<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

TYPE-MOONSS投稿掲示板


[広告]


No.34379の一覧
[0] 【月姫】七つ夜に朔は来る【オリ主もの?】[六](2012/09/19 16:31)
[1] 第一話 黄理[六](2012/09/08 21:12)
[2] 第二話 志貴[六](2012/09/09 20:34)
[3] 第三話 とある女の日常[六](2012/09/09 20:58)
[4] 第四話 骨師[六](2012/09/10 08:36)
[5] 第五話 梟雄[六](2012/09/10 09:47)
[6] 第六話 ななやしき君の冒険 前編[六](2012/09/12 11:12)
[7] 第七話 ななやしき君の冒険 後編[六](2012/09/19 16:29)
[8] 第八話 蠢動[六](2012/10/23 11:06)
[9] 第九話 満ちる[六](2012/10/26 18:36)
[10] 第十話 月輪の刻[六](2012/11/03 09:25)
[11] 第十一話 紅き鬼[六](2013/01/10 12:13)
[12] 第十二話 鬼共の饗宴[六](2013/02/24 11:13)
[13] 第十三話 Sky is over[六](2013/04/17 00:45)
[14] 第十四話 崩落の砂時計[六](2013/06/29 18:01)
[15] 序章終極 鬼の哭く夜に、月は堕ちて夜は終わる[六](2013/07/13 10:17)
[16] 刀絵巻 百花繚乱/曼荼羅地獄絵図[六](2014/01/29 21:59)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[34379] 第七話 ななやしき君の冒険 後編
Name: 六◆c821bb4d ID:40472e46 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/19 16:29
 その日、私は悩んでいた。

 恥ずべきことだとは分かっていた。
 だが、自らを律しようとする理性と、私を掻き乱す本能がせめぎあっているのだ。羞恥や背徳を超越する欲望によって。
 胸の鼓動が高まり、鳴り止まない。
 恐る恐る手を伸ばそうとして、いや、やはりやってはいけないとその手を押さえる。だが視線はそれに釘付けで、逸らすことが出来ない。

 それでも、私は、私は……!

 正座で座る私の目の前の座布団に置かれた布。
 それは何者にも価値がなく、はっきりと取るに足らないものだと認識されるだろう。だが、それが私には、とても甘美なものに見えて仕方がない。

 だが、だが、私は、私には―――!

 切欠は些細な、それこそどこにでもあるようなことだった。
 今日、私はいつもと変わりなく屋敷の家事を行っていた。
 朔のために朝餉を作り、朔と共に食事を取り、その後訓練に向かう朔を見送り、昼食には再び朔と食事を取った。
 食後しばらく朔の部屋にいたかったが、まだ家事が終わっていなかったので朔と少しばかり言葉を交わし母屋に向かった。

 屋敷の家事は私が全て受け持っているわけではない。
 この屋敷には使用人はおらず、主に家事を担当しているのは私と義姉様だ。

 義姉様は私と違って大変女性らしい方で、私の憧れでもある。
 料理は美味しく、その身のこなしも参考になることばかり。さすがあの兄様と契りを結ぶ方で器量良く、何一つ取っても私なんぞでは逆立ちしても太刀打ちできない方だ。

 だが、だからと言ってこの屋敷の家事の全てを行えるわけではなく、私としてもそれは忍びない。
 更に言えば家事は数少ない私の趣味でもある。なので家事の負担を減らすため義姉様だけにやらせるのではなく、私も家事を行っている。

 そして私は母屋にて溜まっていた服を纏めて洗っていた。
 それもあと少しのところで、ふと何気なく残った洗濯物を確認したのだが、その中にひとつ、あるものを見つけてしまったのである。

 いつもならば、いつもの私ならばそれをそのまま洗い物として洗い済ましていた。だが、その時は止まってしまった。
 それがなぜだか、今となっては検討もつかない。
 ただ、私はそれ以外の洗濯物を洗い終わると、それを衝動的に着流しの袖の中にしまい、他のものを干し終わると急いで部屋に戻ってきたのだ……。

 改めて目の前にある品を見る。

 ……はっきりと言ってしまえば、朔の下着だ。

 それが目の前、敷かれた座布団の上に乗っかっている。

 果たして私は何でこれを掴み取ってしまったのか理解できない。
 ただ朔の汗やら体臭やら、その他諸々が染みている可能性があり私としても何とも甘美な予感があの時はして思わず手に取り匂いを嗅いだり口に含んで唾液に混じり滲み出た汁くぁwせdrftgyふじこlp!

