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No.28951の一覧
[0] ドラえもん のび太の聖杯戦争奮闘記 (Fate/stay night×ドラえもん)[青空の木陰](2016/07/16 01:09)
[1] のび太ステータス+α ※ネタバレ注意!![青空の木陰](2016/12/11 16:37)
[2] 第一話[青空の木陰](2014/09/29 01:16)
[3] 第二話[青空の木陰](2014/09/29 01:18)
[4] 第三話[青空の木陰](2014/09/29 01:28)
[5] 第四話[青空の木陰](2014/09/29 01:46)
[6] 第五話[青空の木陰](2014/09/29 01:54)
[7] 第六話[青空の木陰](2014/09/29 14:45)
[8] 第六話 (another ver.)[青空の木陰](2014/09/29 14:45)
[9] 第七話[青空の木陰](2014/09/29 15:02)
[10] 第八話[青空の木陰](2014/09/29 15:29)
[11] 第九話[青空の木陰](2014/09/29 15:19)
[12] 第十話[青空の木陰](2014/09/29 15:43)
[14] 第十一話[青空の木陰](2015/02/13 16:27)
[15] 第十二話[青空の木陰](2015/02/13 16:28)
[16] 第十三話[青空の木陰](2015/02/13 16:30)
[17] 第十四話[青空の木陰](2015/02/13 16:31)
[18] 閑話1[青空の木陰](2015/02/13 16:32)
[19] 第十五話[青空の木陰](2015/02/13 16:33)
[20] 第十六話[青空の木陰](2016/01/31 00:24)
[21] 第十七話[青空の木陰](2016/01/31 00:34)
[22] 第十八話 ※キャラ崩壊があります、注意!![青空の木陰](2016/01/31 00:33)
[23] 第十九話[青空の木陰](2011/10/02 17:07)
[24] 第二十話[青空の木陰](2011/10/11 00:01)
[25] 第二十一話 (Aパート)[青空の木陰](2012/03/31 12:16)
[26] 第二十一話 (Bパート)[青空の木陰](2012/03/31 12:49)
[27] 第二十二話[青空の木陰](2011/11/13 22:34)
[28] 第二十三話[青空の木陰](2011/11/27 00:00)
[29] 第二十四話[青空の木陰](2011/12/31 00:48)
[30] 第二十五話[青空の木陰](2012/01/01 02:02)
[31] 第二十六話[青空の木陰](2012/01/23 01:30)
[32] 第二十七話[青空の木陰](2012/02/20 02:00)
[33] 第二十八話[青空の木陰](2012/03/31 23:51)
[34] 第二十九話[青空の木陰](2012/04/26 01:45)
[35] 第三十話[青空の木陰](2012/05/31 11:51)
[36] 第三十一話[青空の木陰](2012/06/21 21:08)
[37] 第三十二話[青空の木陰](2012/09/02 00:30)
[38] 第三十三話[青空の木陰](2012/09/23 00:46)
[39] 第三十四話[青空の木陰](2012/10/30 12:07)
[40] 第三十五話[青空の木陰](2012/12/10 00:52)
[41] 第三十六話[青空の木陰](2013/01/01 18:56)
[42] 第三十七話[青空の木陰](2013/02/18 17:05)
[43] 第三十八話[青空の木陰](2013/03/01 20:00)
[44] 第三十九話[青空の木陰](2013/04/13 11:48)
[45] 第四十話[青空の木陰](2013/05/22 20:15)
[46] 閑話2[青空の木陰](2013/06/08 00:15)
[47] 第四十一話[青空の木陰](2013/07/12 21:15)
[48] 第四十二話[青空の木陰](2013/08/11 00:05)
[49] 第四十三話[青空の木陰](2013/09/13 18:35)
[50] 第四十四話[青空の木陰](2013/10/18 22:35)
[51] 第四十五話[青空の木陰](2013/11/30 14:02)
[52] 第四十六話[青空の木陰](2014/02/23 13:34)
[53] 第四十七話[青空の木陰](2014/03/21 00:28)
[54] 第四十八話[青空の木陰](2014/04/26 00:37)
[55] 第四十九話[青空の木陰](2014/05/28 00:04)
[56] 第五十話[青空の木陰](2014/06/07 21:21)
[57] 第五十一話[青空の木陰](2016/01/16 19:49)
[58] 第五十二話[青空の木陰](2016/03/13 15:11)
[59] 第五十三話[青空の木陰](2016/06/05 00:01)
[60] 第五十四話[青空の木陰](2016/07/16 01:08)
[61] 第五十五話[青空の木陰](2016/10/01 00:10)
[62] 第五十六話[青空の木陰](2016/12/11 16:33)
[63] 第五十七話[青空の木陰](2017/02/20 00:19)
[64] 第五十八話[青空の木陰](2017/06/04 00:03)
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[28951] 第三十四話
Name: 青空の木陰◆c9254621 ID:90f856d7 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/30 12:07





「――――よし、これで直ったハズ」

“復元光線”のトリガーを引くのを止め、ドラえもんはそう呟いた。

『ピピッ、外装復旧率、九十九.八%。現在、バックアップニヨル、データ再構築中……完了。完全ニ復旧シマシタ』

時空間に、“タイムマシン”AIの音声アナウンスが響き渡る。
ドラえもんの手によって、たった今、大破した“タイムマシン”の修理が完了した。
あのボロボロだったボディが嘘のように、まるで新品同然の光沢を放っている。
“タイムマシン”の上に立つドラえもんは、そのまま座席の上に移動して計器のチェックをしながら、

「もう大丈夫だな。みんな、降りてきていいよ~!」

引き出しの前で、“タイムマシン”の修復作業を見守っていたしずか、ジャイアン、スネ夫に声を掛けた。
すぐさま、三人が“タイムマシン”上に飛び降りてくる。
何度も“タイムマシン”に乗り込んでいるだけあって、三人とも危なげがない。

「“タイムマシン”、のび太はどうしたんだ?」
『ピピッ、時空乱流ニ巻キ込マレ、遭難ノ可能性、九十五パーセント、デス』

ジャイアンの質問に、“タイムマシン”は簡潔に答えた。
これで、のび太が“タイムマシン”で事故に遭った事が確定した。
全員の表情が真剣味を帯び、引き締められてくる。

「やっぱりそうだったか……まったくもう、どうしてのび太くんは毎回毎回……“タイムマシン”。その時の状況って、解る?」
『ピピッ、音声データガ残ッテイマス。再生シマスカ?』
「お願い」

ドラえもんからの指示を受け、しばらくして“タイムマシン”のスピーカーからのび太の声が聞こえてきた。



『ねえタイムマシン。あとどのくらいで着くの?』
『――――え、え!? タイムマシン、どうしたの!?』

鼻歌交じりの時空間航海の最中、AIから突如発せられた、時空乱流到来のアナウンス。

『な、なんだってーーーっ!!!?』

甲高く響き渡る絶叫。
裏返った声からは、焦燥と恐怖が如実に滲みだしていた。

『冗談じゃない! どっちにしろ元の時間に戻れないって事じゃないか! ねえ、何とかならないの!?』
『うわーーーん! ドラえもーーーーーん!!!』

悲鳴と轟音、そしてガタガタと何かが揺さぶられるような、異音が混じる。
時空乱流に突入したのだ。

『ううううぅぅぅ……もう、ダメだあああぁぁっ!!! うわああああああぁぁぁーーーーーーーっ!!!!』

“タイムマシン”から引っぺがされたのび太の悲鳴を最後に、音声データは途切れた。



「「「「…………」」」」

四人に声はなく、ただただその場に呆然となって固まっている。
衝撃と、心を塗りつぶされそうな、真っ黒な不安。
去来する精神的激動が、声帯を麻痺させていた。
しずかなどは、今にも泣き出してしまいそうなほどに、瞳を潤ませている。

「……ねえ、ドラえもん。これって、相当マズいんじゃ……」
「……うん」

震えの混じったスネ夫の声に、ドラえもんは生返事を返すのみ。
その視線は、眼前に広がる時空間をじっと見据えている。

「ねえ、“タイムマシン”。のび太くんが行き先に指定していた時代と年号、それと場所は?」
『ピピッ、メインモニターニ投射シマス』

AIからの返答と共に、シートに鎮座するドラえもんの眼下にあるモニターに、時代と年号のデータが映し出された。

「イギリス……か。しかも、この年代という事は……のび太くん、本気だったんだね……はぁ」

ドラえもんの口から軽い溜息が漏れる。
物にもよるが、ちょっとした事ですぐムキになるのは、のび太の悪いクセだ。
今回の一件は、ドラえもんの注意不足も原因ではあるが、のび太のその悪癖が顔を出したせいでもある。

