日用雑貨と一言で表しても、様々なものが荷馬車の中には積まれている。
クラインベックに案内され、幌付きの荷馬車の中を覗き込んだ俺は感心してしまった。
人が辛うじて通れるような隙間があるだけで、荷馬車の中には作り付けの棚が設置されていた。
その棚から溢れんばかりに、上から下まで隙間なく様々なものが積み上げられているのだ。
「何を扱ってると言われましても」
クラインベックは肩を竦め俺に話し掛けてくる。
「何でもですかね?」
そう言われると、俺も頷くしかなかった。
「これは、俺の聞き方が悪かったな」
俺は荷馬車を見上げながら考え込む。
冬を越えれば、領民達には新しい作物の植え付けを始めさせる。
問題は、これから冬を越えなければならない点だった。
今のところ道路整備等の公共事業に従事させ、現金収入を確保させた。
この結果、クラインベックの様な巡回商人が頻繁にやって来ているのだろう。
これにより、狭い領地内でも物が回り初め人々が動き始める。
道を整備しても誰も通らないとなると、寂れるばかりだ。
人が行き交い、物が動いてこそ領地も活気づく。
しかし、冬になるとこの動きが止まる。
雪でも降ろう物なら、商人も訪れなくなる。
春の訪れを夢見ながら、領地は深い眠りに入る。
普通ならそれで良い。
領主が替わり、仕事も貰い来年の植え付け用の新しい作物の種子や種芋も用意されるとの噂が希望に繋がる。
だが、それではまだ足りない。
この冬の間にインフラを整備し、春の訪れと共に一斉に打って出る態勢を作りたい。
その為には、領地内の消費を冬だからと止める訳には行かない。
住民が冬の天気の良い日は買い物に行こうと思える場所がいるのだ。
そう、傭兵ハウスが十件程しかないこの地に、商人が店を構えて損はしないと思わせねばならないのだ。
一番簡単なのは、更に大規模投資を行い、近隣の村落からも人を集めてしまう事だ。
だが別に俺はここに、大都市を作りたい訳ではない。
そんな事すれば、北方辺境伯のみならず、地域の各種ギルドとの軋轢を抱え込む羽目になる。
それに、俺はレオポルド爺さんに言ったように、領民も含めた俺の知り合いが楽しく暮らせればそれで良いのだ。
で考えたのが、商人に売り上げではなく仕入れのメリットを与え、ここに拠点としての店を出さす事。
クラインベックの様な巡回商人が、ここを拠点とし物を仕入れ他の村落に売り捌いてくれないかと言う事だ。
勿論仕入れ元は俺、商人が欲しがる商品をあちらの世界から仕入れて来るのだ。
で話が長くなったが、あちらの世界から仕入れて来るものを悩んでいたのだ。
「仕入れが大変なものは、どんなものがあるんだ?」
クラインベックの荷馬車を見てる限り、俺が何を仕入れようが値段さえ折り合いが付けば買いそうである。
勿論、ハルケギニアで普通に使われているものならばと言う条件は付く。
そうとなれば、彼の欲しがるものを直接聞く事にした。
「そうですね、私が商う物で大変と言えば、まあ塩ですかね?」
「塩?」
塩ならば、海に面したこの辺りでも普通に作っているが?
