ジェルジー男爵邸を後にした俺は北花壇騎士団本部を経由してヴェルサルテイル宮殿のプチ・トロワに向かった。
ここを訪れるのは俺が知った事実をイザベラに報告すると共にオルレアン公派貴族の粛清状況を確かめるためでもある。
そしてエレベーターに乗りながら俺は決着の時が近づいていることを肌で感じていた。
第十五話 闇の公爵 虚無の王
「団長、ただいま帰還しました」
俺は机に向って座り大量の書類を相手に格闘しているイザベラに話しかける。
「ハインツ、意外と早かったわね。それで、首尾はどうだったの?」
イザベラは顔を上げて俺に問いかけてくる。
「はい、俺が求めていた情報は全て得ることができました。上手くいけば一気に状況の巻き返しが可能でしょう」
「そう、それは良かった、でも、こっちはギリギリだったわ」
イザベラが苦笑いをしながら言う、どうやら予想より正規軍への指令が早かったようだ。
「ギリギリということは、何とか間に合ったということですか」
「ええ、でも『影の騎士団』の面子が活動してなかったら恐らく間に合わなかった。彼らが戻った時には既に正式な勅令が届いていたの、それで彼らが即座に偽勅令の内容を連隊長や大隊長クラスに吹きこんで回って時間を稼いでいる間に私の勅令が軍団長や師団長に何とか届いたわ」
それはかなりヤバかった、あいつらがいなければどうなっていたことか。
「そうなると軍では少々おかしな現象が起こったことになりますね、連隊長や大隊長から新たな勅令の話が広がり、それを裏付けるように軍のトップに勅令が届いたことになる。聡いものならばその違和感に気づくでしょうね」
「気付かれたとしても問題はないわ、彼らには本物の王印が押された本物の勅令が届いているんだから後の命令に従うことで彼らが罰せられることはない。そうなれば殲滅命令よりもまだましな命令に従いたいと思うのは当然でしょう」
まあそれはそうだ。
「それで、王軍は行動を開始したわけですね。オルレアン公派の貴族の中には既に投獄された者も出始めているでしょう、彼らの家族は無事でしょうが正直それもどこまで持つか」
「そうね、要は時間稼ぎにすぎないわ。投獄された貴族にしてもぐずぐずしてれば公開処刑にされるしその家族だってどんな処分が下されるか分かったものじゃない、父上を何とかしない限り大虐殺を回避することはできそうにないわ」
やはりそこを何とかしない限り根本的な解決にはならない。
「そうですね、そこで俺が得た情報が意味を持ってきます」
それ以上に様々な闇を知ることにもなったが。
「聞かせてちょうだい。貴方が一体何を見て何を知ったのか」
そして俺はジョゼフとシャルル、二人の兄弟の物語を語り始めた。
「そう、そういうことだったの」
イザベラが思いつめたような表情で搾りだすように言う。
自分の家族がどれほどの確執と闇を持っていたかを聞かされたのだ、そのショックは相当だろう。
「はい、それが彼の老人が語った内容です、特に嘘を教える意味もありませんから真実なのでしょう」
俺はリヒャルト・ランゲ・ド・ジェルジー男爵を王の指令によって王家の人間の動向を裏で探る秘密機関の長であると説明した。
事実とそれほど離れているわけでもないし、何よりガリアの闇をこれ以上彼女に話すのは躊躇われた。
自分の祖先が妹や姪をオークやトロールと交わらせていたり、その他あらゆる非人道的な研究を繰り返してきたということは特に今知る必要ではない。
「父上とオルレアン公、二人の心は決して重なることは無かったわけね」
イザベラが遠い目で話す、その目は自分とシャルロットを映しているのだろうか。
「もし運命が違えば私とシャルロットもそうなっていたかもしれないわ」
だがそうはなっていない、今のイザベラはシャルロットを心から大切に思っている、大切に思うからこそ彼女に厳しいのだ。
「私がそうならなかったのは貴方のおかげね、もし貴方がいなければ私も間違いなく闇に飲まれていたわ」
「俺ですか」
それは少々意外だ。
「そうよ、貴方は言ったでしょう、“イザベラという人間が持つ情報処理能力、判断力など、魔法とは無関係の力を我等は欲しております”って、あの言葉が私を魔法という呪縛から解き放ったの、そして同時にそれは私にとっての誇りとなった」
ふむ、要はきっかけしだいということか。
「そして父上の場合その相手がオルレアン公だったんでしょうね。おじい様やおばあ様も含めて誰もあの人に何の期待もしていなかった。あの人をジョゼフという個人として認めていたのはオルレアン公だけだった」
そしてそのオルレアン公が魔法の才能に満ちていたが故に、逆にジョゼフ陛下は闇を育むこととなり、それはオルレアン公も同様だった。
「オルレアン公とてそうだったのかもしれません、彼を第二王子としてではなくシャルル個人として一番身近に接したのはジョゼフ陛下だった。それ故に二人はとても仲が良かった、そしてそれ故に気付いてはならないことに気付いてしまった」
