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No.28951の一覧
[0] ドラえもん のび太の聖杯戦争奮闘記 (Fate/stay night×ドラえもん)[青空の木陰](2016/07/16 01:09)
[1] のび太ステータス+α ※ネタバレ注意!![青空の木陰](2016/12/11 16:37)
[2] 第一話[青空の木陰](2014/09/29 01:16)
[3] 第二話[青空の木陰](2014/09/29 01:18)
[4] 第三話[青空の木陰](2014/09/29 01:28)
[5] 第四話[青空の木陰](2014/09/29 01:46)
[6] 第五話[青空の木陰](2014/09/29 01:54)
[7] 第六話[青空の木陰](2014/09/29 14:45)
[8] 第六話 (another ver.)[青空の木陰](2014/09/29 14:45)
[9] 第七話[青空の木陰](2014/09/29 15:02)
[10] 第八話[青空の木陰](2014/09/29 15:29)
[11] 第九話[青空の木陰](2014/09/29 15:19)
[12] 第十話[青空の木陰](2014/09/29 15:43)
[14] 第十一話[青空の木陰](2015/02/13 16:27)
[15] 第十二話[青空の木陰](2015/02/13 16:28)
[16] 第十三話[青空の木陰](2015/02/13 16:30)
[17] 第十四話[青空の木陰](2015/02/13 16:31)
[18] 閑話1[青空の木陰](2015/02/13 16:32)
[19] 第十五話[青空の木陰](2015/02/13 16:33)
[20] 第十六話[青空の木陰](2016/01/31 00:24)
[21] 第十七話[青空の木陰](2016/01/31 00:34)
[22] 第十八話 ※キャラ崩壊があります、注意!![青空の木陰](2016/01/31 00:33)
[23] 第十九話[青空の木陰](2011/10/02 17:07)
[24] 第二十話[青空の木陰](2011/10/11 00:01)
[25] 第二十一話 (Aパート)[青空の木陰](2012/03/31 12:16)
[26] 第二十一話 (Bパート)[青空の木陰](2012/03/31 12:49)
[27] 第二十二話[青空の木陰](2011/11/13 22:34)
[28] 第二十三話[青空の木陰](2011/11/27 00:00)
[29] 第二十四話[青空の木陰](2011/12/31 00:48)
[30] 第二十五話[青空の木陰](2012/01/01 02:02)
[31] 第二十六話[青空の木陰](2012/01/23 01:30)
[32] 第二十七話[青空の木陰](2012/02/20 02:00)
[33] 第二十八話[青空の木陰](2012/03/31 23:51)
[34] 第二十九話[青空の木陰](2012/04/26 01:45)
[35] 第三十話[青空の木陰](2012/05/31 11:51)
[36] 第三十一話[青空の木陰](2012/06/21 21:08)
[37] 第三十二話[青空の木陰](2012/09/02 00:30)
[38] 第三十三話[青空の木陰](2012/09/23 00:46)
[39] 第三十四話[青空の木陰](2012/10/30 12:07)
[40] 第三十五話[青空の木陰](2012/12/10 00:52)
[41] 第三十六話[青空の木陰](2013/01/01 18:56)
[42] 第三十七話[青空の木陰](2013/02/18 17:05)
[43] 第三十八話[青空の木陰](2013/03/01 20:00)
[44] 第三十九話[青空の木陰](2013/04/13 11:48)
[45] 第四十話[青空の木陰](2013/05/22 20:15)
[46] 閑話2[青空の木陰](2013/06/08 00:15)
[47] 第四十一話[青空の木陰](2013/07/12 21:15)
[48] 第四十二話[青空の木陰](2013/08/11 00:05)
[49] 第四十三話[青空の木陰](2013/09/13 18:35)
[50] 第四十四話[青空の木陰](2013/10/18 22:35)
[51] 第四十五話[青空の木陰](2013/11/30 14:02)
[52] 第四十六話[青空の木陰](2014/02/23 13:34)
[53] 第四十七話[青空の木陰](2014/03/21 00:28)
[54] 第四十八話[青空の木陰](2014/04/26 00:37)
[55] 第四十九話[青空の木陰](2014/05/28 00:04)
[56] 第五十話[青空の木陰](2014/06/07 21:21)
[57] 第五十一話[青空の木陰](2016/01/16 19:49)
[58] 第五十二話[青空の木陰](2016/03/13 15:11)
[59] 第五十三話[青空の木陰](2016/06/05 00:01)
[60] 第五十四話[青空の木陰](2016/07/16 01:08)
[61] 第五十五話[青空の木陰](2016/10/01 00:10)
[62] 第五十六話[青空の木陰](2016/12/11 16:33)
[63] 第五十七話[青空の木陰](2017/02/20 00:19)
[64] 第五十八話[青空の木陰](2017/06/04 00:03)
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[28951] 第四十話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/05/22 20:15





「り、凛さんっ! 釣り堀のスイッチを切ってください、急いで!」
「スイッチ……こ、これ?」

地面のシートから飛び出すや否や、セイバーの腕の中からのび太は凛に指示を飛ばす。
“逆世界入りこみオイル”は、世界を行き来する際、上下が逆転するという特徴がある。
『鏡面世界』側で地面に設置した釣り堀に飛び込んだ場合、現実世界側では地面から飛び出してくるのだ。
これが立てかけた鏡などであれば、単に左右が入れ替わるだけでそこまで面倒にはならないのだが。
その事を知らなかったゆえか、シートの周囲で、もんどりうったように地べたに這いつくばっている複数の人影があった。
人間のマスター陣である。

「それです、早く!」

おそるおそるといった具合で、四つん這いの凛が這いより、“おざしきつり堀”のメインスイッチを切った。
ふっ、と水面が掻き消え、ただの四角い穴が描かれたシートに成り下がる。
危なげなく着地したセイバーの腕から離れ、のび太は“おざしきつり堀”をそそくさと丸め始めた。

「ふぅう、危機一髪だった」
「まったくよ。あのまま蒸発してたらと思うと、ぞっとしないわ」
「……おい。お前らだけで勝手に納得してるな。あれはなんだったんだ、そしてここはどこだ! 答えろ!」

血を拭いもせず、ようよう地べたに座り込んだ慎二が語気も荒く、詰問口調で問い質す。
この中で、一番事情を知らないのが慎二である。
あの放心状態のまま、のび太達の会話を聞いて覚えていられる訳がない。
すべて周囲の雑音として処理されていた。

