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「…何を言っているのかわからんが、ミス・ヴァリエール、体は大丈夫なのかね?」
「!!…ルイズ、もういいのよ…それより大丈夫なの? さっき変なヒトダマが……」
医務室の空気はおかしな雰囲気につつまれる。二人はルイズが召喚に失敗した心労のせいでおかしくなったと思っているのだ―――ルイズは苦笑した。
「ミスタ・コルベール、人払いをお願いできますか?」
ルイズに簡単な診察をして(ついでにタバサも)、問題ないと判断できたあと、水のメイジが部屋を出て行った。
どうしてもルイズのそばを動かないキュルケを仕方なく室内にのこし、ルイズはコルベールの前で自分の使い魔を披露する。
「こ、こ、ここれは!?」
「これが私の使い魔です、ミスタ・コルベール」
「ちょっとルイズ、これってさっきのヒトダマじゃない!! 大丈夫なの?」
「ええ大丈夫よ、あの遺体の魂みたいなものです……ところでミスタ、遺体はどちらに?」
ルイズはややこしいことを話さず、適当に嘘をつき、つじつまをあわせることにする。
英雄とはいえ異教徒の遺体と秘宝である。―――ラズマの秘術も然り、扱いを間違えれば私が異端審問されかねない。王宮やアカデミーに持っていかれたら二度と帰ってこないかもしれない。
そうすれば、天使さまとの約束は果たせなくなってしまう。遺体は私が守らないと―――ルイズは思いを強くする。
「む、今は学院長が直々に調べておるところだ」
「大変!! あれがなければ私の使い魔が消えてしまいます!私が預かる約束をしているのです!!」
「な……君が預かるというのかね? ミス・ヴァリエール……しかし、死体ですぞ?」
「しかしも何も、せっかく召喚した使い魔です! 私が保管しなければなりません! 失礼します!!」
ルイズは大げさに飛び起きる。ルイズが『遺体そのもの』でなく、『使い魔』を大事に想っているのだと印象付ける必要があるからだ。
遺体の身に着ける秘宝、この世界のものではないマジックアイテムの数々を、ルイズはオスマンにあまり長く見せたくはなかった。
ルイズは枕もとの杖をつかみ、ふらつく体を押して院長室へ急ぐ。キュルケとコルベールもついてきた。
「ルイズ大丈夫なの? 寝ているうちにあのヒトダマ? アレと何があったのよ」
「コントラクト・サーヴァントしたのよ」
「しかしルーンはミス・ヴァリエールのほうに刻まれてしまっているようだが……」
「この子には実体がないし、私の体内に住んでいるのです。私にルーンが刻まれていても不思議はありません」
「そ、そういうものでしょうか…しかし…ふむ、珍しいルーンですな」
コルベールは納得したような納得できていないような、複雑な表情を浮かべる。
三人は本塔の学院長室、オスマンの元へとやってきた。オスマンはご苦労な事に、ここまで遺体をレビテーションで運んだようだ。
「失礼します!!」
「おおミス・ヴァリエール、待っておったぞ………!! な、何があったんじゃ、そなた、髪の毛が真っ白じゃぞ!?」
ノックして入室すると、遺体から剥ぎ取ったであろう髑髏の兜をかぶったオスマンと目があう。
オスマンは大人気ない自分の行為を見られたことと、ルイズの尋常ならざる様子に、慌てふためく。
「コントラクト・サーヴァントの心労で、こうなってしまっただけです、心配かけてもうしわけありません……もう大丈夫ですわ……ところでその兜ですが」
ばつの悪そうな顔で苦笑いするオスマンに、ルイズがつめよる。
「して、その兜はどのようなマジックアイテムだったのですかな? オールド・オスマン」
好奇心旺盛なコルベールも目を輝かせて、オスマンへと近づく。
「いや、わからん……とてつもない力を秘めたマジックアイテムじゃということは解る……しかし被っても何の効果もないんじゃ」
「何の効果もないですと!? そんなことが……」
落胆したオスマンの返答に、コルベールも肩を落とす。
「そうなんじゃ、まるっきり何の効果もないんじゃ……これは期待はずれじゃったかのう」
「それは私の使い魔の兜ですわ、オールド・オスマン、失礼ですが返却してくださいませんこと」
明らかに落ち込んだ顔をしたコルベールを尻目に、渋々といった様子でオスマンは兜を脱ぎ、ルイズへと手渡した。
それを手渡されたとたん――ルイズは脳に直接つたわる情報に驚愕した。
(……これは…わかる、効果が、使い方がわかるわ!? なぜ私だけに?)
