「う……ん……?」
ダンボールの投影し過ぎで倒れていた士郎は、ふと自分の意識が浮き上がってくることを感じた。底の見えない壺から脱するように、意識が戻り、思考が始まるのを自覚する。
――恐らく朝だろう。
瞼越しに知覚する周囲は恐らく、薄暗い。
これなら日光に目を焼かれる心配もなかろうと、士郎は目を開いた。
「おはよう」
濃い顔の神父がいた。
今日も元気な死んだ目をしたクサレ外道の顔だ。男臭い鼻息が士郎の顔を撫でて、そのまま抜けてゆく。
「キモいわ」
士郎は全力で頭突きした。
さて、言峰綺礼とはどんな人間と定義すればいいであろうか。
――嫌がらせ大好き、ネクラ、一般感性での『愉悦』が感じられない性格破綻者。
どれも間違っていないが、どちらにせよ何の意味もなく知り合いを訪ねてくるようなみんな仲良くしようマンでないことだけは確かだ。
「で、要件は何だ――?」
その士郎の言葉にふむと一つ頷くと。
「それが、大変なのだ。――実は我が師父がFUNDOSHI派だったので、師父の娘にトランクスを渡せなくなってしまった!」
「死ぬほどどうでもいいわその娘の下着を全部フンドシに入れ変えとけクソ野郎」
おお、と神父が手を叩いた。なお言峰綺礼の脳裏には赤フン一丁で上品にワインのティスティングをしてる時臣が描かれている。筋肉が足りていない。
「――とまあ、それ以外にもあるのだがな」
昨日の状況説明だ。ダンボールの山を片付けたのは言峰であること、一緒にいた一般人は教会であずかっていること、そして――裏側の事情もだ。
――曰く、ここしばらくの魔術戦の後処理は神父が受け持っているらしいこと。
――曰く、聖杯戦争なるものが存在すること。
魔術師による、万能の願望器を賭けたバトルロイヤル。その片鱗に、既に悪役は踏み込んでしまっている。
――故に、もはや参加しないなどという選択肢はないと言って良い。特にバーサーカーは既に標的を定めている。
己が生命は既に、ベットに賭けられているのだ。
「――サーヴァントを召喚しろ。それが小僧、お前の義務だ」
「OK、わかった」
……言峰綺礼は硬直した。言って聞くとは思わなかったのだ。
「あー、要は英霊の触媒になりそうなモンがありゃあいいんだろ……? あと、ご当地ならご当地であるほど強いと。たしかあそこに……」
士郎はそのままおもむろに立ち上がり、土蔵というかダンボール蔵へ向かう。
言峰は少し意外に思いつつも後を追った。――真っ先に反発しそうなものを、意外にも素直に召喚を行おうとする士郎に不自然さを覚えた言峰は正しい。
「あったあった」
――なにせ、取り出したるは虎のストラップのついた竹刀なのだから。
「む、少し待――」
「閉じよ閉じよ閉じよ閉じよ閉じよ――繰り返すつどに五度……」
虎竹刀で地面に魔法陣を書きながらの詠唱に流石の言峰も止めようと動き出すが、突然床の一部がぱかりと開いて地下へと落下する。
「ぬんォォォォ――ッ!」
「告げる――汝が身は我がもとへ……」
落下中に懐から投擲用の剣――黒鍵を取り出してダンボールの壁に突き立て、そのままザクザクと刺しながら登る言峰。
しかし――衛宮士郎の詠唱に間に合わない。
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」
言峰が再び地上に姿を表した時には、既に身体に悪そうな輝きと共にエーテルが編まれ、人外のナニカが実体化を始めていた。
――栗色の髪に、白と黒の装束。
――召喚に使われし宝具そのものを携えしその者は、猛虎。
「――これが俺のサーヴァント、英霊冬木の虎ッ!」
「トラトラ言うな飯をくれーーーーーっ!」
王たる咆哮とともに、かつて聖杯戦争で呼び出された中で最もどうしようもない英霊が降臨した。
「うむ。――とりあえずはセイバーの召喚を確認したのでこれより聖杯戦争を始める」
「おう、これで俺を殺しに正義の味方どもが大挙してやってくるってワケだ。――腕が鳴る」
この戦争がこの衛宮切嗣の養子に何を与えるのか――興味を惹かれる。
この戦争で、俺を殺しに来てくれる運命の相手が現れるのか――興味を惹かれる。
傲慢な笑みを浮かべた二人の男が、お互いに愉悦を覚える中、「おいしーおいしー! やっぱ士郎のご飯は最高よねー! 道場じゃお腹すかないけどご飯もその分出てこなかったものー♪」などと背後で食事をがっついているサーヴァント――セイバーがいた。なんて嫌なセイバーだ。
ではな、と言峰が去って行った後で、士郎は気づく。
そろそろいつもならば起床しているであろう時間が、近づいて来ていることに。
――現在、居間には大河のようなものがいる。
――これより桜と大河がやってくる。
「……クックック、ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハ――ッ!!」
悪役として解決しなければならない、聖杯戦争最初の問題が浮き上がったのであった。