ジョゼフ陛下は同じ兄弟でありながら決定的に違う魔法の才能に。
オルレアン公は同じ兄弟でありながら決定的に違う王としての才覚に。
王としての才覚と魔法の才能、この魔法先進国ガリアにおいて頂点に君臨するものならばどちらも必要なものであり、普通ならばどちらもそこそこあれば十分である。
しかし二人は互いに類まれな才能を持ちながら兄弟として生まれてしまった。それが最大の不幸だったのかもしれない。
「本当に皮肉なものね、誰よりも愛する相手に自分の最も醜い感情をぶつけなければいけないんだから。そしてその部分だけは互いに隠し続けた、最も愛する人に知られるのが怖かったから」
「あの二人が兄弟として生まれてしまった以上このような結末以外になりえなかった、あの老人はそう語っていましたがその通りですね、本当に、ガリア王家は宿業の血族です」
「政争、暗殺、簒奪、粛清、この6000年間、身内同士でずっとそれの繰り返しね、一体いつまでこんなことを続けなければならないのかしら」
イザベラが疲れたように言う、彼女は王の子であり王位継承権第一位、最もそれに近い位置にいる。
「ええ、終わらせなければなりません」
そのために俺はここにいる、俺とて今や王位継承権第二位だ。
「行くのね、決着をつけに」
イザベラが俺に問う。
「はい、グラン・トロワに赴きジョゼフ陛下にガリアの闇の全てを明かします」
それはイザベラに明かさなかった部分も含めて。
「説得、いえ、父上を正気に戻せるならそれに越したことはないわ。でも、そうならない可能性もあるのよね」
流石に鋭い。
「ええ、結局、二人だけが先王陛下に呼ばれた際に何があったのかはあの二人にしか分かりません。そしてそれはもうジョゼフ陛下しか知らず、あの方が狂った決定的な理由はそこにあるはず、それが分からない以上ジョゼフ陛下を確実に正気に戻せるとは言い切れません。いえ、正直五分五分くらいでしょうか」
「そう、そして説得が失敗に終わった時は」
俺はその後を引き継ぐ。
「俺がその場で陛下を殺すか、または陛下に殺されるかの二つに一つです。両方共死ぬという結果はありえないでしょうから」
それ以外にあり得ない。
「貴方はそうなった場合勝算はどのくらいあるの?」
「不明です。陛下は俺のことを知り尽くしてますからどんな罠が待ち受けているか分かりませんし、それに例の女のことも気にかかります。俺にとってガーゴイル使いは相性最悪ですから、ですのでどうなるかは完全に予測不可能です」
イザベラには言っていないがもう一つ気になっている点がある、それは陛下自身の強さ、陛下の純粋な戦闘能力も決して侮れるものではない上、現在ではさらなる力を得ている可能性が高い。
正直、7:3で不利と見ている。
「説得が成功すれば二人とも無事、もし失敗に終われば必ずどちらかが死ぬことになる。そしてどちらが生き残るかも完全に未知数、その上私にできることは何もないのね」
戦闘、いや、殺し合いになる可能性がある場所に戦闘能力が無いイザベラを連れていくわけにはいかない。イザベラもそれを理解してはいても無力な自分が我慢ならないのだろう。
「団長、この場面ではマルコやヨアヒムであろうと連れてはいけません。戦闘能力で考えて連れて行けるのは『影の騎士団』メンバーぐらいなものです、それ以外では足手まとい以外の何者にもなりません」
俺はただ現実を突き付ける。
「そんなことは分かってるわよ! それでも、ただじっとしてるっていうのは辛いのよ!」
イザベラが泣いている、何とも珍しい光景だ。
「おや、団長がお泣きになるのは初めてみますね、これは今まで残業をやっていた苦労が報われたということでしょうか」
俺はあくまで普段通りに。
「うっさいわね、私だって泣くことぐらいあるわよ、何せ14歳の小娘なんだから」
まあ、それもそうか。
「確かに、3歳年下の妹を心配させて泣かせるようでは兄失格だな、そして陛下は父親失格だ」
俺は副団長モードから従兄妹モードに切り替える。
「まったく、何で私の周りにはまともな男がいないのかしら」
イザベラが溜息をつきながら言う。
「そりゃ多分運命だあきらめろ。まあ、身内殺しの宿命に比べたらまだ自分の努力次第で何とかできそうだから希望はあるぞ」
「ったく、あんたはこんなときでもいつもどおりなのね、いい! 絶対生きて帰ってきなさいよ! もし失敗したら殺してやるから!!」
「やれやれ、随分物騒な激励だな」
そして俺は歩きだす。
しばらくそのまま歩いていたが、部屋の出口の近くで声をかけられた。
「父上をお願いね」
「任された、ハインツ・ギュスター・ヴァランスという存在の全てに懸けて」
俺はプチ・トロワを後にしグラン・トロワへと向かった。
ヴェルサルテイルの中心にあるグラン・トロワはガリア王族の髪の色にちなんだ青い石材で組まれている。その正門には当然トライアングル以上の腕利きの近衛騎士が常に配置されており、その他にも要所には近衛騎士が配置されている。