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トラン=オウルズ・ガイス[Trang-Oul's Guise](ボーン・ヴィズィッジ)
セットアイテム:Trang-Oul's Avatar(トラン=オウルズ・アヴァタール)の一つ、兜。
要求値(REQ):必要レベル65 必要筋力106 必要敏捷性:なし 耐久力40
防御力: 257
25% より速いヒットリカバリー
ライフを徐々に回復 +5
+100 防御力
+150 、マナ上昇
攻撃者に与える反射ダメージ: 20
兜、鎧、トーテム、ベルト、籠手を揃えて装備すれば真の能力が開放される…その能力とは……
- - -
ハルケギニアのものではないサンクチュアリ(Sanctuary)のマジック・アイテムは、発見されたときは未識別(Unidentified)の状態であり、鑑定家に依頼するか、識別(Identify)の巻物を使用しない限り効果を表さない。
このたびはルイズの額に刻まれたルーンが鑑定の効果を発揮しているのだが、ルイズには知る由もない。
(……これが天使さまのくださった『知識』なのかしら? でもこれは私にも装備できないわね……相当鍛えないと)
兜を手に固まっているルイズへと、コルベールが話しかける。
「どうしたのかねミス・ヴァリエール……もしや使い方が解るのかね?」
「私にもこれは使えませんわ、ミスタ・コルベール」
これは嘘ではないが真実も隠す。波風は立たないほうがよい、とルイズは考える。
ルイズにとっては、司教の遺体やアイテムに興味を持つ者が増えることは弊害が多すぎる。王宮にだってアカデミーにだって、ルイズは遺体やアイテムを渡すつもりはないのだ。
「ところでオールド・オスマン、それは私の大事な使い魔の遺体なのです」
「使い魔とな? はて、おぬしが召喚したのはこの遺体だけじゃなかったかの?」
ルイズはでっちあげの事情を説明したあと、オスマンの前でボーン・スピリットを披露し、部屋の中を飛び回らせる。
感心したようにオスマンはにこやかな表情になり、ルイズへと声をかけた。
「ほう、珍しい使い魔を召喚したものじゃの、ミス・ヴァリエール。大事にしなさい。で、この遺体がどこのどちらさんのものか、わかったのかね?」
「はい、はるか東方のメイジ集団の頭領だった方ですわ」
ルイズは事情を隠しつづける。東方という点で間違っているわけではない。もちろん異世界の東方ではあるのだが。メイジとは言っても系統魔法ではなく、どちらかというと先住魔法に近いものを行使するメイジだが。
「そうかそうか、なるほど異教徒とはいえ、神聖な雰囲気を持っていると感じられるもんじゃ。ではこの遺体はミス・ヴァリエールが、まさか自分の部屋に保管するというのかね?」
「もちろんですわ。主人と使い魔とは一心同体ですので、私が責任をもって保管するべきです」
死体を自分の部屋に安置するなどと言い出すルイズに、オスマン、コルベール、キュルケの三人は目を点にする。
「わ……私の部屋はミス・ヴァリエールの部屋の隣なのですが……それはちょっと」
キュルケが青い顔をして、上ずった声でそう言った。
確かに女子寮で『隣の部屋に四六時中死体がある』なんてのは、気持ちのよいことではない。
キュルケにとっても願い下げである。若い女性なのであれば、(男性でももちろん)そんなことはどう考えても御免である。
アパートやマンションであっても家賃がブレーンバスターのように下降することうけあいであろう。
「いいわよキュルケ……では私が引っ越しますわ、許可を下さいオールド・オスマン」
「ルイズ…あなた、そこまで……」
オスマンとコルベールとキュルケは、末期症状の人間を見るような生暖かい目で、ルイズを見た。
「……そうじゃの……そこまで言うなら、考えんでもないの……うむ、別の住処を都合し、与えよう。大事な遺体にはわしが『固定化』の魔法をかけておいてあげよう、あとでコルベール君に運ばせよう」
「オールド・オスマン、感謝いたしますわ」
ルイズはオスマンへと深々と礼をした。
