「嘘……なにこれ……」
狂戦士のマスターたる白の少女は、繰り広げられるその光景に呆然とした。
あり得ない、こんな事はあり得ないと。
頭の中でそんな取りとめのない言葉が、ただ堂々巡りする。
しかし、目を逸らしたところで目の前の現実が覆る訳もない。
白の少女は、それに目を奪われているしかなかった。
――――勢いよく噴き上がる鮮血の、鮮やかすぎるそのアカに。
そして己が従者の……。
「――――はあっ!」
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」
互いに追突するように刃を振るう、剣の英霊と狂戦士。
前者は自由落下からの唐竹割り、後者は天空目掛けての薙ぎ払い。
しかし、その剣戟の様相は、先ほどまでのものとはまったく違っていた。
「ぐうっ……うぉあああ!」
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」
接触する、不可視の剣と長大な石斧剣。
吼える騎士と猛る狂戦士。
大上段から渾身の力で以て振るわれた剣を、岩の塊は防ぎにかかる。
「――――があっ!!」
火花が散ったその刹那、耳障りな金属音と共に岩の塊が弾かれていた。
担い手の、金剛力を誇る右腕ごと。
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!」
まるで、バットの真芯で捉えられた硬式球のよう。
バーサーカーの肩から先は、凄まじいスピードで軌道を百八十度、逆の方向へと強制変更させられた。
「どういう事? セイバーがバーサーカーに力負けしてない……いえ、むしろ圧してる」
目を丸くして、凛が呟きをこぼした。
いささか興奮気味に口を突いて出たその言葉は、現状を実に的確に表している。
そして、彼女の隣で呆然と立ち尽くしているもう片方のマスターは、まるで魂でも抜かれたかのようであった。
「凄ぇ」
圧倒され、呆然とその場に佇んでいる。
士郎のその有り様が、彼女の言葉に一層の真実味を持たせていた。
「……ふ」
昂ぶる闘志を隠しもせず、にっとセイバーの口の端が吊り上がった。
セイバーの剣戟は、ほんの僅かの間で確実にワンランク上の威力へと昇華していた。
剣士側が劣勢であった鍔迫り合いが、ここに来て五分の状況にまで持ち込まれた。
しかし、五分という事は当然、バーサーカーにもチャンスが残されている。
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」
弾かれた岩の剣を、その膂力で以て強引に軌道修正。そしてアスファルトを割るほど力強い踏込み。
大気を切り裂かんばかりの勢いで、横薙ぎの一閃が放たれる。
当然、それに気づかぬセイバーではない。
「…………」
そのはずなのだが、彼女は剣を正眼に構えたまま、じっとその様子を見据え微動だにしない。
このままでは確実に弾けたザクロである。しかし、正眼の構えから寸分も動く気配を見せない。
代わりに、その艶のある唇が小さく動いた。
「……信じて、いますよ」
その呟きを合図とするかのように、空から飛翔してきた空気塊が、空間を滑る斧剣の腹を直撃した。
「ドカーン!」
その強烈な圧力により、バーサーカーの横薙ぎはベクトルを強制変更され、地面へとめり込む。
地割れのような音と共に、セイバーの左真横のアスファルトに、びしと大きな亀裂が走った。
凶刃は届くどころか掠りもせず。したがってセイバーは無傷である。
空気塊の正体は、語るまでもないだろう。
“空気砲”による、上空からの精密射撃。
そして狙撃手(スナイパー)はといえば、これまた言わずもがな。
「今だっ、セイバー!」
“タケコプター”で滞空している、のび太であった。
大砲を装着した左手に右手を添え、腹に力を込めて叫ぶ。
筒の先、銃口からは硝煙のような煙が一筋、ゆらゆら立ち上っていた。
「――――末恐ろしいな」
のび太のバーサーカーへの精密射撃、その一部始終を『鷹の目』で捉えていた男が一人、固い表情で呟いた。
弓兵のサーヴァントであり凛の相棒、アーチャーだ。
現場から数キロ離れたポイントに陣取り、いつでも狙撃出来るよう弓を構えていたアーチャーであったが、空中でのび太とセイバーの間で交わされた何らかのやりとりからこっち、状況を静観していた。
勿論、狙撃姿勢は崩さぬまま。
数キロ先の歩道のタイルも一枚一枚視認出来る『千里眼』で以て、アーチャーは戦況を大局から観察出来る立場にある。
