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No.34379の一覧
[0] 【月姫】七つ夜に朔は来る【オリ主もの?】[六](2012/09/19 16:31)
[1] 第一話 黄理[六](2012/09/08 21:12)
[2] 第二話 志貴[六](2012/09/09 20:34)
[3] 第三話 とある女の日常[六](2012/09/09 20:58)
[4] 第四話 骨師[六](2012/09/10 08:36)
[5] 第五話 梟雄[六](2012/09/10 09:47)
[6] 第六話 ななやしき君の冒険 前編[六](2012/09/12 11:12)
[7] 第七話 ななやしき君の冒険 後編[六](2012/09/19 16:29)
[8] 第八話 蠢動[六](2012/10/23 11:06)
[9] 第九話 満ちる[六](2012/10/26 18:36)
[10] 第十話 月輪の刻[六](2012/11/03 09:25)
[11] 第十一話 紅き鬼[六](2013/01/10 12:13)
[12] 第十二話 鬼共の饗宴[六](2013/02/24 11:13)
[13] 第十三話 Sky is over[六](2013/04/17 00:45)
[14] 第十四話 崩落の砂時計[六](2013/06/29 18:01)
[15] 序章終極 鬼の哭く夜に、月は堕ちて夜は終わる[六](2013/07/13 10:17)
[16] 刀絵巻 百花繚乱/曼荼羅地獄絵図[六](2014/01/29 21:59)
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[34379] 第五話 梟雄
Name: 六◆c821bb4d ID:40472e46 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/10 09:47
「子供に会いたい?それはなぜだ梟」


「なに、ほんの興味だ。糞餓鬼の子供っつうんだから期待も出来るってもんだ」


「興味、だと?」


 目前の妖怪の言い分を信じれるほど、黄理は間抜けでも警戒心が強い訳ではなかった。


 確かに嘘は言っていない。
 だが、真実を口にしているわけではない。目的を本意に隠している気配がある。 それが自分の子供の命を狙っているのならば話は早かった。
 懐に忍ばせてある黄理の武器を使用し、首を断てばいい。
 その後面倒なことになりそうだが、子供の命に代えられるものではない。
 黄理はあの二人のことは大切に思っているし、未だ関係は微妙な朔もいるが自身の子供として守っていきたいと思う。
 そのためには容赦なく躊躇いなく感慨なく感情なく殺す。
 殺してその後の面倒も排して殺す。
 まるで殺人機械だと、黄理は思った。
 そして、それが以前の自分なのだと、認めざるを得なかった。
 だが、今の自分が機械であるとは、受け入れられない。
 自分には守る者が、守りたい者がいるから。
 しかし、梟を注視する。
 そのような気配無く、空気も無い。
 目的は不明だが殺害が目的ではないことは分かる。
 衣服を見ても武装を隠し持っているようには見えない。
 いや、この男も混血。人外のものであることは確か。
 ならば子を殺すのに武装など不要か。
 ではどうするか。梟を会わすことでメリットはあるだろうか。
 七夜との協定上は問題ないだろうが、だからと言って会わす必要性はないだろう。

 まて、メリット……?

「梟、まさか。お前は未だに諦めてねえのか?」

 脳裏に過ぎった僅かな可能性が黄理の口を開かせた。
 そして梟は質問に答えることも無く、意地の悪い笑みを浮かべるだけだった。

 刀崎。
 混血の一族、遠野の分家。
 だがそれ以上に彼らは職人なのだ。
 鍛冶師として自身の腕で武具を生み出すことを誇りにした者達。
 そして、それは目の前の男も変わらない。
 刀崎梟は鍛冶師として数々の名刀を生み出した男として遠野でも重宝されてきた男だ。
 だが、それほどの腕を持っていながら梟の望みはシンプルに至上の武具の作成である。
 そしてそれは彼が刀工職人であることから生み出されるのは刀に限定されている。
 至上の刀。極上の真剣。それだけを求め続けた。
 この世界には概念武装と呼ばれる反則級の礼装が存在しているが、刀崎梟が求めているのはそれに近い。
 刀崎には、自身の腕を差し上げる者を見つけた時、その腕の骨を材料に作刀する事を可能とする秘術がある。
 そうして生み出された大陸の山絶の剣に似て非なる性質を持っていると聞く。
 そして梟は自身が生み出す最高の刀をそれとしている。
 だが、梟は未だにそれを作れていない。
 その証拠に、梟は五体満足。肉体に欠損は無い。
 理由は単純に梟の目に適う使い手がいなかったのだ。
 梟は刀崎の棟梁として長く刀を鍛え続けた職人気質な男だった。
 その梟の目にはどれほどの使い手も、稀代の達人と呼ばれる人間すらも価値の無い人間にしかならなかった。
 黄理が梟の望みを知っているのは、黄理もかつて彼の篩いにかけられた人間だったからであった。
 殺し屋として活躍し始めた頃の話だ。
 突然現われた梟は黄理を見て、お前じゃない、と言われたのだ。
 そして、お前が最後だったんだがなあ、と小さく呟いたのを、黄理は覚えている。
 それから幾年経った。最近ではめっきり梟は作刀していないと聞く。

