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No.787の一覧
[0] Fate/into game 第二部 聖杯戦争開始[遼月](2006/03/07 01:02)
[1] Fate/into game 1月23日(水)午後 聖杯戦争1日目[遼月](2006/03/07 01:03)
[2] Fate/into game 1月24日(木) 聖杯戦争2日目 その1[遼月](2006/03/07 01:04)
[3] Fate/into game 1月24日(木) 聖杯戦争2日目 その2[遼月](2006/03/07 01:04)
[4] Fate/into game 1月25日(金) 聖杯戦争3日目 午前[遼月](2006/03/07 01:05)
[5] Fate/into game 1月25日(金) 聖杯戦争3日目 昼~夕方[遼月](2006/03/07 01:06)
[6] 設定集(1月23日時点)[遼月](2006/02/05 02:18)
[7] 「Fate/into game」における聖杯戦争の流れ[遼月](2006/02/05 02:37)
[8] キャラクター設定(サーヴァント以外)[遼月](2005/04/03 19:05)
[9] キャラクター設定(サーヴァント)[遼月](2005/04/03 19:05)
[10] 聖杯(大聖杯)とサーヴァント[遼月](2005/05/23 00:27)
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[787] Fate/into game 1月24日(木) 聖杯戦争2日目 その2
Name: 遼月 前を表示する / 次を表示する
Date: 2006/03/07 01:04
Fate/into game