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死体の置いてある部屋の隣に住む……なんてことは、生徒も教師も、もちろん使用人もいい顔をしない。
だから、死体と共に住もうなどという奇特な少女ルイズに割り当てられた新しい部屋は、学院のはずれ、古く使用されなくなった物置き小屋であった。
すこし離れたお隣さんには、コルベールの掘っ立て小屋……もとい、研究室がある。
「うわあ……やっぱり汚いわね……でも仕方ないか……」
ルイズは肩を落とし、ため息をついた。
貴族の子女が越してくるとあって、学院の使用人たちが可能な限り綺麗に掃除をしてくれてはいたが、それでも長年染み付いた汚れは落ちていない。
ぼろぼろの物置小屋、虫やネズミもでるだろう。ランプの明かりが室内に不気味な雰囲気をかもし出している。
もといた部屋から家具や本棚を運び込み、少なくとも人の住んでいる感じは出たが、粗末なこの小屋には一流の職人の作った家具がちぐはぐに見える。
床には一応あたらしい板が敷いてあり、そのうえにフカフカの絨毯を敷いてもらった。コレで多少マシになったが、貴族の住む部屋としては落第点も良いところである。
荷物を全て片付け終えたら、取って付けの扉を開け、部屋の外にでる。
扉の横に、用意しておいたヴァリエール家の紋章を取り付ける。
「……これでよし」
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは誇り高き貴族の家の三女である。
彼女は自らの失態の責任を放り出すようなことはしない。貴族でありつづけるために、誇り高くありつづけるために、異世界の大天使との約束を果たすまで、へこたれるようなことはしたくない。……と、自らに言い聞かせる。
だから、どれほどオンボロな部屋に住むことになっても、耐えなければならない。
(人が寄り付かなければ、魔法の研究にもたっぷり時間を割けるわね)
ルイズは強い心を持った少女である。
ほどなく状況を受け入れ、決意を固めるのであった。
「室内の片付けは終わりましたかな、ミス・ヴァリエール」
「ええミスタ、ありがとうございます」
コルベールが例の棺にレビテーションをかけて、ルイズの小屋まで運んできてくれた。
「これからお隣さんですね、よろしくお願いしますわミスタ・コルベール」
「こちらこそよろしく、何か用があれば、いつでも訊ねてくるといい」
ジャン・コルベール、彼は他の誰もがやりたがらない『死体運び』を、自ら進んで請け負ってくれた、そんな親切なお隣さんである。
この頭頂部の薄い42歳独身がすこし頼もしく見えてしまったところで、ルイズはあわててかぶりを振った。
火のメイジであるコルベールの口癖は、「火の魔法は破壊のためだけにあるのではない」というものだった。
人々の生活に魔法をもっと役立てようと、いつも怪しい研究をしているため、彼は授業のないときは研究室に篭っている。
学院中から変な目で見られているコルベールである、ルイズはとうとう、そんなコルベールの同類になってしまったのだ。
「はぁ……」
コルベールが去った後、これから始まる生活を思い、ふたたび肩を落とすルイズ。
目の前には死体の入った棺がある。最初に中身であるソレを見たときは動揺し、取り乱し、過呼吸と貧血でぶっ倒れてしまった。
あれも失態である。
棺の中に入っているのはトラン=オウル、偉大なるラズマの大司教の遺体だ。
夢の中で会ったときは、堀の深い年齢不詳の銀髪の男性だった。漆黒の目は鋭いが、会った感じ優しい人ではあった。
少なくとも、当初想像したように『やあ、お嬢ちゃん』なんて下衆な呼びかけをするような人ではなかった。
―――もう一度見てみようか? そうだ、見てみよう……
「うんしょ……けっこう重いわねコレ……」
急な引越しゆえあまりランプの数を用意できなかったので、室内はうす暗い。
ボロボロの室内とあいまって、不気味な雰囲気がみちあふれている。
胸がバクバクする。怖いもの見たさ、興奮がルイズを動かす。たった一人で、何かしてはいけないことをしているような。
やがて蓋が少しひらき、『中の人』の足が見える。―――こっちは反対側だ、アタマのほうの蓋を開けようか?
