<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

ゼロ魔SS投稿掲示板


[広告]


No.12668の一覧
[0] ゼロの死人占い師(ゼロの使い魔×DiabloⅡ)[歯科猫](2011/11/22 22:15)
[1] その1:プロローグ[歯科猫](2009/11/15 18:46)
[2] その2[歯科猫](2009/11/15 18:45)
[3] その3[歯科猫](2009/12/25 16:12)
[4] その4[歯科猫](2009/10/13 21:20)
[5] その5:最初のクエスト(前編)[歯科猫](2009/10/15 19:03)
[6] その6:最初のクエスト(後編)[歯科猫](2011/11/22 22:13)
[7] その7:ラン・フーケ・ラン[歯科猫](2009/10/18 16:13)
[8] その8:美しい、まぶしい[歯科猫](2009/10/19 14:51)
[9] その9:さよならシエスタ[歯科猫](2009/10/22 13:29)
[10] その10:ホラー映画のお約束[歯科猫](2009/10/31 01:54)
[11] その11:いい日旅立ち[歯科猫](2009/10/31 15:40)
[12] その12:胸いっぱいに夢を[歯科猫](2009/11/15 18:49)
[13] その13:明日へと橋をかけよう[歯科猫](2010/05/27 23:04)
[14] その14:戦いのうた[歯科猫](2010/03/30 14:38)
[15] その15:この景色の中をずっと[歯科猫](2009/11/09 18:05)
[16] その16:きっと半分はやさしさで[歯科猫](2009/11/15 18:50)
[17] その17:雨、あがる[歯科猫](2009/11/17 23:07)
[18] その18:炎の食材(前編)[歯科猫](2009/11/24 17:56)
[19] その19:炎の食材(後編)[歯科猫](2010/03/30 14:37)
[20] その20:ルイズ・イン・ナイトメア[歯科猫](2010/01/17 19:30)
[21] その21:冒険してみたい年頃[歯科猫](2010/05/14 16:47)
[22] その22:ハートに火をつけて(前編)[歯科猫](2010/07/12 19:54)
[23] その23:ハートに火をつけて(中編)[歯科猫](2010/08/05 01:54)
[24] その24:ハートに火をつけて(後編)[歯科猫](2010/07/17 20:41)
[25] その25:星空に、君と[歯科猫](2010/07/22 14:18)
[26] その26:ザ・フリーダム・トゥ・ゴー・ホーム[歯科猫](2010/08/05 16:10)
[27] その27:炎、あなたがここにいてほしい[歯科猫](2010/08/05 14:56)
[28] その28:君の笑顔に、花束を[歯科猫](2010/11/05 17:30)
[29] その29:ないしょのお話オンパレード[歯科猫](2010/11/05 17:28)
[30] その30:そんなところもチャーミング[歯科猫](2011/01/31 23:55)
[31] その31:忘れないからね[歯科猫](2011/02/02 20:30)
[32] その32:サマー・マッドネス[歯科猫](2011/04/22 18:49)
[33] その33:ルイズの人形遊戯[歯科猫](2011/05/21 19:37)
[34] その34:つぐみのこころ[歯科猫](2011/06/25 16:18)
[35] その35:青の時代[歯科猫](2011/07/28 14:47)
[36] その36:子犬のしっぽ的な何か[歯科猫](2011/11/24 17:52)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[12668] その16:きっと半分はやさしさで
Name: 歯科猫◆93b518d2 ID:b582cd8c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/11/15 18:50
//// 16-1:【むぎゅう】

アルビオン王党派の最後の拠点『ニューカッスル城』は、世界中の識者たちの予想以上に、持ちこたえたという。
現在、浮遊大陸は<レコン・キスタ>が占領しており、クロムウェルを皇帝として、神聖アルビオン帝国が樹立されたそうだ。
一方隣国トリステインでは、アンリエッタ王女の婚約が正式に発表されるとともに、ゲルマニアとの軍事同盟が結ばれた。

そのおかげで、神聖アルビオン帝国と小国トリステインの間には、相互不可侵条約が結ばれた。
こうして今までトリステインを脅かしていた戦乱の気配は、ここに一時の終わりを見せたのである。

結婚式を一ヵ月後にひかえ、それが政略結婚とはいえ王都トリスタニアの街は、なかばお祭りモードに入っている。
どんなきっかけであれ、国の安全が高まるのは、民にとっては良いことなのだろう。貴族も平民も、誰もが王女に感謝していた。
王女を敬愛する国民たちは、夜空の星にきゅいきゅいと微笑むアンリエッタ王女の姿を、「無茶しやがって……」と敬礼しながら涙と共に見あげているという。

さて、ルイズたちの住むトリステイン魔法学院では、いつもと変わらぬ日常が繰り返されていた―――

「ただいま、司教さま、ただいま、デルフリンガー」
「しくしくしく……俺っちはもうだめだあ」
「ちょっと、あんまり泣かないでよ……そんなに泣かれたら、これから使いづらくなるじゃない」
「俺っちのこたあ気にしないでくれよう娘っ子、ただ何度やってもこれは慣れねえだけなんだよう……今は放っておいてくれよう……しくしく」

どこかやつれた様子のルイズ・フランソワーズは、授業が終わったあと、自分の住居『幽霊屋敷』へと戻ってきた。
部屋の中に置かれた、大量の青い液体―――マナ・ポーションの満たされた洗濯桶(Mana Shrine)には、ちょっと前にはデルフリンガーだった物体が、漬物のように漬けてある。
こうしてしばらく置いておけば、古い剣の彼は元の姿へと戻ることができるのであるが……どうにも、今の自分の状態があまりに情けないと、泣いていたようだ。
これのせいで、最近学院の生徒たちの間で新しい噂、『ゼロのルイズはコルベールを培養している』というものが流れ出したのだが、関係の無い話である。

「ねえ、あなた……また私の身に危険がせまったときには……そんな風になるのを承知で、私を守ってくれるかしら」
「ああ間違いなく守ってやるよちくしょう、俺っちはあんたのナイトだよちくしょう、そんな自分が誇らしいんだよちくしょう、だがこれだけは慣れねえんだよちくしょう……しくしく」

ルイズはひとつため息をついて、目を閉じて、ありがとう私の騎士、デルフリンガー、と、そっと触れるようなキスをした。
泣き声が止んだのを確認してから、ルイズは自分の住居の地下へと向かう。
地下牢のそばを通り過ぎ、通路を抜ければ、そこはルイズの秘密基地、ポーション研究室である。沢山の機材や、ビーカーやフラスコや試験管が、ずらりと並んでいる。
ルイズは使ってしまった『黄金の霊薬』を、一刻も早く精製しなおさなければならないと、最近は毎日ここに篭って、奮闘している。

ニューカッスルは先日、貴族派の攻撃によって、とうとう陥落したのだという。アンリエッタの愛したあの勇敢な王子も、そこに躯をさらしたことであろう。
ラズマの知る宇宙の理(ことわり)から見ても当然のように、たとえ黄金の霊薬を用いたとしても、ウェールズ王太子の死相が消えることはなかった。
それが霊薬によって修正された死すべき運命、いちばん自然な状態だったのだと、ルイズは悲しみながらも納得している。

本当に悲しいことだ、とは思いつつ、ルイズは安堵を得ていた。戦乱の気配が消え、どこかに潜むあの魔道師<サモナー>も、いまのところ動く気配はないようだ。
さあ今は自分に出来ることをやるしかない、とルイズは気合を入れなおし、手にしたビーカーの液体へと、よく混ざるように慎重に別の液体を注ぎこんだ。

(材料が無くなりそうだわ、またペリカン配達で取り寄せないと……またたっぷりとお金がかかるわね)

