第31話 長い長い一日の勝利者─────第一節 念─────眼下に広がる夜の街。ライダーの魔力集めの帰還を待つのは慎二。衛宮邸を丸ごと吹き飛ばそうと考えていた慎二は、ライダーに宝具を使っても問題ない程度にまで魔力を集めてこいと命令を下し、その帰還を待っていたのだ。時折吹く風が慎二の体温を奪っていくが、慎二はまるで気に止めないように眼下で米粒のような大きさで街を歩く人を見ていた。そこへ。「………なにをしておる、慎二」声がかけられた。その声は聞き覚えのある声だった。背後へと目をやり、そこに立っていた人物を見る。「お、爺さま………!? な、なんでここに!」「なぜ、とはまたおかしなことを言う。学校の件から一報も知らせずに家に帰ってこない孫が、一体なにをしているのかと思うのは当然じゃろうて」くつくつと笑いながら慎二へ視線をやる。対する慎二は唐突に現れた自分の祖父にたじろぎながらも「こ………これから衛宮の家に行くんだよ!あいつを殺して遠坂を見返すためにね!」そう言い張って、現れた老人を見る。「ならぬ」しかし、それを老人は一言で斬って捨てた。「え………?」「ならぬ、と言った。確かに彼奴は面倒な存在ではあるが、今はまだ生かしておく価値がある。“壊していくための促進剤”として、彼奴“ら”は今絶好の状態となっておる」不気味な笑いとともに老人は嗤う。その笑いにゾクリ、と悪寒を抱きながらも老人の言っている意味を理解しようとする。が、理解できない。一体何を壊していくというのか、“ら”とは複数を指すが、一体誰を指しているのか。「わからぬか?………まあよい。それは別としても、衛宮の子倅はすでにマスターではないぞ? 慎二」「何………? マスターじゃない?」「キャスターの奴が衛宮の子倅のサーヴァント、セイバーを奪取し、彼奴はマスターではなくなった。遠坂の小娘はセイバーが陥落する前に柳洞寺へ攻めようとしておる」老人の言葉を聞いて、考えに奔る。そんな自分の孫を見る老人は、一体なにを考えているのだろうか。そこへ。「慎二…………」すぅ、とライダーが慎二の傍へ現れた。ライダーへ視線をやる老人とその視線を受けるライダーの間に言葉はおろか、何かのやり取りすら存在しない。「ライダー、衛宮の家にいくぞ」目の前にいた己の祖父から視線を外し、屋上から下りるべく建物内へと消えて行った。ライダーは一度彼の祖父に視線をやり、同じく慎二の後を追って行った。「─────魔術師、というモノに執念を抱きすぎておるな。………もはや魔術回路など皆無だというのに」慎二が消えて行った入口に背を向け、屋上より眼下に広がる闇の街を望む。「………さて、こちらもそろそろ行動に移すかの。衛宮の子倅に関しては生きているならよし、死んでいても構わんかの」くつくつと笑いながら老人、間桐 臓硯はその場から音も立てずに消えていった。◆「大丈夫そうだ、衛宮」「そうか、良かった」士郎と鐘の二人は現在、離れの凛の部屋に寝かされている綾子の様子を見ていた。経過としては、鐘の母親から電話がかかってきて、容体は無事だという内容だった。マンションが『ガス漏れ事件の現場になっていた』という事実は今朝方になって発覚した。否、発覚自体はもう少し早かったのだが、今朝は士郎達はテレビを見なかった。つまり本来ならば真相を知るべくもない二人はこの電話を受けて驚愕する筈なのだが、当の士郎達の驚きはそれほどでもなかった。というのもキャスターが持っていた写真。それが全ての原因である。あれが本来あるべき場所。それは鐘の自宅である。しかしそれをキャスターが持っていたということは、つまりその先に起きた事は想像に難くはなかった。容体は心配であったが、無事だという報告を受け入院先の病院も把握したので、近々お見舞いに行く予定である。入院、とは言っても何十日も必要とするほどのものではないので、市長の仕事を長期に亘って停滞させることもない。すべからく容体が元に戻り次第、鐘の父親は市長の激務に身を投じることとなる。『最近ちょっと働きすぎみたいだったから、この間に少しでも休んでほしいわねぇ』と、母親の呟きも鐘はしっかりと聞いた。