「ここは現実世界よ。そして、『鏡面世界』は爆弾で吹っ飛ばしたわ。あの『鉄人兵団』諸共ね。解った?」
「そんなもんで解る訳……」

ないだろう、と言おうとして、慎二が周囲に視線を巡らせる。
どてっ腹に風穴が開いた、崩落していないビル群。
ガラスも砕けておらず、屋根もしっかり付いたままの商店テナントと事務所。
看板や壁に貼られたポスターの文字は鏡文字ではない、普通に読める文字だ。
これだけ確認出来れば、難癖もつけられない。
爆弾云々はともかく、ここがまぎれもなく元の世界だという事は認めざるを得なかった。
魔術の枠を超えた超常現象である。すぐには呑み込めなかったが、それでも慎二は、引っ掛かる物に対し質問をぶつけた。

「……あの眼鏡のガキの道具か?」
「ええ」
「いったい何者だよ、あのガキは。金のガラクタも、アイツを気にしていたようだし……それ以前に、この聖杯戦争はどうなってるんだ? 明らかにおかしいぞ」
「前半の回答は拒否するわ。言っても仕方ないし、勝手に想像してなさい。代わりに、後半は答えてあげる。もうこの戦争は、どこかがイカれてしまってるのよ。原因はまだ解らないけど。ちなみに、これはバーサーカーの遺言からよ」
「バーサーカー? ……ふん、そうかよ。まあ、いいさ。一応、納得はしておいてやる。僕はもう、この戦争から降りるからな」
「はぁ?」

一瞬、凛は我が耳を疑った。
この高慢ちきな男が、自ら降りると言ったのだ。
たしかに、サーヴァントを失った慎二は、事実上脱落扱いとなる。
しかも、その身体は腕を中心に、全身血塗れになるほどの重傷を負っているのだ。勿論、凛は治してやるつもりなどさらさらない。
実力がペケ、さらに箸も持てない重体である以上、どの道降りざるを得ないだろう。
しかし、実際に可能かは別として、他者のサーヴァントを奪って戦線復帰、という方法もない訳ではないのだ。
凛には、慎二の真意がまったく読めなかった。
言葉尻だけを捉えれば、責任も何もかも放り出して逃げ出しますといった風に聞こえなくもない。

「どういうつもりよ、アンタ」
「どうもこうも、言葉の通りさ。ライダーがいなくなった以上、僕は敗者だ。敗者は、おとなしく舞台から去る。それのどこがおかしい」

血は止まっていないのに今なお止血する様子もなく、激痛が走るだろうに痛がる素振りも見せず、淡々と慎二は述べる。
言っている事は間違っていないが、それでも違和感は拭えない。
ちらり、と凛に視線をやった慎二は、再度鼻を鳴らすと、自分の近くに転がっているベコベコにひしゃげた、丸っこい物体にどっかりと片足を乗っけた。

「……目標が出来たんでね。こっちにかかずらっちゃいられなくなったのさ」
「目標?」
「利用出来る物は、なんだろうが利用する。とっかかりくらいは、まあハンデだよな」
「アンタなに言ってんの?」
「なんでもいいだろ、独り言だ」

ごろごろと、足の裏でブツを転がしながら、慎二は舌打ちを漏らす。
こいつ意外に頑丈だな、という軽口めいた言葉が、虚空に溶けて消えた。

「とにかく、もう聖杯に興味はない。異常だなんだってのもどうでもいい。そっちで勝手にやってくれ。まあ、ウチのくたばりかけがどう動くかは知らないけどな」
「……アンタ、自分がした事忘れた訳じゃないでしょうね」
「ああ? 学校の件か? それで責任を取れって?」

凛が頷こうとした時、慎二の口からふう、と溜息が吐き出された。
そこには、あからさまな呆れが混じっている。
一瞬、むっとした凛だったが、そこで自分が肝心な部分を見落としている事に気づいた。

「バカかい、君は? 取りようがないさ。少なくとも、聖杯戦争中に起こした、魔術が絡む事件に関してはね。犯罪だろうが外道だろうが、神秘は秘匿されるべき。そのために、隠蔽工作する教会の監督者がいるんだ」

つまり、表だって謝罪する事も、賠償する事も不可能なのだ。
聖杯戦争中に起こった魔術絡みの事件は、隠蔽工作によって否応なく、真実を闇に葬られる。
そこに魔術師の流儀が合わされば、自分から名乗り出る事も不可能。結局、慎二が尽くせる誠意の余地など、欠片も残されるはずがない。

「それに、僕が言うのもなんだが、僕絡みで死人は出てない。おそらく軽傷か、重くて数日の入院が関の山。じゃ、どう足掻いても無理さ。真実は無難なものに書き換えられ、被害者はそれを信じざるを得ない。そして日常が戻れば……もう言わなくても解るよな、遠坂」

ぐうの音も出なかった。
しかし、凛の感性からして到底納得のいくものではない。
慎二に言い負かされるのも癪だったが、それ以上に事実に対する憤りが凛の心を焼き焦がす。
その憤懣やる方ない様子に、慎二はふん、とひとつ鼻を鳴らすと、諭すように、そして妥協を示すような口調で続けた。

「……やれやれ。ま、気持ちは理解出来なくもないけどさ。じゃあ、こうしようか。納得いかないんなら、間桐の……――――あ?」
「なによ?」
「いや、あのガキが……」

怪訝な表情となった慎二が指し示す方を見ると。

「わっ、え、な、あ、あああ!?」

なにやらのび太が慌てた様子でおたついていた。
腕には丸められた“おざしきつり堀”が抱えられ、同時に左の手には“スペアポケット”が握られている。
ポケットに仕舞い込もうとしていたところだったのだろう。
しかし、なんだか様子がおかしい。
具体的には、筒状となった“おざしきつり堀”から、ジジジジ、バチバチ、という漏電にも似た音が聞こえてくるのだ。
さらには、焦げ臭い、真っ黒な煙がもうもうと上がっている。さながら銭湯の煙突から、煙が吐き出されているかのようだ。

「え……ちょ、ちょっと!?」

凛はおろか、士郎、セイバー、そして霊体化したままのアーチャーに至るまで、凄まじく嫌な予感を覚えた。
『鏡面世界』ですべてを焼き尽くし、暴虐の嵐を巻き起こした、“地球はかいばくだん”。
額面通りの成果を果たしたであろうそれの余波を防ぐため、のび太は脱出するや即座にスイッチを切らせて、繋がりを断った。
だが、考えてもみてほしい。
地球丸ごと消滅させるほどのエネルギーを、そう簡単にシャットアウト出来るものだろうか。
まして、出入り口は爆弾から五メートルと離れていなかった。
這いずるような悪寒を呼び寄せる、悪夢の方程式。
その答えが、“おざしきつり堀”から齎されようとしていた。

