アインツベルンの森を飛ぶように駆けるいくつもの人影があった。
騎士が二人に暗殺者が数名、そして魔術師が1人。
パーティーとしてはそこそこな編成であるが、彼らはこれから別行動を取らねばならない。
「段取りは分かってもらえたかな?」
アサシンに背負われているケイネスは、先を往くランサーとセイバーに叫ぶ。
前を往く二人の騎士は共に不承不承といった感はあるが、ケイネスの言葉に頷く。
「それじゃ、キャスターは任せる。君たちなら油断しなければ楽勝なはずだから」
「はい。ケイネス殿もどうか御無事で」
「大丈夫。マスターと言ってもほとんど一般人と変わらないからね」
そう言ってケイネスは、アサシンに背負われながらランサーたちとは別方向へと走り去った。
月明かりもほとんどさすことのないアインツベルンの森に消えていくケイネスを心配そうに見送るランサーであった。
深い森を疾風の如く駆け抜けたランサーとセイバーは、ほんの数分足らずでキャスターを確認した地点へと到着した。
アインツベルンの城を中心に森に張られた結界のギリギリ境界内の場所。
そこには、数分前に現れたキャスターと彼に連れられて来た何も知らぬ無関係な子供たちがいるはずだった。
しかし、
「卑しき影どもめえぇぇ! この私を邪魔立てするとはッ!!」
闇夜にあってなお暗い、血によって染め抜かれたような不吉な赤い紋様を刻む漆黒のローブ。
そこには、夜行性の獣のような異様に大きい双眸を限界まで見開き、脂ぎった異相を怒りと狼狽に歪めているキャスターが1人で喚き散らしていた。
「これは……」
予想された血の惨劇が一切ないことにセイバーは、唖然とした。
城でキャスターの侵入を察知した時、千里眼によってその姿を確認するとキャスターは年端もいかぬ子供たちを何人も連れいていた。
しかし、急いで駆けつけて見れば子供はどこにも見当たらず、ひとりで怒り狂うキャスターが、身に纏う闇色のローブを自らの血で濡らしていた。
「ぐおぉぉぅォッ!?」
わずかな風切り音と共に飛来した漆黒の短剣がその痩躯を掠め、キャスターは無様に地面を転げまわる。
致命傷にはなりえない。
しかし、身動きを取ろうとすると四方から飛来する刃によって手足を切り裂かれる。
キャスターの周りには、青黒くうねる蛸に似ていなくもない触手の塊が蠢いているが、その歪な肉塊では飛来する短剣を防ぎきる事が出来ていない。
「これが……貴方のマスターのやり方なのか? ランサー……」
まるでキャスターを嬲るかのようなやり方にセイバーが眉を顰める。
今現在のケイネスという男が完璧な善人であるとは、間違っても言えない。
少なくとも平時においては、陽気な性格で愚かな部分もあるが、世間一般の善悪の区別はしっかり身に付けている。
しかし、忌むべき者に対しては、塵ほどの慈悲もない。
未来の知識を利用した奇襲によって、早々にアサシンのマスターであった言峰綺礼の腕をランサーに切断させ、令呪を奪った。
今も、ケイネスの案で、キャスターの無力化を任されたランサーたちだったが、前もってケイネスに指示を受けていたアサシンが先行して、キャスターから人質の子供たちを救い出し、投擲技術の優れた個体たちがキャスターの足止めを行っていた。
大聖杯の術式を解体する前にサーヴァントを消滅させるとアイリスフィールに負担が掛かるため、牽制に留めるアサシンの攻撃は当然のこと。
ケイネスがマスターとなってからのアサシンは、分散してもある程度の戦闘力は維持できるようになっている。
そのため、キャスターのように宝具に特化した基礎能力値の低いサーヴァントの足止め程度なら造作もない。
キャスターを足止めするのがアサシンの任務であり、ランサーの役目はキャスターの無力化。
サーヴァントを消滅させることなく、戦闘不能にするための処置ではあるが、純正の騎士であるランサーやセイバーにとって、今の状況は納得し難いところがある。
セイバーより、わずかばかりケイネスと付き合いの長いランサーは、ニ槍を両手に、自ら召喚した海魔に囲まれ、無様に這い蹲るキャスターに歩み寄る。
「……少なくとも、無関係な子らの命が失われずに済んだ。そして、このキャスターは我ら騎士の誓いに賭けて、看過できぬ“悪”だ」
