ、ここで魔道士<サモナー>を討ち取って、久々にルイズを見返してやろうというつもりもあったのだが。
せっかく高いお金を払って作ってもらった新しい杖だって持ってきたのに……と、キュルケは悔しそうに眉をしょんぼりとハの字にしていた。

- - -
キュルケの杖(Kirke's Magic Staff)
<リーフ>(RW Leaf)
TirRal(ティル + ラル)
ルーンワード発動ウォースタッフ
両手ダメージ:12-28
装備必要レベル:24 耐久値:50 ソケット2使用済み
打撃時に5-30の火炎ダメージ追加
+3 炎のスキルレベル
+1 メテオ(炎メイジオンリー)
+2 ファイアー・ボール(炎メイジオンリー)
+3 ファイアー・ボルト(炎メイジオンリー)
+3 インフェルノ(炎メイジオンリー)
+3 ウォームス(炎メイジオンリー)
敵を倒すたびに2ポイントのマナ回復
装備者のレベルに比例して2の防御力強化
+33% 冷気耐性

キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーにパーソナライズされている。
- - -

以前よりキュルケは、タバサの杖<メモリー>をそれはそれは羨ましがっており、何度もルイズに『あたしにもなんか作って頂戴』とおねだりしていた。
だけれど「適当な発動ベースが無いのよ」、とすげなく断られ、キュルケはひどくがっかりしていたものだ。

先日ようやく『宝探しツアー』で見つけたソケット付きの炎杖を、キュルケは「これ、あたしのよ!」と言い張った。
それは今まで愛用してきた短杖とはまるっきり違う、自分の背丈ほどもある大きな杖だった。
形は違うが大きさ的にタバサとお揃いのようで、なんとなく気に入ったものである。
そして貴重なルーン石だが、霊薬のせいで万年資金難のルイズには、相応の金額を支払うことで、なんとか譲ってもらうことができた。

ジグソーパズルを完成させるように、どきどきわくわくしながら、ルイズに教えられたとおりに石をソケットに入れる。
そしてじっくりと契約を済ませ、<RWリーフ>は立派なキュルケの杖となったのだ。

杖の他にもキュルケは、ルイズよりいくつか『高額の買い物』をしていたのだが、残念ながらこの場で役立つようなものでは無かった。

「きゅいきゅい、きゅい!」

さて、シルフィードが主にたいし、何かを伝えたがっているようだ。

(おねえさま、おねえさま)
(何?)
(あの風竜たち、普通じゃないの! なんかヘンな力で操られてるのよ!)

タバサは首をかしげた。
以前、ルイズから聞いていた話では、あの魔道士の扱う魔法にそんなものは無かったはずだ。
シルフィードはアニエスにばれないように、なおもひそひそと言葉を続ける。

(おねえさま、応援の竜騎士隊が来るって言ってたけど、来たら大変なの! たぶんドラゴンがみんな操られて、やられちゃうの!)

ごくり、と喉が鳴った。それは最悪の結果を引き起こすであろう。やってくる竜騎士隊は、この国の王都を守る虎の子でもあるからだ。
シルフィードは半泣きで続ける。

「さっき少し近づいたとき、わたしもちょっと危なかったのね! 急に『この人と戦ってはいけない』って、ヘンな気持ちになったの!」

大声である。
キュルケと話していたアニエスが驚いて、こちらに振り向いた。
タバサとシルフィードは、慌てるほかない。

「今の話し声は?」
「……腹話術」
「きゅいきゅい!」

アニエスは呆気に取られていたが、「内緒」と言われ、察してこっくりと頷いた。
タバサは事情を説明したあと、アニエスを指す。

「戻って王宮へ報告……<サモナー>に幻獣を近づけないように、乗っ取られる可能性があると」
「あ、ああ……了解した」

続いて、キュルケを指す。

「わたしたちはここより街道を戻り、先に竜騎士隊と合流、この情報を伝える」
「わかったわ、急ぎましょう」

タバサによって<タウン・ポータル>が開かれ、アニエスは『幽霊屋敷』へと戻っていった。
シルフィードに乗り、空を飛びながら、タバサはキュルケへと唐突に切り出した―――

「あなたの力を貸して」
「? ……急に何よ、こんなときに、あらたまって」
「わたしと母さまの命に関わる話……断じて他言無用、杖に誓って欲しい」
「……ま、いいけど。……はい誓うわ、それで何なのよ」

タバサは肩を少し震わせながら、語る。

「ガリア国王からわたしに、ルイズを拉致せよとの勅命が来た」
「はあーっ!?」

キュルケはあごが外れそうなほどに、口をぽかんと開くほかなかった。
条約の庇護のもとに置かれた留学生に、しかも己が姪にそんな裏仕事をさせるなど、ガリアの国王は気でも狂っているのではないか。
捨て駒もよいところ、いわば外道の所業である。
しかも、タバサにとって大切な友人のルイズを。
よりにもよって、大貴族ヴァリエール公爵家の三女、様々な意味でハイエンドな少女を。最悪の場合、ガリアはトリステインと戦争になりかねない。

とはいえ、雪風のタバサの所属する『北花壇騎士団』がそもそも表向き存在しない組織であり、このような裏仕事こそが本業であると言える。
今の今まで、直接トリステインを害するような指令の無かったことが、むしろ僥倖だったのだろう。

「この騒乱を……、いえ、違う、レコン=キスタそのものを、わたしの国が裏で糸を引いている可能性がある」

だからこそ、このタイミングで命令を発したのかもしれない―――

キュルケは、この国と、大切な友人ルイズとタバサの二人を巻き込む悲しい運命を想像し、涙が溢れそうになった。

タバサが突然『レビテーション』を唱えた。
そこでキュルケは自分がたった今、せっかくの新しい杖を手から取り落としていたことに気づいた。
シルフィードが旋回し、ゆっくりと落下してゆくキュルケの杖を拾いに戻ってゆく。

「幸いなことに、期限の指定は無かった……わたしはこの騒動による混乱を理由に、終わるまでしらばっくれることにする」

悲しみを瞳に宿し、タバサは語る。
キュルケは、今回タバサがルイズのそばに残りたがらなかった理由を知った。
いつものタバサなら、何を押してでもルイズの隣へと、彼女を守りに行くだろう、と思っていたからだ。

「だけど、わたしに翻意ありとみなされた場合、母さまが危険に晒される……わたしは、どうしたらいいのだろう」
「あなた……ああ、タバサ……!!」

胸が詰まる。
この世界をつつむ荒々しい運命の流れは、罪も無い小さな友人をここまで追い詰めて、いったい何をどうしたいというのだろうか。
タバサの小さな肩を、キュルケはそっと背後より抱きしめてやるほかなかった。

「誓うわ! 守るから! ……この先何があっても、あたしがあなたの心を守ってあげるから……!」

折れそうな親友の心が、かすかな震えとともに、キュルケへと痛いほどに伝わってきていた。



―――

そのころ……
アンリエッタ・ド・トリステインは、祖国よりはるか遠く、アルビオンのハヴィランド宮殿の一室に居た。
全く何の予兆もなく、気がついたらここに居たのである。
いつどうやって拉致されたのかも、まったくわからなかった。
先ほど皇帝クロムウェルが現れ会話をするまで、ここがアルビオンであることにすら気づかなかった。
トライアングル・メイジの彼女も、杖が無ければただの無力な少女である。

(これで、もうわたくしの国は、亡くなってしまうのでしょうか……)

天蓋付きのベッドに腰掛け、自分の国と母、枢機卿や王宮の人々、そしてアニエスや友人たち、幼馴染のルイズのことを思い出す。

(みんな大丈夫なのかしら……そして、わたしはこれから、どうなるのでしょう)

もはや同盟国ゲルマニアの皇帝と結婚することもないのだろうか、とも思う。
あの政略結婚は、ゲルマニアのみならずトリステインにも始祖の血を残そうという、マザリーニ渾身の一手であった。
あたかも己が身体を武器にするように、無理にでも王子をふたりつくり、その片方をトリステインの王座に付かせる予定だったのだ。
とある白髪の幼馴染は、『やればできます!!』と怪しげに励ましてくれていたものだ。

今、王女がここから帰れないかぎり、ゲルマニアとの縁組みも破談に終わるだろう。
その代わりに、もっとひどい相手と結婚させられるのかもしれない。

拉致される前、ここ毎日王女は、婚約者であるゲルマニア皇帝、アルブレヒト三世の肖像画を眺めるのが習慣となっていた。
策略と政略争いの果てに他者を蹴落とし、皇帝となった四十歳の男。
彼はどんなに凛々しく描かれようとも、アンリエッタの心を惹くような顔立ちではない。

さぞかし心の乾いた男なのだろう、と容易に想像できる。
今の地位を得るために親族を幽閉するのも辞さなかった、血も涙もなさそうな男だ。
それでも、生ある限り愛してみせよう、と思っていたものだ。

そのゲルマニアは、今回トリステインを襲った一大事に、動いてくれるのだろうか?
先ほどのクロムウェルいわく、王女がこの場にいる限り、そうなる可能性は皆無に近いのだという。

もし国へ帰ることが出来たら―――

もしゲルマニアが動いてトリステインを守ってくれていたら、喜んで結婚しようと思う。
そうでなければ……大いに嘆きながらも、やはり結婚することになるのだろうか?

(それだけは、ぜったいに嫌!)

