――「戦いたくないと、そう申すか。いいじゃろう」――「しかし、そうなると、今回の勝者は遠坂の小娘じゃのう。今回の依り代もサーヴァントも、遠坂の娘は出来過ぎなほどに良くできておる。今回勝つのは紛れもなくあの娘であろうな」――そう耳元で妖怪がそう囁いた。――それだけで。少女の心にごくわずかな揺らぎが生まれた。――それだけで。少女の心はもう無理だった。――あらゆる虐待に耐えてきた堅牢な砦が、城砦の防壁に亀裂が走った。――そのわずかな亀裂をどうほじくれば人間が壊れるか、どうほじくれば聖者が堕ちるのか、人の形をした蟲は知り尽くしていた。――邪悪な魔術師は知り尽くしていたのだ。 冬は日没が早い。放課後ともなれば、後者にも夕日が差し込んで、まぶしいことこの上ない。 士郎には明るいうちにさっさと家に帰るように言っておいた。 近くに人の気配がないと踏んだのか、あっさりと実体化してアーチャーが話しかけてきた。「主殿よ。結局、昼飯を食わなかったがよいのか? 腹が減って勝った奴はおらぬぞ」 などと余計なことを言ってくる。「大丈夫よ。あんたの使い魔を見たせいで食欲が吹っ飛んだだけだから。気にしないで」 この体型を維持するのには、それはもう涙ぐましい努力が必要なのだ。 常に余裕をもって優雅に体系を維持する努力。それは誰にも悟られてはならない。一食二食抜いたところで我慢できないほど意志は弱くない。「昼を抜いて夜だけ食うと太るのだぞよ」「大きなお世話。それよりもアンタの使い魔、本当にひどい外見ね」 なんでも卑妖という名前らしい。くり抜いた目に人間の耳が付いたとしか思えない正直グロテスクな外見だ。ホルマリン漬けの人体の一部を連想して、気持ち悪いことこの上ない。 その目と耳で諜報活動を行うだけではない。あらゆる場所に潜み、物体と同化し、体を硬質化させ、侵食し、襲い掛かり、挙句の果てには人間や機械に憑りついて思い通りに操ったり、記憶を出し入れしたりもできるらしい。「性能は確かに桁外れかもしれないけれど、もう少し見た目に気を使わなかったの?」「うむ。わざと醜く作った」 なぜか自慢げに言う。「なんでよ」「怖がられたほうが我の能力的に効果的じゃからな。あの使い魔を見て、嫌だなー、キモいなーと思われたら我の勝ちも同然じゃ」―あー、そういえばそうだった。 コイツはなんか知らないが、敵対する相手が「恐怖、嫉妬」とか、嫌だなーと思う感情を持っていると能力が跳ね上がるらしい。 いったいどんな人生を歩んだら、そういうねじくれまがった特殊能力が手に入るのか。知りたいような知りたくないような、両者の境界線ギリギリの話題なのでそこはツッコまないでおく。なので矛先を少し変える。「あんた、もっと愛されキャラになりたいんじゃなかったの。前向きに生きるとかなんとか言ってたじゃないの」 と、何気なく聞いてみたところ、「むむむむむむむむむむむ……。そういわれると……らぶりぃな第二の生を目指すには、あの見てくれはひどかったかもしれぬ。もう少し愛らしいほうがよいか。外見だけでも全部作り直すから、魔力を回してもらってもよいかの?」 と真剣に悩みだした。「ダメに決まってるでしょ」 ただでさえ8割の魔力を吸われているのに、これ以上空腹状態で魔力を持っていかれたら、下手すりゃこの場でぶっ倒れかねない。「で、なんで小僧を先に帰したんじゃ?」「見回りよ。見回り。ここ最近、妙な事件ばかり多発してるでしょ。新都での集団衰弱事件よ。あれも多分、どっかのマスターがやってるんだと思うけれど、これ以上続くようなら容赦してられないから」 ふと考えるようなしぐさを見せるアーチャー。「それは教会の監督役とかいう男の仕事ではないか?」 確かにそうではある。そうではあるのだが、同時に無意味な指摘でもある。「ダメよ。あいつの性格は前にも言ったでしょ? 勤労意欲なんかゼロにきまってるじゃない。聖杯戦争の隠蔽はしても、人助けなんかするガラじゃないわよ」 ますます怪訝そうな顔をしてこちらを見てくる。