Fate/into game
1月25日(金) 聖杯戦争3日目 午前
目を覚ますと、周りには……誰もいなかった。
え~と、思い出してみよう。
昨日は聖杯戦争が開始されて、ランサーやらバーサーカーやらと戦闘があって、衛宮が倒れて、遠坂を含めた全員で衛宮邸に帰ってきた、と。
そうだったな、この状態では添い寝してくれる奴がいないのは当然か。
多分、桜は衛宮の介護、メデューサは桜の護衛、メディアは……、また研究か、魔術具の作成でもやっているのだろう。
メディアなら、遠坂から存在を隠蔽することなど簡単にできるだろうしな。
うん、これなら誰もこの部屋にいるはずがないな。
残りのメンバーは、衛宮は気絶、弓塚と遠坂は睡眠、アーチャーは遠坂邸で回復中、といったところか。
監視網で確認したいところだけど、仮にも結界が張ってある衛宮邸や遠坂邸の内部までは監視できてないからなぁ。
それにしても、セイバーのヌード写真撮影すら忘れて寝てしまうとは、俺もよっぽど疲れていたらしいな。
まあ、衛宮の介護をほっといてセイバーがそんなことをするはずもないから、結果論からいえば問題はないか。
ただ、それだけで済ませてはもったいないから、昨日ヌード撮影するのを諦めたかわりに、なんか代価がもらえないか交渉してみる余地はあるかな?
まあ、セイバーを怒らせないことが前提だから、それほどとんでもない要求をするつもりはないけどさ。
おっと、セイバーにランサーの件について説明するのも忘れてたな。
昨日は、ランサーがセイバーの味方をしたから過剰に警戒はしないとは思うが、早めに説明しないとセイバーが切れて俺が半殺しにされかねない。
『おはよう、メディア』
『おはようございます、慎二。具合はいかがですか?』
ラインを通じて挨拶を送ると、すぐにメディアから返事が来た。
『ああ、一晩寝たら回復した。まあ、精神的疲労で倒れただけだからな。
それより、メディアは今何をやってるんだ?』
『はい、先ほどまでは聖杯戦争の準備をしておりましたが、現在は撤収準備をしております』
その予想外の回答に、俺は頭を傾げた。
『え~と、撤収ってのは遠坂が離れに住むことになりそうだからか?
確かにある程度の隠蔽は必要だろうけど、撤収まではしなくても大丈夫じゃないか?』
俺の素朴な疑問に返ってきたのは呆れ帰ったイメージだった。
『慎二、確かに凛だけでしたら完全な隠蔽を行うのは十分可能です。
しかし、彼女のサーヴァントを忘れていませんか?』
ん、アーチャーのことか?
しかし、所詮は衛宮の成れの果て。
魔術のランクはC-。メディアの魔術に対抗できるとは思えんのだが?
『慎二、考えていることが全部流れてきてますよ。
確かに、英霊エミヤ自身の魔術のランクは低いでしょう。
しかし、彼もまたサーヴァント。
完全に存在を隠し通すことは難しく、気づかれてしまえば確実に隠蔽魔術を解除されてしまします』
『ん、え~と、ああ、そういえばあいつもルールブレイカーを持ってるからか』
『その通りです。英霊エミヤもかつて聖杯戦争を戦ったことに間違いありません。
そこでその世界の私と戦い、ルールブレイカーを見た可能性は高いと考えています。
もっとも、今の私にその知識や記憶は存在していませんが』
『あ~、ルールブレイカーは宝具以外の魔術はオールマイティで破戒するからなぁ。
確かにメディアの言うとおりだ。
アーチャーが来る前に撤収した方がいいな。
分かった、メディアは一切証拠を残さない撤収を頼む。
それから、アーチャーが接近したらメデューサにすぐに警告を頼むぞ』
『了解しました、慎二』
英霊エミヤがセイバールートの成れの果てだとしたら、メディアやメデューサ相手に容赦するとは思えないしなぁ。
まあ、メディアが対応してくれれば間違いはなかろう。
部屋を出ると、リビングには弓塚と遠坂に二人がいた。
「おはよう、慎二」
「おはようございます、慎二さん」
「おはよう。衛宮の具合は大丈夫だったか?」
二人に朝の挨拶をして、気になっていたことを質問すると、弓塚が答えてくれた。
「ええ、さっき、衛宮君の部屋に行ってきましたけど、桜さんもセイバーさんももう大丈夫、って言ってましたよ。
衛宮君はまだ目が覚めないみたいでしたけど」
「そうか、それはよかった。
じゃあ、桜達はまだ衛宮の部屋か?」
「桜さんはそうです。
セイバーさんは、さっき道場の方へ向かいました」
むっ、となるとセイバーは精神集中しているのか?
できればそのシーンを写真にとりたいところだが……、やめとこう。
どうもセイバーにかなり警戒されているようだし。
……そうだな、写真を撮るのは衛宮と一緒に道場へ行ったときにしよう。
それなら、精神集中を乱したということで悪意を持たれる危険性は減らせるだろう。
っと、そんなことを考えていると衛宮と、衛宮を支えて歩く桜がリビングに現れた。
桜が起きるのを許可したということは、ある程度回復したということだろう。
「おはよう。勝手に上がらせてもらってるわ、衛宮君」
「な、え――――!?」
うむ、ものすごく動揺しているな。
何で説明しなかったのか、と桜の方を見ると、桜も『しまった』という顔をしていた。
どうやら、桜にとっては遠坂が泊まっていたことを衛宮が知らないことを忘れていたのか、説明し忘れたようだ。
まあ、『衛宮のことが心配で、遠坂の存在を完全に忘れていた』と言う可能性も高そうだが。
家族愛より愛する人への感情が上回っていたわけか。
あ~、やっぱり桜は衛宮に取られてしまうのかなぁ。
俺が一人落ち込んでいる中、衛宮は動揺したまま座布団に座り、深呼吸をして一言言った。
「遠坂、お前どうして「待った。その前に謝ってくれない?
昨夜の一件についての謝罪を聞かないと落ち着けないわ」
衛宮が全部話させることなく、怒りの言葉で遮る遠坂。
遠坂は、そのまま衛宮を睨みつけている。
衛宮は一瞬、何を言われていたのか分からなかったようだが、
「――――待て」
次の瞬間、鋭い表情に変わった。
「……う」
「大丈夫ですか、先輩?」
顔色を悪くした衛宮に気づき、すぐに体を支えていた桜が心配した。
「大丈夫だ、桜。ちょっと気分が悪くなっただけだ。
って、変だぞ。なんだって生きてるんだ、俺」
「思い出した? 昨夜、自分がどんなバカをしでかしたかって。
なら少しは反省しなさい」
遠坂の無情なことばに、桜が反論してきた。
「姉さん、そんな言い方はないんじゃないですか?」
「いいよの、そこのバカにはこれくらい言ってちょうどいいのよ。
桜だって、同じことされて今度こそ本当に死なれるなんて嫌でしょ」
「そ、それはそうですけど……」
弱っ、一瞬で桜は遠坂に言い負かされてしまった。
こうして、桜をさっさと黙らせると、遠坂は本格的に衛宮に対する攻撃を開始しようとしたが、その前に衛宮が反撃をしてきた。
「何言ってんだ、あの時はあれ以外する事なんてなかっただろ!
あ……いや、そりゃあ結果だけみればバカだったけど、本当はもっと上手くやるつもりだったんだ。
だから、アレは間違いなんかじゃない」
そう言って、衛宮は視線でも遠坂に抗議した。
遠坂はそれを聞いて、はあ、なんてこれ見よがしに疲れた溜息をこぼした。
「……む」
衛宮は、遠坂のただそれだけの行為にすでに怯んでいる。
弱い、弱すぎるぞ、貴様!!
「マスターが死んだらサーヴァントは消えるって言ったでしょう?
だっていうのにサーヴァントを庇うなんてどうかしてるわ」
衛宮は腕を組み、目つきを鋭くして、容赦なく言葉を紡いだ。
「いい、貴方が死んでしまえばセイバーだって消えてしまう。
セイバーを救いたかったのなら、もっと安全な場所からできる手段を考えなさい。
……まったく、身を挺してサーヴァントを守る、なんて行為は無駄以外の何物でもないって解ってるの?」
その意見には俺も同感。
牽制したいのならば、ゲイボルクなり、ナインライブスを使えばよかった。
倒したいと思ってカラドボルグを使ったのだとしたら、その認識は絶望的に甘すぎる。
まあ、実際のところは『セイバーを助ける』ことだけしか考えていなかったんだろうけどな。
ちなみに、隣にいる桜も力強く頷いている。
桜にとっても、セイバーを助けることはともかく、その手段として特攻したことは認められないらしい。
俺にとっては、衛宮という優秀な手駒が消えるのはいたいが、『衛宮が死んだらセイバーはキャスターの支配下に置いてしまえばいい』なんて考えているので、『死にたいのなら一人で他人に迷惑かけずにやれ』程度の感想しか持っていない。
まあ、今の衛宮は滅多なことじゃ死なないので、そういうことはありえないとは分かっているが……。
「庇った訳じゃない。少しでもセイバーへの負担を減らそうとしたらああなっちまっただけだ。
俺だってあんな目に会うなんて思わなかった」
う~む、俺も色々干渉したと思うんだけどなあ。
こいつのこういう発想そのものはほとんど変えられなかったなあ。
まあ、一ヶ月程度で影響を与えられると思うほうが甘すぎたか。
「……そう。勘違いしているみたいね、貴方」
遠坂は、当然と言うべきか、衛宮の答えを聞いてますます不機嫌になった。
「あのね衛宮くん。きっちりと言っておくけど、教会まで連れて行ったのは冬木のセカンドオーナーとして依頼されたことを果たしただけであって、貴方に勝たせる為じゃないわ。
聖杯戦争についてほとんど知らない貴方も、あの説明を聞けば一人でも生き残れるかなって思ってたのに、どうもそのあたりを解ってなかったみたいね」
「俺が生き残れる……?」
「そうよ。負ける事がそのまま死に繋がるって知れば、そう簡単に博打は打たなくなる。
衛宮くん、こういう状況でも一人で夜出歩きそうだから。
脅しをかけておけば火中の栗を拾うこともなし、上手くいけば最後までやり過ごせるかもって思ったの」
「そうか。それは気づかなかった」
そう言って頷いた後、衛宮は不思議そうに尋ねた。
「……? けどどうして遠坂が怒るんだよ。
俺がヘマをやらかしたのは遠坂には関係ないだろ」
「関係あるわよ、このわたしを一晩も心配させたんだから!」
ああもう、と癇癪を起こす遠坂。
「そうか。遠坂には世話になったんだな。ありがとう」
衛宮はそう言って頭を下げた。
「――――」
それを聞いた遠坂は、難しい顔をした後
「ふん、分かればいいのよ。これに懲りたら、次はもっと頭のいい行動をしてよね」
ぷち、と視線を逸らした。
俺から見ても、多少機嫌が良くなったように見える。
なお、衛宮はその後、俺の隣から険しい視線を送る桜に気づき、慌てて桜にも謝っていた。
「じゃあこれで昨日の事はおしまいね。
本題に入るけど、真面目な話を昨日の話、どっちにする?」
「「「?」」」
いきなり、優等生モード、いや魔術師モードに入った遠坂に俺たちは戸惑いを隠せなかった。
「それじゃ真面目な方の話を。
遠坂がここに残った理由が知りたい」
「――――そ。じゃあ先に結論から訊くわ」
一瞬呆れた顔をすると、遠坂は話した。
「……?」
「じゃあ率直に訊くけど。
衛宮くん、貴方これからどうするつもり?」
「ああ、俺は聖杯には興味ない。
俺は聖杯戦争を止めたいと思っている」
「言うと思った。貴方ね、そんなこと言ったらサーヴァントに殺されるわよ」
「それは大丈夫だぞ。確かに俺は聖杯には興味ないけど、セイバーには必要だ。
だから聖杯戦争は止めるし、聖杯も手に入れる」
「……貴方らしいわね。
サーヴァントの目的は聖杯だから、どんな理由であれ貴方が聖杯を求めるというのなら問題はないわね。
まあ、『マスターは要らないけど、サーヴァントが聖杯を求めるから聖杯を手に入れようとする』ってのは珍しいとは思うけどね。
とにかく。いい、サーヴァントにとって最も重要なのは聖杯なの。
彼等は聖杯を手に入れる可能性があるからマスターに従い、時にマスターの為に命を落とす。
だっていうのに、聖杯なんていらないよ、なんて言ってみなさい。
裏切り者、と斬り殺される羽目になるわよ」
「ああ、その辺は確かに慎二からも説明受けた」
「そう、なら話が早くて良いわ。
慎二がどの程度話したかは知らないけど、聖杯を手に入れる為にマスターがサーヴァントを呼び出すんじゃない。
聖杯が手に入るからサーヴァントはマスターの呼び出しに応じるのよ。
その事を肝に銘じておきなさい」
いや、それは違う。
クーフーリンみたいに戦いを求めるやつもいれば、メデューサみたいに一人の少女を守りたいと召喚に答えたやつもいる。
メディアにしても第二の人生を送る手段の一つとして聖杯を求めたのであって、絶対に聖杯が必要なわけではない。
この辺の発想の硬さが、遠坂なんだろうな。
まあ、こんなことを考えられるのも、『俺がFateを知っているから』なのは否定しない、
……しかし、前から不思議だったのは、遠坂の聖杯戦争についての情報量が質、量ともにかなり少ないことだ。
アインツベルンもマキリも聖杯戦争の裏技を駆使してかなり無茶なコトをやっているのに、遠坂はそういったものの情報すら持っていないように見える。
遠坂家には聖杯戦争に関する伝承や詳細な情報は存在しないのだろうか?
