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ゼロ魔SS投稿掲示板


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No.12668の一覧
[0] ゼロの死人占い師(ゼロの使い魔×DiabloⅡ)[歯科猫](2011/11/22 22:15)
[1] その1:プロローグ[歯科猫](2009/11/15 18:46)
[2] その2[歯科猫](2009/11/15 18:45)
[3] その3[歯科猫](2009/12/25 16:12)
[4] その4[歯科猫](2009/10/13 21:20)
[5] その5:最初のクエスト(前編)[歯科猫](2009/10/15 19:03)
[6] その6:最初のクエスト(後編)[歯科猫](2011/11/22 22:13)
[7] その7:ラン・フーケ・ラン[歯科猫](2009/10/18 16:13)
[8] その8:美しい、まぶしい[歯科猫](2009/10/19 14:51)
[9] その9:さよならシエスタ[歯科猫](2009/10/22 13:29)
[10] その10:ホラー映画のお約束[歯科猫](2009/10/31 01:54)
[11] その11:いい日旅立ち[歯科猫](2009/10/31 15:40)
[12] その12:胸いっぱいに夢を[歯科猫](2009/11/15 18:49)
[13] その13:明日へと橋をかけよう[歯科猫](2010/05/27 23:04)
[14] その14:戦いのうた[歯科猫](2010/03/30 14:38)
[15] その15:この景色の中をずっと[歯科猫](2009/11/09 18:05)
[16] その16:きっと半分はやさしさで[歯科猫](2009/11/15 18:50)
[17] その17:雨、あがる[歯科猫](2009/11/17 23:07)
[18] その18:炎の食材(前編)[歯科猫](2009/11/24 17:56)
[19] その19:炎の食材(後編)[歯科猫](2010/03/30 14:37)
[20] その20:ルイズ・イン・ナイトメア[歯科猫](2010/01/17 19:30)
[21] その21:冒険してみたい年頃[歯科猫](2010/05/14 16:47)
[22] その22:ハートに火をつけて(前編)[歯科猫](2010/07/12 19:54)
[23] その23:ハートに火をつけて(中編)[歯科猫](2010/08/05 01:54)
[24] その24:ハートに火をつけて(後編)[歯科猫](2010/07/17 20:41)
[25] その25:星空に、君と[歯科猫](2010/07/22 14:18)
[26] その26:ザ・フリーダム・トゥ・ゴー・ホーム[歯科猫](2010/08/05 16:10)
[27] その27:炎、あなたがここにいてほしい[歯科猫](2010/08/05 14:56)
[28] その28:君の笑顔に、花束を[歯科猫](2010/11/05 17:30)
[29] その29:ないしょのお話オンパレード[歯科猫](2010/11/05 17:28)
[30] その30:そんなところもチャーミング[歯科猫](2011/01/31 23:55)
[31] その31:忘れないからね[歯科猫](2011/02/02 20:30)
[32] その32:サマー・マッドネス[歯科猫](2011/04/22 18:49)
[33] その33:ルイズの人形遊戯[歯科猫](2011/05/21 19:37)
[34] その34:つぐみのこころ[歯科猫](2011/06/25 16:18)
[35] その35:青の時代[歯科猫](2011/07/28 14:47)
[36] その36:子犬のしっぽ的な何か[歯科猫](2011/11/24 17:52)
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[12668] その13:明日へと橋をかけよう
Name: 歯科猫◆93b518d2 ID:b582cd8c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/05/27 23:04
//// 13-1:【えんがちょわんわん大行進】

金髪の少女モンモランシーは、今、自分は果たして生きているのだろうか、と不思議に思っている。
ここが現実の世界なのかどうかも、彼女にはわからなくなりつつある。ひとつ確かなことは、しばらく自分はお肉を食べられないだろうということだけ。

前を行くのは、大きなバルディッシュを手に、立ってカタカタと歩く山羊の骨。全部で四体、前衛に三、後衛……つまりモンモランシーの背後に一体。
モンモランシーが逃げようとすれば、がしっと肩とか襟首とかを、白い骨がむきだしの手で掴んでくる。
これらのスケルトンは、あのゼロのルイズが、召喚したらしい。
死体を愛でる趣味だとか、もはやそんなレベルではない―――もっと恐ろしい、洒落にならぬ何かだった、それを嫌と言うほど思い知らされた。

さっき雪風のタバサに、怖くないのか、と聞いてみたら、怖いけどついてゆきたい、という言葉が帰ってきた。

スケルトンたちは、まだできたてほやほや、乾ききってもいないので、けっこう生臭い。
自分たちの服も、飛び散った血や臓物で、どこもかしこも汚れている。帰ってこんな自分を友人が見たら、卒倒するであろう。
これは自分の失敗の責任をとるため、と自分に言い聞かせつつ、金髪の少女は重たいかばんを背負い、なみだ目で死者どもの行軍に加わるのであった。

「着いたわ、たぶん、ここが私たちの目的の場所みたいね」

ルイズがそう言った。見ると、泉のように、黄色い水が湧き出している。
そのとなりの壁に、ロウソクの立てられた奇妙な祭壇(Goat Shrine)が立てられている。これを使った呪術で、泉の水を毒に変えていたのだろう。
この祭壇を破壊すれば、泉の水はもとの質へと戻るに違いない。

「さあ、みんな、ぶち壊してちょうだい」

ルイズはネクロマンサーの杖を振るい、自慢のゴーレムとスケルトン軍団へと、祭壇の破壊を命じた。
よかった、これで第一関門はクリアか……と、モンモランシーが肩をなでおろし、そっと後ろをみたとき―――

闇の中でキラリと光る、なにかを見つけた。ふたつある。それは四つ、六つ、八つ……

「ねえ、ちょっと……」

モンモランシーは、雪風のタバサの袖を引っ張った。彼女も気づいていたらしい、杖をかまえ油断無く闇を見つめている。
ルイズへと声をかけると、ルイズは杖を振って祭壇の破壊にまわしていたゴーレムとスケルトン四体を、そちらの方向へと回した。

―――ヴェー!!!