そして、一から十まで見ていた。のび太の、バーサーカーへ放った“空気砲”の一射を。
その一連の過程すべてを、余すところなくつぶさに。
「あの歳にしてここまでの精緻な狙撃を」
乾いた唇を、アーチャーは舌で湿らせた。
余人にはいざ知らず、末席とはいえ、弓の英霊としてこの場にいるアーチャーには理解出来る。
地上から遠く離れた上空数十メートルの位置に滞空し、神速で薙ぎ払われるバーサーカーの“斧剣”に直撃させた、その一撃の難解さを。
バーサーカーを狙ったのではない、のび太は明らかに振るわれる斧剣を狙っていた。
「ひみつ道具が云々、の次元ではない」
彼の認識出来る限りでは、のび太の使用しているひみつ道具は“タケコプター”と“空気砲”のみ。
無論、アーチャーは名称など知りはしないが、“タケコプター”には姿勢制御装置はともかくとして、射撃の補助機能などは一切ない。
“空気砲”に関しても、スコープといった精密射撃補助ツールもなければ自動追尾機能……所謂ホーミング機能も付加されておらず、砲弾である空気塊はただ直進するだけのもの。
つまり、のび太は純粋な自分自身の技量のみで、砲弾を命中させたのだ。
「天凜、か……いや。ここまでくると」
思考が渦を巻く。
どれだけ射撃の腕に自信があろうとも、時速数百キロで振るわれる斧剣の腹に、ああもタイミングよく砲弾を直撃させる事が、はたして可能だろうか。
たとえるなら、蛇行しながら最大スピードで運行する新幹線の窓から身を乗り出して、数百メートル先に立てられた的の中央を銃で撃ち抜くようなものだ。
しかも一発の撃ち漏らしもなく延々と、そして一センチのずれも許されないという極限の縛り付きで、である。
そんなハイレベルな流鏑馬もどきの結果など、実に解りきってしまっている。
不可能だ、そんな事は。それは人間業ではない、神業の域だ。
仮にそんな事が出来る人間がいたとすれば。
「――――世が世であれば、英霊の域にまで至れる。可能性は十分」
もしも、本当にもしもの話だが。
仮にこの聖杯戦争で彼がサーヴァントとして召喚されるような事があったとすれば、間違いなくアーチャーのサーヴァントとして召喚されただろう。
それほどまでに、のび太の射撃は神懸かっていた。
放つ弾丸の角度と弾速、動く目標の軌道と相対距離、風などの自然条件……それらすべてを理解し数秒先の未来を予見する脊髄反射の高速思考。
諸々の位置関係を瞬時に掌握する高い空間把握能力。
そして自らの判断に躊躇いなくGOサインを下せる、並外れた自身の腕への信頼と勝負度胸。
のび太の力は、間違いなく本物であった。
事実、のび太をただの子供と見ていた士郎と凛は、鮮やかなのび太の手並に開いた口が塞がっていない。
もっとも、それはアーチャーとて認識の上では同じ穴の狢(むじな)であった訳だが。
『――――凛、聞こえるか』
『ん……なに、アーチャー』
アーチャーは、唐突に主へ向けて念を飛ばす。
凛の返答は、夢から覚めたような響きが交じっていた。
『セイバーと少年に見惚れているところ悪いが、ひとつ提案がある』
『……この戦いについての作戦?』
『無論』
『勝算は?』
『少なくとも、バーサーカーの攻撃力を大幅に削ぐ事が可能だ。あわよくばセイバーがアレを仕留める絶好の機会を作れるかもしれん。今のセイバーならば、きっかけ一つであの怪物の命に刃が届く』
『詳しく話しなさい』
『了解だ。と、言ったところで実に単純な事なのだがな。要は――――』
そして主従の間で交わされる、作戦会議。
数秒の後。
『成る程ね、それならいけるかも。でも――――出来るの?』
『私の予測が当たっているのならばな。もっとも九分九厘、間違ってはいないはずだ。そうであれば、私と彼なら可能だ』
溢れんばかりの自信を込めて言い放たれた、アーチャーの言葉。
そう、可能だ。
共に最高かつ極上の狙撃手(スナイパー)である、アーチャーと、のび太。
弓と空気の大砲という獲物の違いこそあれど、この二人ならば。
狂戦士の牙を、へし折る事が出来る。
「……くく」
確信に満ち満ちた弓兵の表情が、獲物を前にした獣のように笑み崩れた。
「のび太!」
「ドカン! ドカン! ドカ……って、はい!?」
凛に急に大声で名前を呼ばれ、空中で“空気砲”を連射していたのび太はほぼ条件反射的に返答していた。
しかし、己の仕事を忘れてはいない。
視線だけはそちらの方に固定したままだ。
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」
「く! こちらが圧しているとはいえ、それでも凌ぎますか!」