 だが、もしまだ梟が自身の望みを諦めていなかったら。
 もし、その候補に志貴か朔を見に来たのなら。
 そして、そのために七夜の里にやって来たのなら。

「会う必要性は?」
「糞餓鬼の子供と会うのに理由があんのか?」

 言葉面だけで考えればその通りのようにも聞こえる。だが、

「俺はここの当主だ。俺の子もある程度の立場がある。そして価値もある。ゆえに子を使えば七夜の危険ということにも繋がりかねない」
「はっ、それこそまさかだろ。そんなことやって俺に何がある」
 
 恐らく見当違いな話を振ってみても、梟の表情は変わらない。
 意地の悪い笑みが梟の本心を曖昧にさせる。
 だが、黄理は梟の執念を知っていた。
 疑念は疑念を呼び、想定はさらなる想定を生む。
 そうした結果、黄理が導いた結論は。


「お前と会わせても意味が無いだろう。諦めろ梟。お前には会わせない」


 僅かにでも疑いがあればそれを排除する。
 臆病者の発想だ。だが、一族を率いる立場、子を守る立場を考えた結果、会わせないという選択に到った。
 しかし、梟は黄理の返答に呆れを含めた溜め息を吐くのだった。


「はあ。あのよお、糞餓鬼。手前は何もわかっちゃいねえよ」


「何がだ」


「お前らは殺し屋で、俺らは鍛冶屋だ。んで刀崎は刀崎として必要なものがある。己が腕を捧げる使い手だ。そいつとめぐり合える機会が少しでもあるなら、それに近づこうってえのが俺らの道理なんだよ」


「それが、いったいどうした。俺には、少なくとも七夜には全く関係のない話だな」


「まあ待て。これはそう悪くはねえ話だ。俺が糞餓鬼の子供を見極めて、使い手に相応しいならこの身体全部捧げてもいい。そしたら俺は前線を引くし、七夜の次代当主も決まったも同然だろ」


「それでも、だ」


 楽しげに顔を歪ませながら言葉を紡ぐ梟の意気を断ち切って。


「お前を会わせわしない」


 梟は面白くなさそうに、んだあとぉ、と息巻いた反応を見せたが、それもあっという間に消えうせた。


「はいはいそうかよ。まったく詰まんねえ奴だ」


 ぶちぶちと文句を言いながら、結局そのままその場はお開きとなった。


 だが、黄理は知らなかったのだ。
 刀崎梟という男の執念深さを。
 最早、それが梟の生の全てであることを。
 そして疑念を抱くべきだった。
 そんな男が黄理の言葉などで止まることがないことを。
 早々に引いた梟の魂胆を。

 

 それはだから、それだけの話なのである。


 □□□


 刀崎梟は混血の一族として生を受けた男だった。
 それに関して思うことはない。ただそうなのだろうと受け入れた。
 刀崎は混血として骨師と呼ばれる鍛冶師の一族だった。
 梟もその一族に習い鍛冶師としての道を気付けば歩み始めていった。
 刀崎の鍛冶とは刀工を指す。
 長い年月をかけて刀を作ることで、自ら刀崎と名乗ったと梟は幼少の頃に聞いた。
 そして刀崎の鍛冶は全工程を全て一人が請け負う。
 砂鉄を集め火にて溶かし、鋼を鍛えて形を造り、刃を研いで鋭さを増し、柄に銘を刻んで名を宿し、刀に合わせて鞘を生む。
 その全ての工程を誰の手も借りずに行い、そうして完成した刀は一切の歪みなく、ただただ武具として美しい。
 それは作刀者自身を映す心鏡。
 刀崎が刀崎たる由縁は、詰まるところ彼らが生み出したものが彼らの象徴たる刀だったのだ。
 そして彼もまた刀崎が生み出す武具に心奪われた一人だった。
 幼い頃から刀崎が生み出すものを見てきた。
 ゆえに彼が一族としての義務ではなく、自らの信念を持って鍛冶師となるのは当然の事だったと言える。

 砂鉄を見極め、玉鋼を生み出すのは心が弾んだ。
 熱気滾る鋼を鍛え、刀としての原型を作り出すのは歓喜の瞬間だった。
 鍛えた刀を水で冷やし、冷たい輝きを放つそれを見るのは心が安らいだ。
 刀を研磨し、ひたすらに鋭さと美しさを求める時間は至福の時だった。
 柄を生み出し刀と合わせ、その刀の名を刻むのは涙が出るものだった。
 そして刀に見合った鞘を作成し、出来た鞘に刀を納めた瞬間は背筋が震えた。

