闇を引き裂くような金属音。
幾度も、幾方向から聞こえてくるそれは、凛たち三人を防戦一方の状況へと着実に追い込んでいた。
―――陽が暮れて闇に落ちた竹林という環境、間桐慎二のサーヴァントの使用する鎖のついた剣という武器、凛のサーヴァントが本質的には弓兵であるという点、そして極めつけは時折飛んでくる黄金の剣。
全てが彼女らに牙を向き、防戦へと追いやったのだ。
闇の中より、竹の隙間を縫うように現れる釘剣や黄金の剣はすべてが凛か桜を狙い撃ち、それをアーチャーが防ぐ。
だが防戦に追いやられてはいるものの、切羽詰って危険な状態ではない。
結局のところ慎二のサーヴァントには攻撃力がないし、強力な決め手もないのだ。
「でも、アサシンってホント厄介よね…」
冷や汗を流しながら凛は吐き捨てた。
マスターだけを執拗に、長物も振るえなければ遠距離武装も当てづらい空間の中へ誘い込んで狙い続ける。
嗚呼、実に魔術師らしい陰湿なやり口だ。
内部の一般人を溶かして餌とするようなさっきの結界といいどうやら間桐慎二は、こんなところばかりが魔術師として正しくできているようだ。
それにこんな場所に結界の核を置いたのも罠の一環に相違あるまい。
竹林の中の一箇所だけ開けた場所などという暗殺者にとって絶好の地形、もともと探り当てられることを見越して設置したとしか思えない。
弾幕を張るように確実に桜や凜を狙う、少しだけ開けた広場の奥から飛んでくる影の刃は、闇に紛れて視認は難しく、魔術的な視界で捉えて避けるか、避け切れなければ相殺するかの二択を強要してくる。
先程より凛の背筋を流れる冷や汗は、実はこの魔術弾幕に起因していた。
先程の結界の相殺に相当の魔力を既に削られており、その上に闇の中視認が難しい影の刃を発見するのに神経を使い、そして避け切れなければ相殺するためにまた魔力を浪費する。
桜の方は先程の結界の基点の探知から見た通りに魔力の探知に長けているためか、影の刃の位置、タイミングを読んでその殆どを危なげながらも避けている。
「遠坂先輩、右へ!」
時折余裕のある時はこ凛へと指示まで飛ばすのだから、その索敵力は明らかに姉である凜を越えていた。
しかしこのままではジリ貧だ。釘剣と黄金の剣を防ぐためにアーチャーは手一杯であり、凛の魔力は残り3割を切っている。
「アーチャーさん、絶対に私たちを守り切ることができますか?」
だが、息をやや弾ませながら避け続ける桜の声には、思いのほか自信に満ちていた。
「容易い。その程度も成し遂げられずして何が英霊か」
アーチャーはにやりと、自身に満ちた笑みを浮かべた。
「遠坂先輩、今から私があっちに出て、影の刃への囮になります。刃ごと兄さんを沈める大魔術、撃てますよね?」
その状況を打開すべき策を言い放った桜の姿は、まるで姉である凛の生き写しだ。
どんな悪路も踏破してみせると言わんばかりの瞳に、笑み。作戦が失敗するなどと考えていない、同時に背中を任せるものへの信頼の笑み。
「……誰にもの言ってるのよ。できないだなんて、言うとでも思った?」
その笑みに答えるように凛も獰猛な笑みを浮かべた。
「じゃあ、あとは頼みますよ」
桜が前に出た。ある程度刃を避けることに慣れてきたのか、絶え間なく舞い散る火花の中、危なげなく影と影の隙間を避けて駆けてゆく。
凛も宝石を取り出す。8年ものの、凛が所持する宝石の中でもとりわけ多量の魔力が込められたサファイア。
集中する影の刃を避ける桜の腕からはいつしか血が流れ落ちていたが、桜の自信に満ちた笑みは消えない。
宝石を持ち、さらに幾音節か詠唱すると、凛はそいつを拳に握りしめた。
「下がりなさい、桜! 一発でかいのお見舞いしてやるんだから……っ!」
今ここに、かつての姉妹の絆が復活する……!?
