※追記
第五話修正しました。
私のどうしようもない頭では、この程度の修正しか出来ませんでした。
先に投稿した修正前の文で、多くの読者様に不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。
至らない部分が中々直らない私ですが、完結までどうにかお付き合いいただけるよう精進いたします。
黒衣の集団にポツリと金髪の男が混ざって睨み合う。
13m×10mの囲いの中、逃げ場を求めてひしめき合う黒衣の髑髏面。
「カバディ、カバディ、カバディ――」
レイダーの男とアンティの髑髏面たちは、互いにジリジリと動いて機を狙う。
「カバディ、カバディ、カバディ……」
男の息が苦しくなり、キャントを続けられなくなる。
キャントを止めることなく、限界を突破するように男は、勝負に出ることにした。
「――ケイネス……」
アンティにタッチするべく踏み込んだケイネスに冷徹な女王モードの冷ややかな声が届く。
そのため、一瞬硬直した金髪の男ケイネスに髑髏面の腕が伸びる。
「キャッチングでございます!」
一人の髑髏面の言葉にアンティ側の髑髏面たちから歓声があがる。
「ま、負けた……」
地面に項垂れ、悔しそうに呟くケイネスの肩をレイダー側の髑髏面たちが優しく叩く。
「お前たち、すまない。私のせいで……」
自分のミスで負けたことを悔やむケイネスを励ますように髑髏面たちは、いい笑顔?で親指を立てていた。
「わ、私は……次こそは勝利するぞ!」
『おおおおおおおおおおおお!!!』
立ち直りの早いケイネスの叫びにレイダー側だった髑髏面たちが応じるのだった。
「ケイネス……貴方、何をやっているの?」
熱気の冷めやらぬケイネスと23人のアサシンたちを氷点下よりなお冷ややかな絶対零度にすら届く視線で見るソラウが問う。
「何って、……カバディだけど?」
いい汗かいたケイネスが、ちょっとだけ清々しい笑顔をソラウに向けた。
ソラウは、その笑顔が癇に障った。
ソラウは、無意識のうちに拳を堅く握り締めた。
ソラウは、拳を制裁の名の下に振りぬいた。
『あ、主殿おおおおおおおおお!!!?』
23人のアサシンたちが見守る中、ケイネスは星となった。
冬木市全体が、夕陽の赤に染められる頃。ケイネスたちは、アインツベルンの森にやってきていた。
鬱蒼とした森を歩き続け、アインツベルンの結界にギリギリ入らない場所で立ち止まる。
「――……アインツベルンよ! 私の話を聞く気があるのならば、城までの道を示してくれ!」
虚空に向かってケイネスが叫ぶと、それまで肌で感じていた何かが開かれる感触を得た。
「よし……。アサシンは、私の周囲を警戒。ランサーは、ソラウの護衛。皆、気を抜かないように」
ケイネスの言葉に槍兵と暗殺者のサーヴァントはそれぞれ周囲を警戒しながら歩く。
アインツベルンの結界の中に足を踏み入れた以上、何らかの攻撃を受ける可能性もある。
警戒しながら暫らく森を進んだケイネスたちのところに、先行していたアサシンが戻ってきた。
「只今、戻りました。城までの道にあった“瘤”は、すべて解除いたしました」
「ああ。やっぱりあったか」
「はい。主殿の予想通り、トラップが仕掛けられておりました」
先行していたアサシンは、あらゆるトラップに精通したスキルを持つアサシンだった。
ライダーやセイバーが騎乗スキルによって現代の車などを操れるように、アサシンの人格のひとつがもっていたトラップに関するスキルも同じように現代のトラップの知識を保有していた。
これから会いに行くアインツベルンのマスター、衛宮切嗣。
もちろん、ケイネスは切嗣が素直に現れるとは思っていない。
城で待つのは、セイバーと擬装用のマスターであるアイリスフィールであろう。
切嗣は、この機を逃さずケイネスを暗殺しようと動いてくる。
しかし、ケイネスには切嗣よりも数段優れた『暗殺者』が付いている。
あらゆるスキルを保有するアサシンは、暗殺者としての質も遙かに切嗣を上回っていた。
その他に魔術的妨害もあったが、優れた対魔力をもつランサーとケイネスが対処することで乗り切った。
