結局、遠坂家から出て私達はあの間桐の家を改装して冬木に住まうことにした。
間桐の家の当主は雁夜さんになるようにこっそり細工を施して置いたお陰で、今では冬木一の金持ち夫妻。
私は学校には通わず、家で小説家として執筆活動をし始めた新鋭の作家である雁夜さんと一緒にご飯、洗濯、お風呂、掃除、育児、セックスと忙しくも
普通の一人の奥さんとして生活していた。
一応周辺住民の方々にはカヴァーストーリーとして、家族を冬木の大火事で家族を失い、その後数年間どこぞの変態に監禁され孕まされ
唯一、血が繋がる叔父さんに引き取られ、子育てをしている幼い母として冬木住民には伝わってるので暗示もかけずに生活していた。
物凄い波乱万丈。
と笑うくらいのヘビーなカヴァーストーリーだが。
私には今、二人の子がいる
一歳の男の子の理樹と産まれたばかりの女の子の杏樹。
今日はたまには休んで気分転換しなさい、と言う雁夜さんに言われ、育児の休暇を与えられた。
理樹も杏樹も夜鳴きが酷い子で、最近はヘロヘロだったのだ。
実は前回で食らってきた知識の中に、ちゃんと子育てをした人間が居なかったのだ。
どいつもこいつも女なんて産む機械としか見做さない奴等だったので、当たり前な話だが。
周囲のママさん方は幼い私に対し、様々なことを優しく教えてくれ、助かっているが。
子育ては母親自身がやるものなのでただ話を聞いて最近やっている離乳食作りも全部自分でやっている。
親切なママさん方にレシピを沢山山盛り戴いているので結構楽だが。
そんな未知と初めての体験にヘロヘロしながら、私は楽しんで居た。
12歳の少女としてはまず日本では御眼にかかれないハードな生活だが、ここ2年、魔術は全てルビーにまかせっきりだった。
我が子達はどうやらステの強化をし過ぎた様で、霊感に優れ、私が魔力を回すと機嫌が悪くなるのだ。
本能的に自分の母親が人を捨てようとするのを敏感に感じるらしい。
泣き喚いて私を求め始めるので録に魔術も使えない。
100年ぐらいは魔女休業するから大丈夫なのになぁ。
そうは言っても赤子に言葉は通じないので意味がない。
ルビーまでも
『リッキー君とアンジュちゃんは私が全身全霊を賭けて見ておくので出かけてください』
と言うので今日は素直に休んで、前々から行こう、行こうと思っていた場所に行くことにする。
IF外伝 天より他知るものなく
てくてくと教会に続く石畳を歩いていく。
二人目も生まれたことだし、今日はあの魔術師らしい神父に会いに行く。
言っておくが浮気ではない。
雁夜さん以上に私と体の相性抜群な人は多分この世界には居ないのだ。
性豪として前回生きていたが今の私は究極の快楽を齎す人に出会ったので、男も女も今は性の対象として興味がないのだ。
昨日だって散々雁夜さんとヤリまくったので満足してるし。
2年前貸してもらった祝福された出産服を帰しに行くだけだ。
実はこの出産服、売っても値段が付かない宝具なのだ。
なんの気まぐれで私に渡したかはしらないが、子は二人で十分だと思っているので、それを帰しにきた。
教会の中に入る前に、我が遺伝子上の父の元に向かう。
墓前には相も変わらず母が花を定期的に添えているようで、道端で見つけた根から引っこ抜いたタンポポも必要ないようだ。
珍しい西洋タンポポじゃない日本種のタンポポだったが、これは家に持って帰って雁夜さんのコーヒーにしてあげよう。
墓前の前に立って、逆十字を切る。
死んだ男は外道を往く魔術師だ、十字よりも此方の方が相応しい。
「神の家の前で逆十字を切るとは、罰が下っても知らんぞ」
逆十字を切ると後ろから声が掛かる。
私は振り向きもせず、こう答える。