ふと思うところがあり、ルイズは『中の人』の履いている靴を、触ってみた。
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マロウウォーク[Marrowwalk](ボーウィーヴ・ブーツ)
ユニークアイテム
要求値(REQ)必要レベル66 必要筋力 118
防御力 : 204
+2 スケルトン・マスタリー(ネクロマンサーのみ)
+200% 防御力強化
+20、筋力上昇
+17、敏捷性上昇
マナを回復させる 10%
スタミナ回復:+ 10%
凍結効果時間を半減
レベル 33 ボーン・プリズン(13回分のチャージ)
レベル 12 ライフ・タップ(10回分のチャージ)
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やはり、であった。不思議なことに、マジックアイテムの効果が頭の中に流れ込んでくる。
ルイズはこのアイテムが自分には使えないことを理解する。レベルが足りない。――筋力はわかるけど、レベルって何だろう?
ルイズは死体のアタマのほうに向かい、そちらの蓋も持ち上げる。
ガコン、と音がして、蓋は床に落ちてしまった。『中の人』があらわになる。
「ひっ……」
息を呑む。やはり怖い。すごく怖い。滅茶苦茶怖い。だが悲しいことに、彼はルイズの愛すべき同居人である。
ルイズが彼をサンクチュアリへと送り返すのに手間取れば、下手をすれば一生の同居人にもなりかねない。
ルイズは夢で見たサンクチュアリにおいて、(かすかにしか覚えていないが)死体の転がるダンジョンや戦場をたくさん見て、スプラッタもたくさん経験した。
でも怖いものは怖い。そして、胸が締め付けられるように悲しい。
何が一番怖い、悲しいのかというと、夢で会って話した司教さま、偉大で優しいあの人が、目の前で死体となって居るということであった。
「よ、よ、ようこそ私の部屋へ、司祭さま……よろしくね、英雄トラン=オウル」
ルイズは涙目で、半ばヤケクソになって苦笑いをし、遺体へと声をかけた。もちろん返事はない。
その後ルイズが調べた装備品は、以下のとおりである。
トラン=オウルズ・ガイス(髑髏の兜)
トラン=オウルズ・スケールズ(カオス・アーマー)
トラン=オウルズ・ウィング(キャンター・トロフィー)
トラン=オウルズ・ガース(トロール・ベルト)
トラン=オウルズ・クローズ(重弓籠手)
異教徒の干し首!? 何コレ…調べてみると、どうやら特殊な呪いの触媒になる防具らしい―――ヘンなの、とルイズは首をかしげる。
効果は魔法技術(スキルというらしい)があがるとか、筋力や精神力があがるとか、魔法や毒の強力な耐性がつくとか、凍結魔法をくらっても凍らなくなるとか―――ハルケギニアの技術レベルからは想像もできない、恐るべきものばかりだった。
このトラン=オウルのセットを全部装備したら……
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Complete Set Bonus
+3、ネクロマンサーのスキルレベル
20%のライフを一撃ごとに奪う
+3、ファイヤー・マスタリー
+10、メテオ
+13、ファイヤー・ウォール
+18、ファイヤー・ボール
+200 防御力
+100 、マナ上昇
マナ回復力 +60%
ライフを徐々に回復 +5
全耐性 +50
Vampireに変身
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ルイズは驚愕に打ちのめされる―――火の魔法ファイヤー・ボールやファイヤー・ウォールが打てるようになるですって!?