何かが飛んできて、ルイズのスケルトンへと着弾した。びちゃり―――液体のかたまりのようだ。
近くに居たモンモランシーの服に、ぴぴっ、と数滴付着する。
服に、穴が開いた。とたん襲い来る、火傷のような痛み―――

「きゃああ、あつっ、あつ!!」

モンモランシーが飛び上がって叫ぶ。先ほど液体を浴びたスケルトンは、体中から煙を発し、じゅうじゅうと溶解しかけていた。
酸だ―――ひどく強力な酸性の液体が、飛んできたのである。

―――ヴェー!!! ヴェー!!! ヴェヴェーッー!!! ヴェー!

それは灰色の、犬のような生き物だった。二十匹ほどの群れが、遠巻きにルイズたちに向かって、いっせいに酸の唾液を吐きかけてきていた。
守りに回ったゴート・スケルトン三体は、みるみるうちに骨を溶かされ、全身ぐだぐだに崩れてゆく。
それでも必死にバルディッシュをかまえ、なんとか攻撃がルイズたちに届くのを防いでくれている。でも、もう限界だ。
フォワードの一体が群れへと突貫したが、あっという間に集中砲撃をうけて、粉々のばらばらになってしまった。

「ううう……た、退却ぅ!」

ルイズが悔しげにそう言って、『イロのタイマツ』を振るう。せっかくできた立派で格好いいガイコツ軍団は、活躍の場もほとんどなく溶かされてしまった。
ここから敵までは、遠すぎる―――射程距離のそとから、攻撃を受けている。
あたりに、隠れる場所は―――ひとつしか、無い。

ルイズの作った、ゴーレムの背中のかげだ。ラズマ秘術のゴーレムは、いち術者につき一体しか運用できない。

ヴェヴェーッー!!! ヴェーッ、ヴェーヴェーヴェー!!

えんがちょ酸のかたまりが、大砲の弾のように飛来する。ここで反撃など、とてもじゃないが出来ない状況である。
じゅうじゅう、じゅうじゅうじゅう……ぽたり、ひいいっ! あちい、あちゃち! やっ、どこ触ってんの!
狭いゴーレムの背中で、ほっぺたをくっつけるほどにぎゅうぎゅう詰めになって、きゃあきゃあと隠れている三人の少女。

頼りになるゴーレムも、土がしだいに酸の液体を吸い込んで、ぼろぼろと劣化しつつある。
そろりそろりとゴーレムを移動させ、自分たちのやってきた方向の通路へと向かっているのだが……それまで持つかどうか。

「ど、どうしろっていうのよこれ!」
「わかんないわよルイズ、お願いだから、わたしに聞かないでよ、ねえ、さっきまでの余裕は何処いったのよう!」

モンモランシーは泣いた。その涙が、彼女とぴったりくっついている涙目ルイズの髪の毛に付着した血液と混ざり合った。
ルイズは頭を回転させる―――これをどうやって切り抜ける、どうやって……
風の防壁、水の防壁は、すぐに破られてしまうだろう。タマちゃんは一度突撃させたら、復活にちょっと時間がかかるし……。
呪いは完全に射程外だ―――射程外、そうか―――

「あちっ、あちあちち!」

彼女のおしりに、酸がぽたりと落ち、思考が中断されてしまう。
涙目でおしりを押さえて痛がるルイズを、タバサが抱きしめてよしよしと撫でてやっていた。
こんなときに何いちゃついてなごんでんのそこ! と、モンモランシーは本気で怒りを覚えた。

「そうだ、タバサ!! ギトー先生の課外授業よ!」

ルイズは叫んだ。タバサがこっくりと頷く。

「きゃっ、何するのよ!」
「ポーション! 毒! 毒のやつ! さっさと出して!」

モンモランシーは、とつぜんルイズに背中のかばんの中をごそごそと漁られて、そのせいでゴーレムの影から飛び出してしまいそうになった。
飛び出せば、彼女の身体はたちまちのうちに、なにか怪しい黄色の液体へと成り果ててしまうことだろう。必死にタバサにしがみつき、彼女は耐えた。
あった、これよっ、と白髪の少女は、ひとつの小瓶を取り出した。

「モンモランシー、これに『レビテーション』をかけて!」
「え? ……あ、うん」
「タバサお願い!!」
「了解―――『ウインデ(風よ)』」

そう、風は、ものをはこべるのだ―――

ルイズの手の上から、魔法で浮遊した小瓶、緑色の液体に満たされたそれが、風に乗って、ぽーん、と飛ばされていく。
遠くの敵の犬の群れのちかくに、ふわふわと空をとび、着弾する。かしゃん、もわもわ、と緑色の煙が広がる。続けて二個、三個と投擲される……
ルイズ愛用の、毒蛇の毒を発酵させて作った猛毒ガスポーション(Rancid Gas Potion)である。