父親が働きすぎている理由は言うまでもなく、この冬木で発生している様々な事件や事故などの解決策。病院、警察、市役所などと言った公共機関、施設の従業員たちは少なからず仕事量が増えている。その原因を作っているのが、一般人が介入することなど不可能な『オカルト』なのだから、どう頑張っても現代社会に生きる人間が解決できる訳がない。つまり、聖杯戦争はそういう二次的な被害も被っていた。そういう事を考えさせる電話だったのだが如何せんタイミング、というものがある。その意味では間違いなく『最悪』の電話であった、とだけは追記させていただく。鐘の母親との会話が終わり、受話器を切る。そこまではよかったが、互いの視線が合うや否や唐突に恥ずかしくなってしまい顔を真っ赤にしてしまう二人。切り出そうとするも、何からどのように切り出そうか、なかなかいい案が浮かばずに咄嗟に士郎が「そ、そういえば美綴はどこで休んでる?」と、切り出し、何とかぎこちない雰囲気を脱することに成功したのだった。「しかし………私の知らない場所でそんなことが………」「………ああ、美綴は慎二にやられたしセイバーはキャスターに奪われた。二人をこのまま放っておくわけにもいかない」キャスターからセイバーを取り戻すのは当然のこと、慎二とてこのまま放置しておくわけにもいかない。だが追えない理由もあった。(氷室と美綴を残していくわけにも…………)慎二がライダーを使って綾子を狙わないとも限らない。凛はキャスターの元へ向かっている以上、慎二は現在フリー状態である。加えて慎二はこの家の存在を知っているので、留守中にここにくる可能性もあった。つまり、狙われる可能性があるということ。当然これ以上巻き込ませるわけにもいかないので二人を守る必要がある。そこを離れて行ってしまうと同じ事の繰り返しとなる。「衛宮………? 大丈夫か?」「ん…………、ああ」額に手を添える。現在士郎は凛の『ガンドの呪い』を受けている。本来なら二日程度寝込む必要がある呪いなのだが、現在気力だけで持ちこたえている。が、当然そんなものが長く保つはずもない。少し気を緩めればふらり、と倒れかねない。鐘に心配させまいとする以上は倒れる訳にもいかないし、それを見せる訳にもいかなかった。「ちょっと、顔洗ってくる」気持ちの整理と、熱による思考の滞りを解消するべく洗面所へ向かう。誰もいない居間の通り過ぎ、誰もいない廊下を通り、誰もいない洗面所へと足を踏み入れる。洗面所兼脱衣所の明かりをつけ、冷水で顔を洗う。身体が熱いだけあって、冬であるにもかかわらず冷水は気持ちよくも感じる。しかしガンドの呪いはその程度で軽くなってくれるわけもない。「─────」小さく息を吐き、タオルで顔を濡らした水分を拭きながら正面の鏡を見る。そこに写るのは自分自身。では。その背後にいる眼帯の女性は一体何者なのか。「っっ!!?」フォン、と首を斬り落とさんと振るわれた一閃を咄嗟にしゃがんで回避する。だが、そこへ右足の蹴りが入った。「がっ─────」蹴られた衝撃で壁際まで吹き飛ばされる。そこへ投擲されるのは杭のような短剣。「っ─────」横へと跳び、投擲から逃れる事に成功する。この家には侵入者に対して警鐘を鳴らすという結界が張ってある。ライダーが侵入した際は確かに警鐘は鳴った。しかし、士郎の状態がそれを聞き逃してしまっていたのだ。自分の失態をこれ以上なく心の中で罵りながら、洗面所から脱出する。「同調、開始トレース・オン」一旦距離をとった士郎は即座に自身の身体能力を強化する。生身でライダーと戦うことは自殺行為に等しい。そして同時に武器も必要である。左手の感覚はまだイマイチ戻っていない。となれば両手を使う双剣は得策ではない、と判断し別のものを投影しようと試みる。脳裏によぎる剣の姿。迷っている暇はない。その剣を投影する。ガンドの呪いが集中力をブレさせる。敵がすぐそこにいると状況が自分を急かす。ここでやられればこの家にいる二人にも危害が及ぶ。セイバーも助けなければいけない。そんな様々な思考を一旦カットし、精神を引き絞る。挑むべきは自分自身。ただ一つの狂いも妥協も許されない。