「――――お、ドラえもんだ。お~い、ドラえも~ん!!」
「にゅふふふ、ミィちゃん……ん?」
お使いからの帰り道、空き地の前を通りかかったドラえもんは誰かに呼び止められ、声のした方に首を向ける。
「お~い、こっちだこっち!」
空き地の土管の上にどっかと腰を降ろし、手を振っているのはジャイアン。
その横にはしずかとスネ夫が立っていた。
(ああ、もうこんなところまで来てたのか)
ドラえもんはカリカリと頭を掻く。
つい今の今までミィちゃんとのひと時を思い返していたせいで、空き地辺りまで進んでいた事も、いつものメンツの存在にも気づかなかったのだ。
このままなのも何だ、とドラえもんはスタスタと空地へと入っていく。
そして皆の下へと辿り着いた時、しずかが口を開いた。
「ドラちゃん、何かいい事でもあったの? 笑ってたみたいだけど……」
「大方ガールフレンドのネコの事でも考えてたんじゃないの?」
「――――え!? べ、別にぃ!?」
スネ夫の言葉に思わずどもってしまうドラえもん。
そんな反応を返してしまっては、『その通りです』と自ら白状しているようなものである。
図星だと悟ったスネ夫は浮かべていたニヤニヤ笑いをますます深くした。
「やっぱりそうなんだ! わっかりやすいなぁ、ドラえもんは!」
「だからオレ達に気づかなかったのか! こ~んな近くに来てたのにさぁあ!」
ワハハハハ、と大爆笑するジャイアンとスネ夫。
『笑っちゃダメよ二人とも』と窘めるしずかも、やや口元がヒクついている。
(ああ、穴があったら入りたい……)
つい数秒前の自分を蹴り飛ばしてやりたい衝動を堪えつつ、ドラえもんはただ只管、バツが悪そうに小さくなっているしかなかった。
と、そんな時。
(……あれ?)
唐突に、目の前の違和感を覚えた。
何かが足りないような、そんな違和感を。
そしてそれがいったい何なのか、すぐに思い至った。
「……そういえばのび太君は?」
そう、のび太の姿が見当たらないのだ。
のび太は基本的にしずか、ジャイアン、スネ夫と一緒に行動する事が多い。
まあ、後者二人の場合は理由がマイナス方面である割合が大半なのだが、今はそれはさておく。
とにかく、この面子ならばのび太がいなければおかしい。
ただでさえこの空き地はのび太の行動範囲であるのだし、あまりにも不自然だ。
「ああ、それがさぁ……」
ドラえもんの疑問に答えたのはジャイアン。
何となくバツが悪いのだろう。
後頭部をバリバリ掻き毟りながらポツリポツリと、つい数十分前の出来事を掻い摘んで説明し始めた。
……そしておよそ一分後。
「――――アーサー王!?」
「そうなんだよ。スネ夫が『アーサー王は存在しない』って言ったら急にのび太が怒りだしてさぁ、『アーサー王がいたって証明してやる!』って言って飛び出して行っちまったんだよ」
「多分家に戻ったと思うんだけど……ドラちゃん知らない?」
「ううん、全然。僕がどら焼きを買って帰ってきた時、のび太君、部屋にいなかったもの……入れ違いになった、なんて事はなさそうだし……う~ん」
「そういえばドラえもん、買い物カゴ持ってるけどそれってお使い?」
「うん、のび太君の代わりにね。ママさんものび太君を見てなかったから、代わりに僕にお使いを頼んだんだろうし……何かイヤな予感がする。とりあえず、急いで戻ろう」
そう言うとドラえもんは即座に踵を返し、駆け足で空き地の入口へと向かう。
まるで言い知れぬ“不安”に突き動かされるように。
「待ってドラちゃん、あたしも行くわ!」
その後を追いかけるようにしずかが続く。
「スネ夫、オレ達も行ってみようぜ!」
「あっ、待ってよジャイアン!」
そして残った二人も、当然のように後をついていく。
果たして四人は、真実に辿り着く事が出来るのか……。