アンリエッタ王女からは、一連の任務に対する謝礼として、王女の自由になる範囲で多少ではあるが、資金援助を受けることが出来るようになった。
また、ウェールズ王子のほうからも感謝の印として、ほとんど空っぽのニューカッスル城の宝物庫から、アルビオンでは換金できず軍資金に出来ないものを、いくつも譲ってもらった。
今はそれが、とても心強い。
とはいえ、金も時間も、そして体力も―――小さな少女、ルイズ・フランソワーズには、圧倒的に足りないのであった―――

ひとつ、ラズマ大司教トラン=オウルの躯より借りて使ってしまった霊薬を返却せねばならない。
ふたつ、愛する姉であるカトレアの身を今も蝕み続けている、不治の病の治療を行わねばならない。
みっつ、ガリアの騎士ラックダナンの魂を、永劫の呪縛より解き放たなければならない。
よっつ、タバサの母親―――薬によって心を壊された、オルレアン公夫人を救わなければならない。

先日、ルイズはキュルケとともに、ラグドリアン湖のガリア側、タバサの実家を訪問した。
ルイズはそこで、あらたな霊薬の精製を、大切な友人であるタバサから依頼された―――

ルイズは、タバサの母親の症状を見せられて、断ることができなかった。
彼女はガリア王宮の陰謀から幼いタバサを守るために、心を壊す毒を盛られた料理を、食べたのだという。
これまで試されたどんな薬も、効果は無かったという。ルイズがニューカッスルで王子に与えたあの霊薬だけが、ようやく見つけた、ただひとつの希望なのだそうだ。
ルイズの大切な友人であるタバサは、どんなことでもするから、なんでもするから、わたしのすべてを差し出してもいいから助けてほしい、とルイズに願った。
彼女は今まで皆に秘密にしていたこと、ずっと自分ひとりの心に氷で閉じ込めたようにして秘めていた辛い事情を、ルイズへと語ったのだ。

だが、もうルイズは魔王の写し身の降臨を防ぐために、司教より借りた『黄金の霊薬』を使ってしまっていた後だった。
そんなルイズにとって、タバサの事情は、心のシーソーの片一方へと勢いをつけて飛び乗られたように、非常に重たいものとして響いた。
それ以来、再び周りが見えなくなってしまったようにだんだんと余裕の無くなっていったルイズは―――今日もフラスコにかじり付かんばかりに、霊薬の精製へと取り組み続けている。

さて―――

莫大な資金と手間をつぎ込んだ、世にも貴重な、『黄金の霊薬』―――ようやくひとつは、あと数日ほどで完成のめどが立っている。
それをルイズは、ただちに司教へと返さなければならないと考えている。
そして、完成したらまたすぐに使ってしまいたいと思う自分の心を嫌悪し、その誘惑に必死で抗っている。
もし今後二度や三度も司教より借りて使ってしまうようなことがあれば―――ただでさえ小さく薄い胸のうちがわのルイズの誇りは、完全に押しつぶされてしまうことだろう。

(―――そうなったら……きっとえぐれちゃうわ! それだけはダメ!)

ルイズはひとり、背筋を凍りつかせ、せっせと調合に励む―――想像する内容がどこかズレているようなのは、きっと余裕のなさの現われにちがいない。

そして、永劫の呪いに縛られた騎士ラックダナンの身のことについては―――彼はいつまでも待つと言ってくれていた。
彼は<存在の偉大なる円環>における自然な生命の流転から外れてしまった者の、典型だ。ラズマの聖職者としてのルイズは、彼のようなものこそを救わねばならない。
非常に心苦しいが、それでも今のルイズは彼に甘えるほかない。

(ラックダナン卿……カンデュラスの誇り高きロイヤルガード、英雄のなかの英雄……騎士様……どうか、今しばらく、お待ち下さい)

アルビオンにて教師コルベールとギトーが遭遇し、ルイズ自身も城の窓から見た『ガンダールヴ』と呼ばれていた黒い甲冑の騎士は、あの特徴的な格好から、彼に間違いない。
どうしてガリアの騎士があの場にいて、貴族派陣営にて剣を振るっていたのか―――ルイズには想像もつかないほどに複雑な事情が、あるのだろう。
いつかトリステインの者や友人、自分自身が敵として彼と戦いの場で出会わないことを、ルイズはただ祈るほかない。

姉カトレアの身のことについては、ルイズは長姉エレオノールと手紙をやりとりしており、近いうちにマイナー版の試作品を、実家へと持っていく予定であった。
エレオノールは、たいそう喜んでいた―――だがルイズはそれも、アンリエッタのために使ってしまっていた。激怒する魔王ディアブロのような姉の顔が、目に浮かぶようだ。
もう、ルイズはひどい悲しみに襲われ、ふたたび襲いくるであろう強大なる姉の影におびえ、だんだんと憔悴しつつある。

「ちい姉さまを治さなきゃ……そして次はタバサのお母さまを治すのよ―――っていったい、いつになるのよぅ……」

というわけで、いまやルイズは、なかば地下(アンダーグラウンド)の住人のようになっていた。
睡眠時間も削り、スタミナ・ポーション(ねむらなくてもつかれないくすり)を一日に何本も何本も、ぐびぐびあはは、えへらえへら、とキメて―――いや、飲んでいる。
地上でも授業中以外はいつもかちゃかちゃと、彼女は宝石の破片と液体の封じられたいくつもの小瓶を放り込んだホラドリック・キューブを、片時も離さない。
はてさて、ひとりの人間がその小さな肩にひとりで背負えることの大きさは、往々にしてたかが知れているものだ。

「……ぅう」

こんなに頑張ったのは、出来なかった魔法の練習をしていたとき、苦手だった編み物の特訓をしていたとき、惚れ薬の解除薬を作ったとき―――
そんなことを考えながら、平民が一年は暮らせるであろう値段のする材料を煮詰めていたとき、彼女は不意に眩暈を覚えた。
栄養もちゃんと取らず、睡眠も削り、圧し掛かる重圧に心を苦しめつづけていた少女は、とうとう力尽きて、へなへなと倒れ込んでしまった。

かしゃん―――

手のぶつかった空のビーカーが、板の敷かれた床のうえに破片を撒き散らした。その破片の上に、ルイズは右手を突いた。痛っ―――

(あれ、どうしよう、立てないわ……)

過労だろうか。
目の前が暗くなり、気づいたときには天井が見えていた。
いけない、貴重な薬の材料が―――と上体を起こすが、足に力が入らない。右手を破片で切ったらしく、たらたらと血が流れている。
棚から回復ポーション(Health Potion)を取らないと……と思い、ルイズは左手で『イロのたいまつ』を力なく握る。

『召喚(summon)―――ブラッド・ゴーレム(Blood Golem)……』

ここはせっかく作った地下室、床や壁から土を取るのは、あまりいただけない。金属製の道具も今は身につけていない。もちろん、周囲には死体も存在しない。
なのでルイズは、いちばん身近なところにあるもの―――自分の血液から、ソレを召喚した。
とつぜん血だまりから、もりもりと血管のようなものが伸び、筋繊維が伸び、ぐにょぐにょと固まる―――やがてソレはずんぐりとした体型の、肉と血管むき出しのヒトガタをとる―――
ラズマ秘術、『土』の上位、『鉄』の下位に位置する、『血』のゴーレムである。

「ゴーレムちゃん……助けへぇえぅ……」

力の抜けた声で、ルイズは自分の呼び出した外見のあまりよろしくない血肉のゴーレムへと、指示を出した―――回復ポーションを取って、鍋をかきまぜてちょうだい。
ゴーレムは忠実に、鍋をかきまぜながら回復ポーションを取ってきて主へと手渡そうとし―――使役者の焦る気持ちを忠実に反映して、それらを同時にやろうとしたので、当然のように、失敗した。

かしゃん、すとん、ころころぱしゃん―――

「へぐう……」

ルイズは受け取りそこね、落下してフタの外れた小瓶から散った赤い液体が、トリステイン魔法学院の制服とマントの布地に染み渡っていった。
鍋はひっくりかえってしまい、もう台無しだ。非常に残念なことだが、あきらめるほかない。
もともとゴーレムは、こういった細かい作業には向かないものである。疲れ果て制御も甘くなっているルイズに、上手く扱えようはずもない。
自分の体力の限界を省みなかったことを、ここにきてルイズは、深く深く反省していた。ああ失敗しちゃったわ、いったい何やってるんだろう私―――

