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No.34048の一覧
[0] 時計塔の奇矯な魔術師(fate/zero 転生オリ主 原作知識あり)[深海魚](2015/09/22 01:44)
[1] ある昼下がりのこと[深海魚](2012/07/10 22:30)
[2] 月霊髄液(仮)[深海魚](2012/07/10 21:53)
[3] 朝帰り[深海魚](2012/07/11 19:20)
[4] 売られた喧嘩[深海魚](2012/07/14 10:48)
[5] 購入済みの喧嘩[深海魚](2012/07/15 20:04)
[6] 幕間・基本的行動パターン[深海魚](2012/08/20 18:30)
[7] 予期せぬ襲来の予期(9/5加筆)[深海魚](2012/09/05 20:29)
[8] 友情[深海魚](2012/10/16 22:49)
[9] 厄介事[深海魚](2012/12/24 00:20)
[10] 突破[深海魚](2013/04/18 13:36)
[12] 危地[深海魚](2015/09/22 01:57)
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[34048] 厄介事
Name: 深海魚◆6f06f80a ID:d720a56d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/24 00:20
「……まだか」

 時計の針は午前11時を指している。
 飛行機の到着が遅れているわけではない。既に着陸して二十分は経過しているというのに、待ち人は一向に姿を見せない。
 性格からして、遅れるのを良しとするような人間ではないはずなのだけれど。
 朝食を抜いたこともあって胃袋が抗議運動を始めたのを感じ取りながら、僕はホットドッグに大口開けてかぶりついた。

 ロンドン西部、ヒースロー空港。
 その到着ロビーで、右手に持ったホットドッグを齧りながら待つ僕がいた。
 時計塔職員の正装である時代錯誤極まりない黒のローブを着用し、左手には同じく協会員の証となる指輪を中指に嵌め『Welcome to Britain,Mr.Tosaka!』と書かれた旗を持ってパタパタと振っている。
 もちろん、ただ呑気なだけの装備ではない。自分を中心とした半径50mにルーン石を要所とした魔法陣を構築、この場で可能な最低限の警戒網を張り巡らせている。受信機は左耳に付けたピアスで、魔術、神秘に関わるなにかしらがこの陣内に踏み入れば即座に警戒信号が発せられ、ピアスがそれを受信、微弱に振動する仕組みだ。独特のリズムで鼓膜を直に揺らすため、喧騒の中でも聞き逃す心配はない。
 そこまでしている以上は当然ながら最低限の戦闘がこなせるように準備もしており、左手小指と右手中指には戦闘用のルーンを彫り込んだ特別性の指輪を装着しており、有事にも備えている。

 さて、そんなわけの分からない服装であるからには必然だが、空港に出入りする人々は漏れなく僕のことを二度見していく。精々、この時代には珍しいコスプレ野郎とでも思ってくれることを願おう。ないとは思うが、警察を呼ばれでもすれば厄介なことになる。
 ちなみにこのローブ、一着500ポンドから、下位防御魔術が付与されたものならば1500ポンドはする、着用者が絶望的なまでに少ない不人気商品である。孤独な引きこもりか傲慢極まりない一匹狼が構成員の半分ほどを占める時計塔において、魔術協会に所属していることを服装で示すなど有り得ないということだ。引きこもりは服装に興味などないゆえにわざわざ手間のかかる服は着ない。一匹狼はプライドが邪魔して着ない。というのは理由の一部でしかなく、そもそもダサすぎて主義主張に関係なく誰も着ようとしないというのが本当のところであろう。こんな野暮ったいマントやらローブやら、誰が好き好んで身につけるというのか。時計塔の魔術師は服装の流行りに疎いことも多いが、中世の流行りを今でも好んで身につけるようでは正気すら疑わしいと言わざるをえないだろう。
 着用者の感想としては、ヒラヒラして動きづらい。有事の際には迷わず脱ぎ捨てること間違いなしだ。あと無駄に高い。駆け出しや窓際魔術師にだって手が届くものではあるが、気軽に買える代物でもない。それなのに魔術協会に入った時点で強制的に購入させられるのだから、反発も大きいらしい。こんなもん誰が着てやるものか、といった心境なのだろう。たとえば僕、実はそれなりの小金持ちであるが、こんなもん買うくらいなら魔術触媒を買う。まず間違いない。
 そんな連中に配慮して作られたのがこの指輪(一個200ポンドから、魔術による簡易保護つき)である。そして、当然ながらやはり不人気。ローブよりはまだマシらしいが、着用者が一割から二割になった程度である。
 そもそも時計塔に所属しているということが、独立独歩を旨とする魔術師には恥辱なのであり、したがってローブを指輪に変えたところでなんの意味もない。
 引きこもりは前述の理由。
 指輪や手袋を魔術の触媒として用いる魔術師などは論外。触媒が十あるのと九あるのとでは、いざというときの生存率がまるで違う。
 というか、ローブも指輪も売れていない最大の理由は、学生が制服や学校指定の髪型をなんとなく拒否するのと同じではなかろうかと僕は睨んでいる。権力に屈してしまったようで気に入らないという感じなのかもしれない。魔術師という人種、自分よりも強大な他者への反骨精神は揃いも揃って人並み以上と言っていいのだ。
 あとやっぱり高い。指輪は少々お値打ち品となったかのような印象を受けるが、そもそも買うことにメリットがないのであり、もっと他のことに使った方が有意義だ。それを考えると大人しく着てやるのはムカッ腹が立つのだろう。大事なことなので二度いうが、反骨精神は人並み異常なのだ、この魔術師という選民どもは。

