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No.28951の一覧
[0] ドラえもん のび太の聖杯戦争奮闘記 (Fate/stay night×ドラえもん)[青空の木陰](2016/07/16 01:09)
[1] のび太ステータス+α ※ネタバレ注意!![青空の木陰](2016/12/11 16:37)
[2] 第一話[青空の木陰](2014/09/29 01:16)
[3] 第二話[青空の木陰](2014/09/29 01:18)
[4] 第三話[青空の木陰](2014/09/29 01:28)
[5] 第四話[青空の木陰](2014/09/29 01:46)
[6] 第五話[青空の木陰](2014/09/29 01:54)
[7] 第六話[青空の木陰](2014/09/29 14:45)
[8] 第六話 (another ver.)[青空の木陰](2014/09/29 14:45)
[9] 第七話[青空の木陰](2014/09/29 15:02)
[10] 第八話[青空の木陰](2014/09/29 15:29)
[11] 第九話[青空の木陰](2014/09/29 15:19)
[12] 第十話[青空の木陰](2014/09/29 15:43)
[14] 第十一話[青空の木陰](2015/02/13 16:27)
[15] 第十二話[青空の木陰](2015/02/13 16:28)
[16] 第十三話[青空の木陰](2015/02/13 16:30)
[17] 第十四話[青空の木陰](2015/02/13 16:31)
[18] 閑話1[青空の木陰](2015/02/13 16:32)
[19] 第十五話[青空の木陰](2015/02/13 16:33)
[20] 第十六話[青空の木陰](2016/01/31 00:24)
[21] 第十七話[青空の木陰](2016/01/31 00:34)
[22] 第十八話 ※キャラ崩壊があります、注意!![青空の木陰](2016/01/31 00:33)
[23] 第十九話[青空の木陰](2011/10/02 17:07)
[24] 第二十話[青空の木陰](2011/10/11 00:01)
[25] 第二十一話 (Aパート)[青空の木陰](2012/03/31 12:16)
[26] 第二十一話 (Bパート)[青空の木陰](2012/03/31 12:49)
[27] 第二十二話[青空の木陰](2011/11/13 22:34)
[28] 第二十三話[青空の木陰](2011/11/27 00:00)
[29] 第二十四話[青空の木陰](2011/12/31 00:48)
[30] 第二十五話[青空の木陰](2012/01/01 02:02)
[31] 第二十六話[青空の木陰](2012/01/23 01:30)
[32] 第二十七話[青空の木陰](2012/02/20 02:00)
[33] 第二十八話[青空の木陰](2012/03/31 23:51)
[34] 第二十九話[青空の木陰](2012/04/26 01:45)
[35] 第三十話[青空の木陰](2012/05/31 11:51)
[36] 第三十一話[青空の木陰](2012/06/21 21:08)
[37] 第三十二話[青空の木陰](2012/09/02 00:30)
[38] 第三十三話[青空の木陰](2012/09/23 00:46)
[39] 第三十四話[青空の木陰](2012/10/30 12:07)
[40] 第三十五話[青空の木陰](2012/12/10 00:52)
[41] 第三十六話[青空の木陰](2013/01/01 18:56)
[42] 第三十七話[青空の木陰](2013/02/18 17:05)
[43] 第三十八話[青空の木陰](2013/03/01 20:00)
[44] 第三十九話[青空の木陰](2013/04/13 11:48)
[45] 第四十話[青空の木陰](2013/05/22 20:15)
[46] 閑話2[青空の木陰](2013/06/08 00:15)
[47] 第四十一話[青空の木陰](2013/07/12 21:15)
[48] 第四十二話[青空の木陰](2013/08/11 00:05)
[49] 第四十三話[青空の木陰](2013/09/13 18:35)
[50] 第四十四話[青空の木陰](2013/10/18 22:35)
[51] 第四十五話[青空の木陰](2013/11/30 14:02)
[52] 第四十六話[青空の木陰](2014/02/23 13:34)
[53] 第四十七話[青空の木陰](2014/03/21 00:28)
[54] 第四十八話[青空の木陰](2014/04/26 00:37)
[55] 第四十九話[青空の木陰](2014/05/28 00:04)
[56] 第五十話[青空の木陰](2014/06/07 21:21)
[57] 第五十一話[青空の木陰](2016/01/16 19:49)
[58] 第五十二話[青空の木陰](2016/03/13 15:11)
[59] 第五十三話[青空の木陰](2016/06/05 00:01)
[60] 第五十四話[青空の木陰](2016/07/16 01:08)
[61] 第五十五話[青空の木陰](2016/10/01 00:10)
[62] 第五十六話[青空の木陰](2016/12/11 16:33)
[63] 第五十七話[青空の木陰](2017/02/20 00:19)
[64] 第五十八話[青空の木陰](2017/06/04 00:03)
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[28951] 第四十七話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/03/21 00:28





「…………」
『…………』

女性と子ども達の間には、奇妙な沈黙が訪れていた。
お互いが語り合う事、数十分。
両者とも、口が開けば、自らの常識を超えた事実が相手を殴り飛ばし、相手側からお返しとばかりにカウンターが叩き込まれる。
世界を渡るとは、こういう事なのか。
魔術師の女性は、ある種の真理を悟っていた。

「……事情は解りました。つまり、私は如何なる理由か世界の壁を越え、瀕死で時空間とやらに漂っていたところを助けられた、という事ですね」
「そ、そうです。というか、本当に日本語お上手ですね」
「日本人に知己がいましたので……ふむ、俄かには信じられませんが」

