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No.12668の一覧
[0] ゼロの死人占い師(ゼロの使い魔×DiabloⅡ)[歯科猫](2011/11/22 22:15)
[1] その1:プロローグ[歯科猫](2009/11/15 18:46)
[2] その2[歯科猫](2009/11/15 18:45)
[3] その3[歯科猫](2009/12/25 16:12)
[4] その4[歯科猫](2009/10/13 21:20)
[5] その5:最初のクエスト(前編)[歯科猫](2009/10/15 19:03)
[6] その6:最初のクエスト(後編)[歯科猫](2011/11/22 22:13)
[7] その7:ラン・フーケ・ラン[歯科猫](2009/10/18 16:13)
[8] その8:美しい、まぶしい[歯科猫](2009/10/19 14:51)
[9] その9:さよならシエスタ[歯科猫](2009/10/22 13:29)
[10] その10:ホラー映画のお約束[歯科猫](2009/10/31 01:54)
[11] その11:いい日旅立ち[歯科猫](2009/10/31 15:40)
[12] その12:胸いっぱいに夢を[歯科猫](2009/11/15 18:49)
[13] その13:明日へと橋をかけよう[歯科猫](2010/05/27 23:04)
[14] その14:戦いのうた[歯科猫](2010/03/30 14:38)
[15] その15:この景色の中をずっと[歯科猫](2009/11/09 18:05)
[16] その16:きっと半分はやさしさで[歯科猫](2009/11/15 18:50)
[17] その17:雨、あがる[歯科猫](2009/11/17 23:07)
[18] その18:炎の食材(前編)[歯科猫](2009/11/24 17:56)
[19] その19:炎の食材(後編)[歯科猫](2010/03/30 14:37)
[20] その20:ルイズ・イン・ナイトメア[歯科猫](2010/01/17 19:30)
[21] その21:冒険してみたい年頃[歯科猫](2010/05/14 16:47)
[22] その22:ハートに火をつけて(前編)[歯科猫](2010/07/12 19:54)
[23] その23:ハートに火をつけて(中編)[歯科猫](2010/08/05 01:54)
[24] その24:ハートに火をつけて(後編)[歯科猫](2010/07/17 20:41)
[25] その25:星空に、君と[歯科猫](2010/07/22 14:18)
[26] その26:ザ・フリーダム・トゥ・ゴー・ホーム[歯科猫](2010/08/05 16:10)
[27] その27:炎、あなたがここにいてほしい[歯科猫](2010/08/05 14:56)
[28] その28:君の笑顔に、花束を[歯科猫](2010/11/05 17:30)
[29] その29:ないしょのお話オンパレード[歯科猫](2010/11/05 17:28)
[30] その30:そんなところもチャーミング[歯科猫](2011/01/31 23:55)
[31] その31:忘れないからね[歯科猫](2011/02/02 20:30)
[32] その32:サマー・マッドネス[歯科猫](2011/04/22 18:49)
[33] その33:ルイズの人形遊戯[歯科猫](2011/05/21 19:37)
[34] その34:つぐみのこころ[歯科猫](2011/06/25 16:18)
[35] その35:青の時代[歯科猫](2011/07/28 14:47)
[36] その36:子犬のしっぽ的な何か[歯科猫](2011/11/24 17:52)
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[12668] その12:胸いっぱいに夢を
Name: 歯科猫◆93b518d2 ID:b582cd8c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/11/15 18:49
////12-1:【中の人などいない】

ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドは<レコン・キスタ>の工作員である。
実力は風のスクウェア。二つ名は『閃光』。新進気鋭の若手メイジ、魔法の腕は、同世代で並び立つものも居ないという。ルックスもイケメンだ。
彼は栄誉あるトリステイン王宮衛士隊グリフォン隊の隊長という身分にありながら、他国のために働いている。

他国で高い地位を得て、世界に大きな流れをおこし、いずれ聖地奪還! という野望を抱いている。

さて、彼の司令部より受けたミッションは、ふたつ。
ひとつは、来るべきトリステイン侵攻戦を楽にするために、ゲルマニアとの軍事同盟を破棄させること。
そのためには、アンリエッタがもののはずみでウェールズにあてて書いた、婚約を妨げる手紙を奪取することが、ぜひとも必要なのだという。

王女は手紙の危険性に気づき、幼馴染のルイズ・フランソワーズを使者にたて、アルビオン王党派のもとへと送るつもりのようだ。
だから彼は、その道中に乗じて、もうひとつの任務と、彼自身のとある目的を果たそうと考えた。

そのもうひとつの任務とは、ウェールズ王太子を殺害せよ、とのこと。王党派どもも、まさか、トリステインの使者が牙をむくとは思うまい。
そして彼自身の目的とは―――婚約者、ルイズ・フランソワーズの身柄の確保である。
彼女の<虚無>は、我らが<レコン・キスタ>のクロムウェル総司令にとって、そして自分にとって、とても役に立つことであろう。

「王女殿下」
「なに?」
「グリフォン隊隊長、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵に御座います……昼にも一度、お目にかかりました」

彼は、夜の闇の中、貴賓室へこっそりと帰ろうとしているアンリエッタに声をかける。
おそらく、彼女はルイズのもとへ任務を授けに行った帰りだろう。その証拠に、指に水のルビーがはまっていない。きっと渡した後なのであろう。

「殿下の幼馴染、ルイズ・フランソワーズの、婚約者でございます」

彼は王女へとうやうやしげに膝を突いた。

「ええっ、あなた、ルイズさまの婚約者ですって!?」
「はい、私と彼女は、幼いころに家同士のあいだで婚姻を約束された仲、いわゆる許婚(いいなずけ)に御座います」
「へぇー! ほう、ふぅううん! あなたが! ルイズさまの!」

アンリエッタは、目をまんまるにして驚いたようであった。楽しげに笑い、ワルドを見定めるようにじっくりと観察している。
ワルドは淡々と言葉を続ける。

「殿下、このような夜更けにたった一人で、どちらに行っておられたのですか」
「散歩なのですよ」
「なにやら、不安なことがあるのでしょう……たとえば、あなたのご友人が……危険な旅に、でるとか」