何しろヴェルサルテイル宮殿は広大であり、内部に猟場のテーニャンの森などを抱えるほど広く、他にも図書館や聖堂や使用人用の建物など様々な施設が存在しており、よってその警備のために代々衛兵をつかさどるベルゲン大公国出身の傭兵達が数百名駐屯し、その他にも150人近いメイジが宮殿を守護している。
ちなみにこのベルゲン大公国は一応公国とはなっているがその領地はエルフとの国境沿いにあり、早い話が緩衝地帯として利用するため建前上の独立を許された国である。なのでその領土は六大公爵家よりかなり少なく、財力に至ってはせいぜい総生産で2000万エキュー程度、ヴァランス家の9分の1だ。
とまあ、宮殿が広大なのでグラン・トロワのみならばそれほど守備兵の数も多くはなく、いざとなれば強行突破も不可能ではない。
しかし俺は陛下の近衛騎士隊長なのでそんな方法はとらずともいつでも正面から堂々とグラン・トロワ内部に入れる。
そしていつものように書類を小脇に抱えながら、俺は陛下の執務室であり他の様々な私室に繋がる連絡室ともなる部屋に向かった。
そしてその前の廊下には例の女がいた、確かシェフィールドとか言ったか。
「このような時間に陛下の部屋に訪問なさるとは、一体何事でしょうか?」
こんな時間とはいってもまだ8時ほどだ、それほど遅いわけでもない。
「ただならぬ情報を入手しまして、急ぎ陛下にお知らせせねばならぬのでまかりこしました。是非とも陛下にお目通り願いたい」
俺は礼儀深く応じる。
「申し訳ありませんが陛下は既にお休みになられております。火急の要件といえども今は取り次ぐわけには参りません」
女は拒絶する。
「ですが、これは国家の一大事です。何としても陛下にお伝えせねばならないことなのです」
俺は必死の形相でその女に詰め寄る。
「それは分かりますが、ではその用件をおっしゃってください、私が明日の朝早くに陛下にお伝えいた」
ザシュッ。
ゴト。
一瞬で女の首が飛び地面に落ちる。
俺が『ブレイド』を腕の先に発生させ女の首を切り落としたからだ。
俺は普段1メイル近くある鉄製の杖と、30サント程度の木製の杖を常時携帯しておりそれに『ブレイド』をかけて攻撃することが多い。この杖は割と簡単に大きさを縮めることができ、大体4分の1程度にできるので長い方で25サント、短い方は8サントくらいにできる。
通常、『ブレイド』というものは杖とその先に作りだすが俺の杖はこの二つだけではなく腕の中にもある。よって長い杖は腰に掛け、短い方はポケットにしまったまま腕の先に『ブレイド』を発生させそれで首を切り落とした。
まさか杖を手にしないまま魔法を放つとは思わなかったのか、それとも知っていて油断したのかは解らないが、とにかく女は俺の奇襲によりあっさりと死んだ。
しかしその首は瞬く間に縮み人形の首となる。
やはりスキルニル、今ではこの人形には人間の死体が材料に使われていると知っているが、だからといって性能が変わるわけではない。
俺はそれを無視しさらに先へ進む。
執務室の扉の前に二体のガーゴイルが控えており共に鎧と槍で武装しており槍が交差して扉を封鎖している。
これは離宮にあったガーゴイルと基本的に変わらないが、あれより6年後に作られた最新型なので戦闘能力も判断力も優れており、かなりの自律思考が可能なのでやってくる者を覚えて怪しい者ではないかの判断もできる。
「俺は陛下の近衛騎士隊長のハインツ・ギュスター・ヴァランスだ、火急の用で陛下に報告しなければならないことがある、門を開放していただきたい」
俺がそう告げるとガーゴイル二体は扉の封鎖を解く。
俺が正式な立場で正式な手順で正当な理由により門の開放を要請したのでガーゴイルはそれに答えたに過ぎない、この辺はまだ改良の余地がありそうだ。
そして俺は陛下の執務室へと足を踏み入れる。
俺がこの部屋に足を踏み入れるのは初めてのことになるが、内部構造は北の離宮の部屋やプチ・トロワとそう変るものではない。同じ時期に作られた建物なのだから当然なのかもしれないが。
そしてその奥には段差があり、その先にあの方がいた。
豪奢な椅子に腰かけ正に傲然といった風に俺を見降ろしており、その顔には笑みを浮かべている。
しかし、笑っているようにしか見えないのに笑っているようには見えない。
その姿はまるで悪魔のように。
そしてその傍らにはあの女がいる。廊下にいたスキルニルと姿かたちは同じだが格好が異なりあまり見かけない服を着ている。確かあれはまれに東方(ロバ・アル・カリイエ)からの交易商人がもたらす東方の民族衣装ではなかったか。
そして何より注目すべきはその額、スキルニルと異なり額を隠しておらず、その額にはルーンが刻まれておりその形はまさに。
俺が抱いていた疑問は今まさに確信へと変わった。
「来たかハインツ、いつ来るかと待ちくたびれたぞ」
陛下が言う。
「申し訳ありません。もう少し早く来れればよかったのですが」
俺は答える。
同時に傍らの女からもの凄い視線と殺気が送られるが俺は意に介さない。
