一時間半程掛かって馬車は漸く屋敷に着いた。
自分で言うのも何だが、こんなに遠かったのかと言うのが本音だ。
二人の娘っ子は、これだけ揺れるのにぐっすりと寝入っている。
俺は、ひたすらお尻が痛い。
馬に乗った時は、擦れる痛みと、太ももからお尻にかけての筋肉痛だった。
しかし、馬車は長時間座っている為の痛みと、いくら石畳の上とは言えゴツゴツ突き上げるような連続した痛みのせいだ。
せめて板バネ位導入しないと、馬車には乗りたくない。
今までは一人での行動が中心だったが、今後を考えると馬車や移動用のドラゴンも考えなきゃいけない。
めんどい、段々やる事が増えて行く。
ハーレム化だけなのになあ…
建物建てて、女の子集めりゃ即ハーレムと思っていたあの頃が懐かしい。
と言っても高々五日前まではそう思ってたんだよな。
苦笑いしか浮かばない。
まあ、とにかくお子様二人は無事連れて来た。
そのまま村に送り返す積もりだったが、二人と話す限りあまり帰りたがる様子は無い。
親父が酒乱で、子沢山の家族だったりして…
俺は嫌な想像を頭から振り払う。
既に日も落ちて来たので、今日は取り合えず屋敷に泊めてやるか。
あっ、そう言えばアマンダ連れて帰ってこなきゃ。
すっかり忘れていたアマンダの件を思い出し、少し慌てる。
朝連れて行って、そのまま夕方までほってあるのだから、少しヤバイかな。
「ご主人さまに捨てられた~」とか言って泣いてたら、それはそれで可愛いかも。
御者に、屋敷の正面に付ける様に指示を出し、お子様二人を起こす。
「あー、おじさん、とうちゃくですか~」
とか何とか寝ぼけながら言っているのはちょっと可愛い。
まあ、子供に罪は無いとはよく言ったもんだ。
扉を開けて、子供達を中に入れる。
俺が中に入ると、メイド四人が固まっていた。
「お、お帰りなさいませ、あ、あの…」
グロリアがハッとしたように出迎えの言葉を吐くが、その後口をパクパク動かして続かない。
まあ仕方ないわな。
こんな子供を二人も連れ帰ってきたんだから、事情も知らなければ驚くのは当然だ。
「この子等は、アマンダの村の子供だ。
口入屋にいる所を買い取ってきた。
ああ、頼まれたんでな」
危ない、危ない。
下手な事言うと、俺がロリコンだと思われそうだ。
「取り合えず今晩は泊まらせるので、風呂にでも入れてやってくれ。
俺は、アマンダを拾ってこなきゃいかんのでな、後は頼む」
俺は歩き出しながら、そう言う。
「ゼルマ、夕食を二人分追加できるか?」
「えっ、ハイ、大丈夫です」
階段を登りながら、その返事を聞く。
「ああそうだ、グロリア、裁縫が得意だったよな。
確か、ヴィオラもだな」
「え、あっ、ハイ」
「ハイ、得意です!」
グロリアは躊躇いがちに、ヴィオラは元気一杯に答えてくる。
「じゃ、アンジェリカ、風呂はお前が入れてやれ、グロリア、ヴィオラ部屋まで付いて来い」
返事も待たず、俺はそのまま私室を目指す。
半日以上もコスプレしているのは、結構辛いのだ。
しかも、馬車で一時間半の拷問付きだ。
とっとと、ラフな格好に着替えてアマンダを迎えに行こう。
「あ、あの、ご主人さま?」
「あー、一寸待ってくれ、このベルト、留め金が…」
あちら製の衣装は一応、着脱(そう、着るのではなく着脱に近い)が楽なのだが、こちらで手に入れたベルトは結構厄介だ。
「あっ、手伝います」
ヴィオラが駆け寄りベルトに手を伸ばすと、あっさり外れる。
えっ、何で?
怪訝に思いながらも、フリルが沢山付いたシャツのボタンを外していると、後ろからグロリアがシャツを脱がしてくれる。
おおっ、な、何だか力が出てきます!
「ご主人さま、着替えはどれに?」
瞬間移動か?
いつの間にか、ヴィオラが寝室の扉から、シャツとパンツ(ズボンの事だからな、念のため)を持って現れる。
「ああ、左のやつで、それと一応マントも頼む」
そう言いながらズボンを脱ごうとすると、さりげなくグロリアが前に回り込んで来る。
手早くホックを外すと、ズボンを抜き下ろされてしまう。
滅茶苦茶、恥ずかしいんですけど。
それに、乱暴モノが元気になりかけとります。
このまま、パンツ下ろされたらとってもうれし恥ずかしの状況になってしまうと思うと、元気にならない筈が無い!