女性……バゼット・フラガ・マクレミッツは、手を顎に当ててそう呟いた。
特に、世界の壁を越えたというくだりだ。それが、彼女の眉間に寄った皺の原因となっている。
『世界を越える』という事は、バゼット達魔術師にとっては奇跡でもあり、また禁忌でもある。
俗に第二魔法と呼ばれるこの御業を為した者は、知られる限りではただひとり。
それを、意図的でないとはいえ己が果たしてしまったという。
心の奥底で、表現しづらい妙な薄ら寒さを感じながら、彼女は再度口を動かす。

「それでは、別の質問を。この腕は、いったいどういう事なのでしょうか。完全に引き千切れて、肩から先がなくなっていたはずです」
「ああ、それは……」

寸胴で二等身の青いロボットが口にする傍らで、子ども達の表情が青くなっていた。
どうやら、あの血みどろの姿を思い出してしまったらしい。

「これを使ったんです」

と、青いロボット……ドラえもんが腹のポケットから取り出したのは、一枚の時計柄の風呂敷。
そう、“タイムふろしき”である。

「それは?」
「これは“タイムふろしき”といって、これで包んだものの時間を進めたり、戻したり出来るんです」
「じ、時間を?」
「つまり、バゼット……さんの肩にこれを被せて、腕がなくなる前の時間に戻したって事ですよ」

掴みかねたバゼットに、スネ夫が話をまとめて補完した。

「それが二十二世紀の“ひみつ道具”とやら、ですか。魔術ではなく、科学の力でそのような事が……」

しかし、理解は出来ても納得までは流石にいかないようで、バゼットは顎から手を離さない。
表情も固く、厳めしいままだ。
そこに、ジャイアンが質問を投げかけた。

「あの~、バゼットさんって魔術師、なんだよな」
「ん……ええ。それが?」

一応、バゼットは自らが魔術師である事を打ち明けている。
というより、そうしなければ事情の説明が不可能であった。
向こう側がすべてをあけすけに開陳しているのに、自分だけがなにもかもを秘密、という訳にはいかない。
とりあえず、深淵に触れるような事を除いて、ある程度は身の上の説明を行っていた。
証明のために、簡単なルーン魔術を実演してみせた事で、相手の度肝を抜くと同時に経緯の概要の信憑性を勝ち得ている。
平行世界で、かつこのような異常事態の最中である。神秘の秘匿などとうそぶく必要も、その余裕もない。

「それにしちゃあ、物凄い腕っぷしだったけど」
「たしかにね。普通じゃ出来ないよ。女の人が、片手でジャイアン押さえるなんて」

ジャイアンをはじめ、皆が連想するであろう魔術師とは、RPGの魔法使いよろしく、術が使える分、力に劣り脆弱。そんなところであろう。
だが、バゼットは違う。
子どもとはいえ、大柄なジャイアンを片腕で締め上げ、取り押さえたのだ。
並の女の細腕では、とても出来ない芸当である。

「魔術師としての仕事柄、戦闘が主ですから。むしろ、このくらい出来ないようでは話になりません」
「ってえと……魔術師って、ケンカばっかしてんのか?」
「いえ、決してそういう訳でもないのですが。一言で言えば、様々ですね。研究に没頭する者もいれば、戦いに明け暮れる者もいます」
「ふぅん。でも、バゼットさんは、依頼でその、『聖杯戦争』ですか? それに参加してたんですよね?」
「ええ。ですが、見事にしくじりを犯して、本格開始前にあの有り様です……」

しずかの問いに、バゼットは顔を顰めて答えた。
痛恨の記憶ゆえに、しくじりの内容は簡略化して説明していたが、それでも子どもにとっては刺激の強い話だ。
魔術の本質と相まって、人間の醜い部分を前面に出して憚らない。
空気が沈み、再度重苦しい雰囲気が漂い始める。
それを知ってか知らずか、するりとバゼットは話題を変えた。

「ところで、ドラ……エモン、でしたか。これだけは確認しておきたいのですが」
「はい?」
「私が向こう側に戻る事は、可能なのでしょうか」

これだけは、しっかりと確認しておかなければならない。
ここまで来てしまった以上、自分に残された選択肢はなく、あの夢の宣託に従う他ない。
どうやら自分は、あの繰り返す四日間の中で、あの得体の知れない復讐騎に対し、思った以上の信頼を置いていたようだ。
本来ならば、信じるなど以ての外であるはずなのに。かつて、手酷い裏切りを味わっているにも拘らず、だ。
心の中で、彼女は呆れの混ざった笑いを漏らした。

「それはたぶん、今なら大丈夫だと」
「今なら?」
「はい。時空乱流のひずみが塞がってませんから」
「……は?」

ドラえもんの言っている意味がよく解らないようだ。
訝しげに首を捻るバゼットに対し、ドラえもんは要点だけを噛み砕いて説明した。

「えーと、つまりバゼットさん側の世界と、こっちの世界はまだ繋がったままなんです。だから、来た道を辿れば元の世界に戻れると思います」
「ふむ……ああ、成る程。そういう意味ですか」
「はい。あの、ところでひとつ、質問が」
「なんでしょうか」

尋ね返したドラえもんが、彼女の前に一枚の写真を差し出した。
黄色い上着、紺色の半ズボンに丸眼鏡を掛けた少年が、満面の笑みでVサインをしている。

「これは?」
「“野比のび太”くんです。バゼットさんを助けるちょっと前に、時空乱流に巻き込まれてしまって、今行方不明なんです。それで、向こうの世界か時空間でチラッとでも見かけてないかと思って」
「ふぅむ……」