風は、こちらから吹いている―――人それを、追い風と呼ぶ。

犬の群れは口から黄色い液体を垂れ流し、ばたばたと倒れていった。三人は何度も投擲をつづけ、風で猛毒の霧を敵陣へと押し流し、じっと耐えた。
モンモランシーは、そんな物騒な液体をいままで背負わされていたのかと思い知らされ、心底恐怖した。
ゴーレムは途中で崩れそうになったが、タバサによって氷づけにされ、強靭な防壁として最後までよく耐えきってくれた。

犬の群れの攻撃が終わったとき、ルイズとタバサは、血だらけ酸で穴だらけの服で、かたく手を握り合ったと言う。

―――受けていてよかった、疾風ゼミ!!

モンモランシーは、私も受けようかな、と思ったとか思わなかったとか。




//// 13-2:【風のまにまに】

さてそのころ、港町にて一夜をすごしたトリステイン魔法学院の教師、ギトーとコルベールは、明日まで船が出ないと知って愕然としていた。
なんのために、ここまで急いで来たのだろうか、と思ったが、来てしまったものは仕方ない。

馬にはスタミナ・ポーションと回復ポーションを飲ませ、かなり無理をさせてしまった。
その分を差し引いて考えれば、いまは多少の余裕が出来たことだけでも喜ぼうと考える。

今日一日ぶん開いてしまった。することもない。
昨夜この宿の酒場で会ったスクウェアの子爵でも誘って街に繰り出そうかと、ギトーが言った。
同じ風のスクウェア同士、腕試しもしてみたい、とギトーは意気込んでいた。
なので二人で彼の部屋を訪問すると、疲れているのでよしてくれ、と心底嫌そうな顔をして断られた。

学院の少女たちは、いまごろ必死に秘薬の調合をしているのだろう、とコルベールは言った。
なによりも大切な授業を休んでまで来ているのに、我々が遊んでいてよいものか、と頭の薄い彼は渋い顔をして言う。

ギトーは、ならば、もっと風のように柔軟に考えようではないか、と言った。
今すぐ行こう、フネの風石の足りない分は、風のスクウェアたる私が精神力で負担する。
ロサイスまでのフネをまるごと借りなければならぬだろう、そのための資金は、心苦しいが金持ちのあの少女たちに請求しよう。
貧乏貴族のわたしには家庭があり、残念ながらそれほど余裕があるわけではないのだ、と彼は言った。

宿屋の部屋にカギをかけ、『門よ』と唱え、<タウン・ポータル>のスクロールを開けば、それはルイズ・フランソワーズの住居へと繋がる。
いったん戻って状況を確認しあおう、と二人は銀貨をはじき、コルベールが部屋に残る。ギトーはゲートをくぐって学院へとワープする。

―――さて。
ひとり残されたコルベールは、うねうねとゆらめく青いポータルを眺めながら、ベッドに寝転がって考え事をする。

ジャン・コルベールは研究のため、自分の相続した屋敷その他の財産をすべて売り払った過去がある。
なので、現在のポーション販売が軌道に乗るまで、なかば赤貧といった生活を送ってきていた。
爆薬のほうは教え子のギーシュとともに現在試作品第二号をつくり、売り込み先を探し中である。

彼は机の引き出しにしまったままの、ロマリア秘宝『炎のルビー』のことを思い出す。
それは、彼の罪の象徴だ。あれを持っていることは、誰にも教えるわけにはいかない。
彼を慕い尊敬してくれて、強い絆を結んでいる共同研究者の少女、ルイズ・フランソワーズにさえ教えていない。

いつか、触れただけでマジックアイテムの正体を知ってしまう彼女に、教えることになるのだろうか、と彼はひとり嘆息した。

ギトーはすぐに帰ってきた。新しいスクロールと、金貨の袋をかかえている。
ルイズたちは留守だったが、何かあったときのため、とシエスタが託されていたらしい。
さあ行こう、と二人は明日への想いを胸に、そびえる巨大な桟橋、船着場へと向かった。

時刻はまだ朝早くであり、宿屋に残してきた若い子爵の彼は疲れ果てて眠っている。
ひょっとするとアルビオンに行くのか、それなら一緒に乗せてやってもよいのではないかとも思ったが、こちらは詳しい話のできない秘密任務だ。
彼は誰か人探しをしているらしい、ならば違うのだろう。コルベールとギトーは、彼の健康と幸運を始祖に祈る。
どのような仕事でここに来ていたのだろうか、あれほど疲れ果てるまで仕事にはげむとは、なんとも見上げたものだ、立派な貴族だなあ、と感心しきりだ。

あの若い子爵も、だれか麗しの婚約者がいたりするのだろうか、と二人は、かのスクウェアメイジの話題で盛り上がった。

コルベールはちょうどよい、とギトーに直接訊いてみることにする。
さて、どうしてギトー君はそんなに風が好きなのに、水の国に住んでいるんだ、と問えば―――
わたしの妻は水のメイジなのだ、という言葉が返ってきた。だからわたしは彼女のトリステインを離れない。
君ならば風のメイジを伴侶としているのだろうとばかり思っていたのだが、とコルベールが問えば、彼は―――

―――何を言う、風は美しき湖面を揺らすものだろう、と語った。詩人である。





//// 13-3:【ともだち:Quest Completed】

「『錬金』!!」

ドカーーーン!!!