「ミューズ、下がれ、俺はこいつと話がある」
「陛下! しかしそれは危険ではありませ」
「下がれと俺は言ったのだ」
「・・・御意」
女は頷き退出していく、その際に俺に凄まじい殺気を叩きつけてくれたが。
扉が閉じ、二人きりになった俺は陛下を『心眼』で観察する。
違う、今までの陛下とは何もかもが違う。
かつての陛下は闇だった。
その心は闇に覆われ何も伺い知ることができなかった。
しかし今の陛下にその闇は無い、まるでどこかに置き忘れてしまったかのようにあれほどの闇が何もかもなくなっている。
その心は今や透明なれどそこに輝きはなく、いや、輝きがないというのは少し違う、何も無い。
心がガランドウと言うべきか、確かに陛下は生きているのに本に込められた残留思念や処刑場に残された怨念のよりもその気配は希薄、死体でももう少し何かしらの念を持っているだろうに。
その在り方はまさに“虚無”、光でも闇でもなくあらゆる感情を飲み込みそれを無に帰すことで絶対的な力を得る悪魔との契約。
“虚無の悪魔”
もしそんな存在がいたとして、それと契約した人間はこうなるといわれれば世界中の人間が納得するだろう。
それが今の陛下を『心眼』で視たときの印象、最早完全に別人というべきだ。
「ふむ、久しいなハインツ、確かお前とは10日くらい前に会っているはずなのだが、もう何年も会っていなかったような印象を受ける」
「そうですか、俺もそんな感じはしますが久しぶりというのは少々語弊があるかもしれません。なにせジョゼフ『陛下』と会うのはこれが初めてとなるのですから」
これは本音だ。
「ふむ、陛下か、確かにそうかもしれん、ならば言い直すことにするか」
そして陛下は俺に言う。
「初めまして、ハインツ・ギュスター・ヴァランス公爵。ガリアの暗部を統括し、あらゆる者を抹殺する影の処刑人、闇の公爵よ」
「初めまして、ジョゼフ・ド・ガリア陛下。ガリアの全てを支配し、そして全てを破壊し灰燼に帰す虚無の王よ」
闇の公爵と虚無の王の対話が始まった。
「ほう、虚無の王か、俺をそう呼ぶということは既に気付いているということだな」
「ええ、確信をもったのはつい先程ですが」
「全く、恐ろしい男だなお前は。俺が42年間、間抜けにも気付けなかったことを容易く見抜くとは、このガリアに生きる者誰もが気付けなかったというのに、いや、ひょっとしたらシャルルだけは漠然と察していてくれたのかもしれんが」
その時、僅かに虚無が揺らいだ、俺はそこに勝機を見出す、完全な虚無ならば揺らぐことはありえないが陛下の虚無は確かに揺らいでいる。
ならばまだ戻す術も残されているはず。
「いえ、俺が気付けたのはただの偶然です、ある森で出会ったある妖精がその道標となってくれました」
そして俺は歌い出す。
神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。
左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。
神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。
あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは陸海空。
神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。
あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。
そして最後にもう一人…、記すことさえはばかれる…。
四人の僕を従えて、我はこの地にやって来た…
これを聞いた陛下は満面の笑みを浮かべる。
「ほう、その歌を知るか。俺が持つのは香炉ゆえに頭に浮かぶのは言葉のみでな、故に旋律がわからなかったのだが、それが始祖のオルゴールが奏でる旋律というわけか」
流石、よくこれだけの情報でそこまで察することができるものだ、俺でさえ様々な情報からそこにたどり着くのに1年近くかかったのだが。
「はい、おそらくは、もっとも陛下が虚無の使い手であると確信した理由はこれだけではありませんが」
あの老人の言葉もそれを裏付けた。
“聖人研究所”は元々虚無の使い手を人工的に作り出そうとする機関であり、やがて王族の不老不死を求める闇の機関になり果てたという。
そしてその6000年の研究でも虚無にたどり着くことは出来なかった。
まあ、途中から目指す方向が変わったが先住魔法や系統魔法については考えられる限りの研究はされ尽くしたはず、しかしその研究成果でも陛下が魔法を使えない理由は分からなかった。
ならば答えは一つ、その研究内容とは全く違うものが原因となっているから、これは魔法とは根本からして異なる“科学”という力を知る俺ならではの発想なのかもしれない、魔法世界に生きる生粋のハルケギニア人は自分の常識が邪魔してここまでたどり着くのは困難だろう。