写真を手に取り、まじまじと見つめる。
日本ならばどこにでもいそうな、平凡を絵に描いたような少年である。
当然と言うべきか、バゼットの記憶の片隅どころか、どこをひっくり返しても見覚えなどなかった。

「いえ、残念ながら」
「そうですか……」

心底残念そうに、ドラえもんが差し出された写真を受け取った。
その様子から、彼にとって、この少年はとても大切な存在なのだと、バゼットは察した。
そんな彼に対し、周りの子ども達が声を掛ける。

「元気出して、ドラちゃん。のび太さんなら、きっと無事よ」
「そうだよ、ドラえもん。なんだかんだ言って、のび太ってしぶといしさ」
「おう! のび太ならすぐに見つかる、オレさまが保証するぜ!」

――――打算も、損得計算も何もない、純粋な信頼関係。
それは、魔術師たるバゼットにとって、終ぞ縁のないものであった。
互いに利用し、利用される。持ちつ持たれつ。ギブ・アンド・テイク。
そんなドライな関係ばかりの魔術師社会。潤いのある人間関係など、夢想の域に等しい。
だが、その機微が微かなりとも判ぜられるようになったのは、果たしていつからであったか。

「…………」

脳裏を掠めたは、あの軽薄な笑いを浮かべたタトゥーの少年。
繰り返す四日間。その泡沫の夢の中で、幾度も会話を重ねてきた。
遠慮のない罵り合いもあった。尽きぬ軽口を叩き合う事もあった。
主従という間柄だったとはいえ、あれほど気安い関係となった者は、バゼットの記憶の中にはなかった。
所詮は夢、と切り捨てるはずのあの忠告を信じる気になったのも、そのせいなのかもしれない。
ふと、バゼットはそんな事を考えた。

「う、うん……そうだね。と、とりあえず、もう一度時空間の様子を見てくるよ。なんにしても、もうちょっと調べてみないとね」

幾分、表情の柔らかくなったドラえもん。
徐に立ち上がると、のび太の机へと向かい、引き出しを開けていそいそと中に潜り込み始めた。
事情を知らない者が見れば、まさしく珍妙な光景であろう。
現に、バゼットの目は『何事か!?』とばかりに、大きく見開かれていた。

「あ、じゃあ手伝うよ、ドラえもん」
「わたしも」

続いて、スネ夫としずかも立ち上がり、ドラえもんの後に続いて、開かれた引き出しの中へと入っていく。
そして、最後に残ったジャイアンも立ち上がろうとしたが、その前に引き出しの中から届いたドラえもんの声が彼を制止した。

「ジャイアンは、バゼットさんの相手しててくれるー? 流石にバゼットさんひとりにしておくのもダメだからー!」
「んあ? お、おう。解ったぜ」

言っている事ももっともなだけに、反射的に請け負ってしまうジャイアン。
上げかけた腰がすとんと畳に着地し、六畳間にふたりだけが残される形となった。

「…………」
「…………」

互いに沈黙。外から漏れ来る風のざわめきと鳥のさえずりだけが、しばし空間を支配する。
元々、口数の少ないタイプのバゼット。
対してジャイアンは割合、多弁な方だが、如何せん彼女にやられた記憶が強烈すぎた。
いざこうして一対一で向かい合う形となって、その事が蘇ってきたのだろう。
ちらちらと彼女に向ける視線は、畏れと気まずさの入り混じったもの。明らかに萎縮している。
ガキ大将で、基本的に怖いもの知らずのあのジャイアンが、である。
それだけバゼットの力が衝撃的だった、という事だ。

「――――タケシ、でしたか」
「うおっ!?」

急に声を掛けられ、奇声を上げるジャイアン。
身を窄め、決まり悪そうにバゼットを見やる。
その様子に、バゼットが困ったような声を出した。

「そう身構えられると、こちらとしても少々やりづらいのですが」
「あっ、おう……ワリぃ」

そうは言っても、一旦根付いた感情をすぐに払拭するのは難しい。
謝罪もされたし、ジャイアンとしては含むところもないので、あとは単純に時間が経てば慣れるだろうが、今この時においてはやはり畏怖心が勝る。
彼の、そわそわ落ち着きない態度は崩れず、再び沈黙が場を席巻する。
しかし、それは意外にもすぐに打ち破られた。

「……あ、あのよ」

おずおずと、だがしっかりとした声音で、ジャイアンがバゼットに声を掛けた。

「はい?」
「あ~、その……どっか、調子悪いところとか……」

歯切れこそ悪いが、それはバゼットの体調を気遣うものであった。
片腕がなくなり、棺桶に片足を突っ込んでいた状態だったのだ。気にもなる。
一応、腕の再生後にドラえもんが“お医者さんカバン”で診察し、問題なしと診断はされていた。
が、たとえ復調していたとしても、やはり不安が残るのが人情であろう。

「調子、ですか。ふむ……」

言われて、バゼットは自分の身体を観察する。
表面的には、特に不都合な部分は見当たらない。
なくなった腕があり、服も元に戻っている。宿った令呪も、機能こそ死んではいるがそのままだ。
では目に見えない、内部はどうか。
魔術回路は正常。常に持ち歩いていた『切り札』は流石になくなっているが、身体に潜むその“元”は健在だ。
元さえあれば、また作り出せる。それならば問題ない。
彼女は所謂『保菌者』である。古来より伝わる神秘をその身に宿し、継承してきた家の末裔。
出自と家の特殊性ゆえに、いろいろと問題も多かったが、ここでは関係ないのでさておく。

