電話が鳴っている。
アンジェリカに教わり、目覚ましを合わせたのだ。
もっとも、教わったと言え、ヴィオラ自身にはチンプンカンプンで、ほとんどアンちゃんが合わしたようなものだが。
それでも、鳴っている電話にだんだんはっきりして来た頭で、ヴィオラはワタワタと受話器を取り耳にあてがった。
「五時三十分です」
不思議な声がそう告げて来る。
「ありがとうございます」
お礼を言って受話器を置いた。
不思議だと思う。
ヴィオラも、声の相手が人間だとは思ってはいない。
それだと、ご主人さまが他の人はいないと言ったのが嘘になる。
第一、人ならば一日中時間を気にしながら待ち受けるなんて出来る訳ない。
きっと、妖精さんが水時計か何かで時間を計ってるんだわ。
ヴィオラは、小さな妖精がえっちらおっちら水を運び込み、時間になると何か紐のようなモノを引いてあの声を叫んでいる光景を想像して、フフっと笑みを浮かべる。
うーんと、大きな伸びをして、ヴィオラは起き上がった。
フカフカのベット、最初は慣れなかったけど、今はとっても気持ち良い。
ヴィオラは、えいっと掛け声を掛けて、ベッドから抜け出す。
朝の小用を済まし、洗面台に向う。
水道の蛇口をひねり、冷たい水にして顔を洗う。
軽く化粧水を付け、髪にブラッシング。
アマンダだと用意されていたゴム留めで、髪を束ねるけど、ショートカットのヴィオラは簡単におしまい。
こんなゴム留めまで用意してあるのが本当にこの館は凄い。
アマンダの髪で色々な結び方を試して見たけど、これがあるととても便利。
ヴィオラも髪が伸びたら使ってみたいと思う。
「おっ!ポニーテールか!」
ご主人さまがゴム留めで髪を一纏めにしていたゼルマさんを見て嬉しそうにそう言ってたけど、どう言う意味なんだろう?
こんど聞いてみよう。
ご主人さまは不思議な人だ。
最初の出会いの時に、お前達を襲うと宣言された。
それでいてあの夜、不安を吐き出させされると、罰として襲わないと言われた。
どうして襲われないのが罰になるのか、今でも判らない。
だけど、間違いなく罰を受けている間は襲われない。
ヴィオラは、それで良かった。
理由はどうあれ、少なくとも『何時襲われるのか』と、ビクビクしながら一日を過ごす必要は無くなったのだから。
だから、ヴィオラは不安が払拭された分、一生懸命働く。
そんなヴィオラをニコニコ見ているご主人さま。
本当に不思議な人だ。
朝食の準備が出来ると、今日はヴィオラがご主人さまを起こす番だ。
「大丈夫?」
グロリアさんが心配そうに声を掛けてくれる。
「うん、大丈夫だよ」
不安は無いわけでは無いが、ご主人さまは約束を破るような人ではない…と、思う。
二階のご主人さまの部屋をノックして扉を開いた。
突然ご主人さまが飛び出して来ることも無く、ホッと一安心。
やっぱり、かなり緊張しているんだ…
ヴィオラは気合を入れて、寝室に向かった。
ご主人さまが、中央のベッドで寝ている。
「ご主人さま…」
寝室の入り口から声を掛けるが、何の反応も無い。
「ご主人さま!」
少し大きな声で呼びかけるが、やはり反応が無い。
「ご主人さまあ!」
うん、今度はピクリと身体が動いた。
「ご主人さまあ!、ご主人さまあ!ご主人さまあ!」
ピク、ピク、ピクっと声に反応して身体が動く。