心の底から鬱になるアンリエッタ王女であった。

さて―――

王女は辺りを見回す。
果たして、ここから逃げ出せるのだろうか。
小奇麗な部屋だが、窓には鉄格子。王族のような位の高いものを閉じ込めるために作られた牢のようだ。
この部屋から逃げ出したところで、ここは浮遊大陸。国に帰れるという保証もない。

そして部屋の中には、アンリエッタ一人というわけではない。
ドアの近くのソファーには、フードのついた黒いローブを着た少女が一人腰掛けている。
先ほどひとり部屋に入ってきて丁寧な挨拶をしてから、部屋にあったティーセットで、アンリエッタに紅茶を入れてくれた。

おそらく、平民ではないだろう。
身体に何か怪我を負っているのだろうか、かた足を少し引き摺り気味に歩いていた。
だが、どこかしらアニエスのような戦士の気配を、仕草からは貴族の気品を感じ取ることが出来る。

ここは敵地だ、アンリエッタは喉の渇きを覚えるが、部屋にある水差しの水にも、入れてもらった茶にも手をつけていない。
黒いローブの少女が「毒などは入っておりません」と自分で飲んで見せたのだが、手をつける気にはなれなかった。

自分と同じくらいの年齢だろうか……
ローブのフードの内側の顔だちはとても整っており、相当の美少女であるように思われた。

(……青い髪と目? ……どこかで、見たような)

確か、ルイズと仲の良い友人の雪風のタバサが、この少女と同じような青い瞳をしていたように思う。
ガリアからの留学生らしい、あの少女の出自もまた謎に包まれていたものだ。

「過去に、わたくしと会ったことがありますか?」
「ええ、かなり昔のことです、覚えておられないでしょう」
「あなたは、どなた?」
「名乗るのが遅れ、申し訳ありません……ガリア国王ジョゼフの娘、イザベラでございます。お久しゅうございます」

アンリエッタは、驚くほかない。

「どうしてここにいらっしゃるの? まさか、このたびの戦は、あなたがたガリアの差し金だとも言うのですか?」

アンリエッタと枢機卿は、以前、ニューカッスルの戦場にガリアの騎士が居たことをルイズより聞かされていた。
なので、大国の裏からの関与を疑っていたものである。

「いきなり失礼な言い方をなされるのですね……否定しても信じて頂けるとは思いませんが」

相手は首を振った。
事実、今回の開戦はアルビオン議会の上奏を受けて皇帝が承認したものである。
ガリアは軍を動かす様子もないし、中立の立場を崩していない。
イザベラは神聖アルビオン帝国に対する親善大使として、父王よりここに派遣されて来ているだけなのだと、アンリエッタに語った。

まったくもって怪しすぎるものだが、アルビオンの大使のような来賓は、トリステインにだって来ることもある。
言い分に不自然な点も少ないので、囚われの立場のアンリエッタは納得するほかない。
少なくともこの少女が自分の味方でないことだけは、確かであろうと思われる。

「このたびの戦の結果しだいでは、いずれわたしと貴女は末永き付き合いになることもあるでしょう」と青髪の彼女は言った。
もしもガリアが黒幕であり、この期におよんで自分の前に姿を現したのだとすれば、ぜったいに逃がすつもりは無いという意思の表明にちがいない。

「わたしのおともだちになってくださるの?」
「ええ、是非とも……」

さて、第三国のやんごとなき立場、彼女が囚われのアンリエッタを訪ねてきたのにも、理由があるという。

「どうか、いくつかの質問に、お答えになって頂きたいのです」

その質問とは―――
王女の自室に<ウェイ・ポイント>を設置したのは何者なのか。
トリスタニアでよく効く薬『マイナー・ヒーリング・ポーション』を流通させている者と同じか。
ニューカッスルにて魔道士<サモナー>を捕らえ、悪魔デュリエルを打ち破ったのは、何者か。

「あなた自身と、あなたの幼馴染にして使い魔、ヴァリエール公爵家のルイズ・フランソワーズに間違いありませんね?」

アンリエッタは、顔を青くする。
どうやら、この少女は多くのことを知っているらしい。
だが、王女たるアンリエッタのことを<虚無>のメイジだと、そしてルイズをその使い魔だと勘違いしているようにも思える。

「……答えなければ、わたしをどうなさるのです?」
「別に、何もいたしません……わたしはただの客分、あなたをどうこうするような気もありませんし、そのような立場でもありませんから」

青い目の少女は、口の端に微笑みを浮かべた。
その微笑で、アンリエッタは幼いころに王家の園遊会で会った、同年代の少女のことをおぼろげに思い出す。
そのときのガリア王女は、自分の従妹だという一人の明るく元気な少女を連れまわしていたような気もする。

「それに、もうひとつ質問があるのでした……ニューカッスルにいらした、ウェールズ王太子についてですが……」

そんな話をされて、アンリエッタは身を強張らせる。

「あの方は城の落ちる前に、なにかの強力な水魔法の薬でも、お飲みになられたのでしょうか?」

先ほど、クロムウェルからも、まったく同じことを問われたのである。
ああ、いったいどうしてそんな質問をするのだろうか?

「実は……ウェールズ殿下は、生きておられるのです」

ガリア王女のそんな一言が、アンリエッタを驚愕で打ちのめしていた。



―――

トリステイン魔法学院に、一隻のフネがやってきた。
そこから、杖をかまえたメイジが続々と降りてきた。
生徒たちはちょうど授業中であり、それぞれの科目の教室に集っていたものである。

すわ何事か、と誰もが焦った。だが、ほんの十数分もたたぬ間のことだった。
傭兵メイジ集団は白昼堂々と、警備の者や教師たちをたちまちのうちに蹴散らし、教室をひとつ占拠した。
男子生徒たちのなかでは、抵抗を試みる者もいたが―――

「ぐうっ!」ぼうぼうぼう!
「うわあっ!」……ぼうぼう!
「あぎゃーっ!!」……ぼぼぼうっ!

たちまち衝撃とともに、杖を持った手を炎が包み、いっさいの反撃を許されない。
火傷の痛みをこらえ放たれた攻撃も、相手には届かずに取り巻きメイジの魔法ではじかれてしまう。
メイジ集団はぞろぞろと、身体のどこかしらを焦がされた捕虜たちをひきつれ、次の教室、そのまた次の教室へと襲撃を繰り返してゆく。

「ひるむな闘え、生徒たちを解放するのだ!」

と、教師たちも奮闘するのだが……

―――ボオウッ!!

「おわあーっ!!」

彼らの身体は賊へと近づくだけで、突如虚空より出現した衝撃と炎に包まれ、全身に火傷を負ってしまう。
精神力を消費せず、呪文の詠唱すらもないそれは、不思議な炎―――メンヌヴィルの纏う『スキルレベル30 ホーリー・ファイア(Holy Fire Aura)』である。
とくに建物が火事になっているというわけでもないのに、杖と人体だけがぼうぼうと発火してゆき、あたりは阿鼻叫喚の灼熱地獄となってゆく。

「何だあいつは……まさか、エルフなのか?」
「いや、杖を持っているぞ……しかし炎のメイジが、あんな芸当を出来るのか?」

白炎のメンヌヴィルは、人の身体の焼ける匂いに、周囲の人間の体温が『怯え』を示すことに、ぞくぞくと背筋を振るわせる。
ここは王都から馬で三時間以上かかる距離、応援を呼ばれるころには、学院全体の占拠は完了していることだろう。
そして、たとえトリステインの誇る王宮魔法衛士隊が来たとて、返り討ちにする自信がある。
今回のように、相手が竜や大砲を引っ張り出してこない場合の対人ゲリラ戦におけるメンヌヴィル小隊は、無敵とまで言われている。

さて―――

メンヌヴィル小隊は、非常に連携の取れた一団である。
隊長以外は、とくに防御術に秀でた面子で構成されている。
数多の戦場で不敗を誇るその戦法は、至ってシンプル。

敵の攻撃を多人数の連携によりひたすら防ぎ、隊長さえ守り通せばよい―――あとはただ進軍するだけで、敵が勝手に焼かれてゆくのだ。
まるでみずから篝火に飛び込む、夏の虫のようにして。
彼らの突き進む戦場において、兵士たちの銃は命中する距離まで近づけずに片端から暴発させられ、メイジたちは詠唱する一切のチャンスを与えられない。

「よし、奴らは気づいていない……背後から攻め……うわーーっ、あちちちち!」
「グウッ、この程度、ミス・ツェルプストーに焼かれたときと比べれば……ぎゃあやっぱ無理ぃーー!!」

―――ズドドドドッ!
物陰から攻撃しようとしても、同様である。

「水をかぶって、風の魔法で冷やしながら……ひいいいい駄目だあぁ!」
「よし、土の壁を作って……あちゃちゃひゃあああ!」

魔法で炎を遮断しようとしても、不可能。
認識と詠唱によるタイムラグの存在しない自動発火攻撃の前に、あらゆる抵抗は無駄に終わる。

「ああっ、トライアングルの先生自慢のゴーレムが……メイジに殴られて壊れるなんて!」

苦労して懐に飛び込ませても、翼の笏杖『正義の手』が一閃し、殴られたゴーレムはなぜか凍結し動きをにぶらせ、炎のうちに砕けてゆく。
なんとまあ腕っ節までも強いらしい、白炎の男に隙はなかった。
トリステインの未来を担うはずのメイジが、有事の際は軍隊に入るであろう兵士の卵が、彼らに魔法の使い方を教える腕利きの教師までもが……
誰もがろくな抵抗も出来ないままに、身体のそこかしこを焼かれ、ばたばたと倒れ、拘束されてゆくほか無かった。

「わあっ、俺のラッキーが! ラッキーが焼かれた!」

飛ぶ鳥さえも、空中で焼き鳥になる勢いである。
近づくことも出来ず、遠くからおずおずと杖をかまえる教師たちに向かって、メンヌヴィルは通告する。

「無駄な抵抗はやめろ、杖を捨てるがいい。こちらには人質が居る……抵抗するたびに、女生徒から殺してゆくぞ」

……といったように、人質を取られてはうかつに手出しもできない。トリステイン魔法学院は、あっさりと陥落されてゆくほかない。
杖を奪われた捕虜は、食堂へと集められ、ひとまとめにされることとなった。
使用人たちが恐々と見守る中、やがて続々と連れ込まれてゆくその人数は、百五十人ちかくまで膨れ上がっていった。
何十人かは学院の外へと逃げられたようだが、これだけ人質を集めればもう、政治的カードとしては十分であろうと思われた。