「……そうですね。強いて言うならば、各種栄養素が多少不足しているようです」

身体を確かめ、バゼットはそんな結論を出した。
考えてみれば、向こうの世界で半死半生の憂き目に遭い、さらにこれまで飲まず食わずだったのである。
彼女自身の強靭な体力が逆境の中、命脈を保たせてくれたが、その分の消耗は尋常ではなかったはずだ。
“タイムふろしき”の影響で腕と共に、体調もいくらか戻っているものの、万全かと問われれば疑問が残る。
“お医者さんカバン”の診断結果と、己の感覚。彼女は、躊躇いなく後者を信じる人間である。

「栄養か……うーん」

答えを聞いたジャイアンは、腕を組んでなにやら考え込み始めた。
バゼットが首を傾げているが、ジャイアンは気にも留めていない。
そのままたっぷり一分が経過した頃、唐突にジャイアンがぱん、と膝を打つと共にがばりと立ち上がった。
何事か、と僅かに眉を跳ね上げたバゼットに対し、彼は告げた。

「よぉし。バゼットさん、ちょっと待っててくれ」

先程までとはうって変わって、怖気もなく自信に満ち溢れた表情となっている。
突然の豹変に、バゼットの目は点となっていた。

「いきなりどうしたのですか」
「いやあ、そういやバゼットさんにお茶も出してなかったなと思ってさ」
「はあ」

言わんとしているところが掴めず、生返事をするバゼット。
それに対し、ジャイアンはどん、と自分の胸を叩いてみせた。



「だから、ここは皆を代表してオレが腕をふるうべきだろうという事で。台所借りて、今から栄養満点のオレさま特製“スペシャルジャイアンシチュー”を作ってこようと――――」



……是非もなし。
平行世界において、地獄の釜が開かれようとしていた。





唐突に突き抜ける、焼けつくような鋭い感触。
火が噴き出るかと思わんばかりの激痛が、士郎の令呪の宿った手を襲った。

「ぐあ!?」
「せ、先輩!?」

堪らずその場に蹲る士郎。気づいた桜が即座に駆け寄る。
士郎の顔には珠のような汗が浮かび、苦悶の表情で必死に歯を食い縛っている。
押さえた手は変わらず灼熱模様で、そこにあるものがけたたましいレッドアラートで持ち主に異常を訴えかけていた。

「ぐ……れ、令呪が……令呪、が……!」
「れ、令呪……?」

繰り返し『令呪』と呻く彼に、桜が戸惑いの声を上げる。
その向こう側では、その従者も異常に見舞われていた。

「せ、セイバー!?」
「が……ぁ……!」

地面から起き上がったのび太が目にしたものは、地面に膝をつき、凄まじい形相で苦しむ騎士の姿であった。
こちらは、主よりももっとひどい。
顔色は青褪め、手足は無差別に電流を流されたかのように痙攣している。
まるで、全身の神経をずたずたにされたような苦しみ方で、彼女の異常が生半可なものではない事が窺えた。

「ど、どうしたのセイバー!? 士郎さんも!?」
「これは……!」

二人の異常。
その理由を、弓兵が即座に見抜いていたが、すべてが遅きに失した。
この場の誰もが耳にした事のない奇妙な音が、闇を震わせた事で。



『■』



その瞬間、セイバーの身体がびくん、と大きく跳ねた。

「ぐっ!?」
「セイバー!?」

彼女の異様な反応に、思わずのび太が駆け寄ろうとしたが、そこへ返ってきたのは、目も眩むような一瞬の魔力光と、その彼女が振るった右腕であった。

「え?」

のび太の呆けた声。
その余韻が消え去らぬうちに、銀の甲冑に包まれた拳が彼の痩身を捉え、勢いよく吹き飛ばしていた。

「うわぁああああっ!?」
「おっと!」

矮躯が鳩尾から折れ曲がり、リュージュのように宙を滑走する。
だが、地面に叩き付けられるより先に、着地点に回り込んでいたライダーが姫抱きに受け止めていた。

「大丈夫ですか?」
「ぐふ……っ、げほっ、げほっ!」

腕の中で激しく咳き込むのび太を、ライダーが気遣う。
腹を庇うようにしているところを見ると、どうやら鳩尾を強か打たれたようだ。
だが幸い、血を吐いたり胃中のものを戻す様子は見られなかった。
打撲痕こそ残っているだろうが、内臓はやられていない。

「おねえちゃん……」
「ええ、フー子。今の彼女に、近づいてはいけません。意識はともかく、肉体は既に……」

青褪めた表情で縋りつくフー子に、ライダーは努めて柔らかく声を掛ける。
普通であれば、のび太の腹は跡が残るどころか、拳に貫かれて夥しい血潮と共に臓物を撒き散らしているところだ。
全開状態の一撃を喰らった事のあるライダーだからこそ、それが解る。

「……これが、狙いだったという事ですか。魔女」
『――――ここまで勘が鋭いなんて。生憎と、狙いは外れね……けど』

そうなっていない理由は、ただひとつ。
セイバーが、途中で力を抜いたのだ。
本気で殴ろうとして、急に手加減する。矛盾するこのふたつの答えは、虚空に響くこの女の声にあった。