「のび太君、“おざしきつり堀”を捨てろっ!」
「急いで全員、こっちに寄りなさい!」

士郎が叫び、凛が指示を飛ばす。
のび太はすぐさまポイ、と“おざしきつり堀”をその場に投げ捨て、傍らにいたフー子を抱えて走り出す。
セイバーが士郎の襟首を掴み、凛の傍へと即座に退避する。
だが。

「ぐ……ぁ、っが!?」
「慎二!?」

立ち上がろうとした慎二は、半ばまで立ったところでその場にくずおれた。それも当然だ。
感情の昂ぶりによる、一時的なアドレナリンの過剰分泌によって、痛みこそ抑制されていたが、怪我が治った訳ではない。この中で誰よりも肉体、精神共に疲弊している。
さらに最悪な事に、皆から距離が最も離れていたのが慎二だった。
慌てて駆け寄ろうとする凛。
しかし、それよりも早く、“おざしきつり堀”が牙を剥いた。

「きゃあっ!?」
「ぐぁああああ!?」

火薬庫に手榴弾を放り込んだような大爆発。
破片と共に凄まじい衝撃波が撒き散らされ、オーバーロードの爆炎が舐めるように周囲に拡散する。
ビル群を揺らし、紅蓮に染め上げる轟音と閃光に、凛は堪らず、のび太から渡された“バリヤーポイント”のスイッチを入れていた。
たとえ釣り堀のスイッチを切っていたとしても、“逆世界入りこみオイル”の効果は持続したままだ。
つまり、あの『鏡面世界』との繋がりは、完全には途切れていない。
簡単に言えば、見えないシャッターを降ろして世界間を一旦遮断した、というだけの事なのである。
内部からの余りの圧力に、その安全機構も意味をなさず、シャッターを突き破ってこぼれ出し、暴走したエネルギーが爆発を引き起こした。
“バリヤーポイント”の恩恵で、衝撃からも熱風からも、爆炎からも凛達は保護される。
しかし、恩恵を被れなかった慎二は、無慈悲にもそのすべてに晒された。
瓦礫と共に、満身創痍の身体が紙切れか、人形同然に吹き飛ばされる。

「慎二っ!」
「が……っ!?」

凛達から最も遠い位置にいた慎二であったが、同時に爆発地点からも、最も遠い位置にいた。
それが幸いして、汚いボロクズにされる事は免れたが、ビルの壁面にしたたか叩き付けられ、そのまま動かなくなった。
まるで、糸が切れたマリオネットのように。

「おい、慎二!?」
「……無理に動かすな馬鹿者。頭を打っている」

爆風が収まり、凛が“バリヤーポイント”を解除すると、士郎が真っ先に慎二に駆け寄り、抱き起こそうとしたが、アーチャーの叱責がその動きを押し留めた。
慎二の顔には、無数の擦過傷と共に、額から夥しい量の血が、新たに流れ出している。

「気を失ってる……まずいな」

これ以前に重傷を負っている事もあり、急がなければ、取り返しがつかない事態になるかもしれない。
黒い煙がもうもうと立ち込め、爆風の吹き返しに咽ながらも、治療を頼もうと士郎は凛を振り返る。
しかし、凛は士郎を見ていなかった。
その眼は、よく解らない揺らぎと共に爆心地へと注がれている。

「遠坂……?」

つられて、士郎もそちらを見る。
その途端、ぎょっと目が驚愕に見開かれた。

「あ、れは……!」
「なんだと……?」

隕石の落下跡のように、深々と抉れたクレーター。
その中央に、螺旋状に渦を巻く、漆黒の巨大な“穴”がぽっかりと口を開けていた。

「なによ……これ」

人の二、三人は軽く収めきれるほどの大きさ。
壊れかけの空調にも似た、重低音の唸りを上げ、空間を侵食している。
“穴”の周囲で無数の紫電が奔り、黒と白のコントラストが見る者の網膜に残像を残す。
誰の口からも、言葉が出ない。
それはそうだ。
その“穴”から放たれている異質な雰囲気は、この世ならざる物のそれ。こんな感覚は、いまだかつて感じた事はなかった。
近い物ならば知っている。二人の英霊が纏う気配がまさにそれだ。
しかし、この“穴”からはそれよりも大きな、それこそ英霊の気配すら呑み込んでなお押し寄せる、宇宙の津波のような圧迫感を醸し出していた。

「あ……」

時間にして、十秒ほど経った頃だろうか。
唐突に、映りが悪くなったTVのように一瞬、“穴”が揺らめくと、ふっと虚空に掻き消えた。

「…………」
「…………」
「……消え、た」

静まり返った街中。
風に揺らぐ、無事だった街路樹の枝のざわめきだけが鼓膜を揺さぶる。
呆然と、消え去った後の空間を見つめ続ける一同。

「……凛、あれは」

無音の帳を引き裂いたのは、アーチャー。
硬い表情を貼り付けたまま、主に問いを投げかける。
凛は答えを返さない。返したくないのだ。
今までとは桁が違う、何か決定的な物が音を立てて崩れてしまう。
その呼び水を、自分から差し出す訳にはいかない。
脚の骨すべてを引き抜くような、悪寒にも似た負の予感。

「今のは……もしや」
「……言わないで」

遮る。
しかし、その声は弱い。
凛は、おぼろげながらも気づいているのだ。
あの異質な空洞の正体を。
魔術師たちのアイデンティティを根こそぎ破壊する、そのある意味至上で、そして最悪の答えを。

「――――『こ「言わないでッ!!」……む、うむ……」

先程とは違う、怒声にも似た懇願には、弓兵も口を閉ざさざるを得なかった。
異次元間を繋ぐ道具に、地球を粉微塵にするほどのエネルギーの放出。
それが、世界の壁に強烈な干渉と凶悪な負荷を掛け、強引にぶち破ったのだろう。
偶然の産物か、はたまた必然の帰結か。
たしかな事は、世の魔術師にとって『空の上に海が出来る』ような現象がまたひとつ、冬木の地においてなされたという事である。
目撃したのが、士郎と凛……あるいはイリヤスフィール達だけでよかったのかもしれない。
生粋の魔術師であれば、科学の力で奇跡を成した結果に発狂するか、それを通り越して悶死するかのどちらかであったろう。