「聖堂教会と敵対する異端者である魔術師がキリストに召されるなんてなんて冗談でしょう?」
「確かにそうだな」
「結局お墓なんて今生きる人たちの為でしょう、忘れないための場所です」
「君はそう思うのか」
「いいえ、私には忘れないための場所なんて必要ないです、私は物覚えが良い子なので」
そうだ、前回だって私はそれなりに長く生きていていながら、誰一人としてお墓なんて作らなかった。
そもそも骨が残るような死に方が出来た人なんて一人もいなかった。
「くっ………2年前か、君に会った時も思ったが相も変わらず小気味が良いな」
「いいえ、ただ生意気なだけですよ」
「貴方のお名前は神父さん?」
私は振り向き、用意していた出産服を手渡す。
「いいや、名前はいらないだろう、神の家に居る私は神父だ、神父は神父でよい、名前などいらない」
いや、おもいっきし出産服尿やらなんやらで汚しといて名前も聞かずに帰すのはどうかと思う、と言うと。
「無事に産まれたか」
「ええ、この前は二人目です」
「ふ、二人目………まぁいい、祝福しよう」
「それはどうも」
「ん……ならば君には出産祝いをやらないといけないな」
「名前も知らない怪しいおっさんの出産祝いなんて貰っても迷惑なだけですが」
「それはそうだな……私の名前は言峰綺礼という」
「綺麗さん?」
「綺麗の綺に礼節の礼だ」
「ふーん、ロマンチックな名前ですね」
「それは褒めているのかね」
「褒めてますけど?貴方は濁点が付いたギレイさんが良かったんですか?」
「いいやこの名前で良かったよ」
「あっそう、で、その綺礼さんは出産祝いに何くれるんですか」
「これだ」
男は懐から一つの短剣を抜き出し私の手に乗せる。
一瞬、その短剣で殺されるのかとビビッたのは言うまでもない。
だってこの男聖堂教会の代行者やってた人だし、多分。
あれほど命を狙われ慣れていた私の背中にいつのまにか立っていた男だ。
それとも、もしや、危機感が衰えているのかと勘違いしたが、そうではない。
目の前の男はどこか人として壊れているのではなく、足りていない。
既に失われている、とでもいうのか、そういう空気を感じた。
そして渡されたのは魔術師の中でもポピュラーな魔術礼装だった。
「アゾット剣」
「お守りぐらいにはなるだろう?」
「へーほーふーん、凄い物騒なお守りですね、女の子にモテないですよ、綺礼さん」
白とアメジストの刀身を眺めているとふと、気が付く。
「やっぱいらん」
そしてすぐ綺礼さんに返す。
「人ぶっ殺した剣を渡すなんて何考えているんですか、この生臭神父」
私には分かるぞこの野郎、こいつこれでどこぞの魔術師殺しているな、グリップからこの神父の匂い、刀身からは
あ。
「あ、私の遺伝子上の父親殺したのはもしや、貴方?」
「…………わかるのか、遠坂桜」
「は?ナニ言ってんですか、大はずれですよ、私の名前は間桐桜です、しかもオカド違い」
「なにがだ」
「これ、貴方のことですから、元々は私の姉にあげるんでしょう?だったらそっちに渡してください、私は間桐なので」
神父は驚愕の表情を浮かべ懐に短剣を収める。
何故わかったか、はん、たかが40年程度の若造が舐めるなよ。
ひっさしぶりに魔女としての才覚が発揮される。
魔術師としてではなく魔女として神秘に関ってきた私には分かり始めていたのだ。
少しばかりのこの世の因果ってモノに。
神秘は人の想いと幻想だ。
ならば、魔女ならわかる、人の想いと幻想が。
「あのですね、マジで言いますけど、此処100年は怪しい世界のごたごたなんて関る気真っ平ごめんなんですよ」