ルイズは失敗魔法の一撃で、祭壇を粉々に破壊した。水の質は、みるみる透明で清浄なものへともどってゆく。
依頼を達成するために、猛毒やら血やら骨やら内臓の欠片やらたくさんたくさんばら撒いたけれど、これで要求は果たしたわね!とルイズは満足そうに笑った。

帰る前に、ここに誰がいたのか、いったい何のためにこんなことをしていたのかを調べなくてはならないのでは、とルイズは思った。
ここは、サンクチュアリの魔物をハルケギニアへと召喚している人物に、いちばん近い手がかりなのかもしれない。

それとも、あの祭壇は手先の器用な山羊の悪魔によって作られたものなのだろうか。
偶然召喚された魔物が、好き勝手やって毒を流していたのだろうか……その行動原理が、さっぱり、わからない。

サンクチュアリの魔物たちは、あの『地獄の肉屋』のように、ガリアにもいくらか居るようだ。
ルイズはガリアとの山中にウェイポイントの術式を繋げて以来、ほんのたまにだが、あのあたりに修行という名の魔物退治に行っていた。
出会うのはたいていオーク鬼だったが、『ラカニシュ』と叫ぶ小鬼やらなにやらが出てきたこともある。それは、たぶんサンクチュアリの魔物だった。

今回のように、トリステインにもサンクチュアリの魔物がいるのは、ひょっとするとおかしくないことなのだろうか。
それともひょっとすると全世界を巻き込むような危険な事件の、ほんの一部を、私たち三人の少女はかいまみたのか。

―――いや、今は姫さまを治療するのが、なによりも先だ! そしてタバサも、ついでにギーシュも……

ルイズはそう考え、一刻も早く、水の精霊のもとへと戻ることにした。タバサがそっとそのあとに続く。
モンモランシーは、またあのカラフルでハッピーな通路を通らなければならないのね、と泣きそうになった。

さて―――

洞窟を出て、山道を下り、血まみれで穴だらけでぼろぼろの服を着た三人の少女は、湖畔へとやってくる。
キュルケは馬車で寝ているのだろう、ならばわざわざ起こしてつれてくることもない。

そう考えていたのだが。
当の赤い髪の少女、キュルケ・フォン・ツェルプストーが、ぼろぼろになって、湖岸で倒れているのを発見し、飛び上がらんばかりに驚くのであった。

「キュルケ!」

ルイズたち三人は、ひどく慌てて駆け寄った。まさか―――
だが、近づいてよく観察したあと、彼女たちはほっ、と安堵の表情を見合わせた。

「……良かった、呼吸してる」

ぐったりとしてはいるが、眠っているだけだった。
キュルケの服はやぶれ、からだのそこかしこに火傷、足には凍傷、髪の毛の一部がひどく痛んでいる。
自分たちもひどいものだが、なぜ馬車で寝ていたはずの彼女が、こんなにひどいことになったのか、と三人は不思議に思った。

「……ルイズ? おかえり……何よそれ、すてきな格好ね」
「ただいま、あんたもじゃない……ねえ、何があったのよ」

眠りから覚めたキュルケに、ルイズは回復ポーション(Health Potion)を飲ませ、傷を癒してから、事情をたずねた。
キュルケはいきなりヘンな奴に殺されかけた、と事情を語った。

「……浅黒い肌の……魔道師?」
「そうよ、あんまりじっくり顔を見てる暇はなかったけど……いったい、何だったのかしら」

四人で首をひねるばかりだ。
ルイズは、コルベール先生の爆薬の直撃を無傷で防いだ、と聞き、『エナジー・シールド』ではなく古代魔術の『マナ・シールド』だろうか、と推測した。
なんで爆薬なんて持ってたの? 前にひとつもらったのが、ポケットに入ってたのよ。 なにそれ危ないわね。 普段から毒ガス持ち歩いてるルイズに言われたくないわよ。

「召喚士(The Summoner)……」

タバサが、ぽつりと言った。
知っているの? とルイズが問えば、よくは知らないが、そう呼ばれている褐色肌の人物が居たらしい、と答えた。
ルイズは、ガリアの内情の話かしら、と推測していた。

さて―――

ラグドリアン湖畔、モンモランシーが、ふたたび水の精霊を呼び出した。
水の精霊は、あの魔道師によって身体をごっそりと削り取られたせいか、サイズが小さくなり、全裸の幼女モンモランシーとして出現した。
全員が、目をまんまるにして驚いた。直後、モンモランシーは真っ赤になって顔を覆った。

「よく約束を守ってくれた、我はそなたら個なるものを信用しよう」

ルイズたちが魔物を倒し水源を清浄に戻したこともあるが、どうやらキュルケがその魔道師を撃退したことが、水の精霊にとっては大きかったらしい。
あれが赤い扉で去ってから、この湖の周辺から魔の気配が完全に消えたという。洞窟にいたサンクチュアリの魔物は、その魔道師が召喚していたもののようだ。
水の精霊は四人にとても感謝しており、生涯をかけて指輪をとりもどすことを条件に、これ以上水位をふやさないことも約束してくれた。