「とにかく、急がないとマズい。時間が経てば経つほど、探せなくなっちゃう。まずは、座標……“タイムマシン”」
『ピピッ』
「時空乱流に遭遇した時の、座標データを出して」
『ピピッ、メインモニターニ投射シマス』

再度、メインモニターに情報が映し出される。
ドラえもんは、そのデータを頭に落とし込むように頷きながら、自分の腹の“四次元ポケット”に手を突っ込む。

「ドラちゃん……どうするの?」
「まず時空乱流に巻き込まれた現場を特定して、そこにある空間のひずみを見つけ出さなきゃいけない」
「空間のひずみ? なんだよ、それ」
「うん。亀裂とか歪みって言い換えてもいいけど、時空乱流が発生したところには、そういうモノが偶に生まれるんだ。時空乱流に巻き込まれた人が、別の次元に放り出されるって事は、そのひずみに吸い込まれちゃったって事なんだよ」
「って事は……」
「亜空間を漂ってるにしろ、ひずみに飲まれてどこか別の場所に落ちたにしろ、手掛かりは現場にあるはずなんだ。とにかく、そこを徹底的に調べてみよう」

そう言ってドラえもんがポケットから取り出したのは、心電図計にアドバルーンが付いたような機械。
“時空震カウンター”、時空間の中を調査する道具である。
七万年前の日本から、時空乱流に巻き込まれて現代に流れ着いた少年、ククルの調査の際にもこれを使っている。

「入力した指定座標に向かって……これを飛ばす。行けっ」

アドバルーンを掴み上げ、ドラえもんは前方の暗闇目掛けて思い切り放り投げた。
勢いよく飛び出したアドバルーンは、そのままフワフワと、川を流れるサッカーボールのように漂い、闇の中へと消えていく。
アドバルーンは観測機器であると同時に、ドラえもんの手元にある機械で操作が可能な端末である。座標入力は済んでいるので、放っておけば、自動的に指定座標まで飛んでいってくれる。

「さて……届くまで、もうちょっとかかるかな。こっちから操作してスピードを上げよう」
「のび太さん、無事かしら……」
「大丈夫だって、きっとよ! ああ見えてのび太は、かなりしぶといからな!」
「だといいんだけどね……」

そんなこんなで、思い思いに語る事しばし。
今まで一定の波形しか示していなかった“時空震カウンター”のモニターに、突如変化が起こった。
ノイズ音の混ざったラジオのように、ジリジリジリジリと妙な音を立てながらの急激な縦波の波形パターン。
どうやら、指定座標にアドバルーンが辿り着いたようだ。

「ここだ! やっぱり、次元の乱れがひどい……もっと詳しく調べてみよう」

ドラえもんは、カチャカチャと計器を忙しなくいじり続ける。
モニター画面が明滅を繰り返し、しずか達にはなんだかよく解らない数式や文字列が次々と下から映し出されては、上にスクロールして消えていく。
意味が解るのはドラえもんと、“タイムマシン”のAIくらいである。

「……あれ?」

と、その時唐突にドラえもんが疑問の声を上げた。

「どうした、ドラえもん?」
「いや、なんか……生命反応があるんだ」

そう言って、ドラえもんが計器を指差す。
三人が画面を覗き込むと、黄緑一色の人形のようなモノが映し出されており、その周囲に、注釈のようなデータがいくつも表示されていた。
時空間に、人が漂っているのである。

「生命反応って、もしかしてのび太さん!?」
「ううん、違うと思う。のび太くんよりもっと、身体が大きい……たぶん、大人の人だ」
「大人? っつー事は、この人も、時空乱流に巻き込まれたってえのか?」
「たぶん、そうなんじゃないの? ドラえもん、その人、どんな人なの? ケガとかしてないの?」
「ちょっと待って……え!?」
「な、なんだ、どうしたドラえもん!?」

スネ夫の言葉に、対象のバイタルデータを抽出したドラえもんは、そのあまりの内容に絶句する。
対象のバイタルは危険の水準を大幅に下回っており、かなり衰弱しているというデータが示されたからだ。
特に循環器系が弱り切っており、早く手当てしなければ命が危ない。
だが、それ以上に、この対象には、明らかに異様な部分が見て取れた。
ゴクリと咽喉を鳴らしたドラえもんが、そっと計器のスイッチを押す。
その途端、画面の人形が、バイタルデータと注釈はそのままに、アドバルーンが捉えている実際のモノへと切り替わった。

「「…………!?」」
「イ、イヤッ!?」

ビクッ、と硬直するジャイアンとスネ夫。
しずかは反射的に目を覆って顔を逸らした。
正直な話、小学生には刺激が強すぎる。たとえ大人であっても、眼を背けたくなるだろう。
それほどまでに、対象の状態は悲惨なものであった。

「……女の、人、だよな。スネ夫」
「う、うん。……でも、腕が……」

濃い茶色のスーツは、擦り切れたように薄汚れ。
ワインレッドの髪の毛は、バサバサに乱れている。
欧州系の整った、中性的な顔からは、血の気が失せており、白磁の肌がより蒼白に染め上げられている。
何より、彼女の片腕は……引き千切られたかのように肩口からなくなっており、そこから夥しい血潮が噴き出していた。

「と、とにかく、早く助けないと……!」

固まる三人を尻目に、どうにかひとり冷静さを失わなかったドラえもんは、その女性を救助するべく、再度“四次元ポケット”に手を入れるのであった……。










――――気が付くと、そこは一面の黒の世界だった。

「……ど、どこなんだ、ここ」

闇の中に、不安に満ちた声が木霊する。
東西南北上下左右、闇、闇、闇の真っ暗闇。一寸先すら見えやしない。
どこが上で、どこが下なのかも解らない。星も、太陽も、塵の一粒すらない宇宙のブラックホールに放り込まれたような気分だ。
自分が立っているのは辛うじて感じ取れる。しかし、一歩でも踏み出そうとすれば、漆黒よりもなお暗い暗黒に飲まれそうで動けない。
闇は、人間を孤独にさせ、絶望の色に染め上げる。
何も見えない、何も聞こえない。解るのは、自分の身体の存在と、心臓の音。そして不安と焦燥に押し潰されそうな、己の心。

「だ、誰かーーーー! 誰かいませんかーーーー!」

精一杯に声を張り上げるも、返事など返ってくるはずもなく。
声も、残響を残す間もなく虚空に掻き消され、すぐさま元の静けさが戻ってくる。
耳が痛くなるほどの静寂。これほど心を黒く塗りつぶすものもない。

「誰か、誰か……誰もいないのーーーー!? ねえ、ねえってばーーーー!!」

足元から血の気が引いていく。
どれだけ声を枯らそうとも、誰にも届かない、聞こえない、孤独。
底なしの恐怖が、じわじわとのび太を侵食していく。

「セイバー! 士郎さん、凛さんアーチャーさんリズさん……! ドラえもぉおおおおーーーーーーーーん!!」

ついに、のび太の限界を超え、親友の名が虚空に消え去った、その瞬間。



「――――るっせぇなぁ。ちったあ、静かにしやがれよ。肝っ玉の小せえヤツだぜ、相変わらずよ」



背後から、そんな声がした。
どこかで聞き覚えのある声。いつ聞いたのかまでは、咄嗟に思い出せないが。
条件反射で、のび太はサッと背後に振り返る。

「だ、誰だ!?」

だが次の瞬間、反射的にすぐさま両手で目を覆い隠した。
のび太の目の前で、真っ白な光が炸裂したのだ。

「うわっ!?」

視界が塗りつぶされ、瞼の上からでも眩しく感じるほどの光が、のび太の身体を白に照らし上げる。
だが、これだけ強い光であるにも拘らず、本来なら肌に感じる筈の熱は感じられない。
そんな正体不明の輝きが次第に鳴りを潜め、おそるおそる翳していた手を降ろすと、