(あっ……上に誰か……来たみたいね……この合図、タバサだわ……)

玄関から地下へと通してある紐が引っ張られたようで、呼び出しのベルがちりちりと鳴った。

ルイズは正直助かった、と思った。地上の『幽霊屋敷』には、先日作った、体力精神力状態異常を回復する上級の紫色回復ポーション(Rejuvenation Potion)が置いてある。
タバサにあれを薬棚から取ってもらって飲めば、この体調不良も収まることだろう、とルイズは、ぼんやりとした思考のなかで考えた。
ルイズはブラッド・ゴーレムに火の始末をさせてから、その肉もむき出しの腕に自分の身体を抱えさせて、石の敷き詰められた階段を上がっていった。

そしてルイズは―――ゴーレムに指示を出し、タバサを招き入れるべく、玄関のドアを、開けてもらった。
そこには、最近あまり外へと出てこないルイズを心配してやってきたのであろうタバサと―――シエスタが、立っていた。


さて、ここでいったん、現在の状況を整理してみよう―――

ルイズは真っ青な顔をして、ぐったりとしている。
ルイズの制服は、血のように赤いポーションで染まっている。
ルイズは、ブラッド・ゴーレムに、抱えられている。
ブラッド・ゴーレムは、むき出しの血管と皮膚の無い筋肉がぴくぴくと動く、非常にアレな外見をしている。
やってきたのは、雪風のタバサ、シエスタ、である。
彼女たちは、ルイズがこのようなゴーレムを召喚し使役できることを、知らない―――

ああ、いったい―――どうなってしまうのか!!


タバサ が あらわれた!
シエスタ が あらわれた!

シエスタ は にげだした!
タバサ は おどろき とまどっている!

ブラッド・ゴーレム は ようすをみている―――

雪風のタバサは、幽霊を苦手とするが、それでもなお多くの戦いを経験してきた、ガリアの騎士である。
髪の色と同じくらい真っ青な表情になり、腰を抜かしそうになっていたのだが……彼女は勇気を出してこらえ―――大切な友人を魔の手から守ろうと、呪文を唱えた。
誰かを守りたいという強い想いは、ときに精神力の最大値を、魔法の威力を、高みへと押し上げるという―――

タバサ は ジャベリン を となえた!
ブラッド・ゴーレム に 149 の ダメージ!

さて、ラズマ秘術によって召喚された『ブラッド・ゴーレム』は、術者とその生命力をなかば共有している存在である。
このゴーレムは、太い腕の先についた短い触手のような器官から敵の生命力を吸い取って、術者へと還元する能力を持つ。
その代わり―――このゴーレムの受けたダメージは、術者にもいくぶんかフィードバックされるのである。
ルイズは、げふっ、と吐血した。杖をころりんと取り落とし、青白かった顔色はますます白く、表情がだんだんと力なく、ふにゃふにゃと緩んでいった。

一方、ブラッド・ゴーレムは、傷口から血と体液をだらだらながしながらも、主の撤退の意思を受けとり、主をかかえたまま逃げ出そうとした。
ルイズの喉は血にあふれ、突如始まった戦闘をとめようにも、声をだせない。その表情は緩みきってもはや虚ろなものとなり、彼岸への道を渡りつつあるようだ。
このままでは、ルイズがさらわれてしまう! と、タバサは震える足を踏ん張って、追撃する。

『エア・スピアー』

がはっ、ルイズはふたたび吐血した。このときルイズにはもう、<存在の偉大なる輪>をめぐる大いなる生命の旅の、次の行き先がちらちらと見えてきていた。
<チキュウ>とかいう魔法の無い世界―――へえ、わたし、来世でもういちど女の子をやれるのね―――

(……ああ、川の向こうで、ワルドさまが手を振ってるのが見えるわ―――)

ルイズの表情は緩みきり、他人から見れば、どこか微笑んでいるようにも見えることであろう。
逃げたはずのシエスタが、途中で遭遇したらしいキュルケを引っ張って戻ってきた。キュルケはファイアーボールを唱えた。
キュルケの火球もブラッド・ゴーレムへと着弾し、ゴーレムはルイズを落として、じゅうじゅうと肉の焼ける匂いを漂わせつつ、血しぶきを撒き散らす。

『ウィンディ・アイシクル―――』

そして、タバサのとどめの魔法が直撃し、ゴーレムは砕け散った。
ルイズの体中の骨が、べしべしといやな音を立てた。

ルイズの小さく細くやつれた体は、ほよほよと地面を転がって、仰向けにぺたりとはんぺんのように倒れた。タバサとキュルケ、シエスタが慌てて駆け寄ってきた。
残った体力をふりしぼり、ルイズは激痛に耐え、震える手を必死にうごかした。
やっとのことで、胸の前に、手を組んだ。そして、無念の涙を流しながら、祈りをささげる。

まだ司教さまのご遺体をお返しできてないのに……本当に申し訳ありません……でも、ここまでか……ざんねんむねん不覚のいたり……
ルイズ・フランソワーズは、生と死との平面にたつものとして、そっと静かに安らかに―――自らの短かく目的も果たせなかった十六年間の人生の終わりを、受け入れようとしていた。

(そうか―――死ぬって、こんなことだったんだ……さよなら、みんな、ありがとう……ごめんなさい、ちい姉さま、騎士さま、タバサ、司教さま、天使さま……)

次の行き先も魅力的だけど……やっぱり私は地獄に堕ちるか、それとも『タマちゃん』みたいに、ボーン・スピリットになって、ラズマの皆の役にたたないと―――
ああ、無念……なんということか、遺体を返却できなかったことの、申し訳がたたない―――
司教の遺体を永遠に失ったラズマの人々は、襲い来る魔の手から自分たちの仲間や家族を守ることだけで精一杯になり、魔王退治どころではなくなる。
自分が約束を果たせず死ぬことで、向こうの世界の時間は再び流れ出すのだろうが、人々は大いなるラズマ秘術の助け無しで、強大なる邪悪に対抗しなければならなくなる。
冒険者たちが魔王どもの軍勢に勝てる確率は、はるかに小さなものとなり、まるであのアルビオン王党派のように、絶望しかない戦いになる。
自分のせいで、運命がゆがみ、たくさんの人が死に、涙を流す―――
ああ、どうしよう、どうしよう―――

ルイズは力の抜けてゆく体と、しだいに薄れてゆく意識のなかで、そんなことを考えていた。
内心はともかく、その力の抜けきった表情だけは、どこか安らかに微笑んでいるようにも見える―――きっといまはこの地の始祖が、彼女の顔を見るものすべてに『あなたはこんな顔で死ねますか?』と問いかけているにちがいない。

(あっ、ワルドさま待って、私も今そっちに……あら、あなたは、私に憑いていた昔の教皇さま……行っちゃダメ? どうしてですか? ……はあ、そっちは違う?)