「ご主人さま、ご主人さま、ごっしゅじんさまあ~」
段々面白くなってきて、テンポを取りながら尚もご主人さまに呼びかける。
「ご主人さま、ご主人さま、ごしゅ…」
いつの間にか、不思議なものを見るような目つきで、ご主人さまがヴィオラを見ていた。
き、気まずい…
「コホン、ご主人さま、朝食の準備が整いました」
頭を下げ、そのまま回れ右してご主人さまの部屋から逃げ出した。
やりすぎた…
朝食の席で、ご主人さまが今日は出かけられるとの事で、五人で留守番する事となった。
夕食までに戻るので、昼も併せて皆で何か作ってみろと言われた。
ここに来るまで食事なんか作った事ないし、ここで食べさせて貰えるようなおいしい物に対抗出切るかかなり不安。
でも、ゼルマさんが、良しっと気合を入れていたのできっと何とかなるだろう。
全員で、お見送りしようと玄関でまっていると、ご主人さまが驚いた顔をされていた。
「「「「「いってらっしゃいませ」」」」」
五人で並んで、お辞儀をしながらご挨拶。
「あ、ああ、行ってくる」
ご主人さまの照れたような顔を見て、ちょっと可愛いと思ったのはヴィオラの秘密。
でも、皆の前でご主人さまが何か唱えると、光に包まれて消えてしまわれる。
やはり、ご主人さまはメイジなんだと改めて感心させられた瞬間だった。
「あんな魔法、見た事も聞いた事もない!」
ゼルマさんが呆気に取られてそう呟いていた。
「先住魔法なのでしょうか」
グロリアさんも驚いている。
「うーん、違うんじゃないかなあ~、多分日本の魔法じゃないかな~」
元貴族のゼルマさんや、貴族の召使の娘のグロリアさんなら、魔法について詳しいのは良く判ります。
だけどアンちゃん、どうして貴方はそんな事判るの?
それに、ゼルマさんとグロリアさんが頷いているから、きっと正しいのに違いない。
「ねえ、アン、どうしてそう思うの」
ヴィオラは思わず聞いてみた。
「うーん、なんとなく?」
どうして、疑問形なんだろう。
本当に、アンジェリカは不思議な娘だとヴィオラは思うのだった。
とりあえず、今日一日どう動くかみんなで相談する事にした。
そう言えばここのお屋敷、賊に対する守りはどうなっているのだろう。
ご主人さまと私達しかいないって聞いているので、少し不安。
「ねえねえ、ここの守りってどうなっているのかなあ」
思わず、皆の意見も聞いてみる。
「えー、守りって誰か攻めて来るんですか?」
アマンダがビックリした様に聞いてきた。
違うよ、盗賊とか物取りへの対応だよ。
「確かに、警備に関しては不安があるな。今は私達五人しかいないし」
ゼルマさんが、的確に答えてくれる。
やっぱり不安なんだ。
「私達で守るのは…無理ね」
グロリアさんも、正しいと思う。
村に住んでいる時は山賊の襲撃位しか考えていなかった。
突然襲われてしまえば、それで終わりだったけど、その前に連絡がある場合が多い。
冷たいようだけど、最初に襲われる村にならなければ、何とかなるものだった。
だけど、森に囲まれるように立っているこの屋敷は違う。
近くに村も無ければ、助けに来てくれる騎士もいない。
あっ、でも流石にこんな首府の近くには山賊は出ないか。
ヴィオラは一人で納得する。
「うーん、大丈夫だと思うけど~」
アンちゃん、どうして貴方はそんなに安請け合いするのですか?
