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No.12668の一覧
[0] ゼロの死人占い師(ゼロの使い魔×DiabloⅡ)[歯科猫](2011/11/22 22:15)
[1] その1:プロローグ[歯科猫](2009/11/15 18:46)
[2] その2[歯科猫](2009/11/15 18:45)
[3] その3[歯科猫](2009/12/25 16:12)
[4] その4[歯科猫](2009/10/13 21:20)
[5] その5:最初のクエスト(前編)[歯科猫](2009/10/15 19:03)
[6] その6:最初のクエスト(後編)[歯科猫](2011/11/22 22:13)
[7] その7:ラン・フーケ・ラン[歯科猫](2009/10/18 16:13)
[8] その8:美しい、まぶしい[歯科猫](2009/10/19 14:51)
[9] その9:さよならシエスタ[歯科猫](2009/10/22 13:29)
[10] その10:ホラー映画のお約束[歯科猫](2009/10/31 01:54)
[11] その11:いい日旅立ち[歯科猫](2009/10/31 15:40)
[12] その12:胸いっぱいに夢を[歯科猫](2009/11/15 18:49)
[13] その13:明日へと橋をかけよう[歯科猫](2010/05/27 23:04)
[14] その14:戦いのうた[歯科猫](2010/03/30 14:38)
[15] その15:この景色の中をずっと[歯科猫](2009/11/09 18:05)
[16] その16:きっと半分はやさしさで[歯科猫](2009/11/15 18:50)
[17] その17:雨、あがる[歯科猫](2009/11/17 23:07)
[18] その18:炎の食材(前編)[歯科猫](2009/11/24 17:56)
[19] その19:炎の食材(後編)[歯科猫](2010/03/30 14:37)
[20] その20:ルイズ・イン・ナイトメア[歯科猫](2010/01/17 19:30)
[21] その21:冒険してみたい年頃[歯科猫](2010/05/14 16:47)
[22] その22:ハートに火をつけて(前編)[歯科猫](2010/07/12 19:54)
[23] その23:ハートに火をつけて(中編)[歯科猫](2010/08/05 01:54)
[24] その24:ハートに火をつけて(後編)[歯科猫](2010/07/17 20:41)
[25] その25:星空に、君と[歯科猫](2010/07/22 14:18)
[26] その26:ザ・フリーダム・トゥ・ゴー・ホーム[歯科猫](2010/08/05 16:10)
[27] その27:炎、あなたがここにいてほしい[歯科猫](2010/08/05 14:56)
[28] その28:君の笑顔に、花束を[歯科猫](2010/11/05 17:30)
[29] その29:ないしょのお話オンパレード[歯科猫](2010/11/05 17:28)
[30] その30:そんなところもチャーミング[歯科猫](2011/01/31 23:55)
[31] その31:忘れないからね[歯科猫](2011/02/02 20:30)
[32] その32:サマー・マッドネス[歯科猫](2011/04/22 18:49)
[33] その33:ルイズの人形遊戯[歯科猫](2011/05/21 19:37)
[34] その34:つぐみのこころ[歯科猫](2011/06/25 16:18)
[35] その35:青の時代[歯科猫](2011/07/28 14:47)
[36] その36:子犬のしっぽ的な何か[歯科猫](2011/11/24 17:52)
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[12668] その22:ハートに火をつけて(前編)
Name: 歯科猫◆93b518d2 ID:b582cd8c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/07/12 19:54
//// 22-1:【ルイズ、タルブへと侵攻す】

ここはトリステイン、ラ・ロシェール近郊のタルブの村。草の波を風がそよそよと渡ってゆく。
沢山の花が咲き乱れる雄大で美しい草原を、モンモランシーとギーシュは眺めている。

「綺麗ね」
「きみのほうが綺麗だよ、ぼくのモンモランシー」
「よしてちょうだいギーシュ、シエスタにとってはここが宇宙でいちばん綺麗な景色なんだから」

私にとっては故郷のラグドリアン湖が綺麗な景色の筆頭なのだけれど、ここも負けていないわね、とモンモランシーはうっとりと語る。

「……なら訂正しよう、ここの景色は綺麗だ、きみと同じくらいにね」
「それってあなたにとって私が、その……宇宙で一番、ってことかしら」
「もちろんだ、きみ以上に美しい女性をぼくは知らないのだから」

少年のキザ過ぎる台詞に、モンモランシーは呆れたように微笑む。

「嘘ばっかり! 知ってるわよ、アンリエッタ王女殿下にそれとおんなじ台詞を言ってたってこと」
「それはトリステイン貴族としての一般論を言っただけさ、だがぼくの本心は君にあるんだよ」
「……信じていいの?」

そんなあまーい会話をしつつ、寄り添って座る恋人同士の少年少女。
もちろんさ、というギーシュの手に、じゃああなたを信じるわ、と金髪の少女は自分の手を重ねる―――
二人は顔を見合わせ笑いあい、人を信じる少女モンモランシーはそっと目を閉じる。ギーシュは緊張しながら、彼女へと口付けをしようとし―――

―――ずどーん!!

「「ひわあっ!!」」

とつぜん何かが二人のすぐそばに落下してきて、甘い雰囲気はもう台無し(Realm Down)もよいところであった。

「な、何なのだね」
「知らないわよ! ……これは……凧、かしら」

落下してきた物体は、全長2メイルはありそうな大きな凧だった。誰が何のためにこんなところで凧揚げなどしていたのだろうか。
呆然とする二人のもとへ、ムギワラ帽子をかぶった少女がひとり、ちょこちょこと走り寄ってくる。

「すみません、お怪我はありませんか! ……って、モンモランシーとギーシュじゃない」
「「ルイズ……っ!」」

慌てて凧を回収しにきたのは白く長い髪の少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールであった。
彼女は、本当にごめんなさい、いいところをお邪魔してしまったようね、とばつが悪そうに二人へと謝る。

「さあ、続きをしてちょうだい、ほらぶっちゅーっと、舌もいれちゃえ」
「でで出来るわけないじゃない!!」

自分の身を抱いて目を閉じちゅっちゅっと口を尖らせるしぐさをしていたルイズは、それを聞いて「あらそう」、と残念そうな表情になった。
モンモランシーは『ゼロのルイズからは逃げられない』という噂を思い出し、それは真実だったのだと、青ざめた顔で震えるのであった。

「あなた、な、何しに来たのよ」
「宝探しついでの、ギトー先生のフィールドワークのお手伝いよ。あっちにタバサとキュルケも居るわ……で、あなたたちこそ、何でこんな田舎の村でいちゃいちゃちゅっちゅしてるの?」

許すまじ疾風のギトー、とやり場の無い憤りをモンモランシーは想像の中のギトーへとぶつけ、想像の中でさえ「ふははは!」と風のバリヤーで跳ね返されて絶望する。
そして、自分たちがここに居る理由をルイズへと話してよいものか、と迷うが……

「それはだね、シエスタ君が僕たちを誘ってくれて、あの<ポータル>で連れてきてくれたのだよ」

モンモランシーは、ちょっとやめてよギーシュ! と思うが、もう遅かった。

「え、なんでシエスタが? もしかしてあの子もここに来てるの?」

ルイズは興味を示してしまったようだ。何も言わずに放っておけば、このまま大人しく帰ったかもしれないのに……
その上ギーシュは、ここがシエスタの故郷であることを自慢げにルイズへと伝えてしまった。
シエスタ本人はルイズに出身地を問われたときも「山のあなたの空とおくです、そこに『幸い』があるんです」と遠い目で答え、必死に隠しとおしてきていたというのに。
金髪の少女は、金髪の彼との今後の付き合いを考え始めるのだった。
同時に、いやこれは事前に根回しをしておかなかった自分の失態なのね―――とも気づき、シエスタにたいし申し訳なく思う。

「あら、そうだったの、ステキな偶然ね! お宝は見つからなくて残念だったけど、もっと良いものを見つけちゃった気分だわ」

宝探しパーティは『火竜の皮衣』とやらを探しに来たらしいが、地図が古いものだったらしく、『既に誰かが持ち去ったあと』だったそうな。

「うふふ、せっかくだからシエスタとご家族の方々にもご挨拶していきましょう……いつもあの子にお世話になっているし!」
「そうしていくといいよルイズ、彼女のご家族はとても気持ちの良い方々だったからね、きっと君も気に入るだろうさ」

ルイズとギーシュのそんな会話を呆然と聞きながら、モンモランシーは「シエスタ逃げて今すぐ一家総出で逃げて!」と心の友へと念波(Whisper)を送っていた。
それが届かなかったことは、もはや言うまでもない。



―――

黒髪のメイド、シエスタは大家族の一員である。長女である彼女には七人の弟や妹がいるのだ。
異様過ぎる雰囲気をまとった少女、ゼロのルイズが現れたとたん、それまで元気に遊びまわっていた子供たちは目に涙を浮かべて、一言も喋らなくなった。
『泣く子も黙る』とはこのことか、とモンモランシーは嘆きと呆れを通り越して思わず感心してしまうほどだった。

「よ、ようこそいらましゅ、たはぁ……!!」

心の休まるはずの故郷の村でルイズを見るなりたちまち死んだような目になったシエスタは、歓迎の台詞を思い切り噛んだ。

(な、何だあれは)
(あれが、貴族……だっていうの?)
(あれがシエスタのご主人様? そ、そんな訳ないよな、あってよいはずがないよな……)

驚いたのはシエスタの家族や親戚や隣人一同である。
健気な黒髪のメイドは、皆に心配をかけないようにという配慮からか、実家へと送る手紙には真実の大部分を書いていなかった。

いわく、『やさしく立派な貴族のご主人様に専属で仕えているんです!』
いわく、『あの方はいつもわたしの働きを褒めてくださり、とても気に入ってくれています!』
いわく、『わたしが居ないとやっていけない、と言ってくださりました!』

そしてお給料(危険手当)も他の人よりたくさんもらえて貴族の親友も出来て、なんと王女殿下へのお目どおりも叶った、など良いところばかりを書いていたのである。
シエスタの家族は、それはそれは喜んでいたものだ。
そして娘が貴族の友人、モンモランシーとギーシュを本当に実家へと連れてきたので、その喜びはますます大きくなっていた。

(正直言って信じられなかったが、シエスタに貴族の友人が出来たという話は本当だったのか……)

そうなると、シエスタのご主人様とはどれほどまでに立派な人物なのであろうか―――
家族は、相手がトリステイン有数の貴族の一族だと聞いて、娘の将来に夢を膨らませていたのだそうな。

「ラ・ヴァリエール公爵家の三女ルイズよ、シエスタにはいつもお世話になっておりますわ」

そこに来たのは地底からの物体Xがごとき少女(前科31犯)である。

その少女の髪は、真っ白でよれよれだった。
その少女の目は、ここではないどこかを見ていた。
首から「こわくないよ By アンリエッタ」と書かれた平べったい木札をぶらさげていた。
そんな気味の悪すぎる少女の渾身のスマイルは、田舎の家族一同のささやかな夢をこっぱみじんに打ち砕いたものである。
しかしそれだけで終わらせてくれないゼロのルイズは、たとえ自覚がなくとも、シエスタにとってひと欠片の容赦もない『おに』なのであった。

「うふふ、普段シエスタに良くしてもらっているお礼に、おみやげをたくさん持ってきましたの」

火竜の骨でできた幸運のお守りよ、身につけていればちょっぴり金回りがよくなるわ―――
病気や怪我や火傷にとってもよく効くお薬です、人間の血液のようにみえるけれど気のせいです―――
オーク鬼の干し首です、飾っておけば魔よけになります……装備しようとすると呪われますので、お気をつけ下さい―――
ガリア産の木材を使った棺おけです、家族のどなたかが亡くなられたりとかしたときにお使い下さい―――
猛毒の入った壷ですごにょごにょ、いけすかないアイツを暗殺ごにょごにょ……なときにお使い下さい―――

(ああシエスタよ、おまえはこの貴族の方に、いったいどんな恨みを買ったというのか―――!!)

