「あ、ほら、あそこです。校舎内の基点はたぶん、あそこで最後ですよ」
桜が階段の手摺を指差して促した。
「桜、あんた本当に大したものね……」
「お褒めに預かり光栄ですよ、遠坂さん」
ふむ、と感心した様子で凛はツインテールを揺らす。
夕暮れに沈む放課後の校舎に残った二人の少女は現在、術印求めて彷徨っていた。
―――縁が切れた妹と二人、放課後の校舎で隣を歩いてるだなんて、不思議な気分。
例えこれが、凛が桜のその結界の基点を発見、解除した手並みを見込んでの、桜がその効率を上げるために凜を利用しようとした結果であったとしてもだ。
とてもではないが、姉妹で中睦まじく散策をしているような雰囲気では無い。無いが、貴重な時間であることには変わりはない。
―――まったく、心の贅肉よね……。
幾何学模様に適度に魔力を叩き付けながら、凛は内心一人ごちた。
………沈黙。
少しでもやることがなくなると、途端に気になりだすのが気まずい空気というものなのだ。
もともとの関係性は姉妹であっても、今現在では相互不干渉を取り決めた家同士の間柄でしかない。
……しかし、少しでも話を振ってやるのが姉のせめてもの責任というものではなかろうか。
「最近、桜はどう?」
「とても楽しい毎日ですよ。兄さんと楽しく生活してます。やっぱり『家族』と一緒に暮らすと楽しいですよねぇ、遠・坂・先・輩? うふふふふふ……」
「あ、あら…、そう……」
………沈黙。
凜へ向けられたにこやかに微笑む桜の笑顔は本当にきれいで、いっそ攻撃的でもあった。
否、それは常ならば、凛こそが日常的に学校で使う笑顔であったはずだ。仮面ですらない、攻撃行動としての笑み。
それをいざ自身へと向けられた凛は、見事に押されてしまっていた。
まったくもって姉妹である。
「あ、次は外です。場所自体は間桐の家の魔術で探知できたのですが、解除はちょっと難しいので、引き続きお願いしますね」
凛は昔はこんなではなかったのに、と、前を歩く桜のあとを追いながら思わずにはいられなかった。
果たしていつも後ろを歩いていた桜がたくましくなったのか、完全に姉妹の縁が切れたものとして扱っているからこそ前を往く桜の後を凛が歩いているのか。
夕日に染まりあかね色になった校庭のサッカーゴール、東に面しているため夕方には陽の当たらぬ場所となる薄暗い体育用具倉庫、部活も終わり、的も仕舞われた弓道場の射場と学園の敷地内を周ると、桜は「これで最後です」と弓道場脇の林へ案内した。
「うわ、これ、結界の基点も基点、核じゃない……」
こうして見ると改めて、宝具であると断言できる。
現代の魔術師には到底できようもないほどの規模に、神秘の濃さ。
その強度は、今代最高クラスの魔術師である凛ですら容易に干渉することはできない。
「すみません、遠坂先輩。核だったのなら、最初からここに案内すべきでした」
「いいえ、他から先に潰して正解だったわよ、桜…。他の基点が生きていた状態で干渉するのは絶対に不可能だわ、この核」
そう、基点という基点すべてを潰し尽くした現在であればそれが可能だ。
自前の魔力だけでは流石に難しいが、いくつかランクの低い宝石を使えば多少手こずる程度で弱める―――少なくとも一ヶ月は発動できないであろう状態へ持って行ける。
早速外套のポケットから軽く翡翠、ラピスラズリ、タイガーアイなどを取り出して、核を中心に三角形を描くように置く。
―――心臓にナイフを突き立てる
魔術回路を起動し、幻想に幻想をぶつけ、相殺させる。
……それも十数秒で終了し、結界の核と思しき血色の呪印は魔術的な目で見てもほとんど存在が探知できないほどに、隠蔽ではなく衰弱した魔力を放っていた。
「これでよし、と」