1時間ほどかけてアインツベルンの城に到着したケイネスたちを出迎えたのは、やはりアイリスフィールとセイバーだった。
「こんばんは……と暢気に挨拶はいりませんでしたか?」
ケイネスの言葉に驚いた様子のアイリスフィールとセイバー。
先の森では、結界の中に誘い込んで罠に嵌めようとしていたような歓迎を受けたにも関わらず、ケイネスにそれに文句をつける様子は見られない。
「いえ、道中は……」
「気にしないで良いですよ。来る事は伝えてあったとはいっても、新たにアサシンを仲間に引き込んでいたら警戒するのも当然。そちらに非はない」
営業スマイルのようなケイネスの顔に残る痣が痛々しかった。
それなりの調度品で飾られた部屋に通されたケイネスたち。
アインツベルン側は、アイリスフィールを真ん中に、セイバーと舞弥が両隣に立つ。
ケイネス側は、“何故か”ランサーがソファーの真ん中に座り、両隣にケイネスとソラウが腰掛け、四人にまで密度を高めたアサシンが立っていた。
「さて、世間話をする間柄でもないですし、すぐにでも本題に入ったほうが良いですよね?」
「そうしていただけるとこちらも助かります」
にこやかなケイネスとは裏腹に、警戒心を露にするアイリスフィールは慎重になっている。
あの切嗣が『危険だ』と判断した言峰綺礼をあっさり出し抜き、令呪とサーヴァントを奪い取った男。
資料には、優れた魔術師であり、1年ほど前から何らかの奇行を繰り返すようになったらしいが、時計塔での講師としての評判も良い男であるとあった。
しかし、直にあってみれば拍子抜けするほど砕けた調子の男であった。
ランサーのマスターとして申し分ない気質で、堂々と戦場に姿を現し、暴走するバーサーカーを鎮めた。
切嗣によるホテルごとの暗殺を見越していたかのように、偽装を用意してこれを回避。
さらに、言峰綺礼の行動すら先読みして舞弥を助け、アサシンのサーヴァントを手に入れた。
このケイネスという男を正しく評価していた者など一人も居なかった。
慎重に慎重を重ねる切嗣でさえ裏をかいたケイネスを表面だけで信用することはできない。
切嗣の暗殺が失敗した今、アイリスフィールの役目は、ケイネスの協力したいという言葉にどのような意図が含まれるかを聞き出すことだった。
「まずは、協力の理由からですね。――私、この地の聖杯戦争という儀式そのものを解体したいと思っています」
「「「!?」」」
ケイネスから開口一番に出た言葉にアイリスフィールたちは、唖然とする。
「ちょっと待って。あなたも『聖杯』を求めているのではないの?」
マスターという存在は、少なからずこの地にある聖杯が相応しいと判断した者たちである。
キャスター組にようなイレギュラーな者たちでない限り、聖杯という奇跡を心のどこかで望んでいる。
それは、本人の自覚無自覚に関係ない。
この冬木の聖杯は、それだけの奇跡を有し、万民を引き寄せる呪がある。
そんな中、魔道の総本山である時計塔で神童とさえ呼ばれているケイネスの口からその奇跡を否定する言葉が出るなどあってはならないはずだった。
しかし、内心の動揺を抑えて問うアイリスフィールにケイネスは、静かに微笑む。
「ふむ。もし聖杯が正真正銘の『万能の力』を有しているのであれば、是が非でも手にしたいものだが……」
「あなたは、この地の聖杯にその力がないと思っているのかしら?」
アインツベルンの千年の妄執が作り上げた第三魔法の成就のための願望機。
魔術師たちが目指す『根源』への鍵となる“無色の力”。
冬木に築かれた第七百二十六聖杯は、魔術協会及び聖堂教会において、その力は伝説のものに匹敵すると認めているのだ。
「聖杯は、すでに英霊という存在を招き、それを従わせるという埒外の奇跡を可能にしている。これだけの奇跡を可能にする聖杯に“願望を叶える”くらいの力がないとでも?」
ケイネスの物言いは、アインツベルンの千年の歴史だけでなく、アイリスフィールたちの想いすら否定している。
「いえいえ。この地の聖杯には、確かに願望機として十分な力があることは認めていますよ」
先の否定を行き成り反転させるケイネスにアイリスフィールたちは苛立ちを募らせる。