「……な、なんだ、ここ!?」

のび太は、大空洞の中に立っていた。
山の中をドーム状にくり抜いたような、高さも奥行きもある広い空間。
足元にも地面が現れており、のび太の足は大地にぴったりと張り付いていた。
洞窟内を反響する、人の唸り声のような風の音が、耳をざわつかせる。
奥の方には、小高い山とも呼べそうな丘が、壁のように聳え立っており、その平らな天辺部分が煌々と、夕日のように仄暗く、淡い光を放っていた。

「すごい……」
「別にすごかねえよ。こんな、クサれた魔術師どもの産業廃棄物なんざ」

またもあの声が響く。
聞く者を不愉快な気分にさせる、毒の散りばめられた声音。

「にしても、しぶといねオマエも。てっきり最初のバーサーカーとの戦いで、挽き肉になってるモンだと思ってたけどよ」
「――――え!?」

その言葉が、のび太の記憶を揺さぶった。
初めて敵と対峙し、恐怖に負けて逃げ出してしまったあの夜。
蹲り、ベソを掻いていた自分を、心底バカにするように辛辣な言葉を投げかけてきた、姿なき者。
間違いない。

「ひょっとして、あの時の……!」
「ご名答」

今度の声は、のび太のすぐ近くから。
バッ、と反射的にのび太がそちらを振り返ると。

「お、おま、え、は……!」
「よぉ、久しぶりだなぁ……クソガキよぉ」

全身に黒い、不気味な幾何学模様の刺青(タトゥー)を刻み込んだ、黒髪の青年だった。

「……ぅ……ぁ!?」

パクパクとのび太の口が動くが、声帯が役目を放棄したかのように言葉が出てこない。
血で染めたような、赤い腰巻とハチマキ。
両腕の三の腕から手の甲まで、両足の足首から足の半ばまでに巻きつけた、これまた真っ赤な布切れ。
身体に身に着けた全てが赤で統一され、それ以外はすべて黒。
髪の毛、刺青、瞳。そのいずれもが、漆黒よりもなお黒い、暗黒。
星も月もない夜空でも、ここまでの黒には染まらないだろう。肌の色も、全身を覆う刺青のような黒い紋様に塗りつぶされ、よく見えないと来ている。
だが、その異様な風体よりも、のび太を混乱に陥れたものがある。

「ああ、こうしてツラ合わせんのは、初めてだったなぁ。んじゃ、自己紹介といくか」

それは、顔だ。

「曲がりなりにも、ここまで生き延びてこれたテメエに敬意を表し……」

瞳の色や、髪の色など、細かな差異こそあれ。
のび太の目の前にいる人物の容貌は、のび太のよく知る人物のものと瓜二つと言っていいほどに酷似していた。
脳天に雷を落とされたような、不意打ち以上の衝撃。いつしか、のび太の身体が、小刻みに震え始めていた。

「ケケ、その右から左によく抜ける両耳かっぽじって、一言一句漏らさず脳ミソにでも刻み込んどけ。オレの名は――――――」

異形の口が動く。
半月状に吊り上げられた口元が、さらにサディスティックに歪む。



「――――『アンリ・マユ』だ」



見る者すべてに怖気を振りまく、底の見えない嗤い顔。
“衛宮士郎”に似たナニカは、そう自らの名を口にした。










「あ……、安里真由(あんりまゆ)?」
「――――って、おい。オマエ、今ヘンな字あてやがっただろ。勝手にオレを女にすんじゃねえ」

台無しだろうが、とアンリ・マユと名乗ったナニカは脱力したように気の抜けた声を上げ、額を押さえて大仰に天を仰ぐ。
その様子に、のび太は、なんと言っていいのか解らず、ただ、口をあうあうと動かすばかり。

「まぁ……条件次第じゃ、なれねえこたぁねえんだがな」
「……は、え?」
「チッ、なんでもねえよ。……さて、クソガキ。どうやら、思い出したみてえだな。以前、オレと会った事を」
「…………う、うん。バーサーカーと戦ったあの晩、僕をバカにして、“スペアポケット”を放り投げてきた……。でも、あの時は……」
「ああ、姿を見せなかったな。で……だ。実際に目にしたオレの姿はどうよ?」

バッ、と両腕を広げて、自らの存在を誇示するアンリ・マユ。
その顔に浮かぶは薄ら嗤い。柔和とは正反対のそれは、理由もなく根源的な恐怖を煽ってくる。
足元に、影のように纏わせている黒い靄。見ているだけで眩暈がしそうなほど、濃密に凝縮された瘴気がそこにある。
全身のタトゥーからは、重油に塗れた汚泥のような嫌悪感を感じる。刺すような憎悪すら、飛び込んできそうだ。

「……どうして、士郎さんと同じ姿を、してるんだよ。お、お前は士郎さんじゃない。でも、なんで……!?」

そんな人間の道理から完全に外れているようなヤツが、士郎である訳がない。付き合いのあるのび太には、いや、のび太でなくたって、すぐにそれが解るだろう。
しかし、アンリ・マユは士郎と同一人物か、あるいは双子かと見紛うほどに、似通いすぎていた。
繋がりの可能性を切って捨てられないのも、ある意味当然だ。

「――――クヒッ、クヒヒヒヒヒヒ……ヒヒヒハッ、ヒィイアアハハハッハハハハハハハハハッ!!!」

と、突然、気が狂ったかのような高嗤いが辺りに木霊した。
ビクッ、とのび太が萎縮するが、無理もない。
アンリ・マユの嗤い声は、どこからどう聞いても頭のイカれた、狂人のそれと変わりない。
耐性のない人間には、心臓を鷲掴みされるような錯覚すら、覚えるかもしれない。

「ハハッハァハハ……あぁ、予想通りだ。こうも予想通りだと、呆れを通り越して嗤っちまわぁ」
「……ど、どういう意味だよ」
「はん、テメエが単純ってコトよ。さて、質問の答えだが……オレはな、誰かの存在を借りねえと、実在出来ねえ存在なんだよ。この姿は、いわば『着ぐるみ』だな」
「着、ぐるみ?」
「『0』って数字は、『1』という数字があって初めて“存在する”事になる。だからオレは、『1』って皮を被らなきゃ……って、これじゃ解んねえか。そのスッカスカなオツムじゃあ、な」
「むっ」

思わず反論したくなったのび太だったが、まさに図星。
のび太のスポンジ頭は、アンリ・マユの言葉の真意を汲み取る事なく、逆にあっさりと底から染み出してしまっていた。

「ケケ。ま、とりあえず、あの未熟モンの姿をしてなきゃいけねえ事情がある、って事で納得しとけ。身体がなきゃあ、陰でコソコソすら出来ねえんだしよ」
「陰でコソコソ?」

その言葉が、のび太にある光景を思い出させた。
思い起こすのは、今際の際の、バーサーカーの遺言めいたこの言葉。
すなわち、『聖杯戦争には、“闇”が潜んでいる』。
“闇”、言い換えれば『黒幕』だ。
黒幕の仕事は、誰にも気づかれる事なく、自分の有利になるように陰で細工を行う事。
そして、のび太の目の前にいる存在。
明らかに人間ではない。サーヴァントと言った方が、むしろその実態に近いかもしれない。

「……まさか」

カチリ、カチリと。パズルのピースがはまり込んでいくように。
のび太の中で、奇妙な確信が芽生えた。

「お前が……“闇”、なのか?」

声に出した途端、のび太はひぐぅっ、と息を呑んだ。
アンリ・マユが、見る者を完全に呑み込まんばかりの、凄絶な、いや凄惨な嗤い顔となったからだ。
口元は、これ以上ない三日月状。滲み出る瘴気が、盛大にざわめいている。

「ああ、や~っと気づきやがったか。このスカタンが。こんだけアヤシイヤツがいて、そっちの可能性に思い当たらなかったのが不思議でしょうがねえよ。もっとも、ある意味、オレのせいでもあるかもな」
「え……」
「ヘンだと思わなかったか? オレの存在を、テメエの仲間に話すのは止めた方がいいって考えちまうのをよ。あり得ねえだろ、フツー」
「――――あ!」