召喚者の危機に反応して腐臭を漂わせながら蠢く海魔をランサーのニ槍が瞬時にただの肉塊へと帰していく。
本来であれば、キャスターの宝具『螺湮城教本』は、生贄となる血肉を元に無尽蔵とも呼べる再生力を具えた幾百もの海魔を呼び出せる。しかし、キャスターが生贄として用意していた子供たちは、隠れ潜んでいたアサシンたちに悉く連れ去られ、生贄無しで召喚した海魔は本来のそれほど増殖はできず、さらに致命傷にならずとも何十と投擲される短剣の刃には何らかの毒が仕込まれていたようで、今のキャスターは宝具の制御に集中することもできない状態にあった。
「おのれ己オノレオノレェェェ!!」
姿を見せずに樹間から狙い打つアサシンに激昂していたキャスターが、接近するランサーに気付き、海魔たちを嗾けるが、ランサーのニ槍によって簡単に引き裂かれ、キャスター自身もとうとうアサシンの短剣によってその身を大地に縫い付けられた。
あまりに哀れな姿ではあるが、キャスターの在り方は、ランサーにとっても許されざる悪。
一方的過ぎる展開ではあるものの、最小限の労力で最大限の結果を得ることになる。
始めの頃は、ケイネスのことを甘いと思っていたランサーだが、ようやくその評価を完全に改めることになった。
身動きも取れず、無様にもがくキャスターの手に握られた『螺湮城教本』にランサーの『破魔の紅薔薇』の矛先が向けられる。
「ひぃぃッ!?」
召喚者の窮地に引き裂かれたばかりに身を再生させた海魔たちがランサーに襲い掛かる。
「確かに。それに関しては貴方の言うとおりだ。今は、貴方の役目を果たしてください」
すぐ側に控えていたセイバーがランサーの背後に迫る海魔を一太刀で薙ぎ払う。
「ふん。言われるまでもない」
背後の憂いなど始めからなかったランサーは、禍々しい魔力が滲み出る魔道書を抉った。
ランサーの真紅の長槍の一突きによって、魔力供給を断たれた海魔たちが、その身を保てなくなり、静かな森の土に崩れ溶けた。
「貴様ッ――キサマ貴様キサマ貴様キサマキサマキサマアァァッ!!」
頼りの魔道書を無効化されたキャスターが白目を剥くほど表情を歪め、ランサーを睨みつける。
しかし、すでに王手をかけているランサーは、魔道書を突き刺す真紅の長槍をそのままに、今度は反対の手に持った黄色の短槍に魔力を込める。
「怒り心頭のところすまんが、我がマスターに任された仕事はまだ残っていてな。禍の源は完全に断たせてもらうぞ、キャスター」
「ぐぬぅぅぅァア!! オ、オノレェェェェ!!!」
先日の倉庫街での戦いを覗き見ていたキャスターは、ランサーのやろうとしていることに思い至り、逃げようとするが必滅の槍はそれを許さない。
人間の皮膚で装丁されたおぞましき悪魔の書は、『必滅の黄薔薇』によって完全に破壊された。
膨大な魔力を宿す幻想の崩壊により、アインツベルンの森に凄まじい烈風が吹き荒れ、その禍々しい力を完全に霧散させていった。
切り札たる『螺湮城教本』を失ったショックのためか、放心しきって湿った土の上、仰向けに転がるキャスターは、虚ろな瞳で夜空を眺めていた。
「このキャスターは、宝具に特化したタイプらしいからな。後は、ケイネス殿がキャスターのマスターを捕らえて来るのを待つばかりだ」
キャスターの無力化という任務を終えたランサーは、地面に転がるキャスターから距離とって近くの木に背を預ける。
「しかし、このままキャスターが大人しくしているとは思えない。貴方のマスターは、キャスターとそのマスターをどうするつもりなのだ?」
一仕事終えた感はあるもののキャスターに対する警戒は、まったく解いていないランサーの様子にセイバーも同じく、茫然自失状態のキャスターを警戒しつつ、ランサーの隣に立つ。
「さあな。アサシンのマスターの時のように令呪を奪って来るのかもしれん」
ランサーは、そうなって欲しくはないと思いながらも、一番有り得そうな予想を言う。
「確かに、それが効率的なのかもしれないが……」
ランサーの言葉にセイバーも頷いてみせるが、キャスターを仲間に引き入れるというのであれば、ケイネスとの同盟はさらに受け入れ難いものになる。
何しろ、サーヴァント中最弱といわれるキャスターと直接戦闘力は低いアサシンであっても、ランサーも含め、1人のマスターが三体のサーヴァントを従えていることになる。