1月24日(木) 聖杯戦争2日目 その2


 扉を開けると、そこは広い、荘厳な礼拝堂だった。
「遠坂。ここの神父さんっていうのはどんな人なんだ?」
「どんな人かって、説明するのは難しいわね。
 十年来の知人だけど、私だって未だにアイツの性格は掴めないもの」
 う~ん、俺なら『恐ろしく性質の悪い謀略家』、『詭弁使い』って説明するぞ。
 まあ、実際に会ったことはないけどな。
「十年来の知人……?
 それはまた、随分と年期が入った関係だな。
 もしかして親戚か何かか?」
「親戚じゃないけど、私の後見人よ。
 ついでに言うと、兄弟子にして第二の師っていうところ」
「え……兄弟子って、魔術師としての兄弟子!?」
「そうだけど。なんで驚くのよ、そこで」
「だって神父さんなんだろ!?
 神父さんが魔術なんて、そんなの御法度じゃないか!」
 衛宮は驚きの余り大声で言うが、それほどのことか?
 何時の世でも異端は存在するものだと思うけどな。
「……いや。そもそもここの神父さんってこっち側の人だったのか」
「ええ。聖杯戦争の監督役を任されたヤツだもの、バリバリの代行者よ。
 ……ま、もっとも神のご加護があるかどうかは疑問だけど」
 かつん、かつん、と足音を立てて祭壇へと歩いていく遠坂。
「……ふうん。で、その神父さんは何ていうんだ?
 さっきは言峰とか何とか言ってたけど」
「名前は言峰綺礼。父さんの教え子でね、もう十年以上顔を合わせている腐れ縁よ。
 ……ま、できれば知り合いたくはなかったけど」
「――――同感だ。私も、師を敬わぬ弟子など持ちたくはなかった」
 そう言って、言峰は祭壇の裏側からゆっくりと現れた。
 もしかしたら逃げ出すかとも思ったが、本当に出てきやがった。
 俺たちにランサーを奪われた上、バゼットを殺しかけたのは魔術師協会、聖堂教会、そして当然ながら(遠坂と衛宮を除く)俺たちにもばれている。
 それなのに、堂々と出てくるとはいい度胸してやがる。
「再三の呼び出しにも応じぬと思えば、変わった客達を連れてきたな。
 ……ふむ、それで彼らがマスターなのか、凛」
 弓塚が吸血鬼だともばれなかったようだし、問題なさそうだ。
 それにしても、遠坂が素直に呼び出しに応じたら、バゼットと同じく不意打ち+令呪&サーヴァント奪取されていたような気がするのは気のせいだろうか?
 まあ、そんなことをしても、ルールブレイカーで令呪を解除してアーチャーが反撃するのもまた、間違えようのない未来だったろうけどな。
「何言ってるのよ。マスターなのは、そいつだけよ。
 後はそいつの付き添い。
 一応魔術師だし、ある程度の知識は持っているみたいだけど、ほとんど素人に近いから見てられなくって」
 『嘘付け、アーチャーが戦闘不能になり、命を助けてもらった代価として俺の依頼を受けただけだろうが!』と心の中だけで突っ込む。
 もちろん、あかいあくま相手に口に出すなんて、怖くてできません。
 いや、まあ、衛宮と桜がいる以上、遠坂が死ぬことは絶対になかったとは思うけどな。
 それにしても、遠坂は俺たちがマスターだがそれを隠している、という可能性は全く考えてなかったようだな。
 この場合、遠坂のうっかりに助けられたことになるな。
「……たしかマスターになった者はここに届けを出すのが決まりだったわよね。
 アンタたちが勝手に決めたルールだけど、今回は守ってあげる」
 俺と桜は守るつもりは毛頭ないし、今もマスターとして来たわけじゃないけどな。
「それは結構。なるほど、ではその少年には感謝しなくてはな」
 言峰は、俺たちをちらっと見た後、衛宮に視線を向ける。
 ……衛宮は言峰の威圧感に気圧されて、わずかに退いていた。
「私はこの教会を任されている言峰綺礼という者だが。
 君の名は何と言うのかな、七人目のマスターよ」
「――――衛宮士郎」
 衛宮はぶっきらぼうに言うと、神父を睨みつけた。
「衛宮――――――――士郎」
「え――――」
 言峰は、その言葉を聞くと、何か喜ばしいモノに出会ったように笑った。
「礼を言う、衛宮。よく凛を連れてきてくれた。
 君がいなければ、アレは最後までここには訪れなかったろう」
 言峰は祭壇へと歩み寄る。
 遠坂は退屈そうな顔つきで祭壇から離れ、衛宮の横まで下がってきた。
「では、始めよう。
 衛宮士郎、君はセイバーのマスターで間違いないか?」
「ああ、そうだ。
 ただし、俺は聖杯になんて興味はない」
「……なるほど、これは重症だ。
 彼は一体何を知っているのか、凛」
「だから、素人に近いって言ったじゃない。
 その辺り、一からしつけてあげて。
 ……そういう追い込み得意でしょ、アンタ」
 遠坂は気が乗らない素振りで言峰を促す。
 まさか衛宮が表の事情ではなく、裏の事情を知っているとは分かっていない二人は、俺たちからすると的外れな感想を持ったが、当然衛宮を含めた俺たちは何も言わなかった。
「――――ほう。これはこれは、そういう事か。
 よかろう、お前が私を頼ったのはこれが初めてだ。
 衛宮士郎には感謝をしても、し足りないな」
 くくく、と愉快そうに笑う言峰。
 二人の会話を聞いて、さすがに衛宮もちょっと不安そうな顔つきになっているな。
「まず、最初に言っておこう。
 聖杯を手に入れれば、お前の望み、その裡に溜まった泥を全て掻き出すこともできる。
 ――――そうだ、初めからやり直す事とて可能だろうよ」
 故に望むがいい。
 もしその時が来るのなら、君はマスターに選ばれた幸運に感謝するのだからな。
 その、目に見えぬ火傷の跡を消したいのならば、聖痕を受け入れるだけでいい」
「な――――」
 言峰の言葉を聞いて、衛宮は混乱しているようだ。
「綺礼、回りくどい真似はしないで。
 私は彼にルールを説明してあげてって言ったのよ。
 誰も傷を開けてなんて言ってない」
 言峰の言葉を遮る遠坂の声。
「――――と、遠坂?」
 その声で、やっと衛宮は正気に戻った。
「そうか。こういった手合いには何を言っても無駄だからな、せめて勘違いしたまま道徳をぬぐい去ってやろうと思ったのだが。
 ……ふん、情けは人のため為らず、とはよく言ったものだ。
 つい、私自身も楽しんでしまったか」
「何よ。彼を助けるといい事あるっていうの、アンタに」
「あるとも。人を助けるという事は、いずれ自身を救うという事だからな。
 ……と、今更お前に説いても始まるまい。
 では本題に戻ろうか、衛宮士郎。
 君も知っての通り、この戦いは『聖杯戦争』と呼ばれるものだ。
 七人のマスターが七人のサーヴァントを用いて繰り広げる争奪戦――――という事ぐらいは知っているか?」
「……知ってる。七人のマスターで殺しあうっていう、ふざけた話だろ」
「そうだ。だが我等とて好きでこのような非道を行っている訳ではない。
 全ては聖杯を得るに相応しい者を選抜する為の儀式だ。
 何しろ物が物だからな、所有者の選定には幾つかの試練が必要だ」
 ふん、裏事情を知っているものにとっては、あほらしいことをほざいてるな。
「待てよ。さっきから聖杯聖杯って繰り返しているけど、お前は本当に聖杯だって信じているのか?」
 言峰が聖杯についてどういう認識を持っているか知りたかったのか、衛宮が質問をぶつけた。
「勿論だとも。この町に現れる聖杯は本物だ。
 その証拠の一つとして、サーヴァントなどという法外な奇跡が起きているだろう」
 ここの理論がおかしいよな。
 英霊をサーヴァントとして呼べるのは、確かに奇跡だ。
 しかし、だからと言って、聖杯が願いをかなえるかどうかは別問題だと思うんだが、誰も疑問に思わなかったのだろうか?
 ……まあ、英霊召喚を可能とする聖杯を手に入れることが出来るだけでも、魔術師にとっては十分な報酬と言えるか。
「過去の英霊を呼び出し、使役する。
 否、既に死者の蘇生に近いこの奇跡は魔法と言える。
 これだけの力を持つ聖杯ならば、持ち主に無限の力を与えよう。
 物の真贋など、その事実の前には無価値だ」
「――――――――」
 それを聞いた衛宮は、複雑な表情を見せた。
 俺から裏の事情を知っている衛宮にとっては、それが戯言だと分かっているから当然だな。
「……わかった。聖杯のことはいい。
 けど、ならなんだって聖杯戦争なんてものをさせるんだ。
 聖杯があるんなら殺し合う事なんてない。
 それだけ凄い物なら、みんなで分ければいいだろう」
「もっともな意見だが、そんな自由は我々にはない。
 聖杯を手にする者はただ一人。
 それは私たちが決めたのではなく、聖杯自体が決めた事だ」
 大嘘つくんじゃねえぞ!! ……いや、言峰には責任はないか。
 責任があるのは、聖杯戦争を構築した御三家だもんな。
 となると、やっぱり責任の一端は俺にもあるのか?
 いや、間桐家の場合は臓硯一人だけが悪い。
 桜も、そしてオリジナル慎二も聖杯戦争について何も聞いてなかったんだしな。
「七人のマスターを選ぶのも、七人のサーヴァントを呼び出すのも、全ては聖杯自体が行う事。
 これは儀式だと言っただろう。
 聖杯は自らを持つに相応しい人間を選び、彼らを競わせてただ一人の持ち主を選定する。
 それが聖杯戦争――――聖杯に選ばれ、手に入れる為に殺し合う降霊儀式という訳だ」
 衛宮は何も言わず、自分の左手の令呪を見つめた。
「納得がいったか。ならばルールの説明はここまでだ。
 ――――さて、それでは始めに戻ろう、衛宮士郎。
 君は聖杯に興味はないと言ったが、それは今でも同じなのか?
 マスターであることを放棄するというのなら、それもよかろう。
 令呪を使い切って、セイバーとの契約を断てばよい。
 その場合、聖杯戦争が終わるまで君の安全は私が保証する」
 嘘付け。この言葉、100%信用できないのは言うまでもないが、どういう詭弁なんだろうな?
 聖杯戦争が終わるまではぎりぎりで殺さない、という意味なのか、それとも他に何か企んでいるのか?
「……? ちょっと待った。なんだってアンタに安全を保証されなくちゃいけないんだ。
 自分の身ぐらい自分で守る」
「私とてお前に構うほど暇ではない。
 だが、これも決まりでな。
 私は繰り返される聖杯戦争を監督する為に派遣された。
 故に、聖杯戦争による犠牲は最小限に留めなくてはならないのだ。
 マスターでなくなった魔術師を保護するのは、監督役として最優先事項なのだよ」
「なんで、神父のあんたがそんなことを、って、そうだったな。
 確か聖杯戦争ってのはずっと前からあったんだ。
 聖杯戦争のことを知って、教会が介入するのは当たり前か」
「無論だ。でなければ、監督役、などという者が派遣されると思うか?
 この教会は聖遺物を回収する任を帯びる、特務局の末端でな。
 本来は正十字の調査、回収を旨とするが、ここでは“聖杯”の査定の任を帯びている。
 極東の地に観測された第七百二十六聖杯を調査し、これが正しいモノであるのなら回収し、そうでなければ否定しろ、とな」
 その言葉に、衛宮は呆れて呟いた。
「七百二十六って、……聖杯ってのは、そんなに沢山あるものなのかよ」
「さあ? 少なくとも、らしき物ならばそれだけの数があったという事だろう
 そしてその中の一つがこの町で観測される聖杯であり、聖杯戦争だ。
 記録では二百年ほど前が一度目の戦いになっている。
 以降、約六十年周期でマスターたちの戦いは繰り返されている。
 聖杯戦争はこれで五度目。
 前回が十年前であるから、今までで最短のサイクルという事になるが」
 やはり、十年で済んだのは切嗣が聖杯を破壊したせいなのだろうか?
 となると、今回はイリヤを殺さないと、次の聖杯戦争は六十年後になるのか?
 イリヤを殺すのはできれば避けたいよなぁ。
「……本当にこんな事を今まで四度も続けてきたのか……」
「そうだ。お前の言うとおり、連中はこんな事を何度も繰り返してきたのだよ。
 ――――そう。
 過去、繰り返された聖杯戦争はことごとく苛烈を極めてきた。
 マスターたちは己が欲望に突き動かされ、魔術師としての教えを忘れ、ただ無差別に殺し合いを行った。
 君も知っていると思うが、魔術師にとって魔術を一般社会で使用する事は第一の罪悪だ。
 魔術師は己が正体を人々に知られてはならないのだからな
 だが、過去のマスターたちはそれを破った。
 魔術協会は彼らを戒める為に監督役を派遣したが、それが間に合ったのは三度目の聖杯戦争でな。
 その時に派遣されたのが私の父という訳だが、納得がいったか少年」
「……ああ、監督役が必要な理由は分かった。
 けど今の話からすると、この聖杯戦争ってのはとんでもなく性質が悪いモノなんじゃないのか?」
「ほう。性質が悪いとはどのあたりだ?」
「だって、以前のマスターたちは魔術師のルールを破るような奴らだったんだろ?
 なら、仮に聖杯があるとして、最後まで勝ち残ったヤツが、聖杯を私利私欲で使うようなヤツだったらどうする。
 平気で人を殺すようなヤツにそんなモノが渡ったらまずいだろう?
 魔術師を監視するのが協会の仕事なら、アンタはそういうヤツを罰するべきじゃないのか?」
 衛宮は、おそらく期待を込めて聞いたのだろう。
 しかし、言峰は慇懃な仕草でおかしそうに笑って言った。
「まさか。私利私欲で動かぬ魔術師などおるまい。
 我々が管理するのは聖杯戦争の決まりだけだ。
 その後の事など知らん。
 どのような人格が聖杯を手に入れようが、協会は関与しない」
「そんなバカな……!
 じゃあ、聖杯を手に入れたマスターが最悪なヤツだったらどうするんだよ!」
 例えば言峰や臓硯が手に入れた場合はそれに当たるだろうなぁ。
「困るな。だが私たちではどうしようもない。
 持ち主を選ぶのは聖杯だ。
 そして聖杯に選ばれたマスターを止める力など私たちにはない。
 何しろ望みを叶える杯だ。
 手に入れた者はやりたい放題だろうさ」
 実際は『何でも望みを叶えることが可能なくらいの莫大な魔力を手に入れる』だが、大差はない。
「――――しかし、それが嫌だというのならお前が勝ち残ればいい。
 他人を当てにするよりは、その方が何よりも確実だろう?」
 言峰は笑いをかみ殺している。
「どうした少年。今のはいいアイデアだと思うのだが、参考にする気はないのかな?」
「……そんなの余計なお世話だ。
 さっきも言ったが、聖杯なんて物に興味はない」
「ほう。では、聖杯を手に入れた人間が何をするか、それによって災厄が起きたとしても興味はないのだな」
「それは――――」
 衛宮はその言葉には反論できなかった。
「理由がないのならばそれも結構。
 ならば、十年前の出来事にお前は関心を持たないのだな?」
「……あの大火災の原因が聖杯戦争だって事だろ?
 それなら慎二に聞いた」
 衛宮は、多少は動揺しただろうが、表情に出さずに答えた。
「そうだ。前回の聖杯戦争の最後にな、相応しくないマスターが聖杯に触れた。
 そのマスターが何を望んでいたかは知らん。
 我々に分かるのは、その時に残された災害の爪痕だけだ」
 ん? 火災を引き起こしたのは言峰だろ。
 どういう詭弁を言えば、そういうことになるんだ?
 まさか、言峰が火災を起こした後、切嗣が聖杯を破壊させたことを「聖杯に触れた」と表現しているのか?
「慎二の言ったとおりだったのか……」
「そのとおりだ。死傷者五百名、焼け落ちた建物は実に百三十四棟。
 未だ以って原因不明とされるあの火災こそが、聖杯戦争による爪痕だ」
 それを聞いた衛宮は、今度は顔色が少し悪くなったが、何とか自力で立ち直った。
「それはもういい。
 アンタ、聖杯戦争は今回が五回目だって言ったよな。
 なら、今まで聖杯を手に入れたヤツはいるのか?」
「当然だろう。そう毎回全滅などという憂き目は起きん」
「じゃあ――――」
「早まるな。
 手に入れるだけならば簡単だ。
 なにしろ聖杯自体はこの教会で管理している。
 手に取るだけならば私は毎日触れているぞ」
「え――――?」
 その言葉に衛宮は驚愕した。
 しかし、これってどういう意味があるんだろう?
 以前聖杯の器としてつかったもの、あるいはその一部を保管している、ということなのか?
「もっとも、それは器だけだ。
 中身が空なのだよ。先ほど凛が言っただろう、聖杯は霊体だと。
 この教会に保管してあるのは、極めて精巧に作られた聖杯のレプリカだ。
 これを触媒にして本物の聖杯を降霊させ、願いを叶える杯にする。
 そうだな、マスターとサーヴァントの関係に近いか。
 ……ああ。そうやって一時的に本物になった聖杯を手にした男は、確かにいた」
 前回の聖杯戦争の聖杯、そして衛宮切嗣のことだな。
「じゃあ聖杯は本物だったんだな。
 いや、手にしたっていうそいつは一体どうなったんだ?」
「どうにもならん。その聖杯は完成には至らなかった。
 馬鹿な男が、つまらぬ感傷に流された結果だよ」
 言峰はいきなり態度を変え、悔いるように視線を細めている。
「……どういう事だ? 聖杯は現れたんじゃないのか?」
「聖杯を現すだけならば簡単だ。
 七人のサーヴァントが揃い、時間が経てば聖杯は現れる。
 凛の言う通り、確かに他のマスターを殺める必要などないのだ。
 だが、それでは聖杯は完成しない。
 アレは自らを得るに相応しい持ち主を選ぶ。
 故に、戦いを回避した男には、聖杯など手に入らなかった」
 もっともらしいことを言峰は言ったが、すでに裏事情を知っている俺たちには通用しない。
「ふん。ようするに、他のマスターと決着を付けずに聖杯を手に入れても無意味って事でしょ。
 前回、一番始めに聖杯を手に入れたマスターは甘ちゃんだったのよ。
 敵のマスターとは戦いたくない、なんて言って聖杯から逃げたんだから」
 遠坂は吐き捨ているように言って、言峰から視線を逸らせた。
「――――うそ」
 衛宮は、言峰がマスターの一人だったことなどの驚愕の事実に驚きを隠せなかった。
「……言峰。あんた、戦わなかったのか?」
「途中までは戦いはした。だが判断を間違えた。
 結果として私はカラの聖杯を手にしただけだ。
 もっとも、私ではそれが限界だったろう。
 なにしろ他のマスターたちはどいつもこいつも化け物揃いだったからな。
 わたしは真っ先にサーヴァントを失い、そのまま父に保護されたよ」
 相変わらずの大嘘だ。どういう詭弁を使えば、ギルガメッシュを失ったと表現できるんだ?
 いや、まて。もしかして本当にサーヴァントを失っていたのか?
 そういや、いの一番に切嗣に狙われ、マスターを放棄した後に撃たれたが一命を取りとめたとか言っていたな。
 で、その後言峰の父親に保護されていたが、偶然か陰謀か(十中八九陰謀だろうが)マスターを失いはぐれサーヴァントとなったギルガメッシュと再契約したとか。
 監督役の息子という立場があれば、言峰ならそれくらい容易くやってみせるだろう。
 いや、切嗣はマスターを殺すことを優先したらしいから、間違いなくはぐれサーヴァントは発生していただろう。
 無論、マスターを殺した後、サーヴァントを殺そうとしただろうが、中には逃げることに成功したサーヴァントもいるだろう。
 それが、単独行動のスキルを持つアーチャーである可能性も高いと言えよう。
 なるほど、この推測が正しければ嘘は言っていないな。
「……思えば、監督役の息子がマスターに選ばれることなど、その時点であってはならぬ事だったのだ。
 父はその折に亡くなった。
 以後、私は監督役を引き継ぎ、この教会で聖杯を守っている」
 そう言って、言峰は背中を向けた。
「話はここまでだ。
 聖杯を手にする資格がある者はサーヴァントを従えたマスターのみ。
 君たち七人が最後の一人となった時、聖杯は自ずと勝者の下に現れよう。
 その戦い――――聖杯戦争に参加するかの意思をここで決めよ」
 高みから見下ろして、言峰は決断を問う。
 しかし、その問いは今更だ。
 衛宮は同じ俺の問いに対し、すでに答えを出している。
「――――俺は聖杯戦争に参加する。
 慎二の言葉に嘘がないと分かった以上、俺が戦わない理由はない」
 衛宮の答えが気に入ったのか、言峰は満足そうに笑みを浮かべる。
「それでは君をセイバーのマスターと認めよう。
 この瞬間に今回の聖杯戦争は受理された。
 ――――これよりマスターが残り一人になるまで、この街における魔術戦を許可する。
 各々が自身の誇りに従い、存分に競い合え」
 重苦しく、言峰の言葉が礼拝堂に響いた。
「決まりね。それじゃ帰るけど、私も一つぐらい質問していい、綺礼?」
 遠坂は皮肉気に笑って言った。
「構わんよ。これが最後かもしれんのだ、大抵の疑問には答えよう」
「それじゃ遠慮なく。
 綺礼、あんた見届け役なんだから、他のマスターの情報ぐらい知ってるんでしょ。
 こっちは協会のルールに従ってあげたんだから、それぐらい教えなさい」
 え~と、もしかしてここで言峰にばらされるとものすごくやばいか?
 まあ、そうなったら、さっさとメディアに二人を捕らえてもらえば良いか。
 しかし、幸いにも言峰は俺たちのことは話さなかった。
「それは困ったな。教えてやりたいのは山々だが、私も詳しくは知らんのだ。
 衛宮士郎も含め、今回は正規の魔術師が少ない。
 私が知りうるマスターは二人だけだ。
 衛宮士郎を加えれば三人か」
 後は遠坂凛とイリヤか?
 いや、この場合、言峰本人を指しているのかも。
 俺と桜は言峰に届け出たわけではないからな。
 言峰が知っている人数にはカウントされなかったようだ。
「あ、そう。なら呼び出された順番なら分かるでしょう。
 仮にも監視役なんだから」
「……ふむ、一番手はバーサーカー。
 二番手はライダー。
 三番手はキャスターとアサシンがほぼ同時期に。
 次にランサー。そして先日、アーチャーとセイバーが呼び出された」
「――――そう。それじゃこれで」
「正式に聖杯戦争が開始されたという事だ。
 凛。聖杯戦争が終わるまで、この教会に足を運ぶことは許されない。
 許されるとしたら、それは」
「自分のサーヴァントを失って保護を願う場合のみ、でしょ。
 それ以外にアンタを頼ったら減点ってことね」
 遠坂は皮肉な笑みとともに言った。
 しかし、本当に言峰に保護を願ったらよくてオリジナル慎二のように利用され、下手すれば抹殺されるのは簡単に予想できるな。
「そうだ。おそらくは君が勝者になるだろうが、減点が付いては教会が黙っていない。
 連中はつまらない論議の末、君から聖杯を奪い取るだろう。
 私としては最悪の展開だ」
「エセ神父。教会の人間が魔術協会の肩を持つのね」
「私は神に仕える身だ。教会に仕えている訳ではない」
「よく言うわ。だからエセなのよ、アンタは」
 そうして、遠坂は言峰に背を向ける。
 しかし、今はまだ早い。
 ちょっと前にチェックしたときも、イリヤはまだ冬木市から遠い場所にいた。
 ……イリヤが、一人でメルセデスを運転していたときには目を疑ったが……。
 それはともかく、このままだとバーサーカーと戦闘になるのは遠坂と分かれた後になりかねない。
 それでは、衛宮と遠坂が同盟を結ばない。それは面倒だ。
 ベストは、バーサーカーと墓場の近くで戦闘。
 それが無理なら後はどこで戦っても同じだ。
 しかし、遠坂と分かれた後にイリヤと会うことだけはしてはいけない。
 それだと遠坂とは決定的に敵対する道しか残らない。
 最終的には対立するとしても、できる限り対立しない方向で進めないと、何より桜から怒られてしまう。
「ちょっと待てよ、遠坂。
 俺はまだ言峰神父に聞きたいことがあるんだ。
 もうちょっとくらい、時間を使ってくれても良いだろ?」
 俺の言葉に、振り向かないままで遠坂は答えた。
「何よ、アンタ聖杯戦争には参加しないんでしょ?
 それが何をそいつに聞きたいって言うのよ」
「まあ、色々と。おそらくは遠坂にとっても興味深い内容のはずだぜ?
 それに、遠坂にとって本当にくだらない内容なら、それが分かった時点でさっさと帰れば良いだろう?
 ただし、間違いなく後で後悔することになるとは思うけどな」
 これは思いっきり俺の本音。
 この話で騙そうとか、遠坂を利用しようとかはまるっきり考えていない。
 それが伝わったのか、遠坂は俺の方に振り返った。
「良いわよ。さっさとアンタの質問とやらを言ってみなさい」
「ああ、そういうわけなんだが、俺から質問してもいいか?」
 俺の質問に対し、言峰は静かに頷いた。
「構わんよ。教会はいかなる者に対しても門を開いている。
 私が知ることであれば答えよう」
 そう言った後、言峰は俺をじろっと見下ろした。
「しかし、お前たちは何のためにここに来たのだ?
 まさか、本当に私に質問があるだけなのか?」
 ふん、ランサーの視覚を通じて俺たちがマスターであることなど分かっているだろうに、言峰の奴はしらばっくれて俺たちに質問してきた。
 当然、俺の回答も白々しいものになった。
「ああ、俺たちは衛宮のつきそいだ。
 俺は聖杯には興味ないし、サーヴァントも呼び出せなかったんでね」
 桜と弓塚は言峰の迫力に飲まれたらしく、何も答えられなかった。
「ほう、マキリの末裔も衰えたものだな」
「うるさいな。そんなことは俺が一番よく分かっている」
「そうか、それは悪いことを言ったな。
 では、お前たちは聖杯戦争には関わらないのだな?」
「いや、聖杯には興味はないが、現代に呼び出された英雄であるサーヴァントには興味がある。
 可能性は低いが、はぐれサーヴァントと出会い、そいつが聖杯を求めず、聖杯戦争後も俺との契約を続けて現界してくれるなんて奇特なサーヴァントがいれば、ぜひ契約したいな」
 俺のこの発言に、桜、遠坂、衛宮はあからさまに呆れた顔をして、ついでにメディアからも呆れたような感情が伝わってきた。
 遠坂は俺の発言が実現する可能性があまりに低いことに、それ以外のメンバーは白々しすぎる俺の発言に呆れたのだろうが、遠坂はそれには気づいていないようだ。
「慎二、あんた正気?
 サーヴァントは元々聖杯を求めて召喚に答えるのよ。
 それだけじゃないわ。
 あんたはろくに魔力を持っていない魔術師見習いじゃない。
 そんなのをマスターに選ぶサーヴァントなんているわけないじゃない。
 少なくとも、私ならあんたをマスターに選ぶくらいなら、潔く消滅するわ」
 す、好き放題、思いっきり言いやがったな。
 この遠坂の発言には、桜、弓塚、衛宮も苦笑している。
『こら、メディアも笑ってるんじゃない。
 間接的にはお前も馬鹿にされてるだろうが』
『いえ、慎二だけを笑ったんじゃありませんよ。
 一理はありますけど、凛の『肝心なところでポカミスをする』というのは、こういう発想の固さにも健在なのだと思い知らされまして、つい……」
 『だけ』とか『一理はある』とかは気に食わないが、まあメディアの言うとおりではある。
「だいたい、あんた令呪持ってないじゃない。
 確かに仮にも魔術師なら、サーヴァントとレイラインを通すことは不可能じゃないでしょうけど、令呪なしでサーヴァントが従うわけ無いわ。
 ましてやあんたじゃ、さっさと逆に支配されて操り人形よ」
 くっ、どこまでも口の減らないヤツだ。
 しかし、考えが甘い。
 確かに俺がキャスターを支配下に置こうとすれば、そういう目に会う可能性は高かっただろう。
 しかし俺は、対等なパートナー、そして目上の存在である魔術師の師匠としてメディアを扱うことで、その問題を無事にクリアしたのだ。
 確かに俺は、この世界線の暫定的な未来と知識、それに桜とメデューサという協力者がいて、さらに心身ともに最も弱ったところでメディアを助けるという、俺にとって最高の状況ではぐれサーヴァントと出会ったが……、あ~、ここまでお膳立てされれば、失敗するほうがおかしいか?
 いや、一応メディアの説得は俺一人でやったんだから、まぁ、その辺ぐらいは自慢したいところだなぁ。
「確かに遠坂の言うとおりか。
 その辺は、出会うサーヴァントが変わり者であることを祈るだけさ」
 すでにその希望は叶っているけどな。
 それを聞いた遠坂は、呆れたような目つきで俺を見た。
「ふん、確かにあんたが身の程知らずな妄想を持つのは自由よね。
 せいぜい、叶いもしない妄想を大切に持ってなさい」
 そう言って、遠坂は俺を馬鹿にした。
 ふん、真実を知って痛い目を見るのはそっちだぞ。
「え~と、脇道に逸れたが、話を戻すぞ。
 俺が聞きたいのは、前回の聖杯戦争の詳細についてだ。
 まずは、アンタは前回の聖杯戦争でどのクラスのサーヴァントを呼んだんだ?」
「キャスターだ。
 そして、先程話したように私はすぐにサーヴァントを失い、父に保護された」
 なるほど、この答えが嘘を言っていなければ俺の推測は当たっていたわけか。
「じゃあ、次だ。
 あんたは、父親に保護された後、はぐれサーヴァントと再契約しなかったか?
 したとすれば、どのクラスのサーヴァントと再契約したんだ?」
 それを聞いた言峰は、俺を見下ろしてきた。
「なぜそのようなことを聞く?」
「ふん、俺も一応聖杯戦争御三家の一員だからな。
 サーヴァントを失ったマスターとマスターを失ったサーヴァントが再契約できることぐらい知っている。
 さっき遠坂が言ったように、例え令呪を失っていたとしても、魔術師ならサーヴァントとレイラインを通すことも可能だしな。
 もしかしたら、と思っただけだ」
「そっか、確かに可能性はあるわね。
 で、綺礼。あなたはどうしたの?」
 遠坂はその可能性を全く考えていなかったらしく、俺の質問に興味を持ったようだ。
「ふむ、聞かれたならば答えねばなるまいな。
 確かに私ははぐれサーヴァントと再契約をした。
 その者のクラスはアーチャーだ」
 おお、あっさりと白状した。
 その言葉には、遠坂も驚いている。
「そっか、じゃ、そいつの真名は?」
「なぜそんなことを聞く?」
「いや、うちの記録にも前回の聖杯戦争におけるアーチャーの真名は記録されていなかったんでね。
 後学のために聞きたいと思っただけだ。」
 例によって白々しい俺の言葉に対しても、言峰はきちんと答えてきた。
「ふむ、そうか。では、教えよう。
 私が召喚したアーチャーのサーヴァントの真名はギルガメッシュという」
「ギルガメッシュですって!! まさか、あの人類最古の英雄王?」
「そうだ」
 まさか、ここまで話すとは思わなかったな。
 詭弁で言い逃れできないように追い詰めて質問すれば、正直に白状するというわけか。
 よし、この調子でどんどん聞いてみるぞ。
「じゃあ、さっきのあんたの話だとアンタは誰も倒せなかったように聞こえたが、ギルガメッシュと組んだ後、アンタは本当に誰も倒せなかったのか?」
「前回の聖杯戦争に参加したものたちは、どいつもこいつも化け物ぞろいだと言ったはずだが?」
 顔色一つ変えず、言峰は言い返してきた。
 しかし、事情をある程度知っている俺にそんなものは通用しない。
「ああ、そう言っていたな。
 だが、化け物ぞろいだと言っても、倒せないわけじゃないだろ?
 おまけにあんたのサーヴァントはギルガメッシュだ。
 詳しい能力は知らんが、かなり強そうだからな。
 最低でも一組ぐらいは倒したんじゃないか?」
「その通りだ。私とアーチャーは二組倒した。
 一組は私がマスターを殺し、もう一組はアーチャーがサーヴァントを倒した。
 もっとも、そのサーヴァントのマスターは他のヤツに殺されたから、正確には一組半というべきかな?」
 え~と、聖杯戦争は7組参加するわけだから、言峰が2組(一人のマスター除く)を倒して、切嗣が5組(言峰ともう一人のマスターを含む)を倒したわけか。
「えっ、それホント!?」
「そうだったのか!?」
 それを聞いて、遠坂と衛宮は同時に驚愕の声を上げた。
 が、俺と言峰はそれを無視して話を続けた。
「アンタたちが倒した二組のサーヴァントとマスターの名前は?」
「そこまで詳しく聞いてどうする。
 今更昔話など聞いても、意味はあるまい?
 それにお前はとうに知っているのではないか?」
「言ったろ。俺の知る聖杯戦争の記録は完全じゃない。
 完全にするために当事者に聞きたいだけだ」
「いいだろう。アーチャーが倒したのは、征服王イスカンダルだ。
 クラスは知らん。
 おそらくは、ランサーかライダーだとは思うがな」
 おや、残念。言峰もイスカンダルのクラスを知らなかったのか。
 しかし、それだけで収まらなかったのは遠坂だった。
「ちょっと待ちなさい!!
 イスカンダルって、アレキサンダーのことでしょ。
 アレキサンダー対ギルガメッシュって、本当にそんなとんでもない戦いがあったの?」
 悲鳴に近い遠坂の言葉に、言峰は淡々と答えた。
「ああ、そうだ。
 イスカンダルも強かったが、直前に他のサーヴァントと戦って疲労していてな。
 おかげで、ギルガメッシュが勝つことが出来た」
 ふ~ん、やっぱりその辺の歴史は俺の知るFateと同じなんだな。
「イスカンダルを消耗させた奴って誰よ。
 ……やっぱり、最優と言われているセイバー?」
「その通りだ。イスカンダルと引き分けたのはセイバーだ。
 そのセイバーの真名はアーサー王という。
 凛も知っているだろう?」
「知ってるどころじゃないわよ。何よそれ。
 ギルガメッシュにアレキサンダーに、アーサー王。
 世界に伝わる伝説でも知名度と強さでトップクラスの連中じゃない!!」
 あ~あ、セイバーことアーサー王まで呼ばれたことがばれてちまった。
 まっ、いいか。話したのは俺じゃなくて言峰だからな。
 セイバーがこのことを知っても俺に責任はない。
 ちなみに、アーサー王の名を聞いた衛宮はしっかりと動揺しているが、遠坂はそれに気づいていないようだ。
「落ち着け、凛。
 これは前回の聖杯戦争の話だ。
 今更お前が怒ることではあるまい?」
「うっ、それはそうだけど。……確かにその通りね。
 今更羨ましがっても仕方ないわ。
 私はもうサーヴァントを呼び出したんだし、アイツと一緒に戦うしか道はないんだから」
「その通りだ。さて、質問はこれで終わりか?」
 さりげなく、話を終わらせようとする言峰を当然ながら俺は許さなかった。
「ちょっとまて、話はまだ終わっていないぞ。
 一つは、あんたが倒したと言うマスターの話。
 もう一つは、アンタとアーチャーのその後についてだ」
「ああ、そうだったな。
 その後の決着はすぐに着いた。
 セイバーとアーチャーが戦ったが、決着が付く前に私がセイバーのマスターに倒されてしまった。
 それにより、聖杯戦争の勝者はセイバーのマスターとなり、聖杯戦争は終わった」
「ふ~ん、ギルガメッシュなんて大物呼んでおいて、結局勝てなかったんだ」
 遠坂はさっきの動揺の跡は欠片も見せずに、言峰を皮肉った。
「その通りだ。残念ながら、聖杯は私の器には大きすぎたのだろうよ」
 言峰はその言葉をいつもあっさりと受け流した。
 遠坂は、自分の皮肉が通じなかったため、ちょっとムカついているようだ。
「で、アンタが倒したもう一組っては誰なんだ?」
 ここまで来ても、ひたすらさりげなく話題を逸らそうとする言峰に対して、俺は逃げようのない質問を叩きつけた。
「すまんな、それを言い忘れていた。
 私自身が倒したのは遠坂時臣、ただ一人だ」
「綺礼、あんた!!」
「凛、いったい何を怒る?
 魔術師たるもの敵対すれば親兄弟であろうとも、容赦しないものだ。
 例え師であろうとも、それから外れるはずがなかろう?」
「…………そう。殺したのは、アンタだったんだ」
 言峰の言葉に激昂したのも一瞬、次の瞬間には冷静に遠坂は問いただした。
 一方、桜はショックが大きすぎて、言葉が出ないようだった。
 しまった! このことを桜に教えるのを忘れていた。
「当然だろう。恩師であったからな。
 騙し討ちは容易かった」
「………………」
 遠坂は、顔を伏せ何も言わなかった。
 そして、遠坂は言峰に背を向ける。
 あとはそのまま、ズカズカと出口へと歩き出した。
「お、おい、遠坂……」
 衛宮も、遠坂の父親が言峰に殺されたことを知って、衝撃を隠せない様子だった。
「何してるよ。貴方達もさっさと外に出なさい。
 もうこの教会には用はないから」
 遠坂は感情を殺した声で言うと、そのまま礼拝堂を横切って出て行った。
 さて、これで遠坂は言峰が父であり師でもあった時臣の敵だと知ったわけだ。
 これで、言峰に対し油断することだけはありえないだろう。
 衛宮は慌てて後に続いたが、いきなり背後に来た言峰の気配に気づき、振り返った。
 言峰は、何を言うのでもなく、衛宮を見下ろしていた。
「何だよ。まだ何かあるっていうのか?」
 衛宮はそれほど動揺することなく言った。
 そろそろ言峰のプレッシャーにも慣れてきたらしい。
 まあ、橙子やら式やらで強烈なプレッシャーを発する人とはそれなりに付き合ってるからな。
 慣れてしまえば、どうということはなかろう。
「話がないみたいだな。俺は帰る」
 衛宮はそう言うと出口へ向かった。
 その途中、
「――――喜べ少年。君の願いは、ようやく叶う」
 そう、神託を下すように言峰は言った。
「――――なにを、いきなり」
「判っていた筈だ。明確な悪がいなければ君の望みは叶わない。
 例えそれが君にとって容認しえぬモノであろうと、正義の味方には倒すべき悪が必要だ」
「そんなことは判っている」
 言峰の言葉に対して、衛宮は即座に言い返した。
「なに?」
「ああ、そのことなら俺が衛宮にちゃんと話してある。
 衛宮を動揺させようとしても無駄だ」
 衛宮の答えが予想外だったらしい言峰に、親切にも俺が解説してやった。
 まあ、人によってはいやがらせをしている、と言うかもしれんが、俺の知ったこっちゃない。
「そうか。ならば私から言うことはない。
 さらばだ、衛宮士郎。
 最後の忠告になるが、帰り道には気をつけたまえ。
 これより、君の世界は一変する。
 君は殺し、殺される側の人間になった。
 その身は既にマスターなのだからな」
 その言葉を聞きながら、衛宮は教会から出た。
 俺たちも衛宮に続いて外に出た。
 桜はぼうっと立ったままだったため、俺は抱きかかえるようにして外に連れ出した。
 と、出た瞬間、メディアからライン経由で話しかけられた。
『慎二、ここで綺礼を殺さないでいいのですか?』
『それは前にも話しただろう?
 魔力を供給する言峰を殺すことで、ギルガメッシュを本気、かつ無差別に人を襲う状態にさせたくない。
 言峰を殺すのは、ギルガメッシュの後だ』
『……それは分かっています。
 ですが、直接会ってみると、言い様のない嫌悪感に駆られまして』
『ああ、あいつは間違いなくトップクラスに危険な存在だ。
 俺も油断するつもりはない。常に監視しておかないとな。
 殺すよりも、生かしておく事のデメリットが大きくなれば、そのときは即座に殺していい』
『……分かりました。綺礼に対しては、常に監視をしておきましょう』
『そうそう、孤児たちがいる地下牢獄に言峰が入ろうとしたら邪魔してくれ。
 どうせ、孤児たちに止めを刺して証拠隠滅を図るだろうからな。
 おお、そうだ。ついでに、影を使って言峰コレクションを奪っといてくれ。
 確か、アーチャーの腕を封印した聖骸布があったはずだ』
 他にも何かあるかもしれないしな。
 うん、メディアの研究にでも使ってもらうことにしよう。
『了解しました。
 それで、邪魔をするとは、力づく、ということですか?』
『最悪はそれだな。
 まあ、この時点でギルガメッシュを使う可能性は低いだろうし、言峰には『今後は私のエネルギー源に使う』とでも言えば納得するんじゃないか?』
 言峰相手なら嘘もついても詐欺もしても全く心が痛まない。
『そうですね。わかりました、そのように対処しましょう』
 メディアも納得してくれた時、俺は遠坂、セイバー、衛宮が立っているところに着いた。
「行きましょう。町に戻るまでは一緒でしょ、私たち」
 言うだけ言って、さっさと歩き出す遠坂。
 その後に続いて、俺たちも教会を後にした。