この国でもなかなか過去に例を見ないほどの、最大規模の人質事件である。



さて―――

アルヴィーズの食堂いっぱいに、焦げ臭い匂いが漂っている。
泣き声とうめき声が、そこかしこで聞こえる。男の子も女の子も服はぼろぼろ、髪の毛もちりちりだ。

「喉を焼かなかった分、ありがたく思えよ」

と、見張り役の傭兵団のひとりが言った。
水のドットメイジの生徒数人に杖が返却され、監視つきではあるが、火傷を負った者を治療することが許された。
幸いなことに死者は出ていないようだが、予断を許さないほどの怪我を負った者もいるからだ。
だが外には、負傷し倒れたまま救助を待つ教師もいることだろう。
逃げることができたのか、それとも死んでしまったのだろうか―――と、誰もが、ここに居ない者の心配をしていた。

「ところで、『疾風の』は何処だ?」
「フィールドワークをするとか言って、一昨日風のようにふらりと出て行ったぞ」
「くっ、あいつめ、いらぬ時にばかり現れて、この肝心な時に居ないとは」

いや、まったく心配されていない者も居るようだ。
敗北した教師たちが、火傷の痛みを堪えながらそんな会話をし、悔しげにため息をついていた。
びいびい泣いている男子生徒も居れば、なにかの持病の発作を起こした女子生徒もいる。

「……なあレイナール、さっきの薬はもう無いのか?」
「すまない、僕の持っていた分は、全部使い切ってしまったよ」

まれに、ルイズや彼女の友人から<良く効く薬>を購入して所持していた者も居たようである。
眼鏡の少年は、自分の火傷の痛みをこらえつつ、重症の生徒へとその薬を分け与えたようだった。
生徒たちはひそひそと噂しあう……話題は自然と、この場にいない白いあの子、ゼロの少女についてのものになってゆく。

(おや、ゼロのルイズの奴が居ないな……まだアレは捕まっていないのか)
(それはちょうどいい、こいつら全員、ゼロのルイズに喰われてしまえばいいんだ……アレを見たら、きっとびびるぞ)
(うむ、ゼロのルイズが現れたら……くくくく、こいつらも、泣いて命乞いをするだろうな)

だがしかし、彼らの想像は、どんどんと最悪の方向へとエスカレートしてゆく。

(待て待て、ゼロのルイズが空気読まずに暴れたら、俺たち真っ先にこいつらに殺されるんじゃないのか?)
(ひえっ、くわばらくわばら……)
(いや、待てよ……待て待て待て、駄目だ、あっちに味方する可能性もあるぞ!)

ああ、ありありとイメージできるではないか―――!!

『まあ素敵! 死体をたくさん増やしてくださるのね! さあ遠慮なくどんどんやってちょうだい!』
『応! がはははは!』

少年たちは自分たちの想像のあまりの恐ろしさに、ぶるぶると震えている。

『ちょっと何ちんたらヌルいことやってんのよ! いい? 私がお手本をみせたげるわ―――こうやんのよッ(Walk This Way)!!』
『ひいっ! す、すんませんでした……』

いまのところ、彼らの想像のなかの恐怖の度合いは『白炎<<<ルイズ』のようである。

(なんてこった、ありうる、ありうるぞ……!!)

ざわ…… ざわ……
一方、メンヌヴィル小隊の見張りメイジたちは、生徒たちのあまりの怯えっぷりに微妙に退いていた。

「おい、どうしたお前ら、何をひそひそとくっちゃべってやがる」
「終わりだ……」
「あ、アイツが来たら終わりだ、ぼくたちも、あんたらも!」
「……おい聞き捨てならんぞ、何だ、あいつとは?」
「口にするのもはばかられるアイツだよ!!」
「いいから話せ!」

傭兵たちは、生徒たちの語るゼロのルイズの噂をさんざん聞かされ、背筋を震わせる羽目になるのであった。
『火竜を踊り食いした』だの『ドラゴンは好きです、でも人の死体の方がもっと好きです』だの聞かされれば、嫌な想像はどんどん膨らんでしまうものだ。
とどめに『始祖の祝福を受けた聖なるハンマーで額の<第三の目>を潰さなければ滅びない』ときては、もう怯えるほかない。

「そ、そんなバケモンがここに居やがるのか……油断がならねえな」
「おい、隊長は大丈夫なのか……火竜が主食だっつうなら、皮衣を着てる隊長も火竜と似たようなもん(Dragoon)だ、あぶねえぞ?」

現在、白炎の男は数人の部下をひきつれ、本塔へと学院長オールド・オスマンの身柄を押さえに行っている。
隊長が出て行ってから、もう二十分ほどは経っただろうか。

「隊長、遅いな……」
「うむ、何か嫌な予感がするな……まさか、『ゼロのルイズ』とやらに喰われたのか?」
「ああ、無事でいてくだせえ……」

この場を任された傭兵たちも、なにか言い知れぬ不安をつのらせていた。
囚われの生徒の一人が、食堂の入り口に目をやる。

「おや……誰だろう、あの子は」
「あんな子、うちの学校に居たかな?」

背中に杖を突きつけられて、一人の髪の長い少女が入ってきたのだった。
彼女も体中焼け焦げだらけではあるが、手には杖を持っている。
彼女の操る二体のゴーレムが、倒れた数人の教師たちの体と、大きなかばんをひとつ運んできたようだ。

「二十五人分の秘薬を持ってきました……どうか、怪我の重い方から、治療をさせてください」

ゴーレムを操って教師たちの体をそっと下ろし、彼女―――ガリア貴族の娘リュリュは、侵略者へと許可を取る。
三日後に自国へと送り、知り合いの商人へと卸す予定だった『ヒーリング・ポーション』を、こちらへと持ってきたのであった。
待ち望んでいた治療薬の到着に、食堂のそこかしこで歓声が上がった。

(ミスタ・コルベール、どうかご無事で……)

リュリュは残してきてしまった教師のことを想い、上を向いて、涙をこらえていた。




―――

そのころの、タルブの村。
炎のゴーレムが一体、黙々と瓦礫の撤去作業をしている。頑丈なゴーレムは火事の火を吸収して、自動修復を終えたのだ。
ドクロのヘルメットを被った少女がひょっこりと、瓦礫の山から顔を出す。

「あちちち……まさかフネに轢かれるなんて、ほんと人生何があるかわからないのね」

ルイズ・フランソワーズはのそのそと這い出し、「ありがとゴーレムちゃん」と言った。
崩れて燃える家々を悲しげな目で見やってから、へたりと座り込む。
ガイコツ兜を脱いで、『ヒーリング・ポーション』を飲み下し、打ち身すり傷や火傷を治療してから、体中についた煤をぱんぱんと手で払う。

「はあ、死ぬかと思ったわ……」
「ちょっと待った! 『死ぬかと思った』じゃないだろう! おかしい、おかしいぞ! どうして今ので生きているのかねきみは!」
「えっ?」

そこへ息せき切って駆け寄ってきて盛大にツッコミを入れたのは、青銅のギーシュであった。

「あんたこそ何でここに居んのよ、モンモランシーに付いてなくていいの?」

ルイズは訝しげに彼を見やる。彼はとたんにくしゃくしゃと、顔をゆがめて答える。

「何だねその言い方は! いつまで経ってもきみが逃げてこないから、心配して様子を見に来たんじゃないか!」

難民となった村人たち、およびモンモランシーとシエスタのところには、領主アストン伯の派遣したメイジ数人と、疾風のギトーが付いているという。
ギーシュは領主の所から戻り、ルイズが難民のなかに居ないことを心配し、慌ててこちらへと来てくれたのだそうな。

「あら心配してくれたのね、嬉しいわギーシュ」
「そ、それだけかルイズ! これほど心配させておいて、それだけなのかね! 泣いたんだぞ僕は!」

彼はひどく怒っているようだった。

「ぼ、ぼぼ僕ぁねえ、巨大なフネが落ちてきてきみを弾き飛ばすのを見たんだっ! 他でもないきみがね、し、しし死んでしまったのではないかと!」
「わわ、わわわ……やめてやめて! 生きてる、生きてるからっ!」
「本当かね、血まみれじゃないか! それに、きみはいつ見ても、たいてい生きてるのか死んでるのか解らない顔色をしているんだよ!」

襟首をかくんかくんと揺さぶられ、ルイズは目を回しかけた。

「これ血じゃないし……いちおう、心臓、ちゃんと動いてるわよ……確かめてみる?」
「うむ、そうしよう! では失礼して……」

グローブをはずし差し出された白い手をスルーして、ルイズのおっぱいをフニフニとするギーシュ。

「ふむ、あまりやわらかくない。皮のベストが邪魔だな、さあ脱ぎたまえ」
「手首の脈の話なのに」
「えっ!? ……あ、ああ、結構! もう解ったよルイズ、実に結構、きみは生きている!」

ギーシュはルイズの隣に腰を下ろし、はーっとため息をついた。

「ところで、きみはミスタ・ギトーからも、逃げろと言われていたのだろう、どうしてここに残っているんだい」
「どうしてもなにも、人が残ってないかどうか確認してたのよ」

ルイズは、生命反応を探知可能な使い魔『ボーン・スピリット』を飛ばし、逃げ遅れた人が居ないかどうかを確かめて回っていたのだという。
実のところそれだけでなく、彼女がここに残り続ける選択をしたのには、別の大きな理由があるようだ。しかし、それを伝えたところで、納得してもらえる自信も無かった。

