目が覚め、ベッドで上半身を起こした。
昨日の事は夢では無く、俺はアルの部屋にいるままだった。
そういや、会社はどうなっているのかなあ…
多分昼過ぎに会社からいなくなって、半日気を失ってたみたいだった。
今は…何時頃かなあ…
ふと魔法が使える事に気が付き、術式を組み立ててみる。
よし、これで…
流石に、あちらの世界は遠い。
魔力が大量に消費され、脱力感が襲ってくる。
それでも、何とかあちらを覗く事が出来た。
自分のアパートの部屋は特に異常は無い。
当たり前か、一日位空けた所でおかしい筈無いわな。
そのまま会社を思い浮かべ、飛ぶ。
時間は十時過ぎ。
ありゃ、まだ何も書かれてないな。
スケジュールボードの俺の名前の処には、記載が無い。
やべ、そろそろ連絡入れときゃ無きゃ…
とは言え魔法は使えても、このままでは携帯が使えない。
あれ?
俺、今どこにいるの?
何だか幽霊になったような感じで、こちらの世界を見ていたが、それってどういう事?
アルの記憶を弄り、今の現象を解析してみる。
次元の壁に穴を開け、そこから精神の一端を伸ばしているんだよな…
俺は状況を把握するや、一端自分のアパートに意識を飛ばした。
こんな事出来るのも、こっちの世界でも魔力があるからである。
しかし、アルの世界に比べるとかなり希薄ではある。
偏在でも作って、俺の代わりをさせとけば良いのだが、そこまでは魔力が足りないか…
第一、俺がこの世界との接続を絶てば消えてしまう。
こっちの世界で使い魔と言う手もあるけど、人間じゃなかったら使い辛い。
取りあえず、今はご近所さんに出っ張って貰うか…
両隣とも共稼ぎで誰もおらず、少し範囲を広げてサーチすると、一階下に専業主婦の山本さん(26歳)がいた。
そちらの部屋に意識を移す。
機嫌良く掃除機を掛けている山本さん(26歳主婦)に対して、術式が発動出来るか試してみる。
「フンフンふーん…」
山本さん(26歳専業主婦)の鼻歌が止まり、掃除機を持ったままその場に倒れこむ。
取りあえずちと身体を操らせて貰う為、意識を飛ばしたのだった。
俺は更に術式を弄くると、目の前にリアルで世界が広がっていた。
おおっ!
これが、山本さん(26歳主婦、結構美人)の身体かあ!
今、俺は山本さん(26歳主婦、胸もでかい)に憑依状態である。
おっと、いけん、いけん、早くせねば…
いや、思わず奥さんいけません的な展開を夢想してしまったが、次元を超えてそんな馬鹿な事やってる場合じゃない。
山本さん(26歳主婦)の携帯から電話と考えたが、それはそれで跡が残る。
幸い山本家には家の電話があったので、そこから会社に電話する。
「あ、あ、あ~」
声が女性だから、甲高い。
姉にしよう。
会社に電話し俺が休む事を伝え、山本さん(26歳主婦)に身体を返して、無事こちらの世界に意識を戻した。
少なとも今日一日は、こちらにいても問題は生じない。
それに今は俺の世界の座標も認識しているので、向こうに戻る事は問題ない。
だけどなあ、多分こっちには簡単に来れないんだよなあ…
魔力の多寡の関係で、術式の発動はこの世界の方がやりやすい。
例え杖を持って、即ちアルの知識を十全に利用したとしても、魔力の少ないあっちの世界では、次元を渡ると言うのはかなりハードそうだった。
三百年にも渡るアルの知識と魔法の能力を使えるのだから、このままあっちに帰っても楽しく暮らせそうなのは判っている。
だが科学が発達し魔法が否定されている世界では、色々制約も多いのも事実だった。
アルには悪いが様々な知識から、こっちの世界も結構面白そうなのだ。
それに魔法が使える、それも最強主人公並のチート能力と言うのは、中々魅力的だった。
まずは両方の世界を行き来出来るようにするのが、第一か…
俺は早速に、その準備に取り掛かった。
取り敢えず昨晩から何も食べてないので、貯蔵庫からパンと干した牛肉を取り出し口にする。
食生活はかなり貧しいなあ…
魔法を使い固定化された貯蔵庫の中には、様々な食べ物が蓄えられているが、俺の世界の水準からするとかなり貧しい部類になる。