 皆で坂を下りていく。
 聖杯戦争が始まった以上、衛宮と遠坂はお互い了承した敵同士だ。
 それゆえに、遠坂も衛宮も何も話さなかったが、俺、桜、弓塚は(一応)部外者ということになっている。
 桜はさっきなら何か言いたそうな態度を見せるが、
 そこで、俺は桜が言いたいことを変わって聞いてみた。
「なあ、遠坂。さっき、言峰が言っていたことなんだけど……」
「ええ、あいつの言うことに間違いなさそうね。
 うかつだったわ。今までアイツに聖杯戦争の詳細を聞いていなかったなんてね」
「姉さん、それじゃ、やっぱり……」
「あなたの考えている通りよ、桜。
 私たちの父であり、私の師でもあった遠坂時臣は言峰綺礼に殺された、そういうことよ」
「そ、そんな」
 遠坂の非情な台詞に、桜はかなり動揺していた。
 衛宮も弓塚も、そんな二人を気遣ってか何も言わなかった。
 しかし、事情を知らないセイバーは小声で衛宮に尋ねてきた。
「一体教会で何を話したのですか?」
「ああ、教会の神父の言峰綺礼って奴が、前回の聖杯戦争でアーチャー、ギルガメッシュのマスターで、おまけに桜と遠坂の父親を殺したって聞いたんだ」
「なっ!? ギルガメッシュ!!」
 セイバーは驚きの余り、声が大きくなり、それを聞いた遠坂はセイバーを振り返って言った。
「そうよ。あいつは、よりにもよって英雄王ギルガメッシュを自分のサーヴァントにし、征服王イスカンダルを倒し、さらに自らの手で遠坂時臣を殺した。
 ただ、最後の最後に騎士王アーサーとそのマスターに敗れたらしいわ。
 全く、アイツも聖杯戦争に参加したのに、父を殺した可能性を全く考えていなかったなんて、私もドジよね」
 自嘲気味に笑う遠坂に対して、「そりゃ、遠坂家の遺伝的呪いだからな」なんて言える雰囲気ではなかったので、俺は心の中で言うに留めた。
 ちなみに、セイバーは『アーサー』の名が出た時びくっと反応したが、次の瞬間普段の表情に戻った。
 うん、さすがは元王様、ポーカーフェースも中々のものだ。
 桜も幼い頃の記憶の父親を思い出しているのか、黙り込んでしまった。
 衛宮はもう動揺が治まったのか、特に反応しなかった。
「……あの、遠坂。部外者の俺が言っていいことじゃないかもしれないが、……言峰は罰せられないのか?
 事情は詳しくは知らないけど、仮にも自分の師匠を殺したんだろ?」
「無理ね。あいつも言っていたように、聖杯戦争に参戦したものは親兄弟、師匠であろうと関係ない。
 自分以外は全て敵。そういうルールだと分かっていて参加した以上、全ての責任は自分に帰す。
 これが聖杯戦争中じゃなければ、『師匠殺し』のことで少しは罰することはできるけどね」
 遠坂は感情を現さず、魔術師らしく冷静に言い切った。
 とはいえ、おそらくは心の中では激情が渦巻いているんだろうなぁ。
 桜もそれを聞いて悲しそうではあるが、何も言わなかった。
 俺もなぁ、何か言うべきなんだろうけど、今まで桜に言うのを忘れていた身だし、ここで話すと遠坂や衛宮に余計なことをばらしかねないので黙っていた。

