「おかえりー」
部屋に転移すると、アリサが待ち受けていた。
「ま、一口どうぞー」
そう言って、グラスを渡される。
「ああ、ありがとう」
オンザロックを一気に煽りたい気分だが、そこまで酒には強くない。
一口飲んで、ソファに腰を下ろした。
「で、何者?」
アリサが覗いてるのは知っていたが、風の精霊経由だと、あまり情報は取れていない。
まあ、真っ暗な屋外だと、大概の精霊でも役には立たないが。
基本的に、水の精霊が情報収集には一番役に立つ。
但し本人を操って情報を仕入れたりするので、覗き見には向いてない。
一応、火の精霊が使い勝手は良いだろう。
実際、アリサが俺を見ていたのも火の精霊経由だ。
光さえあれば大概の場所の監視には向いている。
特に、この屋敷は夜でも明かりがあるので、監視には困らなかっただろう。
今は俺自身が火と水の精霊と契約してしまったので、アリサと言えども俺の許可なしで盗み見は難しい。
風の精霊は、結界を張られてしまうと風が吹かないので使えないし、土の場合はそもそも見えない。
まあ何が言いたいかと言うと、アリサも侵入者には気づいていたが、俺が動いたのでバックアップとして待機していたという事だ。
この辺りのコンビネーションは、アル譲りとでも言うべきだろう。
俺は、アリサにアルベルトから仕入れた情報を伝えた。
「ふーん、でどうするの?」
「今はまだ様子見だな」
実際八王子さんじゃないが、アルベルトとその親玉であるブッフバルト公爵を叩き潰すだけなら、然程難しい事ではない。
行って、『消す』、以上。
非常にシンプルである。
ただ、その後に謎の死体が残っている、もしくは二人とも行方不明となり、謎が残るだけである。
うん、それも悪くないかな…
今晩中に、アルベルトを消してしまい、そのままブッフバルト公爵の公邸へ向かい、彼も消してしまう。
そうすると、俺との繋がりなんぞ何処を探してもある訳ないし、誰も知らないまま厄介事も発生しない。
「いずれ、ゼルマにかたきでも討たす?」
アリサが聞いてきた。
ああ、それがあったか。
俺一人なら、消しに行くだけで良い。
しかしゼルマにとっては、両親の仇なんだよな。
「かたき討ちか…」
俺はぼそりと呟いた。
「復讐は、虚しいだけよ! 復讐は復讐を生むわ!」
アリサがワザと可愛らしい声で叫ぶ。
「あー、おもしろい、おもしろい…」
俺も気の無い声で返す。
親や子を殺されて、犯人が判っている状況で、被害者の親族にそれを言ってみろと言いたいね。
殺人犯が無罪放免で大手を振って歩いている状況では同じ事は言えまい。
「うん、ゼルマのかたき討ちを応援しよう!」
俺がポンと手を併せる。
「さんせー」
アリサがグラスを持ち上げる。
「ゼルマの復讐に!」
俺もグラスを持ち、軽く上に挙げ、そう言ってグラスを一息に煽る。
うん、盛大むせてしまうのはお約束なんだろうか。
取り合えず情報収集と、プランニングの時間が必要だと言う事で同意する。
ゼルマには、用意が整ってから話をした方がよさそうだろう。
アリサもそれが良いのではと同意する。
「じゃ、おやすみー」
そう言って、アリサが部屋を出て行く。
「ああ、おやすみ」
うん、これでやっとゆっくり眠れそうだ。
ちなみに、アリサはハーフエルフのせいか、あっちは非常に淡白である。
昨晩の馬鹿騒ぎなんてやらかした後だけに、多分一年位は襲い掛かって来ないであろう。
ああ、俺が望めば相手はしてくれるだろうが、今の状況ではあり得ない話である。
だって、メイド達がいるのに、どこにそんな必要があるだろうか…
彼女達を部屋に呼ぶ方法を考えねば…
翌日、俺は様々な情報を集める為色々飛び回っていた。
これはと思う人物に対しては、水の秘薬を用いて話を聞く。
確実に情報は手に入るのだが、どうしても一人でやるだけに時間が掛かる。
アリサと手分けしてと言うやり方もあるのだろうが、水の秘薬を使ってとなると、どうしても俺がやる方が効率が良い。
今日の夕方に料理人候補が来ると連絡があったので、三人程から事情聴取しただけで屋敷に戻った。
まあ相手が選帝侯の一人も含まれるだけに、昨日今日でどうにかなるものでもない。
じっくり腰を据えて対応すべきだろう。
「おかえりなさいませ」
何時ものようにホールに転移すると、今日はクリスティーナの出迎えを受けた。
ペコリと頭を下げると、走って皆を呼びに行く。