「ぐふっ」と吐血して、それきりルイズの意識は途切れる。
どうやら裏切りを信じ切れない少女の心の中では、イケメンの婚約者は『勇敢に戦って死んだ』ことになっているらしいが、それはあまり関係のない話である。

タバサが気絶したルイズの青紫色の唇へと自分の唇をぐいっと押し付け、ルイズの喉に詰まった血液を吸い出した。
呼吸を安定させ、そしてルイズの喉の奥へと指を突っ込んで、回復ポーションを無理矢理流し込んだ。そのあとは水の回復スペルを、必死の想いで、ずっと唱えつづけた。
キュルケが慌ててコルベールを呼びに行った。
シエスタはモンモランシーを呼びに行った。

さて、ルイズはタバサの応急処置、皆の治療のおかげで、なんとか一命をとりとめたのであるが―――しばらくのあいだ、寝込むはめになるのであった。



//// 16-2:【冥土のシエスタ】

騒ぎがひと段落したあと、『幽霊屋敷』のベッドで、ルイズはじっと天井を見つめながら横になっている。
口には、体温計をくわえているようだ。

「もう、熱は下がっているようですね、お加減はどうですか」
「……んー、何ていえばいいのかしら、痛みはもうないけれど、なんだかとても重たいわ、水の中にいるみたい」

身の回りの世話をしてくれているメイドのシエスタに、ルイズはそう答える。
紫色のポーションを飲んで、痛みは消え楽にはなったのだが……連日の過労と先ほどの事件で、気力体力がかなり低下してしまっていたようで、身体に力が入らない。
スタミナ・ポーションの乱用と連日の無茶が、ずいぶんと少女の身体にダメージを貯めこんでしまっていたらしい。

「シエスタ、ドアの外のサラマンダーちゃんにも、晩御飯をあげてちょうだい」
「かしこまりました、ミス・ヴァリエール」

まだいくつかストックのある紫色の上級回復ポーションは、試作マイナー霊薬の代わりに、そろそろ来るであろうエレオノールに、カトレアへと持っていってもらうことにした。
根治までには到底至らぬであろうが、症状が悪化したときに多少持ち直すくらいなら、今回瀕死だった自分の身で試してみた感覚からは、あれでも可能のように思える。
霊薬が出来るまで、姉にはしばらくのところ、それで繋いでもらうほかない。エレオノールにも、納得してもらわなければならない。
ルイズは反省とともに、霊薬精製を中断して、薬にあまり頼り過ぎてこれ以上身体に負担をかけないように、元のバランスに戻るまで、自然な方法で身体を休めることに専念している。

ルイズは、あの外観のお世辞にも良いとは言えない『ブラッド・ゴーレム』が敵や魔物ではなかったことを、とうとうタバサに伝えることができなかった。
精神力を限界以上に振り絞ってルイズを治癒し、『友達を助けることが出来た』と心底安堵して気絶してしまった彼女に、いったいどんな顔をして真実を告げよというのだろうか!
それはルイズと、あとでルイズより事情を聞いたキュルケ―――たった二人だけの、秘密だ。

キュルケは抵抗できないルイズの頬を何度かつついたあと、苦笑いをうかべながら、疲れ果てたタバサを引っ張って、さきほど寮へと帰っていった。
タバサは「弱ったルイズがまた襲われるかもしれない、わたしが守る」と残りたがっていた。
だが、彼女はキュルケによる「フレイムをルイズの護衛に置くから、あなたは休みなさい」という説得に折れ、やがて半分は無念そうな、もう半分は安堵の表情をして帰宅したのである。
薄暗い夜の『幽霊屋敷』は、どうやらあの冷静な雪風のメイジにとっては、まだまだ想像するだけで怖くてたまらない場所らしい。

夕方には、コルベールが、モンモランシーとギーシュが、それぞれルイズを見舞いに来た。
アンリエッタ王女も<ウェイポイント>を使って自室より転移してきて、幼馴染の惨状に驚いたあと、過労だという事情をモンモランシーから聞いて、顔をしかめた。
王女には、前回遊びに来たときにルイズに「無理をしないで」と言って、ルイズが大丈夫です、と答えた記憶があったからだ。

「わたしのおともだちルイズ、ゆっくり休んで、どうか元気になってくださいね」と怖い顔で言った。

かくして、王女主催の裁判で、ルイズ・フランソワーズ(16)トリステイン在住、自称占い師:前科15犯(王女拉致監禁その他余罪多数)は『何が何でも休むの刑』に処されたのだ。
このたび執行猶予がつかずめでたく前科16犯となったルイズは、大いに反省しながらも、大人しく脱力の刑へと服している。

さて―――

本日はメイドのシエスタが、青い顔をしながらも『幽霊屋敷』に泊り込んで、ろくに動けないルイズの世話をしてくれている。

「……お風呂に入りたいわ」
「寝汗が気になるのですか? では、体をお拭きいたしましょうか、ミス・ヴァリエール」

タコのようにふにゃふにゃと……いや、髪も肌も白いのでイカのようにかもしれない―――顔と身体全体を脱力させているルイズへと、シエスタが答えた。
すぐそばの棺おけの中には死体があり、部屋の隅では青い液体に浸かった謎の物体がときおりしくしくと泣いているこの部屋で、メイドはひどく居心地が悪そうだ。
天井裏を何かが走り回るたびに、びくびくと怯え、ときどき両手でフライパンをぎゅっと握り締めている。
もう今すぐにでも、出現した『何者か』に向けてガツンとやりそうだ。ルイズはただ、アンリエッタ王女が飛び出してきてゲッチュされないことを祈るほかない。

「体中がむくんでるから、あったかいお湯にゆっくりと浸かりたいのよ……待ってて、今起きるから」

身体を起こそうとしたルイズは、とてもふらふらとしていた。慌ててシエスタが支え、肩を貸してやった。

「ねえシエスタ……あなたもたまには、貴族用の浴場に入ってみたいと思わないかしら?」
「えっ、平民の私が、貴族さまの浴場などに……」
「いいじゃない、私の付き添いってことにしておけばいいわ」

二人は風呂の用意をし、『幽霊屋敷』を出て、学院の浴場へと向かう。
数歩歩いてへばったふにゃふにゃルイズを、とうとうシエスタが背負うはめになった。謝るルイズにシエスタは、「田舎育ちなので、力には自信があるんです」と健気に返した。
このときから『ゼロのルイズは平民のメイドを乗騎としている』という噂が生徒たちの間で流れることになったが、関係の無い話である。
やがて浴場へと到着し、ひいと息を呑んで逃げる先客たちを気にせず、すぽぽんと二人でまっぱだか。
シエスタに手伝ってもらって、ルイズは薫り高き湯船へと浸かる。素肌に当たる柔らかすぎる感触に、ルイズは悔しがる。

(シエスタ…………このメイドっ……やっぱり着やせっ……大きいわっ……!!)
(まあ、ミス・ヴァリエール……あばらが浮いて……きっと人間の新鮮な肉や血がなかなか手に入らず、苦労しているのですね……)

と、ゼロのルイズが来たとたんほぼ貸切となった風呂を、ゆっくりと堪能する白と黒の二人であった。
念願の暖かいお湯につかりにこにこと微笑むルイズと、普通平民は入れない貴族の風呂に緊張しつつもわくわくを隠せないシエスタである。

(このでかいのを爆破したら……どのくらいの威力が出るのかしら……)
(ひっ……今、何か背筋に寒気が……!!)

ルイズにとって、シエスタの胸には、さぞやたくさんの夢や希望が詰まっているように見えたに違いない。
ぎりぎり歯をならそうにも身体全体にほとんど力の入らないルイズは、黙ってシエスタに、細い身体を隅々まできれいきれいにつるつるりん、と洗ってもらったという。

さて―――

おどろおどろしい雰囲気、夜の『幽霊屋敷』に、ベッドはひとつしかない。
ここに自分から泊まりにくるような奇特な生きた人間は、あの国家の一大事、惚れ薬解除薬作成プロジェクトのとき以外は、今まで誰一人として居なかったからだ。
ベッドの代わりに棺おけなら石製も木製も沢山あるので、ルイズが「使う?」と聞いたところ、シエスタはただ黙ったまま、その死んだような目からひとすじの涙を流したという。

よよよ……

(あっ……また怖がらせちゃったわ、いけないいけない)

シエスタに優しい(を心がけている)ルイズは、健気に世話をしてくれている彼女に、それなら自分のベッドを使わせてやろうと考えた。
シエスタの心友モンモランシーも、監禁されていたときに丁寧に世話をしてもらい感謝しているアンリエッタも、この不憫なメイドに気を使うようにと、何度もルイズに注意をしている。
意味も無く怖がらせたり危害を与えたりすれば、またルイズには前科が増えてしまうことであろう。