三人は持ってきたビンに、<水の精霊の涙>を受け取った。

ルイズが手にして調べたところ、やはりというか、<水の精霊の涙>は多少汚染の被害をこうむっていた。
どうやら、精霊に直接ダメージを与えるたぐいの毒だったらしい。
例の魔道師は、ひょっとすると<汚染された水の精霊の涙(Polluted Tears of Water-Elemental)>が必要だったのかもしれない。
そんなものなんに使うのか、などとはルイズにもさっぱり想像しえないことだった。

さて、襲撃と汚染によってダメージを受けた精霊は回復に専念しなければならないため、渡せる体の一部の量は少なく、それでも汚染はわずかばかり浸透しているようであった。

この量では、ぎりぎり三人分である。失敗はゆるされない。
また、汚染を完全に取り除くまでに、かなりの時間もかかりそうだ。一刻も早く、姫のために……

ルイズは歯を食いしばって、悔しさをこらえた。姫を、そしてタバサを、ギーシュを治療しなければならない。
そんなルイズの手を、ぎゅっと握ってくる少女がいる。タバサだ。
いつものあまり表情の感じられない顔で、じっと、見つめてくる。

「タバサ、どうしたの?」
「……水の精霊は、永遠に生きるから、誓いの精霊と呼ばれているという話を聞いた」

青く短い髪が、湖面をゆらす風に、ふわりと舞った。涼しい風は、トリステインからガリアに向けて流れているようだった。

「誓って」

タバサの青い目が、ルイズをじっと見つめている。
しっかりと手を握り、はなさない。

「ルイズ……あなたに、お願い」

ルイズは、たじろいだ。なにか自分はこの子に、とてもいけないことをしてしまったのではないかという、切ない気持ちになっていた。
キュルケとモンモランシーも、それはそれは驚いた顔をしていた。

「……あ、愛を?」
「似たようなもの、でもちがう」

タバサは、そっと目を伏せた。

「生きていて、良かった」

しばらく、なにかを考えていたようだが、やがて目を開けると、反対側の手で、キュルケの手をにぎった。
キュルケはしばらく驚いていたが、やがて満面の笑みになり、反対側の手で、モンモランシーの手をにぎった。

四人は誓う。

「シエスタも、ギーシュも、ミスタ・ギトーも、ミスタ・コルベールも……」

みんな一緒に、ずっと、笑顔で―――


―――

―――


ゼロのルイズは、このとき、抱えていた大きな<難問>が薄れてゆくような、不思議な気もちになっていたそうな。

一方、モンモランシーは、もはや陥落するほかなかったという。

―――さあ、頑張ろう!

誰もが、気合を入れなおした。





//// 13-4:【プロジェクトなんとか~調合者たち~】

四人は、まず顔や髪の毛を洗い、血まみれでチーズのように穴だらけの、ぼろぼろの服を着替えた。

ルイズ・フランソワーズのスカートとパンツのおしりの部分には、酸をうけたときの穴が開いており、このときようやくそれに気づいた彼女は、とても赤面したそうな。

馬車は、付近の住人をやとい、魔法学院へといずれ送り返してもらうことにし―――

四人は<タウン・ポータル>を使用して、ラグドリアン湖畔から一瞬のうちに帰還する。

『幽霊屋敷』にはシエスタが震えながら待機しており、しばらく前にギトーが来て金貨を取っていったと伝えた。

それと、それより前にはヒゲの生えたイケメン貴族も来たけど、ルイズが留守だと知ったとたんすぐにどこかへ行ってしまった、という。

誰だろう?
ルイズは首をひねるが、ヒゲのイケメンの知り合いなどに心当たりはない。
王女来訪の式典にも使い魔品評会にも出ていないので、幼いころに会ったきりのイケメンの婚約者が今はヒゲを生やしているということを、ルイズは知らない。

拉致監禁の被害者である姫は、ぐるぐる巻きにしばられたまま、少年と愛の言葉をささやきあっていた。とても幸せそうだった。
ルイズははやく姫さまを治療しないと、と気合をいれなおす。
モンモランシーとルイズは、解除薬の調合にかかる。からだは汚れているが、お風呂は交代で入りにいこう。

―――み゙ょわーーーん

とつぜん裏庭に<タウン・ポータル>の青いゲートがひらき、ギトーとコルベールが戻ってきた。

たったいま交渉と出港準備が終わり、これからフネに乗るのだという。風石が足りず、風のメイジの精神力で補う必要がある。
ついさっき彼らは、精神力を回復する『マナ・ポーション』の存在を思い出した。なので取りに来た、という。
疾風のスクウェアメイジは、これさえあれば疲れも知らず、さながら風を切る矢のように、アルビオンめがけて飛び続けるにちがいない。

互いの状況を確認しあったあと、しばし瞑目し健闘を祈りあい、二人はいくつかのマナ・ポーションと新しいスクロールを手に、ゲートをくぐって去ってゆく。
さあ、ルイズたちは薬を作らなければならない。

材料を砕く。
皮をむく。
すりこぎでする。
煮詰める。
干す。

蒸留する。ろ紙のうえに慎重に慎重にそそぎ、ろ過してゆく。
魔法をかける。
<水の精霊の涙>のよごれた部分を分離させる。沈殿させてうわずみをとる。タバサに魔法をかけてもらう。
ホラドリック・キューブで合成する。

ぐりぐりぐり……

材料を計る。天秤のかたほうにおもりをのせて、慎重に慎重に。
触媒を投入する。
小さく切って、成分を抽出する。

タバサがじっとルイズを見つめている。
楽しい? と聞いたら、それなり、とのこと。頑張っているあなたが、とても輝いてみえる、と言った。

素材を火から下ろしてさます
だめだはやすぎたわ
これは失敗、やりなおし……水の精霊の涙をまだ入れてなくてよかったわ

「シエスタ、悪いけど、ちょっと裏庭に生えてるマンドラゴラを抜いてきて欲しいのよ……えっとね、これを着けないと危なくて」
「は、はい、逝ッテキマス!」
「あ、ちょ待って、耳栓つけないと……」

―――ギャー!!