「すると、主様はアレか? 戦争中に人助けをしたいということか?」 まっすぐな目で聞いてくる。そう聞かれると途端に気恥ずかしくなってくる。「そうよ。悪い? それにこれは私の義務。私はこの街の管理人なの。この街で一般人を襲ったり、妙な事件を起こす奴は、ただじゃおかないの。これは聖杯戦争なんか関係ない、遠坂凛の義務よっ!」 気恥ずかしさのあまり、一気にまくしたてた。 言ってることは間違ってないと思うが、こういうことを口に出すと恥ずかしいったらありゃしない。「さんざんあの赤毛の小僧を小ばかにしておいて主殿も案外お人よしじゃ。さて、どこの誰じゃろうな。そんなことをする下手人は、槍男の主か。それとも騎兵か、術士か、刺客か、それともあの黒い奴の主か」 アーチャーは下手人の可能性を指折り数えている。「誰でもいいわよ。そんなの」 大方の見当はついている。しかしそこは心底どうでもいい。 本当はどうでもいいのだ。 アーチャーはこちらの言うことを察したようである。「『わたしのテリトリーでこんなふざけた下種な真似してくれた奴なんて、問答無用でぶっ飛ばすだけよ!』じゃな?」 決め台詞を奪っておいて、さも楽しそうににんまりと笑いながらこちらの覗き込んでくる。「…………」―コイツは本当に性格悪いなあ 腹いせに後で、珍妙な名前を提案して嫌がらせしてやろう。そんなことを考えていた。 それはほれぼれするような手口だった。 魔術師ならば感嘆の声を漏らさずにはいられなかっただろう。 新都のビジネス街に私たちが着いたのは午後5時頃。 わずかな魔力の揺らぎを感知して、ビジネス街のビルに侵入した。 そこで、集団衰弱事件に見事出くわしたわけだ。 集団衰弱が発覚するのは、毎回、帰宅が遅いことを心配した家人が会社や警察に連絡して発覚するパターンだ。 都市ビルの有毒ガス発生や、過労、集団催眠だのと報道は適当なことを言っているが、魔術師からすると見解は全く異なる。 聖杯戦争中に、冬木で一般人が集団で昏倒するなど答えはおのずと限られる。 すなわち魂食い。 一般人の魔力など数人吸ったところでたかが知れている。数十、数百となれば話は別だ。 一般人の中にも10人に1人、100人に1人と言った魔力容量を持った人間は間違いなくいる。 そういう不特定多数の人間から魔力を集めまくるというのは、理論上は辻褄が合う。あくまで理論上であるが。実際にやるとなったら至難の業だ。 これまでの手口から察するに、おそらく魂食いを仕掛けるのは午後の帰宅時間前であろうと踏んでいた。「近くにおるのぉ」 狐耳のアーチャーはサーヴァントの気配を敏感に感じ取ったようだ。 予感は的中。 スーツ姿の男女が、床に倒れ、机に突っ伏し、昏倒していた。 何より恐ろしいのは、その誰もが死んでいないことだ。ビジネスフロアのすべての人間を眠らせる。百にものぼる人間の魔力容量を的確に見抜く。死なない程度に魔力を吸い尽くす。 それぞれが、言うは易く行うは難し、だ。 もしも、一人でも逃せば魔力を吸う前に大事件になる。わずかでも加減を誤れば死体の山だ。 相手の技量は間違いなく人間業を超えている。「臭うのぉ」 たしかに。この匂い。甘いような、頭の芯がぼぅっと蕩けるような……。空気が桃色がかかって見える。魔術師の耐性をもってしても軽く意識が飛びそうになる。 まるで2日間徹夜した後でベッドにもぐりこんだような……。 もうこのまま意識を飛ばしてしまいたい…………。 なんとか抗魔力の詠唱を唱えようとしたその瞬間、「眠り薬じゃな」 そうつぶやくとアーチャーの尻尾が急に伸びて、顔面にばふうっと押し付けられる。「ふぉっと。ふぁにふんのふぉ(ちょっとなにすんのよ)」 と抗議したところで、急速に意識が覚醒していく。「この甘ったるい臭いが消えるまで我のしっぽを通じて息をするがよいぞ。いま風通しをよくするゆえのぅ」 そういうが早いか、もう一本の尻尾が伸びて剣針へと変わり、すべての窓ガラスに降り注ぐ。 