パンも固いな…
希代の魔道士と言っても食事のバリエーションは、現代社会に劣ると言うのは中々面白い。
そのまま干し肉をかじりながら、俺はアルが研究室に使っていた一画に向かう。
ちなみに今更だが、このアルの居城には、俺以外誰もいない。
大概の事を魔法を通じて行っているアルにすれば、人と会うのも億劫だったと言うところだろうか。
研究室は、所狭しと様々な魔道アイテムが散乱する一角だ。
一応記憶があるから、何処に何があるかは把握しているが、散らかし放題と言う感じで少し萎える。
はあ、仕方ないなあ…
それでも気を取り直して、俺は探し物を始める。
確か、この辺りにあった筈だが…
おっ、あった、あった。
取り出したのは、魔石とでも言うべき宝石の一群だった。
魔力が豊富なこの世界では殆ど使う事は無く、隅の方にほったらかしたままだったが、あっちの世界に移り、も一度こちらに戻ろうとするならばこれが必須アイテムとなる。
この魔石の中に蓄えられた魔力を必要量だけ取り出し、世界を渡る訳である。
ただそのままでは、放出される魔力の量の調整が難しい。
通常は微量づつしか引き出せないし、アルの記憶によれば、一挙に放出させた時は小さなかけらでも、百メートル以上のクレーターが出来たとんでもない物質である。
理論上は核融合炉と同じような仕組みを考えつくが、今はそんなもの作っている時間も無い。
まあいつかやってみるのも面白そうだが、今は簡単な方法を組み上げる。
要は、必要な量だけ爆発させれば問題はない筈。
だから小さなかけらに分解し、特殊な容器に入れ、必要な量を叩き出す。
指向性を持たせた魔力の流れを作り出し、術式の発動と同時に爆発させれば何とかなるだろう。
最悪失敗しても、予備も含めていくつか用意しておけば、あちらの世界からの転移も何とか出来るだろう。
錬金にて散弾銃のカートリッジのようなものを作成し、それに微小なかけらに分解した魔石を詰めて行く。
あちらの世界の希薄な魔力で起動させれば、爆発的な魔力の放出が行われる仕組みが出来上がる訳だ。
結局夕方までかかり作り上げたものは、どう見ても散弾銃とそのカートリッジ一ダースだった。
あちらの世界に持って帰るものを選び、それらをリングに収納すると準備は整った。
いない間に誰かがここに入って来られるのも気に入らない為、アルが残した結界を確認する。
更に侵入者があれば、あっちの世界の俺に連絡が行くように術式を追加した。
ちなみにアルが手にしていたリングは、四次元ポケットみたいなもんだ。
あれ程の容量は無いが少なとも四トントラック二三台は収納できる優れもので、今も色々詰め込んだ。
まあ手当たり次第に使えそうなものを詰め込んだ感じだが、それも問題はないだろう。
色々用意し終わったのは、かなり遅い時間になっていた。
俺は召喚用の塔に入り、向こうの俺のアパートを思い浮かべる。
術式を構築し、溢れる光と共に俺の姿はこの世界から消えていた。
現代社会に戻った俺は、結構忙しかった。
まず、魔力の少なさは予想以上だった。
アルの世界に飛ぶ為の帰還用の魔石の駆動は、それを予想していたから問題はなさそうだが、リングの収納物を取り出すのも一苦労と言うのには流石に予想もしていなかった。
会社には速攻で、辞表を叩きつけ辞めた。
二つの世界を行き来しながら楽しく暮らす為には、用意する事が沢山あり、その準備の為には働いている暇はない。
何せあちらの世界は、剣と魔法のファンタジーの世界。
中世に近い暮らしなんか、今の俺には馴染みようがない。
生きて行くには困らないとは言え、色々難しすぎる。
例えば電気が無い。
雷等の電気的な攻撃魔法は作れるが、これでは電子レンジは動かない。
5A、100Vの電力を絶え間なく供給する魔術なんて、まあ不可能ではないだろうが、俺にはそんな術式を作る気はない。
とにかく錬金にて、形状はある程度作成可能であるが強度はどの程度のモノを作れば良いのかなんて、部品を一つ一つ解析して作るしかないのである。