……

……

「ちょっとルイズ、わざと? 今のって、わざとなの?」
「…………う、うっ、わざとじゃないわよモンモランシー……ほんとごめんなさい、シエスタ……」

……

「……ちょっと裏庭に行ってくるわ……シエスタの口に回復ポーション突っ込んで、ついでにマンドラゴラ拾ってこないと」
「ちゃんと謝ってきなさいよ」
「……うん、ごめんね」

ホラドリック・キューブはゼロのルイズにしか使えない。
液体をいれた小瓶ふたつと宝石のカケラ(Chipped Gem)を放り込んで、かちゃかちゃかちゃ、と真剣に、すごい勢いで回転させている。
どう見てもキューブ本体の見た目の容積よりも大きなものが中に入る、不思議アイテムだ。

モンモランシーが、それ何なの、秘薬調合の器具なの、便利そうね、と言った。
一個しかないから、あげないわよ、とルイズは言った。

「はぁいみんな、食事もってきてあげたわよ」

疲れているだろうと、栄養満点で精のつくもの―――ゲルマニア高級焼肉料理―――を差し入れに持ってきたキュルケは、二人から心底恨みのこもった視線をぶつけられた。
モンモランシーはガタガタと震え、タバサは顔を青くして口を押さえ、ルイズは心底困ったような表情をしている。
三人の事情を知らないキュルケは、ただただぽかんとするばかり。

「……なによ、どうしたのよ」
「夢と希望」

料理を指差し、ぽつりとタバサがそう言った。とたん、モンモランシーがすごい勢いで外へ飛び出していった。目に涙が浮かんでいた。

けっきょく三人の分の高級ゲルマニア焼肉は、キュルケとシエスタが食し、そして地下の囚人たちへとたっぷり振舞われた。
もし、地下の彼と彼女に、これ以上精がついたら―――いったいどうなってしまうのだろう!!
シエスタは『毒は入っていませんか? 本当に大丈夫なんですか? それともこれは毒見をしろということですか? 何の肉ですか?』と怯えた。

その料理をもって来たのがキュルケだと知ったとたん、シエスタはとても明るい笑顔をして、それはそれはおいしそうに食べたそうな。

ルイズたちはパンやサラダを食べた。モンモランシーはやつれた表情で、あまり食欲がないようだった。
タバサがはしばみ草のサラダをフォークに突き刺して、ルイズへと突き出し、「あーん」と言った。
ルイズは笑顔をすこし引きつらせながらも、それをもぐもぐと食べた。
モンモランシーが、なにこんなときにいちゃついて和んでやがんのよ、と怒りを覚えていた。

じっくりかきまぜながら材料を煮詰める。
蒸気を冷却しフラスコへとあつめる。
不純物やアクを取り除く。

「……モンモランシー、悪いんだけど、ちょっと代わって」
「こっちも手が離せないんだけど」
「タバサそっちは?」
「まだ」

ルイズが顔を赤くしつつ、もじもじとしながら材料をかきまぜている。
火にかけたるつぼの底のほうでこげ付いてしまえば、それだけ貴重な原料が無駄になってしまう。

「あたしがやろうか?」
「おねがいキュルケ、恩に着るわ! ……あっ、こう十回ほど時計回り、そのあとにすくいあげるように底のほうからまぜて」

そういうやいなや、ルイズは猛ダッシュで飛び出してゆく。
すっきりした顔で戻ってきて、再開。

「モンモランシー、何やってるのよ」
「……え? これで手順は正しいはずよ」
「最初に確認しあったじゃない、私がひとつ飛ばすから、ここは別の手順になるって」
「き、きいてないわよ!」

ケンカをはじめそうになった二人を、タバサとキュルケがとめる。
姫をトイレにつれてゆくのはシエスタ、ギーシュをトイレにつれてゆくのはモンモランシー。
床板には『ブッチャーズ・ピューピル』が突き立ったまま。ときおり通りかかるシエスタは、それを見るたびに死んだような目になる。

「お風呂」
「……そうね、ひと段落したし」

顔や髪の毛のよごれを落とさなければならない。
タバサが、なにやら期待のこもった目でルイズを見ている。

「一緒に」
「……うぅ」

しばらくひきつった顔をしていたが、やがて観念したようで、ルイズは手をつかまれておぼつかない足取りで引っ張られていった。
同性の友人同士だ、一緒に風呂に入ることはこれまでもとくに珍しいことではなかったが、今だけは事情が違う。
モンモランシーとキュルケは、そっと二人の後姿に向かって、手を合わせた。

