10月14日、船の建造費を修正しました。
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俺は、アイムスビュテルまで足を延ばしてきた。
ここは、選帝侯の一人であるホルシュタイン公爵の領地であり、ヴィンドボナの北東に位置するニーダザクセン領の中心都市である。
町中に運河が張り巡らされ、帆船がその運河を優雅に進んでいる。
ゲルマニア一の商業都市と言っても過言ではなく、ここから船ではトリステイン王国、ガリア王国、そして遠くロマリア連合皇国まで。
空フネを使い、アルビオン王国までも交易が行なわれている。
五階建て位の高さに積み上げられた鉄塔にぶら下がるように吊り下げられているのは、アルビオン王国へ向かう空フネだろう。
実物を見るのは今回が初めてだが、中々面白い。
普通の船と同様に、丸い船底にする意味が良く判らないが、多分人間の習性なのだろう。
まあ、アルビオンからすれば、海に落ちても普通の船として使えるからなんだろうが、ゲルマニアでは陸に降りる事を考えても良いのではと思ってしまう。
話は逸れたがアイムスビュテルは、一大商業都市であるのと同時に、ゲルマニア最大の造船設備を誇る都市でもある。
多くの造船所があり、俺の用もここで船を手に入れる事だ。
ただ、普通の船では無く、空フネと帆船の複合したような船を作りたいと思っているので、発注が面倒だ。
幸い、この事をボーデの爺さんに話すと、それならばと紹介状を書いてくれた。
「これって、ちょっとヤバくね」
「ああ、これはかなりやばいと思うよ」
俺は同行した、ファイトのおっさんと目の前に広がる光景に唖然としたまま立ち尽くす。
ボーデ爺さんから貰った地図を頼りに、河口に沿って下って来た。
目の前には、立派な門構えの造船場の敷地が広がっている。
門の上には、『ニーダザクセン造船所』と言う看板が上げられている。
それは、どこもおかしくない。
ただ、問題なのはその向こうに掲げられている紋章だった。
赤い下地に、ギザの付いたグレーの円、どうみてもホルシュタイン家の紋章である。
うん、誰が見てもここの所有者が、ニーダザクセン候である事を疑うものはいないだろう。
まあ楽観的に考えれば、ここの造船所ならばどんな要求にも答えられそうな気はする。
「入るのか?」
ファイトのおっさんが聞いて来る。
「ああ、ボーデの爺さんに貰った紹介状は、ニーダザクセン造船所宛だからな」
「チャレンジャーだな」
「ああ、チャレンジャーだ」
ちくせう、俺もそう思うよ。
よし、船が完成したら、絶対チャレンジャーって名付けよう。
うーむ、ボーデ商会に行った時と同じ対応です。
何だか、造船所の奥に作ってある、『特別待合室』と言う雰囲気の部屋に通されました。
「やっぱり、チャレンジャーだな」
「おお、今度から俺の事、チャレンジャーって呼んでも構わんぞ」
もう涙目です。
これから出て来る人の事を考えると、胃が痛くなりそうです。
このパターンは、一回だけで十分過ぎます。
しかも、今度は十二選帝侯の一人じゃないですか。
疲れなければ良いが。
イヤイヤ、疲れまくるんだろうなあ…
ゼルマの仇のブッフバルト公爵なんて、色々調べれば調べるほど厭らしい醜聞が溢れまくってます。
それを考えると、ホルシュタイン公にしても色々あるんだろう。
しかもボーデの爺さんみたいな商人じゃなく、立派なお貴族様であらせられます。
理不尽さは爺さんとは比較に出来ないだろうなあ。
ガチャっと扉が開いて、人が入って来る。
さあ、いよいよだ。
「すみません待たせました、で、船を作りたいそうですね? どんな船ですか?」
えっ…
俺もファイトも現れた人物に呆気に取られる。
どう見ても、俺より若い。
精々二十歳そこそこ、いや、ひょっとしたらまだ十代じゃないか。
ホルシュタイン公か?
