第29話 混沌とする戦場─────第一節 交錯する思惑─────時刻は再び少し戻り午後六時。冬木市市街より直線距離にして西へ三十キロほど。市街地より東西へのびる国道沿いにある十年前より依然として開発の手が加わっていない、鬱蒼と生い茂る森林地帯がある。十年前の火災。新都ではその復興と同時に開発も行われ、十年前の都市機能よりもさらに新都は発展し続けているというにも関わらず、しかしそこは忘れ去られたかのように存在している。そんな未着手の森林地帯に一部の間で、今も語り継がれている噂がある。十年前よりその噂は存在していたが、しかし十年たった今でもその噂は噂として残り続け、今や冬木市の隠れた七不思議の一つとしてすら定着している。曰く、『謎の御伽の城がある』という噂である。無謀な若者が登山と称してその山に入り、何日も遭難した先に運よくその巨大建造物を発見したことがあったとか。当然それらを調べようと近づこうとするが、途端に濃い霧に包まれて目が覚めたら入口に寝そべっていたという不思議。技術が発展した今日。噂と経験談を元に様々な手を凝らして真相解明へと動き出していた。衛星からの写真を見ることができる今の技術ならば衛星写真で発見できるだろうと、有名サイトを活用してその山を隅々まで探して回るが、しかしその影も方も捉えられなかった。あるいはGPSを利用して決して迷わぬように森の中を進んでみる。しかし突如GPSが誤作動を起こしたかと思いきや道に迷い遭難し、気がつけば元の入り口へ戻っているという事実。いよいよこの噂話はただの噂話から本物の都市伝説級の七不思議として格上げされるようになった。信頼される技術力を以ってしても異常をきたす森。衛星軌道上からの撮影にすら映らない城。何か特異な現象がこの森林地帯で発生していると主張する者達と、そもそもその噂話事態が嘘であると言い張る者もすでにでている。そんな噂を聞きつけたテレビ番組が特番を組んで放送したりと十年前のそれと比べるとかなり大きくはなっていた。しかしその噂を聞きつけ例えテレビで放送されたとしても、所詮噂話でしかない。見た、という証言でも信憑性が全くないのだからせいぜい話のネタとしてあがる程度。寧ろ不思議がある方が楽しいという意見すらもある。果たしてソレらがオカルトの類であると気づく人は何人いるだろうか。否、例えオカルトだと思ったとしてもそれを本気で考える人間などいないだろう。それを知るのはほんの一部の魔術師だけである。アインツベルン城。それこそが噂の中心となっている『謎の御伽の城』の正体である。冬木市より車で小一時間ほどの距離にあるソレは、その広大な敷地と建物の大きさを誇るというのに、完璧に手入れが行き届いている。それだけここの管理をする者の仕事の高さが窺い知れるというものである。これほどのものとなると手入れする人間は一人や二人では足りないだろうが、しかし今現在ここに住む住人はたった三人である。しかもその三人全員が女性であり、その内の一人は小さな少女であるというのだからどうやって完璧に行き届いた手入れをしているのかが謎である。「セラ、そろそろ行くわ」イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。この城の主にして、サーヴァント、バーサーカーを有する見た目八歳前後の少女。しかしその保有する魔力量や魔術回路は士郎が有するソレよりも何倍も持ち合わせている。「畏まりました。では、指定成された時刻通りに指定場所に向かえばよろしいのですね?」イリヤの後ろ姿を見ながら声に応答するのはアインツベルンのメイド、セラ。イリヤの世話役である。「ええ、バーサーカーで運んでもいいけどさすがに冷えるもの。なら遮断できる車で運んだ方がいいわ」「………それなら、行くときから、車に乗れば、いい」外出用の服装を着たイリヤへ近づいて、帽子を手渡す人物。どこか口調がたどたどしい彼女の名前はリーゼリット。イリヤはリズと呼んでいる。「行くときはバーサーカーと一緒に行く。車にバーサーカーは乗れないもの」ね、バーサーカー? と振り向いた先にいるのは、かつてセイバーに傷を負わせたこともある巨体。帽子を被り、一通り準備が完了したイリヤはメイド役である二人を一瞥し、バーサーカーの肩に乗った。「じゃあそろそろ行くわ。セラ、リズ、ちゃんといなかったら怒るから。」「畏まりました。いってらっしゃいませ、イリヤスフィール様」「………イリヤ、いってらっしゃい」頭を下げるセラと小さく手を振るリズ。そんな二人を城に残してイリヤとバーサーカーは森の中へ消えていった。「リーゼリット」「なに、セラ」隣にいたリズにセラが声をかける。その視線がどことなく鋭く見える。「お嬢様をイリヤと呼ぶのはおやめなさい。イリヤスフィール様は私達とは違うお方です。お館様より賜った使命を忘れたのですか」「………セラも、今、イリヤって言った」「言葉遊びをしている訳ではありません!」今日もこの城は平常運航のようである。◆「柳洞寺に偵察?」言峰教会地下。薄暗いそこでランサーはマスターの指示を受けていた。「そうだ。現在キャスターの元についているサーヴァントは2体。アサシン、セイバー………、七騎中約半分が一個勢力になるのは旨い話ではない」淡々と語るのはランサーのマスター。この教会の神父であり、監督役でもあり、凛の兄弟子でもある。言峰 綺礼。この者がランサーのマスターである。「お前には柳洞寺に行って、凛たちのサポートをしてもらう。いくら遠坂の才媛が奮起したところで、工房に立て籠もっているキャスターには勝てないだろう。加えてセイバーが陥落していた場合は軽々と返り討ちにあるのは目に見えている」「………つまりは、アーチャーと協力してキャスターを倒せ、ってことか?」「倒す必要はない。凛とアーチャー組が脱落せぬように立ち回ればいい。故に凛達が優勢ならば傍観に徹しろ。脱落しかけたときにだけ援護を入れてやればいい。関わるのは最低限だ」「ハ………結局はただの様子見ってことか、わかったよ。にしてもどういう風の吹き回しだ? あの嬢ちゃんに肩入れするほどてめぇに何かメリットがあるのか?」「メリット………か」ランサーに背を向けて、地下室から出るべく階段へ歩みを進める。足音が室内に反響し、ロウソクが妖しく揺れる最中、ランサーに視線を合わさずに綺礼は答えた。「聖杯アレを手に入れてほしいと私が思うのは凛と衛宮士郎だけだ。だが衛宮士郎が脱落した今、凛にまで脱落されては困る。それだけだ」「─────おかしなこというんだな。つまりあの嬢ちゃんが聖杯を手に入れることこそがお前の望みか?」