「……飛び込まなくてよかったのですか?」

魔術師にとっての悲願が目の前にあったのにも拘らず、凛はなんのリアクションも起こさなかった。
士郎はそもそも、そんなものなど求めていない魔術使いなので例外だが、凛は一応、真っ当な魔術師だ。
いくらカタストロフ級の衝撃があったとて、みすみすデカすぎる魚を逃すとは。
ぽつりと囁かれたセイバーの言に、凛は鼻を鳴らした。

「――――冗談でしょ? こんな棚ボタ、見切り品のバーゲンセール以下よ。安い奇跡なんて、お断り。そんなんじゃ、わたしは満足出来ないし、納得もいかない」

高い矜持を持つ、凛らしい答えだった。
思わず目を見開くセイバー。同時に深い、畏敬の念を抱く。

「そうですか……ところで、本音は?」
「うん、実はちょっと惜しかったかも……って、なに言わせるのよ!」
「……成る程、やはり貴女はリンですね」
「どういう意味よ!」

噛みつくように凛が吼えるが、凛以外の人間には、セイバーの言いたい事が手に取るように理解出来た。
漏れ出た本音に、幾分評価を下方修正しつつ、セイバーは別の懸念を口にした。

「それはそれとして……あの巨人はどうなったのでしょうか」
「あっ!」

思い出した、とばかりに叫び声を上げるのび太。
“とりよせバッグ”で警告をしたとはいえ、その時間は五秒もなかった。
果たして、脱出出来たのか出来なかったのか。
その答えは、思いの外すぐに齎された。

「ん? おい、あれ!」
「は……? って、わっ!?」
「あ、ザンダクロスっ!?」

今しがたクレーターの反対側、冬木大橋の傍に浮かぶ、空間の揺らぎ。
そこから、初めてその姿を現した時と同じように、『ザンダクロス(ジュド)』の身体がずぶずぶと表に出てこようとしていた。
しかし、それは完璧な姿で、ではない。

「うわぁ……ボロボロね」
「それだけ際どいタイミングだった、という事か」

まず左腕がなかった。
肩から先が、綺麗さっぱりと千切れ飛び、剥き出しの内部機関が、火花を噴き上げている。
次に、外部装甲が軒並み損壊し、朽ちたバラック同然に剥がれ落ちている。
唯一無事なのは、コクピット周りの胸部周辺くらいだろうか。
頭部は右半分が完全にひしゃげ、デュアル・アイが左側だけのモノ・アイへと変貌しており、その左目にも、大きな稲妻のような亀裂が走っている。
身体各所に仕込まれた内部兵装が、鞘から出した刀のように露出しており、全身のミサイルと腹部レーザー砲が、劣らぬ脅威を誇示して剣呑なぎらつきを放っていた。
総じて評するなら、まさに満身創痍。立っているのがやっと、という有様だ。
よくぞここまで保ったというべきか、まさかこの程度で済むとはというべきか。判断に困る凄惨さであった。

「よく誘爆しなかったな……あんだけミサイル搭載しておいて、あそこまでダメージ喰らってたら、もう既に内部誘爆で木っ端微塵だぞ」
「それで終わるようじゃ、宝具とは呼べないでしょ」
「リルル、リルルッ!? 大丈夫!?」

声の限りに、リルルの名を叫ぶのび太。
すると、ギ、ギ、ギ、と耳障りな金属音が『ザンダクロス(ジュド)』の各所から響き、左目に僅かに光が灯る。
咄嗟に身構えた一同だったが、続く音は、ノイズの混ざった女性の声であった。

『……のび……太……くん』
「リルル!? い、生きてた!」

のび太の表情が、泣き笑いに歪む。
『ザンダクロス(ジュド)』のスピーカーから届く彼女の声が、生存の一報を送った。
しかし、その声には、いささか張りがない。
掠れたようなそれは、彼女の極度の消耗を窺わせる。

「待ってて、今、こっちに!」

叫ぶや否や、“スペアポケット”から“とりよせバッグ”を取り出して、その口を開け、手を差し入れる。
ずるり、と中から、レッドピンクの髪の少女が引きずり出された。
のび太の細腕で、よくもまあ人間一体分の重量を引き上げられたものだが、過去に百キロを超える重量を誇るネコ型ロボットを抱え上げていた事から、実はそこまで不思議はないのかもしれない。

「……ふぅーっ」

深々と、のび太は安堵の吐息を漏らす。
もはや、『鉄人兵団』は存在せず、彼女の身を縛る者はない。
ところどころが、浅く傷ついたり薄汚れたりしているが、深手を負ってはいないようだ。

「……あ、う……く」
「大丈夫っ!? 無理しないで、リルル!」

倒れかけたリルルを、慌ててのび太が支える。
互いに抱き合うような体勢になっているが、身長差でのび太が押し潰されそうな状態になっているのはご愛嬌か。
リルルの身長は、セイバーとおおよそ同じくらいで、のび太よりも、十センチ以上高い。
鈍痛を堪えるように、重く、荒い息を吐くリルル。
ゆるゆると、のび太の肩に預けていた頭を上げると、不意に声にならぬ声で、しかしはっきりと聞き取れる声で叫んだ。

「……だめ、ジュドが!」
「え?」

のび太の頭上に、疑問符が躍る。
しかし、『ザンダクロス(ジュド)』の次の変化を見て、全員が驚愕の渦に叩き込まれた。

「は……おい、今、アイツの中、空なんだろ!?」
「それが、なんで動き出してるの!?」

崩壊寸前のビルが奏でるような、ギリギリという異音が宵闇に木霊し、罅割れたモノ・アイに、禍々しいほどの赤い光が灯る。
重力などないかのように、バーニアの光も発する事なく、ぐんと川から浮上。あっという間に、闇夜の空に巨人の全身が曝け出される。

「何を、するつもりだ?」
「もしや……いや、まさか!?」

セイバーの『直感』が、うるさいばかりに警鐘を鳴らす。
そして、虚空から響いてきたのは、ショットガンのポンプアクションさながらの、連続した金属音であった。
その瞬間、セイバーの顔から一気に血の気が引く。
セイバーの脳裏を掠めたビジョンに、確固とした裏付けがなされた瞬間だった。