「海塩は、商いが難しいんですよ。簡単に溶けるでしょ」
「と言う事は岩塩か」
「ご明察、産地が限られますから」
なるほど、密封性の強いビニルパック等ない以上、湿気に弱い海塩は取引に向かないのか。
これはいずれ、面白い商売が出来そうな案は浮かぶが、今は使えんな。
「砂糖は?」
「そんな高価なもの!誰も買ってくれません!」
そうか、仕入れる以前の問題か。
相手が普通の平民しかも農家だ、甘味料なんかよっぽどの機会でもないと手に入らないか。
そりゃ、アマンダやヴィオラの目の色が変わる筈だ。
「蜂蜜なんかは?」
「それならば積んでますが、売れ行きはもう一つですね」
塩や砂糖なら簡単に手に入るのだが中々上手くは行かないものだ。
「あー、一応聞くが香辛料は?」
クラインベックは返事もせずに首を振るだけだった。
まあ、彼が商っているとは思ってもいなかったが。
「他には」
「そうですねー、特に仕入れが難しいものですか」
クラインベックも、悩み込んでしまう。
まあ普通の農民に売るのだ、仕入れが難しいのは売れないものと同意義なのだろう。
「申し訳ない思い付きません」
答えは予想通りだった。
「ああ、ありがとう。参考になった」
「いいえ、お役に立てませんで」
「あの、私からも一つ質問しても良ろしいでしょうか?」
話を終わらそうとしたら今度はクラインベックが、尋ねて来た。
「ああ、何だ?」
「こちらの村で使われている農具はどちらで仕入れられますか?」
案外答えは意外な処から出て来るものだった。
村で使われている農具は、俺があちらのホームセンターを回ってスコップやツルハシを買い漁った時に一緒に買ったものだ。
家庭菜園用に売られていた鋤や鍬を適当に買って、レオポルド爺さんに渡して置いた。
同じような物がこちらでもあったので、それほど気にも止めてなかったのだ。
「爺さん、そんなに違うのか?」
俺は横で話を聞いていた、レオポルド爺さんに尋ねた。
「比較になりませんな」
爺さんが言うには、まず頑丈なのだそうだ。
柄に使われている木が堅くて真っすぐである。
鋤や鍬の鉄製の部分の強度も桁違いに強い。
今までの物だと、歯がなまくらになるか欠けてしまうような石でも、少々のものならなんとかなる。
それに、バランスが良く出来ており、疲労が違うとの事だった。
春に向けてもう少し手に入らないか、いつか相談しようと思っていたそうだ。
クラインベックは、これまで3ヵ月に一度程度の割合で領地を訪れていた。
三年程前からこのルートを巡っていたが、年々村が寂れて行くのを目にしていた。
このままでは、来年はこのルートを諦めざるを得ないと考えていたそうだ。
ところが先月、俺が領主になって初めて巡回して来て驚いた。
領民がこれまでのつけを払うかのように物を買って行くではないか。
理由を聞いても、領主様が変わったとしか教えてくれない。
もっとも、これは爺さんが領民に箝口令をひいていたせいだ。
村を見ても以前と違い活気らしいものが感じられる。
しかも、それは漁村の方も一緒だった。
首を捻りながらも色々頼まれたものを仕入れ、再度この地を訪れたのだ。
更に驚かされた。
道の整備が進んでいる。
領主の館も以前の荒れ果てた雰囲気が見えない。
それどころか、新たに家すら建っていた。
色々知りたい事はあったが、取り敢えず頼まれた品があるので農村に向かった。
そしてその道すがら、畑が耕されているのを目にする。
クラインベックは目を疑った。
この辺りは雪が積もるので、冬小麦の栽培は出来ない。
それなのに、この時期から耕作地を耕す理由が判らない。
畑を耕していた農民を見つけ、理由聞いてみた。
来年の為に葉っぱや土を混ぜ合わせていると言うではないか。
確かに、そんな話も聞いた事はあるが、普通はやらない。
ただでさえ大変な農作業が更に大変になるからだ。
それが、それ程嫌がってないではないか。
何でも新しい鋤や鍬を頂いて、作業がかなり楽になったとの事。
実際見せて貰った農具は、明らかにその品質に差があった。
この鋤や鍬は売れる。
それがクラインベックの結論だった。
------------------(おまけ)-------------------------
それは、いつもの朝食の席でのアマンダの発言から始まった。
「しかし、ヴィオラさん、本当に早いですね」
「そう? 気のせいじゃないの」
アマンダの問い掛けに、ヴィオラが不思議そうに答えた。
ヴィオラ自身、自分が早いとは全く思っていないのだ。
先ほど、オレンジジュースが足りないと言う事で、ヴィオラが厨房まで取りに行ったのだ。
アマンダが感心したのは、その時のヴィオラのスピードである。
「あっ、私とってくるね」
そう言って、あっという間に厨房に駆け込み、直ぐに新しいオレンジジュースの瓶を持ち帰ったのだ。