ワルドは、昼に会ったときの王女がなにやら思いつめた顔をしていたことを指摘し、そこから推測したのですと告げる。
この学院にいる幼馴染はルイズ、もし、婚約者へと危険な任務を与えたのであれば、是非自分めにルイズの護衛を命じて下さいまし、と願った。
王女はあごに人差し指をあててなにやら考えていたようだが、やがて笑顔になり、ワルドへと問いかけた。

「ワルドさま、強いの?」
「王宮の守護を任されておりますゆえ、それなりに……わたくし、風のスクウェアにて御座います」
「へぇ、すごいのね! 確かに、ルイズさまの旅は危険かもしれないから、是非付いていってあげて欲しいの!」
「御心のままに」

うまくいった!
ワルドは内心ほくほくの笑みである。

「じゃあさっそく行くのね、きっとルイズさまも喜ぶのよ……今夜じゅうに出るって言ってたから、急いだほうがいいのね」
「かしこまりました……では、行ってまいります」

ワルドは、もう行くのか、早すぎじゃないか……とも考えたが、本当にそうならば急がないと、と思いをあらためる。

「そうだ、ワルドさま! ちょっと待って」
「……はい、何か」
「道に迷ったのね、泊まるところに連れて行って欲しいの! きゅいきゅい」

彼は思った。
あれ……アンリエッタ王女って、これほどまでに、可愛かったのだろうか……!?



////12-2:【笑ってはいけない】

ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドは<レコン・キスタ>の工作員である。髭面のいかしたイケメンだ。
彼はトリステイン王女より、ルイズ・フランソワーズへの随行任務を受け、トリステイン魔法学院の門のところで出てくるであろうルイズを待っている。
まがりなりにも婚約者なので、道中でたっぷり可愛がり、仲良くなってやろうというもくろみであった。

彼は、港町ラ・ロシェール方面へと向かうであろう人物を、じいっと待っていた。
そして―――彼は不思議に思う―――

おかしい。
ルイズが出てこない。

港町方面に向けて馬を走らせていったのは、むさくるしい男二人。一人はハゲで、もうひとりは目つきのやけに悪い痩せぎすな男だった。

やがて女の子四人組が出てきた。が、微妙に違うようだ。乗ろうとしている馬車は正反対の方向を向いている。
白い髪の目のヤバイ少女と、短い青い髪の眼鏡の女の子が、手をつないで歩いている。まるで初々しいカップルのようだ。
その片方はルイズ……に似ていないこともないが、あれをルイズだというのはかなり無理がある。

目がちょっとあぶなすぎるし、なにより髪の色が違う。かもしだす雰囲気は、どこかひどい不気味さすら感じさせる。
もし、こんなのと婚約しようなどと考える男性がいるとすれば、さぞかし奇特なやつなのだろう。そんなやつがいたら指をさして、げらげらと笑ってやりたいくらいだ。
だが、どうやら同性のことが好きな少女のようだ、そのぶんなら、世の中の男性はこのような少女と結ばれること無く、むしろ救われることだろう。

やはり違うという証拠に、彼女たちはまったく正反対の方向……あっちはガリア、ラグドリアン湖のほうへと馬車で向かっていった。
どんなにあっちへ行っても、アルビオンにたどり着くことはできない。観光か何かだろうか。

おかしい。
ルイズが出てこない―――

―――と、夜が白み始めるまで、彼は門の前にじっと立ち尽くすのであった。
彼は徹夜で疲れてぼんやりとしつつある頭で、思った。
もしかして、アンリエッタ王女を貴賓室へ送り届けている間に、もう彼女は出てしまっていたのだろうか……?


////12-3:【とくに嫌がらせというわけではない】

ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドは<レコン・キスタ>の工作員である。疲れた顔でもイケメンだ。
今日はマントをはためかせ、ラ・ロシェール方面の道を、彼は愛騎であるところのグリフォンに乗って、急いでルイズを追いかける。

途中で彼は、目つきの悪い男とハゲを追い越した。自慢のグリフォンは、馬よりもずっと速い。
彼は思う。時間差を考慮に入れれば、この先にルイズがいるはずだ、と。


だが―――彼は焦る。

おかしい。
ルイズがいない。

血眼になって探し回り、とうとうラ・ロシェールに到着してしまった。
今日明日は船が出ない、このあたりの宿で足止めをくらっているはずだ。

しらみつぶしに宿という宿を探し回ったが、それらしき少女は泊まっていないという。

ありったけの『遍在』も出して、道をなんども往復し、そのたびにハゲと目つきの悪い男とすれちがう。見るたびにイライラする。

関係ない話だが、妙に進行が早い、何か馬に薬でも飲ませているのだろうか。

いちど魔法学院にも戻ってみたが、そこにいたメイドは、ルイズは留守だと言った。
『どこにいったかなんて知らないし、知りたくもないのです、すみませんすみません』と生気の感じられない目で言っていた、変なメイドだった。

なので、以前仲間にした盗賊『土くれのフーケ』に、やとった傭兵どもを使ってルイズを探させる。
結局見つからなかったので、金と酒を振舞って解散、ということになった。

今日はもう寝ようか、と彼は思った。
グリフォンも疲れたようだ。たっぷり休ませてやろう。

目つきの悪い男とハゲが、自分のとったのと同じ宿に泊まった。なにかの嫌がらせか。



////12-4:【なんと素晴らしいのだろう】

ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドは<レコン・キスタ>の工作員である。イケメンすぎて不機嫌面でも絵になる。
夜、疲れ果てて宿の酒場でぼそぼそと食事を取っていると、目つきの悪い男に声をかけられた。

自分が同じ風のスクウェアだ、ということを知ったとたん、彼は拳をにぎりしめ、すごい勢いで喋り始めた。まるでアジ演説だ。

いわく、誰も彼もが風のすばらしさを活かしきれていない。
いわく、風のすばらしさは四つある、はやきこと、みえなきこと、どこにでもあること、かたくもやわらかくもなれること、ものをはこべること。
おい待て、五つじゃないか!