まさか、後継者に伝えたと思っていたが、うっかり伝えるのを忘れたまま聖杯戦争に参戦して死んでしまい、失伝してしまったとか……。
……ありえる。
冗談で考えたのだが、遺伝子レベルで肝心なところでポカをする遠坂家ならば、やりかねんな、これは。
当然ながら、そんな俺の考えを知ることもなく、遠坂は衛宮への説明を続けていた。
「だからサーヴァントは、いえ昨日の話が本当ならランサーは別みたいだけど、普通のサーヴァントはマスターが命令しなくても他のマスターを消しにかかる。
聖杯を手に入れるのは一人だけ。
自分のマスター以外に聖杯が渡るのは彼らだって承知できないのよ。
マスターと違って、サーヴァントには令呪を奪う、なんてコトはできない。
彼らが他のマスターを無力化するためには殺す以外に方法がない」
ん? それは違うんじゃないか?
令呪は基本的には腕にある。
ならば言峰がバゼットにしたように、腕を切り落としてしまえばそれで終わりだろう。
まあ、切り落とした腕から令呪を奪うためには、言峰クラスの霊媒手術の技量は必要だとは思うけどな。
ああ、俺がメディアと契約したみたいに、令呪なしのただの魔術師でもサーヴァントと契約できるから、それを知っていればマスターを生かしておく可能性は確かにないな。
「だからね、本来ならたとえマスター本人に戦う意思がないとしても戦いは避けられないのよ。
サーヴァントに襲われたマスターは、自分のサーヴァントでこれを撃退する。
それが聖杯戦争なんだって、綺礼から嫌っていうほど聞かされたでしょう?」
「――――ああ。それは昨日の夜教えられた。
そうなると――――」
衛宮は少しの間考え込むと、思わずといった感じで言葉を漏らした。
「そうか、やっぱりセイバーに戦ってもらわないといけないのか……」
「そうよ、人間じゃサーヴァントには敵わない。
それは貴方自身が身をもって分かったでしょ」
「だけど、セイバーが英霊なのは知っているけど、同時に人間だ。
昨日だって、血を流していた」
「あ、その点は安心して。
サーヴァントに生死はないから。
サーヴァントは絶命しても本来の場所に帰るだけだもの。
英霊っていうのはもう死んでも死なない現象だからね。
戦いに敗れて殺されるのは、当事者であるマスターだけよ」
「いや、だから。それは」
やっぱり、衛宮はそう簡単には割り切れないらしい。
そして、俺はその意見には同意だ。
男のサーヴァントならともかく、美人、美女のサーヴァントが絶命することなど、男として許せるものではない。
「なに、人殺しだっていうの?
魔術師のクセにまだそんな正義感振り回しているわけ、貴方?」
「――――――――」
衛宮は何も言えずに黙ってしまった。
が、俺としては『そういうお前は実際に人を殺したことがあるのか?』と言ってみたい。
殺すだけの覚悟は決めているみたいだが、実際に殺した事がないやつにそんなことを言われても、説得力に欠ける事夥しい。
いや、聞いて「殺した事がある」と答えられても怖いし、そうでなかったとしても俺に災いが来るような気がするんで、やっぱり黙っているんだが。
まあ、俺も人を殺したことはないから、偉そうなことを言える立場ではないんだけどな。
ついでに、桜にも余計なことは言わないよう、ラインを通じてしっかり釘をさしているため、結果としてこの場は遠坂の独断場と化している。
なお、釘をさす必要もなく、事情を良く知らないため、弓塚は全く口を挟めないでいる。
「――――当然だろう。相手を殺すための戦いなんて、俺は付き合わない」
「へえ。それじゃあみすみす殺されるのを待つだけなんだ。
で、勝ちを他のマスターに譲るのね」
「そうじゃない。自分から殺し合いをする気はないけど、一般人に害を為す行為を止めるつもりだ。
戦いが長引くほど、一般人に被害を与える可能性は高いだろう。
だから、できるだけ早くマスターやサーヴァントと接触して、聖杯を諦めさせる。
どうしても説得できないなら、サーヴァントを倒すまでだ」
「それ、とんでもなく難しいことだって分かってるの、って言いたいところだけど……。
マスター相手なら、セイバーが捕らえるのも可能でしょうし、捕まえてしまえば無力化するのは簡単。
問題はサーヴァントだけど、セイバーなら何とかしちゃうかもね。
一応言っておくけど、サーヴァントを殺さずに捕まえるなんて、セイバーでもほとんど不可能に近いわよ」
ふっふっふ、遠坂は知る由も無いが、それはメディアなら十分に可能なのだ。
ランサーにやったように、ルールブレイカーで令呪を奪って、令呪で命令すればいい。
といっても、すでに敵対しているのは真アサシンとギルガメッシュ、バーサーカーに、将来的にはアーチャー。
バーサーカーにはルールブレイカーが刺さらないが、それ以外のメンバーには十分可能だ。
おっと、ギルガメッシュの場合、ルールブレイカーに近い能力をもっている宝具を持っていない方がおかしいから、こいつも無理か。
まあ、どいつもこいつも素直に従うような奴等じゃないから、抹殺した方が後腐れないと俺は考えている。
衛宮&セイバーとの同盟は、聖杯戦争をなるべく少ない犠牲者で終わらせて、次の聖杯戦争で聖杯をセイバーに渡す事が望み。
ならば、隙を見て他のサーヴァントはメディアに抹殺してもらうか?
……まあ、できれば、の話ではあるのだが。
「ああ、難しいのは分かっている。
でも、セイバーと一緒に何とかしてみせる」
セイバーのみならず、メディア、メデューサ、ランサーといったサーヴァントを知っているからそう思うかもしれないけど、こいつらは例外だぞ~!
バーサーカー、ギルガメッシュに真アサシンに説得なんてできるはずないよな~。
ああ、口に出して説明したい。
「ふ~ん、まあがんばりなさい。
……でも、そうね。確かに貴方の意見は正しいところもあるわ。
あなたも知ってるでしょうけど、サーヴァントっていうのは霊なの。
彼等はもう完成したものだから、今以上の成長はない。
けど、燃料である魔力だけは別よ。
蓄えた魔力が多ければ多いほど、サーヴァントは生前の特殊能力を自由に行使できるわ」
そうか?
『彼等はもう完成したものだから、今以上の成長はない。』っていうのは微妙に違うんじゃないか?
もちろん、彼等はもう成長も老化もしない、固定化した存在だ。
しかし、召喚された後に、その世界で新しい情報を記憶することは可能だ。
まあ、召喚されたときの記憶は消滅し、英霊の座には情報しか送られないらしいが、それは消滅後の話なので置いておく。
つまり、召喚された時点ですでに魔術回路が開いており、かつ魔術を使いこなす能力がある英霊ならば、新しい魔術などを覚えることは可能だと思う。
というか、すでにメディアは桜の記憶から読み出した記憶から初歩的な宝石魔術なら使えるらしいし、現在はバゼットの記憶から読み出したルーン魔術を修得しようとしているらしい。
となると、魔力で編んだ鎧の具現化や、魔力を用いて自己治癒が可能なセイバーも、自分の適性に合う魔術なら修得できそうだな。
セイバーがそれを望むかは、かなり疑問ではあるが……。
戦闘技術については、まあ新しい戦闘経験は間違いなく積めるよな。
後は、召喚された時点の体で行使できる戦闘技術を、新しく身に付けることは可能かな?
まあ、今更英霊達が今までと異なる戦闘技術を学ぶとは思えないけど。
「その辺りは私たち魔術師と一緒なんだけど……。貴方、この意味解る?」
「解る。魔術を連発できるってことだろ」
「そうよ。けどサーヴァント達は私たちみたいに自然からマナ(魔力)を提供されてる訳じゃない。
基本的に、彼等は自分の中だけの魔力で活動する。
それを補助するのが私たちマスターで、サーヴァントは自分の魔力プラス、主であるマスターの魔力分しか生前の力を発揮できないの。
けど、それだと貴方みたいに半人前のマスターじゃ優れたマスターには敵わないって事になるでしょ?
その抜け道っていうか、当たり前って言えば当たり前の方法なんだけど、サーヴァントは他から魔力を補充できる。
サーヴァントは霊体だから。
同じモノを食べてしまえば栄養が取れるってこと」
「――――む?」
衛宮は遠坂の言葉に考え込んでいる。
そういや、このことは衛宮には説明してなかったな。
メディアが精神エネルギーを集め、犯罪者から魂エネルギーの一部を柳洞寺に収集していることは説明した。
が、簡単で、かつ最低最悪の手段として、サーヴァントに人を食わせる方法があることの説明するのを忘れていたわい。
「同じモノって、精神や魂のエネルギーじゃなくて、霊体のコトか?
けど何の霊を食べるっていうんだよ」
「簡単でしょ。自然霊は自然そのものから力を汲み取る。
なら人間霊であるサーヴァントは、一体何から力を汲み取ると思う?」
「――――あ」
それを聞いてやっと衛宮は分かったらしい。
「ご名答。まあ魔力の補充なんて、聖杯の補助されたマスターからの提供だけで、大抵は事足りる。
けど一人より大勢の方が大量摂取できるのは当然でしょ?」
その通り、実際メディアもその理論の実践者である。
「はっきり言ってしまえばね、実力のないマスターは、サーヴァントに人を食わせるのよ」
「――――」
「サーヴァントは人間の原感情や魂を魔力に変換する。
自分のサーヴァントを強くしたいのならそれが一番効率いい。
人間を殺してサーヴァントへの贄にするマスターは、決して少なくないわ」
「贄にするって……それじゃ手段を選ばないヤツがマスターなら、サーヴァントを強くする為に人を殺しまくるってコトなのか?」
「そうね。けど頭のいいヤツならそんな無駄なことはしないんじゃないかな」
はい、その通りです。しかし、おバカさんなオリジナル慎二は、ライダーにその無駄なことを思いっきりさせようとしました。
「いい、サーヴァントがいくら強力でも、魔力の器そのものには限界がある。
能力値以上の魔力の貯蔵はできないもんだから、殺して回るにしても限度があるわ。
それにあからさまに殺人を犯せば協会が黙ってないし、何よりその死因からサーヴァントの能力と正体が、他のマスターたちにバレかねない。
もちろんマスター自身の正体もね。
聖杯戦争は自分の正体を隠していた方が圧倒的に有利だから、普通のマスターならサーヴァントを出し惜しみする筈よ」
遠坂の言葉が正しいなら、初日に意識不明者を出しただけのメディアの行為は見逃してくれるかな?
遠坂が許してくれるかどうかは、頭が痛い問題だからなぁ。
「……良かった。なら問題はないじゃないか。
マスターが命令しなければ、サーヴァントは無差別に人を襲わないんだから」
「でしょうね。仮にも英雄だもの、自分から人を殺してまわるイカレ野郎は、そもそも英雄だなんて呼ばれないだろうけど――――ま、断言はできないか。
殺戮者だからこそ英雄になった例なんて幾らでもあるんだし」
「――――――――」
さらりと不吉なコトを言う遠坂。
「とりあえず、確認しておきたかった事はそういうコト。
サーヴァントがどんなモノかは判ったでしょ?
聖杯戦争に勝ち残ろうとしているのはマスターだけじゃない。
この戦いに参加した以上、衛宮くんは自分のサーヴァントを律する義務がある」
「――――――――」
う~ん、まあ、メディアは人を殺していないわけだし、Fateみたいに男を不能にしているわけでもないから、律しているうちに入るよな。
しかし、こうして遠坂の解説を聞くと、多くの人から精神エネルギーと魂エネルギーの一部を収集し、柳洞寺に保管して必要なときに利用できるメディアがいかに優秀なのかよく理解できる。
「少しは自分の立場が理解できた?
なら次は貴方の体の事ね。
衛宮くん、あれから自分に何が起きたのか覚えている?」
「――――いや、覚えているも何も、俺は」
そう言って、衛宮は顔色を悪くした。
どうやら、やっと自分が死に掛けたことを思い出したらしいな。
「……ふん、そんなコトだろうと思ったわ。
本題の続きに入る前に、そこんところだけ説明してあげる」
不愉快げに溜息をこぼして、遠坂は手短に昨夜の事を説明しだした。
説明の内容は、
・衛宮が気絶した後、バーサーカーが立ち去った事
・衛宮の体の外見は、5分足らずで完治したこと
・傷は治っても意識が戻らない衛宮をここまで運んだ事
といったことだ。
「ここで重要なのは、貴方は貴方一人で生ききったっていう事実よ。
確かに私は手助けしたけど、あの傷を完治させたのは貴方自身の力だった。
そこ、勘違いしないでよね」
「話を聞くとそうみたいだけど。
……なんだ、遠坂が治してくれたんじゃないのか?」
「まあ、一回きりなら、死に掛けている人間を蘇生させる、なんて芸当もできなくもないけどね。
確かに衛宮士郎は、自分でぶっ飛んだ中身をどうにかしたのよ」
「――――あっ、もしかして治療用の魔術具が発動したのか?
確かに強力だとは思ってたけど、そこまで効果があるとは思わなかったな」
そういえば、アヴァロンの回復力について『たいていの怪我は治る』としか説明して無かったから、致命傷まで治るとは思ってなかったわけか。
実際、Fateにおいて、ランサーに心臓を破壊されてもぎりぎりで生きてたからな。
衛宮を即死させたかったら、脳を全部吹き飛ばすか、あるいは頭以外を全部消滅させるぐらいしないと無理そうだな。
「ちょっと待ってよ!