「―――っは!」

 危ない危ない。

 もう少しで踏み出してならない領域に足を届かせようとしていた。

 だいたい朔はまだ子供。調べた限りでは精通もしていない。
 それなのに手を出しても意味は無いだろう。

 伸ばしかけた手を息を吐きながら戻そうとし、一瞬過ぎる未来の展望にそれは空で止まった。

 ……待てよ?
 私は七夜なのだし近親相姦は全然構わないのでそこらへんは問題にしていない。
 むしろばっちこいだ。

 七夜は早い内に子供を授かるのが望まれている。何せ七夜の家業はあれだ。
 将来現役は難しく、肉体の衰えなどで第一線を引く事が多くない。

 翁?あいつは駄目だ。あの狡猾な突撃莫迦を当てはめて考えてはならない。

 この歳になって私が未だ誰とも契る事が無かったのは、私自身身を固める必要性を感じなかったこともあるだろう。
 しかしそれ以上に七夜の男に感じ入るものがなかったのだ。
 魅力と言えばいいのだろうか、それがこの里に生きる者には感じられず、好き合ってもいない者と結ばれる事もいただけず、ずるずると時は流れていった。
 そしてそのまま私は老いていくのだろうと思う。思っていた。
 だがそれは朔の存在で覆される事となる。

 朔と触れ合うこと七年以上。着実に私たち兄弟の血をひいた成長を見せている。
 それを側で見守り続け、同じ時を過ごしていくうちに、私の中のナニカが産声を上げたのだ。

 今まで感じたことも無いような温度。朔の事を思うと胸が締めつけられるほどに切なくなる。
 始めこの感覚はなんだろうかと戸惑い、しかし誰かに相談することも出来ず我慢していったのだが。

 最近になってそれが抑えつけられなくなってきている。

 朔は子供ながらにその肉体は早くも男性的な引き締めを成しているが、ふとした時に見せる歳相応の幼さ、それに目を奪われる。
 訓練後の僅かに乱れた着流しの隙間から覗く身体。あれは素晴らしい。
 胸の鼓動が早くなり、少女のように赤面したものだ。

 朔の近くにいる志貴にも時たまそれに近い衝動が起こる。
 だがそれは朔以上ではない。志貴には感じられぬ、私を突き動かさざるを得ないナニカが私の中にはある。

 朔が寝静まった後の茫洋な気配がなりを潜めたあどけない寝顔など興奮した。
 思わず全力で気配を消し、その頬に触れ、挙句の果てには興奮の末、頬を舌で舐めてしまった。
 あれは良かった。気配を読む事に長けた朔からこのような事が出来ることは全くといって良いほど無い事だった。
 いつ朔が目覚めるかも知れぬ緊張の中、沈んだ夜の空気に頬を舐める湿った音のみ聞こえてくるのだ。

 あの時はそれ以上進めば止められなくなりそうだったのでそこで止めたが、もし次同じような機会があれば次はもう少し大胆に行ってみたいと思う。

 それは兎も角。

 問題となるのは朔の年齢。
 未だ子供であるから性交は出来ない。意味が無い。
 だが、もし今後朔を狙うような輩が現われた場合はどうだ。
 朔は受動的だ。もしかしたらそれを受け入れ、挙句の果てにはそのまま……。

「駄目だ。それだけは駄目だっ」

 朔がまだ赤子だった頃から育ててきたのは私だ。そんなどこの馬の骨かも分からぬ女に青い果実を掠めとられるなぞあってたまるかっ。

 そうだ、私には責任がある。朔を育てている私には朔の成長を確認する責任があるのだ。ならば朔に関する事の大抵は私自身の目で知っておかなくてはならない。

 朔のためならばこの下着をどう扱おうとも問題ない。むしろ誇るべきではないか!

 ――――答えは、得た。

「ならば。……躊躇う必要は、無い」

 良心の呵責やら理性によって震える手に力をこめ、恐る恐る朔の下着に手を伸ばし掴んだ。
 その厚みの何て頼りない事。このような薄布で、朔のあ、あ、アレは包まれているのか。赤面を自覚する。

 しかし、手に包まれた下着を見て、迷う。

 私は本当にこれを行ってもいいのだろうか。決定的な間違いを犯そうとしているのではないか。

 不意に浮かんでは消えを繰り返す私の弱さ。
 そして私は弱気な私を叱咤した。
 そう、これは私のやらなければならない事。
 私の責任、私だけの義務だ。私がやらずに誰がやるっ!

 心臓が痛いほど脈打っている。全身が熱を持ち、眼前にある布しか目に入らない。

 そうだ、躊躇うことない……!

 そして私は、ゆっくりと朔の下着を嗅ぐ。

「――――――――――――――――――っ!!!!」

 禁忌を犯すような背徳感が、私の背筋をなぞる。

 鼻腔が朔の匂いで満たされていく。少しばかり汗の混じったその匂いは、あっという間に私の中を蹂躙していく。
 痺れにも似た感覚が全身を駆け巡り、私の頭の中は次第に白くなっていく。

 嗚呼、これは、良い。

「あ、ふぁ……」

 全身が幸福感で包まれている。
 深く鼻で呼吸を繰り返す。その度に朔の匂いが私を染める。
 私が満たされる。私は満たされる。朔が満たされる。朔に満たされる。

 今まで私は、これを知らずにいたのか。なんて、愚か。なんて、無様。

 朔、朔、朔、朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔朔さくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさくさく―――――――――っ!