「きみは馬鹿か! それならそれで、あんな場面で、どうして退避しようとしなかったのかね!」
「……そ、それは」

ルイズはおずおずと、ベストの内ポケットからひとつの人形を取り出した。ギーシュはそれを見て、目を丸くした。
シエスタが気絶した際に落としていった、黒髪の剣士の人形である。
彼女がとても大切にしていたこれが、遠くの地面に落ちていたのを見つけてしまい、拾いにいっているうちに逃げ遅れたのだという。

「ああルイズ、きみってやつは、きみってやつは……」

ギーシュは心底呆れたような、それでいて何か溢れそうな胸のうちを堪えるような、何ともいえない表情になる。

「はあ、なんにせよ生きていてくれて、嬉しいよ」
「はうっ……う、うん、ありがと」

顔がとても近かったので、ルイズは照れて、頬を染めた。ちょっぴり胸がどきどき。

「あれに巻き込まれて生きているとは、きみはやはり噂の通り、人間ではないのかね?」
「なによ失礼ね!」

ルイズの纏う魔法のバリア、『骨の鎧(Bone Aromor)』は、攻撃を受けたとき砕け散ることで、物理的なダメージを虚空に散らす仕組みになっている。
普通は数度の攻撃を受けるたびに張りなおさなければならないが、うまくやれば一撃だけオーバーキル級のダメージすら逸らせることができるという。(旧Ver.仕様)
物理的な打撃は防げても、強力な攻撃が複数回来た場合には対処しにくい。
通常の鎧で防げるような風の刃や石つぶて以外の大抵の魔法を素通りさせてしまうのも、弱点といえば弱点なのだが。

「……うむ、さあ、気が済んだのならはやく、みんなのところへ帰ろうではないか」

立ち上がったギーシュはルイズの小さくてひんやりとした手をつかんで、歩き出そうとした。
でも、ルイズが動かないので、ギーシュは顔をしかめた。

「どうしたのかね? ここは、もうすぐ戦場になるという話なんだろう? だから……」
「うん、だから、残んなきゃいけないのよ……せっかく来てくれたのに、ごめんねギーシュ。モンモランシー達に会ったら、よろしく伝えてちょうだい」
「駄目だ、僕はきみを連れ戻しにきたんだよ!」

しばらく、帰ろう、帰らないわ、の言い合いとなる二人である。

「きみ一人ここに残って、どうなると言うのかね!?」
「解んない、解んないけど、残んなきゃなんないの!」
「……それは、きみのよく話す、運命とやらの話かね?」
「そうよ、もうすぐ何かヘンなのが来るのよここに!」

ギーシュは全く納得がいかない、といったこわばった表情をしていたが……やがて、地面にどっかりと胡坐をかいて座った。

「そうかい解ったとも! ならば、このギーシュ・ド・グラモンも残らせてもらおう!」

ルイズは慌てて目を大きく見開いた。

「だ、駄目よギーシュ、あんたに何かあったら、モンモランシーに顔向けできないじゃない!」
「それはきみにも言えることさ! この僕が、きみのような女の子をひとり残していけるとでも思っているのかね? 見損なわないでもらいたい!」

ルイズは、この異性の友人ギーシュ・ド・グラモンのことがわりと好きである。彼はルイズの好みのタイプではないようだが顔はよく、人柄も悪くない。
恋愛感情こそ抱いておらずとも、同年代の異性で、ルイズに普通によき友人として接してくれるのは、いまのところ彼一人だけなのだ。
よくよく服の趣味の悪さと浮気癖が欠点だと言われるが、服の趣味にかけてはルイズのほうがよほど常軌を逸しているものだ。
なにしろさっきまでの彼女は、おどろおどろしい魔獣の頭蓋骨製のかぶと(Bone Helm)を被っていたのだし。

「気に喰わないなら、実力行使でも何でもするがいいさ! ああ、僕はきみをひどいやつと呼ぶだろうがね!」

ギーシュは腕を組んで、そう叫んだ。
ルイズはどきどきと鳴る胸のうちを隠し、ツヤの消えた瞳で、そんなギーシュを見つめていた。

「……はっきり言うわ、あんた邪魔。ドットメイジが一人いたところで、足手まといなのよ」

嘘である。本心は、ギーシュのことが頼もしくて頼もしくて仕方が無いのだ。
アンリエッタ王女のことも、タバサとキュルケとアニエスのことも、心配でたまらないルイズ。
このまま一人で居たら、あまりの心細さに、どうにかなってしまいそうでもあった。
ギーシュは目を見開いてわなわなとしている……本当にごめんなさい、と、魔法を侮辱されることの辛さ悲しさを知る少女は心のうちでつぶやく。

「ぐっ……ああ、よく解ったよ、きみはじつにひどいやつだ! だがそんなことを言われたって、僕は帰らないからな!」
「何でよ! さっさと帰りなさいよ! ……そうだ、あなた今すぐ、このお人形さんをシエスタに届けてあげてよ!」

押し付けられた人形を、ギーシュは顔を憤慨に赤く染めてつき返した。

「きみが自分で届けたまえ! そもそも最初に力を貸してくれと頼んできたのは、きみだろう! 僕は杖に誓ったんだ!」
「もう貸してもらったわよ、お礼を言うわ! でもそれはここの村人を逃がすまでの話で……これからは私の戦いなの!」
「ああ! きみのことだから、これからの戦いはきっと、この国にとって大事な戦いなんだろうさ! ならばますます、僕が参加しない理由は無いのだよ!」

煙たなびくタルブの空に、しばらくの間、少年少女のけんかの声がこだましていた。


やがて―――
体育座りで膝をかかえながら、ルイズは疲れたように、ぽつりと言う。

「ほんと、困るのよぅ……」
「……どういう意味だい?」
「実は私さ、『あなたとなるべく二人きりにならない』って、モンモランシーと約束してんの」

それを聞いて、ギーシュは目を丸くしたが、やがて優しく微笑み、答える。

「おや、それは初耳だけれど……ルイズ、これが終わったらきみと二人で、彼女に沢山ごめんなさいすることにしよう」
「もう……」

結局、ルイズは折れるほかなかった。
コモン・マジックすら使えない自分には誰かの助力が必要だとも思われたし、なにより、いまのところ彼に死相は見られない。
このところ彼のまとう運気は、傍に居る人を巻き込むほどに、絶好調。相当な無茶をしないかぎり、大丈夫だろうと思われたからだ。
ルイズは彼の心遣いをとてもとても嬉しく思うが、同時に複雑な気持ちにもなってしまうものだ。

「ねえギーシュ、あなたこれ以上カッコイイ台詞言うの禁止ね」
「は? むう……きみはいつも唐突にヘンなことを言うなあ」

年若き少年少女は顔を見合わせ、苦笑しあった。
これからどんな恐ろしいものが来るのか、解らない。
ルイズ・フランソワーズが他のどの場所へも向かわず、この場に残ったのは、他でもない一冊の本にまつわる大きな理由があるのだ。

「……あなたと私がロマンスしちゃうとか、なんだかねえ……はあー」
「何を言う! きみとならトリステイン貴族の名にかけて大歓迎だよ! 薔薇はだね、きみのように美しき女性のために……」
「ごめんね、ストップ。私はモンモランシーを刺したくないの」

大きくため息をつき、ルイズはにっこりと微笑みながら、そう言った。
口説かれたことについては、ちょっとだけ嬉しくも感じていた。
でもルイズは彼への恋愛感情を持ってはいないし、大切な友人の恋人を取るつもりもないので、はっきりさせておかなければならない。

「ちょ、ちょっと待ちたまえ! きみが刺すほうなのかね?」
「どうかしら? ウフフフ……タバサもキュルケもシエスタも姫さまも、みんなみんな泣いている未来よ。私以外、誰ひとり幸せにはなれないわ」

ギーシュは自分が浮気な選択をした結果に現実となるであろう、そんな悪夢のような光景を、ありありと想像することができたようだ。

「……そ、そうかね……うむ、確かにそれは、もっともだ……気をつけることにするよ」

たちまち顔を青くして冷や汗をながし、自分の胸に手を当てて、何度も何度も頷くほかなかったそうな。




さて―――

「……それにしても、見事なゴーレムだなあ、やあ格好よい、惚れ惚れするよ」
「ありがと。いっぱい修行して、こないだようやく作れるようになったのよ……あなたみたいに、同時に複数のゴーレムを使役するのは、私にはどう頑張っても無理なんだけど」

ルイズは鞄からひと塊のパンを取り出して、ファイア・ゴーレムの体に近づけてあぶりはじめた。

「何をしているのかね?」
「わたしのお昼ごはん……美味しい豆パン。二個あるんだけど、あなたもいっこ食べる?」

ギーシュは辺りを見回して、げっそりとした表情になった。
さきほど落下してきたフネの搭乗員らしい黒こげの死体やそのパーツが、そこかしこに転がっているからだ。

「いや、結構……きみはよくもまあ平気で、こんなところで食事できるなあ」
「? ……そういえば、そうね……でもお腹がすいたら、戦はできないわ」

空きっ腹にマナ・ポーションはキツいのである。
はむはむとパンをほお張りながら、ルイズは『始祖の祈祷書』を開いて見る。
だが、虚無の系統の呪文を与えるはずの古い本には、未だに何の変化も見られない。
きちんと水のルビーもつけているのに、白紙のままだ。

(おかしいわ……使い手が大ピンチになったら、自動的に呪文が現れるんじゃないのかしら?)