ハッとする。
のび太には思い至る事があった。
今朝、セイバーに、“闇”について心当たりはないかと尋ねられた時の事だ。
質問をぶつけられた際、のび太の頭の中に、ふとこの男の事が浮かんだ。
だが、のび太はどういう訳か、それを告げるのはまずいと思って、結局口に出す事はなかった。
今、思い返すと、あれはどう考えてもおかしい。
姿も見せず、声だけで干渉しようとしてくるようなヤツなど、怪しい事この上ない。
確証などはなかったが、心当たりはありありだった。そして、容疑者の情報は貴重である。
どうして、自分の胸ひとつに収めておこうなどと考えてしまったのか。

「答えは単純、オレがそう仕向けたからさ。あん時に、ちょっとした暗示を掛けてな。オレの存在を知っていいのは、今んトコテメエひとりだけだ。まあ、自分で勝手に調べる分にゃあ、関知しねえが……」

それが出来るならの話だがな、とアンリ・マユは嘯(うそぶ)いた。

「…………!?」

ハンマーで殴られたかのような衝撃。開いた口が塞がらない。
いかに自分が凡人の中の凡人とはいえ、あの二分にも満たない邂逅の間に、自分に悟られる事もなく、あっさりと完全な暗示をかけてのける。
しかも、バーサーカーの話からすれば、バーサーカーをマフーガにしたのも、このアンリ・マユの仕業だという。
のび太の中の警鐘が、今更ながらにレッドアラートの最大レベルで鳴り響く。
口内と咽喉がカラカラに乾き、手足が小刻みに震え出す。

「な、なんで……なんで、僕だけが?」
「テメエがハデに動けば動くほど、この舞台に波紋が広がるからさ。そうなりゃ、それだけ『世界』の隙も生まれる。その方が、オレにとっちゃあ都合がいいワケ。この世界の異物であるテメエは、いわば『小石』だ。文字通り、『聖杯』に投げ込まれた、な」
「文字通り、って……」
「コトバ通りだ。テメエがこの世界に紛れ込んだ時、最初に突っ込んだのが『聖杯』ん中だったんだよ」
「え……――――ええええ!?」

次々飛び出してくる、予想を飛び越えた真実に、もはや二の句も告げられず、のび太はただただ驚愕の坩堝でのたうつばかり。
嘘を言っている可能性もないではなかったが、おそらくアンリ・マユの言葉には嘘がない。
なぜ、と言われれば、なんとなく、としか答えられないだろうが。
そんなのび太の様子にもお構いなしに、アンリ・マユは澱みなく言葉を並べ続ける。

「そうでもなきゃあ、“竜の因子”なんて目覚めるわきゃあねえだろ。因子自体、元々持ってたっつっても、ほとんど死んだも同然だったんだぜ? テメエが聖杯に落っこちてきたところに、オレがちょこっとテコ入れして、目覚めのお膳立てをしてやったんだよ」
「そ、そんな……! いや、でも……!?」

疑問がどんどん、それこそ収拾がつかない程に溢れ出してくる。
グチャグチャに掻き乱される、頭の中。
先生から課された、どんなに難解な宿題にも、ここまで疑問符を乱舞させた事はない。
ただ、津波のように押し寄せる衝撃と怪奇に、あらかたの恐怖心が流されていってしまっているのが不幸中の幸いではある。
思考の迷宮で、謎の海に溺れるのび太に出来るのは、

「わからない……わからないよ。お前は……いったい、なんなんだよ。聖杯って……――――聖杯戦争って、いったいなんなんだよ!?」

込み上げてくる、形にならない衝動のような問いをただ、アンリ・マユにぶつける事だけだった。

「脳ミソ立ち腐れた魔術師共が作り上げた、サーヴァントを使った生贄の儀式。それが聖杯戦争の真の姿さ」

それも、アンリ・マユにとっては織り込み済みだった……いや。

「くだらねえ……実にくだらねえ話なのさ、これが。いいぜ、クソガキ。知りたいんだったら、教えてやらあ。掛け値なしの真実をよ。時間は、まあそれなりにあるこったしな。ケケケケ……耳の穴かっぽじって、よぉく聞いとけ」

むしろ好都合だったようで。
軽く嗤い声を上げると、暗い愉悦を含んだ声音で、さながら教壇に立つ教師のように語り始めた。

「今からざっと数えて二百年ほど昔、この聖杯戦争の原形が作られた。作ったのは、所謂『始まりの御三家』と呼ばれる一族。すなわちアインツベルン、遠坂、そしてマキリ」
「マ、マキリ……?」
「マキリっつうのは外国から日本に移住した魔術師の一族でな。日本に居ついた際、日本風に名を変えて、間桐(まとう)って名乗るようにしたんだよ」
「間桐? え、それじゃあ、まさか!?」
「そう。間桐ワカメ……じゃねえ、間桐慎二のご先祖様だ。つっても、つい最近まで生存してたんだがな。間桐臓硯……本名、マキリ・ゾォルケンって名前なんだが、コイツ、魔術の力で五百年、生き永らえてやがったのよ」
「五百年!?」
「まあ、もうこの世から退場しちまったけども――――っとと、話が逸れちまった」

あんな蟲ジジイなんざどうでもいいんだよ、と髪の毛を乱雑に掻き毟り、アンリ・マユは溜息を漏らす。

「続けるぜ。聖杯戦争を作り上げるにおいて、アインツベルン、遠坂、マキリはそれぞれ役割を受け持った。アインツベルンは降臨する聖杯の器を、遠坂は聖杯降臨のための土地を、マキリはサーヴァントや令呪のシステムを、それぞれ提供する事になった。そこまではいいんだが……」
「……だ、だが?」
「この『聖杯戦争』っつう名前はな。この六十年後に付けられた、いわば『隠れ蓑』なんだよ」
「へ……な、なにそれ?」
「最初に言ったろ。『サーヴァントを使った生贄の儀式。それが聖杯戦争の真の姿』ってよ」

肩を竦め、冷めきった表情で、アンリマユは首を横に振る。
呆れや侮蔑を通り越して、いっそ滑稽だとても言わんばかりだ。

「魔術師は、一部の例外を除いて、この『世界』の外側にある『根源』っつうモノに至る事を目指している。『根源』がなんなのかってえのは……ケケケ、言ってもテメエにゃ大して意味がねえな。どうしても詳しく知りたかったら、あとでツインテールの赤い小娘にでも聞くこった。とりあえず、魔術師がどれだけ努力しても、永遠に辿り着く事の出来ない場所だって事で納得しとけ。実際、それで間違いねえしな」
「…………う、ん。それで?」
「御三家の人間はな、『根源』に至るために英霊を利用する事を思いついたのさ。『根源』と同じく、この『世界』の外側にゃ、『英霊の座』ってのがあってな。サーヴァントに代表されるような、この世に現れる英霊は、この『英霊の座』からコピーされた一種の『分身』のようなモンなのよ。ある一定の条件を満たすと、この分身が『世界』の壁を越えて、この世に現れる訳さ。で、分身が役目を終える、または死ぬ時、肉体はこの世で滅びるが、その魂は『世界』の壁を越えて、再び『英霊の座』に戻っていく。……ここまで聞けば、なんかピンと来ねえか?」

意味深な、しかしどこか人を小馬鹿にしたような表情のアンリ・マユ。
水を向けられたのび太だが、すぐに答えられる訳もなく。

「……ん、ん~、っと……?」

腕を組み、首を捻って、その場でしばしの思索に耽る。
混乱と驚愕の連続で感覚が麻痺しているせいもあるだろうが、聖杯戦争を裏から操る黒幕を前にして、ここまで沈思黙考出来るというのもある意味、驚嘆に値する。

(生贄の儀式、って言ってたよな……で、『世界』の外側にある『根源』と『英霊の座』……えーと、つまりサーヴァントとして英霊を呼び出す事で、壁を越えて『根源』に辿り着ける?)

キーワードを羅列し、どれをどうすれば繋がりを持たせられるのか、片っ端から試行錯誤を繰り返す。
ああでもない、こうでもないと、連想ゲームのように論理の骨子を単純かつ大胆に組み上げ。

(……いや、違う。逆だ。『根源』に辿り着くために、英霊……サーヴァントが必要なんだ。で、英霊が死んだ時、魂は『座』に戻る訳で…………ん?)

ぐるりと発想をひっくり返して、違う視点から見つめ直す。

(死ぬ……生贄……儀式……聖杯、サーヴァン、トは…………、ッ!?)