「しかし、あなた方は“無色の力”というものがどういうものか理解が足りていないのではないかと思うのです」
「……どういう意味かしら?」
事務的なわけでも高揚しているわけでもないケイネスの口調が、その場の空気を悪化させる。
「“無色の力”とは、文字通り、どんな色にも染まっていない力です。
――例えば、ここに聖杯があり、それを手にした者が居たとしましょう。“無色の力”である聖杯は、始めて手にした者。つまり聖杯に選ばれたマスターの願いを叶えることでしょう。しかし、願いを叶えるためにその者が聖杯に触れた瞬間――聖杯は、“無色の力”ではなくなる」
ケイネスのたとえ話を聞くアイリスフィールたちの内心は荒波のように猛り始めている。
皆一様に平静を装ってはいるが、ケイネスの吐く言葉は姦計のようであり虚言のようであるにも関わらず、彼女たちの心を深く浸透していく。
そんな彼女たちの内心を気にすることなくケイネスは話を続ける。
「聖杯を手にした者が、世界の恒久的平和を求めたとしましょう」
「「「!?」」」
行き成りケイネスの口から出た例えは、彼女たちの知る人物の願いの形にどうしようもなく酷似する。
これから語られるのは、その人物の願いの無意味さ。
絶対に聞いてはならない、はずなのだが……。
「この場合、ふたつの結果が予想されます。ひとつは、その願いどおり世界に存在するすべての争いが消失します。――結果、“人”という種は、ただ生きているだけの人形となります。その世界には、憎しみや嫉み、怒りなどの感情が存在しないでしょうが、優しさや哀しみ、愛などの感情も存在しません」
人間という種の改竄。
それは、思考することのない一種の現象に成り果てるということ。
「この結果は、まだましですね。願いが叶った瞬間、“平和を願う”という考えそのものが消え去りますから」
世界の恒久的平和は、そこに住まう数十億もの“個”の境界を消し去ることに他ならない。
皆が、同じことを考え、同じように生き、同じように死んでいく。
そこに変化はなく、“他”を認識する必要もない。
あらゆる欲望を失った生物は、一世紀もたたずに自然消滅することだろう。
「そして、もうひとつの場合。この地にある聖杯の機能ならば、始めに手にした者の色に聖杯は染まります。そして、その人物が平和を願った時、聖杯はその人物がそれまで辿ってきた歴史を紐解いて願いを実行します。生まれてからずっと平和を説きつつ高潔に生きてきた人物であれば、最初の可能性と同じ結果になるでしょう」
話続けるケイネスは、この場には居ない誰かが聞き耳を立てていることを確信して、先を続ける。
「しかし、平和を願った者が10を救うために1を切り捨てて生きてきた存在であった場合……聖杯は、その人物が絶対の絆を感じているコミュニティーの外側を完全に死滅させます」
どこかで歯車が軋む音がする。
誰にも聞くことができない歪みの証。
「“無色の力”……。確かにそれがただの“力”であるのなら欲する価値もあるでしょう。しかし、それを手にする者は、“他者を駆逐してでも叶えたい願望”を持っている存在です」
聖杯が穢れに染まらぬことなどあり得ないとケイネスは言う。
突きつけられたのは、ケイネス一個人の解釈であり、本当にそのような結果が生じるとは限らない。
「まあ、本来の聖杯は確かにあなた方の願いを叶えるに足る願望機だったことにしても良いです」
「っ。あなたは、私たちを馬鹿にするためにわざわざ出向いたのかしら?」
二転三転するケイネスの物言いに、アイリスフィールも流石に我慢できなくなった。
「そんな暇は、私たちにはありませんよ」
ここに来て疲れにも似た悲愴を表情に浮かべるケイネスにアイリスフィールたちは首を傾げる。
「それは、どういうことかしら?」
「私が、あなた方と協力したいのは、大聖杯に関して一番詳しいから。私の最大の願いは、ここに居る皆を生かすこと」
ケイネスのいきなりな物言いを気にするわけではないが、その言葉に意味は図りかねる。
「言っている意味が分からないわ……」
