私が、ガリア王国の王家の血を引く?
そうご主人さまに言われても、実感などあろう筈もありません。
ただ自慢の青い髪がその証拠だと言われれば、グロリアもそうなのかと考え込まざるを得ませんでした。
実際、客が来るからとご主人さまに、魔法で髪の色を変えられました。
今までと違う、赤み掛かったブロンズ色の髪を鏡越しに見つめると、その事が恐くなり身体が震えて来るようでした。
「うーむ、可愛い娘はどんな色でも可愛いな」
そんなグロリアの震えを止めて下さったのはご主人さまの言葉でした。
「えっ?」
「いや、グロリアは可愛いからこう言う色も似合うな」
そう言いながらご主人に優しく髪を撫でられると、不安が身体から抜けて行くようです。
「あっ…」
だから、手が離れた時に思わず声が出たのも仕方のない事だと思います。
そして、グロリアの小さな声にご主人さまが気付き肩を抱かれたのも自然な動きだと思います。
ご主人さまの唇が迫って来て、グロリアも目を閉じてそれに答えます。
うっとりするような熱い口付けに、グロリアは身体中から力が……
「グロリアさん…」
「ねえ、グロリアさん!」
「えっ? あれ?ご主人さまは?」
ここは今日から自分の部屋になる二階の一室だった。
グロリアはキョロキョロと辺りを見回すが、もうご主人さまはいない。
「グロリアさん、しっかりして下さい!」
先程でて行かれましたよとヴィオラに指摘され、頭がクラクラする。
また自分の世界に入り込んでいたようだ。
「あっ、ごめんね、で何?」
グロリアは、慌ててヴィオラに聞き返す。
どちらの部屋を使うかとの事なので、ヴィオラが選んで良いと答えておく。
「じゃ、私こっちにします!」
嬉しそうに左の部屋に駆け込むヴィオラを見て、彼女は自分の出自が気にならないのだろうかと不思議に思う。
私もそうだけど、ヴィオラのそれはかなり大変だと思う。
まさか、獣人の血が入ってるなんて。
もし、自分だったら…
そこまで考えてグロリアは、はっと気が付いた。
自分とヴィオラの問題は、ある意味同じなんだ。
獣人の血筋、王家の血筋、方向は違う。
うううん、方向すら一緒だわ。
だってどちらにせよ、二人には全く必要が無いもの。
そう、ご主人さまと仲良く暮らして行く上では、そんな事関係ない。
グロリアは、そっと唇に手を充ててみる。
もう、何の感触も残っていない。
だけど、先程の口付けは嘘じゃない。
フフっ!
グロリアは、笑みを浮かべ自分の部屋の片付けに取り掛かるのだった。
部屋の移動と片付けが終わると、休む間もなくファイト様がお越しになりました。
ご主人さまが出迎えられ、二人は玄関ホールにて話し出されます。
ファイト様は、ご主人さまに雇われた傭兵団の団長だそうです。
だけど遠めで見ている限り、まるでお友達の様でした。
それから、半時も経ったでしょうか?
荷馬車の隊列が到着し、グロリア達は更に忙しくなるのでした。
「まず全員風呂だ!ファイト、五人づつ入らすぞ、手伝え」
グロリア達は言われた通り大量のバスタオルとバスローブを用意し、風呂場から退散します。
そこからは、男の人達の罵声や悲鳴が聞こえて来ました。
それは、丁度初めてグロリア達がここに連れて来られた最初の日が思いだされます。
そして、愕然としました。
傭兵団の皆様や、御者を勤める方々が、風呂の入り口で自分の番を待たれているんです。
中から聞こえる罵声や悲鳴に戦々恐々とされてます。
グロリア、その姿を見て服装が汚いと思いました。
そして、皆様のすえた匂いに秘かに顔をしかめていたんです。
でも、でもその姿はほんの十二三日前の自分達の姿そのものでした。
毎日お風呂に入り、髪の毛まで綺麗に洗う生活。
それをたった十日と少し続けただけで、以前の普通の生活が如何に薄汚れたものであったのか。
そして、この屋敷での生活が如何に清潔なものであるかを思い知らされたのでした。
そんな事を思っていると、ビショビショになった服のままでご主人さまが出て来られました。
「いやあ、二度とせんぞ」
そう言いながら、ご主人さまが杖を取り出し一振りされます。
濡れていた服はあっと言う間に乾いてます。
「アマンダ!いるか!」
辺りを見回し彼女を呼びました。
「は、ハイぃ~っ」
呼ばれたアマンダがホールから飛び出して来ます。
彼女は、昼食の用意を手伝っていたのでした。
「風呂から上がった連中を大ホールまで案内を頼む」
駆け寄ったアマンダに、ご主人さまがそう言います。
グロリアとアンさんも控えていたのに、どうしてわざわざアマンダを呼んだのでしょう?