さて、その頃ののび太はというと。
「「「「いただきます」」」」
「はい、召し上がれ」
号令一下、ランチタイムと洒落込んでいる最中であった。
メニューは鮭の切り身、大根の煮付け、キンピラゴボウと炊きたてのご飯の四品目である。
「う~ん! やっぱり士郎さんのごはんはおいしいなぁ~!」
「あはは、そこまで喜んでくれるなら作った甲斐があるな」
キンピラゴボウをシャクシャクと頬張っていたのび太が心からの賛辞を送ると、士郎は面映ゆそうに頬を掻く。
基本的に魚や野菜の好き嫌いが多いのび太であるが、士郎ほどの料理上手が作るものならば特に気にする事なく食べられるようだ。
わざわざ余所様に作ってもらったのに好き嫌いを持ち出せるほど、のび太が恥知らずでない事も要因としてはあるのだが。
「……わたしより上手いわね。この大根の味付け。なんか腹立つ……」
凛は批評をブツブツ交えながらも、とりあえず行儀よく食している。
「シロウ、おかわりをお願いします」
「はいはい……って、これで三杯目……」
そしてセイバーはというと、空になった茶碗をそっとどころか勢いよくズビシと士郎に突き付けていた。
皿の上の鮭も大根もゴボウもキレイサッパリと消え失せ、目下士郎の皿から善意的に副菜が緊急出動している有様である。
恐るべき健啖、恐るべき消化器官。
炊飯ジャーの底が現れるのも時間の問題である。
のび太達が方針を決め終えた頃には、時計の針はちょうど十二時を指していた。
腹の虫も、士郎とセイバーを筆頭にいい感じに泣き始めていたので、自然に流れは昼食へと傾いていったのである。
そして士郎は台所へ、残りは一旦奥へと引っ込み三十分ほどで料理は完成。
再び奥から皆が集い、食卓の前で両手を合わせる事と相成った。
……ところで気づいた方はおられるだろうか?
――――『いただきます』の際、挨拶の声が“四つ”あったという事に……。
「……風味が弱いな。みりんが少しばかり足りなかったと見える。味の染みもまだまだ、とはいえこれは時間の都合上、責められ……いや、それならそれでやり様はある。やはり減点だな。キンピラは……」
「――――おい、難癖付けるくらいなら食うな。流石に気分が悪くなってくるぞ」
「ふむ? ……ああ、気に障ったのならば謝罪しよう。なに、これは癖みたいなものだ。このように、色々と惜しい料理を前にしてつい、な……」
「惜しいってなんだよ?」
「文字通りの意味だが? 成る程、確かにこれだけ出来れば上出来の部類に入るだろう。並の料理人では早々太刀打ち出来まい。それは断言しよう。しかしながら、これでは二流に勝てはしても一流には及ばん。つまりはそういう事だ」
「……解った。俺の料理の腕が未熟だというのは受け入れる。けどな、その言い方だとお前の方が上手く作れるっていう風に聞こえるんだが? どうなんだ――――アーチャー?」
ジロリと睨みを乗せたその言葉に対し、向けられた本人はフン、と心底皮肉げな薄ら笑いを浮かべた。
そう……なんとアーチャーが昼食のテーブルを囲む一員として茶碗を抱え、大根の煮物をつついているのだ。
「なにを当然の事を……貴様如きに負ける気など微塵もせん」
本来、サーヴァントに食事は必要ない。
サーヴァントが存在するために必要なのは食物ではなく、魔力だからだ。
だからこそ、アーチャーははじめ昼食を辞し、歩哨兼見張りとして屋根上へと移動しようとした。
……したのだが。
『……ええっ、アーチャーさんお昼食べないんですか? みんなで食べた方が楽しいのに……』
物凄くがっかりした表情で呟くのび太を前にしては、前言を撤回するのにさして時間は必要なかった。
いかに歴戦の兵(つわもの)といえども、子どもが相手ではそこまで強くは出られないのだ……このアーチャーという男は。
