遠坂凛が狐耳少女を召喚したようです3「嬢ちゃん。バカだぜ。あんた」 誰に聞こえるでもなく槍兵はつぶやいた。 その声にはかつての劣勢を忘れたかのように確信に満ちていた。 赤い魔力の塊のような槍を持つ、獣のような英傑。 ヒントはいくつもあった。 影の国はスカアハの元で修行をし、ただ一人その槍を授かった猛犬の名を持つ英雄。 その槍は、投げれば必ず心臓を貫き、敵を絶命させる呪いの朱槍。 心臓を食らう槍を持つ、クランの猛犬。 敵の真名は判った。おそらく間違いない。 そして、それを認めることは、己のサーヴァントの脱落を意味する。 あの槍兵のあの宝具は天敵だ。 驚異的なステータスを誇るアーチャーの中で唯一陥没しているLUCの値。そして、それこそが、あの宝具の前には命取り以外の何物でもない。 突いては三十の鏃となって破裂し、突けば三十の棘となって心臓を抉り取る真紅の槍。――その名前は「刺し穿つ(ゲイ)」 まるで槍がせがんでいるかのようだ。 目の前の敵の心臓を、早く食らわせろと。 男の力ある言葉とともに、槍はその魔力を増し、「死刺の槍(ボルク)」 その言葉とともに、本性を現した。 それは異様な刺突だった。疾いことは疾い。鋭いことは鋭い。おかしいのはそこではない。 その刺突は、朱槍を受け止めようとするアーチャーの剣の尾を、あたかもすり抜けるかのように軌道を変えた。 いや、槍そのものは変形していないし、その軌道も変わっていない。 だというのに、そのアーチャーの防御をすり抜けて、甲高い音とともに心臓を貫いた。 あたかも、最初からアーチャーの心臓に突き刺さるのが決まっていたかのように。 その一撃を受けたアーチャーは軽いものが地面に落ちる音を立てて、倒れ伏した。 防ぐはずの防御をまるでないものかのように無視し、残ったのは、心臓を貫くという結果だけ。 思い当たる現象など一つしかない。 背中に冷たい汗がじっとりと湧き出る。 あと、数秒もしたら滝のように滴り落ちるだろう。「――因果の逆転」 かわすとか防ぐとかそういった過程を無視し、先に当たっているという事実を作り出す宝具。それがあの男の刺し穿つ死刺の槍(ゲイボルク)。 ケルト神話の大英雄。半神の光の御子。クーフーリンの持つ魔槍だ。 結果として槍が心臓を貫いているのだから、いかな敏捷でそれをかわそうとしてもそれは無駄なことだ。 それを防ぐには、余程の加護かさもなくば、さもなくばあらゆる攻撃を防ぐことのできると決まっている同等以上の宝具が必要。 心臓を貫かれてはいかなる耐久も無意味でしかない。 結果としてアーチャーは脱落し、そして、自分はこの槍兵と対峙している。考えられうる限り最悪の結末だ。 しかし、ランサーは己が魔槍を握り締めたまま、戦闘態勢を解こうとしない。 残された貧弱な魔術師など、この男にとっては、赤子の手をひねるどころか、手に止まった羽虫を潰すよりも簡単なことのはずなのにだ。 それどころか、憤懣やるかたないといった表情でアーチャーの死体を眺めている。「――防いだな、アーチャー。我が必殺の刺し穿つ死刺の槍(ゲイボルク)を」 腹の底から搾り出すような声だった。 とてもではないが勝者の声ではない。 そのランサーの言葉に反応して、大地に打ち捨てられたはずのアーチャーの屍が動く「――くく。くくく。ふふ。つくづく、我等は相性が悪いの。共に打つ手打つ手が見抜かれて防がれて……。我が死んだと早合点して主を仕留めに掛かったところを背後から……と思っておったのじゃが。つくづく我とおぬしは相性が悪い」 そして、何事もなかったかのようにアーチャーは立ち上がる。「アーチャー!? 貴女!?」「許せ。敵を騙すには何とやらじゃ」 どうやら動かなくなったのは、ただ死んだふりをしていただけらしい。 問題なのはそこではない。この性格がひん曲がってるサーヴァントのことである。腹立たしいが追求するだけ無駄である。 あの実質回避不能、防御も無意味の一撃をどう防いだのか? そちらのほうが問題だ。「なに。簡単なことよな。