乾いた音をして窓ガラスが全て粉砕されて、気圧差から大量の冬風が吹き込んでくる。 感謝の言葉はいいたくない。こいつのやることはいつも一言足りない。そして寒い。 外気が急速に流れ込み、桃色の空気が1か所に押し集まり、人影になり、そして実体化していく。 紫のフードを目深にかぶり、杖を構えた女性の形へと収束していく。よく目を凝らすとステータスが見える。「サーヴァントね」 間違いなくサーヴァント。 ステータスは魔力のみ特化しており、総じて他は低い。つまりは魔術師タイプだ。“ええ。そうよ。お転婆なお嬢さんたち” どこからともなく声が響く。すぐそばにいるのだからそのまま話せばいいのに、勿体付けている。間違いなく見栄っ張りである。 キャスターの魔術師であることは、ほぼ間違いない。 その手口や技量から、本来ならば格の違いをひしひしと感じているところなのだが、アーチャーがそばにいるせいで、戦力については全く不安はない。 油断しているわけではないが、心にはまだ余裕はある。ぜい肉ではない。断じて。「白兵戦はからっきしのクラスなのに、こんなところで人間の魔力を吸うなんて、最弱のクラスは大変ね」 と、軽く挑発しながら相手の様子を見る。ここで戦うのはまずい。何とか場所を移して決着をつける必要がある。この場で魔術戦などは最悪だ。どんなに一般人を傷つけないように立ち回ったとしても限度がある。もしも倒れている人間を盾にでもされたら寝覚めが悪いことこの上ない。 キャスターはこちらの考えを知ってか知らずか余裕たっぷりにほほえみを浮かべる。“ふふ。その最弱なクラスに貴方たちはこれから負けるのよ。キャスター風情と侮った貴方たちの負け……” そう大見得を切るキャスターに、突如アーチャーが大量の剣針を浴びせた。「ちょっ!? 何考えてんのアンタ」 抗議の声を上げざるを得なかった。こんな場所でバチバチやられたら大量の人死にが出る。それどころか、倒れてる人たちを手駒として使役されるまである。そうなったら……。 と思うが早いか、キャスターの体が文字通り霧となって霧散した。 さっきまでキャスターの居た空間に、ぽとりっと小石のような硬質な何かが落ちる。 狐耳のアーチャーは、その硬質な物体を指で拾い上げ弄ぶように確かめた後、こちらに投げてよこした。 びっしりと神代文字が刻まれている。骨。あるいは幻想種の歯である。「影。分身じゃな。口を動かして話せばよいのに、勿体をつけておるから怪しいと思ったわ」「じゃあ本体は?」「もう遠くまで逃げ出した後じゃな。おそらく我らの気配を感じたあたりで分身を残し、脱兎のごとくというやつじゃ。もう魔力は吸い取った後だから用なしということじゃ」 こともなげに言う。「ぶっ飛ばし損ねたわ」 強がりである。ほれぼれするような手並みだ。一般人を襲い、生気を吸うという非道をやりながら、無駄に殺すでもなく弄ぶでもない。やることをやったら即座に撤退。その目的と行動には一貫性があり、手段も手際も迷いがない。悔しいが、魔術師としては紛れもなく一級品。手玉に取られたということは認めざるを得ない。 とりあえずオフィスの受話器を取る。「どこに掛けるんじゃ?」「聖堂教会よ。この人たちを放っておけないでしょ。監督役だとか偉そうにしてるんだったら、きりきり働いてもらうんだから」 八つ当たりである。警察に連絡しても良いが、とりあえず八つ当たりだ。あの性格ドぐされ外道神父に八つ当たりせずにはいられない。そうして、数少ない暗記している電話番号を力を込めてプッシュした。 なんとか空腹をこらえて帰宅した。 キャスターにいいようにやられてしまった疲労感をこらえての帰宅である。正直しんどい。収穫はあった。 とりあえず、セイバー、アーチャー、ランサー、キャスター、バーサーカーはこれで出そろった。その中で、学校の結界はキャスターの物ではない。あれだけ効率的に魔力を集めているサーヴァントが、学校にあんなわかりやすいあからさまな人食い結界を作るわけがない。 