得体の知れないモノを見るようなアイリスフィールの視線にケイネスは、静かに話を続ける。
「そのままの意味です。このまま聖杯戦争が続けば、いずれあなたは、『ヒト』としての機能を失うことになる。そうなる前に大聖杯を解体したい」
事実、ケイネスは物理的手段で大聖杯のある大空洞を破壊できる手段を用意している。
アサシンを手に入れた今、ケイネスはその準備を着々と進めている。
大空洞を破壊する時、柳洞寺に住まう人達の避難も魔術を使えば、それほど難しくはないのだ。
しかし、ケイネスの言葉の節々に洩れ出る異質な何かが、アイリスフィールに警戒心を持たせる。
だが、ケイネスの話の中で聞き捨てならないことを発見したセイバーが話を遮る。
「アイリスフィール。彼の言っていることは事実なのですか?」
セイバーは、アイリスフィールが『器の護り手』であることは知っていたが、四六時中一緒に居たにも関わらず、『聖杯の器』をどのようにしてアイリスフィールが保管しているか知らなかった。
舞弥もまたその言葉の意味を把握できていない。
アイリスフィールにとって、ケイネスの言葉は知られたくないと思っていた事実を告げ口されたようなものだ。
セイバーの問いにどう答えればよいか分からず、アイリスフィールは苦々しくケイネスを睨みつける。
「……セイバー、そのことは後で話しましょう。それより」
アイリスフィールは、一呼吸おいて表面上の落ち着きを取戻す。
「ロード・エルメロイ。あなたは、大聖杯のことを何処で知ったのかしら?」
厳格な問いに対し、ケイネスは至極平然と答える。
「本で読みました」
「……もう一度、聞くわ。あなたは、大聖杯のこと、わたしのこと、何処で知ったの?」
「ですから、本で読みました。あなたが聖杯の『殻』であること、大聖杯が根源につながる門であること、そして六騎のサーヴァントを生贄にすることで『聖杯』が現れること、最後に残った七騎目のサーヴァントをも生贄にして『大聖杯』が起動すること」
安穏とした調子でケイネスが口走る内容にアイリスフィールもセイバーも色を失くす。
ケイネスの言葉を真に受けるのならば、たとえ聖杯戦争を勝ち抜いてもサーヴァントが聖杯を手にすることはできないということになる。
愕然とするセイバーの視線は、偽りのマスターであるアイリスフィールに向けられる。
「心配することはない、セイバー。彼女たちの願いなら、キミが犠牲になる事はない」
アイリスフィールに問いを投げかけようとしていたセイバーを制して話を続ける。
「『聖杯』が世界の内側にとどまる奇跡を願うだけならば、六騎のサーヴァントを捧げるだけで事足りる。七騎のサーヴァントすべてを捧げるのは、あくまで『世界の外側』、根源の渦に至る場合だ」
ケイネスの言葉に踊らされているようで癪だが、話を聞いてセイバーは自身の疑念を表に出さずに視線を戻した。
しかし、アイリスフィールの疑問に対する答えは明示されていない。
「エルメロイ。あなたの本当の目的は何?」
「ですから、大聖杯の解た」
「大聖杯を解体したいというのなら、その在処を探せばいいのではなくて?」
平然としているケイネスの言葉を遮り、アイリスフィールは言う。
ケイネスであれば、大聖杯を発見すれば自力で解体することも時間は掛かるだろうが可能である。
面倒なことを抜きにすれば、切嗣のように近代兵器を用いて、大聖杯の基盤を根こそぎ吹き飛ばせばいい。
爆発物を使えば騒ぎにはなるが、魔術の隠蔽をする必要もない。
「大聖杯の探索と破壊。それだけならば、確かにあなた方と協力する必要はない。しかし、私が欲するものを摘出するには、アインツベルンの業が必要になると推測している」
「それはどういう………っ!?」
突拍子もないことばかりなケイネスの話に首を傾げかけたアイリスフィールが目を見開く。
最早、ケイネスの知識は『始まりの御三家』にしかない最深部まで届いている。
ケイネスは、書物から情報を得たなどと言っているが、閉鎖的な魔術の世界にありながら輪をかけて閉鎖的なアインツベルンはもとより、マキリも遠坂も御家の外に漏らすことなどあり得ない。大聖杯に関する記述のある書物は、厳重に管理されているか、持ち出したとしても自分たちにしか読み解けないような細工が施されているはずである。