「あっ…」
グロリアの顔が強張る。
「ご主人さま、あちらに…」
「お、おう!」
俺は、ズボンを足首まで下ろした無様な格好で、ソファまで移動する羽目になりました。
期待させてすまない!
靴を脱がずにズボンを下ろしたので、どうする事も出来ません!
結局、左右それぞれの靴を二人掛かりで脱がして貰いました。
かなり嬉しい状況で着替えを済ませ、俺はベッドの上に指輪から服を取り出す。
今現在、指輪に入っている中でSサイズのものだ。
と言っても、今朝アマンダに渡したジャージの上下と、体操服(ブルマ付き)位だが。
「あの子達に合うような小さな服はここにはないのでな。
二人に、何とかサイズを合わせて貰いたいんだ」
俺はSサイズの体操服を手に取り説明する。
「下着は、一番小さいサイズを適当に見繕ってやってくれ。
着る服は、これらも含めてこの屋敷にあるものを適当に切り貼りして良いから。
裁縫道具は、風呂の奥に部屋があっただろ、あそこを探せば出てくる。
あっ、魔道具は触るなよ、まだ説明してないからな」
そこまで一気に話して、二人の顔を見る。
「「判りました」」
お互い顔を見合わせ頷くと、元気な返事が返ってきた。
うむ理解してくれて、ありがたい。
「じゃ、俺はアマンダを迎えに行って来るから」
そう言うと、俺は杖を取り出し術式を展開した。
うん、やっぱり移動は魔法が楽で良いわ、ホンと。
ご主人さまが急いで二階に上がって行き、グロリアとヴィオラがそれを追い掛けて行くのをゼルマは呆気にとられたように見つめていた。
何と慌しい…
溜め息を吐き出し横を見ると、アンジェリカが二人に話しかけていた。
「ようこそ、不思議の国へ~、私はアンジェリカよ~、貴方達のお名前は~」
アンジェリカ、『不思議の国』て何なんだ。
そりゃこの屋敷はそう言われてもおかしくは無い。
しかし不思議の国で思い浮かべるとしたら昔話のお菓子の家のようなものじゃないか。
あれだと、私達は悪い魔法使いになってしまう。
全く、恐れさせてどうするんだ。
つかつかと、抱き合いながらアンジェリカを見つめて震えている二人の前まで行く。
少し屈み込み、二人と目線を合わせる。
「バルクフォン卿の屋敷にようこそ。
私はここで召使を勤めているゼルマだ。
君達、名前は」
二人が顔を見合わせて、頷きあう。
「あ、あの、リリーです」
「クリスティーナ」
ふむ、まだかなり怯えてるな、まあ知らない屋敷に連れて来られたらこんなもんだろう。
「先程のご主人さまの言葉が聞こえたと思うが、二人とも今日は屋敷に泊って貰う。
明日は帰れると思うので、安心するがよい」
二人とも瞳を大きく見開き驚いた表情を浮かべた。
うん、何かおかしな事を言ったか?
「か、帰るって、どこへですか?」
「あのくちいれやさんの所でしょうか?」
「おじさんが、ご主人さまじゃないのでしょうか?」
「私達、ほうこうにきたのじゃないのでしょうか?」
「か、かえされちゃうのですか?」
「し、しっかくなんでしょうか?」
うおっ、突然堰を切ったように二人が話し出す。
「く、クリスティーナ」
「リリー」
二人は一通り話すとお互いの顔を見つめ合う。
あっ、こりゃダメだ、泣くな。
「「うわぁ~ん!」」
ゼルマがそう思ったときには既に遅く、ロビーには泣き声が響き渡った。
「ゼルマさん! 何泣かせているんですか」
アンジェリカがここぞと突っ込んでくる。
「アンが怯えさせるから、いけないんだぞ」
ゼルマも言い返す。
「二人とも何やってるんですか!」
いつの間にか、ヴィオラが二階から降りて来ていた。
「いや、アンが…」
ゼルマが説明しようとした時には、彼女は二人の前に屈み込んでいた。
「ハイハイ、泣かないの、一体どうしたの、お姉さんに言ってみなさい」
ヴィオラが、普段とは違う口調で二人に話しかけるのをゼルマとアンジェリカは唖然と見つめる。
「し、しっかくなんです~」
「ほうこうできないんです~」
二人はそんなヴィオラに泣きながらも告げている。
「えっ、誰に奉公出来ないの?」
「おじさんです」
「ええっと、ばるくふぉんきょう?」
それを聞いたヴィオラが、きっときつい表情で、ゼルマを睨みつける。
声に出さずに、くちびるが『なんか言ったの?』と動いている。
ゼルマは慌てて首を左右に振る。
ついでに手を横に動かすのも忘れない。
それ程、今のヴィオラは怖かった。