そして、のび太は。

「も、もしかして……!」
「――――ヒヒッ」

答えに、辿り着いた。

「おおよそ、テメエの想像通りだ。死した七騎のサーヴァントの魂。それらが『英霊の座』に還る性質を利用して強引に『世界』の壁をぶち破り、一気に『根源』へと辿り着く。そのための装置が聖杯であり、令呪であり、サーヴァントってワケさ」

クツクツ、と低く嗤うアンリ・マユ。
知らず、干上がりかけていたのび太の咽喉が、ゴクリと音を鳴らした。

「じゃ、じゃあ、令呪ってひょっとして……元々、サーヴァントを殺すためのもの……?」
「おお、ご明察。本来、人間の手には負えない存在である英霊を、サーヴァントっていう枠に押し込め、問答無用で自殺するように令呪で命令する。そうしてサーヴァントが死ぬ事で、最終的に聖杯が完成するって寸法さ。サーヴァントが最後の一人となった時に、聖杯が現れるんじゃねえ。サーヴァントが死んでいく度に、その魂を材料として一歩、一歩と聖杯が作られていくんだよ」
「そんな……! で、でも、聖杯って願いを叶えるモノなんだろ!? それはどうなるんだよ!」
「あー。ありゃあ、言ってみればキャラメルについてるオモチャみてえなモンだ。つまり、単なるオマケだよ。オ・マ・ケ。死んだ英霊の魂ってのは、何にも染まってない、無色透明でベラボーな量の魔力の塊でもあるんだぜ。しかもそれが七つだ。人間や英霊が望む願い事くらいは、『世界』の壁に風穴開けた、その魔力の余り分だけでも十分なのさ。まあ、基本的にどんな願いでも、計るのもバカらしいくらいの魔力でゴリ押し出来るって考えていいぜ」
「な、なんだよそれ……」
「ちなみに、単に願いを叶えるだけなら、サーヴァントを全部つぎ込む必要はねえ。英霊の格にもよるが、五体とか六体でも聖杯は、一応現れる。サーヴァントとして呼び出される英霊は、大半がその願いを叶えるっつーオマケにつられて、ホイホイ召喚に応じるんだよ。自分の魂が、聖杯の糧にされる事も知らずにな。テメエの大好きなアーサー王なんかは、そのクチだ。生前から、部下に聖杯を探させてたくらいだからな」

それはのび太も知っている。
アーサー王は、ヨーロッパ各地を支配下に置く傍ら、配下の騎士に聖杯探索を行わせていた。
しかし、結局聖杯は見つからず、ヨーロッパ全土を平定した直後に起こった、息子モードレットの反乱、『カムランの戦い』で国も騎士も民もすべて失い、アーサー王の命は尽きてしまった。
セイバーがこの聖杯戦争に参戦しているのは、裏を返せば死してなお、聖杯を手にする事を強く望んでいるという証左でもある。
だが、真実を耳にした今となっては、なんだか裏切りを働いたような感じで、いたたまれなくなってしまう。
そこまでして、叶えたい願いというのはなんなのか解らない事も、それに一層の拍車を掛ける。

「聖杯は、厳密にはふたつあってな。ひとつは『小聖杯』。願いを叶え、『根源』への道を作る聖杯。一般的に“聖杯”って言われてんのはこれだな。アインツベルンが準備する『器』に、サーヴァントの魂が注ぎ込まれる事で完成する。そして、もうひとつが『大聖杯』。サーヴァントや令呪のシステムをコントロールしてる聖杯だ」

のび太の葛藤を余所に、アンリ・マユの語りは続く。
自分の意思とは無関係に、のび太の耳は一言一句も漏らす事なく、アンリ・マユの言葉をどんどんと頭に刻み込んでいく。

「この『大聖杯』は、冬木の霊脈から流れ込んでくる魔力を使って動いている。オレの後ろにある、ぼんやり光ってるヤツがそれだ」

振り返ろうともせず、半ば投げやりに、親指で背後を指し示すアンリ・マユ。
淡い光を放っていた丘の天辺が、僅かに強い光を放つ。

「まあ、そんなこんなで、準備を整えた御三家は、早速生贄の儀式に取り掛かった。――――ところが、だ」

再び、アンリ・マユの表情がサディスティックに歪む。

「サーヴァントを呼び出した途端、御三家の連中は、互いに殺し合いを始めやがったのよ」
「こ、殺し合いって……」
「『根源』に至るのは我々だ、願いを叶えるのは私だ、ってな。とにかく、聖杯を独り占めしようと躍起になって、それぞれがそれぞれにサーヴァントをけしかけたのさ。で、結果は全滅。マスターもサーヴァントも、み~んなおっ死んじまって、結局聖杯は現れず。全部おじゃんで、はい終了、と」

ボン、と右手で物が弾けるジェスチャーを交え、ケタケタ嗤うアンリ・マユ。
のび太の咽喉から、なんとも言えない、乾いた呻き声が漏れる。

「これじゃいくらなんでもマズい、っつー事で、六十年後の第二回目からは、テメエらがよく知ってる『聖杯戦争』のルールが作られ、それに則って儀式が行われた。監督役なんかの御三家以外の魔術師も絡みだしたから、本来の目的のカモフラージュも兼ねてな。そうでもしなけりゃ、魔術協会や聖堂教会に『根源』への可能性を嗅ぎ付けられちまう。そしたら『トンビにあぶらげ浚われる』結果が待ってんのは、目に見えてっからなぁ」

やれやれと首を振った拍子に、アンリ・マユの髪の毛がザワザワと音を立てる。
おそらく、触ればやたら硬質な手応えがするだろう。

「裏切りだ、仲間割れだ、反則召喚だと、まあ、色々あって、二回目、三回目と聖杯は完成しなかった。で、今から十年前の第四次聖杯戦争で、ようやく聖杯が姿を現した」
「……十年前?」

ふと、のび太の記憶に引っ掛かるものがあった。
以前セイバーが言っていた、士郎の義父でイリヤスフィールの実父である衛宮切嗣が、現れた聖杯をセイバーに破壊させたという話を思い出したのだ。
どうすべきか一瞬迷ったが、口は勝手に言葉を作り出していた。

「でも……壊されたんだろ、士郎さんのお義父さんに。そもそもなんで壊しちゃったんだよ。お前、なんか知ってるんだろう」
「まあな」

不敵な嗤い顔を崩さぬまま、アンリ・マユはそれだけを口にした。

「知りてえか?」
「…………!」

キッ、とのび太の目が、アンリ・マユを睨みつける。
そんなの当たり前だ、と視線が激しく訴えている。
だが、そんなものにアンリ・マユがたじろぐ訳もなく。

「おいおい、んな必死なカオしてんじゃねーって。誰も教えねえたあ、言ってねえだろ」

鼻で嗤ってあっさりと受け流し、

「ま、簡単に言やあ、聖杯は『破壊』に関する事のみ、正確に願いを叶える性質(タチ)になっちまってるのさ」

なんでもない事のように、爆弾を放り投げた。

「え……ど、どういう意味さ?」
「第三次聖杯戦争で、『大聖杯』にちいとばかり『事故』が発生してな。それを放置しっ放しだったから、聖杯の機能が一部狂っちまったのよ。願いを『破壊』の形で実現するように、ベクトルがずれて固定されちまったのさ」
「べ、ベク……? う、う~んと……えと、『破壊の形』って……いったい、どんな?」
「ん? あ~、例えば『誰かに勝ちたい』って願いだった場合、その誰かを殺すという形で願いを叶える。あるいは『世界を征服したい』とかだったら……自分に刃向うヤツら全員を抹殺しちまうかな、たぶん」
「…………な、んだって!?」

足元が、音を立てて崩れるような感覚に襲われる。
そんな不良品(モノ)、断じて聖杯などとは呼べない。
非常に効率のいい、ただの殺人マシーンではないか。
声もなく、のび太は、その場に呆然と立ち竦む。

「十年前に聖杯が顕れた時は、勝ち残った最後の二騎……セイバー、アーチャーの戦いの真っ最中だった。で、事もあろうにアーチャーのマスターが、無意識のうちにこんな事を願っちまった。『いっそ目の前の敵が、居なくなってしまえばいい』ってな。その願いに反応した聖杯が、そこに住んでいた人間を悉く焼き尽くした」