精神力の回復速度が1.5倍になるってことね……一気に火のトライアングルになれるのかしら。魅力的ね!!
メテオっていうのは燃え盛る灼熱の岩のカタマリを呼び寄せ、敵の頭上から降らせる魔法らしい―――防御力が上がり、精神力そのものも上がり、さらに耐性も上がり、体力も回復するようになり……すごいじゃない。
これを装備できるくらいに、強くなりたい、私の当面の目標にしようかしら……うん、そう決めた。
―――そしてVampireに変身……ふむふむすごいわね
え、ヴァンパイヤ(吸血鬼)になる!?な…な、な、何だそりゃーーーー!!!!
……ぜえはあぜえはあ。
ルイズは息を整える。
一人でポーズをとりながら散々ツッコミを入れたあと、いちばん気になっていた杖を調べる。
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ボーン・シェイド[Boneshade](リッチ・ワンド) ユニーク・アイテム
必要レベル79 筋力25 耐久性17
+2 ネクロマンサーのスキルレベル (ネクロマンサーのみ)
+2 、ボーンスピリット (ネクロマンサーのみ)
+3 、ボーンスピアー (ネクロマンサーのみ)
+3 、ボーンウォール(ネクロマンサーのみ)
+5 、ボーンアーマー (ネクロマンサーのみ)
+5 、ティース (ネクロマンサーのみ)
+25% より早い呪文詠唱
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これもルイズには装備できないものである。結局のところ必要レベルとは一体何なのであろうか、ルイズには理解できない。
他にも護符や指輪を調べたが、どれもがとんでもない伝説級マジックアイテムだけれど、あまりに強力すぎて、ルイズには使えないものばかり。
落胆したルイズは、遺体のベルトを調べ、何かが収納されていることに気づいた。
それは小さな巻物が二種類と、赤、青、緑、黒、ピンク、金、色とりどりの小瓶がたくさん。
ルイズはそれらを手にしたとたん、驚いた。
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タウンポータルのスクロール:世界中どこからでも拠点へとワープできるゲートを開く
識別のスクロール:未識別アイテムを識別する
ヒーリング・ポーション:体力の回復
マナ・ポーション:精神力の回復
スタミナ・ポーション:一定時間スタミナが減らなくなる
投擲用毒ポーション:毒ガスを発生する
投擲用オイル・ポーション:炎を発生する
投擲用エクスプローディング・ポーション:対象を爆破する
解毒ポーション:毒の回復
上級回復ポーション:体力および精神力、体調の回復
ゴールデン・エリクサー:あらゆる呪いを打ち払い、病、怪我などを回復する ユニーク・アイテム
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ルイズの目が見開かれる。そして、顔が歓喜に歪む。
これらは、ルイズにだって使えるアイテムである。それがどういう薬であるか解れば、誰にでも、赤ちゃんにだって使えるものである。
―――しかもあっというまに怪我を治すなんて!! ハルケギニアに存在するあらゆる水の秘薬なんかより、数十倍強力なものだ。
わあ、精神力を回復するなんて!! そんな薬、見たことも聴いたこともない。
ルイズ・フランソワーズは歓喜に体中を震わせる。
魔法の実技が出来ない分、座学においては努力を怠らなかったがゆえ、ルイズはこれらアイテムの素晴らしさが解る。
なによりルイズを喜ばせたのは、次の事実である。
これらの異世界のアイテムについての情報が、使用方法から製造方法まで、全て頭の中に入ってくる!!
(……なによ、これ!!)
ルイズを一番驚かせたのは、最後の一品。
黄金の霊薬。
効果に見合っただけのたくさんの手間と高価な材料を必要とするが、他のはハルケギニアの技術である程度量産が可能なことまでわかる。
「わ、わぁーお」
ルイズはまず控えめに感嘆の声をもらしてみる。これらのポーション製作の技術は、病気の姉カトレアの治療に役立つのだろうか?
