何時ものように朝食を皆揃って食べていると、新しいメイドが入ってきた。
登録ナンバー五番、ハイディだ。
やや背が高く、金髪が良く似合う美少女である。
胸もそこそこあり、真新しい黒色のメイド服が良く似合っている。
うん、初々しくて良いよ、ハイディちゃん。
「失礼します、ボーデ商会のメッセンジャーボーイの方がお手紙を届けに参りました」
そう言って、手紙をアンジェリカに渡す。
「ご苦労さん、ハイディ」
俺が声を掛けると、ニコッと微笑み頭を下げ去って行く。
うん、候補としては中々宜しいんじゃないかい。
「ご主人さま~、お手紙ですよ~、ディートヘルム・ボーデ様ですね~」
「うん? 何て書いてある?」
俺は手紙をアンジェリカに読ませる。
まあ、俺が新しいメイドを見てにやけているとこいつらの機嫌が悪くなる。
仕方ないって言ったら仕方ないのだが、少しはフォローせねばいけない。
俺に何か渡す時に、ワンクッション置いて彼女らが対応する等もその為の仕組みだ。
ちなみに、手紙を読ますのは信頼の印になるのだが、アンジェリカ以外どこまで気づいているか。
「えーっとですね~、時候の挨拶がありまして~、先日のメイド候補選抜大会の役に立ったかどうか不安だと言う事ですね~」
「ふうん、そうか、それならお世話になったって手紙でも書いとくか」
「あー、それは必要ないですね~」
アンが手紙を見ながら、そう言って来る。
「様子を見に来られるようですね~、今日です~」
そっからが大変だった。
お客さま、それも特A級のおもてなしをして損の無いボーデ商会の会頭が来るのである。
「アン!時間はどれだけあると思う?」
グロリアが立ち上がり、声を掛ける。
「アマンダ、ヴィオラ、手分けしてメイド全員を玄関ホールへ。私はアリサさんに、供応の準備を頼んでくる」
ゼルマは、アンの返事を聞く前に飛び出して行く。
「一時間以内、遅くとも、二時間ですね~」
アンが考え込みながら答える。
「一時間を目処にするわ。早かった場合の対応班は、誰が良いかしら?」
そう言いながら、グロリアも食堂を後にする。
「アマンダの班が良いかな~、後リリーとクリス・・・」
後を追うアンジェリカの声が遠ざかって行く。
ヴィオラとアマンダの姿はとうに無い。
ガタガタと椅子を降りる音がする。
「わたしたちも、はいちにつきます」
「つきます」
チビッ子二人が最後にペコリと頭を下げて食堂を出ていった。
「あー、コーヒーのおかわり…」
誰も残っていない食堂に、俺の声が虚しく響く。
うん、良いんだ。
み、皆、仕事熱心なんだ…
テーブルの上に乗せていた手の甲にポタリと水滴が落ちる。
あれっ、雨かなあ…
結局、ボーデ爺さんは一時間後にはやって来た。
拗ねてる俺に、謝りながらも手早く着替えさせ、メイド全員による出迎えの準備がぎりぎり間に合う時間だった。
玄関ホールの左右に黒服のメイドが五人づつ並ぶ。
俺が玄関ホールの奥、左にはグロリア、ヴィオラ。
右手にゼルマとアンジェリカ。
彼女達は俺の一歩後ろに控える。
玄関の正面扉にはリリーとクリスが取り付き、そして扉の前にはアマンダが立っている。
見事なシンメトリー、黒服メイドと、赤み掛かった濃紺の対比も見事!
カメラがあれば残したい。
演出アンジェリカ、総指揮グロリアの渾身のお出迎えである!