「リン、バリアを!」
「まっ、間に合えぇえええっ!!」

合図より早く、半死人と半人前を抱え、凛の下へ跳ぶアーチャー。
凛を中心にバリアの膜が張られるのと、『ザンダクロス(ジュド)』の全身から、一斉に白煙が立ち上るのは、ほぼ同時だった。
無差別にばら撒かれる、百余を超える対人ミサイル。
空中を旋回するように弧を描き、オフィス街に死の弾幕が降り注ぐ。
まさに、大戦中の首都大空襲の再現であった。

「うわわわわっ!?」
「なによコレ!? 当たるを幸い、お構いなしって訳!?」

砕け散ったコンクリートの雨と、紅蓮に染まった大地を舐める爆炎が、悲鳴にも似た二人の声を炎の中へと掻き消す。
道路はアスファルトを飛び散らせて陥没し、ビルは纏わりつく無数の火球によって無残に崩落。電柱も、信号も、街路樹も、等しく半ばからへし折れ、小枝のように吹き飛ばされる。
ここは『鏡面世界』ではない。間違う事なき、現実の世界である。
破壊の権化と化した巨人が、その手で新都の風景を、赤と灰に染め上げていく。

「や……やめろ、止まれ! 止まれぇ!!」

何もかもが灰燼へと帰するその光景は、士郎をして己の始まりたる、過去の情景を思い出させるに十分であった。
せり上がる、灼熱の感情を双眸に漲らせ、士郎は声の限りに叫ぶ。
しかし、そんな事をしても無意味かつ無駄。
それどころか、これも持って行け、と言わんばかりに、『ザンダクロス(ジュド)』は腹部の大砲をぶっ放した。

「ぐあ!」
「眩し……あ、熱ッ!? も、もう壊れかけてるの!?」

光の破城鎚が、のび太達目掛けて真っ直ぐに突き刺さるも、バリアで護られている以上、致命傷にはならない。
だが、バリアの出力とレーザーの威力。どちらが上かと言われれば、当然ながら後者である。
そして、間断ない過剰な負荷は、イージスの盾とも言える“バリヤーポイント”の唯一に等しい弱点。
早くも、凛の手に握られた“バリヤーポイント”からは、崩壊前の異常過熱が始まっていた。
びりびりと揺らぐ、足元の地面。
もはや立っていられず、のび太がリルルを抱えたまま、その場にしゃがみ込んだ。

「ど、どうなってるの、いったい……リルルが動かしてたんでしょ、あれ!?」
「……ジュドを……操縦出来るのは……わたしと……あの、金色の個体、だけ。わたし……は、服従回路、で命令され、てて」
「ふ、服従回路? やっぱり、君はあの指揮官級に、無理矢理従わされてたって事か!」
「わたし、に対しての強制命、令は……音声でしか、出来ない、から。最、初に、『鉄人兵団』、を維持し続けるように、命令、されて」
「成る程。つまり、あの指揮官級が何かしらの命令を下す前に現実世界へ渡り、間、髪を入れずに『鉄人兵団』が全滅した事で、呪縛から逃れた訳か」

仮に『逃げるな』や『裏切るな』という命令を受けていたとしても、現実世界に渡るだけならば、裏切り行為にはならない。
それに、命令で拘束出来るのは、結局のところは肉体のみだ。精神や、自我にまで影響を及ぼす訳ではない。
人が造りだした万物に、完璧などありえない。必ず、抜け道や裏技が存在する。
リルルにとって、指揮官級が敵に意識を取られすぎていた事も、あの狂気の爆弾の起爆五秒前で告げられた脱出のタイミングも、すべてが都合よく作用した。
結果として、今こうしてのび太に抱えられている訳であるが、しかし、今の『ザンダクロス(ジュド)』の暴走はいかなる理由ゆえか。

「事情はおおよそ解ったが、ならばなぜ、あれは無差別に破壊活動を行っている?」
「操縦出来るのは……わたしと……あとひとりだけ。わたしじゃなけれな……」
「指揮官級、と? だが、奴は『鏡面世界』で消滅したはずだ、ッ!? ぬぅ!?」

アーチャーがさらに問いかけようとしたところで、さらに追加で全方位ミサイルの第二射が降り注いだ。
そのうちの十数基が、バリアに直撃。いまだ止まぬレーザー照射の上から、凶悪な負荷がのしかかる。
切れかけの電球のようにバリアが明滅を始め、“バリヤーポイント”の本体から焦げ臭い煙とオレンジの火花が噴き出した。

「ま、まずっ……! フー子、風のバリアッ!」
「フ、フゥ!」
「あとのび太っ、予備の“バリヤーポイント”は!?」
「そ、それが最後です! あとは、イリヤちゃん達が持ってる分しか……ご、ごめんフー子、頑張って!」
「うん!」

瞬時に、のび太とフー子から、淡い光が発せられ、次いでフー子の身体が強烈な光の殻に覆われる。
“竜の因子”を最大限に同期させ、フー子は己が身に生ずる膨大な魔力を、すべて風の力へと変換する。
ボールの中で風船を膨らませるように、バリアの中からドーム状に風の障壁を展開した。
互いの干渉を防ぐため、ふたつのバリアは薄皮一枚の間隔を隔てて接触を免れており、フー子の驚異的な力のコントロールの程が窺い知れる。

「あ、っつう!?」

後は任せたとばかりに、凛の手の中で“バリヤーポイント”が弾けたその時、蛇口を絞るようにレーザーの照射が止む。
同時に、リルルの口から、巨人の暴走の解が齎された。

「緊急……措置。誰も、乗らなかった場合……『鉄人兵団』の、統率者の疑似AIを、頭脳ユニット……の代わり、として、使用するよう設……定されてる。でも、不確定性が……高すぎたから、普段は、ロックをかけて、た、けど……」
「半壊状態の上、唐突に君がいなくなったため、何らかの要因でロックが外れ、暴走を始めた。そんなところか」
「え……じゃ、じゃあ、もしかして僕のせい!?」

のび太の表情が、怯えに戦慄く。
そうとは知らなかったとはいえ、リルルを引っ張り出して、街を滅茶滅茶にする原因を作ったのだ。青くなるのも無理はない。
しかし、アーチャーとリルルは、揃って首を横に振ってそれを否定した。

「ううん……たぶん、そうなるように、仕組まれてたんだと……思う。万が一の、時のために……」
「同感だ。つまり、これは『鉄人兵団』の最後っ屁という事だ。この事態は、起こるべくして起こった。気に病む必要はない」