確かにランサーとの戦闘の傷はすぐに治ってたけど、あれは腹を完全に吹き飛ばされたのよ。
というか、胴体が千切れかかったのよ。
それを5分足らずで回復させる魔術具って一体?
いえ、それ以前に貴方はそんな魔術具は持っていなかったじゃない!!」
遠坂の言葉はまるで悲鳴のようだった。
「ああ、俺もよく知らないんだけど、10年前の火事で死に掛けた俺を助けるために、親父が体内に埋め込んだらしい。
といっても、使い始めたのは最近だし、いままでは精々打撲とか、擦り傷とか、体力回復にしか使ったことなかったけど」
それを聞いて遠坂は何か納得したようだった。
「なんだ、そうだったんだ。
……となると、元々あった魔術具による回復力に他の力が加わることで、あのとんでもない回復力になった可能性はあるわね。
そうなると、ありそうなのはサーヴァントが原因かしら?
貴方のサーヴァントはよっぽど強力なのか、それとも召喚の時に何か手違いが生じたのか。
……ま、両方だと思うけど、何らかのラインが繋がったんでしょうね」
「ラインって、使い魔と魔術師を結ぶ因果線の事か?」
「そうよ、要するに衛宮くんとセイバーの関係は、普通の主人と使い魔の関係じゃないってコト。
見たところセイバーには自然治癒の力もあるみたいだからそれが貴方に流れてるんじゃないかな?
普通は魔術師の能力が使い魔に付与されるんだけど、貴方の場合は使い魔の特殊能力が主人を助けてるってワケ」
ほ~、なるほど、普通の魔術師ならそういう考え方をするわけか。
「……む。簡単に言って、川の水が下から上に流れているようなもんか?」
「上手い喩えね。本来ならあり得ないだろうけど、セイバーの魔力ってのは川の流れを変えるほど膨大なんでしょう。
そうでなければ、あの体格でバーサーカーとまともに打ち合うなんて考えられない」
「本来ならあり得ない……じゃあ遠坂とアーチャーは普通の魔術師と使い魔の関係なのか?」
「そうよ。人の言うこと全っ然聞かないヤツだけど、一応そういう関係。
マスターとサーヴァントの繋がりなんて、ガソリンとエンジンみたいなものだもの。
こっちが魔力を提供して、あっちがそれを食べるだけ。
……まあ中には肉体面でもサーヴァントと共融して擬似的な"不死"を得たマスターもいたそうよ。
サーヴァントが死なない限り自分も死なない、なんていうヤツなんだけど……衛宮くん、人の話聞いてる?」
結果として、アヴァロンがばれなくて、俺としては幸いなんだが、それって、俺とメディア、桜とメデューサの間にはできないのかなぁ?
ってもしかして、擬似的な不死を得たマスターって、『セイバーのマスターであり、アヴァロンを所有していた切嗣のこと』だったりするのか?
なんか、色々と納得してしまう回答ではあるな。
あ~、その辺も含めてメディアに聞いてみるか。
そんなことを俺が考えていると、衛宮と遠坂は二人の世界を作って話し続けていた。
「え……? ああ、聞いてる。
じゃあ遠坂、俺の体って多少の傷はほっといても治るって事か?」
「貴方のサーヴァントの魔力を消費してね。
理屈が解らないけど、原因がセイバーの実体化にある事は間違いないわ。
貴方の体内にあるという魔術具と、セイバーの自然治癒の力。
それが合わされば、あれぐらいの効果は発揮するかもね」
ふむ、さすがは遠坂。
少ない情報ながら、かなり的確な判断だ。
微妙に違うところもあるが、まあこれはFateを知らない以上分かるはずもない。
大筋では合ってるし、さすがは遠坂というところか。
「なるほど、そうだったんだ」
「そういうことよ。とにかくあまり無茶はしない事。
今回は助かったからいいけど、次にあんな傷を負ったらまず助からない筈だから。
多少の傷なら治る、なんていう甘い考えは捨てた方がいいでしょうね」
「分かってる。俺が勝手に怪我をして、それでセイバーから何かを貰ってる、なんていうのは申し訳ない」
「バカね、そんな理由じゃないわよ。
断言してもいいけど、貴方の傷を治すと減るのはセイバーと貴方の魔力だけじゃない。
――――貴方、それ絶対なんか使ってるわ。
寿命とか勝負運とか預金残高とか、ともかく何かが減りまくってるに違いないんだから」
そう言って、遠坂はふん、と鼻を鳴らした。
最後にお金が出てくるところで、守銭奴遠坂の本性が透けて見える。
この反応を見る限り、『もうすぐ遠坂時臣の遺産が尽きそうだからかなり危機感を持っている』っていう話は本当みたいだな。
「遠坂。預金残高は関係ないんじゃないか?」
「あの~、姉さん。私も関係ないと思います」
「うん、関係ないな」
「私も関係ないと思います」
「関係あるわよ! 魔術ってのは金食い虫なんだから、使っていればどんどんどんどんお金は減っていくものなの!
そうでなければ許さないんだから、特に私が!」
4人がかりで反論されてもへこたれることなく反論し、ガアー! と私怨の炎を吹き上げる遠坂。
しかしそうなると、衛宮は遠坂に抹殺される未来しかないのか?
アヴァロン回復に必要なのは、衛宮とセイバーの魔力だけだからなぁ。
ちなみに、その台詞を聞いた桜、弓塚、衛宮は呆れ顔をしているが、猛り狂う遠坂は気づいていないようだ。
「話を戻しましょうか。で、どうするの。
人殺しをしないっていう衛宮くんは、他のマスターの一般人に害を為す行為を止めるつもりでしたっけ?
じゃあ、他のマスターが一般人を害したらどうするのかしら?」
さすが遠坂、衛宮の言葉の矛盾点を突いて容赦なく笑顔で攻撃をしてきた。
「俺は他のマスターが一般人に危害をくわえないように全力を尽くす。
でも、もしそれが間に合わなかった場合はそのマスターを捕まえて、絶対に償いをさせる」
「呆れた。それ、本気で言ってるの?」
「ああ、都合がいいのは分かってる。
けど、それ以外の方針は考え付かない。
こればっかりはどんなに論破されても変えないからな」
「ふ~ん。問題点が一つあるけど、言って良いかしら?」
遠坂のその顔は、明らかに何か企んでいるものだった。
「い、いいけど、なんだよ」
「昨日のマスターを覚えてる?
衛宮くんと私を簡単に殺せ、とか言ってた子だけど」
「――――」
「あの子、必ず私たちを殺しに来る。
それは衛宮くんにも判ってると思うけど」
「あの子のサーヴァント、バーサーカーのヘラクレスは桁違いよ。
マスターとして未熟な貴方にアレは撃退できない。
他のマスターに聖杯を諦めさせるって言うけど、貴方は身を守る事さえ出来ないわ」
まあ、当然だな。
衛宮がかろうじて対抗できるサーヴァントは(油断した)ギルガメッシュのみ。
セイバーも狂化したバーサーカー相手には苦戦してたもんなぁ。
まあ、使った武器はインビジブル・エアだけだから、カリバーンやエクスカリバーを使えば話は別だろうけどさ。
「――――悪かったな。けど、そういう遠坂ってアイツには勝てないんじゃないのか?」
「そうね。正面からじゃ、いえ十二の命を持ってる以上、どんな戦い方をしても勝てる可能性はかなり低いでしょうね。
白兵戦ならアレは最強のサーヴァントよ。
セイバーも最初は互角以上に戦ってたけど、バーサーカーが狂化されてからは押されてたし、ランサーも最後はまるで歯が立たなかったでしょ?
きっと歴代のサーヴァントの中でも、アレと並ぶヤツはいないと思う。
私もバーサーカーに襲われたら逃げ延びる手段はないわ」
遠坂の言葉を聞いて、この辺に霊体化して漂っているであろうランサーの怒りの波動が伝わってきた、ような気がした。
誇り高いあいつには、悔しいだろうなぁ。
しかし、そのバーサーカーに圧勝できるギルガメッシュがいるから、とんでもないんだよなあ。
いや、それでもバーサーカーでもイリヤをかばっていなければ、結構互角に戦えたかもしれないけど……。
「……それは俺だって同じだ。
今度襲われたら、きっと次はないと思う」
衛宮はそう言って腹に手を当てた。
「そういうこと。解った?
他のマスターを説得する、なんて考えてる自分の認識が甘すぎるってコトが」
「……ああ、それは解った。
けど、遠坂。
お前、さっきから何を言いたいんだよ。
ちょっと理解不能だぞ?
死刑宣告された俺を見るのが楽しいってワケでもないだろ……って、もしかして楽しいのか?」
「そんな、姉さん。悪趣味ですよ!!」
二人からそんなことを言われた遠坂は、顔をしかめると即座に反論した。
「そこまで悪趣味じゃないっ!
もう、ここまで言ってるのに分からない?
ようするに、私と手を組まないかって言ってるの」
「?」
「――――て、手を組むって、俺と遠坂が!?」
衛宮が驚きの余り叫ぶが、遠坂は気にせずに話を続ける。
「そう。私のアーチャーは致命傷を受けて目下治療中。
完全に回復するまで時間がかかるけど、それでも半人前ぐらいの活躍はできる筈よ。
で、そっちのサーヴァントは申し分ないけど、マスターが足をひっぱってやっぱり半人前。
ほら、合わせれば丁度いいわ」
「むっ。俺、そこまで半人前なんかじゃないぞ」
そう反論する衛宮に、遠坂は呆れたような、見下したような視線をした。
「私が知る限りでもう二回も死にそうになったっていうのに?
一日で二回も殺されかける人間なんて初めて見たけど?」
「ぐ――――けど、それは」
衛宮はぐうの音も出なかった。
確かにそれだけ過酷な状態になっていれば、『一人前の魔術師だ』とは言い返せないよなぁ。
「同盟の代価ぐらいは払うわ。
アーチャーを倒されたコトはチャラにしてあげて、マスターとしての知識も教えてあげる。
ああ、あと暇があれば衛宮くんの魔術の腕を見てあげてもいいけど、どう?」
衛宮は思いっきり動揺し、黙って悩み続けた。
桜は不安そうな顔で、衛宮と遠坂を交互に見つめている。
「衛宮くん? 答え、聞かせてほしいんだけど?」
しかし、遠坂はすぐに返答を急かしてきた。
と、衛宮が俺と桜の方を向いて、何か言いたげな視線を向けてきた。
ん? え~と、この状態で衛宮が俺たちに聞きたいこととなると?
おっ、あ~、そうか!!
衛宮は俺たちと既に協定を結んでいる、そのことを気にしたのか?
確かに衛宮たちが俺たちと同盟を組んでいたら色々と面倒だったろう。
しかし、今はセイバーの強い反対により、衛宮&セイバーと俺たちは同盟を組んでおらず、ただの一時停戦でしかない。
「もしかして、俺の意見を聞きたいのか?
そうだとしても、俺はただの仲介役だから気にしなくて良いぞ。
まあ、衛宮に協力することを約束しているから、今後も遠坂がそれを認めてくれるなら問題ない。
そういうわけで、後はお前の意志次第だ」
「私だって、わざわざ慎二と敵対するつもりもないわ。
衛宮くんと慎二がどういう約束をしているか知らないけど、慎二が私に敵対あるいは不利益をもたらさない限り、衛宮くんが今の約束を維持しても全然構わないわ」
幸いにも遠坂も俺の存在を排除するつもりはなかったらしい。
「おっと、一つ言い忘れていた。
遠坂も気づいているとは思うが、俺たちは遠坂に秘密にしていることがある。
衛宮も一部は知っているが、俺たちから口止めしている。
それだけは、それ相応の対価とかない限り、遠坂には教えられないけどそれでいいか?」
「ええ、構わないわ。
どうせ、貴方達の封印指定の師匠に関連する情報とかでしょう?
私も好き好んで封印指定を敵に回したくはないし、別に構わないわ。
どうせ、聖杯戦争が終わるまでそんなことに関わる余裕はないしね」
はっ、相変わらず遠坂は思い込みが激しいな。
確かに橙子のこともそうだが、俺たちがマスターであるなんて欠片も想像してないらしいな。
「分かった。それならいい。ただし、後でその秘密を知ったときに怒るなよ」
「ふん、アンタなんかが隠している秘密程度で私が怒るはずないでしょ。
そうね。私が怒るようなことがあれば、何でも言う事を上げてもいいわよ」
遠坂は明らかに見下したような視線で、嘲るように言い切った。
「その言葉、忘れるなよ」
「アンタこそ、私をがっかりさせないでよね」
何か知らんが、何時の間にかそういう約束が成立していた。
いやいや、『肝心なときにポカする』のが遠坂家の遺伝とはいえ、ここまですごい約束してくれるとは思わなかったなぁ。
なお、話から置き去りにされた桜は、不安そうな顔で俺と遠坂を見ている。
しかし、これは遠坂から言ったことだ。
俺が勝てばどんなことを命令しても遠坂に断る権利はない。
……まあ、桜に嫌われるのはイヤだから、桜がぎりぎり認めてくれるレベル程度しか命令するつもりはないけどな。
俺の辞書に、『寛大』という文字など存在しない。
「そうそう。とりあえず、衛宮と遠坂が一時同盟状態になった以上、遠坂にも協力するのもやぶさかじゃないぜ」
「ふん、マスターでもないあんたが何を協力できるっていうのよ」
「まっ、俺が魔術師見習いなのは確かだからな。
俺にできるのは、精々情報提供ぐらいだな。
魔術師の基本は等価交換。
対価に応じた情報を提供するぜ?」
さて、今俺がマスターであることを否定しなかったが、どういう反応を示すかな?