シエスタの両親はそんな風に、ただ戦慄するほかなかったのだという。

土のゴーレムによって大量の『おみやげ』が持ち込まれ、そこらじゅうに干し首やら何やらが飾られたとたん、たちまち立ち込める怪しい雰囲気。
黒髪メイドの素朴な生家、不憫な彼女の心休まる暖かな憩いの家は、みるみるうちに背筋もひんやりホラーハウスと化してゆくのであった。
もし炎の河(River Of Flame)のように暑い夏が来たって、楽々と乗り越えることができるにちがいない。

「ありがとうございますミス・ヴァリエール、たぶんその棺おけ、明日くらいにわたしが使うと思うんで本当に助かります!」

怯え震える家族みんなの視線を背中にうけつつ、シエスタはルイズに向かって、完全に死んだ目で儚げに笑った。
「そうね、ただ置いておくだけじゃ勿体無いから是非活用してちょうだい!」、とこれっぽっちも悪気のないルイズはイイ笑顔である。

(ああシエスタ……強く生きて!)

このときモンモランシーとキュルケは、身を寄せ合ってしくしくと泣いたのだという。
元凶であるギトーはなんともマイペースなことに、必要なデータを取ったとたん、「ひらめいた!」と風のように一足先に学院へと帰ったのだそうな。
あの自重しない彼が居たらこれだけでは済まなかったかもしれない、ということだけが不幸中の幸いか―――

「おや、お前たちこんなところに居たのか、探したぞ。また調べなければならぬことが出来たのだ」

と思いきやそれはフェイントで、颯爽と現れる彼である。
資料を持ち帰ったのは『遍在』だという……まったく油断が出来ないというのは、彼についても同様のようであった。






//// 22-2:【な、なんだってー!!】

心底怯えつつルイズをもてなすシエスタの家族たちに、キュルケとモンモランシーは愛想を振りまき必死にフォローし、奮闘したものである。
干し首やら棺おけやら毒のツボやらは丁重に断られ撤去され、当然のように持ち帰ってもらうことになった。
さて、日も落ちて暗くなったころ、タルブの村ではたくさん村人を集めて、客人のギトーや貴族の子女一同に名産であるワインが振舞われることになる。
野外にテーブルを引っ張り出し、皆で「シエスタの明るい未来に乾杯!」とグラスを掲げ、夜の草原と星空を肴に酒宴が始まった。

「むん、疾風―――竜巻旋風殺(WHIRLWIND)!!」
「ぐあーっ! やられた! ……だ、だが覚えていろ、我を倒してもいずれ第二第三の悪のエルフが」
「はやてー!」
「すごいぞはやてー、わーわー!」

一方、特設ステージにて「変身貴族疾風(はやて)」とやらのショーを披露するスクウェアメイジのギトーは、なんと村の子供たちに大人気なのであった。
衣装を変えた敵役までも、風のスペル『遍在』で器用に演じ分けており、本当に必殺技をかましてずばーんと撃破するのである、その迫力は並ではない。
子供たちや一部の奥様方から沢山の声援を受け、「風のすばらしさを思い知ったか」と、ギトーは得意げである。

「本当にありがとうございます貴族さま、この田舎の村には娯楽も少ないものですから」
「ふん、なにお安い御用だ、この村の皆の手伝いのおかげで必要なデータも集まった……その礼である」

村長からお礼を言われて、ギトーは鼻を鳴らして笑った。
酒の飲めない彼は、村人たちから勧められたワインを「ここで飲まねば貴族がすたると申すか」とあおり、「うまい」とつぶやいてばたりと倒れてしまった。

「ああっ、大変、ミスタ・ギトーが……」
「やっぱり今夜はここに泊まったほうが良さそうね」

モンモランシーとキュルケは、ギトーを宿屋へ運んで寝かせ、水のスペルで治癒するのであった。
その後戻ってきてみれば今度はギーシュが、美しい造形のゴーレム『ワルキューレ』に炎の演舞をさせており、声援を受けていた。
惚れ薬の一件以来、ギーシュのワルキューレのおっぱいは『プリンセスサイズ』が忠実に再現されている。
青銅製なので残念ながらやわらかくないその内部には、燃料ポーションの小瓶をカートリッジとして詰め込んでおけるらしい。
以前白髪の少女から、『本物のワルキューレ』が存在するという話を聞いてより、日々改良を重ねているのだそうな。
ともかく、大人たちのウケが良かったそうだが、子供たちにはいまいちだったようだ。

「うふふ楽しそうね、私も何かやってこようかしら」
「後生だからやめて!」

今すぐにでも飛び出さんとしていたルイズは、友人一同により即座に止められる。
大きな焚き火がたかれ、ワインの樽があけられ、音楽や踊りもはじまり、皆がそれぞれ楽しい時を過ごしていた。
そしてやはりゼロのルイズに自分から話しかけようとする勇気ある村人は、一人たりとも居なかったのである。

「あらルイズ、飲んでないの?」
「うん、ちょっとね……」

キュルケの問いかけに、ルイズは困ったような表情をする。彼女のワインのグラスの中身はほとんど減っていない。
ちゅる、と舐めるようにほんの少しだけワインを口に含み、うう、と唸ったあと、ルイズはしばらく黙る。

「美味しいワインを勧めてくださったシエスタのご家族には、本当に申し訳ないわ」

そう、心底残念そうに言う。
夜の田舎の景色と、大きな焚き火とをぽけーっと眺めつつ、「最近ね……」と寂しそうに語りだすのであった。

「なんかね、お酒が飲めなくなってきたみたいなの」

ルイズの白い髪も、寂しそうにへなへなと夜の風に揺れていた。キュルケは驚く。

「どういうこと?」
「前から、私の体調に変化が起きているって話はしてたわよね……お肉のときもそうだったけど、最近だんだんとワインも危なくなってきたのよ」

酔いが回るのが速くなり、すぐに潰れるだけでなく、記憶が飛ぶようになってしまったのだという。
四日ほど前に飲んだときはワインをグラスに普段注ぐ分の半分までなら大丈夫だったそうなのだが、今でもまだ大丈夫なのかどうかは判断できないそうな。
ルイズは数回ほど、ワインをちょびっと口に含んでは頑張って飲み込むということを繰り返していた。
食べ物飲み物を残すことに強い抵抗を感じる彼女は、さっき倒れたギトーを見習って、なんとか全部飲もうとしているらしい。

「無理しなくていい、ぶどうジュースがある」
「ありがとう、タバサ」

タバサは自分の持ってきたワイングラスと、ルイズのそれとを取り替えてくれた。
不気味な白髪の少女を恐れ、それでも怖いもの見たさからか遠くでちらちらとこっちを見ている子供たちの集団は、ワインではなくジュースを飲んでいる。
ルイズは安堵の息をついて、小さな勇者である彼らと同じように、ぶどうジュースを口にするのであった。

「うん、とっても美味しいわ」

ルイズは微笑み、タバサも満足そうに少し頬を緩める。
それに……、とルイズはほんのりと頬をそめて、つづける。

「お酒が入ったら、その……か、体がね、ちょっとヘンになって」
「へえ、どんな恥ずかしいことが起きるのかしら」
「うっ……そ、それは……」

ルイズはもう耳まで真っ赤になって言葉につまる。
キュルケの勘は当たったようで、どうやらよほど恥ずかしいことが起こるらしい。

「それはね、もにょもにょもにょ」
「ええっ、おへその下がむぐぐ……まもまも」

そこまで言ったキュルケは、すごい勢いで口にサンドイッチを詰め込まれ窒息死しかけた。
タバサがとんとんと背中を叩いてくれる。

「ちょっとキュルケ、おっきな声で言わないでよ恥ずかしいわ」

キュルケはルイズがそうなったときの光景にかなり興味をそそられるが、無理に飲ませるようなことはしない。
何故なら酔っ払ったルイズの(他人に対する)安全性を、全く保証できないからである。
今のところ、このいつも危ない白髪の少女は比較的大人しくしていてくれているのだ、それだけで十分ではないか。

「ミス・ヴァリエール、飲んでいらっしゃいますか?」
「うん、美味しく飲んでるわよ、ほら」

ルイズのもとへ、どうやら自分も飲んでいるらしいシエスタがやってきた。
キュルケはたちまち青い顔になって、シエスタと一緒に来たモンモランシーを見る。黒髪のメイド少女の酒を飲んだときの暴走ぐせは、噂に聞くほどである。
そんなときに白髪の少女と接触してしまえば―――ああ、いったいどうなってしまうのか!

(だ、大丈夫なのかしら?)
(うっ、た、多分ね、三杯まで一気に行ってびっくりしたけど……あとはきちんと私とギーシュが止めたから)

今回は好きなだけ飲ませてあげたかったんだけど……とモンモランシーは悲しそうな顔をする。
本当よね、地元バレしたあげく、せっかくの休暇もなかば台無しだものね酔わなきゃやってらんないわよね、とキュルケもほろりと来てしまう。

「くんくん……はっ! 嘘はいけませんそれワインじゃありませんねジュースですね」
「そ、そうだけど」
「残念です、わたしの故郷のひとびとが心をこめて作った特産の美味しいワイン! ……味わっていただけないのですね」
「ごめんね私お酒飲めなくなっちゃってごめんね」
「やっぱり血が入ってないと駄目なんでしょうか、それとも、ブドウ畑に死体が埋まっておりませんから……」
「シエスタぁ……ほんとごめんね、今度からはもっと優しくするからっ……!」

あまりかみ合っていない会話を続ける二人、いやいやと駄々をこねるように首を振るルイズ、据わりきった目のシエスタ。

「では、どうぞ飲んでください! ……わたし前から、いちどミス・ヴァリエールと一緒にお酒を飲んでみたかったんです!」
「う、うん、私シエスタと一緒に飲むわっ!」

シエスタはルイズの手からジュースをひったくり、代わりにワインを押し付けてしまった。いわゆるアルハラである。
乾杯のあと、ルイズは目を白黒させながら、それをぐびぐびと飲んだ。
この二人が一度たりとも共に酒を楽しんだことが無かったのは、友人たちがそうならないように止めていたからなのだが……
慌てたキュルケとモンモランシーが駆け寄るが、止めることは叶わなかった。

「……やっぱりお口に合わないのでしょうか……残念です」
「い、いえっ、そんなことないんだけどっ!」
「今すぐわたし埋まってこなきゃだめなんでしょうか、そうすれば秋にはきっとミス・ヴァリエールにも美味しく飲める血のように真っ赤なワインが……!」
「いやぁ、あなたが居なくなったら私、ひとりじゃお片付けもお掃除もなんにもできない……お願いいかないでっ、私『生活力ゼロのルイズ』になっちゃうの!」

ぐじゃぐじゃ涙と鼻水でいっぱいの酔っ払いルイズの顔を、怪しい目のシエスタはさっ、と宴会芸のように抜き取ったテーブルクロスでくしゃくしゃと拭く。
酔ったルイズは甘えるようにシエスタにがしっとすがりつき、シエスタはよしよしと撫でて「ミス・ヴァリエールはゼロではありません!」と慰める。
「むしろマイナス七万くらいです! きっと大量虐殺だってできます!」と拳を握りしめるシエスタの励ましで、ルイズは次第ににこにことした笑顔になってゆく。

「私は無力じゃない……そうだ供養することができるわ……! そうよ、私あなたを供養できるのよ!!」

うふふ、だからあなた、いつぽっくり死んじゃっても大丈夫よ、安心してちょうだい―――!
そんなことを言われたシエスタは、輪廻転生の一歩手前であった。

「その必要はありません! わたし、わたしきっと自力で……この草原に吹きわたる千の風になってみせますから!」
「だめ、たっぷり供養するのっ!! それから月夜にみんなで一緒にダンス(Bone Bone Rock)を踊るのよっ!」

さあシエスタ、踊りましょう!