「今は、だがな」地下室より戸をあけて綺礼は地上へと消えていった。誰もいなくなった地下室でランサーは軽いため息をつくが、「まあ、ここにいるよか何倍もマシだな」自分の背後にある部屋に視線など一切やらずにそのまま姿を消したのだった。─────第二節 魔術─────柳洞寺。アーチャーがアサシンと戦いを繰り広げ、その後ここに到達するまでに必要とした時間は想像以上だった。その焦りを胸の奥へしまうと共に、眼前に黒い影より現れたここの主を見据える。「あれだけの大見得を張っておきながら、かすり傷程度しか負わせることができなかったとはね。まったく、何をしたのかしらアサシンは」「私が言うのもなんだけど、大した剣豪だったわよ? むしろ褒めてあげるべきじゃないかしら?」あくまで優雅に相手に話しかける。対するキャスターからは依然として変わらぬ殺気を放ってくる。「────ふん、ふざけた事を言うのね、お嬢さん。アーチャー如きを止められない程度では英雄などとは呼べない。あの男を剣豪などと名乗らせるには不十分でしょう」「────へぇ、アーチャー『如き』ね? 言ってくれるじゃない、おばさん」「………小娘、そんなに早く死にたいなら今すぐにでも葬り去ってあげるわよ?」キャスターと凛の間で火花が散るが、それを遮るようにアーチャーが凛の前へ立った。「ここにセイバーがいない、ということはまだセイバーは陥落していない、ということだな。思わぬ時間を弄してしまったが、厄介なことになる前にたどり着けたのは幸いだったな」両手に双剣を出現させて固く握るアーチャーの視線は、真っ直ぐ目の前にいるキャスターへと放たれている。「一つ訊こう。貴様のマスターとアサシンのマスターは協力関係か? となれば、アサシンと君は仲間だったということか?」「アサシンのマスター? 仲間? 何を言ってるのかしら、私の手駒にすぎないあの男と仲間ですって?」笑いを含みながら凛とアーチャーを見据えるキャスター。しかしそこに張り詰められている緊迫した空気は霧散などしない。むしろアーチャーから放たれる殺気が強くなっていた。「そうか、ということはやはりアサシンは貴様自身が召喚した英霊か。………サーヴァントを操るサーヴァント。なればこその架空の英雄か。真っ当なマスターに呼ばれなかったアサシンは“暗殺者”以外のものを呼び出してしまったというわけだな」「ある程度の知恵はあるようですね、アーチャー。それで、それを知ったところでどうするというのかしら。アサシンはすでに敗れた。アサシンの出現方法を知ったところで今更関係ないと思うのだけれど?」その言葉を聞いたアーチャーは にやり、と笑った。そうして一言。「なに、安心しただけだよ、キャスター」そんな言葉を聞いて眉を顰める。一体何を安心したということなのか。「わからない、という顔をしているな。さて、普通に考えたら判るような気もするが」「………何がいいたいのかしら、アーチャー」「アサシンのマスターが君だったということは、マスターは合計6人ということになる。サーヴァントを失ったマスターとマスターを失ったサーヴァント。両者が合意すればこの戦いに復帰できる。もしアサシンのマスターが別にいたらそちらも倒す必要があったが、それをする必要がなくなった。それに安心したわけだよ、キャスター」「………へえ、私と対峙しているというのにアサシンのマスターが復帰するかもしれないという心配をしていたのですか、貴方は」「当然だろう。此方からすれば、脱落者だと思った人物が突然参加者として復帰してくるのだからな」両者の間に張り詰める敵意。間合いは十メートルほどだろうか。本気を出せば一瞬で間合いを詰めることができる距離だ。「そう、じゃあよかったじゃない、その心配は杞憂で終わって。─────そうでしょう? なぜなら貴方たちはここで敗北するのだから」「へえ、つまりアンタが私達を倒すってわけ?」「ええ、そう言ったわ。バーサーカーやセイバーならいざ知らず、大した対魔力も持たないアーチャーでは私にかすり傷すらつけられないわよ」「─────ほう、私を倒すのは容易い、と言うかキャスター。逃げるだけしか能がない魔女がよく言った」「言ったわ。ここなら私は誰よりも強いもの。─────それよりも貴方たちは逃げる算段を立てなさい。………私を魔女と呼んだ者には、相応の罰を与えます」キャスターのローブが歪み始めた。それを見た凛がアーチャーに小声で話しかける。「じゃあ、私はマスターである葛木を探す。アーチャー、頼めるわね?」「ああ、任されよう。言っただろう? 私の前に現れる敵全てを圧倒してみせると」「信頼してるわ、アーチャー。………あとで必ず」「ああ。君こそ注意してくれ。いざとなれば令呪で呼び出してくれればいい」凛が後ろへと下がる。隙を見て寺内部へ入り込み、宗一郎を探し出す算段だ。「逃げる算段はできたかしら? アーチャー」「まさか。むしろ君が逃げる算段をつけるべきじゃないのか、キャスター」「減らず口を………!」大気に満ちた魔力が濃霧となり、キャスターを覆っていく。「─────かすり傷も負わぬと言ったな、キャスター。では、それが事実がどうか。見極めさせてもらう」アーチャーの口がそう言ったのと同時に、アーチャーの足は突風になるべくして、地面を勢いよく蹴っていた。疾走速度はかなり早く、「─────!」キャスターの呪文詠唱が整う前に、アーチャーは斬りかかっていた。クロスに斬りおとされるローブ。それを見た凛は一瞬呆気にとられたが、次の声を聞いて即座に身を翻して寺の内部へともぐりこんだ。「………その程度で私を倒せると思って?」一瞬荒涼とした境内にキャスターの声が響き渡った。その直後のことである。頭上より飛来する無数の光弾の雨が、アーチャーがいる場所を爆心地の中心部へと変貌させていたのだった。「づ………………!」降り注いだ光弾を一部跳ね返したが、雨ともいえるソレ全てを叩き落とすことはできなかった。弾き飛ばした直後に飛来した光弾の数を確認したアーチャーは、被害を最小限に抑えるべく、防御から回避へと行動転換を行っていた。所々に傷を負いながら、頭上より降り注ぐ光弾から逃げるべく境内を疾走する。アーチャーが先ほどまでいた場所は見るも無残な形になっていた。込められた魔力は生半可な魔術師の魔力三人分に相当する量。一発くらえばアーチャーの体の半身が奪われかねないほどの威力。それらが空より突撃ライフルのように打ちこまれ続けているのだから、対魔力の低いアーチャーは回避に徹するしかない。これがもっと連射性のあるガトリングやマシンガン並だったならば、アーチャーとて回避しきれなかっただろう。光弾が降り注ぐその大元。