よろしい、ならば五つだ、しっかり覚えておけ……か、ふむ、聞いてやろう。
風の素晴らしさは五つある、それすなわち、はやきこと、みえなきこと、どこにでもあること、かたくもやわらかくもなれること、ものをはこべること、そしてこれが一番大事なことなのだが―――自由(Freedom)であること!!

ちょ、また増えてんじゃないかよおい!!

―――ああ、風は自由(Freedom)!! なんと素晴らしい響きか!!

こちらの話を一切聞かずそう高らかに宣言する目つきの悪い男は、どうやら酔っているわけではないらしい。
同僚らしきハゲの男は、タルブワインをちびちびやりつつ、彼は酒が飲めないのだ、と言った。なんと、素でコレだというのか。

トリステイン魔法学院の教師らしきハゲに、ルイズのことを聞いてみた。すると、彼らはルイズのことを知っているという。

彼女は自由だ、と目つきの悪い男はしみじみ言った。
若くて可能性に溢れていて、努力家で、想像も付かない大きなものを見据え、その流れに乗ろうとしている。
自由の風に乗って大空を舞う、鷲のようではないか。気高く、まるで彼女の母君をみているようだ、と。

彼の話から推測するに、やはりルイズは、大きくなっても、自分が昔知っていたルイズのままであるらしい。
泣き虫で脆いが、柔軟な発想をもち、努力を惜しまず、身を削り、なにか途方も無いことをなしとげようとする。

そんな桃色髪の美しい女性に成長したであろう彼女を想い、彼は美味いワインに舌鼓を打った。
明日こそは、彼女に会えるのだろうか。そう考えると、どきどきとするではないか。
そして―――


彼は思った。
ふむ、風は自由、か―――そうか、なかなか悪くない響きだ。




////12-5:【限界ぶっちぎり】

時はさかのぼる。
ギトーたちは既に出発しており、ルイズたちが解除薬の材料を取りに行くため、『幽霊屋敷』を出る準備をしていたところ。

「大変です! に、に、逃ぇげまそっ! にげ、にげっ!! に、にるにるにばば」
「「な、なな何だってェー!!」」

涙目のシエスタが地下への扉から飛び出し噛みまくって叫び、ルイズとモンモランシーが目をむいて飛び上がった。
厳重に縛ったまま、二人の罪深き囚人を地下に監禁しておいたはずだ。どうやって地下から……はっ!!
背筋にいやな汗が伝う。二人は気づく。そうだ、地下だからこそ―――!!

「だあ畜生ぅ……ううう、あ、あのモグラがいたのよね……」

ルイズは自分のやることなすことがことごとく裏目裏目に出る現状に、力なく涙ぐんだ。
あれだけ占いについて学び、何度も何度も慎重に自分の運命を占い、いちばん良いと思われる行動をずっと取ってきたではないか。
囚われのお姫様を救出するとは、なんという、青少年の夢見る状況なのだろう。薬でハッピーになっている今の彼なら、迷わずやるだろう。
彼らが逃げてからどれだけ経ったのだろうか。

麗しの姫君の貞操は、まだ無事なのだろうか。もう手遅れかもしれない。悪い想像がしだいに大きくなる。ギーシュの性欲で王国が危険だ。
大事な、大事な姫の身体が。
幼馴染の、大事な姫さまの御身体が。ほら、目の前に浮かぶような、正気に戻ったときに静かに泣く姫さま。
『イロのたいまつ』を握り締め、その明かりを頼りに悔し涙を流しながら、歯をくいしばり、ルイズはモグラの開けた穴から転げ落ちるようにして、二人を追いかけた。
結果、二人はすぐに見つかることになる。

―――くんかくんか! ああ、いい匂いだ! ―――ああそんな! いやらしい!

どうやら二人で居ると、発情モードに入ってしまうようであっだ。目的は二人で居ることであり、逃げることでは無かったのだろう。
地下の暗闇のなか、ギーシュは姫の上に覆いかぶさっていた。
それを見て、泥だらけのルイズは、怒りと悲しみで胸がはりさけそうになった。

もう、姫さまは純潔を散らせてしまったのだろうか―――私のせいで! 私のせいで! 私のせいで!
はっ、はっ、と呼吸が上ずる。
おなかの中が、きゅっ、と痛んだ。ぎりっと悔しさに奥歯が鳴る。足をぐいっと踏みしめる。『イロのたいまつ』を振りかぶる。涙がはらりと散る。

「―――『TERROR(恐れよ)』!!」

思い切り、ネクロマンサーの杖を振った。ふぉわん―――白い霊気が集い、弾け、火の粉が空中に線を引く。
研鑽を重ねて可能となった、当初は出来なかった<呪い(Curse)>だ。
人間に対してはたいした効果を与えることは出来ないし、効果の持続もほんの一瞬だろうが、今の行為を中断させるだけなら、これで十分だろう。
運命の流れに介入し、対象がもっとも恐れるものの幻覚を引き出す―――

「「……!!」」

とたん、姫と少年は、そそくさと離れて―――どこかへ逃げようとし、震えはじめた。どんな幻覚を見たのか、ルイズには解らない。

ルイズは、なかば放心しつつ、肩で息をしている。
さっそく怯える姫に近づいて、そっと手を合わせ拝むと、スカートをちょいとつまんで、捲り上げた―――

「……」

目を細める。

「……よかった」

ルイズは自分が間に合ったことを、ラズマの守護聖獣トラグールに感謝した。

「……まだ、はいてるわ……ちゃんとはいてる、ドロワーズ」

そして、泥だらけの袖口で、あふれる安堵の涙をぬぐった。ありがとう、ドロワーズ。



―――

ゴーレムで二人を地下牢へと連れ戻し、壁の穴をふさぎ、ふたたび厳重に拘束したあと、ルイズは顔の泥をぬぐいもせず、まず入り口近くの床板を剥がした。
それは落とし穴だった。ベッドの近くの紐を引っ張ると、ここに侵入してきた敵が落下するようになっている。
なかに覗くのは、刃を上向きに立てられた、刃渡り1メイルはありそうな、かわいた血の跡のたっぷりついた肉切り包丁。

