準備が整うと、俺はアルの居城を後にした。
先ずは新しい住まい探しからはじめなきゃいけない。
アルの居城は、彼の様な隠遁者には丁度良かったのだろうが、俺には向いてなかった。
何せ、彼は独りで暮らしていたのだ。
生憎俺は、まだそこまで枯れてない。
何と言っても、俺はまだ28歳。
そんな俺が、アルの記憶と魔導師としての力があるのだ。
どれだけチート主人公、最強モノを地で行くんだよ。
あんな事やムフフな事もしたいじゃないですか。
それと、切実な問題として食事の問題がある。
とにかくあっちの世界の食事に慣れ親しんだ俺にすれば、あまりにもアルの食生活は貧し過ぎた。
毎日マックじゃ味気ない、いや、好きだけどね。
まあ魔法で何とかと言う手もあるけど、やっぱりトリステン魔法学院のマルトーさん見たいなシェフに、暖かい食事を作って貰いたいじゃないですか。
可愛いメイドにアーンとかも、男ならやりたいじゃないですか。
行き先は、ゲルマニア。
土地を手に入れ、改めて領主にでもなってみて貴族ごっこも面白そうかな程度の理由だけどね。
半年後俺は帝政ゲルマニアの首府、ヴィンドボナに辿り着いていた。
半年間もの時間を掛けたのは、色々見て回ったりした結果だった。
実際俺自身ならば、転移も可能だからどこでも行けるのだが、この世界を見て回りたいと言う欲求に勝てなかった訳だ。
取りあえずここで爵位を得て、貴族様になってムフフな生活を楽しむのだ。
アルの持っていた莫大な資産を使い、あちこち走り回って俺が手に入れたのは、北方の辺境領の一画だった。
北側に海、あっちの世界と同じく北海と呼ばれる海が広がっており、深い森が海岸ギリギリまで広がるエリアだ。
一応、海上での風雨がしのげる入り江を中心に小さな漁村が一つ。
そして、そこから海沿いに歩いて二時間程度の所に流れる小さな川沿いに開かれた農村が一つ含まれていた。
人口は両方併せても300人にも満たない、まあ男爵領としては貧弱なものだった。
そう、ひたすら荒れているのだ。
領主の館らしきモノが、丁度二つの村の中程の丘の上に建てられていたが、それも今は廃屋と言って良いほど荒れ果てていた。
流石に前領主が放蕩の末、借金まみれで売りに出されただけはあった。
それを格安で買い取った訳だが、形式上はバルクフォン男爵家に俺が養子に入り後を継いだ事になっている。
ちなみにこれからは、俺の名前は、アルバート・コウ・バルクフォンとなる訳だ。
本来は、爵位を示すフォンをコウの所に付けなきゃいけない。
しかし、あっちの世界での俺の名前の一部でも残したいと言う拘りだが、それほど問題なく認められた。
まあ金はかかったが、子細な事だ。
全てのお役所仕事を終えて、俺は初めて自分の領地にやって来た。
「これは酷い…」
元々不良債権である事は承知していたが、現実は更に酷かった。
漁村は荒れ果てており、人っ子一人いない。
いや、ボロ屋の中に気配はあるのだが、明らかに恐れているようで誰も顔を出そうともしない。
浜辺に繋がれた小さな漁船らしきものは、朽ち果てている。
いったい、どうやって暮らしているのやら。
俺は呆れ果てながら、農村に向かった。
農村も似たり寄ったりの状況だったが、こちらは村の長らしき人物が出てきただけましか。
「何か御用でしょうか?」
ほう・・・
どうやら、気概までは無くしてないらしい。
確かに不審者に対する怯えは見られるが、目は死んでない。
「ああ、新しい領主だ」
老人は、一瞬怪訝な顔を浮かべる。
「領主様がお代わりになられたのですか」
しかし直ぐに事情を察したのか、そう返して来る。
「で、貴方様は?」
「その領主だ」
流石に、老人の瞳が大きく見開かれた。
領地の視察及びあちらの段取りを済ますと、俺は早々にヴィンドボナに戻った。
領地を手に入れ爵位と言う身分が整った以上、俺は目をつけていたヴィンドボナ郊外の邸宅を購入した。
元はそこそこの貴族の別宅だったもので、森に囲まれた二階建ての立派な邸宅である。
早速封鎖結界を展開し、内外の出入りを閉鎖する。
それが済むと、あちらの世界とのゲートの構築を始めた。
これが、一番難しい。
俺一人での移動は、魔力カートリッジの利用でなんとか可能であるが、中々物騒な方法である。
何せ移動の度に、爆発するようなもんである。
とにかくこの方法は、今回使えない。
その為、予めあちらの世界に、基点となる場所を設定し、そこに用意した魔道具を設置してあるのだ。
俺は術式を展開し、二つの世界を繋ぐ。
ミクロン単位の穴を開けたようなものだが、目的には十分である。
こちらから、その穴を通じて魔力を送りこむ。
あちらに設置した魔道具に反応があり、更にその魔道具目掛けて魔力を注ぎ込んで行く。
よしっ!起動した!