―――第9話 『The gray cherry blossom』
その刹那、サファイアは宙を舞う。
だが次の瞬間には膨大な冷気の津波となり、進行方向に存在する竹と言う竹をシベリアのごとき凍土へと叩き込んだ。……そう、竹たちを。
そして、舞うものがもうひとつ。
―――腕
―――右腕
―――誰の右腕?
―――見覚えのある、二画しか残ってない令呪のついた、右腕
―――わたしのだ
「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼あああああああ!?」
「凛!?」
いつしか影の刃は止んでいて、それでも釘剣は襲いかかってアーチャーを縫いとめ、左手で出血面を抑えてうずくまる凜を助けに行かせない。
そして、その右腕を何気なく、まるでペンが落ちたから拾うと言うように日常的な動作で拾い上げる。
「あら、遠坂先輩。そんなに悲鳴を上げて、どうしたのですか?」
桜が。
腕から血液を滴らせ、それを刃にして保持している。――桜が。
そしてそのまま切り離された、令呪の付いた凛右腕に、その右腕から流れた血をもって術式を描く。
残り二画の令呪を囲うように、円を基礎とした簡単な陣。
そしてそのまま、桜の傷口から湧き出た”ナニカ”が、その陣の中をなめるように這い廻り終えたとき、そこに既に令呪はなく、桜の右腕には新たに二画の令呪が纏わりついていた。
「すみませんでした、遠坂先輩。これはお返しします」
ひょい、と投げられた己の右腕を掴むと、凛はすぐさま後退った。
「魔術回路まるごとと言うわけでもありませんから、治療すればそこそこ動くようにはなると思います。多少はリハビリが必要かも知れませんが……」
その笑みは、先程とは少し変わっていた。
計画が上手くいくと信じた笑顔ではなく、上手く行ったと笑う陰謀家の笑み。
「これで良かったのかい、桜」
さらにその隣に並ぶのは、少し複雑そうな顔をした慎二だ。その手に、あの分厚い書物はない。
「ええ、兄さん。演技は完璧でしたし、お陰さまで遠坂先輩ったらしっかりと隙を晒してくれましたよ」
慎二はそうか、とだけ答えて黙り込んだ。
―――ことの次第はこうだった。
桜は、ライダーを召喚した。
だが予てより桜は、己の最大の脅威は実の姉である遠坂凛であると判断していたため、間桐の制御魔術によって令呪を己の体から切り離した。そしてその令呪――偽臣の書をデコイとして兄、慎二に持たせる。
学校の結界は、そもそもが凛を陥れるための罠だ。自分で仕掛ける場所を決めた、特に念入りに隠蔽した基点を消す素振りをして凛の気を惹く。
そしてそのまま協力関係に持ち込み、己が探知能力に長けるものの解除が苦手だと錯覚させ、一通り学内を引き回して魔力をある程度消耗させたところで、さらに強力な核に魔力を使わせて大きく消耗させる。
その後待ち伏せしてもらっていた慎二に、あえて敵として印象づけるよう自分もろとも凛を襲わせ、釘剣と、ライダーの召喚獣である黄金剣でサーヴァントを釘付けにし、さらに慎二に竹林の奥へ偽臣の書を置かせ、その書を媒介に桜自身が、自分と凛に向けて魔術を放ち、またもや探知に優れると見せかけつつ膠着状態を作る。――己が制御するのだから、影の刃の起動を見極めるなど容易い。
あとは賭けに出んとばかりに凛に最大の攻撃を仕掛けさせ、その最大の隙を桜自身が後ろから突く。
ただ、それだけなのだ。
聖杯戦争という全てが敵に回る状況を過去の絆を利用して凛に忘れさせ、その隙を突いて確実に令呪を奪い取る。
ただ、それだけ。
くすくすと笑った桜はそのまま、忘れていましたと呟き、新しい痣の現れた右腕を高く掲げた。
「アーチャーさん、マスター代えを了解してください」
赤く令呪が輝き、アーチャーの体を紫電が縛るとともに釘剣と黄金の剣の舞踏が止む。
「まぁ、待ちたまえ。交換条件を飲んでもらおう」