 最初の作品など疾うに忘れたが、それでもそこから梟が始まったと考えれば、それは彼の原始であった。
 刀鍛冶こそ自身の全てであり、それ以外には何もいらないと生き方を定めてからは早かった。
 梟は多くの失敗と試行錯誤を重ね、駄作を生んでは血涙を流し、完成間際に己が力量不足を感じた時など、身体が分解せんばかりの絶叫を上げた。
 そうして幾重の刀を生み出し、時間が流れた時、梟はいつの間にか刀崎随一の鍛冶師として堂々と棟梁の座についた。
 
 それが大よそ梟が三十を過ぎたばかりの頃だろうか。
 
 棟梁として刀崎を導きながらも鍛冶師として多くの武具を生み出し、時は瞬くに過ぎていった。
 梟が生み出した武具は宝剣として買われることもあれば、その価値に目をつけられ難癖によって奪われることもあった。
 だが、梟は自身が生み出した刀には興味を持てなかった。
 他の鍛冶師が到底登れない頂にいながらも、常に最高傑作を目指し続け、そして年を取った。
 年を取ってもなお梟の生み出す刀剣に届く刀崎はおらず、彼は未だに健在であるが、しかし彼は未だ諦めきれていなかった。
 至高の刀を。最上の刀を。
 人がまだ見ぬ、自分の最高傑作を。
 それをただ目指し続けた。それだけをただ追ってきた。
 だというのにそれは未だ叶わず、時間ばかりが過ぎて梟の時間はどんどん短くなってきた。
 年を取りすぎたのだろう。鍛冶師として刀を生み出すことが減ってきた。
 それだけのことであったが梟にそれは致命的だった。
 このままでは望み叶わぬまま死んで行く。それは嫌だった。
 死ぬことはどうでも良かったが最高傑作を作り出せぬまま死ぬことだけは許せない。決して許されざることだ。
 
 ゆえに梟はある賭けをしていた。
 それは誰にでもない、自身による賭けだ。

 刀崎は鍛冶師である。そして刀崎は骨師と呼ばれる一族だった。

 骨師。

 混血の種族たる刀崎は、人間には不可能な領域に到達できる可能性が秘められている。
 刀崎の者は生涯において、これは、という使い手に出会う時、自身の腕を差し出し、その骨でもって刀を生み出す。
 そして生み出された刀は鍛冶師として最後にして最高の逸品。
 大陸に伝わる山絶の剣と似て非なる性質を持つとされる。
 梟の狙いはそれだ。
 自身の身を捧げることによって生み出される究極の形。
 最高の武具。刀崎の最終到達点。
 例えそれが鍛冶師としての人生の終わりであり、再び刀を生み出すことが出来なくなろうとも、それが自信の全てだと信じ、そして終わりが近い梟にはそれだけが縋れる最後の術だった。
 事実、梟は自身の腕を差し出して刀を鍛える刀崎を幾人も見てきた。
 そして出来上がった刀は確かにその刀崎の最高傑作と言える輝きを持っていた。
 だからだろう。梟には確信があった。
 自分が生み出すものは、刀崎が未だ到達しなかったものであると。
 だが、同時に問題があった。
 肝心なのは自身の腕を差し上げる者の存在。
 使い手によって武具は更なる輝きを放つ。
 ゆえに自身の望むべくもない使い手に差し上げることなど言語道断。
 そうして見極め続けた結果、梟の目に適う存在がいなかったのだ。
 しかし、それでも彼は諦めきれなかった。
 例え命が尽きようともそれだけは認められない。認めるわけにはいかない。
 それは自身の否定に他ならない。
 今までの行き方、自身の理想、信念。全てを裏切ることに他ならない。
 それは妄執、あるいは執念と呼ばれる感情だった。
 ゆえに、賭けた。

 七夜黄理。

 殺人機械として混血に恐れられ、混血の天敵として恐れられる殺人鬼。
 鬼神の名を欲しいままにした男ならあるいは、ただ殺人術を磨き続けた男ならばあるいは、と思ったのはいつの頃だろう。
 噂はあった。強い男がいると。
 それはかつてあった男だった。
 出会いはあった。
 縁もあった。
 だから見極めにいった。
 その結果。


 梟は賭けに負けた。


 確かに黄理は素晴らしい男だった。
 ひたすらに鍛錬し続ける男。
 己を昇華させ続け、殺し屋としての格は高く、凄まじい。
 鬼神と呼ばれるだけのことはあった。
 だが、黄理は梟が惹かれる使い手ではなかった。
 殺人機械。
 黄理は殺すことに感慨も感情も持たない人間だった。
 それはいいだろう。それもひとつの果てだ。
 だが、黄理の殺意には魅力がなかった。冷たく、無機質な殺意。絶対的な死のイメージを叩きつける殺意。
 梟は古い人間で職人気質な男だった。
 何かが違う。何かが違うと彼の本能が訴えていた。
 こんなものではない。自身が捧げるのはこれではない。
 自身が求めているのはこんな人間ではないと、梟は感じた。


