――――おお、士郎。死んでしまうとは情けない。
藤ねえのそんな言葉を聞いた。
士郎はゆっくりと目を開く。
藤ねえと弟子一号は、衛宮家にある道場で待ち構えていた。だが二人はこんな士郎の立場に同情してはくれない。一緒に地獄行きの機関車に同乗してもくれない。
ただ説教が始まるだけだ。
諦めたように士郎は運命を受け入れられ―――――――――る訳がなかった。
(どどどどどどどどどど―――――どォなってンですかァ!? ここ東京だよ、TOKYO! 冬木市じゃないよ、襲いに来るにしてもラストっしょ! なんでロックオン?)
士郎の中でイリヤの株が超大暴落中である。
というより、このままだと死ぬ。
士郎にはバーサーカーどころかロリブルマ一人にすら勝てるかどうか分からないのだ。
というかギリシャの大英雄と戦って勝利するなんてカレー先輩だろうと殺人貴だろうと無理だ。
人間が半神半人の英雄に勝てる道理などない。
「驚いたよ。十年間待って待って、冬木市に行ってみたらお兄ちゃんがいないんだもの。まさか東京にいるなんて。駄目だよ。マスターなんだからしっかり呼び出さないと」
言動からすると、ロリブルマ……イリヤスフィールは士郎にサーヴァントを呼び出させようとしているのかもしれない。
確か聖杯戦争っていうのは敗北したサーヴァントを生贄とする必要がある、というようなシステムだった気がする。
なんでもサーヴァントの莫大なエネルギーで根源とかいう訳のわからない場所に到達するのが目的だったと思う。
余り詳しくは覚えてはいないが、そうだった。
あの蟲爺(名前忘れた)の最終目標も根源に到達して不老不死になることだ。
しかし悲しいかな。
士郎にサーヴァントを召喚することは出来ない。
しないんじゃなくて出来ない。
何故なら詠唱を知らない上に魔法陣も書けないから。
おまけに士郎は魔術回路の一つも生成できてないし、というか原作で士郎がなんとか出来ていた解析や投影すら不可能。
幾ら「投影開始」と言った所で魔力がなければ単なる痛い発現である。
「ねぇ、ここ開けてくれない?」
この薄いアパートのドアが士郎の命を守る最後の壁であるような錯覚を覚えた。
扉を開ける訳にはいかない。
絶対に、なんとしても。
「あのー、どちら様でしょうか?」
故にここはとぼける。
「……切嗣から聞いてないんだ?」
やばい。なんだか言葉がより冷たくなった気がする。
「まぁいいわ。私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。宜しくねお兄ちゃん」
もしこのロリ娘にお兄ちゃんと呼ばれたい人、今直ぐ変わってやるから助けてくれ。
変な性癖とかない士郎はそう切実に叫んだ。
そして同時に、如何してホロウで小ギルがモブキャラにご執心だったかを理解した。
うん。現実はノーマルが一番。
士郎にはイリヤに勝てるような武器はない。
ここは更にとぼける。
「はぁ。それで我が家にどのような用事でしょうか?」
「お願いと、警告かな。令呪が発現したのにサーヴァントも呼ばないでいるなんて、いけないんだよ」
「えーと、家を間違えてませんか?」
「ふふふふ、誤魔化そうとしても駄目だよ。標識に『衛宮』って書いてあるし」
「それは『まもるみや』と読むんです」
「嘘。だってセラが調べたんだもの。この家に住むのは衛宮士郎、切嗣の息子」
段々とイリヤスフィールの言葉に不穏な気配が混じっていった。
たぶん彼女はこう言いたいのだろう。
切嗣を、父親を奪った男と。
自分の娘の教育くらいしっかりしとけ、と草葉の陰で見守ってるかもしれない切嗣に怒鳴りたかった。
「開けてよ、お兄ちゃん。ねぇ……開けて?」
「そ…それは……駄目だ!」
「ふうん、あくまで私を避けるの。なら」
やばい、死んだかも。
藤ねえが道場で手招きしてる。
三途の川の向こう岸で切嗣が手招きしてる。
なんとか、言い訳をしないと。
「違う、避けてる訳じゃない!」
「ならどうして開けてくれないの?」
なにか……開けてはいけない理由。
効果的で、それでいてイリヤが足を踏み入れたくなくなるような。
そうだ、一つあった!
「ゴキブリだ! 今現在俺の部屋の中に大量のゴキブリが蠢いているから開けられないんだ! もし開けたら大量のゴキブリが襲い掛かってくるぞ!」
「本当なの、それ!?」
よしよし、ゴキブリの恐怖は万国共通だったか。
「ああ、だからゴキブリを倒すまで」
「じゃあここで待ってるね。逃げちゃうかもしれないから」
「………………」
先手を取られた。
ゴキブリ結界でどうにかイリヤを阻んでいるが、時間が経つにつれてゴキブリ結界は効力を落としていく。
士郎は火事場の馬鹿力、もとい馬鹿知恵を発揮する。
普段は余り発揮しない頭脳が、TVドラマの名探偵並みに活動していった。
幸い荷物は用意してある。
万が一の時の為に金庫に入れておいた現金200万円、カードだってある! 念のためのパスポートに携帯電話、suicaだって。
窓から外を見る。
パイプにしがみ付けば、物音を立てずに下に降りれそうだ。
こんな犯罪者みたいな真似したくはないが、死ぬよりはマシだ。
戦うという選択肢は有り得ない。
だがもし士郎が逃げたと知れば、イリヤは間違いなく怒るだろう。
(まてよ……)
士郎は電話子機をとる。
使えるかもしれない。
士郎は携帯で自分のアパートへ掛ける。
着信音は布団をかぶせて、外のイリヤに聞こえないようにした。
子機と携帯が繋がると、士郎は子機のスピーカーホンを押す。
これで暫くは持たせられるだろう。
目指すは伽藍の堂。士郎は音を立てないようパイプにしがみ付き、そのままするりと地面に着地した。