 呼吸が幸せとは、考えたことも無かった。

 だけど、これでは足りない、これだけでは足りないと私の中の更なる欲望が熱を持って訴える。
 朔の下着。それは今、私の息で少し湿っている。
 これを、もし、口に含んだら……。

「はぁぁ……っ」

 それを思うだけで、艶めいた吐息が私の口から漏れる。そして、そんな女らしさを持っていた自分に多少の驚きがあった。
 そして私は内側から起こる衝動のままに、ゆっくりとその布を私の口元の中へ――――。

「……あの、少し、よろしいですか?」

「わああああああああぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ!!?」

 突然話しかけられた。
 それに義姉様の声で今気付いた私は、思わず悲鳴をあげてしまった。
 そして声の方向に全力で顔を向けると、開かれた襖、そこには困ったような表情をした義姉様が私を見ていた。
 その苦味の混じった視線の先には私の口の中へとっさに入れた朔の下着。
 
 ……終わった。

 □□□
 
 それを見たとき、志貴は言葉も忘れて見入ってしまった。
 突然目の前に現れた小山は志貴にとって想定外もいいところ。無論魅了だとか、憧憬だとかそんな肯定的な感情ではないが。

 大きい。ひたすらに大きい。

 大人の者でさえも見上げてしまうような、そびえるキノコが、そこにはいた。

 小山の如きキノコだった。
 先ほどまでの愛嬌はどこにやら。見かけ、腕を組んだ筋骨隆々なキノコである。
 一頭身であったはずのキノコは今では人間のような構成と化していた。

 岩の如き大胸筋、見事な割れ目を成した腹筋。
 筋肉繊維まで見えそうな上半身であり、その下半身もまた然り。それでも顔に当たる部分はキラキラとしたデフォルメの眼が何とも言えない。
 子供ながらに志貴はその肉体の脅威に晒され瞠目した。だが何だろうか、この何とも言えぬ虚脱感。言葉にもし難い様相を成している。
 しかし、事はそれどころではない。

 志貴が見上げるような高さを誇るキノコであるが、その身体の造りは男性の構造に酷似している。
 つまり、それが確認できると言うことは、キノコは男性の肉体でありながら、裸体を曝け出していることに他ならない。
 裸体である。裸体、なのである。大事なことなので繰り返す。

 そして、志貴にはそれが見えた。

 人間的構造、それも男性体に極めて酷似したキノコ。

 それの股間部分。志貴は見上げてしまったので、はっきりとモロである。

 その部分に、先ほどまで散らばっていたサイズのキノコがちゃっかりと、おられている。

「うっわ……」

 志貴絶句。

 誇るように其れを突き出す巨大キノコ。何処からか「投影拳!」と聞こえてきたのは気のせいだろう。そう信じたい。
 仁王立ちのそれに時折その部分にいるキノコがピコピコと動いているのが、何とも不可思議である。

 それが、二人を見下ろしていた。腕を組み、股間を誇張する巨大筋肉キノコ。
 どこぞのボディビルダーもかくやのマッチョっぷりに志貴はドン引き。既にドン引きしていたが。
 そしてそれは、志貴たちを見てその顔を歪ませた。それは企みが成功し、そのまま勝利を確信したような表情であった。

 組まれた腕が解かれる。

 そしてその手が高く高く、その巨体からかゆっくりと持ち上がっていく。
 天高く上げられた拳が暗い森から、僅かしか入り込まない日差しを遮る。

 恐らく、その馬鹿らしい大きさの手を叩きつけるつもりなのか。
 その動きは愚鈍であるが、巨体から鑑みるに決して軽く見ることは出来ない。当たれば二人なんて轢き殺された蛙と化す。

 しかし、人は突発的な事態に遭遇した場合、動きが止まるものである。それは志貴もまた例外ではなかった。
 いや、だってこんな相手と対面するのだ誰が想像できるだろう。志貴の視線は巨大キノコ、股間のキノコに釘付けであった。

 が、何事もうまくいくようには出来ていないのがこの世の常。

 この突発的な事態を既に体験していた人間もここにいたのが、キノコ最大の不幸だった。

 ――――志貴の隣で、朔が動いた。

 呆然とし動けないでいる志貴には目もくれず、臨戦態勢を解き放ち、キノコに向かって飛翔した。ハッとし、志貴は朔の姿を追う。
 無茶だと思った。あまりに巨体、あまりに巨大。そのようなものに挑むのは無謀だと。
 朔が負ける姿は想像できないが、しかし確実に手痛い目に会うことは容易に想像できた。

 しかし、朔はそのような志貴の慮りなぞ知らないかのように、拳を打ち下ろすキノコに向かっていった。

「兄ちゃん!!」

 激突の寸前、志貴は思わず目を瞑ってしまった。朔が叩き潰された姿を恐れたのである。

 砂を打つ様な、くぐもった音がした。

 それが耳に入り、志貴は朔が負けたのだと思った。信じられるはずなかった。だが、あまりに両者の差は広がりすぎていたのだ。
 それを埋めることが、出来るはずがない。そう志貴は思い込み、次は自分なのだと思った。

