―――夢を見ていた。
―――正義の味方なんて馬鹿なものを目指した、あの爺さん。
―――その最期は、いろんな意味で幸せなものだった。
―――約束は破りたくない
―――それに、あの爺さんに借りっぱなしってぇのもシャクだ。
―――――だから俺は……っ!
******* 悪役エミヤ 第1話 我を知りえぬ
古風な日本建築のその家の中に、その家はあった。
家の中に家がある――こう表現すれば誤解を招くのも仕方あるまいが、正確に言うところでは、家の敷地内に家がある。
「先輩、起きて下さい。朝ですよ、ご飯の用意ができてますよ」
その家の中に、赤毛の少年はいた。
寝顔は実に穏やかで、知り合いの人間から見れば、まるでそいつでないかのようにすら見える。
だが、それを名残惜しそうな表情で揺り動かす少女、間桐桜にとっては見慣れたものだった。
「む……むぅ……」
赤銅色にくすんだ頭をぼりばりと掻き毟りながら、彼――悪役を自認する男、衛宮士郎は、今日も今日とて絶好調で動き出す。
「ふははははは………、よくぞここまで辿り着いたな間桐桜よ! …おはよう、ふぁ~ぁ……」
目覚めて一言目が高笑い、突っ込みどころしかない男である。
「おはようございます、先輩。今日は笑い声のトーンが若干高いですね、何かいい夢でも見られましたか?」
が、桜にとっては、これは毎日の朝の日課だ。
あまりに日常的過ぎて、今日の機嫌をこの笑い声だけで察せられるほどになっている。
「ん? ああ。久々に頭ワンダフル親父の夢を見てな。……あいつも、随分と愉快な最期だった」
薄笑いを浮かべながら、何かを思い出すように軽く温かみのある薄茶色をした天井を見上げる。
――愛媛みかん
その文字が気に入らなかったのか、目線をそらす。
――ポカリスエット
だが、それも気に食わないのか、さらに情報へと視線を移した。
――冬木給食センター
うむ、これだ、とばかりに軽く頷くと、軽く身体についた土ぼこりをはたいて立ち上がった。
「昨日も遅くまで作業をなさっていたようですが、何をしていたんですか?」
桜の問いに、士郎はニカリと笑った。
「喜べ桜! もうすぐダークグレートジャイアントアルティメットブラック衛宮城 ver1.847の地下室が完成する!」
「わぁ、それは素敵な竪穴式住居ですね!」
「ああ、今度のダークグレートジャイアントアルティメットブラック衛宮城 ver1.847は建材のダンボールに鉄板やカーボンタイルを混ぜて仕込んでいる。理論上、現在のままでもトラックの正面衝突に耐えるぞ」
「まあここって衛宮邸の敷地の中ですし、塀があるのでトラックなんて侵入しませんけどね」
「はっはっは、そうだろうそうだろう! このフォートレス衛宮邸の堅牢さはジェリコ並だ!」
「ええ。先輩が補強と称して塀という塀にダンボールを貼り付けたおかげで、あんまりの外観のみすぼらしさにご近所さんみんな退いて、人っ子一人近づかない脅威のブロック力を誇りますもんね。素晴らしいです」
「うん、流石は我が一番弟子桜だ。よくわかってるな」
「うふふ、弟子だなんて……、別に料理しか習っていませんし、そんな風に呼ばないでくださいよ……」
「フフフ…、そう謙遜するな。桜は紛れもなく、俺のかわいい一番弟子だ」
「わぁい、あんまり嬉しくない称号をありがとうございます」
噛み合っているようで噛み合っていない会話をしながら、その家を出る。
―――ダンボールハウス。
そう、この純日本家屋――フォートレス衛宮邸の敷地内には、ダンボールハウスがみっつほど建っているのだ。
純和風の建築物の脇に、いっそ荘厳にそびえるダンボールハウス。
だからといって別に、この家にホームレスが住み着いているわけではない。
これは、厳然なる家主の趣味だ。