それをケイネスは、御三家と同レベルの情報を有している。
「落ちた霊地である円蔵山の地下大空洞に刻まれた聖杯戦争の要たる多重層刻印。あなた方には、その中心部に収められたユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンを回収してもらいたい」
しかも、その目的があきらかに魔術師という人種から乖離している。
「ちょっと待って! あなたは、本当に何がしたいというの!?」
アイリスフィールのもっともな問いにやはり平然とケイネスは告げる。
「ユスティーツァは、とある人達の雛形なんですよね? まあ、私には専門外なのでアインツベルンの見解を聞きたいと思っていたんですよ」
真剣な表情を浮かべるケイネス。
「ユスティーツァという原形を用いることで、ある少女を人並みの成長と寿命を与えることは可能か、それとも否か。教えてください」
問いに問いで返すケイネスの無遠慮さと無軌道さ、突拍子な発言。
それらすべてにおいて、アイリスフィールはケイネスの次の反応を予想できないでいる。
「あ、ある少女って……誰の、こと?」
ケイネスの口から出るはずがない。
大聖杯のことは可能性は限りなく低いが、御三家のどこかから洩れた可能性がまったくの0ということもない。
だが、アイリスフィールの予想してしまったケイネスの答えは、絶対にあり得ない。
「――イリヤスフィール……。あなたと衛宮切嗣の娘さんですよ」
それでもケイネスは、あっさりとアイリスフィールの予想に沿う名前を口にした。
最早、ケイネスが持ちえる情報の出所を探るどころではない。
イリヤスフィールの存在は、いまだアインツベルンの外には洩れていないはずだった。
アイリスフィールの次の世代が誕生していることは予想できても、その名まで知りえる部外者がいるはずがなかった。
「アインツベルンの意見を聞かせてください。私の愚考に可能性があるのか。それともやはり無駄なことなのかを」
アイリスフィールたちの困惑を他所に、変わらぬ落ち着きをもって答えを欲するケイネス。
その瞳には、少なくとも暗いところは読み取れない。
しばし呆然としていたアイリスフィールだったが、どうにか言葉を紡ぎ出す。
「何故イリヤのことを……」
知っているのか。なぜまったく関係のないイリヤスフィールのことを考えているのか。
「何度も言いますが、私は『本』を読む事でそれらの情報を知った。……そして、私のこれからの行動は単なる偽善です」
なんの臆面もなく自分を道化であるかのように言うケイネス。
しかし、ケイネスからすべてを聞いていないアイリスフィールたちは、見当違いなことを思い浮かべる。
ケイネスが何度も口にする『本』というものが、そも普通の書物であると彼は一言も言っていない。
あらゆる出来事の発端となる座標。万物の始まりにして終焉、この世の全てを記録する場所。
魔術師たちが目指す到達点。
「――まさか……」
「言っておきますが、アカシック・レコードに触れたわけではないですよ。そこに到達していれば、ここで問答する必要も無いでしょう?」
他人の思考を先読みするかのようなにケイネスは言う。
それは思考の先読みではなく、思考の限定であるのだが。
「それで。私の案は実現可能なんですか? それとも無意味なんですかね?」
いろいろと問題発言ばかりするケイネスは、調子を崩さずに訊ねる。
同席するソラウは早い段階でケイネスの話に興味をなくして、楽な姿勢でランサーに寄り添っている。
「――可能……とは言いえない。そんなこと誰も試そうとはしないもの」
自分の娘の名を出されたアイリフィールは、ケイネスの言葉を頭の中で思案する。
ケイネスの真意が言葉の通りであったとしても協力するには、まだ決定打が足りない。
「不可能ではない、というわけですか。なるほど、では賭けてみる価値はありますね」
アイリスフィールの言葉を聞いたケイネスは、護衛についていたアサシンに合図を送ると、二人のアサシンが外へ出て行った。