「アンジェリカ、どうしてそう思うの?」
ウンウン、グロリアさんの質問が正しいと思うよ。
「えー、だってあのご主人さまだよ~、絶対色々準備していると思うけどね~」
あっ、そうか。
ヴィオラもそれは納得してしまう。
私達の下着まで用意するようなご主人さまだ。
館が襲われたらどうするかまでちゃんと手配しているだろう。
「それに~、もしそんな事があるなら、ご主人さま、私達をここに置いたまま出かける人じゃ無いと思うのよね~」
そうだ。
アンジェリカの言う通りだとヴィオラも思う。
まだ数日の付き合いだけど。
まだ、側によるのは少し怖いけど。
決して、悪い人とは思えない。
だから、ヴィオラ達を危険なまま置いて行く事はないだろう。
ふと気が付くと、皆もウンウン頷いていた。
今日も掃除は簡単に済ませ、厨房で食事の用意に全力を尽くす事を決め、手分けして掃除に取り掛かる。
屋敷が広いので、掃除機掛けだけでも結構時間が掛かってしまうのだ。
だけど、ゼルマさんに言わせるとこれでも小さな方だと言う事に、やはり貴族って凄いと思ってしまう。
グロリアさんは、拭き掃除や窓ガラスの清掃、そして外回りまで考えると、人数が足りないわねとぼやいていた。
もう少し人数が必要なんだろうが、ヴィオラにすれば今の五人位が丁度良い。
知らない人が増えるのは、それはそれで大変そうだった。
うん、私がもっと頑張れば良いんだよね。
ヴィオラは一層掃除に力を入れるのだった。
「ヴィオラさーん、掃除機をそんなに引っ張っちゃダメですよ~」
アンジェリカがそう言っているのも、ヴィオラには全く聞こえていなかった。
「やはり、メインとなる肉料理、それにスープは必要であろう」
貴族の料理に一番詳しい、ゼルマさんが言っている。
「そうね、ここには生野菜が豊富だから、サラダも作れるわね」
グロリアさんも、それに追加を加えてくる。
「あ、あの、私、わかりませんけど、デザートも何かあった方が嬉しいです!」
アマンダ、貴方の為に作るんじゃないのよ。
でも、昨日のアイスクリームみたいなデザートならヴィオラも食べたい。
あれはおいしかった…
「わ、私、料理は判りませんけど、力仕事なら自信がありますから、どんどん言ってくださいね」
ヴィオラに出来る事は、みんなの手伝い。
だけど、頑張る!
「お昼、どうしよう~」
アンちゃん、貴方も考えなさい!
「そうね、野菜とお肉を煮込んでスープの出汁を作りましょ。お昼は煮込みに使った野菜とお肉を食べれば良いわ」
へー、そうやって料理って作れるんだ。
何だか、簡単そう。
グロリアさんの提案に早速料理に取り掛かった。
アンちゃんに案内されて、奥の倉庫に入ってみた。
色々なものがある中、保存のきく野菜類が置いてある場所で、みんなで頭を抱えた。
「ねえ、これって野菜だよね」
アマンダが皆に聞く。
「ええ、多分そうね。でも何かしら」
茶色い丸い何かの種だろうか。
良く判らない大きな石ころのようなものが一杯入っている。
「ええっとね~、しやかいも?ううん、違うわ~じやがいもかな」
アンちゃんが箱に書いてある日本語、昨日習ったばかりの言葉を読んでいる。
凄い、凄い、ヴィオラにはまだ覚え切れてない。
「やが小さいから、『じや』じゃなくて、『じゃ』だろう」
うわっ、ゼルマさんも凄い。
「じゃ~、じゃがいもね、これは」
グロリアさんの確認の声に、アンちゃんがジャガイモを手にして、厨房に駆けて行く。
皆もその後について行った。
端に置いてある魔道具、確か『分析機』と言うものだ、その前にアンちゃんが走って行く。
「えーっと、確かこれを押せば良いんだよね~」
アンちゃんは、魔道具の扱いが上手い。
ご主人さまに言われて、直ぐに使えるようになっている。
ブーンと言う音がして、魔道具が動き出す。
ちょっと怖くて、ヴィオラは後ろに下がってる。
あっ、アマンダも下がって来た。
赤い光が緑に変わると、アンちゃんが大きな声で魔道具に話し出した。
「じゃがいも」
何も起こらない。
「じゃがいも」
あっ、今度は魔道具が話し始めた。
「じゃがいも、南米原産の地下の茎の部分を食用にするもので、加熱調理して食べられます。
芽や緑色をした皮は食べられませんので、食べるときに取り除いてください。
調理方法としては、茹でてそのまま塩やバターで食べるのが最も簡単です。