 僕はといえば、協会に所属していることには反発したりしない。便利だから使わせてもらっている以上、それなりの義務は負うべきだとすら考えている。しかし、いくらなんでもローブはダサ――もとい目立ちすぎるので敬遠しがちなのも事実である。実際、先程から周囲の耳目を集めて仕方がない。秘匿が義務の魔術師にとって、この注目は煩わしいものだ。
 なにより色んな意味で薄すぎる。防寒具としては不適格なまでに冷気が素通りするのもそうだが、さらに致命的なのは防御力が皆無な点だ。物理的な意味でも、魔術的な意味でも。最高級のローブを買ったとしても、所詮は量産品。僕が一から魔術的処理を施して作ったローブの防御力を100とするならば、15か20といったところか。
 ちなみに、いま着ているのはは最低価格である500ポンドのローブ。流石に紙装甲すぎて心もとないので、自力で防御魔術を付与してある。本気で防御力を上げたいのなら繊維の一本一本から手を加えなければ話にならないので、はっきりいって無駄な手間なのだが、それでも防御力12くらいまでは向上する。
 ルーン魔術とは本来“適切な物質に適切なルーン文字を刻む”ことで最高の効果を発揮するものだ。衣服に刻み、もしくは縫い付けて魔術を発動するというのは、王道にして正道、最も有効な使い道なのだ。

 指輪は、普段からつけるのが面倒くさいのと、魔術の触媒として指輪を用いることが多い僕にとって十分の一のリソースを奪われるというのは大きなデメリットなので好ましくない、これら二つの理由から、やはりいつもは着けていない。
 ただし。仕事の最中にあるビジネスマンがスーツを着用するのと同じく、いまの僕は時計塔の正式な命令を受けてやってきた迎えである以上、ローブと指輪は装備しておくのが責任ある大人としてのけじめというものだろう。荒事ならばいざ知らず、このように儀礼的な任務であれば尚更だ。

 ちなみに、指輪は五芒星のデザインによって着用者の階位が分かるようになっていたりする。
 五芒星を象った台座の上になにも乗っていなければ、確実に僕より下っ端。俗世風に言うと大学院の院生から契約講師くらいまではここらへんだ。
 そこからは階級に直結してくる。有名なのは、王冠が乗っていれば『王冠(グランド)』階位とかだろうか。そこから下は、研究者か実戦部隊かで区分が変わってくる。たとえばケインは研究者である。月霊髄液の開発が認められたこともあり、王冠の二つ下――『塔(バベル)』に昇格したはず。
 正直どうでもいいことだが、『王冠』よりも『塔』のほうが上位に聞こえると昔から思っている。なんだか王冠は俗っぽいが、塔と書いてバベルと読むそれは神秘性を感じるからだろう。
 こういった階位も最近になって生まれたものだ。だからこういう妙な名前がつく。
 僕は『塔』からさらに三つ下、研究者階位の『杖(スコラー)』である。とりあえず杖なのか学者なのかはっきりしてほしい呼び方だが、日本にある魔術協会支部ではこのように表記してあるのだから仕方がない。ここらへん、僕は前世から考えると元日本人ではあるが、日本人の考えることはわけ分からんと言わざるをえない。なぜあえて別の意味を持つ読みを当てるのか。中二病が治りきっていないに違いない。
 『杖』階位という扱いについては、ルーン魔術の扱いに長けているとはいえ特筆すべき成果を上げてもおらず、さりとて戦功はなく、となれば昇進できる道理はない。そんなわけで不満はない。なにか特別な努力をしてまで研究を進めるつもりはないので。しばらくはこのままだろう。というか下手に昇進すると本格的に政争に巻き込まれそうで嫌だ。気ままな研究ができなくなるくらいなら名誉など不要である。僕が求める真理とは、ただ僕が知っていればそれでいいのだ。