のび太が斧剣を逸らした回数は既に十回を数える。
その都度、セイバーは攻勢に転じようとするのだが敵もさる者、斧剣を握っていない方の剛腕で迎撃してくるものだから未だ彼の身に一撃も入れてはいない。
防御のために無理矢理振るわれた斧剣を数合弾き飛ばしたりはしているが如何せん斧剣、敵の肉体ではない以上、さして意味のない事だ。
同時にセイバーの攻撃が悉く防がれている事も如実に表している。
「凛さん!? なんですか急に!?」
「いいからそのまま聞くっ! 今、アーチャーをこっちに呼び戻しているから、貴方はそのままアーチャーと合流しなさい!」
「えっ!? おじ……じゃなかった、アーチャーさんと!? どうしてですかぁ!?」
「作戦があるのよ! 詳しい事はアイツから聞きなさい! 今更だけど、自分からここに飛び込んできた以上、覚悟はいいわね!」
「いいですっ! それで、アーチャーさんはどこにいるん……っ!?」
突如、飛来してきた数条の光芒がバーサーカーに降り注ぐ。
次いで着弾したそれらが次々と爆発を起こし、爆風と閃光がその巨体を覆い隠した。
のび太の声が不自然に途切れたのはそのせいであった。
その隙にセイバーは一旦その場から距離を取り、そして光芒は未だ止む事を知らない。
流星群の如き光のシャワーが雨霰とバーサーカーを飲み込み、遂には発生した衝撃波と爆炎がキノコ雲を作り上げた。
「り、凛さん、まさかこれ!?」
「その“まさか”よ! 矢が来た方向は解るわね。距離はそうないはずだから、今のうちにさっさと行きなさい!」
精一杯に張り上げられた凛の声に、のび太は動かない。
爆発の光景に気を取られ、放心したように固まっていた。
「……ちょっと、いつまで固まってるの!? 時間がないのよ、ぐずぐずしてないでとっとと行く! バーサーカーがあの程度でくたばるタマか!」
「はっ、はいっ!?」
焦れた凛の一喝で身を竦ませ、慌てて矢の来た方向へと飛翔する。
勿論、用心にバーサーカーの方へ“空気砲”の筒先を向けるのも忘れずに。
指示通りに舵を取ると、現場からそう遠くない位置に、弓兵はいた。
「来たか、少年」
「おじさ……じゃない、アーチャーさ……って、ええっ!?」
幅の狭い電信柱の上に直立し、黒塗りの西洋弓を構えている。
どうしてそんなところで弓を構えていられるのか、のび太は目を見張ったが、サーヴァントの異常さは今更であるしそれよりも優先すべき事があったため、すぐさま気を取り直すとそのままアーチャーのすぐ横に滞空状態で並んだ。
「何に驚いたのかは知らんし、状況が状況故に敢えてなにも聞かんが……これから行う作戦に君の力が必要なのでな。すまないが力を貸してくれ」
「それは別にいいですけど……僕はどうすればいいんですか?」
「基本的には、さっきまで君がやっていた事と同じ事だ。正直、君の射撃には目を見張った……いや、今はそれはいい。とにかく君は、私が矢を放った直後にその空気の大砲をバーサーカーの斧に命中させてほしい」
「アーチャーさんの矢の後に……?」
真意が理解出来ず、のび太は首を傾げる。
だが、いずれ解ると既に矢を番えているアーチャーに言われ、とりあえず“空気砲”を構えた。
“空気砲”の射程ぎりぎりのこの位置、難易度はさっきの比ではない。
さらに今度はアーチャーの射の直後に斧に命中させろという、縛りがついている。
そのおかげで、もはや神業レベルの技量を要求されてしまっているのだが、のび太の目は揺らがない。
のび太の射撃に対する自負はそんなレベルの難易度で投げ出したくなるような、軟な代物ではなかった。
「私の矢では構造上、面制圧には向かんのでな。それに威力も僅かに足りん。加えて、今はまだ僅かの手の内も晒したくはない」
「え? 手の内?」
「いや……とにかく、行くぞ。準備はいいかな?」
「えっ、はっ、はい!」
得物を一方向に向ける、両狙撃手(スナイパー)。
二人の視線の先には油断なく不可視の剣を構えるセイバーと。
「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!」
いまだ燃え盛る爆炎の中で、衰え知らぬ雄叫びを上げるバーサーカーがいた。
オマケ
のび太の恐怖意識度ランキンク(ドラ主要メンバー+これまで出会ったFateキャラ)
士郎≒セイバー<ドラえもん≒スネ夫≒パパ<<ジャイアン<<しずか≒イリヤ<謎の声の主<<アーチャー<ランサー<<<<<(克服不可の壁)<<<バーサーカー<<<<<<<凛≒ママ
※あくまで作者主観による。