アンリエッタがここに落下して左アンリと右エッタにならなかったことを、ルイズは始祖に感謝する。

ルイズは『ブッチャーズ・ピューピル』を床下から取り出す。
ひどく重たいこの物騒な調理器具を、腕力や技量の足りない彼女が扱えるはずもなく、振りかぶる腕はぷるぷると震え、足元がふらついている。瞳孔は完全に開いている。

モンモランシーが、息を呑んだ。

「な、何よそれ」
「仏契約(ぶっちぎ)るわ」
「……え?」
「ごめんなさいね、あなたの彼氏、ちょっと僧籍に入ってもらう……それが……それが姫さまを救うことになる」

モンモランシーが、何を言われているのか解らないという顔をした。だが、しだいに体は震え、顔は青くなる。
やっと理解したからだ。ルイズは激怒していた―――必ず、かの邪知暴虐の棒を除かなければならぬと決意していたのである。

「ま、待って」
「そこをどいてモンモランシー」
「い、や……」
「裏切るの? ねえあなた、嘘つきね、嘘つきだわ、すぐにどいてくれたらたぶんあなたごと叩き斬らずに済むと思うのよ、私の勘違いかしらウフフフ」
「あ、あ、あ……あ、ああ」

このときのことを、のちにモンモランシーは述懐する―――『さきにトイレに行っておいて、本当に良かった』、と。
彼女は叫んだ、ごめんなさい、彼は悪くない、わたしが彼にいつまでもさせてあげていなかったのがいけないの! と。

―――ドスン!!!
と、血染めの肉切り包丁が、座り込んだモンモランシーの両方の太ももの内側へと落下した。
制服のスカートに、前方スリットが入った。重量のある刃は床板を貫通し、なかばまで埋まりこんだ。
『たった二滴でよかった、トイレに行っておいてよかった』とはモンモランシーの述懐である。

「きをつけっ!!」
「はビぅ!!」

モンモランシーは背筋を伸ばす。

「……あなたのなんでしょう、そうね、自分で丁寧に切り取って、部屋にでも飾っておきなさい」

ルイズはそう言って、くるりと背をむけると、出かける準備を再開した。どうやら毒気を抜かれたらしい。
モンモランシーは、キュルケとタバサたちがそれぞれの自室から戻ってきてもまだしばらくの間、立ち上がることが出来なかった。

ルイズはギーシュの監視を、キュルケの頼れる相棒サラマンダーのフレイムにまかせ、また姫を襲うようなら髪の毛一本のこさず焼くように飼い主から伝えてもらった。
モグラのヴェルダンデは話せばわかるいい子らしく、おとなしく主人が正気に戻るのを待つつもりのようだ。

四人は、足りない秘薬の材料『水の精霊の涙』を求め、水の精霊を狩りに(Water-Elemental Run)―――いや、水の精霊に会いに行く。
行き先は、ガリアとの国境付近、ラグドリアン湖だ。





////12-6:【湖】

ルイズたちが馬車ではるばるやってきたのは、大きな湖。
トリステインとの国境線をはさんでガリアにまたがるこの湖―――ラグドリアン湖は、誓約の湖とも呼ばれ、恋人たちがデートスポットに使う美しい場所である。
ここには水の精霊が住んでいて、恋人たちの『永遠に共に』との願いを聞いて、それこそ永遠に覚えていてくれるそうだ。
鏡のような湖面は夜も月の光を反射してきらきらと輝き、それはそれは絵になる光景なのだという―――


―――はずなのだが。

「なんか、微妙に濁ってない?」
「んんう……そうかしら?」

御者台のキュルケがぽつりと言ったので、ルイズが眠たそうに目を開け、ぼんやりと湖面をながめた。その肩にはタバサが寄りかかって、幸せそうにすやすやと眠っている。
もうすぐ夜明けだ。四人はかわるがわる馬を御しつつ、馬車の中で揺られながら、休憩を取っていたのである。

「……あれ、本当ね……昔来たときは、もっと澄んだ色をしていたもの」

キュルケの言うとおり、遠くのほうはそうでもないのだが、トリステイン側の湖岸付近を見れば、どこか輝きが鈍っているようにも見える。
ふと、嫌な予感を感じるルイズである。順調に秘薬の材料『水の精霊の涙』を採取できればよいのだが……。

コルベールたち教師組みのことも心配だし、アンリエッタ姫のことも心配だし、『変化』の先住魔法で姫の姿に化けてもらったシルフィードのことも心配だ。
リュティスでの一件以来、たまに『幽霊屋敷』の天井裏にたむろしに来るようになっていた幻獣古代種『エコー』たちに、いろいろと上手な化け方を学んでいたようだ。
そのおかげか、外見はそっくりでも……中身は完全に別物だ。子供のようなシルフィードが、すぐにボロを出してしまうのではないかと、ルイズは冷や汗ものである。

「それはともかく……あまり時間をかけては居られないわ」

湖岸へと到着したので、二人は眠っているモンモランシーをたたき起こす。それについでタバサも起き出し、馬車から降りる。
モンモランシーは眠たい目をこすりつつ、使い魔のカエル『ロビン』に一滴の血液をたらし、水の精霊を呼ばせた。
何を隠そう、ここは彼女の地元であり、家は代々水の精霊との交渉役として知られてきた身だ。干拓事業の失敗は、精霊の機嫌を損なったせいだという。
秘薬の材料『水の精霊の涙』とは、その身体の一部なのだという。お願いして、少しだけ分けてもらうのよ、とモンモランシーは言った。

「個なる者よ、我はミョズニトニルンを信用することはできない、ゆえに我が一部をわけてやることはかなわぬ」

と、全裸のモンモランシーの姿をとって呼び出された水の精霊は、不機嫌そうに言い、ルイズたちの要求をばっさりと切り捨てた。
みょず? 何よそれ、とキュルケはけげんそうに言って、ルイズを見た。ルイズの額、白い前髪に隠れているあたりから、汗がひとすじ流れ落ちた。
何故信用できないのか、と問うと、二年ほど前にミョズニトニルンの女とクロムウェルという男が、精霊から『アンドバリの指輪』という秘宝を奪っていったのだという。