「あんたに情報をもらうほど落ちぶれてないわよ。
まあ、万が一にも、ありえないとは思うけど、どうしようもないほど追い詰められたら、もしかしたらあんたに情報をもらうかもね」
そう言いつつも、遠坂が俺を見る目はものすごく冷ややかで、そんなことは万に一つもない、と言い切っているに等しかった。
こ、こいつ、そこまで馬鹿にするか?
いや、俺の実力から言えば正当な評価なんだが、それでももうちょっと配慮とかしないか、普通。
まあいいさ。もし遠坂が下手に出れば、バゼットのこととか、臓硯のこととか教えてやろうかと思ったが、もう教えてやらん。
今、俺から情報をもらわなかったことを思う存分後悔するがいい!!
それまで黙っていた衛宮も、俺と遠坂の会話を聞いて、やっと踏ん切りがついたらしい。
「――――分かった。その話に乗るよ、遠坂。
正直、そうして貰えれば助かる」
遠坂はかすかに微笑んで言った。
「決まりね。それじゃ握手しましょ。
とりあえず、バーサーカーを倒すまでは味方同士ってことで」
「あ……そっか。やっぱりそういう事だよな。
仕方ないけど、その方が判りやすいか」
衛宮は差し出された遠坂の手を握った。
そして、顔を赤らめて手を慌てて引いた。
それを見た桜はあからさまに嫉妬しており、弓塚は興味津々でその三者を見ている。
「なに、どうしたの? やっぱり私と協力するのはイヤ?」
遠坂は衛宮が握手に照れたことに気づかなかったようだ。
一方、恋する乙女の直感でそれに気づいてしまった桜は、思いっきり膨れている。
「――――いや、そんなんじゃない。遠坂と協力しあえるのは助かる。
今のはそんなんじゃないから、気にするな」
遠坂は不思議そうに衛宮を見た後、
「ははーん」
なんて、とんでもなく意地の悪い顔をした。
「な、なんだよ。つまらないコトを言ったら契約破棄するからな。
するぞ。絶対するからな!」
「貴方、女の子の手を握るの初めてだったんでしょ?
なんだ、顔が広いように見えて士郎ってば奥手で、桜とは何もなかったんだ」
そう言って、遠坂はちらっと桜の方を見た。
桜は、それを聞いて怒りか恥ずかしさか分からないが、顔が真っ赤になってしまった。
「ち、違うっ! そんなんじゃなくて、ただ」
そこで言葉が止まってしまった衛宮だが
「――――って、む?」
次の瞬間、顔中『?』マークで埋まってしまった。
「あはは、聞いてた通りほんと顔にでるのね。
ま、今のは追求しないであげましょう。
ヘンにつっついて意地を張られても困るし。
じゃ、まずは手付金。これあげるから、協力の証と思って」
そう言って、遠坂はテーブルに一冊の本を持ち出した。
一見すると、表紙はワインレッド、タイトルなしの日記帳にしか見えない。
「私の父さんの持ち物だけど、もう要らないからあげる。
一人前のマスターには必要ないものだけど、貴方には必要だと思って」
遠坂の催促の視線を受け、衛宮は
「……じゃ、ちょっと失礼して」
と言って、適当に頁をめくった。
「あっ! これ、サーヴァントの能力のイメージじゃないか?」
「えっ、確かにこれは各サーヴァントの能力表だけど、……もしかして、貴方がサーヴァントを見たときに受け取るイメージって、これそのままなの?」
「ああ、俺がサーヴァントを見たときに受け取るイメージのまんまだ」
「う~ん、イメージで受け取る時は、普通動物とか色とかになるから、客観的なデータで見れれば便利だと思ったんだけど……、これとほとんど同じイメージを受け取っているのなら、意味ないわね」
遠坂は、せっかく手付金として渡した『サーヴァントのイメージを能力表として認識させる本』が衛宮には必要がないと知ってがっかりしているようだ。
なるほどな、あの本はマスターなら誰が見ても能力表としてのイメージを与える魔術具だったわけか。
俺がメディアに頼んでやってもらったイメージを操作できる能力の本があるとは、なかなか便利なものだな。
マスターである俺が横から見てもサーヴァントの能力表が見えたが、当然何も言わなかった。
「あ~、まあ、それは置いといて、サーヴァントの能力表がどうかしたのか?」
「ええ、聖杯戦争には決められたルールがあるのはもう判ってるでしょ?
それはサーヴァントにも当てはまるの。
もしかしてもう知ってるかしら?」
「いや、その辺は簡単にしか慎二に教わってない。それで?」
そう、俺は裏事情を詳細に教えたが、表の事情は面倒だったので本当に簡単にしか教えなかった。
「じゃあ、知ってこともあるかもしれないけど、一から説明するわ。
まず、呼び出される英霊は七人だけ。
その七人も聖杯が予め作っておいた"クラス"になる事で召喚が可能となる。
英霊そのものをひっぱってくるより、その英霊に近い役割を作っておいて、そこに本体を呼び出すっていうやり方ね」
「口寄せとか降霊術は、呼び出した霊を術者の体に入れて、何らかの助言をさせるでしょ? それと同じ。
時代の違う霊を呼び出すには、予め"筐"を用意しておいた方がいいのよ」
「役割――――ああ、それでセイバーなのか!」
「そういう事。英霊たちは正体を隠すものだって言ったでしょ?
だから本名は絶対に口にしない。
自然、彼らを現す名称は呼び出されたクラス名になる」
そうだよな。俺も意識して味方しかいない場所とそれ以外で呼び方を変えている。
油断すると、すぐに本名を呼んでしまいそうになるから、気が抜けないのが難点ではあるが、24時間クラス名しか呼ばないという無味乾燥な日々を送るつもりも毛頭ない。
「で、その用意されたクラスは
セイバー、
ランサー、
アーチャー、
ライダー、
キャスター、
アサシン、
バーサーカー、の七つ」
しかし、そのルールを破って8番目のアヴェンジャーを召喚した大馬鹿者がいたから、ここまで厄介な事態になったんだよなぁ。
「聖杯戦争のたびに一つや二つはクラスの変更はあるみたいだけど、今回は基本的なラインナップね。
通説によると、最も優れたサーヴァントはセイバーだとか。
これらのクラスはそれぞれ特長があるんだけど、サーヴァント自体の能力は呼び出された英霊の格によって変わるから注意して」
だな。前回の聖杯戦争では、騎士王、英雄王、征服王の三人が召喚されたわけで、ここまでくるとクラスなんてほとんど関係ない世界へ突入してしまう。
「英霊の格……つまり生前、どれくらい強かったってコトか?」
「それもあるけど、彼らの能力を支えるのは知名度よ。
生前何をしたか、どんな武器を持っていたか、ってのは不変のものだけど、彼らの基本能力はその時代でどのくらい有名なのかで変わってくるわ。
英霊は神様みたいなモノだから、人間に崇められれば崇められるほど強さが増すの」
う~ん、話を聞けば聞くほど、人に利用され、最後には裏切られて殺されたエミヤが、パワーアップしているはずがないと想像できる。
「存在が濃くなる、とでも言うのかしらね。
信仰を失った神霊が精霊に落ちるのと一緒で、人々に忘れ去られた英雄にはそう大きな力はない。
もっとも、忘れられていようが知られていなかろうが、元が強力な英雄だったらある程度の能力は維持できると思うけど」
この説明こそが、まさに英霊エミヤのことだな。
あいつ自身の能力はそれほど高くない。
ないが、英霊になった後、様々な武器の登録数を増やしていったと思われる固有結界『無限の剣製』の存在が、とてつもなく強力なのは間違いない。
「……じゃあ多くの人が知っている英雄で、かつその武勇伝も並外れていたら――――」
「間違いなくAランクのサーヴァントでしょうね。
そういった意味でもバーサーカーは最強かもしれない。
何しろギリシャ神話における最も有名な英雄だもの。
神代の英雄たちはそれだけで特殊な宝具を持つっていうのに英雄自体が強いんじゃ手の打ちようがない」
じゃあ、同じギリシャ神話の英雄……じゃないけど、知名度(悪名)はそれなりに高く、強力な特殊能力を持つメディアとメデューサなら対抗できるってことになるけど……、結構対抗できるかな?
メディアの場合、バーサーカーの攻撃範囲外から毎回種類の異なるランクAの魔術をぶつければ殺しきれるのも不可能じゃなさそうだし、メデューサも12回殺すのは無理でも石化の魔眼と併用すればベルレフォーンで7回以上殺すのも可能だろう。
なにせ、Fateのセイバールートでは、ランクA+と思われるカリバーンでバーサーカーが7回死んでるからな。
「……遠坂。その、宝具のことなんだが……」
「その英霊が生前使っていたシンボル。
英雄と魔剣、聖剣の類はセットでしょ?
ようするに彼らの武装の事よ」
「やっぱりそうか。そういえば、セイバーも持ってたな」
「セイバーの視えない剣のことでしょ?
あれがどんな曰くを持っているか知らないけど、セイバーのアレは間違いなく宝具でしょう」
言うまでもないと思うけど、英雄ってのは人名だけじゃ伝説には残れない。
彼らにはそれぞれトレードマークとなった武器がある。
それが奇跡を願う人々の想いの結晶、『ノーブル・ファンタズム』とされる最上級の武装なワケ」
「む……ようするに強力な魔術具って事か?」
「そうそう。ぶっちゃけた話、英霊だけでは強力な魔術、神秘には太刀打ちできないわ。
けれどそこに宝具が絡んでくると話は別よ。
宝具を操る英霊は数段格上の精霊さえ打ち滅ぼす。
なにしろ伝説上に現れる聖剣、魔剣は、ほとんど魔法の域に近いんだもの」
この遠坂の説明が事実なら、数段格上の平均的なサーヴァントより4倍強い、肉体を持った精霊である真祖の吸血鬼に勝つのも不可能じゃないんだろうなぁ。
まあ、アルクェイド一人ならともかく、メディアとメデューサ、そしてランサーがフォローするのは確定しているから、ギルガメッシュが相手でもそう簡単には負けないとは思うが。
いや、反則技である衛宮の投影魔術によって、アルクェイドが使いこなせる宝具を提供すれば、まさに鬼に金棒だよな。
ナイフ型のハルペーとカリバーンを所持している遠野志貴とシエルは、すでに鬼に金棒状態だしなぁ。
「最強の幻想種である竜を殺す剣だの、万里を駆ける靴だの、はては神殺しの魔剣まで。
……ともかくこれで無敵じゃない筈がないっていうぐらい、英霊たちが持つ武装は桁が違う。
サーヴァントの戦いは、この宝具のぶつかり合いにあると言っても過言じゃないわ」
「……つまり、英霊であるサーヴァントは必ず一つ、その宝具を持っているってコトだな」
「ええ。原則として、一人の英霊が持てるのは一つの宝具だけとされるわ。
大抵は剣とか槍ね。
ほら、中国に破山剣ってあるじゃない。
一振りしかできないけど、その一振りで山をも断つっていう魔術品。
それと似たようなモノだと思う。
もっとも、宝具はその真名を呪文にして発動する奇跡だから、そうおいそれと使えるモノじゃないんだけど」
「? 武器の名前を口にするだけで発動するんだろ?
なんだってそれでおいそれと使えない、なんてコトになるんだ?」
「あのね。武器の名前を言えば、そのサーヴァントがどこの英雄か判っちゃうじゃない。
英雄と魔剣はセットなんだから、武器の名前が判れば、持ち主の名前も自ずと知れてしまう。
そうなったら長所も短所も丸判りでしょ?」
「なるほど。そりゃあ、確かに。
セイバーの剣も有名だったもんなぁ」
衛宮はポロッとやばい言葉を漏らしたが、幸いそれ以上は言わなかった。
遠坂もその一言に気づいていないはずはないが、何も言わなかった。
「以上でサーヴァントについての講義は終わり。
詳しい事はその本を見れば判るから、って衛宮くんには意味がなかったわね。
まあ、サーヴァントの詳しい情報をしっかり認識しときなさい。
戦場では、ちょっとしたことが命取りになるから」
それだけ言って、遠坂は座布団から立ち上がった。
「さて、それじゃあ私は戻るけど」
「え? ああ、お疲れ様」
衛宮は座布団に座ったまま、遠坂を見上げて言った。
「協力関係になったからって間違わないでね。
私と貴方はいずれ戦う関係にある。
最後の日になって他のマスターたちが倒れているにしろ、全員健在であるにしろ、これだけは変わらない。
だから――――わたしを人間と見ないほうが楽よ、衛宮くん」
そんなことを言われると、『じゃあ未来の俺の奴隷かペットとして見ればいいんでしょうか?』なんて真っ先に考えてしまう俺は、やっぱ色々とやばいかなぁ? ……やばいだろうなぁ。
遠坂は、衛宮にそう言葉を投げかけると、遠坂はあっという間に衛宮邸を去っていった。
「まるで、嵐が去ったみたいだな」
遠坂が帰った後、ポケーとしていた衛宮に俺が呼びかけると、やっと正気に戻ってきたようだった。
「ああ、遠坂のおかげで聖杯戦争のことについてよく分かった」
「そうだな。表事情についてはアレがほとんどだろうな。
で、裏事情は俺が教えたとおりだから、これで全部だな」
「そっか、って、そういえばセイバーは?」
遠坂ショックからやっと回復できたらしい衛宮は、やっとセイバーがいないことに気づいたらしい。
「セイバーさんは道場に行かれましたよ」
「そうだったのか。……っと、セイバーの傷は?」
「安心しろ。昨日の戦闘直後に完治してるぞ。
まあ、俺の言葉じゃ信用できないだろうから、会いに行って自分の目で確かめればいいだろ」
言うが早いが衛宮は立ち上がるとそのまま道場へ向かおうとした。
が、すぐにふらついてしまい、慌てて桜が支え、二人で道場へ向かった。
俺も慌てて置いてあったデジカメを手に持って、衛宮の後を追った。
二人がゆっくり歩くのをのんびりと追いかけ、淡い陽射しが差し込む道場へ入ると、そこにはセイバーが静かに瞑想をしていた。
セイバーが着ていたのは桜があげたものではなく、Fateでセイバーが着ていた青いスカートと白いシャツだった。
何時の間に遠坂は持ってきたんだろうか?