もはや学校内を包み込んでいた倦怠感を感じさせる空気はない。いつも通りの閑散とした、放課後の学校が戻ってきていた。
「お疲れ様、桜。協力感謝するわ」
もはやすっかり日も沈み、西の空で雲が紫色にたなびいている頃だ。未だ英霊は七騎揃わぬとは言え、『戦争』の時間もすぐそこまで忍び寄っている。
「いえ、私としても渡りに舟でした。あまり『表』の人に迷惑をかけたくありませんしね」
桜も、どこか柔らかに微笑んだ。
―――まだ、姉妹はやり直せるのかも知れない。
なんとなく生まれた独特の連帯感の中、ぼんやりと凛はそんなことを思ったりした。
「おっと、こいつはいけないなぁ、遠坂。そして……僕の妹、桜ぁ?」
「凛、構えろ!」
刹那、白髪の弓兵が中華双剣を振るい、空中でやかましい金属音を響かせて火花を起こした。
竹林の奥の闇から歩み出てきたのは、細身の少年。
間桐桜の現在の家族であり、遠坂凛の同級生。
「慎二……っ!?」
三画で構成された記号が記された分厚い書を片手ににやり、と笑う姿は悪意に満ちていた。
「まったく、裏切ったのかい? 桜。僕は悲しいよ。いやいや、それとも……」
と、そのまま揶揄するような目を桜に向けた。
「もともとお前は遠坂の妹、間桐に聖杯を渡すつもりなんてなかったのか……なッと!!」
まだ自分自身が台詞を言い終わっていないその内に、書を持たぬ右腕を、フォルティッシモをかけた指揮者のように振り下ろした。
その腕から闇色の刃が顕現し、桜目がけて襲いかかる。
「アー…、八番開放!」
刹那の間、己がサーヴァントに命令を下そうか逡巡した凛だったが、周りの竹と竹の隙間から絶え間なく襲いかかる鎖のついた釘剣を打ち払う姿を見て、すぐさま己が宝石で迎え撃った。
「おやおや、遠坂なんかに庇われるところをみると、本格的にそういうことなのかなぁ……?」
桜は顔を俯け、強ばらせるだけで何も言わない。
「なぁ……? 元・遠坂桜ぁぁぁっ!?」
あとがき
※今回のダンボールはおやすみです。
いえ、一応次だけは考えてますが、次以降どうしたらいいのかさっぱり考えてません。次もまたダンボールに出番がなさそうですが。
いや、投稿に時間を空けると、だいぶどんなものだったか忘れますね。一応練り続けてはいたんですが、正直なところこのSSにおけるワカメの口調とか微妙に忘れてます。
なお、更新が一気に切れた一番大きな理由は『遠坂と桜の会話が動かない』です。何も考えずに書けたものが書けないのですから、遅くなるのも仕方ないといえばないような気がします。
この問題は『動かないなら気まずい状態を書けば良いんじゃね?』という逆転の発想で克服しました。
返答です
>桜は相変わらず黒くて素敵ですね!
>やはり此処の桜は、素晴らしいな本当にww
原作黒桜から考えるとグレー桜です。自分はグレーが大好きです。と言うか無邪気っぽく酷い発言がびしびし来るのが大好きです。一種のMかも知れません。
>”カ”じゃなくて”し”じゃないかしら
>イレしてる……
すみませんでした。
>マジであの歌が流れたのかよw
たまに放送部員って、昼に放送を悪用しませんか? そんな感じです。
>そのダンボールで作られた家ならキャスターの神殿構築のスキル何かに負けはしないぜww
ったりめえよ! 原則ダンボール最強です。
>何が面白いって、あとがきのスランプ発言に一番フイタwwww
スランプ中に書けるのはこんなもんだけですよ。
>ごめん真面目な感想書けねぇwww
本文が真面目に書いてないので仕方ないです。
>くそっ地雷だと思って回避し続けてきた自分が憎いwww
地雷って巨大すぎると逆に笑えてきますよね?
待っていてくださった方もおられるようで、恐縮です。
ハーイルダンボォール!