「もし、それを取りかえしてくると約束したら……からだの一部を分けていただけますか?」
「ならぬ、繰り返すが、我はミョズニトニルンを信用することはできない、そのような守れぬ約束はしない」

もはやとりつく島もない。でも、ルイズたちは諦めるわけにはいかない。

「モンモランシーの一部と交換で」
「いらぬ」

その後しばらくやんのかんのとねばりづよく交渉したあと、ひとつの条件を引き出すことに成功する。

「わが身を汚す何者かを討て、そうすればそなたらを信用し、望むものを与えよう―――」

ラグドリアン湖に流れ込む一本の小川から、なにやら強力な毒が流れこんできているらしい。湖面の様子がおかしいのは、そのためだという。
水の精霊は世界中を水で覆い尽くし指輪を探し出すため、そして毒を希釈するために、せっせと湖の水位をあげることに熱中しているのだという。
だんだんと周囲の村や畑を水没させつつあり、事態はいずれ深刻なこととなりそうだ。

―――

ルイズたちは朝もやのけぶる湖北西部の小川へと向かった。朝日に照らされたその川は、汚く黄土色に濁ってみえた。
こんなことになるとは思ってもみなかったので、全員山中を行くための装備などもっておらず、四人は手や足に擦り傷をつくりながらも上流へと進む。

「あら……洞窟みたいね」

キュルケの言ったとおり、そこは人がひとり通れるほどの、小さな鍾乳洞になっていた。
かつては透明な水がとくとくと流れ出していたのだろうが、いまやそこからは臭気がただよい、黄色く変色した汚水が流れ出るばかりだ。
こんなところに入るのか、とキュルケとモンモランシーが顔をしかめた。ルイズはじっと二人を見て、言う。

「入りたくないなら、べつに残っててもいいわよ……私と、タバサとモンモランシーで行くから」

そう言ってルイズとタバサは、目を閉じて杖をかまえる。
『骨の鎧(Bone Armor)』と、『エナジー・シールド』をそれぞれ展開し、中に潜んでいるだろう何者かとの戦闘に備える。
モンモランシーは、自分が突入メンバーに既に入れられていることに驚愕し、やがて本日何度目になるか解らない絶望を味わった。

「ねえモンモランシー、そしてついてくるならキュルケ……私がこれから何をやっても驚かないで、そして見たことは……絶対に口外しないで」

ルイズは焦点の合わない目で言った。

「したら……どうなるかしら……ウフフ……ウフフフフ」

二人は背筋を震わせ、思った―――ああ、いったいどうなってしまうのか!!

このときキュルケの苦労人センサーは、針が振り切れるほどに反応しており―――結局彼女は、疲れたから馬車で休んでるわ、と言った。
絶対に触れられたくないこと、触れたら自分が危険なことには、触れない気にしない……それが、キュルケのいつものスタンスだった。
それは間違いなく、キュルケとルイズが今後も友人を続けていくうえでの、極めて正しい選択だった。

ひとり洞窟の外に残ったキュルケは、震えながら連行されてゆく荷物番モンモランシーの冥福を、涙を流しつつ祈るのだった。





////12-7:【クエスト(From DiabloⅠ:Poisoned Water Supply):汚れた水源】

―――Now Entering...

鍾乳石に頭をぶつけないように、手をケガしないように、慎重に慎重に三人は進む。
先導するのはルイズの使い魔。白くまばゆい光で、あたりを照らす。
次にゴーレムが、敵の襲来に備えて背後のものたちを守りながら進む。雪風のタバサが、ゼロのルイズと並んで進む。
最後尾で、戦闘向けメイジでないモンモランシーが、ポーションのたっぷり入った重たいかばんを背負い、ひいひいと息をきらせている。

鍾乳洞を抜けると、すこし広めの通路に出た。壁は大部分が土にかわり、地面は細かい砂で覆われ、あたりには篝火が焚かれ、道の真ん中に黄色くよどんだ小川が流れている。
三人は驚いて、その光景に見入った。洞窟は自然のままのものというよりは、多少人の手が入っているようにも見える。

「……やっぱり、誰かいるみたい」
「ねえ、ルイズ……何のために、川に毒なんて流すのかしら」

モンモランシーが、さっぱり解らないといった表情でつぶやいた。ここは彼女の地元だ。心を痛めていることだろう。
怖くてなにか喋っていないと心が潰れそうだから、なのかもしれない。

ここにいる全員が、メイジがこんなことをして何の得があるのだろうか、と首をひねる。
トリステインやガリアにたいする陰謀や侵略行為にしては規模がちいさく非効率だし、せいぜいが嫌がらせにしかならないだろう。
もしかして、わざとではなかったとか?
水の精霊に関することなのだろうか、とルイズは思ったが、理由の詮索などあとまわし。

「来たわ」
「な、何よあれ……亜人?」

ルイズがキッ、と前方をにらんだので、モンモランシーもそちらに目をやると、いくつかの人影が見えた。こちらにやってくる。
貴族の屋敷の平民の門番が扱うような、柄(え)の長い三日月状の斧のついたポールアーム(バルディッシュ)を手にしている。
身体は浅黒い。頭には、角。黒い体毛―――その顔は人間のものではなく、黒い山羊のものだった。

「……あの……ルイズ、あれって、敵……なの? 理由を話したら、通してくれるかしら」

この世界、ハルケギニアにも亜人は存在する。オーク鬼、トロール鬼、翼人などがそれにあたる。
それらのなかには、人間の言葉がわかり、人間と交易したり戦争で傭兵となったりして共存している一族も存在する。
タバサ、モンモランシーにとって、山羊頭の亜人など見るのも初めてだった。そんなものが居るという話を聞いたこともなかった。
かの山羊男たちの姿は、見るものにどこか禍々しさの印象を与えるものだった。
腕は隆々たる筋肉におおわれており、手にしたポールアームを振るえば、か弱い少女たちなど一撃で肉片に変えてしまうだろう。