(新しい棺おけ……ガリアの上質の木材を使ってるから暖かくて、たぶん寝心地もいいと思うんだけど……そう、シエスタにはまだ早いのね)

そんなわけで―――
司教の棺おけに寄り添って床に寝ることに慣れているルイズは、自分は床で良いと言った。当然のようにシエスタが止め、結局、同じベッドで寝ましょうということになった。
たしかに今のふにゃふにゃの自分が床に寝たら、誰かがじゅうたんと勘違いして踏んづけてしまいそうね、とルイズは納得したのだ。
部屋の隅のほうのカーテンのかかった場所で、それぞれの寝巻きに着替えた白髪と黒髪の少女二人は、さあ寝よう、という段階になって―――

「み、ミス・ヴァリエール、私、今日、覚悟してきたんです」
「……へ?」
「ど、どうぞ、私を……」

明かりの消えた、暗い幽霊屋敷―――
黒い髪のメイド、シエスタは、窓のカーテンの隙間から入るほのかな月明かりに、死んだように据わりきった目だけを光らせ―――動けないルイズへと、迫っていた。

「わわ、私は……男のひとと、こ、交際した経験も……無いんです……だから……」
「はあ……何を? えっ……そ、その、シエスタ? ちょっと―――」

シエスタは、するすると上半身の寝巻きをはだけ、滑らかな首筋のラインを、薄明かりのなかに露にしていった。ルイズは驚き、息を呑む。

「汚れては、おりません……きっと、美味しく、いただけるはずです、さあ、どうぞ……その、どうか、できるだけ優しく……」

小さく無防備なルイズ・フランソワーズは、ただ焦るしかない、まな板の鯉だ。
カーテンの隙間からの月明かりが、ぬうっ、と迫りくるはあはあと息も荒いシエスタの影を、怯え震える小鹿のようなルイズへと投げかける。
薄暗がりと静寂のなか、はりつめた空気に、ごくり、とつばを飲む音―――二人の少女しか居ないこの場で、そのどちらが発したものなのかは、解らない。

「ま、待ってシエスタ、あなた何をしようというのよ……お願い……やめて……」

ルイズは思う。やさしくしろとは言われても、普段より自分はこのメイドに、結果はともかく―――出来る限り優しく接しようと、心がけてはいる。
それはいい、とはいえ今この場この状況で、できるだけ優しくすることといえば―――ああ、いったいなにをしろというのだろう!!

「駄目……やめて……シエスタ……」

すわ普段よりさんざん怖がらせられていることに対する、スーパー逆襲タイムが始まったのだろうか。
それとも―――モット伯の一件のせいで男性に絶望し、とうとうそっちの趣味に目覚めてしまったのだろうか。
白髪の少女ルイズ・フランソワーズには、同性とちゅっちゅいやーんするような趣味など無いし、シエスタにも無かったはずだ。圧し掛かる黒髪のメイドが、とても恐ろしい何かに見える。

「そうですか……やっぱり、これじゃ駄目だったんですね……ではっ……道具っ……」

シエスタは、ぶつぶつと何かを呟きながらルイズから身体を離して、寝巻きを着なおした。
そして、立ち上がってスリッパを履き、何かを取りに行った。

「さあ、準備ができました……」

すぐに戻ってきた彼女の、その手には―――ひと振りの、ナイフ。
薄い月明かりを反射して、ぎらぎらと鋭そうに輝くナイフだ。それを震える片手に握りしめ―――シエスタは、静かに笑っていた。ルイズは、背筋が凍った。

「……すみません……死んじゃうかもしれませんが……やっぱりこっちのほうが、良かったのですね……さあ、いきますよ……!」

それはまさに、こう名づけるほかない状況であった……そう、『逆襲のシエスタ』。ああ、いったい何の準備を完了したというのだろう!
そして黒髪のメイドは、心のどこか大事な部分を、はるか遠くに置いてきてしまったような目で、にっこりと儚げに―――

―――洗面器を、ベッドの上に置いた。

「どうか……たっぷりと飲んで、元気になってください!! ……私みたいなしがない村娘の血で、すみませんすみません!」

―――……

……よよよよ、とメイドの泣き笑いの声が、部屋の中に満ちる。

「……ちょ、はあ? ……あのね? ……えーと」
「ミス・モンモランシも、ミス・タバサも、私から見ると雲の上のお方アンリエッタ王女殿下までもが、あなたが元気になることを望んでいて……だから、私は、もう……!!」

シエスタは、ぎゅっと閉じた目に涙をたっぷりと貯めて、上を向いて歯を食いしばり、ぷるぷると震えながら、洗面器の上で、自分の左手首へとナイフをあてがった。
ルイズは目を見開き、口をあんぐりとあけて驚くが……やがて、あんまりにもあんまりすぎる状況にフリーズしていた汗腺が開き、背筋にだらだらと、もうやばいくらいに汗が伝いだした。

(ああ、せっかくお風呂に入ってきれいきれいにつるつるりんしたのにぃ―――)

―――などと考えている場合ではない。

「やめて、シエスタ、私は血なんて飲まないから」
「いいえわかってますからもう私には隠さないでいいんですミス・ヴァリエール、ちょっと待っていてください自分の手首を切るのはかなり勇気がいるんです……!」
「お願いそんなことやめて、意味ないわ、ただ痛いだけよ」
「でも―――私がやらなければ……他の誰が、誰があなたに今すぐ新鮮な血を提供できるのですか!」

もうダメだ。いろんな意味でダメだ。なんとかしなければ。体中から嫌な汗が出る、この混沌のなかではそのうち何か間違って変な汁まで出てくるかもしれない、それもダメだ。
身を呈して自分を元気にしてくれようとする、美しき献身に……いや、もっとたくさんの事情で、涙が出るのを禁じえない。
もうすぐシエスタがメイドから冥土奉公人にジョブチェンジしてしまう。
ああ、このまま放っておけば彼女に―――運命の流れが告げている、ほらもうすぐそこまで、あとちょっとで死相が―――死相がもう出てしまう!
ありありと想像できるではないか―――失血多量で人形のように倒れるシエスタ、そしてベッドで動けずにただ血まみれで震えていることしかできない自分(前科17犯)が―――!!

(どうしよう、5つか6つくらいの意味で、どうしよう―――)

さあ、止めようにも、ルイズは身体に力が入らない。こんなときにタバサが居てくれたら、と思うが居ないものは仕方ない。
このまま目に涙をうかべて、シエスタの冥土行きを、ただ見ていることだけしか出来ないのか―――考えろ、考えるんだ!!

どうする、ルイズ・フランソワーズ―――!!

ルイズは力の入らない身体で、出せる限りの声で、叫んだ。

「―――止めてっ、タマちゃん(Bone Spirit)!!」

ばあーっ、と白い光が、室内に満ちた。それは、ルイズにとって間違いなく、希望の光だった。
頼もしいルイズの使い魔、数多の祈りを受けて純化されたラズマの徒の魂―――骨の精霊が、ルイズの身体のうちより浮かび上がる。
燃え盛る白い髑髏のヒトダマが、今にも手首を切りそうなシエスタへと突撃し―――炸裂する!

バシン―――!!