煮込み料理に入れてもおいしいですが、火の通りに時間が掛かるので注意して下さい。
茹でたジャガイモを潰し、冷やしてからハム、キュウリ等の野菜とマヨネーズで和えたポテトサラダは子供達に人気の一品です」
魔道具が、それだけ話すと勝手に止まった。
「ふーん、茹でて食べるんだ~」
アンちゃんがフムフムと頷いている。
本当に、ご主人さまのお国の魔道具は凄いです。
「じゃあ、昼はこれを食べてみるか」
「賛成~」
ゼルマさんの言葉に、アマンダが態々手を上げて賛成した。
ヴィオラも賛成なので、そっと手を上げました。
それから、皆でワイワイ言いながら、料理を作りました。
アンちゃんが、冷蔵庫や倉庫の色々な食材の名前を確認しては、分析機に話しかけてばかりしてました。
アマンダが味見ばかりしてたような気もします。
スープに、何を入れるかゼルマさんとグロリアさんが譲らずにハラハラさせられました。
カチンコチンに凍ったお肉を始めて見ました。
溶かすのが大変で、少し肉料理の味が落ちたとゼルマさんが嘆いていました。
結構大変でしたけど、とても楽しかったです。
だけど、一番嬉しかったのは、帰ってきたご主人さまが褒めてくださり、おいしいと言って食べて下さった事です。
あっ、デザートは結局間に合わなかったのですが、ご主人さまが買って来て下さいました『ケーキ』を頂きました。
一つ一つ綺麗に盛り付けられており、世の中にはこんなお菓子もあるんだと関心させられてしまいました。
アマンダなんか、もう嬉涙で大変でした。
このまま行くと、毎日何かデザートを出さなきゃいけなくなるとご主人さまが頭を抱えていたのが、物凄く不思議でした。
どうして、ご主人さまはそこまで優しいのでしょう。
それが、寝る前に思った事でした。
「お休みなさい」(by ヴィオラ)
-------------------------------------(おまけと言うか何と言うか15禁というか)-------------------------------------
それは、俺が『皆でお風呂計画』を断念した夜だった。
ヴィオラの引き攣ったような顔を見て、一緒にお風呂に入るのを諦めたのだ。
それを悔やみながら、一人寝酒を飲んでいた時に起こった信じられない出来事。
部屋の扉を叩く音がする。
まさか昨日の今日で再びグロリアが来るとは思えない。
一体何があったのかと怪訝に思いながらも、扉を開けた。
ゼルマだった。
これは、ひょっとして期待して良いのかなと内心の笑みが顔に出ないようにしながら、彼女を招き入れる。
「どうした?」
ゼルマは俺特製パジャマの上からちゃんとナイトガウンを羽織っている。
ちと見晴らしの悪いのが難点だな等と不埒な事を考えながら、ソファに腰を下ろす。
「あ、あの、ご主人さま…」
もじもじしながら、俺の前に立つゼルマ。
「うん?何かあったのか?」
言い難い事があるのか、ゼルマは躊躇いを見せていた。
「き、今日、無駄毛の処理を御命じになりました」
「あ、ああ、そうだな。まあ健康の為には大事な事だ」
本当は、自分の為だけどな。
「そ、それで…」
俺は、目顔で続きを促す。
こ、これは、も、もしかして…
ゼルマは暫く躊躇っていたが、意を決した様に顔を上げた。
「こ、これで宜しいでしょうか!」
やにわに、ナイトガウンの前をはだけ、パジャマを捲り上げたのだ。
ハイ、見事な無駄毛処理でした。
なーんもありません。
ツルツルです。
やにわに立ち上がった俺は、そのままゼルマを抱えるようにして寝室に飛び込んだ。
ゼルマの口から「アン♪」と言う言葉が漏れた時、言葉の後ろに音符が見えたのは気のせいに違いない。
-------------かいせつ--------------------------------
すみません、どうしても書きたかったのです。
無駄毛処理と連動でゼルマさんの番なのです。
でも、どうしても繋がらない…
力不足を実感しております。
ちなみに、もう一つの力不足。
アマンダとヴィオラの書き分けが上手く出来ない…
平にご容赦を。
分析機ですが、今の技術ですとありそうだなと思って無理矢理入れました。
日本語とハルキゲニア語?の翻訳はどうするのかが問題なのですが、これもご容赦下さい。
「魔法って本当に便利ですね」