 閑話休題。

 昨夜のケインの手回しが功を奏し、僕が遠坂の迎えに任命されたのは昨日のことだ。
 たかだか東洋の一魔術師を講師である僕が出迎えるというのは不自然でもあるが、元々が変わり種として扱われているからか、案外すんなりと許可がおりた。
 最初はアーチボルト陣営が行動を開始したのかと勘違いした一部のロードが、すわ一大事とばかりに騒ぎ立てていたらしいが――ケインの一言で納得したらしい。
 曰く、「ベンの気紛れ」。
 気紛れで納得されるのはどうなんだろうかと我ながら思わないではない。
 それに騒ぎ立てたロードたちのことも気にかかる。納得したような態度をとってはいるらしいが、内心で穏やかならぬことを考えていそうだ。僕だって、この一連の行動とその結果が“バンクスと遠坂”ではなく、むしろ“アーチボルトと遠坂”の接触であるかのように誤解されても仕方がないことは分かっている。その点、ケインには要らない迷惑をかけてしまった。文句のひとつも言ってこなかったのが不思議なくらいだが、そのあたりは、やはりアーチボルト家の嫡男に相応しい度量の大きさ、とでも評しておくべきだろうか。
 ちなみに、バルトメロイ家は一顧だにしなかったらしい。まあ、アーチボルト家が遠坂を取り込んだところで、バルトメロイのぶっちぎり首位は揺るぐまい。遠坂などという弱小ではなおさらだ。ピッコロと神様が手を組もうが合体しようが、魔人ブウには遠く及ばないのである。

 とまあ、前世知識も交えてつらつらと今更益体もないことを考えているうちに十分が経過。これで合わせて三十分の遅刻となった。
 どういうことだ。いくらなんでも遅すぎる。あの遠坂が、よりによってこの日この時に遅れるとは考えにくい。なにかがあったのは確実だ。
 もしや襲撃か? 否、メリットがない。現時点では、遠坂を襲うことで利益が生ずる陣営が存在しない。むしろ、この局面で遠坂を害することは明らかな不利益につながる。旗幟を鮮明にしていない勢力を攻撃するなど、政争渦巻く時計塔においては狂気の沙汰だ。そのような狂人はまだ見た覚えがない。気狂いに刺されたのかと思いもしたが、魔術師がただの通り魔に負けるなど普通はありえないし、そんなことになれば今頃は大きな騒ぎになっているはずだ。仮にその気狂いが魔術師だったとしても、遠坂に一切の抵抗を許さず殺害するのは難しいに違いない。飛行機が墜落するくらいは平気でやってのけるはず。
 では逃走か。否、あの遠坂時臣が尻尾を巻いて逃げるものか。時計塔に留学する程度のプレッシャーに屈するものか。というかそんな人間が次期当主の座にあるわけがない。遠坂から送られてきた人物評価は極めて高く、現代的な――つまり、魔術の探求以外のことに縛られがちな――魔術師として、また一個の霊地を管轄する管理者(セカンドオーナー)の跡継ぎとして、これ以上なく理想的なものだった。惜しむべき点としては才能の不足を挙げられるが、それを補ってあまりある努力と、そして成果があることも記載されている。性格は堅実、周到が服を着て歩いているかのよう。根底には帰属としての美意識、管理人としての義務感、次期当主としての誇りが見て取れる。
 僕は遠坂をその方向では信用している。