くるくるりん―――
ふわくるる―――
うふふふふ……

ひそひそ……

見ろよ、可哀想にあの子、不運(ハードラック)と踊(ダンス)っちまってるぜ……
などと村人たちが噂するなか……

ステージから流れてくる音楽に合わせ、手をつないでうふふうふふと、あちらこちらへふらふらと踊りまわる少女たち。
二人とも、けっこう酔っているのかもしれない。ルイズのほうはおへその下らへんに違和感が発生しつつあるらしく、どこかもじもじとぎこちない動きだ。
モンモランシーとキュルケとタバサ、そして料理の皿を運んで来たギーシュは、どきどきはらはらと白髪と黒髪の二人の少女を見守る。

「あははっ、楽しいなぁ……ねえシエスタ、私、あなたのこと大好きよっ! 貴女に出会えたことを、偉大なる骨の竜に感謝してるのっ!」
「そ、それは、光栄ですっ……!」

ひそひそ……
おい、あの白いのをやっつけた奴が『しんのゆうしゃ』だぜ……
などとヒーローショーに感化されたらしい、某砂漠の街の傭兵兄貴と同じくらい命知らずの子供たちが言い、血相を変えた親にげんこつを落とされている……

「そんなミス・ヴァリエールにわたしがあなたの大好物な果物を剥いてさしあげます!」
「わあい、うれしいわ」

そしてこの二人、これはこれでけっこう仲が良いのかもしれない。
酔いは相当に回ってきたようで、ほんわか笑顔で上機嫌そうなルイズと、ぐるぐる目で微笑みながらカゴからナイフと果物を取るシエスタ。
器用な手つきでくるくると林檎をむくシエスタを、椅子に腰掛けて眺めていたルイズは、唐突に恐るべきことを言い放つ……

「……ねえ、シエスタ」
「な、なんでしょう、ミス」
「この村、壊滅するわ」

目の焦点のずれたルイズの、そんな一言で、ぴたりと時空が静止した。偶然にもちょうど、ステージの音楽も終わったのである。
このとき人々には、草原を渡る風も虫の声も夜空の月と星も静止したかのように感じられたのだという。
空気が凍り、ルイズ本人を除いた、シエスタも含めて全員の酔いが吹き飛んでいた。それなりに騒ぎ宴を楽しんでいた村人たちも、もう沈黙していた。

「か、かっかかかか!?」
「滅びるのよ、みんな死ぬ」
「ほほっ、ほょほぶほ!?」

硬直したシエスタの手から、ナイフと果物がぽとん、と落下した。誰もが彼女へとかける言葉を見出せなかった。
一方、ルイズは酔いも限界に来ていたようで、こくりこくりと船をこぎだした。

「ウフフフ……もうすぐね……破滅がね、来るの……あなたもあなたのご両親もご兄弟もみんなみんな……幽霊とぉ、灰になるんだわ」

やがて不気味に薄目を開けたルイズは、にやあっと口の端をつりあげ、ふらりと片手をもちあげ、子供たちの集団を指差した。

「ほら、あの子たちも、みんな……死んじゃうのよお」

死の宣告である―――
たちまち料理や名産ワインはまずくなり、星空も綺麗ではなくなり、宴に参加していた親たちは「見ちゃいけません」と子供たちを連れてそそくさと帰りはじめた。
きっと『タルブの草原に出現し、見たら発狂してしまう白いくねくねしたナニカ』の恐ろしい伝説が生まれ、はるか後の時代へと語り継がれてゆくことだろう。

「でも安心してちょうだい、死はシアワセよ、あたらしい輪廻への旅立ちなのよ……さあ祝福しましょう……おめでとう、いってらっしゃい、って……」
「どどど、どういうことなの、ルイズ? あなた何を言ってるのか自分で解ってる?」

真っ青な顔になったモンモランシーが、半分眠りかけているルイズの襟首を掴んでかくんかくんと揺さぶる。

「言ってるのは私じゃあないわ、だってこんなにココがむずむずするんだもん」

霊気の貯まる、いわゆる『丹田』である。酒を飲んだせいで敏感になり、不穏な霊気の干渉を感知してしまったのだ。
ぽうっと頬を染め、下腹をきゅっと両手で押さえている。

「この村の幽霊さんたちが言ってるの……棺おけいっぱい……ゆめいっぱい……」

言うだけ言い放ったあと、ルイズはころんと地面に横になり、すうすうと寝息を立て始めた。

「お、起きなさいルイズ! さっきの発言は何? どういう意味なのよおーーっ!! お願い起きて、取り消してよおーっ!!」

モンモランシーは涙目で、幸せそうに寝ている白髪の少女を起こそうと、その頬にびしばしと4フレビンタを入れはじめた。
しかしルイズは目を覚まさない。彼女の頬が真っ赤にはれ上がるまで叩いたあと、モンモランシーはがっくりと肩を落とした。
あとにはがくがくと震えるシエスタ、呆然と固まっているキュルケとタバサ、静かに泣くモンモランシー、慌てて慰めるギーシュ。

ひどく薄ら寒い風が、なかば荒涼の平原(Cold Plains)と化しつつあるタルブの草原を、びゅびゅうと渡っていった。

一方、『らめぇええ!!』までのカウントダウンは、もう明日にまで迫っている―――







//// 22-3:【宇宙の風に乗る】

翌朝早くのことである。

「さあ朝よ、起きて、さっさと起きなさいよルイズ!」

ぺしっ、ぺしっ―――と音と、痛み。
ルイズは黒髪の少女シエスタの生家で目を覚ます。

(ほっぺいたい……いったい何が起きたのかしら?)

違和感のある頬を撫でつつあたりを見回すと、部屋の中にモンモランシーとギーシュ、キュルケとタバサ、シエスタがおり、ルイズは驚いた。
そう、誰もが、昨夜の爆弾発言の意味を知りたがっていたのだが―――

「えっ、私そんなこと言ったの?」

どうやら本人は全く覚えていないらしい。
なのでキュルケとモンモランシーは、渋るルイズを説き伏せ、シエスタを占ってもらうことにした。
占いが終わったあと、シエスタは緊張しつつも、火の粉を散らせた文字盤のこげ跡をぼんやりと見つめるルイズへと問いかける。

「あの、ミス……その、わ、わたし本当に死んじゃうんですか?」
「……んー」

白髪の少女は少し血の気の引いた表情で、片手でネズミの頭蓋骨をこりこりといじくりながら、答える。

「うん、死んじゃうわ……このままだと確実に、今日か明日にはこの世とお別れみたいね」
「はあう!」

とたん、ルイズは青白い霊気をまとった手をばっと伸ばす。
そしてシエスタの口から飛び出したらしい、他の人には見えないナニカをひょいっと手で捕まえて、元通りになるようぎゅーっと押し込んだ。
いったい今何が起こった、と誰もが突っ込みを入れる暇も無い、早業だった。

「原因は?」
「それが、ぜんぜん解んないのよ……たぶん、まだ死相は確定してないから、回避は出来ると思うんだけど」

タバサの問いに、ルイズは何度も何度も焦げ跡の付いた文字盤を読み返しながら、そう答えた。
一方、死の宣告を受けてしまった不憫な少女は、怯え震えているばかりだ。

「し、ししし、死……やっぱりわたしったら、死んじゃうんですね、あはっ、はははっ」
「大丈夫、大丈夫なのよシエスタ、あなたが死んじゃうなんて、そんなことない……」

壊れた笑顔で泣き笑いをしだしたシエスタを、モンモランシーがそっと抱きしめて慰めている。
そして不用意な発言をして大切な友人を泣かせたルイズを、責めるような視線でにらみつけた。

「ちょっとルイズ、もうちょっとソフトな言い方っていうものがあるんじゃないかしら?」
「た、確かにそうだけど……」

ルイズは「占えと言ったのはそっちなのに……」と釈然としない気持ちを抱いていたが、友人たちの冷たい視線を受けて「ご、ごめん」と頭を下げて謝った。
そして、反省する。

(まいったわ……昨夜は酔っていたとはいえ、罰点いちね……無闇に読んだ運命の流れを軽々しく口に出すのは、やめたほうがいいわね)

少し沈んだ表情で二人を一瞥したあと、はあっと大きくため息をつく。

「泣かないでシエスタ、あなたが死なない方法は、案外簡単なものだから」
「ミス・ヴァリエールぅ……」
「休暇を切り上げて、学院に戻ればいいの……ただそれだけよ」
「そういうのを先に言いなさいよルイズ!」

モンモランシーが額に青筋をたてて怒鳴った。
シエスタは顔を安堵の涙でぐしゃぐしゃにぬらし、がくんがくんと首を縦に振った。

「はい戻ります、今すぐ荷物をまとめてきます!」

しかし立ち上がりかけたシエスタは、何かに気づき、ルイズへと詰め寄る。

「あ、あのっ! ……ひょっとして、わたしの家族も危ないんですか?」

ルイズは少々気おされて、おずおずと頷いた。

「ご近所さんも、子供たちもですか!」
「え、ええ、たぶんそうね……」
「やっぱりこの村のひと、みんなが危ないんですね……じゃあみんなにも『はやく逃げて』って、知らせないと!」
「ちょっと待ってシエスタ……結論はもうちょっと他の人も占って、ちゃんと調べてからにさせてちょうだい」

しかし、ものごとはそうそう上手くゆかないものである。
ルイズの漠然とした占いに、他人がそれを信用できるような根拠など、何一つないのであった。

さて―――

まだまだ見習いのラズマ聖職者、それでも研鑽を怠らずにいたルイズの仕事は速かった。
最初にシエスタの家族を占う。続けて片っ端から村人の家へと押しかけては、ルイズは無理矢理彼らを占ってゆく。

(この人はたぶん、一生捜し物が見つからない……あの人は最愛の恋人に振られるわ……そして、あっちの人はいずれつらい病気にかかるのよ)

他人の運命を見てしまうことは、ときにルイズの年相応の少女としての感性にとって、とても辛いことでもある。
なので、普段はなるべく占いを控えている彼女である。

(でもそれも生き延びることができたら、の話……誰も彼も、みんなぼんやりと、とってつけたように死の運命が……)

