「僕はね、士郎…」
まさに三日月、という風な夜の中、その静けさに溶け込むように、やつれた、まるで死病にかかった大樹のような雰囲気を持った男が、ぽつりと呟いた。
「僕は、正義の味方になりたかったんだ……」
「おい、爺さん。あんた、馬鹿だろう?」
何の遠慮も容赦もなくばっさりと、保護者がかつて持っていた夢をにべもなく斬り捨てたのは、日本に珍しい赤毛の少年。
目つきは悪く、その粗野を通り越して凶暴な雰囲気は、悪ガキというよりもクソガキといった風情だ。
「はは……、手厳しいね、士郎」
だよね…、と言わんばかりに枯れた苦笑を漏らした男―――衛宮切嗣は、番茶を口に含みながらも、欠けた月に自嘲気味に微笑んだ。
「その通り、馬鹿な話だったんだ。正義の味方なんてものは、子供の頃限定で見られる夢さ……」
「…じゃあ爺さん、その夢は、子供の頃だったら見れるのかよ」
凶暴なクソガキも、今夜ばかりは暴れる気もないらしい。
決して静かに言葉を聴いているようなタマではない―――現に、今もそれなりに茶々を入れている。 ――ないが、少なくとも、横暴を通り越して凶暴にも、相手の話の腰を蹴り折ろうとするいつもの臨戦体勢は見られない。
「ああ。子供の頃なら、ただ善悪の区別がつかなくて、悪いことをしているヤツを倒せば、それでいいんだ。そのあとみんなで仲直りして、笑い合って……正義の味方になれるんだ。だけど――」
はぁとひとつ、まるで木枯しのように乾いた溜め息を吐いて、切嗣は続けた。
「大人になってからじゃ、そうはいかない。悪いことは悪いって、わかってる。わかっていながら、それが楽しいからってやったり、何か譲れないもののためにやったり、守るべきもののために仕方なくやったり……」
そこまで吐き出して、切嗣はぼふっと後ろに倒れた。
「そもそも、悪というのがあるのかも疑わしい。そんな中で正義の味方の志望者にできることは、10の中から切り捨てるべき1を見つけて、それがどんなに大切であろうと私情も挟まず、ただ、天秤の目を読むかのように最小を切り捨てることだけなんだ………」
大の字になって縁側から足を投げ出しながら、切嗣は薄目で月を見る。
細い、満月の面積を10として比べたら、ちょうど1になろうかという程度の大きさの月……。
それを見つめ、ふくろうの鳴く声を聞きながら、ただただ、黙る。
「そういやよぉ、爺さん……」
沈黙に溶け込むようで、抗う響きを持ったのは、音ではなく、少年の声。
「俺、お前に、借りがあんだよなぁ……」
ぽそり。
「士郎を僕が引き取るとき、恩を恩とは思わないって言ったはずだけど?」
ふふっ、と笑う切嗣の目には、自嘲の色はない。ただ、ヘンで、面白くて出たと言わんばかりな笑みだ。
「はっ! ありゃあ、テメエが俺を養うことについてだ。馬鹿姉やら、魔術やら、スキルやらをくれたこと……、そっち側への『借り』は、別バラなんだよ。」
「魔術に関しては魔術回路の生成しか教えてないんだけどね…、これじゃ、教えたとも言えないよ」
ふん、とそっぽを向く衛宮士郎は、このときばかりはただのワルガキに見えた。
「だからよ、テメェにはひとつ、恩返しをしてやる」
にやり、と口端を釣り上げる士郎の瞳には………
「俺が、爺さんの夢をカタチにしてやるよ」
彼が言った内容とは裏腹に、悪意と悪戯、それと反逆の炎が宿っていた。
「士郎が正義の味方…? すごく…、似合わないね」
「誰が正義の味方になるって言った?」
ぷっっと思わず噴出した切嗣に、士郎の悪戯の炎は止まらない。
「テメェが9を助けて1を切り捨てる『正義の味方』になるんだったら、俺は、9を切り捨て1を守り通す『悪役』になってやる」
「は………?」
思わず切嗣は、呆気にとられて口をぽかんと開いた。
「正義が9を助ける、悪が1を助ける。協力すれば、みんな助かる。『悪役』が居れば、正義の味方は存在できる。どうだ? 悪い話じゃないだろう?」
静寂。
ふくろうが、今宵もただただ鳴きつづける……
「ふふふ……、あーっはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっ!」
切嗣はついに、決壊したかのように笑い出した。
「あっはっは、士郎! それは面白い話だ! けど、それだったら、正義の味方がその1を殺そうとしたら、どうするんだい?
「そりゃ、『悪役』らしくぶっ飛ばすに決まってんだろ」
「それじゃあ、正義の味方が負けてしまったらどうするんだい?」
「悪に負けるようなやつぁ、正義の味方なんかじゃねえ。そんときゃぁ、そいつが役者不足だったってことだ」
その後も狂ったように、衛宮切嗣は笑い続けた。
………そして、どれだけ笑ったのかもわからなくなったころに切嗣は、ぜんまいが切れたかのようにぷつりと、笑いを止めた。
「任せとけよ、爺さん。あんたの夢は、俺が形にしてやるからよォ………」
士郎は黙って、縁側を後にした。
そして切嗣は、二度と動き出すことは無かった………。
衛宮切嗣はこうして、世にも珍しい『死因:笑死』を冠する男となったのであった。
★あとがき?
今回やりたかったのは悪役エミヤの誕生だったはずなのに、いつの間にか最後のオチを目指していました。
笑死って、幸せに人生を終えられそうでいいですよね。
僕は死ぬときは、大量の火薬で一瞬で、苦しみも感じる間もなく爆死したいです。
あと、結論から言うと佐山は無理です。相当頭が回らないと書けませんよ、あれ。
キャラとしては壊れてるのに、人としては原作士郎よりも壊れてない! ふしぎ!