「や…やったぁあ」
もちろん役立つ、必ず役立つのである。不治の病を患った愛する姉の命を、間違いなく、この薬さえあれば助けることができるだろう。
それだけではない、アカデミーに勤める長姉エレオノールに恥じぬ偉業を残せる!!
秘薬調合のプロになれば、国にも貢献できるし、裏で暗躍すればお小遣いに困ることもなくなるだろう。
ルイズは魔法を使えなくとも、役立たずのゼロでは無くなるのである。
「やったああ、やったぁわ!! キャアアやったやったやった!! すごいわすごいわ!!」
ルイズは足の先から頭のてっぺんまで溢れる喜びに突き動かされ、赤い小瓶をもって物置小屋を飛び出し、二つの月に照らされた学校の裏庭を、一人で走り回った。
「ウフフフフ、天使さまありがとう、司教さまありがとう!! ウフフフ」
存在の偉大なる環(Great Circle Of Being)を覗き見たルイズである、世界すべてが調和をとり、美しく輝いて見える。
それが、ルイズの喜びにさらなる彩りをそえた。
ルイズはスキップで学院の塔と壁の間を三回往復し、真っ赤な液体の入った小瓶を月の光にかざしすかしてみて、と思ったらその小瓶を胸に抱きしめ、危ない笑い声をもらしながら、花壇の上をゴロゴロと転げ回り、オケラやナメクジやダンゴムシを指先でつんつんとつついて、生涯最高の喜びの時を分かち合った。
「ウフフ天使さまウフフあははははウフフ」
――家政婦は見てしまった。
暗い目をした、赤い小瓶を抱えた白髪の少女が危ない笑いをしながら花壇を転げまわっている光景を。
「まあ大変……ミス・ヴァリエールが、取り返しのつかないことに……」
ルイズ・フランソワーズに食べ損ねの晩御飯を持ってきたメイドのシエスタは、血の気の引いた顔でその光景をただ見ていることしかできなかった。
////
ルイズに対し妙に怯えた表情を見せ、ぶるぶると震えるメイドのシエスタに怪訝な視線を向けつつも、喜びという名のスパイスで生涯で一番美味しいと感じた晩御飯を食べた後、ルイズはとてもとても上機嫌だった。
「ウフフフ、ウフフフ、メイドさん、あなたのお名前はなんていうの?」
「ヒッ!! …し、しししシエスタです」
「ありがとう、何かあったらまたあなたに頼むことにするわ、よろしくね」
目の焦点の合っていないルイズに微笑みかけられて、シエスタは恐怖に腰を抜かし、悲鳴を上げた。
「ヒイイイっ、いやああ!!」
メイドの内心は、『目をつけられてしまった』という後悔でいっぱいだ。
「……ちょっと何よ、私があなたに何かしたわけ?」
「いえいえいえ、ははははい、わわわわたしなんかでよければいつでも」
シエスタが涙目で逃げるように帰ったあと、ルイズは50メイルほど離れた『お隣さん』の掘っ立て小屋を訪ねる。
窓から漏れる光でコルベールの在室を確かめてから、扉をノックする。
「おやミス・ヴァリエール、どうしたのかねこんな夜中に」
「ミスタ・コルベール、素晴らしいものをお見せしますわ、ちょっと外に出てきてください」
「何!? あれらのマジック・アイテムの効果が解ったのかね?」
「そんなようなものですわ」
興味津々と言った様子で、目を輝かせ、コルベールはルイズの後についてくる。
「ではミスタ、ちょっとそこに立っててください」
「ああ、何をするのかな? 楽しみでしょうがない」
ニコニコと笑うコルベールから十歩ほど離れ、ルイズはコホンと咳払いをしてから、杖を構える。
「失礼しますわミスタ、そして先に謝ります…ごめんなさい………」
数秒の沈黙。
「『錬金』!!!」
―――ドカーン!!!
「ぐわっ!!