いったん見てしまえば多少の責任感を感じずにはいられないし、口に出してしまえば、それを聞いた相手は嘆いたり苦しんだりすることもあるだろう。
とはいえ、そのせいで緊急事態に気づけたのであり、ルイズは複雑な気分である。
だが今回は降って沸いたような異常事態、なりふり構っていられないようだった。

(おかげでシエスタを危険から救えるわけだし……そこは、良かったと思わないと)

昨夜の自分は、『タルブの村が壊滅する』と言ったのだという……
確かに、よくよく感覚を研ぎ澄ませてみなければ解らないことだが、この村にはなにか不穏な空気が漂っているようでもあった。
大事になる前に気づくことが出来て良かった、とルイズは偉大なる存在もろもろへと感謝する。

「それで、ルイズ、結果はどうだったのかしら?」
「……あんまりよくないわ」

キュルケへとそう返し、ルイズはノートをぴっと破ってはささっと文字盤を作り上げ、村人を占って、また次の家へと襲撃する。
その表情は、一人、また一人占うたびに深刻さを増し、生気を失っていった。
十数人目で村長を占ったとき、ルイズは結論を出したようだ。

「貴族さま、うちの村人を無意味に怖がらせるようなことは控えて欲しいのですが……」
「解ってますわ、解ってます……」

平和で静かな村ではっきりと感じられる、異変の兆候―――
まるで落とし穴のような不自然な運命のほころびが、この素朴な村の空気の行く先にぽっかりと口を開け、獰猛な牙をむき出して待っているイメージ。

(ニューカッスルに居たときと比べたら、微弱だけれど……ちょっぴり魔の気配と、戦乱の気配……そして、運命の流れの大きな乱れがあるわ)

戦乱はありえない、と誰もが思っている。アルビオン貴族派とは、不可侵条約が結ばれているではないか。
ではこの平和な田舎の村に、いったい何がやってくるというのだろうか。

(生者への嫉妬に満ち溢れた悪霊さんたちも、たくさん集ってきてるし……ただごとじゃない、やっぱり何かが起きるのよ)

災害や疫病でも来るのだろうか、それともあの魔道士<サモナー>でも来るのだろうか?
それとも、大地震が起きたり、空から隕石でも降ってきたりするというのだろうか?
ルイズには判断がつかない……なのでただ、困惑するばかりだった。

(でも私ってば、ラズマの御技を扱う者としては普通、もしいつ何処で誰が死ぬとしても、とくべつ動揺する必要はないはずなんだけど……)

しかし、この小さな少女、ルイズ・フランソワーズの心に、生きることの喜びを与えたのもまた、ラズマの教えの為せる技なのであった。
最近、確信したことである。
ルイズが貴族としての精神をつらぬいて生きることを、もし宇宙において自然な運命の流れと一致させることができるのであれば……
それはたちまち、この国の人たちや友人を思いやる気持ちを大切にせよとの、ラズマや大宇宙を背負う竜からのメッセージともなりうる。
かくして信仰とは、小さな心の内側から外界の真理へと到達する方法となるのだろう。

(私が司教様に『魔法を使えるようになりたい』と願ったのは、立派な貴族になるためなのよ……ここで見捨てる訳にはいかない!)

ルイズにとっての魔法は、ラズマの秘術。それが今、こうして役に立っているのだ。
民を守るべきトリステイン貴族の卵として、少女は心のままに、皆に死の運命が迫っていることを伝えようと決意した。

「何の対策も採らずに居たら、この村は今日か明日には確実に滅びます……みんな死にます!」
「はははっ、ご冗談を……」

対する村長は、心底困った表情で空笑いしながら、そう言うほか無い。
この不気味な貴族の少女、突然やってきては訳のわからぬことばかり言う、うさんくさいことこの上ないのである。

「いいえ冗談ではありません、何か恐ろしいものが来ます……シエスタのためにも、どうか切にお願いいたします、信じてください」

無表情の白髪の少女に見つめられ、村長は背筋に氷を突っ込まれたかのような気分を味わった。
この少女は頭が可哀想な娘なのだろうか、それとも何か怪しげなものをゆんゆんと受信しているのだろうか?


「季節の変わり目によくある、アレでしょう……その、貴女さまは、宇宙から来る波かなにかを、受信しているというのですかね?」

それは貴族の子女に面と向かって、失礼きわまりない問いのようにも思われた。だが―――ルイズは力強く答えた。

「はいっ、受信してます!」



―――ああ、大宇宙にうねる運命の波よ!
この広い広い宇宙と永い時の中で、ちっぽけな私が優しいシエスタに出会えたこと、彼女を守るチャンスを貰えたこと……

「ありとあらゆる存在を背負う、聖なる竜のお導きなのです―――それこそが、宇宙のファンタジー!!」

とルイズは小さな両手のひらをばーんと天に突き上げ、陶酔した表情を見せ、ぷるぷると震えていた。
ああもうだめだ、と村長は思った―――これはいかん、はやく医者に診せないと。黄色い救急馬車に連れて行ってもらわないと。
付いてきていたキュルケとタバサも、その台詞を聞いて同様の想いを抱いたのだという。

「はあ……それでいったい、どうせよというのです?」

ルイズはノートを取り出し、なにやらかりかりとペンで書いている。何枚もの文字盤を見比べては、数字やらなんやらをメモしていく。
筆算(ひっさん)による検算をしているらしい。沢山の運命の絡まりを解きほぐし、最適の解を見つけ出そうとしているのだ。
何度も何度も見直して、やがて頷いた。

「ただちにこの村から逃げることが、一番です……本当に危ないのです、どうか村のみなさまにも呼びかけてください!」

しかし村長は当然のように、首を縦に振ることは出来なかった。

「貴族さま、お引取りください……なにも起こっていないのに、根拠もなく避難勧告など、いらぬ混乱をまねくだけです」

それもまた、もっともである。
今までの言動のせいか、信用は完全に失われてしまっていたようだ。ルイズはぐうの音もあげられなかった―――


「……ぐ、ぐうー」
「?」
「何でもないわっ!」

いや、あげた。
あまりに悔しかったので、少なくとも無理矢理に唸ってやることだけはしなければと思ったらしい。


―――

「申し訳ありませんミス・ヴァリエール……村のみんなにも逃げるように呼びかけたのですが、誰ひとり、聞く耳持ってくれません……」

疲れきった表情でしくしくと泣くシエスタを見て、ルイズは胸の奥がちくちくと痛む。

(ますます運命の『ほつれ』が大きくなっているわ……もう今日の午後から明日の朝までには、確実に来るわね)

この村で生まれ育ちこの村を愛する黒髪の少女は、家族や村の皆を見捨てて自分だけ逃げることはできないというのだ。
モンモランシーとギーシュも、黙って首を横に振った。彼女たちも疲れた表情をしている。

「大丈夫よシエスタ、私、決めたから! 杖にかけて、この村の人たちを助けるわ」

シエスタ一人を無理矢理連れ帰ることは、出来るだろう……だが彼女の愛する故郷の村の人たちが亡くなってしまえば、彼女は嘆くだろう。

いつも自分の世話をしてくれている、健気でやさしい黒髪の少女。
彼女が笑顔を失えば、皆が悲しむだろう。
自分だって、彼女にはもっと元気に長く生きてもらって、ずっと彼女の笑顔を見ていたいと思う。
そして、平民の笑顔を守るのは、いつだって自分たち貴族の役割だ。
なんとかしてやりたい、とルイズは思った。

「キュルケ、タバサ、モンモランシー、ギーシュ……お願い、力を貸して欲しいの」

友人たちは顔を見合わせる。
誰もがルイズの言うことを信じきれた訳ではないのだが……
彼女の占いの正確さを身にしみて理解している二人は、信じるほかない。

「やれやれ……このまま放っておくことは、トリステイン貴族の名折れのようだ」
「私もシエスタのために、力になりたい……ルイズ、さっきはきつい言い方しちゃって、ごめんなさい」

ギーシュとモンモランシーは杖を胸に抱き、協力を誓う。
他国からの留学生、タバサとキュルケも協力を快諾してくれた。

「友達」
「……まあ、仕方ないわね」

『全トリステイン・シエスタを守る会』が、今ここに設立され、こうして活動を開始する。

「……ファンタジー」

隣からぼそりとした呟きが聞こえたような気がしたので、キュルケが驚いてそちらを向いた。

「ねえタバサ、今何か言ったかしら?」
「気のせい」

ルイズはシエスタの頬にひんやりとした白く小さな手を添えて、穏やかに語りかける。

「ほら、私も、みんなも……あなたのことが大好きだから。お願い泣かないで、笑顔を見せてちょうだい」

皆の慰めで、黒髪の少女は涙を拭いて、ようやくほんの少しだけ、ちょっと壊れたような微笑みを、無理矢理に作った。

「あ、ありがとうございます……おおおお願いしますう、どうかっ、わ、わたしの村の人たちを助けてください!」

ニューカッスルのときは気づいたときにはもう手遅れだったが、今回は希望がある。
まだ滅びの運命が確定していないタルブの人たちは、自分たちの行動次第で助けることが出来る―――

「それで、どうするのよ?」
「まずは一刻も早く、姫さまに報告しましょう!」

キュルケの問いに、ルイズは<タウン・ポータル>のスクロールを取り出しながらそう答えた。

さて―――

モンモランシーとギーシュ、シエスタには、引き続き村に残って、村人たちへの避難を呼びかけてもらうことになった。
ルイズとキュルケ、タバサの三人は幽霊屋敷から王宮のウェイポイントへ向かい、アンリエッタ王女に直談判するつもりだ。
王女あるいは枢機卿からタルブ領主アストン伯爵へと直接に働きかけてもらえば、村のものたち全員を逃がすことが出来るかもしれない。
場合によっては、騎士を派遣してもらう必要があるかもしれない。

「―――『門よ』!!」

この村を襲うであろう悲しい運命を回避するために、少女は自分に出来ることすべてをするつもりでいた。
だが、想像もできないほどに数多の困難が、彼女たちの行く手に立ちふさがっているのであった。


ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、この国の行く先がすでに閉ざされつつあることを、知らない。








//// 22-4:【お腹いっぱいの危機】

王宮へと<ウェイ・ポイント>でワープしてきた三人は、マンティコア隊の隊長ド・ゼッサール氏に出会った。

「何者! ……って、またお前たちか! いつもいつも知らぬうちに忍び込みおって!」
「あっ、隊長さま! ご機嫌うるわしゅう!」
「こっ、このレモン娘、こんなときにご機嫌なわけがあるか!」

彼は、ルイズたちが王宮出入り許可証を兼ねた『姫さまのお友だち証』を持っていることを知っている。
隊長は顔をしかめ、自分の立派な口ひげをなでる。

「……う、む、ともかく今は緊急時だ! 枢機卿がお前たちを探しておられたぞ!」
「何があったのですか? 姫さまは?」
「姫殿下は……今朝、いや昨夜から、姿が見えぬ。まさか、またお前たちのところへ遊びに行っておられるのではなかろうな?」

ルイズはたちまち顔面蒼白になり、言葉を失った。
キュルケもタバサも、目を丸くしている。
しばらくルイズが何も言わずにいたので、髭の立派なド・ゼッサール氏はますますしかめ面になり、少女の頬をつねりあげる。