そして最後の確信が。
「ミューズというわけか、確かお前は「始祖ブリミルの使い魔達」などの古代文献にも精通していたな。ならばミューズの額をみれば一目瞭然というわけか」
陛下はなおも笑う。
「はい、彼女のルーンはミョズニト二ルン、神の頭脳であり虚無の使い魔。ならば彼女がいきなり陛下の傍に現われたかにも説明がつきます、陛下が『サモン・サーヴァント』で召喚したのですね」
なぜ今になって陛下が虚無に目覚めたのかも予想はある、しかしそれは最も悲しい事実を含んでいる。
「その通りだ。くくく、本当にお前は面白いな、自分のことを悉く読まれているというのに不思議と不快感がない、むしろ楽しくすらある」
陛下がさらに笑う。
その感情は共感できるものがある、俺がイザベラに自分の心を読まれたときも不思議と不快感はなく楽しくすらあった、多分あれと同じなのだろう。自分が異端と認識する故にそれを理解されるのは別に苦痛ではないのかもしれない。
「ははは、俺の人を見る目も存外に捨てたものではないな、シャルル亡き今、俺を止められる者はお前しかいないと思っていたがまさにその通りだった。いや、シャルル以上かもしれん」
「それは光栄です」
これは少し意外だ、まさか陛下の中で俺がそんなに高い場所にいたとは。
「それで、お前は俺を虚無の使い手だと断定するために来たのではあるまい、俺の暴走を止めに来たのだろう」
この人は自分が暴走しているという自覚はあったのか、いや、あえて暴走しているのか。
これは厄介だ、自覚しながら狂っているのは始末が悪い、俺も似たようなものだからわかる。
まったく、自分を巨大にしてさらに歪ませる鏡を見せつけられてる気分だ。
「はい、その通りではありますがそれだけでもありません。陛下に仕える北花壇騎士団副団長としてどうしても報告しなければならないことがあるのです」
さあ、ここからが正念場だ。
「ほう、何だ、言ってみろ」
陛下が興味深げに促す。
「オルレアン公が王位に就くためにウェリン公やカンペール公をはじめとした有力貴族に根回しし、裏金を渡していた事実と証拠を掴みました。これでオルレアン公派粛清の大義が立ちます」
「・・・・・」
陛下は沈黙、実に珍しいことだが呆然としている。そして虚無がさらに揺らぐ。
約1分後。
「おい、それはどういうことだ」
陛下が笑いを止め、何も感情がこもらぬ声で問う。
「うまく使えばオルレアン公の反逆の証拠にもできるかと。オルレアン公が陛下を蹴落とし自身が王位に就こうとしていた証拠ですから、これは粛清の大義名分として十分に利用できます。不穏分子を悉く処刑しようとも特に問題はないでしょう」
俺は事実をただ突き付ける。
「シャルルが俺を蹴落とし王位に就こうとしていただと? 馬鹿を抜かせ、あいつがそんなことをするわけがあるか、あいつは俺が王になるのを喜んでいたのだぞ、そんなあいつがそんなことをするのでは意味が分からぬ」
聡明な陛下ならばその理由にも簡単に思い至るはず、しかしそれを陛下自身が拒絶している、これを何とかしないかぎりこの虚無は晴れまい。
「ですが陛下、確かに証拠はあるのです、あのオルレアン公が裏金を用い大貴族を懐柔していた動かぬ証拠が。俺は北花壇騎士団副団長である以上これを陛下に報告する義務があります」
そして俺は『レビテーション』を用いて書類を陛下に渡す。
陛下は呆然としたままそれに目を通していたがやがて俺に問う。
「お前はこれをどこで手に入れた?」
この書類が偽物だとは思っていないようだ、本人しか押せないはずのオルレアン公の印が押されているのだから疑いようがないのもあるが。
「それをお話することはできますが、その因果関係を話すにはガリア王家の闇を全て語る必要があります。その内容は陛下にとって耐えがたいものになるかもしれませんが、よろしいですか?」
俺は質問に質問で返す。
「構わん、話せ」
簡潔な答え、そして有無を言わさぬ命令。
そして俺は自分が知るガリア王家の闇を全て陛下に語り始めた。
あの老人のことも、“聖人研究所”のことも、そして老人が語った二人の関係のことも。
これは俺の賭けだ。
陛下の巨大な虚無を打ち破るために、それと同じかむしろ上回るほどの闇をぶつける。
本来なら光をぶつけるべきだがあいにく俺には闇しかない。
ならば俺に出来る事をするだけのこと、ガリア王家の闇を全て暴きそれをジョゼフ陛下にぶつける。
毒を以て毒を制すの典型だがそれ故に効果は大きい。
結果がどうなるかは陛下次第、鬼が出るか蛇が出るか。
虚無と闇が相殺されるのが理想だが、そう上手くはいくまい。闇が勝ってくれれば恩の字、全てを灰燼に帰す虚無よりはせめて復讐に狂う闇の方がましである。
しかし虚無が勝ったその時はもう打つ手なし、勝てるかどうかはわからないが俺の手で虚無の王を殺すしかない。
そして、俺が全てを語り終えた後。
「く、くくく、ははは、ふははははははははははははははは!!!!! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!」