デルフリンガーの言によると、虚無の呪文は、必要なときにしか現れないのだという。
そして<ミョズニトニルン>で読み取った説明と合わせて鑑みれば、もうルイズには読めてもおかしくない頃合である。
姫を連れ去られた今の時分で、もう十分どころか十二分なほどにルイズはピンチに追い込まれているからだ。
駄目押しとばかりに、占いの結果『この国のなかで、自分がいちばんピンチな状況に追い込まれそうな場所』に、わざわざこうして陣取っているというのに。

(……そもそも<虚無の系統>って何なのかしら?)

思えば、おかしな話である。
おおきな力を得たら、<虚無の使い手>もまた貴族であるかぎり、自分の国や大切な人を守るために、その力を振るうことだろう。
ならば、国同士がいさかいを起こした場合、双方の国の<使い手>が争う場面すら出てくるはずだ。国のピンチは、敵国の人を打倒したいという思いに繋がる。
その程度―――悪魔相手ではなく、よくある人間同士の戦いという意味での―――でいちいち虚無が発動していたのなら、いずれは虚無同士の潰しあいにエスカレートしてしまうことだろう。

それでは、何のための虚無なのだろうか。
王家の血筋に虚無を与えたのは、王族の権威を保つためなのかもしれない。
虚無と秘宝を四つの王家へと分けたのは、ひとつの国に力が集中しないよう、国同士のパワーバランスを取るためだろうか。
いずれにせよ、どこかひとつの王家が秘密に気づけば、世界中の虚無を独占しようと暗躍することになりかねない。
ときに悲劇さえ含むであろう、それらの争いすらも、未来における何らかの大きな脅威にたいする事前準備であり、始祖の狙いに違わぬものなのだろうか?
もしそうだとしても、世界のありようをかたち作る大いなる意思というものは大抵、そういう解りにくいものである。人はそれに乗ることも逆らうことも自由だ。
度を越えたゆがみを生命のバランスに与えないかぎり、ラズマ尼僧としてのルイズも、今のところとくにそこに文句は無いのだが……

(どうして私なのかしら……私には、宇宙の理には触れられても、この世界の大局なんてわかんないのに……)

ルイズ・フランソワーズは、異教ラズマの見習い聖職者である。
ラズマの徒は、ひとりひとりが直接<存在の偉大なる円環>と触れ合って生きている。
信徒たちはそれを通じて、生まれ、愛し合い、死に、ときに争い殺しあっていてさえも、心の奥底で、偉大なる運命の流れにおいて繋がりあっているのだそうな。

世界の大局は目に見える『利』に、宇宙の理は決して目に見えぬ『幸』を基準としている。
後者は直接見えないからこそ、得てして前者の基準で計られるものだ。
通常の人は、後者や『運命』といった、あいまいで理解できないものによって繋がる者たちを指して『狂信者』と呼ぶものである。

さて、ルイズは生まれたときより籍のあるブリミル教を、その始祖のことを信じていないわけではない。
天使と司教が神格と認めており、<ミョズニトニルン>のルーンを与えてくれた神だ、むしろ大いに感謝していたりさえする。
彼が過去にどのような人間だったのかは、どうでもよいことである。積み重ねられた信仰がひと柱の神を創るのだ。

(もしかして……私のことを、ブリミル教徒じゃないって判断したから、……始祖さまは、虚無の呪文を与えてくれないの?)

口の中に豆パンを含んだまま、もぐもぐと咀嚼しながら、ルイズはぼんやりと白紙の本を眺めていた。

(パンが美味しくて、心が満たされちゃってるから? もしかして私ってば、心の奥底では、国のことなんてどうでも良いのかしら?)

解らないことばかりである。
今の自分を成り立たせているいろいろなことを疑ってしまえば、そこから心ががらがらと崩れていってしまいそうな気分になる。
始祖のルーンを身に付けてよりこのかた、『自分にはけっこう即物的なところがある』というのが、彼女の自覚している欠点でもある。
裏を返せば、ラズマの教えに染まって、些細なことにさえ大きな生きる喜びを見出せるようになった、という成長とも言えることなのだが。

(隣にギーシュが居てくれてるから? やっぱり一人にならないと駄目なのかしら……実力行使してでも帰すべきなの?)

ルイズは想像する。
もし今ここにギーシュではなく、アルビオンの時のようにタバサとキュルケが居てくれていたら……どうなったのだろうか。
もっとたくさんの勇気を与えてくれて、自分はこんな風に思い悩むこともなく、強き心でひたすらに前へと突き進んでゆけるのだろうか?
想像はどんどんわき道へとそれて行く。

(……あれ? 今、ちょっとなんか、解りかけたような)

そんな風に、答えの糸口を掴んだような気がしたときのことである。

「おいルイズ、ルイズ!」
「ふぁひ?」

気づけば、ギーシュがルイズの肩をゆさぶっていた。

「何か来たぞ、あれがきみの言っていたヘンなやつかね? 敵なのかね?」

炎くすぶる煙の向こうから、黒い影がいくつも現れ、こちらへと近づいてきた。
二十数人ほどの集団だ。ルイズはひと目見て解ったが、おそらく、全員人ならざるものである。
その先頭を歩く一人の格好に、ルイズは見覚えがあった。

大柄な体躯を、重厚な黒い鎧が隙間無く覆っている。
剣を背負い、金の縁取りのされた巨大な『破壊不能の盾』を帯びている。
禍々しい造形の、四本の角がついた黒いフルフェイスメット。
彼が何者であるのか、ルイズ・フランソワーズはよく知っている。

「―――ふぃふぃひゃ!」
「何か喋るなら、まずは口の中のものを飲み込みたまえ!」

ギーシュにそう突っ込まれたが、食べ物を残すことに悲しみを覚えるルイズである。
見知った騎士らが近くに来るまでの間に、ぱくぱくと急いでパンを食べ終えるのであった。



―――

剣士アニエスが<サモナー>に関する新情報を得て、王宮への報告を行い、『幽霊屋敷』へと戻ってきたときのことだった。

(むっ……ポータルが全て消えているな)

こういった場合は、ここで待機しなければならない。
ゼロのルイズ、雪風のタバサのどちらかがポータルを開いてくれたら、即座にそちらへと加勢に行くことになるだろう。
自分はある意味彼女らの切り札ともなりうる魔法吸収の剣、『デルフリンガー』を背負ったままだからだ。いずれの戦場に自分と剣が必要となるのか、まだ解らない。

「おい姉ちゃん、何だか様子がおかしいぞ」
「……ああ」

アニエスは、学院を包む不穏な空気に気が付いた。嫌いで嫌いでしかたない、火の匂いがあちらこちらから漂ってくるのだ。
王宮に飛んで帰ってくるまで、ほんの二十分くらいしか経っていないというのに……
何より、先ほどまで裏庭に居たはずの教師ジャン・コルベールと居候リュリュ嬢の姿が見えないのだ。
テーブルはひっくり返り、焼け焦げている。地面には茶器が散乱している。

ルイズの飼っていた毒蛇が、ケージの中で焼け死んでいた。

キュルケの使い魔、サラマンダーのフレイムが、庭の隅にうずくまっていた。
アニエスを見ると、きゅるきゅる、と鳴いた。のそりと立ち上がって、ついてこい、と言わんばかりに首で促した。
フレイムに付いてゆくと、『幽霊屋敷』の屋根から、なにやらイタチのような生き物が数匹、ぴょんと飛び降りてきた。

「何だ?」
「……古代幻獣の<エコー>だ、近くの森に住んでいて、よくここの天井裏に遊びに来ている。何やら伝えてえことがあるみてえだな」

そのうちの一匹が、アニエスの手に飛び乗ると、ぼん、と変化する。
一枚の石版のようだ。

『こにんさわ』
『はじめまして、あにえす』

そこに、つたなくもハルケギニア語の文字が浮かび上がってくる。アニエスは驚いた。

『てきがきてる、たくちん、きおつけろ』
『わるいやつ』
『こわい』
『でも、てきい、もっさゃ、だめ』

どういう意味なのだろうか、とアニエスは不思議に思うほかない。

『てきい、ちつい、もつと、やかれるぞ、いたくてあついぞ』

<エコー>とやらの変化した石版は、そのようなメッセージを繰り返し浮かべるばかりだった。
アニエスは、こちらから質問したら答えてくれるのだろうか、と思った。

「……ここにいたミスタ・コルベールや、リュリュ嬢はどこへ行った?」
『せんせ、たたかてる。るる、こうちんし、つかまった』

戦っている?
たった今得た情報を総合するに、この学院に何者かが襲撃してきているらしい。
現在コルベールが交戦中であり、リュリュは降参して捕まった、と解釈できる。

「……その相手にたいし、敵意や殺意を持ってはいけないということか? 持ったとたん、焼かれるのか」

以前火竜山脈にて、似たような反則魔法を受けたことのあるアニエスである。飲み込みもはやかった。

『そのとうり、あにえす、かしこい』
「そうか、貴重な情報を提供してくれたことに、心から感謝する」
『かんしゃするなら、こんど、べりいぱいたくちん、もってこい』

妙にえらそうな態度だったが、アニエスにそれを不快に思っているような暇は無い。
手の中の石版は、そう伝えた直後、もとのイタチのような生き物に戻って、走り去っていった。
最後のメッセージの意味が解らず首をひねるアニエスに、デルフリンガーが補足する。

「……白髪の娘っ子と好物がかぶってるんだよ、いつも一切れしか分けてもらえねえからって、あいつらきいきいうるせえんだ」

どうやら、感謝の印にクックベリーパイをもってこい、という要求だったらしい。
とりあえず、彼らの伝えたい情報は理解できたように思う。

「まあ、パイは経費で落とそう……そして私は、今からミスタ・コルベールの援護に行くべきらしい」
「おっと、耐火装備してゆけよ。敵は炎の使い手らしいぜ」

コルベールのところへは、どうやらフレイムが案内してくれるようだ。
アニエスは、デルフリンガーを持っている。魔法吸収の剣がこの手にあるなら、そこらのメイジ相手には負けない自信もあった。
ポケットをあさって、炎レジストの上がるガーネット・リングを二つ取り出し、左右の指にはめる。
あとはコルベール謹製の耐火ローブを着れば、レジスト値は60%にまで上昇する。
これだけ耐性を稼げば、ドットやラインクラスの放つ炎の矢くらいなら、笑って耐えられることだろう。

(王宮のウェイ・ポイントから宿舎まで、全力で走って五分……あの剣を取ってくるべきか?)