むにむにむに……

「……おい、どうなんだ! どうなんだ!」
「ひ、ひいえ、ひょんなことは……ひゃ、私のところには、来てませんでしたが」
「そうか、知らぬか……現在、魔法衛士隊が総力をあげて捜索しているところだ、お前も手伝え」

隊長の話によると、賊や曲者の目撃情報も何一つ存在せず、ただ王女一人だけが、自室からこつぜんと消えていたのだという。
たまに王女はルイズのところへ遊びに行くこともあるのだが、それも夕刻の休憩時間、ほんの一、二時間ほどだ。必ず枢機卿に一言告げてから出て行く。
何も言わず夜中に出かけて、朝になっても帰ってこないようなことなど、まずありえない。
間をおかず、ひどくやつれた様子のマザリーニ枢機卿が、ルイズたちの前にやってくる。

「ああ、殿下のご友人がた、よく来てくださった……待っておりましたぞ」
「枢機卿!」
「ミス・ヴァリエール、あなたの力を借りたいと思い、今朝学院にフクロウを飛ばしたのですが……」

おそらくこの国の誰よりも国の行く末を心配しているだろう人物こそが、マザリーニ枢機卿である。
彼は王女の友人でありアルビオンの一件で手柄をたてたルイズたちに、大きな信用を置いてくれている。

彼の話によると、ヒポグリフ隊と竜騎士隊が何度もラ・ロシェール方面への道を往復して探しているが、姫も賊も発見できていないという。
いちどワルド子爵に浚われたことのある王女だからこそ、警備はひどく厳重だった。
昨夜は何も変わった様子は無かったし、王女が部屋から出た事実もないのだという。

「ミス、これの履歴を見てくだされ……あと調べていないのは、これだけなのです」

部屋の中は綺麗に整ったもので、争った跡もない。ディテクトマジックで調べても、おかしい所は無かったらしい。
枢機卿が指差したのは部屋の隅、ルイズの作った<ウェイ・ポイント>の魔法陣だった。
ルイズの背中に、冷や汗が伝い始める。枢機卿は、彼女へと訊ねる。

「もしかすると、何者かがこの魔法陣を使って、殿下を遠くへと連れ去ったのではないかと」
「そ、そんなはずは……」

<ウェイ・ポイント>は転移先の履歴を持った者しか利用できない。
人を拉致することなんて、原理的に出来やしない。
たとえ水や先住の魔法で心を操られていたとしても、そこは同様なのである。

むしろ、王宮に異変があったときなどに『幽霊屋敷』へと緊急避難が可能となる分、はるかに安全なはずだったのだ。
これで王女が連れ去られる可能性など、どう考えても、絶対にありえない……
だからこそルイズは安全と判断し、きちんと枢機卿の許可も得た上で、王女の自室への設置を行ったのだ。

額のルーンを光らせて、魔法陣に触れ……

「嘘よ! こんなこと、ありえない、ありえないわ……」

ルイズは口をわなわなとさせ、動きはかくかくとして、まるで壊れたガーゴイルのようになっていった。
昨夜の使用履歴を調べてみたところ……


出たのである。


―――『ハヴィランド宮殿地下2階(Havilland Palace Cellar Level 2)』と。


ルイズは頭を抱えて絶叫するほかない。

「い、い、いやぁーーーっ!!」

ありえないことだからこそ、衝撃は大きかった。ああ、なんという痛恨の一撃であることか。

ルイズは卒倒しそうになった。
信じられない。レコン=キスタの根城に、王女が自ら行ったとでも言うのだろうか?

胸中は、こうである―――『なにこれ、詰んだ、詰んだ、なにもかも終わった、わたし死んだ』。

(どうやって? 姫さまが履歴を持っているはずも無いところに、自分から飛んで行ったというの? そんなの無理よ、ありえないわ!)

どう考えても原理上システム上起こり得ない出来事が、発生している。
賊の手によるにせよ、王女自身が進んで行ったにせよ、いずれにせよなにか原理的に想定外の使われ方をされたことは確かである。
ともかく、一刻も早く連れ戻さなければ―――それも、どうやって?
アンリエッタが行った先は、はるか遠き浮遊大陸、首都ロンディニウムのハヴィランド宮殿。貴族派の本拠地、いちばん守りの堅い場所だ。

(これから、全面戦争するの?)

いや、弱小のトリステインが、数で勝るアルビオンに攻め入って勝てるはずがない。
それまでに王女の身柄が無事である保証もない。人質に取られているということは、そういうことなのだ。
王女が居なくては、トリステインをひとつに結びつける者はおらず、ゲルマニアとの同盟の継続も望み薄である。
そしてルイズにとって大切な幼馴染、アンリエッタ王女に、何かがあったと考えるだけで……ルイズの心は締め付けられるように痛む。

(姫さまが連れ去られて、トリステインはもうお仕舞いなの? ……私の作った魔法陣のせいで?}

何度ありえないと断じてみても、証拠は依然として目の前にある。この国でもっとも大切にされるべき人が、居なくなってしまったのだ。
はるか遠くの白の国、アルビオンに行ってしまったからこそ―――『奪還は絶望的』である。
ひょっとすると、拷問をされていたり、もう貞操を奪われていたり、魔法で心を操られていたりするのかもしれない。

「いや、いやあ……いやああぁ……姫さま、姫さまぁ……いやぁ……」

とうとうルイズは顔を両手で覆って座り込み、びいびいと泣き出してしまった。
これが自分の作ったものの招いた事態であることを突きつけられ、これまでの生涯に無かったほどの、深い深い絶望に包まれていた。
そして、説明を聞いた枢機卿は、みるみる死んだような目になって、呟いた。

「そうか、殿下は……アルビオンに行ってしまわれたのか」

極限までやせ細った鳥の骨のような体が、まるで死体一歩手前のように、生気が抜けて見えた。

「わ、わたしっ、の……せい、……」
「……ミス、自分を責めないでくだされ。魔法陣設置の許可を出した私にも、責任があるのです」
「ううっ……」

ルイズと枢機卿の心のうちは、いまやひとつになっていた。

言わずもがな―――『この国は、もうすぐ終わる』である。

枢機卿は頭をフル回転させ、どうにかしてこの危機から起死回生の一手を打たんと、数多くの政治的方法を検討しはじめた。
もともと国王もおらず弱りきった国を、荒れ狂う国際情勢のなか妥当なところへ軟着陸させることを試みていた彼である。
これまでも長年にわたってずっと綱渡りの外交を強いられ乗り越えてきたせいか、彼のショックはルイズよりも少なかったのかもしれない。
そして、ルイズたちの見守る前で<ウェイ・ポイント>の術式が起動し、アニエスが現れた。

「ミス・ヴァリエール、探したぞ! いったい何処へ行っていた!」

彼女は枢機卿が居ることに驚き、慌てて礼をする。
ルイズがびえんびえんと泣いていることにますます驚く。

「何だ、この状況は……」
「あなたこそ何があったのよ、ぼろぼろじゃない」

泣いているルイズの代わりに、キュルケが問いかけた。
アニエスはデルフリンガーを背負っている。
顔は青ざめ、ふらふらとしており、全身の服や装備のいたるところに焦げ跡が見える。
どうやら、なにか大怪我を負ったあとにポーションで治療したといった風体である。

「報告いたします! 先ほどラ・ロシェールの街で魔道士<サモナー>を発見! 現在、守備隊が交戦中!」

アニエスは膝を付いて報告する。
枢機卿はますます苦い顔になり、「こんなときに」と呟いた。
そして剣士はきょろきょろとあたりを見回し……

「……ところで、殿下はどちらに?」

アニエスは事情を聞いて、たちまち顔を真っ青にするのであった。
そしてキュルケはふと思い出し、枢機卿へと、タルブの話を切り出す。

「そうですわ、枢機卿さま、こちらからも大事な話が……」

彼女たちは、タルブに関する問題をも抱えており、そちらも解決せねばならないのである。
枢機卿は、タルブの村に不穏な運命の予兆あり、との話を聞くと、ますます顔を青くした。
タルブ村とその草原は、アルビオンがラ・ロシェールの港街を攻撃するための陣地として最適な場所だと考えられるからだ。

「こんなときに……いや、こんなときだからこそ、やはり何かを仕掛けてくるつもりでしょうな……」

もしかすると、この混乱に乗じてレコン=キスタが不可侵条約を破棄し、戦争をしかけてくるのかもしれない―――
そして戦乱のあるところに、混沌の拡大を求めるあの魔道士は現れるのだろう。
さて、いよいよライフゼロのトリステイン王国に、オーバーキル級の危機がやってきているようであった。
いや、王女がレコン=キスタの本拠地へと連れ去られた時点で、政治的にも戦略的にも、すでにこの国の未来は終わっているのかもしれない。

(そういえば……ちょうどたった今、アルビオン艦隊がラ・ロシェールの近くへと来ている頃ですな)

枢機卿は、せまる結婚式への来賓の送迎のため、アルビオン艦隊が来ていることを思い出す。

「アニエス殿、これからラ・ロシェールへと行かれるのでしたら、トリステイン艦隊への伝書を運んでいただきたい」
「はっ、拝命いたしました」

アルビオン艦隊は、トリステイン空軍の保有する艦隊のおよそ二倍の数である。戦えば、まず勝てる見込みは薄い。
トリステイン王国の長い長い苦難の一日が、始まろうとしている―――
運命の転機とは、かように唐突に現れるものだという。
普通に考えれば、この国は既に終わっている。自分に出来ることは何なのか、ルイズには解らない。

「いずれにせよ、なんとかこの状況を打破しなければならぬでしょう」

彼はただちに戒厳令の要請、および軍をラ・ロシェールに集めるよう伝令を命じたあと、ルイズの涙の浮かぶ目をしっかりと見つめ、言った。

「……ミス・ヴァリエール、泣いている場合ではありませぬ。貴女のもつ不思議な力を、どうか今こそ、国のために役立てていただきたいのです」
「う……うう……」
「王女殿下は、このようなときには貴女の力を借りよ、と常日頃より言っておられたのですぞ……」

動揺し、がくがくと体中を震わせつつも、ルイズは頷きかねていた。
こんなときに役立てるって、何をどうやって?
状況は明らかに、ルイズの手におえるような範囲を、軽々と逸脱しているもののようにも感じられていた。

「ヴァリエール、あなた何やってんのよ」
「だって、だってぇ……」
「状況がサイアクなのは解ったけど……ここでグズグズしててもしょうがないでしょう?」

キュルケが呆れたようにため息をついた。

「落ち着いて」

雪風のタバサが、ルイズの震える肩に、そっと手を置いてくれる。
ルイズはタバサにすがりついて、うわんうわんと泣きだした。

「わたしに出来ることを、教えて」

目の前のことからひとつひとつやっていかなければ、何一つ解決しない……と、その眼鏡の向こうの青い目は語っているようであった。
やがて泣き止んだルイズは涙をぬぐい、瞳孔を限界まで開き、ふらりと立ち上がる。
素敵な使い魔を持っている雪風の友人へと、問いかける―――

「タバサ、タバサ……」
「何?」
「あなた、この国を影から支配してみるつもり、ないかしら……? 今がそのチャンスよ……」

枢機卿がますますやつれきって影のかかった顔で、おほんと咳払いをひとつ、「こら」とルイズをたしなめた。
自分のことを『おじいちゃん』と呼んでくれるきゅいきゅいお姫様も良いが、やはり本物のことを見捨てるわけにはいかないからである。
『ああ、こいつはもうだめだ、諦めるほかない』……と誰もが思ったとき。

くるっ―――どすん!!