それよりも貴金属宝石を売っぱらって、発電機と電子レンジ、精製したガソリンを購入して、あちらの世界に持って行く方が簡単だと言う事だった。
あちらの世界ならば魔法が自由に使えるから、何処に行くにも防御は大丈夫とは言え、それでも護身用の銃ぐらいはこちらから持って行きたい。
とにかく俺はアルの知識で知っているあちらの世界を色々見て回りたいとは思っていたが、その為に今の快適な生活を犠牲にする気はなかった。
考えて欲しい、風呂に入るのもお湯を生成して湯船に蓄える。
それをちびちび使いながら身体を洗う。
シャンプー一つとっても、成分の分析を行い錬成するしかない世界と、蛇口を捻ればお湯がでて、近くのスーパーで買ってきたシャンプーを使う世界の違いを。
と言う訳で、色々用意するのは結構大変だった。
持って帰ってきた貴金属を売る事一つとっても、そんな素性の知れない宝石類を大量に引き取ってくれる質屋なんかどこにあるんだ。
しかも日本にいる以上、身分証明の提出が求められるのに、色々な店で、同時期に大量の貴金属を同じ人間が売るなんて疑われる事はしたくない。
魔法を使い誰かに肩代わりさせる事を目論んでいたが、魔力が少なすぎてそれも効率が悪すぎた。
結局幾つかの宝石を売る事で小金を得ると、俺はその足でサウジに渡った。
七つ星の高級ホテルのスィートルームに陣取り、なけなしの魔力をかき集め魔法を使い、サウジの王族とコンタクトを取る。
勿論水の魔法で、俺を親友だと認識させてだ。
その人物を通じてある程度の貴金属を購入出来る人を紹介して貰い、そこで大々的に売り払った。
まあ良くまあそこまで出来たと思うが、いざとなればその場であちらの世界に転移出来るように用意して交渉を行ったので、何とかなったとしか言いようが無い。
何とか億単位の資金を得ると、その場で必要な資材をかき集める。
金があれば何とかなるもので、何が欲しいと言うと何処からともなく集まってくるから凄い。
それらを指定の倉庫に配送させて、後はリングを稼働させ収納する。
それも魔力の少なさの為一度には出来ず、結局一週間以上もかかってしまった。
あれやこれやで俺が考える最低限の用意が整うまでに、かれこれ三か月が過ぎていた。
俺がでっち上げた魔石エネルギー生成装置(散弾銃もどきとカートリッジの事ですが)も無事稼働し、俺は再びアルの世界に戻って来ていた。
取り敢えず私室のベランダに出て、リングから茶色の紙袋を取り出す。
リングの中はある意味固定化が掛かっているようなもので、一切時は止まったままである。
従って収納した時点の状態で、ものが取り出せる中々素晴らしい冷蔵庫代わりにもなる。
赤いMのマークが描かれた紙袋は独特のポテトの臭いが漂い、俺はにんまりと笑みを浮かべた。
ベランダのテーブルに、中のモノを並べて行く。
コーラ小、フライドポテト、ビックマック、シャカシャカチキン。
そう、マクドナルドのビックマックセット+シャカチキ。
「いただきまーす」
俺はマックにかぶりついた。
「旨い!」
目の前には白い頂きを連ねる山々、そして目を凝らせば遠くに森林が広がっている。
アルの居城はあっちの世界で言えば、ヨーロッパのピレーネ山脈の中腹に位置している。
そんな処でマックを食べると言うのは、反則かも知れないけど中々気持ちイイ…
みみっちいなんて言うなよ、俺はこれが好きなんだから…
フライドポテトを摘まみながら、俺は更にリングから本を取り出す。
出てきたのはヤマグチノボル作、「ゼロの使い魔」。
あちらの世界で今出ている分、全部買ってきたのだ。
そう、アルの記憶からここがどこかで聞いた事のある世界に非常に似ている事に気が付いていた。
系統魔法、先住魔法、始祖ブリミル、ガリアに、ゲルマニア、これらのキーワードでも想像が付いた。
ここは「ゼロ」の世界もしくは、それに非常に近い世界だった。
だけどまだ小説の時代には至っていない。
ガリアの王はジョセフではないし、トリステンも王が健在だった。
まあ王の名前とかは、多分に先代ポイから、長くても十数年後にはルイズ達が登場する可能性は大きい。
それまで、せいぜい楽しみますか!