『次善の手は拾えた。ここはこれで満足すべきかしら』

魔術師の英霊、キャスター。
直接戦闘能力に劣る代わり、搦め手に優れる策謀の士。
特に今代のキャスターは、その面の優秀さが顕著である。

「きゃ、キャスター……お前……!」
「せ、先輩!」

地に伏していた士郎が、よろよろと立ち上がる。
怒りを含んだその声は、傍らの桜の愁眉を濃くする。

「俺と……セイバーの、契約を……!」

いまだ喘ぎの収まらぬまま、押さえていた手を掲げて見せる。
そこには、今までくっきりと浮かんでいた筈のものが、跡形もなく綺麗さっぱりと消え失せていた。

「し、士郎、アンタ、それ!」
「令呪が、なくなってる」

正確にはなくなっている訳ではない。薄れ、ほとんど皮膚の色と同化こそしているが、微かに輪郭は残っている。
しかし、相手との繋がりが断たれ、既に死んだも同然の状態であった。
つまり、士郎とセイバーの契約が強制的に解消され、その空白につけ込んだキャスターにセイバーを奪われたのだ。
愕然とした凛とイリヤスフィールの表情が、この場の者の心境を雄弁に物語っている。
言葉にすればただそれだけの、しかし重い事実が、うねりのように面々を呑み込んでいた。

『あらボウヤ。なにかご不満かしら?』
「この、野郎……!」

姿を見せず、ぬけぬけと言い放つキャスター。
落ち込む暇もなく逆撫でされた士郎の感情は、一瞬で沸騰寸前まで熱される。
だが、この両者に対し、冷や水をぶち撒けた者がいた。

「――――『契約破りの宝具』を、間接転移の応用で使うか。しかもご丁寧に、傀儡を使って媒体の魔力まで仕込んで」

鷹を思わせる鈍色の瞳が虚空を射抜く。
アイスピックのように冷徹な声を発したのは、この場の誰よりも冷静さに優れた弓の英霊であった。
空気がほんの一瞬、冷たくなる。
次に響いた魔女の音声は、一段低いものであった。

『……なぜ』
「見抜けたか、と? ふん、似たような手を知っているのでな」
『似たような、手?』
「それに、魔力を繰るのは魔術師にとってお手の物だ。それが自らの発した魔力であるなら尚の事。結界に囲まれたここなど、貴様にとっては実験室のフラスコに等しかろう」

差し挟まれる疑問に答えず、アーチャーはただ淀みなく、持論を虚空にくべ続ける。
彼はこう言っているのだ。
あの大量の骨人形達のカチコミは、この場に己が魔力を満たすための布石であったのだと。
男にしか解り得ない苦痛で、悶絶していた醜態もどこへやら。
この場の主導権は、いつの間にか彼が掌握しきっていた。

「だが、それにしたところで他者同士の契約への干渉など、並大抵の事で為せるものではない。魔術師の頂に立つ者ならば容易かろうが、それでも強力な力を用いなければ不可能だ。しかし、それではここまで自然に契約を解除出来た説明がつかん」
『……そう。で、なぜ私の宝具が『契約破りの短剣』だと解ったのかしら?』
「ふむ、語るに落ちたな。私は『契約破りの宝具』とは言ったが、『契約破りの短剣』とは言っていない。策士としてはらしくないミスをする。そこまで動揺していたか?」
『く……!』

歯軋りを含んだ呻きに、アーチャーの唇は不敵に吊り上がった。
ごく自然にカマをかける辺り、この場で最もタチが悪いのも彼である。
魔術師が口を滑らせた事で、彼の頭脳の導き出した推論に裏付けが取られた。

「傀儡をけしかけ、この場に己が魔力を満たした後、転移の魔術を応用してほんの一瞬、おそらくは針ほどの穴を作り出し、その短剣とやらで奇襲的に目標の繋がりを断ち、自らの支配下に置く。だが、セイバーの並外れた『直感』により、第一目標の確保に失敗。代わりに、第二目標であったセイバーの確保に成功。そんなところか」

アーチャーの要約は、正確に流れを捉えていた。
彼の持つ『心眼』は、戦闘に限らずあらゆる経験に裏打ちされている。
自ら駆け抜け、踏みしめた鉄火場の数だけ、彼に力を与えているのだ。
当然、それは判断力だけではなく、推理力や観察力などにも影響を与えている。

『……そうよ。それで? タネを見破ろうと、貴方達の不利は変わらないわ。今の私には、最優の英霊がいる。反面、貴方達の戦力は激減。その上、今まで仲間だった者を手心なく相手取れるかしら?』

精神の均衡が戻り、魔女の声は再度不敵な余裕を帯びる。
特に、甘さの残る存在……主にマスター陣だが……が、キャスターの余裕を後押ししていた。
しかし、アーチャーの堂々たる態度は微塵も揺るがず、どころか彼女以上に不敵な声音でこう言い返した。

「いかにも三下臭い台詞だ。だが、セイバーの様子を見て、尚もそこまで言い切っているのならば謝罪と共に撤回しよう」
『え?』

呆気に取られた声が空気に溶けたその時、剣の英霊の身体が異様な光景を見せた。

「ぐ、ぐが、がぁあああああっ、ぐっ、ぐうううううっ!」

きつく絞られた弓のように身体を丸め、全身を痙攣させている。
端正な顔が盛大に歪められ、滝のような汗が頬を伝って流れ落ちる。だが、瞳の光はこれ以上ないほどに、ぎらぎらと命の輝きを迸らせていた。
やがて、ばちばちという焦げ臭さの漂ってきそうな異音と共に、身体の表面から放電現象が始まった。