そこな槍兵が我が尾が一本だけと早合点しただけの話じゃ」 パキパキと金属が剥がれ落ちる音と共に、アーチャーの服から、鈍色に光るもう一本の尻尾が出てきた。「ふふ。見事な一撃じゃが、我が相手で残念であったの。あの槍すら防いだ我が鉛の尾よ、いかな宝具といえど、そう簡単には乗り越えられるわけにはいかぬ。ましてや他の槍に、我が負けるわけにはいかぬ」 アーチャーが取り出した尾には、中心に抉れたかのような痕跡がはっきりと残っている。あれがランサーの必殺の一撃を防いだのだ。 あれほどの宝具を防いだもの、それは宝具でしかありえない。いつ使用したのかは見当もつかないが、あの尻尾こそがアーチャーの宝具であることは間違いないだろう。「さて、お互い手の内も見せ合った所じゃ。ここで決着と行こうかの」 その声にこたえるようにランサーは槍の握りをたちかめてからこちらに向き直る。「ああ。うちのマスターは情報収集なんてヌルいことを言ってるが、もうそんな状況じゃあねえな」「――くく。短い付き合いじゃが、呪いの朱槍を使う凄腕の英傑がいたことだけは覚えておくぞ」「ぬかせや。嬢ちゃん」 二人とも、剣呑な気配を隠そうともせずに睨み合い、隙あらば、お互いの咽喉もとめがけてその刃を振り下ろそうとしている。 宝具を開帳した以上、対策を立てられる前に相手を屠るのは聖杯戦争の鉄則だ。お互い間違いなく、この場で相手と決着をつけるつもりだろう。 もしも、この戦いが止めることができるものがあるとしたら、それはマスターの命令ではない。 それは、「――――誰だ!?」 ランサーが叫ぶ。 まったく予想だにしなかった、この戦いを目撃してしまった哀れな第三者の登場だけだ。「――」 その言葉と共に、きびすを返し、その視線の方向へと走り去る槍兵。「逃げるか!?」 そう言うが早いか、アーチャーは剣針を尻尾から打ち出すが、その攻撃も無為に終わる。 ランサーは逃げたのではない。 宝具を開帳した際は、相手を必ず屠り去るときというルールをより優先度の高いルールのために曲げただけだ。魔術を行使しているのを見られたら、その相手は消さねばならないというルールは、魔術師にとってあらゆる掟に勝って優先される。――つまり、ランサーは…… 思考よりも先に口が反応した。「アーチャー! ランサーを追ってっ!!」 それは命令というよりは悲鳴に近い声だった。「追えぬっ!!」「何で!? いいから追いなさいっ!?」「業腹じゃが、我より奴より素早い。我が追えば主が狙われる。無防備な主を置いてはいけぬ!!」「ああっ、もう!? 一緒に行くわよ。くそっ。なんて間抜け……!!」 ああ、腹立たしい。自分の間抜けさのあまりに自分で自分を呪殺したくなる。 目撃者に気がつかなかった自分とサーヴァントも、こんなときに限って目撃する阿呆も。 ありとあらゆるものが腹立たしい。 薄く月の光が入った校舎の中、血溜まりに倒れている生徒がいた。 冷たい床に広がり、もうすでに固まり始めている血でできた水溜り。 とてもではないが正視出来ない。しかし、自分の愚かさの証としてこの光景を脳裏に焼き付けなくてはならない。 こんな事態を防ぐために、なにか方法があったはずなのだ。 この赤毛の少年が理不尽に殺されたのは、自分の責任だ。 受け止めきれない。しかし、受け止めなくてはいけない。 まだ、息はある。息はあるが、この少年が死ぬことには変わりがない。 ランサーの槍が貫いたのは、心臓。脳への血流が止まり、もう長くはないだろう。 せめて、顔を確認して、最期の言葉を聞くぐらいのことしかできないが、それをやらなくてはけない。それが、この遠坂凜という間抜けに残された義務だ。 そうして、うつ伏せになった少年の顔を起こす。 時間が止まった。 よく見知った顔だった。向こうはこちらのことを良く知らないだろうが、こちらはこの少年のことを良く知っている。「やめてよね。なんであんたが……」 その横から、場の空気を読もうともしない、のん気な声がかけられる。「ふむ、見事にやられておるの。もってあと三十秒といったところかの? 主よ? なぜ助けぬのじゃ?」「助けられるなら助けてるわよっ!!」 