派手な音をたてる失敗魔法の爆発の直撃を受け、コルベールは吹き飛ばされた。
「な、な、なんてことをするんだ!! あ痛たたたた……」
「さあコレを飲んでください、今すぐ飲んでくださいミスタ・コルベール!!!」
「は、はい」
気絶から復帰したコルベールは、差し出された小瓶、赤い飲み物を急かされるままに嚥下する。
「どうですかミスタ?」
「お…おおお? おおおお!!!」
見ると、どこにも怪我はない。
コルベールのキズはまたたくまに治ったのであった。その治りの速さ、水の秘薬どころではない。
それは何千年もの間、無限にわき出る大量の魑魅魍魎どもと戦いつづけてきた世界の薬である、その威力は半端ではない。
「素晴らしいっ!! ミス・ヴァリエール、信じられん、素晴らしいっ!! 今のは何なのだね!? 水魔法かね!?」
抑えきれない感動にあふれつつ、コルベールが興奮気味にルイズへと尋ねた。ルイズは待っていましたとばかりに、にやりと笑う。
「あの遺体が所持していたヒーリング・ポーションですわ、水系統の魔法は一切関係ありません」
「そんな貴重なものを私に、こんな簡単に使ってよいのかね!? ……い、いや、まさか」
そこで言葉につまったコルベール。ひとつの推測に、表情は歓喜の色を湛えている。
「……まさか製法が解るのかね?」
「解る、解るのですミスタ・コルベール!!」
ルイズは誇らしげに小瓶をかかげ、宣言した。
「おお、何たることか、この技術はトリステインに革命を齎すにちがいない!! 早速アカデミーに報告を…」
「それは駄目です!! 絶対にいけません!!」
間髪いれずに却下するルイズに、コルベールはキョトンとする。
「これは東方の秘術で、この世界に簡単に広めて良いものではありません。
これは異教徒の技であり、見つかったらわたしは法王庁に異端として処罰されかねません! ミスタは自分の教え子がそんなことになってよいのですか?」
「む、それは……」
ルイズはちっちっと指を振り、誰もが思わず魅入られるような微笑みを浮かべ、話を続ける。
「たった今お見せしましたのはミスタ・コルベール、あなたにだけ特別、あなたを優れた研究者として見込んで信用したからなのです」
「…私だけ特別ですと? 私が特別……私は特別やはり特別!?」
「そうです。この技術はここよりはるかに命の価値の低い地で生まれたもの。 いたずらに広めることが何を引き起こすのか、あなたになら解っていただけると思いましたの」
「ふむ…命の価値、か…」
コルベールには多少、生命というものに関して思うところがあるようだ。
ルイズはコルベールの過去を知らない。だが、彼を勧誘することは間違っていないと確信している。
「このポーションを作るためには火と錬金の技能が必要なのです、どうか私と取引してください。 あなたにこのポーションを量産するための材料を、錬金で作って欲しいのです。是非東方の秘術を共有しましょう!! もちろんミスタには必要に応じて、これらのポーションを使って頂いてもかまいませんし」
このときコルベールには、目の前のルイズがまるで悪魔の誘惑をしているかのように見えていた。
コルベールの目と眼鏡とアタマのてっぺんが、月の光を浴びてキラリと光った。
「ふむ……一つだけ条件をつけてもらってよいかな?」
「何でしょう、ミスタ」
「私は研究者だ…人類の役にたつ知識への探求を至上としよう。ポーションだけでなく、どうか私にも君の所持するあの遺体に関するマジックアイテムを研究させてもらいたい、どうせ異教徒の技を研究するのなら、一蓮托生です、杖にかけて、他の人には絶対に秘密にしよう。君ならあれらの効果は解っているのでしょう? ミス・ヴァリエール」
ルイズにとっては、もちろん受け入れられる条件であった。
だが、ルイズの視点からも、このときの逆光で顔の隠れたコルベールはどこか悪魔じみて見えていた。
「……いいでしょう、でもどうして私があれらの効果を知ると?」
「君の額のそのルーンだよ、珍しいと思って調べてみたのだが」
「これは何のルーンなのですか、通常の使い魔のルーンとは違うようですが」
「ミョズニトニルン、神の頭脳で神の本。あらゆるマジックアイテムを使いこなす、始祖ブリミルの使い魔ですよ」
「え」
「では、ミス・ヴァリエール、コンゴトモヨロシク……」
かたく手を握り合う二人。
ハルケギニア随一のマッド・サイエンティストと、伝説の《神の頭脳》との秘密結社が、いまここに誕生した。