 だが、待てどもその時は訪れなかった。何が起こったのかと志貴は恐る恐る目を開き。

 ――――巨大キノコの股間のキノコに拳をめり込ませた朔の姿が見えた。

「うわ……」

 志貴、この短い時間でまたも絶句。

 朔の拳は真っ直ぐに股間キノコへと突き刺さり、見るからにその形状を陥没させていた。
 どの様な威力を込めればそのようになるのか。朔の渾身の一撃にキノコの顔は潰れ、皺が寄り、ほとんど確認出来ない。
 その手足が痙攣しているのが痛々しい。

 しかし、それ以上に痛そうなのがそのキノコの親玉、巨大キノコである。

 股間とは男女問わず急所である。人間の身体には様々な急所が存在するが、最もポピュラーな急所として股間があたる。
 そこを陥没するほどの威力で打たれたのである。

「(あ、腰が引けてる)」

 朔の攻撃に晒された巨大キノコであるが、あの堂々とした態度から一変、仁王立ちが内股と化し、膝に力が入らないのかガクガクと震えている。
 あのキラキラの瞳は今では涙目である。そして志貴もそれを見て、少しだけ内股になった。

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」

 数瞬遅れ、キノコが絶叫を上げた。すわ怒りに襲い掛かってくるのかと、志貴は身構えたが、キノコはその場に座り込み、股間を抑えていた。
 地響きを鳴らし、内股の女の子座りである。

 そりゃ確かに痛いわなぁ、と志貴は納得していたが、その志貴にいつの間に戻ってきた朔が話しかける。

「志貴」

「どうしたの?兄ちゃん」

「逃げる」

「え、そうなの?」

 志貴の問い返しにコクンとひとつ朔は頷く。志貴はそこで先ほど朔がこれは殺せないのだと言っていたのを思い出す。
 合体キノコやマッチョやら股間のキノコやら立て続きに見てしまい、脳がすっかり動かなくなっていた志貴であった。

 一先ずこのキノコが股間を抑えている間は安全だと教えられた志貴は朔の言にしたがい、その場を離れることにする。
 怒り心頭と化したアレを相手するのは嫌だったし、志貴としても流石にそのような倒せない相手にもう一度会いたいとは思いたくない。
 頭からあの姿が離れないので暫くは夢に出てきそうだ。もし今日そうなったら朔と一緒に寝ようと考えた志貴は、ふとある疑問を感じた。

「兄ちゃん。もしかして前にアレとあった時も、あれやったの?」

「ああ」

 無表情に答える朔に志貴は若干の戦慄を感じたのであった。
 ――――男の象徴をそんな簡単にポンポンと潰せてしまうなんて!
 男として生まれた朔にもあの痛みは分かるだろう。分かってやるのかそれを!と、内心朔は絶対に怒らせたくはないと誓う志貴だった。

 □□□

 時は進み、志貴と朔は森を進んでいた。暗がりの森は方向感覚を狂わせ、自分が何処から来て何処に向かいたいのか惑わせる。
 志貴は自分が飽きるまで進むと決めており、朔はそんな志貴を先頭についていくのみである。そもそも目的地があるわけでもない。

 あの巨大キノコから逃げおおせる事に成功した二人はとりあえず現在地がどこかも分からぬまま好きな方向、主に志貴の進みたい方向へと進んでいる。
 倒壊した巨木を乗り越え、苔生した岩石に腰掛け、幾重もぶら下がる蔦をかわし。
 最早森は暗さを増して木々の隙間から差し込む光は少なく、湿気が生じ空気は少し涼しくなってきている。
 その仄かに暗い森を進むのは若干の不気味さが生じるものなのだが、志貴の目的は冒険であり、また散策である。これくらいバッチコイと意気込んでいた。

「ねえねえ、兄ちゃん」
「何?」

 それでも多少の不安はあるため、志貴はひっきりなしに朔へと話しかけていた。
 いくら冒険心という火薬があれども、それは爆発するだけのものでありそれを揺ぎ無く持たせ続けるのは困難である。
 森はその本性を曝け出し、やがて志貴に己の幻想がどれほど輝かしく、そして脆いものかを時機に教えることになるが、それを知らぬ志貴はこの身に巣くう不安を持て余しており、それは朔と会話をすることで何とか誤魔化していたのだった。

「兄ちゃんはいつも森で何してるの?」
「訓練」
「どんな訓練?」

 志貴としてはそれも気になるところであった。
 朔は黄理に直に教えを受ける。それは志貴でも出来ぬことであった。
 確かに志貴自身、黄理の子という事で才はある。この若さにしてその片鱗を見せているだけでも充分だとは思う。
 しかし、それは朔を見ると少々見劣りせざるを得ない。