「おかえりなさいませ」、「おかえりなさいませ~」
ゼルマとアンジェリカが出迎えに出て来る。
「まだ、ヴェステマン商会は来てないな」
「ハイ、まだお見えになってません」
ゼルマが答えてくる。
「アリサは?」
「はあ、用意をするとか言ってましたが…」
ふむ、また碌でもない事を思いついたのかな。
事情を聞きながら、部屋に向かう。
何でも、料理人候補が来るならば、試験をするんだとか言って、なにやら作っているらしい。
まあ、退屈はしないですみそうだ。
外出用の麗々しい服装から、一応客が来ても恥ずかしくない程度の普段着に着替える。
ちなみに誰も来ない時は、ジーンズにシャツと言う非常に楽な格好なのだが、そうも行かない。
ゼルマとアンジェリカが着替えを手伝ってくれる。
どうやら先日、グロリアとヴィオラに手伝って貰ったのを聞いて、ルールを作ったらしい。
王侯貴族になったようで非常に気分が良い。
あっ、一応貴族だけどな。
「あっ、いけません旦那様」
「良いではないか、良いではないか」
等と言う妄想を膨らませながら、手早く着替えて行く。
何時か実現したいものだ…
「失礼します」
ドアがノックされ、アンジェリカが俺を見る。
開けるように促すとワゴンを押して、グロリアが入って来た。
「うん? なんだそれは」
「お飲み物をお持ちしました」
グロリアがなるべく平然と言うが、何処となく得意そうだ。
確かに、どこぞのアフタヌーンティーみたいに、紅茶とお茶請けとして幾つかお菓子が載っている。
「へえー、凄いな、ああ、ありがとう」
ソファに腰を下ろすと、目の前に紅茶が注がれる。
同時に、クッキーとカナッペのようなものもテーブルに並べられた。
「ほお、おいしそうだな」
俺は、カナッペをつまみ上げ口に入れる。
サーモンにキャビアが載った贅沢なカナッペだ。
「うん、美味い」
「ありがとうございます」
グロリアが嬉しそうだ。
アリサが教えてくれたそうだ。
多分アルバートの国だと、こんな習慣があるのじゃないかと、作り方を教えてくれた。
アリサさんは、料理人の試験の用意で忙しいと言う事で、グロリア、アマンダ、ヴィオラの三人で作ったのだそうだ。
食材は、冷蔵庫にあったものをアリサさんに聞いて選んだ。
「お前達も食べてみ、俺一人だと味気ない」
俺の後ろで黙って見ていた、ゼルマとアンジェリカにも声を掛ける。
「あっ、私達は大丈夫です」
「あ~、散々味見しましたし~」
「こら、アン、それは言っちゃダメだろ」
「あ~、言っちゃいました~」
うん、事情は良く飲み込めました。
俺は紅茶を口に含みながら、苦笑を浮かべる。
向かいで、サーブしているグロリアも楽しそうに微笑んでいた。
「しつれいします」
うん、チビッ子が来たようだ。
アンジェリカが扉を開けると、リリーが立っている。
「お客様です、ご主人さま」
「ああ、ありがとう、直ぐ行く」
どうやら、料理人候補が来たみたいだ。
「ご馳走様」
俺はカップをテーブルに戻し、立ち上がるのだった。
ホールに降りて行くと、この間会った強面のヴェステマン商会の男、そうネッケだ、彼が五人程引き連れてやって来ていた。
そう言えば俺はホールに転移していたが、こんな風に客が来る事もあるのだから、何か方法を考えないといけないな。
客の前で転移した日にはややこしい事になりそうだ。
アマンダとヴィオラを引き連れるようにして、アリサも厨房から出て来ていた。
「やあネッケ、君が態々連れて来てくれたのか、ありがとう」
俺はまずネッケに声を掛けた。
単に用心棒を兼ねているのかと思っていたが、もう少し重要な役割もあるらしい。
「いえ、ヴェステマン本人がどうしても外せない用件が入ってしまい、くれぐれも宜しくとの事です」
「そんな気を使わないで良いと言っておいてくれ、俺如きに申し訳ない」
一通り挨拶を終え、改めて連れて来た料理人候補達に視線を移す。
男性が二名に女性が三名だ。
全員三十前後、中堅処と言ったところか。
「こちらが、経歴です」
ネッケが素早く、履歴書のようなものを俺に渡す。
厚手の紙にそれぞれの略歴が記されている。
女性三人の内、二人は貴族の屋敷での経験ありとの事。
後一人は、帝都の飲食店勤務からだった。
男性二人は、一人は飲食店、もう一人は料理修行中。
へえっ、変わった経歴もあるものだ。
女性が、貴族の屋敷務めの経験があるカーリン、レオノーレ。