「うーん、それはご主人さまが帰ってきたら聞いてみましょ」
そう言って、ヴィオラが二人の頭を撫ぜる。
「でもね、ご主人さまに奉公したかったらね、泣いてちゃダメになっちゃうよ。
ご主人さま、明るい子が大好きだから」
「うっ…」
「ぐっ…」
おおっ、見事に二人とも泣くのを堪えようとしている。
凄い、ヴィオラにこんな才能があったなんて。
「偉い、偉い」
そう言って頭を撫でながら、ヴィオラがアンジェリカを目で呼ぶ。
それを見て、アンジェリカもダッシュで駆けつける。
うんうん、今のヴィオラには逆らわない方が身の為だ。
「ご主人さまは、綺麗好きな子が好きだから、このお姉さんとお風呂に入って綺麗、綺麗にしてもらいなさい」
「「はい…」」
二人とも俯きながらそう返事をする。
「あっ、そうそう、ご主人さまは元気な子も好きなんだよね」
「「ハイ!」」
精一杯の大きな声がホールに響き、アンジェリカに連れられ二人は風呂場へと去って行った。
「ふう、ヴィオラすまんな」
「全く、二人してあんな子供を泣かすなんて」
「すまん、すまん、しかしヴィオラは凄いな」
実際泣かしてしまったのは、ゼルマ自身だ。
ヴィオラに何を言われても仕方ない。
「私も、妹とか近所の子供とかの世話は良くさせられたものね~」
少し悲しそうな顔でヴィオラがそう言う。
「そ、そうか、と、ところでご主人さまは?」
ゼルマは慌てて話題を逸らす。
幾らなんでも、ここに奉公に来ている以上、何か悲しい思い出もあるのだろう。
「えっ、お出掛けになられたわ。
あっという間に着替えられて」
「ほお、どうしてそんなに急いでられるんだろう?
何か聞いたか?」
ゼルマは、二階で何か言われていないか気になり聞いてみた。
「特に無いわね、まあ多分だけど、日も暮れてきたから早くアマンダを連れて帰って来る為じゃないかなあ」
「まあ、そんなとこかな、何せ私達のご主人さまは、優しいからな」
「そうね、優しいひとだよね」
二人は、顔を見合わせて笑みを浮かべる。
ヴィオラは思う。
確かに、あのご主人さまは優しい人だ。
だから、私は襲われる事は無い。
それは、安心出来る事であり、だからこそ頑張ろうと言う気合も湧き上がって来る。
だけど、どこかでほんの少し、ほんの少しだけ悲しいと言う感情があるのをヴィオラは気が付かない。
「ところで、二階の用は終わったのか?」
「あっ、いけない!」
グロリアと服をどうするか相談していた所で、子供の泣き声が聞こえて飛び出したのだ。
早く戻らなきゃ。
「大丈夫よヴィオラ、どのみち下の作業室でなきゃ作業出来ないから持って降りてきちゃった」
グロリアが、手に衣服を持って降りて来ていた。
一瞬の内に室内から、外へと転移は終了する。
まだ日は残っているが、余り時間はなさそうだ。
暗くなってしまうと、こちらの世界は本当に真っ暗だからな。
取り合えず、村に向かうか。
杖を手にしたままフライの魔法で、俺は急いで飛び上がった。
トンと軽く地面に着地し、辺りを見回す。
「さて、アマンダはどこにいるんだ?」
村と言っても家が固まって建っている訳じゃない。
あちらに一軒、こちらに一軒というような感じでまばらに家があるだけだ。
人影がまるでないので、どこかの家の扉を叩くしかなさそうだ。
「八王子さんもどこにいるんだ?」
全く俺が来た事くらい、気が付いているだろうに。
あっ、そうか探せば良いんだ。
八王子さんが俺を感じられるように、俺も八王子さんが感覚としてどこにいるかぐらいは判る筈だ。
「ああ、またせたな、アル、問題は無かったようじゃな」
絶妙のタイミングで、しかも後ろから声を掛けて下さるのは優しい八王子さん以外ない。
全く、態とだったら張り倒してやるのに。
「ええ、何とか俺の方で二人とも買い取りました。
これで、精霊の契約が問題になる事もないでしょう」
「おお、助かる、アル、感謝じゃ」
「ハイハイ、良いですよ八王子さん」
俺は手を振り、何でも無いと答える。
「処であの二人、あまり村に帰りたがらないんですが、何かあるんですか」
それより、二人の事情を確認しておこう。
「さてのう?何故かのう?我にも検討もつかんぞ」
八王子さんも首を捻っている。
「どんな家庭なんですか?」
「うん、この村ではごく普通じゃの。
両方とも親父が酒飲みで子沢山、普通の煩い家族じゃよ」
ハイ、ビンゴ!
