いきなりだが士郎は眠かった。
激しく眠い。
直ぐにベッドにバタンキューしたいくらい眠い。
理由は至極単純明快、昨日寝てないのだ。
ぶっちゃけると「空の境界」の舞台である街に到着したのはいいが、一人でホテルなんかに泊まるとロリブルマが襲撃してそうで怖かったので、常に一目がある場所―――――――つまり二十四時間営業のコンビニで一夜を過ごしたからである。
当然コンビニで睡眠なんてとれる筈もなく、一日中コンビニの雑誌という雑誌を読みまくっていた。
店員さんは心底迷惑だったろうが、こっちは命が懸かっているので我慢して貰う他ない。
士郎はマナーより自分の命を選ぶ男だ。
「だが寝ちゃ駄目だ。俺は……」
飽くなき生存欲が士郎を突き動かす。
根性や精神力やその他諸々で原作の衛宮士郎の遥か下をいく憑依士郎だが、こと自分の命に対する執着心なら原作士郎を遥かに超越していた。
命の危険を感じると人は火事場の馬鹿力を発揮するというが、それが正しいなら士郎は常に火事場の馬鹿力だ。
士郎は地道に聞き込み調査を開始する。
捜査は足、刑事ドラマの鉄則を胸に刻みつつ士郎は歩き回った。
黒桐幹也を知っている人を探すために。
そんなこんなで二時間ほどを聞き込み調査に費やしていた士郎だが、漸く目ぼしい情報を得られた。
「黒桐ならさっきそこにいたけど?」
訂正、物凄い情報を得た。
士郎はリーゼント頭の人に御礼を言いつつ、走った。
件の人物は直ぐに発見した。
黒髪黒目、全身を黒に包んだ平凡な顔立ちの青年。
これが黒桐幹也。
「黒桐幹也さんですね?」
命のかかった士郎はストレートだった。
「そうですけど、君は?」
いきなり見知らぬ人物に話しかけられたせいか、黒桐は警戒しているようだった。
「えー私の名前は衛宮士郎といってですね……その、蒼崎橙子さんに取次いでもらえないでしょうか?」
「橙子さんに!?」
黒桐は驚いているようだった。
無理もない。
いきなり話しかけられたと思ったら、色々と秘密のある上司のことを尋ねられたのだ。
驚かない方が無理というものである。
「…………失礼ですけど、どんな用事なんですか?」
「実は厄介な魔術の問題に関わってしまいましてね。…………優秀な魔術師である蒼崎氏のお力をお借りしたいのです!」
若干目を血ばらしながら士郎が言った。
「ご用件は分かりました。けど、すみません。橙子さんはもう事務所を畳んで旅に出てしまったんですよ?」
「………………………………………………………………………………………え?」
黒桐が言うには士郎の死亡フラグを破壊してくれる可能性を秘めた蒼崎橙子は数年前に旅立ってしまったらしい。
時系列的に第七章が終わってすぐのことらしい。
こんなこと知らないってばよ!?
「ごめんね。当分連絡も貰ってないから、居場所も分からないんだ。だけど直ぐにでも居場所を調べて奥よ」
「ああ、すみません。はい」
黒桐の調べる力は士郎も知っている。
時間を掛ければ封印指定の魔術師の所在も突き止められるだろう。
だが士郎は、少しでも時間をかければアウトなのだ。
あのロリブルマがきたら幾ら百万分の一の確率で両儀式が士郎を守ってくれたとしても、バーサーカーに太刀打ちできない。
Fate/EXTRAのアレはまだしも、両儀式ではサーヴァント、それも上位に君臨するバーサーカーには勝てないのだ。
(…………そうだ! 両儀式だよ両儀式! 直死の魔眼ってあの中身中田さんの黒い人の魔術も殺してたよな! ということは令呪も)
「失礼ですが黒桐さん、奥さんは?」
いきなり両儀式の居場所を教えろと言ったら、警戒するだけだろう。
士郎が「空の境界」や「月姫」そして「Fate」の情報を知識として知っているのはイレギュラーなのだ。
それも未来視や過去視などでは説明がつかないほどの。
幾ら何でも小説で貴方たちの人生を見ましたなんて戯言、信じて貰えるわけがない。
だから士郎も、封印指定である蒼崎橙子のことはまだしも、両儀式については知らない様に振る舞わなくてはいけないのだ。
確か黒桐はこの年頃だと、もう式と結婚していた…………と思う。
「今、家の都合で九州にいますけど……式がどうかしたんですか?」
OK、理解した。
神よ、貴方は俺のことが嫌いなんだ。そうなんだな!
「何時頃帰ってくる予定で?」
「二週間後くらいですけど」
もう駄目だ。
この世界、ハード過ぎる。
どうなってるんだよTYPE-MOON。
こんなの原作にも書いていなかったじゃないか。
「ははははっ―――――――――はぁ」
二週間も待てる筈がない。
このままこの街に居続けるのは……危ないだろう。
バーサーカーがロリブルマが襲ってくる。
こうなれば逃げる。
東京よりも遠く、北海道よりも遠く。
日本を離れる。
海外まで逃げればロリブルマも追ってこない筈だ。いやそうであってくれ。そうであるとも!
「黒桐さん、では俺はこれで!」
「ちょ、ちょっと!」
士郎はそのまま街を駆け抜け、タクシーに乗った。
目指すは空港だ。成田空港へ。
黒桐に事情を説明して、式を呼んでもらえば良かったという事に士郎が思い至ったのは飛行機が離陸した後だった。