 だから、梟は負けたのだ。
 賭けに。人生に。信念に。理想に。


 その賭けから幾年経っただろうか。
 梟は刀を鍛えるのを止めた。
 諦めたのだ。
 もうじき寿命も終わる。
 だからそれでもいいだろうと、自分を納得させ、理解させた。
 これでいい。これでいいはずだと、自身に言い聞かせながら。
 若い者を育成させ、棟梁としての最期を選んだのだ。
 その証拠に、梟の身体は五体満足。欠けることのない身体。
 そうして梟はそのまま終わり、朽ち果てる。
 

 はずだった。


 妙な噂を聞いた。
 七夜が退魔組織を抜けてから子供を育てている。
 殺人機械だったあの男が子をもうけていることも意外だったが、黄理に子供が二人いるという。
 それはおかしいと思った。なぜもう一人いるのだと。
 黄理に子供が生まれたから七夜は退魔から身を引いたなどと聞いた時は冗談にしか聞こえなかったが、しかし、その計算だと子供が生まれたのは五年前。
 七夜と刀崎が協定を結んで長いが、刀崎でもある程度の情報はある。
 それによれば黄理が子供を育て始めたのは七年前だという。この違い。この差。
 この二年という年数は一体どういうことなのかと。
 考えることで梟は憶測した。
 黄理には子供が二人いる。
 憶測の域を出ない稚拙な考えだと思いもしたが、考えてみると妙に気になりもする。
 何分昔見極めようとし、違和感に見切りをつけた男のことだ。
 違和感がなくなっているのではと、消し炭の理想が少し揺れはしたが、梟は見極めには自信があった。
 だから、それだけはあり得ないと。
 故にこの確認はただの暇つぶしにすぎない。
 それだけのことでしかないと鼻で笑い、刀崎の棟梁として得た情報、遠野に何かしらの動きが見える、という情報を手土産に、梟は懐かしい七夜の里に向かったのだ。
 そして梟は再び黄理と出会った。
 随分と顔を合わすのは久しかった。だが、梟は黄理にあった違和感が増したと見えた。
 それは黄理の変わりようもあるだろう。
 だがそれ以上に梟の目がフィルターをかけていたのかも知れない。こいつでは、自分の望みは叶わない。
 子供の話を振ってみると、すぐさま反応した。
 噂と自らの憶測の正しさが真実めいてきたが、黄理は梟に疑念を抱いていた。
 それの正しさを認めながら、梟は強引な方法を取ることにした。

 そして、今。 

 刀崎梟は、畏れに身を震わせた。
 空気を壊死させる、殺意。
 質量を持った殺意が生命の動きを許さない。
 身体は軋み、肉体が悲鳴を挙げた。
 視界はノイズ交じりの砂嵐。
 だというのに。その姿だけははっきりと見える。
 小さい身体。鋭い目つきに無機質な瞳。身につけるは藍の着流し。


 少年。
 少年だ。


 今しがた平屋の内部から飛び出してきた子供が、姿勢を殊更に低くし、梟を見ている。
 無機質なその瞳が梟を捉えている。
 七夜の子供。
 七夜の人間は近親相姦を繰り返すことによって人の退魔衝動を特出していると聞いた。
 ならば混血たる梟に反応するのは当然のことだろうか。


 だが、震えが止まらない。

 この少年が放つ殺意。
 膨大な殺意が周囲に放たれている。
 凍るような殺意ではない。冷たく無機質な殺意ではない。
 圧倒的な殺意が梟を、いやそれだけではない里中を飲み込んでいる。
 それは、ただ七夜の人間だからという理由では説明のつかない殺害意思。
 ともすれば、あの鬼神七夜黄理をはるかに凌ぐ圧倒的な殺人衝動。
 眼前に獅子がいる小鹿のような心地が梟にあった。
 こんな子供が持てるようなものではない。
 まるで超越種のような次元の違う存在のように思えて仕方がない。
 それはまさしく恐れだ。自分よりも上位に対する畏れ。
 
 だが、それ以上に。
 刀崎梟の、鍛冶師の、骨師の肉体と魂と精神が子供から目を離させない。
 溢れる殺意に誤魔化しきれない才気。
 そしてそれを揺ぎ無く昇華させる執念。
 それは、機械には無い、もののけの気配。
 まるで黄理のような才を感じさせ、梟に訴えかける。
 そして、梟もまた自身に訴えかける。

 これだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだ。
 これだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだ。
 これだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだこれだ――――――――――っっっっっっっ!!!!!!

 梟の意識が爆発する。
 眩い光が輝きを放ち、今目の前に現れた子供を目に焼き付ける。
 魂が歓喜の咆哮をあげた。それは絶叫にも似た、まさしく梟の叫び声。
 それが刀崎梟の身体を震わせ体中を駆け巡る。誰にも見えなかった、見出せなかった。
 自分の上位者。自分の腕を差し上げる者、自分の全てを捧げる者――――!