夜空には、その空を統べるかのように、黒い魔術師が君臨していた。「チッ………、空間転移か固有時制御か。どちらにせよ、この境内では魔法の真似事さえできるというわけだな、奴は」降り注ぐ光弾の雨を回避しながら頭上の敵の考察を行う。だが、のんびりとしている余裕などない。空より降り注ぐ光弾は現代の最新鋭爆撃機と何が違おうか。否、命中精度が段違いなことを考えれば脅威性はそれ以上である。「Aランクに相当する魔術をよくもこれだけ………!余程に魔力を蓄えていると見える!」ガン! と完全直撃コースの光弾だけを両手に持った短剣で弾き、回避できる光弾を辛うじて回避していく。大魔術。その発動には簡易的な魔方陣と瞬間契約テンカウントと呼ばれる魔術詠唱を行わなければいけない。その規模が大きくなればなるほど詠唱に時間はかかる。これほどの魔術となれば、高速詠唱を用いる魔術師ですら三十秒近くの時間が必要である。だというのに、キャスターは杖を敵に向ける一瞬で完了させ、詠唱などしていないという離れ業。加えて雨のような連続使用となると、もはや比較対象はこの世界に存在しないだろう。「ええ、アーチャー。貴方の攻撃方法は見させてもらったわ。確かにあれならば空中にいる私にも届くでしょう。けれど………」ドン!ドン!ドン! と降り注ぐ光弾は決してアーチャーの攻撃の機会を与えない。このままではいずれ直撃を受ける。しかしこのまま境内の外へ逃げるわけにもいかない。そうしてしまえば次に危険が迫るのは内部へ宗一郎を探しに入った凛である。故に逃げず、双剣を振るいながら僅かな勝機を見出すために神経を研ぎ澄ませている。「とは言ったが、攻撃の基点となるような隙はさすがに作ってはくれないか………!」降り注ぐ光弾を弾き飛ばすと同時に両手に握っていた短剣を投擲する。左右に投擲された一対の短剣は弧を描いてキャスターへと襲いかかる。「その程度の攻撃を見抜けないと思って?」だが、襲いかかるよりも早く、短剣は魔術の光弾によって弾き飛ばされた。その間にもアーチャーへの攻撃は続く。「チ………!やはりこの手も既に見知っているか」「当然………。アサシンとの戦いはしっかり見させていただきましたから」ドンドンドン!! と夜の寺に銃弾の音が鳴り響く。敵は空に浮かび、雨のような強力な光弾を降り注がせている。こちらの攻撃は敵に認識されてしまっている。ならばどうすればいいか。「─────I am the bone of my sword.」足を止めて右手を翳す。それを好機と受け止めたのか、或いは不穏な予感を感じ取ったのか。キャスターは光弾を一気にアーチャーに向けて発射する。降り注ぐ光弾は寸分たがわずに襲いかかる。天空より飛来する爆撃光弾が、赤い騎士に直撃するその刹那、「“熾天覆う七つの円環ロー・アイアス” ─────!」大気を震わせ、真名が解放された。「盾………!?」桃色の花弁の盾を展開したアーチャーを見て驚愕するキャスター。しかしその驚愕はさらなる驚愕によって書き換えられる。「私の攻撃を防いでいるですって…………!?」七枚の花弁の盾が降り注ぐ光弾を悉く防いでいる事実。花弁の如き守りは七つ、その一枚一枚が古の城壁に匹敵する高度。投擲武器に対しては無敵とすら言われる結界宝具。しかし、通常の盾としても十二分の性能を有する盾。それこそ投擲武器ではない、別の宝具級の攻撃を加えなければ一撃で破壊などできないだろう。「けれど、どこまでもつのかしらね………!」降り注ぐ光弾とそれを防ぐ盾。キャスターの放つ攻撃は決して生易しいものではない。ドンドンドンドンドン!! という低い音を響かせて雨は降り注ぐ。一撃の破壊はできないとはいえ、徐々に守っている花弁の数が減っていく。攻撃を行うキャスター自身を止めない限りいずれこの守りも破られる。状況はアーチャーが不利。傍目からすればそう映るのは当然だろう。「ふふ、やるわね。けれど、どこまでもつのかしら?」七枚あった花弁は六枚となり、五枚となる。そして五枚目にもひびが入り始めた。「あのお嬢さんが宗一郎を仕留めるのを期待しているのならば期待はずれよ、アーチャー。あのお嬢さんでは宗一郎に勝てはしない」降り注ぐ光弾。五枚目がもう間もなく砕け散る、というときにキャスターは見た。I am the bone of my sword.体は剣で出来ているSteel is my body , and fire is my blood.血潮は鉄で、心は硝子「なに…………!?」驚愕するキャスターを余所に、アーチャーはただひたすら内面へと埋没する。I have created over a thousand blades.幾たびの戦場を越えて不敗Unknown to Death. ただの一度も敗走はなく Nor known to Life.ただの一度も理解されない「この詠唱は…………いけない!」何かに気付いたキャスターは打ち出す光弾をやめ、より強力な魔術を展開する。果たしてそれはどれほどの魔力と時間を必要とするものなのだろうか。Have withstood pain to create many weapons. 彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔うしかし、キャスターは一瞬にしてそれを完了させた。Yet , those hands will never hold anything.故に、生涯に意味はなく錫杖が鐘を鳴らす。神代の魔術師が更なる秘蹟を紡ぎ始める。「驚いたわ、けれどこれでおしまい。─────ええ、容赦なく焼き払ってあげるわ、アーチャー」魔方陣の色が青色に変色する。天空には電撃の様な音が流れ、これから撃ち出されるであろう魔術の強力さが見て取れた。そして―――― So as I pray , "unlimited blade works."その体はきっと剣で出来ていた「マキア………ヘカティックグライアー!」両者が同時に、自身の持つ最大の魔術を解放した。─────第三節 終わりを告げる者─────「─────全投影連続掃射ソードバレルフルオープン!!」「─────Tροψα………!」固有結界。アーチャーの世界の中で、二人はまだ戦っていた。キャスターの魔術を固有結界発動と同時に大量の剣を眼前に展開させることにより、到達までに若干のタイムラグを生み出して回避に成功した。しかし想像以上に威力、範囲が大きく、左腕が焼け焦げたように感覚を奪われ、右足は動くものの傷を負い、機動性を大幅に欠いてしまっている。対するキャスターも、固有結界展開と同時に地上より対空ミサイルの如く打ち出された剣撃によりローブが使い物にならなくなっていた。