だが、そんな状態でもなお、アーチャーは凄絶に笑う。
「おい、アーチャー。そんなことが言える立場だとでも思っているのか?」
慎二が困ったように眉を寄せた。
「できるさ。私がこのまま自害して見せれば、君は目的を達成できなくなる。凛の令呪は既に使われて二画だ、もはや自害を止める分の令呪など残されてはいまい」
令呪に抗い、身を焼かれる苦痛を味わっているだろうに、アーチャーはそのような素振りも見せない。
「……いいでしょう、要求はなんですか?」
ため息をついて促した。
「そこのマスター……いや、元・マスターになるのか? 凜を殺さず、見逃せ」
「それなら問題ありませんよ。もとから遠坂先輩を殺すつもりなんてありませんでしたし」
さすがに気が咎めます、と桜が肩をすくめる。
「……了承した、マスター。凛、君は早い所、あの教会まで逃げろ。そして保護を受けるんだ」
アーチャーが桜の方へ一歩踏み出すと、それは凛から背を向けて遠ざかる形になる。
「アーチャー……」
遠坂凛は、この屈辱を忘れない。
そしてもう、油断をしない。
これは戦争――そう、魔術師と魔術師の戦争なのだから、この程度は起きて当然の事態だったのだ。
「忘れない……。私はアンタを、忘れないわよ……っ!」
右腕から血を滴らせながらも、遠坂凛は妹とその羲兄に背を向け、走り出した
「姉さんは、こんな馬鹿げたものに参加する必要なんて、ないんですよ……?」
ぽつりと、桜はつぶやいた。
あとがき
とてつもない悪夢を見ました。我が家が蟲だらけ、Gにムカデにカミキリムシで溢れる夢なんてイヤです。
ここまでやっても黒桜じゃありません、まだグレーです。
ほら、なんだかんだ言っても原作と違って遠坂殺そうとも苦しみの中に叩き込もうともしてませんしね?
原作だろうと二次であろうと大抵まず脱落しない遠坂を脱落させ、大抵脱落やヘタレ具合がマッハになるワカメを生存させると言うのをやってみたかったというのもあります。
これから先の展開? わかりません。ですがこうなれば適当に若妻さんやらイリヤさんやらマーボー神父やら蟲爺やらが引っ掻き回すでしょうし、膠着だけはしないでしょう。
返答
>なんか慎二がキャラ変わった感じがする
>?展開にちょっとした違和感。ここのワカメはいい人だった気がするんだが…
ビンゴです。とりあえず人を驚かせたくなる症候群発病しました。
>しかし今回、ダンボールがない……だと!?
>ダンボール分が枯渇してます!早めの補給をお願いします!!
>最新話はダンボール成分が足りませんでしたが次回に期待したいと思いますw
>ダ、ダンボールが、ダンボール成分が足りないぃぃ
誠に申し訳ありません、桜が猛威をふるっております。次回からはダンボール士郎回ですので、しばしお待ちください。
>桜はもっと姉にかみついてもいいと思うんだ!
その結果がこれだよ! 噛み付くどころか背中刺す刃です。でも殺しません。
>段ボールは無敵だと思ったら水に弱かったんですね・・・w
表面にラッカーをかけるか、濡れた後、日に当てて乾かせば使えます。その後日曇るとどうしようもありませんが。
でも温かさは保証できますよ?
さて、次回からは徹夜明けで書けるような状態に戻ります。
―――いざ、あの遠い日のダンボールの彼方へ!
P・S
説明を忘れていたためオリ武装をば。
黄金剣クリュサオル ランクD
正確には武装ではなく、ペガサスと同じく召喚される幻想種。
黄金の剣に化身する程度の能力持ち。
自らの意思を持っているため自分で飛びかかりつつ化身することができる。
魔力消費がペガサスと同レベルでありながら、知名度の低さからの弱体化も相まりその攻撃力も機動力もペガサスに及ばず、非常に扱いづらい。と言うか使い道が無い。そのため一応使えはしたが原作では使われていなかったという設定。
今回は釘剣のみでは弓さんを止められるかどうか怪しかったので導入