ランサーならば信頼に足る盟友になりえるが、せいばーとしては、アサシンやキャスターと肩を並べるというのは考えられなかった。
事実、先ほどまでキャスターに短剣を投げつけていた数名のアサシンは、ランサーとセイバーには一言も話しかけてこない。
ケイネスの命令で、この場に残っているのだろうが、それでも姿を見せずいるアサシンに監視されているようで、セイバーは気が休まらなかった。
少なくとも、この隙にアイリスリールや切嗣の寝首を掻く様なことはないだろうと思ってはいるが、行動を予測できないケイネスが、これからどのような対応をとるかセイバーは心配だった。
「ォ…ぉぉ……」
「「!?」」
それまで屍のように沈黙していたキャスターが、瞳孔の開ききった眼をさらに見開き、声にならぬ嗚咽を漏らし始めた。
「……これは」
それが何に起因するものなのかセイバーには見当も使いなかった。
悪逆を尽くし、命を穢すことこそを是とし、幼き命さえ一時の戯れに貪るような悪鬼が涙を流している。
すべてを失ったかのような、すべてを奪われたかのような、すべてを悔いているかのような。
「私は、何ということを……」
その呟きは、誰に向けるものでもなく、自らの内へ向けられた断罪の刃。
他者から与えられる罰とは違い、自ら自覚する罪はどこまでも己が心の奥底へと突き進み、深々と己を貫き続ける。
「お、おおォ……ジャンヌ! 私は、私は…ッ!!」
ついに叫びへと変わるキャスターの嘆き。
流される涙は、誰に向けられたものでもない。
いまここにあるのは、セイバーをジャンヌと呼び、冬木市において残虐極まりない罪悪を犯してきた『青髭』ではなかった。
大きく見開かれる双眸から絶え間なく流れる雫は、確かに清冽であった。
「キャスター。貴様……」
目の前で咽び泣く男が、本当に先ほどまでのキャスターと同一であるのかセイバーには分からなくなる。
確かな自責の念があり、穢れた己が身を恥じ、血に濡れた己が手を自ら握り潰さんとするキャスター。
キャスターの変貌振りにセイバーが困惑する隣で、ランサーは口の端をわずかに上げてため息を付いた。
「どうした、ランサー。貴方は、“これ”に心当たりがあるのか?」
ランサーのわずかな反応に気付いたセイバーが訊ねる。
「いや何。コイツも昔は、俺たちと同じだったのだと思っただけだ。――信じたモノの崩壊。コイツは、我ら騎士が辿る末路の一つなのかもしれんな」
「………」
ランサーは、ケイネスから聞かされていた自らの可能性を思い出し、自嘲するように呟く。
そこに込められる言い知れぬ重みを理解しきれないセイバーは、ただ沈黙するしかなかった。
ランサーの言は、自身や目の前のキャスターだけでなく、セイバーにとっても他人事ではなかった。
もし、自分の信じるモノすべてに裏切られ続けてたら、いずれ自身もこのようになってしまうのかと。
邪気が完全に払拭されたアインツベルンの森の静寂に、キャスターの嗚咽が静かに響き続けていた。
時間は、戻ってランサーたちと分かれたケイネスは、アサシンに抱えられ、人間では到底不可能な移動速度で、夜の冬木市へとやって来ていた。
「主殿」
ケイネスがアインツベルンの森を抜けるとすぐさま虚空から黒衣の髑髏面が現れる。
前もって街に潜伏させていた数人のアサシンの1人である。
「雨生龍之介は?」
「は、キャスターの海魔を一体引きつれ、街を徘徊しております」
「なるほど。キャスターが出ている間に獲物を物色しておくつもりか」
アインツベルンの森に攻め込んできたキャスターが、ケイネスの命を受けたアサシンたちに翻弄されている間にケイネスは、キャスターのマスターを襲うつもりで居た。
ランサーたちが、キャスターを無力化しても一時的な措置でしかない。
キャスターを永続的に大人しくさせるには、やはり令呪を用いるのが最善である。
そのためにも、キャスターとそのマスターである雨生 龍之介を完全に引き離す必要があった。
未来を知っているケイネスは、言峰 綺礼とアーチャーが組むのを阻止するためにいち早く綺礼を亡き者にした。
そして、それは龍之介とキャスターにも言えることだった。