「ひきゃあ!」
「……」

タバサは無言でルイズを投げたおし、マウントポジションを取った。
そしてじたばたと暴れるルイズが正気に戻るまで、彼女の良く伸びるほっぺたを、思い切りぐいぐいと引っ張りつづけてやるのであった。

やがて―――

「……ごめんなさい、ちょっと……取り乱しちゃったわ」
「大丈夫」

そっとやさしく、白い髪の毛を撫でてやる。
青い髪の彼女はどうやら、この娘の心のスイッチを入れることに成功したようだ。

これから、すさまじい逆境に立ち向かわんとするゼロのルイズは、ああ―――いったいこの世界に、どれほどの恐怖を振りまくのだろうか。
そんなこと、雪風のタバサの知ったことではない。<思い出>の杖に賭けて、知ったことではないのだ。




//// 22-5:【決意】

ルイズ・フランソワーズは、王宮から<ウェイ・ポイント>で帰宅し、自分の住居『幽霊屋敷』へと駆け込んだ。
最初に、洗面器に冷たい水を貯めて、涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔を、きれいきれいに洗う。
タオルでしっかりと拭いてから、大司教トラン=オウルの眠る棺おけへと、額をくっつけた。

「司教さま……どうか、どうか私に勇気を、皆の笑顔を守るための心の力をお与えください」

白髪の少女は祈る。
虚無を映すような瞳孔の開かれた目から、一筋の涙がこぼれていった。
静かに肩を震わせながら、一分ほどそうしていただろうか。

(姫さまを助け出さなきゃ……あの男を倒さなきゃ……そして、守らなきゃ、シエスタの村の人たちを……)

敬愛する次姉カトレアのことを思い出す。
『貴族の条件』……それは、命を懸けて姫を守ること。
そんなことを常々言っていた姉に、あんなことやこんなことが知られたら、自分は心の底から軽蔑されるのだろうか?

(なんか、いつも私のやったことが姫さまを危機にさらしてる気がするわ……いったい何なのよ私ってば)

カトレアは病弱だが、優しく、そして他の誰にも負けぬほどに強い貴族としての精神を持っている人物であった。
不治の病に侵され、今までラ・ヴァリエールの領地から一歩も出たことの無い姉。
どれほどに貴族として生きたいと望んでも叶わず、先の希望もなく、ただ病魔と闘い続けるだけの人生。
だからこそ、ルイズは『黄金の霊薬』で姉を救いたいと思っていた。そしていつしか、手段と目的が逆転していたようにも思う。

(最近ようやく、解ってきたのに……それだけじゃないって……『人を死から救うってことは、必ずしも命を助けることだけじゃない』って……)

『その人がやりたかったことを、やる』ということ。
『その人が命を賭してでも守りたかったものを、守る』ということ。
そうすれば、たとえ命を救えずとも、その人の魂を救うことになる。死の恐怖から、その人を救い出すことになる。

もう姉に死相が出ていたらどうしようなどと、怯えすくんでいる場合では、ない。
霊薬が一人ぶんしか作れぬからなどと、無力感にうちひしがれている暇など、ない。
どうにかしなければ、この国は終わりだ。

ルイズは先ほど枢機卿たちにたいし、あらゆる手を使ってでも、必ず姫を助け出し連れ帰ると誓った。
もはや後はなく、その誓いは絶対に嘘にしてはならない。

(ここで何かが出来ないと……私、貴族を名乗る資格なんてない……それだけじゃない、司教さまにも、神竜トラグールにも顔向けできないわ)

ルイズは自分の原点というものに立ち返る。
ろくに魔法も使えなかった自分が、どこまでも立派な貴族になりたいと頑張ってこれたのは、どうしてなのだろうか?
今にして思えば、姉カトレアの果たされぬ志を、少しでも継ぎたかったから―――そんな気持ちが、心の底にあったのだろう。
カトレアのように優しく、カトレアが生きたかったように強く、自分は生きたかったのだろう。
先日のタバサとのケンカの一件で、それを確認したように思う。
なまじ霊薬という解決手段が舞い込んできたゆえに、忘れていたことである―――真に誇り高きトリステイン貴族とは何ものか?

答えは出ている。
積み上げられ託されてきた、みんなの大切なものを、たとえ命をかけてでも守るもの。
人の死すらも乗り越えて、はるか未来へと繋いでゆくもの。

(私は、立派な貴族にならないといけないの……死者の屍、拾うものになるんだわ!)

ルイズは国の危機に直面したことで、ここしばらく揺らいでいた己自身を、再びまっすぐに鍛えなおすことができたようである―――
やがて、壊れたように笑みを浮かべる。

(……そうよ! ステキな死体をたくさんたくさん拾うのよ! って……あれ?)

どこか、なにか人として大切なところがズレてしまっているようにも感じられるが、きっとささいなことにちがいない。
ルイズはたんなる気のせいだと思うことにしたそうな。

「と、ともかく……またしても国の一大事よ! さあ、あんたはどこまで行けるのかしら? ……ルイズ・フランソワーズ!」

立ち上がり、鏡のなかの自分に向かって、ひとさし指を突きつけてみる。
どんなに追い込まれても、絶望に囚われている理由はない。今の自分には力がある。やりたかったことをやるのだ。

ふらりふらりと歩き、自分のスタッシュへと向かう。
小さな赤い石のついた護符を取り出し、首にかける。
深く澄んだ輝きを放つ青い石の入った指輪『ヨルダンの石』を取り出し、白く細い指へとはめる。
ニューカッスルにていちど魔王召喚の機が失われた以上、今ならこれをつけてゆくリスクよりも益のほうがはるかに大きいと判断できる。
反対側の手の指に、もうひとつ水色の石の入った指輪『水のルビー』をはめる。
今こそ、これらの指輪に込められた力が必要な時のようである。

- - -
水のルビー(The Ruby Of Water)
ユニークアイテム:リング
装備必要レベル:25
+1 水のスキルレベル(水メイジオンリー)
+1 虚無のスキルレベル(虚無メイジオンリー)
+10 エナジー
+20% マジックアイテム入手の確率
- - -

ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールはトリステイン貴族の娘である。

(ちい姉さまのために、姫さま、そして友だちみんなのために、私の国のために……今こそ私の技が、心が、試されているのよ)

宝石のついた皮製のベストを着込む。
靴を魔獣の皮でできたブーツに履きかえる。
鞘に入れた毒の短剣『翡翠のタンドゥ』を腰に、杖の隣に帯びる。
さまざまなポーションとスクロールをかばんとベルトに、仕舞えるだけ仕舞いこむ。
マントを羽織り、指輪を隠すための手袋を取り出す。
薬棚の上に飾ってあった、うずまき状の角の生えた魔獣の頭蓋骨(Bone Helm)を下ろし、手に取る。
大粒のダイヤモンドを埋め込んだ魔法人形の頭部(Gargoyle Head:ネクロマンサー専用盾)を、紐で左手にくくりつける。
この兜と盾は、いずれ来るであろう戦いのとき、今日のような日のために作っておいたものだ。

(ああ、ちょっとわくわくしてる私もいるのね……私ってば、ひょっとして、おかしくなっちゃったのかしら?)

デルフリンガーの言によると、<虚無の系統>とは使い手と使い魔の心を沸き立たせ、強くするものなのだという。
今はもうはっきりと、戦いの運命を感じ取ることができる。
そして、たとえ地の果て雲の果て、アルビオン大陸に乗り込んででも、姫を取り返さなければならない。

王女は今も生きていて、助けを待っている。ルイズはそれを知っている。
アンリエッタ・ド・トリステインは、もしどこかで誰も知らないうちに死亡した場合、幽霊となってゼロのルイズに取り憑くと約束していたからだ。
亡霊がこの場に居ない以上、姫を助け出せる可能性はゼロではないのだ。

さて、虚無の系統の魔法というものは、ときに使い手の命を削ることもあるのだという。
自分は明日か明後日には、ここに戻って来る事ができるのだろうか。
解らない―――が、天使と司教と交わした約束のためにも、必ず戻ってくると誓わなくてはいけない。

「行ってきます、司教さま……どうか私が良き運命を掴み取れるよう、見守っていてください」

物言わぬ棺おけへと頭を下げる。
うまくやる自信はあるし、そのために今までもたくさんの修行をしてきたし、その他の適切と思われる行動をとってきた。
それを疑ってしまえば、その時点で自分は終わってしまうのだ、とルイズは考えるほかない。
強い信仰心と、身につけたラズマの秘技もある。
おどろおどろしい外見の、魔獣の頭蓋骨のヘルメットを小脇にかかえ―――

深呼吸をひとつ、ルイズは部屋をあとにした。

(私が行くわ、さあ警戒しなさい―――)

と、心の中でまだ見ぬ敵へと囁きながら。
行くべきところは三つある。
危機の迫るタルブの村、<サモナー>の出没したラ・ロシェールの街、そして助けを求めているであろうアンリエッタのもとへ……

(……警戒しなさいオールド・オスマン、今日こそアレを私のものにしてやるわ!!)

いや、違った。
まずは学院長室へと『始祖の祈祷書』をブン盗りにゆくつもりだったようである。

たとえば虚無の系統に目覚めて、攻めてきたすべての敵を焼き払うとか……
あるいは虚無の力で、はるか遠い白の国から一瞬にして王女を奪還するとか。

もう、そんな奇跡のような可能性にすがるほか、彼女に道は残されていないようでもあった。




―――

クロムウェル率いるレコン・キスタは、ひとつの大きな賭けに出ていた。
その賭けは、僥倖的にトリステイン王女の身柄を得られたことで、もはや成功を約束されている。

浮遊大陸の内乱は終わったが、まだまだ神聖アルビオン帝国は一枚岩と言いがたいものだった。
『共和制』をハルケギニアに広めることと、聖地奪還の二柱を掲げる帝国は、国土の拡大を止めてしまえば、有名無実と成り果てる。
そうなれば、待っているのは反逆、崩壊と戦乱の未来である。
虎視眈々と利権を狙う、かつてのアルビオン王家を裏切った欲深き貴族たちに、エサを与えておかなければならなかった。

議会では、トリステインを併合せねばならぬとの論が多数を占めていた。
<サモナー>の召喚した魔物によって泥沼化した戦乱と荒れた国土のせいで、帝国貴族たちの方針はすんなりとそう決まった。
兵も集い、先の戦の勝利で士気も高い今のうちしか、他国を攻めるチャンスは無いという。
当初、皇帝クロムウェルは戦争を始める気などなく、慎重策を押していた―――以前の内乱のときのような魔道士<サモナー>の横槍が気がかりだったのだ。

しかし彼は議会の決議を受け、ガリアからの協力者にも相談したうえで、トリステインとの開戦を承認する。
いつ知らぬうちに内乱の火種を撒かれるかと怯えているよりは、万全の状態の今、<サモナー>を誘い出して迎え撃てばよい。

戦乱が起きれば、あの魔道士は混沌の気配を察知して、姿を現すだろう。
そこを押さえ、ガリアと協力しあって、討つ。他国の領土へと釣り出せば、自国の被害はほとんどなく終わらせることができる。
この戦に成功すれば、同時にトリステイン国土を手にいれ、後のゲルマニア侵攻の足がかりとすることができる。