 そうして梟は、遂に見つけ、出会ったのだ。

「お前……。名は?」

 震える身体を抑えることも忘れ、梟はそう問わずにはいられなかった。

「■■■■■■!!!」

 最早人の言葉ですらない咆哮。
 発音器官を解していないような大絶叫が梟を突き抜けた。

 □□□

 
 爆発。
 それを表現するにはそのような安易な言葉の他になかった。
 平屋の襖が内側から爆ぜた。事象を短い言葉にすれば、それだけのことだった。
 襖は粉微塵に炸裂し、散弾の如くに平屋の前にいた男、梟に襲い掛かった。
 それを梟は避けることなく、ただ襖を突き抜け眼前に現われた朔を注視した。

 
 その様は虫。
 地面に舐めるようにひたすら低い体勢は狡猾に獲物を絡めとり、肉を貪りつくす蜘蛛の名を借りた蹂躙者に似ていた。
 それが、襖を突き破り、地に四足を這わせながら梟の目の前に出でた。
 四足に収束された力が解放を訴え、ぎちぎちと筋肉の引き絞られる音が、不気味に静まる里に沈む。
 そう。里は余りに静かだった。
 ともすれば沈黙のような静寂が里に訪れている。人が生活するうえで音が無いことはありえない。
 本当の無音とは無のなかにのみ存在している。だが、この沈黙が朔には相応しい。
 

 朔には何もない。
 自身のものなど何一つ与えられず、手に入れてこなかった。
 人間の殺め方などは幾つも学んだが、それは自身に帰る望みから来るものではない。
 それだけが彼にはあったのだ。
 だが、殺人術すらも自身が望んで手に入れたものでもない。
 それ以上に、朔には望むなんて大層なものは入っていなかった。
 中身のない空。空の殻。
 だからだろう。この沈黙こそ朔の居場所に思える。
 その茫洋だった瞳は最早何も写してはいない。
 光すら飲み込む無機質な瞳は、今この時その無機質すらも無くした暗闇が覗く。 だというのに、その目は梟を視ている。
 朔には何もない。
 それは人格を形成され始める時期に人間との接触がほとんど無かったことに他ならない。
 離れに放り込まれ、ほっとかれた。
 周りには世話役しかおらず、それ以外には誰もいない。
 ただ、遠くに黄理の姿があっただけ。
 今でこそ訓練のために里内に姿を現せてはいるが、それ以前、朔が訓練を始める以前、朔は屋敷から足を踏み出したことが無かった。
 外を知らず、他人を知らず、人を知らずに育った。


 だからだろう。朔には人が育まれるはずの感情がごっそり欠けている。
 感情は他人から与えられ、そして覚えていくもの。
 しかし、朔にはそれがなかった。ゆえに今となってはそれが理解できずにいる。
 

 欠陥の子。持っていない朔はそう呼んでも良い。


 だが、だが。
 今この時、この瞬間の刹那に於いて。
 朔の虚無な内側に朔の知らない衝動が宿った。
 いや、宿ったというのは正しくない。それは朔が生まれた時には既に存在していた。
 無から何も生まれない。ならばそれは最初からあった。
 ただそれに誰も気付いていなかった。志貴も、翁も、黄理も、そして朔自身も。


 考え直して欲しい。


 七夜朔。


 七夜の鬼才。鬼神の子。
 里の中で朔はそう呼ばれている。
 七夜当主黄理の手解きを受け、それをこなしあまつさえ黄理を喰らおうとする七歳の子。
 その才は折り紙つき。里の子では群を抜いて成長し、今となっては大人の者ですら抑えきれない。
 以前、朔の組み手の相手を黄理以外の里のものが受け持ったことがある。
 たまには違う相手と行うことも大事だという翁の説得から行われたそれだったが。
 結果から言おう。
 朔の相手をしたものは完膚なきまでに敗北した。
 現役として活躍していた七夜が、当時まだ七歳ですらも無かった朔に反応も出来ず、喉を潰され四肢を折られた。
 それを知って里の者は言った。


 さすが鬼神の子、と。
 さすがは黄理の息子だと。

 惜しみない賞賛を口々に囁いた。
 だが、だ。
 七夜朔は一体誰の子供だったか。
 里の者は故意にか、はたまた自然に忘れていた。
 生まれたのは七年前。
 黄理に育てられ、いささか噛み合っていないが一緒に生活していると言えるかもしれない。
 その様は子供にどうやって接すればいいのか分からず距離感に戸惑っている親とそれに無関心な子のように見える。


 しかし、朔は黄理の実子ではない。


 朔は甥なのだ。二人には直接的な血の繋がりはない。


 では、朔の父親は一体誰なのか。


 かつて、七夜に一人の男がいた。
 男はその類稀な膂力から爆撃機のような蹂躙を得意とし、好みとしていた。
 殺めることに愉悦を見出し、そして最期には狂気に呑まれた男。