キャスターのやり口を見るに、間違いなく一流の魔術師だ。無駄に人を殺すような結界は一流の魔術師の流儀に反する。となれば、あの結界は、おそらくライダーかアサシンが設置したという予測できる。今回は、キャスターの顔が見れただけでも良しとしよう。 玄関を開けた瞬間に、胃袋を刺激する匂いがする。 醤油があっためられて微妙に焦げたような薫り。日本人に生まれたら、この匂いには抵抗できないのだ。 ついつい「いい匂いがするのだわ」とか「おなかすいたぁ」などと言ってしまいそうになる。しかし、そこは他人の家である。 油断せずによそ行きの顔を無理やり作る。「お帰り、遠坂。ご飯できてるぞ」 とエプロン姿の士郎が出てきた。緊張感はまるでないが、そこはまあ仕方ない。さすがに限界。これ以上は我慢できそうない。 そこには、行儀よく座るセイバー、そわそわしてる藤村先生、そして桜がいた。「さきに食べててよかったのに」「いや、いま出来たところだ」 アーチャーに手を洗わせて一緒に座る。 鶏もも肉の照り焼き、里芋の煮っころがし、蒸し大豆と野菜の白和え、ミニトマトとブロッコリーのサラダ。 自分が作らないでも、きちんと料理が用意されている喜びに、ほほが緩んでしまう。「「「「「いただきます」」」」」 美味しい料理を食べながらついつい顔を見てしまう。 向こうはこちらをどう思っているのだろうか。 考えてみれば、こんなふうにそばで夕餉を囲むようなことがあるとは全く思わなかった。 妙なものだ。 そのうち「間桐さん」ではなく、「桜」とか呼び捨てにしてみたらどうなるのだろうか。 機会があったらやってみたい。失った時間が取り戻せるとは全く思わないし、正直、なれなれしいレベルだとおもう。いまはダメだ。いまはダメだが、もしかしたら、これから先にはそんな機会が訪れるかもしれない。 あちらはこっちをどう思っているのだろうか。泥棒猫、とか思ってたらどうしよう。残念ながら「その気がない」とは全く言い切れないのがつらい所である。 顔には出さずに悶々としているうちに、藤村先生が帰り、士郎が桜を送ろうしたら断わられた。 おそらくこれは衛宮の家の日常であり、私たち3人が、おそらく紛れ込んだ異物なのだろう。 後は寝るだけ。そういう段になってから、セイバーがこちらに話しかけてきた。 「凛。いいですか。話があります」 改まったような顔でこちらに話しかけてきた。どうやら士郎には聞かれたくない話であるようだ。 しかし同盟を結んでいるとはいえ、自分以外のサーヴァントと一緒に密談するなど、正気の沙汰ではない。 そう考えていると、「なんじゃ、そっちもか。我もこの小僧に用があったところじゃ」「あ、ああ。俺もちょっと野暮用が」 などといつのまにか、士郎とアーチャーがよくわからないことを言って土蔵の方へと向かっていった。 マスターを交換して人質にとったことになる。一応、形だけは対等だ。 しかし怪しい。あの二人、なぜに暗い土蔵に行くのだ? セイバーはというと、微妙に困った顔をしながら、話を始めた。「実は。その、士郎のことなのです。士郎は私と一緒に寝るのが嫌なようです」「……そりゃあ。ねえ」 セイバーはそれはもう美少女だ。それもけた外れの美少女だ。こうしてジッと見つめられたら、その気のない自分ですらおかしくなってしまいそうな、凛とした圧倒される魅力に満ちている。「士郎は弱い。他のサーヴァントに狙われたらと思うと気が気ではないのです。同盟を結んでいるとはいえ、貴方にこんなことを頼むのは筋が通らないとはわかっています。しかし、その……。私と一緒に寝るように士郎を説得してもらえないでしょうか」 いきなり無理難題を頼まれた。 どうしろというのだ。これ。「学校に行っている間は凛とアーチャーがいるので心強く思っています。しかし、寝込みを襲われたらどうでしょうか。昨日も……その。恥ずかしいことですが、私が寝ている間に部屋を抜け出したようなのです。