 案外、腹でも壊したのかもしれない。優雅に排便しようとしているから時間がかかっているのかも……ないか。ないな。その程度なら宝石魔術で治癒できるはずだ。

 馬鹿な想像を最後に一連の思考を締めくくり、靴を床に打ち付ける。
 カツリと耳障りのいい音が聞こえ、全ての思考が洗い流される。
 僕にも予定というものがある。今日の授業は休講にしてあるが、遠坂に僕が接触したことで巻き起こる派閥間の争いをできる限り小さく、穏便に済ませるための根回し作業が山のように残っているのだ。
 まず万が一にも有り得ないが、遠坂が航空機内で殺され、秘密裏に処理でもされていたら――これからの展望は完全に読めなくなり、色々と面倒なことになる。それはそれでアリだとも思うが、とりあえず現状を鑑みれば生きていてくれた方が、多少だが都合は良い。

 ――エンジンキーを、右に回す。

「incipiunt(起動)……nauthiz,eihwaz(忍耐、防御)」

 なにが起こっているのか分からないので、まずはローブの内側に縫い付けたルーンを発動し、攻撃に転じる際に支障が出ない程度の防護を全身に張り巡らす。ナウシズのルーンで痛みへの耐性と対魔力を向上させ、その上から物理的な衝撃、熱、電撃、励起、その他諸々にただし、ひと目でそれと分かる臨戦態勢では遠坂を――もしくは誰か別の人間を――無駄に刺激してしまう可能性もあるため、一工程の簡易防御に留める。
 そして懐から雀を取り出し、呪文を唱える。

「servitus, ansuz(奴隷、神の智)」

 雀の体に魔法陣が浮かび上がった直後、その体に染み込むように消えた。
 僕の魔力を吸った術式は効果を十二分に発揮し、雀は簡易な使い魔となった。その視界は僕の左目と、聴覚は左耳とリンクする。
 術式の簡易さゆえに触覚、味覚、嗅覚はリンクできない。が、この場面では視覚と聴覚があれば十分すぎるので特に問題はない。
雀の視界を人間の脳で処理することは難しいので、アンサズのルーンで強化しておくのは必須だ。これを忘れると雀とのリンクを維持できないほど激しい頭痛に襲われる。あれを体験するのは一度で十分である。具体的には十代前半の若気の至りくらい。

 この雀は常に持ち歩いている。暗示でローブの中を絶対に安全な巣だと思い込ませ、僕のことは信頼できる親鳥のような存在だと確信させることで持ち運びが容易になるのだ。そして僕のルーン魔術による強化も受けている。単純な筋力や視力から、対魔術隠蔽、対魔術といった神秘に関わる力まで、出来うる限りの強化だ。雀の脆弱さゆえに成功率は四十分の一くらいだが、単純計算で雀を三十匹犠牲にすれば使い魔が一匹は確実に完成するのであるからして、効率は悪くない。セネカは呼べばすぐに駆けつけてくれるだろうが、現在は危険が排されていないので却下。僕が手ずから作り出した正式な使い魔であるセネカは、その死や危機に伴って様々なデメリットが僕にも降りかかる。普通そんなことは有り得ないのだが、僕の場合はちと複雑な魔術を用いており、その弊害というか副作用というか代償というか、まあその類のものだ。
 真の使い魔とは異心異体でありながらも以心伝心である存在を指す。使い魔とはもうひとりの自分であり、近しい相棒でもある。元は鳥類でありながら独立した思考回路とそれに基づく独自の行動を選択しうるセネカは、それに相応しいと言えるだろう。
 それに比べて、今回の雀は使い捨てのインスタントだ。
 基本的に、鳥類、特に雀ほど偵察用の使い魔に向いている生物はそうそういない。
 その理由として挙げられるのは二つ、空を飛べる点と、視力が人間のそれを遥かに凌駕している点である。
 前者は言うに及ばず、後者についても得難い能力だ。
 雀のように、鷹や鷲と比べて弱い――つまり一点を集中して見るのではなく、広範囲を目を光らせ敵をいち早く発見する能力に長けている――鳥であっても、人間の三倍ほどの視力があるという。
 加えて、人間が赤、青、緑の三原色を元に色を認識するが、鳥類はその三色に加え紫外線をも捉える四色型色覚を持つ。色を認識する能力についても人間より鋭敏なのだ。インコなどが派手派手しい色を持つのは、それを利用した求愛のためだとかなんとか。
 その鳥類の中でも雀は体が小さく、服に入れて持ち運ぶのが容易である。また、ここロンドンならば雀が屯していても不自然さはない。
 そう言う意味でなら別にハトでも構わないが、個人的に害鳥のイメージが染み付いている鳥なのでなんとなく使いたくない。空港でも、雀ならば微笑ましい目で見られるだろうが、ハトは冷たい目で睨まれそうな気がする。
 ついでに餌代も嵩まず、死んでも代替品はありとあらゆるところに生息しているので調達も容易だ。
 以上の諸々から、状況認識のための偵察として、これ以上に有用な使い魔はそうそういないのである。