後に世界一の製薬企業へと成長する『V&C(ヴァリエール&コルベール)』ブランド、その起源である。
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ルイズがコルベールと別れ自分の小屋へ戻ってくるころには、もう真夜中だった。
ルイズは相変わらず上機嫌だった。ヒーリング・ポーションが量産されれば誰がどんな怪我をしたってヘッチャラだ。
マナ・ポーションが量産されればどんなに魔法を使いまくっても、すぐ精神力を回復できる。
そしてゴールデン・エリクサーを複製できたら……ちい姉さまの病気を治して……
もちろんみだりに他人に見せるつもりはないが、どれほどに素晴らしいことか。
満足しているルイズであるが、真のよろこびはこの後にやって来るのだ。
「ただいま!! よろしく私の素敵な新しいおうち!!」
ルイズが扉を開けると、部屋のすみに見慣れないものを発見した。
宝箱……見たことも無い大きなチェストが鎮座している。ルイズは恐る恐る、それに触れてみた。
「何……これ?」
果たして、情報が頭脳へと流れ込んでくる。
- - -
ルイズの宝箱(Louise's Private Stash)
マジックアイテム
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールのみがこれを使用できる
中に金、アイテムを保管する・金、アイテムは状態変化なく保存される
ルイズ以外の人物は、このチェストを開くことができない
ルイズ以外の人物は、このチェストの中身を覗きみることができない
ルイズ以外の人物は、このチェストからアイテムを取り出すことができない
サンクチュアリでは全ての冒険者がスタッシュを所持しており、ベースキャンプごとのアイテムの持ち運びに使っている。
大天使ティラエルによってハルケギニアに送り込まれた
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「わあっ!!」
それはティラエルからの贈り物だった。
箱の中を覗いて、さらに驚いた。
四冊の本
一本の杖
一個の指輪
そして、寄木細工のような不思議な正方形の箱。ルイズはそれに手を触れる。
- - -
ホラドリムのキューブ(Horadric Cube)
マジックアイテム
闇を打ち払うために結成された古の魔術結社『ホラドリム』の開発した、魔法のキューブ
一定のルールに従って、さまざまなアイテムを合成したり、クラフトアイテムを作成したりすることができる
ときに異次元へと到るポータルを開くカギとなる
サンクチュアリでは全ての冒険者が所持しており、アイテムの合成その他に使っている
使用法、用途ならびに基本合成レシピ、ルール……(略
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「はあ……天使さまったら、まあご親切ですこと!!」
感動のため息がひとつ宙にとける。
ルイズの認識は間違いではない。ティラエルは事実おせっかい焼きで苦労人の大天使なのである。
ルイズは苦笑したが、本を取り出してパラパラと捲ってみて、顔色が変わった。
そういえばルイズの望みは三つ。『魔法が使いたい』『使い魔が欲しい』『誇り高くありたい』
本は、ラズマのネクロマンサーの秘術を記したものだった。
ハルケギニアの文字ではなく、ラズマの古代文字で書いてあるが、ルイズには読める。
これで勉強すれば、魔法が使えるようになるかもしれない!!ルイズの双眸から、喜びの涙があふれる。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
ルイズは本を抱きしめ、わあわあわあんと泣いた。近くの森のふくろうが、ほう、と鳴いた。
ルイズは決意をますます硬くする。
天使さまと司教さまにここまで恩を受けたからには、あだで返してはならない。絶対に誓いを守ろう。
残る一つの望み『誇りたかくあること』、そのために最大限の努力をしよう。
ヴァリエールの名に恥じない貴族になろう。
「おやすみなさい司教さま」
その夜、ルイズは棺桶に寄り添って、毛布をかぶって床に寝た。
死体への恐怖は、すでに欠片も残っていなかった。
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