 衛宮も対照的な姉妹の反応を見て、この件について話すことを諦め、別の話題を話し始めた。
「遠坂。お前のサーヴァント、大丈夫なのか?」
「え……? あ、うん。アーチャーなら無事よ。
 ……ま、貴方のセイバーにやられたダメージは簡単に消えそうにないから、しばらく実体化はさせられないだろうけど」
「じゃあ側にはいないのか?」
「ええ、私の家で匿ってる状態。
 今他のサーヴァントに襲われたら不利だから、傷が治るまでは有利な場所で敵に備えさせてるの」
「そういえば遠坂。
 さっきの言峰神父が聖杯戦争の監督役らしいけど、アイツ、お前のサーヴァントを知ってるのか?」
「知らない筈よ。わたし、教えてないもの」
「そうなのか。まあ、父親の敵なら当然だけど、おまえとアイツ、それなりに仲がいいからそうだと思ってたけど」
「……あのね衛宮君。忠告しておくけど、自分のサーヴァントの正体は誰にも教えちゃ駄目よ。
 例え信用できる相手でも黙っておきなさい。
 そうでないと早々に消えることになるから」 
 はっはっは、本来ならその台詞は正論なのだが、この世界の暫定的な未来を知っている俺の存在が、その言葉の意味をほとんど失わせているぞ。
「……? セイバーの正体って、名前のことか?」
「そうよ、サーヴァントが何処の英雄かって言う事よ。
 いくら強いからって戦力を明かしてちゃ、いつか寝首をかかれるに決まっているでしょ。
 ……いいから、後でセイバーから真名を教えてもらいなさい
 そうすれば、私の言ってる事が分かる……けど、ちょっとたんま。
 衛宮君はアレだから、いっそ教えてもらわない方がいいわね。
 って、何よその顔は!
 もしかして、もう聞いちゃったの?」
 あ~あ、衛宮のヤツ、表情に思いっきり出ていやがる。
 これじゃ、遠坂が気づくのは当然だな。
「ああ、実はすでに聞いてる。
 でも、なんでそんなこと言うのさ?」
「だって、衛宮君、隠し事できないもの。
 なら知らないほうが秘密にできるじゃない。
 もっとも、いまさら言っても意味はなかったみたいだけどね」
「……あのな、人を何だと思ってるんだ。
 それぐらいの駆け引きはできるぞ、俺」
「そう? じゃあ、セイバーの真名以外で私に隠している事とかある?」
「え……遠坂に隠している事って、それは」
 そう口にした衛宮は動揺して、ぼっと顔が熱くなった。
 まあ、動揺して当然だよなあ。
 封印指定の師匠やら、聖杯戦争の裏側やら、俺と桜がマスターであることやら、アルクェイドのことやら、隠し事にはことかかない。
「ほら見なさい。何を隠しているか知らないけど、動揺が顔に出るようじゃ向いてないわ。
 貴方は他にいいところがあるんだから、駆け引きなんか考えるのは止めなさい」
「そうです。先輩には駆け引きなんか向いてません。
 先輩は先輩らしくしてください」
 それまで黙っていた桜まで遠坂の意見に賛成し、衛宮はかなり怯んだ。
「……むむむむむ。それじゃ、遠坂はどうなんだよ。
 父親の敵だと知る前でもあの神父にも黙っていたって事は、アイツを信用していなかったって事か?」
「綺礼? そうよ。そのことを知るまでだって、私、アイツを信用するほどおめでたくないわ。
 アイツはね、教会から魔術協会に鞍替えしたくせに、まだ教会に在籍している食わせ者なのよ。
 人の情報を他のマスターに売るぐらい、いえ10年前に師匠を殺しているぐらいだから、自分にとって都合の悪いマスターを不意打ちで殺すぐらいはやりかねないわ」
 大正解。言峰の正体を知ったせいか、より正確な予想をしてくるな。
 まあ、バゼットは死ぬ寸前にメディア達によって助け出されているんだがな。
 もっとも、言峰はさらにその斜め上、前回の聖杯戦争のサーヴァントを10年限界し続けたうえ、ランサーを奪っている状態なんだけど、これは予想しろというほうが無理だろうな
 ふんだ、と忌々しげに言い捨てる遠坂。
 当然ながら、遠坂は欠片もあの神父を信用するつもりはないようだ。