彼らをもっと早い段階で消し去ることもできたはずだが、逃してしまった機を悔いても意味はない。
それゆえにケイネスは、この機を逃すつもりもなかった。
キャスターをアインツベルンの森で抑え込み、魔術師としての常識を知らない無防備な龍之介を押さえる。
事実、アサシンの半数をキャスターの足止めとして森に残し、ランサーたちにキャスターの無力化を任せてあった。
キャスターは、宝具に特化したサーヴァントであり、自身の根城である工房すら海魔の群れを放っているだけの体たらく。
身に着けている魔術も命を冒涜するようなモノばかり。
世間一般の魔術師が当たり前のように行っている魔術の隠蔽をまったく考えない。
そして、キャスターのマスターたる殺人者は、
「あ、オレ、お兄さんのこと知ってるよ」
敵のマスターを前にしても、命の取り合いの只中に身を置いている自覚すらない。
キャスターの召喚した海魔を従え、街に獲物を探しに来ていた龍之介は、進行方向の道の真ん中で待っていたケイネスを見てもそれほど警戒していない。
「ね、ね、兄さんはどんな手品でヤるんすか? やっぱ、リアル人間蝋燭とか、生きたまま脳みそだけ移し変えるとかしちゃう?」
足元で蠢く海魔が外敵に対して威嚇行動を取っているにも関わらず、龍之介はまくし立てるようにケイネスに質問をする。
まるで、魔術師と名の付く存在がすべてキャスターと同類、ひいては自身と同じ趣味思考であるかのように認識しているようでもある。
それもこの場で言えば、間違いとも言い難い。
「そうだな。私ならば、まず両の手を銀の杭で壁に縫い止め、末端から肉を裂いて神経だけを綺麗に取り出し、それを別の神経や別の生き物と繋ぎ合わせる。感覚の混線。刺激されている箇所とは別の部位に刺激を感じ、現実と実感の乖離による混乱と次にどこに刺激が与えられるか予測できぬ恐怖。予測の及ばぬ刺激の発生は、恐怖や絶望にアレンジを織り交ぜることが出来ると考えるが……?」
「おお! 青髭の旦那ほどじゃないけど、アンタも美味しそうなレシピ持ってるじゃん!!」
ケイネスの発言に龍之介は、期待していたものに近い返答を貰い喜びを露にする。
目蓋を伏し目気味に口の端を歪めながら喋るケイネスは、龍之介やキャスターと同好の士だと言っても通じるだろう。
ケイネスの背後の闇に浮かび上がる髑髏面も哂っているかのような音を鳴らして、“ソレ”らしい雰囲気を醸し出してる。
「ぃよぉっしッ! どうよ、ちょっくら“モノ”を獲って、それ実戦してみようぜ!」
ケイネスを敵だと知っていも、求めるモノが同じならばその感覚を共有しようと龍之介は思っているようだ。
龍之介本人が魔術を扱えないというのもあるだろうが。
キャスターが出かけている間に、魔術を扱えるケイネスが現れたことを自分の楽しみが増えたとでも思っているのだろう。
そんな龍之介の足元では、キャスターが龍之介の護衛に付けてあった海魔がぐずぐずと腐臭を放ちながら崩れ始めている。
「いやいやいや、それには及ばない。――――Fervor,mei sanguis」
表面上は、歪な笑顔のままのケイネスが、龍之介には聞き取れない呟きを始める。
それは、龍之介のような一般人に毛の生えたようなマスターに使われるべきではない魔術の術式起動の呪言。
「お、もう準備しちゃってるとか? お兄さんも中々にすき者だねぇ」
「ああ。この場で実演してあげよう……」
ケイネスの口の端が、それまで以上に引き上げられた瞬間、月明かりの差し込まぬ路地の真ん中で鮮血が舞っていた。
「へ……?」
何が起きたのか理解するに至らない龍之介は、自身の両手に差し込まれる銀色の何かに視線を向ける。
同時刻、アインツベルンの森にて、海魔を“こちら側”に留めていたキャスターの宝具『螺湮城教本』が破壊されたことによって、存在を維持できなくなった海魔が泥溜まりになっている下から突き上がる銀の槍が、ポケットに突っ込んだままだった龍之介の両手を股下から容赦なく貫いていた。
「……あれ? 何、コレ? お兄さんがやってんの?」
そこにあるはずの痛覚がまったく感じられない龍之介は、惚けた顔でケイネスを見る。
「魔術協会製の神経毒だ。効力は、一時的な痛覚の麻痺と思考の停滞。それなりに高価だったからな。魔術を知らぬお前には十分か」