こちらからの魔力供給で、あちらの魔道具の起動が感知出来ると、後は自動的に動き始めた。
やがて、ピンホールのような穴が目視出来るようになった。
そして、それは着実に大きくなり始める。
そろそろこちらからの魔力供給も、用意した魔道具に切り替える。
魔道具を駆動させると、辺りの魔力が吸収され吸い込まれて行く。
今目を離す訳にも行かず、俺は尚もその変化を注視し続けた。
目視出来る大きさになった穴、いや、穴と言うより歪んだ鏡や水面のような空間が更に大きくなる。
やがて、半径5メートル程度の大きさまで拡大した所で、俺は新たな術式を展開し、その大きさを固定させた。
後はゲートを維持するのに必要な魔力を送りこむ術式を起動し、俺は大きく吐息を吐き出した。
計算通り目の前には、召喚ゲートのようなものが開いている。
後は安全性かな?
理屈の上では、このままゲートを通り抜けれる筈。
かといって、自身が実験台になるのは遠慮する。
と言うわけで、ここに来る前に取っ捕まえた、狼を呼び寄せる。
水の魔法で精神を抑えているので、素直にゲートに突入してくれた。
特に問題も無く行き来出来る事を確認したので、俺もあちらに移動し、作業に掛かる。
これも俺が楽しく過ごす為、面倒だがやり終えねば。
翌朝邸宅に戻り待ち受けていると、車のエンジン音が響いて来た。
邸宅の正面に、機材を積んだトラックが数台止まる。
車からは現場監督らしい男が降り立ち、建物を見上げながらこちらに歩み寄って来た。
「おはようございます」
にこやかに挨拶して来るのに、俺は心の中でガッツポーズを決めていた。
そう、彼らはあちらの世界から、ゲートをくぐってこちらにやって来たのだ。
そして、その事に彼らは気付いていない。
東ヨーロッパの、古い邸宅をリフォームしに来たと言う認識だった。
わざわざ東欧を巡り、森に囲まれた古い邸宅を捜しだしたのだ。
そしてそこの建物を撤去し、こちらの邸宅の幻影を魔法で投影している。
遠くから建物が見えたとしても、車に乗ったまま、いや歩いてゲートを越えたとしても、
自分の眼で見たものがそこにある以上、誰か世界を越えたと気がつこうか。
ましてや、俺はこれを日本のトップスリーの一つのゼネコンに、アラブの王族の酔狂な特急仕事として発注した。
クオリティが要求される仕事を請け負い、こなしている一流の企業であるとの予想通り、彼らは作業要員を連れて来てる。
地元の人間では無い以上、更にこのカラクリに気がつく可能性は低かった。
「それじゃ、早々に作業に掛かります」
簡単な打ち合わせを済ませると、直ぐ様作業に掛かる○成建設の社員を、俺は満足気に見つめるのだった。