 ――――そうして橋を渡る。
 全員会話もなく、黙って歩く中、誰も言葉を発しなかった。
 もちろん、俺とメディアはこちらに近づくイリヤとバーサーカーの姿を確認しようとしたところ、かなり微妙な距離だった。
 このままだと、イリヤが襲撃をかけて来たときが、遠坂と別れる後になる可能性が高い。
 となると、
『セイバーとバーサーカーが戦闘に入った後、セイバーの味方をしてセイバー、イリヤ、衛宮を傷つけないという条件で、ランサーに戦闘許可を出そうと思うがどうだ?』
『……ずいぶんいきなりですね。ですが、提案自体の内容は妥当かと。
 いまさら言うまでもありませんが、ランサーの望みは英雄らしい戦いをすること。
 当然、バーサーカーと戦いたがるでしょうが、一応確認してみます』
 メディアからの回答を待つこと数秒後、
『予想通り、二つ返事でOKでした。
 あと、私とライダーは参戦しなくてよろしいのですか?』
『ああ、二人の存在はできるだけ隠したい。
 何が原因で、マスターが俺と桜だとばれるかわからないからな。
 そういうわけで、俺たちの誰かの生命に危険がない限り、キャスターとライダーの参戦はなしっていう考えなんだが、桜はそれでいいか?』
 ラインを通じて話を聞いていた桜やライダーからも文句もなく、こうして俺たちの戦闘方針が決まった。

 ついに、あの交差点に着いた。
「ここでお別れね。義理は果たしたし、これ以上一緒にいると何かと面倒でしょ。
 きっぱり分かれて、明日からは敵同士にならないと」
 遠坂は何の前置きもなく喋りだして、唐突に話を切った。
「……む?」
 その言葉を聞いて衛宮は不思議そうな顔になった。
 俺はいまさらだったし、事情をある程度知っている桜に弓塚は何か言いたそうではあったが、結局何も言わなかった。
「なんだ。遠坂っていいヤツなんだな」
「は? 何よ突然。おだてたって手は抜かないわよ」
「知ってる。けど出来れば敵同士にはなりたくない。
 俺、お前みたいなヤツは好きだ」
 その衛宮の言葉の効果は劇的だった。
 遠坂は黙り込んでしまい、桜は思いっきり膨れている。
 が、さすがは朴念仁というべきか。衛宮はそんな桜の表情に全く気づいていない。
「と、とにかく、サーヴァントがやられたら迷わずさっきの教会に逃げ込みなさいよ。
 そうすれば命だけは助かるんだから」
 照れ隠しで遠坂は言ったので、俺は当然ながら突っ込んだ。
「遠坂、あのさあ、さっきの神父は不意打ちでお前の父親を殺してるんだろ?
 そんなヤツのところに逃げ込んでも、助けてくれる保証はない、っていうか、殺されそうな気がするのは気のせいか?」
「うっ、確かにそうね。じゃあ、せめて聖杯戦争が終わるまでこの街から逃げてなさい。
 聖杯戦争が終わってしまえば、狙う人もいなくなるわ」
「それは気が引けるけど、一応聞いておく。
 けどそんな事にはならないだろ。
 どう考えてもセイバーより俺の方が短命だ」
 衛宮は冷静に答えた。
「――――ふう」
 それを聞いた遠坂は、呆れた風にため息をこぼした後、ちらり、とセイバーを流し見た。
「いいわ、これ以上の忠告は本当に感情移入になっちゃうから言わない。
 せいぜい気をつけなさい。いくらセイバーが優れているからって、マスターである貴方がやられちゃったらそれまでなんだから」
 くるり、と背を向けて歩き出す遠坂。
「――――」
 だが。
 幽霊でも見たかのような唐突さで、遠坂の足はピタリと止まった。
「遠坂?」
 そう衛宮が声をかけたとき、俺の左手がズキリと痛んだ。

「――――ねえ、お話は終わり?」
 幼い声が夜に響く。
 歌うようなそれは、紛れもなく少女の物だ。
 全員の視線が坂の上に引き寄せられる。
 空には煌々と輝く月。
 ――――そこには、白い少女と異形の巨人がいた。
「――――バーサーカー」
 思わず言葉を漏らす遠坂。
『あれがヘラクレスですか……。久しぶりに会いましたが、随分顔立ちが変わりましたね』
 対照的に、クールな感想をラインで伝えてくるメディア。
 そう、ついにイリヤとバーサーカーの登場である。
 ふう、いつお二人が到着するか冷や冷やしたが、なんとかぎりぎりで間に合ったか。
 と、バーサーカーのあまりの迫力に、現実逃避気味の思考に陥った俺をイリヤの声が呼び戻した。
「こんばんは、お兄ちゃん。会ったのは初めてだよね」
 イリヤは微笑みながら言った。
 それに対して、誰もすぐには回答できなかった。
 全員、バーサーカーの重圧を受け、飲まれるか、衝撃のあまり動けないらしい。
「――――やば。あいつ、桁違いだ」
 しかし、遠坂には身構えるだけの余裕があったらしい。
 もっとも、背中越しでも遠坂が抱えている絶望が俺にも感じ取れたのだから、それも僅かなものだろう。
「あれ? なんだ、あなたのサーヴァントはお休みなんだ。
 つまんないなぁ、みんなまとめて一緒に潰してあげようって思ったのに」
 イリヤは、坂の上から俺たちを見下ろしながら、不満そうに言った。
 おい、ちょっと待て。今なんて言った?
 まさか、イリヤはキャスターたちの存在にも気づいているのか?
『……これは予想しておくべきでしたね。
 イリヤはマスターであると同時に聖杯でもあります。
 ゆえに、魔力やサーヴァントの気配を隠していても、何らかの手段、おそらくは大聖杯に繋がっているサーヴァントのラインから私たちの存在にも気づいていると思われます』
『あ~、なるほど、その手があったか。
 とりあえず、イリヤが詳細に話すか、遠坂がそのことに気づくまでは待機してくれ。
 ばれたらばれたで一気に攻勢かけるぞ』
『了解しました、慎二』
『桜、よろしいですか?』
『……姉さんとは敵対したくありませんけど、そうなっては仕方ありませんよね。
 兄さんの言うとおり、姉さんが貴方達の存在に気づいたら、バーサーカーと戦ってください』
『了解しました、桜』
 ――――と。
 少女は行儀正しくスカートの裾を持ち上げて、とんでもなくこの場に不釣合いなお辞儀をした。
「初めまして、リン、そしてサクラ。わたしはイリヤ。
 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えば、分かるでしょ?」
「アインツベルン――――」
 当然知っていた遠坂は、驚いたのか体がかすかに揺れた。
 しかし、何気に俺の名前はスルーですか?
 いや、確かにマキリの当主は臓硯で、マキリの魔術師は桜だったのは事実だけど、今は俺と桜が間桐の魔術師なんだぞ!!
 と、心の中だけで叫んだ俺だった。
 いや、口に出すと色々と不幸になる気がしたんで。
 そんな遠坂の反応が気に入ったのか、イリヤは嬉しそうに笑みをこぼし、
「じゃあ、殺すね。やっちゃえ、バーサーカー」
 歌うように、背後の異形に命令した。