『こ、これは……!? まさか『対魔力』でレジストしているというの!? 令呪を一画使ったというのに!?』

自身の情報を漏らした失態にも気づかないほど、キャスターの動揺は大きかった。
そして、アーチャーはそこにつけ込まない男ではない。
窮地に至れば、利用出来るものは貪欲に利用する。
そうしなければ、“間に合わない”のだ。

「さて、制御を弾き返すのも時間の問題か。ある意味、貴様はハズレを引いてしまったようだな。彼女は、たかだかマスター権と令呪で縛れるような、格の低い英霊ではない。それとも……もう一画、令呪を使ってみるかね? まあ、無駄遣いに終わると思うが」

ここぞとばかりに、アーチャーは挑発めいた言葉で畳み掛ける。
他の者は、言葉もない。呆然と、語るすべてをアーチャーに任せるのみだ。
呻いていた士郎ですら雰囲気に呑まれ、視線は彼に釘付けである。
セイバーすら、ただの舞台装置。
まさにこの場は、アーチャーの独壇場であった。
その壇上の主の、狙いはひとつ。
そしてそれは、魔術師の判断と見事に合致していた。

『ぐ……!』

歯軋りの音が、空気を歪ませる。
その途端、セイバーの姿がスッと闇に溶けるように消え失せた。

「――――!」
「あっ!」

咄嗟に伸びた士郎の手が、虚しく空を掻く。
しかし、消える刹那の瞬間、セイバーの深緑の瞳がひとりの目を射抜いていた。
その意味を悟った対象が唇を吊り上げたと同時に、敷地を覆っていた結界が昇華するように消失した。
蓋が開かれ、入り込む風が籠っていた魔力を空気に溶かし、散らしていく。
それが、このラウンドの終焉の合図であった。

「……あ」

間の抜けたのび太の声が、風に乗って皆の間を吹き抜けていく。
戦略的撤退。自らを劣勢と判じ、態勢を立て直すためにこの場から撤収する。
魔術師の採った判断は、間違ってはいない。
あの場における、最低限の目標は達成していたし、これ以上の失態を重ねる事は許されなかった。
故に、妥当な判断と言える。
だが、それは敵側にも好機を与える事と表裏一体の決断であった。





「――――行くぞ」

突如、アーチャーが動き出す。
淀みなく、水のようにすたすたと歩くその様に、重りが落ちたように全員の硬直が解かれた。

「は? い、行くって……どこに?」
「あのドアのある部屋へだ。急がなければ、間に合わなくなる」
「え……ちょ、ちょっと待ちなさい! どういう事よ! セイバーが奪われたっていうのに、なんだってアンタそんなに冷静なのよ!」
「だからだ。待ってはいられん。道すがら問いに答える」

アーチャーの歩く速度は落ちない。
早足に近い速度で行く彼の背中を、慌てて皆が追いかけていった。

「お前、どうするつもりなんだ。まさか、柳洞寺にカチコミかけようってんじゃ……」
「ふん。常から抜けている割には察しがいいな、小僧」

先頭を行くアーチャーの、唇の片側が跳ね上がった。
驚愕と懐疑に歪んだ士郎の表情を無視して、彼は舌鋒鋭く言い放つ。

「よく聞け。セイバーがキャスターの呪縛に抗しているのは解っているな。これは視点を変えれば、セイバーが身を挺してキャスターの足止めをしているのに等しい」
「……ふぅん。まあ、そうとも言えるかしらね。ただ、余裕はなさそうだったけど」

イリヤスフィールが頤(おとがい)に指を当てて述べる。
彼女もまた、こういう場面において比較的冷静でいられるタイプの人間だった。
ただし、よほど近しい人間が絡んでいない事が前提条件となるが。

「そこは、腐ってもキャスターという事だろう。そもそも、魔術師の英霊に支配権を奪われ、令呪を一画使われても尚、抗えるセイバーが異常なのだ」
「『アーサー王』じゃあ、それも納得いくってもんね」

凛が頷き、アーチャーの言に同意を示した。
焦燥感を押し殺しているその表情が、やや苦みを帯びて影を作っている。
彼女の中では、やはり冷静さよりも焦りの方が大きいようだ。

「ときに少年」
「は、はい!?」
「セイバーとの『竜の因子』の繋がりは、まだ保たれているか?」
「え……さ、さあ?」

魔術や神秘と最も関係の薄い、外来人であるのび太。
その手の感覚に鈍感なため、アーチャーの質問に答えられなかった。
のび太の場合は、いろいろと怒涛の展開で感情が逆にフラットとなり、挙動はやや落ち着いている。
返答の代わりに、背中に張り付いているフー子に視線を向ける。

「フー子は解る?」
「フ? わかる、よ。まだ、おっけー」

一瞬、きょとん、としていたフー子であったが、明朗な声で肯定の意を示した。
常の太陽がはにかんだような笑顔は鳴りを顰めており、不安そうな表情だ。
それでも、彼女なりに気を遣って少しでも表情を柔らかくしようと、マシュマロのような頬をムニムニやっていた。

「だ、そうですけど」
「ふむ。となると、どうやらキャスターはマスター・サーヴァント間の繋がり“のみ”を切ったようだな。リスクも大きいが、堕とした時のリターンも大きい。だからそちらは切らなかったのか……? しかし、咄嗟の判断とはいえ……」