まあ、そんなことはともかく、絶好のシャッターチャンスを逃すわけもなく、俺はファインダーから除くと、セイバーの姿をデジカメで撮った。
その姿は一筋の乱れもなく凛としており、俺はただシャッターを切り続けた。
なお、満足がいくだけ撮った後、すっかり忘れていた衛宮を確認すると、こいつも魂が抜けたようにセイバーに見入っており、毎度のごとく桜が頬を膨らませて嫉妬している。
と、俺たちのことに気づいたのか、瞑想が終わったのか、セイバーは目蓋を開いた。
「――――あ」
それを見て、思わずこぼしたらしい衛宮の声は、やけに大きく道場に響いた。
セイバーは音もなく立ち上がり、桜から離れ衛宮はセイバーの方へ歩いていった。
「目が覚めたのですね、シロウ」
セイバーの落ち着いた声に、衛宮も静かに答える。
「あ――――ああ。ついさっき、目が覚めた」
「シロウ? 顔色が優れないようですが、やはり体調は悪いのですか?」
ずい、と衛宮に近づいて言うセイバー。
「あ、ち、違う……! 体調はいい、すごくいい……!」
セイバーに照れたのか、衛宮は慌てて身を引いて、セイバーから離れる。
ここまで桜に支えられて来たくせに精一杯虚勢を張る衛宮に対し、桜は白い目で見ているがこいつは全く気づいていない。
「?」
そんな衛宮を見て、セイバーは不思議そうに首をかしげる。
「シロウ」
「セイバー、体は大丈夫なのか?
昨日、バーサーカーにやられた傷、深かっただろ?」
「……? 私の体は見ての通りですが。
確かに多少傷を負いましたが、それほど深かったわけではありません。
バーサーカーが立ち去った後、すぐに治療を済ませました。
それよりも、昨夜の件について言っておきたい事があります」
さっきまでの穏やかさが嘘みたいな不機嫌さで、衛宮の言葉を遮った。
「――――? いいけど、なんだよ話って」
そして、衛宮はなぜセイバーが不機嫌なのか、全く分かっていなかった。
「ですから昨夜の件です。
シロウは私のマスターでしょう。
その貴方があのような行動をしては困る。
確かに共に戦うことは認めましたが、まだまだシロウは未熟です。
そのことをしっかり自覚して戦ってください。
自分から無駄死をされては、私でも守りようがない」
きっぱり、はっきりと言うセイバー。
「な、なんだよそれ! あの時はああでもしなけりゃセイバーが斬られていただろ?」
「その時は私が死ぬだけでしょう。
シロウが傷つく事ではなかった。
繰り返しますが、今後あのような行動はしないように。
マスターである貴方が私を庇う必要はありませんし、そんな理由もないでしょう」
淡々と語るセイバー。
その態度に我慢しきれず
「な――――バカ言ってんな、女の子を助けるのに理由なんているもんか……!」
衛宮は思わずといった感じで言い返していた。
セイバーは意表を突かれたように固まった後、まじまじと何も言えない威厳で衛宮を見つめている。
「うっ……」
セイバーに見つめられ、衛宮は僅かに後退する。
やっと自分が場違いなことを言ったと悟ったらしい。
まあ、(女の)サーヴァントに対してそういう事言うのは魔術師としては失格だが、男としては合格だと俺も考えるけどな。
「と、ともかく家まで運んでくれてありがとうな。
って、セイバーが俺を運んでくれたんだよな?」
「ああ、そうだ。俺が運ぼうかって提案したんだが、セイバーが運びたいって言うから、セイバーにまかせたんだ」
衛宮は途中で俺たちに質問してきたので、俺は嘘を必要もなく正直に答えた。
「それはどうも。
サーヴァントがマスターを守護するのは当たり前ですが、感謝をされるのは嬉しい。
シロウは礼儀正しいのですね」
「いや。別に礼儀正しくなんかないぞ、俺」
その後、衛宮は少し黙り込んだ後、真面目な口調でセイバーに言った。
「まあ、昨日みたいな無茶をするかもしれないけど、俺は俺なりに全力で、もちろんセイバーと一緒に戦うつもりだ。
改めて、よろしくな」
「はい。サーヴァントとして契約を交わした以上、私はシロウの剣です。
その命に従い、敵を討ち、貴方を守る」
セイバーはわずかな躊躇いもなく口にする。
しかし、セイバーは続けて
「ですが、あのような真似を二度とされては困る。
あのような無茶を止められないというのならば、あのような無茶をしても確実に生き残れるように私が訓練します。
よろしいですね!」
と厳しい口調で衛宮に断言した。
「ああ、わかった。
俺もがんばるから、よろしくな。
俺たちが出来る範囲で何とかしていこう」
「はい、分かりました」
衛宮の宣言に対し、セイバーは微笑んで答えた。
しかし、今気づいたんだが、セイバー、というかアルトリア・ペンドラゴンって、本来一回しか呼び出されない聖杯戦争において、何回でも呼び出すことが可能でしかも記憶が連続している存在だよな。
ということは、今消滅しちゃっても、次の聖杯戦争の時にアヴァロン(入りの衛宮)なり、投影カリバーンなり用意して召喚すれば、全く問題なく英霊アルトリアを再召喚して再会できるよな。
まあ、セイバーがやり直しを望んでいる限り、って条件は着くけど。
あ~、最悪の場合、投影カリバーンだけ持って逃亡して、聖杯戦争の時に令呪の兆しがある(できればセイバーと性格が似ている)魔術師を確保すれば、またセイバーには会える可能性は高いわけだな。
そんなことになる可能性は低いが、まあ頭の片隅にでも覚えておこう。
「……っと、言い忘れていた。
出来る範囲で何とかするって言っただろ。
その一環として、しばらく遠坂と協力する事になったんだ。
ほら、昨日一緒にいた、アーチャーのマスター」
「凛ですか? ……そうですね、確かにそれは賢明な判断です。
シロウがマスターとして成熟するまで、彼女には教わるものがあるでしょう。
身近にいるサクラやシンジでは、マスターの見本にはなりませんからね」
ぐさっ。
……い、いや、確かに俺はメディアにおんぶに抱っこ状態だし、桜もメデューサに守ってもらっている状態だからな。
その言葉は正しいんだが、やっぱりセイバーみたいな可愛い娘に冷静にきっぱり言われるとダメージでかいぞ。
なお、隣にいる桜は自覚あるのか、気にしてないのか、特に何の反応も示さなかった。
「ところでセイバー。一つ聞きたい事があるんだけど」
「はい、何か?」
「その服はどうしたんだ。
やっぱり、それも桜からもらったやつなのか?
前に着てたのとは随分雰囲気が違うみたいだけど」
ナイスだ、衛宮。
それは俺も気になってたことなんだ。
「凛が用意してくれた物です。
霊体に戻ることができないと言ったら、せめて人目につかないようにと」
「――――そうか。そうだったのか」
「はい、桜にも服をいただいたと言ったのですが、どうせもう着れないし、多い分には問題ないでしょう、と押し付けられまして……」
ふむ、確かに胸の大きさはセイバーより遠坂の方が大きいからな。その差がもう着れなくしてしまったのだろうか?
「その通りですよ、セイバーさん。
着る服が多い分には問題ありません。
それに、私のお古も似合ってましたけど、その服も似合ってますよ」
「うん、確かに似合ってるぞ」
衛宮は少々照れながらも、さらっとセイバーの服装を褒めた。
それを聞いてセイバーも少し嬉しそうに微笑んだ。
「そ、そういえば、セイバーの鎧ってどうしてるんだ?
昨日は一瞬で着込んでたけど、武器みたいに出し入れしているのか?」
「それに近いですね。
武装の有無は自由なので、このような服でいる時は外しているのです。
そして、あの鎧は私の魔力で編まれたもの。
必要に応じて呼び出せます」
それを聞いた衛宮は、へえ、と感心していた。
確かに便利だよなぁ。いずれ、メディアに頼んで似たようなものを作ってもらおうかなぁ。
いや、さすがに鎧は目立つから、戦闘用のライダースーツ(に似せた防具、決して『ライダーが着ている服』ではない)を一瞬で着込むようなヤツがいいかな。
と。
入り口の方で、何か重い荷物が落ちる音がした。
「どすん?」
全員で振り返ると、そこには大きなボストンバッグを足元に置いた私服姿の遠坂の姿があった。
「はい――――?」
衛宮は驚きの余り、固まってしまった。
「……むむむ? 何しにきたんだ遠坂?」
「何って、家に戻って荷物取ってきたんじゃない。
今日からこの家に住むんだから当然でしょ」
「なっ……!!!!?
す、住むって遠坂が俺の家に…………!!!?」
今更ながら驚く衛宮に、遠坂は呆れたように返答した。
「協力するってそういう事じゃない。
……貴方ね、さっきの話って一体何だったと思ったわけ?」
「あ――――――――う」
衛宮は驚きのあまり声が出ないようだ。
「私の部屋、どこ?
用意してないんなら自分で選ぶけど」
そんな衛宮を無視しているのか、気づいていないのか、マイペースに話を進めるインベーダー遠坂。
「あ――――いや、待った、それは――――」
動揺する衛宮に、遠坂はきっちり止めを刺してきた。
「今更、何言ってるのよ。
昨日聞いたけど、セイバーはもちろん、桜だってこの家に泊まってるんでしょ?
それに私が加わっても問題ないでしょ。
そういえば、セイバーはどこで寝ている?
私のアーチャーと違って、士郎のサーヴァントはかさばるんだから、ちゃんと寝る場所を与えておかないといけないしね。
まあ、同衾しているっていうなら、別に問題ないけど」
「す、するかバカッ!
人が黙ってると思って何言い出すんだお前!
んなコトするわけないだろう、セイバーは女の子じゃないかっ……!」
「そうですよ。そんなこと許すわけ無いじゃないですか!
私ですら、そんなことしたことないのにっ!!」
怒りの余り、本音ばりばりの台詞を言ってしまい、桜は顔を真っ赤にしたが、衛宮は興奮の余りそれを聞いていなかったらしい。
遠坂は二人の言葉を聞いて、呆れたように答えた。
「――――論点が違うけど、ま、いっか。
ですってセイバー。
士郎は女の子と同じ部屋は嫌だってさ」
「別に構いません。
この二日間、シロウの睡眠中はシロウ部屋の前で護衛をしていました。
もちろん、一番良いのは同じ部屋で護衛をすることですが、部屋の前でも大差はありません」
「な、何を言ってるんだ。
セイバーだって寝なきゃだめだろ?
ずっと護衛するなんて何をやってるんだ!」
「………………」
「………………」
衛宮の言葉を聞いて、セイバーも遠坂も黙って衛宮を見つめた。
「……ふうん。サーヴァントはサーヴァント、人間扱いする必要はないけどね。
士郎にそんなこと言っても無駄か」
「――――」
衛宮はそれを聞いて反論しようとしたらしいが、口を開いた時点で止まってしまった。
まっ、これに関しては遠坂の意見が正しいな。
限界を超えないレベル、かつサーヴァント自身が望むのなら、わざわざ寝る必要はない。
まあ、肉体的にはともかく精神的には限界はあるみたいだし、俺と桜からの勧めもあって、メディアとメデューサは毎日とはいかないが寝る事は多いけどな。
「……ちょっと待て遠坂。
お前、何時の間に俺を名前で呼び捨てるようになってんだよ」
「あれ、そうだった?
意識してなかったから、わりと前からそうなってたんじゃない?」
意外なコトを言われた、という感じで遠坂は言った。
「……なってた。結構前から、そんな気がする」
「そう。嫌なら気をつけるけど、士郎は嫌なの?」
ちなみに、隣の桜は思いっきり嫌な顔をしている。
これで何度目になるかは忘れたが、やっぱり衛宮は気づかない。
「……いい、好きにしろ。
遠坂の呼びやすい方で構わない」
「そ? ならそういうコトで。
さ~て、それじゃ私の部屋はどこにしよっかな~」
そう言って遠坂は、荷物を持って屋敷へ歩いていった。
その背中は随分楽しげに見える。
セイバーと衛宮はその姿を呆然と見送り、桜はじと~っと嫉妬の視線を向けている。
ん? いつの間にかセイバーの睡眠についての話がどっか行っちゃったか?
……まあいいか。今のセイバーの魔力量は特に心配ないし、精神的に疲労してそうなら睡眠を勧めればいいだけだしな。
全員、道場から出て屋敷に戻った後、衛宮はセイバーに話があると言って自分の部屋に二人だけで行った。
う~ん、この時点で衛宮がセイバーに聞きたいこととなると、セイバーに切嗣のことを聞いてるのかなぁ?
『前回の聖杯戦争で衛宮切嗣とセイバーが参戦したこと』はすでに話したし、昨日言峰が『前回の聖杯戦争のセイバーはアーサー王だ』と衛宮に教えた。
となると、『衛宮切嗣のサーヴァント:セイバー=アーサー王=衛宮が召喚したセイバー』という公式が成り立つからなぁ。
まっ、後でどんなことを聞いたか、衛宮に確認しておくか。
桜と弓塚は朝食を作るため台所へ行ったため、俺は遠坂の様子を見るため、離れに向かった。
行ってみると、Fateで遠坂が使っていた部屋に
『ただいま改装中につき、立ち入り禁止』
という札が掛かっていた。
こんなもんまでわざわざ持ってくるとは、案外しゃれの分かるヤツなのか?