 即席の偵察機となった雀は、僕の手のひらから飛び立ってロビーの奥へと消えていった。
 左の瞼を閉じ、使い魔の景色を見る。
うむ、やはり鳥との視界共有は楽しい。見慣れた景色であっても、殺風景であっても、全てが普段より鮮やかに映るからだ。
 世界はこんなにも輝いている、そんな感傷まで抱けるほどに美しく見える。
 肝心の見えるものはというと、突然飛び込んできた雀に驚く人も多いようだが、あまり注意して見るわけでもなく、すぐに忘れているようだ。まあ、ここイギリスにおいて雀なんぞにいちいち注意を向けるようでは、頭がいくつあっても足りない。
 雀をロビー上方で旋回させ、大小様々な老若男女の顔と服装をチェックしながら、少しずつ捜索範囲を広げていく。
 ところどころに落ちているパン屑などを啄みながら力強く羽ばたき、自分の羽音に混じって聞こえる喧騒を置き去りにして奥へ奥へと進んでいく。
 それからは、慣れつつも新鮮な数分が経過し――





 今更だが、遠坂の服装は赤色を基調としているはずだ。来英にあたって地味な服装に着替えるという遠慮を見せることもなく、今日も今日とて平常運転。事前に与えられた情報にも赤いスーツを着用して出国したと記載されているのだから間違いない。
 なにが言いたいのかというと。

 ――見つからねえ。

 言葉の通り、一向に見つからないのである。
 雀は空港内のあちこちを飛び回った。待合室、CIQ(税関、出入国管理、検疫)や免税店、レストランにラウンジ、全ての場所を見回ったのだが、その視界の内に遠坂が映ることはない。
 遠坂が乗ってきた航空機の機内も見回ったが、影も形も見当たらない。
 ここまでくると、遠坂が自らの意志で意図的に姿を隠していると見るべきなのだが……しかし理由が分からない。こうして使い魔を派遣していても、魔力の残滓や魔術の行使、争いの痕跡は全く見受けられないからだ。
 現状は八方塞がりとしか言いようがない。とりあえず思いつく次の方策としては、僕が自ら空港の中に赴き、暗示を使ってでも場内アナウンスをしてもらう。内容は勿論、遠坂を呼び出すものだ。
 それでも見つからないようならば時計塔に帰還し、遠坂本家へと連絡を取りつつ鉱石学科のほうへ報告することになる。
 ここがもし物語と同じ世界ならば、僕のバタフライエフェクトがあったとはいえ遠坂に被害が及ぶとも考えにくく、したがって生きている可能性が高い――というかまず間違いなくはずなのだが、往々にして現実は非情である。特にこの世界では。

 トトン、トン、トントン。

 特徴的な振動による警報がなされ、僕の背後から足音が迫りつつあるのは、そんな時だった。
 人ごみに紛れている足音はともかく、魔術反応を誤魔化すつもりすらないらしい。警戒網に引っかかるどころか、使い魔とリンクしていない素の状態であれば、感覚だけで察知できただろう。意識を少し向けてみれば、なるほど、魔術回路を励起させている気配が明確に感じ取れる。ここまで堂々としているならば、十中八九は協会からの使者だが、さて何事か。
 雀とのリンクを適度に保ちつつ、敵意がないことを表すために努めてゆっくりと、振り返る。

 ビジネスマン。
 それが最初の印象だった。
 目立たないねずみ色のスーツにズボン、白のワイシャツ、薄い青のネクタイ、どこを取っても一山幾らの会社員である。東でなら畑から取れるかもしれない。

「貴男がミスタ・バンクスですか?」
「え? ああ、はい。そうですが――?」

 背後からの声。
 そして気付く異常。
 それは至って単純で、なぜ、目の前の男からではなく僕の背後から声が聞こえたのかというだけのもの。
 反射的に振り向くと、そこにはまるっきり同じ、鏡に写したかのような男の姿があった。