いや、俺も年齢は知らないぞ。
「ああ、まだ若いですが、ニーダザクセンのハインリヒ・ホルシュタインです、一応これでも公爵です」
「「し、失礼致しました!」」
初めて、ファイトのおっさんと声がシンクロしてしまったぜ。
「アルバート・バルクフォンと申します。 男爵の末席に名を連ねさせて頂いています」
「護衛を兼ねている、傭兵のコンラート・ファイトです、宜しく」
「ああ、宜しくお願いします、それでどんな船作りたいのでしょうか」
とても、公爵とは思えない対応が逆に不安を誘う。
「ヴィンドボナに行った時に、ボーデさんから面白い船を作りたい人がいるって聞いいて、朝から楽しみにしてたんですよ」
俺達の困惑を全く気にしないなんて、毛色の違うタイプであるが、何だか興味が非常に限定されているような気がする。
本当に、船が好きなんだろうなと思わせる態度である。
仕方なく、俺達は運んできた資料をホルシュタイン公の前に広げた。
「ほう、これは、これは」
ホルシュタイン公の目の色が変わる。
俺が態々担いで来たのは、二つの帆船模型である。
一つは、1/50の100トン程のスクーナー型の漁船。
ちなみに、これはフライング・フィッシュと言う1860年にアメリカで作られた漁船の模型だ。
もう一つは、1/96の1795トンのエクストリーム・クリッパー型の貨客船。
これも、1851年にアメリカで作られたフライング・クラウドという船の模型である。
「こちらの漁船の方は、二艘出来れば作りたいのです。 こらちの貨客船は一隻作りたいのですが…」
ダメだ、まるっきり聞いてない。
おお、これは、ここは、ふむ、こうなるのか、ほおっ…
模型を壊さないようにそうっと持ち上げながら、詳細に観察しているだけだった。
実物模型があれば、作り易いだろうと態々手に入れてきたのだが、模型そのものをかなり気に入ってしまったようだ。
まあ船を作る場合、模型を最初に作る事が多いが、もう少し大きい。
この大きさでここまで精密に作ったものだと、見ていて楽しいのは認める。
しかも19世紀のアメリカを代表する高速帆船であるだけに、その形態はこちらの帆船より若干進んでいる。
「あー、ホルシュタイン卿」
「ああ、すみません、夢中になってしまいました。 しかしよく出来ていますね。
いや本当に、良く考えられたデザインです。
これは作り甲斐がありそうですね」
嬉しそうに、話すホルシュタイン公に俺にしても何の異存も無い。
話は上手く纏まりそうであった。
「ですが、一つ気になる点があります」
うん?
何となく、嫌な予感がするが…
「このような、デザインの船の模型をどなたが作られたのでしょうか?
少なくとも、私が知っているゲルマニア、ガリアの造船技師の作品とは思えないんですよね」
ニコニコしながらも、獲物を逃さない視線を感じて、俺は頭を抱えたくなる。
確かに、人当たりは物凄く良さそうだが、伊達に選帝侯を務めているわけではないと言う処だろう。
結局、俺は元々ゲルマニアの人間ではなく、東方より流れてきたと言う話をせざるを得なかった。
あちらでは、このような船が作られており、その見本を持ってきたと説明する。
また貨客船の方は、更に風石を乗せていざと言う場合に浮かす事が出来るように改造する予定と話をした。
これは、北方の航路を確立するのに、凍りついた海面を割りながら進む為であると言うと理解は示してくれたのだ。
ただ、理解はするが納得すると言う状況とは程遠かった。
「判りました、貴方のおっしゃる通りとしておきましょう」
笑みを浮かべながら、そう言う姿に隙は見られない。
うかうかしていると、本当に秘密を全て知られてしまいそうな不気味な圧力を感じざるを得なかった。
結局、値段的には格安で建造して貰える事となり、俺は造船所を後にした。
数年後、ニーダザクセン造船所の新しい形の船がハルケギニアを席巻する事になるとは俺は思いもしていなかった。