交代で休みながらも、四人の解除薬の調合は、夜を徹してつづく―――




//// 13-5:【風になりたい】

コルベールとギトーの乗ったフネは、夜を徹して空を飛ぶ。

スクウェアクラスは伊達ではなく、ギトーはフネの動力部にありったけの精神力をそそぎこみ、まさに疾風のごとく走らせる。
しばらくは多少余裕があったようだが、やがてくたくたになったときに、彼は『マナ・ポーション』を飲み干す。

むう、慣れぬ味だな、とギトー。
それでも改良して、良くなったほうなのだ、とコルベール。

ギトーは三十前半の若い教師。体力精神力とも、ちょうど今こそが人生でいちばん溢れているときなのであろう。
コルベールは四十二歳の中年だ。彼はとある事情から、人に向けて自分の炎を放つことを、自らに禁じている。

「以前など、干しブドウから甘さと酸味を取り除いたような味だったなあ」

コルベールが顔をしかめて言った。ゼロのルイズとコルベールは、それを何度改良しても、比較的まともな味にするので精一杯だった。

「……今も似たようなものだ、だが……ふむ、これはいい―――ふっ、みなぎってきた!!」

ギトーは声高らかに、そう言った。
これから向かうは風の国アルビオン。自分の疾風が、つめたい潮風を散らす山から吹く風のように、王女と妻の住むトリステインを守るのだ。
いまの彼の心は、あらゆるものを追い越さんばかりに、一陣の大風(おおかぜ)のごとく雲を突き抜け、はるか天空を舞っているにちがいない。

なんとも一途な男だ、とコルベールは思う。
『幽霊屋敷』が出来るまで、コルベールとギトーの間にはほとんど接点らしき接点もなかった。
ただの同僚だった。ギトーは周囲から嫌われている。陰気で不気味なやつ、いやみなやつ、授業はきびしく、風の自慢話しかしない。

ギトーが陰気で不気味だとよばれていることにも、理由がある。学院の誰もが、彼が風の話をしているのを、まるで聞こうとしないからだ。
見よ、風の自慢話をきちんと聞いてくれる人間の前にいる彼は、どれほどまでに活き活きと輝いて見えることか。

「風は最強……それすなわち、あらゆるものをなぎ倒す」

しかり、かの猛将烈風カリンは、たちはだかるあらゆる敵をなぎ払ったそうだ。

「風は最強……それすなわち、風は『遍在』する」

しかり、ただでさえひとりだけでも恐ろしい烈風カリンが、八人に分身するのだ。恐ろしいどころではない。

「風は最強……それすなわち……」

努力に努力をかさね、研鑽をかさね、疾風のギトーは風のメイジとしての頂点、スクウェアメイジにまで登りつめた。誰も、そこに注意を払ったことはない。
彼はもともとあまり素質もなかったそうで、やっとそこまで到達したときは、すでに三十近くだったそうだ。スクウェアスペルの『遍在』も、いまのところひとつが限度。
昨日宿で会ったスクウェアの子爵は、二十とすこしの年齢だった。あいつはいくつ『遍在』を出せるのだろうか、とギトーは悔しそうに言った。

ギトーは妬み深い男だといわれている。裏返せば、その妬みぶかさが、彼の努力を後押ししているのかもしれない。
他人を見下していると思われている。裏返せば、その強固な自信こそが、彼を駆り立てる力となっているのかもしれない。
事実そのような部分も大きくあるかもしれない。なげかわしい、誰も彼もが風の本当の素晴らしさに気づいていない、と彼は誰にでも口すっぱくして言うからだ。

「……」

自分の魔法系統にこれほどの自信をもち、はるか高く目指す先―――烈風の騎士姫―――が見えている。
なんとうらやましいことか、とコルベールは思う。
コルベールの系統は火、一般的に戦場と破壊にしか用途のない魔法系統と呼ばれている。

ギトーと対照的に、コルベールは自らの魔法系統にたいし複雑な感情を持っている。

コルベールは昔、軍に所属していたとき、自らの炎で、無実の民を焼き払ったことがある。
ダングルテール村……二十年前、彼はそこで、伝染病をくいとめる任務だとだまされて、異教の民をたくさん殺した。
それ以来、彼は軍をやめ、自分の炎の魔法を人に向けることを封印し、教師研究者としてただひたすらに炎の平和利用の方法を考え続けていた。

屋敷財産を売り払い、マジックアイテムを買いあさり、一心不乱に炎の『創造のための』用途を探し続けた。
炎は決して破壊のためだけにあるのではない、ということを、教師として子供たちに辛抱強く教え続けた。
もちろん、『炎に破壊以外のなにがある、だから戦闘技術を教えてくれ』、という子供や親や教師たちに、良い顔をされるはずもない。

かようにして、ギトーとコルベールは、学院奇人変人ランキングの三位と二位にそろって、堂々と君臨しているのである。

さて―――

「ギトー君、私はきみが心底うらやましいよ」

時間は流れ、もうすぐアルビオンのロサイスに着くか、というとき、コルベールが言った。

「私の炎とちがい、君の風はなんともひとびとの役に立つものだ、それが本当にうらやましい」

ふっ、当然だ、とギトーは言った。
だが……と彼はにやりと笑って、続ける。よく聞け、ミスタ・コルベール―――

「炎、それすなわち、『あらゆるものを破壊する程度の能力』……限界こそを破壊せずになんとする―――風と同じくらい、それは自由なものだろう」

ジャン・コルベールは後年、このときのことを、『まるで突風にでもなぎ倒されたかのような衝撃を受けた』と語ったという。

やがて夜も白みはじめたころ、二人を乗せたフネは、空賊などに襲われることもなく、静かにロサイスの軍港へと入っていった。




//// 13-6:【癒し系(前編)】

ここは、トリステイン王国、王都トリスタニア。
みなが、アルビオンにて起きている戦乱を恐れ、失われる命、これから襲い来るであろう<レコン・キスタ>の存在に、怯え嘆いている。
王女アンリエッタの住む王宮にも、嘆くものたちがいる。