先日ルイズに改造してもらった『炎の剣』を装備すれば、耐火ローブを着なくとも、レジストは最大の75%となるだろう。
だが……出張の際に一度、オーク鬼相手のときに使ったきり、あの剣はいちど手入れをしたまま宿舎におきっぱなしである。
毎度ルイズから渋られながらも貸してもらっているデルフリンガーが便利すぎるので、いつもかさばるあれの出番が無いのだ。




さて―――

アニエスの胸に不安がよぎる。
さっき<エコー>は、敵意や殺意を持って相対してはならない、と繰り返し言っていた。それは、考慮に値する情報である。

(敵と遭遇したときに、敵意や殺意なしに戦うということなど、果たして可能なのだろうか?)

そんなこと出来るはずがないだろう、と彼女は思う。
とくに炎のメイジと相対したときなど、少なくとも七回殺しておつりが来るほどの敵意や殺気を抱く自信があったからだ。
ならば、多少はこの身を焼かれることも、覚悟してゆかねばならないのかもしれない。

「おい、行くんじゃねえのか?」
「待て、焦るな。……やはり、先にこの件を王宮に報告しておかなければならん。今の私は剣士としてより、伝令として役にたっているのだからな」

アニエスは鞄より<スタミナ・ポーション>の試験管を取り出しながら、<ウェイ・ポイント>へと駆け戻っていった。




―――


トリステイン竜騎士隊と合流し、タバサとキュルケは<サモナー>の飛んでいった方向、タルブを目指して飛んでいた。

「他国から来たうら若き娘御たちが、これほどわが国のために動いてくれているというのに、我らが呆けてはおられぬ!」

と、国を守る男たちは気合十分である。
同盟国ゲルマニアから来た少女、キュルケが投げキッスを飛ばすと、男たちは杖を振り上げ歓声を上げる。

「うーん、素敵だわ! この国の男のヒトたちって堅物ばかりだと思ってたけど、なかなかノリもいいじゃない」

<サモナー>に接近する前に、そこでいちど竜を降りて進軍してでも、あの男を止めなければならない。
竜騎士が竜から降りざるを得ないのは、断腸の決断である。相手が上空から攻撃してくるなら、厳しい戦いとなるだろう。
しかし近づけば操られ奪われる危険がある以上、竜は足と割り切るほかない。今のところ、こちらの利は人数しかないからだ。
彼らは誇り高き貴族であり、たとえ竜から降りても一流とよばれる魔法の使い手たちなのである。

このまま行けば、村でルイズ・フランソワーズと合流することになるのかもしれない。
だが、タバサは浮かない顔をしている。
いまルイズの隣に立つ選択をした場合、『拉致せよ』という勅命にたいする不作為を問責されかねないからだ。

雪風のタバサは、友人ルイズのことを心配に思う。彼女は『私もすぐ逃げるから、心配しないで』と言っていた。だが、おそらく嘘だろうと思われる。
ギトー、モンモランシーやギーシュ、シエスタと一緒に、あの村から逃げだしていてくれればいいのだが。
同時に、実家の母のことも心配でたまらない。

不安が尽きない。どこかで、あるいは『遠見の鏡』のようなもので、ガリア国王の手のものが自分を監視しているのではないか。
自分が叔父ジョゼフに従わない素振りを見せたら、たちまち母は、彼の手にかかるのではないか。
今すぐ自分は母の元へ飛んでゆくべきなのではないか。

そんな深い悲しみと揺れる気持ちを抱きつつも、シルフィードを飛ばしていたときのことだった。

「何か居るわ……光ってるのが見えない?」

煙の上がっているタルブの村の方向、自分たちの進路上に、いくつものゆらゆらと陽炎のような白い光が浮かんでいる。

「怖いのね、危ないのねおねえさま、きゅい! あれは、あれはね……」
「知っているの? シルフィード」

キュルケが問いかける。
十数個のゆらめく幽玄の炎、それぞれの白い輝きの中には、うすぼんやりと黒い影……

「きゅいきゅい! あれは……なんでしょう?」とシルフィード。
「何だ知らないのね……お化けかしら?」とキュルケ。

タバサの顔から血の気が引いた。だが、幸いなことに、平静を失うほどの恐怖には至らない。
もっと恐ろしい友人を、彼女は知っていたからだ。

「知らないけどね、あのね、雰囲気がね、ルイズさまの使い魔のヒトダマと、すごく似てるの……」

そして真の恐怖は、直後にやってくる―――

「シルフィード、回避」

タバサは上ずった声で、使い魔へと命令を下す。
間一髪であった。

空気が乾燥する。耳の奥がキーンと鳴るような感覚のあと……

バ バ バ バ ―――

半ば空に溶け込む無数の陽炎から、こちらに向かって、いっせいに強烈な電光の帯が放たれたのだった。

―――があ、あ、あああ!!

ちょうど斜め先方を飛んでいた竜騎士が一騎、極限まで収束された幾条もの電光の集中砲火を浴びて、人も竜も黒こげになって落下していった。
風に混じったオゾンの匂いが鼻をつく。
タバサとキュルケの顔面は青一色に染まり、全身はこわばり、背筋は冷たい汗でぐっしょりと湿っていた。

どうやら彼女たちは、他の誰を心配するよりも先に、自分たちの命の心配をしなければならないようだ。

「きゅいきゅいきゅい!」

シルフィードが泣きわめく。
落とされぬよう、前に乗っているタバサの背中にキュルケがしがみ付くと、マントと髪の毛にばちばちと静電気が走った。
タバサの短く青い髪の毛が、もう面白いほどに逆立っていた。文字通り、総毛だったのだ。

『散開! 散開して反撃しろ!』

竜騎士隊の小隊長が、風の伝令魔法に乗せて、声をからして叫ぶ。
死の招雷は一撃では終わらない。ズ バ バ バ―――
第二射、第三射、第四射……収束する雷の光線が、長く長く太く、矢継ぎ早に宙を走る。

「っ、ぐああっ!!」

叫び声があがる。一騎が感電し、もう一騎が翼を焼かれ、森へと落下していった。
長年にわたって修練してきた王国のメイジたちの誇りと技とが、まるで児戯のようにあっさりと否定された瞬間であった。
ふっ、と陽炎の群れが消え去る……そして、数秒ほどの静寂のあと、ふたたび別の場所へと出現し、一斉射撃が放たれる―――

(何よ今の、テレポートしたの!?)

キュルケは戦慄する。
今度は、十数条の電光の帯がおりなす即死の網が、まるで死刑囚を閉じ込める牢獄の鉄格子のように、空飛ぶドラゴンライダーたちを襲う。
竜が傷つき飛べなくなったからといって<フライ>や<レビテーション>で脱出しても、待っているのは集中砲火の感電死だ。

カ カ カアッ―――ドオッ

シルフィードのすぐそばを、一匹のドラゴンの断末魔が、ドップラー効果をあらわしながら地表へとむけて遠ざかっていった。

「ななな、なによぉコレっ! インチキ! インチキ! やああだあっ!」

火のメイジらしく戦いを好み、いつも気丈に優雅に振舞うキュルケが涙目で絶叫してしまうのも、無理は無い。
もはやこれは戦いではなく、死の雷光弾幕ワンサイドゲーム。時間無制限のおまけつきである。
隣を飛ぶ若き竜騎士も、敵に向かって「ふ、ふ、ふざけるなあ!」と絶叫していた。

「……畜生、大概にしやがれ! こんなところで! こんなところでえ!」

また一騎、竜騎士が落ちてゆく。
少なくともこの場の全員がインチキだと思う程度には、恐るべき状況のようだ。
のちに判明することだが、敵は<サンクチュアリ世界>でも、冒険者たちに最も恐れられているモンスター『ウィル・オ・ウィスプ(鬼火)』の一種であった。
ラズマ武僧の精鋭さえも含め、過去にこの鬼火の群体の放つ『収束ライトニング』に殺された者は数知れずという話である。

カ カ カアッ―――ド ド ド……

今度は再びシルフィードに向かって電撃が放たれ、彼女たちは急降下して必死にそれを縫うように避けてゆく。
ほんの少しでもスピードを落とせば、たちまち二人と一匹仲良く感電死してしまうことだろう。
『ライトニング』が途中で曲がったりホーミングしたりしない直線的な攻撃であることが、彼女たちを救っていた。
幸いなことに、あの陽炎たちに相手の進む先を読んで当てる、などといった技術や知性も無いようだ。

「……駄目、上を取らないと……合図したら上昇、急いで」

収束した電光は、森へと着弾し、破壊のあとと黒い煙を残していった。タバサは必死に恐怖を押し殺し、使い魔に命令を下す。
低い位置に降りざるを得なかったのは、致命的である。見上げれば鬼火の光が陽光のなかに溶け込んでしまい、これでは何処から撃ってくるのか解らない。
こちらの攻撃は届かず、雷光が雨のように降り注ぎ、被害も広まるばかり。なにひとつ良いことは無い。

「―――今」
「きゅいきゅいきゅい!」

雷光の一斉射撃が途絶えた隙を狙い、タバサが合図を出した。
ぐぐっと体中に圧力がかかり、タバサは竜の背中へとしがみつく。止まったら死、振り落とされても死。
シルフィードは電撃をかわしつつ、全力で羽ばたいて青空へと昇っていった。
タバサの背中にしがみ付いていたキュルケが、ふと言葉をもらす。