「はゃわあーーっ!!」

閃光とともに、夜の幽霊屋敷に、不憫なメイドの悲鳴が響き渡った。月夜の森で、フクロウがほう、と鳴いた。

一方、ルイズ・フランソワーズ(前科17犯)は、シエスタからボーン・スピリットを通じてたっぷりと吸い取った生命力のおかげで、そこそこ元気になったそうな。



//// 16-3:【奴が来る!:振り向けば青いあの子】

白髪の少女ルイズは、シエスタの献身のおかげで、翌々日にはもうふにゃふにゃ状態から復帰し、普通に立って歩けるようになったようだ。
毛布に包まれて安置してあったシエスタは、翌朝やってきた第一発見者のタバサによって口に回復ポーションの瓶を突っ込まれ、なんとか復活したのだという。

その日の昼は、授業をさぼったらしいタバサがずっと『幽霊屋敷』で、薬の鍋をかきまぜつつ読書をしていた。
タバサは夕方になって、キュルケの使い魔、サラマンダーのフレイムに何かをじっくりと頼んでいたあと、とぼとぼと帰っていった。

そして、シエスタの代わりに今夜は自分がここに泊ると申し出たのは、モンモランシーだった。
ルイズの友人、金髪のクラスメイトは、夜の怖い怖い『幽霊屋敷』へと果敢にも泊り込み、額に青筋をたてて文句を言いつつも、ルイズの世話をしてくれたのである。
モンモランシーとルイズ、この珍しい二人だけの組み合わせは、夜に同じベッドのなかで、それはそれはたくさんのおしゃべりをしたそうな。

場面は昨夜へと時をさかのぼる―――

暗闇のなか、布団の中に、金髪と白髪の少女二人。モンモランシーはどうやら、なにかを喋っていないと、やはり怖くてたまらないようだった。
シエスタのこと、タバサのこと、キュルケのこと、アンリエッタのこと、ギーシュのこと……話題は尽きない。
そしてとうとう、モンモランシーは、あの惚れ薬の一件の原因となった心情を、ルイズへと打ち明けたという。

「あのね、ルイズ……私正直に言えばね、ずっと、あなたとギーシュの関係を、心配してたのよ……あなたに取られるんじゃないかって、怖くて……」
「なあにを言ってるのよモンモランシー……私が、他人の恋人を取るわけないじゃない、ツェルプストーじゃないんだから」

ルイズは震えるモンモランシーに、笑いながらそう言ったという。かつて言われた言葉は、『必要なのは、人を信じること』だった。
これから、モンモランシーは、さぞや勇気を出して、ルイズを信じることだろう。
さて、ナンパ男ギーシュについて、二人の間でなにやら約束が交わされたようだが……それは、二人の少女だけの秘密だ。

その後も魔法のことや薬のこと、授業のこと、コルベールのこと、ギトーのこと、美味しい料理のこと、おしゃれのこと、話題は尽きない。
まるで教師ギトーのような勢いで、大いなるラズマのボーンファッションの美しさ格好よさ機能性と素晴らしさを、うふふうふふと完全にイッてしまった目で主張するルイズに、モンモランシーはあきれるほかなかったそうな。

「ねえ、ルイズ……」
「……」
「……ルイズ……もう、寝たの?」
「……」

先に、連日の疲れのたまっている白髪の少女が、眠りについたあと……
すぐ横にいる金髪の少女は、すやすやと眠っている、かつて運命共同体だった友人の顔を、じっと静かに眺めていた。
やがてそっと微笑みながら、「……あのときは、助けてくれて、ありがとう」と小声で言ったが、物言わぬ幽霊たちのほかに聞いている者は、だれひとり居なかったという。

「おやすみなさい」

女同士の内緒の話だ、というわけで、部屋の隅でぺしゃんこになってしくしく泣いていたデルフリンガーは、<ホラドリック・キューブ>の中に泣き場所を移していた。
ニューカッスルその他からせしめてきた物品の貯まっているルイズのスタッシュにはもう、大きな剣の入る余地が無かったので、そちらに放り込まれたのだ。
かつて魔王すら封じ込めた実績のある結社、古代ホラドリムによって作られた<ホラドリック・キューブ>は、外見よりずっと大きなものの入る、不思議アイテムである。
古き剣デルフリンガーは異空間のなかで、あんまりだとひたすら泣く事しか出来なかった―――だがそれは彼にとって、やがて思わぬ喜びの結果をもたらすことになる……。

―――

フクロウが鳴き、やがてニワトリが鳴き、『幽霊屋敷』のお泊り会の、夜が明けた。
ドアの外のひさしの下で、サラマンダーのフレイムが欠伸をするように、朝一番の火をぶぼーぼぼぼと吹いた。

「おはよう、モンモランシー……おはようございます、司教さま」
「……おはよう……ねえルイズ、前から気になっていたんだけど、司教さまって何なの?」
「あら、教えてなかったかしら? ……今もほら、すぐそこで眠っておられるお方よ」
「ひっ……本当だったのね……あれが、噂の……!」

元気になっていたルイズは、今日からまた授業に出ることにした。本日は、ミスタ・ギトーの授業があるからだ。
風の魔法の授業、スクウェアメイジである教師ギトーは、『遍在』を背後から出して浮遊させ「幽体離脱ッ!!」と言った。
だが、もちろん誰も笑わず、教室にはすきま風が吹いているようだった。
ルイズの隣の席の雪風のタバサが、ギトーを指差した。
そして、ぽつりと、言った。

「滑りやすい」

とたん、教室の空気は、完全に凍った(Holy Freeze)。
誰もが、怒り狂って風の魔法を放つスクウェアメイジ、ギトーを想像し、ただ震えることしかできなかった―――
だが―――ギトーは、にやりと不気味に笑う。

「ふむ、その通り―――ジョークやユーモアは人間関係を風のように軽く滑らかにする、心の潤滑油である」

なんと、ギトーは褒め言葉だと受け取ったらしい。満足げに、タバサを賞賛した。彼女が尊敬している風の教授ギトーに褒められたタバサも、どこか嬉しそうな表情をしていた。
のちに判明することだが、教師ギトーの妻や子は、彼がどんなクールなジョークを放っても、いつも笑ってくれているらしい。
彼女たちが優しいのか、それともただの彼の同類でしかないのかどうか―――きっと、そよ風だけが知ることであろう。

―――

さて、授業に出た後、ふたたび霊薬の製作に取り組もうと、ルイズは意気込みをあらたにしていた。
だが―――一日も半分が過ぎたころ、どうやら別の深刻な問題が、発生していたようである。

「……無理しないで、まだ治ったばかり」
「大丈夫よタバサ、もう前みたいな無茶はしないわ……あれはやりすぎだったって、私も反省したもの」

授業が終わったあと、ルイズについて『幽霊屋敷』へとやってきた青い髪の少女タバサが、心配そうにルイズをじっと見て、そう言った。
雪風のメイジ、タバサは、ルイズがあの<サモナー>の遣わした気味の悪い外見の魔物に襲われて死に掛けたのだと、信じ込んでいる。

過労のせいで、ルイズはあの程度の魔物に負けたのだ、他の皆には心配かけないように、魔物のことは伏せて、ただの過労だと言っているのだろう―――
今回は退けたが、きっと次々と、あれよりももっと強く恐ろしいものがやってくるのだろう。

なので、事情を知っている自分が彼女を守ろう、とタバサは厚い氷の内側の燃えるような心で、決意をかためている。
ルイズが薬の精製のために過労となったのは、自分が母を救ってくれと頼んだからにちがいない。
無理をさせてしまったからには、何を押してでも、自分がそばにいて、彼女の身を、恐ろしい魔の手から守ろう―――それが、わたしにできること。

(あははは……どうしたらいいのよ、ほんと、コレ……)

壮絶な勘違いが発生していることは、もはやここで説明するまでも無いだろう。ルイズはひきつった笑顔で、冷や汗を流すほかない。
昨日キュルケから聞いた事情を思い出し、そんなタバサの気持ちに、ルイズは今になって、ようやく気付いたようである。

魔物なんて来ないわよ、と告げても『悪魔の証明』のように根拠がないし、タバサは「実際にいちど来た、次も来るのが定手」と言ってきかない。
ルイズはタバサの真剣な心遣いが空回りしていることに心を痛め、かといって自分が死に掛けた事件の真実を告げるわけにもいかず、もうどうすればよいのか解らない。