 黄理の兄。


 最早名前を排された男。
 それが朔の本当の父親だった。
 朔が生まれた直後に妻を殺め、黄理自身の手によって討たれた男だった。
 黄理の兄が狂った原因。
 七夜は近親相姦を重ねることで超能力を保持させたが、それは七夜の者に人が持つ退魔意思を特出させる結果を生んだ。
 退魔意思とは自身とは存在そのものが違う魔に対して遠ざけたい、排したい、殺したいという人間が隠し持つ意思である。
 そして黄理の兄はこの特質を色濃く継承し、その結果殺人の快楽であり、狂気に呑まれた。
 はたして、それに気付いていた者はどれだけいたのだろう。
 黄理の兄の子として生まれた朔に才があったのならば、その男の特質を引き継いでいるなどと。


 それは梟の混血に反応したものだった。
 初めてだった。
 朔は始めてこの時魔的存在と対面したのだ。
 だからだろう。だれも気付かなかった。



 朔はこの時、始めて感情を宿した。



 殺める意思。殺める意識。殺す気配。殺す正気。
 それらが朔のなかに蠢き、解き放たれる。
 殺気が鳴動し里の空気を軋ませ、生者の正気を奪う。
 感情と呼ぶには余りに禍々しく、荒々しく。
 だが、それは自身から生まれ出でた純なるモノ。
 その存在は濁りなく混ざりの無い朔の感情だった。
 


「お前……。名は?」

「■■■■■■!!!!」



 凡そ子供とは思えぬほどの咆哮。瞬間、朔の姿が掻き消えた。
 
 
 影すら残さぬ瞬間の移動。七夜の体術。
 それを梟は目前で見ていたのに視認することが出来なかった。
 霧散するかのように朔が消えた瞬間、梟の老いた身体に警戒音が木霊す。
 それは長年棟梁として一族を率いてきた混血としての五感の鋭さにあった。
 骨が軋むほどの殺気。
 肌が粟立つ。
 それを梟が回避出来たのはほとんど偶然だった。
 ただ、回避できぬと判断した梟は前方へ無様に転がった。
 朔の位置も分からぬ故の判断だった。
 梟が飛び込んだ瞬間、梟がいた空間を何者かが通過した。
 いや、通過とは言い難い。
 梟には視認不可能な朔がいづれかの方向からか襲撃をかけたのだ。
 ただ、それが一体どこから来たのかすら梟には分からない。まさしく瞬間の英断。
 だが、一度回避したからといってどうなる。梟には対応できない。
 梟は混血であるが戦闘を行わないため、そのような手段など取れるはずも無い。
 しかし、その瞬間にもアレは来ようとする。


 再び、気配が近づく。
 風を切り裂きながら、空気を突き抜けながら。


 依然梟は転がったままの不恰好な状態。動くには体勢が不十分。
 回避不可能、回避不可能。
 梟の生存本能が悲鳴をあげる。
 死が近づく。


 だと言うのに、梟は笑んでいる。
 嬉しくて仕方ないと、肉体が、精神が、魂が興奮し歓喜の声を上げている。
 事実、朔が強大であればあるほどに梟は子供のように笑うのだ。


「ひひひひ―――っ!いいなあ、お前はいいなあ!」


 回避不可能な不可視の朔の攻撃を身を捻ることで何とかやり過ごす。
 しかし身につける着物の裾が引き裂かれた。その瞬間に感じた力強さに心が躍る。
 肉を引き千切られたような感触が梟を襲った。


「何なんだろうなお前、お前って奴は一体何なんだい!こんな奴いなかったぞ、今まで出会わなかったぞ!だと言うのにお前は、お前は――――!」


 興奮で何を言いたいのかすらも定まっていない。
 だが、梟はこの出会いの素晴らしさを教えたくてたまらなくなる。
 一世紀近く生きてきた。
 出会うために、巡り合うためだけに。
 この瞬間をどれだけ待ち望んでいたか、憧れていたか、焦がれていたか。伝えたい、教えたい。
 この身が張裂けそうな衝動と歓喜の正体を。
 襲い掛かる不可視の攻撃。それを何とかしてやり過ごしていく。
 だが回避するたびに、梟の身体はかすり傷を受ける。
 少しばかり掠った指先。紙一重に横切った拳。知覚できぬままにそれらは梟に教える。
 僅かに触れた攻撃の感触は人間を一撃で絶命させるものだ。


「ひひひ―――はははははははははっ――――!!」

 
 渇いた哄笑が自然と零れる。
 朔が、眼前に現われた。
 高速で移動し、真正面から梟に向かって真っ直ぐ突っ込んでくる。
 それは、ほんとうに偶々だった。流星の如くに梟へ襲い掛かる。
 その時は刹那。
 朔を視認してから梟に接触するまでの時間は瞬きほどの時間も与えられず―――――――――。


















「貴様……!…………どういうつもりだっ!!!!!」
「そのままお前に返そう。お前は一体何をしたっ」















 梟の眼前に、背中が現われた。
 人外の膂力を秘めた背なの筋肉が盛り上がりを見せる。
 男は、黄理は、梟を守るようにして現われたのだ。
 その手に握られているは撥のような鉄棍二振り。
 それは黄理の本来の武器。
 訓練では使用されない、殴打のために使用されるそれを斬殺に用いる、黄理の正真正銘人間を解体する愛器だった。
 それを交差させ、目前にいる朔の腕を抑えている。
 ギリギリと力がぶつかり合い、朔を抑える腕が小刻みに震えていた。
 梟は激昂した。
 それは自分の楽しみを台無しにされた子供の癇癪のような、けたたましい激怒だった。
 だが、黄理はそれに冷酷に返し、朔を見た。