 七夜朔は里で密かに鬼神の子と呼ばれているように、その才は留まることを知らない。
 黄理の訓練に喰らいつき、更には大人の七夜との戦闘に勝利するなど、志貴には出来ない事を達成している。
 志貴にはそれが凄くて、そして少しだけ悔しいと感じていた。
 志貴と朔は同年代の子供であり、その歳の差も二つしか違わない。しかし、差は縮まるどころか更に離れているような気がするのだ。
 なので、この機会に何か特別なことをやっているのか聞こうと思った次第なのである。

「閃鞘、閃走で森を動き回る」
「……それだけ?」
「ああ」

 しかし、朔の答えは志貴の望むようなものと違っていた。

 閃鞘、閃走。それは七夜に伝わる空間利用術である。
 関節の可動域を広げ強化することで可能な、人間には本来出来ない急制動及び加速を生み出す七夜の術理である。

 無論、志貴は七夜であるので、それは使える。朔を除けば志貴は里の子供の中で一番にそれを使えるようになったのだ。当然自信もある。
 なので朔の答えは少し期待はずれであった。

「むむむむ。んじゃなんで兄ちゃんはそんなに強いの?」

 倒れた巨木の上を進みながら志貴は言う。どれほどこの場所にあったのだろう。その樹皮は苔むしている。

「強くない」

 朔はそんな志貴を見ているのかも分からぬ茫洋な瞳。その瞳に森の姿が写されている。

「え、なんで?兄ちゃん強いじゃん」
「強くない」

 志貴の言葉を跳ね返し、朔は言う。

「御館様のように、強くない」

 なんだそれ、と志貴は思う。黄理は志貴の父親であり、七夜の当主なのである。
 それはつまり父はこの七夜で誰よりも強いという事で、その父のようにとは如何な事だろう。

「御館様には、まだ遠い」

 目標が高い、という事なのだろうか。それならば朔はまだ先を見据えていると言う事か。

「ふうん……」

 そうして志貴は流したが、誰が知るだろう。
 朔には、其れだけしかないのだと言うことを。

 志貴はちらりと、朔を見た。
 藍色の着流しを着た子供。鋭い目つきに、あいも変わらずの茫洋な瞳である。
 子供らしくない雰囲気を持った、志貴と同じくらいの歳の少年。
 抜き身の小太刀を左手に握るその身のこなしは今でも重心にブレがなく、いつでも戦闘可能なポジションへ極自然に移動している。

 ――――もしかしたら、僕を守ろうとしてるのかな。

 何となく志貴は思い、朔に真意を聞こうとして。

 その姿が掻き消えた。

「あれ?」

 そして志貴はそれと直面した。

 最初、志貴はそれが何なのか理解できなかった。
 何か、影が躍り出たのだと思っただけだった。
 だって信じられないだろう。
 今しがた朔がいた場所に。
 蔦が襲い掛かってきた。

「な、なにこれ……」

 生きてるように、蠢くように、その苔むした色の蔦は幾重にも襲い掛かってきたのである。
 森を構成する木々の隙間から、地面から、草葉の中から、それは何本も現われ朔がいた場所の埋め尽くす。その様はまるで触手。

 視界一杯に現われたそれは、まるで捕食しているのかのようだった。
 そして、それらは志貴を見た。音にしたらぐりゅん、とした感じで。

「ひっ!?」

 ヤバイヤバイヤバイ、と志貴の本能が悲鳴をあげた。
 いきなりのピンチである。なんだか分からぬが、アレに捕まえられると十八禁もしくは「ヒギィっ!」どころではない展開がやってきそうな気がした。

 もしかして朔はそれを知っていて姿を消したのかと、志貴は慄いた。
 
 ―――瞬間である。それらが志貴に向かって襲い掛かってきた。

「う、うわああああああああああ!!」

 志貴は悲鳴をあげながら逃げた。
 咄嗟に閃走でそれらを振り切ろうとしたのだが、其れよりも早く触手は志貴を捕らえようと動きまわる。襲い掛かるそれらはまるで土石流のようであった。

 束となって迫るそれを寸でのところでかわし、次は何処から来るのかと確認をする前には地面に振動。
 咄嗟に飛んでみると、そこから木の根っこのようなものが生えてきて、これまた志貴を狙う。
 それを間一髪と安心する暇もなく、飛んだ志貴の背後から蔦が左右分かれて襲い掛かってきた。志貴は飛んだことが間違いだったと、何とかして身体を捻り、それを避けた。

 しかし、志貴の閃走、また閃鞘は未だ使えるのみであって、極めているわけではない。
 何が言いたいのかと言えば、朔と比べ圧倒的に修練が足りないのである。
 次いで状況判断、または空間把握に関しては今までこのような体験もしていなかったので論外である。
 なので志貴は簡単に追い込まれていたりする。
 志貴としても必死だ。次々と襲い掛かる植物たちに対処が追いついていない。
 今の所、何とかして回避はしているが、どうにも危うい。そして志貴自身このような状況に対応することも出来なかった。
 予測を立てることもなく、目の前に現れる障害をやり過ごしていく。