扉の呼び鈴が鳴らされた。
うん、今度は鐘の音か何かに替えよう。
アマンダが振り返り、こちらを見る。
晴れの大舞台に、彼女の顔も心なしか青ざめている。
俺は、力を込めて頷く。
覚悟を決めたように、扉に向かいチビッ子二人に合図を送るアマンダ。
ゆっくりと扉が左右に開いて行く。
隙間から、正面に見え出す爺さんは間違いなくボーデ商会の会頭、デートヘルム・ボーデ。
俺の合図でメイド全員が頭を下げて行く。
うん、二三回練習した甲斐もあり、タイミングもぴったり。
ボーデ爺さんの感嘆する表情が気持ち良い。
爺さんが一歩中に足を踏み入れるタイミングに併せてメイドが頭を上げる。
正面に立っていたアマンダが道を譲るように脇に動き、挨拶を告げる。
この発声に併せて全員が再び頭を下げるのだ。
「ようこそいらっちゃいま…」
あっ、噛んだ…
「いやあ、バルクフォン卿、見事だ!」
ボーデ爺さんご機嫌である。
「ああ、アルで良いっすよ、ボーデさん」
「うん、そうか、それでは、わしの事はディートと呼んでくれてもかまわんぞ」
そうは言われても、商工連の会長みたいなおっさんをそう容易く呼び捨てには出きません。
やっぱり、この爺さんはボーデ爺さんだ。
「しかしさっきの娘、アマンダか? 中々可愛いな。 どうだ? ゆずらんか?」
うーむ爺さん、噛んでしまい真っ赤になったアマンダがとかく気に入ったようだ。
「申し訳ない、ここに来た以上、彼女等はもはや売り物ではないので」
俺はやんわりと断る。
彼女達はみーんな俺のものだ、誰が売れるか!
後ろに控えているアマンダが涙目になっている。
「そうか、残念だな、仕方ないな」
うん?
ボーデ爺さん、何か考えてるな。
「様子を見にきたが、中々見事なものだな」
そのまま、爺さんメイド達を見回す。
「うん、これだけの娘達がこのように一同に介する機会はハルケギニアのどこを見てもまず無いであろうな」
それは認める。
宮中晩餐会等でこれより大勢の女性が集まる場はあろう。
花街の様に、大勢の美女が集まる場もあろう。
しかしながら全員が二十前、少女から大人の女性に変わるか変わらない段階の美少女ばかり十五人も集まっている場所はあり得ない。
「アル、多分お前が思っている事と、わしが考えた事は違うと思うぞ」
うん?
何か違うのか?
「ご主人さま?」
グロリアがさり気なく注意を促して来る。
「おっ、これは失礼、ボーデさん、こちらへ」
考え込みそうになるのを慌てて振り払い、俺はボーデ爺さんをホールへ案内した。
この屋敷をリフォームした時には、ボーデ爺さんのような、VIPのゲストが来る等想定していなかった。
親しい人物なら、私室の居間。
大勢の客ならばホールと考えていたので、この屋敷には応接室等と言うものは無い。
そこで急遽、食堂を改装した。
食事用の大テーブルをホールに移し、私室の応接セットをこちらに運び込んだ。
こんな大がかりな家具の移動もあっと言う間に出来るから、魔法様々である。
「どうぞ」
俺はボーデ爺さんにソファを勧める。
爺さんが腰を降ろすとタイミングを見計らった用にヴィオラがワゴンを押して部屋に入って来る。
いや、実際見計らってたんだけどね。
「酒もありますが、最初はお茶でも如何とおもいましてね」
俺は用意させた、日本茶を出させる。
清水焼、京焼の青磁の湯呑みに、緑茶が注がれる。
流石にこんな飲み物は見た事ないだろう。
ボーデ爺さんの眉が若干上がる。
うん、少し気持ち良い。
お茶請けには、福砂屋特製五三焼(ごさんやき)カステラ。
本当はどら焼きにしたかったが、無難な線で、カステラに落ち着いた。
甘みを押えた高級品であり、勿論こちらの世界ではまず出会えない一品だ。
どうだと言ってやりたい気分である。
「ほう、これは中々うまいな。 何と言うお菓子なのだ?」
「カステラと言います」
うん結構、俺得意げだ。
「それで、先程ボーデさんがおっしゃった、違うと言うのは?」
落ち着いた処で、先程の件を確認する。
「ああ、あれか、アルは気が付いておるまいの、馬鹿だから」
馬鹿は余計だろうが、それは。
「しかし、わしが何を思ったかは想像もつかんのだろう」
得意そうに、ボーデ爺さんが言う。
ううっ、折角お茶とお茶請けで得たアドバンテージが一挙に覆される。
やはり、この爺さん油断ならん。
「アル、お主、娘達の目を見たか?」
改めて、ボーデ爺さんが聞いてきた。
うん?