少女たちへと向かってくるその数はしだいに増えてゆき、こちらにはトライアングルがひとりいるとはいえ、突破するには骨が折れそうだ。
十人、二十人、ぞろぞろと出てくる。たとえ突破しても、このぶんではあとで何が出てくるか、わかったものではない。

「敵じゃないわ、モンモランシー」

ルイズが、くいっと口の端を持ち上げた。
モンモランシーは、よかった怖いけど話せば解る相手なのか、と安堵し、とりあえず交渉するつもりなのかしら、と胸をなでおろす。

「敵ですって? モンモランシー、ねえ、あれが敵? ねえ、うふふふ……ああおかしい、あれはまったくもって敵なんかじゃないわ、あれはね……」

ルイズの瞳孔が、みるみる開いてゆく。
くくっ、くくっと、その喉の奥から押し殺した笑い声がもれる。
やがて、あーっはっは、と大きな笑い声になる。あっけにとられた二人が見守るなか、ルイズはひとしきり高笑いしたあと―――

「―――死体の材料、って言うのよ!!」

あはは、あはは、と素敵な宝物を見つけたかのような笑みで、『イロのたいまつ』を振りかぶった。なにやら呪文を唱えている。
同時に、大勢の黒山羊の悪魔たちが、黒い剛毛に覆われた両足のひづめで地を蹴り、バルディッシュをかまえて突撃してきた。
なにこれ、なにこれ、とモンモランシーは震えることしかできない。タバサが、杖をかまえ、呪文を唱え始めた―――

『テラー!! (恐怖せよ!! 恐怖せよ!! さあ、恐怖せよ―――)』

ルイズが緑色に発光する杖を、ばあっと振り下ろす。身体の心からあふれ出るような霊気の流れを、割り込ませ、敵の運命の流れへと干渉する。火の粉が舞い―――
山羊男の集団の、前線の突撃の勢いが止まる。身体の髄へと恐怖を叩き込まれ、尻込みし、こちらへと近づくことが出来なくなったのである。

『エア・カッター』

タバサが、魔法を放った。怖気づいた前線の味方の隙間を無理矢理押しひろげて、こちらへと向かってこようとしていた数匹の山羊男の群れへと、着弾する。
乱舞する空気の刃が、山羊男たちの皮膚を切り裂く。苦しみの声があがるが、悪魔たちは相当な生命力に溢れているらしく、倒れたのは一匹だけ。
ルイズのクレイ・ゴーレムが、せまる敵の集団のなかへと突撃し、倒れて苦しみもがいている山羊男の頭蓋骨にむけて、思い切り足を振り上げ―――

踏み抜いた―――

「来たわ、来たわ、来たわ出来たわ、出来た出来たやった、うふふふ、さあ行くわよっ!! …………タバサぁあ、エア・シールド最大出力ッ!!」

ぐしょ、という鈍い音とともに、ルイズが嬉しそうに叫んだ。タバサは言われたとおりに、空気の障壁へと精神力をたっぷりと流し込んだ。ゴーレムが撤退する。
その瞬間、ルイズは杖をたかだかと掲げ―――宣言する。ラズマのネクロマンサーの前に立ちはだかる、すべての敵が恐怖する、その言葉を。

『―――コープス・エクスプロージョン(Corpse Explosion)!!』

光が散る、とたん、弾ける―――

袋の中身。

詰まっているのは、夢と希望。

そう思っておいたほうがいい―――と、雪風のタバサは後ろのモンモランシーに向かってそっと語ったという。

――ど、ばっしゃあぁーん!! あーん!! あーん! 残響が、洞窟にこだまする。爆発音に驚いたコウモリたちが、ばさばさばさと飛んで逃げてゆく。

空気の障壁で防ぎきれなかった衝撃が、少女たちの髪をゆらす。洞窟の天井をぐらぐらと揺らす。
モンモランシーは、ただただ目をむいて、あんぐりと口をあけている。タバサはじっと目を閉じて、障壁の維持に専念している。
ゼロのルイズは止まらない。一歩、二歩と進み出る。障壁を張っていたタバサが、ルイズを外に出さないために、慌ててそれにあわせて動く。

「あははははっ!! まだまだ足りない、足りないわ……こんなんじゃ足りないの足りないわさあもっともっともっとぉーッハハハあっ!!!」

『イロのたいまつ』が発光する。続けて『アンプリファイ・ダメージ(ダメージ増幅)』の呪術が発動する。いびつな色をした炎が、山羊男たちの頭上に浮かんだ。
ふたたび杖が振るわれ、あらたに出来た死体という名の恐るべき凶器が、中身を撒き散らして弾ける―――パーン!! まだまだ、パーン!! もいっちょ、パーン!!
ぐおお、ぐおお、にげまどう魔物の悲鳴がひびく。ここは狭い洞窟、逃げ場はほとんどない。壁がぐらぐらと揺れ、あたりに瓦礫が落下する。
ラズマの大いなる殺戮秘技『死体爆破』、死者の秘める断末魔パワーが、なみいる敵をかたっぱしから吹き飛ばし、ぶちまけてゆく。

びゃっ―――

モンモランシーのすぐとなり、鍾乳洞のつららに、ナニカがひっかかった。そこから彼女の頬に、生暖かい液体が跳ね飛んできて、模様をえがいた。
魂を抜かれたかのように放心していたモンモランシーの目から、すっ、とひとすじの涙がこぼれた。なにこれ、なにこれ。

なにこれ、なにこれ。なにこれ、なにこれ―――

ゆめ、きぼう、ゆめ、とモンモランシーは、静かに自分へと語り聞かせつづけていた。
そして、どこか斜め上の視点から自分自身を見ているような不思議な感覚につつまれ、ドン退きしつつ、思った。ええ、そうよ―――これは、無いわ。

黒い山羊男たちは、群れの中心で起きた爆発に吹き飛ばされ、いろんなところをもぎ取られ、あるものは壁にめり込み、生き延びたものは倒れこみぴくぴくと震えている。

洞窟は真っ赤に染まっていた―――いや、と金色の髪と真っ青な顔の少女モンモランシーは思う―――ただ赤いだけなら、まだどれだけマシだったことだろうか、と。
ピンクや白や紫色の小片が混じったそれがところかまわず散らばり、天井からべちゃり、ぼちゃり、と落下してくる。

ルイズの白い髪の毛に、肩に、落ちてきたなにかの液体が赤い筋をつくっている。
タバサも、モンモランシーもそうだ。帰ったらリボンとか靴とかこの服とか捨てないと、おこづかいどうしよう、とモンモランシーは現実逃避しながら、ぼんやりと考えていた。

自分たちは、水の精霊の要求をうけて、汚れた水源を清浄化するために、ここに来たはずなのだが……
モンモランシーは思った―――自分たちが来る前よりも、ずっとずっとひどいことになっているのではないか―――おもに、ハラワ……いや、夢と希望で!!