全く持って、テンプレな家庭環境じゃないか。
そりゃ、家帰れば邪魔者扱いされそうなのは目に見えている。
仕方ない、屋敷で下働きでもさせるか。
まあ、領地で奉公させると言うのもあるしな。
「あー、大体事情は判りました。
まあ、本人達が帰りたいと言うまでうちで預かっときます」
「うむ、大儀じゃ、感謝するぞ」
ウンウンと八王子さんは頷いている。
まあ、龍の八王子さんにすればそんなもんだ。
余りにも生きる時間が違う為、感情移入は中々難しいのだ。
我々もテレビのニュースで戦争のシーンを見ても、そこで出てきた人を助けに行こうとはしないだろう。
可愛そうだと思っても、自分には直接関係ない事と割り切って見ている。
そんな感じで、八王子さんは周りの人間の動きを見ているのだ。
幸せになろうが、不幸になろうが彼の感覚ではそれも『人』と言うモノの生き方だと言う認識らしい。
今回の件にしても、彼が興味を持って見守っている娘に頼まれなければ、『守り』も与える気も無かっただろう。
だから、与える守りも大きすぎる精霊の守りになってしまう。
「今度からは、下手に守りなんて与えないで下さいよ」
「うん、判っておる、以後は我は与えん」
龍神様のご利益が少なくなるが、それでもハルケギニアで大騒ぎになるよりはましだろう。
「あー、ところでアマンダはどこですか、連れて帰りたいんですが?」
「アマンダか、確か村の長の家におったぞ」
「どこか判ります?」
「ああ、こっちじゃ」
俺は、八王子さんに案内されて、村の長の家に向かうのだった。
村の真ん中辺りに、周りよりも大きな家が建っていればそれが村の長の家だ。
小さな村では宿屋も無いので、旅人なんかは村の長の家に行けば大概泊めて貰える。
ちゃんと金を払えば食事も作ってくれるもんだ。
旅人からは様々な情報が得られるし、村の安全対策にもなるからだ。
村の寄り合いなんかも行なわれるので、村の長の家は大きいのだ。
この村の場合もご他聞に漏れず、周りより大きな家が中央に建っていた。
俺と八王子さんがその家に向かって歩いていると、扉が開きアマンダが飛び出して来た。
「ご主人さまあ!」
手を振りながら、ワタワタとこちら目掛けて走ってくる。
「おおアマンダ、待たせたな」
俺も返事をしながら軽く手を上げた。
「お、遅かった、ハアハア、で、です…」
俺の横まで走って来るだけで、息が切れ切れになっている。
アマンダ、もう少し運動した方が良いと思うぞ。
「家族に会えたか?」
「は、ハイ、みんな元気でした」
パッと嬉しそうにアマンダが答える。
「俺の方の用も終わった。それじゃ帰るぞ」
「あっ、ちょ、一寸待って下さい」
俺が帰ると言うと、ワタワタとアマンダが慌て出す。
「どうした? 帰りたくないのか?」
もし、アマンダが村に残ると言うなら別にそれはそれで構わない。
実際、可愛いけど十×歳は俺の範疇外だからな。
「そ、そうじゃないんです。会って欲しい人がいるんです」
結婚したい人を連れて来られても、おとうさんは許しません!
何だか、そんな電波を受信した気がする。
「うん?両親なら遠慮するぞ」
逆も遠慮して置こう。
「違います! 取り合えずついて来て頂けませんか?」
そう言って、アマンダは縋るように俺を見つめる。
おお、これが有名なおねだりのポーズか、中々効果はありそうだ。
手を合わせて頼めば、更に効果は倍増すると言う。
「お願いします!」
ハイ、両手を併せて頼まれたなら断れませんよ。
アマンダに連れられて、俺は村の長の家に入った。
ドアを抜けると、広めの食堂のような部屋である。
六人掛けのテーブルが二つ広がっており、何人かの女性がその内の一つに腰を下ろしていた。
俺が入ってくるのを待っていたのか、すぐさま全員が立ち上がり頭を下げてくる。
「アマンダ、これは?」
俺は怪訝な顔をして、アマンダに聞いた。
何しろ年齢がバラバラで八人もの女性が立っているのだ。
「あの、ご主人さまの処で雇って頂けませんか?」
アマンダがそう言う。
「宜しくお願いします」
それに合わせるように声を揃え、八人の女性が深々と頭を下げる。
今日はきっと、『大凶』なんだろう。
うん、今度あっちに行ったら、川崎大師に厄払いに行こう。
いや、いっそ佐野厄除け大師まで行こうか。
俺はひたすら、現実逃避するのだった。