陛下が狂ったように笑いだした。
「はははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!! はあっ、はあっ、く、くくっくくくくくくくっくく、は、はははははははは」
それは自嘲の笑み。
「そうか! そうか! そういうことか! 何だ! たったそれだけのことか! 一体俺は何をしていた、何を人のせいにしていた、全ては俺が無能の屑だった、ただそれだけのことではないか、虚無だの闇だのは関係ない、自分のことだけで精一杯で弟が悩み苦しんでいることに気付いてやれなかった、ただそれだけだ」
陛下は自分を嘲笑い続ける。
「なぜ気付いてやれなかった。思いあたることなどいくらでもあっただろう、俺は兄だ、あいつより年上なんだ。ならば気付いてやるのは義務ではないか、弟が苦しんでいるなら助けてやるのが兄というものだ。にも関わらず自分のことだけを考えてその苦しみに気付くどころか僅かに考えることすらしなかった。まったく、王以前に兄失格ではないか」
陛下が泣いている、イザベラに続き陛下の涙を見ることになるとは、今日は凄い日だ。
「そうだ、父上の遺言を告げた日もそうだった。俺が王に指名された、そしてその時に俺の心を満たしたのは弟への、シャルルへの優越感だった。なんだそれは、本来なら選ばれなかった弟を気遣うべきだろう、どれだけ屑なんだ俺は。そしてあいつはにっこり笑って言った『おめでとう、兄さんが王になってくれて、ほんとうによかった。ぼくは兄さんが大好きだからね。僕も一生懸命協力する。いっしょにこの国を素晴らしい国にしよう』と」
そして陛下はさらに涙を流す。
「なあシャルル、その時お前はどんな気分だった?俺にはお前が何の嫉妬もなく、邪気も皮肉もなく本気で俺の戴冠を喜んでいるようにしか見えなかった。俺は気付いてやれなかった、それはお前の精一杯の強がりだったのか?それとも俺に助けを求めていたのか? 王家という闇の牢獄の中でお前は俺に助けを求めていたのか?なあ、どうなんだシャルル」
俺は何も言わない。
「そんなお前に抱いた俺の感情は憎悪だった。なぜお前はそんなにも優しいのだ、なぜ俺に無い全てを持っていたのだ、それに比べて、俺はなんて下衆なんだ。なんてクズなんだ。なんて愚かで、無様で、無能で、冷酷で、嘘つきで、残忍で、阿呆で、間抜けで、嫉妬深くて、弱虫で、ちっぽけなのかと、そして俺はお前に殺意を持った、全くどこまで無能なのか、弟の心を察することもできない屑など考えるまでもなく最低ではないか」
陛下は懺悔する。
「すまん、すまんなシャルル、全ては俺のせいだ。お前の苦しみを理解してやれなかった俺のせいだ、俺はお前の兄なのにな。にも関わらず俺はお前を殺してしまった、全く見当違いの憎悪でな。ああ、どうすれば俺はお前に償える?」
そこで俺は意見を述べる。
「別にそんな必要はないのでは? たとえどんな理由があれオルレアン公が陛下に叛意を持っていた、その事実は変わりません。ならば王国に害なす可能性が高い者として処分するは王の務め、そこに肉親の情を挟むことは許されません。それが情けであれ憎悪であれ、王とはそういうものであり、陛下が王となった今そうとしかなりえません」
これは事実、王家の家族感情がどうであれ、今のガリアにとってオルレアン公が危険人物であったのは変わりない。
「ですから、オルレアン公を殺したことで陛下が気に病む必要はないと俺は思います。仮に陛下が殺していなくてもいつか俺が殺していたでしょう、国家に仇なす反逆者として、一度貴族と通じた者がもう一度通じないという保証はない。ならばどんな人格者であれ、陛下の最も大切な人であれ、俺はその人物を容赦なく抹殺します。それがガリアの闇たる俺の在り方なれば」
そう、既に彼が死ぬことは決定していた、それが早いか遅いか、殺すのが誰かといった違いでしかない。
「く、くくく、ははは、ふははははははははははははははは!!!!! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!! お前は悪魔か、弟を殺したことで悔いる俺にあえて現実をたたきつけるか、あえて闇を吹き込むか、まったく、人でなしとはお前のことだな。断言する、お前は絶対に碌な死に方をせん」
おお、ついに陛下にまで言われた。
「ははは、いや全くその通りだな。お前がシャルルの仇になっていた可能性も大いにあるわけか、つまり俺の無能さすら何の意味もない、どうであれ決まっていたものは揺るがないということか、宿業の血だ、まったくもって宿業の血だ、俺もお前も、身内殺しの宿業からは逃れられないと見える」
陛下の目に光が灯る、そしていまや虚無などという指向性がない殺意と憎悪の塊ではない、殺意と憎悪を叩きつける明確な目標があり、それに向けて凄まじい凶念が放たれている。