 故に、志貴はピンチだった。

「こんのおおおおおお!!」

 目まぐるしく変化していく状況に志貴は避けるために、倒れた大木の苔むした樹皮を走っていく。
 何とか気合で乗り越えようとするが、既に視界は襲い掛かる植物で覆われていた。最早脱出するには包囲網が完成しつつある。
 僅かな隙間しかなかった天井は覆われ、日の光は遠く轟く植物たちの動きだけがあり、志貴が逃げる樹皮の先に、なにやら枯れ木の化け物が鎮座していた。

 それに気付いた志貴、動きが一瞬遅くなる。
 そして、植物たちは当然それを見逃すはずがなかったのである。

「あ」

 やべえ、これ死んだ、と志貴は視界に迫る植物たちを見た。
 植物たちは呆けるような志貴に容赦なく殺到していく。

 志貴は、自分の未来を想像し。

「ぐえぇっ!?」

 その首根っこが思い切り引っ張られていく。

 突然の衝撃に志貴は噎せる。そしてそのまま志貴の体はバウンドするように樹皮を進んでいく。
 引っ張られる感覚に、志貴は何事かと着流しを引っ張る存在を見やれば。

 朔が、いた。

 どこからか現われた朔はそのまま志貴をその背に乗せて、おんぶの体勢となる。
 その時点で朔に助けられたのだと状況を把握した志貴は、朔に礼を言おうとしたのだが、朔の軌道に唖然とし言葉を失った。

 加速。急制動。地上にいるかと思えば、いつの間にか二人は空にいた。
 視界が流れる、なんてモノではない。急激な移動に、志貴は気付けばそこにいたのである。
 天を覆い尽くす木の葉が手を伸ばせば触れられそうな距離にあった。
 空にいる朔めがけ、再び触手が襲い掛かってくる。
 志貴はその量に悲鳴をあげた。どういうわけか、先ほどまでとは段違いの触手がやってくる。
 それはまるで鉄砲水の勢いで、複雑に絡まりあうかのように迫る。

 だが、再び志貴は時間を加速させたような感覚を受ける。空気が圧力を持った。
 それに志貴は突っ込んでいき、自分が大海に包まれたような気がした。

 その急加速に景色が見えない。

 思わず目を瞑った次には、朔は樹皮を走っていた。
 どういう軌道を描いたのか目を瞑ってしまった志貴には分からないが、あの決して近くはない間隔をどう詰めたのか。しかも着地の瞬間が分からなかった。

 志貴が驚いている合間に朔は風を切って走る。
 その直線状にいる、枯れ木のような化け物に向かって真っ直ぐに。

「ににに兄ちゃん!?前、前前前!」

 志貴の慌てように気付いているのか、朔は反応すらせず、それに向かっていく。真逆、そのまま突っ込んでいく気か。
 ヤバイ、朔ならやるっ、と志貴は恐怖を抱いた。

 目前にいる枯れ木は、巨木がそのまま枯れてしまったような木でありながら、それには長い枯れ木の手足がついていて、その胴体のような場所には顔らしき穴があった。何と言うか、某指輪物語に登場してきそうな植物である。
 先ほどのキノコもそうだが、この森は何なんだと志貴は始めて来た森に改めて恐れを感じた。
 しかし、そんな志貴なぞ関係ねえ、と朔は走る走る。朔の行進を止めるかのように植物たちが襲い来るが、それを軽々と朔はかわしていった。

 すると、志貴はこの状態にあって何気なく後方に振り向いた。
 なかなかいい神経をしているが、ぶれる体勢と突き進む朔に現実逃避を始めたのである。

 だが、それが間違いだった。

「げっ!」

 なんか巨大キノコが腕を組みながら浮遊し迫ってくる。それも夥しい数のキノコたちを引き連れて。
 回復したのかとか、またこいつかとか、股間のキノコは無事だったのかとか、なんで浮遊しているのかとかは考えなかった。

「もう、いやだなあ」

 ただ志貴は森に来たのを後悔し始めた。
 その呟きも力なく、思考は現実逃避をしたままである。

 そんな志貴を置いて行き、朔は迫るキノコ、待つ枯れ木の化け物に挟まれてしまったのであった。
 もうやべえ、もう死ぬ、と志貴は今日何度目かも分からぬ死を予想した。

 そして朔は枯れ木に突撃していき、

 するりと、その隙間を通っていった。

「あ、あれ?」

 予想と異なる展開に戸惑い、志貴は横切り後方に置いていった枯れ木やキノコを見る。

「「―――――――――――――――――――――――っ!!!!」」

「……」

 なんかガチバトルしていた。
 キノコは組んでいた腕を解き、枯れ木は鎮座から立ち上がり。

 拳と拳が唸りを上げながら互いの顔を殴打していた。
 なんだろうか、彼らが殴るたびに囲う木々が揺れる。怪獣大作戦もかくやの戦いっぷりである。

「ああ……」

 しかし、志貴はそんな光景を見ても納得するしかなかったのだった。
 いや、なんかもう受け入れるしかないなあ、と志貴の脳は判断するのであった。

 なかなか賢い脳である

 □□□

 時が少し経ち、志貴はある程度進んだところで降ろされた。
 植物たちはもう襲いかかってこず、森は落ち着きを取り戻し、あの怪獣どもの殴り合いは夢だったのだと志貴は自身にそう言い聞かせた。