のび太に対しての気遣いが加味されていたとしても、説得力はあった。
リルルには裏切りの前科があり、かつ、敵対する相手がかつて、彼女の命を以て守り抜いた人間である。信用度は、間違いなく底辺。
『鏡面世界(リバーサル・ワールド)』はともかく、『ザンダクロス(ジュド)』に仕込みをしておくくらいの謀略は働かせていたはずだ。

「さて……それはそれとして、あれはどうすべきか、な。放置は論外。しかしああなった以上、もはや君に御せるとも思えんのだがね」

鷹の視線を『ザンダクロス(ジュド)』へと突き刺し、アーチャーがリルルへ選択を迫る。
コントロールさえ取り戻せば、万事は丸く収まるが、暴走状態の宝具に果たして通用するのか。
こうしている間にも、街は炎と瓦礫の海へと姿を変えつつある。
猶予はない。
唇を噛み締め、僅かに顔を俯けるリルル。
彼女の出した答えは。

「……破壊して、ください」

直接的で、どこまでも確実な方法だった。
いまだ爆炎轟く中、一斉に、彼女に向かって真っ直ぐに視線が注がれる。
サーヴァントにとって宝具は、己の分身にも等しい。それを、自ら壊してくれと願う。
向けられる目の、そのどれもが、彼女に対し問いを投げかけていた。
本当にそれでいいのか、と。

「お願い、します……!」

顔を上げ、決然とした面持ちで言い切るリルル。
無機質で構築された瞳には、眩く、それ以上に強固な意思の輝きが宿っていた。
研ぎ澄まされた大剣を思わせる、視界に入っただけで切り裂かれそうな鬼気迫る気迫。
視線を合わせたセイバーが、思わずたじろぎかけたほどの凄烈さであった。

「……ふん?」

その瞳の中に、もうひとつ、別種の形容しがたい光が紛れ込んでいたのに気付いたのは、渦中においてアーチャーただひとりであった。
いつかの己が抱いた、とある決意の匂い。
それを、半ば本能的に嗅ぎ分けたがゆえに。
だが、彼はそのまま瞑目し、口を真一文字に引き結んで、沈黙を保つ。
尊重か、放置か諦念か。鉄の仮面の表情からは、何ひとつ察せられるものはない。

「――――シロウ、令呪を」
「え……?」

士郎が振り返ると、そこには諸手を順手に重ね、天空へと剣気を迸らせるセイバーの姿があった。
彼女が掴むのは、言うまでもなく己が最強の聖剣である。
既に『風王結界(インビジブル・エア)』が剥がれ始めており、神々しい光が随所から漏れ出している。
セイバーの決断は、後には退けないところまで来ていた。

「何を呆けているのですか。今はもう、人払いの結界はないのですよ。急がなければ、一般人に死傷者が出ます!」
「あ……わ、解った!」

窘められ、やっと意識を平常へと戻すと、令呪の宿る腕を顔の前に翳した。
残る令呪は二画。士郎は、そのすべてを使い切るつもりでいた。
概算して、『ザンダクロス(ジュド)』と『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』は、ランクの上では同格の宝具である。
外装が軒並み剥がれ落ちているとはいえ、万一堪えられでもすれば、何が起こるか解らない。
念には念を、出し惜しみはしない。最大火力の一撃で、この異次元を股にかけた、闇夜の死闘に決着をつける。
覚悟と共に、士郎は声を張り上げた。

「――――残る令呪のすべてを以て命じる! 『ロボットを、光の彼方に消し去れ』!!」

赤い光と共に、令呪が士郎の手から掻き消える。
そして、雲霞が散るように不可視の幕が取り払われ、分厚い白炎を纏った聖剣が姿を現した。
令呪の魔力が、刀身に凝縮されているがゆえの白であり、触れるだけで蒸発しそうなほどの熱気と圧力が、狂暴な渦を巻いている。

「はぁあああああっ!」

セイバーは、“竜の因子”を共鳴させ、さらにそこに魔力を上乗せする。
黄金色の紫電が白炎に絡み付き、輝きがもう一段階、力強さを増した。
これ以上は、剣自体が耐えられないのではないか。
そう錯覚させるほどの威圧感と共に、セイバーは剣を担ぎ上げた。

「フーコ、障壁を解除してください!」
「うん!」

風の障壁が消え、剣気の漲るセイバーの瞳が、虚空の標的を睨み据える。
『ザンダクロス(ジュド)』は滞空状態のまま、再度腹部のレーザー砲にエネルギーを蓄積するが、しかしそれはあまりに遅かった。
『ザンダクロス(ジュド)』最大の欠点は、その極悪なまでの燃費の、エネルギー効率の悪さにある。
特に、攻撃を凌がれた後の先を取られると、武装の関係上、咄嗟の対応が難しい。
ミサイルに限ればエネルギーは関係ないが、装填、ロックオン、発射、着弾と段階を踏むため、やはり即応性は劣る。
加えて総弾数も、格納領域の問題で一門につき十二発までしか発射出来ない仕様なので、後先考えずに撃ちまくれば、すぐさま弾切れで沈黙を余儀なくされるのだ。
極めつけは、切り札である腹部レーザー砲である。
威力こそ申し分ないものの、一度発射するとエネルギー再充填にそれなりの時間がかかるのは、今のこの状況が証明している。

「『約束された(エクス)――――」

火山の噴火さながらに、聖剣が一気呵成に白く、猛々しく燃え上がる。
チャージを中断し、巨人が防御とばかりに両腕を交差させるが、そんなものは気休めにもなりはしない。
それは、剣が振り下ろされた後の光景が証明していた。

「――――勝利の剣(カリバ)』ァアアアアーーーー!!」

迸る、濁流とも呼べる白の閃光。
漆黒の闇をも焦がさんばかりに、彗星の如き剣閃が猛烈な勢いを伴って天へと駆け登り。

「ああ……これで」

両断した『ザンダクロス』を、塵のひとつも残す事なく光の中へ消し飛ばす。

「……ごめんね、のび太くん」
「へ……?」

――――その瞬間、糸が切れたかのように、リルルの身体が膝から崩れ落ちた。





「リルルッ!?」

突然の事態に、のび太は動揺を露わにしながらもリルルを抱え起こそうと、手を伸ばし、抱え込む。
そこで、彼女の異変の一端に気づいた。

「か、軽い……なんで?」

リルルの肉体が、異常に軽いのだ。
人間と違い、鉄で構成されているにも拘らず、リルルの身体は人間並みの重量しかない。
しかし、それでものび太にとっては、自分以上の体重がある事に違いはないのだ。
それがどういう訳か、発泡スチロールの人形を抱えているような重さしか感じ取れなかった。
ぼろぼろに罅割れたアスファルトの上に跪き、困惑の体を晒すのび太の耳元で、リルルの声が震えるように響いた。