そんなことはおもかく、万が一にも何か痕跡が残らないように、あの部屋を使わなかったのは正解だったな。
魔術関連ももちろんだが、桜達との関係がばれたらとんでもない騒ぎになるだろうしな。
と、そんなことを考えていると、扉が開いて遠坂が顔を出した。
「なによ、私に何か用?」
「え~と、そういえば、遠坂。
今日の予定はどうするんだ、学校は休むのか?」
「そうね、優等生の私としては休みたくはないけど、ここを私の部屋にしなくちゃいけなし、う~ん、いや学校から戻ってからでもなんとかなるわね。
というわけで、今日は学校へ行くわ。
士郎も昨日あれだけ大怪我したから学校へ行くのはきついでしょうし、桜も当然その介護をするわよね。
まあ、アンタは好きにすればいいんじゃない?」
……あ~、やっぱり、俺って眼中にないのな。
ナチュラルにスルーされてます。
いや、この程度でくじけていてはダメだ。
「そうか、じゃあ、俺もさぼることにする。
それにセイバーにまだこの街のことよく分かっていないからな。
衛宮の調子がよくなれば、皆でこの街を案内することにしようかと思ってるから、帰ってくるのは遅くなるかもしれない」
「そうね、そのほうがいいわね。
用はそれだけ?
私は忙しいから、用事が無いならさっさとどいてよね」
と、遠坂はそのまま去っていってしまった。
自覚はしていたが、やっぱり完璧にアウト・オブ・眼中なのは悲しいものがある。
朝食ができるまでもう少し時間が掛かるとのコトなので、俺用に確保していた本邸のある部屋に入り扉を閉めた。
そして、外部から見れない状態になったのを確認した上で、俺は言った。
「それじゃ、姿を現してくれ。
ああ、言うまでもないとは思うが、魔力や気配は隠したままな」
次の瞬間、俺の前にメディアとランサーが現れた。
メデューサは、姿を消したまま桜の側についているようだ。
アーチャーがここにいたら、サーヴァントの気配を隠せないメデューサでは存在がばれてしまうが、今は存在を知っていて了承しているヤツか、ライダーを感知できない遠坂しかいないから問題はない。
「よっ、昨日はお疲れ様、ランサー。
バーサーカーとの戦闘はどうだった?」
「まあな、正気を奪われているとはいえ、パワーとスピードは大したものだし、戦うのはなかなか楽しかったぜ。
さすがはギリシャ神話最強のヘラクレスだな。
だが、俺の槍が全く通用しないんじゃ話にならねえ。
おまけに、ゲイボルクの真名開放すらも二回目からは通用しなかった。
あれでも俺にできる限りルーン魔術で強化したんだがな。
……なあ、アンタの魔術で何とかならないのか?」
俺の質問に対し、最初は笑顔で答えたが、後半はさすがに悔しそうだった。
しかしルーン魔術でゲイボルクを強化できるとは初耳だった。
そのおかげでゲイボルクのランクがAに上がってバーサーカーにダメージを与えたのだろうか?
ゲイボルク(突き穿つ死翔の槍)+ルーン魔術+メディアの令呪までやって、やっと二回殺せたわけか。
しかし、そうなると……。
「残念ながら難しいですね。
バーサーカーの宝具であるゴッドハンド(十二の試練)は、宝具であるがゆえに私の魔術や宝具で解除することはできません。
昨日やったように令呪を使用することで後押しをするのが精一杯ですね。
しかし、二回目のゲイボルクの真名解放が完全に無効化されたところを見ると、令呪で後押しをしても効果がない可能性が高いでしょう」
俺が予想したことをメディアも理解していたようで、淡々とランサーに説明した。
そう、『バーサーカーには同じ攻撃は効かない』という反則的な効果のことだ。
令呪を使って威力を増すことは可能だが、それだけで宝具の威力を突破するのは、……やっぱり不可能だろうなぁ。
「ちっ。……となると、ゲイボルクもルーン魔術も全く効果がなかった以上……「もう、あなたでは絶対にバーサーカーには勝てない、ということです」
ランサーが言いよどんだことを、メディアはきっちり抉りぬいた、
「くそっ、人が気にしていることをはっきり言いやがって」
「そういうわけで、バーサーカーと戦うとき、前衛ではあなたはただの役立たずです。
ルーンの結界を張って援護するなり、治療のルーンを怪我人に使用するなり、後衛のサポート役としてがんばってください」
容赦なくメディアは止めを刺した。
精神的にずたぼろになったランサーは、床に膝を付いて項垂れてしまったぐらいだ。
まあ、対バーサーカー戦において、自分がサポート役しかできないという事実は誇り高いランサーにとっては衝撃だろう。
確かに、ランサーも哀れなやつだよなぁ。
いや、本来なら、というかFateでなら偵察役としてだが結構活躍している。
セイバールートではギルガメッシュと対決してセイバーと衛宮を逃がしたり、凛ルートではアーチャーと決闘して遠坂凛を助けたり、自決させられた後言峰を倒したり、……桜ルートのことは忘れとこう。
しかし、この世界ではというと
戦闘済み
対ライダー:引き分け
対アルクェイド:引き分け
対言峰綺礼:バゼットは重傷を負い令呪も奪われ、自身は令呪によって言峰綺礼の支配下に置かれる
対アーチャー:引き分け(学園の戦闘)
対衛宮士郎:圧倒的に優勢で傷を負わせるも、衛宮の粘りによってセイバーが到着するまでの時間を稼がれる。
対ライダー&キャスター:ライダーの石化の魔眼で能力を1ランクダウン&キャスターの魔術で捕獲後、ルールブレイカーを刺されて令呪の奪取&使用によって強制的に部下にされる
対バーサーカー:二回殺したけど、今後はゲイボルクが(真名解放して令呪で後押しされても)通用しない可能性が高く、勝てる可能性は全くない
未戦闘
対セイバー:ラインがつながってない不完全なセイバー相手で互角。
つまり、ラインが完全につながった今のセイバーに勝てる見込みなし
対真アサシン:宝具を使わせる前なら勝てるか?
対ギルガメッシュ:勝ち目なし
ランサーがサーヴァント相手で確実に勝てそうなのは、(宝具さえ使わせなければ)真アサシンぐらいか。
その次に分がありそうな、アーチャーも多少有利とはいえほぼ互角の相手だしなぁ。
それ以外のメンバーに対しては、英雄らしい戦いはできるかもしれんが、勝率は余りにも低いとしか言いようがないな。
とりあえず、落ち込んだままのランサーはほっといて、俺は疑問に思っていたことをメディアに尋ねた。
「そういや、メディアは昨日、ランサーに対して令呪を使用してゲイボルクの真名開放させたけど、メディア自身には何も問題なかったか?」
「はい、特に問題ありません。
あえていえば、令呪の後押しとランサーの魔力フル回復を二回行ったので、かなり魔力が減っています。
そのため、柳洞寺で補給をする必要があったぐらいです」
「その言い方だと、もしかして?」
「ええ、昨日の段階で柳洞寺へ戻り、必要な魔力は回復済みです」
さすがはメディア、実に頼もしい。
メディアに関しては、油断も隙もありえないな。
油断や隙があるとすれば、俺の方か。
メディアの足を引っ張らないようにしないとな。
「しかし、「主変えの同意」と「宝具の真名開放の後押し」で二回、ランサーの令呪を使用したため、すでに残り一つです。
まあ、現状はランサーの願いに近い状態ですので、ランサーが私と戦いたいと考えるか、私がランサーを使い捨てようとしない限り、令呪を使い切っても裏切る可能性は低いと考えていますが……」
そこまで言ったところで、ランサーがいきなり復活して発言してきた。
「あんたの言うとおりだぜ。
今の俺のマスターは残念ながらあんただが、言峰より比較にならないほど扱いはいいし、純粋な魔術師であるあんたとはそれほど戦いたいとは思わないからな。
今の条件を守ってくれる限り裏切るつもりはない」
「そうですか、それを聞いて安心しました」
そう言って、メディアはごく自然にルールブレイカーを手に持つと、そのまま無造作にランサーを刺した。
ランサーが動けなかったのは、「動くな」とでも令呪を使ってメディアが命令したのだろうか?
「「えっ!?」」
思わず、俺とランサーの合唱になってしまったが、メディアがルールブレイカーをすぐに抜きさった。
すでにルールブレイカーの傷跡はなく、俺の見たところ何も変化はなかった。
「あんた、今何をやった?
今、一瞬だがラインが切れて、すぐにまた繋がったぞ?」
「ええ、そのとおりです。令呪には色々と使い道がありますからね。
ランサーとの契約を一度破棄し、すぐに再契約することで、令呪の回数を3回に戻しました」
その言葉に驚いてメディアの手に眼をやると、確かにそこには元の三画に戻ったランサーの令呪があった。
「あ~、なるほど。令呪の命令じゃなくても、ランサー自身が主変えに同意している以上、再契約して令呪を回復させたほうが得か」
「ええ、令呪はサーヴァントの限界を超えさせるだけでなく、マスターの後押しも同時に行います。
バーサーカーにはもう通用しませんが、他のサーヴァント相手なら十分有効ですから」
「……なるほどな、その宝具を使うことでサーヴァントの契約を破棄させ、即座に自分と再契約させることができるのか。
キャスターは聖杯戦争で最弱といわれているが、なかなかどうして、あんたなら十分勝てるじゃねえか?」
前回、ルールブレイカーを背後からでも刺されたのか、ランサーがこれを見たのは初めてだったらしい。
「ええ、あなたの言うとおりよ、ランサー。
この宝具を使えば、これが刺さるサーヴァントは全て私の配下になる。
私をキャスターだと油断さえしてくれれば、セイバーですら配下に置くことは可能よ」
「そいつは、すげえな。最弱のキャスターが最優といわれるセイバーを支配下に置くのか。
そういう光景を一度は見てみたいもんだな」
ランサーは、ルールブレイカーに対して素直に感心している。
ランサーもまた、系統は違えど優れた魔術師だからこそ、その技が単なる宝具の効果でないことに気づいているのだろう。
確かにマスターとサーヴァントの契約を解除するのはルールブレイカーだが、解除した後強制的に契約を結ぶのは、メディアの魔術の技量があってこそだからな。
しかし、それってほとんど反則だな。
魔法ではないが、英霊相手に強制的な命令権を持つという恐るべき令呪が、何度でも使い放題なんてものすごく有利じゃないか。
まあ、さっきメディア自身が言ったように、継続的な命令はルールブレイカー使用時に解除されてしまうが、瞬間あるいは短時間だけ効果があればよい命令なら何度でも使えるというのは、かなり便利だ。
ランサーのように、マスターに協力的なサーヴァント相手に使えば、半端でない威力を発揮するだろう。
「さて、説明はこんなところでいいか?」
「ああ、構わねえぜ。で、これからはどうするんだ?」
そうだなぁ。こいつはいつも誰かと戦いたがっている性格だし、そうなると。
「この後、柳洞寺へ向かう予定だけど、そのときに可能ならセイバーと、拒絶されればライダーと模擬戦ってのはどうだ?
ああ、よければ衛宮の相手もしてもらえると助かるけど」
「ああ、そりゃ嬉しいな。
本当の殺し合いができないのは残念だが、それでも本気で模擬戦ができるなら我慢するぜ」
ニヤリと、ランサーは肉食獣の迫力をかもし出す笑いを見せた。
「じゃ、そういうわけで、これからも気配を消して護衛を頼む。
攻撃してくるやつがいたら、問答無用で倒していい。
ああ、可愛い女の子や美女は例外だ。
キャスターが治療可能な程度負傷させて戦闘不能状態にして、ちゃんと捕虜にしろよ」
「ははは、了解。その意見には俺も賛成だぜ。
俺にまかせときな」
そう言ってランサーは笑いながら姿を消した。
いい女を殺すことを惜しむランサーも、俺の意見には賛同してくれるらしいな。
じと~っとこっちを見るメディアの視線はちょっぴり痛いのではあるが……。
朝食の用意ができたと呼びかけがあり、メディアとランサーは霊体化し、俺はリビングに向かった。
時々にやりとしながら食べていた遠坂は不気味なので無視して、桜達が用意してくれた朝食を(メディア、メデューサ、ランサー以外の)全員で食べた後、全員の今日の予定について相談した。
「当然、私は学校へ行くわ。
士郎はどうするつもり?」
「俺は休む。学校へ行きたいとは思うけど、俺がまだまだ未熟だってコトは良く分かったから、セイバーに訓練してもらいたい。
まあ、それ以前にまだ体調が良くないのもあるけどな」
「そうですよ、先輩。
まだ完全に回復してないんですから、無理しちゃだめです」
「じゃあ、士郎は休みっと。
当然、士郎の介護をする桜も休みね」
衛宮のことを甲斐甲斐しく介護する桜を微笑ましげに見ながら、遠坂は確認事項のように言った。
「で、アンタもついでに休む、と。
聞くまでもないとは思うけど、セイバーも士郎と一緒よね」
「当然です。サーヴァントがマスターを放って一人で行動するはずなどありません。
もちろん、マスターの命令があれば話は別ですが」
「ま、そうよね。じゃ、私はこれから学校に行くけど、アーチャーもまだ回復してないんだし、バーサーカーに会わないように気を付けてね」
そう言って遠坂は立ち上げって、……と思ったらまた座って真面目な顔で話し出した。
「そうそう、一ついい事を教えてあげるわ。
以前、町で原因不明の連続昏睡事件って起きたでしょ。
それはマスターの仕業の可能性があるよ」
それを聞いた衛宮が驚いて何か言おうとしたが、何を言っても俺が不利になる情報だと直感した俺は、衛宮の言葉を遮って言った。
「え~と、それって以前電車内で連続して起きたヤツだっけ?