僅かに考え込んだアーチャーであったが、すぐにその思考を振り捨てると、上がり框(かまち)から屋敷へと足を踏み入れる。
足元に散らばる骨人形の残骸を無造作に踏み砕きながら、しかしスピードは衰えない。
この状況では、土足だなんだと言っていられない。
全員、上がる時は靴を脱がなかった。

「……またあんな奇襲があるんじゃないだろうな」
「ある訳がなかろうが、たわけ」

警戒しながらそろりと屋敷に上がる士郎を、アーチャーは一言で切って捨てた。
セイバーを無理矢理奪われた事で沈みかけていた心が、それで跳ね上がった。
堪らず、むっとした表情となる。

「なんでそう言い切れるんだよ」
「『奇襲』とはな、たった一度だけしか最大の効用を得られないがために『奇襲』と言うのだ。そのたった一度の機会を過ぎてしまえば、もうそれはただの札の一枚でしかない」
「む……けど、使ってこないとも限らないだろ」
「ならば、キャスターはなぜ仕込みであった結界を解いた? 媒介のための魔力を捨てた? それらが示すのはただひとつ。キャスターは、その気をなくしたという事だ」

正論すぎて、ぐうの音も出ない。
論破され癪なのか、唇を歪めていた士郎だったが、やがて渋々と頷きを返した。

「解ったよ……で、結局お前の狙いはなんなんだ」
「キャスターは今、どのようにセイバーを御するか試行錯誤の最中だろう。常識と戦略の観点から、令呪をぽんぽん使う訳にもいかんからな」

既に令呪を一画消費している上、まだ敵はいる。
よほど切羽詰りでもしない限り、二画目を使う可能性は低い。

「そこで、態勢の容易に整わない今のうちに、本拠地に強襲を仕掛ける」
「強襲……って、またこのパターンかよ!」
「そう愚痴を言っていられん。セイバーを取り戻すにもキャスターを討滅するにも、とにかく時間との勝負になる。彼女が時間を稼いでくれている、今しか好機はないのだ」
「成る程、だから急いでたワケか」

従者の理屈に、凛が相槌を打った。
納得を頂いたところで、アーチャーの歩くスピードがさらに増した。
もはや歩くどころか、競歩並みの速度である。

「けど、セイバーを取り返すって、アテはあるの?」
「……キャスター自身を滅するか、ヤツの宝具を奪うかだ」

キャスターの宝具は、魔術的契約を破壊するもの。
つまり、もう一度それをセイバーに使えば、元のマスターと再契約が可能になる。
もっとも、それよりキャスターを倒してしまえば一番早いといえば早いのだが、手段としては候補のひとつになる。

「キツいわね、どっちも」
「今更だろう」
「ごもっとも。じゃ、メンバーはアーチャー、わたし、士郎、のび太、フー子、それから……桜、ライダーを借りてもいいかしら?」

後ろを振り返り、妹に確認を取る凛。
桜は、チラとライダーを見やり、彼女が首肯したのを確認するとOKを出した。
前述のメンバーに、ライダーが加わる。

「遠坂、イリヤ達はどうするんだ?」
「そうね……どうする?」

凛が視線を投げると、彼女はホールドアップのように両手を掲げた。

「いつも通り、お留守番しておくわ。ここをがら空きにしておく訳にもいかないし、同行したところでそこまで力になれる訳でもないから」

彼女も魔術師として一流の存在だが、凛ほど武闘派ではない。
セラ、そしてリーゼリットも相応の実力はあるものの、この面子の中ではやはり一歩劣る。
リーゼリットはそうでもないかもしれないが、一日に十二時間の睡眠が必要という特殊なホムンクルスなので、無理はさせられない。
それに、相手は魔術師の英霊。魔術師として、力の差は歴然としている。
バーサーカーの欠けた彼女らには、荷が重い。

「そう。その方がいいかもね。解ったわ」
「ただ、この状況です。例のイレギュラーには十二分に気をつけた方がよろしいかと。法則がどのようなものなのかは解りませんが……」
「セラ?」

イリヤスフィールの傍ら、セラの忠告がこの場のすべての者の警戒感を煽った。
彼女の表情は、常と変らぬ鉄仮面めいた無表情にも見えるが、よく見ると眉根と口元が厳しく引き締められている。

「今回のケースは今までとは趣が異なる上、最悪の場合挟撃される可能性があります。いざともなれば、撤退する事も考慮に入れておくべきです」
「……了解した。肝に銘じておく」
「一応、こっちからモニターで見てるから、万一の時は動くわ」

イリヤスフィールがそう言い切った時、一同は目的地に到着した。
客間の一室。普段は、イリヤスフィールやミニドラが入り浸っている部屋である。
あの怒涛の襲撃にもびくともしておらず、ドアには傷ひとつとして損傷はない。
その事実が、この部屋が厳重かつ強固なものとされている事を示しており、重要区画である事の証明となっている。

「まずは、モニターで敵地を確認ね」
「ミニドラ、すまんが頼む」
「「「どらら!」」」

ドアを開けると同時に、ミニドラ達が蜘蛛の子を散らすようにめいめい入り込んでいく。
壁際に設置されているのは“タイムテレビ”。これで現在の敵地を観察し、様子を窺ってから突入しようという腹積もりである。
ミニドラ・レッドがちゃっちゃかと軽妙に計器をいじり、現在の柳洞寺境内の模様が、リアルタイムで投影された。
半ば予想されていた事だが、人の影はない。
夜も更けた境内は閑散としており、風と木々の葉が擦れ合う音だけが響いている。