……しかしながら、紅い外套を纏った長身の男が食卓に着いて巧みに箸を操り、吟味するように大根を咀嚼するその光景は、違和感がありありである。
「……シロウ、おかわりはまだなのですか?」
ちなみにセイバーが何のてらいもなく昼食を貪り食っているのは、食物でもごく僅かながら魔力を回復させる事が出来るからだ。
不完全な召喚のツケで、セイバーはマスターである士郎から魔力の供給を受けられない。
そのためたとえ少しでも残存魔力を増やそうと、周囲が軽く引くくらいの量のご飯を食べているのだ……。
……いや。
「シロウ~……」
……追加が来ない事にいまだ茶碗を突き出したままの、おあずけ喰らった子犬のようなその表情を見るに、
「……まだなのですか?」
――――ただ食うのが好きなだけなのかもしれない……。
ちなみにおかわりは、この時点で累計六杯目である事をここに追記しておく。
それはともかく。
「……ほぉおう? まさか英霊がハッタリをかますなんてな」
「ハッタリ? ……フン、なにを世迷言を。厳然たる事実だ。英霊とは、あらゆる経験を永い年月をかけて蓄積し続けてきた存在。無論例外もあるが……ともあれ、断言しておこう――――――――貴様程度の経験値では、私には遠く及ばん」
――――瞬間、士郎の目に剣呑な光が宿った。
「……言ってくれるな、若白髪が」
「嘴の黄色い小僧が囀(さえず)るな、滑稽でしかないぞ?」
眼光鋭く、メンチを切り合う両者。
身長の低い士郎が見上げ、上背のあるアーチャーが見下ろすといった構図となっているが、飛び散る火花が尋常ではない。
一方はまるで親の仇を殺すような目つきで以て睨み上げ、もう一方は思い上がった未熟者を嘲るかの如く冷え切った視線を眼下に叩き付ける。
まさしくここはキューバ危機。
核弾頭の発射ボタンを握り締め、相手の出方を殺気混じりの視線で窺いながらの膠着状態。
……しかしまあ、箸と茶碗を持ちながらの睨み合いなぞ、実に緊張感が削がれるというものである。
「あ、あの……ケンカは止めた方が……」
のび太がおずおずと仲裁に入るが、二人はそれをキッパリと無視する。
あうあう、と次第にのび太の目に涙が滲んでいくが、それでも二人はガン無視だ。
……いや、きっと視界にすら入っていないのであろう。
そして。
「シロウ、ご飯……」
「……食い下がるわね、セイバーも。っていうかアーチャー、アンタ記憶なかったんじゃないの……?」
めげずにおかわりの茶碗を差し出し続けるセイバーに対し、凛は呆れとも感心ともつかないような呟きを漏らしつつ、相棒の大人げない姿に深々と脱力するのであった。
「……フン」
と、突然アーチャーが士郎から視線を逸らしたかと思うと、徐に踵を返した。
その行動の不可解さに、士郎の眉が訝しげに歪む。
「おい、どこ行くんだよ?」
「なに、“論より証拠”を示してやろうというだけだ。その身……いや、その舌で以て厳然として存在する“差”という物をとくと思い知るがいい。……ああセイバー、そんな物欲しそうな顔をせずとも、もうしばし待て。今食したモノ以上のモノを堪能させてやろう」
自信漲るその言葉に、セイバーはそっと茶碗を降ろすと、
「……期待していますよ、アーチャー」
「ちょっ、おいセイバー!?」
清々しいほどのサムズアップをその屈強な背中に送った。
己が従者にあっさり掌を反された士郎。
あまりのショックにガックリ膝を突きそうになるものの、そこは何とか最後の意地でグッと堪えた……表情はこれでもかとばかりに苦りきってはいたが。
そうこうしているうちに、アーチャーは冷蔵庫の前へと辿り着く。
「ふ、衛宮士郎よ。“格の違い”を見せてやろう……」
まだ調理すらしていないのに勝ち誇ったような声で背中越しに告げるアーチャー。
その過剰なまでの自信満々っぷりにイラッとくる士郎であったが、