開戦を承認するに至った理由は、ほかにいくつもある。
たとえばトリステイン国内に潜むレコン=キスタ賛同者、高等法院長リッシュモンの王宮での立場が、最近危うくなってきているのだ。
最近、国内で出所不明の上等な宝石の流通が増えており、そのせいでリッシュモンが隠し鉱山を持っているのではと疑われている。
事実隠し鉱山があってしまうからこそ、冷や汗ものの現状だ。これ以上調査の手が回れば、レコン=キスタへの資金の流れが明るみに出てしまう。
このままだと、せっかくの大きな切り札を切らぬうちに失ってしまうことになりかねない。

もうひとつ、アルビオンにとっては、ロマリアの動向が気になって仕方ない。かの国とは、いずれ対決しなければならない。
始祖の血と既存の王権にこだわる各国の王家が、いつロマリアに従ってこちらに攻め入ってくるかわからない。
支援国ガリアの国内情勢が多少は落ち着いている今こそ、崩れ去ってしまう前に、足場をかためなければならない。

なんにせよ、トリステインを安全安心確実に攻略するための機会は、今を逃してはもうないようだ。
勝利を確実なものにするために、同時に三つの切り札を切った。
少しでも負ける可能性のある戦いや、戦いを楽しむかのような戦力の逐次投入などは、一切していられなかった。

ひとつは、トリステイン艦隊を奇襲し撃破したうえで、タルブへと上陸し迅速にラ・ロシェールを落すこと。
王都の喉元へと食い込めば、戦の行く先は勝利も同然である。
トリステイン王女の結婚式のためゲルマニアへと賓客を送るはずだった親善艦隊は、敵艦隊との戦闘準備をすでに整えている。
とくに新型の大砲があったりする訳でもないが、こちらは数で勝っている。ゲルマニアの援軍が来る前に事を為せばよい。

もうひとつは、アンリエッタ王女の身柄を手にいれること。
王女の身柄を押さえれば、トリステインをひとつに纏めるものはもう無いし、ゲルマニアも不利と見て日和見をするほかない。
それは、非常に冴えたやり方で為され、あっさりと成功した。
レコン=キスタを秘密裏に支援するガリアから借りた、一人の特殊工作員を送り込んだのだ―――

『彼』は<地下水>と呼ばれる、もと暗殺者であった。
それも人間ではなく、手にした者の身体を乗っ取る能力をもつ、インテリジェンス・ナイフである。
街中で使用人へ、使用人から衛士へ、最後に王女へと手渡され、王女の身体を乗っ取った。
そして『彼』は、王女の自室の隅に『とあるもの』を発見して、驚いたという。

『おっと、どうしてこんなところに<ウェイ・ポイント>があるんだ? ……まあいい、好都合だ! 予定を変更しよう、直接ハヴィランド宮殿に飛ぶ!』

彼はガリアの王宮と、アルビオン首都の宮殿にあるものと同じ、その転移魔法陣の利用方法を熟知していた。
彼の所属する国にも、国王ジョゼフの使い魔として、一時期<ミョズニトニルン>が居たことがあったからだ。
また、ナイフに独立した人格を持つ彼は、自身の『ウェイポイント履歴』を参照し、乗っ取った他人の身体で転移術式を利用できてしまう。
かくもあっけなく、誰も知らぬ一瞬のうちに、アンリエッタ・ド・トリステインは、はるか遠い国へと運ばれていったのである。

最後のひとつは……保険であり、駄目押しである。
『アルビオンに逆らえば、この国に未来は無い』と教え込まなくてはならない。
トリステイン貴族の、未来を担うメイジの卵たちが集う場所……

魔法学院、そこに『火竜の皮衣』を纏った伝説の傭兵を放り込むのだ……
多数の人質を取って、抵抗する気を根底から叩き潰す。

これでチェックメイトである。
レコン=キスタは今や、数年前までのような大国の操り人形ではない。自分たちで決めたことだからこそ、かなり及び腰ながらも、こうして本気を出すに至る。
たとえ<サモナー>に引っ掻き回されたとしても、たとえ敵に<虚無>やミョズニトニルンが居たとしても、アルビオンが負ける要素は何一つ無かった。



―――

着替えを取りに自室へと戻った雪風のタバサを、絶望が襲っていた。

(とうとう……来てしまった)

フクロウ型のガーゴイルの運んできた、一通の手紙である。タバサはそれを読んだとたん、蒼白になり、膝から崩れ落ちた。
それは、いつものプチ・トロワへの出頭要請ではなかった。
ガリア北花壇騎士団から……いや、ガリア国王ジョゼフから直接、北花壇騎士7号に宛てられた指令である。

『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールを拉致せよ』







//// 22-6:【カウント・ゼロ:イグニッション】

幽霊屋敷を拠点と定めた<タウン・ポータル>の魔法を利用できる人数は、八人(8ppl)が限界である。
今回、ルイズ、タバサ、キュルケ、ギトー、アニエス、モンモランシー、シエスタ、ギーシュの8人が、すでに使用してしまっている。
この編成を組み替えるには、しばらく時間を置かなければならない。
ゴーレムやスケルトン、デルフリンガー、キュルケの使い魔フレイム、そしてシルフィードのような被使役存在(Minion)は、幸い一人としてカウントされないようだが。

なので、この8人のうちで、あちらこちらに人数を裂かなければならない。
微熱のキュルケとアニエス、そして雪風のタバサの三人は、先ほどアニエスが開いたままだったポータルをくぐり、ラ・ロシェールへとやってくる。
<サモナー>への敵愾心を燃やすキュルケと、彼女を心配するタバサが、アニエスについてこちらへと出向くことになったのだ。

「……これは、ひどいわね……いったい何があったの?」

王宮から運んできた空軍への伝書を飛ばし、見送っていたアニエスへと、キュルケが問うた。

「私のせいだ……」

アニエスはぎりりと奥歯を砕けんばかりに鳴らす。

「私のふがいなさが、<サモナー>との戦闘に、この方々を巻きこんでしまったようなものだ……」

青いゲートを抜けた先は、白い石壁の路地。街の人らしき、そして衛兵のものらしき数々の、黒こげの死体が目に入る。
あたりには黒煙がたちこめ、いくつもの建物が無惨にも破壊されている。
人びとが必死に消火活動や、救助活動を行っていた。
それを見ると、何かしらの犠牲が出ることだとは解っていても、やりきれない気持ちが浮かんでしまうものだ。

「そんなこたあねえよ……姉ちゃんのせいじゃあねえ、遅かれ早かれアイツが来ているなら、こういうことは起きただろうよ」
「デルりんの言うとおりよ、街中でためらいも無く仕掛けてくるような奴なんだから」

デルフリンガーの言葉に、さばさばとした調子で、キュルケが同意した。

「しかし……」
「アニエス、あなたは与えられた役目を立派に果たしたのよ、気に病むことはないわ」

剣士の彼女は、恐ろしい魔道士に遭遇し生き残り、『即座に』王宮へと報告したのである。
ここは王都へ馬で一日二日ほどの距離を離れた町であり、伝書ガーゴイルを飛ばしても情報の遅延は出るものだ。
なので、確かにキュルケの言うとおり、アニエスは最低限の任務を果たしたとも考えられる。
だが、こんな結果は、望むところではなかった。出来るなら被害が出る前に、敵を討ち果たして任務を終えたかった。

「それにしても、あれほど注意を払っていたというのに、遅れを取ってしまうとは……なんと情けないことか」
「まあ、過ぎたことは仕方ないだろうよ、生き延びただけでも幸運さあ……これからの事を考えようぜ」

ひとつの出張への出掛けにこの街へと立ち寄ったところ、<サモナー>らしき男が昨晩より宿をとっている、との情報を得た。
それを確かめるために、彼女はとある宿屋へと立ち寄った。
今までの通報は、ガセネタばかりだった。なので、まずはアニエスが事実を確かめなければならなかった。というのも―――

かねてより、アンリエッタ王女は<サモナー>を指名手配していた。だが、相手は民の不安や恐怖を力に変える男だ。
だからこそ表向きには通常の指名手配犯と同様の扱いをし、通報があり次第デルフリンガーを携えたアニエスが出向く……という運びになっていた。
また、『見慣れぬ怪物や魔物が出たら通報せよ』との触れも出されていた。
ハルケギニア固有種とは異なる、サンクチュアリ産の魔物の出所を突き止めれば、<サモナー>にたどり着くだろうとの判断による。

ところが、集ったのはどれもこれもガセネタばかり。
のさばるオーク鬼などの村を襲う怪物や、常日頃ごろつきメイジの被害に悩まされる辺境の人々が、これ幸いとお触れに飛びついた結果だった。
いちいちそこらへとドサまわりする役目は、小回りの効くアニエスに任されていた。
なので、今回もアニエスが出向き、本人が居るのかどうかを確かめなければならなかった。
油断しているつもりは無かった。だが―――まさか自分ごとき一介の剣士が、一度も顔をあわせていない相手から警戒されているとも、思ってはいなかった。

『汝か、女剣士よ、近頃我の行く先を探っているな』

ふと気づけば、背後に音もなく、青と金の衣の男が居たそうな。瞬時に気づけたことだけでも、彼女は一流の剣士なのだと言えるかもしれない。
男は街中で堂々と巨大な杖を振るい、盛大に四方八方へと電撃魔法『チェイン・ライトニング』をぶっ放したのだという。
背負っていたデルフリンガーのおかげで即死をまぬがれたものの、アニエスは大怪我を負ってしまい、結果逃がしてしまうことになった。

「未だ、この辺りに居るのかもしれないわね……」
「……ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ、そのときは、どうか貴女たちの力をお貸し願いたい」
「まあ、この国は一応、あたしの国の同盟国だしね……任せて、あの男を焼くのは、このあたしの炎よ!」

キュルケは、いつも胸の谷間に仕舞っている愛用の杖の代わりに、自分の背丈ほどもある大きな杖を手にしている。
それは、先日ルイズ・フランソワーズより購入し、契約をすませた一本の戦闘用杖(War Staff)―――『RW Leaf』である。
タバサは、いつものような無表情だが……どこか顔色は悪く、心ここにあらずの様子だった。

「……どうしたのタバサ、ルイズたちのことが心配?」
「なんでもない」

静かに首を横に振って、タバサはシルフィードの背中へと飛び乗った。

「居た……追跡する」
「え?」

タバサが杖頭で指した先……ラ・ロシェールの、竜騎士隊詰め所のあたりから、数頭のドラゴンが飛び立っていった。
よくよく目を凝らせば、いちばん先頭をゆく風竜に、青い衣の男が乗っているようにも見えた。
他の竜には、誰も乗っていない。

「ねえタバサ、ドラゴンってあんな簡単に盗めるものなの? 騎士以外には懐かない生き物なんじゃないの?」
「……わからない、でも……今は追いかける以外に方法は無い」

キュルケの問いにそう答え、タバサは二人へと、乗るように促した。



―――


ずどおおおん!