「なあハインツ、シャルルを死なせたのは俺だ、今更そこは変わらん、その原因を作ったのは俺であいつを追いつめたのも俺だ。しかしそれはそれだ、俺が42年間無能者として過ごしたことはシャルルがいてもいなくとも変わらん、ならばその原因はどこにある?」
これはいつも通り、陛下が問うて俺が答える、これが俺達二人の在り方だ。
「それは間違いなく始祖が遺した虚無が原因です。そんなものがなければこの悲劇は起こりえませんでした」
俺はただ事実を答える。
「そう、その通りだ。そういえばまだ教えていないことがあったな、俺がシャルルを殺した後俺の心はカラッポになった、それ以来心が振るえることがなくなった。それを埋めるためにシャルルが愛した者を壊すことにした、そうすれば心が振るえるかもしれぬと思ってな、まあそれは無駄だったが」
そういうことだったのか。
「そして俺は空の心のまま戴冠式に臨んだ、全く意味のない儀式だった、何の感慨もなかった。しかし、土のルビーをはめ始祖の香炉を手に取ったその瞬間、思いもよらぬことが起こった。虚無だ、その瞬間虚無が目覚めたのだ」
それはまた。
「分かるか、俺はただシャルルに認めて欲しかった、弟に俺もこんなに魔法が使えるようになったぞと言ってやるのが夢だった。何ともちっぽけだがそれが俺の最大の望みだった、しかしそれは永遠に潰えた。俺がシャルルをこの手で殺したのだ、そして弟を殺した血塗られた手で王冠を手にしたその時、望んでいたモノが手に入った。何という皮肉か、弟を殺したその時に魔法の才能が開花するとは、それを伝えるべき弟はもういないというのに」
そして虚無の王は完成した。
「俺の心に浮かんだのはただ一つ“今更何だ”それだけだった。もし今のお前くらいの時に目覚めていればそうはならなかっただろう。まだ自分と世界に希望を持っていた頃だ。俺の苦しみはこの時の為にあったのだと狂喜しただろう、だが俺は遅すぎた、既に娘も14歳になっている、人生を一から始めるには何もかもが遅すぎる、そして俺の心は闇に染まり過ぎていた」
どうだろう、最後の点は俺もたいして変わらない気もする。
「それからだ、俺の心が本当に虚無となったのは。実に滑稽な話だが効率的でもある、何せ虚無の力の源は負の感情だ、怒り、憎しみ、嫉妬、絶望…あらゆる負の感情が源となる。そしてそれらを全て合わせ虚無へと落ちた時使い手は最強の存在となる。ふ、慈愛に満ち祝福を授ける始祖の系統が笑わせてくれる」
なるほど、実に効率がいい。
「つまりこういうことですね、陛下には二つの道しかなかった、弟を殺し虚無の王となるか、弟が王となり一生無能者として過ごすか、土のルビーと始祖の香炉は王以外に触れることは許されない、故にそれ以外の道は無い」
何という悲しい二択。
「その通りだ。俺の人生の全てを狂わせた者の為になぜ俺が働かねばならん? 自分の子孫を闇に叩き落とす糞野郎の悲願の為に力を貸す義理がどこにある? 聖地奪還だと? たかが始祖の故郷ごときが何だというのだ、そんなものに何の価値がある?」
「全く何の価値もありません」
そこには全面的に同意できる。
「だから俺は決めたぞ、今決めた。虚無などいらん、まあ、利用できそうなところは利用するがそれは復讐の為に使わせてもらう。俺が滅ぼすものはこの世界だ。シャルルが愛した国と民ではない、ブリミルの糞野郎を神と崇める宗教とこの国家制度、そして奴の血を引いていることを誇りとする伝統そのものだ」
「とても良いと思います。例え始祖ブリミルの願いと祈りが純粋で尊いものだとしても、今のそれは歴代の権力者に利用され腐り果てた老廃物に過ぎません。ただ在るだけで毒を撒き散らす害悪、文化の発展と融和の可能性を阻害する邪魔者です」
地球とてそうだ、キリスト教もイスラム教も仏教もその他あらゆる宗教も、開祖は人々が殺し合うことなど望まなかったはず。
だが現実は12世紀の十字軍を始めとしてあらゆる戦争と宗教弾圧、人を導くための宗教は人を殺すための大義名分として最も頻繁に使用されたのだ。
このブリミル教はそのダメな部分だけをより集めた宗教だ、魔法のみを絶対なものとしそれ以外は異端として徹底的に排除する、他民族との融和を許さず先住民族は存在そのものが悪、それと仲良くしようものなら異端審問が待っており、新たな魔法技術の開発にすら難色を示し、魔法が使える支配階級が君臨するためだけの宗教。
よくぞここまで最悪の代物が6000年間も続いてきたものだと感心してしまう。
「そう、ゴミだな、そんなものが6000年間この世界に巣食って来たのだ。ガリア王家の闇もその腐敗を温床として育ったもの、言ってみれば兄弟だな、ならばそれらを俺の復讐対象とすることに問題はあるまい」
「是なり、問うまでもなし」
陛下だけではない、イザベラもヨアヒムもマルコもヒルダもこの世界そのものに弾圧された者達だ、生きることすら許されず闇の中しか生きる場所が無かった、北花壇騎士団本部の連中も似たようなもの、この世界そのものに復讐したいと思っているだろう。