八つ当たりだ。本当にみっともない。心臓破裂、脳死寸前の人間を何事もなかったかのように治す魔術など、この遠坂凜は習得していない。いや、しかし、アレを使えば……しかし、そう葛藤する自分の横から、「まったく、本当に未熟な主じゃの。どれ、不甲斐無い主に代わって、我がこの赤毛の小僧を治してやるとするかの」 そうして、無造作に自分の尻尾の一本を引き千切り、傷口に埋め込んだ。 アーチャーのしたことは、ただそれだけだった。しかし、ただそれだけのことであるのに、凜の腕の中にいる彼の心臓に空いていた大穴は塞がり、止まりかかっていた呼吸音は安定したリズムを刻み始めた。 恐らくは治癒を掛けると同時に、自分の尾を、欠けた体の部分と置換したのだろう。言葉にすれば、ほんのわずかだが、時間にしてほんの数秒でこれだけの芸当をやってのけるなど、伝説級の魔術師でもそうできることではない。「主よ。ただ、血がドバドバ出て、心臓に穴が開いて脳袋が死に掛かっておっただけではないか。これぐらい治せなくては一人前の魔術師とはいえぬぞ?」 言葉もない。あまりのことに悪態の一つもつけない。 これほど見事な手際で、この程度のこと出来て当然といわれると、毒気を抜かれるしかない。 「……そうね。確かにこれじゃあ、未熟者で半人前だわ、私」 いろいろ感情が渦を巻いて、そしてどこにも行き場をなくし、そしていつの間にか平静へと戻ってしまった。 その変化に精神が追いついていない 伝説として歴史に名を残すサーヴァントと自分自身を比べる自体が詮無きことではある。詮無きことではあるが、しかし、このサーヴァントが言う自分が未熟者の半人前であるという指摘は否定しようのない事実だ。「……行こ。アーチャー。こいつが目を覚ます前に帰らないと……」 その言葉を聴いて狐耳のサーヴァントは、「我をアーチャーと呼ぶでない。ほれ、帰りながらよき名前でも考えておくのじゃぞ。未熟な主よ」 そう不機嫌そうにつぶやいた。 もやもやが晴れない。なにか大事なことを忘れているような気がする。 サーヴァントの淹れたお茶を飲んでも、なにか自分はとんでもないミスをしているのではないかという気が晴れない。「しかしのう、主よ。記憶を操作するというのは結構じゃが、いったいどんな記憶を変わりに入れたのじゃ?」 時間が凍った。「……あんた、体を治すついでに、記憶を消したりしてない?」「……しとらんぞ? それは魔術師の主がやるべきことじゃろ?」 マズイ。非常にマズイ。 もしも、消したはずの目撃者が生きていたら? しかも、そいつの記憶が消えていなかったら? 答えは一つだ。 再度殺す。今度は念入りに。もう二度と迷い出てくることの無いように。 そもそも、アイツを助けたいと思うのならば、ただ傷を治すだけでは不十分だ。記憶を消して、なおかつ、そのことを周囲のランサーのマスターにアピールしなくてはいけない。 そこまで思考が進んだ瞬間、私たちは二人そろって夜の街を同時に駆け出した。「主よ? あの死に損ないの赤毛の家は知っておるのか」「ええ。私は中に入ったことはないけれど、知り合いが良く行くのよ」 空気が冷たい。 電柱を飛び越え、屋根を駆け抜ける。誰かに見られるというリスクよりも、アイツをすぐにでも保護したいという願望のほうが勝った。 アイツが死んでからざっと三時間。もしかしたらもう一度殺されているかもしれない。それとも、布団の中で丸まって寝息を立てているかもしれない。どちらかは判らないが、できることならば後者であってほしい。 ただの妄想だ。現実がそうである義務などないが、しかし、それでもそうであってほしい。「ふむ、ここまでくれば我にも判る。臭いがするの」「一体なんの!?」「槍男の臭いじゃ。近くにおるな」「急ぐわよ!!」 古くは武家屋敷であったらしいそこに間違いなくランサーの気配はあった。 度重なる衝撃音。 間違いない。ランサーがこの屋敷の中でアイツを殺そうとしている。 この音が止んだときがアイツの死んだときだ。 一秒の猶予もない。「アーチャー!! 行って!!」 