「お前達!この屋敷には可愛いメイド達がいるが、決して手を出すんじゃないぞ!」
先程から、私達をジロジロ見ている男の人達にご主人さまが声を掛けます。
でも、殿方の習性ですからそう言ってもお尻ぐらいなぞられるのは止まらないでしょう。
「おい、お前、ちょっとこっち来い」
やけにグロリアの胸ばかりに視線を寄せていた男の人をご主人さまが呼び付けました。
「アマンダ、少し我慢してくれ」
「ふぇ?」
アマンダはクルリと後ろを向かせられ、きょとんとしています。
「ほら、この娘の尻を触ってみ」
「えっ?」
男の人は、驚いたようにご主人さまを見ます。
「ほらほら、さっさとする!」
「は、ハイ」
男の人は、促されるままに、アマンダのお尻に手をあてようとしました。
「うわっ、あちっ!」
男の人が慌てて飛び退きました。
「このように彼女達は、魔法で守られている」
ご主人さまが、説明しています。
「軽く触れようとしても、ああだ」
確かに、余程熱かったのか、男の人は手を冷まそうと必死に風を吹きかけています。
「それ以上の事をするなよ、焼かれるぞ」
皆さんコクコクと頷かれています。
確かに、焼かれたくは無いでしょうから私達へのちょっかいは減りますね。
でもご主人さまが、グロリアの胸ばかり見ていた男の方を選んだのは偶然じゃないですよね。
そう思うと少し、嬉しくなります。
「なるほどね~、だからアマンダを呼んだのね~」
アンが納得したように頷いてます。
アマンダは、火の精霊の守りが掛かっているそうです。
グロリアを含む四名は水の精霊の守りだけです。
確かに、火の精霊の守りの方が判りやすそう。
しかし、水の精霊の場合はどうなるのかしら?
今度、ご主人さまに聞いてみましょう。
全員がお風呂を上がり大ホールに入ると、グロリア達は風呂場の後片付けです。
大ホールでのお客様に対する世話に、アマンダ、ゼルマ、ヴィオラが手をとられるので、こちらは二人でしなければなりません。
二十数名分の汚れた衣類を、洗濯機に放り込んで洗って行きます。
それとは別に、バスタオルも洗うので、洗濯機は三台ともフル稼働です。
しかも皆様の衣類は、初日にグロリア達の衣類を洗った時と同じで洗濯すれば色々と解けてしまうでしょう。
それらを、繕いちゃんと着れるように戻すとなると、今晩一晩掛かるかも知れません。
「やっぱり、五人じゃ無理があるわね」
私はアンジェリカに話し掛けました。
「うーん、そうだね~。 だけど、三日もすれば新しい娘が来るから大丈夫だよね~」
確かに、今日のようにお客様が見えられると、五人ではてんてこ舞いです。
だけど、新しい娘が来ると言う事は同時にライバルが増える事を意味するので、少し複雑な気持ちです。
「ねえ、アン? 私達って特別な存在に慣れたのかしら?」
二日前、アンジェリカが言って来た話から始まったように思える一連の流れ。
その最後が今朝のグロリア自身の出自の話。
うううん、違うわね。
ご主人さまにすれば、いずれ話す積りだった内容なのだろう。
だって、アンジェリカの一件が無くとも、私の髪は青いのだから。
「うん、絶対そうだよ~」
アンが嬉しそうに言って来ます。
「私、少し焦りすぎたのだと思う」
「えっ?」
アンジェリカが言うのは、ここでの生活を続ければ続ける程、ここが気に入ったのだそうだ。
次から次へと出て来る、知らないもの、見たこと無いもの。
一つを知れば、次を知りたくなる。
二階の書庫には、アンジェリカが見たことも無い様々な書籍が置いてある。
まだ、ご主人さまのお国の言葉は判らない文字ばかり。
これを覚えれば、あの書籍が読める。
載っているもの、書いてある事、全て見てみたい、知りたい内容。
「グロリアは、ご主人さまの国に行ったんだよね~」
アンがとっても羨ましそうに、私を見ます。
アンも行って見たいそうです。
その為には、ご主人さまに気に入られなければいけない。
「残念ながら~、胸ではグロリアには勝てないのよね~」
アンジェリカが言います。
二番ではダメなんだそうです。
一番になってこそ、ずっとここに居られる。
ご主人さまにとって意味のある存在になれると言う事らしいです。
「あっ、でもそれって、もし、もしも私より胸の大きな人が来たらダメになるのじゃない?」
私はアンに聞きました。
「うううん、グロリアはもう特別な存在なんだよ~」
アンジェリカが説明してくれました。
私が特別な存在だから、青い髪の事を隠そうとして下さる。
ヴィオラが特別な存在だから、出自を隠そうとして下さる。
ゼルマが特別な存在だから、その御家再興の夢を叶えようとして下さる。
「アマンダの場合は、特別な存在になっちゃったんだね~」
火の精霊の守りを持った女の子と言うだけで既に特別なのに、更に水の精霊の加護を受けてしまったアマンダ。
「だけど~、私だけは、何も無いのよね~」
アンが少し寂しげに行ってくる。
「そ、そんな事無いわよ」
「ありがとう、グロリア」
寂しそうなまま、それでもアンは笑みを返してくれる。
「でもね、私は特別じゃなくても、皆を、四人を守る事が出来る。
うううん、守る事で私も特別になれるの」
「だから」
アンジェリカは言う。
今回は、先走りし過ぎて、ご主人さまの計画を狂わせてしまった。
だけど、今後はこんな失敗はしない。
絶対に、ご主人さまの先を読んで皆の助けになるように、動いてみせる。
それこそ、私がここに残れる、特別な存在になれる方法。
「だから~、グロリアも私を充てにして頂戴~」
アンが、にぱあと笑いながら、そう言ってくる。
「判ったわ、頼りにしてるわ」
私も、顔一杯に笑みを浮かべ、それに答えていた。
--------------------------かいせつのようなモノ--------------------------
感想でもご指摘頂いたのですが、流石にかなり詰め込み過ぎました。
お陰で、彼女達の影が薄れて行く一方。
と言う事で、各自のお話が続きます。
お陰で、エオローの週、オセルの曜日の長い事、長い事。
明日もまだ、この一日は終わりません。