 巨体が跳ぶ。
 バーサーカーが、坂の上からここまで、一息で落下してくる――――
「――――シロウ、下がって……!」
 一瞬で鎧をまとい、セイバーが駆ける。
 バーサーカーの落下地点まで駆けるセイバーと、旋風を伴って落下してきたバーサーカーとは、全くの同時だった。

 バーサーカーの岩の斧剣を、セイバーはインビジブル・エアで完全に受け止めたが、その衝撃で空気が震えた。
「なっ……! あのバーサーカーと互角に戦ってるの!?」
 遠坂は予想外の光景に絶句しているが、驚くことではない。
 ラインが完全に繋がったセイバーと、狂化していないバーサーカーなら、パラメータ(筋力:A、耐久:B、敏捷:B)が全く同じ。
 魔力、幸運、宝具に至っては、セイバーが上回っている。
 残念ながらここは墓場ではないため、セイバーの小柄な体格を活かした戦いはできない。
 ゆえに、共に全力で武器のぶつけ合いとなり、たかが魔術師では近寄っただけで殺されることが確信できてしまう、おそるべき戦場が形成された。
 セイバーは正面からバーサーカーの斧剣を受け止めるだけでなく、すぐに斧剣を弾き飛ばし、逆に切りかかる。
 が、バーサーカーもすぐに切りかかり、二人の剣はお互いを弾き飛ばす。
 動く必要が無いのか、動くだけの隙がないのか、二人は延々とその場で剣戟を続ける。
 どうやら、俺の予想通り、セイバーはバーサーカーと互角に戦っているように見える。
 しかし、狂化されれば筋力、耐久、敏捷はバーサーカーが1ランク上回ってしまう。
 セイバーが互角に戦えるかどうかは、全てはイリヤの意志に掛かっている。
 いや、あのときのセイバーは、ゲイボルクによる胸の傷が完治していない状態だったから、それを考えれば狂化されても何とか戦えるかもしれないな。
 っと、そんなことを考えている間に、セイバーとバーサーカーの人知を超えた戦いが恐ろしいスピードで展開される。
 これではきりがない、いや魔力量の多いイリヤの方が有利だ。
 よって、俺はアイツの投入を決意した。
『メディア、ランサーを参戦させろ!』
『了解しました。……ランサー、許可します。好きに戦いなさい!』
 メディアがそう言った瞬間、青い閃光が視界を横切った。
「楽しそうな戦いをしてるじゃねぇか。俺も混ぜやがれ!!」
「なっ、ランサー!!」
 いち早くランサーの突入に気づいたセイバーは、一瞬でバーサーカーから距離を取る。
 すかさず追撃を掛けようとしたバーサーカーだが、横からランサーの攻撃を受け、斧剣で槍を弾き返した。
 ランサーのスピード、そしてすさまじい技量による攻撃は、バーサーカーを以ってしても、全て捌ききることはできない。
 ……だが、相手はバーサーカー、ヘラクレス。
 宝具も腕力もランクBであるランサーの攻撃は、たとえ皮膚に当たったとしてもダメージを与えることはできない。
 無論、その恐るべきスピードを活かし、バーサーカーの攻撃を完全にかわすことでランサーもまた無傷である。
 何度か攻撃を繰り返し、それでもノーダメージだと判断したランサーもまた、バーサーカーとの距離を取った。
「おい、俺の槍が全く刺さらないなんて、どんなトリックを使ってやがる?」
「あは、そんな槍が刺さるわけないじゃない。
 私のバーサーカーはね、ギリシャ最大の英雄なんだから」
 ランサーの疑問に対し、親切にもイリヤが答えた。
「……!? ギリシャ最大の英雄って、まさか――――」
「そうよ。そこにいるのはヘラクレスっていう魔物。
 貴方達程度が使役できる英雄とは違う、最凶の怪物なんだから」
 イリヤは、愉しげに瞳を細める。
 あれは、多分弱者をいたぶる愉悦の目だ。
「っち、そういうことかよ。セイバー、ここは一時休戦だ。
 オマエさんも、こいつに苦戦してただろう。
 ここは一つ手を組まないか?」
「何を愚かななことを言っている。何故私がお前と組まなければならない」
 セイバーは一言で切って捨てたが、イリヤの反応は違った。
「別にいいわよ。貴方達が何人手を組んだって、私のバーサーカーには傷一つ付けられないもの。
 好きにすればいいわ」
「ほれ、この小さい嬢ちゃんも言ってることだし、どうだ?
 何だったら、俺の真名に掛けて誓ってやっても良いぞ。
 もちろん、この戦いに限ってだけどな。……俺の真名は知っているんだろ?」
 無論、セイバーはランサーの真名がクーフーリンだと言うことを知っている。
「いいでしょう。この戦いに限り、共闘することを認めます。
 しかし、もしその誓いを破るようなことがあれば、私は決して貴方を許さない」
 セイバーはやっと了承したが、その言葉は横で聞いている俺ですら鳥肌が立つほど迫力に満ち満ちていた。
「しかし、貴方の槍が効かないことはすでに証明された。
 一体何をもって戦うというのですか?」
「それは見てのお楽しみだ。
 とりあえず、時間稼ぎを頼むぜ、セイバー!!」
 そう言って、ランサーはゲイボルクを構えた。
 槍の穂先は地上を穿つように下がり、ただ、ランサーの双眸だけがバーサーカーを貫いている。
 セイバーはとりあえずランサーの言葉を信じたのか、バーサーカーに対し攻撃を開始し、バーサーカーもまたそれを迎撃した。
 クッ、とランサーの体が沈む。
 同時に巻き起こる冷気。
 俺にも、ゲイボルクを中心に、魔力が渦となっているのがわかる。
 しかし、バーサーカーは気づかないのか、対処する余裕が無いのか、セイバーとの戦闘を継続している。
 セイバーも本気で攻撃しているようだが、まだバーサーカーに一撃を喰らわせることができていない。
 てっきり、カリバーンを使って戦うかと思ったのだが、なぜかインビジブル・エアで戦っていた。
 いや、元々エクスカリバーを使っていたのはあまりに有名なその剣から真名がばれることを恐れてだし、カリバーンもエクスカリバーに匹敵するほど有名だから仕方ないか。
 それに、インビジブル・エアはランクCだが、セイバーの筋力はランクAのため、セイバーの攻撃はバーサーカーに着実にダメージを与えている。
 いくらヘラクレスといえども、狂化もせず理性を奪われてしまっている今は、セイバーでも互角以上に戦えるのだろう。
「……じゃあな。その心臓、貰い受ける――――!」
 青い獣が地を蹴る。
 まるでコマ飛び、ランサーはそれこそ瞬間移動のようにバーサーカーの横に現れ、その槍を、バーサーカーの足元めがけて繰り出した。
 バーサーカーはそれを一顧だにせず、セイバーへの攻撃を続ける。
 セイバーも、ランサーの攻撃には気づいていたが、自分へ攻撃されていないことを判断し、バーサーカーへの攻撃を続けている。
 その、瞬間。
「――――ゲイボルク(刺し穿つ死棘の槍)――――!」
 下段に放たれた槍は、バーサーカーの心臓を目指して迸っていた。
「何だって!!」
 俺は驚きの余り、声を上げた。
 そう、ランサーのゲイボルクの真名解放でも、バーサーカーには傷一つ付かなかったのだ。
 いや、所詮ランクBであるから、そうなる可能性が高いことは知っていた。
 いたが、アレだけの魔力をもってしても、バーサーカーに全くダメージを与えられなかったことが俺には信じられなかった。
「信じられないわ。
 アレは間違いなくランクBの宝具による真名を解放した攻撃。
 それすらも無傷なんて、一体!?」
 隣の遠坂もショックを受けているようだ。
 そういえば、今回は魔術攻撃をしていなかったら、いきなりあんなものを見せられれば衝撃が大きいのも当然か。
 一方、一番衝撃が大きいはずのランサーは、笑みをこぼしていた。
「おもしれえ。
 まさかゲイボルクが全く効かなぇとはな。
 はっ、これだからこの世は愉しいよな」
「何よ、大口を叩いておいてそれだけ?
 クーフーリンの名が泣くわよ」
 ランサーの名前がわかったイリヤが罵倒するが、それをランサーは笑いとばした。
 俺は二人の会話を聞きながら、メディアにとあることを依頼し即座に了承を得た。
「期待はずれで悪かったな。
 だが、次こそは期待をはずさない自信があるぜ、小さいお嬢ちゃん。
 その目でじっくり見やがれ!!」
 大きく後退するランサー。
 槍を突き出す、どころの間合いではない。
 一瞬にして離された距離は百メートル以上。
 それだけの距離を跳び退き、そこで、獣のように大地に四肢をつく。
「――――俺の槍の能力は今見たな」
 地面に四肢をついたランサーの腰が上がる。
 その姿は、号砲を待つスプリンターのようだった。
「――――いくぞ。この一撃、俺の本気を受け取るがいい……!」
 青い豹が走る。
 残像さえ遥か、ランサーは突風となってバーサーカーへ疾駆する。
 青い姿が沈む。
 五十メートルもの距離を一息で走りぬけた槍兵は、あろうことか、そのまま大きく跳躍した。
 宙に舞い、大きく振りかぶる。
 ぎしり、と空間が軋みを上げる。

と、ランサーの行動と同時に隣から気合が篭った声が響き渡った。
「トレース・オン(投影開始)!」
 慌てて横を見ると、衛宮が弓とゲイボルクⅡを構えて
「ゲイボルク(突き穿つ死翔の槍)!!」
 今まさに放ったところだった。
 そして、本家本元も弓を引き絞るように状態を反らし
「――――ゲイボルク(突き穿つ死翔の槍)――――!!」
 裂ぱくの気迫が篭った声と共に、その一撃を叩きおろした――――