そう命令を出した、その瞬間だ。 何かが来た。 覚えがある。 これは、自分がこの隣にいる狐耳のサーヴァントを召喚したときと同じ感覚だ。「――うそ?」 なんでこの屋敷でサーヴァントの召喚が行われているのか? アイツは魔術師でもなんでもないただの高校生のはずなのだ。 思考が混乱し錯綜し、そして停止する。 その間にランサーの気配と、新しく生まれたサーヴァントの気配が激しくぶつかり、そしてランサーの気配が屋敷の中から弾き飛ばされた。 状況を正確に把握できない。 一体何が起きているのかわからない。 屋敷から一陣の風が吹く。「主よ!? なにを呆けておるのじゃ。来るぞ!?」 その風と凜の間にアーチャーが割って入る。 塀を飛び越えて舞い降りたのは、風ではなく、白銀の騎士だ。 柔らかな月光を照り返す金髪に、緑翠の瞳。 少年のような瑞々しい、それでいて柔らかな少女の起伏を持った肢体の少女。 その少女がアーチャー目掛けて、容赦のない連撃を繰り出している。 ランサーの刺突を完璧に防いでいたはずのアーチャーが押し込まれている。その理由はすぐに氷解した。 少女の獲物が見えないのだ。 武勇に特化した英霊ならば、その獲物の形状に辺りをつけて、勘に任せて切り合うことをができたかもしれないが、アーチャーはそういったタイプのサーヴァントではない。いかにステータスが相手を上回っていたとしても、接近戦で相手の凶器が見えないというのならば、戦いになどなるわけがない。 あと数合の切り合いでアーチャーに不可視の剣が届く、かといって、その切り合いに自分が援護することは出来ない。宝石魔術を使えばアーチャーを背中から撃つことになりかねない。 つまり自分は見ていることしか出来ない。 アーチャーがなんとかするのを期待するしかない。 ここでも自分は無力だ。 その瞬間、「止めろ、セイバーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」 どうしようもないバカの声が夜の街に響き渡った。 とりあえず、バカを正座させた。 アーチャーは自分のことを半人前だというが、それならば目の前にいるこいつは一体なんだ? 素人のマスターで、モグリの魔術師もどきだということは判った。しかし、この町にいる魔術師で聖杯戦争のことを知らないというのは一体どういうことなのか? しかも、こんな奴にセイバーが召喚されるとは、世の中の構造が間違っているとしか言いようがない。「衛宮くん。令呪って三回しか使えないのよ? 判ってる? 仮にも敵のマスターを助けるために使うって貴方正気?」 そこに追い討ちを掛けるのはバカによって召喚されたセイバー。「その通りです。あのときに貴方が令呪を使わなければ、確実にこのアーチャーとマスターは倒せていました。それを令呪を使ってその機会を逃すということはどういうことなのか? 真意を聞きたい、そうでなくては勝てるものも勝てません」「いや、そのすまん。聖杯戦争とか、その良くわかってなくってだな……」 敵のマスターと味方のサーヴァント二人に延々と問い詰められながら説教されるバカの図。 味方は……いた。「いや、皆の者。そう責めるでない。我は感心しておるのじゃ。義理人情紙の如しというが、命の恩を命で返すというその姿勢が気に入ったぞ!!」「アーチャー……あんたは黙ってなさい」「何を言うか、主よ。学校でランサーに殺されかかっておったこやつを助けたのはどこの誰だと思っておるのじゃ? ここは一つ恩を着せてじゃな……」 黙れバカ2号。そうやって恩を着せるのが嫌だから、その話題には触れなかったのだ。そもそも、コイツが死に掛かったのはわたしの責任だ。それを治したところで恩を着せるなんておこがましいだけだ。自分で火をつけて、自分で消火しているようで気味が悪い。「……そうか、助けてくれたのは、遠坂だったのか」 バカはそう言い出してからこちらをなんともいえない眼で覗き込んだ。「やめてよね。これから私と貴方は殺しあうのよ。ありがとうとかごめんとか言い出したらぶん殴ってやるわよ? それに助けたのは私じゃないわ。