アマンダ自身にすれば、同じ事を自分がやったら間違いなくその倍は時間が掛かりそうだと思ったのだ。
「そんなに、早いのか?」
それを耳にしたアルバートは、近くに座っていたアンジェリカに聞く。
ちなみに、朝食の席順は毎日交代になっている。
今日は、右サイドがアンジェリカ、左サイドにゼルマが座っていた。
長辺側に四人、短辺側に三人が掛けられる大きなテーブルである。
三人がけの方の中央に、ご主人さま事アルバートが腰を下ろし、両側は空けてある。
後はメイド達が左右の長辺側に腰を下ろすのだが、この席順が毎日変わるのだ。
ちなみに、アリサはいつの間にかアルバートの向かいの席が定位置になってしまっていた。
「え~、早いですね~、ビューンと行って、ピューって帰ってきますね~」
アンジェリカがいつもの口調でアルバートの質問に答えている。
アルバートが何か考え込むような顔を見せる。
「ゼルマ、お前も身体を鍛えているのだから早いだろ」
何か思いついたのか、今度は反対側のゼルマに声を掛けた。
「いえ、私はそれ程早くはないかと」
優雅にナイフとフォークを操り、目玉焼きを口にしていたゼルマが、手を休めアルバートの問に答える。
一応、ちゃんとした使い方は全員が教えられたが、その通りに使っているのはゼルマとグロリア位である。
教えたアルバート自身が、これもありだと言ってフォークだけで食べるので、他の者もそれを見習っているのだ。
「しかし、ゼルマも結構体力はあるとおもうがな」
アルバートが少しからかい気味にゼルマに告げる。
「あっ、いや、体力ですか、無い訳ではありませんが」
なるべく平静を装ってゼルマは切り返すが、アンジェリカ辺りには頬が赤らんでいるのが丸判りである。
多分、オツトメの時の体力を思い出してのアルバートの発言なのだろう。
「アマンダは逆に、体力はなさそうだな」
あまり追い詰めて、危ない発言をされても困るのだろうアルバートは話題を他のメイドに振る。
「えー、これでも私体力には自身あります!」
名指しされてむきになって否定するアマンダは、まだまだお子様と言われても仕方ないだろう。
「走るだけなら、誰が一番早いのかな、やっぱりヴィオラかな?」
特に誰かに言うでも無く、アルバートが一人呟く。
「ハイ、ハーイ、私、私!」
それにも関わらず、向かいに座ったアリサが思いっきり手を振りながら自分をアピールして来る。
「お前は、普通の人間じゃないから、却下だ、却下」
「エー、それって差別だー、酷ーい」
アリサが文句を言って来るが、アルバートは相手をしない。
元々、ハーフエルフのアリサの体力が人とは比較にならないのは、短い付き合いであるがここにいる全員が納得していた。
それでなければ、水の一杯入ったシチュー鍋を片手で持ち上げるなんて芸当出来る筈もない。
「グロリアは走るのは苦手そうだな」
まだぶつぶつ言っているアリサを無視して、アルバートがグロリアに話しかける。
「あら、判りますかしら」
アルバートに話し掛けられ、嬉しそうに微笑みながらグロリアがそう答える。
そう、アルバートに話し掛けられるだけでも嬉しくなるグロリアは、彼の視線が少し下を向いている事など全く気がついていなかった。
しかも、全員がウンウンと頷いている事など彼女には些細な事にしか過ぎなかった。
「じゃあ、次に遅いのは私ですね~」
やけに嬉しそうに、胸を張りながらアンジェリカが答える。
「リリーとクリス、どちらが早いかな」
そんなアンジェリカもスルーして、アルバートはお子様'sに話を向ける。
「りりー」
「クリスのほうが早い」
お互いが、お互いを指差しているのは、全員の笑みを誘う光景だった。
「よし! 今日は体力測定をやろう!」
アルバートの言葉に、何となくまた良くない事を思いついたのではないかと不安に思うメイド達であった。
「全員揃ったな」
俺は、頬が緩むのを必死に堪える。
目の前には中々すばらしい眺めが広がっていた。
全員俺が渡した体操服に着替えて、屋敷の庭側に出て来ているのだ。
赤いジャージの上着を羽織り、その下には白い体操服。
どういう手違いか、ジャージの下だけ見つからず、ブルマ姿であるのは愛嬌だ。
べ、別にワザとジャージの下を渡さなかった訳じゃないんだからね!
体操服の胸元に、わざわざひらがなでそれぞれの名前を書いたのは、あくまでも識別の為なんだからね!
運動にはブラは不向きだからとっておくように言ったのは、あくまでも好意からなんだからね!
ハイ、説得力が全くありません。
でも、俺は幸せでした。
あっ、ちなみに元馬場を改造したフィールドの駆けっこではヴィオラが圧倒的に早かったです。
うん、やはり体操服は素肌に直接着ると、迫力がありました、まる。
--------------------(たわごと)--------------------------
し、身体測定と来たら、体力測定もしたくなったのだな…