「─────投影、開始トレース・オン」ぶち、とナニカが切れた音がしたが、今は気にしている場合ではない。自身の中へ集中する。バチバチと内部で痛みが奔る。「く、───あ、あぁぁぁぁぁ………!」だが、このままではただ死を待つだけである。集中、集中、集中。学校で投影した感覚を思い出す。そして──────────幻想をここに現実と成す手に握られた剣は西洋風。それはかつて士郎が見た、セイバーの剣だった。否、正確には違うのだが、今はどうこう言っている場合ではない。「………私の短剣の次は、西洋の剣ですか」狭く、薄暗い先廊下の先にいるのはライダー。敵を睨み、剣を構える。そして戦闘は始まった。─────第二節 折れない剣─────その剣を持ち、突進してきたライダーに合せるように剣を振るう。フォン! と空を斬る音。それはライダーが咄嗟に後方へ回避したものによるもの。しかし。ライダーの髪の一部が斬りおとられ、ライダーの左頬には傷があった。対する士郎の左腕にもまた傷があった。だが二人はそれを気にすることなく、第二撃を叩きこむために剣を振るう。キィン! と疾風の如きのライダーの攻撃を剣で弾く。一度、二度、三度、四度、五度。打ち合う度に金属音は家に響き渡る。「くっ………!」だがそもそものスペックが違う。拮抗状態はすぐに崩れ、一歩二歩と士郎は後退を余儀なくされている。一方のライダーは士郎の不自然な動きを観察していた。右足と左足の足捌きの速度。両手を使わず強化した右手だけでの応戦。「その左手足…………反応、鈍いですね」「な─────」自身の身体の異常を見抜かれ驚愕した士郎を余所に、ライダーは的確にその部位へと攻撃を加える。その攻撃を防ぐために、身体の左側へと剣を伸ばして弾くが………「右脇腹、………ガラ空きです」ライダーのミドルキックが無防備となった脇腹へと突き刺さる。居間と廊下を分かつ障子を壊し、居間へと蹴り飛ばされる。「ぐ……………」右脇腹を抑えながら、ゆっくりと居間へと入ってくるライダーを睨む。ライダーの表情は普段通りにも関わらず、士郎の顔は焦燥と激痛のために歪んでいる。状況は明らかに不利である。そこへ「あははははは! いい表情だね、衛宮!」庭から嘲笑う声が聞こえてきた。「慎二………」月明かりが慎二を写し出す。その表情は先ほどの科白を肯定するかのようにニヤニヤと笑っていた。「やあ衛宮。君が家にいるもんだからさ、僕自らが出向いてきてやったんだぜ? 感謝してほしいなあ」「何が………!」「だってさ衛宮、お前サーヴァントを失ったんだろ? なら外に出れる訳もないよな。家の中でびくびく怯えながら遠坂の帰りを待っていたってワケだ!」アハハハハ、と高らかに笑う慎二。だが士郎はそんな慎二ばかりに気を取られているわけにもいかない。正面にはライダーがいる。油断すればあっという間に首が足元へ転がり落ちることになる。「けど、マスターでなくなったとしてもまだマスターになれる資格は残ってる。おまえ、うざいからさあ、復帰してくる前に潰させてもらうぜ?」慎二の言葉に反応しライダーが身を屈める。それは、得物を狙い定めた、一匹の巨大な蛇だった。「─────!」それが得物を狙うモノの仕草だと読み取る。息を呑み咄嗟にバックステップをしながら黄金の剣を振るう。それとほぼ同時に首を裂かんと振るわれた短剣と、黄金の剣が金属音を鳴らせた。「あんなのに刺されたらまずい………!」一度あれに刺されたからわかる。もう一度刺されたら次は取り返しのつかなくなるという予感があった。刺されて、そのまま振り回されて吹き飛ばされる。そんなビジョンが脳裏をよぎる。強化された身体能力が辛うじて致命傷となりえる攻撃を避けている。しかしこのまま続けていても敗北は免れない。凛もアーチャーもセイバーもいない以上、何とかしてライダーを撤退に追い込む必要がある。「ぐうぅぅ………!」喉を低く鳴らし、ライダーからの攻撃を何とか退ける。一歩後ろへ後退するとともに。「これでも………!」テーブルの下へ右足を入れ、強化された脚で思い切り蹴り上げる。浮き上がるテーブルをライダーは片腕だけで横へと弾き飛ばそうとして─────「!?」