「アサシンをどこへ向かわせたのですか?」
それまで黙っていた舞弥がケイネスの行動に不審の目を向ける。
「ああ、私の案が100%不可能と断言されたら即時、大聖杯を破壊する予定だったんですよ」
思い切りの良すぎる発言に舞弥は、一瞬、驚きを表情に出してしまった。
「最終的に大聖杯の設置してある大空洞を破壊することは決めてましたからね。知っての通り、アサシンは分裂する能力があるから10人ほど大空洞の近くに待機させて居たんですよ。今向かわせたのは、現代の爆発物の扱いを学ばせた固体たちなんですよ。ここに来る途中にも活躍してくれた人たちです。彼らには、大空洞に仕掛けた爆弾なんかを安全な場所に隠してくるように頼みました」
ケイネスは、トラップに秀でた才能を有するアサシンにその手の資料を読ませていた。
生前の記憶になくとも現代で知識を得たり、スキルに該当する物に触れることでそれらを完璧に把握する。
トラップに関するスキルをもったアサシンは、現代の道具を用いて新たな罠を編み出すことはできなかったが、すでにある技術は完全にマスターする事が出来た。
すでに大聖杯の大体の場所を知っていたケイネスの指示で、秘密裏に大空洞に仕掛けを施していたアサシンだが、大聖杯の基盤からユスティーツァを回収する必要が出てきた以上、地震などの不慮の事態で仕掛けが暴発してしまわないように再び処理をしにいったのだ。
これと同じようにケイネスの指示で、アサシンの何人かは特定の場所や人物たちを監視している。
キャスター組に関しては、その行動を防ごうにもキャスターの使役する海魔を倒すことがアサシンには出来ないらしいので、キャスターがマスターと離れるまで待って、マスターの方を拉致してくるよう指示がなされている。
さらに遠坂邸と間桐邸、言峰教会にも監視をおいている。
遠坂邸と言峰教会には、ギルガメッシュが出入りしているため、不用意に近づけない状態だが、言峰綺礼の失踪による多少の混乱が生じているらしいとの報告が来ていた。
ケイネスの話を聞き、暫らく考え込んでいたアイリスフィールが顔を上げてケイネスに再び問う。
「あなたの提案は、正直、捨てがたい。けれど、私たちには『聖杯』がある。あなたの提案は、“万能の力”に願えばいいのだから」
もし、ケイネスの案が成功したとして、それで救われるのは自分たち親子だけ。
切嗣とアイリスフィールの本来の目的である世界の救済と秤にかければ、聖杯の力に針は傾く。
「そうですね。確かに“万能の力”の前に、私の戯言は無価値ですね」
アイリスフィールの答えにもまったく落胆した様子のないケイネスは、素直に認める。
「しかし、あなた方の願いは叶わない」
「それは、どいうこと……?」
ケイネスの口からは、どんな発言が出ても不思議ではない。
短い時間でもこの男と会話をすればそれを悟る。
努めて平静に聞き返したアイリスフィールは、ケイネスが何を言っても取り乱す事のないように気構える。
そんなアイリスフィールの様子を気にすることのないケイネスは、やはり平然と自分の知る事実を述べる。
「第三次聖杯戦争の折、アインツベルンが異国の経典を触媒にとある英霊を召喚した」
「とある英雄……?」
表情こそ平然としているが、行き成り前回のアインツベルンのことを持ち出されて、これから何を言われるのか予想もつかないアイリスフィールは、鸚鵡返しのように呟く。
「そう。アインツベルンは、喚んではいけなかった反英雄を召喚してしまった」
まるで怪談話でもしているかのような声色になるケイネス。
本人も意識してそうしているわけではないのだが、アイリスフィールたちの緊張感を強めさせた。
「その英霊の真名は、――この世全ての悪」
この世全ての悪。
ゾロアスター教の最大の悪魔で、光明神アフラ・マズダと九千年間戦い続けるという悪性の容認者であり、本来は神霊なので聖杯で召喚できるような存在ではない。
やはりというべきか、ケイネスの口から飛び出した爆弾発言に構えていてもなお強いショックを受けるアイリスフィール。
「そんな……あり得ないわ!? いくら聖杯が万能の力を秘めていたとしても神霊を喚び出すなんて」