悪役を自認し目指す士郎は、幼少時の体験からかダンボールをやたらと好む傾向にあった。
そういうテキトーな理由でダンボールハウスを建造し、もはやバージョンアップできないと判断したら別のダンボールハウスを建てる。
それによって、どこの狂った芸術家のオブジェかと見紛うほどの巨大な紙の塊が三つほど建つに至る。
なお、この建造スペースを確保するためだけにわざわざ業者を呼び、もともとあった土蔵を潰した。
その際、中にあった親父の遺品は完全焼却と相成ったが、そんなことはこの男、爪の先ほども気に留めていない。
昨夜地下室を作らんと穴を掘っていたために泥だらけになった身体(どこかぶつけたのか、手の甲にあざが出来ていた)にシャワーを浴び、居間へと入るとすでに桜は食事の準備を完了させていた。
「和洋折衷というが、やっぱり朝は米に限ることを考えるとこれがベストだよな」
「私は洋食の方が得意ですし、これが一番作りやすくておいしく出来ます」
桜は、最近成長著しいその胸を張る。
士郎、一瞬凝視、即脳内永久複写、通常状態へ帰還。
完全に凝視するあたりオープンなのか、一瞬で完全に記憶してそっけない態度に戻るあたりムッツリなのか、イマイチよくわからない。
「あとは、大河姐を待つだけか」
「うーん、いいにおいも、わざと換気扇を強くして外に出してますし、そろそろ来るんじゃないでしょうか」
藤村大河、士郎にとっては高校の担任でもある英語教師であり、自らの慕う存在、藤村雷牙の孫娘でもある。
そのため、敬意を込めてこう呼ぶのだ。――大河姐さん、と。
そして同時に、野生動物じみた、一種の第六感を持っている人物でもあると、士郎と桜の二人には認識されていた。
そして、それは事実でもあった。
どたどたどたどた
「おはよーっ! 士郎、桜ちゃん!」
「おはようございます、藤村先生」
「うっす、おはようございやす、大河の姐さん!」
けたたましい足音に続き、ばんっと爆音を立てながら現れるテンションのやたら高い女性に、二人は……その内一人はやたらかしこまって挨拶する。
「もう、士郎ったらぁ、毎朝のことだけどそんなにかしこまらなくってもいいって言ってるのに……」
「いや、別に大河姐自体に敬意を払ってるわけじゃないんだけどな。あくまで雷牙さんへの敬意だ。それに、こうやって挨拶するのは朝の一回だけだろう? 気にするなよ、大河姐」
「なんか、こう、どーもお姉ちゃん納得できないんだけどなぁ…?」
微妙に思案げに首をかしげた大河だったが、
「……うん、まあ、いっか! それよりごはんごはん! あ、洋風ってことは、今日は桜ちゃんの番だったの?」
「ええ、先輩はお疲れだったようですので、起こすのも忍びないかと思いまして」
「別に起こしてくれてもかまわなかったんだがな。なにせここは俺の城だ、食事くらいは俺が自分で……」
「いいんですよ、好きでやってるんですから。「ねえねえ、早く食べようよぉ! お姉ちゃんもうお腹ペコペコ~」……じゃあ、いただきますしましょうか」
待ちきれなくなってきたのか貧乏ゆすりすら始めた大河に、桜は苦笑しながら促した。
「そうだな。冷めるとまずいとは言わないが、味が落ちることには変わりないんだ。もったいない。 じゃあ、せーので」
と、三人が三人とも両手を合わせて、今日も(主に一名の声が特に)高らかに声が鳴り響く。
『いただきます』
今日も今日とて、平和な朝が始まった。
あとがき
なにか書いてるうちにいろんな設定が生えてきました。
いつの間にか藤村組の構成員になってたり、土蔵壊して召喚フラグ叩き折ってたり、桜と仲が良好なのか何なのかよくわからなくなっていたり……。
これ、本当にこのまま進めて何とかなるのでしょうか?
誤字、修正しました