テーブル向こう側から現れた黄金の剣をみて驚愕する。喉を串刺しにせんと立てられた黄金の剣を、身を捻る事で回避する。対する士郎は回避されたと感じるや否や、そのまま横へ剣を一閃させる。両断されるテーブル。だがそれにも手ごたえがない。空を斬る感覚。その直後に「ご─────」左腕を巻き込んで、左脇腹へと強力な蹴りが入れられていた。ダン! と壁に叩きつけられ、そのまま床に座り込む。「はぁっ─────は………ぁ」激痛が身体に奔る。肩で息をしながら、右手に持った剣を杖のように床に突き立てながら何とか立ち上がる。「…………まだ立ち上がるのですね。そのまま倒れていればいいものを」小さくライダーが呟くが、今の状態の士郎には聞こえない。(この………ままだと………)敗北する。それはこの家にいる綾子と鐘にも脅威が降り注ぐことへと繋がりかねない。故に敗北することは許されない。動きが鈍い左手にも武器がいる。手数は多い方がいい。防げる武器はあったほうがいい。そう考えて「………トレース………」したというのに。ブチ、と何かが途切れた。「え………」左手足が動かない。小さく震えるだけで力が入らず、感覚がない。崩れ落ちそうになる身体を右手で握った剣で何とか耐える。『回路である神経は焼け切れ、左手足は完全に感覚を失い、歩くことすらままならなくなっていだろうな』アーチャーの言葉がリフレインする。先ほどですでに二回。そしてもう一度。なんてことはない。今の衛宮士郎では魔術を二回使うのが限界だったのだ。「─────」だが、敵であるライダーはそんなことを知る由もない。ただ、突然構えが解かれた士郎に向けて攻撃を放つ。「っ!」投擲された短剣を弾くが、その間に眼前に迫ったライダーの攻撃により、右手に持っていた剣が弾き飛ばされた。廊下の奥へと飛んでいく剣。「くっ………!」姿勢を崩しながらも後退して、再び投影を開始しようとする。だが。「が、あ、ぁぁぁぁ─────!?」魔術回路を起動しようとしたときに奔る激痛。それは今までに受けた激痛とは種類が違う。内部からズタズタにされるような感覚。魔術回路に魔力を流し込む。だがその途中でその回路が途切れてしまっていれば、流し込んだ魔力は直接肉体を傷つける刃となる。衛宮士郎の場合は通常の魔術師よりも更に危険である。彼の持つ全回路は、神経そのものなのだから。「ごほっ………あ、が………」血反吐を迸らせ、膝をついて廊下の壁に凭れかかる。奔る激痛は他の身体の感覚も麻痺させてしまっている。ずるずると床へと倒れこむ士郎を見て、慎二は嗤う。「アハハハハ、最後は魔術の不発かい!? まあ衛宮じゃ所詮その程度だよなぁ!安心しろよ、遠坂にはちゃんと『衛宮は不出来な魔術師だった』って言っておくからさ!」「…………………」慎二の声が聞こえるが最早何を言っているかがわからない。座り込んだ身体はそのまま横へと倒れ、自分が吐いた血の池に顔を浸からせた。顔に感じる液体が赤い。それが、自分が敗北したという事実を知るに十分な視界情報だった。「ライダー、やっちゃっていいよ」冷酷な指示がライダーへと伝わる。「このまま放っておいても問題はないかと思われますが」「僕の命令が聞けないのかい? 僕は“やれ”と言ったんだよ?」「…………わかりました。」すぅ、と右手に短剣が握られる。後はこれを倒れている士郎に差し込めば全てが終わる。「………!」だが、終わらなかった。突き立て、刺し込もうとした短剣がキィン! という音と共に弾かれた。「………またですか」学校での一件を思い出すライダー。相変わらずこの不可解な現象の理由がわからない。短剣を消し、首を折ろうと足を動かした時「!」廊下の奥から足音が聞こえ、同時に黄金の剣が無様にライダーへと振りおろされた二歩ほど後ろへ下がり、黄金の剣を持つ人間を見る慎二とライダー。「はあ? なんでお前がここにいるんだ、氷室?」「……………」慎二が見た姿は廊下の奥へと飛んでいった黄金の剣を両手で握っていた鐘だった。その腕は僅かに震え、その震えが黄金の剣にまで伝わっている。カタカタと震えながら、しかし血に浸かっている士郎を庇うように、体育の教科書で見覚えのある剣道の構えで敵対する。