「そうか………100年に一人の逸材の姉を既に超えているのか君は、案外、時臣も見る眼がないな」
「本当にそうですね、見る眼ないですよね………貴方みたいな男を信用していたなんて、人の見る眼がないですね」
「そうか、そうだな……残念だ、一目見たときから何れ、君の傷を切開してみたいと思ったが」
「切開は帝王切開で十分です」
二人目、難産で帝王切開でしたから切開はもう嫌です。
さっき帰した宝具、汚いから二人目では使わなかったんですよね。
ばい菌とか入りそうな気がして。
概念とかそういうの付いていても嫌なものは嫌なのだ。
もう病院とお坊さんは死ぬ前で十分です、しかも死ぬ気がないので絶対いらないです。
「ああ、最悪、サディストでマゾヒストな変態神父に出会うなんて」
「サドマゾ?」
「はい、もう貴方と周囲100メートルは一緒に居たくない位の匂いがぷんぷんします」
「そう言われたのは初めてだ」
「じゃあ、そうですね、貴方の周りには碌な人間いなかったんじゃないですか?」
人の不幸と自分の不幸で快感に浸れる変態なんてレアだなぁ、と私は言う。
「希少なのか私は」
「もう少しウェルダンだったら良かったんですけどね」
例えば痛いのも痛くするのも大好きなガチのSMマニアとか。
「焼き加減か」
「はい、数年前に真っ黒に焼かれれば良かったんですよ、貴方は、焼き加減中途半端です」
マキリの魔女は男の心臓を視ながらそう、言うのだ。
男は思った、それも悪くはない、と。
「そ、しっかり焼かれて、旅立てば良かったんですよ」
「どこにだ」
と、問われたのでマキリの魔女は天に指を指す。
それは天という意味ではない、と男は分かったのでこう、言う。
「アカシックレコードか」
「一つ老婆心で言いますが、貴方はね、もっと先を目指せばよかったんですよ」
学び、知り、それをさらに昇華させさらに学び、知る。
人間から外れた者共が目指す遠い地平線。
そこになら、きっと全ての答えがある。
男は問う。
「まだ遅くはないのか」
「は、ナマいってんじゃないですよ、あんた等が狩ってきたやつ等、全員ずっと目指しっぱなしでしょう?馬鹿みたいに」
「そうか、そうだな……だが、君は」
「うーん、一休憩中、此処100年は――――どうせいつでも目指せるんですから」
「おかしいな、君はまるで」
一度其処に行ったように言う。
「さーねー。どうでしょう………あ」
「なんだ?」
「雨が降る前の匂いがする、家に帰らないと」
「雨宿りなら此方ですれば良いだろう」
神の家に指を指す男。
「はっ!ナンパですか?こんないたいけな少女をナンパするなんてやっぱり変態です」
それにね、お前達外道はね、ずーっと私の餌だったんですよ。
でも今はお腹いっぱい、しかもあそこには多分、私よりも苛烈な何かがいる。
ダンジョンアタックは常に万全に。
攻め込むのは勝てる時のみ。
そういう風にしないと何時でも敗北は転がっている。
それに今敗北は出来ない。
「娘と息子が待っているので帰ります」
ああ、多分もう、泣いているだろうな、恋人なんかよりもずっとラインが繋がる我が子達だ。
帰りに二人が大好きなDVDでも借りて帰らないと。
てくてくと間桐桜は来た道を歩いて帰る。
最後に男に間桐桜はこう、言う。
「姉か貴方かどちらかは知れないですけど、まぁ頑張ってください」
それか、誰かか。
まるで未来を見通すように少女はそう、いい残して男の前から立ち去った。
それを見届けると男は教会の中に静かに入っていった。
IF外伝 天より他に知るものなく 了
あとがき
2週目桜さんの魔女としての現在レベル編。
ママとしてはレベルは低いというお話でした。
やべえ、外伝書くの楽しすぎる。