朝の弓道場――いくらか私語があるとはいえ、朝練でにぎわいつつもどこか静謐な雰囲気を保つ、弓の聖地。
そこで弓を射るのは、弓道着に胸当ての桜。
腕前はそこそこで、まだまだ精進が必要といったところか。
そんな妹の姿を見て密かに胸の内で応援する少年に、声をかける部外者が一人。
「よう、間桐ワカメ。今日も朝っぱらから元気に弓道少年してるな!」
「だ・か・ら、僕をワカメと呼ぶなっ!」
高校生にもなって未だ悪ガキの雰囲気を纏う士郎に、その呼ばれる名の通り、ワカメのような髪型をした少年――間桐慎二が叫ぶ。
「だから何度も言ってるだろ? お前が俺に勝てたら名前で呼んでやるって」
「第一、なんで僕がワカメなんだ! もっとこう、エレガンティック慎二様とか、あるだろう? なぁ?」
「スタイリッシュワカメ」
ぬぉぉぉぉ! と己の頭蓋を左右の掌で挟み潰しながらうなり声を上げるワカメ――否、慎二。
「むしろお前の名前が慎二であることのほうがおかしいと思わないか?」
「なんでだよ!?」
そんな慎二に追い討ちをかけることを欠片もためらう気がない士郎。
もっとも、養父の死に目を笑うような人物であるこの男にとって見れば、これくらいは常識である。
「桜とお前って、兄妹だろ? 桜は木の名、花の名だ。それに比べてお前は何だ。慎二ってなんだシンジって。碇か? だったらお前、ワカメにしたほうが兄妹のバランスがとれていいだろうが!」
「どんな理論だそれはこんのダンボール狂! それにそれなら、僕は海産物になるから結局桜とは合わないだろ!? ……ついでに言うと、桜は養子だから、僕と名前の繋がりはなくて当然なんだよ」
慎二は怒号に紛れてポロリと、寂しそうに一言本音のようなものを漏らした。が、
「なん…だと……? それは初耳だぞ。かれこれ数年ほど家族のように暮らしているというのに、知らなかった……」
この男そんな弱音など気にしない。ただ自分が知らなかったことに愕然としているだけだ。
「ふんっ! その程度も知らなかったのか、クソ衛宮ぁ? やっぱりお前なんかに桜は任せておけない、お前みたいなダンボール教崇拝者にウチのあらゆる意味で自慢の桜をやるなんて、認められるわけがない!」
「何を言うかクソワカメ、ぬるぬるぬるぬる貼り付いてんじゃねーよ! 桜は既に俺の子分だ、弟子だ、将来の幹部の一号だ! 手前みたいなワカメヘアーの粘着ワカメに定められる筋合いなんざねーんだよ!」
「うるさいっ! 兄が自分の妹を、駄目野郎の魔の手から守って何が悪い!」
「クッハッハッハ! 守ってみろよ、守れるもんならなぁ! 力づくで、この悪の手から救い出して見せろ! そしたら名前で呼んでやってもいいぞ、クソワカメ!」
「上ぉ等だぁぁぁ! 表へ出ろクソ衛宮ぁ! 今日こそ吠え面かかせてやるわあぁ!」
慎二が肩を怒らせ士郎の襟首を捕まえようとして、士郎がその手首を捕る。
そのままギリギリと締め上げ、だんだんと周りの空気すらギシギシと軋みを上げ始め………。
―――ひゅごっ!
二人の顔と顔の隙間を風切り音を上げながら矢が駆け抜けた。
さっきとは別の部位からギシギシと軋みを上げながら――主に二名の首あたりから――ゆっくりと、矢の射線から想定した主へ振り向くと、そこには花のような笑顔があった。
「先輩、兄さん、喧嘩はやめてくださいね?」
「「はい」」
花は花でも、そのすぐ下には地獄の針山が待ち受けている悪魔の赤薔薇のような笑みだが。
「ああ、ああいうところだけどんどん姉に似てきてしまって……、兄は悲しいぞ、桜よ」
桜に見えない角度でほろりと涙を流す慎二。
「ん? お前、姉がいたのか? 全く知らないぞ」
「いやな、あいつの旧姓、遠坂なんだよ。遠坂桜……」
それは嫌なことを聞いたとばかりに顔をしかめる悪ガキ士郎は、確実に『猫の皮』を見破っていた。
「うへぇ、あの優等生という名のあくまが姉か……。ああは育って欲しくないな、今のまま、少なくとも俺には素直でいて欲しい」
うむうむ、と一人頷く士郎に、慎二は訝しげな顔をした。
「……お前には素直なのか? 少なくとも僕には、なんか笑顔でナチュラルに嫌味発言してくるんだが」
「ああ、素直だぞ? 今朝方もフォートレス衛宮邸の堅牢さを誇ったら、素直に褒めていた」
「……前々からシアワセなやつだと思っていたが、ホント、お前って幸せなやつだよなぁ、衛宮」
「あの、兄さん、先輩、もう朝練終わってますし、掃除をする一年生組の邪魔なので、とりあえず出て行ってくれません? あと、全部聞こえてるんですけど……」
このような会話を桜の目の前で本人を無視して二人で行うあたり、けっこう仲はいいのかもしれない。
あとがき
ワカメって、素直に自分を誇る存在とだと、変に謙虚なより嫉妬に歪まずに喧嘩友達できそうな気がするんですよね。
微妙に気になった部分のコメントを返してみます。
>桜もなんかいい感じに(微妙に)病んでるなぁ…
…こんなつもりじゃなかったんですが、あっれー?
>士郎と桜の会話がそれ散るの小町との会話に見えて仕方が無いw
それ散る、とやらはわからないのですが、馬鹿と皮肉さんの会話ではよくあることです。
>土蔵撤去は別にどうでもいいかも知れん。そもそもあの魔方陣、召喚用じゃないし。
初耳なんですが。めがっさ初耳なんですが。つまり、まだまだ召喚は可能である、と。良かったね士郎くん、サーヴァントなしで突撃とかにならなくて済みそうだよ?
>しかし、ダンボールっていうと自分の中ではネウロの本城二三男が思い浮かんでしまいます。
これも知らないのですよねぇ。とりあえずダンボールガンダムにはなるのではないかと。
>久しぶりの更新で驚きました。
とらハ板の方に気をとられていました。あとセイバー+エクスカリバー(ソウルイーターのウザ剣)とか書いていたらこうなりました。しかもウザ剣は父に消されたりしました。
ちょっぴり修正しました