 衛宮が放った偽の魔弾と、ランサーが放った本物の魔弾がバーサーカーへ迫る。
 っと、いつのまにかセイバーが、バーサーカーから距離を取ろうと跳び退いている。
 どうやら、ランサーの攻撃をフォローするため、衛宮とセイバーの二人で相談していたらしい。
 さすがのセイバーも、次の攻撃に巻き込まれることの危険性を察知したのか!?
 バーサーカーはセイバーを追撃しようとしたが、
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
 その矢の脅威を悟ったのか、全力で迫り来る一つ目の矢を迎撃し、
 ――――瞬間。
 あらゆる音が、失われた。
 予想していた俺は桜と弓塚を、衛宮は遠坂を地面に組み伏せ、その衝撃に耐えた。
 次の瞬間、何か硬いものにモノがぶつかる凄まじい衝撃音が二つ続けて聞こえた。
 慌てて顔を上げると、炎上した道路の中、ゲイボルクが心臓に突き刺さり、セイバーのインビジブル・エアによって首を切り落とされたバーサーカーの姿があった。
 だが、
「――――うそ」
 衛宮に押し倒されたままの遠坂の声が聞こえた。
 遠坂は呆然と、バーサーカーを眺めている。
 そう、首を繰り落とされたバーサーカーの頭が、すでに再生を始めていたからだ。
「……ふふ。うふふ、あはははははははは!」
 笑い声が響く。
 道路の向こうからバーサーカーを操っていた、イリヤが笑っている。
「見直したわ、セイバー、そしてランサー。まさか三回だけでもバーサーカーを殺せるなんてね。
 でも残念でした~。バーサーカーはそれぐらいじゃ消えないんだ。
 だってね、ソイツは十二回殺されなくちゃ死ねない体なんだから」
「……十二回、殺される……?」
 さすがは遠坂、それだけでイリヤが何を言ったのか理解したらしい。
 しかし、令呪を使った甲斐があり、ゲイボルクの真名解放はかなり効果が合ったらしいな。
 そう、俺はメディアに頼み、ゲイボルク(突き穿つ死翔の槍)の真名解放による攻撃の際、令呪で『バーサーカーにダメージを与える攻撃をしろ』と命令させたのだ。
 ゲイボルク(突き穿つ死翔の槍)はランクB+、もしかしたらそのままでもバーサーカーにダメージを与えたかもしれないが、俺はその可能性は低いと考えていた。
 しかし、令呪はマスターとサーヴァントの魔力を合わせて可能なことならば、サーヴァントの限界さえを超えて実現させる。
 さらに、今のランサーのマスターは、サーヴァントであり最強の魔術師であるメディアなのだから、その令呪の効力は絶大だったらしい。
 元々ゲイボルク(突き穿つ死翔の槍)でダメージを与えられたのか、令呪の後押しでダメージを与えることができたのかは確認しようはないが、バーサーカーを1~2回殺せたのは間違いない。
 今はそれだけで満足するしかない。
 もっとも、そんな無茶をしたランサーは荒い息をして膝を突いており、魔力も体力も消耗しきっているように見える。
「……そう、か。
 ヘラクレスだって判った時点で、それに思い当たるべきだった。
 ヘラクレスっていったらヒドラの弓なのに、持っているのはただの岩だった。
 ……だから、コイツの宝具はモノじゃないんだ。
 英雄ヘラクレスのシンボルは、その――――」
「そう、肉体そのものがヘラクレスの宝具なのよ。
 あなたも知っているでしょう、ヘラクレスの十二の難行を。
 ギリシャの英雄ヘラクレスは、己が罪を償う為に十二もの冒険を乗り越え、その褒美として『不死』になった。
 この意味、あなたなら判るでしょう?」
「……命のストック……蘇生魔術の重ねがけ、ね」
「ええ。だからソイツは簡単には死ねないの。
 かつて自分が乗り越えた分の死は生き延びてしまう、神々にかけられた不死の呪い。
 それが私のバーサーカーの宝具、『ゴッドハンド(十二の試練)』なんだから」
「わかった?
 バーサーカーは今ので死んでしまったけど、あと九つの命があるの」
「ふん、たとえ十二の命があったって、十二回殺しちまえば同じだろうが」
 ランサーの冷静な反応に対し、イリヤの回答は無情だった。
「残念だけど、それは無理ね。
 バーサーカーは一度殺された攻撃は、次からは完全に無効化する。
 貴方が放った二回目の真名の解放がバーサーカーの命を奪ったのは確かよ。
 だけど、次からはバーサーカーには全く効かないわ。
 セイバーは腕力にものを言わせてバーサーカーを殺したみたいだけど、そんな無茶はいつまで続くかしら?」
 さすがはイリヤ、すでにセイバーの武器であるインビジブル・エアがランクCであることを見抜いていたらしい。
 しかし、イリヤの台詞からすると、筋力ランクAの奴がそれなりの強度を持つ武器で攻撃するなら、バーサーカーを何度か殺すことが可能みたいだな。
 もっとも、イリヤが言ったように、こちらは一度でも殺されれば終わりなのに、相手を腕力だけで12回殺さなければいけないというのは半端でなく不利である。
「何言っているのよ。だったら、マスターを狙えば良いだけじゃない。
 こっちはセイバーだけでもバーサーカーと互角に戦えるのよ。
 その隙にランサーがあんたを攻撃すれば、誰もあんたを守れないわ」
 遠坂の意見は正しい。正しいのだが……
「悪いな、嬢ちゃん。その方針に従うつもりはねえぜ」
「何でよ!!」
「何で、って言われてもなぁ。
 アーチャーのマスターである嬢ちゃんに従ういわれはないし、第一俺のマスターにそれは禁止されているんだぜ」
 そう言ってランサーは肩をすくめた。
「はっ? アンタのマスターが、敵のマスターを殺すのを禁止しているの?」
「ああ、そうだ。
 俺はここで攻撃を許可されているのはバーサーカーだけでな。
 まっ、その代わり自由に戦って良いと言われているし、英雄らしい戦いをしたい俺としては、願ったり叶ったりだけどな」
 そう言って苦笑したランサーに対し、遠坂はいきなり激昂していた。
「ちょっと待って!!
 一体、アンタのマスターは何を考えているのよ。
 聖杯戦争でマスターを狙わないなんて、絶対に正気じゃないわ」
 えらい言われようだな。まあ、我ながら酔狂だとは自覚しているが。
「おいおい、その条件がなければ、オマエさんだって俺のターゲットなんだぜ?
 まっ、坊主と違って歯ごたえのなさそうな、しかも良い女になる素質がある嬢ちゃんを殺したいとは思わないけどな」
「な、何を言ってるのよ。
 第一アンタ、魔力が尽き掛けているじゃない。
 そんな状態でよく大口が叩けるわね。
 通常のコンディションならともかく、今の貴方なら私でも倒すすべはあるわ」
 遠坂はそう断言したが、残念ながらそれは大間違いである。
「はっ、それはこれを見ても言えるのか?」
 ランサーがそう言った瞬間、誰が見ても魔力が尽きかけといった状態のランサーが、一瞬で凄まじい魔力を取り戻した。
 どうやらメディアがランサーの魔力を補充したらしい。
「なっ?」
 その事実に遠坂は絶句して声が出なかった。
「ご覧のとおりだ。俺のマスターは、俺の魔力を一瞬で回復させることが可能なんだぜ」
「そんなの不可能よ。
 あんたが回復した魔力は、魔術師何十人分にも値するわ。
 それを一気に回復できるなんて、一体どんな奴よ!!」
「いや、そういう意味じゃ、本当にいいマスターに巡り合えたもんだぜ。
 魔力の心配はないし、強敵と全力で戦わせてくれる。
 俺にとって、これ以上のマスターは存在しないな」
 メディアから、ランサーの言葉に苦笑しているイメージが伝わってくる。
 確かに、戦闘相手に多少制限を掛ける以外は、どう戦うのかは自由に任せているし、魔力の補給は一切心配いらない。
 そういう意味では、戦闘だけを求めるランサーにとって、メディアは最高のマスターと言えるだろう。
 それはそうと、戦場でそんな暢気なことを話していて良いのか?
「ちょっと、何時までじゃれあってるのよ。
 ……まあ、ランサーの攻撃が効かなくなったとはいえ、確かにセイバーはバーサーカーと互角に戦えるみたいね。
 まっ、いいわ。それなら、本気で殺してあげる」
 その言葉と同時に、イリヤの体中に令呪が浮かぶ。
「――――遊びは終わりよ。狂いなさい、ヘラクレス」
 暗い声。
 それに呼応するように、巨人が吠えた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
 地を揺るがす絶叫。
 巨人は正気を失ったように叫び悶え――――そのありとあらゆる能力が、奇形の瘤となって増大していく。
「――――そんな。今までは理性を奪っていただけで、狂化させていなかったいうのか……!?」
 セイバーの声に恐れが混じる。
「行け……! ここにいるサーヴァントをみんな殺しちゃえ、バーサーカー……!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
 それは爆音だった。
 もはや啼き声ですらない咆哮をあげ、黒い巨人が突進する。
「っ、――――、セイバー……!」
 応じて駆け抜ける、銀の光。