士郎の魔力の乱れを感知したときには……」 なぜか言いよどむ。ひどく言いにくそうだ。「土蔵でその、士郎がアーチャーと接吻をしていました……」 ちょっと待て。話が一気に飛んだわ。10光年ぐらいワープしたわ。 そうかー、あいつロリコンだったかー。本物の。 とりあえず聖杯戦争どころじゃないのだわ。「いえ……。どうやら、その、あの。士郎が魔術鍛錬中に魔力を暴走させたところを、助けてもらったようなのです。そこは心配しないでください。大丈夫です。しかし、士郎はまるで目を離すと危ないことをする子猫のようで……。出来ることなら一時も目を離したくないのです。凛からも私と一緒に寝るように説得してはもらえないでしょうか」 要約すると、魔術が暴走したロリコン士郎が。アーチャーとキッスしてたのを見たセイバーが、士郎の身を案じた結果、自分と一緒に寝てほしいから協力してほしいということらしい。 魔術師は人間の倫理観などにとらわれない。魔術のためなら絶対にダメなこともOKというのが魔術師だ。 しかし限度というものがある。「絶対にダメ。セイバー。貴女はもっと自分を大切にするのだわ」「凛? あ、あの。なにか勘違いをなさっているのではありませんか?」「勘違いではないわ。いいわね。ダメなものはダメ」 誤解が解けるまで、これから1時間ほど押し問答することになった。 どちらの誤解だったのかは恥ずかしいので黙秘させてもらう。 土蔵は暗い。 しかし、暗い方が感覚が鋭敏になって魔術に集中しやすい。 ぴょこぴょことアーチャーは、その辺のやかんとか、まな板とかを手にとっては興味深げに覗いていた。 過去を黙っている交換条件として、魔術の腕を見てくれる。そういう話になったのだが「ほれ、十分に真似るがよいぞ」 と、白と黒の中華剣を指さす。 それについて、言っておかないといけないことがあった。「いや、その、アー……、御屋形様の言うとおり投影のほうが得意なんだけど、でも強化のほうが実用的なんじゃないかって思うんだよな」「なぜじゃ?」 きょとん、と言い返された。「いや、投影はコストパフォーマンスが悪いし、魔力は消えるし、あくまで物がないときの代用品だって……じいさんも遠坂も言ってたから。俺もそうじゃないかなあと」 おずおずと反論する。「それは普通の人間の場合じゃな。あの暗黒の槍を形だけでも真似てしまうような小僧が、強化などちゃんちゃらおかしいわい」 誉められてるのだろうか。「でも、武器が欲しいなら、強化でその辺の棒を強化したりすれば……」「何を言うておる。強化だのなんだのと、くだらんことを言って鉄の棒を硬くしても、結局それは固い鉄の棒じゃ。あの槍を形だけでも真似られるなら、最初から宝具レベルの強い剣を作って振り回したほうがよっぽど良いわ」 そういわれたらそんな気もする。「それにのう。お主? 正義の味方の武器とはなんじゃ?」「け、剣かな」「それじゃ! 冬木のレッドになるがよいぞ!」 というわけで投影をすることになった。「投影だけは、なんでか知らないけれど、スイッチを作らずにできるんだよな。御屋形様は、なんでかわかるか」「スイッチなんぞ一回作れば十分だからじゃろ。強化も同じスイッチを使えばよかろ。だいたい家電製品に何個も同じ電源があったら迷惑じゃろうし使いにくかろうが」「…………そうなのか?」「一体どこのトーヘンボクじゃ? そんな阿呆なことをお主に教えたのは。いちいち生きるか死ぬかの戦いをしてるさなか、魔力の切り替えからやっておったら戦いにならんじゃろうが。そもそも」「じゃあ、俺が毎日やってたことは」「無意味じゃな」「特別な他の効果は」「ない」「じゃあ俺の今までの努力は」「ただの自己満足じゃな」 毎日瀕死になりながらスイッチを作っていたのが、他人から見ればただのバカだったということが分かり、落ち込んだ。 そんな俺のがっかりしている様子をニマニマと笑いながらアーチャーはのぞき込む。