「ぜんぶ、壊れちゃったから……」
「え?」



「『命運共同』……宝具がすべて破壊された時、わたしの命は尽きる……」



さっ、とのび太の顔色が青褪めた。
それがリルルの身に巣食った、時限爆弾とも呼ぶべき異常因果だった。

「そ、んな……」
「ごめんなさい、のび太くん……」

うわ言のように、リルルは謝罪を繰り返すが、のび太の耳には届かない。
後味の悪さゆえか、剣を収めたセイバーは、強く眉を顰めている。
他の面子も似たり寄ったりの反応である。唯一違うのは、睨むように僅かに眼を細くするアーチャーくらいであろうか。
しかし、それ以上にセイバー達の胸中を支配しているのは、なぜ、という疑問であった。

「リルル、でしたね。貴女はなぜ、自ら死に急ぐような事を我々に願ったのですか?」

自分の運命を理解していたはずなのに、わざわざ宝具を破壊するよう懇願した。
自殺志願にも等しい行為だ。発想が突飛すぎて、正気を疑うレベルである。
リルルの真意が、誰にも読めなかった。
ゆるゆると、のび太の肩にもたれかけていた頭を上げ、リルルは疑問への回答を発した。

「わたしが……ここにいる意味を、まっとうする、ため」
「ここにいる、意味? それは……」
「のび太くん達を、殺す事。それが、わたしの役割」

不吉なフレーズに、のび太は思わず身を竦めてしまう。
しかし、次に発された言葉で、その硬直も解けていった。

「でも……そんな押しつけられた役割なんて。だから……わたしは……」

自分で自分の成すべき事を見出した、と告げたその時、彼女の身体が、足元から砂のように崩れ始めた。

「リルルっ!」
「まだ、もう、少しだけ……大丈夫、だから。のび太くん。力を、貸して……」
「力……? う、うん。僕に出来る事なら」

戸惑いながらも力強く頷いたのび太に、リルルは淡い微笑みを浮かべると、顔をのび太の耳元へ近づけ、何事かを囁いた。
彼女の声が耳朶を打つ度、焦燥に彩られたのび太の表情が、次第に神妙なものへと変わっていく。

「――――そっか。それが、君の願い……なんだね」
「うん……ごめんなさい」

すべてを語り終えたリルルが、もう一度淡く微笑んだ。
途端、くしゃりと歪んだのび太の顔に、涙が伝い落ちた。

「泣かないで、のび太くん」
「でも……」
「ここにいるわたしは、君の記憶から作り出された幻。本当のわたしは……」
「それでもっ! 僕は……僕はっ……君を、助けたくてっ……君に……ぅむッ!?」

その先を、のび太は告げる事は出来なかった。
なぜなら、リルルの唇によって、のび太の口が塞がれたからだ。
涙が滲んだままののび太の眼は驚きに見開かれ、次いで熱湯に放り込まれたように顔が真っ赤に茹で上がる。
目を閉じる、リルルの表情は真剣そのもので、余人につけ入る隙を与えない。
耳を澄ませば、二人の接合部からは、くちくちと何かが蠢く音が漏れ出している。
事態が呑み込めず、身を固くしているのび太の様子を考えれば、リルルの方に積極性がある事はすぐに見て取れた。

「ん……む」
「な……!?」
「きゃー」

突然のラブシーンに、セイバーは突き放されたような表情となり、凛は口元を手で覆い隠し、士郎とアーチャーは揃って硬直している。
フー子に至っては、恥ずかしそうに目を両手で覆っていた。
一応、同じ行為をのび太としている彼女ではあるが、流石にこれは対象年齢が高すぎたようだ。
知らぬ間に事態はエスカレートし、今度はくちゅくちゅと水っぽいものが混じり合う音が聞こえてくる。
よい子にはとても見せられない、さらにアダルトチックなものへと変貌を遂げていた。

「ん、く……ぷぁっ」

時間にして、たっぷり十五秒ほどが経っただろうか。
ようやく、リルルがのび太の唇を解放する。
互いの口元から伸びる銀の糸が、二人を繋ぐようにアーチを描き、それが行為の情熱度合いを物語っている。
魂が抜かれたかのように呆然としたままののび太であったが、その途端、彼の身体がぼうっ、と淡く光を放った。
その光は、見慣れた“竜の因子”によるものではない。

「え……リルル、こ、これって」
「わたしの、最後の力。死を前にしたその時に一度だけ、わたしの望む相手に祝福を与える……」

既に腰の辺りまで消滅しているが、リルルは弱々しくも毅然と答える。
のび太の身体を支えにして、光の消えぬ真摯な眼を、のび太の瞳に合わせながら。

「しゅく、ふく?」
「ええ。だって、わたしは――――」

その先の言葉は、のび太の耳元で小さく囁かれる。
儚げに微笑むリルルの表情は、のび太の脳裏に、あの教室の窓から見えたリルルの姿を思い出させた。
胸をぎしりと締め付ける、押し寄せる津波のような感情のうねりに、のび太の涙腺が再び緩む。
のび太の様子に、リルルはふわりと慈愛の微笑を浮かべると、視線を別方向へと移した。

「フー子さん」
「フ、フゥ?」
「『その時』が来るまで、のび太くんを護ってあげて」

リルルと、フー子の視線が交錯する。
そこに、何が込められているのか、余人には理解出来ないだろう。
これは、のび太にまつわる因果を持つ者同士の、魂の共感であった。
一瞬が永劫とも思える、瞳の交わり。

「お願い」
「……うん」

リルルの言葉に、フー子は真剣な眼差しで首肯を返した。
フー子の瞳の奥で、凄烈な光がたゆたっている。
リルルが微笑のままに目を閉じると、ぐしゃりと胸元までが一気に消え去った。
別れの時が来たのだ。