凄惨な内容にも拘らず、アンリ・マユの口調は毛ほども乱れない。
むしろ、調子がいいようにさえ感じられる。

「セイバーのマスターは、聖杯戦争の中で知っちまったんだよ。聖杯がそういうモンに変わってるって事をな。だからセイバーに聖杯の破壊を命じた。一歩遅かったけどな。気がついたら、辺り一面火の海だ。ケケ、そりゃアセったろうぜ。『この世から争いをなくしたい』……なぁ~んて青臭ぇ誇大妄想ひきずってたヤツが、間接的とはいえ、周囲の無関係な人間皆殺しにしてんだからよ。生きてるヤツがいるかさえアヤしい状況の中、必死に走り回って、奇跡的にひとりだけ生き残ったガキを見つけた。それが……このカオのオリジナルってワケさ」

片目を閉じて、アンリ・マユは、自分の顔を指差した。
オリジナル、つまりは士郎、という事なのだろう。
示された真実の断片が繋ぎ合わされ、のび太の頭脳は、ようやく相手の言わんとする事のすべてを受け入れた。
だが、それは同時に重い絶望となって、のび太の心に容赦なく襲い掛かってくる。

「そんな……じゃあ、もう願いは……!? なんだよそれ!」

自分達は、いったいなんのために殺し合いなどやっているのか。
膝から崩れ落ち、蹲ったのび太の悲痛な叫びが、大空洞に木霊する。
サーヴァントは、聖杯を作るためのただの生贄として呼び出され。
マスターは、サーヴァントをこの世に定着させるためのパーツ以上の価値はない。
しかもすべての敵を蹴落とし、聖杯を目の前に顕す事が出来たとしても、叶えられるのは誰かの『死』だけ。
これでは誰も報われず、救いも何も齎さない。
『根源』へ至るという当初の目的も、時の彼方に置き去りにされ、聖杯が狂った今となっては、仮に実行しても達成出来るか怪しいものだ。
もはやこの戦争は、惨劇を生み出すだけの茶番劇へと成り下がっている。
悔しさ、哀しみ、怒り、諦念。
それらの入り混じった拳を、感情のままに地面に叩き付けんと、のび太は拳を振り上げ。

「――――で、本題はこっからだ」

アンリ・マユの次なる言葉が、のび太の八つ当たりを挫いた。

「オレがこいつをなんとか出来るっつったら……どうする?」

ギシリ、と硬直するのび太の身体。
俯いていた視線が、ゆるゆると持ち上がっていく。
そこには、腕組みをしたアンリ・マユがニヤニヤと、相変わらずの嗜虐心溢れた嗤い顔で見下ろしている。

「……出来る、の?」
「ああ」
「ほん、とうに?」
「ああ」

泰然と肯定するアンリ・マユ。
嘘や虚勢ではない、本物の自信に満ちた声音だった。
――――だからこそ、解せない。

「…………なんで」
「あん?」
「なんで、そんな事……出来るんだよ」
「そりゃ、企業秘密。ただ言えるのは、出来もしねえ事を胸張って言えるほど、オレの神経は図太くねえって事だな。ケケケケ」

いったいどの口が言うのか、と突っ込まれんばかりの事をのたまいつつ、アンリ・マユはケラケラと嗤う。
その瞬間、弾かれたようにのび太が立ち上がった。

「お前……お前、いったいなにがしたいんだよ! 僕をこんなところに連れてきたり、バーサーカーをマフーガに変えたり……いや、それ以前に! そもそも、なんでお前がマフーガを知ってるんだ!? なにが目的なんだ!? 答えろよ!!」

荒れる心のそのままに、筋道立たない言葉をぶつける。
この男の言葉で解った事も多い、だがそれでも圧倒的に解らない事が多すぎた。
聖杯戦争の真実。色々とショッキングではあったものの、それでも何も知らないよりはずっとよかった。
士郎の過去。本人の許可なく知ってしまった事に、若干の申し訳なさを感じはするが、やはりこれも同じ。
だが、この黒幕が如何なる存在で、どういう意図で暗躍しているのかだけは、どうしても掴めなかった。
強いて言うなら、自分をダシに遊んでいるとしか思えない。
こうして自分にだけ姿を見せたり、真実を暴露したり、やたらと自分の事に詳しかったりと、執着を持っているのは解る。
ならば、なぜそこまで自分の詳細を知っているのか。
こうも自分に執着しているのか。そして、自分に何をさせたいのか。
のび太の疑念、そして敵意は、際限なく膨れに膨れ上がっていた。

「――――――……ふん」

のび太を見据えたまま、アンリ・マユは薄嗤いを浮かべ、軽く鼻を鳴らす。
そして。

「『復讐』さ」

その二文字に、己が行動理由を集約した。










「……ふ、復讐、だって?」
「ああ、そうだ。なんたって、オレは、“アヴェンジャー”だからな」
「ア、アヴェンジャー……?」
「ヒィハハッ、こんなゴミ以下の価値もねえ茶番を、徹底的にぶち壊してやるのよ。“三回目”で、オレをダシなんぞにしやがったのが運の尽き。オレを利用した、そのオトシマエを付けさせてやんのさ。この戦争の根の一筋から枯れ葉一枚に至るまで、一切合財――――すべてを闇に飲み込んでやる」

悪意と憎悪に濁った瞳。
底の知れない、昏い敵意と捻じれた喜悦に表情を歪めて、アンリ・マユはそう吐き捨てた。
マグマで煮詰めたタールのような視線に、知らず、のび太の身体は射竦められてしまう。

「時空乱流に巻き込まれたテメエが『大聖杯』の中に落ちてきた時、オレは、テメエの経験と記憶のすべてを読み取った。サーヴァントのクラス枠を利用してな。オレと聖杯には、海よりも深ァい繋がりがあるからなァ。それくらいはワケないんだぜ? 『コイツぁ使える』と思ったね。クソガキ、お前は確かに魔術の適性はねえ一般人(パンピー)だし、実力も論外だ。弓兵(アーチャー)クラスの射撃が出来る点は花丸モンだが、それも、相応の武器がなきゃあ、大した事は出来やしねえ」

とんでもない暴露話を始めたアンリ・マユ。しかも罵詈雑言つきで。
臓腑を引き抜かれたような心地の中でも、のび太の耳と脳はやはり忠実に、主の心境とは無関係に言葉を拾い上げ続ける。

「だが、そこは問題じゃねえ。オレがテメエに期待したのは、テメエのひみつ道具と、この世界にとってのイレギュラーっつう、都合二点の事実。テメエが生き足掻けば足掻くほど、この第五次聖杯戦争の“運命”が揺らぐ。『世界』は異物を排除する習性を持つが、大した魔力も神秘も頭脳も実力もねえお前は、粛清対象にもなりゃしねえ。ネックはひみつ道具だが、元々『世界』は科学にゃあ、神秘ほど干渉しねえからな。んで、大木を根っこから引っこ抜くには、まずは木を揺らさなきゃならねえ。そして揺らすためには、ある程度の準備が要る。それが……」

一呼吸分の溜めを差し挟み。

「サーヴァントの『表裏反転』だ」

右手で裏表を入れ替えるジェスチャーをした。

「表裏……反、転? それが……バーサーカーを、マフーガに……」
「そういうこった。これだけでも、聖杯にゃ相当な負担になるんだぜ? それに、今回のサーヴァント共は強ぇヤツから皮肉の効いてるヤツまで、粒が揃ってたからな。テメエの記憶にあるバケモン連中を再現する事は可能だった」
「……他のサーヴァントも、変えるつもりなのか?」
「さてな。ま、その辺は乞うご期待、っつー事で、楽しみにしとけや。退屈はさせねえぞ? 祭りはハデであればあるほど面白い……デカい花火にパレードもあるぜ、ケケケケ……!」

そう言って一頻り肩を振るわせた後も、アンリ・マユの口は動き続ける。

「実際、大したモンだったぜ。『ヘラクレス』を『マフーガ』に変異させた時の、そして『マフーガ』が消滅した時の揺らぎようはな」
「…………」
「で、だ」

そして一転、表情を真剣な物へと変え、唐突にこんな事を告げた。

「クソガキ。テメエにチャンスをやる」
「……チャンス?」
「ああ。お前の望み、それを叶えるチャンスをな。帰りたいんだろ、元の世界によ」
「…………!」

帰りたい。それが自分の願いであり、士郎がその身を危険に晒してまで、聖杯戦争に身を投じた理由。
そのチャンスがあるのなら、願ってもない話だ。
――――が、しかし、のび太の表情はというと。