みんな、綺麗な瞳だと思うが、それがどうかしたのか。
やれやれと、爺さん首を左右に振る。
ああ、どうせ俺は馬鹿ですよ。
「出迎えの時に、顔を上げた娘達の目を思い出してみろ」
そう言われても、緊張は見えたが、特に異常は感じなかったが。
ボーデ爺さんを畏怖していたが、特に恐れている雰囲気もなかったと思うのだが…
「特に、何もおかしな点は無かったと思いますが?」
「本当に馬鹿者じゃなあ、お主は、それが異常なのじゃ」
えっ…
ああ、そういう事か。
多分普通の貴族の屋敷で、同じ事をすれば、メイド達は緊張に身体が震える。
それでも、顔を青ざめさせても失敗はしないように、必死になる。
そういう意味では、確かに、彼女達の目の色は違ったな。
一生懸命言われた事をこなそうとしていたが、必死さが違うか。
「判ったかあんな状況で、恐怖を感じない娘達がいるのじゃ、その娘たちが金で買われたと言えば普通はありえん」
なるほど、彼女達は失敗したら怒られると言う意識はあっただろう。
だがそれは、他の貴族の屋敷で失敗した場合の恐怖とは全く次元が違うだろう。
何せ、罰がおやつ抜きとか、床掃除をプラスとかだもんなあ。
普通は、鞭打ちすらありうるのが現実だろう。
だが、俺はそこまでしないものな。
「高々一週間でどうなるか、興味を持って見に来たが、来た甲斐はあったな」
ボーデ爺さん、満足そうに言葉を続ける。
先週色々手を回して、山ほど娘を集めさせた。
それを送り込んでどうなったか、ヴェステマン商会のネッケに聞いたらしい。
選抜試験のようなものを行い、前に雇った五人も含めて審査していたと言う事に、更に驚かされたようだった。
また、最後の選抜の時に、今回の候補の娘達が自分から雇ってくれとアピールしたと言う事に益々興味を引いたようだった。
「メイド達に親切にする貴族はいるが、お主ほど無駄に金を掛けてそれをやるたわけはおらんぞ」
まあ、言いたい事は判る。
こちらの世界の基準からすれば、異様としか言いようの無い事をしているのだろう。
「アル、今回の十人、何人食べた?」
「えっ、まだ一人だけですが」
「全く、それが大たわけの証拠じゃ、はよう全員食べてしまえ」
全く、こやつは何を考えておるのかのう。
そんな事を呟きながら、カステラを摘む爺さん。
確かに彼女達にすれば、俺が襲い掛かるのがデフォな筈である。
それなのに、中々襲えていない俺自身不甲斐ないとは思う。
しかしなあ、赤服連中のガードが固いからなあ…
「ふん、まあ良いわ、頑張れ」
爺さんはそんな事を言いながら、色々話をしてくれた。
俺も、自分が疑問に思っている事や、考えねばならない事を相談出来る相手が出来て、大助かりである。
「失礼します」
扉がノックされ、黒服のメイドが入って来る。
登録番号八番、ニコラだ。
今回の十人の中で、一番背が高いくせに、性格は気弱な娘だ。
「ご主人さま、昼食の用意が出来ておりますが」
頭を下げ、そう告げてくる。
「ボーデさん、ご飯食べていって下さい、色々珍しいもの用意しましたので」
「おお、そうか、それではご馳走になるかな」
まあ、この爺さんが遠慮する訳無い。
きっと、食べた分位、どこかで三倍位にして返しそうだった。
「ああ、ここではメイド達とも一緒に食べるのですが、それで良いですか」
「構わんぞ、それがお主の流儀なら、わしも付き合うからの」
楽しそうに爺さんが言う。
俺は、爺さんを連れて隣のホールに入って行くのだった。
なるべく普段通りの食事をするようにと言ってあったので、食卓は割合と砕けた雰囲気で進んだ。
どうせボーデ爺さんが、面白がって見に来ていると判っていたので、思いっきり見せ付けてやろうとしてだ。
かなり呆れていたが、これはこれで気に入ったようだ。
うん今度があるなら、その時はアンナ○ラーズとか、色々なコスプレで相手をさせてみよう。
結局、爺さん結構楽しんでいたようだ。
「アル、楽しかったぞ、また遊びに来るからな」
「ああ、構いませんよボーデさん、でも出来たら前日には知らせて下さいね」
「ああ判った、今度は連絡してからにする」
ボーデ爺さんは、笑いながら帰っていった。
「「「「「お疲れ様でした」」」」」
馬車が去って行くのを確認して、俺はメイド'sとお互いの苦労を称え合う。
まさかこれでボーデ爺さんが入り浸りになる等、その時は誰も想像もしてなかった。
ちなみに後日、ボーデ商会からは、大量の食材とメイド全員のドレスが送られて来たのはありがたいサプライズだった。
だが、露出度が高いドレスはどう考えても、ボーデ爺さんあんたの趣味だろうが…