この娘よ」「そうじゃぞ、言葉だけで済まそうなどと片腹痛し水虫かゆしなのじゃ。礼とは形に表してはじめて意味を持つのじゃぞ。ところでお主。料理は出来るか?」 意味がわからない。何ゆえ料理の話題が出てくる? というか、心底黙れ。バカ2号。 そんなこちらの心の声を無視して会話を続けるバカ二人。「ああ、出来る……と思うぞ」「ほう、それは重畳じゃ。ところで我は小腹がすいておるのじゃが?」 厚かましい。厚かましいとしか言いようがない要求である。「命の恩人に、なにか美味いものを振舞う度量ぐらいは当然あろう? そう思わぬか、剣の英霊よ?」「…………同意します」 セイバーは生真面目そうな顔を、少々曇らせてそう言葉少なく呟く。 なにやら嬉しそうにエプロンなどを取り出しているのは、バカ一号こと衛宮士郎その人だった。「わかった。命の恩人に、ちゃんとお礼しないとな!」 自分とセイバーに、もうこれ以上お説教されるのは御免とばかりに、台所への逃走を図っている。「ところでアーチャー。作るのは稲荷寿司でいいかな?」「うむ。命の恩人に精一杯のもてなしをするが良いぞ。ところでセイバーのマスターよ。大方この耳と尻尾を見て稲荷寿司と気を利かせたのであろうが、狐だからただ稲荷寿司で喜ばそうとは安直じゃぞ?」 図に乗るなアーチャー。「……そうか。すまない。確かに安直だった。なにか別なものに……」「早とちりするでない。ただの稲荷寿司ではといったのじゃ。究極とか至高とか言って二〇年間も親子ゲンカしておるツンデレどもが作るような稲荷寿司でないと我は満足せぬといっておるのじゃ」「――わ、わかった」 台所へと避難しようとした衛宮士郎。しかし、そこも残念ながら安全地帯ではなかったようだ。 心の贅肉ではあるが、一応あの狐耳サーヴァントの保護者として声をかけてやることにする。「衛宮くん。小さい子どもって、あんまり甘やかすと調子に乗るわよ」 その言葉と共に、バカ一号こと衛宮士郎は、がっくりと肩を落とした。「うむ。不味くはない。鰹出汁でさっと炊いた油揚げに何ともすっきりした味の寿司飯じゃ。千鳥酢に白ザラメで味をつけたな? 中に入っているのはよく煎ったゴマにほんの少しの柚子で、ふむ。何とも上品な味付けじゃな」 すっかりご満悦のバカ2号を無視して、当座の方針を決めるために話し合うことにする。「衛宮くん。これから時間を少し頂戴。貴方をこれからこの聖杯戦争の監督役のところへ連れて行くわ」「監督役? なんだそれ?」「ふむむ、一転変わって刺激的な味じゃ!! 葉胡椒の佃煮に、青唐辛子のみじん切り、むむ、ぴりりと辛いのは山椒じゃな!! びりびり、ひりひり、すーっとして、これは堪らん!! セイバーのマスターよ。貴様、良い腕じゃ」 うるさいバカを無視して話を続ける。「貴方、聖杯戦争について何も知らないのでしょう。このゲームについてよく知っている奴に会いに行って、貴方に一から説明してもらうの。衛宮くんは、聖杯戦争について知りたくはない?」「知りたいけれど、こんな時間に、あんまり遠くに行くのは良くないんじゃ……」「むほほ、今度は鶏肉のそぼろじゃ。三つ葉のみじん切りと煎り卵が滾滾と良い味を出しておる。止まらぬ。止まらぬぞ!!」「大丈夫、隣町だから急げば夜明けまでには帰ってこれるわ。なに、行きたくないの? 衛宮くんがそう言うんだったらいいんだけれど……セイバーは?」「アーチャー。貴方は食べ過ぎです。もうすでに半分以上食べているではありませんか。むむ、これは。戦いの最中に食べ物の観想を言うというのは不謹慎とのそしりを免れませんが、たしかに美味しい。確かに、それぞれが別の味で趣深い。いや、見事です。マスター。あ、凜。なにか言いましたか?」 バカが三人になった。「……もういいわ。とりあえず食べてなさい。食べ終わってからゆっくりと今後のことについて話をしましょう」 なんだか泣けてきた。 何がどうだかわからないが、とりあえず、どこかひとりになれるところはないだろうか……。※誤字のいくつかを訂正しました。まだあるかも…… 申し訳ないです。