(……あれ、待てよ? 確か……)
アーチャーが冷蔵庫の取っ手に手を掛けたところで、“ある事”をハタと思い出した。
そしてガチャリと冷蔵庫の扉を開いた瞬間、
――――ギシリ、とアーチャーの身体が銅像のように固まった。
「――――材料、全部切れてたんだった……」
「なん……だと……」
絶句するアーチャーの見た光景。
そこにはわさび、からし、酢、みりんなどの数種類の調味料と……空間のほとんどを占める空白地帯。
肉も、野菜も果物も、一切が集団脱走でも敢行したかのように影も形も存在しない。
“スッカラカン”という形容がこれ以上ないほど当てはまる、見事なまでのもぬけの殻であった。
言うまでもなく冷凍庫も、野菜室も全ての部屋が、である。
「きっ……貴っ様ああああぁぁぁっ!! 料理人が材料を切らすとは何事かああああぁぁぁ! 調味料と『の○たま』しかないではないかあああぁぁぁぁっ!!」
瞬間移動でもしたのかというほどの勢いで取って返し、士郎の胸倉を掴み上げる紅い男。
その豹変ぶりと息苦しさに目を白黒させながらも、士郎は喘ぎ喘ぎ言葉を返す。
「い、いや……だっ、て、昨日、と今日で、食い、扶持が……急に、増え、た、からッ! 買い置、きが、今ので……切れたん、だよッ!!」
士郎は元々一人暮らし。
それ故、冷蔵庫に食料品を多く備蓄している訳ではない。
朝・夕に間桐桜と“もう一人”が食事をしに来るが、それでも頭数は三人だ。
やはり備蓄量はたかが知れている。
しかし、今現在の衛宮邸の人口は五人、つまりそれだけ冷蔵庫の中身の減るスピードは相対的に早くなる。
さらに本来ならば昨日買い出しに行く予定だったのであるが、聖杯戦争のドンパチのせいであえなくその機会も潰れてしまっていた。
そしてトドメはセイバーの、その尋常ならざる食事量である。
今もそうだが、朝食の際もそれはもう凄まじいの一言で全てを語れるほど。
かくして士郎の作った昼食を最後に、冷蔵庫の中身は見事空になってしまったという訳である。
「…………」
ズルリ、と士郎の襟から手が滑り落ち、アーチャーはその場に膝から崩れ落ちる。
如何に腕の優れた料理人であっても、食材がなければただの役立たずである。
「ケホッ……ま、まぁ、そういう訳だから、諦めろ。あれだけぶち上げておいてこのオチってのは、俺もあんまりだとは思うけどな」
士郎はそんな役立たずを、ただジッと冷めた目で見つめ続けていた。
いきなり八つ当たり気味に締め上げられたのだから、無理もない。
……しかし、それでは納得出来ない人間もここにはいる訳で。
「……あの、つまりもう料理は出来ない、のですか?」
「あ、いや……まあ、うん。そうだな……悪い、セイバー」
バツが悪そうに謝りの言葉を入れる士郎。
その途端セイバーは目頭を歪ませ、今にも泣きそうな表情を浮かべた。
「そ、そんな……」
「……すまんな、セイバー。この小僧が材料を切らしたせいで「……もういいです。この役立たず」ぐはっ!?」
立ち上がりかけたアーチャーを言葉の刃で真っ向から斬り伏せると、セイバーは殊更沈鬱な表情で顔を伏せる。
散々期待を持たされた……とは言い難いかもしれないが、セイバーにとっては十分な前フリだったのだろう……上での前言撤回は、セイバーに思った以上の深刻な精神的ダメージを与えていた。
既に全員の皿の上には一品たりとも料理は残っておらず、ご飯もとうに食い尽くされてジャーの中には取り損なった米が数粒へばりついているのが関の山。
士郎はセイバーのお代わりをよそわなかったのではない……よそえなかったのだ。
生米だけは辛うじてあるが、今から炊いたのでは昼食の時間を逸してしまうし、それ以前に白米だけ食すのもどこか空しい感じがする……まあ『の○たま』が残っている分、その辺りはまだマシかもしれないが。