「そ……りえねぇ、…つ、まん…ね」
月霊髄液を用いて龍之介を立ったままの状態で磔にしたケイネスは、月霊髄液を動かして龍之介の右手の甲を自身の前に出させる。銀の槍に貫かれようと変わらず、そこに浮かび上がっている令呪をケイネスは手馴れた様子で抜き取る。本人の同意がないので施術は強引なものになったが、魔術回路を持っていたとしても、魔術の道を知らぬ龍之介から令呪を抜き取ることはさほど困難ではなかった。もっとも、神経ごと引き抜かれたため手の穴が塞がっても龍之介は、二度と右手を使うことはできなくなっている。
「さて。それじゃあ、予定通りキャスターには大人しくなってもらおうか」
両手の甲にランサーとアサシンの令呪を五つ、そして今度はキャスターの令呪が右肘の辺りに三つ浮かび上がっている。
ケイネスは、その右肘の令呪を意識を集中する。
「令呪をもって命ずる――キャスターよ、過ぎ去りし時を顧みよ。騎士としての誇りと栄光、聖処女の祈りに捧げた己が心を取戻せ」
ケイネスの言霊に応えた聖痕の一画が消費される。
そして、ケイネスは立て続けにもう一画の令呪を削る。
「重ねて命ずる。――キャスターよ、生者に害を為すことを禁ずる」
連続して二つも消費された令呪は、その秘蹟にしてはあっけないほど一瞬の輝きの後にケイネスの右肘から消えていた。
「……ふぅ。上手くいっていると良いんだがな」
やるべきことを終えたケイネスは、ひとつため息を付いてアインツベルンの森の方角に目をやる。
同時刻のアインツベルンの森では、ランサーとセイバーが、突然のキャスターの豹変に困惑することになるのだった。
「主殿、お身体は大丈夫なのでしょうか?」
闇に紛れて海魔を牽制しつつ、成り行きを見守っていたアサシンがケイネスの側に現れ、主を気遣うように訊ねる。
そも、令呪とは、ありえざる事象を可能とする三度限りの絶対命令権。
三体のサーヴァントと契約関係になり、さらに連続で令呪を消費するというのは、いかにケイネスが優れた魔術師でも負担がないとは思えない。
しかし、当のケイネスにはそれほど疲労の色は見られない。
「あ、別にこっちに負担はないから、大丈夫だ。今の消費分はコイツの魔力を使ったからな」
そう言って、目の前で両手両脚を貫かれて、死相の出ている龍之介を小突く。
傷の割りに出血がまるでないほど少ないが、強力すぎる神経毒と無理やり令呪を抜かれたショックで意識は完全にダウンしている。
「ランサーの魔力をソラウが賄ってるのと同じだ。こいつには、キャスターを現界させておく最低限の魔力は払ってもらわないとな」
要救護が必要な龍之介を乱暴に摘まみあげるケイネス。
令呪だけ奪い、魔力供給はそのままにする。
等価交換が原則の魔術に携わる者とは思えないほどの借り倒しっぷりである。
「よし、アインツベルンの城に戻ろう。あそこなら、この死にかけを聖杯戦争が終るまで隠しておけるだろ」
ケイネスの指示により、龍之介は簀巻きにされた状態でアサシンに担ぎ上げられた。
龍之介が次に目覚めるのは、良くても警察の監視付きの病院ベッド。普通に考えて三途の川の手前と言ったところである。
「さて。次の標的は、どうしてやろうか」
キャスター・龍之介コンビを仕留めたケイネスの表情は、誰がどう見ても『悪』である。
やはりケイネスは、自分の救いたい者しか救わないのだ。
ただひとり、運命の流れを歪める存在として、今宵も悪魔の如き魔術師は標的とする『悪』を嘲いながら処理したケイネス。
これからもケイネスの標的となる『悪』は、どのような最後を迎えるのか。
あとがき
どうも、クリスです。
約一ヶ月ぶりで申し訳ありませんです。
中々筆が進みませんです。危険です。
文章も大したものは生み出せず、混迷し続けております。
読者様方の的確な指摘等を文章に還元できない自分が憎い!
これはもはや、文才の無さ以前の問題なのかも……。
まったく成長できない自分を恥じつつ、往生際が悪くとも書くことは続けたいです。
お目汚しになることと存じますが、これからも読んで下さる方が居れば嬉しいです。
感想・指摘、注意等がありましたらさらに嬉しいです。
それでは、長々と失礼いたしました。
クリスでした。