「なんのつもりかは知りませんが………ヘタな行動は身を滅ぼしますよ」「………ああ、そうだな。私もそう考えている」「………では」「だが、だ。このまま黙って見過ごすなんてことは………できなかった」手に力込めて、ライダーと敵対する。対する慎二とライダーは全く問題としていない。魔術師ですらない人間が武器を持とうが、脅威の『き』の字すら体現できない。「………強いのですね。ですが、そのままだとただ無意味に死ぬだけですが」「……………」鐘は答えない。否、答えられない。死ぬことなんて判っているが、武器が足元に転がってきて目の前で殺されている士郎がいて、なぜ黙って見ていられるだろうか。「………助けたいという気持ちは、間違いではない筈だ」自分に言い聞かせるように言葉に出す。気持ちを落ち着かせて、今動けるのは自分だけだと認識して、守る。次の一瞬で死んでいるかもしれないという恐怖はある。しかし失いたくないという気持ちの方が何倍も強い。ならば動かなくてはいけない。だから戦う。投擲される短剣。一般人が反応できるような低速ではない。それでも弾こうと手に力を加えて、剣を振りかぶる。だが遅い。どう頑張っても今から振り下ろしても間に合わない。「ああ─────だから、こんなところで倒れてるわけにもいかないよな」弾かれる短剣。「衛………宮………!」唖然とした鐘の手には、士郎の手が添えられていた。「まだ動けましたか。ですが………!」一対の短剣を両手に持ち、突進するライダー。その速度は疾風である。だから次の攻撃には反応できない。鐘一人であれば。「右に振り抜け─────!」「っ!」士郎の声と同時に思い切り右へと振り抜く。士郎は、素人の振り抜きを動く右手で補正する。「っ、ライダー!何死にかけと一般人に手間取ってるんだよ!遠慮しないでさっさとやっちまえ!」慎二の指令が庭に響く。攻撃を弾かれたライダーは、身を翻し、一気に突進する。「っ! 氷室!」鐘の背後から包むように腕を伸ばし、右手で固く黄金の剣の握る。「………左足の踏ん張りが効かないのだろう? なら、私が代わりに耐えてみせる」「………!─────ああ」ギィン!! と金属音が響き渡る。その衝撃で後ろへ倒れそうになるが、何とか耐える二人。しかし。「その戦い方では─────機動性は生まれない」ふわり、と決して高くはない天井を舞う様にライダーの姿があった。そこから繰り出される短剣による攻撃。「ぐ………!」剣を振るい、短剣を弾き飛ばすことに成功するが、そこまで。その後にやってきた斜め上からのキックには対応できなかった。「──────────」蹴りが入る直前。身を反時計回りに動かすことで、鐘の腹部上部へと入る筈だった蹴りは、士郎の右脇腹へと突き刺すことに成功させた。ドン! と、身体の側面から壁へ強打する。鐘はその際に頭を強打し、士郎は身体の内部を破られたような激痛を受け、二人の意識はブラックアウトした。─────第三節 勝利者は常に一人─────「ハ………やったか?」二人が倒れ、完全に動かなくなったのを確認し、声を出す慎二。「ハハハハ! 何が僕より優れているだ、遠坂のヤツ! 結局最後は僕が勝つんだよ!」雲に隠れていた月が再び顔を見せる。「………へぇ、サーヴァントを持たないマスター相手にサーヴァントをぶつけて、自分が強いなんて思ってるんだ?」夜の庭に奔る剛腕。生まれる風は暴風そのもの。だが、その暴風よりもさらに早く、ライダーは自身最速で慎二を助け出していた。だが、「くっ…………!」左腕がだらしなくぶら下がっている。掠っただけでこの威力。まともに受ければ一撃で半身が抉り取られていただろう。「こんばんは、ライダー」距離を取った先にいる敵。バーサーカー。そしてそのマスター、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンである。「おま………おまえは………!」慎二が震えるような声で敵対する二人を見ている。確かにこの敵相手ならばある種当然の反応かもしれないが「ふぅん………ライダーとは一回だけ戦ったは事あったけど、やっぱりあなたは“マスターじゃないわ”」冷酷な紅い瞳が慎二を見抜く。