キャスター自身にダメージはないが、固有結界を展開された以上、例え空中に浮いていようがそこが安全である必然はない。剣のミサイルを空間転移で高速回避しながら、同時に魔術攻撃を展開していく。どちらも一定の場所に全くとどまっていない。動きを止めれば降り注ぐ必殺レベルの魔術攻撃か、必殺レベルの剣のミサイルが着弾する。そんなものを被弾するわけにはいかないと、打ち出される剣は魔術攻撃によって相殺され、打ち出す魔術攻撃は剣によって防がれる。「く………!まさかここまでの能力を………!」キャスターにとって襲いかかってくる剣は必殺に近い。故に一瞬たりとも気を抜いてはいけない。ここがアーチャーの世界ならば全面からの攻撃とてありえるだろう。「ここまで粘るとはな、魔術師。だが………」アーチャーが魔術攻撃を掻い潜るために荒野を走り抜ける。その走り抜けた場所にある様々な剣が空中へと浮き上がり始めた。その数はアーチャーが走り抜けた数だけ増していく。「─────全投影連続掃射ソードバレルフルオープン」アーチャーの号令と共に、滞空していた剣が同じ滞空しているキャスターへと襲いかかる。無論それを受け止めるなどはしない。キャスターは神代の言葉で空間を渡っていく。しかし。「─────壊れた幻想ブロークン・ファンタズム」アーチャーが崩壊の言葉を紡いだ直後。キャスター目掛けて飛来していた剣が『爆弾』に突如として変貌した。空中で巻き起こる大爆発。それが一つならまだしも、飛来する剣全てがキャスターがいた場所へと到達すると同時に爆発していく。連鎖爆撃。この言葉こそがこの光景に相応しい。「がっ─────!?」今までの攻撃とは比べ物にならないほどの破壊力と攻撃範囲。転移した先にまで攻撃の余波がキャスターへ襲いかかってくる。それと同時に爆発の光がキャスターの視界を遮ってしまう。それだけでは終わらない。一瞬でも止まってしまえば敗北する。それがこの戦闘スタイルだったはずだ。ならば攻撃を受けて怯んでしまったキャスターに襲いかかるモノはすでに決定している。「─────終わりだ、魔術師」光の向こうからアーチャーの声が聞こえたと思われたと同時に、飛来した剣が爆弾となって炸裂する。たとえ直撃せずとも近くにいるだけで爆発するソレは近接信管式ミサイルと同じ。「あ、あ、ああああああああ!?」キャスターの悲鳴と共に姿が消えていく。左手と右足に重傷を負ったが、無事撃破することに成功した。張り詰めた空気を少しずつ緩めながら、莫大な魔力を消費する固有結界を解除した。◆周囲の風景が赤い荒野から夜の柳洞寺へと戻る。周囲に彼のマスターである凛の姿はない。迎えに行くか、と足を柳洞寺内部へと進ませようとしたその時「─────Ατλασ」アーチャーの周囲の空間が停止した。「…………やってくれたわね、アーチャー。この私にここまで傷を負わせるなんて」柳洞寺の入り口側、すなわち内部へ進もうとしていたアーチャーの背後から女の声が聞こえてくる。しかし振り向けない。空間そのものが固定化されている以上体を動かすことができない。「………驚いたな。てっきり倒したものだと思ったが」何とか動く口で、背後にいるキャスターへと語りかける。その間にもこの魔術を突破しようとするが、如何せん魔力を使いすぎた。固定化された空間を破壊できない。「断末魔を聞いたと思ったのだが、私の耳がおかしかったのか、或いは演技だったのか」ぎり、と歯を食い縛るアーチャーを余所に、キャスターは懐へと手を伸ばした。「どちらでもいいわ。ただ現実として、貴方は敗北する」にやり、と笑ったキャスターの手に握られていたモノ。それは学校で士郎とセイバーの契約を破った短剣だった。「─────破戒すべき全ての符ルールブレイカー」その短剣に殺傷能力はほとんどない。だが、それを補って余りある契約破りという効果。「ふ………これで、貴方も私のモノよ。この意味、判るわね?」「この、女狐め…………!」同時にアーチャーの令呪が使用される。その戒めはアーチャーを縛るものだった。「………にしても」自分のダメージを改めて確認する。ローブは破れ、あの爆発により隠していた皮膚の一部が露出し、出血までしている。息はあがり、魔力はかなり消費し、かなりの疲労困憊だ。咄嗟に自身の身を守る魔術を行使したのだが、それでもこれだけのダメージ。「宗一郎様のもとへ…………」しかし、アーチャーとの戦いには勝利した。あとはそのマスターである遠坂 凛を抹消すれば、本当に体勢は盤石となる。サーヴァント最優のセイバー、固有結界を使えるアーチャー、そしてキャスターである自身。アサシンは失ってしまったが、それ以上の戦力を有することができたのだから問題はない。そう、問題はなかった。たった今、自分の背後に現れたソレを見るまでは。「キャスター!避けろ!」敵であるアーチャーですら、キャスターに警告を出したのだった。◆地響きとともに柳洞寺全体が揺れる。それは寺の内部にいた凛と宗一郎にも伝わっていた。「………向こうは何やら派手に戦っているらしいな」他人事のように呟く宗一郎は、しかし眼前の人間から放たれる魔弾を拳で弾きながら接近しようと近づいてくる。「ええ、そうね! そういうアンタは一体何なのよ!」近づいてくる宗一郎の射程圏から逃れるために、バックステップで後退しながらガンドや宝石を使った魔術を乱発する。接近戦VS中距離戦。アーチャーの疾風のような攻撃を弾き飛ばした宗一郎と同じ距離で戦おうなどという考えは最初から持ち合わせていない凛は、ひたすら距離を取り続けていた。対する宗一郎は、武器となるものがキャスターの魔術によって強化された拳だけなので、どう足掻いても接近して攻撃を図るしかない。「何、とは漠然とした質問だな、遠坂。一体何を言いたいのかが伝わらないぞ」戦闘の最中だというのに、凛の目の前にいる宗一郎は教壇に立った時の様に対応をしてくる。それがどれだけ異常かということがわからないというのだろうか。「よくもまあこんな戦闘の最中で言えたもんね……!ただの教師だと思ってたのに、まさかそこまで人間離れした動きをするなんて夢にも思っちゃいなかったわ」舌打ちをしながら高速で接近してくる宗一郎から逃れるために、自身の脚を強化して必死に下がる。「この………!」「しかしこのまま追い続けるのも疲れる。…………意識を刈り取らせてもらおうか」直後。十分にとっていた筈の距離を宗一郎が一瞬にして間合いを詰めてきた。「─────!」眼前に迫った宗一郎を見て驚愕した凛は一気に後方へと跳んだ。ドゴッ! という音を立てて、顔面へ拳が襲いかかってきた。「っ─────!」