とにかく、セイバーの切なる願いは無情にも届く事なく、材料切れによって強制的にラストオーダーとなってしまった……筈だった。
「――――セイバー、まだご飯食べたいの?」
蚊帳の外で、内心冷や冷やしながら状況を静観していたのび太の、この一言がなければ。
「その……はい」
「ええ!? あれだけ食べたのに!? ご飯大盛りで何杯もおかわりして、士郎さんから鮭を半分貰って、凛さんから大根分けて貰って、アーチャーさんのキンピラを横から奪い取って、僕からは……なんにも取らなかったけど。それでも足りないの?」
「魔力を得るためにはそれだけ食べなければなりませんし……この時代の食事はどれも肌理細やかで、大変美味です。私の時代の食事とは、比べるまでもありません。ですので恥ずかしながらついつい、箸が進んでしまって……」
「あ……そうなんだ」
うーん、と腕組みし、考え込む事数秒間。
やがて考えが纏まったのか、
「……ん、よし!」
パチンと指を鳴らしてポケットに手を突っ込むと白い袋を引っ張り出す。
そしてさらにそこに手を突っ込み、中からバサリと“あるもの”を引っ張り出した。
そう……やたらと大きい、それこそ目の前のテーブルをスッポリ覆えそうなほどの四角形の布を。
「セイバー、これをテーブルの上に広げてくれる? あ、凛さん。食器どかすの手伝ってください」
「は、はあ……?」
「え、なによいきなり?」
いいからいいから、と面食らう二人を置き去りにいそいそと食器を下げ始めたので、二人は首を傾げながらも言われた通りに行動する。
そしてテーブルに布が広げられ、改めて二人は着座した。
「で、これでどうするつもり? のび太」
凛の問いかけに対し、のび太は軽く微笑み返すとセイバーに向き直り、口を開いた。
「ねえセイバー。今食べたい物ってなに?」
「はい? それは……どんなメニューが食べたいかという事ですか?」
「うん」
「はぁ……。そうですね……」
ふむ、とほんの少しの間セイバーは考え込む。
やがて考えが決まったのかコクリ、と一つ頷いた。
「朝、テーブルの上に置かれていた雑誌に書いてあったのですが……『カレーライス』、という物を食べてみたいです」
そう告げた瞬間、
「「「「――――えっ!?」」」」
のび太を除く四人が一斉に自分の目を疑った。
「フフッ、はいセイバー。カレーだよ」
何故なら目の前に『カレーライス』が、まるで最初からそこに置かれていたかのように出現していたからだ。
テーブルクロスの上で白い湯気を立ち上らせるカレー……その横にはご丁寧にスプーンと水の入ったコップまである。
たった今作られたばかりのような芳醇な香辛料の匂いが食欲を誘い、思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまいそうだ。
だがしかし、いったい何がどうなってカレーが現れたのか、さっぱり理解が追いつかない。
「ノ、ノビタ。これはいったい……?」
「うん。まあ説明は後でするから、とりあえず食べなよ、カレーライス。おいしいよ?」
「は、はい……」
勧められるままにセイバーはスプーンを手に取り、おそるおそるといった感じでカレーを掬い上げ、口へと運ぶ。
そして口の中からスプーンを抜き取ると、二回三回と咀嚼。
「……おいしいです」
ほう、と感嘆の溜息がセイバーの口から漏れた。
その表情は、まるで『我が至福の時』と言わんばかりに緩められている。
その後はそのままスルスルとハイペースに、だが丁寧にスプーンを動かし始め、ものの二分であっという間に皿の上が綺麗になった。
「……ふう。このスパイスの辛さが何とも絶妙な……むぅ。この味があれば、あと二十年は戦えたものを……」
「満足したみたいだね、セイバー」