「ねえ……ねえタバサ、……今ここに、ルイズが居たら……こんな状況を切り抜けられるのかしら?」
「楽勝」

そんな力強い返答を聞いて、キュルケは大きくため息をついたあと、口の端をかすかに吊り上げていった。
青い髪の少女は、淡々と続ける。

「……彼女は、敵を盲目状態にして遠隔攻撃を封じる呪いを使える」
「なあによ、それ。呆れたわ……もう全部あの子一人でいいんじゃないかしら?」
「冗談」
「まあね、さっきもぴいぴい泣いてたし……早く行ってあげないとね!」

ルーンを呟き、杖の先に火球を形成しはじめる。
キュルケ・フォン・ツェルプストーにとって、タバサの言を通じて見るルイズのことは、呆れるほどにまぶしくも映っていたようだ。
そんな大切な友人二人の信頼関係は、見ていてとてもうらやましくもあり、彼女たちのことを考えると、心の奥を焼き焦がされるようにして力が湧いてきたりもするのだ。

「―――上等よっ!」

<鬼火(Wisp)>の群れに向けて、巨大な『ファイアー・ボール』が放たれた。
<RWリーフ>によって5レベルのブーストをされ、炎魔法への熟練(Fire Mastery)も底上げされている火球の威力は、以前の比ではない。

「さっさとこいつら片付けて、あの子んとこに行くわよ!」
「でも……」
「タバサ! あなた、あの子のことも、お母さんのことも助けたいんでしょう? じゃあなおさら、早く行ってあげないと駄目よ!」

―――ズドーン!!
ファイアー・ボールが炸裂し、数体の鬼火を粉々に吹き飛ばしていった。

『見よ! ゲルマニアの娘御がやってくれた! 炎が効くぞ! 我々は負けぬ―――全騎援護せよ、炎メイジは続けぇ!!』

竜騎士隊の小隊長が、風に乗せて、決死の合図を飛ばした。



―――

そのころ……
タルブ村から西の森のなか、王都とラ・ロシェールをつなぐ街道を目指して進む、難民の一団がいる。

ズバ バ バ バッ―――

「ひゃあっ! あわわわわ……」

そんな中、貴族の少女モンモランシーが悲鳴をあげて、地面に座り込んで震えていた。
先ほど気絶から復帰したばかりのシエスタも、その家族も、目を丸くして立ちすくんでいた。
うっそうと茂る森のなか、村人たちとともに必死に歩みを進めていたところ……とつぜん風の魔法に吹き飛ばされたのだ。

その直後、上空からの流れ弾、幾条もの電撃が降り注いできて、目の前の木々をまとめて焼き焦がしていったのである。

「間一髪だったな」
「み、ミスタ・ギトー!!」

疾風の教師もまた、己の役割をしっかりと果たしているらしい。

「ふっ、やはり私がこちらに来て正解だったようだ……ここは危険だ、急ぐぞ」
「は、はいっ……!!」

本心を言えば、今すぐにでもひとり逃げ出してしまいたいモンモランシー。
だがこの場に水のメイジは自分ともう一人しか居らず、誰かが怪我をしたときに治療できるメンバーは貴重である。
友人シエスタが逃げないという選択をした以上、杖にかけて自分も残り、皆を守らなければならない。

この決意は、村に<タウン・ポータルの巻き物>を忘れてきてしまった、という致命的な失敗に開き直ったわけではない、たぶん。
そして、となりを歩む疾風のメイジは、どんなに彼自身がクールに振舞っているつもりでも、ただ無軌道にしかみえないし、目つきも笑顔も不気味なのである。

「……あの、ミスタ・ギトー、あなたは先ほど、ルイズにドカーンって、それで、パーンって……」

恐る恐る問いかけるモンモランシーに、ギトーは不敵に笑ってうそぶく―――

「ふっ、風は滅びぬ、何度でも蘇るのだ」

誰もが目を丸くした。
だが、それは何よりも心強い一言だった。



―――

ほぼ壊滅状態のタルブの村にて……
少女ルイズ・フランソワーズと青銅のギーシュは、ガリアの騎士と相対していた。

「……お久しぶりです、誇り高きサー・ラックダナン」

焼けた民家の煙を含んだ風に、少女のマントと、白く長い髪の毛が煽られ、たなびいた。

『やはり、そなたか……久しいな少女よ、しかし、まさかこのような場で出会うとは』

深く低く、くぐもった声が、黒いがらんどうの甲冑に反響している。
騎士は、槍を持った二十体ほどの鎧の群れを引き連れている。どうやら、戦闘用のガーゴイルらしい。
ギーシュ・ド・グラモンは、騎士たちの放つ威圧感に、少々顔を青ざめさせている。

「なあルイズ、きみはこの方と知り合いなのかね?」
「……ええ」

いっぽう、ルイズは警戒を解いていない。
かつて騎士ラックダナンは、ニューカッスルの戦において、レコン=キスタの先鋒として剣を振るっていたものだ。
彼は基本的に味方ではない。そして、この場にもおそらく、戦をしに来たのだろう。

「騎士さま、ここは私の住む国です。何をしに、ここへいらしたの?」
『我はいずれここに現れるであろう、ひとりの魔道士と、かの男の喚(よ)ぶであろう魔を打倒するために来た』

騎士は静かに答えた。

『そなたも知っておろう、青き衣、浅黒き肌をもつ、ヴィジュズレイの男だ』
「<サモナー>と呼ばれる男ですね」
『然り。かの男は、我と我が主、そして我が国の敵なり』

ルイズは、<サモナー>を止めに港町ラ・ロシェールへと行ったキュルケとタバサ、そしてアニエスのことを心配に想う。
彼女たち三人なら負けないだろうとは思っていたが、もし失敗していたのなら、次に戦うのは自分ということになるのだろう。

「さきほど私の信頼できる友人たちが、あの男を倒しに向かいました……彼女たちなら、きっと」
『残念ながら、そなたの友人らは、まだあの男を打倒してはおらぬようだ。感じ取れるか、少女よ』
「……ええ」

騎士の言うとおり、魔の気配はますます濃くなったように、ルイズには感じられていた。胸の奥が、きゅうう、と締め付けられた。
タバサたちを行かせて自分が行かなかったのは失敗だったのだろうか、とルイズはますます不安に思った。
今朝より感じられていた、この村に来るであろう恐ろしい気配というものが、呪われしラックダナンの来訪を予感していた可能性もあるからだ。
ルイズは、この騎士と戦いたくはない。

『……して、ルイズ・フランソワーズよ、そなたは何故、ここに居る?』
「私の国を守るために、ここに」

ルイズは青ざめた顔で、そう正直に答えた。
ひざががくがくと笑いそうになるほどの緊張を、彼女は必死にこらえていた。

『そうか、……ならば今の我とそなたとは、敵同士ということになるであろう』

その一言の放たれたとたん、ルイズの脳裏に、赤地に金の髑髏のマークのイメージが浮かぶ。
以前の邂逅より時が経ち、自分もある程度の実力をつけたとは思うのだが、いまだこの騎士と戦って無事に済む一切の保証はない。

「騎士さま、あなたはあの魔道士が倒されたあとは、私の国との戦に参加なされるの?」
『その予定だ……だが、我にそなたと事をかまえるつもりはない。……どうか、今すぐこの場より立ち去ってはくれぬか』

高潔な彼は、戦争や陰謀を好むような性格ではなかったはずである。
ハルケギニアに召喚される以前、トリストラムの街の人々を守るために、彼は狂った主君を殺害した過去をもつ。
その罪と矛盾、絶望に染まった心の隙をつかれ、恐怖の王ディアブロの呪いで、姿かたちをモンスターに変えられてしまったのだ。

「……どうしてあなたが、私の国を攻めるの?」
『賢いそなたならば、世には避けられぬ戦いのあることも理解できよう』

無益な戦を好まぬ彼がどんな決意をしてここに立ったのか、ルイズには想像もつかない。

「騎士さまは、レコン=キスタの一員になったの?」
『どちらとも言えぬ……だが、われが彼らを裏切ることもできぬ』

ギーシュは騎士の雰囲気が変わったので、血相を変えた。
ルイズの喉はからからに渇いていた。
自分たちは今、呪われたのだと解った。ルイズの使う<アンプリファイ・ダメージ>と似た呪いが、騎士の体の周囲より放たれている(Cursed)。
<血の騎士(Blood Knight)>……たとえ心をむしばむ狂気からは解放されていても、もはや彼は人ではない。
その呪われしゆがんだ運命に、たった今、ルイズとギーシュは巻き込まれている。
その気になれば、騎士の剣はここにいる二人を、たちまち物言わぬ幽霊と灰に変えることができるだろう。

「……騎士さま、差し出がましい願いではありますが、どうか私とした約束に免じて、帰ってはいただけませんか」

ルイズ・フランソワーズに一切の余裕はない。ひとつ交渉を間違えれば、自分たちは死んでもおかしくないのだ。
緊張でひゅうひゅうと鳴る喉の奥から、言葉を搾り出してゆく。

『そうはいかぬ……我に出来るは、再びそなた、およびそなたの友人を見逃すことのみ……ただちに立ち去るがよい』

黒い騎士に、一切の表情は無い。
だが、深く響く声には、どこかしら自分たちへの思いやりを感じとることが出来る。
ルイズはそれに賭けるほかない。

「では……せめて、あの魔道士との戦いを、ご一緒に!」
『危険だ、去れ。過去に我としたあの約束がある以上、そなたの身はそなた一人のものではない』

正論である。

「……ルイズ、その……ここは、この方に任せたほうがいいのでは、ないかね……?」

背後より、おずおずといった様子の声がかかった。

「なあ、ルイズ……敵国の方とはいえ、この方は、……その、きみの敵を倒してくれると言っているのだろう?!」

かすれきった声のギーシュ・ド・グラモンが、ルイズの細く小さな肩に、震える手を置いていた。

「もういいんだルイズ! ぼ、僕はね、……正直、そのあとの戦争も、きみのような女の子の仕事ではないと思うのだよ!」

彼が心の底から自分のことを心配してくれているということが、ルイズには痛いほどに伝わってきていた。
カトレアのこと、タバサのこと、アンリエッタのこと……沢山のことが、頭のなかをぐるぐると回っている。

「……でも、でも……」
「僕にだってなあ、この国の貴族として、敵国の方の手を頼るなんてのは納得いかないことだよ! だけど、ここじゃ……たとえどんなに格好悪くとも、退くべきではないのかね!」

刃のように鋭く冷たい運命の流れの先端で、騎士も、ギーシュも、ただひたすらに優しかった。
ルイズは、もうどうすればよいのか、解らなくなりつつあった。
大きな不安が、心を揺さぶる―――ひょっとして自分は、この緊急時に、間違ったことばかりをしてきたのではないだろうか?