顔を両手でガードし、なお後ろへ跳んだというのに、凛の体は大きく弾き飛ばされた。壁に背中を強打した凛。腕の感覚はかなり鈍ってしまっていた。「─────」背中を強打した所為で息が一瞬止まってしまう。その一瞬は相手が自身の命を刈り取るのに十分な時間。「っ………な─────Sieben七番…………!」近づいてくる宗一郎を足止めすべく、自身の頭上へと攻撃を行う。天井は崩れ、ひびは伝播し、凛と宗一郎がいる一体の天井が崩れ落ちてきた。視界を遮られた宗一郎は足を止め、天井からの落下物を全く表情を変えずに拳で叩き落とす。天井からは天井裏に溜まった大量の埃や、その上にある屋根が落下してくる。奪われた視界。その奥から「Fixierung狙え、、EileSalve一斉射撃─────!」ガトリングのようなガンドが襲いかかってきた。凛にも宗一郎の姿は見えない。しかしその方向にいるということはわかっている。ならばガンドを大量にばら撒けばどれかはあたるだろう。下手な鉄砲数撃てば当たる、というものである。事実、突如視界の向こうから大量の呪いが飛来してきたのだから回避せざるを得ない。加えて遮られた視界を利用して凛の背後に回り込めるほど空間に余裕がないしかし。「それは自分の位置を敵に教えているのと同義だぞ、遠坂」崩れた天井。足元には投擲武器と成り得る木材や瓦が大量にある。こうなれば後は簡単である。相手は此方の位置を完全に把握はしていないのに対し、宗一郎はある程度の絞り込みはできている。空間に隙を作らない様な連射攻撃をしてくるのであればそれを止める必要がある。そして相手は近接戦しかしないと思い込んでいる。「ならば、投擲となりえる武器を渡さないようにすべきだったな、遠坂」足元に落ちていた木材を手に取り、ある程度目安のついた場所へと全力投球する。相手が闇雲に撃つのに対してより正確に狙えるのだから、凛に襲いかかる驚愕はかなりのものだった。「─────!」咄嗟に躱す。拳と違い、投擲された木材にはそれほどの脅威はなかったが、如何せん油断しすぎていた。そして攻撃は続く。一瞬止んだガンドの雨の隙を宗一郎は見逃さない。投擲した後に攻撃が止んだということはつまりは直撃したか、回避行動をしたかのどちらかであり、つまりそこにいるということを示していた。未だ煙が立ち込める視界の向こうへ疾走し、凛の姿を捉えた。「まずっ…………」咄嗟に魔術で自身の身体を強化し、後ろへ後退する。しかし速度が違う。後退しても距離は詰まる。そして宗一郎の射程圏に入ろうとしたその時「………そっちこそ、油断していますよね? 葛木先生」後退していた凛が突如前へ突進した。宗一郎からしてみれば中距離戦闘をする敵が突如距離を詰めてきた。その事実で反応が遅れる。「む………!」懐に入り込んだ凛の後頭部目掛けて蛇が這う。しかしそれよりも早く強化された凛の拳が宗一郎の腹部へとクリーンヒットし、宗一郎の体を後方へ吹き飛ばしていた。「…………」無言のまま倒れかけた体を持ち直し、眼前を見る。その眼前に現れたのは宝石だった。即座に後方へバックステップし、その宝石から距離を取るが「開放!」凛と宗一郎を、強烈な光が包み込む。床を抉り、術者である凛自身さえ吹き飛ばした爆光は、周囲に轟音を轟かせながら霧散していった。破壊力は抜群で、キャスターのソレよりは劣るかもしれないが、魔術師相手ならば十分な威力。ましてや相手は魔術師ではない一般人なのだから、必殺の一撃のはず。だが、油断してはならない。アーチャーの一撃を弾くほどの俊敏性を有しているならば、あのたった一歩のバックステップで一体どれだけ有効範囲内から脱出したかわかったものではない。凛は受身を取りつつ視聴覚を鋭敏化させた。「………生きてるのね。なんて化物。あの一歩でどれだけ後ろに下がったのよ」鋭敏化された凛の耳には宗一郎の声が僅かに聞こえた。無論視界は光の余波でまだ完全には治りきっていない。それは宗一郎も同じだろう。凛は一時的に宗一郎の目を遮る事が出来たことで、体勢を立て直し距離を取ろうとしたその時だった。「え…………?」衝撃波のような魔力の波が凛を襲った。しかし次の瞬間にはなかったかのように消え失せる。「まさか………今の!」突如の事で困惑しすぎた凛の脳は、理解するのに数秒の時間を有した。だが可能性を確信した凛のその後の行動は驚くほど早かった。◆「キ─────」影が嗤う。眼前にいるのは最優と謳われたセイバー。「貴様…………!?」令呪の抗いと、キャスターへの抵抗を常に行ってきたセイバーの魔力はとうに限界だった。魔術による拘束も解けず、こうして柳洞寺の深部の部屋に放置されている。そこへやってきた敵をどうにかすることはできない。「無様ダナ、セいバー」闇より現れた白い髑髏面。歯を食い縛り、眼前に現れた敵を見るセイバー。「貴様は…………何者だ」心当たりがない。見るからしてそれはサーヴァントであり暗殺者であるが、アサシンのクラスには佐々木小次郎というサーヴァントがいる。全サーヴァントを確認しているセイバーにとって、目の前に現れたサーヴァントが一体何者なのか理解ができなかった。「アサシン。ソレ以上は言ウ必要ハ、ナイ。ナゼなら─────」髑髏から殺気が放たれる。対するセイバーは何もできない。魔力で鎧を出現させることも、自身の剣を出現させることもできない。「貴様はここデ、私に殺さレルのだからナ」黒いマントから右腕に相当する部位を外へと露出させた。しかし露出した右腕は通常考えられる形をしていない。棒。その一言で表現できる腕だった。手の平がない異形の腕は、何を掴むこともできず、殴る事すら困難だろう。しかし。その考えを嘲笑うかのように、髑髏の腕が異形の姿を展開させた。長腕。暗殺者の右腕は自身の身長よりもずっと長い腕だった。ただそれを折り曲げて隠していた結果、あのような棒の形をしていたのだ。「──────────」セイバーの思考が凍る。あれを今の状態で受けたら確実に死ぬ。「ソノ心臓を………モライうける」「ぐっ………!」必死に拘束具を外そうとするが、そもそもそれが出来たならばとっくの昔に外している。そしてあの奇異な腕に対抗できる魔力も現在持ち合わせていない。となれば、受ければアサシンが言った通り、心臓は貫かれ、消えてしまうだろう。(ここでやられるわけには…………!)目を瞑り、精神を極限にまで集中させる。自身の内に残っている魔力の全てを体の中心へ集め圧縮していく。殺されるという危機感からか、蝋が無くなる寸前の火は激しく燃えるというが、今のセイバーがまさにそれだった。アサシンが攻撃を放つ直前に圧縮した魔力を自身のスキル、魔力放出で一気に爆発させるように開放し、拘束具を破壊するとともにあの攻撃を回避しなければならない。