 トトトトトトトトトトトッ――

 けたたましく鳴り響くアラートが、警戒網の報知が、僕の思考を遮る。
 瞬時に雀とのリンクを切断し、目前の男に思い切り接近するかのようなフェイントをかけて側転。

「sol!(太陽!)」

 空中で右手中指の指輪を起動、指輪は、その台座部分に据え置かれた水晶から小さな光球を放った。
 即座に目を閉じ、瞼の裏に刻んでおいた刺青を触媒としてルーン魔術を発動、瞳孔を極限まで収縮させる。
 同時に結界も敵の魔術行使を確認、おそらくは風魔術であろう攻撃が靴の先端部分に、ぶつかり、削り取っていくのを触覚で知る。
 僕の魔術がなんらかの形で対策されていたならば、死はともかく負傷、それも重傷を負って劣勢に陥ることは免れない。

 クソッタレの神へ。アーメン・ハレルヤ・ピーナツバター。

 結果を神に祈りつつ頭を抱えて接地した瞬間に、魔術――『太陽圏』が発動した。
 光球が破裂、内包されていた約125万カンデラもの光が爆発的に発せられ、周囲の人間の目を焼き、網膜を役立たずにする。
 魔術を再び使い、瞳孔を適度に開いてから目を開けた。
 目の前には顔を両手で覆ってよろめく男たちの姿がある。これほどのショックを与えたにもかかわらず、男は両方とも姿が消えたり揺らめいたりしていないので、どうやら魔術ではなく、ただの双子か変装か、とにかくそこらへんであるようだ。
 いまので分かったのが敵は発光への対策をしていなかったということ。

「confortance(強化)」

 右手拳に強化を施しながら素早く接近し、最初に声をかけてきた方の顔面を思いっきり殴り飛ばす。苦手な強化魔術ではあるが、拳の硬度そのものを強化する程度ならできる。中指の指輪がメリケンサック代わりになるので、この強化は攻撃のためというよりは拳の保護が主な目的だ。
 鼻の骨が潰れる良い音が聞こえ、拳に嫌な感触が伝わった。殴られた男はたたらを踏んで堪えようとしたが、そのまま倒れ込んだ。
 気を失ったかまでは分からないが、集中力を保ったまま詠唱できる状態ではないはずだ。さらに言うならば、鼻が潰れた状態でまともな発音ができるわけもない。とりあえずの脅威は排除したと見ていいだろう。
 この間、約2秒。そこで、もうひとりの男が立ち直った。魔術を使おうとしているのが見なくても分かる。
 僕もその場で振り向きながら左手小指の指輪を起動、文字通り間髪いれずに背後の男に向かって突きつける。
 指輪の台座の水晶に刻まれた文字は――

「wind!」
「isa!(氷/槍=氷の槍!)」

 振り向いた分のタイムロスと、魔術発動速度の優位、総合的に見た発動時点は同時と言ってよかった。
 僕の腕ほどの太さがあり魔術的加護も受けている『氷槍』は物理的威力を伴った風を難なく貫通し、風は槍をするりとかわして飛来する。
 そして、結論から言おう。
 男が巻き起こした風の刃は、僕のローブの防御を半分ほど消耗させただけに終わった。首を狙っていた一撃に対して咄嗟に右手を差し出し、中指の指輪、その水晶に込められた魔力を全開放することで風の刃の威力を、気休め程度ではあるが弱めたのが幸いした。その代償として風の刃が拡散し、肌が露出している部分――頬や耳たぶ――に小さな裂傷ができたり、指が半分ちぎれて落ちかかったり、内蔵魔力の全開放なんて想定外かつ馬鹿な行為をやったがために水晶が砕け散ってしまったりしてはいるが、まあ命には代えられないというものか。いやむしろ、完全に不意を打たれたにしては上首尾とさえ評価できよう。我ながら頑張った。
 さて、僕が放った『氷槍』はというと、男の頭部を貫いて脳を完全に破壊した。
 この魔術は指輪ひとつ使い捨てにするタイプの魔術であり、宝石魔術と類似した部分も持つ。つまりは発動時間に比して尋常じゃなく威力が高い。頭蓋骨など、銃弾の前の豆腐みたいなもんである。
 透き通った切っ先を赤く染めて槍は空中を突き進み、街灯に突き刺さって停止した。