 ――――それは、神話の再現だった。
 闇の中、二つの影は絶え間なく交差する。
 バーサーカーはただ圧倒的だった。
 薙ぎ払う一撃が旋風なら、振り下ろす一撃は瀑布のそれだ。
 まともに受ければ今のセイバーとて致命傷に成り得るだろう。
 それを正面から、怯む事なく最大の力で弾き返すセイバー。
 セイバーに許されるのは、避けきれない剣風に剣をうち立て、威力を相殺する事で、鎧ごと両断されないようにするだけだった。
「――――ゲイボルク(突き穿つ死翔の槍)――――!!」
 ランサーが再び放ったゲイボルクの真名解放も、イリヤの言葉どおりバーサーカーに対して全く意味がなく、むなしく弾かれただけだった。
 まあ、今度は令呪も使っていなかったし、予想通りといえば予想通りか。
「畜生、本当にこれが効かないだと!
 いい加減にしやがれ!!」
 しかし、当然ながらバーサーカーはランサーを無視して、セイバーに攻撃を続ける。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
 雄叫びが大地を揺らす。
 バーサーカーの旋風は道路を切り裂き、受け流すセイバーを弾き飛ばす。
 捌ききれず後退したセイバーに、今度こそ防ぎきれぬ一撃が繰り出された。
 セイバーの体が浮く。
 バーサーカーの斧剣を、無理な体勢ながらもセイバーは防ぎきる。
 ――――大きく弧を描いて落ちていく。
 背中から地面に叩きつけられる前に、セイバーは身を翻して着地する。
「……ぅ、っ……!」
 なんとか持ち直すセイバー。
 しかし、浅いとはいえ、セイバーは体の数ヶ所から出血をしている。
「――――Vier Stil ErschieBung……!」
 遠坂の呪文と共にバーサーカーの体が弾ける。
 同時に、ランサーも魔術で攻撃を開始した。
 そう、ランサーもまた、俺には全く理解できない様々なルーン魔術を発動してバーサーカーへの攻撃を開始したのだ。
 唯一俺に分かったのは、攻撃の一つとして凄まじいガンド撃ちをランサーがしたことぐらいだ。
 だがそれも無意味。
 バーサーカーの体には傷一つ付かない。
 残念ながら、ランサーの魔力はランクC、そしてルーン魔術はランクB。
 これでは、バーサーカーに効くわけがない。
 ちらっと横を見ると、桜と弓塚はただ初めて見るサーヴァント同士の殺し合いを呆然と見つめるだけで、援護するなどということはできそうもない。
 これは、メディアとメデューサにも参戦してもらわないとやばいか?
 当然、俺が参戦するなどという意見は即却下である。
 一瞬で殺されるのはご免だし、まかり間違って俺がもらった短剣タイプの投影カリバーンの耐性をバーサーカーが持ってしまえば、逆効果だ。
「っ……!? くっ、なんてデタラメな体してんのよ、こいつ……!」
 それでも遠坂もランサーも手を緩めず、バーサーカーも二人の魔術を意に介さずセイバーへ突進する。
「こ――――のぉlll…………!!」
 いきなり、衛宮が全力で駆け出していた。
 手にしているのは、カラドボルグ。
 って、いつのまに投影しやがった!
 俺のアドバイスを聞き、カリバーンを使うのをやめたんだろうが、なぜそれを使う!!
 牽制するなら、ゲイボルクでも投げればいいだろうが。
 いや、もしかすると相性がいいカラドボルグを無意識に選んでしまったのだろうか?
 そんなことを考えているうちに、衛宮はバーサーカーに切りかかろうとして、……一撃でカラドボルグを弾き飛ばされ、そのままの勢いでバーサーカーに胴を切り裂かれ、どたん、と倒れた。
「――――え?」
 衛宮自身も自分の身に何が起きたのか理解していないようだ。
「が――――は」
「!?」
 その光景に、桜、セイバー、弓塚、遠坂、そしてイリヤが驚きの声を上げた。
「……あ、れ」
 衛宮は見事に腹を吹き飛ばされていた。
 アスファルトに、血液とか柔らかそうな臓物とか焚き木のように折れた無数の骨とかそういったものがこぼれている。
 残念ながら、強化した服も、強化した体もバーサーカーの前には全く意味がなかったらしい。
 いや、胴体がかろうじてつながっているだけでも、意味はあったか?
「……そうか。なんて、間抜け」
 衛宮はそう呟くと
「――――こふっ」
 大量の血を吐いた。
「――――なんで?」
 ぼんやりと、イリヤが呟く。
 イリヤはしばらく呆然とした後、
「……もういい。こんなの、つまんない」
 そのまま、バーサーカーを呼び戻した。
 って、おい。狂化したバーサーカーすら簡単に呼び戻せるのか?
 俺はそんな荒業をいとも容易く行ったイリヤの底知れない魔力に恐怖した。
「――――リン、サクラ。次に会ったら殺すから」
 そう言って、立ち去っていくイリヤ。
 おいおい、その言葉を聞いたらいくら遠坂でも、桜がマスターだと気づいてしまうじゃないか!!
「……あ、あんた何考えてるのよ!」
 遠坂は衛宮に対して本気で怒ったが、衛宮はそこでついに意識を失った。
 どうやら、遠坂は衛宮のことで頭がいっぱいで、イリヤの台詞は気に止めていないようだ。
 ふう、……助かったぁ。いや、今はそれどころではない。
「先輩、先輩!!」
 桜は泣きながら衛宮にすがりついた。
「安心しな、お嬢ちゃん。
 良く見てみろよ、そいつ、自力で再生しているぜ。
 この分なら、すぐに全快するんじゃねえか?」
 ランサーの言うとおり、衛宮の傷は目に見える速さで再生していた。
 はっきり言って気持ち悪いぐらいの再生速度である。
 藤井八雲並みといえばその凄さが分かるだろうか?
「生きてるなら魔術で治療してやろうかとも思ったがな、これならその必要もなさそうだ」
 ランサーはそう言って、しげしげと衛宮の再生シーンを見つめた。
「いや、大した回復力だな。
 さすが、手加減したとはいえ俺と渡り合っただけのことはある」
「何余裕かましてんのよ。
 あんたの真名は、クーフーリンだって分かったし、おまけに全力で宝具を使った後だから、ろくに魔力も残ってないじゃない。
 いえ、あなたはどうやってかは知らないけど、さっきはその状態から魔力を全回復したわ。
 だけど、さすがに連続では無理なはず。そんな状態で私たちから逃げれると思っているかしら?
「ああ、嬢ちゃんの言う通りだ。
 確かに普通ならそうなんだろうな。
 だが、これを見てもそう言えるかな?」
 次の瞬間、俺でもはっきりわかるほど弱っていたランサーの魔力が、再び回復した。
 当然、メディアが再び魔力を回復させたらしい。
 さすがはメディア。莫大な魔力容量のなせる業だな。
 人間ではシエルぐらいでないと不可能だろうなぁ。
「な、何よそれ。ついさっきまで、あんた、間違いなく魔力は空っぽだったのに。
 それなのに、なんですぐに回復してるのよ」
「それは内緒だ。
 俺のマスターはかなり融通が利くが、秘密をばらすのを許可するほどじゃないぜ。
 そういうわけで、嬢ちゃん。
 今日のところはこれで退かせてもらうが、アーチャーが回復したらぜひ俺と戦わせてくれ」
「はあっ?」
「おいおい、さっきも言ったろ?
 俺の望みは聖杯じゃなくて、強敵と戦って英雄らしい戦いをすることでな、マスターもそれを認めてくれてるんだな、これが。
 だから、アーチャーを連れていないあんたにも、マスターが瀕死のセイバーにも興味はない。
 お互い本気が出せる状況で戦いを挑ませてもらう。
 それじゃ、俺と戦う前に勝手に死ぬんじゃねえぞ」
 そう言って、ランサーはあっという間に姿を消した。
 もちろん、遠坂の視界範囲外に出た後霊体化し、サーヴァントの気配と魔力を消して俺たちの側まで戻ってきている。

 遠坂は、勝手なことを言ってさっさと逃げてしまったランサーに対する怒りが納まらない様子だったが、すぐに衛宮の容態の確認に取り掛かった。
 もっとも、衛宮の傷はものすごいスピードで再生しており、5分足らずで完全に傷跡は消滅してしまい、これには遠坂も驚きを隠せなかった。
 セイバーと完全にラインが繋がっていることもあり、アヴァロンはこれ以上ないぐらい活性化しているようだな。
 なお、セイバーの傷もすぐに完治していた。
 セイバーは、たしか蘇生魔術が掛かっていたんだよな。
 だから、ゲイ・ボルクみたいな呪いが掛かっていない限り、魔力さえあればすぐに完治する。
 かなり動揺していた桜も、衛宮の傷が完治したので何とか落ち着いたが、衛宮は意識を取り戻さなかった。
 そこで俺は衛宮邸に移動することを提案し、全員に了承された。
 一応、「俺が衛宮を運ぼうか」と言ったのだが、「マスターであるシロウは私が運びます」の一言で、セイバーが衛宮を背負い、全員で衛宮邸へ移動した。

 家に辿り着くと、桜とセイバーはすぐに衛宮を布団に寝かせた。
 遠坂が診察して「特に異常はない」という結果が出たことで、やっと桜達もほっとしたようだった。
 桜が用意した夕食を残りのみんなで食べた後、こればかりは断固として譲らず桜とセイバーは衛宮の横でずっと見守り、遠坂と弓塚は適当な部屋で寝ることになり、残った俺は離れに移動した。

 当然、これからメディアたちと今後の予定を話そうと思っていた。
 ……いたのだが、部屋に入ったとたん俺はへたり込んでしまい、動ける体力、気力が全くなかった。
 どうやら、セイバーとバーサーカーの戦いの迫力により、予想以上に精神的に疲労していたらしい。
 そのまま意識を失いそうになるのを必死でこらえ、俺は呼びかけた。
「みんな、姿を現してくれ。
 ああ、言うまでもないとは思うが、魔力やサーヴァントの気配は隠したままな」
 次の瞬間、俺の前にメディアとランサーが現れた。
「あれ、ライダーはどうした?」
「ライダーは、桜の護衛をしています。
 私の結界から出るためサーヴァントの気配は隠せませんが、セイバーには隠す必要もありませんし、アーチャーも今は遠坂邸ですから問題はありません。
 無論、アーチャーが衛宮邸に近づき次第、ライダーには私の結界内に入るように指示をします」
 さすがはメディアだ。抜かりはない。
「なら、いい。
 ランサーも俺たちの陣営に加わってくれたことだし、色々と自己紹介や状況説明をしようと思ったんだけどな。
 悪いけど、俺はもう限界だ。
 詳しいことは、明日、は、な、す……」
 そのまま俺は、夢も見ないほど深い眠りへ突入した。

 1月24日(木)  終


設定

投影カラドボルグ ランクA+ 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人 
 クーフーリンの記憶を元に衛宮が投影した剣。
 衛宮が投影して作り出したもの。衛宮との相性がいいので、本物と同じランク。
 Fateにおいて、アーチャーはカラドボルグを改造したカラドボルグⅡ(偽・螺旋剣)でバーサーカーを攻撃した。
 バーサーカーに迎撃されて剣は折れたものの、墓場を一瞬で炎上させた。
 なお、セイバーはこのカラドボルグⅡをランクAだと判断した。


後書き
 どうも、おひさしぶりです。
 2月後半より、鬼のように仕事が忙しくなり更新が遅れました。

 さて、とある場所では、性行為で大量の魔力が回復することに非難されることが多いんですけど、客観的に考えるとこれぐらい回復すると思いますし、お互い同意があれば、簡単かつ強力な回復手段だから使わない手はないと思うんですけどねぇ。
 性行為による魔力回復の計算、どっか間違ってますかね?
 まあ、性行為による魔力回復を理由として、慎二がメディアたちとの性行為を正当化している、ということは事実ですけどね。
 こいつもオリジナル慎二と近しい魂を持っていたがために、慎二に憑依したことをお忘れなく。

 あと、ヌード写真撮影。皆さんから非難轟々ですね。
 ですが、慎二に似たタイプのヤツで、この状況でちょっとばかり状況判断が甘いと言うか、自分に都合よく考えてしまうやつならば、こういう行動に出てもおかしくないのでは?
 当然、後で何らかのトラブルが起きるのは決定済みです。
 さてさて、慎二にきちんと対処できるでしょうか?
 ……どう考えても無理そうだなぁ。


追記(05/05/29)
 イリヤスフィールがアインツベルン城から冬木市に移動した手段は、不明(メディアの予想では擬似的な瞬間移動)ということに変更しました。
 これは、メディアが言っているようにFateのセイバールートにおいて、イリヤは一人で商店街に現れ、「バーサーカーが起きたから帰る」と言って帰ったことについて、『バーサーカーに運んでもらう』という方法では説明がつかなかったためです。
 まさか、『バーサーカーに運んでもらった後、冬木市近辺でバーサーカーに寝てもらっていた』ということはなさそうですし、そうなると『バーサーカーはアインツベルン城で寝てて置き去りにされていた』となると考えまして。
 さらに言えば、イリヤスフィールが一人で冬木市にいることから、セラやリズに車で送ってもらったということも可能性は低いと判断しました。

追記2(06/01/21)
 イリヤスフィールがアインツベルン城から冬木市に移動した手段は、メルセデスに変更しました。
 まさか、イリヤが一人でメルセデスをかっ飛ばして冬木市に来ていたとは……。
 外見はロリでも、実年齢は衛宮より上なんだから、そういうことも考えておくべきでした。


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