その後の自身の魔力は空となりもはやただ消えるだけの運命となるが、少なくとも何もできないで消え去るくらいならば足掻く。ましてやあの佐々木小次郎と同じクラスを名乗りながら、しかし彼とはまるで正反対の敵に一方的に倒されるなどとは自身のプライドも許さなかった。ヒュッ と右腕が突き出される。アサシンの表情は髑髏の面で窺い知れないが、セイバーが反撃を試みているなどとは夢にも思ってはいないだろう。油断。それだけが今のセイバーにとって救いだった。「はぁっ─────!」右手がセイバーの左胸に届く寸前で、圧縮した魔力を解放する。拘束具は破壊され、周囲の物がセイバーを円の中心として同心円状に吹き飛ばされた。それはアサシンも同じである。「キ、キ─────!?」強力な魔力放出はアサシンをも周囲の物と同じように一定距離まで吹き飛ばした。だが、持ちうる全ての魔力を放出したというのにアサシンには大したダメージが入っていない。それだけ魔力が枯渇していたということであり、そして追撃を加えることができるほどセイバーに力は残っていない。「は─────ぁ」拘束具は何とかはずれて自由になったが、体が動かないのであれば全く意味がない。吹き飛ばした相手を見るが、ゆっくりと立ち上がり、また近づいてきた。もはやこれ以上打つ手はない。「死に損なイの分際デ…………ヨくも」再び右腕が振り上げられる。それを見て、セイバーは瞳を閉じた。先ほどの様に魔力を放出できるだけの量はなく、足に力すら入らない。「く………、申しわけ…………ありません、シロウ」自身の不甲斐無さを噛み締めながらやってくるであろう攻撃を待つ。しかしその耳に聞こえてきたのは予想外の音。そしてその声。「Gewicht重圧, um zu束縛 Verdoppelung 両極硝─────!」アサシンに銀光の魔術攻撃が加えられる。だが、どんなに弱くともサーヴァント。人間のソレよりも能力は高い。即座に身を翻し、気配を消して闇へと溶けていった。「セイバー!大丈夫!?」倒れているセイバーへと近づき上半身を抱きかかえた。「リン、でしたか。よくご無事で………」「そんなことはあと!消えかかってるじゃない、とりあえずこの宝石を呑んで!」見るからして弱っているセイバー。体の所々は薄くなり始めていた。一刻も早く魔力を与えなければ消えてしまう。すぐにポケットに手を伸ばして宝石を口の中に半ば強制的に入れて呑ませる。応急処置ではあるが、これで即座に消えるということは免れる。無論活動に多大な影響は残したままだが。「にしても、さっきの奴は何? どこいったの?」周囲を見渡してみるが、その姿はおろか気配すら全く感じられない。凛の言葉にハッ、と我に返ったセイバーはすぐさま警告を促す。「先ほどの者はサーヴァント、アサシンです。私を殺そうとしていました」「アサシン………!? どういうこと? アサシンである佐々木小次郎はアーチャーが倒したのよ? しかも、チラっと見ただけだったけど明らかにあの剣豪じゃなかったわよ!」「ええ、私も驚いています。しかしあの者がアサシンと名乗っている以上はそれ以外の判別はできません。今も現に気配を全く感知できない。佐々木小次郎とは違う“本物の”アサシンです、リン」「なら8体目ってこと………!? それこそあり得ない!だって、聖杯は─────」「!? リン!」凛の背後より、襲いかかるモノ。それは白い髑髏の面。直感だけで感じ取ったセイバーが、不可視の剣を振るい、投擲された短剣ダークを弾き飛ばした。否、訂正が一つ。その弾いた剣は既に不可視の剣ではなかった。深刻な魔力不足。彼女の聖剣を覆う風は魔術によるもの。となれば少なからず魔力も必要としている。しかしそれに割く魔力など無いに等しい。自身の半身を手に取るだけで、すでにぎりぎりなのだ。風を使う余裕がない。鎧を纏うなど以ての外である。「ヨく…………弾いタ、ナ」小さく聞こえた声とともに再び闇へと消える白髑髏面アサシン。一振りこそしたものの、再び膝をついてしまうセイバー。「セイバー!無茶をしないで!貴女、それ以上やったら本当に消えるわよ!」どこにいるかもわからない以上、周囲への牽制攻撃を兼ねて、同心円状に宝石をばら撒いて次々と起爆させていく。周囲が魔術攻撃の対象となるが、しかし直撃した感触は一向に見られない。アサシンにとって今優先すべきは自身の強化。今現在の状態では不十分極まりない。サーヴァントの心臓を自身に取り込み、知識や経験を強化していきたいと考えていた。そこにまるで供物をささげるが如くあった食べ物サーヴァント。境内で戦闘しているサーヴァントには近づくことはできないが、囚われているセイバーになら容易に近づける。何より最優と呼ばれるサーヴァントの知識や経験を手に入れれるならば、これ以上ない補強である。そう考えた上でセイバーへと近づいたアサシンだったが、思わぬ反撃と思わぬ乱入によって少しばかり苛立っていた。が、苛立ちはしてもその次にはすぐに冷静になる。セイバーは先ほど魔力を補充したとはいっても簡易的なもので戦闘能力は現在もほぼ皆無。凛はそもそもサーヴァントですらないため、勝負にならない。ならば最高の機会は失われたとしても、依然として絶好の機会であることには何ら変わりがない。しかし、それらが一変する可能性があるのが、凛の持つ令呪である。あれで境内で戦闘中のアーチャーを呼び戻そうものならば、襲うことは事実上不可能となる。できることならばセイバーを襲いたいアサシンは、邪魔者である凛を優先的に狙ったのだった。そして状況はさらに混乱する。「え…………?」腕を抱えて、あるモノが消失してしまったのを確認した。「ウソ………アーチャー………?」令呪が消えた。それが意味することを理解できないほど、凛は呆けてはいない。しかしそれを受け入れることができるかと言われれば、即座には受け入れられなかった。突如の出来事により茫然と佇んでしまう凛。そんな隙だらけの敵を見逃すほど、この闇に潜む敵は甘くはなかった。「!? リン…………」放たれる得物。それはアーチャーの弓に匹敵する。闇より突如現れ、闇に飛び交いながら放った数は実に三十。万全とは程遠い今のセイバーでは護衛どころか自衛すら怪しい。反応に遅れたセイバーは、凛へ直撃する得物を防ごうと足を動かす。しかし間に合わない。間に合ったとしても今のままでは全てを防げない。ならばどうすればいいか。自滅覚悟で剣を振るえばいい。咄嗟に出た結論を即座に行動へ移す。自身にある魔力を総動員させて、剣とそれを振るう腕へと送り込む。