「ああ、もうすこし、その……」 やさしくしてほしい。「なにを落ち込んでおる? お主は幸運じゃぞ。本来は人間などに魔道を教えるときには、相手を手ごまにするためにしかやらんかった我の特別講義を受けられるのじゃ。西洋魔道はおろか、アラビア、インド、中国、日本、我はあらゆる魔道のエキスパートじゃぞ。我に学べば優秀なものの10年に1日で追いついてしまうのじゃぞ。そこは感涙にむせび泣き、『御屋形様ありがとうございます』と喜ぶところじゃ」 いつの間にか眼鏡をかけている。めちゃくちゃノリノリだ。「じゃ、じゃあ、投影するからな」「うむ。しっかり励むがよいぞ。我とお主はパスがつながっておるからの。最初のころは共同作業というやつじゃな。」 と、尻尾をパタパタ振っている。投影-開始-(トレース オン)「うむ。うむ。良いぞ良いぞ。」―基本構造を想定「ダメじゃ。もっと解像度を上げよ。想定ではならぬ。再度、基本構造を根底から創底しなおすがよい」 今まで行っていた投影のとは比べ物にならず密度が急激に跳ね上がる。―構成材質の分析と複製「もっと精度をあげよ。形だけ分析してはならぬ。もっとじゃ。原子の密度と結合状況まで複製するつもりでやるのじゃ」 分析精度と複製精度が急激に底上げされていく。―鍛造の技術を模倣「ただの模倣であってはならぬ。魂のこもらぬ模造品などただのガラクタじゃ。本物を超えて自分が本物に成り代わるつもりで模倣せよ。そうして初めて真に迫れる」 鍛造の技術が模倣から進化へと一気に飛躍した。―そして想像を創造へと導く…… 焼き入れが終わった。 ぶしゅぅうううううううううううううううう、と魔力に混じった煙とともに二対の中華刀が現界する。 触れてみる。重い。冷たい。そして何より、剣そのものが意志を持っているかのようだ。 振ってみた。 空気が切り裂かれる。自分の体が剣に導かれるような。剣そのものが技術を教えてくれるかのようだ。「どうじゃ。これからは我のことを師匠として崇め奉るがよい。こんなに上手く行ったのは我と一緒に投影をしたからじゃぞ。お主一人ならこんなに上手くはいかなかったのじゃぞ! 自分一人でもできるように反復練習を怠るでないぞよ」 アーチャーがティーチャーになった。 ぴょこぴょこと物欲しそうにおねだりするような上目遣いでこちらをのぞき込んでいる。 これはアレだろうか。やらねばならないのだろうか。「ああ、ありがとう。これで俺、聖杯戦争で誰かの役に立てるかもしれない」 と感謝の言葉を述べつつ、アーチャーの頭をなでる。狐耳のサーヴァントは、態度がこまっしゃくれているが間違いなく良い子だ。 こういう良い子に感謝するときは頭をなでるのが良いはずだ。気恥ずかしいが、おねだりされているのだから仕方がない。「にゃああああああああああああ、何をしとるのじゃぁ!? 小僧!?」「いや。頭をなでてほしいのかなあって……」「違うに決まっておろうが。そこは平伏して、我に絶対服従の五体投地をすべきところじゃ!」 どうやら違ったらしい。「もうよい! 我は寝る。我は寝るのじゃ!!」 怒りながらアーチャーは茶室へと帰っていった。猛然と。のっしのっし足音を立ててと怒りながら。――おいで。 夜、布団の中で声が聞こえた。 アーチャーの指導の下、投影の魔術をやらされて。 そのあと自分で反復練習 そのあとなぜかセイバーと遠坂の見る目が冷たかったような生暖かかったような。 セイバーがどこの部屋で寝るのか揉めていたが、結局また隣の部屋で寝ることになったらしい。 やることを全て終えて布団に入った。 戦争中であることを忘れるほど穏やかな一日の終わり。――おいで。 また聞こえた。 甘い声。少しだけ甘い妖艶な声。――おいで。 眠っているのに腕が動く。 眠っているのに脚が動く。 眠っているのに体が動く。 ――おいで。 靴を履き、玄関の扉を開ける。――おいで。 だれ一人歩いていない夜道を歩く。――おいで。 その声の方向へ。――おいで。 柳洞寺の方角へと。