「あ、ありがとう兄ちゃん」

 朔に助けられたのが嬉しくも恥ずかしかったので、志貴は少し頬を赤くしながらそっぽを見る。
 しかし、朔は「別に」とそっけない態度であり、ちょっと怒っているのか、と志貴は思ったが考えてみればいつも通りの事だった。

 だが、落ち着くと今自分は何処にいるのかと志貴は不安が増す。
 最早森には常識が通用しないと知った志貴は帰りたくなってしまった。だが、帰ろうにも今自分たちが何処にいるのか分からず、里が何処にいるのかすら分からなくなってしまった。
 迷子だと自覚が芽生え始めたのである。

「ねえ兄ちゃん。ここ、どこか分かる?」

「分からない」

「ですよねー」

 とりあえず朔に聞いてみたが、朔は首を横に振るだけだった。

 さて、本格的に焦り始めた志貴は考える。幼い脳を絞って考えてみる。
 やれる事は少ない。帰る手段としては来た道を戻ればいいだけなのだが、植物たちに襲われたのと、朔に行き先を任せっきりだったので、そんなもの把握していなかったりする。
 闇雲に森を進んだら、それこそ森の餌食になりそうだし。

 あれ、帰れない僕?と志貴は絶望する。
 ではここで野宿もありえるのか、と志貴は赤みを帯び始めた空を見やる。夕刻が近い。

 周りは更に深さを増した森。ジメジメとしていて空気の冷たさも増している。
 現在二人がいるのはそんな森の開けた場所であった。そこには苔むした地面と、志貴ほどの大きさがある石がチラホラとある位である。
 この場所で自分は寝るのか、と志貴は思った。

 幸だったのが朔がいる事だろう。朔ならなんか普通に野宿ぐらい余裕そうだ。
 適当に食べ物も取ってきそうだし、寝床も確保できそう。いや、寝床は無理だろう。朔はそこのところ無頓着っぽいし。
 ただ、朔がいるという事実が良かった。寂しくない。自分が兄と慕う少年の存在に志貴は感謝した。

 だが、そんなすぐさま野宿に気持ちを持っていけるほど志貴は大人ではない。普通に里に帰りたいし。

「でも、兄ちゃん。どうしよう」

 取り敢えず志貴は再び朔に聞いてみた。
 隣に朔はいなかった。

 志貴から離れるように朔は歩いていた。

「兄ちゃん?」

「……」

「ちょ、兄ちゃんっ」

 慌てて朔に追いすがる志貴だったが、朔は言葉も返さなかった。

 それを不信に思った志貴は取り敢えず朔の後ろについていく。はて、朔がこのように志貴の言葉を無視するのは珍しい。
 勘違いされがちだが、朔は話しかければ反応を示す。ただ極端な無愛想と無口なだけである。
 話しかけても言葉を返さぬこともあるが、しかしそれは無視ではなく、他に優先するべき事があるからなのである。

 いつも朔の側にいる志貴だからこそ気付いた事。
 これが訓練以外は最低限しか関わることのない黄理や、食事を作り世話を行っている叔母も気付いているかもしれないが、志貴としてはそれを自分だけで気付けたことが嬉しかった。

 朔は進む。木々の合間を抜け、広場を少し離れ、岩場に囲まれた場所に出た。
 静謐な空間だった。冷たい湿気漂う、森の聖域のようにも思えた。
 そしてその中央。苔むした地面。

 そこに、一輪の赤い花があった。

「志貴」

 それは、彼岸花と呼ばれる花だった。

 美しい花であった。葉もなく、花弁だけの植物。
 赤い花弁が咲き誇る、たった一輪の花。
 他に彼岸花は見当たらず、これしか生えていないようである。

 しかし、志貴にはこれが一体どんな花なのか知らなかった。

「なあに、兄ちゃん?」

 彼岸花へと近づき、朔はそれを見下ろしたまま話しかけてきた。

「これは、綺麗?」

 たった一人で咲き誇る彼岸の花を志貴は見入った。その孤高にも似た存在感は、まるでこの場所がこの一本の花のためだけにあるようにも感じられた。
 その独特の姿と、細く長い赤の花弁は、今にも折れてしまいそうで儚い。