そうして放たれた得物を叩き落とそうと─────「ハ、隠れてコソコソ攻撃しねぇと女一人も殺せねぇのか、てめぇは」セイバーの手に握られた剣が振るわれることはなかった。二人の前に現れた全身青色の男が、アサシンの攻撃を眉一つ動かさずに弾き返していたのだ。「キ、─────ラン、さー」「まあ流石に得物みりゃあ俺がどのクラスかくらいはわかるか。─────そういうてめぇは暗殺者だな。あの佐々木小次郎とかいう奴はどうした」目の前に現れた白い髑髏に問いかけるが、答えは返ってこない。アサシンにとってみれば、この状況そのものがすでに異常だった。なぜランサーがいるのか。なぜランサーはあの攻撃を簡単に弾き飛ばしたのか。なぜランサーが二人を庇ったのか。アサシンには全く理解ができなかった。「返答はなしかい。………まあいい。で、お前の芸はそれだけか?─────ならこれで終いだな。お前が何者か知らんが、その仮面くらいは剥がさせてもらうぜ」同時にランサーの気配が変わる。満ちる殺気は、確実に目の前にいるアサシンを殺すことへと向いていた。しかし茫然としてしまうのは、なにもアサシンだけだはない。ランサーの背後にいる凛とセイバーも理解するのに時間がかかってしまっていた。「ちょ、ちょっと!? なんでアンタがここにいるのよ、ランサー!」「ランサー、貴様一体何を………!」「あぁん? 偵察だよ、偵察。セイバーがキャスターの傘下に降ったっていうからその様子を見てこいってさ。ついでに攻め込む嬢ちゃんたちを必要そうなら援護してやれっていう命令だよ」首を僅かに傾けて、背後にいる凛とセイバーに説明する。そこへその隙を突くように、短剣ダークが高速掃射される。だが、ランサーに直撃することはなく キィン、キィン! という甲高い音と共に放たれた短剣ダークは弾き飛ばされた。軽く、ほんの僅か槍の先を揺らしただけで、ランサーは視認さえできぬ投擲を無効化していたのだ。「──────────」その結果を目の当たりにして震えたのはアサシン。僅かに揺れた槍の隙を突くように、ランサーの首元目掛けて短剣ダークを再び投擲する。だが、結果は変わらない。槍の反しの動作の中で投擲された短剣ダークは悉く撃ち落とされた。「やめとけ、何度やったって無駄だ。生まれつきでな、目に見えている相手からの飛び道具なんざ通じねぇんだよ。よっぽどの宝具でももってこないと、その距離からの投擲なんざ効かねぇぞ」「!─────ソウカ、流レ矢の加護、カ。………シカシ………ッ!?」ランサーとアサシンが睨み合ったその横から、二本の矢がランサーとアサシンそれぞれに向けて放たれていた。驚愕して回避するアサシンと、やはり事なし気に弾き飛ばすランサー。「凛っ!」「アーチャー!」アーチャーが凛の元へと駆けつける。それを確認したアサシンは確実不利だと判断し、闇へと姿を消した。「アーチャー、無事!? なんで令呪が消え─────」「話は後だ、とにかく今は………」ランサーを睨めつけるアーチャー。だが、そもそもアーチャーを撃破するよう命令されていないランサーは興味なさげに受け流す。「あー、別にてめぇと戦いに来たわけじゃねぇから安心しろ。お前が帰ってきたなら俺は素直に退散するぜ」「退散、か。しかし貴様一人で退散できるものかな、あの状況は」「ああ? そりゃどういう…………」「!?」ランサーがアーチャーを睨もうとしたその矢先。凛の前に立っていたセイバーが崩れ落ちた。「やはりか…………!」「あ? なんだ、どうしたセイバー?」「セイバー?」「ぁ─────、つ」心臓を掴むような動作を見せてセイバーの表情は苦悶へと変わっている。それを見た凛は最初魔力不足か、と考えたが様子がおかしいという考えへ至る。「チ、やはり令呪のラインがつながっている以上は流れ込んでくるのは当たり前か………」「ちょっと、アーチャー!どういうことか説明………」「している暇はない。凛、君はセイバーと再契約をしろ。でなければ間に合わなくなる」─────投影、開始トレース・オン─────なめらかに唱えられた呪文のあと、アーチャーの手に握られていたのはキャスターが持っていた剣と全く同じものだった。全く内容が理解できない凛を余所に、短剣を倒れているセイバーへと突き刺した。「ちょっと、アーチャー!いい加減に説明を………!」「後でする。凛、今はセイバーと契約して“彼女の中に入り込んだ汚物を君の膨大な魔力量で洗い流してくれ”」「………は?」「急げ! 全身に回ったら間に合わなくなる! セイバー、君も無意味に消えたくなければ凛の再契約に合意しろ」急かすアーチャーと、消えかかっているセイバー。その両者を見て髪を思いっきり掻き毟りたくなったが、とにかくアーチャーの言う通りにしようと結論を出す。「わかったわよ!とにかく、終わったら説明しなさいよね、アーチャー!セイバー、これから再契約するから合意してね、じゃないと消えるわよ!」「………おい、アーチャー」ランサーが境内の方を見て、境内からやってきたアーチャーへと視線をやる。「チ………!凛、急げ!」「………ッ!」遠くより小さく見えたソレに釘付けになった意識をアーチャーが無理矢理元に戻した。セイバーは自身の身を内部より腐らせていくような感覚と、目の前に見えたソレを見て尋常ではないと。凛はアーチャーの様子と、セイバーの様子。そして目の前にみえたソレを見て異常だと。二人はそう結論を出し、アーチャーの指示を受ける。「─────告げる!汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に!聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら我に従え!ならばこの命運、汝が剣に預けよう………!」「セイバーの名に懸け誓いを受ける。貴方を我が主として認めよう、凛」速やかに契約は行われた。凛とセイバーが契約を完了させた直後に巻き起こる烈風。その姿は今までよりも圧倒的だった。立ち上がる魔力の渦。他を圧倒する膨大な魔力は、セイバーの中を腐らせようとしていたナニカを見事に洗い流していた。「………間に合ったか」セイバーの姿を見て、とりあえずは一段落、といった面持ちで再び正面へ向く。彼らの目の前に広がるのは黒い海。「キャスターとここに集められた魔力だけでは足りないか、この暴食家は………!」「く………この!」せめて牽制をと指を向けガンドを数発発射する。だが、“ソレ”は防ぐどころか吸収したかのようにガンドを呑みこんだ。「凛、君のそれは敵に餌をやっているようなものだ、無駄な魔力は消費するな!」「………っ!わ、わかってるわよ!一体なんなのよ、アレ!」境内、それだけではなく、その空間そのものすらも支配している海を睨めつける。