けど、あの事件って一日で終息してなかったか?」
「……ええ、そうなのよね。
それ以降も続いていれば間違いなくマスターが魔力を蓄えるためにやったと言えるんだけどね。
一回限りでやめたら集めた魔力の量だって高がしれているし、ウイルスや毒ガスって可能性も捨てきれないし、魔術師が関わっていたとしても聖杯戦争とは関係ない魔術師が魔力を集めただけかもしれない。
昼にも起きたから、吸血鬼が血を吸ったってことだけはないとは思うけど……」
ふう、二日目から絶対に昏倒者を出さないようにしたのが功を奏したみたいだな。
さすがの遠坂も、Fateより吸収量を減らし隠蔽に力を注いだ今回の地脈操作の詳細をつかむことはできなかったみたいだな。
いやいや、油断は禁物。
聖杯戦争の記憶が残っているらしいアーチャーが助言すればすぐにばれてしまう。
気をつけないとな。
「もし、私に気づかないように魔力を集めていたら、日に日に強くなっているのは確かね。
ま、どんなに魔力を蓄えたところで、一度に使える魔力の最大値なんて高が知れてるから、焦る必要なんてないけどね。
まあ、街を見回ることがあればちょっと気にしておきなさい」
そう言って、今度こそ遠坂は学校へ向かった。
ふっ、遠坂らしい判断ミスだな。
メディアは高速神言によりハイレベルの魔術を連射できるという、ある意味反則な攻撃が可能なのだ。
これのウィークポイントはエネルギー源である魔力量のみ。
それを目いっぱい溜め込んだメディアは恐るべき存在と化しているのだ。
ふはははは、そのことに気づいたとき、恐怖に慄くがいいわ!!
と、遠坂が家から離れたのを確認したかのように、セイバーはいきなり武装すると、静かだが迫力のある声で話し始めた。
「さて、リンが去ったところで、昨日何があったのか教えてもらいましょうか?」
「ああ、分かってる。
皆、姿を現してくれ」
次の瞬間、俺の後ろにメディアが、桜の後ろにメデューサが、そしてなぜかランサーが弓塚の後ろに現れた。
「何でそこにいたんだ?」
「ここしか空いてなかったからさ。
坊主の後ろになんぞ立ったらセイバーに斬られるし、お前さんとそっちのお嬢ちゃんの後ろにはキャスターとライダーがいるだろ。
消去法でここしかなかったってわけさ」
俺の素朴な疑問に対し、返ってきたのは人を食ったような答えだったが、追及するのは諦めた。
「さて、すでに俺のことを知っているやつも多いが、自己紹介をしたことは無かったな。
俺はランサーのクーフーリン。昨日の戦いで令呪を奪われて、キャスターのサーヴァントになったわけだ。
まっ、今後ともよろしく頼む」
すでにばれていると悟っていたのか、隠しもせずに堂々と真名を公言している。
まあ、このメンバーにはそれは隠すつもりはなかったから別にいいんだけどな。
「ああ、よろしく」
「よろしくお願いします」
「あの、よろしくお願いします」
「これからもよろしくな」
それぞれ挨拶をしたが、セイバーは一人ランサーを睨みつけていた。
「ランサー、令呪を奪われたとはどういうことですか?」
「どういうことも何も、ライダーの魔眼で動きを止められて、何か刺さった感触がしたと思ったら、どういうわけか俺の令呪をキャスターが持っていたてわけさ。
んで、次の瞬間キャスターに「主変えに賛同しろ」なんて令呪で命令されちまったんだよ。
……ったく、なんでこんな命令を二回もされなきゃいけねえんだ」
セイバーの尋問に対し、ランサーは素直に白状した。
確かに俺が指示したとはいえ、そんな命令を二回もされるなんて、確かに哀れなやつかもしれんな。
「キャスター、一体何をしたのですか?」
「ランサーの言ったとおりですよ。
私は破戒の宝具をランサーに突き刺し契約を破棄させ、さらに魔術で強制的に私と契約させ令呪を手に入れたまでです」
ここまで来たら隠す必要はないと判断したのか、嘘偽り一切なしでメディアは答えた。
「なっ、貴女はそのような真似ができるのですか?」
「ええ、宝具が刺さらないバーサーカーは例外ですが、それ以外のサーヴァントに対し全て有効ですよ。
……安心なさい。これは私が手に持って刺さなければ、令呪を奪い取るなどということはできません。
サーヴァントであるとはいえ、所詮私は魔術師。
セイバーである貴女が警戒していれば、そのような真似は絶対にできませんよ」
今にも斬りかかってきそうな殺気を発するセイバーに対し、キャスターはその殺気を受け流し、涼しい顔で対応している。
「そのような言葉を信じられるとでも!!」
「信じる信じないは貴女の自由ですよ。
ただ、私が説明できるのは今言ったことだけです」
セイバーの迫力に飲まれ、俺、桜、弓塚は何も言えなかったが、セイバーの横にいたおかげで唯一平気だった衛宮がセイバーをなだめようとした。
「セイバー、キャスターの言うことを素直に信じられないかもしれない。
けど、さすがのキャスターも、セイバーに触らないで令呪を奪うことができるなんて思わないだろ?
セイバーが俺のためを思って警戒するのは分かるけど、もうちょっと落ち着いてくれ」
「――――シロウ。ですが、キャスターは油断できません。
残念ながら私は魔術に疎いため、どこまで事実を言っているものか分かりません」
「それなら安心していい。
キャスターの宝具は俺も見せてもらったし、その能力も解析済みだ。
キャスターの言っていることに嘘は無いよ」
「……それは本当なのですか?」
「ああ、そうだ。そうだな、論より証拠を見せたほうがいいか。
トレース(投影)、オン(開始)!!」
そう言った衛宮の手の上には、投影ルールブレイカーが出現した。
「これは、破戒の宝具ルールブレイカー。
キャスターが説明したとおり、これは対象に刺さないと効果を発揮しないし、これだけではマスターとサーヴァントの契約を強制的に破棄させるだけ。
令呪を奪うには、さらにキャスターの魔術が必要なのは間違いないぞ」
「そうなのですか?」
セイバーにとって予想外だったのだろう。
衛宮が説明しても、すぐには把握できないようだった。
「ええ、私の宝具はこのルールブレイカー。
性能は、士郎の言うとおりですよ」
そう言ってメディアはルールブレイカーを取り出してセイバーに見せた。
衛宮が投影したそれと全く同じコトを確認すると、やっとセイバーは納得してくれた。
その後は、ランサーを支配下においたのは純粋に戦力強化のためであること、ランサーの気配遮断は彼のルーン魔術で行った事を教えると、やっとセイバーからの質問は終わった。
と、それまで大人しくセイバーの質問に答えていたランサーが、今度は質問をしてきた。
「ところで、今度は俺からの質問なんだが、いいか?」
「どうぞ。私が答えられることならば答えましょう」
メディアが見も蓋も無い回答をすると、苦笑しながら言葉を続けた。
「昨日、坊主がバーサーカーに斬りかかった時、手に持っていたのは紛れもなくカラドボルグ。
それから俺と同時に攻撃したのはゲイボルクだ。
ちっと形や大きさは違ったがな。
一体どうやってアレを手に入れたんだ?
まさかとは思うが、そのルールブレイカーとやらを作り出したように、ゲイボルクやカラドボルグを坊主が作り出したのか?」
「ああ、そうだ。
カラドボルグのイメージはあんたの記憶をキャスターからもらった。
それから俺は、宝具であろうと一度見た武器は投影魔術で作り出すことができるんだ」
「……まじか? そいつぁすげえな。
普通なら信じられねぇところだが、実際にゲイボルクとカラドボルグを作り出したんだから信じるしかねぇな」
こりゃたまげた、というポーズをとるランサーだが、あいつなりに感心しているようだ。
「キャスターにカラドボルグのイメージを渡させたのは、そういうワケだ。
事後承諾で悪いが、カラドボルグやゲイボルクを衛宮に使わせてもいいか?」
俺の依頼に対して、ランサーは苦笑しながら答えた。
「まっ、本物を渡せっていうんなら絶対に断るがな。
坊主が自分の力で作り出した複製については、俺がとやかくいうことじゃねえな。
まあ、そうだな。代価として、カラドボルグの複製を一本、俺にくれれば構わないぜ?」
「それでいいのか?
分かった。今、用意する。
トレース(投影)、オン(開始)!!」
即座に投影を実行し、衛宮の手にはカラドボルグが出現した。
「ランサー、代価としてこれを渡す。
これが投影できたのも、ランサーがくれたイメージのおかげだ。
ありがとうな」
「ふん、俺が渡したのはイメージだけだ。
それだけで、複製を作っちまうなんてとんでもないことをしたのはお前さんの力だぜ。
それに代価をもらったし、後は好きに使いな。
……言わなくても分かっていると思うが、複製とはいえ俺と親友の愛用の武器たちだ。
そいつらの名を貶めるような使い方をするんじゃねえぞ」
ランサーは、投影カラドボルグをしっかりと受け取ると、そう衛宮に言った。
「ああ、分かった。肝に銘じておく」
本当は、光の神ルーの宝具が欲しかったんだけど。
まあ、ぐじぐじ言っても、ランサーが見たこと無いんじゃさすがの衛宮の投影できない。
あとは、ギルガメッシュが原典を持っているのを祈るぐらいしかないかなぁ。
「それでは、次に私からランサーに説明することがあります。
私、ライダー、セイバー。そして、私のマスターである慎二、ライダーのマスターである桜、セイバーのマスターである士郎についてはもうご存知ですね」
「ああ、そうだ」
「それでは、最後に紹介しましょう。
立場は貴方と同じ、私の使い魔扱いの死徒の弓塚さつきです。
吸血鬼の狂気を完全に制御していますので、勝手に先走った行動を取らないよう気をつけなさい」
「何だって! こいつが吸血鬼なのか?」
ランサーは驚いて自分の前に座っている弓塚を凝視した。
「あ、あの、初めまして、私、死徒の弓塚さつきっていいます」
「ちょっと待て、こいつ吸血鬼なのか?
キャスターがどうにかして隠しているにしろ、迫力というか、匂いというか、何処からどう見ても吸血鬼には見えねえぞ?」
……この台詞は弓塚にとっては嬉しいだろうか?
吸血鬼としては未熟だと言われているに等しいが、まだ人としての意識を強く残している弓塚には逆に褒め言葉になるかもしれない。
「貴方がそう思うのは当然ですね。
彼女は数ヶ月前まで普通の少女でしたが、吸血鬼に血を吸われた後一晩で吸血鬼に成り上がり、その後一人も人を殺していないという異色の死徒です。
まあ、肉体維持のため最低限の吸血行為は続けていたようですが」
「ほう、そりゃ確かに異色の存在だな。
了解。俺に危害を加えない限りお嬢ちゃんには手を出さないぜ。
俺に言いたかったのはそれだけかい?」
ランサーはいともあっさりとメディアの提案を受け入れた。
良くも悪くも思い切りがいいヤツだ。
「いえ、もう一つあります。
さつきはまだ未熟ですので、簡単なパワーアップの方法として私たちの血を与えているのですが、ランサーの血を与えてもいいか、確認を取っておこうと思いまして」
「……昨日俺から血を採ったのはそのためか。
血を採ることに同意した以上、どう利用するかはあんたの自由だが、吸血鬼にサーヴァントの血なんか与えて大丈夫なのか?」
「それは大丈夫でしょう。
すでにさつきは、真祖の吸血鬼、私、ライダー、そして慎二と桜の血を飲んでいますが、理性を失ったことも、吸血衝動が暴走したこともありません。
まあ、そのような気配があった時点で、私が抑えてしまいますが……。
それでは、さつき。ランサーの許可も出たので、これを飲みなさい」
そう言ってメディアは、血液パックを取り出した。
弓塚はそれを受け取ると、全員の目があるためか、ちょっと緊張気味ではあったが、血液パックにストローを差し込むと素直に血を飲み始めた。
「あっ、すごい。
メディアさんの血を飲んだときもすごいと思ったけど、これは桁が違う。
まるで、体の中で無限に魔力が生まれているような気さえするわ」
弓塚がそういった瞬間、凄まじい魔力と、そして何か血の匂いを感じさせる強力な気配が、一瞬だけ弓塚から発散された。
慌てて見渡すと、全員多かれ少なかれ驚きの表情を見せていた。
……いや、メディアだけは全く表情を変えていないか。
「えっ、何、どうかしたの?」
そのことに気づいていないのは、皮肉にも弓塚だけらしい。
「大丈夫ですよ、サツキ。
先ほどランサーが言ったとおり、今までは全く吸血鬼の気配を感じ取れませんでした。
しかし、今血液を飲んだサツキからは、強力な死徒の気配が感じ取れただけです」
弓塚の疑問に答えたのは、意外にもセイバーだった。
「まあ、そうですね。
さつきに与えた魔術具は、平常時の吸血鬼の気配を隠すもの、戦闘時や今みたいな強い力を放出した時には隠しきれませんからね」
それを聞いて、弓塚は上目遣いでセイバーを伺うが、セイバーは意外にも笑顔で答えた。
「ご安心ください、サツキ。
確かに貴女は強力な死徒ではありますが、死徒が持つ狂気は一切感じられない。
貴女がシロウや私に害を及ぼさない限り、敵対するつもりはありません。」
「ありがとうございます」
弓塚は、セイバーが受け入れてくれたことが嬉しかったらしく、少し涙ぐんで答えていた。
「これでさらにパワーアップした上、魔術回路は開放してあるし、こりゃすぐにでも魔術が使えるかもな?」
「そうですね。
さつきの素質は吸血鬼としても、魔術師としてもなかなかのものです。
慎二が油断すればすぐに追い抜かれてしまうでしょう。
さつき、全ては貴女の努力次第ですよ」
「はい。私、がんばります」
うわ~、やる気満々だ。
あ~、こりゃ下手に対抗するよりも、弓塚という新しい戦力をいかにして有効に使いこなすかを考えた方がいいかなぁ、なんて、早くも弱気になってしまった俺であった。
「さて、と。話す内容はこんなものか?