説明しよう! さて今日一日の、雪風のタバサの行動は、こうだ―――

ルイズが何処へ行っても、タバサはとことこと、ルイズのあとを着いてくる。

「……どうしたのタバサ、何か私に用事でもあるの?」
「何でもない、気にしないで」

ルイズの近くに陣取って、タバサは静電気のようにぴりぴりとした雰囲気を振りまき、何か怪しい気配がするたびに、杖をかまえる。

「……?」
「……男子生徒」
「ああ、かぜっぴきのマリコルヌね……何だかしらないけど、ときどき今みたいに目が合うのよ……とくに害は無いから、放っておいていいわ」
「わかった」

ルイズの姿を見失えば、タバサはまるで親鳥を見失ったヒナのように、不安そうにあたりを探す。

「……」
「……」
「…………どこ」
「……」
「……」
「―――ウフフフ、ねえ誰を探してるのかしら?」
「!!―――」

ルイズが笑ったりしておっかない表情をしていても、タバサはびくびくと震え肩をすくめながらも、ちょっとだけ距離をとるが、それ以上離れない。

「ねえタバサ、どうしてずっと私についてくるの? ……ひょっとして、まだ、その……惚れ薬が効いてたり、するのかしら」
「それはない」
「まさか……私の監視任務を受けていたり……」
「それもない、本当にないから、安心して……来たら、最初にあなたに知らせる」
「……そう、ありがとう……で、何でトイレにまでついてくるのよ」
「……」

ルイズは無言無表情のタバサにずっと付きまとわれ、どうにも落ち着かない。

「……」
「……」
「ふーっ!」
「!!―――」

ルイズが体中から青白い霊気を発して「ふーっ!」と威嚇すれば、タバサは顔を青くして離れるが、壁や柱や扉の影にかくれて遠くからじっとこちらを見ている。
仲間になりたそうな目で、こちらを見ている。
捨てられた子猫のような、眼鏡のレンズ越しの青い目で、不安そうな表情で、ルイズを見てくる―――

ああ―――

ルイズはほろりときて、慌ててタバサへと走りよった。逃げようとするタバサを、掴んで止めた。

「ごめんなさいタバサ、もうしないわ」
「……」

ルイズは、その後むっすりと拗ねてしまったタバサの機嫌をとるのに、それはそれは難儀したのだという。

―――さて、回想は終わり、舞台は現在の『幽霊屋敷』へ。

「ただいま、司教さま、ただいま、デルフリンガー」

部屋に入っても、ルイズの同居人の返事はない。あっ、そういえば、とルイズは思い出す。
スタッシュを開き、中からホラドリックキューブを取り出した。デルフリンガーは、昨夜からこの中に、閉じ込められたままになっていたのだ。
ルイズは箱を開いて、中の囚人を解放しようとし……箱に触れて、気づいた。

(……あれ、ちょっと待って……これって、ひょっとして、いけるんじゃないかしら……)

思考をめぐらせ、<ミョズニトニルン>のルーンを発光させ、ルイズはキューブの複雑な構造を、読み取ってゆく。
そしておもむろに、箱の入り口をあけ、マナ・ポーションの小瓶いくつかと、なにやら模様の描かれた小石(Ort Rune)をひとつ、投入した。
しっかりと箱のフタを閉じ、ルイズは棺おけに寄りかかって、じゅうたんのひかれた床に座り込み、いつものようにかちゃかちゃとやりだした。

「……何してるの?」
「デルフリンガーを、すぐに修理できる方法を見つけたの」

タバサの見守るなか、ルイズは少しキューブをいじっていたあと、箱のふたをひらいた。
そこからは、見慣れた古びた剣の柄が見えた。ルイズはそれを掴んで、えいっ、と力を込めて引っ張り出した。

「できたあ!」
「おお、いきなり直った! 礼を言うぜ娘っ子、伝説の剣デルフリンガー様大復活だ!!」

どう見てもこのサイズの剣など入りそうもない、小さな箱からにょきにょきと剣が出てきたので、タバサは驚いて目をまるくした。

「……手品?」
「そうね、ウフフ、そんなようなものよ」

むかしむかし、小さなシャルロットは、当時実家で働いていた手先の器用なコック、トマのやってくれた手品が好きだったものだ。
タバサがルイズにむかってぱちぱちと拍手をすると、白髪の少女は調子に乗って、デルフリンガーを抱えてくるくる踊りだした。

「やった、あは、やったわうふふふ、デルりんあなたは最高のナイトよ!」
「はっ、照れるぜ娘っ子、でもよ、あんまりはしゃぐと怪我するぜ、おっとっと」

古き剣デルフリンガーも、嬉しそうな声をしていた。ゴーレムになることに異存はないが、スクラップ状態だけはどうにも彼のプライド的に辛かったらしい。
ルイズは、強い自意識を持った対魔道師戦闘用の究極兵器、アイアン・ゴーレム『デルフリンガー』だけでなく、秘術のゴーレム使役の錬度(Golem Mastery)をあげるための練習をしなければならないため、通常の『アイアン・ゴーレム』や、地下ダンジョンの拡張作業などに汎用性のかなり大きな『クレイ・ゴーレム』を使うことも多々ある。
そして、デルフリンガーは剣としての状態での持ち運びの利便性のためにも、<サモナー>がルイズの前に現れるなどといった緊急時のためにも、スクラップから召喚媒体としての元の剣の状態へとすみやかに戻れるようになる必要があった。
もともと「そのほうがずっとカッコいいわ、はやく自由に変身できるようになるための特訓をしておいてね」と主にひどく不本意なことを言われ、スクラップにされ、マナ・ポーションの漬物にされていたのだ。

さて、すぐに元に戻れる方法を見つけてもらって、これで安心、地獄の特訓から開放される! と思っていた彼だが……その喜びも、次のセリフを聞くまでだった。

「でも、<ルーン石>が勿体無いから……この方法は非常時にしか使えないわ、ヴェルダンデの手間も考えれば、そうそう安いものじゃないし」

デルフリンガーのしんなり漬物生活は、いましばらく続きそうだった。

―――

黄金の霊薬の作成プロセス、自己へと課した本日のノルマ……過労で倒れて以来ゆるやかになったそれをいったん切り上げ、ルイズは地上で休憩をとっていた。
日はずいぶんかたむいており、もうすぐ暗くなることだろう。外に引っ張り出されたテーブルのうえには、ティーセットと、ランタンが置いてある。
タバサが自分の読んでいた本を閉じて、オープン・テラスでラズマ秘伝書をひらき読書を始めたルイズへと、声をかける。

「本、読んで」
「へ?」
「……前に、約束した」

そういえば、いつか、そういう約束もあったわね、とルイズは思い出した。そこに、ひとりの来訪者がやってくる。

「こんにちは、ルイズとそのお友達……窓から覗いても中に居ないから、また地下に居るのかしらとおもったら、こっちに出て来てたのね」
「あっ、ごきげんよう、姫さま」

アンリエッタ王女が、裏庭の『ウェイポイント』を通じてやってきたらしい。手には、お菓子の入った袋を抱えている。
本日分の仕事から解放されたのだろう、彼女は風呂上りの、昼寝などをするときの部屋着で、マントもつけず、メイクも落としたようで、すっぴんのにこにこ笑顔だ。
あら何をしているの、タバサに本を読むのです、わたしにも興味はあるけどその文字は読めないわ、丁度よいですねご一緒にどうぞ……といった会話があり……

ルイズは、秘伝書のページをうやうやしくまくり、えへんと咳払いをしたあと、ラズマの神話を語りだした。
敬愛する王女への布教の許可と機会を得たのだ、これほど嬉しいことはない。

「宇宙全体を、聖なる竜トラグールが、その背中に背負っているの……それはそれは大きい大きい竜なのよ、私たちの想像もできないくらい……」

アンリエッタとタバサはお菓子をつまみお茶を飲みながら、それはもう嬉々として語るルイズの言葉に、じっと耳をかたむけた。
ルイズは「うふふ、これが神竜トラグールの『歯』よ!」と言って、イロのたいまつから『魔獣の牙(Teeth)』をうねうねと放ち、実演して見せた。