ゆめ! きぼう! ゆめ! きぼう! こいぬ!

ルイズはマナ・ポーションを飲み干して、口を袖でぬぐうとにいっ、と笑う。
さあ出ておいで、私の戦士、スケルトン、と杖を振ると、倒れている山羊男の死骸が血肉をまきちらし破れ、かしゃり、と白いガイコツが立ち上がる。二体、三体……四体。

ありがとう、きてくれて、はやくよんであげたかったわ、うふふふふ、ごめんなさいね、平和な学院じゃ、なかなか新鮮な死体が手に入らないんですもの……
とっても素敵な骨格よ、オークのもたくましくて好みだけど、あなたたちのはとっても綺麗だわ、えへへっ。
ねえタバサ、大丈夫? 怖くない? ……顔が青いわ、辛かったら帰ってもいいのよ? ……えっ、まだ行ける? あらそう! ウフフ……

ウフフ……

「―――さあ、行きましょう!!」

赤い雨、赤い水たまりを気にせずに、ルイズは夢と希望にあふれる洞窟の奥へと進みだした。
ぴちぴちちゃぷちゃぷと、まるでスキップをするように、白いヒトダマをランタンがわりに、一体の土くれと四体の死者の戦士、もはや眷属と成り果てたひとりの雪風のメイジをひきつれて。

―――カタカタ、カタカタ、と骨の笑い声がひびく。あははあははと少女の声がひびく。

そうか、まともな人間は私しかいないのか。キュルケさん、どうしてあなたは逃げたの、あなただけが心の拠り所だったのに。
いや、残念、これはわたしの引き起こした事件ですから。タバサはともかく、ゲルマニアの心優しいキュルケさんには全く関係のないことでした。
もう帰りたい、帰ってもういちど首を吊らせて、と血まみれのモンモランシーは思った。

逃げよう、いますぐ逃げよう、学院にも戻らないでどこか遠いところ……そうだ、タルブなんてどうかしら……シエスタの故郷―――

だが、悲しいことにモンモランシーは……ゼロのルイズと、運命共同体の誓いをしていたのであった。
やがてゴート・スケルトンの一体が戻ってきて、白い骨の手で、突っ立っていたままの彼女の襟首を―――がしっ、と掴んだ。

もはや逃げ場はなかった。







////12-8:【殺人犯かもしれないやつらと一緒の部屋に居られるものか、私は自分の部屋に戻る!】

ひとり洞窟探検に参加せず、山道を引き返したキュルケ・フォン・ツェルプストーは、湖岸より少し離れたところに停めてある馬車のところへと戻ってきていた。
考えてみれば四人で行けば馬車の番をする者が居なかったわ、あたしが適役ね、と彼女は自分に信じ込ませようとしていた。

疲れていたのは本当だ。
いちばん今回の事件に関係のないキュルケは、あまり深入りするのもいけないが、せめて御者だけでもしてやろう……と、他の四人よりずっと長い時間御者台に座っていたのだ。
この後も忙しいルイズとタバサがたっぷり休憩を取ることが出来て、自分が手伝えるのはせいぜいそのくらいまでよね、と彼女は思った。

四人がけの、向かい合わせになっている座席の片方に寝転がり、んんーっ、と伸びをして、凝り固まった肩や腰の筋肉をほぐす。
毛布を取ってひとつを枕にし、もうひとつをかぶり、赤く長い髪が邪魔にならないようにかるくそろえる。瓶から水を口に含み、喉を潤し、うがいをする。
横になったとたん、どっと疲れが襲ってくる。

ゼロのルイズに付き合えば、いつもこんなふうに疲れるわね、とキュルケはぼんやりと思った。

見上げれば、朝日もずいぶんと高いところへ行ってしまった。皆、無事だろうか。
やはりついていけばよかったのだろうか……いや、疲れ果てている自分が着いていっても、足手まといになったかもしれない―――

そうだ、カーテン……と、起き上がって窓の日よけを下ろす。
そしてふたたび横になれば、すぐに眠りはやってくる。


―――

外から妙な物音がきこえて、キュルケは目を覚ました。
どのくらい時間がたったのか、ここには時計もないのでわからない。

ルイズたちが帰ってきたのだろうか。
それにしては、様子がおかしい……

どおん、どん、と何かの音が響いている。たしか火のメイジである自分の使う、ファイアー・ボールが炸裂すれば、このような音が―――



―――戦闘音!!