飲食店勤務が、ロジーナ。
男性の飲食店勤務が、ギルベルト。
料理修行中が、マルトー。
マルトー
ふーん、珍しい名前だな、ゲルマニアでは見かけない名前だ。
マルトーね、料理人ね、年齢は二十八か、十数年したら立派な中年だよな。
料理修行中か、すると十年もすれば有数の料理人になる可能性はあるよな。
そしてトリステインで、ひょっとしたらどこぞの学園の専属コックに雇われても可笑しくないよな。
「それぞれ出身はどこかな?」
ギルベルトがニーダザクセン、ゲルマニアの北西部だ。
マルトーがストラッサン、トリステイン南西部のゲルマニアとガリアに面した地域、やはりトリステイン出身か。
カーリンがメクレンブルグ、ゲルマニア北東部。
レオノーレがドルニィシロンスク、ほう、東方辺境領か珍しいな。
ロジーナがヴィンドボナ、帝都出身者。
やはり、マルトーは限りなく黒に近いな。
と言う事は、ここは本当に「ゼロの使い魔」の世界で間違いなさそうだ。
いや平行世界と言う可能性もあったが、まさかあの小説の登場人物が本当に出て来るとは。
まあ、あまり考えないで措こう。
考えても始まらないし、どうせアリサが料理人を選ぶと叫んでいたから、彼女に任せよう。
どの道、料理人にはここを出て行くときにはあちらの世界に関する記憶は消すつもりである。
ああ、その前に確認はしておくか。
「ネッケ、彼等に魔法を使っても良いかな」
「ええっと、どのような魔法でしょうか」
流石に、貴族が魔法を使うと言うと躊躇うのは仕方ない。
「ああ、水の秘薬を用いた魔法でね、これを飲むと嘘をつくと三日三晩高熱を発して苦しむと言うものだ。
何、死ぬ事は無い…多分…」
「そ、それは少し乱暴ではないでしょうか」
如何、少し冗談が過ぎた。
「ああ、すまん、すまん冗談だ。嘘をつくと、痺れる程度だ」
「まあ、それでしたら、本人達が了承するなら」
ネッケは彼らの顔を見る。
「あー、飲ますまでも無かったな。 ロジーナとギルベルトはお引取り願おう」
何か後ろめたい処があるのだろう、この会話だけで二人とも顔色に出ていた。
「ハイ、了解しました」
ネッケも二人の顔色を見て、気が付いたようだ。
多分、戻ってからこってりと絞られる事だろう。
「では残りの三名に、現在の料理長を務めているアリサが試験をするから宜しく」
俺は三人にアリサを紹介すると、一歩下がる。
「私がバルクフォン卿の専属コックを勤めさせて頂いている、アリサだ」
うん、偉そうに言う辺りがアリサらしい。
しかし、専属コック?
そんなもん任命した覚え無いぞ。
「これから、三人には幾つか試食して貰う、その食材に関する質問に答えるのが試験となる」
ほうほう、一応考えているんだ。
「では、こちらに来て頂こう」
ぞろぞろと、三人を連れて食堂の方へ向かって行く。
しかしアリサめ、後ろにアマンダとヴィオラを引き連れて歩いて行く姿が、滅茶苦茶偉そうに見えた。
暫く、ネッケと雑談しながら試験結果が出るのを待つ。
グロリア達が気を利かして、リリーとクリスティーナの待機用テーブルにお茶を運んで来てくれる。
椅子に腰掛け三十分程待つと、結果が出たのか全員が戻って来た。
「バルクフォン卿」
アリサがちゃんと俺に話し掛けるのを見ると、物凄く背中が痒い。
「決まったか?」
「ハイ、一人ならカーリン、二人ならマルトーです」
という事で、料理人が一人増える事となった。
マルトーには興味はあったが、やはり男性を一人だけ増やすのは抵抗がある。
万が一、アリサが一番目にマルトーを選んでいたら二人になっただろうが、一番でない以上そこまで興味がある訳ではない。
まあ、十数年後トリステイン魔法学園アルヴィーズの食堂で、日本食が供される機会を奪ったかもしれないのが、唯一の心残りだった。
ちなみに、どんな料理を食べさせたのか後で聞いた。
一つは、水の飲み比べ。
ワインヴィネガーを一滴入れた水と、酒を一滴入れた水、そして何も入ってない水を当てると言うもの。
もう一つは、魚・鳥・牛肉・豚肉のすり身を違う比率で混ぜ合わせ蒸したもの。
その中から、鶏肉の比率が高いものを選ぶと言う問題だった。
マルトーは、水は当てたが、ひき肉の蒸し料理を失敗したそうだ。
カーリンは両方とも当てた。
アリサにお前は出来るのかと聞くと、無理の一言だった。
うん、カーリンが専属コックになる日もそんな遠い日ではないと思う。