『みずから虎口へと飛び込み、自身に眠る<虚無>の覚醒する可能性に賭ける』―――実のところ、それがルイズの導き出した最後の方法なのであった。
現実的な切り札『黙示録の杖』もあることにはあるのだが、それは戦場で役立つものにすぎず、王女を助け出すことは出来ない。

(私、私は……)

もうさっき、揺らぐ心を御して、覚悟を固めたはずなのに―――
検討に検討をかさね、考えに考え抜いて、この場に立ったというのに―――ルイズの心は再び、押しつぶされそうな不安に襲われている。
占いの結果の解釈を間違ったのではなかろうか。
村の皆を逃がしたあと、直ちにタバサたちと合流すべきだったのではないのだろうか。
そうすれば、すべて上手くいったのではないか……?

たったひとつ行動の選択を間違っただけで、すべてが崩れ去るかもしれない。運命の流れとは、ときに非情なものである。

そっと古い本に触れてみる。
少女の唯一の希望、<始祖の祈祷書>には、いまだ何の変化も起きていない―――




そして―――

ルイズはしばらくの沈黙のあと、口をひらいた。

「ギーシュ、ごめん、私やっぱり帰れないわ……」

青銅のドットメイジは、「はは」、と乾いた笑い声をあげた。
先ほど可愛い女の子、ルイズと二人きりになったので格好をつけてはみたものの、恐ろしい黒い騎士を見た今になって、もう帰りたい気持ちになっていたようだ。
軍人の家系とはいえ、戦いの素人(newbie)である彼にも、すぐに『この騎士は明らかに自分と格が違いすぎる』と感じ取れていたらしい。

「……そうかい、うん……そうだね」
「ねえギーシュ、あなたの命を預かることになっちゃうけど……お願い、私とモンモランシーのためにも、どうか無茶はしないで」
「おいおい……その言葉そっくりそのまま、杖にかけてきみに返すよ」
「それと、これからここであなたが見聞きしたことは、ぜったいに他言しないと誓って欲しいの」
「……う、うむ、まあいいけど」

もはや賽は投げられている。
ゼロのルイズは、自分の選択を信じるほかない。
騎士も、ガーゴイルの一団も、黙っている。

荒れ果てた村で動くものは、くすぶる煙と、風だけであった。

そして―――

騎士は、答えを出したようだ。

『誇り高き少女よ、そなたの気持ちは解った……我にそれを踏みにじることはできぬ』
「騎士さま!」

ルイズは胸が詰まり、目から涙が溢れそうになった。
彼はたとえ人としての身を失っても、人の心を失っていないようであった。

『我が盾は硬いが、そなたらを守るには十分ではない―――そなたの生存は我が希望なり。己の身を守り、我との約束を守るよう、心して欲しい』
「あ、ありがとうございます!」

ルイズは大きく頭を下げた。
どうやら、彼はいったん敵味方の問題を棚上げにしてくれるらしい。ルイズにとっては、願ってもないことだった。
直後、ラ・ロシェールの方向から、数頭の風竜が飛んでくるのが見えた。

「……そう、来たのね」

ルイズは、両手にグローブをはめなおす。そして、ギーシュに戦闘の準備をするように促した。
ギーシュは少し青い顔で頷いて、七体のワルキューレを召喚し、精神力を補うために『マナ・ポーション』を飲み下した。
彼も静かに、戦う覚悟を決めていたようである。少なくとも、ルイズが危機に陥ったときに、彼女を連れて離脱する誰かが居てやらなければならないのだ。

そして、三人のワンマンアーミーが、ひとりのドットメイジの少年が見守るなか、一同に会する―――

ヴ ヴン―――

空間が揺らぐ。

そいつは、いつのまにか居た。
上空を飛び回る竜の背より、ルイズたちの近くへとテレポートしてきたのだ。

「おや、カンデュラスの騎士団長どの……それに、いつぞやの死人占い師まで居るか……ふうむ」

やってきた人物―――青い衣をまとう浅黒い肌の男は、そう言って首をかしげた。
黒い甲冑の騎士が、じゃりっ―――と瓦礫を踏みしめ、無言で背中の剣を抜き放った。ばちばちっ、と剣に青白い電光が走っている。
どうやら彼は、この男といっさいの会話をするつもりもないようだ。
騎士と似た甲冑の戦闘用ガーゴイル軍団が槍を構え、がちゃがちゃと動き出す。

「まあ良きかな、良きかな……」

以前相対したときと相も変わらず、その男はどこか超然とした態度をとっていた。
ルイズ・フランソワーズに、この男のまとう複雑すぎる運命の流れを解釈することは、出来ない。

『用心せよ』
「!!」
「これ、そこな娘御よ―――」

ふたたび、少女たちの背後。
男が、ルイズへと語りかけてきていた。彼女を守るつもりだったギーシュは、とっさのことに動くこともできなかった。
魔道士は騎士とガーゴイル軍団に迫られ、接近され切りかかられる直前に、再びテレポートを行ったようだ。
ははは、と虚ろな笑い声が、あたりに響いた。

「汝、われとともに来るがよい。然(さ)らば、望むものを与えようぞ―――」

ギーシュ・ド・グラモンは、こいつは突然なにを言い出すのだろう? ……と呆気にとられつつ、その男を見ていた。
だが、魔道士は騎士とギーシュを無視しつつ、ルイズに向かって、この世のものでないような笑いとともに、ひたすらに言葉を続けていた。

「はは、ははは、娘御よ、喜べ。我は、汝が国を他国の侵略より守るために、ここに来たのだぞ」

ギーシュは戦慄した。この男の目、ルイズと同じくらいやばいぞ、と。そして、隣に居る少女を見たとたん、背筋にいっせいに鳥肌がたつ。
白髪の少女ルイズ・フランソワーズは、今まで彼が見たこともないほどに、その目をぎょろぎょろりと、大きく大きく見開いていたのだ。
様子がおかしい―――少女の瞳孔、鳶色の虹彩(こうさい)は、きゅううっと音を立てるかのように、針の穴のように小さく縮まっていた。ははははは、と男は笑った。

「われが、大いなるホラゾンの技を振るい、汝が国を守ってやろうぞ……始祖の<ルーン>に選ばれし同胞よ」
「ルイズ!」

ギーシュが叫ぶが、白髪の少女は答えない。
往々にして、魔というものは、ゆらぐ心につけこむものなのだという。

「われは汝に力を、富を、栄光を、神秘を……望むすべてを与えてやろう。汝の望むあらゆる場所へと、連れて行ってやろう」
『耳を貸すな、少女よ』

ルイズたちにとって敵国に属する、人ではない騎士が言う。
ルイズたちの味方だという浅黒い肌の男は、巨大な金色の杖で、空の彼方を指す。

「わが同胞たる少女よ、望むがよい。然らば、われがやつらを焼き払ってやろう」

金色の杖の先端、竜魚の飾りの示すはるか先―――
いくつもの黒い点のような何かが、こちらへと向かってくる。しだいに大きくなってくる。
この国を侵略するためにやってきた、アルビオンの艦隊だ。トリステイン空軍を退け、この村と草原を占領し、ラ・ロシェールを落とすために来たのだ。
男は続ける。

「われと共に来ると誓え、そして望むがよい―――然らば、われがたちまち姫君を取り返してやろう」

ははははは―――

ルイズ・フランソワーズは、小さな身体をぶるぶると震わせていた。
いつの間にか、この場にはもう自分と浅黒い肌の男の二人しか居ないかのような、錯覚に陥っていた。
ルイズは知っている―――この男には、間違いなく、今言ったことを実行できるだけの力があることだろう。
あわよくば、<サンクチュアリ>の世界へと、ルイズを連れて行ってくれるのかもしれない。
血の気の引いた唇をかすかに動かして……

「……ほんとに?」

いつのまにか、自分でも知らないうちに、ルイズはそんな言葉をつぶやいていた。
男の提案してきたそれは、追い詰められたひとりの少女にとって、あまりにも甘美な誘いのようである。

騎士ラックダナンは、どんなに高潔な魂をもっていたとしても、今この場では、ルイズの国を攻め滅ぼさんとする敵にほかならない。
そしてこの魔道士の男は、どんなに魔によって汚染された魂をもっていたとしても、ルイズの国と幼馴染の姫とを救ってくれるのだといい、事実そのための力を持っている。

―――さあ、どっちを選ぶ?

(もしかして……今の私には、このおじさまの力が必要……なの、かしら?)

ギーシュと騎士が彼女を呼び戻そうと何かを叫んでいるようだが、ルイズの耳にはもはや、まったく届いていないようだった。



//// 【次回:空も飛べるはず……の巻、へと続く】


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