すでに柳洞寺の唯一の出入り口は影よって封鎖されている。絶体絶命。逃げ場はなく、一目でその影がマズイものだと誰の目からでも把握できる。しかし、手はここに存在する。「…………私が突破口を開きます。続いて下さい」構えられる黄金の剣。収束する光が、セイバーの持つ剣をより一層黄金へと変貌させる。周囲はその剣によって光源を得られ、無様に崩れている柳洞寺の姿を晒している。彼女の手にあるモノは星の光を集めた、最強の聖剣である。魔力の渦がセイバーと黄金の剣へ収束し、光がその真名によって放たれるのを今かと待ちわびている。「─────約束された勝利の剣エクスカリバー─────!!!」直後。夜を昼にすら変えかねないほどの光と共に、轟音を立てて目の前の影へと襲いかかった。文字通り、光の線。触れるモノ全てを例外なく両断する光の刃。影を斬り裂き、その先の柳洞寺の山門を完全に消失させ、空へと伸び、雲を両断し消えていく。もしここが山の頂上でなければ、地上に永遠消えることのない大断層が残っていただろう。事実。セイバーがいた場所から柳洞寺の山門付近まで、地面が大きく削られたかのような跡を残していたのだから。今まで見せなかった剣の正体。見る者の心さえ奪う黄金の剣、あまりにも有名すぎるその真名。─────約束された勝利の剣エクスカリバー。イングランドにかつて存在していたとされ、騎士の代名詞として知れ渡る王の剣。幾重にも封印された、サーヴァント中最強の宝具。それこそがセイバーが持つ、英雄の証であった。─────第四節 安息は与えられず─────「影………消えたわね」「消えた、というよりはいなくなった、と言った方が適切かもしれんがな」柳洞寺から脱出に無事成功し、深山町のとある交差点まで下りてきた。ランサーは柳洞寺を脱出するなり『じゃあな』と言ってそのまま姿をくらませた。追おうかとも考えたが、仮にも助けてくれた、ということで一度だけ見逃すことにしたのだった。無論、次にあえば戦う敵であることには違いないが。「アーチャー、貴方はあの影について何か知っているようでしたね。一体何なのです?」「君とてその余波を身体に受けた身だ、詳しいことは判らずともあれが異常なものであるということはわかるだろう?」「─────ええ、キャスターに令呪を乗っ取られた時以上の異常さを感じました。ですが、あれが何者か、ということはわかりません」「さてな、私とて詳しくはない。だが、だ。魔術破りを刺された直後にキャスターがあの黒い影にのまれた様子を見たならば、まずいと考えても無理はあるまい?」「魔術破り………? なるほど、キャスターの魔術破りを受けたから私の令呪が消えたのか─────って、じゃあアーチャー!?」「心配するな、凛。すでに奴とは契約を破棄している。奴が持っていた短剣を使ってな。が、おかげでマスターがいないサーヴァント、という状況になってしまっている」「私はもうセイバーと契約しちゃってるし…………、っていうことはアーチャーが士郎と契約することになるわね?」アーチャーの顔を覗きこむ凛。対するアーチャーは少し思案したあとに「─────本来ならあり得んがな。だがあれが出てきてしまった以上は私怨の時ではないのも確かか」小さくため息をついて凛達と共に衛宮邸へと向かって歩いていた。寒い冬の夜を歩く。時折吹く風が体温を奪うが、今はどうとも感じなかった。坂の上の衛宮邸まであと少し、というときに凛がアーチャーに声をかけた。「ねぇ、アーチャー。あなた、真名を覚えていない………っていうの、嘘でしょ?」「─────どうしてそう思うのかな、凛。」「あんな宝具級の武器を雨のように撃ちだしといて記憶がありません、なんていう嘘を信じる方が馬鹿よ」じとり、という効果音がまさしく似合いそうな眼つきでアーチャーを睨めつける凛。そして同時に彼女の中で、なぜそのような嘘をついたのか、という理由も何となくだが見当がついていた。「アーチャー、あなたが記憶を失ったって言った理由って…………」「そこまでだ、凛。─────どうやら、異常は此方にも起きていた様だぞ」「え?」アーチャーの顔が険しくなる。先に衛宮邸の異変を察知したアーチャーが、後ろからついてくるセイバーと凛に警告を促したのだ。衛宮邸から感知できるはずのない魔力を感知する。それは─────「ライダー!? 慎二の奴、半日もしないで攻めてきたってこと!?」「シロウ!」慌てて敷地内へ入るが、そこにライダーはいない。あるのは所々崩れた家と、「これは………!」大量の血だった。凛の顔から血の気が引く。体内の温度が一気に十℃以上下がったかのような、そんな感覚に囚われる。「士郎、士郎!?」土足のまま彼を寝かせた寝室へと向かう。だがそこに彼の姿はない。ガンドを撃って寝込んでいる筈の彼がここにいないとは一体どういうことか。「綾子と氷室さんは…………!?」鐘と綾子も決して体調が万全であるわけではない。綾子に至っては傷を治療する際に麻酔の効果があるものを使用している。少なくともこの時間は何もされない限りまだ眠っている筈である。すぐさま別室へ寝かせた鐘の場所へ向かうが、ここももぬけの殻。綾子を寝かせた凛が使っている離れへと向かい、勢いよく扉を開けた。「綾子………!」ベッドに彼女が横たわっていた。すぐさま容態を確認するが、怪我など一つもなく、また室内が荒らされた形跡もなかった。とりあえずは安堵するが、しかし依然として鐘と士郎の行方がわからない。彼女を起こして事情を説明してもらおうかとも考えたが、この様子を見る限りでは恐らく彼女はずっと眠ったままだったのだろう。ならば起こして問いかけても意味はない。離れの部屋を後にして、同じく探索を続けていたセイバーと合流する。「セイバー、何かわかった?」「…………いえ、これといって。ただ言えることはここにサーヴァントが攻め込んできて戦場になった、ということでしょうか」セイバーの表情は優れない。部屋の惨状と大量の血痕、そして仕えていた主の行方が不明となってしまっては表情が曇ってしまうのは道理だった。「恐らく攻めてきたのはライダーだろうが………、それとは別にもう一つ感知できないか? 凛、セイバー」「もう一つ…………?」集中してこの家に残る魔力の残滓を感知する。やはり、真っ先に飛び込んでくるのはライダーの魔力。だが、それとは別に、わずかではあるがライダーのものではない魔力の残滓を感知した。「これは………」セイバーにも、凛にも、アーチャーにも心当たりがあった。「「バーサーカー…………!?」」圧倒的な巨体と力で相手を叩き伏せる敵。凛とセイバーの口から出てきた単語は全く同じだった。