「朔!おい朔!どうしたっ!!」


 あきらかに正気ではない。
 黄理の呼び声に反応を示さず、その空洞の瞳は何も見ていない。黄理の姿だけが瞳の空洞に映っていた。
 何よりこの尋常ではない殺気。
 梟が何やら気配を大きくし始めた時点で動いていた黄理だったからこそ、この瞬間にここに来れた。
 そして、超絶な殺気を感じたのだ。
 七夜の者でもここまで錬りきることの出来ない、超越種が発するような暴力めいた殺気。
 嫌な予感に駆られた黄理が見たのは、梟に襲い掛かる朔の姿だった。
 無表情ながら、ひたすらに力を篭めた朔の力みが突如として消えた。
 その瞬間だった。

「――――――っ!!」


 黄理に真横からの衝撃が襲った。


「っく!」


 場所は腋の真下。肋骨に重く衝撃が響いた。
 朔が移動していたのは気付いた。
 瞬間移動めいた動きによって移動した朔に完全に対応していたはず。
 だと言うのに、黄理は朔の攻撃を防ぎきれなかった。
 朔は現在武器を持っていない。
 身につけている藍色の着流しにも、武器になるような細工は施していない。
 先ほどの一撃は防御した黄理の腕を掻い潜って放たれた拳の殴打。
 幸い骨に異常はない。ただ衝撃が重く残る。
 問題なのは、それを防ぐことが出来なかったという事実だった。


「どういうことだ……?」


 疑念が黄理の思考を埋め尽くす。
 朔は黄理には届いていない。黄理の実力に届いていない。
 それは毎日行われている組み手でも明らかだ。
 朔は確かに強い。だが、黄理に一撃を入れるまでには未だ及んでいないなずだ。
 しかし。


「っ――!」


 またもや、一撃を喰らった。空気の弾けるような音。
 しかも今度は防御体勢に移ることもできずに。
 真正面に、朔はいた。その爪先が、黄理の腹に突き刺さっていた。
 固めた筋肉を突き破らんばかりの威力がその爪先にはあった。
 内臓に少しばかりの痛みが走った。
 それを無視する形で、再び内臓を狙う追撃の膝を打ち下ろす形にて握られた撥で迎撃する。
 しかし、その疾さのなんたること。目の前で展開される刹那の攻防が梟には見えない。
 残像すらも残さず、一瞬の過程が省略でもされているかのように疾い。気付けば接触している。
 

 こんな化け物に自分は襲われていたのかと、梟はにたついた猛禽の笑みを漏らした。


 黄理の握る撥と膝が打ち合った。
 打ち合った瞬間に鈍い音がした。短い撥がしなり、襲い掛かる膝を打った。
 足ごと粉砕していてもおかしくないそれを、朔の骨は耐え切ったのだ。
 そして、その時点でようやくその正体に気付いた。


「まさか、朔――――っ」


 今度は側頭。
 雷光のように放たれた右蹴りを寸でのとこで防ぐ。地面に四肢でもって着地した朔の目は空洞。
 それが何かを視ている。梟か、それとも―――。
 明らかに、朔は疾くなっている。
 それも、黄理がやっと追いつくほどの速度。
 七夜最強の男が対応できないほどの早さに朔はなろうとしている。
 だが、昨日はここまでではなかった。
 強くなってきてはいたが、ここまで異常ではなかった。ここまで異様ではなかったはず。
 だが、現実はどうだろうか。追随なんてものではない。これではまるで―――――。






 黄理の脳裏に、自身が殺めた兄の、狂い姿が一瞬過ぎった。
 






「―――――――っ!!!!!!!」


 その音は、自動車が追突事故を起こしたようなけたたましさだった。


 肉体を地面に這わすことで蓄えられた方向性の無い力。
 四肢は地面と縫いあわせるように、身体は低く、顔は上げられて。
 その力が解放される寸前のことだった。
 黄理の踵が唸りをあげ、朔の顎を捉えた。
 本気の一撃。
 常人であれば頭部ごと弾け飛ぶそれを黄理は放った。
 そしてそれを喰らってなお、朔は生きている。
 叩き飛ばされた朔は意識をその時には失っていたのだろう、受け身を取ることもできず地面に叩きつけられ勢いのまま転がり、やがて止まった。
 あの重圧のような殺気は今では消え去っている。七夜の里に生気が戻った。
 だが、朔を打ったままの姿で、黄理はしばし苦悶の表情を作り上げた。
 