「うん……綺麗なんじゃ、ないかな」
「そう」

 そして朔は少し間を空け、

「これは、綺麗なのか」

 と一人呟いた。
 肯定や否定の混じらない、更には納得すら滲んでいない、透明な声であった。
 そして、志貴は少し感づいた。

「兄ちゃん。もしかしてここ来た事あるの?」

「ああ」

「ッ! なんで言ってくれないのさっ」

「そう聞かなかった」

「分かってるって事じゃん」

「ここが何処なのか、分からない」

「そうなの?」

「知っているだけ」

「……」

「……」

 □□□

 後日談。と言うかその後の話。

 志貴と朔は帰り道を知っていたと発覚した朔の先導にしたがって里に帰ってきた。
 その途中仰向けに倒れ伏した巨大キノコと枯れ木を見たが、どうやら引き分けに終わった様だった。

 志貴と朔が里に帰ってきたのは夕刻も過ぎた真夜中の事であった。
 流石にお腹が減ったなあと思いながら里に帰ってきた志貴は、里の大人全員による捜索隊が組まれていて、運よく、あるいは運悪く、そこで志貴と朔がいかに可愛らしいか演説している黄理と出くわしてしまった。

 そこで志貴と朔がいかに素晴らしいかを声高々に語っている黄理の姿に一瞬驚いた志貴は、その話している内容に照れてしまったがそれは割愛。

 討伐隊が森に向かう前に帰ってきた二人は良かったものの、志貴は母に頬をはたかれた後、どれだけ心配したかを教えられ申し訳ない気持ちになった。
 翁にも軽い説教を受けてしょんぼりした。
 その側では朔も叔母に怒られていたが、全く話を聞いていないようだった。
 ただ叔母の手に朔の下着が握られていのが気になった。

 その二人を見て大人たちは良かった良かったと喜んでそのまま宴会へと突入した。無論一番はしゃいでいたのは黄理だったとここに記しておく。

 さて、大人たちが里の広場にて宴会騒ぎで盛り上がっている頃、志貴は朔の離れに訪れていた。
 夕餉を済まし、風呂にも入り今夜は朔と一緒に眠るためであった。

 離れに訪れた志貴を朔は特に何も言わず受け入れ、二人はひとつの布団で就寝についた。

 そして、今日の出来事を思った。

 今日は大変だった。
 意気込んで森に行ってみれば歩くキノコに遭遇するは、そのキノコと朔は乱闘するは、敗れたキノコたちが合体するは、植物に襲われるは、枯れ木の化け物に遭遇するは、その枯れ木と巨大キノコのガチでセメントを目撃するは、迷子になるは。

 兎も角一言では語りきれぬほど、今日という日は濃い一日であった。

 確かに森は危険で、一杯怖い思いをしたが、それ以上に楽しかったと志貴は満足していた。
 未知との遭遇はドキドキしたし、言ったこともない場所に行くことはワクワクした。
 勿論、また行きたいとは思わないが。

 志貴は隣で寝ている朔を見る。朔は耳を澄まさなければ聞こえないほど静かな寝息をたてて眠っている。
 志貴はそんな朔の無防備な寝顔が好きだった。この時だけは朔は自分とあまり変わりのない子供のように見えるからだ。

 朔はどうだったのだろう、今日という日を楽しかったと思っているだろうか。

 あの彼岸花を思い出す。
 あの場所で誰にも知られず咲いているたった一輪の花。それは凄く寂しくて、儚くて、その彼岸の花に志貴は朔の姿を重ねていた。

 もし、志貴があの彼岸花ならきっと寂しくて凍えてしまう。
 あの湿気冷たく鬱蒼とした森の奥地。きっと誰も訪れず、そのまま枯れてしまうだろう。

 だけど、朔はそのまま何も思わず、ただひとりで咲いて、そのまま枯れてしまうに違いない。
 きっと寂しいだとか、辛いとか思わずに。
 それは凄く悲しいことだと志貴は思った。

 志貴は眠る朔にそっと抱きついてみた。

 温かい、だけど何の反応もしない。寝ているから当然だ。
 あの赤い花と同じように、朔もまた一人なのだろうか。

 誰とも心混じらず、ただひとり朽ちていくような、そんな在り方。
 彼岸の花のように。

 それを思うと少し泣きたくなって、志貴は強く、自分の温度が朔に伝わるように強く抱きしめた。

「何?」

 朔が軽く目蓋を開け、志貴に聞く。

 その僅かに開いた茫洋な瞳には志貴の姿が映し出される。
 果たして、朔は志貴の事を見ているのだろうか。

 だけど、それを聞くのは怖かった。
 もし朔が志貴なんか見ていないと知ったら志貴はきっと泣いてしまう。

 だから、志貴は何も言わず、朔の身体を抱きしめる。
 それだけでもいいような気がしたのだ。
 側には自分がいるのだと、伝えたかった。

 そんな志貴にどう思ったのだろう、朔は志貴の頭をその手で撫でた。

 今までも、こんな風に朔に頭を撫でられる事があった。
 朔の掌は無遠慮で、全然優しくない。だけど、志貴はその掌に安心を抱くのだ。

 その掌に気持ち良くなり、志貴はそのまま眠りについた。

 □□□

 遠いどこか。
 月の光に照らされ、彼岸の花が、風に揺れた。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.023528099060059