「……言ってる事が滅茶苦茶だ、ってツラしてやがるな。まあ、そりゃそうか。聖杯戦争ぶっ壊そうってヤツが、願いを叶える聖杯をやろうっつってんだからな。けどな、それほどズレてるワケでもねーぞ」
「え?」
「どんな始末の付け方かは言わねえが、ぶっ壊すとなりゃあ、結局はサーヴァントを消さなきゃいけねえの。だから、聖杯が現れんのは当たり前なんだよ」
「あ……そうか」
「ただし……『条件』があるけどな」

『条件』という言葉に、のび太はビクッ、と一瞬、身構えてしまう。
いったい、何を要求されるのか。
この男の事の言だけに、凄まじくイヤな予感が絶えない。

「とりあえず……だ。この場所まで辿り着け」
「――――…………、はぁ?」

トントン、と足で大空洞の地面を踏んで示したアンリ・マユ。
のび太の口から、拍子抜けしたような間の抜けた声が漏れる。

「そ、そんな事で……?」
「言っとくが、口で言うほど簡単じゃあねえぞ。最低条件は、ここへ辿り着く最後の瞬間まで生き残る事。ヒントは、この光景だけだ。しかも、この件に関しちゃあ、テメエのポッケにナイナイしてるひみつ道具も役に立たねえ。道具の力で直接探り出そうなんてのは、不可能だ」

釘を刺すように、チチチと人差し指を振るアンリ・マユ。
これを士郎がやるのなら、人好きのするお兄さんといった様相だが、この男の場合は、むしろ悪魔のからかいか嘲りと言った方がしっくりくる。

「そのくらいの“縛り”がなきゃあ、面白くねえ。第一、んなチートでもされた日にゃあ、“運命”はピクリとも動いちゃくれねえんだよ。テメエの仕事は、せいぜい気張って生き延びて、この戦争の“運命”を引っ掻き回して揺るがす事。どうせテメエらは、参加したサーヴァント“全員”と大立ち回りする事になるだろうからな」
「……ど、どういう意味さ!?」
「ついでに、“ここ”での出来事は、絶対に誰にも話す事は出来ねえ。まだテメエに掛けた暗示は続いてるからな。誰かに話して助けてもらおうってのは、あんまり期待しないこった」

のび太のアドバンテージの悉くを封殺済みとの通達。まさに雁字搦めである。
事は、子どものお使いレベルを遥かに超えている。
ほぼノーヒントで、道具の力にも頼らずゴールを探し当て、辿り着け。それが成さなければ、聖杯は狂ったまま。
しかも、直す本人は聖杯戦争など完膚なきまでにぶっ壊すなどと宣言している。
こんな、核弾頭よりも危険で、狂人以上にイカれた黒幕の言葉の信用度など、はっきり言ってゼロ以下である……しかし、他に選択肢はない。
というよりは、乗らざるを得ない。
取引をしているような口ぶりだが、これは紛れもない『命令』だ。
今ののび太は、釈迦の掌上の孫悟空同然。選択の余地など、どこにも存在しない。

「ま、当面はただ生き残ってさえいりゃいいんだが……オレもそこまでオニじゃねえからな。感謝しな、一応、救済措置を用意してやった。“竜の因子”を、テメエの身体から引き摺り上げたのもそのひとつだ。他にもあとふたつばかりあるが……そいつらは、そん時になりゃあ勝手に手元に来るだろうよ。どう扱うか、どこまで扱えるかはお前次第だ」

そこまで一気に言い切ると、アンリ・マユは右手を天高く掲げ、中指と親指をピタリと重ね合わせる。

「…………?」

のび太が訝しんだのも束の間。
指同士が素早く擦り合わされ、パチンという音が打ち鳴らされるのと同時に。

「――――ケケ、『チン・カラ・ホイ』」

唱えられる呪文。
その瞬間、大地が大きく波打った。

「え、う、うわわわわっ!?」

立っていられない程の揺れ、のび太はその場に膝を付く。
轟々と唸りを上げ、鳴動を続ける地面。天井からはパラパラと石や砂利が落下してくる。
時折、鉄を引き裂くような異音があちらこちらから木霊し、のび太の恐怖をかき鳴らす。

「な、なんだ!?」
「話はここまで。そろそろ夢から覚める時間っつーこった」
「ゆ、夢……!?」
「ああ、ただいま絶賛気絶中の、お前の夢に割り込ませてもらった。夢っつっても、この内容は現実のモンだ。夢オチじゃあねえ。そこはカン違いすんなよ」

アンリ・マユの口から言葉が吐き出される度に、揺れはますます大きく、凄まじさを増していく。
さながら、地下核実験によって引き起こされた人為的な大地震。
地面にも壁にもみるみるうちに亀裂が走り、落下物の数も体積も質量も、飛躍的に増加する。
のび太の周囲にも、不思議と当たりはしないが、砕けた大岩がいくつも落ちてきている。
断末魔もかくやと言わんばかりの地響きを上げて、崩壊を始める大空洞。このままいけば、大量の水を掛けられた砂のお城よろしく、ぐしゃりといってしまうだろう。

「な、ま、待って……わわ、っとと!? まだっ、聞きたい、事が……!」
「ああ、そうそう。コイツはサービスだ。テメエらが学校でやり合ったライダーのサーヴァントな、正体は『メドゥーサ』だ」
「なにを言……メ、ドゥーサ? 『メドゥーサ』だって!?」
「テメエにとっちゃ、なじみの深いヤツかもな。石化させられたのは、たしか今回で二回目だったか? “ゴルゴンのくび”は、自力でどうにかしてたからな」

ビシリ、という何かが盛大に避ける音。
地面に、無視出来ない程の巨大な稲妻状の亀裂が走る。
最早、しゃがみ込んですらもいられない。のび太は、カエルのように顔を青くして必死に地面にへばりつく。
対して、アンリ・マユは腕組みしつつ、二本の脚で大地を踏みしめ悠然と直立している。
まるで、そこだけ地震と切り離されているかのように。

「『メドゥーサ』の持つ宝具は三つ。ひとつ目が有名な、石化の魔眼……正確にゃあ、それを隠してるアイマスクだが。ふたつ目が、穂群原学園に仕掛けた吸収型結界。で、最後が……天馬を御する手綱」
「おわっ!? ……て、天馬? って、なにさ!?」
「ああ? んな事も解んねえのかテメエ。ペガサスだよ、ペガサス。ペガサスはゴルゴン……『メドゥーサ』の斬り落とされた首から生まれたっつー伝説知らねえのか? ま、そっちはマイナーっぽいから知らなくても無理はないか」
「ペ、ガ、サス……!?」
「言っとくが、いつぞやテメエが生み出したバッタもんの零歳馬とはワケが違うぞ。ミジンコとドラゴンくらいにな。向こうのは、神話の時代から存在し続けてきた『幻想種』だ。格どころか存在そのものが違うのよ。近づくだけでミンチにされるかも解らねえな」

ついに辺りの地面が隆起し、そして陥没する。
周囲の壁も既に球状を留めてはおらず、岩で盛大な雪崩を引き起こしている。
際限なく唸りを上げる地鳴りが、終末へのカウントダウンを告げる。

「さあ、目が覚めたらそこは死亡フラグが満載の、面白可笑しくもお優しくない現実だぁ! クソガキ……いや、野比のび太!! このクソッタレな聖杯戦争を、力の限り生き抜いてみやがれ!! オレの掌の上でなぁ!! そしてこの『幕引きの場所』まで辿り着き――――――」

その先を、のび太の耳はよく聞き取れなかった。
ドンッ、とミサイル爆撃のような一際強く、激しい大地の突き上げ。
とうとう大地が完全に引き裂かれ、のび太の真下にぽっかりと漆黒の闇が口を開いた。

「う、うわぁあああああああーーーーーー!?」

絶叫は、崩落の轟音の中に掻き消え、崖から手が離れるように背中から下へ真っ逆さま。
奈落の底に引きずり込まれたのび太の意識は、暗闇へと埋没していった……。










(――――――あったかい)

沈んだ意識の底で、そんな感想を抱いた。
身体の前面に伝わる感触。
柔らかくも、しっかりとした質感を伴っている。

(……あれ、これ、人の身体……かな)

意識が徐々に浮上していく。
薄ぼんやりとしていた感覚が、乾いたスポンジに水が染み込むように重くなり、膨らんでいく。
前方に放り出された腕に感じる、空気の流れ。
前のめりに傾いている身体。
脚は、両方とも誰かにがっちりとホールドされているように動かない。
そして、身体全体が小刻みに、しかも規則的に揺さぶられている。

(……おんぶ、されてる、のかな?)