その瞳はいつもよりも何十倍も冷えている。「…………バーサーカー、遠慮はいらない。この家がつぶれても構わない。………『殺しなさい』」どこまでも冷徹で、平坦な声で、一言だけ命令を下した。直後「■■■■■■■■■■■■─────!!!」」十分に距離を取っていた筈のライダーのすぐ目の前に、圧倒的威圧感を放つ巨体が斧を振りかぶっていた。こんな攻撃をライダーが短剣で受け止めようならばその腕ごと叩き潰され、愉快なオブジェへと変貌してしまう。つまりこれは回避すべき攻撃であり、受けてはいけないモノ。「ぐっ…………!!」しかしあそこまでの近距離では完全に回避などできない。咄嗟に慎二を突き飛ばし、自身も反対側へと回避する。吹き荒れる暴風と、抉られた地面がライダーに襲いかかる。それはまた、慎二にも同じことだった。「うわああああっ! ら、ライダー!何してるんだ!は、早く動けよ!」暴風と衝撃によって吹き飛ばされた慎二。そんな無様な姿を見抜く紅い瞳。「……………バーサーカー」ライダーに向けられていた視線が、背後にいる慎二へと向けられる。「泣いても許さない、 怯えても許さない、 扱いても許さない。 シロウは私のモノ。 それを殺そうとしたんだから当然、───────殺すね」「待っ…………!」ライダーが体勢を立て直し動くよりも早く、慎二が何かを言うよりも早く。凶悪な斧が慎二を斬り裂いていた。「シンジ…………!」同時に慎二の懐にあった偽臣の書も燃える。ライダー自身も身体の傷が酷すぎた。たった数度のバーサーカーの攻撃を紙一重で回避したにもかかわらずこの常識外の威力。身体は薄れ、存在が希薄になっていく。「…………申し訳ありません、…………サクラ」小さく呟いて、左半身に大怪我を負ったライダーは消えた。しかし、それは決して“消えた”というわけではなかった。「バーサーカー、とりあえず“ソレ”、適当に片付けといてね」バーサーカーの眼前に倒れているモノを消去するように指示を出し、しかしそんなものに興味はないと言わんばかりに、廊下で倒れているシロウの元へと駆け寄る。「シーロウッ、大丈夫?」顔を覗きこむが、気を失っている士郎は当然反応しない。また、守られるように士郎の内側で気を失っている鐘も目を覚まさなかった。「うーん」何やら考えこむような仕草をするイリヤ。その姿や振舞からは先ほどの戦闘の姿など垣間見ることもできない。「お嬢様」考え込むイリヤの背後から声がかけられる。つい数時間ほど前に判れたメイドがそこに立っていた。「時間通りね、セラ、リズ」「イリヤとの、約束は、守る………」「………そちらが例の?」「ええ、そうよ。じゃあ運んで頂戴」「…………かしこまりました」士郎を担ぎ上げ、入口正面に停車させてある車へと運び入れる。「イリヤ。この人は、どうするの?」リズが指を倒れている鐘へと向ける。うーん、と考えたイリヤだったが「カネも一緒に連れて行くわ。楽しかったし、カネも“サーヴァント”になってくれるならもっと面白いと思うしね」無邪気に鼻歌を歌いながら空を見上げる。イリヤの言葉に反応し、リズが鐘を抱えて士郎と同じく車の中へ運び入れた。「じゃ、かえろっか、バーサーカー」バーサーカーを霊体化させ、自身も車の中に入る。右隣には士郎が、左隣には鐘がそれぞれ眠っている。「ふふふふ……………」歳相応な笑顔を見せて、士郎の膝に頭を乗せ、鐘の膝にお尻を乗せる。幸せそうな笑顔をしたイリヤを乗せた車は本来いるべき城へと向かっていく。イリヤが車を使った理由は二つある。一つは単純に寒さを防げるから。二人に風邪をひかれては困るからである。もう一つは魔術関連に引っ掛からない、という点。バーサーカーで運べばその気配が。何らかの魔術行使をして運べば、その魔力の残滓が残ってしまう。ならば現代の技術によって生み出されたものを使えば、魔術師が“そういう手段”を使わない限り追える理由などない。今宵の勝利者は全てを手に入れた銀色の少女だった。その数十分後に凛達が帰ってきて、捜索へと行動を移すのはこれからのお話しである。