午後にでも柳洞寺へ行きたいが、衛宮の体調次第か?
ほれ、まだ気分悪いんだろ。もうちょっと寝てろ」
「そうですよ、先輩。
私が介護してあげますから、寝ててください」
衛宮はちょっと反論したそうだったが、何か言おうとした瞬間にふらついてしまい、桜に支えられながら寝室へ戻っていった。
「アイツが回復したら全員で柳洞寺へ行きたいが、最悪俺とキャスターとランサーで行けばいいか……」
「一体何をするつもりですか?」
相変わらず、俺はセイバーから信用されていない。
そのため、俺の行動に対する突っ込み役はセイバーに固定されてきた気がする。
まあ、どんな理由であろうと、セイバーが俺を気にしてくれるというのは嬉しい事なので俺は別に構わない。
好意を持ってくれるのが一番ではあるが、完全に無視、あるいは路傍の石ごとき扱いをされるのが最悪だからな。
「ああ、そういえばセイバーには言ってなかったな。
まず、言っておくことがある。
今はキャスターがランサーのマスターになったわけだが、実はランサーにとってキャスターは三人目のマスターなんだよ」
「……! それは、まさか。ランサーは今まで、他のサーヴァントの支配下にあったとでも?」
なるほど。キャスターがランサーの令呪を奪ったコトを知っているセイバーだと、そういう結論に達するか。しかし、
「それも違う。ランサーのマスターを襲った魔術師が、令呪を奪ってそれで命令して、ランサーを支配下に置くことに成功したのさ」
「まさか!! キャスターならともかく、この時代の魔術師にそのようなことができるなど」
「それをいとも簡単にやっちまうから、この時代の魔術師も侮れねぇよなぁ。
正直俺もむかついてはいたんだが、令呪も使われちまったし、どんな主であろうと主が求める結果を出すのが、俺のポリシーだからな。
そういうわけで、令呪を奪った二人目のマスターに従っていたってわけだ」
ランサーはあっけらかんとした言葉に、セイバーは絶句して言葉が出ないようだった。
「そういうわけで、キャスターがランサーの三人目のマスターなわけだが、最初のマスターは令呪を奪った奴に殺されかけたところを俺たちが保護していてね。
彼女は今、柳洞寺に居候しているわけだ。
で、彼女もランサーに会いたがっていたし、ランサーも会いたいだろうから二人を会わせるのと一緒に、情報交換でもしようかと」
「……ちょっと待ってください。
シンジの話が正しいとすれば、彼女は元マスターだ。
彼女は敵ではないのですか?」
ふむ、それはもっともな質問だな。
「ああ、いずれはそうなる可能性もがあるが、今は停戦中だ。
それ以前にランサーを奪ったやつに借りを返したいみたいだし、そいつを倒すまでという条件で停戦中でもある。
まあ当分は大丈夫だろうさ」
ただ、さらに俺たちがランサーを奪ってしまったわけで、そういう意味でバゼットがどういう反応を示すかは不明である。
「そうですか。
あなたの言う事は信用できませんが、シロウが行くというのなら一緒に行きましょう。
それでは、失礼します」
そう言って、セイバーはリビングから出て行った。
おそらくは衛宮の具合を見に行ったのか、あるいは瞑想するため道場に向かったのだろう。
「ライダーは、桜の護衛をしなくていいのか?」
「お二人の邪魔をしたくないと考えて残っていましたが……、シロウはもう眠りについたとのことですので、桜の護衛をしていましょう」
そう言って、ライダーは霊体化した。
どうやら桜は、眠りについた衛宮の側にいるつもりらしいな。
ちょっと、いや、かなり悔しいのは事実だが、邪魔をするのも野暮だな。
実の父親が言峰に殺されていたことを知らされて、桜がショックを受けているとは思うのだが、衛宮のことに比べれば大したことないのか?
まあ、10年前のことだし、(桜が知っているかは知らないが)マキリの胎盤として譲られた、つまり捨てられたに等しい相手だしなぁ。
これで、遠坂は学校、衛宮は寝室、桜は衛宮の看護、メデューサは桜の護衛、セイバーは衛宮の看護 or 瞑想、っと。
で、残っているのは、俺、キャスター、弓塚、ランサーとなっている。
「さて、偶然ですが、ちょうどこれから話す内容にふさわしいメンバーですね」
メデューサが去った後、静かにメディアが話してきた。
「ん、このメンバーで何か話すことあったか?」
「はい、まずはランサーに依頼というか、命令なのですが、あなたが持つルーン魔術の記憶を全て私にいただけますか?」
「ふざけんな、俺の魔術は俺のものだ」
メディアのいきなりの発言に、ランサーは即座に切って捨てた。
「確かに、俺の希望通り戦わせてくれるあんたには感謝している。
が、例えあんたの命令でもそれは聞けねえな」
「嫌だというのなら、令呪を使って奪ってもいいのよ。
私なら、いくらでも令呪を使うことが可能なのは、あなたもさっき知ったでしょう?」
殺気が迸るランサー相手に、涼しい表情を崩さすに対応するメディア。
ちなみに俺と弓塚は、ランサーの殺気の余波で、全く動けずに固まっている。
「ふん、やりたいならやりな。
ただし、常に俺から殺されないように気をつけるんだな」
ランサーの決定的な一言に対して、メディアの反応はかなり意外なものだった。
「ふふふ。マスターであり、キャスターでもある私にそれだけ言えるプライドと度胸。
さすがはアイルランドの大英雄、ね。
まあ、いいわ。すでに私はルーン魔術の基礎は身に付けているし、ルーン魔術のほとんどは昨日見せてもらいましたからね」
「まさか、テメエ?」
「ええ、一度見た以上、ある程度の知識と経験さえあれば、再現するのはそれほど難しいことではない。
あなたも魔術師でもあるのなら、人目のあるところで使った魔術を調査、研究、そして再現されたからと言って、怒る筋合いじゃないのは知っているはず。
違いますか?」
メディアとランサーの睨みあいは、今度はランサーの方がにやりと笑って終わりを告げた。
「はっ、確かにアンタの言うとおりだ。
俺が使った魔術を見て、それを再現するのはアンタの自由だ。
いいぜ。俺は俺の好きなように戦う。
その時使った魔術を盗もうが、再現しようが、それについて俺は文句を言うつもりはねえ」
「それなら結構よ。
本気の殺し合いと、模擬戦闘の場を与えるから、その中で貴方は自由に好きなだけ戦いなさい。
ただし、無駄死にだけは絶対に許さないからそれを覚えておきなさい」
「ああ、分かった。
せいぜい、アンタのお気に召すように戦うぜ」
それが、結論だった。
どうやら、メディアとランサーは合意に達したようだ。
まあ、俺としては余計なトラブルが起きなくてほっとしたのだが、いきなりこういうことをされると、ちょっと心臓に悪い。
「さて、ランサーについてはこれで終わりです。
次は、さつき。あなたのことです」
「私?」
「はい、今まで魔術の基礎知識について講義を行い、一昨日あなたの全魔術回路を開放しました」
「うん、キャスターさんのおかげで、それほど痛くなかったわ。
それから、自覚できるぐらい魔力の量がアップしたわ」
「そして、昨日魔術の発動を試させたところ、いとも簡単に魔術を行使できました」
「まじか!?」
「ええ、私も驚きましたが事実です。
まあ確かに、私も吸血鬼、それもわずか一晩で人間から吸血鬼になりあがるほどの素質の持ち主に、魔術を教えたのは初めてですからね。
このようなこともある、と予想しておくべきでした。
いえ、この結果はある意味当然だったかもしれません。
よく考えてみれば、吸血鬼は魔力を大量に消費して自らの体を維持、強化している存在です。
つまり、こつさえ覚えれば魔術を使うのも簡単なようですね」
そういえば、幻のさつきルート「プラネタリウム(仮)」では、シエルを手こずらせるほどの強さを誇り、固有結界「枯渇庭園」を発動できるほどの能力の持ち主になっていたんだよな。
弓塚が行方不明になってから、シエルと戦うまでそれほど時間が経っていたとは思えない。
となれば、魔術師とサーヴァント達の血を飲み、メディアから講義を受けて全魔術回路を開放した弓塚が、魔術を使えるようになってもそれほどおかしくないか。
というか、もしかして弓塚って、吸血鬼のみならず、魔術師としてもかなり素質があったんじゃないか?
そういえば、シエルも元吸血鬼(先代ロア)にして、グランドクラスの魔術師らしいしなぁ。
ん、ってことは、弓塚って桜レベルどころか、衛宮レベルまであっという間に強くなっちまうのか?
それは困る。俺の立場が……、ってそんなものは元から無かったな。
俺の武器は、(現時点では)小賢しい悪知恵とこの世界の情報、そして後は頼もしい仲間達だ。
聖杯戦争中は、俺の魔術のことなど忘れてしまった方が、いいかもしれないな。
俺の魔術が通用するような相手は、相手は、……マキリの蟲ぐらいか?
不意打ちできれば、魔術師相手ならダメージを与えることぐらいはできると思うが、そんなことを許してくれる甘い相手なんていないしなぁ。
「……というわけで、現在さつきが使える魔術は風のみですが、初心者にしてはかなり強力です。
幸い私が得意とする魔術の属性は、風と影。さつきと桜に色々と教えることが可能ですので、即戦力になる魔術を今後も教えましょう」
「ありがとう、キャスターさん。
私、がんばるわ」
素質と実力があるなんて、うらやましいねぇ、おい。
盛り上がる美女と美少女の魔術師師弟を横目で見ながら、俺は横でちょっといじけていた。
こうして、午前はメディアによる魔術講義を受け、その後はランサーに頼み、弓塚の戦闘訓練をしてもらうこととなった。
俺はランサーと弓塚の戦闘訓練を見学していたのだが、携帯が鳴ったので取ってみると、驚いたことにそれはシエルからだった。
「もしもし、間桐です」
「こんにちは、間桐君。今、話しても大丈夫ですか?」
「ええ、学校サボって衛宮の家にいるんで、大丈夫です。
で、今日は何の御用ですか?」
「はい、先日あのあ~ぱ~吸血鬼、コホン、アルクェイドに伝言してもらいましたが、私が暫定的に聖杯戦争の審判役を務める事になりました。
今、冬木市に来たところですが、すぐに柳洞寺へ向かっても良いか、確認したいと思いまして」
「……あ~、なるほど。了解しました。
今、キャスターの影をそっちに送ってもらいますので、柳洞寺へ向かってください。
キャスター、「はい、すでに影をシエルさんのところへ送りました」……だそうです。
そちらから、キャスターの影を確認できますか?」
さすがはメディア。素早い対応だな。
「はい、見つけるも何も目の前にいます。では、一緒に柳洞寺へ向かいます」
「お願いします。俺たちも午後には柳洞寺へ行きます」
「わかりました。それでは」
そして、携帯は切れた。
元々バゼットに会うために柳洞寺へ行く予定だったが、これでシエルとアルクェイドとも会うことになったか。
情けないことだが、すでに俺が流れを制御できたのはすでに遥か昔の話だ。
今の俺にできることといえば、小細工と情報の小出しが精々だ。
もっとも、情報の全てはメディアも知っているし、かなりの部分を桜達にも教えている。
蚊帳の外なのは敵と遠坂ぐらいか。
さてさて、これからどういう展開になるやら。
もう完全に、俺の予想をぶっちぎって物事が展開しているから、これからどんなことが起きるか楽しみだな。
……もちろん、俺に災いが降ってこない限りは、なんだけど……。
なんか嫌な予感がするんだよなぁ。
1月25日(金)午前 終
後書き
新しい体験系のSSもいくつか投稿され、皆さんから絶賛されているのもありますが、羨ましい限りですねぇ。
まあ、『情報と優れた能力は持っているが、中身はただの一般人』というギャップがうまく表現されていてしかも面白いから、当然かもしれませんけど。
こっちは賛否両論というか、とある掲示板じゃ非難轟々だからなぁ。
まっ、こっちは元々万人受けする内容を書くつもりなんて全く考えていませんから、当然の結果なんですが。
今後も主人公の陰謀は、あちこちから叩かれまくるんだろうなぁ。
しかしそれが、主人公の『俺の知恵の及ぶ限り俺と俺の大事な人たちを守るため、そして隙あらば許される範囲で可能な限り、己の欲望を満たそうとする』生き方ですからね。
よっぽど痛い目を見ない限り止るはずがありません。
本人はこれでも一線は守っているつもりですが、一般常識から考えれば完全に悪役ですな、これは。
ただ、言峰といい、臓硯といい、極悪非道な奴等がいるから今はいいですが、全てが終わった後どうなることやら。
やっぱり、袋叩きにあって抹殺されるのかなぁ。(ぼそっ)