「ラズマの民に邪悪から身を守る術を与えたもうた、偉大なる竜トラグール……古代文字を、別の読み方をすれば、『トラン=オウル』となるの。偉大で優しい大司教さま、私の部屋の棺の中に眠っていらっしゃるあの方は、数千年にいちどだけ生まれる、聖竜の化身(トラン=オウルズ・アヴァタール)なのよ、とっても素敵なことだわ」
「先住魔法? 竜が人になる……シルフィードと同じ」

タバサがそう言ったので、ルイズは慌てて訂正しようとする。

「違うわタバサ、生まれたときから、彼は人だったの……『化身』っていうのは、そういうものよ……大宇宙の神獣が、人の世に人として遣わした『遍在』みたいなものかしら」
「あれは人ではなく、風の魔法ですの? それとも竜の死体なのかしら?」
「違うのです姫さま……竜は存在性、それ自体を身体としているので、いかなる時や場所にあろうと不滅なのです……あれ、解りませんか? んー、なんて説明すればよいのかしら」

今度はアンリエッタが理解できず、首をひねりはじめた。ルイズは頑張って教理を二人へと説こうとする。二人は理解できず、ますます話は混沌とし、わき道へとそれてゆく。

「……では、あの棺おけの中のお方が、わたしのおともだちルイズにとっての始祖ですの?」
「違います、私たちラズマ教徒の始祖はラズマ、ラズマというのはもともと巨人族ネフィリムの一人の名で、彼は聖竜トラグールの弟子となり、生と死をあやつる神聖なる技を授かったのですが……」
「竜が神なのですか……ところで、神と始祖とは、どのように違うのですか?」

異教の理(ことわり)を他人へと伝えるのは、往々にして難しいものである。
ラズマの大いなる数万年の混沌とした宇宙観を、ブリミル教徒へと一日で説明するのは、さぞかし骨の折れることだろう。

この地の始祖は神より魔法を授かったというが、神の使いたる始祖が信仰されており、六千年のブリミル教のうちで神それ自体については、ほぼ忘れ去られているようだ。
『貴族は魔法をもってその精神となす』……始祖の御技たる魔法が、貴族たるメイジの権威と生き方、そして誇りを支えている。

一方、ずっと魔法を使えなかった少女、ルイズにとっての魔法はいまや、宇宙の理、ラズマの秘儀と言っても過言ではない。
そして、ハルケギニアにおいては<水の精霊>のように精霊信仰などもないことはないが、大宇宙のなかでの一、生命の在り方、自然や生と死との調和を尊ぶような思想は、エルフや翼人、エコー、シルフィードのような先住の種族たちにとっては馴染みのものでも、貴族にとってはなかなか理解できないもののようであった。

「あなたは……巨人になるの?」
「違うわ、タバサ……ラズマ信徒の一族は、たしかに宇宙の始原の巨人族を遠い遠い祖先にもつけど……普通の背丈の人よ、わたしも巨人にはならないわ」
「小さい」
「くっ……あなたもね、タバサ」

ルイズは拳をにぎりしめ、アンリエッタとタバサをラズマ狂信者になるまで洗脳してしまおうと奮闘するが、まず無理のようであった。
なので、ルイズはとうとう、自分の人生観をがらりと変えるきっかけとなった、あの<存在の偉大なる円環>について説明をはじめた―――「宇宙ヤバイ!」と。
もうそのときには、タバサと姫の混乱は最大になってしまい、目を回さんばかりだ。

(とほほ、これじゃ聖職者失格ね……まるで『コンフューズ(Confuse)』の呪いをかけちゃったみたいじゃない……)

ルイズはがっくりと、肩を落とすのだった。
そんな落ち込むルイズへと、もうひとりの何者かが―――とどめをさしに、やってくる。ブロンドの髪を逆立てんばかりに振り乱し、肩をいからせ、やってくる。
それは、憤怒の姉、エレオノールだった。タバサとアンリエッタも、戦慄するほどに、姉は怒っていた。

「ちょっと、そこのおちび! ……こんなところでのんびりして、薬を持って実家に帰るっていう約束はどうしたの!」
「ひいっ!!」

きつい目つきのエレオノールは、怯える二人のルイズの友人たちに、ちらと興味なさそうな一瞥をくれたあと、末の妹の、脂肪が薄くなりもう皮しかないようなほっぺたを、ひっぱる。

「どれだけ……私が……待っていたか! 私が、両親やカトレアに、あなたの変な噂がいかないように、どれだけ、どれだけ苦労しているか……思い知りなさい!!」
「ほへは! ひだいひだい、ほへえはは、ひゃべへええ……」
「さあ、さっさと薬を持ってくる! 三十秒で!」
「ひゃい!」

ぷちん、とほっぺたを離され、ルイズは涙目で頬をさすりながら、走って部屋の中へ。タバサとアンリエッタは、呆然と見ているほかなかった。
ルイズはやがて紫色の液体の入った小瓶、上級回復ポーション(Rejuvenation Potion)をいくつか持って、出てきた。

「……何よこれ、金色の薬じゃないようね、聞いていた話と違うわ」
「それについて、ご説明します、姉さま」

ルイズはしゅんとして、渡す予定だったマイナー版の薬を手違いで使えなくしてしまったこと、本家も出来ていないこと、その代わりに、これら紫色の薬を用意したことを伝えた。
この紫色の薬の効果を伝えられたあと、それがその場しのぎの対症療法にしかならないだろうことについて、エレオノールは、とてもがっかりした様子だった。

「一体何やってたのよ、前にもらったおちびの手紙の文面から考えたら、もう本物が出来ていてもおかしくない頃合じゃないの……私にさんざん期待させておいて……!」
「うっ……そ、それは……」

エレオノールは、自分がカトレアを治せる水のメイジでないことを、ずっと悔やんでいた。だから、妹の薬に寄せる期待も、それはそれは大きいものだったにちがいない。
ルイズは言葉につまった。説明できようはずもない。たとえ説明したところで、信じてもらえようはずもない。
姫に惚れ薬を飲ませてしまい、その治療のためにマイナー版を使い、本家霊薬のほうも、アルビオンの王子の心を救い魔王ディアブロの降臨を防ぐために使ったのだ、などと。
見かねたアンリエッタが、姉妹のあいだに割って入った。

「どうか、お説教はそこまでに……ルイズは、過労で倒れるほどに、頑張っていたのですよ」
「何よあなた、ルイズの召使かなにか知らないけれど、ずいぶんえらそうな平民ね……邪魔しないでちょうだい……って、あなたどこかで見たような顔だわ……」

エレオノールは、ぎろっ、とアンリエッタを睨んだ。姫はひっ、と息を呑んだ。タバサが、立ち上がりかけた。アンリエッタが、大丈夫よ、とタバサを手で制す。
部屋着一丁で髪の毛の手入れもせずメイクもしていない王女が、王宮から遠く離れたこんなところに居ようなどとは、想像のつこうはずもない。

「あなた学院のメイドかしら? 名前を教えなさい使用人、文句を言ってクビにしてやるわ」
「私は使用人ではなく、ルイズ・フランソワーズの友人、幼馴染でございます……お久しぶりですね、ルイズのお姉さま……私の名前は、アンリエッタ・ド・トリステインですわ」
「……え」

アンリエッタはそう言って、水のトライアングル・メイジとして肌身離さず身につけている、この国に住む誰もが見たことのある王女の証、水晶のついた大きな杖を取り出した。

しばらく後、事情を聞いた姉は、紫色のポーションを手に、ルイズに身体を壊さないようにと優しく言って、妹の白い髪をくるくる撫でたあと、優雅に帰っていったそうな。
このときエレオノールが持ち帰った紫色のポーションは、のちにカトレアの具合が悪いときに、根治までゆかずとも、何度も確かな効果を上げたのだという。

//// 【次回へとつづく】


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.024272918701172