「リルルッ!」
「のび太くん……」

悲壮なまでに顔をくしゃくしゃにしているのび太の頬を撫で、リルルはもう一度唇を重ねる。
それは、先程とは違って軽い、そっと触れ合うだけのものであった。



「――――またね」



永遠の別離ではなく、再会を期する別れの言葉。
最後まで、瞳をのび太から逸らす事なく、機械の天使は見る者を癒す笑顔を浮かべて、のび太の腕の中で消滅した。

「リ……――――ッ!?」

叫びかけたのび太の声が、何かに遮られたかのように飲み込まれる。
それは、のび太の身体にいまだ感じる、不自然な重みがそうさせていた。



「――――つくづく、貴方も変わった人ですね……」
「ら、ライダー……さん!?」



そこにいたのは、天馬を駆った騎乗兵。
『メドゥーサ』が、消え去ったリルルと同じように、のび太に縋りついていた。
罅割れた眼帯と、身体のそこかしこに付けられた生傷。そしてバサバサにもつれた長い紫の髪が、彼女の疲弊具合を如実に顕していた。

「ノビタ!?」
「待て、セイバー。構えずとも、奴には既に敵意がない。ただ、消え去るだけの身だ」
「ふふ……笑っても構いませんよ」

自嘲するように力ない笑みを浮かべるライダー。
だが、その有様を見て、まさか笑えるはずもない。
末期の老婆を思わせる声音が、のび太の身を固く強張らせる。
リルルと違って、明確に敵意をぶつけ合った相手である。
すぐにでも首筋に喰いつかれそうな体勢で、そう身構えるなという方が無理な話だった。

「……ライダー、この際だから聞いておくわ」
「……何でしょうか、アーチャーのマスター」
「アンタの本当の主は……誰かしら?」

途端、薄く湛えられたライダーの笑みが消える。
怜悧とも言える凛の視線が突き刺さる中、ライダーの足先が光の粒子となって解け始めた。
バーサーカーの時と、同じように。

「……気づいていたのですか」
「もしかしたら、程度の可能性だったけどね。最初は」
「遠坂、どういう事だ?」
「決定的だったのは、これよ」

そう言って、凛がスカートのポケットから取り出したのは、慎二が持っていたあの赤い本だった。

「あ、その本……遠坂が、拾ってたのか」
「偶然ね。思ったより単純な魔術理論で編まれていたし、ちょっと調べただけで解ったわ。慎二が、令呪によって一時的にライダーのマスター権を委譲された、仮のマスターだって事が、ね」
「そんな、すぐ解るもんなのかよ。他人の家の理論だろ?」
「遠坂の名と、その歴史は伊達じゃないのよ。それで?」

士郎の追及を捻じ伏せ、凛はライダーへ視線をぶつける。
その瞳には、海面に映る月のような、ひどく不安定な光が宿っている。
僅かに逡巡するような間の後に、ライダーの口が動いた。

「……貴女の想像の通りの人物です」
「……そう」

それだけを口にすると、凛は微かに顔を俯け、押し黙った。
無理もない。その言葉は、凛にとって、すべてを知っているぞと言っているに等しいものなのだから。
疑問を差し挟む余地のない凛の居住まいに、士郎は口を閉ざさざるを得なかった。

「――――さて、もう時間がありませんね……彼女の願いは、理解していますが。貴方は、よろしいのですか」

眼帯で覆われた目を真っ直ぐに、のび太へとぶつけてライダーは問う。
光への還元は、既に腰にまで及んでいる。

「……うん。僕は、リルルを信じてるから。ライダーさんは……」
「叶うのならば、これ以上の事はない。たとえ私のすべてを、貴方に捧げようとも構いません」
「それは……別にいらないけど。じゃあ、いきますよ」

言葉と同時に、のび太の手が“スペアポケット”へと伸びる。
のび太の身体を支えにしたまま、頭を垂れるライダーの姿は、裁きを受ける咎人のようであった。

「貴方も、彼女も、優しすぎます……」

そう彼女が呟いた刹那。

「――――ライダー!」

彼方から、十六ビートさながらの速さで足音が近づいてくる。
宵闇を突き抜けて響いたその声は、この場の二人の人間を動揺と驚愕の坩堝に叩き込んだ。

「……っな!? え!?」
「ちょっ……どうしてここにいるんだよ!?」

闇夜の黒に染まった瓦礫の向こうから、ひとつの影が現れるのと、ポケットから抜き出されたのび太の手が動いたのは、ほぼ同時であった。





「――――これにて、第二幕終了、と。『メドゥーサ』の魂、入りまーす。なーんつって」

倒壊を免れた、とあるオフィスビルの屋上にて。
淡い光を放つ、人形入りの水晶球をアンリ・マユは掌の上で転がしながら、破壊の跡を見下ろし、ひとり嗤う。
やがて光が収まると、アンリ・マユは掌中のそれを虚空へと高く、高く放り上げた。
球はそのまま、落ちてこない。

「……さって、今度はアイツだなあ。やれやれ、骨の折れるこって。ま、面白くなりそうだからいいけどよ。次は、『コイツ』でも使ってみるかねえ。ケケケケ……」

聞く者に、怖気と不安を振り撒くような哄笑と共に、その姿は闇に溶けるように消え失せる。
その直前、顔の前でゆらゆら揺すぶられていたのは、薬剤のような液体で満たされた丸底フラスコであった……。





――――ちなみに。





「……ねえ、ジャイアン。しずかちゃん、どうしちゃったんだろ? ちょっと怖いんだけど」
「お、おう……けど、俺にもさっぱり解んねえよ」
「急にむっとした顔したかと思うと黙りこくって、なんだか、背中から変なオーラが出てるように見えるんだ」
「まあ、それは思った」
「そしたら、『……まあ、いいわ』なんてヘンな独り言呟くし。狭いから、先にのび太の部屋に戻ってもらったけど、やっぱり気味が悪いよ」
「つってもなあ……んー、そのうち元に戻んだろ。それよりも、いいかスネ夫。本人の前でそんな態度、間違っても取るんじゃねえぞ。解ったな」
「わ、解ってるよ」
「ちょっとジャイアン、スネ夫くん! こそこそ喋ってないでちゃんとロープ掴んでてよ! “タイムマシン”、もうちょっと近づいて!」

……と、隻腕の女性の回収作業中の“タイムマシン”の上で、そんな会話が繰り広げられていたそうな。
なお、彼女が這い出た後ののび太のスチール机の引き出しには、八本の指の形がくっきり凹んで残っていたのは完全な余談である。










※ステータスに『ライダー?』の項目を追加。






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