鼻腔をかすかにくすぐる、柔らかく、どこか安心するような香り。
少しして、これが女性の物だと解った。

「……ぅ」

絞り出すような、か細い声が咽喉から漏れる。
徐々に瞼の筋肉が機能を取り戻し、うっすらと目が見開かれた。
思うように焦点の定まらない視界の中に飛び込んできたのは……透き通るような白磁の肌と、眩しさすら覚える金砂の髪。

「――――おや、気が付きましたか。ノビタ」
「……セ……ィバー……? …………ッ!」

その凛とした、涼やかな声を聞いて、のび太の意識が完全に陸へと引きずり上げられた。
セイバーの顔の横から、バネ仕掛けの機械のように頭が跳ね上がる。
次いで、自分が今、セイバーに背負われているのだと気づいた。
セイバーの姿は、戦闘時のドレスと鎧ではなく、普段の白ブラウスと青のスカートである。

「あれ……ここは……」

のび太の前方に見えるのは、昼下がりの住宅街と、真っ直ぐ続くアスファルトで舗装された車道と歩行者道。
明らかに、今までいた学校の中ではない。

「学校から離れて、家へ帰る途中です。あの時……」

そう言って、セイバーは、のび太が気絶して以降の事を簡潔に説明する。
相槌を打つ傍ら、何気なくのび太が顔を横に向けると、白い侍従服の女性の姿があった。

「ぐーてんもるげん、ノビタ」

そう呟いて、リーゼリットはのび太へじっと視線を向けていた。

「…………えと、ぐ、ぐーてんもる……げん?」

思いつくまま挨拶をすると、僅かにリーゼリットの表情が柔らかくなった。

「……そのため、シロウとリン、それからアーチャーは、学校に残りました。こんなところですね。なにか質問は?」
「う、ううん。そ、そっか。じゃあ、家で待ってないとね」

話を聞き終えたのび太は、内心で大きな安堵の吐息を吐く。
どうやら、無事……とはいかないまでも、一応の決着はついた。
ライダー主従を取り逃がしこそしたが、犠牲者が出なかったのは不幸中の幸いだろう。

(……でも、たぶん、近いうちに逆襲が来る)

理由もなく、そんな考えがのび太の脳裏をよぎった。
夢の中で、ライダーの正体を教えられたからだろうか。
推察から正体を見抜いたというセイバーの言葉を聞いても、既に知っているのび太としては告げられても別段、驚きはなかった。
むしろ、頭の中に浮かび上がってきたのは、別の事。

(そういえば、ライダーの宝具……いや、きっとダメだ)

一瞬、夢の内容を二人に話そうかとも思ったが、のび太はすぐさまその考えを放棄した。
そんな事をしても、おそらく無駄だ。
アンリ・マユの言葉に、嘘はない。話そうとしても、咽喉の奥から声が出る直前で固まってしまうだろう。
あるいは、こんな考えを持ってしまうのもそれこそ暗示のせいなのかもしれないな、と。
セイバーに揺られるまま、のび太は、そんな益体もない事を考える。

「…………」

すぐ目の前にある、セイバーの後頭部に視線を落とす。
掻き毟るほどに聖杯を欲する彼女が、聖杯の真実を知ったら、いったいどうするのだろうか。
嘆くのか、怒りに震えるのか、打ちのめされるのか。
それとも……真実を知ってもなお、あくまで聖杯を求め、自らの願いを叶えようとするのか。

(……なんか……やだな、そんなの)

そこまで想像したところで、のび太は、思考に蓋をした。
バカバカしい、と。
そんな想像に意味なんてない、と結論付け、疑問を意識の底へと沈める。
だが、それでもそこに残った漠然とした不安の靄だけは、どういう訳か消えてはくれない。

「……ノビタ? どうかしましたか?」
「え?」

声のした方へのび太が視線をやると、セイバーが訝しげな表情でその深緑の瞳を向けていた。

「あ、えと、ううん、何でもない。ちょっと、ボーッとしてた」
「……あれだけの激戦でしたからね。やはり、まだ調子が思わしくないのですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……」

セイバーの事を考えていた、とは流石に言えず、のび太はとりあえずはぐらかす。
返答に対し、セイバーはしばらく眉根を寄せていたが。

「……ならばいいのですが。一応、帰り着くまで、このまま背負っていきます」

そう言って、視線を前へと戻し、身体を大きく揺すってのび太を抱え直した。
しばらく、無言で家路を行く三人。
リーゼリットは元々寡黙な性質であり、セイバーも必要な時以外はあまり喋らない。
故に、二人よりは多弁であるのび太は、どことなく、落ち着かなさを感じてしまう。

(……んんっと……あ、そういえば)

ふと、のび太の脳裏にある疑問が浮かび上がってきた。
別段、今でなくてもいいのだが、何も会話がないよりはいいかもしれない。
そう考え、のび太は口を開く。

「ねえ、セイバー」
「はい? どうかしましたか?」
「あのさ、聞きたい事があるんだけど……」

それは、あの夢の中で、アンリ・マユが口にした言葉。
これくらいなら、どうやら口には出せるらしい。

「“アヴェンジャー”って、どういう意味なのかな」
「は? “アヴェンジャー”……ですか?」

のび太の方を見返しながら、小首を傾げるセイバー。
リーゼリットは、相変わらずのび太達の方を見つめながら、テクテクと一定の歩調で歩いている。

「なんとも、らしくない言葉を聞きますね。それは、いったいどこで?」
「えっと、うん、ちょっと前に、人から聞いて、なんとなく……」
「ふむ……? まあ、そうですね。直訳すれば……“復讐する者”。『復讐鬼』ですね」
「復讐鬼?」
「ええ。復讐に狂った鬼。そういう意味です」
「そうなんだ……ありがとう」
「いえ」

――――なんだ、ピッタリじゃないか。
のび太の抱いた感想は、そんなものだった。

(復讐鬼……か)

思い浮かぶのは、夢の中の『黒幕』の姿。
聖杯戦争を陰から操り、聖杯戦争そのものをこの世界から抹消しようと目論む、アンリ・マユと名乗った男。
士郎と同じ容姿、どろどろと濁った瞳の輝きと、全身に刻み込まれた禍々しい黒の紋様。
そして、いっそ壊れていると言ってもいいほどに狂気じみた、そのメンタリティ。
自分は、そんな黒幕の思惑に強制的に乗せられている。
いや、たとえ強制でなくても、おそらく乗らざるを得なかっただろう。
聖杯を元に戻し、ドラえもん達の待つ元の世界へ帰るために。

(言ってた事は、本当の事だろうけど……)

代わりに、全部を語った訳ではない。
例えば、夢を終わらせたあの呪文。
あれは、ここではのび太だけが知る呪文だ。
記憶を読んだというアンリ・マユが、それを知っているのは不自然ではない。
不自然ではないが……しかし、なぜアンリ・マユがその呪文を使っているのか。
彼に関する謎は、その他にもまだまだ多く残されている。
それも、彼の場所へ辿り着いた時に、すべて明かされるのだろうか。

「…………はぁ」

柔らかな陽の射す午後の蒼天を見上げて、のび太は、改めて思う。
この戦争の果てには、いったい何が待ち受けているのだろうか、と。
頭上に広がる、眩いばかりの青空とは正反対に、のび太の心には言いようのない影が射し込んでいた。



(……でも、あいつ。一番最後、なんて言ったんだろう。あんまりはっきりとは聞こえなかったけど……たしか……『幕引きの場所』まで辿り着き……えっと……)



その謎が解けたのが、衛宮邸へと帰還し、セイバーが玄関を開けた後の事。
まるで遺言じみた、不吉さの拭えないフレーズに、のび太は一瞬、例えようのない薄ら寒さを感じた。










――――『幕引きの場所』まで辿り着き、オレの死に様を見届けに来な。






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