キュルケは飛び起きる。すぐに杖を取り出し、目をこすって毛布を放り投げる。
ルイズたちが帰ってきたのだろうか。
なにかに襲われているのだろうか―――たとえば、あの小川に毒を流した連中、とか。

馬車の扉を開けて飛び出す。
音は、湖岸のほうから聞こえてきている。あの独特の何度も響く音は、水面に反射するときに起こるものだ。

待ってて、あたしも行く、とキュルケは胸のうちで叫んだ。

もう遅いが、自分も、疲れを押してでも、やはり洞窟のなかに一緒に行けばよかった。
ルイズがいつもどおりの余裕そうな雰囲気を出していたから、これなら大丈夫だろうと思っていた。フーケのときのように。
毒を流す奴らを見つけ、自分たちの手に余るようなら、すぐに引き返して領主に通報する、それで足りるだろうからだ。

でも、もしタバサ、ルイズ、モンモランシーたちに何かがあれば……

キュルケは、胸が痛む。
杖をぐっと握り締め、走って、走って、走った。

ルイズたち一行に火のメイジは居ない。
ファイアー・ボールの炸裂音はなんどもなんども続いている。沢山の敵に、攻撃を受けているんだ……

悪い想像が加速する。

キュルケはやがて、ラグドリアン湖岸へと到着し、その光景を目にする―――

「……っ!!」

そこに居たのは、キュルケの知らない男だ。
身長170ちょっとのキュルケと、同じくらい、いやすこし向こうのほうが高いだろうか。
ゲルマニア人のキュルケよりも、その肌は浅黒い。ここからは遠すぎて、年齢は解らない。
青い服。金の糸の刺繍で、ラインが何本も入っている。妙なかたちの、両側に角のような飾りのついた帽子をかぶっている。

巨大な金色の杖。先端には三日月のように尾をはねあげる竜魚の飾り。
青白いなにかのエネルギーがあふれ出し、螺旋のように杖を巻き上がってゆく。精神力ではない、何か別のものだ。
スクウェアクラスかと思われるほどの密度、大きさのファイアー・ボールが、何度も何度も放たれている。

男に攻撃されているのは、湖面だった。
湖面が盛り上がり、のたうっている。ひょっとしてあれは、水の精霊なのだろうか。身を焼かれ、もがき苦しんでいるようだ。
精霊は水の槍を飛ばして反撃しているようだが、男に届く前に、妙な壁によってはじかれている。

『―――テレキネシス(Telekinesis)』

水の精霊の身体が、ばっ、と弾けた。
大きな塊が宙を舞い、男がとりだした大きめの甕(Urn)へと吸い込まれるように入ってゆく。
フタを閉じる動作、そして男が、ふと、キュルケのほうを見た。

―――まずい!!

キュルケは戦慄する―――殺す気だ、あたしを……!!

男が杖を振り上げる。
キュルケは直感にしたがい、全力でその場を飛びのいた。

『ライトニング(Lightning)―――』

一条の電撃が、ラグドリアン湖岸からキュルケの立っていたあたりまでの湖水を沸騰させつつ、通り過ぎていった。
キュルケのすぐそば、いままで彼女が立っていたあたりで、木が、草が、もうもうたる黒煙をあげていた。

逃げろ、殺される―――!!

遠くの男の身体が、青白い光につつまれて消えた。

直後―――背後に、気配。死ぬ、いまだ避けろ!!
キュルケはスペルを唱えつつ走る。男はいつのまにか自分のすぐそばまで転移しており、杖が振られ―――

『―――グラシアル・スパイク(氷河の破片)』
「っく、『ファイアー・ウォール』っ!!!!」

湖の水が凍ってひび割れる、砂にしみこんだ水が霜柱をたてる、凍った水蒸気がぱらぱらと頬にあたる。木が幹が砕け葉の破片が飛びちる―――

―――どおん! 猛烈な炎の壁が、キュルケを守る。

スペルは間に合い、襲い来る寒波をはじき返し、キュルケは地面に張り付いた靴を片方残したまま、逃げ出した。

飛ぶな、あの電撃で狙い撃たれるぞ。
地を這え、反撃しろ―――『ファイアー・ボール!!』

男はふたたび光につつまれ、転移した―――が、トライアングル・メイジ、微熱のキュルケの炎球は、狙った獲物を逃さない。

「いけーーっ!!」

―――ずどん! キュルケのすぐそばに現れた男へと、誘導弾が直撃する。炸裂―――
ばちっばちっ―――と、男の周りに静電の壁があらわれ、熱を防ぐが、殺しきれない衝撃が、男を吹き飛ばす。
男は杖を離し、抱えていた甕を守るようにごろごろと転がって受身をとり、やがて起き上がった。

ははははは、と狂ったような、男の笑い声がひびく。

テレキネシス、と男が呪文をとなえ、逃げようとしていたキュルケは何も無い空中に浮かび、首をしめあげられた。
いまあいつは杖を使っていない―――先住魔法、なのだろうか?

息が出来ず、必死にキュルケは身をよじる。男がとどめをさそうと、近づいてくる。喉を絞める見えない力は、どんどん強くなる。

そしてキュルケは、ポケットから、あるものを取り出し―――肺の中に残った最後の空気で、呪文を唱えた。

『ウル・カーノ(発火)!!!』

火をともされ、渾身の力で、男にむけて投げつけられたそれは―――『ハジける蛇くんVer.2』。
学院につとめる教師コルベールが作った、高性能爆薬である。

ズドォオオン―――!!

空気が震える。衝撃で、キュルケも吹き飛ぶ。男も、障壁ごと弾き飛ばされる。
相手は、割れ物をかかえているせいか、どうやら全力を出せないようだった。今の爆撃を、ひどく警戒しているようだ。
立ち上がり、杖を拾い、『門よ』と言うと、赤いゲートが現れる―――そして、居なくなった。

居なくなった―――

はっ、はっ、はっ……

靴を片方なくし、服もぼろぼろ、自慢の長い髪の毛の一部が凍りつき、崩れてしまった。
湖岸に仰向けに倒れ込んだまま、青い空と雲とを見上げ、キュルケはしばし、呼吸をととのえながら、ぼうっとしていた。

ああ助かった。
助かった。
死ぬかと思った。
何であたしが。
腹が立つ。何なのよあいつは。
誰だか知らないけど、このトライアングル、微熱のキュルケが、あんな奴に―――!!

緊張がとけたせいと悔しさのせいで流れ出してくる涙、睡眠不足でお日様にちかちかする目を、右腕で覆いかくし―――

―――ああ、馬鹿みたい

でも、あの三人が襲われてたんじゃなくて、良かった―――

そのまま彼女は、あははっ、と涙目で笑い、しばらく鼻をすする音を響かせていたが―――やがて、疲れ果て、眠りのなかへと落ちていった。

////【次回へと続く】


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