「くう!」

ひとりの貴族が、苦しげにそう漏らした。

「……なんと、嘆かわしいことなのだろう」

別の貴族が、その貴族の肩に、そっと手を置き慰める。

「私も同じ気持ちだ……これほどまでに、心苦しいことがあったのだろうか」

誰かが、『鳥の骨め!』と毒づいた。
鳥の骨、とは、ロマリアから来たマザリーニ枢機卿のあだ名である。
彼はトリステインの人間ではないにもかかわらず、トリステインの政治に深くかかわっている。
なので、妬み深い者たちは彼を憎んでいたりもする。

「ぎたぎたにして、煮込んでやりたいくらいだ」
「それでは足りん、しっかり出汁をとって、オーク鬼どもに振舞ってやりたいくらいだ」

ハンカチを噛みしめ、貴族たちはひそひそとそうつぶやき、涙を流す。
ひとりが杖を取り出そうとして、別の貴族がそれをとめる。気持ちは解るが、やめておけ、と。
マザリーニは有能であり、トリステインのために、ガリガリにやせるほど尽力し、政治をおこなっている。

かのマザリーニ枢機卿がいなければ、小国トリステインはやっていけないのだ。
現在のトリステイン王国の王位は、空位である。王妃は、先王が亡くなってより、喪に伏したまま。
外交や政治を行うのはマザリーニ、みなの心を集めるのは、先王の娘アンリエッタ王女である。

「……ああ、なんてことだ……これほどまでに、自分の無力を痛感したことはない」
「私もだ」

全員の、涙にうるんだ視線は、王女へと向かっている―――

そこには―――

「おっ♪ おにく、おにくがいっぱい~♪ うーれしーいなー」

満面の笑顔で、食事をほお張るアンリエッタ王女の姿が…………!!!!

「ふぉいひい! ふぉいひい!」
「殿下……もうすこし、……どうか、その、上品に……お食べください」
「こんなに美味しいのに、楽しんで食べなきゃ損なのね、るーるるーるるー♪」

誰もが、食事中の王女を、滂沱たる涙を流しつつ眺めている。

一同の内心は、こうである―――

『『『ああ―――なんと、可憐な……!!』』』

その場にいる全員が、『どうしてこの可愛すぎる王女をゲルマニアなんぞにやらなきゃいけないんだボケェ!!』と、心のなかで叫んでいた。

数多の策略や陰謀が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)するトリスタニア王宮は、本人たちも含めて誰も知らないことだが、こうして、ひとつにまとまりつつあるようでもあった。
彼らは壁の影に黒山の人だかりのように集まりつつ、祖父と孫のようなほほえましい光景を繰り広げる二人を眺めている。

「マザリーニおじいちゃんも、食べる?」
「いえ、私は……」
「美味しいよ、もっと食べて太ったほうがいいよ、身体こわしちゃう」

貴族の一人が悔し涙を流す―――鳥の骨め、でしゃばりやがって、ギタギタに、グイッタグイッタにしてくれる……!!
当のマザリーニは、そんな視線に気づいており、胃がしくしくと痛み出していた。とても食事どころではない、ますます彼は痩せることであろう。
枢機卿は、この王女が持ってきた自分宛の手紙を読んで、これが偽者であることを知りつつ、『数日後には戻る』という言葉を信じ、皆にそれがばれないようにとどうにか頑張っている。
昔からアンリエッタ王女は『フェイス・チェンジ』というスペルで誰かと入れ替わってさぼったりもして、マザリーニを痩せさせたりもしていたので、多少慣れてはいるのだが。

「そうだ! ほら、そっちのみんなも食べようよ!! ごはんはみんなで食べたほうが美味しいのよ、きゅいきゅい!!」

王女が笑顔でそう言ったとたん、全員がすこし頬を染め、心の中でガッツポーズをしつつ、『では、失礼ながら……』と席に着いたり、皿を手にしたりするのであった。
ここはいまや、立食パーティ会場となりつつあった。

「ほら、あーん」

まさか、生きているうちに王女に『あーん』をしてもらえるとは……と、トリステイン王国に絶対の忠誠を誓う貴族がひとり。

「王女、お口のまわりが汚れておりますぞ」
「んー、むぐむぐ、ありがとう、きれいになったのねー♪」

誰もが、今日の王女の天真爛漫さに、心のツボをど突き抜かれていた―――ああ、これが伝説の、『今日の王女はひとあじ違う』という感覚か!

この日、『癒し系王女伝説』が誕生する。

もはや戦乱の気配も忘れ、今日のここトリスタニア王宮は、枢機卿マザリーニの胸中をのぞき、いまのところ実に平和のようであった。



だが、そんな可憐なる王女に、やがて忍び寄る魔の手が―――!!

ジャン・ジャ(省略されました:後編へとつづく)

////【次回、アルビオン手紙編:戦いの歌へと続く】


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