爆発音、地面にはクレーターが出来ている……場面変わって、ここはタルブの村。
静かで平和な村に、突如そいつが現れ、爆発の魔法を放った。
その奇妙すぎるいでたちに、誰もが度肝を抜かれた。

「警告するわ(BEWARE!)―――この村はもうすぐ戦場になる……だから全員ただちに、逃げなさあい!!」

角の生えた髑髏の仮面を被っているせいで、表情は見えない。白くよれよれの長い髪が、背中側にこぼれている。
分厚い手袋をはめた右手には、骨で小奇麗に装飾された杖。反対側の手には、おどろおどろしい装飾のされた魔法人形の頭部。
爆風で翻るマントの下、肩から背中にかけて鞄とともに紐で提げているのは、皮製のケースに入った一冊の古い本。

「避難勧告の根拠が無いって言うんなら、私がその根拠になったげるわ! さあ全員泣いて私に感謝するといいのよっ!!」

細い身体の周囲を、『骨の鎧』が旋回していた。背後に、三体の禍々しいスケルトンを従えていた。
カタカタと笑うそのスケルトンたちは、それぞれの両腕の先に、溢れんばかりの魔法の力を蓄えていた。

『召喚―――ファイア・ゴーレム(Fire Golem)!!』

魔獣の頭蓋骨の内側で、少女は呪文を唱え、杖を振った。
どおん―――と地面から轟々たる火炎が噴出し、たちまち大柄のヒトのカタチを形成してゆく。

「さっさと逃げないと……焼き尽くしてやるわっ!! あはっ、あははっ、あーっはっはっはぁ!!」

狂ったような笑い声が響く。
たくましい炎の拳、太い炎の足もとに回転する聖なる炎のオーラ、ゆらぎたつ陽炎を全身に纏い、ぱちぱちと火の粉を散らす。
めらめらと燃えさかるファイア・ゴーレムが、吼える。オロロロロオオオオ―――!!

しずかな村を襲う、ルイズ・フランソワーズ。

「ワン・ツー・スリー……さあて、みんな呪ってやるわよ!」

うっくっく、と喉を鳴らし、踊るように足でリズムを鳴らす―――
片手の杖『イロのたいまつ』をバトンのように振り回し、ゆがんだ色の火の粉をあたりに振りまいてゆく。

「さあ恐れなさい恐れなさい―――TERROR!! TERROR!! TERROR!!」

WARNING! WARNING! WARNING!

「逃げなさいフナムシのように逃げなさい、さっさとここから逃げないとお……」

泡を食った村人たちが、老若男女問わず恐れ、泣き叫び、蜘蛛の子を散らすように逃げてゆく―――

「焼くわ、焼いてやるわ、焼いて焼いて焼き尽くしてみんなみんな灰にハイにHIGHにしてやるわああーっ!!」

あーっはっはっは! あーっはっはっはは!
少女は心底楽しそうに笑い、いちばん近くにあった家に、炎のゴーレムを突撃させた。
骨の魔法使、『スケルタル・メイジ』たちが、両腕の魔力を解き放つ。
それを見ていたシエスタとモンモランシーが、恐怖と絶望とに顔を蒼白にし、滂沱たる涙を流しながら叫んだ―――「「らめえぇえぇええええ!!」」

「シエスタのおうち焼いちゃいやぁああ!」
「やめてくらさいミスうぅうううう! わたひのおうちもえちゃいまふううう!!」

もう泣くしかなかった。
わめくしかなかった。

「あはははは、どうか気にしないで! 終わったら弁償するからっ! さあさ、あんたたちも逃げなさぁい!」

ルイズはくるくると踊るように、シエスタの生家を蹂躙しながら瞳孔を開き、実に活き活きとシアワセそうに笑っていた。
枢機卿自筆のタルブ領主への手紙は、顔見知りでありグラモン家のコネもあるギーシュに運んでいってもらっているところだ。
『それでは間に合わない』と踏んだルイズは、こうして村人の避難を促しているのだった。
なんともまあ、やりすぎのようでもある。

タアーン! タタアーン!!

銃声がひびく。自分たちの住む村を守ろうと、勇敢なる村人たちが発砲したのだ。
ルイズ・フランソワーズの周囲に浮かぶ骨の盾が次々と砕け散って、銃弾を防いだ。

「うわぁん、逃げてっつってんのにぃ!! 何で何で、何で逃げてくんないのよぉ! 口から手ぇ突っ込んで尾てい骨ヒキズリ出してやるわよッ!」

ルイズは骨の鎧を張りなおし、杖を振り、スケルトンの魔法使たちを突撃させる。
それらは骨格こそオーク鬼のようだが、宿っているのはトリステインのメイジの亡霊であった。
普通の人が見ればさぞかし怖かろうと、『幽霊屋敷』の棺おけにストックしてあったものを引っ張り出してきたのだ。

「何だアレは、が、ガイコツが……動いて、魔法を使っているだなんて」
「ビビるなよ! あれはゴーレムか、ただの魔法人形(ガーゴイル)だろう、見掛け倒しだ!」
「わが家を焼いたばかりでなく、わが娘シエスタを泣かしおって! 貴族とはいえただじゃおかないぞ!!」

だが、恐ろしいスケルトンから威嚇の魔法が放たれても、過去に従軍経験もあるらしい村の男たち(Militia)は果敢に立ち向かってくる。
基本的に人間に効きづらい『恐怖(TERROR)の呪い』である、彼らには全く効いていないようだ。
そして逃げつつあった他の村人たちも、幾人かは足を止め、遠くからではあるが、闘う彼らに声援を送りはじめてしまう。
ルイズは唇を噛んだ。

(どうして? ……いつも私が怖がられてるのと同じようにすれば、逃げてくれると思ってたのに!)

ひょっとすると、あまりに非日常的な要素、スケルトンや火のゴーレムを見せたことが逆効果だったのかもしれない。
ただシエスタをいつもの十三倍ほど怖がらせたばかりで、肝心の村人たちのほうは立ち向かってくるばかりで逃げてくれない。
他人を自覚なく怖がらせることには才覚を発揮しても、自分から進んで怖がらせようとしたとたん、まったく上手くいかないルイズである。
失敗したのか―――と、焦りはじめたときのことだった。

「何をしている、ミス……村への狼藉、見過ごせぬぞ」

平民たちを守るようにして、ルイズの前に立ちはだかったのは……昨夜この村のちびっ子たちのヒーローとなったスクウェアメイジ。
昨日飲めぬ酒を飲んで倒れ、この村の宿で起きぬまま放っておかれた男。
疾風のギトーだった。




―――

ジャン・コルベールは、魔法学院の片隅、幽霊屋敷の裏庭にて茶をすすりながら、どうにも落ち着かない気持ちを抱えていた。
あの魔道士<サモナー>が現れたと聞き、自分が出ていってやっつけてやりたいと思っていたのだ。
なのに、<タウン・ポータル>は定員オーバーという話。
つまり、彼は学院に置いていかれてしまったのである。

(アルビオンの時、ミス・ヴァリエールは私に内緒で、恐るべき魔道士や悪魔と戦っていたという……)

コルベールは、あの時自分とギトーが部屋に帰り眠った後、ルイズたちがもう一仕事したことを後に知って、驚いたものだった。
もしあの時点で、大切な教え子たち、それも若き娘たちが、決死の覚悟を決め戦場に向かうと知っていたら……
自分は疲れを押してでもついていき、彼女らを守ろうとしただろうに。

結果、ルイズ・フランソワーズは己が力でもって魔道士を撃退し、また巨大な悪魔を退け、めでたしめでたし、だったというが……
あのときも全てを内緒にされ、ギトーとともに置いていかれる形になったコルベールは、悔やんだものだった。
どうしてそんな危険な仕事に私を連れて行かなかったのかと、それはそれはきつく叱ったものである。

『ああミス・ヴァリエール、もっと大人を、我々を頼りたまえ! 君はこの国の……いやハルケギニアの宝なのだから!』
『それは……私に、始祖の<ルーン>がついているからですか?』
『そうではない! 君は若人なのだ、若く美しく健やかで、活気に溢れている、ただそれだけで何にも勝る宝なのだ!』
『……私、キレイ?』
『もちろんだとも!』

ひたすら褒めまくったところ、白髪の少女は顔中を真っ赤に染めて少ししおらしくなったものだ。
それ以来、どうしてかゲルマニアからの留学生の赤髪の少女が妙に馴れ馴れしく接してくるようになったものだ。
ともかく……

今回は、ルイズからひと声かけてもらうことができた。
だからこそ、彼女たちに着いてはいけないのだと知り、心底悔しがっていた。

魔道士<サモナー>は、自分の大切な教え子の一人キュルケ・フォン・ツェルプストーを出会い頭に殺そうとした男だ。
そのような危険な男の相手を、学生などにさせてはおけない。
やめろと言っても、やんちゃな彼女らは聞かずに戦いへと赴いてしまうのだろう、いずれあの男と出会い、戦い傷つくのだろう―――その前に。
自分がちょちょいと焼きをいれてやれば、すべての問題は解決するはず……と、思っていたのだ。

さて、教師ジャン・コルベールは、自分の魔法で人は殺さぬと誓っていたのではなかろうか?

(そこは……ああ、そこは……殺さぬ程度に焼いてやれば問題は無いのだよ!)

いや、何かに開眼していたようでもある。

「ミスタ、顔が怖いですよ」
「うむ、失礼……私にもなにか、もっと出来ることはないのかと、気が気ではないのだ」

リュリュの言葉に、コルベールはそう答えた。
ガリアから来た彼女も、通常の貴族がしない発想をよくする家出少女だ。
なのでコルベールとは、よくよく気が合うようである。最近ではすっかり、師弟のような関係を築いている。

「ですが、情報の中継も大事な役目だって、ルイズさんが……」
「……うむむむ」

現在、二人は『幽霊屋敷』の裏庭にテーブルを引っ張り出し、お茶をしている。
とくに和んでいるだけでもなく、以前のアルビオンの一件のときシエスタに任されていたポジション……
つまり、<ポータル>や<ウェイ・ポイント>で行き来する若人たちの補給や情報中継の役割を、任されているのだ。

「ところで、この国ではもうすぐ戦が始まるかもしれないそうだが、きみはいつ自分の国に帰るのかね?」
「え……」

リュリュは寂しげにうつむいて、答える。

「まだ、帰りたくないです……この学校、とっても居心地が良いですし……それに……」
「……ふむ?」
「やらなきゃいけないことが、まだ残っているような気がするんです……わたし、皆さんよりひとつ年上ですが、正式な留学研修の手続きを考えてまして」

ちょっぴり上目遣いで、寂しげなまなざしを、中年教師に送っていた。
コルベールは咳払いをひとつ。

「おほん、そうかね……まあ、この学院に居るかぎり、安全ではあるだろうが」
「はい」

リュリュは、顔を上げた。

「ミスタ、たぶんここがミスタに相応しい、一番大事なポジションなんですよ」
「はて、その心は?」
「みんな、帰ってきたときに『おかえり』って言って欲しいんです、ルイズさんも、タバサさんも、キュルケさんもアニエスさんも、デルフ君も」

コルベールは照れるほかなかった。


だが―――
もうすぐこの学院もまた、戦いの最前線のひとつとなるということを、いまの二人は知る由もない。

レコン=キスタに所属する傭兵のうち、最強のメイジが、もうすぐここにやってくるのだ。


//// 【次回、その23:ハートに火をつけて(中編):少女は愛をさけび、空が落ちてくる……の巻、へと続く……】


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