どことなく満ち足りた表情のセイバーに、のび太はニッと笑う。
「はい、まあ。しかし、いったいどうやってカレーライスを?」
「ああ、それは……これだよ」
のび太はそう言って、テーブルクロスを指差す。
わざわざ敷いたくらいだ、タネは多分コレだろうなと思っていたセイバー達であったが、しかしまだまだ認識が甘かったと言わざるを得ない。
「これは“グルメテーブルかけ”っていってね、名前を言えば料理が何でも出てくるんだ。さっきはカレーを出した訳なんだけど他にも、例えば……『スパゲッティ・ナポリタン』だったり」
のび太の言葉に呼応するように、ポンッと現れるナポリタン。
「『ハンバーグ』だったり……」
続いて香ばしい香り漂う、熱々のハンバーグが出現。
「『ラーメン』だったり……」
さらに今度は湯気の立つ、醤油ベースだと思われるラーメンが眼前に。
「こんな感じで、いつでも、どこでも、何でも、いくらでもリクエストすれば出す事が出来るんだ」
「「「「…………」」」」
二の句が告げない、とはこの事であろう。
目の前で起きた出来事が信じられないといった様子で、四人は見事に硬直している。
そんな中、真っ先に再起動を果たしたのはやはりと言うべきか、
「……ノビタ、頂いてもよろしいですか?」
「うん、いいよ。というか、まだ食べるんだ……」
食欲に忠実なセイバーであった。
フルフルと僅かに震える手でナポリタンの器を自分の方へと寄せ、手元にあったフォークを突き立てる。
「……ッ!」
その味わいに下手すれば涙すら流しそうなほどに瞳を潤ませ、セイバーはただ黙々と眼前の料理に取り掛かる。
やがて、数分足らずで見事三品とも綺麗に完食。
コトリとハンバーグを突き刺していたフォークを置いたその直後、セイバーは徐にピンと背筋を伸ばしたかと思うと、流れるような動作でのび太の方に向き直り、
「――――ノビタ。私のために、毎朝味噌汁を作っていただけますか?」
三つ指をついて、何やらトンデモないセリフを言い放った。
というか、何故そんな言い回しを知っているのか?
「はぁ? えーっと……僕、いいとこインスタントしか作れないんだけど。士郎さんにお願いしたら?」
そして当然……と言うべきかなんと言うべきか……のび太はそれに対して何とも見当外れな答えを返すのであった。
「あ、凛さんもよかったらどうぞ」
「……ホント、いったい物理法則はどうなってるのかしら? これって明らかに質量保存の法則を無視してるし、下手したら“第一魔法”……って、ああもう! やめやめ! とりあえずケーキッ!」
深く考えた時点で負けだとでも思ったのだろうか、凛は自棄気味に頭をグシャグシャと掻き毟ると“グルメテーブルかけ”に向かって命令する。
すると一秒と経たずにポンッ、と目の前にイチゴの乗ったショートケーキが、紅茶と共に現れた。
凛はそれを一瞥すると、電光石火のスピードで傍らのフォークを手に取ってケーキを掬うと一口。
「……美味しいわね、これ。けど……やっぱりなんか納得いかない……!」
釈然としない表情で、まにょまにょとフォークを口に含んだまま何やら唸っていた。
そして。
「……なあ、アーチャー」
「……何だ、小僧?」
「俺達のあの争いってさ……結局、なんだったんだろうな?」
「……さて、な」
部屋の隅で、黄昏たようにポツリポツリと言葉を交わす二人。
背中が煤けて見えるのは影に入っているから、ではないだろう。
「……美味いよな、この大根とキンピラ」
「……ああ。下手すれば、私よりもな」
向かい合わせで、味比べのため“グルメテーブルかけ”から出した大根の煮物とキンピラゴボウを口へと運ぶ。
その瞬間、二人には何かがガラガラと崩れる音が聞こえたような気がした。
――――美味い筈なのに、どこか塩辛い味がした事を、二人は気のせいだと思いたかった。