「そうです。だから、アインツベルンが召喚したアンリ・マユは、『この世全ての悪の名を着せられて世界中の罪悪を背負わされたただの青年』でしかなかった」
「な……っ」
息を呑む音が部屋に響く。
ここまで聞けば、聖杯の何たるかを知るアイリスフィールにはケイネスの言わんとしていることが理解できた。
「『この世全ての悪』を背負わされ、英霊として扱われることになったものの、その力は本来の青年のものでしかなく、第三次聖杯戦争でも序盤で敗北して聖杯に取り込まれた」
矢継ぎ早に話しを進めるケイネスにアイリスフィールは、口を挟む余裕もない。
セイバーや舞弥は、アイリスフィールほど聖杯を熟知していないために今だ話しに耳を傾けている。
ケイネスの言葉が自分たちの願いを打ち砕くものだと予想できても聞かずにはいられない。
「敗北した英霊は人格をなくして万能の魔力として聖杯に取り込まれる。そして、自身に取り込んだこの世全ての悪という願いを聖杯は受諾してしまった。結果、アンリ・マユに汚染された聖杯は、悪性の“力の渦”になってしまっている」
ようやく話を終えたケイネスは、疲れたように椅子に深く座りなおす。
「それは、事実なの? あなたの妄想ではないの?」
すべて偽りであって欲しいと、愛する夫の最後の希望が断たれていないことを願う。
しかし、ケイネスは無情に首を横に振る。
「嘘は言っていない……としか言えないな。実際に大空洞に行けば、理解してもらえると思う。まだ1人もサーヴァントが取り込まれていない状態だが、『器の護り手』たるあなたなら感じ取れるはずだ」
アイリスフィールならばそれを確かめることができる。
この場でケイネスの言葉を信じなくとも、すぐに確認する方法が明示された。
不確定要素を放置して、このまま聖杯戦争を続けるか。
ケイネスの言葉の真偽を確かめ、事実であるのならどう対処するか。
アイリスフィールの迷いに道筋を示すのは、この場に姿を現さない切嗣しかいない。
しかし、もうひとり、ケイネスの言葉を受け入れられない者がいた。
「あなたの言葉の通りであったとして、アンリ・マユを取り除けば、聖杯を元通りにできるのではないですか?」
毅然とした表情のままのセイバーだが、その声には縋るような色が見え隠れしている。
「無理だな。聖杯そのものが、悪性の力になっているんだ。だから精密な計算、相互作用による矛盾の修正なども絶対に不可能。持ち主の願いをあらゆる解釈による破壊のみで応え、ひとたび開けてしまえば際限なく溢れ出して、この世全てに災厄を巻き起こす」
自身の存在理由を否定するようなケイネスの言葉にセイバーは、反論する材料を持ち得なかった。
いくら言葉で否定しようとも、ケイネスの言う通りにアイリスフィールが確認すれば、すべてが判明するのだから。
強い願いを持っていたアイリスフィールとセイバーは、力が抜けたように俯いている。
「アレを望む者は、俺の知る限り一人しか居ない」
アインツベルンに対して協力を申し出るのに使うべき材料を出し終えた感のあるケイネスは、部屋の重苦しい空気にため息をつく。
静寂に包まれていた部屋で、唐突な動悸にアイリスフィールは身を強ばらせる。
「侵入者でも?」
白々しいと思いつつもケイネスは訊ねる。
それに気落ちしていたセイバーもアイリスフィールに視線を向ける。
「恐らく、キャスターですね」
セイバーの言葉にアイリスフィールも頷く。
慌しくなる部屋の中、ランサー組のケイネスたちは落ち着いた様子で目配せする。
「聖杯解体の結論は、色々あると思いますし、あとにしましょう。まずは、お互い。目の前の邪魔者から片付けることにしませんか?」
ケイネスの言葉にアサシンが霊体化して外へと駆けて行く。
腕を絡めてきていたソラウに解放してもらったランサーも立ち上がる。
「それでは皆さん。上手くいけば、早々に片付けられると思いますが、同盟関係の予行といきましょう」
先ほどまでの真剣さとはまた違った瞳になるケイネス。
そんなケイネスの表情は密かに、まるで罠に掛かった獲物を舌なめずりで、どう料理しようかと考える悪役のようになっていた。