 
 余韻が沈黙の里に染みる。
 それは、何かの始まりを終えた瞬間でもあった。
 

 だが、その静けさすらも里には許されなかった。


「黄理」


 金属の合わさりあった音が、不愉快な感覚を里に滲ませる。


「お前、あれがお前の子供だな……?」


 黄理の背中に問いかける梟。
 それは質問ではない。最早梟には確信があった。
 間違いない、あれは確かに黄理の息子だと。
 あれ以上に黄理の子供と呼べる存在はいないだろうと。


「なぜ、教えなかった、なんて言わねえぜ。そんなもんどうだっていい、どうだってよくなった。なぜなら俺は見たのだからなあ」


 その表情のなんたる禍々しい。
 邪悪にさえ見える笑顔を嫌らしくにたつかせ、梟は言う。


「だからよう、俺は――――――――――」
「五月蝿い」


 冷たい殺気が、梟を殺す。殺してなどいない。
 だが温度の無い殺気が梟の息を止めんばかりに襲い掛かる。
 梟の喉元には鉄の撥。それが突きつけられていた。
 お前を殺す。完全な意思表示。
 事実黄理は梟をこの場で殺す。
 何かしらの原因で交戦状態に入ったかは知らないが、十中八九梟に原因があるだろう。
 その証拠は先ほど感じた梟に肥大した気配。あれは恐らく焙り出し。
 そうやって七夜を刺激させ、目的の、黄理の息子に出会うつもりだったのだろう。
 それを見抜けなかった、考えなかった自身を黄理は恥じる。
 自分の考えが足りないばかりに、このような状況になった。
 判断が甘かったと痛感する。
 梟は最早殺す。その原因となったこいつを許しはしない。
 黄理の視線が真っ直ぐに梟を射抜く。
 返答次第殺す。返答しなくても殺す。嘘も、真さえも許さない、機械の目。
 

「なんだ?気に喰わないってか?」


 しかし、梟は笑みを深めるばかり。殺気など風の如く、より深く、より深く邪は色を増す。


「……」

「だんまりってか。はっ、そんなもん、どうだっていい。ああ、糞餓鬼、お前のことなんてもうどうでもいい」

「どうでもいい、だと?」
 

 黄理の殺気が増す。この状況で、この現状においてなお、梟は不遜。
 そして梟は笑うのだ。声を上げて、歓喜の声を上げて、黄理など知らぬとばかりに。
 その姿のなんて邪悪。梟は緩慢な動作で立ち上がり、ギョロリとした眼の狂気にも似た瞳は朔を見ていた。


「俺は見つけたぞ、黄理」


 そして梟は言った。


「俺は止まらん。もう止まらない、止まるわけがない。なにせ一世紀だ、それだけ待っていたんだよ糞餓鬼お前にはわからんだろうこの気分がこの幸せがどれほど焦がれていたかお前如きにはわかるはずがねえだろうだがだがだが俺は俺は俺は俺は遂に見つけんたんだよ糞餓鬼ぃハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」


 猛る気持ちが梟を包み込む。諦観と絶望を吹き飛ばして。
 

 黄理は静かだった。
 不気味なほどに静か、梟が声を上げれば上げるほどに黄理は静まっていく。
 梟の望みは知っていた。だが、それは黄理には関係ない。
 知ってはいるがその価値を理解はしていないのだ。
 だから、梟の歓喜が耳障りだった。
 最早。殺す。
 そうして黄理は自身の撥を振るう。それはあっけなく梟の首を飛ばし―――――――。


「いいのかい、黄理。子供が見てるぜ」


 撥が首に食い込む寸前。梟の言葉に黄理の腕が止まり、黄理は反射的に朔を見た。
 だが離れた場所にいる朔は未だ気絶したまま動いていない。つまりは……。


「おとう、さん……」


 その声は小さかった。
 囁きよりも小さな呟きだった。だが、その声を黄理が聞こえないはずがない。
 黄理は振り向いた。襖の無い平屋。
 そこに志貴が怖がるように立ち竦んでいる。その姿、その弱い姿を見て、黄理の殺気は消えてしまった。
 殺人機械。
 黄理は殺人機械だ。血も涙も無く感慨なく殺す、血濡れの機械だ。
 だが、それでも、黄理に温度はある。
 自分は父親だ。自分は父親なのだ、と噛み締めたのはいつだったのだろう。
 おそらくそう思った時、黄理は父親になったのだ。
 だから、子供が不安になっている時、側にいなくてはならない。
 鎮まる殺気を前に、梟は歩み始めた。
 黄理に背を向け、里の外へと。
 黄理は自分を殺さないという確信が梟にはあった。


 黄理は詰まらない。理由はたったそれだけだった。


 そして黄理も歩み始めた。
 志貴が不安がっている、少しでも早く側に行ってならなくてはならない。


「梟」

 遠ざかる、梟に向かって、黄理は背中を向けながら言った。
 それは事実黄理の敗北宣言に近かった。
 黄理は梟という男に、梟が持つ執念深さに結局勝てなかったのだ。


「お前には里の出入り禁止を宣告する」


 里に金属の合わさりあう、邪悪な哄笑が響いた。 


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