 眼前敵の死亡を確認したらまた振り返り、鼻を押さえていた最初の男の顔面を魔術強化した脚力でもって思い切り踏みつける。
 僕のへっぽこ強化魔術と筋肉など皆無の細い足では威力などたかが知れているが。
 ――某格闘漫画曰く、小学生の全体重を踵に乗せて顔面を踏みつければ、大人をノックアウトできるとかなんとか――
 そういうわけなのかはしらないが、とにかくそれは男の意識を完全に刈り取るには十分すぎたようである。動きが消えた。というか殺していないか心配になる。ピクピク動いてはいるので大丈夫だろうが、これって危ない感じの痙攣だったりしないのか。やはり力加減というやつは難しい。普段が非力なら尚のこと。
 この男に障害が残ると後の状況に響いてくるのだ。いつだって、捕虜には健全な意識と肉体があることが望ましい。
 尋問が楽になるから。

「sól(生命)」

 現状も落ち着いたので、簡易の治癒魔術で細胞治癒、そして止血。
 ついでに脳内のアドレナリンやらドーパミンやらの生産量をちょいと向上させ、擬似麻酔に挑戦する。前にやったときは量を間違ってラリったが、失敗も二回目はない。大丈夫大丈夫。
 その瞬間、槍に込められた魔力が切れて『氷槍』が砕け散る。半ばから断たれたままつっかい棒を失った街灯は重力に従って頭から地面へと倒れこみ、ガラスが割れて鉄がぶつかる壮絶な音を立てた。
 なんかもう、めんどい。

「……だるっ」

 魔術行使と命のやり取りで精神的にも肉体的にも疲労した。
 傷を負ってしまったこともさることながら、最大の問題は衆目である。これほど大っぴらに襲ってくるとは思ってもみなかった。当然ながら認識阻害などかけていない。

 そして周囲の惨状に目を向ける。

「目が、目がぁあああ……」
「暗い、真っ暗だ……」

 うん、ひどい。色々と。
 我に返ってみれば、戦闘があった時間は10秒もないのだが、まあ予想通りの阿鼻叫喚の渦ときた。主に僕の『太陽圏』のせいで。
 125万カンデラといえば、スタングレネードをも上回る光量。そんな危険なものを、周りに一切配慮せず使用すればこうなることは当たり前のことだった。
 ただしそれは大事の前の小事であり、最優先は僕の命であるから後悔はない。幸いというべきか、空港設備は無傷、周囲の人たちにもそれ以外の外傷はない。尋問相手も残っているなら上出来と考えるべきか。
 失明した人がいるかもしれないが、僕は被害者であるからして、そこまで責任持てない。
 もちろん、放っておくのは流石に気が引ける。こういう目立つ事態になった場合は時計塔から派遣されたチームがどうにか現場復帰と証拠隠滅をしてくれる手はずになっているので、そのチームに少し言付けておくとしよう。

 空港の中から、騒ぎを聞きつけた空港警備員や一般人が駆けてくるのが見えた。『太陽圏』は音を伴わない魔術だ。しかし、謎の閃光と街灯の破壊音のふたつが揃えば、事件性を認識されるには十分すぎる。このまま見つかれば厄介なことになるのは想像に難くない。

「mannaz,nebura(霧は我が姿を隠す)」

 こそりこそりと自然に何気なく、指輪とローブの両方に刻まれた認識阻害魔術を併用して気配を完璧に隠滅、気絶した男を引きずりながら僕はその場から離れる。とりあえず、この男はどこかに隠さなければ。
 二重の認識阻害で二人分の存在感を隠しているのだ。誰も僕たちを引きとめようとはしなかった。

 ――たかが出迎えでこの騒ぎ。遠坂と関連した出来事であるならば、厄介なことになりそうだ。
 どの勢力にも動機がないのは相変わらず。誰が、どのような意図で、どんな目的を持って襲撃を起こしたのかが全く読めない。それはつまり、事態の根本的な解決が不可能ということだ。
 誰の差金か、早急に突き止める必要がある。

 そんなことを考えながら空港近くの、ハエが飛び回るポリバケツに男を放り込み、魔術施錠を施した。

「あ、遠坂」

 そこで、肝心要の遠坂時臣の生存確認、及び合流が未だに果たせていないという事実に思い至り、ため息がこぼれた。

 僕の人生で……大体5番目くらいの悪い日になりそうである。










お久しぶりです。深海から浅瀬に戻ってきたしがない魚であります。
腐った虚ろな目で大学の秋学期を生き抜くこと3ヶ月、ようやくどうにかなる目処が立ちました。
まあ1月からテストあるんですけどねうふふのあはは。
どうにかこうにかしていきたいと思っておりますので、こんな一介の魚が書く文章ではありますが、見ていただければ幸いです。
それではまた。


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