「やっぱり誰もいないか。キャスターは中か?」
「……いや、待て。ミニドラ、ここを大きく映してくれ」
「どら!」

士郎の言葉を遮り、アーチャーの指が画面の片隅を指し示す。
ミニドラ・レッドは、指示通りに計器を操作し、指定された箇所を画面いっぱいに映し出した。
そこには、この場の全員の頭を混乱させる光景があった。

「――――ちょ、ちょっと、どうしてセイバーが屋外にひとりでいるの!?」

境内の片隅、そこに金と銀の輝きを放つひとつの影が存在している。
ついさっき拉致されたはずのセイバーが、置いていかれたようにひとり、ぽつんと立ち尽くしていた。
勿論、周囲にはキャスターどころか、猫の子一匹すら見当たらない。

「……さて。だが、当のセイバーが、我々以上に混乱しているようだな」

ポーカーフェイスを装いながら、アーチャーは私見を口にする。
アップで投影されたセイバーの表情は、まさに『訳が分からない』とでも言いたげなものだ。
令呪による支配へ抵抗していたはずが、その様子も見受けられない。
転送の瞬間まで散っていた火花もなく、表面上は、至って穏やかであった。
ゆるゆると首を動かし辺りを見渡したり、自分の身体の様子を確かめてみたり、落ち着きない挙動を繰り返している。

「いったいどうなってんだよ、これは?」
「キャスターの支配が及んでいる様子は、なさそうね。契約を振り切った、とかかしら」
「でも姉さん、それにしては魔力欠乏とかもなさそうなんですけど。セイバーさんって、たしか『単独行動』出来ないはずですよね」
「……ミニドラ、キャスターはどこだ」

士郎達の声を尻目に、アーチャーはミニドラに指示を飛ばす。
言われてかちゃかちゃと計器をいじったミニドラ・レッドは、しかし。

「う~……」

困ったように頭を掻くとアーチャーへと振り返り、両腕でバッテンを作ってみせた。
はじめ、それが何を意味しているかを掴みかねたアーチャーだったが、すぐに合点がいったようで微かに目を見開いた。

「補足出来ない、という事か?」
「どら」
「……ふむ。ならば、マスターの方はどうだ」
「ど~らら」
「ぬ……成る程、そちらもか」

頷くミニドラ。
それは、既に異常事態が始まっているという事を告げるものであった。
アーチャーの眉根に、ぎゅっと深い皺が寄る。

「あ、アーチャーさん。何が、どうなってるんですか?」
「ちょっと、まずい?」
「まずいどころではないな。急がねば、何が起こるか見当もつかん」

もはや、一刻の猶予もない。
このままでは、今のところ無事なセイバーにも何が及ぶか解らない。
早急に、彼女を回収する必要があった。

「アーチャー、急ぐぞ!」
「出来れば、時間を巻き戻して調べておきたかったが……な」

逸るのを抑え、一同はこの部屋にあるもうひとつのドアの前へと立つ。
“タイムテレビ”とは反対の壁際に設置されているのは、ピンク色で塗られたドア。ひみつ道具の“どこでもドア”だ。
移動用と、そして万一のための緊急脱出用として、この部屋にずっと置かれている。
そのせいで、『鏡面世界』では出番を与えられなかったが、今においては柳洞寺との直通路を開く回廊となる。

「待ってください」

ドアノブに手を掛けかけていた凛だが、それを制止した者がいた。
眼鏡と私服から、本来の眼帯とボディコン衣装に姿を変えたライダーが、彼女の前に手を差し出していた。
余談だが、幼くなった彼女にこの衣装は、いたたまれないほどの犯罪の匂いが漂っている。
仮に士郎やアーチャーと連れ立って街中を闊歩しようものなら、児童なんたら法とか青少年かんたら条例やらでお巡りさんがすっ飛んでくるであろう。

「どうしたの?」
「私が先行します」
「え?」

唐突な申し出に、凛は目をぱちくりとさせたが、彼女の言には確たる根拠があった。

「仮にも向こうは魔術師の陣地。そして、この中で最も『対魔力』に優れているのは私です」

つまり彼女は自分を盾にして突入しろ、と言っているのだ。
女神時代の肉体に回帰した彼女の『対魔力』はAランク、セイバーと同等である。
現代魔術師の魔術では、到底太刀打ち出来ない。仮に英霊によって行使された魔術でも、傷を負う事はないであろう。
肉体的な能力が一段階落ちた今であっても、対魔術に関しては立派な『壁』と成り得る。
ライダーの視線に、凛は躊躇いなくその示された理を肯定した。

「たしかに、それが最も危険を減らせる方法か」
「力こそいささか衰えていますが、万一罠などがあろうと対処は可能です」
「それだけの力はあるという事ね。解ったわ、お願い」

凛が身を引き、ライダーがドアの前に立つ。
そして、ドアノブに手を掛け、行先を告げた。
柳洞寺、境内。“どこでもドア”が、その場所と直接繋がる。

「――――いきますよ!」
「いってらっしゃい。気をつけてね」

イリヤスフィールの言葉に送り出され、ライダーが勢いよくドアを押し開ける。
間、髪を入れずに向こう側へと駆け出し、その後をアーチャーが追うようにドアへと突入する。
残る者は、渡ったふたつの背が無事な事を確認すると、細心の注意を払い各々ドアをくぐっていった。





――――だが、彼らはすぐに知る事となる。
事態は既に、彼らの予想を遥かに超えて進行していたという事を。






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