まあ、『影の騎士団』は別、俺ら七人は生まれついての異常者なだけ、どんな環境でもどんな世界でもやることは大して変わらないだろう。
「そうか、ならばお前に命じよう」
その瞬間陛下の姿が消えた。
「!?」
気付くと陛下は俺の背後に立ち俺の首筋にナイフを添えている。
「あの時と同じだ、お前はこれより俺の忠実な配下となり、俺の為に働け」
それはまさにあの時と同じ、違うのは互いに凶器を突き付け合っていることくらいか。
「承りました。これより我が身は貴方の杖となり、この世界を破壊することに全てを捧げることを誓います」
誓いの言葉もまた僅かに異なる。
「大義、その忠誠ゆめゆめ損なうな」
ここに本当の主従の誓いがなった。
かつては互いに打算で協力したに過ぎないが今回は完全に心から同意している。
世界を滅ぼす悪魔が二人、虚無と闇の主従がここに誕生した。
「ところで、それが虚無の魔法ですか?」
俺は陛下に問う。
「そうだ、これは加速といってな、虚無の一つだ」
「加速ですか、ですが陛下の身体能力を底上げしたようには思えない、あれはそういう次元の速さではありませんでした。そんな速度で動けば人間の身体は簡単に燃え尽きます」
つまりそれは物理法則を無視しているということ。
「相変わらず聡いな、そう、これは時間を操作しているのだ。正確に言うと俺の体感時間が世界とずれ、俺にとっては停滞した世界の中俺だけは普段通りに動ける、当然体に負担がかかることは一切ない」
何というデタラメ、御都合主義にもほどがある。
「時間の操作ですか、さらに発展させれば時間停止や時間旅行も不可能ではないかもしれませんね。人間を若返らせたりすることも可能となるかもしれません、しかもその加速の厄介なところは詠唱を必要としないところですね」
詠唱がいらない魔法、とんでもないアドバンテージだ。
「詠唱がいらない訳ではない、しかし加速を行おうとした瞬間に時の加速が始まるのでな、結果的に通常の数十倍の速度で詠唱がなされ数百倍の速度で行動できる、故に詠唱が無いように感じるのだろう。しかし、それはお前も同じだろう、腕に仕込んだ杖による遅延魔法、それならば俺の加速に抗しうる」
鋭い、遅延魔法はせいぜいライン程度が限界でしかも一回きり、発動させるのにも相応の集中が必要なのでそれほど優れているものでもない、せいぜい詠唱時間の短縮くらいものだ。
しかし自分の体の一部なら話は別、一瞬で発動させることが可能な上、仕込む魔法が『毒錬金』ならばラインであっても簡単に相手を殺せる。
「つまり俺達は互いに相手を瞬殺できる手段があり、それを突き付け合ったまま話をしていたわけですね」
何とも心臓に悪い。
「そういうことだな、そしてお前は俺の説得が失敗に終われば俺を殺すつもりだったのだろう?」
「バレテました?」
「当然だ、だからこそミューズを外させたのだ、俺は良くてもあいつはお前の毒を防ぐ手段がないからな」
加速を使える陛下は良くてもミョズニト二ルンは別だ、本体が俺の前に姿を見せた時点で既に彼女は詰んでいる。
「意外と優しいんですね」
「当然だ、優秀な手駒をわざわざ手放すことはない」
いつもの陛下に戻ってきた。
「だが、そうなると一つ問題があるな」
「問題ですか?」
何か嫌な予感がする。
「ああ、お前が先程言ったな、例えどんな理由があれ、王への叛意を抱いた者を捨て置くことはできんと、もう一度それを行わない保証はないと」
「ハイ、ソウイエバ、ソンナコトヲ、イッタカモシレマセン」
まずい、非常にまずい、陛下がとてもイイ笑顔をしている、まるで長年望んだ玩具がついに手に入った子供のように。
「そしてお前は理由はどうあれ俺を殺す可能性があった、つまりそれに対して俺は王としての義務を果たさねばならん」
陛下が笑っている、それは今まで見たことが無いほど純粋な歓喜の笑みだった。
「アノ、アナタハ、クニヲ、コワスノデハ」
「それはそうだが、今はまだ俺はガリアの国王でありここは専制国家だ。故にどんな法律よりも俺の言葉が優先される、ああ、シャルルを殺して得た王権はこのためにあったのかもしれんな」
立ち直ってくれたのは結構なのだが予想以上だ、まさかここまで吹っ切れるとは思ってなかった。
「さて、本来ならば極刑だが慈悲深い俺は執行猶予をやろう。これからは俺の為に、俺を楽しませる為に駆けずりまわれ、それが俺に満足を与えるならば恩赦をだしてやることもやぶさかではない。当然だが拒否権はない、もし逃げたらお前の大切な従妹を代わりに狙うとしよう」
それ貴方の娘でしょ、悪魔だ、本物の悪魔がここにいる。
「さて、それでは最初の命令を奴隷、いや部下に与えるとするか。なあに、お前なら死ぬような任務ではない、過労死する可能性は大いにあるがな、く、くくくくくくくくくく」
こうして俺の陛下の忠実な家臣(奴隷)としての活動が始まることになる。
口は災いの門、策士策におぼれる、という言葉を俺は身をもって知ることとなった。